*関連項目→〔日食〕
『三国遺事』巻1「紀異」第1・高句麗 部屋に閉じこめられた女(柳花)を日光が照らし、身を避けると追って来て照らした。彼女は身ごもり卵を産んだ〔*『三国史記』巻13「高句麗本紀」第1・第1代始祖東明聖王前紀に同記事〕→〔誕生〕2。
うつぼ舟の伝説(天道童子の伝説) 天武天皇の頃。内院の女御と侍女を乗せた、箱型の大きな虚船(うつぼぶね)が対馬に流れつき、二人は島に住みついた。ある時、侍女は朝日にむかって小便し、太陽の光をうけて孕み、子を産んだ。その時、五色の雲がたちこめて誕生を祝った。この子は「天道(=太陽)童子」と名づけられ、十一面観音の化身とも言われた(長崎県下県郡厳原町豆酘)。
『八幡愚童訓』下 震旦国陳の大王の娘大比留女は、七歳の時、仮寝していて朝日の光が胸にさして懐妊した。
*→〔虹〕2bの『古事記』中巻。
『かるかや』(説経)「高野の巻」 夫を持たぬ「あこう御前」は、日輪に申し子をしたいと思い、屋根の上に一尺二寸の足駄をはいて立ち、三斗三升の水を入れた桶を頂いて、二十三夜の月を待つ。その時、「西海から黄金の魚が胎内に入る」との夢想を得て、彼女は男児(=後の空海)を産んだ。
『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」 行者ドゥルヴァーサが、天界の神から子種を授かるマントラを、少女クンティー(=プリター)に与える。クンティーが太陽神スーリヤを心に念じると、スーリヤが現れてクンティーと交わる。彼女は身ごもり、男児カルナを産む〔*クンティーは、カルナの処置に困って川に捨てる。カルナはドリタラーシュトラの御者夫婦に拾われて育ち、やがてパーンダヴァ五兄弟と戦う〕。
『漢武故事』1 漢の武帝の母は、太陽が懐に入る夢を見て懐妊した。
『太閤記』(小瀬甫庵)巻1 豊臣秀吉の母は、太陽が懐に入る夢を見て懐妊した。
『山海経(せんがいきょう)』第9「海外東経」 黒歯国の北に湯のわく谷があり、そこで十個の太陽が湯浴みをする。扶桑の大木があって、九個の太陽は下の枝におり、一個の太陽が今まさに出ようとして上の枝にいる〔*もとは絵があって、その説明文と考えられている〕。
『山海経(せんがいきょう)』第15「大荒南経」 東南の海の外、甘水のほとりに羲和(ぎか)の国がある。羲和は帝・俊の妻となって、十個の太陽を産んだ。今、彼女は太陽を甘淵に浴(ゆあみ)させている〔*もとは絵があって、その説明文と考えられている〕。
*十個の太陽に対して、月は十二個ある→〔月〕2。
『淮南子』「本経訓」第8 堯の時代に、十個の太陽が並んで空に出た。穀物や草木が焦げ、民は食を失った。また、さまざまな怪物が現れて害をなした。堯の命令で、弓の名人ゲイが怪物たちを射殺し、十個の太陽(のうち九つ)を射落とした。
『今昔物語集』巻10−16 弓の名手養由は、天に十個の太陽が出た時、九つを射落とした〔*正しくは養由基。『史記』「周本紀」第4では、百歩離れて柳葉を射、百発百中の名手だった、とする〕。
二つの太陽の伝説 ある夏、二つの太陽が出て、人々は旱天に困り果てた。一つは魔物の仕業であろうと、行者が矢で射ると、黒雲とともに三本足の白烏が落ちてきた。烏の魔物を射たので、「入間(=射る魔)」という地名ができたのだという(埼玉県狭山市入間川)。
『ラーマーヤナ』第4巻「キシュキンダーの巻」 猿のハヌーマンは、風神ヴァーユの息子である。ハヌーマンは生まれるとすぐ、太陽を見て食物と思い、飲み込もうとして空にかけり上がった。これを見たインドラ神が怒って、雷霆をハヌーマンに投げつける。ハヌーマンは岩上に落下し、左顎が割れた〔*「ハヌーマン」には、「砕けた顎」の意味があるという〕。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章 ヘラクレスがリビア地方を旅していた時、太陽神(ヘリオス)に照りつけられたので、神に向かって弓を引きしぼった。神はヘラクレスの剛気に感嘆して黄金盃を与え、ヘラクレスはこれに乗ってオケアノスの海を渡った。
『淮南子』「覧冥訓」第6 楚の魯陽公が韓と戦った時、激戦中に太陽が西へ傾きかけた。魯陽公は、戈(ほこ)を手にして太陽をさし招いた。すると太陽は、三星宿ほど東へ戻った〔*『太平記』巻10「長崎高重最期合戦の事」にこの故事を引く〕。
音戸の瀬戸の伝説 安芸守平清盛は、厳島神社参詣のための海路を切り開こうと、一日で瀬戸を掘削する大願をたてた。時に永万元年(1165)七月十六日、多くの人夫が工事に励んだが、やがて夕方になった。清盛は丘に登り金扇をかざして、沈む夕日を「返せ返せ」と呼び戻した(広島県呉市周辺)。
『源氏物語』「橋姫」 中君が琵琶の撥を手まさぐりしていると、雲に隠れていた月が明るく出てきたので、中君は「撥で月を招くことができました」と言った。それを聞いた大君は、「舞楽『陵王』では撥を上げて夕日を招き返しますが、月を招くとは変わった思いつきですね」と笑った。
『還城楽物語』(御伽草子) 天竺龍国の龍王が、敵の還城楽との合戦に破れそうになった時、虚空から呼びかける声の教えのままに、入り日を三度招く。日はもとに戻り、諸天も加勢して、龍王は勝利をおさめる〔*『入鹿』(幸若舞)中の挿話では、亡骨をつないで作った龍王の身体は日が沈むとバラバラになってしまうので、西日を巳の刻ごろまで引き戻した、と記す〕。
*→〔長者〕2aの湖山長者の伝説。
*太陽が沈むまでになすべき仕事→〔土地〕1aの『人はどれほどの土地がいるか』(トルストイ)・〔嫁〕2aの嫁殺し田の伝説。
『ヨシュア記』第10章 モーセ(=モーゼ)の死後、神は従者ヨシュアをモーセの後継者とした。ヨシュアはアモリ人たちと戦った時、神に呼びかけて太陽をまる一日、中天にとどまらせ、敵軍を打ち破った。
『ローランの歌』 シャルルマーニュ大帝の大軍がロンスヴォーの谷に駆けつけ(*→〔合図〕5)、異教徒の軍を撃破しようとした時、薄暮が迫った。シャルルマーニュは、「夜の来るのを遅らせ給え」と神に祈る。天使が現れ「駒を進めよ。日は暮れはせぬ」と告げ、太陽は中天に留まる。異教徒の軍を討ち果たしてシャルルマーニュが神に感謝すると、太陽はたちまち沈んだ。
『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第2章 アトレウスとテュエステスが、ミュケナイの王の候補になる。テュエステスはゼウスに欺かれて、「もしも太陽が通常と逆の道を行ったなら、アトレウスを王にする」と約束する。その時、太陽は東へ沈み、アトレウスが王国を得る。
『幻獣辞典』(ボルヘス他)「アブトゥーとアネット」 エジプト人は皆、アブトゥーとアネットが二匹の聖なる魚で、太陽神の船の舳先の前を泳ぐことを知っていた。太陽神の船は、昼間は東から西へ天空を航行し、夜は逆方向に地下を巡るのだった。
『花笑顔』「春日(はるのひ)」 「『春の日は長い』というので、おれは気をつけて見たが、やっぱり丸い」「あれか、あれはお日様のこぐち(=切り口)だ」。
『山海経(せんがいきょう)』第8「海外北経」 鐘山に住む燭陰という神の目は太陽である。神が目を閉じると夜になり、開くと昼になる〔*神が息を強く吹けば冬になり、声を出して呼べば夏になる〕。
*鐘山の石首が左目を開くと昼になり、右目を開くと夜になる→〔目〕4cの『玄中記』。
*イザナキの左目から太陽神アマテラスが誕生する→〔目〕4bの『古事記』上巻。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)46「北風と太陽」 北風と太陽が強さを争い、「道行く男の服を脱がせた方が勝ち」と決める。北風が勢いよく吹きつけると、男は服をしっかり押さえる。太陽がはじめ穏やかに、しだいに熱く照りつけると、男は服を脱いでゆき、ついに裸になって川で水浴する〔*太陽が照りつけて男を裸にする『イソップ寓話集』とは逆に、→〔性器〕1aの『古事記』上巻では、女神が裸になって太陽神を誘い出す〕。
『異邦人』(カミュ) 夏の浜辺の昼下がり。焼けつく太陽の下で「私(ムルソー)」は、友人レエモンに恨みを持つアラビア人に出会う。匕首(あいくち)を構えるアラビア人を「私」はピストルで撃ち、倒れた彼にさらに四発弾丸を撃ちこむ。「私」は逮捕され、裁判で動機を問われて、「太陽のせいだ」と答える。
『古事記』中巻 カムヤマトイハレビコ(=後の神武天皇)と兄・五瀬の命が、河内の白肩の津に船を泊め、ナガスネビコの軍と戦った。五瀬の命は手に矢傷を負い、「私は神の御子なのに日に向かって戦ったので、傷ついた。今から迂回して日を背に負って戦おう」と言って南下した。しかし五瀬の命は、紀伊の国の男の水門で没した〔*『日本書紀』巻3神武天皇即位前紀戊午年4月〜5月に類話〕。
太陽と月の神話 太陽は美しい女性で、月は彼女の兄弟だった。毎夜、太陽のもとへ、正体不明の一人の男が通って来た。ある朝、太陽は、謎の男が兄弟の月であることを知る。太陽は自分の乳房をナイフで切り取って月に投げつけ、「私の全身を美味しいと思うのなら、これを食べなさい」と言う。太陽は逃げ去り、月は後を追う。太陽も月も空へ上がり、そこにとどまった(北米、エスキモー)。
*太陽と月の交合→〔月〕8のカニマン(金満)の世の始まりの伝説。
*太陽光線が人を殺す→〔死因〕3aの『火縄銃』(江戸川乱歩)。
*太陽光線で視力を回復する→〔盲目〕1の『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第4章。
*太陽光線を避ける→〔弱点〕1の『吸血鬼ドラキュラ』(ストーカー)・〔百〕1の『三国遺事』巻1「紀異」第1。
*太陽と競走して死ぬ→〔杖〕1aの『山海経(せんがいきょう)』第8「海外北経」。
*太陽と月の入れ替わり→〔入れ替わり〕6の月と太陽の伝説。
*太陽と烏(鴉)→〔烏(鴉)〕6。
『今昔物語集』巻22−7 高藤は鷹狩りに出て雨に遭い、一軒の家に雨宿りして、美しい娘を見る→〔雨宿り〕1a。
『天守物語』(泉鏡花) 姫川図書之助は、逃げた鷹を追って姫路城の天守閣第五層まで登り、そこに棲む天守夫人富姫と出会う→〔神〕1b。
『東海道四谷怪談』「夢の場」 七夕祭りの宵、民谷伊右衛門は逃げた鷹を探して一軒の百姓家に到り、糸車の糸を引く美女と出会う。しかしそれは、お岩の死霊だった。
『俊頼髄脳』 天智天皇が野で鷹狩りをしていたところ、鷹が風に流れて姿を消した。帝が野守りの翁に「鷹を探せ」と命ずると、翁は野中のたまり水を鏡として、鷹が彼方の岡の松の梢にいることを告げる→〔水鏡〕5。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「鷹のゆくえ」 将軍家の鷹を預かる鷹匠が郊外へ鷹馴らしに出かけ、品川の宿に泊まって鷹を逃がしてしまう。鷹は目黒方面へ飛び、それを捕らえた男が地主に百五十両で売る。これが公けになれば、鷹を逃がした者・売った者・買った者、皆死罪になるので、事件を詮議した半七はすべてを無かったことにして、鷹を鷹匠の手に戻す。
『万葉集』巻17 4035〜4039歌 大伴家持が射水郡で得た秀逸な鷹を、養吏山田史君麻呂が誤って逃がしてしまう。家持が、網を張り神に祈るなどして鷹の帰還を願っていると、ある夜の夢に少女があらわれ、「まもなく鷹を獲えることができよう」と告げる。
『大和物語』第152段 奈良の帝が、磐手の郡より奉った鷹を愛し、「いはて」と名づけたが、これを預かった大納言が逃がしてしまう。大納言がこのことを奏すると、帝はしばしの沈黙の後、「言はで(いはて)思ふぞ言ふにまされる」とつぶやく。
『阿部一族』(森鴎外) 肥後の藩主細川忠利が病没し、岫雲院で荼毘に付されている最中に、忠利の愛鷹有明と明石が、境内の井戸に飛び入って死ぬ。「お鷹も殉死したのか」と人々は囁きあう。
『百合若大臣』(幸若舞) 百合若大臣は蒙古軍との戦いの後、玄界が島に一人取り残される。百合若の愛鷹緑丸が主人の居場所を察知して、豊後国の留守宅から玄界が島まで飛ぶ。百合若は落葉に歌を血書し、緑丸はそれを豊後へ運ぶ。百合若の妻は夫の生存を知って喜び、紙・筆・墨・硯などを緑丸の体に結びつけて、空に放つ。緑丸は重さに耐えられず海に落ち、死骸となって百合若のもとへ流れつく。
『デカメロン』第5日第9話 青年フェデリゴは、愛する貴婦人モンナの訪問をうけ、自慢の鷹を料理してもてなす。食後モンナは、「病気の息子の願いで、貴方の鷹をいただきに参りました」と、用向きを打ち明ける。驚いたフェデリゴは「今お食べになったのが、その鷹です」と言って泣く。モンナは落胆して帰宅する。
『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第4巻第2章「クセノクラテス」 クセノクラテスはプラトンの弟子だった。ある時、一羽の小雀が鷹に追われて、クセノクラテスの懐へ飛び込んで来た。彼は「保護を求めるものを、引き渡してはならないからね」と言い、その小雀をやさしくなでて、放してやった。
『三宝絵詞』上−1 尸毘(しび)王の慈悲心を試すため、帝釈天が鷹に、毘首羯磨天が鳩に化し、鳩が鷹に追われて王の懐へ逃げ入る。王は鳩を救うために、自分の全身の肉を切り取って、鷹に与えてしまう(*→〔選択〕1d)。その時、帝釈天は天の薬を注ぎ、尸毘王の身体はもとどおりに回復した〔*原拠は『大智度論』〕。
『変身物語』(オヴィディウス)巻11 ダイダリオンは荒い気性の男で、激しい戦争を好んだ。しかし彼は、最愛の娘を失って悲嘆の余り、高い崖から身を投げた。その瞬間、アポロン神がダイダリオンを鷹に変え、彼は空中に浮かぶ。鷹となったダイダリオンは、何物にも情けを寄せず、あらゆる鳥たちに猛威をふるっている。
『古事談』巻4−13 源斉頼は若い頃から老年にいたるまで、鷹の飼育を業としていた。彼は七十歳をすぎて、目に雉(=鷹狩りの獲物)の嘴(くちばし)が生え出て、両眼を失明した(*→〔識別力〕2)。最後には、全身に鳥の毛が生えて死んだ。
『沙石集』巻9−13 下野国に、一生を鷹狩りに費やした男がいた。男は病気になり、「雉が私の股(もも)を食う」と訴える。看病する人が見ても、雉などどこにもいない。しかし男があまりに痛がるので、股を調べると、肉が刀で切り取られたようになっていた。
*関連項目→〔二つの宝〕
『黄金虫』(ポオ) ルグランはサリヴァン島の浜辺で、胡桃の実ほどの大きさの黄金色の甲虫に咬まれる。彼は、甲虫をつかまえるために木の葉でもないかと捜して、砂に埋もれた羊皮紙を見つける。羊皮紙に書かれた暗号を解き、死んだ甲虫を用いて、ルグランは海賊キッドの財宝を発見する。
『宝島』(スティーブンソン) 海賊フリントが財宝を埋めた、そのありかを記す地図を手に、「わたし(少年ジム・ホーキンズ)」はスモレット船長やリヴジー医師たちとともに、宝島へ向かう。一本足のジョン・シルバーが船員たちと反乱を起こし、恐ろしい戦いの末に、「わたし」たちは莫大な財宝を見つける。反乱に失敗したジョン・シルバーは、金袋一つだけを盗んで姿をくらます。
『トム・ソーヤーの冒険』(トウェイン)第33章 トムとハックは、インディアン・ジョーが隠した宝を探して洞窟の迷路に入り、岩壁に油煙で描かれた十字架の下から、一万二千ドルの金貨を発見する。
『モンテ・クリスト伯』(デュマ) 無実の罪でイフの城の牢獄に送られたエドモン・ダンテスは、そこで出会ったファリア神父から、モンテ・クリスト島に旧貴族の隠した莫大な財宝があることを教えられる。神父の死後、ダンテスは脱獄して財宝を手に入れ、モンテ・クリスト伯と名乗って、自分を陥れた悪人たちに復讐する。
*金鉱探し→〔金(きん)・金貨〕4。
★2a.失った・あるいは奪われた宝を、取り戻す・捜し求める。
『江談抄』第3−52 一条院の時に、名笛小蚶絵がなくなった。祈請したところ、三十五日ほどたって、御湯殿の下にあるのが見つかった。
『江談抄』第3−58 玄上の琵琶は、昔なくなったまま所在不明だった。朝廷で二七日の修法をしたところ、朱雀門の楼上から鬼が琵琶の頸に縄をつけて降ろした〔*『今昔物語集』巻24−24の類話では、村上帝の代に玄象の琵琶が失せたが、ある夜、源博雅が玄象を弾く音をたどって清涼殿から羅城門まで到り、楼上の鬼に玄象を返してもらった、とする〕。
『古事記』上巻 ホヲリ(山幸彦)は、兄ホデリ(海幸彦)に借りた鉤(つりばり)を海に失う。兄に責められたホヲリは海神の宮に到り、海神の娘トヨタマビメと結婚して三年過ごした後に、鉤をなくしたことを打ち明ける。海神は大小の魚を呼び集めて問い、鯛の喉から鉤を見つけ出して、ホヲリに渡す〔*『日本書紀』巻2神代下・第10段に類話〕。
『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』(トールキン)第1部「旅の仲間」2 遠い昔、冥王サウロンは強大な魔力を有する指輪を造ったが、エルフや人間たちとの戦争でサウロンは敗れ、指輪は川底に沈んだ。しかし、やがてサウロンは力を回復し、世界を支配するために、失われた指輪の探索を始めた。その時、指輪はホビット族のフロドの手中にあった→〔旅〕6d。
*→〔海〕7b。
『どろろ』(手塚治虫) 百鬼丸は、目・耳・口・手・足など身体の四十八の部分が失われた状態で生まれた。彼は義眼・義手・義足をつけ、四十八匹の魔物と戦う。魔物を一匹倒すたびに、百鬼丸の器官が一つずつ身体にもどる。彼は、男装の女児「どろろ」とともに諸国を旅し、魔物たちとの戦いを続ける〔*二十匹あまりの魔物を倒したところで、百鬼丸は「また会おう」と言って「どろろ」と別れ、物語は終わる〕。
『今昔物語集』巻19−9 小一条左大臣家に仕える若侍が、主家秘蔵の硯を誤って割る。それを知った若君が罪を身にひきうけて、家から追放される〔*→〔子殺し〕1の『撰集抄』巻6−10に類話〕。
皿屋敷の伝説 江戸番町の旗本青山主膳の召使お菊が、家宝の皿十枚のうち一枚を誤って割る。お菊は主膳から厳しく責められ、井戸に投身する〔*『番町皿屋敷』(岡本綺堂)では、お菊が相愛の主人青山播磨の心を試すため、わざと皿を一枚割る〕。
『沙石集』巻8−11 稚児が「和尚様御秘蔵の水瓶を誤って割ったので、死んでお詫びしようと毒を食べたが死ねなかった」と言う。毒というのは実は飴で、稚児はまず飴をなめて、言い訳のためにその後にわざと水瓶を割ったのだった。
『あいごの若』(説経) 二条蔵人清平の後妻・雲居の前が、継子・愛護の若に恋着する。愛護の若は「父清平に訴える」と言って、拒絶する。雲居の前の侍女・月小夜が、家宝の太刀・唐鞍を盗み、その夫がこれを町中で売って、罪を愛護の若に着せる。清平は怒って愛護の若を縄で縛り、桜の古木に吊り下げる。
『うつほ物語』「忠こそ」 一条北の方が、愛人橘千蔭の息子、すなわち継子にあたる忠こそに恋着するが、拒絶される。怒った北の方は、橘千蔭の持つ先祖伝来の石帯を盗み、博徒にそれを売らせて罪を忠こそに着せる。しかし橘千蔭は息子忠こそを咎めず、北の方のたくらみは不発に終わる〔*後、北の方のさらなる讒言によって橘千蔭は忠こそを疑い、忠こそは悲嘆して家を出、剃髪する〕。
『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ジークフリート」 巨人ファフナーとファゾルトの兄弟が、指環(世界を支配する魔力を持つ)と財宝の所有を巡って、争う。ファフナーはファゾルトを殺し、指環と財宝を独り占めする。ファフナーは大蛇に変身して森の奥の洞窟に住み、指環と財宝を守る。しかし恐れを知らぬ英雄ジークフリートが来て、自ら鍛えた名剣ノートゥングで、大蛇を刺し殺す。
『ベーオウルフ』 人里離れた地の古塚に、多くの宝が納められ、龍が三百年に渡ってその宝を守っていた。英雄ベーオウルフがイェーアト族(=スウェーデン南部を支配)の王となって五十年に及んだ時、ある男が塚に入りこんで黄金の杯を盗んだ。龍は怒り、火を吐いてイェーアトの国土を焼き払った→〔龍〕1a。
*→〔眠り〕5bの『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第4歌。
*金銭を守る蛇→〔僧〕3の『今昔物語集』巻14−1・『夜窓鬼談』(石川鴻斎)上巻「蛇妖」。
『あいごの若』(説経)初段 嵯峨天皇が紫宸殿で宝くらべを催し、二条蔵人清平の「やいばの太刀」と「唐鞍」が、もっとも優れた宝と認められる。清平は勢いに乗じて六条判官行重を侮辱するが、後日、行重の奏聞によって子くらべが催され、子のない清平は無念の涙をのむ〔*清平夫婦は長谷寺の観音に子を請い、一子愛護の若を授かる〕→〔申し子〕3a。
『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「シャチの詩」 漁場を荒らすシャチが傷ついて海辺にいたので、ブラック・ジャックが手当てをする。二〜三日後、シャチは真珠一粒をくわえて来る。以後シャチは何度も怪我をし、ブラック・ジャックの治療を受けては、返礼に真珠や珊瑚や金貨をもたらす。漁民たちがシャチ狩りをして、瀕死の重傷を負わせる。シャチは毎日真珠をくわえて来て、ブラック・ジャックに治療を請う。しかし、もはや手の施しようがなく、幾粒もの真珠に囲まれて、シャチは死ぬ。
*→〔象〕3の『今昔物語集』巻5−27。
*動物が宝のありかを教える・宝を与える→〔選択〕1aの『舌切り雀』(昔話)・〔隣の爺〕1の『花咲か爺』(昔話)。
ハイヌウェレの神話 アメタが椰子の木から見出して育てた娘ハイヌウェレは、高価な陶器や鐘などの宝物を大便として出したので、アメタはたちまち富裕になった(インドネシア・ウェマーレ族の神話)→〔寸断〕3。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第1話 アントゥォーノが鬼からもらったロバは、「くそったれ」と叫ぶと、真珠・ルビー・エメラルド・サファイァ・ダイヤモンドなどを排泄する。
*→〔口〕5cの『仙女たち』(ペロー)・〔金(きん)・金貨〕に関連記事。
『四つの署名』(ドイル) 四人の悪人が殺人を犯して、インドの王族の財宝を得る。財宝は別人に横取りされるが、四人のうちの一人ジョナサン・スモールがそれを取り戻して、テームズ河を船で逃げる。しかしホームズらに追われたため、ジョナサン・スモールは財宝をすべてテームズ河に捨てる。箱ごと河に放りこんだのでは簡単に見つけられるので、彼は多くの宝石をバラバラに捨てた。
*海に沈む宝→〔海〕7a・7b。
*大切な鏡を海に投ずる→〔鏡〕7の『土佐日記』2月5日の条。
『地下室のメロディー』(ヴェルヌイユ) 老ギャングのシャルルと不良青年フランシスが、カジノから十億フランを強奪する。翌日フランシスはホテルのプールサイドにすわり、シャルルに渡すための札束入りのバッグ二つを、足元に置く。カジノの男が警察に「犯人のバッグを覚えている。見ればわかる」と話す声が聞こえるので、フランシスはあわててバッグをプールに沈める。プールの底でバッグが開き、札束が次々と水面に浮かび上がる〔*『地下室のメロディー』と同じくアラン・ドロンが主演した→〔にせもの〕1の『太陽がいっぱい』では、プールではなく海から、札束ではなく死体が、引き上げられる〕。
『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』(河竹黙阿弥) 信田家より小山家へ縁組のしるしとして贈られた胡蝶の香合を、悪人どもが奪う相談をしているので、小山家の千寿姫が身につけてこれを守る。しかし千寿姫は、信田の小太郎に扮した弁天小僧にだまされ、胡蝶の香合を弁天に預ける。暗闇の中、弁天小僧・忠信利平・南郷力丸・赤星十三郎らが出会い、絡み合ううちに、香合は赤星十三郎の手に入る。赤星はこれを道具屋に売り、道具屋の手を転々としたあと、道具屋市郎兵衛から与九郎がこれを奪うが、南郷と取り合いになる。落ちた香合を悪次郎が持ち逃げし、弁天が悪次郎を殺して香合を取り戻すものの、捕手らに囲まれて立ち回りのうち、香合が落ち、捕手はそれを滑川に投げ入れる。青砥藤綱の命を受けた人夫が川から拾い上げ、浜松屋の宗之助が香合を持つ。宗之助の育ての親幸兵衛は、もと小山の家臣であり、胡蝶の香合は小山家へもどることになる。
『月長石』(コリンズ) インドの神像の額にはめこまれていたダイヤモンド月長石が、蒙古兵に奪われ回教徒の手に渡るなどした後、ハーンカスル大佐が、月長石を守る三人のバラモン僧を殺してイギリスに持ち帰る。大佐は月長石を姪レイチェルに贈り、それを恋人フランクリンが盗み出して従兄弟ゴドフリーに渡す。ゴドフリーは三人のインド人に殺され、月長石はふたたび神像の額にもどる。
『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』(河竹黙阿弥) 源頼朝から安森家に預けられた短刀庚申丸を、伝吉が盗み出す。犬に吠えられ、伝吉は庚申丸を川へ落とす。人足が庚申丸を拾い上げて研屋与九兵衛に売り、与九兵衛はこれを木屋文里に売る。海老名軍蔵が金貸し太郎兵衛から百両を借りて、文里から庚申丸を買い取る。しかし軍蔵は殺され、太郎兵衛が百両の代償に庚申丸を取る。お嬢吉三が太郎兵衛から庚申丸を奪って所持する。やがて庚申丸にまつわる因縁を知った三人吉三は、庚申丸を八百屋久兵衛の手に託す。庚申丸は、安森家の若党弥次兵衛に届けられ、ふたたびもとの安森家にもどる。
『ニーベルングの指環』(ワーグナー) ラインの河底の黄金を三人の乙女が守っており、その黄金から指環を作ると世界を支配する力が得られる。小人アルベリヒが黄金を奪って指環を作る。主神ヴォータンが指環を取り上げるが、すぐ巨人ファフナーに指環を与えざるをえなくなる。ファフナーは後に大蛇に変身し、ジークフリートに退治されて、ジークフリートが指環を得る。彼はブリュンヒルデに愛を誓い、指環を彼女の指にはめる。しかしジークフリートは薬を飲まされてブリュンヒルデを忘れ、自分のしていることの意味を悟らぬまま、彼女から指環を奪い返す。ハーゲンがジークフリートを殺して指環を抜き取ろうとするが果たさず、ブリュンヒルデが指環を自分の指にはめてラインの河底に沈み、結局指環は三人の乙女の手にもどる。
★9b.ある人にとっては貴重な宝も、別の人の手に渡れば、無価値なものとして扱われる。
『勲章』(渋谷実) 戦後十年近くたった頃。元陸軍中将岡部は再軍備促進団体の会長に祭り上げられ、はりきって活動を始める。息子の憲治はこれに反発し、父が戦前・戦中に得た数多くの勲章を家から持出して、愛人に与える。愛人は勲章を、飼い犬の首にぶら下げ、カーテンの飾りにし、洗濯ばさみで吊り下げる〔*再軍備運動は頓挫して、岡部は財産を失う。岡部は憲治を射殺し、その後に自殺する〕。
『今昔物語集』巻26−13 上緒の主が夕立を避けて一軒の小家に入る。腰かけた平石を見ると銀である。小家の嫗はこれを知らないので、上緒の主は着ていた衣と引き換えに巨大な銀塊を手に入れる〔*『宇治拾遺物語』巻13−1では、銀ではなくて金〕。
『炭焼き長者』(昔話)「初婚型」 貧しい炭焼き五郎の所へ来た嫁が、「米を買って来てほしい」と頼んで小判を渡す。五郎は小判の価値を知らないので、池の鴨を取ろうとして小判を投げ、小判は鴨に当たらず池に沈む。嫁が「大事なお金を捨ててはいけない」と言うと、五郎は「こんなものは炭窯のわきにいくらでもある」と言う(鹿児島県薩摩郡下甑村手打)→〔長者〕1a。
『日本永代蔵』巻4−2「心を畳込む古筆屏風」 財を失った貿易商の金屋が、一生の遊びおさめに長崎・丸山の花鳥太夫を揚げる。部屋に定家などの古筆を貼った枕屏風があったので、その値打ちを知らぬ花鳥からこれを譲り受け、大名家に献上して、金屋は多額の金を得る〔*再び大商人となった彼は、花鳥を請け出してその恋人と結婚させる〕。
*→〔売買〕1aに関連記事。
★10b.宝の持ち主がその価値を知らないように見えたが、実は知っていた。
『猫の茶碗』(落語) 茶店の親父が、時価三百円もする絵高麗の梅鉢茶碗で、飼い猫に餌をやる。骨董商の男が、「親父は茶碗の値打ちを知らぬのだ」と思い、茶碗をだまし取ろうとたくらむ。男はまず猫を三円で買い、「猫の餌用にその茶碗をくれ」と言う。すると親父は「三百円もする茶碗だから、だめだ」と断る。男が「なぜそんな高いものを猫の茶碗にするのだ」と問うと、親父は「こうすると、時々猫が三円で売れます」。
★10c.賊が、人の宝を奪い取るが、その価値を知らず捨ててしまう。
『黄金』(ヒューストン) 三人の男が、金鉱を探してメキシコの山奥へ入る。彼らは多量の砂金を手にするが、仲間割れが起こり、砂金を独り占めした男は山賊に殺される。しかし山賊は、袋に詰まった砂金の値打ちを知らず、その場に捨てる。砂金は塵と化し、強風に吹かれて再び山に還る〔*→〔二者同想〕2の『カンタベリー物語』「赦罪状売りの話」あたりが、発想源かもしれない〕。
玉屋の椿の伝説 長者の玉屋徳兵衛は、四十八の蔵に納めた金銀が泥棒に盗まれるのではないかと恐れ、裏の竹薮にある椿の木の下に、金銀をすべて埋めた。すると徳兵衛の目には、椿の枝が白銀(しろがね)、葉が黄金(こがね)に見えた。徳兵衛は「椿が金銀の精を吸い取った」と思い、病臥した。臨終の時、「椿の下に金銀を埋めた」と妻に打ち明けたが、掘ってみると何もなかった(新潟県)。
★11b.宝の持ち主が、宝を失うのではないかと心配し続け、失ってかえって安堵する。
『水屋の富』(落語) 水屋が、富札で当てた千両を床下に隠す。「泥棒に盗まれはしないか」と水屋は心配して、朝晩かかさず点検する。近所の遊び人がこれを見て、水屋の留守に千両を盗む。金がなくなったのを知った水屋は「これで苦労がなくなった」と安堵する。
★11c.宝の持ち主が、宝を失うのではないかと心配し続け、失って嘆き悲しむ。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)225「守銭奴」 守銭奴が金塊を城壁の前に埋め、しょっちゅう出かけて行って点検する。近所の職人がこれに気づき、金塊を盗む。金塊がなくなったのを知った守銭奴は、嘆き悲しむ。ある人が慰めて言うには、「同じ場所に石を埋め、それを金塊だと思えばよい。金塊があった時でも、それを使わなかったのだから」。
★11d.宝のごとく大切な若妻を失うのではないかと心配し続け、失ってかえって安堵する。
『新月』(木々高太郎) 五十代の細田圭之助氏は、二十代の若妻斐子(あやこ)を熱愛するが、斐子には若い恋人がいた。ある夜、斐子は箱根の湖で泳いでいて、細田氏の目の前で溺れる。細田氏の心の奥底には、「ここで斐子が死ねば、斐子を若い男に奪われるのではないかという心配はなくなる」との思いがあり、救いを求める斐子を、無意識のうちに見殺しにする。
*→〔二人夫〕4の『白痴』(ドストエフスキー)で、ロゴージンがナスターシャを得た直後に刺殺したのも、同様の心理であろうか。
*夫の愛を失うことを恐れ、幸福なうちに自殺してしまう→〔理髪師〕4の『髪結いの亭主』(ルコント)。
『黒蜥蜴』(三島由紀夫) 女賊黒蜥蜴は、宝石商岩瀬氏の娘早苗を誘拐し、百十三カラットのダイヤ「エヂプトの星」を奪う。しかし名探偵明智小五郎に捕らえられ、黒蜥蜴は毒を仰ぐ。黒蜥蜴は明智への恋心を告白し、「でも、あなたの心は冷たい石ころ」と言って死んで行く。明智は岩瀬氏に「これからも贋物の宝石を売買して繁栄なさい」と言う。岩瀬氏「贋物だと?」。明智「本物の宝石は、もう死んでしまったからです」。
*夢が宝のありかを知らせる→〔魂〕2の『ドイツ伝説集』(グリム)433「眠る王」・〔橋〕1の『味噌買橋』(昔話)。
*にせの宝→〔にせもの〕2a・2b・2c・3。
★1a.婆が蛸の足を七本食べ、その後、海へ引きずりこまれる。
婆の岩の伝説 浜辺の岩に大蛸が眠っていたので、婆が包丁で足を一本切って食べる。翌日も同じ大蛸がいたので、婆はまた足を切り取る。七日間に七本の足を切り、八日目に婆が残りの一本を切ろうと岩まで来ると、大蛸は最後の一本の足で婆の身体をまき、海へ引きずりこむ。後、その岩は婆の岩と呼ばれる(広島県豊田郡大崎町)。
『赤貝猫』(落語) 昼寝する蛸の足七本を、猫が食べてしまう。目覚めた蛸は怒り、海へ引きずりこんでやろうと、残った一本で猫を差し招く。猫は「その手は食わぬ」と言う〔*その後、猫が前足を赤貝にはさまれるので、『赤貝猫』というタイトルになった。オチは「猫が女性器を見て赤貝と思い、怒る」という形〕。
『死なない蛸』(萩原朔太郎) 水族館の水槽に、皆から忘れられた蛸がいた。蛸は飢えて、自分の足を一本ずつ食べ始める。足を食べ尽くすと、胴を裏がえして内臓を食べる。蛸は、自分の身体を全部食べてしまい、消滅した。けれども蛸は死ななかった。ものすごい欠乏と不満を持った、人の目に見えない動物が、水槽の中で幾世紀も生きていた。
『世間胸算用』(井原西鶴)巻4−2「奈良の庭竃」 蛸売りの八助は、奈良へ蛸を売りに行く時、足を一本ずつ切り七本にして売ったが、皆気づかずに買った。しかし或る年、足を二本切って六本足にした蛸を、歳末の忙しさにつけこんで売って見破られた。以後は「足切り八助」と言われて、商売ができなくなった。
大蛸の足の話 大蛸が、「漁村の娘・十七歳のお浜を嫁に欲しい」と要求し、「承知せねば暴風を起こして、村を滅ぼす」と脅す。お浜は蛸に、「八本足はいやなので、毎日私が一本ずつあなたの足を切る。あなたが二本足になった時、私は喜んであなたの嫁になる」と言う。六日たち、蛸は二本足になった。お浜は父とともに船に乗り、沖へ漕ぎ出す。大蛸が現れ、お浜を抱いて海へ沈んだ。
ナアレアウの世界創造の神話 昔、蛸は十本足だった。創造神ナアレアウが、くっついている空と大地を分離させるために、あなごのリイキの力を借りようとした。ナアレアウは、リイキをおびき寄せて捕らえるべく、蛸の足を二本切って餌とした。それで蛸は現在にいたるまで八本足なのである(ミクロネシア、ギルバート諸島)。
『仮名手本忠臣蔵』7段目「一力茶屋」 切腹した主君塩冶判官の命日の前夜。大星由良之助はいつものように色里で遊んでいた。斧九太夫が、「精進すべき今宵、これが食えるか」と、蛸の足を突きつける。由良之助は、「私には精進する気などない」と言って平然と蛸を食べ、仇討ちの意志がまったくないふりをする。
*由良之助は、「塩冶判官殿が蛸に生まれ変わったという、冥土からの知らせでもあったか?」と、九太夫に問う。もし由良之助が、主君塩冶判官の生まれ変わりの蛸を食べたならば、→〔魚〕5aの『今昔物語集』巻20−34のようなことになったであろう。
『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第6巻第2章「ディオゲネス」 ディオゲネスは生の蛸を食べてコレラにかかり、それがもとで死んだ(*別説もある→〔息〕4b)。
蛸薬師の伝説 禅弘という僧と老母が、京の町の小さな寺を守っていた。老母が重病になって、「蛸を食べたい」と言う。禅弘は「病気の母のためだから、仏様も許して下さるだろう」と思い、蛸を買いに行く。帰り道に意地の悪い人がいてこれを見咎め、禅弘の持つ包みを取り上げる。開いて見ると、蛸はお経に変わっていた。老母は蛸をたくさん食べて、病気が治った。それから、その寺を「蛸薬師」というようになった(京都府京都市)。
*魚が『法華経』に変わる→〔経〕5の『日本霊異記』下−6。
『太陽の季節』(石原慎太郎) 竜哉は、高校三年生の春に英子と出会った。竜哉も英子も、それ以前にすでに複数の異性との性体験があった。二人の関係は遊びのようでもあり、戦いのようでもあった。英子は妊娠し、「産んでみたい」と言う。竜哉は曖昧な返事をしつつ、妊娠四ヵ月を過ぎた時、堕胎を命ずる。英子は手術を受け、腹膜炎を併発して死ぬ。
『ヘッドライト』(ヴェルヌイユ) 初老のトラック運転手ジャンは、国道わきの食堂兼宿屋の女中クロチルドと知り合い、彼女は妊娠する。それを知らせる手紙はジャンに届かず、彼からの返事は来ない(*→〔手紙〕1a)。クロチルドは、妊娠三ヵ月で堕胎手術を受ける。やがて手紙を読んだジャンは、家族を捨ててクロチルドと暮らす決心をし、トラックで迎えに来る。クロチルドは手術直後の身体で助手席に乗る。長距離を揺られて行くうちにクロチルドの容態は悪くなり、救急車を呼ぶが、彼女はまもなく息を引き取った。
『豊饒の海』(三島由紀夫)・第1巻『春の雪』 綾倉伯爵家の長女聡子は、松枝侯爵家の嫡子清顕よりも二歳年上で、二人は幼なじみだった。洞院宮治典王殿下と聡子との婚約が決まった時から、清顕は聡子を恋するようになった。二人は逢引を重ね、聡子は妊娠する〔*それを知った清顕の祖母は、「宮様の許婚を孕ませたとは天晴れだね。今時の腰抜け男にはできないことだ」と言う〕。綾倉伯爵と松枝侯爵は相談して、聡子を極秘に堕胎させ、その上で治典王に嫁がせようとする。しかし聡子は、奈良の月修寺で自ら髪を切り、出家する。
原の仏御前の伝説 平清盛に寵愛された仏御前は、後に故郷加賀国の原村に帰り、茶屋を開いた。村の男たちが仏御前に心奪われ茶屋に通ったので、女たちが嫉妬し、仏御前を殺した。その時仏御前は妊娠中で、そのたたりであろう、以後、村の女が昼間にお産をすると必ず大風が吹いた(石川県小松市原町)。
*→〔八人・八体〕1の『八つ墓村』(横溝正史)。
『大鏡』「道兼伝」 粟田殿道兼の長男は、福足君(ふくたりぎみ)と言った。まだ子供のうちに、蛇をいじめたたたりで、頭に腫れ物ができて死んだ。
『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30 蛇が釜の前の穴に入り、女が困っていると、隣家の女が「熱湯を穴にそそげ」と教える。蛇はのたうちまわって死ぬが、翌日の同時刻、隣家の女も全身焼けただれて苦しみつつ死ぬ。
『沙石集』巻9−5 沼で魚を獲る男が、一尺ほどの小蛇を見つけ、串に刺して道端に立てておいた。帰宅すると、その蛇が串に刺された姿でやって来る。すぐに殺すが、蛇は次々に現れる。何匹とも数えきれないほどである。男は身の毛がよだち、狂い死にしてしまった。
『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「白葉さま」 女祈祷師白葉さまが、魚鱗癬の少年を診て「この子は蛇を殺したことがあろう。そのたたりじゃ」と言う。ブラック・ジャックが皮膚の移植手術で少年を治療し、それを知った白葉さまは、自らの治療をブラック・ジャックに請う。白葉さまも魚鱗癬に苦しみ、どの医者も治せないので、医学を呪っていたのだった。
*猿を殺したため、たたりを受ける→〔猿〕8。
*犬や猫を医学の実験台にしたため、たたりを受ける→〔生霊〕3の『華岡青洲の妻』(有吉佐和子)。
『おばけ煙突』(つげ義春) 昭和三十年代前半。東京郊外の某火力発電所の第四煙突は、立てる時二度もくずれおち、九人の作業員が死んだ。煙突が立った後も、煙突掃除夫が三人、落ちて死んだ。第四煙突には、たたりがあるというので、注連縄が巻かれた。発電所の塀には「四番目の煙突掃除した者に一万円さしあげます」との紙が貼られた→〔落下〕5a。
『長町女腹切』(近松門左衛門) 猪瀬文平は身分不相応の高価な刀を買い、それを笑った友人高木を斬り殺して、自らは切腹した。その後、文平の三回忌に息子が病死し、その妻もあとを追うように死ぬなど、不吉なことが続く。鑑定家は、「この刀は猪瀬家に三代までたたる」と言った。年月を経て、文平の孫・半七が刀を安物とすりかえ(*→〔切腹〕2)、大名家から咎められる。叔母(=文平の娘)が、「文平が悪心を起こしたのも、刀のたたり。私が責任を負って死に、刀のたたりを終わらせよう」と言って、切腹する。
『日本書紀』巻29天武天皇・朱鳥元年5〜6月 五月二十四日、天武天皇が発病した。六月十日、病気について占卜すると、草薙剣のたたりであることがわかった〔*この当時、草薙剣は宮中に置かれていた〕。そこで、その日のうちに草薙剣を尾張の熱田社に送り、安置した。
『播磨国風土記』讃容の郡中川の里 天智天皇の時、河内の村人が持って来た剣を、中川(仲川)の里の人・丸部具(わにべのそなふ)が買い取った。ところが剣を得て後、丸部の一家は死に絶えてしまった。剣は地中に埋もれていたが、苫編部犬猪(とまあみべのいぬゐ)が、耕作をしていてこの剣を見出した。鍛冶師が刃を焼くと、剣は蛇のごとく伸び縮みする。犬猪はこの剣を朝廷に献じた。しかし天武天皇の時、剣は中川の里に戻された。
*持ち主にたたる笛→〔笛〕3の『笛塚』(岡本綺堂)。
*殺人を、死霊のたたりのように見せかける→〔蛇〕5cの『半七捕物帳』(岡本綺堂)「お化け師匠」。
『今昔物語集』巻11−22 槻の古木を切ろうとする人々が次々に死ぬ。わけを知ろうと、僧が雨夜に蓑笠をつけて、雨宿りのふりをして木の下に立つ。上方で「木こりは皆蹴殺す」「しかし、注連(しめ)を巡らせ祝詞を読み墨縄をかけて切られたら、防げない」と語り合う声がするので、木の切り方がわかる。
『男色大鑑』(井原西鶴)巻7−3「袖も通さぬ形見の衣」 丹波へ通い商いする男が、子安の地蔵堂に一夜を明し、地蔵と丹後切戸の文殊の問答を聞く。文殊が言うには、その夜五畿内に一万二千百十六人が誕生し、中でも道頓堀の楊枝屋に生まれた男児は、美形の役者となって十八歳で命を捨てる運命だった。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之4第99回 蟇田素藤は、上総の諏訪神社に仮寝して、疫鬼と木精が「まもなく村人の半分が病気で死ぬ」「楠のうろに神水があり、黄金を一昼夜浸してその水を病人に飲ませれば、たちまち治る」と問答するのを聞く。素藤は病者を治して村人たちから人望を得る。
『蛇婿入り』(昔話)「苧環型」 山の岩穴で、針を刺されて瀕死の蛇が「女に蛇の子を孕ませたから、悔いはない。女もそのうち死ぬだろう」と言い、母親の蛇が「しかし人間は賢いものだから、蓬と菖蒲の湯に入れば、蛇の子が下りて女は助かるだろう」と言う。女はこれを立ち聞きし、体から蛇の子を下ろす(福島県南会津郡桧枝岐村。*『平家物語』巻8「緒環」の類話では、針を喉笛に刺された大蛇が、岩屋へ尋ね来た女と直接語り合う→〔蛇婿〕1a)。
*→〔木〕2bの『捜神記』巻18−3・〔猿〕3の『猿神退治』(昔話)・〔枕〕1bの『神道集』巻8−46「釜神の事」。
『古事記』下巻 安康天皇が神牀で昼寝をした時、皇后に「汝の子目弱の王が成長した後、私がその父大日下の王を殺したことを知ったら、悪心をおこすだろう」と語る。七歳の目弱の王は、御殿の下で遊んでいてこれを聞く→〔眠り〕6。
『今昔物語集』巻29−12 夜の大路で、強盗たちが源忠理の家に押し入る相談をする。たまたま方違えで大路に面した小家にいた忠理はこれを聞き、家財道具をすべて他所へ運び出しておく。
『忠直卿行状記』(菊池寛) 越前六十七万石の青年城主忠直は、家臣たちとの槍術試合の後、「殿はたいそう上達され、勝ちをお譲りするのに以前ほど骨が折れなくなった」と語り合う声を立ち聞きし、自分の今までの生活が偽りの上に成り立っていたことを知る。忠直は、家臣に真槍の勝負を挑んで傷を負わせたり、家臣の妻を無理矢理召し寄せたりして、いつ彼らが偽りの恭順を捨て、本気で立ち向かって来るかを試す。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)終章 処女妻である白い手のイゾルデは、兄カーエディーンと夫トリスタンの会話を立ち聞きし、夫が愛しているのは自分ではなく、自分と同名の王妃イゾルデであると知り、夫への復讐を考える→〔合図〕1。
*→〔樽〕1の『宝島』(スティーブンソン)第2部第10〜11章。
★3.たまたま出会った人などのささいな一言から、難問解決のヒントを得ることがある。
『石山寺縁起』巻2 源順が、『万葉集』の「左右」の訓み方がわからず、苦慮して石山寺に参詣する。帰途、馬方たちが馬の荷物を載せ直す時、片手でなく左右両手を使えというので「真手」と言っているのを耳にし、「左右」は「まで」と訓むことを源順は悟る。
『点と線』(松本清張)12の3 三原警部補は、容疑者のアリバイトリックについて喫茶店で考えていた時、たまたま隣席の男女が「バスが時間どおり来なかった」と言っているのを耳にして、アリバイを打ち破るためのヒントが閃く。
*父親の子供を気づかう一言から、子供が難問解決のヒントを得る→〔宇宙人〕1aの『インデペンデンス・デイ』(エメリッヒ)。
『江談抄』第3−1 唐土の人々が、難読の『文選』を吉備大臣に読ませ、その誤りを笑おうと相談する。吉備は、飛行自在の鬼の助けを得て帝王の宮殿に到り、三十人の儒者たちが『文選』を一晩中講義するのを盗み聞く。
*→〔盗作〕2の『草紙洗小町』(能)。
*→〔犯人さがし〕1の『本朝桜陰比事』巻1−4「太鞁の中はしらぬが因果」。
『嵐が丘』(E・ブロンテ)9 エドガー・リントンとの結婚を決めたキャサリンは、「今ヒースクリフと結婚すれば落ちぶれる。しかしヒースクリフと私の魂は同じだ。エドガーへの愛は一時的なものだが、ヒースクリフへの愛は永遠だ」と女中に語る。ヒースクリフはキャサリンの言葉の前半だけを立ち聞きし、蔑まれたと誤解してそのまま家を出る。
『聴耳頭巾』(昔話) 爺が聴耳頭巾をかぶり、木の枝に止まった二羽の烏の言葉を聞く。ある所では烏たちは、「村の長者の土蔵の屋根板に、蛇が釘を打ちつけられて半死半生だ。そのため長者の娘が長患いをしている。蛇を放してやれば娘も助かる」と話し合っていた。また別の所では、烏たちは「町の長者の庭の楠木が伐られ、切り株が死にきれずにおり、そのため長者が大病だ。木を根から掘ってしまえばよい」と話し合っていた(岩手県上閉伊郡土淵村)→〔鳥〕2b。
『鳩の立ち聞き』(昔話) 川向こうの畑で働く爺に「何をまいているか」と問うと、返事をせずに手招きをする。そばまで行くと、耳に口を寄せて「大豆をまいている」と教える。「なぜ内緒にする?」「鳩に聞かれると大変だから」。
『空騒ぎ』(シェイクスピア) ベネディックとベアトリスは仲が悪く、会えば口喧嘩ばかりする。二人の友人・知人たちが策をめぐらし、「ベアトリスはベネディックを恋している」という話をしてベネディックに立ち聞きさせ、また、「ベネディックはベアトリスに夢中だ」という話をしてベアトリスに立ち聞きさせる。二人は互いに相手から愛されていると思い、結婚する。
『大いなる幻影』(ルノワール) 第一次大戦下。スイス国境近く。ドイツの古城跡の捕虜収容所に、ボワルデュ大尉をはじめとするフランス将校たちが収容される。所長ラウフェンシュタインは貴族であり、同じ貴族出身のボワルデュを丁重に扱う。ある夜、二人の将校が脱走をはかる。二人を逃がすために、ボワルデュはわざと城壁に登って監視兵の注意を引きつける。ラウフェンシュタインはボワルデュの脚をねらって銃撃するが、腹部に命中してしまい、ボワルデュは死ぬ。脱走した二人は、国境を越えてスイスに入る。
『第十七捕虜収容所』(ワイルダー) ドイツの第十七捕虜収容所。アメリカ兵たちの脱走計画がドイツ側に筒抜けなので、捕虜の中にスパイがいる、と皆は考える。セフトン軍曹が疑われるが、実はプライスという男がスパイだった。捕虜の一人ダンバー中尉が、ドイツの軍用列車爆破犯として、ベルリンへ送られることに決まる。捕虜たちはダンバーを救うために、セフトンと一緒に脱走させる。夜、スパイのプライスを屋外へ放り出し、ドイツの監視兵が彼を銃撃している間に、セフトンとダンバーは鉄条網を破って脱出する。
『大脱走』(スタージェス) 連合軍の将校たち二百五十人が、ドイツの捕虜収容所からの脱走を計画し、長いトンネルを掘る。しかし計算違いにより、トンネルの出口が森の中でなく、ドイツ兵歩哨が立つ場所の近くになってしまい、脱走は発覚する。それでも七十六人が逃げ出したが、検問などで次々に捕らえられ、ゲシュタポの手で五十人が射殺された。残りはまた収容所に戻され、無事に国外へ逃れ出たのは三人だけだった。
『網走番外地』(石井輝男) 網走刑務所の受刑者三十人が二人一組で手錠をかけられ、トラックの荷台に乗って、森林伐採作業に向かう。途中、彼らは荷台から飛び降り、脱走する。仮釈放間近の橘真一も、手錠でつながれている権田に引っ張られて、いやおうなく逃げる。二人は手錠の鎖を切るために、橘が鉄道線路の真ん中に、権田が線路の外側に伏して、鎖をレール上に置く。汽車が通り過ぎ、鎖は切断される。権田は怪我をして動けなくなり、橘は、追って来た保護司の妻木に「権田を病院へ運んでくれ」と頼む。
『パピヨン』(シャフナー) 胸に蝶の刺青があるのでパピヨンと呼ばれる男が、南米ギアナの監獄に送られる。そこでは、脱獄に失敗すると、一度目は独房へ二年、二度目は五年入れられる。三度目に失敗すると、ギロチンで処刑される決まりである。パピヨンは脱獄に二度失敗し、七年間を独房で過ごす。彼はムカデやゴキブリを食べて生き延びるが、独房から出た時にはすっかり白髪になっていた。その後パピヨンは、荒波が打ち寄せる断崖絶壁の悪魔島へ送られる。しかし彼は、なおもあきらめず、ココナツをつめた袋を船代わりとし、海に飛び込むのだった。
『モンテ・クリスト伯』(デュマ)19〜20 イフの城の暗牢に幽閉されたエドモン・ダンテスとファリア神父は、協力して脱獄をはかるが、老齢の神父は病気になって死ぬ。ダンテスは神父の死体を入れた袋の中に死体と入れ替わって入り、袋ごと海に投げこまれて、イフの城から脱出する。
『自由を我等に』(クレール) ルイとエミールは刑務所内の親友だった。ルイは脱獄に成功して娑婆に出る。エミールは失敗して刑務所に戻される。ルイは商売を始め、大会社の社長になる。エミールは刑期を終え、偶然ルイの会社の工場に就職する。二人は再会を喜び合う。しかし警察が、ルイを脱獄者と知って逮捕しに来たので、ルイとエミールは会社を捨てて逃げる。二人は自由を求めて、放浪の旅に出る。
『籠太鼓(ろうだいこ)』(能) 殺人を犯した男を捕らえるが、男は脱獄する。領主が男の妻を牢に入れ、男の行方を問う。妻はそれには答えず、狂気となって太鼓を打ち、「この牢こそ夫の形見。なつかしや」と言って牢にこもる。領主が「牢から出してやろう」と言っても、妻は出ようとしない。領主が「夫婦ともに許す」と約束すると、妻は夫の居所を明かし、夫を連れ戻して仲むつまじく暮らした。
『お若伊之助』(落語) 生薬(きぐすり)屋の娘・お若が、一中節の師匠・伊之助と恋仲になる。親が二人を別れさせた後、狸が伊之助に化けてお若のもとへ通い、お若は身ごもる。狸は銃で撃たれて死ぬが、お若は月満ちて狸の双子を産む。しかし双子は生まれてすぐに絶命した。これを葬ったのが、根岸・御行(おぎょう)の松のほとりの因果塚である。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之5第100回〜巻之16第121回 八百比丘尼妙椿は蟇田素藤と夫婦になり、妖術をもって彼を助け、里見家に仇をなす。妙椿の正体は、昔八房の犬を育てた安房の富山の牝狸であり、玉梓の恨みがその身に残っているので、素藤をそそのかして二度の反乱を起こさせたのだった。
『捜神記』巻18−8(通巻420話) 董仲舒が弟子に講義をしている時、一人の客が訪れる。普通の人間とは思えず、しかも「雨になりそうだ」などと言う。董仲舒が「『巣居は風を予知し、穴居は雨を予知する』というから、君は狐狸の類だろう」とからかうと、客は古狸に変ずる。
*狸が肉親に化ける→〔死体〕10の『耳袋』巻之7「古狸をしたがへし英勇の事」・〔変身〕8aの『狸腹鼓』(狂言)・『本朝二十不孝』巻4−4。
*狸が仏に化ける→〔仏〕4の『宇治拾遺物語』巻8−6。
*二匹の狸が一人の女に化ける→〔性器〕1fの『聴耳草紙』(佐々木喜善)89番「狸の話(狸の女)」。
『文福茶釜』(昔話) 上野国館林・茂林寺の和尚が茶釜で湯を沸かすと、茶釜に尾・足が生え、狸の頭が出て、「熱い」と悲鳴を上げる。和尚は茶釜を屑屋に売り、茶釜狸は、「見世物小屋に出て芸当をします」と志願する。茶釜に四足の生えた不思議な化け物が綱渡りなどをするので評判になり、屑屋は大儲けする。
*狸が杭に化ける→〔返答〕3aの『湊(みなと)の杭』(昔話)。
偽汽車(現代民話) 大正時代の話。夜、汽車が走っていると、同じ線路の前方からも、汽車がこちらへ走って来る。機関士がブレーキをかけると、向こうの汽車はパッと消えてしまった。こんなことがたび重なるので、「狸のしわざだろう」と機関士は考え、次に汽車が現れた時、思い切って正面衝突する。しかし何事もなくこちらの汽車は走り続け、次の駅に着いた。翌朝、一匹の大狸がレールを枕に死んでいるのが見つかった(東京都品川区)〔*狐が汽車に化ける、という形もある〕。
『捜神記』巻18−10(通巻422話) 古狸が父親に化け、畑仕事をする息子二人を殴る。息子たちは帰宅して、それが化け物の仕業だったことを知る。後、本物の父親が息子を心配して畑へ様子を見に行く。息子たちは父親を化け物だと思い、殺す〔*その後何年もの間、古狸は父親に化けて暮らす〕。
『狸賽』(落語) 悪童たちにいじめられている狸を男が助ける。狸は返礼にさいころに化け、博打の時、男の望む目を出す→〔さいころ〕2a。
『まめだ』(落語) 膏薬屋の息子が歌舞伎の役者をしていた。雨の夜、傘の上に豆狸(まめだ)が乗って悪戯をするので、息子はトンボを切り、豆狸は地面に落ちて怪我をする。豆狸は怪我を治そうと、小僧に化けて膏薬を買いに来る。膏薬屋では、毎日売り上げの中に銀杏(いちょう)の葉が一枚入っているので不思議がる。豆狸は膏薬の塗り方を知らず、寺の境内で死ぬ。銀杏の落ち葉が風に吹かれて死骸の回りに集まるのを見て、膏薬屋の母と息子は、「狸の仲間から、たくさん香典が届いた」と言って哀れむ。
狸囃子(馬鹿囃子)の伝説 本所の人々が夜半に目覚めると、遠くからあるいは近くから、お囃子の音が聞こえてくる。どこでお囃子を奏しているのか、その出所はわからない(東京都墨田区・本所七不思議の一つ)。
『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「たぬき囃子」 盗賊一味が盗みを行なう夜、人々の注意をそらせるため、寺の経蔵の中から笛と太鼓で狸囃子を奏する。音量を大きくしたり小さくしたりすると、狸囃子は近くにも遠くにも聞こえる。経蔵には入口が一つ、窓が二つあって、それぞれを開けたり閉めたりすると、狸囃子は東から聞こえたり西から聞こえたりするので、皆は不思議がった。
『大菩薩峠』(中里介山) 机龍之助は大菩薩峠で老巡礼を斬り、神社の奉納試合で宇津木文之丞を殺した後、故郷武蔵沢井村を捨て、江戸・京都をはじめ、十津川・白骨・高山など、旅から旅への暮らしを続ける。宇津木兵馬・お銀様・弁信なども、龍之助と巡り合ったり別れたりを繰り返しつつ、諸国を放浪する。
『東海道中膝栗毛』『続膝栗毛』(十返舎一九) 神田八丁堀に住む弥次郎兵衛と喜多八は、伊勢参宮の旅に出かけ京・大阪を見物し、さらに金比羅・安芸の宮島・木曽街道・善光寺・上州草津などにまで脚を伸ばす。
『変身物語』(オヴィディウス)巻8 ユピテル(ゼウス)と息子メルクリウス(ヘルメス)が人間の姿に身を変えて旅をし、家々に宿を請う。すべての家々が門をとざす中、ピレモン・バウキスの老夫婦だけが、あばら家に彼らを迎え、もてなす。神々は二人を高い山へ導き、二人の家だけ残して他のものをみな沼の底へ沈める。
*→〔宿〕1の『貧乏人とお金持ち』(グリム)KHM87。
『漢武故事』3・6 漢の武帝は、身分を隠し簡略な服装で従者たちとともに諸地方を旅し、人民の気風・習慣などを視察した。ある時武帝は、旅宿の亭主から「泥棒ではないか」と疑われ、捕らわれそうになったが、女房が武帝を只者でないと見抜き、亭主を酔わせて縛りあげ、武帝一行を接待した。
『今古奇観』第4話「裴晋公義還原配」 唐代に晋国公であった裴度は、暇な時にはおしのびで出歩き、民情をさぐっていた。ある時、一人の男が「婚約者がさらわれ、歌姫として晋国公に差し出されてしまった」と嘆いているのに出会い、裴度はただちにその歌姫を男と会わせ、結婚させてやった。
『浄瑠璃十二段草紙』 十五歳の御曹司義経が身分を隠し、金売吉次の下人となって、京から奥州へ下る。途中、三河国矢矧(やはぎ)の宿で、義経は美女浄瑠璃御前と契りをかわす。しかし義経は矢矧にとどまることなく旅を続け、駿河国吹上に到って病臥し、一人置き去りにされる。浄瑠璃御前が駆けつけて義経を救い、義経は自らの素性を明かし、再会を約して、平泉へ向かう。
『千一夜物語』「『ほくろ』の物語」マルドリュス版第246夜 教王ハルン・アル・ラシードは、大臣・御佩刀持ち・詩人とともにペルシアの修道僧に身をやつし、何か面白い事件でもないかと、夜のバグダードの街を歩いた。
『文正草子』(御伽草子) 関白の息子二位の中将は、十八歳の時、常陸国の長者文正の美貌の姫君に逢うために、供人ともども物売りの商人に身をやつして、旅に出る。
『増鏡』第9「草枕」 鎌倉幕府の執権北条時頼は、出家入道してから、おしのびで諸国を旅した。賤しい家に立ち寄っては「困りごと・訴えごとがあるなら、この手紙を持って鎌倉へ行きなさい」と教えた。人々が半信半疑で手紙を持って鎌倉へ行くと、幕府の役人は、時頼入道自筆の手紙なので驚き、人々の希望が叶うように取り計らった。こういうことが多くあったので、諸国の役人は悪政をしないよう心がけた〔*→〔雪〕2の『鉢木』(能)〕。
水戸黄門の伝説 水戸藩主の光圀公は、おしのびでしばしば領内を巡視した。ある時光圀公は、御納米倉庫の前に積んである米俵に腰をおろし、一休みして景色を眺めていた。御倉番を勤める野口家の老婆がそれを見て、「もったいなくも水戸様へ差し上げる御納米に腰をかけるとは、罰当たりめ」と怒り、天秤棒で殴りかかった。光圀公は老婆をなだめ、終身五人扶持の褒美を賜った(茨城県新治郡玉里村)。
『ローマの休日』(ワイラー) ヨーロッパ諸国歴訪中の某国王女アンは公式行事の連続に飽き、ローマに到って、ある夜大使館を抜け出す。彼女は服装と髪型を変えて、ローマ市内を見てまわる。通信社の記者ジョーは、彼女が王女であると気づくが、それを記事にはせず、町娘姿のアンをスペイン広場や真実の口(*→〔口〕7)などの名所に案内し、二人で楽しい一日を過ごす。
『銀河鉄道999』(松本零士) 星野哲郎は機械の体を得るために、謎の美女メーテルとともに銀河特急に乗り、太陽系を出て、アンドロメダへ向かう長い旅に出る。
『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治) ケンタウル祭の夜、ジョバンニは牧場の後ろの丘に寝て、銀河を見上げる。気がつくと、ジョバンニは軽便鉄道の車室に座っており、前の席には親友のカンパネルラがいた。二人は、他の不思議な乗客たち(*→〔乗客〕4)とともに星界を旅するが、サウザンクロスを越え、石炭袋が見えたところで、カンパネルラは姿を消す。ジョバンニは丘の上で目を覚ます。
『2001年宇宙の旅』(キューブリック) 二十世紀末には人類は月に基地を築いていた。月面探索中に、四百万年前のものと思われる謎の黒石板(モノリス)が、月面下深くから掘り出される。それは、知的生命体の存在を証拠づけるものだった。黒石板からは、強力な電波が木星に向けて発信されていた。十八ヵ月後、宇宙船ディスカバリー号が木星へ向かい、乗員ボーマンは、時空を超えた宇宙の彼方にまで到る→〔自己視〕1b。
『星の王子さま』(サン=テグジュペリ) 星の王子さまは、家くらいしかない小さな星に住んでいた。王子さまはふるさとの星を旅立ち、王さま・うぬぼれ屋・酒飲み・実業家・点灯夫・地理学者が住む六つの星を訪れて、最後に地球の砂漠に降り立った。
『天路歴程』(バニヤン)第1部 滅亡の市(ほろびのまち)に住む男クリスチャンが、救いを求めて巡礼の旅に出る。彼は、落胆の泥沼・死の影の谷・虚栄の市・歓楽山などを越えて、天の都を目指す。道づれのホウプフル氏とともに橋のない川(=死)を渡る時、二人は現世の衣を脱ぎ捨てる。彼らは空中の境域を軽やかに昇り、天の都の門に入る〔*第2部では、クリスチャンの妻と子供たちも、天への巡礼の旅に出る〕。
*→〔犬〕1aの『マハーバーラタ』第17巻・〔昇天〕5の『神曲』(ダンテ)「天国篇」。
『オズの魔法使い』(ボーム) 少女ドロシーと愛犬トトは、藁のつまったかかし・ブリキの木こり・臆病なライオンとともに、オズの魔法使いに会うためエメラルドの都へ向けて旅に出る。かかしは「脳みそが欲しい」、木こりは「心臓が欲しい」、ライオンは「勇気が欲しい」と、オズに願う。オズは、彼らに真に欠けているもの、すなわち「自信」を与える〔*ただしオズは本物の魔法使いではなく、ペテン師の老人だった〕。
『西遊記』 孫悟空・猪八戒・沙悟浄、そして龍の化身である白馬が、三蔵法師の供をして、経典を求め天竺への旅に出る→〔旅〕6a。
『ブレーメンの音楽隊』(グリム)KHM27 老いて役立たなくなるなどして飼い主からうとまれたろば・犬・猫・鶏が、それぞれの家から逃げ出す。四匹はブレーメンの町へ行って音楽隊に入ろうと思い、旅に出る。途中、泥棒たちの住む家を見つけ、彼らをおどかして追い払う。動物たちは、この家がすっかり気に入り、もう外へ出ようとは考えなかった。
『桃太郎』(昔話) 桃太郎が鬼退治に出かける。村はずれまで行くと犬に出会い、山の方へ行くと雉に出会い、山奥で猿に出会う。桃太郎が大将になり、犬に旛を持たせ、雉・猿とともに、鬼が島まで旅をする(青森県三戸郡)。
*藁と炭と豆の旅→〔橋〕8b。
『八十日間世界一周』(ヴェルヌ) 一八七二年十月二日夜、四十歳ほどの独身英国紳士フィリアス・フォッグは、カード仲間相手に二万ポンドを賭けて、「八十日後の十二月二十一日午後八時四十五分までに世界一周して戻って来る」と宣言し、出発する。フォッグは世界一周の途中、インドで美女アウダを救い、彼女を連れてロンドンへ戻るが、約束の時刻を五分過ぎていた。しかし実際は、日付変更線を東に越えて旅をしたため、ロンドンの日付は一日前の十二月二十日であり、フォッグは賭けに勝ち、アウダと結婚する。
*世界一周の新婚旅行→〔身分〕2aの『釣りそこねた恋人』(O・ヘンリ)。
『古代の秘法』(星新一『おせっかいな神々』) 南方の奥地に、古代、たいへん長命な種族が住んでおり、その秘法を知るべく学術探検隊が派遣される。探検隊は危険な旅をして、ついに遺跡の壁に、長命の秘法を記した古代文字を発見する。解読すると、「早寝早起き腹八分」という意味だった〔*当たり前のことが書いてあった、という点で→〔賭け事〕4の『東坡志林』(蘇軾)と類似の発想〕。
『西遊記』 西天にある大乗三蔵経典を求めて、玄奘三蔵は孫悟空らを供とし、五千四十日かけて十万八千里を旅し、天竺霊山上の雷音寺に到る。釈迦如来から、全一万五千百四十四巻の三分の一、五千四十八巻を授けられ、帰途は八大金剛が一行を長安まで送る。大宗皇帝に経典を献上した後、八大金剛が玄奘三蔵らを再び霊山へ連れ戻し、釈迦如来が彼らを仏に任ずる。この間往復八日であり、往路五千四十日と合わせて五千四十八日、経典の数と一致していた。
『パンタグリュエル物語』(ラブレー)第三之書〜第五之書 従者パニュルジュが結婚願望を持ち、その当否を王パンタグリュエルや巫女・学者などに相談し、占いをしてみるが、明確な回答が得られない。パンタグリュエルとパニュルジュは、遠国の徳利明神のお告げを聞くべく、船出する。さまざまな島巡りの後にようやく神殿に着くが、聖なる徳利が発した神託は、「飲め」という一言だった。
『宇宙戦艦ヤマト』(松本零士) 二一九九年、惑星ガミラスからの攻撃によって地球は滅亡に瀕し、放射能のために、あと一年で地球上の全生物は死に絶える。旧日本海軍の戦艦を改造した宇宙戦艦ヤマトが、放射能除去装置コスモクリーナーを求め、大マゼラン星雲の惑星イスカンダルを目指して発進する。ヤマトはガミラス艦隊を撃破し、コスモクリーナーを得て、二二〇〇年、地球に帰還する。
『はてしない物語』(エンデ) ファンタージエン国を虚無が侵食し、女王幼なごころの君が重病に陥る。女王に新たな名が与えられれば女王は回復し、ファンタージエン国も再生する。少年アトレーユが探索の旅に出、大いなる謎の門・魔法の鏡の門・鍵なしの門を通って、ウユララから、「われらは本の中だけの生きもの。われらを救うのは『外国(とつくに)』の人の子」と教えられる。アトレーユは国境を越えて人間世界へ到ろうとするが、ファンタージエンには国境がない〔*『はてしない物語』を読む少年バスチアンが本の中に入り、女王に「月の子(モンデンキント)」という名を与え、女王とファンタージエン国を救う〕。
『南総里見八犬伝』第2輯巻之2第13〜14回 伏姫が襟にかけていた水晶の数珠のうち、八つの珠を白気が包んで空に昇る。珠は燦然と光を放って飛び巡り入り乱れ、八方に散り失せる。金碗大輔は出家して丶大(ちゅだい)法師と号し、八つの珠の落ちた所を捜し求めるべく、諸国遍歴の旅に出る〔*二十年を経て後、彼は、珠を持つ八犬士たちと出会う〕。
『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』(トールキン) 冥王サウロンの指輪は、ゴクリ、ビルボの手を経て、今フロドのもとにあった。サウロンが再び指輪を得て強大な力を持つことを防ぐためには、指輪を、滅びの山の火口底の亀裂に捨てるほかない。フロドは仲間たちとともに指輪廃棄の旅に出るが、火口底まで来た時、彼は指輪の魔力に支配され、自らが指輪を所有しようと考える。ゴクリがフロドの指を噛み切って指輪を奪うが、そのまま亀裂に転落する。指輪はこの世から消え、サウロンの王国は滅ぶ。
『アーサーの死』(マロリー) 円卓の騎士百五十人が、聖杯探求の旅に出る(第13巻第8章)。半数以上が死に(第17巻第17章)、純潔の身であるガラハッドが聖杯を得る。彼は、サラスの町の霊廟に聖杯を安置する。ある日、アリマタヤのヨセフの子ヨセフェが現れ、聖杯の神秘をガラハッドに見せる。ガラハッドは「もはや俗世にとどまりたくない」と言って死に、天使たちが彼の魂を天へ運ぶ。一本の手が降りて、槍と聖杯(=イエス・キリストの脇腹を刺した槍と、流れ出る血を受けた杯)を取り上げ、天へ昇る(同・第22章)。
『イージー・ライダー』(ホッパー) 二人の青年が、バイクでアメリカ南部を旅する。長髪で異様な姿の彼らは、モーテルの宿泊を拒否され、ヒッピーのコミュニティに立ち寄り、留置場に入れられる。道連れになった酒浸りの弁護士が、「アメリカ人は自由を説くが、自由な奴を見ると怖いんだ」と言う。夜、彼らは南部の男たちに襲われ、弁護士は撲殺される。二人はバイクの旅を続ける。併走するトラックの男が「髪を切れ」と声をかけ、二人を銃で撃ち殺す。
『旅情』(リーン) 婚期を逸したアメリカ人秘書ジェーンは、欧州観光の旅に出かけ、ベニスに滞在する。彼女の心の奥底には、ロマンスを求める思いがあった。ジェーンは、妻と別居中の中年男レナートに出会い、口説かれる。「僕は金持ちではないし、若くもない、美男でもない。だけど君が空腹なら、贅沢を言わず、出されたものを食べなさい」。二人は恋人同士として楽しい何日かを過ごすが、やがてジェーンがベニスを去らねばならぬ日が来る。
『竹斎』(仮名草子) 京に住む藪医師竹斎は、藪ゆえに患者が来ず、「京にいても益なし。諸国を巡って安住の地を求めよう」と、家来睨の介とともに旅に出る。京の名所を見て東海道を下り、名古屋で三年ほど開業した後、さらに東へ旅を続け、武蔵国の限りである隅田川まで到る。
『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)「発端」 駿河府中の商家の息子・栃面屋弥次郎兵衛は、旅役者・鼻之助と馴染んで多大の借金をかかえる。彼らは江戸へ逃げて、神田八丁堀の長屋に住む。鼻之助は元服して喜多八と名乗り、弥次郎兵衛は妻帯する。それから十年後、弥次郎兵衛は妻を離別し、喜多八と二人で伊勢参宮の旅に出る。
『ドン・キホーテ』(セルバンテス) 騎士を夢見るドン・キホーテは、一度目は一人で旅に出かけたが、二度目・三度目は、近所の百姓サンチョ・パンサをそそのかし、「どこかの島の太守にしてやるから」と言って、供をさせる。主従二人は、諸地方を遍歴する。
『十六夜日記』(阿仏尼) 藤原為家の死後、遺産である播磨国細川庄の領有をめぐって、息子の為氏と為相が争う。為相の母阿仏尼は、鎌倉幕府の裁定を得ようと、老いの身で東海道を下向する。弘安二年(1279)十月十六日に彼女は京を出発し、道中の諸所で歌を詠みつつ旅を続け、十月二十九日に鎌倉に到着する。
『とはずがたり』(後深草院二条)巻4〜5 後深草院の御所を追放された二条は出家し、正応二年(1289)、三十二歳の二月に東海道の旅に出る。熱田神宮・鎌倉を経て武蔵国に到り、さらに善光寺まで足をのばす。帰途には浅草に詣で、熱田を再訪して帰京する。四十代半ば過ぎには、中国・四国の旅をし、厳島・白峰・吉備津宮などに詣でる。
『怒りの葡萄』(フォード) オクラホマ一帯は凶作が続いた。トム・ジョードが刑務所から出て帰郷した時、彼の一家は仕事を求めてカリフォルニアへ旅立つところだった。トムも加わって、総勢十三人が一台のトラックに乗り、西を目指す。途中で祖父が、続いて祖母が力尽きて死ぬ。カリフォルニアでは果実摘みの仕事をするが、低賃金・ストライキ・弾圧とトラブルが続き、一所にとどまれない。トムは保安官を殴り殺して身を隠し、他に、脱落した者や殺された者がいて、ジョード一家は七人になる。彼らはなおも職を求めて、トラックを走らせる〔*スタインベックの同名小説の映画化〕。
『家族』(山田洋次) 長崎の伊王島に住む風見精一は、妻民子・幼い二人の子供(剛と早苗)・老父源造の一家五人で、北海道へ渡って酪農に従事しようと旅立つ。東京まで来た時、列車を乗り継ぐ旅の疲れからか、早苗が体調を崩して死ぬ。葬式をすませ、一家はさらに旅を続ける。ようやく北海道の目的地へ着いた次の日の夜、源造が急死する。一週間足らずで家族二人を失い、くじけそうになる心を奮い立たせて、精一は土地を拓き、牛を放牧する。民子の胎内には新たな命が宿っていた。
*異郷へ旅する→〔異郷訪問〕に記事。
*高貴な生まれの人が辺境を旅する→〔貴種流離〕に記事。
*冥界へ旅する→〔冥界行〕に記事。
*→〔さすらい〕に関連記事。
★.主人公が新天地を求めて旅立つところで、物語が終わる。
『けんかえれじい』(鈴木清順) 昭和十年頃。岡山の中学生・麒六(きろく)は、有り余るエネルギーのはけ口を喧嘩に求め、男をみがく硬派の青年だった。彼は陸軍の配属将校に反抗して退学させられ、会津の中学へ転校する。そこでも麒六は派手な喧嘩を繰り広げ、校長も彼の心意気を認める。その頃、東京で二・二六事件が起こった。麒六は恋人・道子を失った直後であり(*→〔手相〕2)、もはや彼の人生には喧嘩しかなかった。麒六は「東京へ出て、もっと大きな喧嘩をせねばならぬ」と決意し、列車に乗った。
『破戒』(島崎藤村) 明治三十年代半ば。瀬川丑松は、信州飯山の小学校の青年教師だった。彼は、自分が部落出身であることを教室で告白し、辞職する(*→〔出生〕1a)。同じく部落出身の大日向(おおひなた)という男が、アメリカのテキサスへ渡って農業に従事しようとしており、教育のある青年を求めていた。丑松は大日向とともに、新天地へ旅立とうと考える。丑松を慕う娘・志保は、彼と一生をともにする覚悟をすでに固めていた。
『屋根の上のバイオリン弾き』(ジュイソン) ウクライナ地方の寒村アナテフカでは、ユダヤ人たちが先祖代々の信仰と伝統を守って暮らしていた。牛乳屋テビエの一家は、二十五年連れ添った妻と、十代の四女・五女の、四人家族になっていた(*→〔五人姉妹〕1)。ロシア政府は長年にわたってユダヤ人を迫害してきたが、ついに国外への強制退去命令が出た。アナテフカ村は消滅するのだ。村人たちは縁者を頼って、思い思いの国へ旅立つ。テビエ一家は、ニューヨークの伯父の所へ身を寄せるべく、荷車にわずかな家財を積んで出発する。
*広島で被爆したゲンは、恋人を失った後、絵の勉強をするために東京へ旅立つ→〔原水爆〕1の『はだしのゲン』(中沢啓治)。
*没落地主の杉本左平太は新天地を求め、妻とともに村を出て行く→〔長者〕2cの『小原庄助さん』(清水宏)。
『紅楼夢』 大貴族賈家に誕生した若君は、母の胎内から生まれおちる時、五色の透き通った美玉を口に含んでいた。それゆえ若君は「宝玉」と名づけられた。賈宝玉はその玉を組紐で頸にかけ、親族や召使など大勢の美女に取り巻かれて暮らした。十代のある時、彼は玉を紛失して痴呆状態になった。しばらくして不思議な僧が訪れて賈宝玉に玉を返し、彼は正気に戻った〔*やがて賈家は没落し、宝玉は十九歳で出家して行方知れずになった〕。
『南総里見八犬伝』 八犬士たちは、「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」の珠を、一つずつ身につけていた。誕生時から「仁」の珠を掌に握っていた(犬江親兵衛)、胞衣を埋めるために地を掘ると「義」の珠があった(犬川荘介)、誕生時に得た神社の小石が「礼」の珠だった(犬村大角)、流星のごとく「智」の珠が母の懐に入った(犬坂毛野)、などの経緯で、珠は犬士たちの所有となった。珠は犬士たちに危険を知らせ、傷や病気を治し、妖怪や悪人を打ち倒した。
『法華経』「五百弟子受記品」第8 酔って眠る貧窮な男の衣服の裏に、富裕な親友がひそかに高価な宝玉を縫いこんでおく。男は他国へ行き働くが、貧しいままであり、自分が宝玉を持っていることに気づかない〔*後に親友は男にめぐり会い、衣の裏に珠のあることを教える〕。
『古事記』上巻 ホヲリ(=山幸彦)は海の神から、潮満つ珠・潮干る珠の二つの呪宝をもらった。兄ホデリ(=海幸彦)が戦いを挑んで来た時、ホヲリは潮満つ珠を用いてホデリをおぼれさせ、ホデリが苦しんで許しを請うと、潮干る珠を用いて命を助けた。ホデリは降参し、ホヲリの家来になった。
『太平記』巻39「神功皇后新羅を攻めたまふ事」 神功皇后は、龍宮城から干珠・満珠の二つの宝を借りて、高麗軍との海戦に臨んだ。皇后が、まず干珠を海中に投げ入れると、潮が退いて陸地となった。すると高麗の兵は船を降り、徒歩で戦おうとした。これを見た皇后が、次に満珠を投げると、潮が十方からみなぎり来て、高麗の兵数万人は一人も残らず浪におぼれてしまった。
『椿説弓張月』前篇巻之3第6回・続篇巻之2第33回 昔、太平山の前の海にミズチがいて民を苦しめたので、王がミズチを殺して埋めた。ミズチの顎から二つの珠が発見され、珠の一つを「琉」、もう一つを「球」と呼ぶ。それで国名を「琉球」という。代々の王がこの珠を継承する。
★4.傷ついた動物が、治療してくれた人間に玉(珠)をもたらす。
『十訓抄』第1−4 漢の武帝が昆明池に遊び、釣り針を呑んで瀕死の鯉を救った。その夜、武帝の夢に鯉が現れて礼を述べた。翌日、鯉が明月の珠をくわえ、池の岸に置いて去った。以後、武帝は昆明池での釣りを禁じた。
『捜神記』巻20−5(通巻453話) 隋侯が、傷を負った大蛇に薬を塗り包帯をして救った。一年後、大蛇は礼として明るく光る珠をくわえて来た。珠は直径一寸で、月光のごとく部屋を照らした。
*鮫人が、恩人に多くの宝玉をもたらす→〔龍宮〕2の「鮫人(さめびと)の恩返し」。
『海士(あま)』(能) 面向不背の玉は龍宮の高さ三十丈の塔に納められ、八大龍王がこれを守護している。
『水晶の珠』(グリム)KHM197 魔法使いが、自分の魂である水晶の珠を、卵黄の代わりに卵の中に入れ、その卵を鳥の腹に入れ、その鳥を牛の腹にしまいこんで守る。若者が牛と戦い、鳥を追い、卵を見つけて、そこから水晶の珠を取り出して魔法使いにつきつける。魔法使いは自分の術が破られたことを認める。
『火の鳥』(ストラヴィンスキー) イワン王子は悪魔コスチェイの魔法で石にされそうになるが、火の鳥が飛来して王子を救う。火の鳥は、コスチェイが自分の魂を卵の中に入れ、その卵を鉄の箱に入れて庭の木の根もとに隠していることを教える。王子は卵を探し出して割り、コスチェイは消える。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)87「金の卵を生む鵞鳥」 ある男が、金の卵を産む鵞鳥を神から授かった。彼は、御利益が少しずつ現れるのが待ちきれず、「鵞鳥の中身は丸ごと金だろう」と思いこんで殺したが、中身は普通の肉だった。
『ジャックと豆の木(豆のつる)』(イギリス昔話) 天上に住む人食い鬼の持つ鶏は、純金の卵を産む。天上を訪れたジャックは、人食い鬼が眠るすきに、鶏を盗んで逃げ帰る。ジャックが「産め!」と言うたびに、鶏は黄金の卵を産んだ。
『海道記』 昔、採竹(たけとり)の翁という者がいた。翁宅の竹林で鶯の卵から女児が生まれて、巣の中にいた。女児は翁に育てられ美しく成人して、「かぐや姫」とも「鶯姫」とも言われた。彼女は前世に人間として翁に養われ、天上界に生まれ変ってから、前世の恩を返すために竹林中に化生したのだった。
『三国史記』巻1「新羅本紀」第1・第1代始祖赫居世居西干前紀 楊山の麓の林の中に大きな卵があり、割ると幼児が出てきた。この子は十三歳で即位して新羅の始祖赫居世となった。
*→〔誕生〕2に記事。
『シャタパタ・ブラーフマナ』 太初、宇宙はすべて水であった。そこから黄金の卵が出現し、一年後に黄金の卵から創造神プラジャーパティが生まれ、彼が天と地・季節・神々や阿修羅などを造った。
『カレワラ』(リョンロット編)第1章 大気の娘イルマタルが、海原を漂う。彼女の膝に、鴨が黄金の卵六つと鉄の卵一つを産みつける。鴨に抱かれた卵は熱くなり、イルマタルの膝から水中に落ちて砕ける。卵の下側は大地になり、卵の上側は大空になった。黄身は太陽になり、白身は月になった。その後に、イルマタルは身体を動かして、岬や岸や入江や島を作った。
★4.人が卵を産む。その卵から一人あるいは多数の子供が生まれる。
『今昔物語集』巻2−15 天竺舎衛国の須達長者の末娘蘇曼女は、叉利国の王子に略奪されその妻となって、十の卵を産んだ。卵からは十人の立派な男子が生まれた。蘇曼女と十人の子は、前世においても母子だった。
『今昔物語集』巻2−30 波斯匿王の后毘舎離は三十二の卵を産み、そこから三十二人の立派な男子が生まれた。しかし彼らは成長後、大臣の讒言のために、父王の手で殺された。三十二人の首は一箱に入れ、封をして母毘舎離のもとへ送られた。
『今昔物語集』巻5−6 般沙羅国王の后が産んだ五百の卵が、箱に入れて川に捨てられる。箱は敵国の王のもとにいたり、五百の卵から五百人の王子が生まれ、成長して勇士となる。彼らは般沙羅国へ攻め寄せるが、そこを母国と知って引き返す。
『三国史記』巻1「新羅本紀」第1・第4代脱解尼師今前紀 多婆那国王の妃は、妊娠して七年たって大きな卵を産んだ。妃は絹の布で卵を包み、宝物とともに箱に入れて海に流した。その卵から新羅王脱解尼師今が生まれた→〔箱船(方舟)〕3。
『捜神記』巻14−4(通巻343話) 昔、徐国の後宮の婦人が卵を産み、河原に捨てたが、犬が卵をくわえて戻って来た。やがて子供が生まれ、その子は徐国の後継ぎになった。
『今昔物語集』巻9−27 周の武帝は鶏卵が好きで、食事の度ごとに多くの卵を食べた。そのため武帝は、死後、地獄で咎めを受けた。牛頭人身の獄卒が、鉄の床に伏す武帝の身体を、前後から鉄の梁で押す。武帝の身体の両脇は裂け、そこからおびただしい数の鶏卵がこぼれ出て、うず高く積み上がった。
『卵』(三島由紀夫) 毎朝生卵を呑んでいた五人の学生が、卵の化身である警官たちに逮捕され、巨大なフライパンの底にある裁判所へ連行される。裁判官も傍聴者も皆、卵だった。卵を破壊して食用にした罪で、五人は死刑を宣告される。五人は逃げ、フライパンの柄にぶら下がったので、フライパンはひっくり返る。数千の卵が地面に落ちて割れ、黄身と白身が交じり合って池になる。五人は卵の池から卵焼きを作り、毎朝食べることになった。
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