『エヌマ・エリシュ』(古代アッカド) マルドゥークをはじめとする神々たちが悪神キングの血管を切り、流れる血から人間を造り出した。
『古事記』上巻 イザナキが長い剣を抜いて火神カグツチの頸を斬った。その時、剣から岩に飛び散る血、手指の間から漏れ落ちる血より、イハサクノ神をはじめ八柱の神が生まれた〔*『日本書紀』巻1神代・第5段一書に類話〕。
『神統記』(ヘシオドス) ウラノス(天)の性器を、息子クロノスが鎌で切り取った。そこからほとばしり出た血を大地が受け止め、歳月を経て、復讐の女神(エリニュス)・巨人(ギガス)・女精メリアたちが生まれた。
『播磨国風土記』讃容の郡 玉津日女命が、鹿の腹を割き、その血に稲をひたして蒔いた。一夜で苗が生じたので、ただちにこれを取って植えさせた。
『二人兄弟の物語』(古代エジプト) 妻の裏切りゆえ命を落としたバタは、復讐すべく牡牛に生まれ変わる。ファラオの愛妾になっている妻は、ファラオに請うて牡牛を殺させる。牡牛の喉が切られると二滴の血が飛び出て王宮の門前に落ち、二本の大きなペルセア樹になる。
*→〔馬〕7の『変身物語』(オヴィディウス)巻4。
『妹背山婦女庭訓』4段目「御殿」 蘇我蝦夷子は晩年まで子がなく、博士の占いによって白い牝鹿の生血を妻に与え、男児が誕生した。鹿の生血が体内に入った子ゆえ、「入鹿」と名づけた。後、入鹿は逆臣となったので、金輪五郎らが、爪黒鹿の血と疑着(=嫉妬)相の女の血を混ぜたものを笛にそそいで吹き、入鹿を倒した。
『黄金伝説』95「聖クリストポルス」 異教徒の王が聖クリストポルスを射殺そうとすると、その矢が眼にささって王は失明する。クリストポルスは首を刎ねられるが、彼の血を眼に塗ると、王の眼はもとどおり見えるようになる。
『黄金伝説』122「聖サウィニアヌスと聖女サウィナ」 矢で目をつぶされた皇帝アウレリアヌスは、聖サウィニアヌスの血を塗って開眼した。
『王書』(フェルドウスィー)第2部第3章「英雄ロスタム」 カーウース王は、北方のマーザンダラーンに住む悪鬼たちに捕らえられ、牢の暗闇の中で失明する。英雄ロスタムが、悪鬼たちの頭目である白鬼〔*「白鬼」は「雪害」を意味する、との解釈がある〕と闘ってこれを殺す。ロスタムが白鬼の血をカーウース王の眼にたらすと、王の眼はふたたび見えるようになった。
『アーサー王の死』(マロリー)第17巻第10〜12章 某城の主である婦人が癩病にかかり、王族の処女の血を身体に塗ると回復する。騎士たちとともに通りかかったパーシヴァルの姉が、右腕から皿一杯の血を取って、婦人に与える。婦人は元気になるが、パーシヴァルの姉は血を失ったために死ぬ。城の側には、それまでに血を取られて死んだ乙女たち六十人の墓があった〔*神罰による嵐と雷で、城の婦人と従者たちは滅ぼされる〕。
*血を用いて癩病を治す→〔子殺し〕3の『摂州合邦辻』「合邦内」。
『黄金伝説』129「聖十字架称賛」 ユダヤ人たちがキリスト像のわき腹を槍で突くと、血が流れ出す。その血を病人に塗ると、皆たちまち病気が治った。
『南総里見八犬伝』第4輯巻之4第37回 山林房八が、義兄の犬田小文吾と斬り合う。争いを止めに入った房八の妻・沼藺(ぬい。小文吾の妹)を、房八は誤って斬り、房八自身もまた、小文吾に斬られる(*→〔演技〕4)。折から、犬塚信乃は破傷風で死に瀕していた。若い男女の血を五合ずつ合わせたものは破傷風の特効薬になるので、小文吾は、房八と沼藺の血をほら貝に受けて信乃の身体にそそぎ、破傷風から回復させる。
『ニーベルンゲンの歌』第3歌章 ジーフリト(ジークフリート)は、ある時龍を退治し、その血を全身に浴びた。そのため肌が不死身の甲羅と化し、どんな武器も彼を傷つけ得ないことがたびたび証明された〔*しかし彼の身体には一ヵ所弱点があった〕→〔葉〕1b。
『火の鳥』(手塚治虫) 火の鳥の血を飲んだ者は、永遠の命を得る→〔不死〕1。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第10章 外科医アスクレピオスは、ゴルゴンの左側の血管から流れ出た血を人間の破滅に、右側の血管から出た血を救済に用い、死者を蘇生させた。ゼウスは、人間が力を増すことを恐れ、アスクレピオスを雷霆で打った。
『忠臣ヨハネス』(グリム)KHM6 王と花嫁の命を救ったため、忠臣ヨハネスは石に化した(*→〔無言〕1c)。やがて王と花嫁の間に双生児が生まれる。王は、石のヨハネスの言葉にしたがって、双生児の首を切り、血を石に塗る。血の力でヨハネスは生命を取り戻す。ヨハネスは今度はその返礼に、双生児の首を身体に載せ、彼らの血を塗って生き返らせる。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第4日第9話 石像と化した弟を救うため、魔法使いの老人の教えにより、兄は自分の二人の子を殺す。その血を石像にかけると、弟は息を吹き返す〔*魔法使いは二人の子も生き返らせる〕。
『捜神記』巻11−28(通巻290話) 無実の女が死刑を宣告される。刑場へ行く車には高さ十丈の竹竿が立ち、五色の幟が上がる。見物人にむかって女は「私に罪があれば血は下へ流れ、罪がなければ上に流れるだろう」と言う。刑が執行されると、緑色の血が竹竿を伝って昇り、頂上まで達すると幟を伝って下った。
*死体の傷口から流れ出る血によって、犯人が誰かわかる→〔傷あと〕8a。
『女殺油地獄』「豊島屋」 油屋のお吉が殺されて三十五日の逮夜に、河内屋与兵衛が顔を見せる。皆から犯人と見なされても、与兵衛は白を切る。伯父森右衛門が、殺人事件の日に与兵衛が着た袷を取り出し、「所々に妙なこわばりがある」と言って酒をそそぐ。たちまち血の色が現れて、与兵衛がお吉を殺した動かぬ証拠になる。
『棠陰比事』58「獄吏滌履」 殺人事件の容疑者である僧侶を獄吏が尋問するが、証拠がない。しかし、僧侶の履に墨が塗ってあることに獄吏は不審を感じ、履を脱がせて墨を洗い落とすと血痕があらわれたので、僧侶は恐れ入って白状した。
*犬が血染めの布子をくわえ出す→〔動物教導〕2の『盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめかがとび)』(河竹黙阿弥)。
『青ひげ』(ペロー) 青ひげが旅に出て留守の間に、若い妻が、入室を禁ぜられた小部屋を開けて、数人の女の死体を見つける。妻は驚いて、血の海となっている床に、鍵を落とす。鍵についた血は、どんなに拭いても洗っても消えない。帰って来た青ひげは、血のついた鍵を見て、妻が小部屋を開けたことを知る。
『マクベス』(シェイクスピア)第2幕・第5幕 マクベスがダンカン王を暗殺した時、マクベス夫人が、剣についた血をダンカン王の護衛たちの顔に塗りつけて、彼らに罪をきせた。後にマクベス夫人は夢遊状態で、いくら手を洗っても血のしみが消えない、という動作を繰り返すようになった。
『まっしろ白鳥』(グリム)KHM46 三人姉妹の長女が、魔法使いの男から見ることを禁じられた部屋を開ける。中には血だらけの器があり、切り刻まれた死体が何人分も入っている。長女は驚き、魔法使いから与えられた卵を器の中に落とす。拾い上げて血を拭くが、拭くそばから卵は血の色になる。長女は魔法使いに殺される。次女も同様にして殺される。
『カンタヴィルの幽霊』(ワイルド) イギリスの幽霊屋敷の床の血痕を、屋敷に住むアメリカ人一家が新洗剤できれいに消す。翌朝また血痕があらわれるので、これも消してしまう。何度も血痕を消すうち、血の色が日ごとに変り、朱色・紫色・緑色などになる。幽霊は、本物の血が手に入らなかったので、アメリカ人一家の娘ヴァージニアの絵の具を盗んで用いたのだった〔*絵の具を血に見せかける点で→〔映画〕1の『仮面の恐怖王』(江戸川乱歩)に類似〕。
『出エジプト記』第12章 神の過ぎ越しの夜、羊の血を戸口に塗った家だけは、長子の死を免れた→〔目印〕2a。
『捜神記』巻13−8(通巻326話) 始皇帝の代に、「城門に血がつくと城は沈んで湖になる」という童謡がはやる。門番が犬の血を城門に塗りつけると、町はたちまち湖になる→〔水没〕1。
茨木童子の伝説 茨木童子は幼い時捨てられ、床屋に拾われ育てられた。床屋の手伝いをするうち、客の切り傷の血をなめ、その味を知ってからは、わざと傷をつけて血をなめることが習癖になった(大阪府茨木市新庄町)→〔水鏡〕4。
『仔猫』(落語) 山猟師の娘おなべは七歳の時、飼い猫が足を噛まれて帰って来たので傷をなめてやり、猫の生き血の味をおぼえた。それ以来おなべは、猫を捕って食うようになった。おなべは船場の大問屋へ奉公に出、よく働く気立ての良い娘として皆にかわいがられたが、夜になると猫を捕りに出かけた〔*これを知った番頭がおなべに、「あんた、猫かぶってたのか」と言うのがオチ〕。
『古事記』上巻 高天原から出雲国の肥の河上に降り立ったスサノヲは、十拳剣(とつかのつるぎ)をふるって、ヤマタノヲロチの体をずたずたに斬った。そのため、肥の河の水は真っ赤な血となって流れた〔*『日本書紀』巻1・第8段では、本文・一書ともに、「河が血になった」との表現は見られない〕。
*ナイル川の水が血に変わる→〔水〕1cの『出エジプト記』第7章。
濁りが淵(高木敏雄『日本伝説集』第7) 旅の六部が、村の金満家の家に一夜の宿を求めた。六部は宝物(「黄金の鶏」と「一寸四方の箱に収まる蚊帳」)を持っていたので、金満家の主人は宝物欲しさに、翌朝、六部が立った後その跡をつけ、河の淵で彼を斬り殺した。「黄金の鶏」は羽音をたてて飛び去ったが、「蚊帳」は主人の手に入った。六部の流した血で、淵の水は今も赤く濁っている(徳島県那賀郡桑野村)。
*血をなめて鳥の言葉を聞く→〔鳥の教え〕8の『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ジークフリート」。
*血が水に変わる→〔水〕1b。
*関連項目→〔問答〕
★.外国と日本の知恵比べ。
『江談抄』第3−1 吉備真備が入唐した折、彼の諸道にすぐれた才能を知って恥ずかしく思った唐人たちが、彼を鬼の出る楼に登らせて殺そうとしたり、難解な『文選』の読法や囲碁の勝負等で挑む。吉備真備は日本の仏神などの助けによって、それらを切り抜ける〔*『吉備大臣入唐絵巻』に類話〕。
『太平広記』巻228所収『杜陽雑編』 日本の王子が渡唐して、唐第一の碁の名人顧師言と対局する。顧師言は辛くも勝利するが、唐人たちは「顧師言は唐で第三位の名手にすぎない」といつわる。日本の王子は「小国の第一位は大国の第三位に及ばぬか」と嘆息する。
『日本書紀』巻20敏達天皇元年5月 高麗から奉られた国書が黒い烏の羽に書かれており、読むことができなかった。帰化人王辰爾が、湯気で蒸した烏羽に絹布を押しあてて、文字を写し取った。
『白楽天』(能) 唐帝から「日本の知恵をはかれ」との宣旨を受けた白楽天が、海路日本に渡り、漁翁と詩歌問答をする。漁翁は住吉明神の化身であり、問答で白楽天を打ち負かし、神力を現して唐船を漢土に吹き返す→〔文字〕3。
『枕草子』「蟻通し明神」の段 唐土の帝が日本の国を討ち取ろうとたくらみ、「丸く棒状に削った木の本末(もとすゑ)を見分けよ」、「二匹の蛇のどちらが雄か雌か見分けよ」、「七曲りにまがった玉の穴に糸を通せ(*→〔糸〕4)」などの難題をつきつけ、日本の帝は困惑する。某中将の家に隠れ住んでいた老親(*→〔親捨て〕4a)が、これらの難題をことごとく解決したので、唐土の帝は、「なほ日の本の国はかしこかりけり」と感服し、以後は日本への手出しをしなくなった。
★1a.いかさまの誓い。不義の人妻が潔白を主張し、夫をあざむく。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第24章 トリスタンが巡礼に変装し、愛人である王妃イゾルデを船から岸に運ぶ時、わざと転んでイゾルデを抱いて伏す恰好になる。その後にイゾルデは、「夫マルケ王と今の巡礼以外に、私の横に寝た者はいない」と神に誓い、それを証拠だてるために熱鉄を握るが火傷を負わず、皆イゾルデの貞節を信じる〔*熱鉄・熱湯で身の証しをする物語については、→〔盟神探湯(くかたち)〕に記事〕。
★1b.いかさまの誓い。不義の人妻が潔白を主張するが、夫が嘘を見抜く。
『ジャータカ』第62話 バラモンの若妻が情夫を持ちながらも、「夫以外の男に触れたことがない」と誓い、火の中に入って潔白を証明しようと言う。情夫が見物人をよそおって現れ、「皆さん、バラモンが美女を火に入れようとしている」と訴えて若妻の手をつかみ、止めるふりをする。若妻は「今この男に触れられたので、誓いが破られてしまった」と言う。しかしバラモンは若妻のごまかしを見抜く。
『七賢人物語』「皇帝の息子の語る第八の物語」 エジプト王の息子アレクサンデルとイスラエル王の息子ロドウィークスが、ティトゥス皇帝に仕える。ロドウィークスは皇帝の王女とひそかに関係を結び、ヒスパニア王の息子ギドーがそのことを皇帝に訴えて、ロドウィークスに決闘を挑む。ロドウィークスに瓜二つのアレクサンデルがロドウィークスに扮し、「王女は私によって処女を奪われたこともなく、汚されたこともない」と聖書にかけて誓い、ギドーと決闘してその首を取る。
『ドン・キホーテ』(セルバンテス)後編第45章 島の太守となったサンチョ・パンサが、十エスクードの借金を返した返さぬのトラブルを裁く。借り手の老人Aが、葦の茎を杖代わりにつき、「宣誓の間邪魔だから」と言って、貸し手の老人Bにその杖を預け、「AはBに確かに十エスクード返した」と神かけて誓う。宣誓を終えてAはBから杖を取り戻し、帰ろうとする。しかしサンチョ・パンサは、葦の茎の中に十エスクードの金貨が隠してあることを見抜く。
『首引』(狂言) 鎮西八郎為朝と姫鬼とが、互いの首に綱をかけて引き合う。姫鬼が弱いので仲間の鬼たちが加勢する。為朝が首から綱をはずして放すと、鬼たちは仰向けに倒れる。
『今昔物語集』巻23−22 相撲人恒世の足に大蛇が尾を巻きつけ、川中へ引き込もうとする。恒世が土に五〜六寸も足をめりこませて踏ん張ると、大蛇の胴体はちぎれ、川に血が浮かぶ〔*『宇治拾遺物語』巻14−3に類話〕。
『曽我物語』巻6「弁財天の御事」 朝比奈三郎が曽我五郎の鎧の草摺を掴み、酒宴の席に引き入れようとする。五郎が足を踏ん張ると、草摺がちぎれて朝比奈は後ろに倒れる。五郎は微動だにせず立っていた。
『日本霊異記』上−3 元興寺の道場法師がまだ童子の頃、毎夜鐘堂に鬼が来て、人を殺した。童子は待ち受けて、鬼の髪を捕らえて引いた。鬼は外に逃げようとし、童子は内から引く。夜明け方に鬼は髪をすっかり引き抜かれ、血を流して逃げ去った。
『平家物語』巻11「弓流」 屋島の合戦の時、逃げる三穂屋(三保谷)十郎の兜の錣(しころ)を、悪七兵衛景清が追いかけて掴んだ。二人が引き合ううち錣が切れ、三穂屋は逃げ去った。景清はちぎれた錣を差し上げ、「これこそ上総の悪七兵衛景清よ」と名乗りをあげた。
*河童と馬の引っ張り合い→〔河童〕2の『遠野物語』(柳田国男)58。
『日本霊異記』中−4 美濃の狐と呼ばれる女が、力の強いのをよいことに、往還の商人たちを苦しめていた。尾張国愛智郡の女(道場法師の孫娘)が力くらべを挑み、鞭で美濃の狐を打ちこらした〔*『今昔物語集』巻23−17に類話〕。
『古事記』上巻 タケミカヅチが高天原から出雲に降下し、オホクニヌシに国譲りを要求する。オホクニヌシの子タケミナカタが力くらべを挑み、タケミカヅチの手を取ると、それは氷柱や剣の刃のごとくであった。タケミカヅチはタケミナカタの手を、若い葦のごとくに掴みひしぎ、タケミナカタは信濃の諏訪湖まで逃げた。
『播磨国風土記』神前郡ハニ岡 大汝命と小比古尼命が、屎をせずに遠く行くのと、粘土をかついで遠く行くのと、どちらが長く我慢できるか、争った。数日後、大汝は堪えきれず屎をし、小比古尼も粘土を岡にほうり投げた。
『日本書紀』巻6垂仁天皇7年7月 當麻邑の當摩蹶速は力自慢で、自分に及ぶ者はない、と豪語する。垂仁天皇が出雲国から野見宿禰を呼んで、當摩蹶速と相撲を取らせる。二人は蹴り合い、野見宿禰が當摩蹶速のあばら骨と腰骨を踏み砕いて殺す。
*人間と河童の相撲→〔河童〕4。
*豪傑朝比奈三郎義秀と閻魔大王の力くらべ→〔地獄〕5の『朝比奈』(狂言)。
*北風と太陽の力くらべ→〔太陽〕6の『イソップ寓話集』46「北風と太陽」。
*産女(うぶめ)から力を授けられる→〔二者択一〕1の産女の伝説。
『奇蹟を起こした男』(H・G・ウェルズ) フォザリンゲイは突然、あらゆる奇蹟を起こすことができる超能力を授かった。彼はさまざまな奇蹟を楽しんだ後に、地球の自転を止めてみる。とたんに人間も動物も、慣性の法則で地上から放り出され、全滅してしまった。フォザリンゲイは反省し、すべてを、超能力が授かる前の状態に戻す。だから、この物語を読む読者も、本来なら死んでいたところなのだ。
★1b.地球の自転が遅くなり、つねに同じ面を太陽に向けて公転する。
『地球の長い午後』(オールディス) 遠い未来。月の引力の変化で地球の自転がしだいに遅れ、地球は片面が永遠の昼、片面が永遠の夜になった。それからさらに二十億年後。昼の世界の気温上昇によって、樹木は空へ向けて無限に成長し、月にまで達する。その頃、月は地球から遠ざかり、同じ面を地球に向けて運行する惑星となったが、植物の巨大な束が、この二つの天体を結びつけていた。人類は文字を失うまで退化し、森の中に暮らしていた。
『スーパーマン』(ドナー) 悪人ルーサーの発射したミサイルが西海岸を直撃して大地震が起こり、ロイス・レーンが地割れに呑みこまれて死ぬ。スーパーマンが地球の周囲を自転方向と反対に超高速で飛び、地球を逆回転させる。こうして時間を地震発生前に戻し、スーパーマンはロイス・レーンを救い出す。
『ザ・スター』(H・G・ウェルズ) 二十世紀初頭。暗い宇宙空間に新惑星が現れ、太陽系に侵入して海王星と衝突した〔*この当時、冥王星はまだ発見されていない〕。衝突時に生じた熱によって、二つの惑星は白熱光を発する一つの巨星に変身し、しだいに地球に近づいて来る。火山の噴火、地震、洪水などのために、多くの人々が死ぬ。さいわい、巨星は地球に衝突することなく、遠り過ぎて行った。その後、世界の気候は以前より温暖になった。
『地球最後の日』(ワイリー&パーマー) かつてどこかの恒星を巡る惑星だった二つの星(アルファ星とベータ星)が、何らかの原因で軌道を離れ、宇宙を放浪したあげく、太陽系へ向かって来る。計算の結果、アルファ星は地球と衝突し、ベータ星は地球のすぐそばを通過することが明らかになる。各国はそれぞれ宇宙船を建造し、アルファ星との衝突の直前に地球を脱出して、ベータ星へ向かう。僅かな数の人々が生き残り、ベータ星を第二の地球として新たな生活を始める。
『妖星ゴラス』(本多猪四郎) 直径=地球の四分の三、質量=地球の六千倍、という黒色矮星ゴラスが、太陽系へ向かって来る。このままでは、一九八二年二月に地球と衝突する。ゴラスの爆破は不可能なので、南極に巨大なロケット推進装置を建設し、地球の軌道を変えることとなる。ゴラスの引力により海面が上昇し、多くの都市が水没したが、地球はゴラスとの衝突を免れた。ゴラスが遠ざかった後、今度は北極にロケットを設置し、地球の軌道をもとに戻す仕事が残っていた。
*→〔星〕10bの『さよならジュピター』(小松左京)では、ブラックホールの進路を変えて、ブラックホールと太陽の衝突を回避する。
*暗黒星雲が、太陽系内へ侵入する→〔日食〕7の『暗黒星雲』(ホイル)。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第34歌〜「煉獄篇」 イタリアに生まれ育った「私(ダンテ)」は三十五歳の時、詩人ヴェルギリウスに導かれて地獄へ降り、最下層に到る。そこで氷漬けになっている悪魔大王ルチーフェロの腰のあたりが地球の中心で、重力が集まっている。「私」たちはルチーフェロのわき腹の毛を伝って下へ降り、重力が逆転する箇所で身体の向きを変え、今度は地表へ向けての道を登る。「私」たちは南半球へ出、そこから煉獄の山に登る。
『モモ』(エンデ)5章 昔暴君コムヌスが「地球とまったく同じ大きさの、新しい地球を作れ」と命じ、人々はこの大事業に従事した。新しい地球を作る材料は、現在の地球から取るしかないので、新しい地球ができあがるに連れて、古い地球はやせ細っていく。人々は皆新しい地球に移住し、新しい地球が完成した時、古い地球はすっかりなくなってしまった。だから、今われわれがいるのは新しい地球の上なのだ〔*観光ガイドのジジが語る物語〕。
*「第二の地球」がカット・アンド・ペーストならば、→〔地図〕1の『博物館』「学問の厳密さについて」(ボルヘス)の「原寸大の地図」は、コピー・アンド・ペーストの物語である。
『ロストワールド』(手塚治虫) 太古、混沌としていた地球からちぎれて、宇宙の彼方に飛び去ったママンゴ星が、五百万年ぶりに地球に接近する。地球から十数人を乗せたロケットが、ママンゴ星に飛ぶ。ママンゴ星ではまだ恐竜が栄えており、人類発生以前の若い星であることがわかる。十数人の地球人たちは、争ったり恐竜に食われたりしてほとんどが死ぬ。敷島健一少年と、植物から作られた少女あやめがママンゴ星に残り、ママンゴ星のアダムとイブになる。
『火の鳥』(手塚治虫)「未来編」 西暦三四〇四年。人類の滅亡は目前に迫っていた。人工生命の研究をしてきた猿田博士の前に火の鳥が現れ、「地球は生きものです」と告げる。「太陽も星も生きています。それは宇宙生命(コスモゾーン)です(*→〔魂〕13a)。宇宙生命も病気になり、死んでいきます。本当なら、ずっとずっと長く生きられるのに。地球は一千年ほど前から病気にかかりました。動物は死滅し、人間の進歩も止まりました」。
*宇宙の高みから、地球を見下ろす→〔国見〕7a・7b。
『博物館』「学問の厳密さについて」(ボルヘス) 地図学が完璧の極に達した王国があった。地理学者たちは、王国に等しい広さを持ち、寸分違わぬ一枚の王国図を作製した。しかし後代の人々は、この広大な地図を無用の長物と見なして、放棄した。西方の砂漠のあちこちには、裂けた地図の残骸が今でも残っている。そこに住むのは、獣や乞食たちである。
*「原寸大の地図」がコピー・アンド・ペーストであるならば、→〔地球〕5の『モモ』(エンデ)5章の「第二の地球」は、カット・アンド・ペーストの物語である。
『笑顔始』「江戸絵図」 江戸絵図を見て地理に詳しくなった田舎者が、実際に江戸へ行ってきた人に、あれこれ尋ねる。「浅草の観音へ参詣したか?」「参りました」「吉原はどうであった?」「吉原へは行かなかった」「それは残念なことをした。浅草からは二〜三寸の所なのに」〔*実際は浅草の観音から吉原までは二キロほど〕。
『ナポレオンと田虫』(横光利一) ナポレオンの腹は田虫に侵され、患部は径五寸ほどの大きさになっていた。痒さに耐えかねて掻けば、田虫は分裂し、いっそう拡がる。それは、ナポレオンの軍馬が他国の領土を侵蝕して行く地図の姿に相似していた。ナポレオンは周囲の反対を押し切って、ロシア遠征を断行する。数十万の狂人の大軍が、フリードランドの平原を進んで行く。ナポレオンの腹の上では、田虫の版図は径六寸を越して、なおも拡がり続ける。
*「皇帝であるナポレオンの田虫が拡がるにつれて、領土も拡がる」というのは、「神であるスサノヲが泣くと、山河が乾上る」という神話(*→〔涙〕7の『古事記』上巻)と、類似する発想である。
『地図』(太宰治) 慶長十九年(1614)。琉球、首里城の王・謝源は、石垣島を五年がかりで攻め、征服した。彼は、蘭人の献上した地図を広げ、自分の新たな領土を確認しようとする。しかしそれは世界地図だったので、無名の小島は記されていなかった。謝源は「地図にも載らぬ小島を苦労して占領したのか」と、屈辱を感ずる。一年もたたぬうち、石垣島の兵が首里を襲う。謝源は残念がる様子もなく、小舟で首里から逃れ去った。
『波』(山本有三) 小学校教員の見並行介は、もと教え子のきぬ子と関係を持ち、結婚する。結婚後一年もたたぬうちに、きぬ子は医学生と駆け落ちする。行介はきぬ子を許し、連れ戻す。きぬ子は男児駿(すすむ)を産み、子癇のために死ぬ。行介は、駿が果たして自分の子かどうか疑い、悩みつつ育てる。駿は小学生、中学生、と成長して行く。行介は「駿は、自分の子でも医学生の子でもない。社会の子供、人類の子供なんだ」と考える。
*複数の男と関係を持ったため、誰が父親かわからない→〔一妻多夫〕4・5a・5b。
『シャクンタラー』(カーリダーサ)第7幕 ドゥフシャンタ王が聖者の苦行林を訪れ、一人の少年を見て愛情を感じる。王は「かつて私が、行方知れずのシャクンタラー姫との間にもうけた子ではないか?」と思う。少年の手首から護符の霊草が地面に落ち、王はそれを拾う。少年とその両親以外の者が拾えば霊草は蛇となり、拾った者を噛むはずだったので、ドゥフシャンタ王と少年は父子であることがわかった。
『閲微草堂筆記』「槐西雑志」151「骨肉の鑑定」 親と子の血を取って混ぜ合わせ融合すれば真の親子だ、という鑑定の古法があった。ある男がこれを信用せず、自分の血と息子の血をまぜても融合しないので、「鑑定法は当てにならない」と主張した。しかしその息子は、妻が情夫との間にもうけた子だった。
『聊斎志異』巻5−190「土偶」 王氏が亡夫をしのんで土偶を造ると、夫の霊が土偶に乗り移り、王氏を身ごもらせて去って行った(*→〔像〕1c)。王氏は男児を産んだが、本当に亡夫の子か疑う人がいたので、男児の指を刺して、その血を土偶に塗った。血は、たちどころに滲(し)みこんで、痕もとどめなかった。他の土偶に塗っても滲みこまず、ひと拭いでふきとれた。
*→〔髑髏〕1の『南総里見八犬伝』第6輯巻之5下冊第60回・第7輯巻之2第65回。
*→〔老翁〕4の『棠陰比事』6「丙吉験子」。
『黄色い顔』(ドイル) エフィの夫はアフリカ人の血を引いており、二人の間に生まれた娘は皮膚が黒色だった。やがて夫が病死し、エフィは白人男性グラントと知り合って再婚するが、黒人の娘がいることを打ち明けられず、娘に黄色い仮面をかぶせ、近所の家に隠す。グラントは遠方から異形の人物を見て驚愕し、ホームズに調査を依頼する。
『タイタス・アンドロニカス』(シェイクスピア)第4幕〜第5幕 ゴート族の女王タモーラは、ローマ帝サターナイナスの皇后になるが、彼女には秘密の愛人・ムーア人のアローンがいた。やがて皇后タモーラが生んだ王子は、黒い身体を持っていた。アローンは生き埋めの刑になった〔*皇后タモーラは、将軍タイタスに殺された〕。
*蛇である父の性質を受け継ぐ子→〔蛇婿〕5。
『かるかや』(説経) 高野山で修行する苅萱道心のもとに息子石童丸が訪ねて来るが、苅萱は父と名乗らず、さらに北国修行と称して石童丸と別れ、信濃の善光寺に籠もる。五十年後、父は善光寺で、子は高野山で往生を遂げる→〔同日・同月〕2a。
『三人法師』(御伽草子) 妻子を捨てて遁世した篠崎六郎左衛門入道が数年ぶりに故郷へ戻ると、妻は死に、幼い二人の子(姉と弟)が、母の骨を拾っている。入道は「父である」と名乗ろうとするが思い返し、そのまま立ち去る。
*父が素性を隠したまま、娘と短い対面をする→〔偽死〕1の『球形の荒野』(松本清張)。
『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー) フョードル・カラマーゾフには三人の息子と一人の私生児がいた。秀才の次男イワンは、「神がなければすべてが許される」という虚無的な理論を語り、私生児スメルジャコフが、イワンの理論にそそのかされて父フョードル・カラマーゾフを殺す。それはイワンが心の底で望んでいたことだった。
『今昔物語集』巻3−27 悪友提婆達多が阿闍世王をそそのかし、「君は父王を殺して新王となれ。私は仏を殺して新仏となろう」と言う。阿闍世王は父頻婆沙羅王を捕らえ、七重の室内に幽閉して殺す。
*→〔後ろ〕2の『神統記』(ヘシオドス)。
*→〔父と息子〕8の『オイディプス王』(ソポクレス)。
*→〔母殺し〕1の『今昔物語集』巻4−23。
『午後の曳航』(三島由紀夫) 十三歳の登は、未亡人である母房子と二等航海士塚崎竜二の情事を、隣室の覗き穴から見て恍惚とする。彼は、海の男竜二を英雄視し、あこがれる。しかし竜二は海を捨てて陸に上がり、房子と結婚して、登の父親になろうとする。父親としてのふるまいをし始める竜二を登は嫌悪し、仲間の少年たち数人とはかって、竜二を殺す。
『夏祭浪花鑑』「長町裏殺しの場」 団七九郎兵衛の舅(=妻お梶の父親)義平次は強欲な男で、遊女琴浦を悪人に売り渡して金を得ようとする。団七はそれを阻止しようと、義平次と激しく争う。義平次が団七の脇差から刀を抜き取って振り回すので、団七は刀を取り戻そうとするうちに、義平次を一太刀斬ってしまう。義平次は「人殺し!親殺し!」と叫び出し、団七は、やむをえず義平次の口をふさいで斬り殺す。
『宇治拾遺物語』巻14−4 唐土の母が、「遣唐使某の子」と書いた札を子の首につけて、海に放つ。子は大魚の背に乗って日本まで運ばれ、難波の浦にいた父に見つけられる。魚に救われたゆえ「魚養」と名づけられた。
『熊野の御本地のさうし』(御伽草子) 摩訶陀国の善財王には千人の后がいたが、そのうちの一人、五衰殿のせんかう女御だけが王子を懐妊する。他の九百九十九人の后が妬んで讒言し、そのため、せんかう女御は山で斬首される。その折、后は王子を産み落とす。王子は山の動物たちや僧(ちけん聖)に養われ、七歳の時に内裏へ参上して、父善財王と対面する。王はせんかう女御の死を悔い悲しむ→〔神〕11。
『古事談』巻6−49 平珍材が美作から上洛する途中、備後国上治郡に寄宿し、郡司の娘を召して腰を打たせているうちに、娘は懐妊した。生まれた子は七歳になった時、郡司に連れられて京の珍材を尋ねて来た。珍材が子を見ると、二位中納言に至るべき相があった〔*『江談抄』第2−26に類話〕。
『山椒大夫』(森鴎外) 厨子王が生まれた年に、父陸奥掾正氏は筑紫の安楽寺へ左遷される。厨子王は十二歳の秋に、姉安寿や母とともに岩代の信夫郡の家を出て、父を尋ねる旅をする。母と別れ姉を失った後に、厨子王は都で加冠元服し、筑紫の父がすでに死去していたことを知る。
『浜松中納言物語』冒頭欠巻部〜巻1 中納言は少年時に、父式部卿宮を亡くした。父宮は死後数年以上を経て中納言の夢枕に立ち、「私は九品浄土に往生したいと願っていたが、一人息子である中納言への思いに引かれ、現世に転生して唐帝の第三皇子に生まれた」と告げる。中納言は唐へ渡り、皇子と対面する。皇子は七〜八歳ほどで、心のうちには中納言を我が子と知りつつ、言葉に出して親子の名乗りをすることはなかった。
*冥界の父に会いに行く→〔冥界行〕3に記事。
『ジャータカ』第7話 ブラフマダッタ王が、遊園のたきぎ拾いの女と同宿し、女は懐妊する。王は、「男児が生まれたらこれを持って連れて来るように」と言って女に指輪を渡す。生まれた子ボーディサッタは、証拠の指輪を持って母とともに王宮を訪れ、副王の位を得る。
『田村の草子』(御伽草子) 将軍俊仁が陸奥の女に一夜の情をかけ、「もし忘れ形見があらば、これをしるしに尋ねよ」と、鏑矢一筋を与えて帰洛する。やがて生まれた男児ふせり殿は、十歳になって父が将軍俊仁であることを知る。彼は鏑矢を持って父を尋ね対面し、名を田村丸(元服して俊宗)とあらためる〔*田村丸は父の跡を継いで将軍となり、鈴鹿山の鬼神・大嶽丸や、近江国の悪事の高丸を討伐する〕。
*息子が剣を持って父を尋ねる→〔剣〕2に記事。
『大岡政談』「天一坊実記」 八代将軍吉宗は紀州和歌山で生まれ、青年時に腰元・沢の井を愛して彼女は懐妊した。吉宗は、「男児出生ならば将来引き取ろう」とのお墨付きと短刀を渡した。それから二十年後、「天一坊」と名乗る僧がお墨付きと短刀を持ち、「自分は将軍の落胤である」と称して、江戸城にある吉宗に対面しようと、やって来た。しかしそれはにせ者だった。
『賀茂』(能) 秦(はだ)の氏女(うじにょ)が、川で拾った白羽の矢を庵の軒にさして置き、やがて懐妊して男児を産んだ。男児が三歳の時、人々が「父は?」と問うと、男児は白羽の矢を指してそちらを向いた。矢は、たちまち雷(いかづち)となって天に昇り、神となった。これが別雷(わけいかづち)の神である。
『播磨国風土記』託賀の郡賀眉の里 道主日女命が父なくして子を産んだ。諸神を集めて酒宴をすると、子は天目一命に向かって酒を奉った。それで天目一命が父であると知れた。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第3話 王女が夫なくして男の双生児を産んだ。双生児が七歳になった時、その父親を明らかにするため大宴会が催される。貴族たちの中に父親はおらず、双生児はボロ服のペルオントに駆け寄り頬ずりをするので、彼が父であるとわかった→〔樽〕3。
前田公と徳田のおりんの伝説 前田利家公が、田植えをする娘おりんに目をとめ一夜召して、おりんは身ごもる。おりんは生まれた男児を抱いて城へ行く。大広間にずらっと侍が並ぶが、男児は利家公の膝に上がってにっこり笑う。この男児が三代藩主の利常である(石川県羽咋郡志賀郡徳田)。
*→〔口〕1の『捜神記』巻11−33。
『景清』(能) 平家の武将悪七兵衛景清は、一門滅亡後、盲目の身となって日向の国宮崎に流される。かつて景清が尾張熱田の遊女に産ませた娘人丸が、父を捜して宮崎まで旅し、乞食姿で藁屋に住む父景清と対面する。景清は我が亡き後の供養を頼んで、娘を故郷へ帰す。
『苦の世界』(宇野浩二)その2 鶴丸に金がないので、彼の愛人である芸者「あさ顔」は、他の男に身うけされる。名古屋駅の改札口に「あさ顔」を迎えに来た男を鶴丸が遠目に見ると、何とそれは彼の父親だった。
『源氏物語』「桐壺」「若紫」「紅葉賀」 桐壺帝は、藤壺女御(=先帝の四の宮)が十六歳の頃、彼女を後宮に入れる。それから数年後に桐壺帝の息子光源氏が、藤壺女御(*光源氏にとっては継母にあたる)と関係を持ち、光源氏十九歳・藤壺女御二十四歳の年の二月十余日、秘密の子(=後の冷泉帝)が誕生する〔*→〔百足〕4の『夢の浮橋』(谷崎潤一郎)は、そのタイトルも内容も『源氏物語』にもとづいている〕。
『ドン・カルロ』(ヴェルディ) スペイン王子ドン・カルロは、婚約者フランス王女エリザベッタを一目見ようとして出かけ、フォンテンブローの森で道に迷ったエリザベッタと偶然出会い、言葉をかわす。ところがエリザベッタの結婚相手は、突然、王子ではなくその父王フィリッポに変更されてしまう〔*後、父王フィリッポと王子ドン・カルロは、異端者の宗教裁判を巡って対立する〕。
『初恋』(ツルゲーネフ) 十六歳の「わたし(ヴラジーミル・ペトローヴィッチ)」は、二十一歳の公爵令嬢ジナイーダに恋をするが、彼女には他に愛する人がいるようだった。やがて「わたし」は、自分の父がジナイーダの愛人であることを知った〔*しかし、ほどなく父は四十二歳で急死し、ジナイーダも別の男と結婚した後、出産のため死んだ〕。
*左大将とその息子が、同じ女(対の上)と関係を持つ→〔母と娘〕の『有明けの別れ』巻1。
*父の処女妻を、息子が奪う→〔処女〕4bの『夏の夜は三たび微笑む』(ベルイマン)。
『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第1章 幽閉されたダイダロスは空を飛ぶ翼を作り、息子イカロスとともに脱出する。しかしイカロスは父の注意にもかかわらず、高く飛びすぎたために、太陽熱で翼の膠が溶けて海に墜死する。
『変身物語』(オヴィディウス)巻2 太陽神の息子パエトンは、父に懇願して、一日だけ父の代わりに黄金作りの馬車に乗って空を駆ける。しかし軌道を踏み外し、天も地も炎に焼かれる。ユピテル(ゼウス)が雷電を投げ下ろし、パエトンは死んでエリダノス川に墜落する〔*『本当の話』(ルキアノス)が「まったくの作り話である」とことわって語るところによれば、その後パエトンは太陽に住み、住民たちの王となった〕。
*パエトンの馬車が地球に近づきすぎ、大地が汗を流した→〔海〕1の『パンタグリュエル物語』(ラブレー)第二之書第2章。
『父ありき』(小津安二郎) 堀川は早くに妻を亡くした。一人息子は、中学から大学まで、ずっと寄宿舎や下宿の暮らしだった。大学卒業後は秋田の工業学校の教師として赴任し、東京で働く父とは、さらに遠く離れてしまう。「父と一緒に暮らしたいから、教師を辞めて東京で就職しよう」と息子は考える。しかし父は「教師を続けるべきだ」と諭す。父は息子の縁談を決めた後に、脳溢血で死ぬ。息子は、「父が倒れる前、僕は上京して、たった一週間だけど一緒に暮らした。あの時がいちばん楽しかった」と、新妻に語る。
『巨人の星』(梶原一騎/川崎のぼる) 太平洋戦争下。星一徹は栄光の巨人軍に入団し、右投げ左打ちの三塁手として活躍を期待されるが、徴兵されて肩をこわし、復員後も公式戦に出ることなく引退した。一徹は、自らの叶わなかった夢を息子・飛雄馬に託そうと、まだ小学生の飛雄馬の上半身に大リーグボール養成ギプスをつけて鍛える。飛雄馬は高校中退後、左腕投手として巨人軍に入団し、川上哲治監督の現役時代の背番号16を与えられる。
『生れてはみたけれど』(小津安二郎) ある会社の課長が、郊外の専務の家の近所へ引っ越して来る。課長の二人の息子は餓鬼大将になって、専務の子供を家来扱いする。ところが父の課長は、専務にお世辞を言って機嫌をとり、専務の子供にさえペコペコする。そのありさまを見た課長の息子たちは、父親の情けなさに抗議する。母親が「お前たち大きくなって、お父ちゃんより偉くなればいいじゃないか」となだめる。
『アーサーの死』(マロリー)第21巻第1章〜第4章 アーサー王と異父姉マーゴースとの間に生まれたモードレッドは、父アーサーがフランスへ遠征中に、勝手にイギリスの王となり、また父王の妃グィネヴィアと強引に結婚しようとする(*グィネヴィアはこれを拒否してロンドン塔に立てこもる)。反乱の知らせを受けて帰国したアーサーの軍と、モードレッドの軍とが闘い、アーサーはモードレッドと相討ちをして、二人とも死ぬ。
『サムエル記』下・第13〜18章 ダビデ王の子アブサロムは、妹タマルが異母兄アムノンに辱められたことに憤り、アムノンを殺す。アブサロムは、やがて王と称して父ダビデと敵対する。エフライムの森の決戦で、アブサロムは敗れ死ぬ。
『巨人の星』(梶原一騎/川崎のぼる) 星飛雄馬は巨人軍の投手となって、大リーグボール1号をあみ出す。すると父一徹は中日ドラゴンズの打撃コーチに就任し、米人選手オズマを指導して、大リーグボールを打ち破る。飛雄馬は大リーグボール2号、3号を開発するが、極端な酷使によって左腕筋が断裂し、完全試合を目前に、飛雄馬はマウンド上に倒れ臥す。完全試合の成否を審判団が協議する中、父一徹は飛雄馬に言う。「お前はわしに勝ち、この父を乗りこえた。わしら親子の勝負は終わった」。
『オイディプス王』(ソポクレス) オイディプスはテーバイのライオス王の子だったが、生まれてまもなく山に捨てられ、コリントス王に育てられた。オイディプスは成長後、旅に出て、三叉路で、ライオス王が数名の供人を連れ車に乗って来るのと出会う。道を譲る譲らぬの争いとなり、オイディプスは相手を実の父と知らず、杖でなぐり殺す。
『王書』(フェルドウスィー)第2部第4章「悲劇のソフラーブ」 イランの英雄ロスタムは、ある時、対立するトゥーラーン国の属国に足を踏み入れ、そこの王女との間に男児ソフラーブをもうけた。ソフラーブは成長後、イランに攻め入る。ロスタムとソフラーブは、互いを父子と知らずに一騎打ちをする。ロスタムは高齢だったが、神に祈って若い時代の力を取り戻す。ソフラーブに致命傷を負わせた後に、ロスタムは自分が息子と闘っていたことを知る。
『道草』(夏目漱石) 健三は三歳から八歳まで、島田夫婦のもとで養育された。彼らは健三をかわいがって恩を着せ、将来の健三からの恩返しを期待していた。ところがやがて島田夫婦は離婚することになり、健三は実家に復籍した。健三が学業を修め洋行から帰ってまもなく、老いた島田が健三の家をしばしば訪れ、金を無心するようになった。不愉快な数ヵ月の後、健三は手切れ金百円を渡して、ようやく島田との関係を絶つことができた。
『ゴリオ爺さん』(バルザック) 製麺業で財を築いたゴリオは、妻の死後、愛情をもっぱら二人の娘にそそぎ、莫大な持参金をつけて姉娘を伯爵、妹娘を銀行家に嫁がせる。二人の娘は結婚後もゴリオに金の無心を続け、ゴリオは娘たちの幸福を願って貴重な銀器を売り、年金を解約して金を工面する。やがてゴリオは無一文になり、病に倒れるが、娘たちは見舞いに来ず、臨終にも間に合わない。
『花嫁の父』(ミネリ) 弁護士スタンリーは妻との間に、一人の娘と二人の息子をもうけていた。二十歳になる娘ケイに恋人ができ、娘の希望どおりに華やかな結婚式が行なわれる。新婚夫婦は旅行に出かけ、その夜スタンリーは、娘のいない寂しさをかみしめる。そこへケイが旅先から電話をかけて来たので、スタンリーはたちまち元気を回復し、「結婚しても娘はずっと娘だ」と妻に言う。
『晩春』(小津安二郎) 早くに妻を亡くした初老の大学教授曾宮は、娘紀子(のりこ)と二人暮らしをしている。紀子は適齢期をすぎた二十七歳であるが、結婚したがらず、いつまでも父と二人でいたい、と訴える。しかし結局、曾宮に諭(さと)されて、紀子は見合い結婚をする(*→〔結婚〕3b)。結婚式の夜、帰宅した曾宮は一人でりんごの皮をむく。その手が途中で止まり、彼はうなだれる。
『秋刀魚の味』(小津安二郎) 会社重役の平山は、早くに妻を亡くした。長男は結婚して独立し、家には次男と娘がいる。娘の路子は二十四歳で結婚適齢期だが、平山はまだ路子を手放したくない。ある日平山は、中学生時代の恩師・佐久間先生に会う。先生は今、場末の中華ソバ屋となって、生計を立てている。先生も奥さんを亡くし、一人娘に家事をさせているうち、娘は婚期を逃して、いまだに独身だった。老父と中年娘の二人暮らしを見た平山は、「路子を嫁にやろう」と決心した。
*貧農の父親が娘を嫁に出さず、田畑の仕事をさせる→〔父娘婚〕5の『土』(長塚節)。
『ロリータ』(ナボコフ) 三十代後半のハンバート・ハンバートは、十代前半の少女ロリータと関係を結ぶ。二人は父娘をよそおってアメリカ各地の自動車旅行を続け、モーテルを転々とする。
『歌行燈』(泉鏡花) 能楽界の御曹司恩地喜多八は、按摩宗山と芸競べをして彼を憤死させる。宗山の娘お袖は父の死後芸者に売られ、流浪の門付けとなった喜多八に巡り合い、舞を教えられる。父の仇である喜多八に、お袖は恋心を抱く→〔宿〕5。
『敵討義女英(かたきうちぎじょのはなぶさ)』(南杣笑楚満人) 小しゅんは若侍岩次郎と恋仲になるが、岩次郎が兄の仇として狙う舟木逸平とは、小しゅんの父竹筍斎のことだった。小しゅんは、「舟木逸平は父の友人で、今宵泊まるから討て」と岩次郎に教え、自分が父の身代わりに座敷に臥して、首を討たれる→〔仇討ち〕2。
『二都物語』(ディケンズ) 非道なサン・テヴレモンド侯爵兄弟が、医師マネットをバスティーユの独房に十八年間幽閉する。マネットは侯爵兄弟とその子孫を告発するが、後にマネットの娘ルーシーの夫となったチャールズは、侯爵の子であった。心ならずもマネットは、愛娘の婿を断頭台に送らねばならなくなる→〔瓜二つ〕1。
『御曹子島渡』(御伽草子) 蝦夷が島のかねひら大王の娘あさひ天女は、御曹子義経と夫婦になる。義経の頼みにより、天女は、父王秘蔵の兵法の巻物を蔵から盗み出す。義経は巻物を書写して島を脱出し、怒ったかねひら大王は天女を八つ裂きにして殺す。
『アエネーイス』(ヴェルギリウス)第5巻 トロイア陥落後、アエネーアスは部下たちとともに海上を彷徨し、新国家をうち建てるべきイタリアの地に船を向ける。夜、亡父アンキーセスの霊がアエネーアスのもとに現れ、「イタリアの地に上陸したら、巫女シビュラを案内人として地下界に降り、わしに会いに来るがよい」と告げる→〔冥界行〕3。
『源氏物語』「明石」 三月上巳の日以来、須磨の浦には暴風雨が続き、光源氏のいる寝殿の廊にも落雷がある。十三日の暁近く、光源氏の夢に亡父桐壺院が現れ、「住吉明神の導きのままに、はやくこの須磨の浦を去れ」と告げる。その日、明石入道が舟で迎えに来て、光源氏は明石へ移る。
『今昔物語集』巻10−24 漢代の人賈誼は、息子の薪が幼い頃に死んだ。薪が父賈誼の墓前で学問の成就を願うと、賈誼の霊が現れ、以後十五年に渡って毎夜墓前で薪に学問を授けた。
*父の霊が「仇を討ってくれ」と、息子に請う→〔霊〕6bの『ハムレット』(シェイクスピア)第1幕。
『大鏡』「師輔伝」 冷泉帝は、もののけにとりつかれており、「行幸などはどうなることか」と、人々が心配した。しかし大嘗会の御禊の折には、立派に行幸された。これは、母方の祖父にあたる九条殿師輔公の霊が、「人の目にあらはれて(人目に見えるくらいまざまざと現れて)」(*「人の目にあらはれで(人の目にはみえないが)」という解釈もある)、冷泉帝の後ろを抱いて御輿の中に付き添っていたのだった。
『好色敗毒散』巻1−1「長崎船」 長崎のにわか分限者角左衛門が、難波の色里の太夫に打ち込んで通い続け、ついに身請けする。祝いの酒宴で角左衛門は身の上話を始め、「かつて貧しかった時代に、六歳の娘を手放した。この太夫を見て『娘も生きていればこれぐらいの年恰好』と思ったのが恋の始まりだ」と語る。それを聞いた太夫は、「それなら私は貴方の娘です」と言い、身請けは取りやめになった→〔親孝行〕4。
『変身物語』(オヴィディウス)巻10 ミュラは父王キニュラスを恋し、暗闇の中、自らの正体を隠して父王との交わりを重ねる。幾夜かの後、キニュラスは燈火で女を照らし、それが娘ミュラであることを知る。憤ったキニュラスは剣を抜いてミュラを追い、ミュラは曠野へ逃げて、男児アドニスを産む(*→〔誕生〕1)〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章では、娘の名はスミュルナ、父の名はテイアースで、父娘は十二夜の間臥床をともにした、と記す。『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第30歌は、ミュラは死後、地獄の第八圏谷第十濠に堕ち、狂乱状態で裸体のまま走り回っている、と記す〕。
『創世記』第19章 ソドムの町から逃れたロトと二人の娘は、山の洞穴に住んだ。そこには男がいなかったので、二人の娘は父親ロトにぶどう酒を飲ませて眠らせ、父親と寝て子を得た。父親は、娘が寝に来たのも立ち去ったのも気づかなかった。姉は男児を産み、「モアブ(父親より)」と名づけた。彼は現在のモアブ人の先祖である。妹も男児を産み、「ベン・アミ(私の肉親の子)」と名づけた。彼は現在のアンモン人の先祖である。
『魚服記』(太宰治) 十五歳の少女スワは炭焼きの父と二人で、本州北端の馬禿山(まはげやま)の小屋に暮らしていた。初雪の降った夜、スワは眠っているうちに父に犯された。スワは「阿呆」と叫んで、小屋から走り出る。滝まで来て、「おど!」と低く言って飛び込んだ。スワは小さな鮒に化し、滝壺へ吸い込まれていった。
『チャイナタウン』(ポランスキー) 実業家ノア・クロスは十五歳の娘イブリンを犯し、イブリンは女児キャサリンを産んだ。その後イブリンは、水道電力局の技師モーレイと結婚し、二人はキャサリンをノア・クロスから隠す。ノア・クロスはダム建設の利権をめぐってモーレイと対立し、彼を殺す。さらに、キャサリンを自分の元に引き取ろうとするので、イブリンはキャサリンを連れて逃げる。しかし警察がイブリンをモーレイ殺しの犯人と誤解して、彼女を射殺する。
『土』(長塚節) 鬼怒川西岸の貧農・勘次は、妻お品を破傷風で亡くした(*→〔病気〕7a)。後には十五歳の娘おつぎと、三歳の弟与吉が残された。与吉はおつぎに抱かれると、おつぎの乳房をいじった。勘次にとって、おつぎは貴重な労働力であり、父と娘は一緒に田畑を耕す。おつぎが二十歳になっても、勘次は嫁に出そうとしない。村人たちは「勘次とおつぎは夫婦のようだ」と言って、父娘相姦の噂までした〔*その後、火事によって勘次の家が全焼するところで物語は終わる〕。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第2日第6話 王妃が臨終の床で「私と同じくらい美しい女とでなければ再婚しないでほしい」と請う。王は自分の娘と結婚しようとする。
『ろばの皮』(ペロー) 王妃が臨終の床で「私よりも美しく賢い女となら再婚してもよい」と、王に言い遺す。王は新しい妻を捜すが、条件にかなうのは王自身の娘である王女だけだったので、王は娘と結婚しようとする〔*『千匹皮』(グリム)KHM65では、妃同様の金髪を持つ美女を捜す〕。
*父娘相姦を示す謎→〔系図〕2aの『ペリクリーズ』(シェイクスピア)。
『乳房になった男』(ロス) 「ぼく」はニューヨーク州立大学の比較文学科の教授で、三十八歳になる健康な男性だ。その「ぼく」が突然、巨大な乳房に変身してしまった。全身が性感帯だ。「ぼく」は「乳頭をペニス代わりにして、女性と交わりたい」と願う。でも、ひょっとしたら「ぼく」は、自分を「乳房だ」と思い込んでいるだけかもしれない。これまで教室で、ゴーゴリの『鼻』やカフカの『変身』を熱心に教えてきた。そのため気が狂ったのではなかろうか。しかし医者は、「君は乳房だ」と言う。
『赤毛のエイリークのサガ』 幻の地ヴィーンランド(=北アメリカ大陸と考えられている)を求め、航海を続けるヴァイキングたちが、ある河口に着いて上陸する。原住民スクレーリンギャルとの戦いになって、ヴァイキングたちは敗走する。赤毛のエイリークの娘フレイディースが踏みとどまり、服の下から乳房を引き出して、抜き身の剣でたたく。スクレーリンギャルはそれを見て恐れ、逃げ去った。
『聊斎志異』巻12−487「李象先」 李象先の前世は僧だった。死んだ時、魂は僧坊の上に出て、その後、一軒の家へ飛んで行った。門に着くと、赤ん坊の身体になっていた。赤ん坊は、母の乳房を恐れた。はじめは目を閉じて乳を吸ったが、三ヵ月余りたつと乳房をこわがって泣きわめき、もう乳を飲まなかった。この赤ん坊が李象先で、彼は山東省の名士である。彼は老人になっても、女の乳房をこわがった。
『暗夜行路』(志賀直哉)前篇第二の14 時任健作は自分の出生を知って(*→〔出生〕2c)、惨めな気持ちになった。接するものすべてが、屈辱の種だった。彼は娼家へ上がり、女のふっくらとした重みのある乳房を柔らかく握ってみる。軽く揺すると、気持ちのいい重さが掌に感ぜられ、彼は「豊年だ!豊年だ!」と言った。それは彼の空虚を満たしてくれる唯一の貴重な物、その象徴と感ぜられた。
『因果ばなし』(小泉八雲『霊の日本』) 大名の奥方が、重病で死の床につく。奥方は、十九歳の側室・雪子を憎み、両手で雪子の乳房をつかんで息絶える。外科医が奥方の両手を手首から切断するが、手は黒ずみ干(ひ)からびても、乳房から離れない。毎晩、丑の刻から寅の刻まで、両手は乳房を締めつけて、雪子を苦しめる。雪子は出家して名を「脱雪」と改め、奥方の位牌を持って諸国を巡礼する。しかし両手は、いつまでも彼女を責めさいなんだ。
『華岡青洲の妻』(有吉佐和子) 「乳房を切れば、女の命は絶える」と言われ、乳房の病気には有効な治療法がなかった。江戸時代末期、蘭方(=オランダ医学)を学んだ華岡青洲は、長年の研究の末、漢方の生薬をもとに麻酔剤「通仙散」を完成させた。文化二年(1805)、彼は、六十歳の乳癌の女性に全身麻酔を施し、手術を成功させる。それは欧米よりも四十年ほど先行する、世界最初の全身麻酔手術であった。
『怪談乳房榎』(三遊亭円朝)28〜36 練馬の赤塚村に、松月院という寺がある。その寺の榎には、乳房のような瘤がいくつもあり、その先から甘い露が垂れる。乳の出ない女が、この露を乳首につけると、乳が出るようになる。下男に育てられた真与太郎(まよたろう)は、母乳代わりにこの露を飲み、五歳の時に、父・菱川重信の敵(かたき)である磯貝浪江を討った。
*処女の乳房→〔処女〕5bの『潮騒』(三島由紀夫)第13章。
*七尺もある乳房→〔星〕5bの『捜神記』巻4−2(通巻72話)。
*乳房に、自分と恋人の頭文字を刻む→〔傷あと〕1aの『頭文字』(三島由紀夫)。
*虱の目からは、乳房は大きな山に見える→〔虱〕5の『女体』(芥川龍之介)。
『古事記』上巻 スサノヲノミコトはヤマタノヲロチを退治した後、クシナダヒメとともに住む宮を造ろうと、出雲国の中の適地を方々捜した。ある所へ来ると、心がすがすがしくなったので、その地に宮を造った。以後、そこを「須賀」と言う。
『古事記』中巻 崇神天皇の軍と建波邇安王の軍が、山城の和訶羅河(=木津川)を挟んで挑(いど)み合った。それゆえそこを「伊杼美(いどみ)」と言い、今は「伊豆美(いづみ)」と言う。建波邇安王が死に、敗走する兵たちは攻められて苦しみ、屎が出て褌にかかった。それゆえそこを「屎褌(くそはかま)」と言い、今は「久須婆(くすば)」と言う。
『古事記』中巻 ヤマトタケルは相武(さがむ)の国造(くにのみやつこ)たちを斬り殺し(*→〔袋〕4)、死体に火をつけて焼き払った。それゆえその地を「焼津」と言う。また、足柄の坂を登った時、自分の身代わりに海に沈んだオトタチバナヒメを偲び(*→〔船〕8)、ため息をついて「吾妻はや」と呼びかけた。それゆえその国を「東(あづま)」と呼ぶ。また、病み疲れて三重の村に到り、「我が足は三重に曲がって、ひどく疲れた」と言った。それゆえその地を「三重」と言う。
『竹取物語』 天にいちばん近い山に、多く(「富」)の兵(「士」)が登り、かぐや姫の遺した「不死」の薬を燃やした。その煙は今でもつきることなく(「不尽」)立ち昇っている。それゆえ、その山を「ふじ」と言う。
『遠野物語』(柳田国男)68 昔、八幡太郎義家が似田貝村を通った時、兵糧の粥がたくさん置きっ放しになっており、義家は「これは煮た粥か」と尋ねた。これが似田貝村の名の起こりである。
『とはずがたり』(後深草院二条)巻5 土佐のある岬で僧が修行し、そこに二人の小法師がいた。ある時、小法師たちは小舟に棹さして、南に向けて船出する。師僧が行く先を問うと、小法師は「補陀落世界へ」と答え、観音・勢至二菩薩と化す。岬に一人取り残された師僧は足摺りをして泣き悲しみ、以来そこを「足摺岬」という〔*二条が西国へ旅した折に聞いた伝説〕。
*→〔顔〕1dの『古事記』中巻・〔殉死〕1bの『三国史記』巻17「高句麗国本紀」第5・〔寸断〕1bの為朝の蛇退治の伝説・〔名付け〕9の『播磨国風土記』神前の郡・〔耳〕3の『日本書紀』巻11仁徳天皇67年10月。
重源上人の雷封じの伝説 桑原村の西福寺に働く婆の臍をねらって、雷が落ちる。婆が身をかわしたので雷は井戸に陥り、住職の俊乗房重源が石で蓋をする。雷は「二度と桑原には落ちぬ」と誓い、重源は井戸の石をのけてやる。雷は昇天し、以後八百年間、桑原の地には落雷がない。これがもとで、「桑原桑原」と唱えて雷をよけるようになった(大阪府和泉市桑原町)。
『三国志演義』第63回 劉備の軍師・ホウ統が、劉璋の軍と戦うために、兵を率いて出発する。山中の間道を通る時、ホウ統は胸騒ぎを覚えて、「ここは何という所か」と問う。兵は「落鳳坡といいます」と答える。ホウ統は「私の呼び名は『鳳雛』。落鳳とは不吉な地名だ」と、後退しようとするが、待ち伏せしていた敵軍から、多くの矢を射かけられて死ぬ。
『硝子戸の中』(夏目漱石)23 「私(夏目漱石)」の父は区長をしていたことがあったので、夏目家の定紋が「井桁」に「菊」であるのにちなみ、「喜久井町」という町を作った。また、自宅の前から南へ行く時に登らねばならぬ長い坂に、「夏目坂」という名をつけた。
『武蔵野夫人』(大岡昇平)第4章「恋ヶ窪」 大学生の勉は、フランス語教師・秋山の家に寄宿していた。秋山の妻・道子と勉は、従姉弟どうしだった。二人はしばしば連れ立って散歩に出た。ある時、遠くまで脚をのばし、勉が「ここはなんて所ですか?」と、水田の農夫に聞いた。農夫は「恋ヶ窪さ」と答えた。その地名を聞いた時、道子は、勉への恋心を自覚した〔*二人は肉体的に結ばれることなく、やがて道子は自殺する〕。
*人名(僧の名)がそのまま地名になる→〔僧〕4の東尋坊の伝説。
*海の名の起源→〔海〕8の『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第9章。
『北野天神縁起』 菅原道真配流の宣旨を取り消させようと、宇多院は、わが子醍醐帝のいる清涼殿へむかう。しかし取り次ぎの蔵人頭菅根は、道真に対して恨みを含むところがあったので、院の来訪を帝に知らせなかった〔*『江談抄』第3−28に類話〕。
『牛人』(中島敦) 魯の大夫・叔孫豹は、庶子の豎牛(じゅぎゅう)を信頼して、家政一切をまかせる。叔孫豹が一室に病臥するようになると、外部との連絡は、すべて豎牛が受け持つ。豎牛は、嫡子である孟丙や仲壬の言葉を叔孫豹に取り次がず、讒言を重ねて、孟丙を殺し仲壬を国外へ追う。叔孫豹のために膳部の者が運ぶ食事は、すべて豎牛が食べ、叔孫豹は餓えて死ぬ〔*→〔乗っ取り〕1aの『銀の仮面』(ウォルポール)を連想させる〕。
『史記』「李斯列伝」第27 趙高は、二世皇帝胡亥と丞相李斯の間を裂こうと、胡亥が暇な時には李斯の諌言を取りつがず、胡亥が酒と女を楽しんでいる時にかぎって、李斯を目通りさせる。胡亥は怒る。
『パンチャタントラ』巻1・主話 ジャッカルのダマナカが、信頼し合っている獅子王ピンガラカと牡牛サンジーヴァカの双方に、相手がおまえに害意を持っている、と偽りの告げ口をして、両者の仲を裂いた〔*『パンチャタントラ』を翻案した『カリーラとディムナ』第1章では、山犬ディムナが同様の悪事をする〕。
『水鏡』下巻 「他戸親王が生きている」との噂を聞いた光仁帝が、使者に確かめに行かせる。百川が使者を「真実を申すなら、命はない」と脅したため、使者は他戸親王に会いながらも、「別人でした」と光仁帝に報告する。
『藍染川』(能) 太宰府の神主と契りを結んだ京の女が、子を連れて筑紫へ神主を尋ね行く。神主の妻は夫に知らせずに、「対面せぬ。京へ帰れ」との偽手紙を作って女に渡す。女は悲嘆して藍染川に身を投げる。
『オセロー』(シェイクスピア) 将軍オセローがキャシオーを副官に任命したため、イアーゴーはオセローを恨む。オセローが妻デズデモーナに贈ったハンカチをイアーゴーは手に入れ、それをキャシオーに持たせるなどして、イアーゴーは、デズデモーナとキャシオーが不義をはたらいているかのように、オセローに思わせる。オセローはイアーゴーの言葉にふりまわされて判断力を失い、デズデモーナを絞殺する。
『千一夜物語』「『ほくろ』の物語」マルドリュス版第261〜262夜 美少年「ほくろ」は、離縁されたばかりの美人妻と結婚することになるが、先夫が結婚の妨害を老婆に依頼する。老婆は「ほくろ」と美人妻の双方に、「相手はらい病だ」と嘘を告げる。しかし二人は互いに美しい裸身を示し合って老婆の嘘を知り、結婚する。
『戦国策』第17「楚」(4)210 楚の懐王のもとに美女が贈られ、寵愛される。王の夫人が、その女に「王様は汝の鼻がお嫌いゆえ、鼻を隠せ」と教え、王には「あの女は王様の体臭を嫌って鼻を隠している」という。美女は鼻斬りの刑に処せられる〔*和尚と小僧型の昔話『鼻が大きい』は、これと同型〕。
*逆に、仲介者たちが策を用いて、仲の悪い男女を結びつける→〔立ち聞き(盗み聞き)〕7の『空騒ぎ』(シェイクスピア)。
『十二夜』(シェイクスピア) オーシーノウ公爵が、オリヴィア姫への求愛の使者として小姓シザーリオを送る。しかし小姓シザーリオは実は女(本名ヴァイオラ)であり、ひそかにオーシーノウ公爵を恋している。一方オリヴィア姫は、小姓シザーリオ(=ヴァイオラ)を女とは知らず、一目惚れする〔*最後には、オリヴィア姫はヴァイオラの双子の兄セバスチァンと結婚し、ヴァイオラはオーシーノウ公爵と結ばれる〕。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第12・16章 イングランドのマルケ王の花嫁にイゾルデ姫を迎えるべく、騎士トリスタンが使者としてアイルランドへ赴く。ところが、トリスタンがイゾルデ姫を伴ってイングランドへ戻る船中で、二人は誤って媚薬を飲み、恋に落ちる→〔処女〕3。
『日本書紀』巻13安康天皇元年2月 安康天皇が弟大泊瀬皇子(後の雄略天皇)のために、大草香皇子の妹幡梭皇女を娶ろうと考える。大草香皇子はこれを承諾し、家宝の押木珠縵(おしきのたまかづら)を天皇に献上すべく、使者の根使主に託す。ところが根使主は珠縵を横取りし、「大草香皇子が求婚を拒絶した」と天皇に報告する。天皇は怒り、大草香皇子を殺して、幡梭皇女を大泊瀬皇子に与える〔*『古事記』下巻の同記事では、妹の名を若日下王とする〕→〔装身具〕2。
『ばらの騎士』(R・シュトラウス) オックス男爵が新興貴族ファニナルの娘ゾフィーと近々結婚するので、青年伯爵オクタヴィアンが使者として、婚約のしるしの銀のばらを届ける。ところがゾフィーとオクタヴィアンは、互いを一目見て心ひかれる。やがてオックス男爵の不品行が明るみに出て、結局ゾフィーとオクタヴィアンが結婚することになる。
『朝顔の露の宮』(御伽草子) 朝顔の上と露の宮を葬った塚の内から若君一人が出生するが、父母なくしては育つこともかなわず、露と消える。その魂は胡蝶と化して花々に戯れ、「父よ母よ」と明け暮れ嘆いた。
『蝶』(小泉八雲『怪談』) 高浜青年の婚約者アキコは、婚礼直前に肺病で死んだ。高浜はアキコの墓の隣地に家を建てて住み、一生独身をとおす。数十年後、年老い臨終の床についた高浜の部屋へ、大きな白い蝶が舞いこむ。看病していた甥が追い払うと、蝶はアキコの墓石の前まで飛んで姿を消す。蝶はアキコの魂であった。
蝶や虫になって(松谷みよ子『現代民話考』) 「私」の姉は昭和六十三年に死去した。姉は、国連に勤務する人の妻で、ウィーンの外交官夫人のような美しい姿のまま、亡くなった。火葬後、お寺の庭でお経をあげていた時、姉の息子が持つ花束の中から、黒いアゲハ蝶が飛び立った。三十人ほどがその場にいたが、蝶を見たのは三〜四人だった(栃木県)。
『発心集』巻1−8 大江佐国は生前花を愛し、「他生にもまた花を愛する人たらん」の詩を作った。死後ある人の夢に、「佐国は蝶になった」と見えたので、佐国の子は前栽の花を手入れし、集まる蝶の世話をした。
*女が蝶に生まれ変わる→〔一妻多夫〕2の『ちょうと三つの石』(小川未明)。
『狗張子』(釈了意)巻5−5「宥快法師、柳岡孫四郎に愛着して毛虫となること」 宥快法師は美少年孫四郎との仲を、孫四郎の父甚五郎に裂かれたため、怒って絶食死し、孫四郎をも取り殺した。宥快の亡魂は、無数の毛虫となって甚五郎の家に湧き出、日を経て蝶になり、群がり飛んだ。
*死体に多くの蛆がわき、それが何千もの蝶になる→〔虫〕2cの蝶化身(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』)。
『安芸之助の夢』(小泉八雲『怪談』) 夏の午後、安芸之助は庭の杉の木の下で、「常世の国王の婿となって二十三年を過ごす」との夢を見る。二人の友が、うたた寝をする安芸之助の顔の上を一匹の蝶が飛び、それが蟻によって木の下の穴へひきずりこまれる有様を見る。木の下には蟻の国があった〔*原拠である『南柯大守伝』(唐・李公佐)には、蝶は出てこない〕。
『荘子』「斉物論篇」第2 昔、荘周(=荘子)は、夢で胡蝶となった。楽しく飛びまわって、自らが荘周であることを忘れたが、ふと目覚めて見ると自分は、まぎれもなく荘周である。これは、荘周が蝶になった夢を見たのだろうか。それとも今、蝶が荘周になった夢を見ているのだろうか。
*「『われわれ=夢』かもしれないことを示唆するのに、もっともぴったりした言葉『蝶』を、荘子は選んだのだ」とボルヘスは言う。「『荘子は虎になった夢を見た』とか、『タイピストになった夢を見た』とか、『鯨になった夢を見た』では、ナンセンスであり、的はずれであろう(『詩という仕事について』2「隠喩」)」。
『西部戦線異状なし』(マイルストン) 第一次大戦も終わりに近いある日。ドイツ兵ポールは前線の塹壕にいたが、銃声が止み、つかの間の静寂が訪れる。ポールは一匹の蝶を見つけ、つかまえようと、手をのばして塹壕から身を乗り出す。その時フランス兵がポールを狙撃し、彼の手は蝶に届くことなく地面に落ちる〔*レマルクの原作には、この場面はない〕。
『捜神後記』巻8−2(通巻88話) 葛輝夫(かつきふ)という人が、妻の実家に泊まった。真夜中頃、二人の男があかりを持って、縁先まで近づいて来た。輝夫が杖で打ちかかると、二人とも蝶に変わってひらひら舞った。そのうちの一匹が輝夫の腋の下にぶつかり、輝夫は倒れて死んだ。
『胡蝶』(能) 吉野山中に住む僧が都へ上り、古宮の梅を見ていると、一人の女が言葉をかけてくる。女は「私は人間ではありません。胡蝶です」と言い、「法華経を読誦してほしい」と願って、姿を消す。僧が読経すると、夜の夢に胡蝶の精が現れる。胡蝶の精は「法華経の功徳で、私も成仏することができました」と礼を述べて、舞う。
『蕪焼き長者(蕪焼き甚四郎)』(昔話) 蕪ばかり焼いて食べている男が、「金持ちだ」と偽って、朝日長者の娘を嫁にもらう。嫁は男の貧しさに驚くものの、一緒に暮らす。ある時男は、河童から延命小槌をもらい、それを振って屋敷や米倉を出し、長者になる。男は舅の朝日長者を招いてもてなし、帰りの夜道を照らすために自分の屋敷を焼く。そして小槌で再び屋敷を作り出す。後に朝日長者も真似て自家を焼くが、家は再建できない(岩手県上閉伊郡)。
『炭焼き長者』(昔話)「初婚型」 縁遠い娘が、占い師から「お前は、遠い田舎にいる炭焼き五郎という人と縁が結ばれている」と教えられ、炭焼き五郎の小屋を訪ねて嫁になる。五郎は、嫁の持つ小判を見て、「こんなものは炭窯のそばにごろごろあって、毎日掻きのけるのに骨が折れる」と言う。嫁が見に行くと、窯のまわりは小判の山だった。嫁は小判の値打ちを五郎に教え、二人はりっぱな屋敷を建てて栄華な暮らしをした(鹿児島県薩摩郡下甑村手打)→〔宝〕10a。
『文正草子』(御伽草子) 常陸国に住む身分低い文太は、塩屋に奉公して薪を取る仕事をし、塩竈二つを与えられて塩を焼く。文太の塩は美味でよく売れ、文太は長者となって名も「文正つねおか」と改める。後に、文正(文太)の娘の一人は入内し、一人は関白家に嫁ぎ、文正自身は大納言になって百歳の長寿を保った。
『藁しべ長者』(昔話) 金持ちが貧しい男に、「藁しべ一本をもとでに長者になれたら娘をやろう」と言う。男は藁しべを、芭蕉葉・味噌・剃刀・脇差と次々に交換し、脇差を殿様に売って大金を得、金持ちの娘を嫁にもらう(長崎県壱岐郡志原村。*他にも、小刀で鱶(ふか)を殺して船主から米俵をもらう・刀が大蛇を斬って殿様から千両もらう、などいろいろな形がある。*→〔交換〕4の『今昔物語集』巻16−28が文献にのる古形)。
*→〔魂〕2の『だんぶり長者』(昔話)。
*貧しい粉ひきの息子が猫の助力で侯爵になる→〔遺産〕2の『長靴をはいた猫』(ペロー)。
*貧しい少年が猫を売って大金持ちになる→〔売買〕1aの『ウィッティントンと猫』(イギリス昔話)。
*貧しい男が鼠一匹を資本に大金持ちになる→〔交換〕4の『カター・サリット・サーガラ』。
『ジャイアンツ』(スティーブンス) テキサスの大牧場主ベネディクト家に、東部から美しい娘レズリーが嫁いで来る。牧場で働く貧しい青年ジェットは、レズリーを憧れの目で見る。ジェットは牧場内の僅かな土地を与えられ、そこに石油を掘り当てて、大金持ちになる。二十年ほど後、初老の億万長者となったジェットは、豪華なホテルを建て、落成パーティーに、各界の名士たちとともにベネディクト一家をも招く。ジェットは酔いつぶれ、客たちへの挨拶もできず、誰もいなくなった会場で一人、レズリーへの思いを語り続ける。
湖山長者の伝説 湖山の里の長者は広大な田を所有し、毎年、大勢の男女を使って、一日のうちに田植えをすませるならわしだった。ある年、田植えがまだ終わらないうちに太陽が沈みそうになったので、長者は金の扇で太陽を招いた。すると太陽は後戻りし、田植えは無事完了した。しかし翌朝、長者の田は深く大きな池に変わっていた(鳥取県岩美郡岩美町)。
『しんとく丸』(説経) 河内の国高安の郡の信吉(のぶよし)長者は、四方に四万、八方に八万の蔵を持っていた。しかし息子しんとく丸が盲目の癩病者となったのを、後妻の言にしたがって捨てた報いで、信吉長者自身も盲目になり、身内にも逃げられて、物乞いをする身の上になった〔*後に信吉はしんとく丸に再会し、開眼する〕。
福田の森の伝説 洞川の村に福田という長者がいたが、他村の生まれゆえ、村づきあいをしてもらえなかった。飢饉がおこると、いくら金があっても誰も食物を分けてくれず、長者一家は飢えて死に瀕する。やむなく有り金すべてを壺に入れて山に埋め、「朝日さすみつ葉うつぎのその下に小判千両のちの世のため」と石に彫り込んで、家内の者は小判をくわえて死んだ。その地が今の福田の森である(奈良県吉野郡天川村洞川)〔*→〔願い事〕3の『変身物語』巻11(ミダス王)や、→〔二者択一〕1の産女(うぶめ)の伝説と同類の物語〕。
枡伏せ長者の伝説 貧しい男が長者になるが、有縁無縁の人々がむらがって物を乞うので、男は煩わしがり、「昔の貧しい生活が良かった」と考える。旅人が「一升枡を池で洗って伏せ、枡の底を叩けば、お金をなくすことができる」と教える。そのとおりにすると男はたちまち貧乏になり、飢え死にしてしまった(愛媛県松山市)。
『まつら長者』(説経)初段 大和国壺坂の松浦長者京極殿は、八万宝の宝に飽き満ち、高麗・唐土まで知られる大長者だった。しかし、妻と四歳の一人娘さよ姫を残して病死し、一代で作った財産だったので、たちまち貧者の家となってしまった→〔身売り〕4。
*百足の来る道を切る→〔百足〕5の銭亀家の白百足の伝説。
*餅を弓の的にする→〔餅〕1aの大原長者の伝説。
*餅を踏んで歩く→〔餅〕1bの餅が白鳥に化した伝説。
*長者の息子が貧乏になる→〔心中〕7aの『法句譬喩経』巻4「喩愛欲品」。
『神道集』巻6−33「三島大明神の事」 伊予の国の長者・橘朝臣清政は四方に四万の蔵を立て、朝は五百人の侍女、夕は三千人の女官が世話をした。清政は、大和の長谷寺の十一面観音に、全財産と引き換えに子授けを願い、奥方が美しい若君(=玉王)を産んだ。しかし四万の蔵からは宝が消え、数万人の家来も去って行った。清政夫婦と若君は、山の木の実や磯のわかめを取って、命をつなぐことになった。
*逆に、子供の身体と引き換えに、天下を取ることを願う→〔交換〕3fの『どろろ』(手塚治虫)。
『小原庄助さん』(清水宏) 大地主だった杉本左平太は、時世の変化のため財産を相当減らしたが、昔どおり朝寝・朝酒・朝湯の暮しを続け、「小原庄助さん」と呼ばれていた。庄助さんは「他人に損かけるより、自分が損した方がいいさ」と言って、村人たちの世話をした。やがて庄助さんの富も底をつき、家屋敷を売り払うことになる。庄助さんは「一から出直そう」と、新天地を求めて、妻と一緒に村を出て行く〔*映画の終わりには、『終』でなく『始』というエンドマークが出る〕。
『うつほ物語』「吹上」上 紀伊国牟婁郡の長者・神南備種松は、莫大な財宝の持ち主だった。彼は外孫の涼に、国王にも劣らぬ暮らしをさせるべく、吹上の浜に四面八町の広大な邸を造営した。三重の垣に三つの陣を据え、東の陣の外には春の山、南の陣の外には夏の陰、西の陣の外には秋の林、北には冬も枯れぬ松の林を設けた。
『だんぶり長者』(昔話) 奥州のだんぶり長者は、とほうもない大金持ちだった。屋敷には三千人の家来がおり、一日に百石のご飯を炊いた。米をといだ白水が米代川(よねしろがわ)へ流れ出たので、今でも米代川は白く濁っている。だんぶり長者は子宝にも恵まれ、美しい姫君があって、後に都の尊い方のお妃になった(秋田県鹿角郡)。
『今昔物語集』巻1−31 須達長者は貧窮時代に釈尊に供養し、その功徳でたちまち三百七十の蔵に七宝が満ちた。長者は、ギダ太子が所有する東西十里・南北七百余歩の景勝地に、厚さ五寸の黄金を敷きつめ、これを対価としてその土地を買い取り、釈尊と弟子たちのために祇園精舎を建立した。
『遠野物語拾遺』133 昔、上郷村に、「仁左衛門長者」という長者と、「羽場(はば)の藤兵衛」という長者がいた。ある時、羽場の藤兵衛が「おれは米俵を横田の町まで並べて見せる」と言うと、仁左衛門長者は「そんだら、おれは小判を町まで並べて見せよう」と言った〔*しかし後に仁左衛門長者は没落した〕。
*関連項目→〔不死〕
『因幡国風土記』逸文 仁徳天皇五十五年春三月、大臣武内宿禰(たけしうちのすくね)は年齢三百六十余歳で因幡国に下向し、亀金の地に二つの履を残して行方知れずとなった〔*『日本書紀』によれば、巻七景行天皇二十五年以前から、成務・仲哀・応神を経て巻十一仁徳天皇五十年以後まで、五代に渡って在官し、その期間は二百四十四年以上であった〕。
*武内宿禰は転生して北条義時となった→〔転生〕7cの『古今著聞集』巻1「神祇」第1・通巻24話。
『菊慈童(枕慈童)』(能) 周の穆王に仕える少年が、王の枕をまたいだために追放される。少年は山の庵に住み、経文の書かれた菊の葉の露を飲んでいたので、七百年たっても年をとらず少年のままだった。
『西鶴諸国ばなし』巻1−6「雲中の腕押し」 元和年間(1615〜24)、箱根山に住む百余歳の短斎坊の庵に、常陸坊海尊が訪れて「弁慶は美僧で義経は醜男だった」などの昔話をした。そこへ海尊と旧知の猪俣小平六が来て、二人は腕相撲に興じ、短斎も両者へ力づけのかけ声をかけ、やがて三人の姿は消えた。
『捜神記』巻1−6 彭祖は、夏の時代から殷の末にかけて七百歳生きた。
『捜神記』巻1−18 魏の正始(240〜248)年間。薊子訓(けいしくん)は長安の東覇城で銅人形をさすりつつ、「これを鋳た時にいあわせたが、あれからもう五百年近くたった」と言っていた。
『パンタグリュエル物語』第二之書(ラブレー)第2章 ガルガンチュワは五百二十四歳に達した時、妃バドベックとの間に、王子パンタグリュエルを儲けた〔*ガルガンチュワは、息子パンタグリュエルが成人した後も壮健であった〕。
『風流志道軒伝』巻之1(平賀源内) 風来仙人は、元暦年中に生まれ五百余歳であったが、髪は黒く顔色は玉のごとく、三十歳過ぎには見えなかった。
『本朝神仙伝』「役の行者の事」第5 役の優婆塞は謀叛の疑いで捕らわれたが後に赦され、老母を鉄鉢に乗せて海に浮かび、何処にか去った。それから百余年を経て、僧道照が高麗に渡り説法をしていた時、日本語を話す人がいるので、見ると役の優婆塞だった。
『本朝神仙伝』「都良香の事」第24 都良香は菅原道真に官位を追い抜かれ、怒って辞職し、山に入って消息を絶った。百余年の後、ある人が山の窟で都良香に会ったが、顔色は昔と変わらず、壮年のごとくだった。
『カリオストロ』(アレクセイ・トルストイ) 魔術師カリオストロは何千年も生きていた。ロシアに現れて、「フェニックス伯爵」と名乗っていたこともあった。彼の従僕マルガドンは、「私はナイル河の上流で生まれ、アメンホジリス王の御代に捕虜となり、主人(=カリオストロ)に売り渡されました」と言った。年齢を問われて、マルガドンは「三千八百四十二歳です」と答えた。
『荘子』「在宥篇」第11 黄帝が空洞山に広成子を訪れ、至道の精と長生の法を問う。黄帝は「至道の精は極め難い。外に情報を求めず内に精神を守れば、肉体は長生きする。私は千二百歳になるが、身体は衰えていない」と答える。
『柳毅伝』(唐代伝奇) 柳毅は龍王の娘を妻とした。龍の寿命は一万年なので、妻はそれを柳毅と半分ずつにしようと言う。ある時、柳毅は従兄弟に、一粒で一年寿命を延ばす丸薬を五十粒与えたことがあった→〔手紙〕8。
*一千年以上生きて、愛する女を捜し続ける男→〔人柱〕7の『イアラ』(楳図かずお)。
*七千年生きる男→〔四十歳〕1の『蛤の草子』(御伽草子)。
『落窪物語』 落窪の姫君に仕える女童(めのわらわ)あこきは、姫君と道頼少将の結婚成就のために奔走した。あこきは典侍(ないしのすけ)となり、二百歳まで生きた。
*八百年以上生きる女→〔人魚〕5aの八百比丘尼の伝説。
『洞窟の女王』(ハガード) 紀元前のアフリカ。白人の女王アッシャは神官カリクラテスを恋したが、彼が他の女を愛したので、アッシャはカリクラテスを殺した。アッシャは、洞窟の奥の火柱の焔を浴びて不老の身体となり、カリクラテスの生まれ変わりの男と逢える日を待ち続ける。二千年以上を経て、カリクラテスの生まれ変わりである青年レオが訪れる。アッシャはレオと二人で永遠の生を享受するために、一緒に火柱の焔を浴びようとする。しかし、先に焔を浴びたアッシャは、たちまち醜い老婆と化して死んでしまった。
『変身物語』(オヴィディウス)巻14 巫女シビュラは、手にすくった砂粒の数と同じだけの年数を生きられるよう、アポロン神に願う。しかし若さを保つという願いを忘れ、また、アポロン神の求愛をしりぞけたため、しだいに老衰する。ローマ建国の祖アイネイアスが冥界訪問をする折、巫女シビュラに道案内を頼んだが、その時点で彼女は七百歳の老婆になっており、さらにこのあと三百年生きなければならなかった。
『西遊記』百回本第24〜26回 人参果は三千年に一度花開き、三千年に一度実を結び、さらに三千年たってようやく熟する。形状は赤子のごとくで、人がその匂いをかげば三百六十歳まで、一個食べれば四万七千年生きられる。孫悟空が人参果を盗み食いして咎められ、怒って人参果の木を打ち倒す。しかし観音菩薩が、甘露に浸した楊柳の枝で木を生き返らせる。
『西遊記』百回本第27回 三蔵法師は釈迦の第二の弟子金蝉長老の生まれ変わりで、その肉を食べれば不老長生が得られる。妖怪白骨夫人が美女・老婆・老人と三度変身して、三蔵を食おうとするが、孫悟空に見破られ、打ち殺される(その後も様々な妖怪が、不老長生を得るために三蔵を食おうとねらう)。
*長生き競争→〔遺産〕3の『三角館の恐怖』(江戸川乱歩)。
*自分は長命だ、と悟る男→〔性交〕5dの『短命』(落語)。
*亀の寿命は一万年→〔亀〕4の『再成餅(ふたたびもち)』「万年」。
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