『暗夜行路』(志賀直哉)後篇 妻・直子の過失(*→〔密通〕3)以来、時任謙作の心の底にはいつまでもわだかまりが残った。彼は一人大山(だいせん)へ行き、自然に囲まれて安らぎを得るが、疲労などから急病になる。重態の謙作の病床へ直子が駆けつけ、二人はようやく夫婦としての一体感を回復する。
『春色辰巳園』4編巻之11第10條 芸者仇吉と米八は、丹次郎をめぐって敵どうしだったが、仇吉が病に臥しているところへ米八が見舞いに訪れ、彼女の借金の肩代わりをしたことから、二人は仲直りする。
『妹背山婦女庭訓』3段目「山の段」 吉野川の両岸、紀伊国の大判事・清澄と、大和国の太宰少弍後室・定高は不和であったが、両家の一人息子・久我之助と一人娘・雛鳥は、恋仲だった。帝位を狙う蘇我入鹿が、久我之助を殺し雛鳥を妾にしようとするので、清澄は久我之助を切腹させ、定高は雛鳥の首を討って、両家は和解する。
『ロミオとジュリエット』(シェイクスピア) モンタギュー家とキャピュレット家は長年敵対していた。そのことが、両家の一人息子ロミオと一人娘ジュリエットの死をもたらしたことを、老モンタギューと老キャピュレットは悟り、若い二人の死の翌朝に和解する。彼らは、ロミオとジュリエットの像を、両家確執の犠牲の記念として建立しようと誓い合う。
『和解』(志賀直哉) 「自分(順吉)」は小説家で、結婚して我孫子に住んでいる。十一年以前から父と不和であり、祖母や母(=継母)への用で麻布の実家を訪れる時も、父に会うのは嫌だった。祖母も母も、「自分」と父の和解を願っていた。「自分」と妻の間に授かった赤ん坊が、和解の契機になるかもしれなかったが、赤ん坊はすぐ死んでしまった。幸い妻は、まもなく次の赤ん坊を産んだ。実母の二十三回忌の日、「自分」は実家に行き、父と話し合ってようやく和解した。
『黄昏』(ライデル) 引退した老教授ノーマンと妻エセルは、湖畔の別荘で夏を過ごしていた。そこへ、長年不和だった娘チェルシーが、恋人ビルと彼の息子ビリーを連れてやって来る。ノーマンは辛辣な言葉で彼らを迎える。しかしノーマンの心は、ビリーと一緒に魚釣りをするうちに、しだいにほぐれてくる。エセルは「ノーマンは八十歳よ。今理解し合わなくて、この先どうするの」とチェルシーを諭(さと)す。チェルシーはノーマンに「いがみ合うのはやめたい」と言う。ノーマンは「これから時々遊びに来るということか」と応ずる。父と娘は和解する。
『あらし』(シェイクスピア) ミラノ公プロスペローは魔術の研究に没頭し、国政をおろそかにしたため、弟アントーニオーとその仲間ナポリ王によって国を追われ、娘ミランダとともに孤島に逃れる。プロスペローは魔術の力で、島の怪物や妖精を支配する。十二年後、アントーニオーやナポリ王たちの乗る船が近海を航行するので、プロスペローは嵐を起こし、彼らを島に漂着させる。プロスペローは魔術を用いてアントーニオーたちをさまざまに翻弄した後、彼らを許して和解する。プロスペローはミラノ公に復位し、娘ミランダはナポリ王の息子ファーディナンドと結婚する。
*資本家の息子と労働者の娘の恋によって、富裕層と労働者が和解する→〔ロボット〕2の『メトロポリス』(ラング)。
★1a.草・花・果実・薬などを、飲んだり食べたりして若返る。
『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻3−18 オケアノスの彼方の大陸に「不帰の郷」があり、「快楽川」が流れている。そのほとりの木の実を食べた者は、もろもろの欲望を捨て、少しずつ若返る。老人が壮年、青年、少年へと回帰し、やがて胎児となって消滅するのである〔*→〔逆さまの世界〕1bの『逆まわりの世界』(ディック)に類似〕。
『ギルガメシュ叙事詩』 不死を求めて旅をするギルガメシュは、不死者ウトナピシュテムから海底の若返りの草のことを教えられる。ギルガメシュは深淵にもぐって若返りの草を手に入れるが、故郷ウルクへ帰る途中、水浴をしている間に、蛇が来てその草を食べてしまう。
『今古奇観』第8話「灌園叟晩逢仙女」 崔玄微という老人が、広い庭に多くの草花を植えて楽しんでいたが、花の精からもらった花びらを食べて三十代に若返り、後には神仙の道を得て仙界へ去った。
『七草草紙』(御伽草子) 楚国の大しうは、百歳に及ぶ老父母に、帝釈天の教えによって春の七草を与え、二十歳ほどに若返らせた。
『ファウスト』(ゲーテ)第1部 初老の学者ファウスト(*五十歳代と考えられる)は、悪魔メフィストフェレスの用意した若返りの薬を飲み、三十年若返る。美しい青年の姿となったファウストは、街角で見かけた十代の処女マルガレーテ(グレートヒェン)を誘惑して、関係を持つ。
*→〔りんご〕1の『詩語法』(スノリ)第2〜3章。
『桃太郎昔語(ももたろうむかしがたり)』 昔々のこと。爺は山へ草刈りに、婆は川へ洗濯に行った。川に流れて来た桃を食べると、爺と婆は若夫婦に変じて、二人の間に元気な赤ん坊(=桃太郎)が生まれた〔*江戸時代の桃太郎の物語は、若返った婆が桃太郎を産む、という形が多い〕。
『若返りの水』(昔話) 山へ炭焼きに行った爺が、岩陰の清水を飲み、若者になって家に帰った。婆が羨んで清水へ行くが、うんと若返ろうと欲張って飲みすぎ、赤ん坊になってしまった(山梨県西八代郡)。
『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」 若く美貌のアシュヴィン双神が、老チャヴァナ聖仙とともに湖水に入る。しばらくして三人は湖から出て来るが、老チャヴァナ聖仙はすっかり若返って美青年となっており、アシュヴィン双神との見分けがつかないくらいだった→〔三者択一〕4。
『万葉集』巻13 3259歌 「・・・月読(つくよみ)の持てる変若水(をちみづ)い取り来て君にまつりて変若(をち)えてしかも〔*月の神が持っている若返りの水を取って来て、我が君に差し上げ、若返っていただきたい〕」とあるように、月の神は若返りの水を持つ、との俗信があった。
*→〔死〕8の変若水(しじみず)の神話。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第9章 魔女メディアが牡羊を八つ裂きにして煮、子羊に若返らせる。「同様にして老ペリアス王を若返らせる」とのメディアの言葉に、王の娘らは欺かれ、ペリアス王を細々に切り裂いて煮る。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第10話 王様がだまされて老婆と共寝するが、明かりをつけてその正体を見、怒って老婆を庭へ放り出す。朝、通りかかりの七人の妖精が、老婆を十五歳ほどの美女に変身させる。王様はその美女が昨夜の老婆とは知らず、花嫁にする→〔真似〕2。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第4日第1話 ミネコ老人は魔法の石を指輪にはめ、それに願って十八歳の若者になり、王女と結婚する。しかし魔術師に指輪を奪われ、ミネコは老人にもどる。二匹の鼠が魔術師の指をかじって指輪を取り返し、ミネコは前以上の美男子になる。
*→〔老婆〕2a。
八百比丘尼の伝説 十八歳の娘が人魚の肉を食べ、死ねない身体になって、百歳になると十八歳に戻ることを繰り返す。娘は尼になって「白比丘尼」と呼ばれたが、後に若狭の国へ行き八百年以上も生きたので、「八百比丘尼」とも呼ばれた(石川県輪島市縄又町)。また、結婚して夫とともに老いるが、夫が死ぬと娘時代に若返ることを繰り返した、ともいう(福井県小浜市)。
『竹取物語』 翁が竹中からかぐや姫を見つけ、姫は三ヵ月で成人して、多くの男が求婚に来る。その時、翁は七十歳過ぎだった。翁が二十余年かぐや姫を養った頃、姫は「私はまもなく月へ帰る」と告げるが、その年、翁は五十歳ほどだった〔*『竹取物語』の記述をそのまま読めば、翁は一年に一歳ずつ若返ったことになる〕。
『毘沙門の本地』(御伽草子) 天竺瞿婁(くる)国の千載王が九十歳、妃が六十歳の時、申し子をして天大玉姫を得た。姫が生まれると王は二十歳、妃は十七〜八歳ほどに若返った。乳母も五十歳から十七〜八歳ほどになり、その他、民百姓にいたるまで、姫を拝んだ人は皆若返った。
*薊子訓と対座した老人たちは、鬚も髪も黒くなった→〔白髪〕2bの『神仙伝』巻5「薊子訓」。
『だまされた女』(マン) 五十歳の未亡人ロザーリエは閉経期を迎え、自分がもはや女でなくなったことを寂しく思う。彼女は、二十四歳の青年ケンと知り合い、胸をときめかせる。ある日、ロザーリエは思いがけず出血を見て、「再び生理が始まった。私の身体に奇蹟が起こったのだ」と歓喜する。彼女はケンと逢い引きの約束をするが、その直後に大量出血で倒れる。ロザーリエは子宮癌に侵されていたのだった〔*→〔盗作〕3の『再春』(松本清張)は、女性作家がこの小説を知らなかったため、盗作問題を起こす物語〕。
*これとは逆の設定で、病気だと思ったら妊娠だった、という物語がある→〔妊娠〕5の『カズイスチカ』(森鴎外)。
★6.老人が若者から若さをもらうが、反省して再び老人にもどる。
『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」 ヤヤーティ王は聖仙シュクラに呪われ、老人になってしまった。王は五人の息子たちに、「わしの老年を引き受けてくれ」と頼む。四人は断るが、末子が父の老いを引き受けて、自分の若さを父に与える。若返った王は、虎のようにたくましくなり、二人の妃と愛の営みを千年以上も楽しんだ。しかしある時、王は人の欲望に限りのないことに気づき、若さを末子に返した。王は断食の行をおこない、妃たちとともに昇天した。
『未来ドロボウ』(藤子・F・不二雄) 病気で余命六ヵ月の金持ち老人が、貧しさゆえ高校進学を断念した少年と、心を交換する。老人の心は、若い身体を得て生き生きと、光り輝く毎日を送る。しかしやがて老人は、「若いということは想像以上にすばらしい。すばらしすぎる。世界中の富をもってきてもつりあわないだろう。この取り引きは不公平だった」と考え直し、未来を、正当な持ち主である少年に返す。
『這う男』(ドイル) 老学者が若返ろうとして失敗する事件があった(*→〔猿〕7c)。ホームズは、若返りには否定的な考えを持っていた。彼は言う。「若返りが可能になれば、好色で世俗的な人間だけが、生命を長らえるだろう。崇高な人間は、より高いあの世へ行くことを嫌がらないからだ。この愛すべき世界は、生きる価値のない者ばかりの、汚水溜になってしまう」。
*性交による若返り→〔性交〕7の『列仙伝』(劉向)「女几(じょき)」。
*白髪で生まれ、その後だんだん若返る→〔白髪〕1bの『河童』(芥川龍之介)16。
『歌行燈』(泉鏡花) 若き能楽師恩地喜多八が叔父とともに伊勢を訪れた時、古市の按摩で宗山と名乗る謡の名人がいると聞き、叔父に内緒で宗山と芸くらべをする。喜多八は絶妙な拍子を打って宗山の謡の呼吸を崩し、声を出せなくなった宗山に侮蔑の言葉を浴びせる。宗山は憤って縊死する。
『今昔物語集』巻24−5 絵師川成と飛騨の工(たくみ)は、互いに腕前を競う仲だった。飛騨の工は、新築の堂に絵師川成を招いたが、その堂は四面の戸が閉じたり開いたりして、どうしても中に入れないように造ってあった。絵師川成は困惑し、飛騨の工は大笑いした。その仕返しに絵師川成は、自家の襖に本物そっくりの腐乱死体を描き、それを飛騨の工に見せておびえさせた。
石見国布引山(高木敏雄『日本伝説集』第21) 布引山の女神が「私は一日一夜に布を織って山を巻こう」と言い、飛騨の匠(たくみ)が「自分は一日一夜に寺を建てよう」と言って、互いのわざを競う。飛騨の匠は、夜明け近くなっても寺が出来上がらず、気を揉んで山の方を眺める。すると、早くも布が織れたらしく、山は一面に白くなっていた。飛騨の匠は「もう駄目だ」と思い、勝負を諦めた。実は、白い布と見えたのは月の光だった(石見国布引)。
*月の光を、白い封筒に見間違える→〔月〕4dの『懶惰の歌留多』(太宰治)。
『変身物語』(オヴィディウス)巻6 機織り上手の娘アラクネが「女神ミネルヴァ(=アテナ)様も私とわざを競われたらよいのだ」と言い、怒ったミネルヴァとアラクネとの間に機織り競技が行なわれる。アラクネはミネルヴァに劣らぬ美しい織物を織るので、ミネルヴァは梭でアラクネの額を打つ。アラクネは縊死し、蜘蛛に化す〔*この神話にもとづく『荒絹』(志賀直哉)では、機織り競技はなく、山の女神が、機織り娘荒絹と牧童阿陀仁の恋に嫉妬して、荒絹を蜘蛛のごとき姿に変えた、とする〕。
『今昔物語集』巻1−9 大勢の外道と舎利弗とが、王の前で術くらべをする。外道たちは、大樹・洪水・大山・青龍・大牛・大夜叉を現じて舎利弗を攻撃するが、舎利弗は、風・大象・力士・金翅鳥・獅子・毘沙門を出し、ことごとく打ち勝つ。こうして、仏法の優れていることが広く認められた。
『西遊記』百回本第45回 虎の精の化身である虎力大仙と三蔵法師が、雨乞いの術くらべをする。虎力大仙の呪文に応じて風が吹き雲が湧くので、孫悟空が空中に飛び、風・雲の神や雨を司る龍王に、「妖怪に協力するな」と命ずる。虎力大仙の雨乞いは失敗し、次いで三蔵法師が経を念ずると、悟空の合図で龍王が大雨を降らせる。
『用明天王職人鑑』初段 敏達天皇の時、仏道を尊ぶ花人親王と外道を奉ずる山彦王子が争い、それぞれの経巻に火をつけると、仏典が焼け、外道の書は焼けなかった。しかし花人親王の祈りに応じて、焼け残りの巻軸から七千余巻の経文が浮かび、釈迦如来の姿が現れて、如来の肉髻から発する光が外道の書を灰燼となした。
*→〔雨乞い〕1の『列王紀』上・第18章・〔杖〕3の『出エジプト記』第7章。
★3.変身くらべ。二者が互いにさまざまなものに変身しつつ闘う。
『西遊記』百回本第61回 牛魔王が、こうのとり・黄鷹・白鶴・じゃこうじか・大豹・大熊と次々に変身し、それに対抗して孫悟空も、海東青(鷲の一種)・烏鳳・丹鳳・虎・獅子・大象と姿を変えて、激しく闘う。天神たちが皆悟空に味方して牛魔王を取り囲み、牛魔王は逃げ場を失って降参する。
『泥棒の名人とその大先生』(グリム)KHM68 泥棒の大先生のもとで魔法を習った弟子が馬になり、彼の父親がその馬を百ダーレルで大先生に売る。馬は雀になって逃げ出すが、大先生も雀になって追い、戦う。負けた大先生は水に入って魚になり、弟子も魚になってまた戦う。大先生が雄鶏になると弟子は狐になり、雄鶏の頭をかみきってしまう。
おさん狐の伝説 「おさん狐」と呼ばれる狐が美しい娘に化け、野道を歩く能役者の前に現れる。能役者は相手が狐だと気づいて、鬼の面をつける。すると、おさん狐も鬼に化ける。能役者が翁の面をつけると、おさん狐も老人になる。能役者は次々に面を付け替え、おさん狐もそれに合わせて変身するが、とうとう降参して、「化け方を教えてほしい」と頼む(広島市中区江波周辺)。
『しわい屋』(落語) けちな男が住む家へ、ある夜、もう一人のけちが、けちくらべに訪れる。主のけちは、明かりを節約して真っ暗な中に、裸で座っている。頭上には、天井からたくあん石が細引きで吊るしてあり、「いつ石が落ちて来るかと、ハラハラして汗をかいているので寒くない。だから着物もいらない」と言う。客のけちは、「とてもかなわない」と降参して帰る。
*「天上から吊るしたたくあん石」は、ダモクレスの剣の故事を連想させる。ダモクレスは、僭主ディオニュシオス王をうらやんでいた。ある時、王はダモクレスを宴会に招き、王の席に座らせた。その頭上には、刃を下に向けた剣が、一本の毛で吊るされていたので、ダモクレスは王の地位の危険であることを悟った。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第12章 ゼウスは鷲を用いて美少年ガニュメデスをさらい、天上で神々の酒注ぎとした〔*『変身物語』(オヴィディウス)巻10では、ユピテル(ゼウス)自身が鷲に姿を変えてガニュメデスをさらった、と記す〕。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「広重と河獺」 ある朝、旗本屋敷の屋根の上に三〜四歳の女児の死体が発見される。詮議を命ぜられた半七は、絵草紙屋の店先で、広重の描いた鷲の絵に偶然目をとめ、事件の真相を察する。それは前夜、母親とはぐれた女児を鷲がさらい、屋根に落としたのだった。
*巨人国の大鷲が、小人同然のガリヴァーをさらう→〔巨人〕2の『ガリヴァー旅行記』(スウィフト)第2篇。
*鷹やフクロウなど、小さな鳥が子供をさらったという嘘→〔難題問答〕3の『寓話』(ラ・フォンテーヌ)巻9−1・『ジャータカ』第218話。
*鷲などの鳥が子供をさらい、木の上に置く→〔兄妹〕3の『みつけ鳥』(グリム)KHM51。
『南総里見八犬伝』第7輯巻之4第68回・巻之6第72回・第9輯巻之51第180回下 里見義成の娘浜路姫は幼時に鷲にさらわれ、安房から甲斐へ連れて来られて、四六城木工作(よろぎむくさく)に養われる。十四年後、犬塚信乃が木工作宅に止宿した折、信乃の許嫁浜路の亡霊が浜路姫に乗り移り、結縁を請う。後に浜路姫は父母と再会し、信乃と結婚する。
『日本霊異記』上−9 鷲が、但馬国の山里の女児をさらって、丹後国まで連れて行く。女児はそこで養われて育ち、八年後、たまたま所用で丹後を訪れた父親に発見される。
良弁杉の伝説 良弁僧正は二歳の時鷲にさらわれ、奈良の二月堂下の大杉まで運ばれた。良弁は義渕僧正に養育され、成長後は東大寺建立に力を尽くしたが、その杉を父母と思い、毎日参拝した。さらわれてから三十年後に、良弁と母は杉の木の下で再会した(奈良市東大寺)。
『良弁杉由来』「志賀の里の段」 近江国志賀の里で、水無瀬左近の未亡人渚の方と二歳の若君光丸が茶摘みに興じているところへ、大鷲が舞い降り、光丸をさらう。渚の方は悲しみに心乱れ、物狂いとなって、諸方をさまよい歩く。三十年の後に、渚の方は我が子と再会する→〔再会〕7。
*伊予の国の長者・橘朝臣清政の若君・玉王は幼い時、鷲にさらわれ阿波の国まで連れて行かれるが、後に父母と再会する→〔出生〕2aの『神道集』巻6−33「三島大明神の事」。
『遠野物語拾遺』138 遠野の町に「宮」という家があり、土地で最も古い家だと伝えられている。昔、この家の元祖は猟に出かけて鷲にさらわれ、はるか南の国の、とある川岸の大木の枝まで連れて行かれた。元祖は鷲を刺し殺して岩上に落ち、水際まで降りた。折り良く一群の鮭が上って来たので、その鮭の背に乗って川を渡り、家に帰ることができた。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)296「農夫と助けられた鷲」 農夫が、罠にかかった鷲を放してやる。後、崩れそうな壁の下に農夫が座っていた時、鷲が農夫の帽子を奪い去る。農夫は後を追い、鷲は帽子を落とす。農夫が帽子を拾って戻ると、壁が崩れ落ちていた〔*→〔鼠〕5の『太平広記』巻440所引『宣室志』・〔胸騒ぎ〕の『日本霊異記』中−20に類似する。*→〔山〕6aの『子不語』46「鳳凰山が崩れたこと」のように、美女のおかげで命拾いするという物語もある〕。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)395「蛇と鷲」 農夫が、蛇にからめ取られた鷲を見て、蛇のとぐろをほどいて鷲を解き放った。蛇は恨んで、農夫の盃に毒を注いだ。農夫が知らずに飲もうとした時、鷲が舞い降りて、盃をはたき落した〔*→〔誤解〕2の『千一夜物語』「シンディバード王の鷹」に類似〕。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)276「射られた鷲」 ある人が、弓で鷲を射た。矢は鷲の肉に突きささった。鷲は矢筈の羽を見て、「自分の羽で殺されるとは、踏んだり蹴ったりだ」と言った。
*オーディンが鷲に変身する→〔酒〕3の『詩語法』(スノリ)第6章。
*鷲と蛇→〔ウロボロス〕1の『ツァラトゥストラはこう言った』「序説」・〔凶兆〕3bの『イリアス』第12歌。
『ピーター・パン』(バリ) ピーター・パンが海賊フックの右腕を切り落として、鰐に与えた。鰐はその味が忘れられず、フックの身体全体を食べようと、彼を追いまわす。鰐は時計を呑みこんでおり、絶えずチクタク音をたてているので、フックは、鰐が近づく前に逃げることができる。しかし、やがて時計は止まる。いつのまにか鰐は、ピーター・パンとフックが剣で決闘をしている船の、すぐ下に来ていた。フックは決闘に敗れ、鰐の口の中へ落下して行った。
*蝋(ろう)で造ったワニが人を襲う→〔密通〕1aの『ウェストカー・パピルスの物語』(古代エジプト)。
小鹿と鰐の動物寓話(大林太良『神話と神話学』) 小鹿が川の向こう岸へ渡りたいと思って、鰐たちを呼び集める。小鹿は「お前たちの数をかぞえてやろう」と言い、鰐たちを川のこちらから向こうまで横一列に並ばせる。小鹿は数をかぞえながら鰐たちの上を跳び渡り、向こう岸に着いてから礼を言う。「どうもありがとう。俺さまは、こっちに来たかったのさ」(西ボルネオ、陸(ランド)ダヤク族)。
★3.日本の神話にあらわれる「わに」=鮫(さめ)、とする説が有力である。
『古事記』上巻 稲羽の素兎(しろうさぎ)が、「隠岐の島から気多(けた)の岬(=鳥取市付近)まで渡りたい」と思う。素兎は海の鰐をだまして、「兎と鰐、それぞれの一族の数をかぞえよう」と言い、多くの鰐を一列に並ばせる。兎は鰐たちの背を次々に踏んで海を渡って行くが、あと一歩で渡り終える時に、「鰐よ。お前たちは私にだまされたのだ」と言ったために、皮をはがれた〔*『日本書紀』には、稲羽の素兎の物語は出てこない〕。
*→〔洪水〕2bの『塵袋』第10所引『因幡ノ記』では、因幡の兎が洪水で隠岐へ流されたので、因幡へ帰ろうとしてワニをだました、と記す。
『日本書紀』巻1・第8段一書第6 事代主神(ことしろぬしのかみ)が八尋熊鰐(やひろくまわに)に変身して、ミシマノミゾクヒヒメ(別伝ではタマクシヒメ)のもとに通い、姫蹈鞴五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)が生まれた。この子は成長後、神武天皇の后となった。
『出雲国風土記』仁多の郡恋山(したひやま) わにが、阿伊の村にいる神・玉日女(たまひめ)の命(みこと)を恋うて、川をさかのぼってやって来た。しかし玉日女の命は石で川を塞いだので、わには逢うことができず、慕うばかりだった。それゆえ、そのあたりの山を恋山(したひやま)という。
『出雲国風土記』意宇の郡安来の郷 天武天皇二年(674)七月十三日、語臣猪麻呂(かたりのおみゐまろ)の娘が、わにに喰い殺された。猪麻呂は娘の遺体を浜辺に葬って何日も去らず、わにへの復讐を神々に訴える。すると百匹余りのわにが、一匹のわにを囲んで静かに寄って来た。猪麻呂が鋒(ほこ)で真ん中のわにを刺し殺した後に、百匹余りのわには解散した。殺したわにの腹を割くと、娘の片脚が出てきた。これは六十年前のことである。
『古事記』上巻 高天原の八百万(やほよろづ)の神々は、天の岩屋戸にこもったアマテラスを連れ出すため、大声で笑った。アマテラスは「私が岩屋戸にこもっているので、高天原も葦原中国も真っ暗なはずなのに、なぜ皆笑うのだろう」と不思議に思い、岩屋戸を開けた。
『処女の祈り』(川端康成) 小山の上の墓場から石塔が一つ転がり落ちる。村人たちは、何かの祟りがあるに違いないと恐れ、処女十六〜七人を集め一斉に笑わせて、魔を払おうとする。娘たちは髪振り乱して笑い躍り、村人が墓場の枯草に火をつける。
『日本書紀』巻2・第9段一書第1 天孫ニニギノミコトが地上に降臨しようとした時、その道すじに一人の神が立ちふさがった。アメノウズメがその神を服従させるべく立ち向かい、裸身をあらわして大いに笑った。神は「猿田彦」と名乗り、天孫の先導をした。
『笑い茸』(落語) 生まれて四十五年間笑ったことがない仏頂という男に、妻が笑い茸を酒に浸して飲ませる。たちまち仏頂は大笑いを始め、「笑う門には福来る」の諺どおり、宇宙の金が全部仏頂の所へ集まって来る。そのため天国では金がなくなり、月も星も貧乏になる。星々が対抗して大声で笑い、それを聞いた金が天国へ戻ろうとするので、仏頂は「あれはそら笑いだ」と言ってとめる。
★1c.鬼や魔物を笑わせることによって、その力を失わせる・追い払う。
『鬼が笑う』(昔話) 川向こうの鬼屋敷の鬼が、村の娘をさらう。母親が、野中の石塔の化身である庵女の援助を得て、娘を捜し出し、いっしょに舟で逃げる。大勢の鬼が追って来て川の水を飲むので、舟が後戻りする。母と娘と庵女が着物をまくって性器を見せると、鬼たちは大笑いして水を吐き出したため、舟は前進し、三人は無事逃げ帰る(新潟県南蒲原郡。*女が鬼の子を産む、という形で語られることもある)。
『魔法を使う一寸法師』(グリム)KHM39「3番目の話」 一寸法師たちが赤ん坊をさらい、代わりに鬼子を押しつける。鬼子を追い払うには笑わせれば良いので、母親が卵の殻に水を入れて火にかけると、鬼子は「卵の殻で湯を沸かすやつなど見たことがない」と言って笑う。たちまち一寸法師たちが来て、赤ん坊を返し、鬼子を連れてどこかへ行ってしまう→〔取り替え子〕5。
『薔薇の名前』(エーコ) 十四世紀の北イタリア。山上の僧院で、修道僧たちが謎の死をとげる。事件の解明を依頼されたフランチェスコ会修道士ウィリアムは推理を重ね、僧院の文書館の奥へと入って行く。文書館内には盲目の老修道僧ホルヘが潜み、笑いを論じたアリストテレスの『詩学』の写本を守り続けていた。「笑いは頽廃であり罪悪であって、これを封じるべきだ」と考えるホルヘは、写本に毒を塗り、『詩学』を読もうとする僧を殺したのだった。
★3a.笑わぬ女が、こっけいなものを見たり、自分の気に入るものを見たりして、笑う。
『黄金のがちょう』(グリム)KHM64 気むずかしい王女を笑わせた者を婿にする、と父王が定める。若者が金のがちょうを抱き、そのがちょうに七人の男女が数珠つなぎにくっついて歩いてくるのを見て、王女は笑う。
『史記』「周本紀」第4 周の幽王は后褒ジ(*→〔子捨て〕1a)を寵愛したが、彼女は笑うことを好まなかった。ある時、敵軍も来ないのに諸侯召集の烽火(のろし)を上げてしまい、馳せ参じた諸侯が茫然としているのを見て、褒ジは大いに笑った。幽王は喜んで、以後、しばしば烽火を上げた。やがて本当に敵軍が襲来するが、烽火を上げても一兵も集まらず、幽王は敵軍に殺されてしまった〔*『平家物語』巻2「烽火之沙汰」などに引かれる〕。
『春秋左氏伝』昭公28年 醜貌の賈の大夫が、美人の妻をめとった。妻は三年間、口もきかず笑いもしなかった。大夫が沢辺で雉を射当てた時、妻はじめて笑い、ものを言った。大夫は、「人は何か取り得がなくてはならぬものだ。もし弓ができなかったら、お前は生涯私に口もきかず笑いもしなかったろう」と言った〔*→〔無言〕2bの『杜子春伝』では、女に転生した杜子春に、夫がこの故事を語り聞かせ、杜子春の産んだ男児を石にたたきつける〕。
『諸艶大鑑』巻2−3「髪は嶋田の車僧」 生まれつき笑うのが嫌いという三人の女郎に、いろいろ滑稽なことをして見せるが、笑わない。一人の男が思案して、小石を紙に包んで投げ出すと、三人の女郎は金かと思ってにっこり笑った。
『パルチヴァール』(エッシェンバハ)第3巻 クンネヴァーレ夫人は、「最高の栄誉を勝ち得べき勇士を見ぬうちは決して笑わない」という誓いをたてていた。少年パルチヴァールが道化の着るような服装でアルトゥース(=アーサー)王の宮廷へやって来たのを見て、彼女ははじめて笑った。
『デメテルへの讃歌』 女神デメテルの娘ペルセポネを、冥王ハデスがさらって行った。女神デメテルは心を痛ませ、口を開かず、食物もとらなくなった。イアンベという女が滑稽な言葉を述べて、デメテルはようやく笑みを浮かべ、心をなごませた〔*バウボという女が裸になり、性器を見せてデメテルを笑わせた、という伝説もある〕。
『ペンタメローネ』(バジーレ)「序話」 笑わぬ王女ゾーザに、さまざまな芸を見せたり笑い草を与えたりしても、にこりともしない。ある時老婆と小僧が喧嘩をし、老婆が怒ってスカートをまくり上げ性器を露出する。ゾーザはこれを見て、気絶するほど笑いころげる。
*→〔入れ替わり〕2bの『絵姿女房』(昔話)の女房は、城に連れて来られて以来、まったく笑わなかった。ところが、もとの夫が桃を売りに来たのを見て、はじめてにっこり笑う。桃の形状は女性器を連想させるので、これは女性器を見せて女を笑わせる物語と関係があるであろう。
『化粧』(川端康成) 「私」の家の厠は、斎場の厠と向かい合っており、喪服の若い女が化粧しに来るのがよく見える。ところが昨日は、十七〜八歳の少女がハンケチで涙を拭いていた。拭いても拭いても涙はあふれ、肩をふるわせてしゃくりあげている。彼女だけは、化粧しに来たのではなかった。隠れて泣きに来たのだ。と、その時、彼女は小さい鏡を取り出し、にいっと一つ笑いかけて、ひらりと厠を出て行った。「私」は驚きで叫びそうになった。
『永日小品』(夏目漱石)「モナリサ」 役所勤めの井深が、古道具屋で額入りの西洋画を買って帰る。それは薄笑いする女の半身像で、細君は「この女は何をするかわからない人相だ」と言って気味悪がる。井深は額を欄間にかけるが、翌日、額は落ちてガラスが割れる。額の裏に紙片があり、「モナリサの唇には女性の謎がある・・・・」と書いてある。井深は役所の同僚に「モナリサとは何だ」と尋ねるが、誰も知らなかった。
『モナ・リザとお釈迦さまが会いました』(ホルスト) 天界の廊下の向こう側から、モナ・リザが入って来る。廊下のこちら側から、お釈迦さまが入って行く。二人はふっと微笑みあった。
『微笑の儀式』(松本清張) 夏、冷房代わりに多量のドライアイスを自室に置いて眠る女がいた。女の死を願う男が、麻酔作用のある笑気ガスを使って、女の睡眠を深くする。その結果女は、ドライアイスから発生した二酸化炭素で窒息死する。笑気ガスを吸ったために、女の死顔には和やかな微笑が浮かんでいた〔*その微笑が、犯人逮捕の手がかりになった〕。
『非常ベル』(星新一『おせっかいな神々』) 犯罪チームの親分が、宝石店のショーウィンドウを破ってダイヤモンドを盗む。ダイヤモンドをつかんだ親分は笑いがこみあげ、笑ったまま逃げ、そして逮捕される。ショーウィンドウの中には笑いガスが封入されており、ガラスを割った人物が大声で笑って、非常ベル代わりに盗難を知らせる仕掛けだった。
『生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)』「嶋田宿笑い薬の段」 大内家の奸臣の仲間である医師祐仙が、忠臣駒沢次郎左衛門にしびれ薬を飲ませようとたくらむ。祐仙は前もって解毒剤を飲んでおき、しびれ薬入りの薄茶の毒見をして駒沢次郎左衛門をあざむき、彼に薄茶を勧める。しかしこの計略を知った宿の主徳右衛門が、しびれ薬を笑い薬とすりかえる。しびれ薬の解毒剤は笑い薬には無効なので、薄茶を飲んだ祐仙は笑いが止まらなくなり、計略は失敗する。
『バットマン』(オニール) 犯罪都市・ゴッサムシティ。悪人ジョーカーが、口紅・香水・ヘアスプレーなど、さまざまな商品に笑い薬を混入する。大勢の市民が笑いの発作を起こし、笑いが止まらぬまま死んで行く。ゴッサムシティ市制二百年祭の夜。ジョーカーはパレードの車から偽札をばらまいて人々を集め、笑い死にガスを放つ。その時、蝙蝠の扮装をしたバットマンが、空飛ぶバットウィングに乗って現れ、激闘の末にジョーカーを倒す。
『吾輩は猫である』(夏目漱石)8 苦沙弥先生が陰気な顔をしているので、旧友の鈴木藤十郎が「世の中は笑って面白く暮らすのが得だよ」と忠告する。苦沙弥先生は「笑うのも毒だからな。むやみに笑うと死ぬことがある」と言って、ギリシアの哲学者クリシッパスの故事を語る。「ロバが銀の丼からイチジクを食うのを見て、クリシッパスはおかしくてたまらず、むやみに笑った。ところがどうしても笑いが止まらない。とうとう笑い死にに死んだんだ」。
『散り行く花』(グリフィス) スラム街に住むボクサーのバロウズは、十代半ばの一人娘ルーシーを虐待しつつ、「笑え」と命ずる。ルーシーは、二本の指で唇の両端を引き上げ、無理に笑顔を作る。近所の中国人青年がルーシーを救おうとするが、結局バロウズは、ルーシーを殴り殺してしまう。死ぬ時もルーシーは指を唇に当て、笑顔を作った〔*中国人青年はバロウズを射殺して、自刃する〕。
『日本人の微笑』(小泉八雲『知られざる日本の面影』) 横浜に住むイギリス婦人が、私(小泉八雲)に語った。「我家の日本人家政婦が、にこにこ笑いながら『夫が死んだので葬式に行かせてほしい』と言いました。夕方、家政婦は帰って来て骨壺を見せ、『これが夫です』と言いつつ、声を出して笑うのです。こんないやらしい人間のことを聞いたことがありますか?」。
『手巾』(芥川龍之介) 帝国大学教授・長谷川謹造先生の家を、学生の母親が訪れて、「息子が病死しました」と報告する。母親は微笑を浮かべていたが、両手に握った手巾は激しく震えていた。「顔は笑いつつ、全身で泣いているのだ」と先生は考え、感動する。しかし、母親が帰った後で先生は、西洋の作劇術の「微笑しながら手巾を二つに裂く二重の演技」という記述を読み、複雑な気持ちになった。
*トランプの絵札が笑う→〔賭け事〕3。
*チェシャ猫の笑い→〔残像・残存〕5の『不思議の国のアリス』(キャロル)。
*Aが笑い、それにつられてBも笑い出す→〔真似〕4bの『ダイ・ハード』(マクティアナン)。
『封神演義』第48〜49回 姜子牙(=太公望)が陸圧の教えにしたがって、西岐山に霊壇を築き、草人(=藁人形)を編んで趙公明の名を書く。姜子牙は三日かけて「釘頭七箭書」を読み上げ、七本の桃枝矢を草人の両眼・両耳・咽喉・眉間に射かけ、最後の一本を拳で脳天に打ちこむ。殷の陣地で趙公明は死ぬ。
『藁人形』(落語) 乞食坊主の西念が、女郎に三十両をだまし取られる。西念は怒り、女郎を呪い殺そうと、藁人形を油で煮る。普通は藁人形に釘を打つのである。しかし女郎は、もと糠屋の娘だった。「糠に釘」ではきかないのだ〔*藁人形でなく写真を煮る物語もある→〔写真〕1の『油地獄』(斎藤緑雨)〕。
*→〔髪〕5の『悪を呪おう』(星新一『ようこそ地球さん』)。
*→〔魂〕11の『封神演義』第44回。
*→〔二人妻〕4bの『悋気の火の玉』(落語)。
*藁人形で貧乏神を作る→〔貧乏神〕1の『日本永代蔵』(井原西鶴)巻4−1「祈る印の神の折敷」。
*呪いの人形→〔呪い〕2の『異苑』巻9−15。
『鉄輪』(能) 女が、自分を捨てた夫とその新たな妻を呪って、鬼になる。陰陽師清明(=晴明)が、茅の人形を等身大に作り夫婦の名字を内にこめて、女の呪いを人形に転じ変える。女が恨みを述べに現れるが、守護の神々に追い立てられて退散する。
『太平記』巻7「千剣破の城軍の事」 千剣破(=千早)城にたてこもる楠正成は、等身大の藁人形二〜三十に甲冑を着せ武器を持たせて、城の麓に置く。北条幕府軍がこれを本物の兵と思って攻め登るところへ、大石を四〜五十落とす。幕府軍は三百余人が即死し、半死半生の者は五百余人に及んだ。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之35下第161回 犬川荘介・犬田小文吾の策により、里見の軍は藁人形一千余を船四〜五十艘に載せ、夜、敵軍・扇谷定正配下の陣に寄せる。敵陣からは、矢・弾丸が雨あられと放たれるが、藁人形は外を硬くして矢を受け、内を空洞にして弾丸を納めるように作ってあったので、二〜三万本の矢・二〜三斗の弾丸が手に入る〔*類話である→〔矢〕6の『三国志演義』第46回では、十万本の矢を得る〕。
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