『頭てん天口有(あたまてんてんにくちあり)』(四方山人) 秋葉神社からの魔風に連判状が吹き飛ばされ、生簀に落ちる。葛西太郎が芦の葉で筏を組んで池に浮かべ、鯉を一本取り出して洗鯉としたところ、鯉の腹の中から連判状が出た。
『石山寺縁起』巻5 東国の人が所領争いの訴訟のため上京し、安堵(=所有公認)の院宣を得て帰国する。ところが、下人がうっかりして大事な院宣を川中へ落としてしまう。困った下人は石山寺に参籠し、「宇治川辺で魚を買えば院宣が出る」との夢告を得る。下人は宇治川に駆けつけ、三尺の鯉を買って腹を割くと、中から院宣が見つかる。
『グレゴリウス』(ハルトマン)第4〜5章 贖罪を求めるグレゴリウスの脚に鉄の足枷がはめられ、その鍵を漁師が海中に投ずる。十七年後、漁師の釣った魚の腹から鍵が見出され、グレゴリウスの罪が神によって許されたことが明らかになる。
『シャクンタラー』(カーリダーサ)第5〜6幕 シャクンタラーは、ドゥフシャンタ王から与えられた記念の指輪を、聖水を拝む時に落として失う。仙人の呪い(*→〔呪い〕8)によって、その指輪が見つかるまでの間、ドゥフシャンタ王はシャクンタラーを忘れる。シャクンタラーが王宮を訪ねても、王は彼女が誰だかわからない。後に、漁師の捕らえた鯉の腹中から指輪が出て来て、ドゥフシャンタ王の手に渡る。王はシャクンタラーを思い出す。
『太平記』巻23「大森彦七が事」 悪七兵衛景清が壇の浦で落とした刀を、江豚(いるか)が呑みこむ。江豚は讃岐の宇多津の沖で死に、刀は海底に沈んで百余年を経て後、漁師の網に引かれて大森彦七の手に入る。
*指輪が魚の腹から見つかる→〔指輪〕4。
『南総里見八犬伝』第3輯巻之2第23回 犬飼現八(幼名玄吉)が誕生した七夜の祝いに、父糠蔵が鯛を釣って包丁を入れると、腹中から「信」の文字のある珠が出た。
『宇治拾違物語』巻15−1 父清見原天皇(天武帝)謀殺のくわだてを知った娘は、鮒の包み焼きの腹に危険を知らせる手紙をおし入れて、父のもとへ送った。
『猿源氏草紙』(御伽草子) 昔、内裏へ魚を売りに行った男が、美女今出河の局に心奪われ、鮒の腹に恋文を入れて奉った。焼いた鮒の腹から出た文を見て今出河の局はあわれと思い、位を捨てて魚売りと契りを結んだ(猿源氏が南阿弥に語る挿話)。
『史記』「陳渉世家」第18 秦に対して反乱を起こそうとする陳勝・呉広が、絹に「陳勝、王たらん」と朱書して魚の腹中に入れておいた。何も知らぬ兵卒がその魚を煮て食べ、腹中の書を見つけて不思議がった。
『史記』「刺客列伝」第26 刺客専諸は焼き魚の中に匕首を隠し、酒宴の席で呉王僚を暗殺した。
『太平記』巻4「呉越軍の事」 囚われの越王を励ますため、忠臣范蠡は魚売りに変装し、書を魚腹に収めて獄中に投げ入れた〔*『三国伝記』巻6−11に類話〕。
『今昔物語集』巻2−20 継母の手で川につき落とされた少年ハクラは、魚に呑まれる。その魚は釣り上げられ市に出されて、ハクラの父がそれを買う。魚の腹を開くとハクラが出てくる。ハクラは後に出家して、百六十歳まで健康に過ごした。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第5日第8話 森へ捨てられた兄妹が離れ離れになる。妹ネッネッラは大魚に呑みこまれ、ある島まで運ばれる。そこで兄ニッニッロが大公に仕えているのを、大魚の口の奥からネッネッラは見つけ、兄妹は再会する→〔道しるべ〕1a。
『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)「海の冒険」第3話 ミュンヒハウゼン男爵は地中海で泳ぎ、大魚に呑まれる。男爵が魚の胃の中で激しく足踏みをして踊るので、魚は苦しんで水面から半身を出し、イタリア商船に銛で撃たれる。魚は甲板に上げられ、男爵は腹中から出る。男爵が魚の腹中にいたのは二時間半ほどだった。
『ほらふき男爵の冒険』(ビュルガー)「その他のめざましい冒険」 ミュンヒハウゼン男爵は、大勢の乗組員の乗る船ごと大怪魚に呑みこまれる。魚の胃の中にはすでに、各国出身の一万人の人々がいる。彼らは、魚があくびをした時に帆柱をつっかい棒にし、魚が口を閉じないようにしておいて、三十五隻の船団で脱出する。
『ヨナ書』 ヨナは嵐の海に投げこまれ(*→〔くじ〕2a)、巨大な魚に呑まれる。ヨナは三日三晩、魚の腹の中にいて神に祈る。神が魚に命じ、ヨナを陸に吐き出させる。ヨナは神の命令に従い、預言者となる〔*後に、イエス=キリストが自らの死と三日後の復活について、「ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、私も三日三晩、大地の中にいることになる」と予告する(『マタイによる福音書』第12章)〕。
『しっかり者の錫の兵隊』(アンデルセン) 窓ぎわへ置かれた一本足の錫の兵隊が、窓から落ち溝を流れ、大きな魚に呑みこまれる。暗く狭い魚の腹の中で、錫の兵隊は鉄砲をかついだ姿で横たわる。
『ピノキオ』(コローディ) ジェペット爺さんが作った人形ピノキオは、学校へ行く途中で教科書を売り払い、遊びに出かけて、行方知れずになる。ジェペット爺さんはピノキオを捜して海に行き、フカに呑まれる。ピノキオもさまざまな冒険の後にフカに呑まれ、フカの腹の中でピノキオとジェペット爺さんは再会する。
『雨月物語』巻之2「夢応の鯉魚」 三井寺の僧・興義(こうぎ)は絵の名手で、特に鯉魚の絵を好んだ。ある年、彼は病にかかり息絶え、三日後に蘇生したが、その間に彼の魂は鯉魚となり、琵琶湖を遊泳した。しかし漁夫によって釣り上げられ、あやうく膾にされそうになった時、魂は再び興義の身体に戻った。
『源五郎の天昇り』(昔話) 源五郎が天に昇り、雷の手伝いをして水をまき、下界に大雨を降らせる。ところが足を踏み外して、源五郎は琵琶湖に落ち、もがいているうちに鮒になった。それが源五郎鮒である(長崎県南高来郡。*実際は、漁夫源五郎が安土城主に鮒を献上したから、という)。
『魚の李太白』(谷崎潤一郎) 詩人李太白は、揚子江に沈んで海に流され、真っ赤な鯛と化す。その鯛は、やがて縮緬細工の飾り物に変り、結婚祝いの品として桃子に贈られる。桃子は、縮緬の鯛が「私は李太白だ」と名乗るので驚く。鯛は、「私はいまだに酔っ払って赤い顔をしているのだ」と言う。
『水中都市』(安部公房) 「おれ」の父と称する男がアパートの部屋に上がりこみ、やがて身体が膨張し皮膚が裂けて、魚になる。魚は窓から外に出、野良魚となって、人間を食い殺し逮捕される。父はこれから訓練をうけて警察魚となるか、死刑になって調理されるか、どちらかの運命だ。
*娘が鮒に化す→〔父娘婚〕4の『魚服記』(太宰治)。
*雷神が魚に化す→〔落雷〕3bの『日本書紀』巻22推古天皇26年8月。
『今昔物語集』巻20−34 上津(かむつ)出雲寺の別当浄覚の夢に、亡父が現れる。亡父は「私は鯰(なまず)に転生した。明日私の姿を見たら、殺さずに桂川へ放生してくれ」と請う。翌日、浄覚は鯰を見つけるが、亡父と知りつつ殺し、ぶつ切りにして鍋で煮て食べる。「普通の鯰より美味だ。父の肉だから、うまいのだろう」と浄覚は喜ぶ。そのうち大きな骨が喉にささり、これを取ることができず、浄覚は死んでしまった。
『太平広記』巻467所引『宣室志』 柳宗元が駅舎に泊まった夜、黄衣の婦人が命乞いする夢を三度見る。「明日の宴の膳に上る魚かもしれぬ」と柳宗元は考え、役人に問うと、「大きな黄鱗魚の首を切りました」と答える。柳宗元は黄鱗魚の死骸を河に捨てさせるが、その夜の夢に首のない婦人が現れる。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ7 虎の御門の御濠さらいの前夜、一人の人足の所に男が訪れ「御濠に住む四尺の大鰻を殺さぬように」と請う。人足は承知し、男に麦飯をふるまって帰す。翌日、人足がさらい場へ行くと、すでに大鰻は打ち殺されたあとで、裂かれた腹からは麦飯が出て来た〔*『耳袋』巻之8「鰻の怪の事」に類話〕。
*→〔禁制〕1の『半七捕物帳』(岡本綺堂)「むらさき鯉」。
『閲微草堂筆記』「姑妄聴之」巻15「蟹の前世」 某役人の夢に、以前死んだ下男下女数十人が現れ、「生前、私たちは徒党を組んで悪事を働いたため、蟹になってしまい(*→〔蟹〕5)、転生するたびに釜茹での苦しみを受けています。明日ご主人様が召し上がる蟹は、私たちの生まれ変わった姿です。どうかお救い下さい」と請う。某役人は料理人に「蟹を水に放せ」と命ずるが、料理人は蟹を茹でてしまった。
『魚女房』(昔話) 男が、子供から鱒を買い取って川に放す。何日か後、美女が男の家に来て「女房にしてくれ」と言う。男は、女を女房にする。毎日、女房が作るお汁(つけ)が美味なので、男が台所をのぞくと、女房は着物をぬいで鱒の姿になり、鍋に入って出汁(だし)を出していた。女房は見られたことを悟り、鱒に戻って水舟(=流し)から川へ逃げ去った(山形県西置賜郡。*女房が鍋に小便をしていた、という形もある)。
『西鶴諸国ばなし』巻4−7「鯉の散らし紋」 漁師の内助が生簀に雌鯉を飼うこと十八年、鯉は十四〜五歳の娘ほどの大きさになった。内助が妻をめとると、留守の間に美女が訪れ、妻に「私の腹には内助の子がいる。お前は実家へ戻れ」と抗議した。内助の漕ぐ舟には大鯉が飛び乗り、口から子の形をしたものを吐き出して、消え失せた。
『太平広記』巻469所引『三峡記』 男が白い魚を釣る。家に持って帰ると美女に変じ、「私は高堂(高唐)の女で、魚となって遊んでいたところを捕らえられた」と言う。男と女は夫婦になるが、三年後に女は高唐へ帰る。その後、女は年に三〜四度来た。
『史記』「周本紀」第4 周の武王が出征の軍を起こし、黄河を渡った。中流まで進んだ時、白魚が王の船に躍りこんだ。武王は伏してこれを捕らえ、祭った。
『平家物語』巻1「鱸」 平清盛がまだ安芸守であった時、伊勢の海から船で熊野へ参詣する途次、大きな鱸が船中に踊り入った。案内の山伏が「これは熊野権現の利生。早速お召し下さい」とすすめ、清盛も「吉事なり」と言い鱸を食した。
『鸚鵡七十話』第5話・第17話 魚を食べぬ妃に王がその理由を問うと、妃は「夫以外の男(「魚」は男性名詞)には、一切目も触れません」と答える。その時、皿の中の魚が笑う。王は臣下たちに理由を問い、大臣の娘バーラサラスヴァティーが魚の笑いのわけを明らかにする。妃は男に目も触れぬどころか、馬丁と不義の関係を続けていたのだった。
『カター・サリット・サーガラ』「『ブリハット・カター』因縁譚」 贋ナンダ王は、露台の妃と下の婆羅門が見つめ合っていたことを怒り、婆羅門の処刑を命ずる。その時、市場に並ぶ一尾の魚が笑うので、王は宰相ヴァラルチに理由を問う。宰相は、夜、羅刹女の言葉を立ち聞きして、王に報告する。後宮には女装の男たちが忍び入り、妃たちと通じているのに、それを見逃して無実の婆羅門を処刑するのがおかしくて、魚は笑ったのだった→〔魂〕5a。
*不思議な魚→〔恩返し〕の『西遊記』百回本第9回・〔洪水〕1の『シャタパタ・ブラーフマナ』・〔成長〕1cの『酉陽雑俎』続集巻1− 875。
*魚の蘇生→〔蘇生〕6。
*片目の魚→〔片目〕6。
★1a.ある条件を設定し、その成否によって、願いが叶うかどうか、吉か凶か、運命を占う。
『出雲国風土記』島根の郡加賀の神崎 「今誕生する佐太の大神が勇猛な神の子ならば、失せた弓箭出よ」と、枳佐加地売命が願う。水のまにまに角の弓箭が流れ来、ついで金の弓箭が流れ来る。
『大鏡』「道長伝」 不遇時の道長が伊周と競射をした折、「我が家より帝・后立ち給うべきならばこの矢当たれ」と言って的の真中に射当て、また「摂政・関白すべきならばこの矢当たれ」と言って再び的の真中に射当てた。
『古事記』上巻 高天原に上ったスサノヲは、邪心のないことをアマテラスに示すため、各々うけひをして子を生もうと提案する。スサノヲは女子・アマテラスは男子を得、「これで我が心の清明なることは証された」とスサノヲは言う。
『古事記』上巻 コノハナノサクヤビメは一夜で妊娠したが、ニニギノミコトは「我が子ではあるまい。国つ神の子であろう」と疑う。サクヤビメは「もし国つ神の子ならば無事には産まれまい。もし天つ神の御子ならば無事に産まれよう」と言い、産屋に火をつけて産んだ〔*『日本書紀』巻2神代下・第9段本文・一書第2・第5に類話〕。
『古事記』中巻 出雲の大神を拝することの可否を知るため、曙立王がうけひをして樹上の鷺を地に落とし、また蘇らせ、葉広熊樫を枯らし、また生かした。
『古事記』中巻 香坂王と忍熊王が、神功皇后を討とうとして、事の成否を占ううけひ狩りをする。香坂王が櫟の木に登っていると、猪が現れ、櫟を掘って倒し香坂王を喰った。これは凶兆だったが、忍熊王は畏れず軍を進めた〔*『日本書紀』巻9神功皇后摂政元年二月の類話では、忍熊王は退却する〕。
『日本書紀』巻3神武天皇即位前紀戊午年9月 神武天皇が「八十平瓦で水なしに飴を作ろう。もしできれば、武器を使わず、いながらに天下を平定できるだろう」 とうけひをする。飴はすぐできた。また、「神酒の瓷を丹生之川に沈め、大小の魚が悉く酔って流れれば、私はこの国を平定するだろう」とうけひをする。魚は皆浮かび上がり、口を開いた。
『日本書紀』巻3神武天皇即位前紀戊午年9月 椎根津彦と弟猾が、老父・老嫗の姿をして香具山の土を取りに行く。椎根津彦が、「我が君(神武帝)が国を平定すべきものならば、行く道は自ら開け、もしできないのなら敵が道を塞ぐだろう」と、うけひをする。敵兵は二人を見て「醜い老人だ」と笑い、道をあけた。
『日本書紀』巻9神功皇后摂政前紀(仲哀天皇9年4月3日) 神功皇后が針を曲げて鉤を作り、飯粒を餌とし、裳の糸を釣糸として「西方の宝の国を得られるならば、河魚よ鉤を呑め」と、うけひをする。竿を上げると、鮎がかかった。
『日本書紀』巻11仁徳天皇11年10月 河神への人身御供とされた茨田連衫子は、匏(ヒサゴ)二箇を水に投げ入れ、うけひをして「匏を沈めて浮かばぬようにすれば、真の神と知って水の中へ入ろう。沈められなければ、偽りの神であるから、無駄に我が身を滅ぼすことはしない」と言う。
『日本書紀』巻28天武天皇元年6月 天武天皇は大友皇子と対立し、挙兵する。激しい雷雨の夜、天皇は、うけひをして「もし天神地祇が助け給うならば、この雨は止むだろう」と言う。言い終わるとすぐ、雷雨は止んだ。
『肥前国風土記』基肆の郡姫社の郷 珂是古が、まことに私の祭祀を望む神があるならその神の所に落ちよ、と祈って幡を風に放つと、幡は飛んで御原の郡の姫社の社に落ちた。
『肥前国風土記』松浦の郡(神功皇后) 神功皇后が縫針を曲げて釣針とし、飯粒を餌とし、裳の糸を釣糸として「新羅征伐が成就するなら、鮎よ、我が釣針を呑め」と祈誓して釣針を投げると、まもなく鮎がかかった。
『常陸国風土記』行方の郡 建借間命が遠方に烟を見て「天つ人の烟ならば我が上にたなびけ。荒賊の烟ならば海にたなびけ」と言う。烟は海に流れ、凶賊のいることがわかった。
『平家物語』巻7「願書」 木曾義仲が平家との戦いを前に、「神の加護が得られるならば瑞相を見せ給え」と八幡社に願書を奉ると、山鳩三羽が舞い下りて源氏の白旗の上を飛び廻った。
『平家物語』巻11「遠矢」 壇の浦で戦う源平の軍船の間に多数のいるかが現れ、平家の方へ向かう。宗盛の命を受けた博士が、「いるかが後戻りすれば源氏亡び、我が船団の下を通らば平家危うし」と占う。いるかは平家の船の下を真直ぐに泳ぎぬけた。
*さいころの重六が出るかどうか→〔さいころ〕1aの『大鏡』「師輔伝」。
*虹が出るかどうか→〔虹〕4の『黒い雨』(井伏鱒二)。
*予想が当たるかどうか→〔舞踏会〕2の『戦争と平和』(トルストイ)第2部第3篇
*矢が当たるかどうか→〔矢〕1bの『古事記』上巻(天若日子)。
*指輪が見つかるかどうか→〔指輪〕4の『ドイツ伝説集』(グリム)240「女の砂州」。
*→〔火〕3に記事。
★1b.日本でも外国でも、しばしば石が誓約(うけひ)に用いられる。
『三国志演義』第54回 呉国の婿となるべく赴いた劉備は、寺の巨石を見て「無事に荊州へ戻れ、天下統一の願いが叶うならば、石よ二つになれ。もしここで死ぬ運命ならば、刃は砕けよ」と祈り剣を振り下ろすと、石は二つに切れた。孫権が「呉が隆盛になるならば、二つになれ」と念じて剣を振るうと、石はまた切れて、あわせて十文字の痕がついた。
『ドイツ伝説集』(グリム)135「巨人石」 ザルツヴェーデルの町を敵軍が包囲するが、天使が町を護る。敵の大将が、「町を征服できぬという定めならば、神よ、この石をバターのごとくせよ」と言って軍刀で斬ると、石はバターのように刃を受け入れた。
『日本書紀』巻7景行天皇12年10月 景行天皇が柏峡の大野の巨石にうけひをして、「土蜘蛛を滅ぼすことができるなら、この石を蹴ったら柏の葉のごとくに上がれ」と言い、蹴ると、柏の葉のように大空に舞い上がった。
『豊後国風土記』直入の郡蹴石野 景行天皇が「土蜘蛛討伐が成就するなら、この大石は柏葉のごとく上がれ」と祈誓して蹴ると、石は舞い上がった。
『友情』(武者小路実篤)上・22 夏の夕方、野島は浜辺の石を海へ投げ、「三つ以上波の上を切ってとんだら、杉子は自分と結婚するのだ」と占った。しかしなかなかうまくいかず、三度目に投げた石がようやく水上を三つとんだ。また、波打ち際に「杉子」と書き、「波が十度来るまでに消されなければ・・・・」と思ったが、八度目の波が杉子の名を消した〔*杉子は、野島の親友・大宮を愛していた〕。
*→〔誓約(うけひ)〕3の『春』(島崎藤村)。
『平家物語』巻11「鶏合 壇浦合戦」 源氏と平家が壇の浦で最後の決戦をした時、熊野の別当湛増は、源・平のどちらに味方すべきか迷い、田辺の新熊野の神前で、白い鶏七つと赤い鶏七つを闘わせた。赤い鶏は一つも勝たず、すべて負けて逃げたので、湛増は源氏方についた。
『法王庁の抜穴』(ジッド)第5章 動機なき犯罪を思うラフカディオは、 列車に乗り合わせた男を外へ突き落とそうか、と考える。もし十二数える間に野火が見えなかったら、何もせずにおくことにするが、十まで数えた時、野火が見えたので、ラフカディオは男を突き落として殺す。
*煙が一つになるかどうか→〔兄妹婚〕1の『独異志』下巻。
*雷に撃たれるかどうか→〔落雷〕1の『悪徳の栄え』(サド)。
『詩と真実』(ゲーテ)第3部第13章 「私」がラーン河のほとりを歩いていた時、「ナイフを投げ、それが河に落ちる所が見えたら、画家になれるだろう。柳の茂みに隠れて見えなければ、その願いは叶わないだろう」との心奥の声が聞こえた。「私」がナイフを投げると、落ちる所は柳の陰で見えなかったが、水しぶきはよく見え、曖昧な結果に終わった。
『春』(島崎藤村)106 二十四歳の岸本捨吉は自分の一生の方向を占うため、路傍の石塊を、崖下の谷川に落としてみた。「石塊が河の中へ落ちたら文芸の道を進もう。途中で止まったら他の職業の中へうずもれてしまおう」と考えたのだが、石塊は、一つは河を越して向こうへ落ち、一つは河の中に落ち、一つは河の手前で止まった。結局、どうしたらよいかわからなかった。
*→〔あり得ぬこと〕1a・1b・1cに関連記事。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)226「亀と兎」 亀と兎が競走をする。兎は生まれつき足が速いので、真剣に走らず、道からそれて眠る。亀は足が遅いのを自覚していたので、たゆまず走り続け、兎を抜いて勝利する。
『亀とウサギ』(アフリカの昔話) 亀が兎に、長距離競走を挑む。亀は、親類の亀たちを呼び集め、走る道筋に一定の間隔で隠れているよう頼んでおく。競走が始まり、足に自信のある兎は、しばしば後ろを向いて「亀くん、ついて来ているかい?」と聞く。そのたびに別々の亀が、それぞれの隠れ場所から「すぐ後ろにいるよ」と答えるので、兎は驚く。「亀が猛スピードで追いかけてくるのだ」と思った兎は、必死でゴールめざして走り、倒れて死んでしまった(カメルーン、バフト人)。
『兎とはりねずみ』(グリム)KHM187 兎とはりねずみが、畑の上手(かみて)から下手(しもて)へ、駆けくらべをする。はりねずみは、自分とそっくりの妻に「下手に隠れていろ」と命ずる。「用意、スタート」で、兎は下手へ向けて走る。ゴール直前に、はりねずみの妻が姿を現して「もう来ているぞ」と言う。兎はびっくり仰天し、「もう一度」と言って、今度は下手から上手へ走る。すると上手にいるはりねずみの夫が、「もう来ているぞ」と言う。兎は行ったり来たり七十三度駆け通し、七十四度目に倒れる。
『今昔物語集』巻5−13 帝釈天が、兎・狐・猿の心を試すために老人に変身し、「我を養え」と請う。狐と猿は、それぞれ食料を捜して来て老人に食べさせるが、兎は無力で何も捜せない。兎は「私の身体を焼いてお食べ下さい」と言い、焚き火に飛びこむ〔*『ジャータカ』第316話に類話。手塚治虫の長編『ブッダ』は、冒頭と結尾の2ヵ所にこの物語を引く〕→〔月〕6。
*月世界から来たと称する兎→〔月〕7aの『パンチャタントラ』巻3−1。
★3.傷ついたものをさらに傷つける兎と、傷を負った上にさらに傷つけられる兎。
『かちかち山』(昔話) 狸が、兎のために火傷を負わされ、穴の中でうなって寝ている。そこへ兎がやって来て、「火傷に良く効く薬だ」といつわり、辛子を塗りこむ。狸はいよいよ苦しんで転げまわる。
『古事記』上巻 稲葉の素兎(しろうさぎ)が、鰐に衣を剥がれて泣いている。通りかかりの八十神が、「海水を浴びて、風にあたれ」と教える。そのとおりにすると、海水が乾くにつれて、風に吹かれた身の皮がひびわれ、兎は痛さに苦しむ〔*そこへオホナムヂ=大国主命がやって来て、「真水で体を洗い、蒲の花粉をつければ治る」と教える〕。
『不思議の国のアリス』(キャロル) 夏の昼下がり、アリスが土手の上で姉とともにすわっていると、一匹の兎が「遅くなっちゃうぞ」とひとり言を言い、チョッキのポケットから時計を取り出して時間を確かめ、急いで走って行く。アリスは兎の後を追って穴に飛び込み、不思議の国に到る。
『日本霊異記』上−10 某家の仏事に招かれた僧が、出来心で盗みをしようとする。その時、家に飼われている牛が「盗みをするな」と声をかける。驚く僧に、牛は「私はこの家の主の亡父だ。生前、人に与えるため、子の稲十束を盗んだ。その報いで死後牛に転生して、罪の償いをしている」と告げた〔*『今昔物語集』巻14−37に類話〕。
『日本霊異記』上−20 延興寺の僧恵勝は、湯を沸かす分の薪一束を盗み、人に与えたまま死んだ。恵勝はその寺の牛に生まれ変わり、荷を載せた車を引いて、休む暇なく働かされた。見知らぬ僧が門前にいて、「恵勝は経は読めても車は引けまい」と言った。これを聞いた牛は涙を流し、たちまち死んだ〔*『今昔物語集』巻20−20の類話では、僧の名は「恵ライ」〕。
『日本霊異記』中−9 大伴赤麻呂は、死後五ヵ月ほどして黒斑(まだら)の牛に生まれ変わった。背中の斑模様が文字状になっていて、「赤麻呂は自分の寺の物を勝手に借り用い、返済せぬうちに死んだので、それを償うために牛に転生した」と判読できた〔*『今昔物語集』巻20−21に類話〕。
『発心集』巻5−5 不動尊の持者が、業によって死後牛に生まれ変わるが、荷を運ぶ時には不動の眷属が手助けをしてくれた〔*『三国伝記』巻3−15の類話では馬に転生する〕。
*→〔転生〕3に記事。
『栄花物語』巻25「みねの月」 逢坂山ふもとの関寺の御堂を建てる時、多くの木材を、もっぱら一頭の牛を使役して運び上げた。その牛が、「我は迦葉仏(かしょうぶつ)である。この寺を造るために牛となって働いている」と、寺近くに住む人に夢告し、また「まもなく入滅する」と、或る僧に夢告した。人々が拝む中、牛は御堂を見巡り歩き、そのまま死んだ〔*『古本説話集』下−70に類話〕。
『今昔物語集』巻7−3 仏法を信じない震旦の老婆が、牛を追って心ならずも寺まで行き、経文の一句を耳にしたため、死後天に生まれた。
善光寺の牛の伝説 不信心な老婆がおり、善光寺詣りに誘われても出かけない。ある時、老婆が晒した布を牛が角に引っかけて、駆け出す。老婆は牛を追って善光寺に到る。牛の垂らした涎跡が文字を成し、「牛とのみ思ひ放ちそこの道になれを導く己が心を」と読んだ老婆は、たちまち菩提心を起こす(長野県小諸市川辺の伝説)。
『二人兄弟の物語』(古代エジプト) 兄アヌプは、弟バタに犯されそうになったとの妻の誣告を信じ、槍を尖らせてバタを待つ。バタが世話をしている牝牛が「兄さんがあなたを殺そうとしている。逃げなさい」と教え、バタは走り去る →〔兄嫁〕1a・〔逃走〕1b。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第1章 ミノス王が、ポセイドンに捧げるべき牡牛を自分のものにした。ポセイドンは憤り、ミノス王妃パシパエに、牡牛への恋情を起こさせる。パシパエは牡牛と交わり、牛頭人身の怪物ミノタウロスを産んだ。
『くだんのはは』(小松左京) 「僕」は中学三年生の時、太平洋戦争終結の日に、ある屋敷に隠されている、牛の顔をした十三〜四歳の娘をかいま見た。それは「くだん(件)」だった。「くだん」は牛面人身の怪物で、歴史上の大凶事が始まる前兆として生まれ、凶事が終わると死ぬ。そしてその間、異変についての一切を予言するという。それから二十二年。先日生まれた「僕」の長女に角があった。これも大異変の前兆なのだろうか?
『史記』「三皇本紀」 炎帝神農氏は、身体は人間だが頭は牛だった。火の徳があって王になったので、「炎帝」という。彼は鋤を作り、人々に農耕を教えた。それゆえ、号を「神農氏」という。
『件(くだん)』(内田百閨j 「私」は「件(くだん)」として生まれた。「件」は顔が人間、身体が牛の化け物で、未来の吉凶を予言して生後三日で死ぬという。しかし「私」は何も予言できぬまま、一日・二日と経過する。集まった人々は「これはよほど重大な予言をするのだろう」と言い、ついには予言を聞くのが恐くなって、皆逃げ去る。「私」は、「予言をしなければ死なないのかもしれぬ」と思う。
*火事を予言する「くだん」→〔火事〕8aの「くだんの話」。
『日本霊異記』下−26 生前の貪欲ゆえ冥府に召された田中真人広虫女は、死後七日目に蘇生した。腰から上は牛になっており、額に角が生え、両手は牛の足で、下半身は人間だった。彼女は草を食って反芻し、裸で糞土に坐し、五日を経て死んだ。
『ギリシア神話』(アポロドロス)巻3−1 フェニキアの王アゲノルの娘エウロペに、ゼウスは恋をした。ゼウスはおとなしそうな牡牛に身を変じ、エウロペを油断させて背に乗せた。ゼウスはそのまま海を渡ってエウロペをクレタ島へ連れて行った〔*『変身物語』(オヴィディウス)巻2に類話〕。
『変身物語』(オヴィディウス)巻1 ユピテル(=ゼウス)が黒雲の中で美女イオを犯す。ユピテルの妻ユノー(=ヘラ)が夫の悪事を察知し、黒雲に退去を命ずる。ユピテルはその前にイオを真っ白な牝牛に変え、「大地から生まれた牛だ」と嘘をつく。ユノーは「この牛を私に下さい」と言い、百眼のアルゴスに牝牛を監視させる〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)巻2−1に類話〕→〔眠り〕5a。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「河豚太鼓」 幕末に日本でも植疱瘡(種痘)が始まったが、当時は、「牛の疱瘡を植えると牛になる」と信じる人が多かった。菊園という葉茶屋の若主人夫婦が七歳の息子玉太郎を、神田の種痘所へ連れて行くことにする。ところが乳母が「坊っちゃんが牛になったら大変だ」と心配し、玉太郎を知人の家に隠してしまう。菊園では、「坊っちゃんがさらわれた」というので、大騒ぎになる。
*予防接種を恐れる東洋人→〔片腕〕5の『地獄の黙示録』(コッポラ)。
『赤い河』(ホークス) テキサスで牛の値段が暴落したため、牧場主ダンソンは一万頭の牛を、千マイル彼方のミズーリまで運んで売ろうと考える。ダンソンは息子同然にかわいがっている青年マットとともに、数十人のカウボーイを率いて出発する。しかし牛の暴走・食糧不足などの悪条件下、ダンソンとマットは対立し、マットはミズーリよりも近くのアビリーンに牛を運んで、高値で売る。ダンソンはマットと殴り合うが、最後には和解する。
『南総里見八犬伝』第7輯巻之7第73回〜第8輯巻之1第74回 越後国小千谷では、三〜四月の吉日に闘牛の神事が行なわれ、見物人で賑わう。旅の途中の犬田小文吾も、見に出かける。逃入(にごろ)村の「角連次(かくれんじ)」と虫亀村の「須本多(すぽんた)」という巨牛どうしが取り組み、激しく角を突き合わせる。やがて優勢だった「須本多」が暴れ出し、群衆は逃げまどう。小文吾は、突進して来る「須本多」の角をつかんで、投げ倒した〔*その後、小文吾はこの地に逗留し、犬川荘助とめぐり合う〕。
『血と砂』(ニブロ) 花形闘牛士ホアンは貞淑な妻を持ちながらも、悪女ドウニャに誘惑され、愛欲生活に溺れる。多情なドウニャは、まもなくホアンに飽き、新しい情夫を作る。ホアンは闘牛の腕も衰え、ドウニャと情夫が観客席から見ている前で、牛の角に突かれる。その時、ドウニャは平然と化粧を直していた。「ホアンが死にそうだ」と聞かされても、彼女は情夫と談笑を続けていた。ホアンは妻に抱かれ、許しを請いながら死んでいった。
*闘牛士は、多くの女性から愛される職業である→〔妻殺し〕1の『カルメン』(ビゼー)。
★1.後ろ手。一般に、相手に背を向けて何事かをするのは呪いのしぐさである。
『古事記』上巻 イザナキは黄泉国を訪れた時、八体の雷神と千五百の黄泉軍(よもついくさ)に追われた。彼は、身につ けていた十拳の剣を抜き、後ろ手に振りながら逃げた〔*『日本書紀』巻1に同記事〕。
『古事記』上巻 ホヲリ(山幸彦)は、兄ホデリ(海幸彦)に借りた釣り針を、海に失う。海神の助けで、ホヲリは釣り針を捜し出し、兄ホデリに釣り針を返す。その時、海神に教えられたとおり、ホデリは呪いの言葉を唱え(*→〔呪い〕1)、後ろ手に釣り針を渡す。その後、兄ホデリは貧しくなる。
*これとは逆に、後ろ手で財産を授かる話もある→〔餅〕6の『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(シズカモチ)」。
『オデュッセイア』第5巻 トロイアから故国イタケへの航海途中、大嵐で船が難破し、オデュッセウスは海上を漂う。海の女神レウコテアがオデュッセウスにスカーフを与え、「これを身につければ危険にはあわぬ。ただし、無事陸地に手が触れた時には、海に背をむけてスカーフを投げ返せ」と教える〔*オデュッセウスは陸地に着きスカーフを投げ、眠りこんで、王女ナウシカアに発見される〕。
『神統記』(ヘシオドス) ウラノス(天)が夜を率いて訪れ、ガイア(大地)の上に愛を求めておおいかぶさった時、彼らの息子クロノスは待ちぶせの場から手を伸ばし、大鎌で父の陰部を切り取った。クロノスがそれを背後に投げつけると、後ろへ飛んでいった。
『日本書紀』巻2・第10段一書第2 海神がヒコホホデミに、「鉤(つりばり)を兄ホノスセリに返す時には、『貧鉤(まぢち)、滅鉤(ほろびち)、落薄鉤(おとろへち)』と呪詞をとなえ、鉤を後ろ手で投げ捨てて兄に取らせよ。面と向かって与えてはいけない」と教える。ヒコホホデミはこの呪詞と、潮満つ珠・潮干る珠を用いて、兄を降参させた〔*一書第3にも同記事。ただし呪詞が異なる〕。
『変身物語』(オヴィディウス)巻1 大洪水後、生き残ったデウカリオンとピュラ夫婦は、女神テミスから「大いなる母の骨を背後に投げよ」との神託を得た。夫婦は、「大いなる母」は大地、「骨」は石のことと解し、石を後ろの方へ投げると、そこから人間が生じた〔*→〔接吻〕5の「母なる大地の伝説」も、神託の「母」を「大地」と解釈する物語〕。
*→〔うちまき〕2aの『追儺』(森鴎外)・〔逃走〕1aの『御曹子島渡』(御伽草子)・『古事記』上巻・『ペンタメローネ』(バジーレ)第2日第1話・〔守り札〕1の『三枚のお札』(昔話)。
『カンガルー・ノート』(安部公房) かいわれ大根が脛に生える奇病にかかった「ぼく」は、廃駅にたどり着き、賽の河原の小鬼たちの手でダンボール箱に押し込められる。ダンボール箱には覗き穴があり、そこから外を見ると「ぼく」の後ろ姿が見える。その「ぼく」も、覗き穴から向こうをのぞいている。「ぼく」は脅える。駅の構内で「ぼく」の死体が発見される。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ16 ある家の主人が外から帰って来て、書院の文机に寄りかかる人の後ろ姿を見る。それはどう見ても、主人自身の後ろ姿だった。やがて後ろ姿は、障子のわずかな隙間から外へ出て行った。主人はその年のうちに死んだ。その家では父も祖父も、死ぬ前に自分の姿を見ている。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)42「農夫と息子たち」 農夫が、臨終時に「わしの葡萄畑の一つには、宝物が隠してある」と言い残す。息子たちは、耕作地を隅から隅まで掘り返す。宝物は見つからなかったが、葡萄畑はきれいに掘り返されたので、何倍もの実をつけた〔*ただの嘘だと→〔嘘〕7の『最後の嘘』(昔話)のような結果になる〕。
『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「コント初姿銭形平次 八五郎手柄始め」 江島屋の娘が、「行方不明の父が残した『謎』」と言って、「たしのしい、けたはのらう」と記した紙を示す。八五郎が「裏の畠、石の下」と読み解き、小判一枚を掘り出す。大勢の男が「何千両もの埋蔵金があるか?」と期待して、畠全体を掘り荒らすと、江島屋の死体が出てくる。江島屋の娘は、父の死体を見つけ出すために謎を作り一両を埋めて、大勢に畠を掘らせたのだった。死体発見にともない、江島屋を殺して埋めた犯人も明らかになった。
『三国志演義』第21回 曹操が兵を率いて行軍中、水がないため皆喉の渇きに苦しんだ。曹操は一計を案じ、「前方に梅林がある」と、ありもせぬのに鞭で指し示した。それを聞いた兵たちは唾を湧かせ、渇きを止めることができた。
『法華経』「化城喩品」第7 宝を求めて密林を進む一行が、道のりの遠さゆえ引き返そうとする。案内人が神通力で前方に幻の都城を見せると、人々は密林を抜けたと思って喜び、都城まで到り休憩する。皆が体力を回復してから案内人は都城を消し、一行は再び歩き始める。
『法華経』「譬喩品」第3 火事の家の中で子供らが遊んでいる。父が「逃げよ」と言っても、子供らは遊び続ける。父は子供らを救うため、「玩具を与えるから取りに来い」と嘘を言って、子供らを外へ出す。
『鸚鵡七十話』第37話 夫が樹に登っていると、その下で妻と情夫がたわむれる。夫が怒ると、妻は「これは不思議な樹で、これに登ると地上の人があたかも色事をしているかのように見えるのだ」と弁じ、夫はそれを信じる〔*他に『カンタベリー物語』「貿易商人の話」・『デカメロン』第7日第9話にも少しずつ異なった形で載る〕。
『韓非子』「内儲説」下 夫が急に帰宅したので、密夫が裸でざんばら髪のまま門からとび出す。夫が「あれは誰だ」と不思議がると、妻や家人が口裏を合わせて「何も見えない」と言う。夫は「自分は幽霊を見たのだ」と思い、動物の小便を浴びてお祓いをする。
『史記』「李斯列伝」第27 秦の二世皇帝胡亥に趙高が鹿を献じて「馬です」という。胡亥が左右の者に「これは鹿だろう」と問うと、皆、趙高をはばかって「馬です」と答える。胡亥は自分の精神が錯乱したのかと思う。
『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』第27話 ティル・オイレンシュピーゲルが、「自分は絵師である」とふれこみ、「これは私生児には見えない絵だ」と言って、ただの白壁を貴族に見せる。貴族も奥方も侍女たちも皆、絵を鑑賞するふりをするが、道化の白痴女が「何も見えない」と言う。
*目に見えぬ衣裳を着ていると思い込まされる→〔王〕3bの『はだかの王様(皇帝の新しい着物)』(アンデルセン)。
『星野屋』(落語) 星野屋の旦那が、囲い者のお花に金を与えて身投げ心中を迫り、お花は金を母親のもとに置いて心中に出かける。しかし旦那が身投げした後、お花は飛びこまずに帰ってしまう。旦那の使いの重吉が来て「旦那が幽霊になった。お前を取り殺しに来る」というので、お花は詫びの印に長い髪を切って渡す。重吉は「心中はお前の心を試すための芝居で、お前が身投げすれば本妻にするはずだった」と明かす。お花は「そんなことだろうと思ったから、本物の髪でなく鬘をあげたのさ」という。重吉は「だましたな。だが、さっき渡した小判はにせ金だ」といい、お花は悔しがって小判を投げ返す。それを拾った重吉が「馬鹿め。これは本物だ」と笑うと、お花の母が「そう思ったから、三枚くすねておいた」と言う。
『宿屋の仇討ち』(落語) 宿屋に泊まった三人の内一人が「昔姦通のあげく人を殺した」と嘘話をして得意がり、三人は大騒ぎする。ところが、隣室の武士が「汝こそ捜し求めた仇だ。明朝仇討ちする」と言うので、三人は恐れて震える。実は武士の言葉も嘘で、三人の騒ぎをやめさせ、静かに寝ようとしてのことであった。
『奇遇』(芥川龍之介) 王生は、ひそかに通じた娘との仲を娘の親に許してもらうために、「離れた所にいながら互いを夢に見、夢の中で交換した贈り物が目覚めるとそれぞれの枕元にあった」という作り話をする。娘の老父母は、それを嘘と知りつつ真に受けたふりをして、若い二人を祝福する〔*→〔夢〕8a の『剪燈新話』巻2「渭塘奇遇記」のパロディ〕。
『一人二役』(江戸川乱歩) 結婚後も女遊びのやまないTは、変装し別人物となって自分の細君と関係を持つ。細君はTの悪戯に気づくが、これで家庭が円満に行くなら結構なことだと思い、Tに調子を合わせて、だまされたふりをする。後にそれを知ったTは「女は魔物だ」と言いつつ、細君と睦まじく暮らす→〔一人二役〕1b。
『義経千本桜』3段目「すし屋」 いがみの権太は平維盛を救おうと考え、維盛のにせ首を用意する。さらに権太は、自分の妻子を維盛の奥方(若葉内侍)と若君(六代君)にしたて、にせ首と一緒に鎌倉幕府に引き渡す。しかし源頼朝はすべてを承知しており、表向きは維盛が死んだことにして、ひそかに彼を出家させ命を救おうと考えていた→〔誤解〕3a。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第25巻8ページ マスオが「ちょっと高いけど新種だそうだ」と言って、渦巻き模様のスイカを買って来る。サザエは「千円(昭和37年当時)! ただのスイカに色塗ったんじゃないの。すぐ人の言うこと信じるんだから」と怒る。後にビアガーデンで、ノリスケとマスオが「へえ。飲み代を浮かすために色は君が塗ったの」「すぐだまされるんだ、うちのやつ」という会話をする。
★6a.いつも嘘をついているので、本当のことを言っても信用されない。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)210「羊飼いの悪戯」 羊飼いが、たびたび「狼が羊を襲いに来た。助けてくれ」と叫んで、慌てて飛び出て来る村人を見て笑う、という悪さをしていた。ある時本当に狼が現れ、羊飼いは助けを求めたが、村人は「またいつもの嘘だ」と思い、放っておいたので、羊飼いは羊を失ってしまった。
『協力的な男』(星新一『エヌ氏の遊園地』) 青年が「この前の現金強奪事件の犯人は私です」と言って、警察署に自首する。ところが青年は、これまで何度も、事件があるたびに自首し、しかもそれがことごとく作り話だったので、「二度と来るな」と言って追い返される。青年は「今度は本当の話だったのに」とつぶやき、強奪した金で酒でも飲もうと考える。
★6b.いつも演技をしているので、本心を吐露しても信用されない。
『斜陽』(太宰治)3 「僕(直治)」が早熟をよそおって見せたら、人々は僕を、早熟だと噂した。「僕」は、なまけものの振りをしたり、小説を書けない振りをしたり、嘘つきの振りをしたり、金持ちの振りをしたり、冷淡をよそおったりして、人々はそれを信じた。けれども、「僕」が本当に苦しくて、思わず呻(うめ)いた時、人々は「僕」を、苦しい振りをよそおっていると噂した(直治の『夕顔日誌』)。
『最後の嘘』(昔話) 一生、嘘ばかりついていた男が病気になり、看病する友人に「床の下に八百両、紙に包んでおいたので、それで葬式をしてくれ」と言い遺す。男の死後、友人が「今度こそ嘘ではあるまい」と思って床の下を捜すと、「八百両」と書いた紙切れがあった(青森県三戸郡)。嘘つき婆が子供たちに、「お金のたくさん入った瓶が床下に埋めてあるから、わしが死んだら出して使え」と言う。婆の死後、子供たちが瓶を掘り出して開けると、「これで嘘のつきじまい」と書いた紙切れがあった(香川県小豆郡内海町福田)。
*これを変形させると、→〔嘘〕1aの『イソップ寓話集』(岩波文庫版)42「農夫と息子たち」の物語になる。
『てんぽ競べ』(昔話) 奈良のほら吹き男が修行に出て、ほら吹き村に来る。道ばたの子供に案内を請うと、子供は「父は、富士山がひっくり返るので線香三本持ってつっかい捧しに行き、母は、琵琶湖の水が漏れるので小糠三合持って穴ふさぎに行って、留守だ」と言う。男は驚くが、負けじと「奈良の大仏殿の大釣鐘が風で飛んだが、この辺に落ちなかったか」と聞く。子供は「それは納屋の蜘蛛の巣にひっかかって、ワーンワーン鳴ってうるさかった」と答えるので、男は「子供でさえこれだ。親はどんな嘘をつくことか。とても太刀打ちできない」とあきれて、帰って行った(福島県平市・相馬郡)。
『神異経』「西南荒経」 西南の果てに、人をだます獣がいる。姿は兎のごとく、人間の顔をして言葉をしゃべる。しかし「東」と言えば本当は西、「可」と言えば否、「悪」と言えば善で、言うことはすべて反対である。その名を「誕(たん。=でたらめ)」という。肉は美味だが、食べると、その人が言うことは真実でなくなる。
『ノンちゃん雲に乗る』(石井桃子) ノンちゃんが雲に乗って(*→〔雲〕3)、不思議なおじいさんといろいろな話をするが、そのうち家に帰りたくなる。おじいさんは「何か一つうまい嘘をついたら、家へ帰してやろう」と言う。しかしノンちゃんは嘘が嫌いなので、どうしても嘘を言うことができず、泣き出す。おじいさんは「もうよい、わかった」と笑い、ちぎれ雲にノンちゃんを乗せて、家まで送る。気がつくとノンちゃんは家の布団に寝ていた。ノンちゃんは池に落ちたのを、助けられたのだった。
*嘘で言った言葉が、本当になってしまう→〔言霊〕5b。
『今昔物語集』巻24−51 赤染衛門は、息子の挙周が重病になった時、「かはらむと思ふ命は惜しからでさても別れむほどぞ悲しき」の歌を住吉明神に奉った。すると、その夜のうちに挙周の病気は治った。
『今鏡』「打聞」第10「敷島の打聞」 蔵人の頼実が「五年の命と引き換えに、名歌を詠ませて下さい」と住吉の神に祈る。やがて彼は「木の葉散る宿は聞きわくことぞなき時雨する夜も時雨せぬ夜も」の歌を詠んだが、その時「これが命と引き換えの歌だ」とは気づかなかった。後に病気になって平癒を祈ると、住吉の神が侍女に憑依して、「もはや延命はできぬ」と告げた〔*『西行上人談抄』では、六十年の寿命のうちの三十年と引き換えに、「木の葉散る・・・・」の歌を詠む〕。
『醒睡笑』巻之8「秀句」10 和泉式部が勅命をうけて、雨乞いの歌「日の本の名におふとてや照らすらん降らざらばまた天が下かは」を詠んだ。この歌によって、空がかき曇り大雨が降った。
『俊頼髄脳』 伊予国に日照りが続いた時、能因法師が「天の川苗代水にせきくだせあまくだります神ならば神」の歌を三島明神に奉ると、たちまち大雨になった。
『曽我物語』巻5「三原野の御狩の事」 源頼朝が多くの侍とともに、三原野で狩をする。前日の浅間野の狩に引き続き、降雨があったので、頼朝は梶原源太景季に歌一首を命ずる。景季が「昨日こそあさまは降らめ今日はただみはらし給へ夕立の神」と詠むと、たちまち雨はやんだ。
『耳袋』巻之1「池田多治見が妻和歌の事」 備前の家士池田多治見の妻は坊城大納言の妹で、菊作りを好んだ。ある時夫が離縁を申し渡すと、妻は「身の程は知らで別るる宿ながら跡栄へゆく千代の白菊」と詠んだ。この歌を聞いた友人が夫を諌め、元のごとく夫婦となって栄えた。
『大和物語』第158段 男が愛人を作って妻を遠ざける。秋の夜、鳴く鹿に託して「我もしかなきてぞ人に恋られし今こそよそに声をのみ聞け」と妻が詠むと、夫は感動して、愛人と別れ妻のもとに戻る。
*→〔歌問答〕1の『箕被(みかづき )』(狂言)。
*→〔性器〕1aの『沙石集』巻10末−12。
*→〔二人妻〕1。
『崇徳院』(落語) 大家の若旦那とお嬢さんが茶店で出会い、互いに一目ぼれして恋わずらいになるが、ともに相手の名も家も知らない。それぞれの家に出入りの男たちが、お嬢さんが若旦那に渡した短冊の歌「瀬をはやみ岩にせかるる滝川の」を連呼して捜し回り、ついに床屋で両家の男が出会う→〔恋わずらい〕1。
*娘が秀歌を詠んで殿様の嫁になる→〔見立て〕1の『紅(べに)皿・欠(かけ)皿』(昔話)。
*家庭教師マリアと子供たちの歌声によって、トラップ大佐は歌うことの喜びを思い出し、やがて大佐とマリアは結婚する→〔七人・七匹〕4の『サウンド・オブ・ミュージック』(ワイズ)。
『蜘盗人』(狂言) 連歌好きの男が有徳人の屋敷へ泥棒に入り、蜘蛛の巣にかかって捕らえられる。そこで男は「蜘蛛の家に荒れたる駒はつなぐとも二道かくる人は頼まじ」の古歌を引いたり、有徳人の「夜手にかかるささがにの糸」の句に「盗人の昼来る暇のなきままに」と付けたりするので、有徳人は感心して男を許す。
『今昔物語集』巻24−55 白髪の老郡司が職務怠慢で、笞打ちの罰を受けることになるが、「年を経て頭に雪は積もれどもしもと(霜・笞)見るこそ身は冷えにけれ」と詠むと、国司が感心して罪を免じた。
『太平記』巻2「為明詠歌の事」 謀叛の嫌疑で拷問の場に引き出された二条中将為明は、「思ひきやわが敷島の道ならで浮世の事を問はるべしとは」の詠歌により、無罪放免された。
『花盗人』(狂言) 花盗人が桜の大枝を折り取り、見張りの人々につかまって、木に縛られる。盗人は漢詩や古歌を引いて、「花盗人は罪にならぬ」と説き、「この春は花のもとにて縄つきぬ烏帽子桜と人や見るらん」と詠む。人々は感心し、盗人の縄を解いて許す。
『古事記』下巻 槻の大樹の葉が落ちて酒盃に浮かんだのに気づかず、采女が雄略天皇に酒盃を捧げる。天皇は怒って采女を殺そうとする。采女が「纏向の日代の宮は朝日の日照る宮・・・・」に始まる槻の樹の長歌を詠じると、天皇は采女の罪を許した。
『万葉集』巻16 3829歌 葛城王が陸奥に派遣された折、国司の接待が疎かだったため、王の顔に怒りの色が見えた。かつて采女であった女が盃を捧げ、王の膝に拍子を打って「安積香山影さへ見ゆる山の井の浅き心を我が思はなくに」の歌を詠み、王の機嫌を直した。
『熊野(ゆや)』(能) 遊女熊野(湯谷)は、平宗盛のために都に留め置かれるが、故郷遠江の老母の病気を見舞うことを願う。「いかにせむ都の春も惜しけれどなれし東の花や散るらむ」の歌を詠むと、宗盛はその歌に感じ、暇を与える。
『古事記』中巻 荒れる走水の海で、弟橘比売は波の上に敷いた畳の上に下り、「さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも」と詠んで、倭建命の身代わりに海に沈んだ。
『大和物語』第147段 二人の男に求婚された津の国の女は、「すみわびぬ我が身投げてむ津の国の生田の川は名のみなりけり」と詠んで生田川に投身した。
★7.覚悟の入水でなく、思いがけず水に落ちた時も、歌をうたう。
『古事記』中巻 大山守命は天下を得るため、弟・宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)を殺そうとする。しかし宇遅能和紀郎子は船頭に変装し、それと知らずに船に乗った大山守命を、宇治河へ落とす。大山守命は「ちはやぶる宇治の渡りに棹執りに速けむ人しわがもこに来む(=棹使いの上手な人よ、助けに来てくれ)」と歌いながら河を流れ、やがて沈む。
『猿婿入り』(昔話) 臼を背負った猿婿が、嫁の頼みで川端の桜を一枝取ろうと木に登るが、枝が折れて川に落ちる。猿婿は、「猿沢に流るる命は惜しくあらねども、あとで嫁こはお泣きしやるらん」と歌って、川を流れて行く(山形県最上郡真室川町及位。*嫁は実家に帰り、その後幸せに暮らした)。
『ハムレット』(シェイクスピア)第4幕 オフィーリアは、恋人のハムレットから「尼寺へ行け」と言われ(*→〔狂気〕2)、さらに父ポローニアスがハムレットに殺されたため、正気を失う。彼女は野原をさまよい、川辺の柳の枝に花冠をかけようとした時、枝が折れて流れに落ちる。しばらくは川面をただよい、歌を口ずさむが、やがて川底へ沈む。
『沙石集』巻5末−4 天徳の歌合(960)の時、「初恋」の題で、壬生忠見は「恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか」と詠み、「名歌を詠んだ」と思って勝利を確信した。しかし、平重盛の「つつめども(*「しのぶれど」とも伝えられる)色に出でにけり我が恋はものや思ふと人の問ふまで」の歌に負けてしまった。壬生忠見は落胆し不食の病になって、ついに死んでしまった。
*→〔濡れ衣〕1aの『草紙洗小町』(能)。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第3章 美貌と吟唱に優れたタミュリスは、芸術の女神ムーサたちと歌の技を競った。彼が勝てばムーサたちを我がものにできる約束だったが、負けたため、彼は両眼と吟唱の技とを奪われた。
『タンホイザー』(ワーグナー)第2幕 ワルトブルク城の歌合戦で、ヴォルフラムが清らかな愛の尊さを歌ったのに対し、タンホイザーは「愛の本質は歓楽である」と歌い、女神ヴェヌスを讃える。人々は怒り、タンホイザーを追放する。
『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(ワーグナー) ニュルンベルクにやって来た騎士ヴァルターは、金細工師ポーグナーの娘エヴァに一目ぼれする。聖ヨハネ祭の歌合戦で優勝すればエヴァと結婚できるので、ヴァルターは出場資格を得るためマイスタージンガーの組合に加入しようとするが、恋敵に妨害される。靴屋ハンス・ザックスの援助で、ヴァルターは自作の恋愛歌を歌うチャンスを得、歌合戦に勝利を収めてエヴァと結婚する。
『ホメロスとヘシオドスの歌競べ』 アウリスで先王の葬礼競技が催され、ホメロスとヘシオドスが、さまざまな詩句を朗誦し合って技を競った。最後にホメロスが『イリアス』、ヘシオドスが『仕事と日』の詩節を朗誦すると、パネーデース王が「戦争と殺戮を歌う者よりも、農業と平和を勧める者を勝利者とすべきだ」と言って、ヘシオドスに冠を与えた。
『李娃伝』(白行簡) 名家の青年が、おちぶれて長安の葬式人夫になる。青年は歌の才能があったので、挽歌を誰よりも上手に歌えるようになる。長安の東と西の葬儀屋が、葬儀道具くらべの大会を催し、最後に挽歌の歌合戦が行なわれる。青年は東組の歌い手として出場し、素晴らしい歌唱で西組を圧倒する〔*しかし青年の父が、零落した息子を見て激怒し、鞭で打つ。青年は身体をこわし、ついに乞食になる〕→〔遊女〕3。
『僧正殺人事件』(ヴァン・ダイン) 「誰が殺したクック・ロビン」の『マザー・グース』の歌詞のとおりに、連続殺人事件が起こる。それは、ある人物を犯人として陥れるために、真犯人が仕組んだものだった。
*→〔偽死〕4の『そして誰もいなくなった』(クリスティ)。
*→〔手毬唄〕の『悪魔の手毬唄』(横溝正史)。
『十訓抄』第10−10 能因は、「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関」の歌を、都にいて作った。彼は、しばらく身を隠し、日に当たって色を黒くした後に、「奥州修行の折に詠んだ歌である」と言って、この歌を披露した。
『歌占』(能) 伊勢の神職渡会の家次が男巫となり、歌を記した多くの短冊を小弓につけて、占いを請う人に短冊一枚を引かせる。父を尋ね歩く少年が来て短冊を引くと、「鶯の卵のうちのほととぎす、しゃが父に似てしゃが父に似ず」の歌が出る。それは「すでに父と出会っている」ことを意味する歌だったので、渡会の家次は、目前の少年が八年前に別れた我が子幸菊丸と知る。
『古本説話集』上−6 和泉式部が貴船神社に詣で、「飛ぶ蛍を我が魂かと見る(*→〔蛍〕3)」と詠ずると、貴船明神が「奥山にたぎりて落つる滝の瀬にたま散るばかり物な思ひそ」と返歌した。その歌は男の声で和泉式部の耳に聞こえたのだった。
『狭衣物語』巻4 賀茂明神が束帯姿で堀川関白の夢に現れ、「光失する心地こそせめ照る月の雲かくれ行くほどを知らずは」の歌を詠じた。これは、堀川関白の息子狭衣が出家の決意をしたことを知らせる歌であった。堀川関白は狭衣のもとへ急行し、遁世を思いとどまらせた。
『平家物語』巻7「主上都落」 平家一門が安徳天皇を擁して都落ちする騒ぎの中、摂政藤原基房の車の前を童子が走り過ぎた。その左袂には「春の日」という文字が見え、「いかにせん藤のすゑ葉のかれゆくをただ春の日にまかせてや見ん」と詠ずる声が聞こえた。藤原氏の氏神春日大明神のお告げと知った基房は、都にとどまった。
*歌の力で鬼を退ける→〔鬼〕4aの『太平記』巻16「日本朝敵の事」。
*歌の力で開眼する→〔開眼〕3。
*歌の形の謎→〔謎〕4の『曽我物語』巻8「富士野の狩場への事」。
*歌を詠んで濡れ衣を晴らす→〔濡れ衣〕5。
*返歌→〔返答〕4b・4c。
*虫喰いの文字の歌→〔文字〕1に記事。
*歌を歌って助けを求める→〔美女奪還〕4の『モスラ』(本田猪四郎)。
*→〔古歌〕に関連記事。
★1.Aが歌の上の句または下の句を提示し、Bがそれに合う句をつける。
『撰集抄』巻5−11 江口の里の尼が、庵に時雨の漏るのを防ごうと、板を持って走り回る。旅の西行がそれを見て、「賤がふせ屋をふきぞわづらふ」と口ずさむ。尼は板を投げ捨て、「月はもれ時雨たまれと思ふには」と付ける〔*『雨月』(能)に類話〕。
『箕被(みかづき)』(狂言) 連歌に夢中で家に寄りつかぬ夫に、妻が愛想をつかし、暇(いとま)のしるしに箕一つをもらい、頭にかぶって出て行く。夫が「いまだ見ぬ二十日の宵のみかづき(箕被・三日月)は」と詠みかけると、妻は「今宵ぞ出づるみ(箕・身)こそつらけれ」と返す。驚いた夫は、「それほど上手なら今後は他出せず家にいて、夫婦で連歌を楽しもう」と、妻を呼び戻す。
『古事談』巻2−28 奥州八十嶋の野中で、小野小町の髑髏が「秋風の吹くにつけても穴目穴目」と、和歌の上の句を詠じた。在原業平が小町を憐れみ、「小野とはいはじ薄(すすき)生ひけり」と、下の句をつけた。
『耳袋』巻之4「霊獣も其才不足事」 稚児が、和歌の上の句を得つつ下の句を案じ得ずに死ぬ、その執心が残り、夜の宮城野に「月は露露は草葉に宿借りて」と詠ずる声がする。師僧が「それこそこれよ宮城野の原」と下の句をつけて鉄如意を投げつけると、以後怪事は止んだ。
『源氏物語』「横笛」 深夜、夕霧の夢の中に亡友柏木の霊が現れる。幼い若君がおびえて泣き、夕霧は目覚める。北の方雲居の雁や乳母たちが、「もののけが入って来たのだ」と騒ぎ、魔除けの米をまく。若君は一晩中、泣きむずかっていた。
『今昔物語集』巻27−30 ある人が方違えで、霊の住む家と知らずに泊まる。夜中に背丈五寸の五位が十人ほどあらわれ、束帯姿で小児の枕もとを通る。乳母がうちまきの米をたくさん投げつけると、五位たちは消え失せる。翌朝見ると、米の一粒ごとに血がついていた。
*籾米をまいて闇を払う→〔山〕3の『日向国風土記』逸文。
★2a.小さな魔物に米粒をまくのに対し、大きな鬼に豆をまいて追い払う。
『貴船の本地』(御伽草子) 節分の夜、定平夫婦を取ろうと日本に渡り来た鬼に、豆を打ちつける。鬼は十六のまなこを打ちつぶされて帰った。
『節分』(狂言) 節分の夜、蓬莱ケ島から来た鬼が、一人で留守番をする人妻に言い寄る。人妻は鬼の宝物を取り上げ、「鬼は外」と豆を打ちつける。鬼は「許いてくれい」と悲鳴をあげ、逃げる。
『大黒舞』(御伽草子) 老父母に孝行する大悦の助の家を、新年に大黒天が訪れ、袋から宝を出して与える。その夜は節分で、鬼が来て「戸を開けよ」と言うが、大黒の教えによって、大悦の助は豆を煎り「鬼は外、福は内」と唱えてまく。鬼は眼をふさいで去る。
『追儺』(森鴎外) 「僕」は築地の新喜楽の宴会に招かれたが、時間より前に行ったので、新喜楽の女将である老婆が豆打ち(=豆まき)をするのを見ることができた。昔羅馬(ローマ)でも、死霊を退けるために黒豆を背後へ投げる祭があった。我が国の豆打ちも、もとは背後へ打つものだったそうだ。
『金々先生栄花夢』(恋川春町) 富商の家督を相続した金々先生は、吉原へ通い、派手に散財する。節分の夜には「豆まきなどは古い」と、金銀を枡に入れて、まいた。
『愛宕山』(落語) 金持ちの旦那が、愛宕山中腹の茶店から谷底へ向けて小判二十枚をまき、幇間の一八に「拾ったらお前にやる」と言う。一八は傘を落下傘代わりにして谷底へ飛び降り、小判を拾い集める。しかし谷底から上へ登ることができない。一八は一計を案じ、崖に生えている竹をしなわせ、その反動を利用して茶店まで跳び上がる。ところが、肝心の小判を谷底に忘れてきてしまった。
『宇治拾遺物語』巻11−9 入水往生する僧に、見物の群集が霰の降るように米をまき散らす。僧は「米が目や鼻に入ってたまらない」と言う。しかし僧は結局入水を取りやめたので、見物人たちが川原の小石をうちまきのごとく僧に投げつける。
★4.魔性のものが、うちまきのごとく多くの石つぶてを投げつける。
『西鶴諸国ばなし』(井原西鶴)巻1−7「狐四天王」 米屋門兵衛が誤って小狐を殺した夜、彼の屋敷の棟に何百人もの女の声がして「ただでは置かぬ」と言い、雨のごとく石を打ちつけた。白壁も窓蓋も破れたが、見ると、つぶては一つもなかった。
『インデペンデンス・デイ』(エメリッヒ) 突如飛来した宇宙船団からの攻撃で、世界の主要都市は壊滅する。宇宙船はシールドで守られており、地上からの反撃を受けつけない。コンピュータ技師デイヴィッドは絶望し、酒に酔って床に座り込む。父親が「風邪をひくぞ」と注意し、その一言からデイヴィッドは、宇宙船のコンピュータをウィルスに感染させることを思いつく。ウィルスによってシールドは無効になり、各国の連合軍が宇宙船団を撃破する。
『宇宙戦争』(ウェルズ) 火星の寒冷化が進み、火星人たちは温暖な地球に生存の場所を求める。彼らは六年間かけて宇宙空間を航行し、地球に来襲するが、地球上の細菌に対する免疫がなかったため、二週間ほどで全滅する。
『ねらわれた星』(星新一『ボッコちゃん』) 金属質のウロコで全身をおおわれた宇宙人たちがやって来て、地球人を一人つかまえ、無理やり皮をはぐ。宇宙人たちは皮を分析して、それを溶かすウィルスを作り、まきちらして、地球人たちが皮膚を侵され苦しみ死ぬさまを見物しようとする。地球上では、誰もかれもが突然裸になったので、皆驚く。
『E.T.』(スピルバーグ) 宇宙船がアメリカの田舎町近郊の森に着陸し、一人の宇宙人(E.T.)が、地上に取り残される。子供たちがE.T.を見つけ、家にかくまう。E.T.は病気になり死にかけるが蘇生し、迎えに来た宇宙船に乗って還って行く。
『未知との遭遇』(スピルバーグ) アメリカ各地にUFOが現れ、目撃者たちは一様に、円筒型の岩山のイメージを心に抱くようになる。その山は、ワイオミング州にあるデビルズ・タワーだった。山の麓には、米政府が秘密裡に、UFOの着陸場を築いていた。やがてUFOの巨大な母船が着陸し、胎児に似た姿形の異星人たちが現れる。異星人の招きにより、地球人の代表たちは母船に乗り込み、宇宙へ旅立って行った。
★3.地球人が「自分は宇宙人だ」との自覚を得る。あるいは、宇宙人が「自分は地球人だ」との自覚を得る。
『美しい星』(三島由紀夫) 大杉重一郎と妻・息子・娘は、自分たちがそれぞれ「火星・木星・水星・金星から来た宇宙人だ」との自覚を得、地球人類の滅亡を防ぐため平和運動を展開する。しかし、「人類の安楽死を企図する宇宙人」と称する三人の男との論戦に重一郎は破れ、癌に侵され死に瀕する。「重一郎を犠牲にして人類を救うのが宇宙意志だ」と一家は考え、宇宙へ還ろうとする。円盤が迎えに来る。
『人間そっくり』(安部公房) 「火星人」と称する男が「ぼく」の家を訪れる。男は、「これまでに三十人以上の火星人使節が地球へ来たが、彼らは皆『地球病』にかかって、『自分は地球人だ』と思い込んでいる」と言う。「この男は『火星病』にかかった地球人で、『自分は火星人だ』と思い込んでいるのだろう」と「ぼく」は考えるが、男と話すうちに「ぼく」の頭は混乱してくる→〔アイデンティティ〕1a。
『エイリアン』(スコット) 宇宙貨物船が、契約会社の命令で未知の惑星に立ち寄った時、一人の乗員の身体に宇宙生物エイリアンが入り込む。船内に戻ってから、エイリアンは乗員の身体を食い破って姿を現わす。はじめは小さな蛇のような形状であったが、脱皮して急激に成長し、乗員たちを次々に襲って殺す。会社は、エイリアンを捕獲して地球へ運ぶことを目的としており、そのためには乗員が犠牲になってもかまわない、と考えていた→〔怪物退治〕2。
『遊星よりの物体X』(ナイビー) アラスカに円盤が墜落し、人間に類似した形状の宇宙生物一体が、氷の中に埋もれていた。北極の観測基地に運ばれた宇宙生物は、氷が溶けると暴れ出す。基地の犬たちが宇宙生物の片腕を食いちぎるが、腕はまた生えてくる。ちぎられた片腕も、細胞分裂して成長する。宇宙生物は植物から進化したもので、動物の血を養分とするらしかった。「生かしておいて研究したい」と望む科学者もいたが、宇宙生物が増殖すれば人類を滅ぼしかねないので、基地の隊員たちは、高圧電流を浴びせて宇宙生物を殺した。
『三大怪獣 地球最大の決戦』(本多猪四郎) 巨大な隕石が黒部渓谷に落下し、中からキングギドラが現れる。キングギドラは体長百メートル、三頭・二尾・有翼の、龍に似た怪獣である。宇宙を暴れまわり、五千年前に金星の高度な文明を破壊し、死の星にしてしまった。今や地球も、キングギドラのために滅亡の瀬戸際にある。モスラ、ゴジラ、ラドンの三大怪獣が力を合わせ(*→〔通訳〕3)、キングギドラと戦って、空の彼方へ追い払った。
『コンタクト』(ゼメキス) 女性科学者エリーがポッド(=一人乗り空間移動装置)に乗り組んで、銀河系の中心にある美しい天体へ行く。波打ち際の白い砂浜で彼女は、子供の頃に死別した父と出会う。それは宇宙の知的生命体が、エリーとのコミュニケーションのために、彼女の意識を読み取って父の姿になっていたのだった。エリーは、宇宙には多くの文明があること・人類は孤独ではないことを教えられ、地球へ帰還した。
『地球防衛軍』(本多猪四郎) 宇宙人ミステリアンたちが、地球へ侵攻する(*→〔星〕9)。富士山近郊に出現したドームが、彼らの基地だった。彼らは地球人女性との通婚を望み、何人もの女性をさらっていく。ミステリアンたちの身体はストロンチウム90に汚染され、生まれてくる子供の八割が異常児だったからである。多国籍の地球防衛軍が強力な新兵器でドームを破壊し、ミステリアンたちは円盤に乗って地球外へ退去した。
*人類史の区切り目の時に訪れる宇宙人→〔記憶〕5の『幼年期の終わり』(クラーク)。
『朝顔の露の宮』(御伽草子) 継母浮草の前は、朝顔の上と露の宮との逢瀬を知り、怒って朝顔の上を吉野山へ棄てる。二人の恋人は再会できぬまま死ぬ。事情を知った帝は「ひとえに浮草の前の仕業」と言い、彼女をうつほ舟にのせて流す。
『小栗(をぐり)』(説経) 郡代横山は、娘照手と小栗判官との結婚を喜ばず、小栗を毒殺した上に、照手をも相模川に沈めよと鬼王鬼次兄弟に命ずる。兄弟は彼女を殺すにしのびず、照手を牢輿に入れたまま海へ流す→〔人買い〕1。
『かるかや』(説経)「高野の巻」 大唐の帝の娘が、他の帝と祝言するが、三国一の醜女であったため送り返される。父帝は娘をうつほ舟に入れて西の海に流す。讃岐国のとうしん太夫が、筑羅が沖でうつほ舟を拾い上げ、彼女を養女(または下女)とする。あこう御前と呼ばれるこの女が、弘法大師の生母である。
『国性爺合戦』2段目 肥前松浦平戸の浜で、和藤内・小むつ夫婦がすなどりをしているところへ、一人の女を乗せた小舟が漂着する。女は大明国思宗皇帝の妹栴檀皇女で、戦乱の明から逃れ来たのだった。
『神道集』巻4−18「諏訪大明神の五月会の事」 波斯匿王の娘・金剛女は、前世で善光王の后だった時、三百人の女たちを嫉妬し、女たちを多くの大蛇とともにうつほ舟に入れて流し、責め殺した〔*その報いで、金剛女は十七歳の時、鬼の姿になった〕。
*→〔死体〕1aの『戒言(蚕飼の草子)』(御伽草子)。
『カンタベリー物語』(チョーサー)「法律家の話」 ローマの王女クスタンスは、請われてサルタンのもとに嫁すやいなや、姑に憎まれ、舵のない小舟に乗せられて海へ流される。三年以上を経て舟はイギリスに漂着し、彼女は国王のアラと結婚する。ところがアラの母の陰謀で、クスタンスは鬼子を生んだことにされ、嬰児とともにふたたび小舟に乗せられ海に放たれる。
『三国史記』巻12「新羅本紀」第12・第56代敬順王9年 昔、中国の皇帝の娘が夫なくして孕んだので、人々が疑い恐れて海に流した。彼女は辰韓にたどりついて子を生んだ。その子が海東(朝鮮)の始祖王となった。
『八幡愚童訓』下 震旦国陳の大王の娘大比留女は七歳で懐妊する。父王が問うと、「仮寝していた時、朝日の光が胸にさしてはらんだ」と答える。大比留女は、生まれた皇子とともに空船に乗せられ、海に放たれる。船は日本の大隅国に流れ着く。
*→〔箱船(方舟)〕3の『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章。
『鵺(ぬえ)』(能) 源頼政に退治された鵺(*→〔矢〕2の『十訓抄』)は、うつほ舟に入れられ流された。その亡魂は舟人姿になって、旅僧に身の上を語り、供養を請うた。
『八幡愚童訓』上 道鏡は和気清丸(清麻呂)を「ワカレノキタナ丸」と名づけ、両足を切ってうつほ舟に乗せ、海に流した〔*舟は豊前国宇佐宮の浜に流れ着き、宇佐八幡の霊験によって、和気清丸の足はもとどおりになった〕。
*→〔樽〕3の『ペンタメローネ』第1日第3話。
『椿説弓張月』後篇巻之2第19回 米俵の上に赤い幣を立て、一尺四〜五寸の老人が海上を流れ来るのを、離島にいる為朝が見る。老人は疱瘡の神で、京大阪で疱瘡をはやらせたために浪速の浦に送り遣られ、大洋を漂流していたのだった。
『捜神記』巻14−11(通巻350話) 娘が馬に「遠方に赴任している父を連れ帰ってくれるなら、お前の嫁になろう」と冗談を言う。馬は父のもとへ駆け、父を連れ帰って娘を要求する。父は怒って馬を殺し、皮を剥ぐ。皮は娘を包みこんで飛び去り、やがて庭の樹上で蚕と化して糸を吐く。良質の糸が多く取れたので、その樹を「桑」と名づけた。「桑」とは「喪」の意味である。
『遠野物語』(柳田国男)69 貧しい百姓が飼っている馬をその娘が愛し、ついに娘と馬は夫婦になる。百姓は怒り、馬を桑の木につり下げて殺す。 娘が馬の首にすがって泣くので、斧で馬の首を切り落とすと、たちまち娘は馬の首に乗ったまま天に昇り去る〔*オシラサマの起源譚〕。
『黄金伝説』160「司教聖マルティヌス」 身なりをかまわぬ司教聖マルティヌスが、ろばに乗って出かける。数人の騎士たちが、マルティヌスにおそいかかり、めった打ちにする。すると、騎士たちの馬が大地に根が生えたごとくになり、鞭打っても動かない。騎士たちは聖人に詫びる。
『高野聖』(泉鏡花) 魔性の女が、旅の薬売りを馬に変身させる。その馬を馬市に連れて行こうとするが、動かない。女が着物を脱いで馬の下腹をくぐりぬけると、馬は歩き出す。
『沙石集』巻5末−7 聖徳太子が片岡山を過ぎる時、馬が進まなくなった。不審に思って見ると、異相の僧が飢えて臥していた。この僧は達磨大師である。聖徳太子は前世で唐の僧だった時、達磨大師から「日本に生まれて仏法を広めよ」と勧められ、この日本に誕生したのであった。
『太平記』巻11「筑紫合戦の事」 菊池入道が櫛田の宮を過ぎる時、乗った馬が立ちすくみ進まなくなる。入道が神殿の扉を二矢射ると、馬は動き出す。社壇には大蛇が矢に当たって死んでいた。
『貫之集』 貫之が紀の国から帰り上る途次、にわかに馬が重病になる。道行く人が「ここにおわす蟻通しの神がし給うたこと」と教えたので、貫之は「かき曇りあやめも知らぬ大空に蟻通しをば思ふべしやは」の歌を奉り、馬は回復する〔*『俊頼髄脳』などに類話〕。
『蒙求』225所引『西京雑記』 滕公が車で東都門に行った時のこと、車を引く馬が急に鳴き出し、足をかがめて進もうとせず、前足で地をかいた。士卒がそこを掘ると石棺があり、古体の文字で「三千年後に滕公なる者がここに葬られよう」と記してあった。
『小栗(をぐり)』(説経) 横山殿は娘婿の小栗判官を嫌い、人食い馬の鬼鹿毛(おにかげ)に乗せて、小栗を殺そうとたくらむ。しかし鬼鹿毛は小栗の言葉を聞き、その顔を拝んで(*→〔額〕1a)、荒々しい心を捨て、前膝を折って小栗を背に乗せる。小栗は自在に鬼鹿毛を乗りこなし、梯子乗り・碁盤乗りなどをする。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章 ビストン族の王ディオメデスは、人食い牝馬を持っていた。ヘラクレスが来て、秣槽(まぐさおけ)の世話をする者たちを打ち負かし、人食い牝馬を連れ出した。ビストン人たちが追って来たので、ヘラクレスは彼らと闘い、ディオメデス王を殺した。
『三国志演義』第63回 劉備の軍が、劉璋の軍と戦うため出陣する時、軍師ホウ統の馬が棒立ちになって、ホウ統を振り落とした。劉備はホウ統の身を気づかい、「このような悪い馬にはわしが乗ろう」と言って、自らの白馬とホウ統の馬を取り替えた。待ち伏せしていた劉璋の軍は、「白馬に乗るのが劉備だ」と思い、矢の雨を射かけてホウ統を殺した。
『南総里見八犬伝』肇輯巻之1第2回 滝田城主・神余光弘は、愛妾玉梓の色香におぼれていた。近習の山下定包がそれに乗じ、国の乗っ取りをねらう。村民・杣木朴平らが山下定包暗殺を企てたので、山下定包は自分の白馬に神余光弘を乗せて、狩に行かせる。杣木朴平らは、白馬に乗る神余光弘を山下定包だと思い、矢を射かけて殺した。
『捜神記』巻13−9(通巻327話) 秦の頃、胡族の侵攻に備えて城を築くが、何度も完成しそうになっては崩壊する。一頭の馬が同じ所をぐるぐる走り回るので、その馬の足跡に沿って城壁を築くと、ようやく、崩れることなく完成する。
*馬の教えを無視して、命を失う→〔穴〕6aの『王書』(フェルドウスィー)第2部第7章「ロスタムの最期」・〔凶兆〕3aの『リチャード三世』(シェイクスピア)第3幕。
『うつほ物語』「俊蔭」 清原俊蔭は十六歳の時、遣唐使となって渡唐するが、途中、嵐にあって波斯国の渚に漂着した。俊蔭は心細さに観音を念じ、「七歳より仕うまつる本尊、現れ給え」と祈る。すると、鞍を置いた白馬が渚に出現し、俊蔭を乗せて清く涼しい林まで運んで、消え失せた〔*俊蔭はその後、阿修羅・天人・仙人・仏に出会い、琴を得て帰国する〕。
『今昔物語集』巻5−1 天竺の人・僧迦羅と五百人の商人たちが、美女たちの住む島へ行く。しかし美女たちが実は羅刹鬼であることを知って逃げ出し、浜辺で観音に救いを求める。沖から大きな白馬が波を分けて現れ、僧迦羅と商人たちは皆、白馬にしがみつく。白馬は海を渡り、僧迦羅たちは故国へ帰ることができた〔*『宇治拾遺物語』巻6−9に類話。原拠である『大唐西域記』巻11「僧伽羅国」では、天馬が雲路を飛び走った、と記す〕。
『平家物語』(延慶本)巻2−33「基康清水寺籠事・付康頼夢の事」 油黄島に流された康頼入道のある夜の夢に、子息基康が「妙法蓮華経信解品」と白帆に書いた船で来ると見て、なおよく見ると、船ではなく白馬に基康は乗っていた。
『今昔物語集』巻11−1 甲斐国から都へ、黒駒が献上された。聖徳太子は黒駒に乗って天空へ上がり、東をさして去った。太子は信濃国に到り三越(みこし。越前・越中・越後)の境を巡って、三日後に帰還した。
『今昔物語集』巻11−6 藤原広継は、午前中は都で右近少将として朝廷に仕え、午後は九州へ下り太宰少弍として執務した。彼は空を翔ける龍馬(りゅうめ)に乗り、瞬く間に都へ上り、九州へ下っていたのだった。
『変身物語』(オヴィディウス)巻4 ペルセウスがメドゥサの首を切り取ると、首からほとばしる血を母として、翼を持つ天馬ペガサスが生まれ出た。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第42章 男神ロキは牝馬に変身して牡馬スヴァジルフェーリと交わり、灰色で八本足の馬スレイプニルを産んだ〔*スレイプニルはオーディンの乗馬となる〕→〔性転換〕4。
『宝物集』(七巻本)巻1 安族国の王は人を馬にする術を知っていた。王は、旅の男に葉の細いヒツバラ草を食べさせ、馬にしてしまった。息子が父を尋ね捜し、葉の広いシャラバラ草を与えて、もとの人間に戻した。
*→〔宿〕3b の『今昔物語集』巻31−14。
『人馬』(狂言) 大名が「一芸のある者を召し抱える」と言うので、新参の男が「人を馬にする術を知っている」と、でまかせを言う。大名の命令で太郎冠者が実験台になるが、男がいくら呪文を唱えても馬にはならず、男は逃げ出す。
『デカメロン』第9日第10話 牧師が、「魔法で人を馬にできる」と称して友人の妻を裸にし、身体中を「ここが馬になるように」と言ってさわる。最後に、「尻尾をつける」と言って背後から性交に及ぶので、夫が「尻尾はいらない」と叫ぶ。牧師は、「君が口をきいたので魔法が効かなくなった」と言う。
★9d.「馬を人に変え、人を馬に変える」と称して、酒食や金品をだまし取る。
『沙石集』巻8−2 修行者が或る人に、「馬を人に変え、人を馬に変える術を授ける」と約束して、様々にもてなしを受ける。引出物まで取った上で、修行者は「馬を人に変える術とは、馬を売って人を買うのです。人を馬に変える術とは、人を売って馬を買うのです」と教えた。
『御曹子島渡』(御伽草子) 御曹子義経が蝦夷が島への航海途中に上陸した王せん島には、腰から上が馬・下半身が人の、身長十丈ほどの馬人間が住んでいた。彼らは背が高すぎて、倒れると起き上がれず、腰に付けた太鼓を叩いて助けを呼ぶのだった〔*→〔逆さまの世界〕2の『ガリヴァー旅行記』では、馬が人を支配する島をガリヴァーが訪れる〕。
『日本書紀』巻14雄略天皇9年7月1日 田辺史伯孫(はくそん)が、自分の葦毛馬と引き換えに得た赤馬を、厩(うまや)に入れておく。しかし翌朝見ると、赤馬は埴輪馬(はにわうま)に変わっていた。彼の葦毛馬は、誉田陵(=応神天皇陵)の埴輪馬の間に立っていたので、伯孫は厩の埴輪馬を陵に戻し、葦毛馬を連れ帰った。
*天皇陵の埴輪→〔人形〕6。
『三国遺事』巻1「紀異」第1・高句麗 卵から生まれた朱蒙は、金蛙王のもとで育った。金蛙王は、朱蒙に馬の飼育をさせた。朱蒙は駿馬をよく見抜き、わざと餌を減らして痩せ細らせ、駄馬にはたくさん餌を食わせて肥らせた。金蛙王はそんなことはまったく知らず、肥えた馬には自分が乗り、痩せた馬は朱蒙に与えた〔*見た目だけで判断する点で、→〔選択〕1aの『神統記』(ヘシオドス)と類似する〕。
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