『氷点』(三浦綾子)「灯影」 日雇い人夫佐石の内妻コトは、女児を出産すると同時に死んだ。夏祭りの午後、佐石は赤ん坊を家に残して、川へ泳ぎに出かけた。辻口家の三歳のルリ子が家から出て来たのを見て、かわいかったので、川まで連れて行った。しかしルリ子が泣き出したため、佐石はルリ子の首をしめて殺した〔*父辻口啓造は「佐石の娘を引き取って育てよう」と考える〕。
『天国と地獄』(黒澤明) インターンの竹内は、豪邸に住む会社重役権藤の子供の誘拐をくわだて(*→〔人違い〕2)、巨額の身代金を手にするが、やがて逮捕される。彼は、共犯の二人を口封じのために殺していたので、裁判で死刑が確定する。竹内は権藤に会いたいと望み、面会に来た権藤に言う。「私の三畳のアパートからは、あなたの家は天国に見えた。見ているうちにあなたが憎くなってきて、その憎悪が生きがいみたいになったんです」。
★2b.誘拐犯から要求された身代金を、犯人逮捕の懸賞金にする。
『身代金』(ハワード) 会社社長トムの一人息子・九歳のショーンが誘拐され、犯人一味が二百万ドルを要求する。トムは「犯人は金を得たら、ショーンを殺してしまうだろう」と考え、身代金支払いを断固拒否する。彼は「二百万ドルを身代金ではなく、犯人逮捕の懸賞金として出す」と宣言し、さらに金額を四百万ドルに増額する。犯人一味のリーダーは、仲間三人を殺して彼らに罪をすべて着せ、自分がショーンを救い出したようによそおって、四百万ドルを得ようとする。しかし見破られる。
『知りすぎていた男』(ヒッチコック) 医師ベンは、妻ジョー・息子ハンクと旅行中に、某国首相の暗殺計画を知る。暗殺者一味はハンクを誘拐し、「暗殺計画を警察に話したら息子を殺す」と、ベンを脅す。ハンクは大使館の一室に監禁される。ジョーは首相の命を救い(*→〔暗殺〕2b)、大使館のパーティーに招かれる。有名な歌手でもあるジョーは、愛唱歌「ケ・セラ・セラ」を歌う。ハンクが口笛でそれに唱和し、自分の居所を知らせる。
『コレクター』(ワイラー) 蝶の収集家である孤独な青年フレディは、賭けで大金を得て、郊外に一軒家を買う。彼は、町で見かけて目をつけていた美術学校の女学生ミランダをさらい、監禁する。フレディは、ミランダから尊敬と愛を得たいと考え、四週間をともに過ごす。雨の夜、ミランダは逃げ出そうとして失敗し、肺炎になって死ぬ。フレディは「ミランダはインテリ女だから、うまくいかなかったのだ」と思い、もっと普通の娘を捜しに、町へ出かける。
*「駆け落ち」と言って若い娘をだまし、誘拐する→〔駆け落ち〕3の『梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)』(河竹黙阿弥)。
*近代の遊女については→〔娼婦〕
『今古奇観』第7話「売油郎独占花魁」 油売りの秦重は花魁の王美娘を見そめ、一年余をかけて大金十六両をため、王美娘の客になる。しかしその夜、王美娘は他の客の座敷で泥酔し、眠ってしまう。秦重は「一晩おそばにいただけで満足です」と述べて帰る〔*その後、秦重は商売が順調で暮らし向きも良くなり、悪漢にひどい目にあわされた王美娘を救い、晴れて二人は夫婦になる〕。
『好色一代男』(井原西鶴)巻5「後は様付けて呼ぶ」 京都七条通りの小刀鍛冶の弟子が、島原の吉野太夫を見そめ、毎夜一本ずつ五十三日間小刀を打って、揚げ代五十三匁をためる。しかし廓には「太夫は身分賤しい者とは逢わぬ」という掟があるので、男は悔しがる。これを知った吉野太夫は男を呼び入れ、思いを遂げさせる〔*世之介が吉野太夫の心意気に感じ、彼女を身請けして正妻にする〕。
『紺屋高尾』(落語) 染物職人の久蔵が、吉原の高尾太夫に思いを寄せ、初会の揚げ代十両を三年かけて貯める。初対面の挨拶で高尾から「今度はいつ来てくんなます?」と問われた久蔵は、「丸三年たたなきゃ来られない」と泣く。わけを知った高尾は心うたれ、翌春の年季明けを待って久蔵と結婚し、二人は紺屋夫婦となって仲良く働く。
『猿源氏草紙』(御伽草子) 鰯を売り歩く猿源氏が、京の五条の橋で遊女蛍火を見そめ、恋わずらいになる。鰯売りの身分では蛍火と逢う見込みがないので、猿源氏は、「関東から上洛した大名宇都宮弾正だ」と、身分をいつわって、蛍火と契りをかわす→〔寝言〕1。
『五大力恋緘』 重宝の剣の行方を捜す薩摩源五兵衛は、笹野三五兵衛のもとにその剣があるとにらみ、愛人の芸者小万を三五兵衛に近づけて、さぐらせる。ところが源五兵衛は、小万からの縁切り状や三味線の裏皮の「三五大切」の文字を見るうちに、小万が本心から自分を裏切り三五兵衛に寝返ったと誤解して、彼女を斬り殺す。
『仙台高尾』(落語) 仙台侯が、花魁高尾を七千八百両で身請けする。しかし高尾には、二世を誓った夫・浪人島田重三郎がいるので、仙台侯の意のままにならない。舟遊びの折、聞こえてくる謡曲の鼓の掛け声に合わせるごとく、高尾が「いやぁ」と拒絶するので、仙台侯は「ぽんぽん」と高尾を斬ってしまった。
『李娃伝』(白行簡) 名家の青年が科挙受験のため長安に行き、美女・李娃に一目ぼれして同棲する。ところが李娃は娼妓であり、一年余にわたって青年に散財させたあげく、姿をくらます。だまされたと知った青年は病臥し、葬式人夫になり、さらに乞食にまで身を落とす。ある雪の日、青年が物乞いに訪れた家に李娃がおり、彼女は乞食姿の青年を見て、過去の自分の仕打ちを反省する。その後は、李娃は青年の妻として献身的に世話をし、彼を励まして科挙にも合格させる。
*客を嫌って死んだふりをする遊女と、客を恋して死んでしまう遊女→〔墓〕9の『お見立て』(落語)・傾城岩の伝説。
*僧と遊女→〔僧〕2。
【幽霊】→〔霊〕
『歌の本』(ハイネ)「帰郷」2「どうしてこんなに」 ライン河岸のローレライの岩に乙女が腰をかけ、金髪を梳りつつ歌をくちずさむ。そのメロディーを聞く舟人は心乱され、暗礁も眼に入らず、ただ乙女を仰ぎ見る。ついには舟も舟人も、波に呑まれてしまう。
『オデュッセイア』第12巻 人面鳥身の魔女であるセイレンたちは、島の草原にすわり、美しい歌声で船乗りたちを誘い寄せる。歌声を聞いた人々はもはや家郷へ帰ることあたわず、死なねばならない。セイレンたちの周囲には、腐りゆく死骸の白骨がうず高く積もっている〔*しかしオデュッセウスは知略によって、無事にセイレンの歌を聞くことができた〕→〔難題〕6。
『今昔物語集』巻29−3 夕暮れ方、三十歳ほどの赤鬚の男が通りかかるのを、ある家の半蔀から手を差し延べて招く。男は、招かれるままに家に上がりこみ、簾の中にいた二十歳余りの美女と夫婦になる。やがて、男は女の指図に従い、盗賊団の一員となって働くようになる。
『仕事と日』(ヘシオドス) ゼウスが人間に災厄を与えるために、美女パンドラをエピメテウスのもとへ送る。愚かなエピメテウスは「ゼウスからの贈り物はうけとるな」という兄プロメテウスの忠告にもかかわらず、パンドラを妻として災いを招く。
『丹後国風土記』逸文 水の江の浦の嶼子(=浦島)の釣り上げた五色の亀は美女に変じ、「貴方と末永く添い遂げたい。ともに蓬莱山へ行きましょう」と誘う。嶼子は女の言葉に従う(与謝郡日置里筒川村)。
『タンホイザー』(ワーグナー)第1幕 騎士タンホイザーは愛の女神ヴェヌスに誘惑されて、ヴェヌスブルクの洞窟で歓楽の日々を送る→〔あり得ぬこと〕1a。
『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」 神々が、兄弟の悪魔スンダとウパスンダを滅ぼすために天女ティロッタマーを造り出す。彼女がスンダとウパスンダの所へ行って誘惑すると、二人の悪魔は、この美女を自分のものにしようと棍棒で殴り合い、ともに倒れて死ぬ。
『アエネーイス』(ヴェルギリウス)第4巻 トロイア陥落時、アエネーアスは部下たちとともに船で脱出し、海上を七年間彷徨した後、カルタゴの女王ディードーと結ばれる。しかしカルタゴにとどまろうとするアエネーアスに、伝令神メルクリウス(ヘルメス)が新国家建設の使命を思い出させる。アエネーアスはディードーを捨ててイタリアへ出発する〔*ディードーはアエネーアスを恨み、かつてアエネーアスから贈られた剣で自殺する〕。
『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第1歌 金羊皮を求めて船出したアルゴ号が、女ばかりの住むレムノス島に寄港する。イアソン以下の勇士らは、島の女たちに歓待されて何日も逗留し続ける。見かねたヘラクレスが非難の言葉を発し、ようやくイアソンらは島を後にする。
『三国志演義』第55回 劉備は呉の孫権のもとへ赴き、その妹を妻としてめとる。彼は孫権の計略にはまり、女色と遊興にうつつをぬかして荊州へ帰ることを忘れる。趙雲が「曹操の軍が荊州へ押し寄せた」といつわり、出発をうながす。
『春秋左氏伝』僖公23年 故国晋を離れ、諸国をさすらい雌伏の時をすごしていた文公重耳は、斉の国で妻を得たため、安楽な暮らしに満足して斉にとどまろうとする。部下たちが重耳を酔わせ、車に乗せて国外へ連れ出す〔*『史記』「晋世家」第9に類話〕。
楊貴妃の伝説 唐の玄宗皇帝は、東海の楽土(=日本)を攻め取る夢を持っていた。熱田の神が、傾国の美女・楊貴妃を唐へ送り(*熱田の神自身が変身して楊貴妃となったともいう)、玄宗皇帝の心を惑わして、彼の野望を捨てさせた。安禄山の乱で楊貴妃は殺され、彼女の魂は唐土から日本まで飛んで来て、熱田の地にとどまった。かつては、熱田神宮本殿の西北方に楊貴妃の塚があったという(名古屋市熱田区)。
★3a.超人的な力を持つ男が、誘惑に負けて女と交わり、力を失う。
『ギルガメシュ叙事詩』 粘土から造られたエンキドゥは、山野で獣たちとともに暮らしていた。ウルクの王ギルガメシュが、エンキドゥの力を奪うために、宮殿の遊び女を派遣する。女が裸身を示して誘惑すると、エンキドゥは彼女を抱く。その結果エンキドゥには人間らしい心が芽生えるが、代わりに力を失い、仲間の獣たちも彼を捨てる。
『今昔物語集』巻5−4 一角仙人が龍王を水瓶に閉じこめたため、旱魃が続く。大臣の計略で多くの美女が一角仙人のもとを訪れ、色香に迷った一角仙人はそのうちの一人と交わる。たちまち一角仙人の神通力は消え失せ、龍王が水瓶を破って昇天し、大雨を降らせた。
*闘牛士が悪女の誘惑に負けて、腕が鈍り、牛に突き殺される→〔牛〕7bの『血と砂』(ニブロ)。
『雨』(モーム) 牧師デイヴィドソンは妻とともに、南洋の島々で住民を教化しようと尽力する。デイヴィドソンは、ホノルルの風俗街から流れて来た女サディをも改心させるべく、彼女を非難し、脅し、数日間女の部屋で一緒に祈り、聖書を読む。降り続く雨で精神の平衡を失った牧師は、サディと関係を持ってしまい、自殺する。
『嘆きの天使』(スタンバーグ) ギムナジウムの中年独身教授ラートは、学生たちがナイトクラブ「嘆きの天使」に出入りしていることを知り、彼らを堕落から救おうと、店へ乗り込む。ところがラートは、踊り子ローラに心を奪われ、自らが「嘆きの天使」の客になってしまう。ラートは教授職を解任され、ローラと結婚し、芸人一座の一員となる。ついには道化師として舞台に立たねばならなくなり、しかもローラには新しい愛人ができていた。ラートは怒りと屈辱の中で窮死した。
『日本永代蔵』巻1−2「二代目に破る扇の風」 一代で財を築いた長者の二代目の男は、親以上の倹約家だった。ある時、男は路上で手紙を拾う。それは客が女郎にあてた手紙で、中に一分金(いちぶきん)が入っていた。男は手紙と金を遊郭まで届けるが、あて名の女郎に会えなかったので、「一生の思い出に、この金で一度だけ遊ぼう」と思う。それがきっかけで運命が狂い、男は遊びの味を覚えて、数年で親の遺産を使い尽くした。
『過去現在因果経』巻3 魔王が美しい三人の娘を、菩提樹下に結跏趺坐する釈迦のもとに送り、誘惑してその成道を妨げようとする。しかし釈迦は彼女らをしりぞけ、悟りを開く〔*『今昔物語集』巻1−6に類話〕。
*→〔宿〕7bの『高野聖』(泉鏡花)。
★5a.神・仏・僧などが女に化身し、あるいは女を送って、男の心を試すために誘惑する。誘惑に乗る男も乗らぬ男もいる。
『宇治拾遺物語』巻13−14 聖僧優婆崛多が「女人に近づくな」と弟子を戒め、弟子もそれを誓う。ある時、弟子は、川に流される女を救うべくその手を取って引き上げ、心乱れて女を犯そうとする。女はたちまち優婆崛多に変わり、弟子は恥じ入るが、彼はこれを契機に悔い改め、阿那含果を得る。
『西遊記』百回本第23〜24回 取経の旅をする三蔵法師・孫悟空・猪八戒・沙悟浄の四人が、一軒の家に宿を請う。そこには三十六歳の寡婦、二十歳・十八歳・十六歳の三人娘が住み、「財産も多いので、三蔵ら四人を婿に取って安楽に暮らしたい」と言う。八戒が誘いに乗って娘を三人とも手に入れようとするが、たちまち縛られる。四人の女は黎山老母・観音菩薩・普賢菩薩・文殊菩薩の化身で、三蔵らの道心を試したのだった。
『千一夜物語』「羊飼いと乙女の挿話」マルドリュス版第147夜 アラー神が老羊飼いの徳を試すために、美しい処女を送る。老羊飼いは、どのような甘言にも心を動かさず、かえって彼女をののしる。処女は祝福の言葉を残して去る。
『雑談集』(無住)巻7−2「法華ノ事」 若い女が、曇翼法師の寺に宿を請う。夜、女は腹を病んで曇翼に「我が腹・臍の辺をなでさすり給え」と言う。曇翼は手巾を巻いた錫杖を用い、女に触れない。翌朝、女は普賢菩薩となり「汝の心を見るに、水中の月の如し」と賞して空へ上る。
★5b.仏や僧が女に化身し、誘惑に乗る男をそのまま仏道へ導く。
『古本説話集』下−60 大和国の長者の姫君が、門番女の息子・真福田丸(まふくたまろ)から思いを寄せられたので、「祈祷僧となって近づけ。そうすれば密会できる」と教える。真福田丸は学問をし、僧になり、修行に出る。その間に姫君は病死し、真福田丸は道心を起こして、智光という尊い上人となって往生する。実は姫君は、真福田丸を仏道に導くために、行基菩薩が生まれ変わった姿だった〔*→〔転生〕5bの『今昔物語集』巻11−2に類話〕。
『今昔物語集』巻17−33 遊び好きの青年僧が、一夜の宿を請うた家の未亡人に心奪われる。未亡人は「夫に持つなら只人でなく、学僧が望ましい」と言うので、僧は三年間学問に励み立派な学僧となって、いよいよ未亡人を抱こうとするが、疲れで眠りこみ、目覚めると野中に寝ていた。未亡人は、僧を仏道に導くために虚空蔵菩薩が化身した姿だった。
『青柳のはなし』(小泉八雲『怪談』) 君命で能登から京都へ向かう若侍が、吹雪の山道を行くうち夜になり、柳の木の近くの一軒家に宿を借りる。その家には老人夫婦と青柳という美しい娘がおり、若侍は青柳に求婚し、妻としてもらいうける。しかし青柳は柳の精だった→〔木〕5。
*身延山参りの旅人が雪道に迷い、宿を求める→〔宿〕3cの『鰍沢』(落語)。
*二人の木こりが、吹雪のため小屋に宿る→〔雪女〕1の『雪おんな』(小泉八雲『怪談』)。
★2.雪の夜に、神仏またはそれに等しい存在が身をやつして訪れ、福を授ける。
『笠地蔵』(昔話) 雪の降る年越しの夜の明け方、六体の地蔵が「六体の地蔵さ、笠取ってかぶせた爺あ家はどこだ、婆あ家はどこだ」と歌いつつ、橇を引いて来る。爺婆が「ここだ」と答えると、地蔵たちは宝物の袋を投げこんで帰って行く〔*仏教説話では、地蔵や観音は、普通の人間の姿に化身して人を助け、後にそれが地蔵・観音であったことがわかる、という形をとるのが一般的であるが、『笠地蔵』は異例で、地蔵の姿のまま、やって来る〕。
『鉢木』(能) 同族の者に所領を奪われ、貧しく暮らす佐野源左衛門常世の庵に、大雪の夜、旅の修行僧(=実は鎌倉幕府の執権北条時頼)が宿を請う。常世は旅僧の正体を知らぬまま、秘蔵の梅・桜・松の鉢の木を焚いてもてなし、幕府への忠義の心を語る。鎌倉へ帰った北条時頼は、武士たちを召集して忠誠心を試し、真っ先に駆けつけた常世に、梅・桜・松の鉢の木にちなんで、梅田・桜井・松枝の荘園を与える。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第20章 トリスタンは寝室を抜け出して、マルケ王妃イゾルデのいる建物まで行き、密会する。ところがその夜は道が雪でおおわれ月も照っていたので、内膳頭マリョドーが足跡を見つけ、トリスタンとイゾルデの関係をマルケ王に教える。
『本陣殺人事件』(横溝正史) 一柳賢蔵は婚礼の晩に、屋敷内の離れ家で新妻を殺して自殺する。彼は、賊が自分たち夫婦を殺して逃げたように見せるため、雨戸を開けておくが、その時、外には雪が一面に積もっていた。雪の上に足跡がなければ雨戸を開けても無意味だ、と賢蔵は思い直して雨戸を閉め、やむなく密室殺人事件の形にする→〔初夜〕3。
*→〔足跡〕1の『跡隠しの雪』(昔話)。
*→〔足跡〕2の『ドイツ伝説集』(グリム)457「エギンハルトとエマ」。
『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー) 旅のミュンヒハウゼン男爵は一面の雪野原で夜をむかえ、雪から突き出た木に馬をつなぎ、自身は雪中に寝ころんで熟睡する。翌朝目覚めると、男爵は村の墓地に寝ており、馬は教会の高い塔からぶらさがっていた。村全体が雪に隠れていたのだった。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「雪達磨」 大雪の夜、贋金使いの悪人たちの内輪もめで、一人が興奮して頓死する。仲間たちは役人の調べを恐れ、巨大な雪だるまを作って死体を隠す。しかし二週間ほどして雪は溶け出し、悪人たちは半七に捕らえられる。小細工をせず死体を外へ捨てておけば、行き倒れということで済んだかもしれなかった。
『銀嶺の果て』(谷口千吉) 銀行強盗の野尻・江島・高杉が、冬の北アルプスに逃げ込む。高杉は雪崩に流され、野尻と江島は山小屋にたどり着く。そこにいた登山家の本田に道案内をさせて、野尻と江島は山越えをしようとする。山に慣れない二人が滑落しかけるのを、本田はザイルで助け上げる。その時本田は骨折し、動けなくなる。江島は本田を見捨てて行こうとするが、野尻は「そんな恩知らずなことはできぬ」と言う。二人は格闘し、江島は谷底へ落ちる。野尻は本田を背負い、山小屋へ戻る。
『八甲田山』(森谷司郎) 日露開戦に備え、雪中での行軍・戦闘研究のために、明治三十五年一月、青森と弘前の部隊が、北と南から厳寒の八甲田山に入る。青森隊は二百十名の大部隊だったが、猛烈な暴風雪に見舞われ、方向を見失う。「前進」「帰営」と指揮も乱れ、兵たちは雪の中に倒れ、死んでいった。生存者はわずか十二名、大隊長山田少佐は拳銃自殺した。一方、弘前隊は少数精鋭の二十七名編成で、周到な準備のもと、無事に八甲田山を踏破する。しかし二年後の日露戦争で、彼らは全員戦死した。
*雪崩を起こす→〔怪物退治〕6の『ゴジラの逆襲』(小田基義)。
『雪おんな』(小泉八雲『怪談』) 木こりの茂作と巳之吉が吹雪におそわれ、河の渡し守りの小屋に難を避け、眠る。巳之吉が寒さで目ざめると、茂作は冷たくなっており、白い女が巳之吉に「お前は若いから助けてやる。今夜見たことは誰にも話すな」という。後、巳之吉は知らずしてその女と夫婦になる。
『雪女房』(昔話) 冬の朝、男が軒のしがま(=つらら)を見て、「あんな細くてきれいな嫁が欲しい」と呟く。その夜、美しい娘が訪れ、男は娘を嫁にする。嫁は入浴をいやがるが、男が無理に風呂に入れると、櫛と簪を残して嫁は消え失せた(青森県南津軽郡。*『百物語』(杉浦日向子)其ノ29に類話)。
『雪の女』(星新一『マイ国家』) 冬の山小屋にこもる男のもとを、雪女が訪れる。雪女は「私の身体は春に気化して霧状となり、冬に凝結してもとに戻る」と説明する。男の勧めるワインを飲み、雪女は暑がって裸になる。しかし男が抱こうとすると、雪女は消えてしまった。それから毎晩、雪女は来る。男が抱くと、雪女は消える。男は「自分が狂うのと春になるのと、どっちが先か?」と考える。
雪女の話 夜、吹雪の山道を猟師の父子が歩いていると、前方から人が来る。父は「向こうから人が来るが、けっして言葉を交わしてはならんぞ」と子供に言う。その人は赤い縞模様の着物を着た、顔の白い女で、じっと二人を見つめていたが、やがて足早にすれ違い、吹雪の中に消えた。父は「あれは雪女で、言葉を交わすと食い殺されるのだ」と子供に教えた。
雪女郎の話 新潟地方の雪山で、大学のスキー合宿があった時のこと。夜の練習の後、ベテランのFさんが一人で滑っていて、雪女郎に出会った。ものすごい美人で、天女のごとくフワフワ歩き、Fさんを見てにっこり笑う。雪の上には、まったく足跡がつかない。Fさんはゾッとして山小屋へ逃げ帰った。「雪女郎を見ると一年以内に死ぬ」と言われるが、Fさんもそれから一年後にぽっくりと死んだ。
『雪』(能) 諸国一見の僧が摂津国野田の里に来かかると、にわかに空が曇り、雪が降ってくる。雪の中から女が現れたので、僧は「雪の精か?」と問いかける。女は「自分の姿すらわからずに迷っている者です。仏法の力で私を成仏させて下さい」と請う。月下に袖を翻して、女は舞う。やがて朝になり、女はどこへともなく姿を消す。
『浅茅が露』 中納言の胤を宿した姫君は、親代わりの兵衛大夫の邪恋から逃れるべく、太秦に参籠し、さらに西の京に身を隠す。中納言も兵衛大夫も、姫君の失踪に悲嘆する。
『失われた時を求めて』(プルースト)第5篇「囚われの女」〜第6篇「逃げさる女」 「私」はアルベルチーヌとパリで同棲しつつ、「彼女は同性愛者ではないか」と疑い、嫉妬の感情に苦しむ。「私」はアルベルチーヌの行動を監視するが、ある朝、「私」が眠っている間に彼女は姿を消す。「私」はアルベルチーヌの行方を捜し、何とかして連絡を取ろうとする。しかし彼女の叔母から、「アルベルチーヌが落馬事故で死んだ」との電報が届く。
『源氏物語』「帚木」 頭中将の愛人(夕顔)は、頭中将の妻(右大臣の四の君)から脅迫じみたことを言われたなどのことがあって、幼い女児とともに突然姿を消し、行方知れずになる。五月雨の夜、頭中将は、行方不明の愛人のことを光源氏に語る〔*行方知れずの女・夕顔は、五条の陋屋に住み、光源氏と関係を持つが、まもなく死去する。遺された女児は乳母に連れられ、九州へ下る〕。
『源氏物語』「浮舟」 浮舟は、薫と匂宮の双方と関係を持ち、板ばさみになって苦悩する。彼女は入水を決意して宇治の山荘から姿を消す〔*後、浮舟が比叡坂本の小野に生存していることを薫は知るが、会えぬままに物語は終わる〕。
『狭衣物語』巻1 狭衣は、法師に誘拐される飛鳥井の女君を救い、以後、身分を隠して女君のもとへ通う。しかし式部大夫が女君に言い寄り、乳母と手を組んで女君を連れ出して、筑紫行きの船に乗せる。女君が突然行方知れずになったので、狭衣は嘆き悲しむ〔*三年後、狭衣は女君の兄僧に出会い、彼女の消息を聞く〕→〔入水〕3。
『小夜衣』中巻 按察使大納言の姫君が帝に恋慕され、これを憎む継母が乳母子民部少輔に命じて姫君を監禁させる。行方知れずの姫君を思って、帝も、姫君の愛人である兵部卿宮も、途方に暮れる〔*後、民部少輔の妻の援助で姫君は救い出され、兵部卿宮と結ばれる〕。
『嵐が丘』(E・ブロンテ) 浮浪児ヒースクリフは、アーンショー氏に拾われる。アーンショー家の長男ヒンドリーはヒースクリフを虐待するが、長女キャサリンはヒースクリフと心を通わせ合う。しかし年月を経て、キャサリンが近隣のエドガー・リントンと婚約したため、ヒースクリフは「裏切られた」と思い、家を出て姿を消す〔*三年後にヒースクリフは富裕な紳士として戻って来る。彼はヒンドリーに復讐し、キャサリンに言い寄る。しかしヒースクリフとキャサリンは、この世では結ばれない〕。
『苔の衣』 苔の衣の大将の妻は、若君・姫君を残して二十八歳で死去する。大将は悲嘆の余り比叡山の奥に籠もり出家して、行方知れずになる。二十四年(年立を作って計算すると十一年)後、中宮となった姫君が病気で重態に陥り、それを知った大将は下山して加持し、姫君を救う。
『金色夜叉』(尾崎紅葉)中編第4章 一月十七日の夜、間貫一は熱海の海岸で鴫沢宮に別れを告げ、鴫沢家を出て行方知れずになる。宮は富山唯継に嫁して、四年後に田鶴見子爵邸で思いがけず貫一と再会する。その時貫一は、高利貸鰐淵直行の手代となっていた。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「狐と僧」 某宗派で内紛が起こり、本山の僧たちが、対立する時光寺の住職を連れ去って本山派の寺に幽閉する。住職が行方不明になれば奉行が厳しく詮議するので、本山の僧たちは世間の目をごまかすために、古狐の死骸に住職の袈裟や法衣を着せて、溝(どぶ)の中に放置する。人々は、「時光寺の住職は古狐が化けていたもので、死んで正体をあらわしたのだ」と考える。
『今昔物語集』巻2−12 ある男が前世で、仏像の指が一本かけ落ちているのを見て、修理した。この功徳により、男は現世では、一本の指から光を放つ男児として誕生し、「燈指」と名づけられた。指の光は十里を照らし、闇夜も昼のようになった。父母の死後、彼は一時期貧しくなったが(*→〔死体〕1b)、後には黄金を得て、富貴の身となった。
『東海道四谷怪談』「浪宅」 民谷伊右衛門は、邪魔な妻お岩が死んだ後、下僕小仏小平(こぼとけこへい)を斬り殺し、「お岩と小平が不義をした」と言って、二人の死骸を戸板の両側に釘で打ちつける。この時、小平の両手の指が、残らず蛇の形となってうごめく〔*しかし伊右衛門はひるむことなく、お岩と小平の死骸もろとも戸板を川へ流す〕。
『発心集』巻5−3 女が「今後は念仏など唱えて暮らしたいから」と、年下の夫に暇を請い、代わりに自分の連れ子である娘を、夫の新しい妻として勧める。しかし年月がたつうちに、女は自分の娘に対し嫉妬の心を抱くようになり、両手の親指が蛇と化した〔*女も娘も夫も、これをあさましいことと思い、そろって出家する。やがて蛇は、もとの指に戻った〕。
『源氏物語』「帚木」 左馬の頭がつき合っていた女はたいへん嫉妬深く、彼の浮気をめぐって口論が絶えなかった。ある時、女は怒って左馬の頭の指の一本に噛みつき、傷をつけてしまった。左馬の頭は、女と別れようとは考えなかったが、意地を張ってしばらく遠ざかっているうちに、女は思い悩んで死んでしまった。
『雪国』(川端康成) 東京から雪国へ向かう汽車に、島村は乗っていた。半年前に知った駒子に、再び逢いに行くのである。島村は左手の人差し指をいろいろに動かして、眺めた。この指だけが、女をなまなましく覚えている。指は女の触感で今も濡れているかのようで、島村は鼻につけて匂いを嗅いでみたりした。
『桜桃の味』(キアロスタミ) 自殺しようとする中年男バディ(*→〔自殺願望〕1)に、老人バゲリが笑い話を語って聞かせる。「ある男が病院へ行って訴える。『全身が痛い。指で頭をさわれば頭が痛い。足をさわれば足が痛い。腹も首も手も痛い』。医者は診察して言う。『身体はどこも悪くない。指を骨折している』」。老人バゲリはバディに、「あなたは身体は元気でも、心が病気だ。考え方を変えてみたらどうか」と言う。
『南から来た男』(ダール) 賭け事好きの男がいた。男は、賭けに負けると相手に自動車を与え、賭けに勝つと相手の指を一本切り取った。男は、自動車を十一台失い、指を四十七本得た。男の妻は、男の所有物をすべて取り上げ、賭け事ができないようにする。それには長い時間がかかった。男が無一物になった時、妻の左手の指は二本しか残っていなかった。
『無門関』(慧開)3「倶胝竪指」 倶胝和尚は、問答をしかける相手に、いつも指一本を立てて答えとした。童子が真似て、他所から来た客の問いに、指一本を立てて見せる。これを聞いた倶胝は童子を捕らえ、刃でその指を切断する。童子は号泣して逃げる。倶胝は童子を呼び止め、自分の指を一本立てる。これを見た童子は、たちまち悟りを開いた。
*手術によって、指先を他人のものと付け替える→〔同一人物〕4の『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「刻印」。
*仮面の男の正体を、指紋で判定する→〔面〕1cの『犬神家の一族』(横溝正史)。
『愛の指輪』(星新一『おせっかいな神々』) なかなか結婚にふみきれぬ恋人を持つ青年が、それをはめた二人は必ず結婚するという、一対の愛の指輪を手に入れ、その一つを恋人に贈る。しかし恋人からの手紙には、「後見人の伯母が結婚を許してくれない。独身の伯母は意地悪く、指輪も取り上げられた」と書いてあった。青年は驚くが、自分にも独身の伯父がいたことを思い出す。愛の指輪は見事な効果をあげる。
『国家』(プラトン)第2巻 羊飼いギュゲスは、穴の中に偶然見つけた屍体から、黄金の指輪を抜き取った。指輪の玉受けを手の内側に回すとギュゲスの姿は消え、外側に回すと姿は現れた。ギュゲスは指輪の力を使って王妃と通じ、王を殺して王権を我が物とした。
『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』(トールキン)第1部「旅の仲間」2 昔、デアゴルが川底から金の指輪を見つけ出したが、仲間のスメアゴルがデアゴルを絞め殺して指輪を奪った。指輪をはめると姿が見えなくなることをスメアゴルは知り、さまざまな悪事を働いた。彼は喉を鳴らす音から「ゴクリ」と呼ばれ、洞穴に一人住んだ。自らその所有者を選ぶ魔力を持つ指輪は、やがてゴクリを捨て、ホビット族のビルボ、次いで彼の甥フロドにとりつく。
『ルスランとリュドミラ』(グリンカ) 勇士ルスランが、さらわれた花嫁リュドミラを捜して魔法使いの城まで来る。魔法使いチェルノモールはリュドミラを眠らせておいて、ルスランと戦う。チェルノモールは倒されるが、リュドミラの眠りはさめない。良い魔法使いフィンがルスランに指輪を与え、ルスランが指輪をかかげると、リュドミラは目覚める。
*世界を支配する力を与える指輪→〔宝〕9aの『ニーベルングの指環』(ワーグナー)。
*若返りの指輪→〔若返り〕2の『ペンタメローネ』(バジーレ)第4日第1話。
★2a.愛のしるしとして、男から女へ・女から男へ、贈られる指輪。
『ヴェニスの商人』(シェイクスピア)第3〜5幕 ポーシャは、バッサーニオの妻となるしるしに指輪を渡し、「もしもこの指輪をなくしたら、それはあなたの愛がなくなった証拠」と言う。後、ポーシャは男装して法学博士となりバッサーニオを救うが、その返礼に指輪を要求し、バッサーニオは相手がポーシャとは気づかず、やむなく指輪を与える。ポーシャは女の姿に戻り、バッサーニオが指輪を手放したことを責め、からかう。
『七賢人物語』「妃の語る第七の物語」 王が気に入りの騎士と狩りに行く。王は、かつて妃に愛の証しとして贈った指輪が、騎士の指にはまっているのを見る。騎士は病気と称して先に帰り、秘密の通路を抜けて妃の所へ行き、指輪を返す。狩りから戻った王は「指輪はどこだ」と妃に迫り、妃は指輪を見せる。王は「邪推をしてすまなかった」と妃に詫びる。
*→〔魚〕1aの『シャクンタラー』(カーリダーサ)第5〜6幕。
*→〔像〕8bの『ヴィーナスの殺人』(メリメ)。
*愛のしるしとして贈られる装身具→〔装身具〕1bの『三銃士』(デュマ)。
★2b.男が指輪を二つに折り、半分を自分が持ち、半分を女に渡す。
『熊の皮をきた男』(グリム)KHM101 熊の皮を着た若者が、美しい娘と婚約する。しかし若者は、あと三年間、熊の皮を着続けねばならないので、いったん娘と別れる。若者は指輪を二つに折り、自分の名前を書いた半分を娘に渡して、娘の名前を書いた半分を自分が持つ。三年が過ぎ、若者は熊の皮を脱いで立派な軍人の姿となり、娘に会いに行く。二人の指輪がぴったり合ったので、娘は、目の前の軍人がかつての熊男だったことを知る。
*鏡を二つに割って、夫婦が半分ずつ持つ→〔鏡〕11の『今昔物語集』巻10−19。
『七羽のからす』(グリム)KHM25 烏に変じた七人の兄たちを救いに、末娘がガラス山まで行く。末娘は、烏たちの留守に、食事用の七つの小皿と盃から一口ずつ食べ、盃の一つに両親の指輪を入れる。烏たちが帰って来て指輪を見つけ、「妹が来ているのなら、いいのにな」と言う。妹が姿を見せると、烏たちは人間に戻る。
『ろばの皮』(ペロー) 恋わずらいで病臥する王子のために、農家の下女「ろばの皮」がケーキを作る。「ろばの皮」はケーキの中に指輪を入れておき、それを見つけた王子は、「この指輪が合う人と結婚したい」と両親に言う。
『魚と指輪』(イギリス昔話) 領主が息子の嫁を嫌い、指輪を海に投げこんで、「あの指輪を取って来て私に返すまでは、顔を見せるな」と命じ、追放する。嫁は、ある城の台所仕事をして働く。ある時、魚を料理していると、見覚えのある指輪が魚の腹から出て来る。その日はたまたま、夫とその父領主が客として城に来ていたので、嫁は彼らに指輪を示す。
『白蛇』(グリム)KHM17 妃の指輪がなくなり、家来の若者が疑われる。若者は動物の言葉がわかったので、鴨が指輪を呑みこんだことを知り、捜し出す。若者は他国へ旅をし、美しい王女の婿になるための難題に挑む。王が指輪を海に投げ入れて、「拾い上げよ」と命ずる。若者にかつて救われた魚たちが、指輪を持ってくる。他の難題も成し遂げて、若者は王女と結婚する。
『ドイツ伝説集』(グリム)240「女の砂州」 富裕を誇る女が、「私が貧困に苦しむ日など決して来ないであろう。この指輪を再び見ることのないのが確かなように」と豪語して、指輪を海に投げ捨てる。数日後、女中が鱈を買い腹を開くと指輪が出て来たので、女主人に見せる。女は、それが自分の捨てた指輪であると知って青ざめる。
『歴史』(ヘロドトス)巻3−40〜42 幸運続きのポリュクラテスは、友人から「不幸も経験しておくのが御身のため」とすすめられ、大切な指輪を海に捨てる。しみじみ不幸の味をかみしめるポリュクラテスの所へ、五日後、漁師が魚を献上する。その腹を開いて見ると、捨てた指輪が出て来た。
『指環』(川端康成) 貧しい法科大学生の「彼」が、翻訳の仕事を持って山の温泉場へ行く。湯船に十一〜二歳の少女がいて、突然左手を上げ、「あら! はずすのをすっかり忘れていたわ」と叫ぶ。少女は、左手の指環を見せたかったのだ。「彼」が「いい指環ですね」と声をかけると、少女は「蛋白石(オパール)よ」と言って、嬉しそうに「彼」に身を寄せて来た。
*三つの指輪→〔選択〕3bの『賢人ナータン』(レッシング)第3幕・『デカメロン』(ボッカチオ)第1日第3話。
『アイヴァンホー』(スコット)第13章 弓術の試合に臨んだロクスリー(=ロビン・フッド)は、それまでの勝者ヒューバートの矢がささっている的にむけて矢を射かけ、ヒューバートの矢を引き裂いた。さらに、地面にさした柳の枝を、百ヤード離れた所から射て引き裂いた。
『ヴィルヘルム・テル』(シラー)第3幕第3場 ヴィルヘルム・テルと息子ヴァルターは、竿にかけた代官の帽子に拝礼しなかったことを咎められる。代官ゲスラーは、ヴァルターの頭上にりんごを置き、「八十歩離れた位置から弓で射よ」と、ヴィルヘルム・テルに命ずる。ヴァルターは父の腕を信じ、目かくしも断って平然と立つ。ヴィルヘルム・テルの放った矢は、りんごの真ん中を射抜く。
『三国志演義』第16回 呂布は、玄徳と紀霊の合戦を止めさせるため、百五十歩離れた所に戟を立て、「もし一矢で戟の枝を射当てたら和睦が天の意志である」と宣言して、見事に矢を枝に命中させる。
『平家物語』巻11「那須与一」 那須与一は、小舟の上で揺れる扇の的を射当てた。
*弓の名手が太陽を射る→〔太陽〕3b・3c。
『捜神記』巻11−2(通巻264話) 戦国時代の頃、弓の名手・更羸(こうえい)が「私は矢を射る真似をするだけで、鳥を落とせる」と魏王に言った。魏王が「やってみよ」と命じたので、更羸は、東方から飛んで来た雁にむけて矢を射る真似をした。それだけで雁は落ちた。
『名人伝』(中島敦) 邯鄲の都の人・紀昌は、天下第一の弓の名人を目指して修業する。彼は弓を射ては百発百中の腕前となり、さらに奥義を求めて、弓を使わずに飛ぶ鳥を落とす「不射之射」を学ぶ。紀昌は「至為は為すなく、至言は言を去り、至射は射ることなし」と述べて、以後、弓を手に取らなくなる。晩年にいたって、ついに弓そのものを忘れ、弓を見ても、その名前も用途も思い出さなかった。
『オデュッセイア』第21巻 夫オデュッセウスの留守を二十年間守り続ける妻ペネロペに、大勢の男たちが求婚する。ペネロペは、オデュッセウスの大弓を彼らに示し、「この弓で十二の斧の穴を射通した人の妻になりましょう」と言う。何人もが試みるが、弓に弦を張ることもできない。物乞い老人に変装してその場に入りこんでいたオデュッセウスが、弓をとり弦を張って十二の斧を射通し、自らの正体を明かす。
『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」 王女ドラウパディーの婿選び(スヴァヤンヴァラ)が催され、強弓で的を射抜く者がドラウパディーを得ることができる。多くの求婚者が弓を引こうと試みて失敗し、カルナが弓を引き絞るが、ドラウパディーはカルナの妻になることを拒否する。パーンドゥ五兄弟の三男アルジュナが的を射当て、五兄弟はドラウパディーを伴って帰宅する→〔一妻多夫〕1b。
『百合若大臣』(幸若舞) 別府兄弟によって玄海が島に置き去りにされた百合若大臣は、三年後に筑紫に帰還する。百合若は顔にも手足にも苔の生えた異様な姿になっており、誰も百合若とは気づかない。別府兄弟がこれを面白がり、「苔丸」と名づけて、屋敷に置く。正月の弓始めの場で、苔丸は鉄(かね)の強弓を引き、「我こそ百合若である」と正体をあらわして、別府兄弟に復讐する。
『ラーマーヤナ』第1巻「少年の巻」 シヴァ神の強弓に弦を張り得る男だけが、シータを妻とすることができる。諸王諸侯が挑戦するが皆失敗する。ラーマが弦を張るべく弓を曲げると、力余って弓は真二つに折れる。
『変身物語』(オヴィディウス)巻1 アポロンは、大地から生まれた大蛇ピュトンに、弓で多くの矢を浴びせかけて殺した〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第4章に類話〕。
『今昔物語集』巻30−14 美しい妻が「私は遠い所へ行きます。形見を残しておきます」と夫に夢告する。夫が目覚めると妻は姿を消し、枕元に弓がある。夫は弓を肌身離さず持つ。月日を経て弓は白い鳥に変じ、南へ飛び去る。夫は後を追って紀伊国まで行く。鳥は再び人になる。夫は「これは只者ではなかったのだ」と悟り、そこから帰って行った。
白鳥の関の伝説 矢で射られた白鳥を、男が助ける。白鳥は「願い事を叶えよう」と男に夢告する。男は移り気で、まず美女を妻にするが、やがて村に狩猟が流行すると、「妻はもう不要だ」と言う。妻は姿を消し、代わりに立派な弓矢が手に入る。しかし何も射止められず村人たちから馬鹿にされたので、男は「みごとな白鳥を皆に見せ、見返してやりたい」と望む。弓矢は白鳥に変身し、空へ舞い上がる。男は後を追って走り、紀の関を抜けようとして、女関守に制止される。その関守はかつての妻だった。男は真っ青になって逃げ去った。以来、紀の関は「白鳥の関」と呼ばれるようになった(和歌山県)。
『荘子』「斉物論篇」第2 ある時荘子は、胡蝶となって飛び回る夢を見た。やがて目覚めた荘子は、「今は、胡蝶が人間になった夢を見ているのであろうか」といぶかった。
『ドグラ・マグラ』(夢野久作) 一切の記憶を失って目覚めた「わたし」は、自分が何者であるかについての説明を聞き、文献を読むうちに、今自分が現実の世界にいるのか夢を見ているのか、わからなくなる→〔謎〕5。
『パンセ』(ブランシュヴィック版)第6章「哲学者たち」386 ある職人が毎晩十二時間、「自分は王様だ」という夢を見るとしたら、その職人は、毎晩十二時間「自分は職人だ」という夢を見る王様と、同じくらい幸せであろう。
『列子』「周穆王」第3 老下僕が、昼間は主人尹氏にこき使われるが、夜の夢では国王になって安楽に暮らす。彼は「人の寿命が百年として、昼と夜は半分ずつ。昼は下僕だが夜は王様だから、怨みはない」と言う。一方、主人尹氏は、昼は俗事に悩み、夜は下僕になる夢を見て、昼夜休まる時がない。
*昼も夜も働く夢を見て目覚めると、昼も夜も働かねばならぬ現実が待っていた→〔夢オチ〕2の『不眠症』(星新一『ボッコちゃん』)。
『鸚鵡七十話』第30話 懐妊中のマンドーダリーは、国王愛玩の孔雀を殺して肉を食べ、そのことを友人に打ち明ける。友人はマンドーダリーを裏切り、孔雀を食べた話をもう一度させて、それを王の家来に聞かせる。マンドーダリーは話の終わり頃に、誰かが聞いていることに気づき、「その時、夜が明けて太陽が昇り始めた。この夢はどんな意味だったのだろう」と言いつくろう。
『芝浜』(落語) 裏長屋に住む魚屋が五十両入りの財布を拾い、「これで遊んで暮らせる」と仲間を呼んで酒盛りをして寝こむ。目覚めると、女房が「財布など知らない。夢でも見たんだろう」と言う。魚屋は、「あさましい夢を見たものだ」と心を入れ替え、働き者になる。やがて表通りに店を出すまでになった三年目の大晦日に、女房は「実はあれは夢ではなかった」と打ち明ける。
『じゃじゃ馬ならし』(シェイクスピア)「序劇」 酔っ払いの鋳掛け屋スライが眠っているのを、領主が見て、御殿の寝間に運ばせる。目覚めたスライに従者たちが「殿様」と呼びかけ、「十五年間、悪い夢を見ていらっしゃったのです」と説明するので、スライは「では自分は殿様なのか」と思う。従者は「御病気本復を祝し、喜劇をご覧に入れましょう」と言って、『じゃじゃ馬ならし』の芝居を見せる。
『人の世は夢』(カルデロン) ポロニア(=ポーランド)国王の息子セヒスムンドは、生まれるとすぐ、岩山の牢獄に閉じ込められた。彼は成長後、国王の命令で麻酔薬を飲まされ、宮殿に運ばれて、王子としての待遇を受ける。しかし乱暴をはたらいたため、彼は再び眠らされ、岩山へ戻される。彼は「宮殿での出来事は夢だった」と思う。後に彼は現実に国王となるが、「人間は、『生きている』という夢を見ているにすぎない。死ぬ夢を見て、はじめて目覚めるのだ」と考える。
『不思議な少年』(トウェイン) 一五九〇年のオーストリア。村の少年である「わたし(テオドール)」たちの前に、一人の美少年が現れる。美少年は「ぼくは天使で、名前はサタン」と言い、超能力を用いてさまざまな不思議を見せる。彼は「神も人間も宇宙も実在しない。すべて夢だ。このぼくも、君の夢が作り出したものだ」と、「わたし」に教える。「君の身体もない。存在するのは、空虚な空間と君の思惟だけだ。果てしない空間を、君は友もなく、一片の思惟として永遠にさすらう運命だ」。
『真田山』(落語) 男が、毎晩同じ夢を見る。「真田山に埋めた『トラの子のカネ』を掘り出してほしい」と、何者かが訴える夢である。大金を期待して男が掘ってみると、骨壺があった。女の幽霊が現れて、「私の名はトラ。壺の中は、私の娘カネの骨です。娘の骨を見て、私もようやく成仏できます」と礼を述べる。男はがっかりして、「骨掘り損(骨折り損)だ」と言う。
『トータル・リコール』(ヴァーホーヴェン) クエイドは毎夜、火星旅行の悪夢を見てうなされる。実は彼は、火星の支配者コーヘイゲンの下で働く諜報員ハウザーで、任務の必要から、記憶を消されて地球へ送り込まれていた。しかし意識の奥底に火星の記憶が残っており、それが毎夜の夢に出て来るのだった〔*クエイドは火星へ渡り、コーヘイゲンが悪の組織の親玉であることを知る。彼はレジスタンスたちと力を合わせて、コーヘイゲンを倒す。彼は、もとのハウザーの人格には戻らない〕。
『過去現在因果経』巻1 釈迦の生母摩耶夫人は、菩薩が六牙の白象に乗り彼女の右脇を開いて胎内に入る、との夢を見て懐妊した〔*『ジャータカ』「因縁物語」に類話〕。
『今昔物語集』巻11−9 弘法大師の母阿刀氏は、夢に聖人が来て胎内に入ると見て懐妊した。
『今昔物語集』巻15−16 千観内供の母は、観音に子を授けよと祈り、夢に一茎の蓮華を得たと見て懐妊した。
『史記』「高祖本紀」第8 劉オンは、ある時神と通ずる夢を見た。夫の太公が見ると、蛟龍が妻の身体に乗っていた。こうして生まれたのが、漢の高祖劉邦である〔*『漢書』「高帝紀」第1上に同話〕。
『神道集』巻6−34「児持山大明神の事」 児持御前は児守明神の申し子である。女が左袂から唐鏡を与える、と母が夢に見て児持御前は生まれた。
『天鼓』(能) 唐土の女が、天より鼓が降り下り胎内に宿るとの夢を見て子を生み、天鼓と名づけた。
『とはずがたり』(後深草院二条)巻3 二条は後深草院の寵愛を受ける身でありながら、他に複数の愛人があり、高僧「有明の月」もその一人だった。ある夜、後深草院が夢で、「『有明の月』が二条に、密教の仏具である五鈷(ごこ)を与え、二条はそれを院に隠して懐に入れる」と見た。それは、二条が「有明の月」の子を身ごもったことを意味していた。
『花世の姫』(御伽草子) 花世の姫の母は、正観音の御前から梅花一輪が膝の上に飛び来たり、それを右の袂へおさめる、と夢に見て懐妊した。
*猫の夢は懐妊のしるし→〔一夜孕み〕1bの『源氏物語』「若菜」下。
『秋夜長物語』(御伽草子) 比叡山の桂海律師は、夢に美しい稚児を見て心乱れ、後、三井寺の前でその稚児梅若と出会い、艶書を贈って契りを結ぶ→〔同性愛〕1。
『今昔物語集』巻5−18 天竺の后が、身の色九色で角が白色の鹿を夢に見る。后はその鹿の皮と角を欲し、鹿を探すよう国王に請う。かつて鹿に命を救われた男が鹿の居所を告げるが、国王は男の忘恩行為を知って、鹿を解放する〔*『宇治拾遺物語』巻7−1の類話では、五色の鹿〕→〔恩知らず〕2。
『是楽物語』(仮名草子) 山本友名は、夢で語らった美女に恋し、病の床に臥す。出入りの遊民是楽の勧めで友名は有馬へ湯治に行き、帰途、夢で見たのとそっくりの女を見出して妾にする。
『太平記』巻3「主上御夢の事」 後醍醐帝が笠置の城で、「常磐木の南枝のもとに臣下列座し、玉座あり」との霊夢を見る。「木の南すなわち楠である」と帝は夢解きをし、楠姓の武士を求め正成を得る。
『デミアン』(ヘッセ) 青年シンクレールは、大きく力強い女性が彼を抱擁し、歓喜と戦慄を与える夢を繰り返し見る。大学入学後シンクレールは友人デミアンと再会し、その母エヴァ夫人と出会うが、彼女こそ夢の中の女性だった。エヴァは、シンクレールの心を理解しつつも、彼の求めには応じなかった。
*→〔花〕4の『青い花』(ノヴァーリス)。
『フォスフォレッスセンス』(太宰治) 「私」には夢の中で逢う妻がいて、性欲とは無縁な恋の会話を楽しんでいる。ある日、目覚めてから、「私」は編輯者と一緒に「そのひと(=夢の中の妻)」の家を訪れた。「そのひと」は不在だったが、女中が家へ入れてくれた。居間に「そのひと」の夫の写真が飾られていた。南方の戦地へ行ったきり七年間消息がないのだという。写真の下には花があった。それは、夢の中で「そのひと」から教えてもらった "Phosphorescence" という名の花だった。
『入鹿』(幸若舞) 蘇我入鹿暗殺を謀る鎌足が春日の宮に参籠し、夢うつつのうちに榊葉一房が直衣にかかる。目覚めて見ると、榊の細杖がある。鎌足はこの杖をついて盲目のふりをし、入鹿を欺き油断させる→〔盲目〕7。
『怪談牡丹灯籠』(三遊亭円朝)4 萩原新三郎は夢でお露と枕をかわし、「これを私と思え」と言って香箱の蓋を手渡されるが、目覚めるとそれが現実にあった。
『雁の草子』(御伽草子) 雁の化身である男と契った女が、夢で「雁が枕元に手紙を置く」と見る。目覚めると手紙があり、「狩人に射殺されたので、御世を弔ってほしい」と書いてあった。
『好色一代男』巻6「心中箱」 世之介は、「愛人藤浪太夫が縞縮緬を置いて帰る」との夢を見るが、現実にその縮緬が手元にあった。一方藤浪の所では、縮緬一巻が失せた、と捜していた。
『剪燈新話』巻2「渭塘奇遇記」 金陵の王青年は、渭塘で一目見た娘に恋し、毎夜のように娘と逢う夢を見る。ある夜の夢で、娘が王青年に指輪を贈り、王青年は返礼に娘に扇の下げ飾りを贈る。王青年が目覚めるとその指輪をはめており、扇の下げ飾りはなくなっていた。
『太平広記』巻282所引『異聞録』 ケイ鳳がある日昼寝をしていると、夢に美人が現れて巻物を手に吟詠する。巻物にはその美人の作った詩が何編か書かれており、鳳は美人の許しを得て冒頭の一編『春陽曲』を筆写する。目覚めて後、懐から書き写した詩が出てくる。
『椿説弓張月』後篇巻之5第28回 十三歳の朝稚が足利の八幡宮に詣でる。夢に童子が現れ、「路に幣を立てて倒れた方角を尋ねれば父為朝に会うだろう」と告げる。目覚めると幣が膝の上にあり、供の梁田時員も同じ夢を見ていた→〔身代わり〕4a。
『とはずがたり』(後深草院二条)巻5 四十八歳になった二条は熊野に参詣し、那智山にこもった。夢で、前年崩御された後深草院の霊と対面し、「熊野の神木である梛(なぎ)の二枝を賜る」と見て、目覚めると、檜の木の骨の白扇が一本あった。二条は「夢覚むる枕に残る有明に涙ともなふ滝の音かな」と詠み、扇を後深草院の形見と思って、帰京した。
『平家物語』巻1「願立」 山門で後二条関白師通を呪咀した夜、ある人が、「八王子権現から鏑矢の声発し、王城をさして鳴り行く」との夢を見る。翌朝、関白邸の格子には、露にぬれた樒一枝が立っていた。
『平家物語』巻3「大塔建立」 平清盛は安芸守在任中に、厳島を修理した。修理を終え、厳島に通夜した折の夢に、「宝殿から天童が出て『この剣をもって天下を鎮め、朝家の御守りたれ』と告げ、銀の蛭巻をした小長刀を授ける」と見た。目覚めると枕元にその刀があった→〔剣〕3。
『発心集』巻2−7 相真は、暹俊から由緒ある三衣の袈裟のうちの一衣を譲り受け、臨終時の遺言によって袈裟とともに埋葬される。後、暹俊の夢に亡き相真が現れ「袈裟を返す」と告げる。暹俊が夢覚めて三衣の箱を開けると、袈裟があった。
『松浦宮物語』巻2 弁の少将は神兵の助けを得て、宇文会率いる敵軍を打ち破る。夜、木の下に露営した少将の夢に神が現れ、甲冑・武器・馬・鞍を授けられる、と見て目覚めると、それらが目の前に置かれていた。
『大和物語』第147段 旅人が塚のほとりで眠る。血まみれの男が来て「敵に攻められている」と言い、刀を請う。目覚めた旅人は、夢を見たのだ、と思うが、実際に刀を貸していたのだった。翌朝見ると、塚のもとに血が流れ、刀にも血がついていた。
『カター・サリット・サーガラ』「マダナ・マンチュカー姫の物語」5・挿話11 ウシャーは夢の中で美しい男と結婚する。目覚めると男の姿はなかったが、夫婦の契りを結んだしるしが見られたのでウシャーは驚く。神通力を持つ侍女チトラレーカーが、男は六万由旬彼方のドヴァーラヴァティー城に住む、ヴィシュヌ神の孫アニルッダであることを知り、二人の仲を取り持つ。ウシャーとアニルッダは、ドヴァーラヴァティー城で幸福に暮らす。
*夢の中の性体験→〔精液〕4の『紅楼夢』第5〜6回。
『源氏物語』「葵」 六条御息所は、「左大臣邸の葵の上の所へ行って荒々しく打ちかかる」などの夢を何度も見る。左大臣邸では、葵の上を苦しめるもののけを退散させるため、加持の僧たちが芥子を焚く。六条御息所は、自らの身体に芥子の香がしみついていることに気づき、着物を替え髪を洗うが、香は消えない。
『かげろふ日記』下巻・天禄3年2月 石山寺の法師から道綱母のもとへ、「『御袖に月と日とを受け、月を足下に踏み日を胸に当て抱き給う』との夢を見ました。夢解きに御尋ね下さい」と言って寄こした。これは、「帝を思いのままにし、望みどおりの政治をする」という吉夢だった。
『源氏物語』「若菜」上 明石の入道は、娘・明石の君が生まれる少し前の二月某日、霊夢を見た。それは「自分が右手で須弥山(しゅみせん)を捧げ、山の左と右から、月と日の光がさし出ている。自分自身は山の下の蔭にいて、光にあたらない。山を海に浮かべ、自分は小舟を漕いで西へ行く」というものだった。入道はこの夢に期待をかけ、明石の君を養育した〔*明石の君は光源氏と結婚して姫君を産む。姫君は東宮妃となって皇子を産む。明石の入道の曾孫が、次代の帝になるのである〕。
『捜神記』巻10−2(通巻252話) 孫堅の夫人呉氏は、月が懐に入った夢を見て策を生み、日が懐に入った夢を見て権を生んだ。
『曽我物語』巻2「時政が女の事」 北条時政に三人の娘がいた。ある夜、次女である十九歳の娘が、「高い峰に登って月と日を左右の袂におさめ、橘の三つなった枝をかざす」との夢を見た。これはたいへんな吉夢であったが、次女はそれと悟らず、二十一歳の長女(=政子)に夢の内容を語って、その意味を尋ねた→〔売買〕3。
『曽我物語』巻2「盛長が夢見の事」 源頼朝に仕える藤九郎盛長が、宿直(とのゐ)の夜に夢を見た。「頼朝が箱根に参詣し、左足で外の浜(=青森県・津軽半島の浜辺)を踏み、右足で鬼界が島(=鹿児島県・硫黄島)を踏む。左右の袂には月と日を宿し、小松三本を頭にいただいて南へ歩む」という夢だった。藤九郎盛長は「これは神仏のお知らせの吉夢」と考え、頼朝に報告した〔*延慶本『平家物語』巻4−38「兵衛佐伊豆山に籠る事」に類話〕。
*「左右の袂に月と日を入れる」というのは、→〔口〕5dの『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」の、「十字架の左右の腕が全世界を抱きかかえる」との夢を連想させる。
『ヨハネの黙示録』第12章 「わたし(ヨハネ)」は神に導かれて、世界の終末に起こる出来事を天に幻視する。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭に十二の星の冠をかぶっている。女は、鉄の杖ですべての国民を治めるべき運命の男児を産む。七頭の龍が男児を食おうとねらうが、男児は神の玉座へ引き上げられ、女は荒れ野へ避難する。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)385「夢」 予言の術を持つアポロンは、人間たちから崇められ、驕り高ぶる。怒ったゼウスが正夢を作り、アポロンを介さず直接人間に未来を教える。アポロンが許しを求めたので、ゼウスは偽りの夢を作る。人間は夢の判断に迷い、再びアポロンの予言を頼る。
『オデュッセイア』第19巻 夢が通う門は二つある。一つは象牙で、もう一つは角で造られている。象牙の門から出た夢は人をあざむく。角の門から出た夢はその通りに実現する。
『鏡の国のアリス』(キャロル) 鏡の国の住人・二人の太った小男トイードルダムとトイードルディーが、アリスに、「今、赤の王様が君の夢を見て寝ている。君は、赤の王様の夢の中の存在にすぎない。王様が目覚めたら、君は消える」と告げる。物語の最後で、アリスは鏡の国から自分の家に戻り、「夢を見たのは、わたしか赤の王様かどちらなのだろう?」と考える。
『ユング自伝』11「死後の生命」 一九四四年の重病の後、「私(ユング)」は夢を見た。礼拝堂で一人のヨガ行者が結跏趺坐しており、彼は私の顔をしていた。彼が、私について黙想している人間であり、彼は夢を見、私は彼の夢なのだった。彼が目覚める時、私はこの世に存在しなくなることが、私にはわかった〔*→〔アイデンティティ〕3の『円環の廃墟』(ボルヘス)に類似〕。
*自閉症児の心の中の世界に入り込む→〔時間旅行〕2aの『火星のタイム・スリップ』(ディック)。
『諧鐸』10「夢の中の夢」 曽孝廉は会試に第一位で及第し富貴の身となって、妓女四人と寝所で戯れる。不意に妻が大声で呼ぶので曽は目覚め、「せっかく女人国の夢を見ていたのに」と怒る。妻も負けずに言い返し二人は口論するが、それもまた夢で、曽は会試受験のため上京する旅の途中だった。
『祖母の為に』(志賀直哉) ある晩の夢で「私」は、祖母の夜着の袖口から小さな妹の手が出ているのを見た。見直すと、今度は「私」の髪が一塊あった。葬儀社の「白っ児」(*→〔死神〕4)が背後をすり抜けるので、「私」は組みついた。目覚めて夢の話をすると、祖母も「同じ夢を見た」と言うので、「私」はぞっとした。しかし翌朝起きると、それもまた夢だった。
*男がうたた寝をしてうなされ、女房に起こされる。しかしそれも夢だった→〔円環構造〕5の『天狗裁き』(落語)。
*夢の中の夢の中の夢。入れ子構造の夢→〔入れ子構造〕5。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第28巻112ページ 悪漢に追われた美女が、夜道を帰るマスオに助けを求める。マスオが「絶世の美人。夢のようだ」と思いつつ悪漢に立ち向かうと、意外にも簡単にやっつけることができた。「やっぱり夢らしい。夢と決まったら派手に行くぞ」と言って、マスオは悪漢を殴り飛ばす。
『敵のエピソード』(ボルヘス) 敵が「私(ボルヘス)」の家へやって来る。彼は杖をついて、覚束ない足取りで歩き、ノックの音は弱々しい。「私」が扉を開けると、彼は拳銃をつきつけ、「家に入り込むために同情を誘う手段に訴えたのだ」と言う。「僕は君を殺さねばならない。ボルヘス君。もう、どうすることもできないよ」。「一つだけできることがある」と「私」は答える。「目を醒ますことさ」。そして「私」は目を醒ました。
『不思議の国のアリス』(キャロル) 「あの娘の首をはねよ」と廷臣たちに命ずる女王にむかい、アリスは「あんたたちなんか、ただのトランプじゃないの」と言う。そのとたん、トランプたちは空に舞い上がり、アリスの上にひらひらと落ちて来る。アリスが悲鳴をあげて目覚めると、姉が、木からアリスの顔に落ちて来た葉を払いのけているところだった。
『夢判断』(フロイト)T−C−1「外的(客観的)感覚興奮」 フランス革命の恐怖政治時代、ある人が有罪の宣告を受けて断頭台へ上がる。ギロチンの刃が落ち、彼は首が胴体から離れるのを感じて、目を覚ます。するとベッドの板が落ちて、ちょうどギロチンの刃のように、彼の頸椎に当っていたことがわかった〔*他に、教会の鐘が鳴る夢や、幾枚もの皿が床に落ちて砕ける夢を見て目覚めると、目覚し時計が鳴っていたなど、多くの例があげられている〕。
*→〔本〕4bの『不思議な島』(芥川龍之介)。
*→〔枕〕1aの『古事記』中巻。
★16a.夫が眠って夢を見る。妻が覚醒した状態で、夫の夢の内容を目撃する。
『西鶴名残の友』巻1−1「美女に摺小木(すりこぎ)」 俳諧師正道は、著名な女流俳人美津女(みつじょ)にあこがれ、「夢でもいいから一目見たい」と願っていた。ある夜、正道の妻が帰宅すると、見知らぬ年増の美女が奥座敷に寝ているので、妻は怒って、すりこ木で打ちかかる。とたんに夫正道の夢は覚め、美女の姿は消えてしまった。正道は「いちずに思い込んだために女の姿が現れたのだろう」と告白した。
★16b.人間が眠って夢を見る。夢の内容を人造人間が目撃し、まわりの人たちに説明する。
『ファウスト』第2部第2幕「実験室」 ガラス瓶の中の小人ホムンクルスは、眠るファウストの身体の上に浮遊し、「美しい景色だ。森の中の清い水。美女たちが着物を脱ぐ。白鳥が一人の美女の膝もとにすり寄って来る」と、ワグネル教授や悪魔メフィストフェレスに語り聞かせる。それは、今ファウストが見ている夢の内容だった〔*白鳥はゼウスの化身。美女はレダ。ゼウスとレダの間には美女ヘレネが誕生する〕。
★17a.妻が眠って夢を見る。妻の身体から抜け出した魂を、夫が目撃する。
『三夢記』(白行簡)第1話 劉幽求が夜道を帰宅する途中、家の近くの寺の中で、妻が十人あまりの女たちとともに食事をし談笑している姿を見る。不思議に思いつつ家に着くと、寝ていた妻が起き出して、「先程、夢の中で見知らぬ人たちと寺へ遊びに行き食事をした」と語る〔*類話である→〔夢遊病〕6の『閲微草堂筆記』「姑妄聴之」212「農婦の夢」は、夢遊病の症状のようにも見える〕。
『遠野物語』(柳田国男)100 夜の山道を帰る漁夫が妻に出会うが、「狐であろう」と察して、魚切包丁で刺す。その同時刻、家で寝ていた妻は、夫を迎えに出て山道で何者かに刺されそうになる夢を見ていた〔*妻の夢=魂が身体から抜け出、狐の体にとりついて野山に遊び出たのだった〕→〔死体〕10。
*娘が眠って夢を見る。娘の身体から抜け出た魂を、婚約者の男が目撃する→〔蛍〕3の「蛍」(小泉八雲『骨董』)。
★17b.母親が眠って夢を見る。母親の身体から抜け出した魂を、息子が目撃する。
『諸国百物語』第5話 木屋の助五郎の老母は、吝嗇で無慈悲な性格だった。ある朝、助五郎は用事で一条戻り橋へ出かけ、老母が橋の下で死人を引き裂いて喰らうさまを見た。助五郎は急いで帰宅し、眠っていた老母を起こすと、老母は「一条戻り橋の下で死人を喰らう夢を見て身の凍る思いをしていたら、折よくお前が起こしてくれた」と言う。この後、ほどなく老母は病気になって死んだ。
*夢で異郷へ行く→〔クリスマス〕1a・〔人形〕1の『くるみ割り人形』(チャイコフスキー)。
*宝のありかを知らせる夢→〔魂〕2に記事。
*尿をする夢→〔尿〕2。
★1.長い時間にわたる経験が、実は短時間の夢だったことが、物語の最後にわかる。
『隠れ里』(御伽草子) 中秋の名月の夜、木播の野辺で鼠の隠れ里を見つけ、穴の中に入る。折しも、恵比寿に召集された魚貝軍と大黒天に召集された鼠軍との間に戦争が始まろうとしていたが、布袋和尚が仲裁に入り、恵比寿・大黒が布袋の宿所で和睦の宴をする、と見て目覚めればすべては夢であった。
『金々先生栄花夢』(恋川春町) 金村屋金兵衛は金儲けをしようと江戸へ出かけ、目黒不動前の粟餅屋で居眠りをする。そこへ迎えが来て、彼は富商和泉屋の養子となる。彼は派手な遊びをして「金々先生」ともてはやされ、三十年間の栄華の暮らしのあげく、家産を傾けて追放される。それは、粟餅ができあがるまでの僅かの時間に見た夢にすぎなかった。
『沙石集』巻1−9 若い僧が、上総から熊野詣でに来た娘を見そめる。僧は、参詣を終えて帰る娘を追いかけ、船を待つ間に夢を見る。僧と娘は上総で結婚し、子供も二〜三人生まれる。やがて長男が十三歳になり、元服のため船で鎌倉へ向かう。しかし長男は、誤って海に落ちてしまう。皆あわて騒ぐうちに、僧の目が覚める。十三年の間のことは、すべて片時の夢であった。
『枕中記』(唐・沈既済) 青年盧生が枕(*→〔枕〕2)に頭を乗せた時、茶店の主人は黍の飯を炊いていた。枕の両端の穴が大きくなり、盧生は穴の中へ入って、五十年の栄枯盛衰を経験する。ふと目覚めると、もとの茶店であり、黍の飯はまだ炊き上がっていなかった〔*『邯鄲』(能)はこれにもとづく〕。
『南柯大守伝』(唐・李公佐) 淳于汾が、家の南にある槐の木の下で酔って寝ていると、槐安国王の使者が彼を連れに来る。大槐安国へ行って王の婿となり、南柯郡の大守に任ぜられて治めること二十年の後、家に送り帰される、と見て淳于汾は目覚めた。槐の木の下を掘ると、大きな穴があり蟻の国があった。
『元のもくあみ』(仮名草子) 京の西山に住む貧僧・木阿弥(もくあみ)が、志を立て江戸へ下る。芝居見物の帰りに大金を拾い、新吉原へ乗りこんで高尾太夫と床入り、というところで目覚め、見まわせばもとの京の貧家だった。「もとのもくあみ」とはここから出た諺である。
*→〔賭け事〕3の『魔術』(芥川龍之介)。
『不眠症』(星新一『ボッコちゃん』) ケイ氏は事故で頭を打ってから、まったく眠れなくなった。昼も夜も働けて収入は倍増するが、ケイ氏は「何とかして眠りたい」と願い、医者に薬を注射してもらう。しかし、なぜか、あいかわらず目覚めている。医者は、「あなたは事故以来眠り続けで、高価な薬を用いて今ようやく目覚めたのだ」と説明する。薬代は高く、ケイ氏は当分、昼も夜も眠らず働かねばならなかった。
*眠れない、という夢を見ている夢遊病者→〔眠り〕11の『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「ねむれぬ夜に砂男」。
『新生』(島崎藤村)第2巻115 小説家岸本捨吉は、姪節子との過ちを告白する長編小説を、新聞に連載し始める。世間の人々は驚き、親類縁者たちは怒る。ある読者は、あんなふうに書かれては節子がかわいそうだと思い、「何とかならないものだろうか。『夢だった』とでもするわけにはいかないものか」と言った。
★4.二十世紀中頃になっても、正攻法の夢オチの物語が作られることがある。
『飾窓の女』(ラング) 大学の准教授ウォンリーは、クラブで夜の食事をした帰途、美しい女に誘われて彼女のアパートへ行く。そこへ女の情夫がやって来て争いとなり、ウォンリーは鋏で情夫を刺し殺す。ウォンリーは死体を森に捨てるが、殺人を察知した男が現われて、大金を恐喝する。切羽詰ったウォンリーは、自殺しようと毒を飲む。意識の薄れ行くウォンリーを、クラブのボーイがゆり起こす。ウォンリーは酔って悪夢を見ていたのだった。
★1.良い夢を見たら、それが実現するまでは人に語ってはならない。
『源氏物語』「若菜」上 明石の入道は、娘・明石の君が生まれる少し前に吉夢(*→〔夢〕10)を見た。入道はその夢を心に秘めて、明石の君を育てる。三十数年が過ぎ、明石の入道の曾孫として、将来の帝となるべき皇子が誕生した。これは、かつて見た夢の実現だった。明石の入道は、夢の内容を打ち明ける手紙を明石の君に送り、「光いでむ暁(=皇子の即位の日)近くなりにけり今ぞ見し世の夢語りする」の歌を書き添えた。
『夢見小僧』(昔話) 節分の夜に良い夢を見た小僧が、その内容を言わなかったために家を追われる。小僧はさまざまな冒険の後に二人の長者の娘の命を救い、両家の婿となる。小僧は半月ごとに二人の妻に送り迎えされる身の上となり、両家の間にかけた金のそり橋の渡りぞめをして、「このありさまを夢に見たのだ」と、はじめて語る(福井県遠敷郡名田庄村西谷)。
*→〔売買〕4の『宇治拾遺物語』巻13−5。
*良い夢も悪い夢も、一定期間、人に語ってはならない→〔売買〕3の『曽我物語』巻2。
*皆から「どんな夢を見たか?」と聞かれて、「夢など見ない」と否定し続ける男→〔円環構造〕5の『天狗裁き』(落語)。
★2.悪い夢を見た時、その日のうちに人に語れば、夢は実現せずにすむ。
『二老人』(武者小路実篤) 老画家・野中英次は、「首に縄をまきつけられた妻の死骸が椅子にかけている」という悪夢を見る。彼は「夢をその日のうちに人に話せば夢の魔力はなくなる」と母から聞いていたが、まさか妻に話すわけにはいかないので、その日の訪問客である山谷五兵衛に夢を語る〔*「良い夢は三日黙っていないと効き目がなくなる」とも彼は言う〕。
夢の知らせ(現代民話) 昭和五十七年のこと。「自分」は次のような夢を見た。「妹が遊びに出たまま帰らず、夜中にようやく帰宅した。玄関に立った妹は全身血だらけで、顔は無残にグシャグシャだった。妹は『さよなら』と言って、すうっと消えた」。朝、目覚めてから、「自分」は誰にも夢の内容を話さなかった。それがいけなかったのかもしれない。その日、妹は交通事故に遭い、顔を傷つけてしまった(岩手県盛岡市)。
『アーサーの死』(マロリー)第5巻第4章 アーサー王が、ローマ皇帝と戦うために遠征する船中で、夢を見る。一匹の龍が西方から飛んで来て、東方の猪と戦い、これを殺すという内容であった。王は当惑し、哲学者に夢の意味を問う。哲学者は「龍は王自身、龍の翼はこれまでに征服した国々、龍の尾は円卓の騎士を指します。猪は、これから戦うことになる敵です。心配せず進軍なさい」と答える〔*アーサー王は、ローマ軍との戦いに勝利する〕。
『創世記』第41章 「よく肥えた七頭の雌牛を、痩せた七頭の雌牛が食い尽くす。よく実った七つの穂を、干からびた七つの穂がのみこむ」という夢を、エジプトのファラオ(パロ)が見る。ヨセフが「七年の大豊作の後に七年の飢饉が来る」と、夢解きをする。ヨセフのおかげで、エジプトは豊作の間に食糧を蓄えて飢饉に備えることができた。
『ダニエル書』第2章 ネブカドネツァル(ネブカデネザル)王が即位二年目に、夢を見て不安にかられた。ダニエルが王の問いに答えて、「王は『金・銀・銅・鉄などからなる大きな像が石に撃たれて砕け、石が大きな山となって地に満ちる』という夢を見た。それは、やがて王の代が終わり、その後いくつかの国が起こり、最後に神の立てる国が永遠に続くことを意味する」と、解き明かした。
★1b.王が、自分の見た夢の内容を語らずに、「私が見た夢の内容とその解釈を示せ」と、賢者たちに要求する。
『ダニエル書』第2章 ネブカドネツァル(ネブカデネザル)王が、何度か夢を見て不安になり、「私が見た夢を言い当てて、その意味を示せ」と、賢者たちに命ずる。賢者たちは「夢をお聞かせ下されば、解釈いたしましょう」と言うが、王は「夢を言い当てられないのなら、賢者を皆殺しにする」と怒る。ダニエルが天の神に祈り、夜の幻によって、王の夢の内容を知る→〔夢解き〕1a。
『大鏡』「道長伝」 高松殿明子が、夢で「息子顕信の左方の髪を後ろ半分ほど剃り落とす」と見た。まもなく顕信は出家したので、明子は、あの夢は出家の前兆だったと悟り、「夢解きに命じて吉夢に変えさせるべきだった」と述べた。
『今昔物語集』巻1−4 悉達太子の妻耶輸陀羅(ヤシュダラ)は、ある夜、月が地に落ちた夢・歯が欠け落ちた夢・右臂を失った夢、という三つの夢を見た。これを聞いた太子は「月は依然として天にあり、歯は落ちず、臂も身についている。夢は虚妄だ。恐れることはない」と言った。
『太平記』巻38「太元軍の事」 元の老皇帝(クビライ)が夢に、自らは羊となり、宋の幼帝が獅子となると見る。羊が獅子に恐れて倒れ、二つの角と一つの尾を失うので、不吉な夢と思う。西蕃の帝師が「羊の字から二つの角と一つの尾を取れば王の字になる。これは天下の主となる瑞相」と解く。
『三国志演義』第78回 かつて曹操は、三頭の馬が一つの槽で秣を食う夢を見、馬騰・馬休・馬鉄が曹家(=槽)を滅ぼすかと疑い、彼らを殺した。しかし曹操は後にまた同じ夢を見た。「馬」は司馬氏のことで、司馬懿・司馬師・司馬昭の三人が権勢を得て、曹家を廃することを意味していたのだった。
*予言を誤って解釈する物語と関連がある→〔予言〕3。
*素人の夢判断と易者の夢判断の違い→〔梯子〕3の『御慶(ぎょけい)』(落語)。
*鳥が口に入る夢の解釈→〔口〕4の『蒙牛』141。
*鳥が針をもたらす夢の解釈→〔針〕2aの『うつほ物語』「俊蔭」。
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