【女中】

★1.雇い主が小間使いと結婚し、正妻にする。

『パミラ』(リチャードソン)  田舎の貧しい家に生まれ育った「わたし(パミラ)」は、十二歳にならないうちに、大地主B家の奥様付きの小間使いになる。奥様は「わたし」が十五歳の時に亡くなった。奥様の息子である新しい御主人は二十五〜六歳の青年だったが、美貌の「わたし」に目をつけ、妾にしようとする。御主人に迫られ、恐ろしさのあまり、「わたし」は失神したことが何度かあった。「わたし」が気を失うと、御主人はそれ以上の手出しはしなかった。やがて御主人は「わたし」の純潔と淑徳を認め、十六歳になった「わたし」と正式に結婚した。 

★2.雇い主が家政婦と性関係を結ぶ。

『悲の器』(高橋和巳)  「私(正木典膳)」は国立大学法学部長で、著名な知識人である。妻が癌で病床に臥したため、「私」は、戦争未亡人の米山みきを家政婦として雇い入れ、やがて内縁関係になった。妻はそのことを察知し、睡眠剤を多量に飲んで死んだ。先輩教授の令嬢・栗谷清子が「私」に好意を寄せ、「私」は彼女と婚約する。米山みきは怒り、慰謝料請求の訴えを起こす。新聞雑誌は「私」を指弾した。「私」は職を辞し、栗谷清子とも別れる。米山みきは、いずれ安アパートで縊死する運命だ。「私」は誰からも理解されぬまま、この社会との戦いを続けるだろう。

*雇い主が小間使いを妊娠させて捨てる→〔裁判〕2の『復活』(トルストイ)。

*裕福な家庭の大学生が、女中と性関係を結ぶ→〔身分〕1bの『大津順吉』(志賀直哉)。

★3.雇い主が家政婦を殺す。

『ハウス・バイ・ザ・リヴァー』(ラング)  小説家スティーヴンは妻の留守中に、若い家政婦エミリーを抱いて接吻しようとする。エミリーは抵抗し、大声をあげる。隣家に声が聞こえてはまずいので、スティーヴンはエミリーの口をふさぎ、誤って窒息死させてしまう。スティーヴンは大きな布袋にエミリーの死体を入れ、家の側を流れる川へ棄てる→〔物語〕9b。 

 

【初夜】

★1.新婚初夜の怪。

『東海道四谷怪談』「浪宅」  民谷伊右衛門は妻お岩を捨て、伊藤喜兵衛の孫娘お梅の婿になる。お岩は毒を盛られて、憤死する(*→〔妻殺し〕3)。新婚初夜の床。伊右衛門はお梅の身体を抱き寄せる。その時お梅の顔がお岩に変わり、恨めしげに伊右衛門を見つめて笑う。驚いた伊右衛門は刀を抜き、お岩の首を打ち落とす。しかし打ち落とされた首を見ると、それはお梅だった。

『日本霊異記』中−33  富家の美しい娘万子(よろづのこ)に、一人の男が多くの品を送り求婚する。二人は閨に入るが、その夜、閨の内で「痛や」という声が三度あがる。万子の父母は、「まだ性交に慣れぬから痛むのだろう」と誤解し、助けに行かず寝てしまう。翌朝、閨の戸を開けると、万子の身体は頭と一本の指だけを残し、すべて食われていた。

『酉陽雑俎』続集巻2−893  通行の人に湯茶を提供していた百姓王申は、一人の旅の女に好意を持ち、十三歳になる息子の嫁に迎える。その夜、王申の妻が、息子が「食われてしまう」と叫び訴える夢を見た。妻は夫とともに寝室の扉を開けて見る。中から怪物が飛び出し、息子は脳骨と髪が残っているだけだった。

★2.新婚二夜目の怪。

『雨月物語』巻之4「蛇性の婬」  美青年・豊雄は、蛇性の真女子(まなご)から逃れ(*→〔雨宿り〕3)、もと采女であった富子と結婚する。初めの夜は何事もなくすぎたが、二日目の夜、豊雄にむかって富子が「古き契りを忘れ、このような人を寵愛なさるとは」と言うその声は、まぎれもなく真女子の声であった〔*道成寺の法海和尚が真女子を調伏するが、富子は病んで死んでしまった〕。

★3.新婚初夜の殺人。

『本陣殺人事件』(横溝正史)  大地主一柳家の当主賢造は、神経質で潔癖症だった。彼は、婚約者が処女でなかったことを知り、そのような女を妻とすることに堪えられず、祝言の夜に花嫁を殺して自殺する。しかも彼は自殺の理由を隠すため、自身が賊に殺されたかのような状況を作り上げる→〔死因〕2a

*新婚初夜の心中→〔心中〕8の『盗賊』(三島由紀夫)。

★4.新婚初夜をのぞき見る。

『哀蚊(あわれが)(太宰治)  一生独身だった婆様は、幼い「私」をかわいがり、「私」はいつも婆様の部屋にいた。ある秋、「私」の姉様が婿養子をとった祝言の夜、婆様は「私」に哀蚊の話をした。「秋まで生き残されてる蚊を哀蚊と言うのじゃ・・・・・・。なんの、哀蚊はわしじゃがな」。「私」は夜中に目覚め、廊下の遠い片隅に幽霊を見た。幽霊は白くしょんぼり蹲(うずく)まって、姉様と婿様が寝ている部屋をのぞいていた。

『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)4編上「赤坂」  弥次郎兵衛と喜多八が泊まった宿で、ちょうどその夜、亭主の甥の婚礼があった。弥次郎兵衛・喜多八は、ふすまを隔てたすぐ隣が新婚夫婦の閨なので、隙間からのぞこうとするうちに、ふすまが倒れてしまう。弥次郎兵衛はすばやく自分の寝床へ逃げ戻り、喜多八は「手水(ちょうず)へ行くつもりが、寝ぼけて方向を間違えました」と、花婿に謝ってその場をごまかす。

★5.第二の初夜。

『初夜』(三浦哲郎)  「私」は心優しい娘・志乃と結婚したが、新婚初夜に避妊した。「私」は兄・姉たちの不幸な運命を思い(*→〔末子〕1の『忍ぶ川』)、自分の中にも宿命的な因縁の血が流れているのではないか、と恐れた。その危険な・病んだ血を、子供に与えることがこわかったのだ。二〜三年して父が病死した。兄・姉の場合とは異なる、父の尋常平凡な死に方は、「私」を安堵させた。「私」は慎重に日を選んで、志乃との第二の初夜を迎え、志乃は「私」の子を身ごもった。 

 

【虱】

★1.眠る龍の頭の虱を取る。 

『地もぐり一寸ぼうし』(グリム)KHM91  王様の三人のお姫様が、深い井戸の底に閉じ込められている。長女の膝の上に、龍が九つの頭を載せて眠っており、長女は龍の頭の虱を取らされている。同様に、次女は七つ頭のある龍、末娘は四つ頭のある龍の虱を取らされている。阿呆のハンスが、地もぐり一寸ぼうしに教えられて、三人のお姫様を救いに行く。ハンスは、眠る龍の首をすべて山刀で切り落とす。彼は三人をお城へ連れ帰り、末娘を妻として与えられる〔*→〔酒〕1aのヤマタノヲロチを殺す話と、→〔虱〕2のスサノヲの虱を取る話を、合わせたような物語である〕。

★2.虱と思ったら、呉公(むかで)だった。

『古事記』上巻  スサノヲがオホナムヂ(=オホクニヌシ)を部屋に呼び入れて、頭の虱を取らせる。ところがスサノヲの頭を見ると、虱ではなくて多くの呉公(むかで)がいた。オホナムヂは、椋の木の実と赤土を口に含んで吐き出す。スサノヲは「呉公を噛み砕いているのだな」と思い、満足して眠る。その隙にオホナムヂは、スサノヲの娘スセリビメを背負い、宝物を盗んで逃げ去る。

★3.虱の仇討ち。

『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30・通巻696話  宿で虱(しらみ)に食われた男が、柱を削り、中へ虱を押しこんで蓋をした。翌年、男は同じ宿に泊まり、虱のことを思い出して見ると、虱が半死半生でいた。虱は男の腕に食いつき、やがてそこが瘡になって男は死んでしまった。

『聊斎志異』巻8−304「蔵蝨」  男が一匹の蝨(しらみ)をつぶして紙に包み、樹の穴に詰めて立ち去る。二〜三年して再びそこを通ると、紙包みがまだあった。男は紙包みを開き、つぶれた蝨を掌に載せる。すると掌がかゆくなり、蝨がふくらんでくる。男は蝨を払い捨てたが、掌が腫れ、何日か後に死んだ。  

★4.虱を飼う人と、虱を食う人。

『虱』(芥川龍之介)  元治元年冬、加賀藩の侍が船に乗って長州征伐に向かう。船中には多くの虱がいて、皆閉口した。その中で森権之進は、「虱がいれば身体をかくので、暖かくなってよく眠れる」と言い、他人の虱まで貰って自分の身体に飼った。一方、井上典蔵は虱をつかまえて食い、「油臭い、焼米のような味だ」と言った。ある時、森が人から貰った虱を、井上が食ってしまったので、二人はあやうく斬り合いになるところだった。 

★5.魂が虱の体へ入る。

『女体』(芥川龍之介)  夏の夜、支那人の楊某が、寝床の縁を這う虱に気づき、「虱の世界はどんなだろう?」と思う。すると彼の魂は、虱の体へ入ってしまった。楊は前方に、白く高い山が美しい曲線を描くのを見る。それが妻の乳房だと知って、楊は驚嘆した。彼は虱になってはじめて、妻の肉体の美しさを如実に観ずることができたのだ。しかし芸術の士にとって、虱のごとく見るべきものは、女体の美しさだけではない。 

 

【心中】

★1.心中から始まる物語。

『小袖曽我薊色縫(こそでそがあざみのいろぬい)(河竹黙阿弥)  遊女十六夜(いざよい)と僧清心は入水心中をはかるが、失敗する。十六夜は俳諧師白蓮に救われて妾になった後、剃髪して諸国行脚に出る。清心は岸に這い上がり、通りかかりの寺小姓求女を誤って殺す。やがて旅先で十六夜・清心は再会し、二人とも悪人となって渡世を送る。しかし白蓮は清心の兄、求女は十六夜の弟だったことがわかり、十六夜・清心は、因果の恐ろしさを知って自害する。

『桜姫東文章』(鶴屋南北)  僧自久と稚児白菊丸は衆道の関係になり、身投げ心中をはかるが、自久は気後れして生きのびる。十七年後、自久は高僧清玄となり、白菊丸の生まれ変わりの桜姫と出会う。二人はいったん離れ離れになり、また再会し、清玄は思いを遂げようと桜姫と争ううち、刃物が喉にささって死ぬ。清玄は幽霊となって、安女郎に身を落とした桜姫につきまとう。

★2.心中で終わる物語。

『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)(菅専助)  四十歳近い帯屋長右衛門は、彼を慕う信濃屋の娘十四歳のお半と旅先で過ちを犯し、お半は身ごもる。帯屋では、長右衛門の継母とその連れ子が勝手な振る舞いをし、長右衛門・お絹夫婦を陥れようと、悪だくみをする。長右衛門とお半の過ちが表沙汰にならぬように、お絹は手を尽くすが、長右衛門は自分自身に愛想をつかし、桂川でお半と心中する。

『心中天の網島』(近松門左衛門)  紙屋治兵衛と遊女小春は逢瀬を重ねるが、治兵衛の妻おさんからの手紙の訴えにより、小春は心ならずも治兵衛と別れ、死ぬ覚悟を定める。いったんは小春の心変わりを怒った治兵衛は、後に小春の真情を知る。二人は網島の大長寺へ行き、心中する。治兵衛はまず小春を刀で刺し殺し、その後に首をくくる。

『曾根崎心中』(近松門左衛門)  醤油商平野屋の手代徳兵衛は、遊女お初と相思相愛の仲である。ところが平野屋主人が、姪に銀二貫目をつけて徳兵衛と結婚させようとし、徳兵衛の継母がその金を受け取る。徳兵衛は縁談を断るべく、継母から銀二貫目を取り返すが、今度はそれを友人九平次にだまし取られてしまう。せっぱ詰まった徳兵衛は、お初とともに曾根崎の天神の森へ行き、刃物で心中する。

『みじかくも美しく燃え』(ヴィーデルベリ)  一八八九年の夏。伯爵であるスパーレ中尉は妻と二人の子供を捨て、サーカスで綱渡りをする美女エルヴィラと駆け落ちする。スパーレ中尉は脱走兵として手配され、二人は田舎の宿に隠れる。やがて所持金が底をつき、食べるものにも困るようになる。「覚悟を決めましょう」とエルヴィラは言い、ある朝、二人は拳銃を持って森へ入って行く。二発の銃声が聞こえる。 

★3.夫婦の心中。

『心中宵庚申』(近松門左衛門)下之巻「八百屋」〜「道行思いの短夜」  八百屋の養子半兵衛は妻千代と睦まじく暮らすが、姑が千代を嫌い、離縁しようとする。しかしそれでは姑が世間から非難されるので、半兵衛自身が、姑の目の前で千代に離縁を言い渡す。その宵、二人は家を出て心中する。

★4.うその心中。

『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)(山東京伝)  仇木屋の一人息子艶二郎は、「色男だ」との評判を立てたいと願い、吉原の遊女浮名をかたらってにせ心中を試みる。辞世の句をチラシに刷って茶屋へ配り、二人の恋物語を浄瑠璃芝居にする手筈をととのえて、道行きをする。しかし艶二郎の父と番頭が盗賊に扮し、艶二郎を脅して心中を阻み、彼の不心得を諭す。

★5.男女三人の心中。

『卍』(谷崎潤一郎)  徳光光子と柿内園子・孝太郎夫婦は、彼らの異様な性関係(*→〔同性愛〕3)が新聞にスキャンダルとして暴露されたため、光子を真中に三人枕を並べて、睡眠薬による心中をはかる。しかし園子だけが生き残る。園子は、「これは偶然でなく、光子と孝太郎が示し合わせて、私一人を置き去りにしたのではないか」と思う。

★6.後追い心中。

『女郎花』(能)  都の女が、八幡に住む小野頼風と契りを結ぶ。ある時、頼風の訪れがしばらく途切れたのを、女は「心変わりしたゆえであろう」と思い、恨んで放生川に入水した。女の死骸を埋めた塚からは、一本の女郎花が咲き出た。頼風は女の後を追って、同じ川に身を投げた。

『外科室』(泉鏡花)  ある年の五月五日、医学生高峰は小石川植物園を散策中に、貴船伯爵夫人と行き違った。二人は一目見て互いの姿を心に焼きつけ、忘れることがなかった。九年後、二人は手術室で、執刀医と患者として再会する。夫人は麻酔なしの手術中に(*→〔手術〕3)、高峰の持つメスに手を添え、自ら乳の下を掻き切って死んだ。その日のうちに高峰も自死した。

*同じ泉鏡花の『義血侠血』では、慕い合う男女が、検事代理と殺人犯として再会し、男は女を起訴する。女への死刑判決が出た日の夕方、男は自殺する→〔裁判〕2

*こわされた人形の後を追って、自殺する男。人形と人間の情死→〔人形〕4の『人でなしの恋』(江戸川乱歩)。

★7a.無理心中。

『死の勝利』(ダヌンツィオ)  貴族の青年ジョルジョは、人妻イッポリタを愛人とする。イッポリタは夫と別居し、二人は誰からも妨げられることなく、肉体の歓楽にふける。しかしイッポリタは子供を産めない身体であり、彼らの愛からは何も生まれない。怠惰な生活を続けるうち、ジョルジョはしだいに死を思うようになる。夜、ジョルジョはイッポリタを連れ出し、「人殺し」と叫ぶ彼女を抱きすくめて、断崖から海へ投身する。

『にごりえ』(樋口一葉)  蒲団屋の源七は、銘酒屋の一枚看板お力(りき)に入れあげて家財産を失い、妻子とともに長屋の一室に住む身の上となる。妻は、仕事もせず女のことを思っている源七をなじり、源七は怒って離縁を言い渡す。それからまもなく源七は、湯屋帰りのお力を待ちうけ、刃物を用いて無理心中する。

『法句譬喩経』巻4「喩愛欲品」第32の2・第4話  大長者の息子が、父母の死後、働くことを知らないために数年で遺産を使い果たし、窮乏する。大長者の親友だった長者が自分の娘をめあわせ、財物を贈って援助するが、息子は怠け者で、貧乏から抜け出せない。長者は娘を取り戻し、他の人と結婚させようとするので、息子は怒って、妻を刺し殺し自害する。

*→〔愛想づかし〕4の『ルイザ・ミラー』(ヴェルディ)。

★7b.殺人を無理心中に見せかける。 

『ロシアより愛をこめて』(ヤング)  国際犯罪組織スペクターは、宿敵ジェイムズ・ボンドに屈辱的な死を与えるために、次のような筋書きを作る。「イギリス情報部のボンドは、ソ連領事館の女性職員タチアナを愛人とした。タチアナが『情事を撮影したフィルム(*→〔ホテル〕5)を公けにする』と言ったので、ボンドは女を殺して自殺した」。スペクターに雇われた殺し屋グラントが、ボンドとタチアナを殺して、無理心中に見せかける計画であった。しかしボンドは格闘の末にグラントを殺し、スペクターのたくらみは失敗した。

★8.失恋の結果自殺しようと思う男と女が、共謀して一緒に死に、心中のように世間に見せかける。

『盗賊』(三島由紀夫)  藤村明秀は原田美子に失恋し、山内清子は佐伯青年に失恋して、それぞれ自殺の決心をする。明秀と清子は互いの心のうちを知り、協力して恋仲のように世間をあざむき、結婚式の当夜、一緒に死ぬ。世人は、明秀と清子が幸福の絶頂で情死した、と解釈する。 

★9.心中をはかって、一方だけ死ぬ。

『人間失格』(太宰治)「第二の手記」  東北生まれの「自分(大庭葉蔵)」は、東京の高等学校に進学し、画学生の堀木から、酒と煙草と淫売婦と質屋と左翼思想を教えられる。「自分」は銀座のカフェの女給ツネ子とともに、鎌倉の海に入水する。ツネ子は死に、「自分」だけが助かる〔*「自分」は高等学校を追放され、漫画家になり、以後も何人かの女性と関係を持つ〕。  

★10a.心中するカップルと、心中をとりやめるカップル。

『拐帯行』(松本清張)  森村隆志は会社の金を持ち逃げし、恋人の西池久美子とともに九州を旅行して心中しようと考える。二人は列車内で上品な中年夫婦を見、九州の温泉宿でも偶然また出会って、彼らの安定した生活をうらやむ。二人は人生をやり直そうと考え、心中をやめて警察に自首する。しかし幸福な中年夫婦と見えたのは、六百万円の横領犯とその愛人であり、彼らは服毒自殺していた。

★10b.心中をとりやめるカップルと、心中の名所で事故死するカップル。

『陽気な恋人』(三島由紀夫)  熱海のホテルに滞在する神田定一と上村綾子のカップルは、傍若無人ともいうべき陽気な振る舞いで、ホテルの客たちを驚かせる。錦ヶ浦に投身自殺するつもりだった青年と少女は、この幸福そうなカップルを見て感銘を受け、「生きよう」と決心する。実は神田定一と上村綾子は、盗んだ金で遊んでいたのであり、彼らは心中名所・錦ヶ浦の断崖でふざけているうちに、誤って海に落ちる。

★11.心中した男女の身体を引き離す。

『二階』(松本清張)  英二と裕子は恋人どうしだったが、事情があって別れた。十数年後、英二は病気療養者、裕子は看護婦として、思いがけぬ再会をする。病気回復の見込みのない英二は、裕子とともに睡眠薬を飲んで心中する。それを知った英二の妻幸子は、裕子の死体を夫から引き離して部屋の隅に置き、自分が夫の横に寝て睡眠薬を飲む。幸子は遺書にこう書いた。「夫と私は心中します。看護婦さんも一緒に死んでくれるそうです」〔*→〔取り合わせ〕1bの、無関係な男女の死体を並べて心中に見せかける『点と線』と、逆の形〕。

 

*心中をはかるが助かってしまう→〔下宿〕2の『おせつ徳三郎』(落語)。

*心中をはかって助かるが、「あの世へ来た」と思い込む→〔冥界行〕6cの『おぼえ帳』(斎藤緑雨)。

*心中をとりやめる→〔教え子〕5の『煤煙』(森田草平)。

*心中に見せかけた殺人→〔母〕1aの『サイコ』(ブロック)・〔密通〕7の『半七捕物帳』(岡本綺堂)「津の国屋」。

*女性どうしの心中→〔同性愛〕3の『果実』(三島由紀夫)。

*身体の心中と、心の心中→〔写真〕6の『今戸心中』(広津柳浪)。

 

【心臓】

★1.龍の心臓。

『ヴォルスンガ・サガ』19〜20  シグルズは、ファーヴニルの変身した龍を殺し、その心臓を炙る。心臓の血をなめると鳥たちの言葉がわかるようになり、「龍の心臓を食べれば誰よりも賢くなる」との教えに従って、シグルズは心臓の一部を食べる。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第9話  子を望む王が、物知り老人の教えで、海の龍の心臓を生娘に料理させる。心臓を煮る香りが立ちのぼると生娘は身ごもり、部屋の家具もふくらむ。王妃は心臓を食べ、四日後に妃と生娘はともに男児を産む。

★2.魚の心臓。

『トビト書』(旧約聖書外典)  サラはこれまでに七人の夫と結婚式をあげたが、夫たちは皆、その夜、まだ夫婦関係を結ぶ前に、悪魔アスモダイオスによって殺された。天使ラファエルがサラを救うべく、旅の青年トビヤを彼女の家へ導く。トビヤはサラと結婚式をあげ、ラファエルの教えにしたがって、魚の心臓と肝臓を香の灰の上でいぶす。その匂いで悪魔は逃げ去り、トビヤとサラは皆に祝福されて夫婦になる。

*黄金の鳥の心臓と肝臓を食べる→〔枕〕5の『二人兄弟』(グリム)KHM60。

★3.恋人の心臓。

『デカメロン』第4日第1話  公爵タンクレディは、娘が近侍の青年と恋人関係になったことを知り、青年を殺してその心臓を金の大盃に載せ、娘に送りつける。娘はそれに毒液を注いで飲み、死ぬ。

『デカメロン』第4日第9話  騎士が妻の愛人を殺してその心臓を料理し、何も知らぬ妻に食べさせる。料理を食べおわった後で、それが愛人の心臓であることを知らされた妻は、高所から身を投げて死ぬ。

★4.心臓を傷つける。

『王女の誕生日』(ワイルド)  王女の十二歳の誕生祝いの余興に、森の醜い侏儒が踊りを見せる。王女は喜び、「もっと踊りを見たい」と言い、侏儒をとどめ置く。侏儒は宮殿で生まれて始めて鏡を見、自分の醜さに驚いて倒れる。侍従が王女に「侏儒は心臓が破れたので、もう踊れない」と説明すると、王女は「これから私の所へ遊びに来るものは、心臓のないものにしてね」と言う。

『雪の女王』(アンデルセン)  悪魔の鏡が地上に落ちてこなごなになり、かけらの一つが少年カイの心臓にささる。カイは、あらゆるものの悪い点・醜い所ばかりを見るようになる。やがてカイは、雪の女王にさらわれる→〔接吻〕1

*→〔魂〕1bの『二人兄弟の物語』(古代エジプト)。

★5.心臓の鼓動を調べる。

おまえ見たな(現代民話)  医科大学の学生寮でのこと。夜中に一人の学生が部屋から抜け出て行くのを、友達が不審に思って後をつけると、その男は死体の血を吸っていた。友達は驚き、急いで部屋に帰って寝たふりをする。しばらくして戻って来た男は、寮生たち一人一人の胸の鼓動を調べ、「おまえ見たな」と友達に言った(福島県)。

『デカメロン』(ボッカチオ)第3日第2話  馬丁が王に変装して妃を犯した。王は犯人をつきとめようと、下僕たちの寝る部屋へ行き、彼らの心臓の鼓動を調べる。馬丁は眠ったふりをしていたが、その動悸が激しいので、王は「この男が犯人だ」と思う〔*『ドイツ伝説集』(グリム)404「アギルルフとテウデリント」に類話〕→〔目印〕4。  

★6.死者の心臓の鼓動が聞こえる。

『告げ口心臓』(ポオ)  「わし」は同居する老人を殺し、死体を床下に隠す。警官が来たので、「わし」は死体の真上の位置に椅子を置き、質問に答える。老人の心臓の鼓動が「わし」の耳の中で聞こえ、その音がどんどん大きくなる。警官にも当然聞こえているのに、わざと知らぬ顔をしているのだと「わし」は思い、叫ぶ。「そうとも、おれが殺したんだ。これは床下の老人の心臓の音だ」〔*→〔動物教導〕2の『黒猫』に類似〕。

 

*心臓や生き肝は、難病を治す薬になる→〔生き肝〕

 

【人造人間】

 *関連項目→〔ロボット〕

★1.現実の人間そっくりの人造人間。

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(ディック)  核戦争後の地球は死の灰に汚染され、多くの人々が他の惑星に移住する。異星環境下でも作業できるアンドロイドが大量に生産され、次々に新型が開発されるにつれて、外見はもとより内臓や血液も人間そっくりになり、アンドロイドが地球に侵入しても人間と区別がつかない。擬似記憶を移植されて自分を人間だと思うアンドロイドがおり、逆に、自分はアンドロイドかも知れぬと疑う人間もいる〔*『ブレードランナー』(スコット)の原作〕。

『未来のイヴ』(リラダン)  完璧な美女アリシャは凡庸で俗悪な魂を持っていたので、恋人のイギリス貴族エワルド卿は失望する。アメリカの発明家エディソンが、アリシャそっくりでしかも高雅な魂を持つ人造人間ハダリーをつくり、エワルド卿に与える。しかし、船火事でハダリーは焼けてしまう。

★2.死体から造られた人間。

『フランケンシュタイン』(メアリ・シェリー)  科学者フランケンシュタインが、死体を素材として人造人間をつくる。本来善良な心を持っていた人造人間は、醜怪な姿ゆえ人々に恐れられ迫害されたため、人類を憎悪し何人かを殺す。フランケンシュタインは人造人間を殺すべく、北極の氷原に追いつめるが、力尽きて死ぬ。人造人間も最北の果てに姿を消し、自らを火葬する。

『フランケンシュタイン』(ホエール)  死体からつくられた人造人間は、怪物のごとき容姿だったが、湖畔で出会った少女は、彼を見ても恐がらなかった。少女は怪物に花を手渡し、二人は花を水に浮かべて遊ぶ。花がなくなったので、怪物は花の代わりに少女を浮かべようと、湖へ投げ入れる。少女は水死する。怪物は山の風車小屋に立てこもり、群集に火をかけられて焼け死ぬ〔*同類の物語を落語の形で語るのが、→〔子捨て〕5の『後生鰻(うなぎ)』〕。

★3.死人の骨から造られた人間。

『撰集抄』巻5−15  西行が高野の奥に住んでいた頃、死人の骨をとり集めて反魂の秘術をおこない、人を造ったことがあった。しかし、色悪く心もなく、声は吹き損じた笛のごとくであった。

★4.植物から造られた人間。

『ロストワールド』(手塚治虫)  豚藻博士はふとって醜かったので、誰も嫁に来ない。そこで豚藻博士は植物から人間の少女を造り出し、妻にしようと考える。しかし豚藻博士はママンゴ星で恐竜に食われてしまう。植物から造られた少女あやめは、敷島健一少年とともにママンゴ星に住む(*→〔地球〕5)。遠い未来、彼らの子孫である動植物人が、地球人と握手することになるであろう。

★5.土から造られた人間。 

『巨人ゴーレム』(ヴェゲナー)  皇帝がユダヤ人を迫害する。ユダヤのラビ(律法学者)が、皇帝に対抗するために、粘土をこねて巨人ゴーレムを造る〔*巨人といっても、画面では、通常の人間より頭一つ分背が高いだけの大きさである〕。星型の大きなボタン(裏に呪文を記した紙が入っている)をゴーレムの胸にはめると、ゴーレムは動き出す。ゴーレムは自らの意志を持ち、造り主に従わず、家に火を放って街で暴れる。しかしゴーレムに抱き上げられた少女が、胸の星型ボタンを取り、ゴーレムはその場に倒れる。 

『幻獣辞典』(ボルヘス他)「ゴーレム」  十七世紀。ラビ(律法学者)が、教会堂の鐘を鳴らすなどの雑用をさせるために、人造人間ゴーレムをつくる。舌下に貼りつけた護符の力で、ゴーレムは昼間だけ生きていた。ある夜、ラビが護符をはがすのを忘れたため、ゴーレムはユダヤ人街に出て行き、人々を殴り倒して暴れまわる。ラビはゴーレムをつかまえ、護符をはがす。ゴーレムは倒れ、土塊だけが残った。

 

*瓶(びん)の中の人造人間→〔瓶(びん)〕1の『ファウスト』(ゲーテ)第2部第2幕。

*美貌の人造人間→〔両性具有〕1の『メトロポリス』(手塚治虫)。

*動物を人間に改造する→〔島〕6cの『モロー博士の島』(ウェルズ,H・G・)。

*人間の心を改造する→〔心〕1bの『時計じかけのオレンジ』(キューブリック)。

 

【人肉食】

★1.人肉食嗜好。

『悪徳の栄え』(サド)「アペニンの隠者ミンスキイのこと」  「あたし(ジュリエット)」がイタリアで出会った怪人ミンスキイは、莫大な富の所有者だった。彼は何百人もの女や少年たちを買って居城に住まわせ、さまざまな種類の嗜虐的な性行為にふけった後に、女や少年たちを料理して毎日食べていた。四十五歳の彼は、多量の人肉食のおかげで、強い体力と精力を保持していた。

『雑宝蔵経』「子を失った鬼子母の縁(はなし)」  鬼子母(きしも)には一万人の子がいたが、彼女は凶暴な性質で、他人の子供を殺して食べていた。ある時、仏が鬼子母の子の一人を鉢の中に隠したため、彼女は悲しみにうちひしがれた。仏は「一万人いる子の一人がいなくなっただけで、お前は悲嘆に沈んでいる。お前に子供を食われた親たちがどれほど嘆いているか、思いやれ」と説き、鬼子母は悔い改めた〔*その後、鬼子母は人間を食う代わりに、人肉の味がするざくろを食べるようになった、という〕。  

★2.屍肉を食う僧。

『雨月物語』巻之5「青頭巾」  下野国の山寺の僧が、寵愛する寺童の死を惜しみ、ついにその遺骸を食い尽くした。その後、僧は夜になると里に出て人を襲い、新墓をあばいて屍肉を食うようになった。諸国行脚の快庵禅師が寺を訪れて、僧に「江月照らし松風吹く、永夜清宵何の所為ぞ」の句を与え、成仏させた。

『食人鬼(じきにんき)(小泉八雲『怪談』)  山村の寺僧が道心なく、僧職を「衣食を得る手段」とばかり考えていたため、死んで食人鬼に生まれ変わった。それ以来、食人鬼の僧は、葬儀のある家へ行って、遺骸をむさぼり食って生きてゆかねばならなくなった。旅の夢窓国師が訪れたので、僧は「どうか施餓鬼をお願いいたします。この恐ろしい境涯からお救い下さい」と請い、消え失せた。

★3.死体処理方法としての人肉食。

『二壜のソース』(ダンセイニ)  スティーガアという男と同棲していた金髪娘が、行方不明になる。警察は殺人を疑うが、死体は発見されない。スティーガアは菜食主義者らしく、野菜しか買わない。その一方で、肉料理専用のソースを二壜も買ったりする。彼は毎日、庭木を切って薪にするという重労働をする。それは、腹を減らせて食欲をつけるためらしかった。

★4a.父親が、知らずに我が子の肉を食う。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第2章  アトレウスは、妻が弟テュエステスと姦通したのを知り、テュエステスの三人の児をひそかに殺しその身体を煮て、テュエステスに食わせた。

『びゃくしんの話』(グリム)KHM47  継母が先妻の子を殺し肉汁にして、帰宅した父親に食べさせる。父親が「せがれはどうした?」と聞くと、継母は「親戚の家へ泊まりに行った」と答える。父親は「変だなあ」と言いつつも、肉汁を「うまいうまい」と言って全部食べてしまう→〔霊〕6c

『変身物語』(オヴィディウス)巻6  テレウス王は、妻プロクネの妹ピロメラに一目ぼれしてこれを犯し、彼女の口を封じるために舌を切り取った。プロクネはテレウス王の悪事を知り、妹プロクネと力をあわせて、テレウスとの間にもうけた一人息子イテュスを殺した。姉妹はイテュスの身体を料理して、何も知らぬテレウスに食べさせた〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章に類話〕。

『歴史』(ヘロドトス)巻1−73  キュアクサレスは、狩りの獲物として食膳に出された料理がわが子の肉とは知らず食べた。

『歴史』(ヘロドトス)巻1−119  ハルパゴスはアステュアゲス王にわが子を殺され、その肉を食べさせられても「王のなされることはどのようなことでも私は満足です」と言った。

★4b.父親が、我が子の肉と知りつつ、食う。

『封神演義』第18回  殷の国に軟禁された父西伯姫昌を救おうと、息子伯邑考が殷都朝歌へ赴く。しかし紂王と妲妃のために殺され、肉を切り刻まれて、肉餅にされる。肉餅は姫昌のもとへ届けられ、姫昌はそれを我が息子の肉と察知しつつも、紂王を欺くために、知らぬふりをして食べる。

★4c.山羊が、我が子の身代わりになって食われる。

『ペンタメローネ』(バジーレ)第5日第5話  王妃は、「王がターリアに生ませた双子を細切れにし、ソースで煮て王に食べさせよ」と料理人に命ずる。食べた後にそれを知った王は驚愕するが、料理人は双子を救い、代わりに山羊を料理したのだった→〔眠り〕1b

★5.母親が、知らずに我が子の肉を食う。

『タイタス・アンドロニカス』(シェイクスピア)第2幕〜第5幕  ゴート族の女王だったタモーラの息子、ディミートリアスとカイロンは、ローマの将軍タイタス・アンドロニカスの娘ラヴィニアを犯し、さらに彼女の舌と両手を切り落とす。タイタスは復讐のためにディミートリアスとカイロンを殺して料理し、彼らの母タモーラは、知らずに息子たちの肉を食べる。

★6a.夫が、知らずに妻の肉を食う。

『かちかち山』(昔話)  狸が婆を殺して婆に化け、畑から帰ってきた爺に「狸汁を」とすすめる。何も知らぬ爺が舌鼓を打って食べおわると、狸は正体をあらわし、「婆汁食った爺やい。流しの下の骨を見ろ」と言って逃げる。

*狐に転生した妻が、鳥に転生した夫を食う→〔転生〕7bの『転生』(志賀直哉)。

★6b.夫が妻の肉を、客に食べさせる。

『三国志演義』第19回  呂布に追われた劉備は、部下と二騎で間道を逃げ、狩人劉安の家に一夜の宿を請う。劉安は、折悪しく獲物がなかったので、自分の妻を殺し、「狼の肉です」と言って劉備をもてなす。翌朝劉備は、厨(くりや)に女の死体がころがっているのを見て、昨夜食べたのが劉安の妻の肉だったことを知る。

★7.自分自身の肉を食う。

『今昔物語集』巻1−26  女が大釜を背負って道を行く。立ち止まると釜から火が燃え出、女は釜の中に入って自らの身体を煮る。十分に煮てから女は自分の肉を食べ、また釜を背負って歩く。前世で沙弥に布施すべき食物を盗み食いしたため、女はこのような報いを受けていた。

★8.人肉を食う社会。制度。

『狂人日記』(魯迅)  世間の連中が「おれ」の肉を食いたがって、じろじろ見る。「おれ」は歴史の本を調べた。どのページにも「仁義道徳」などと書いてあるが、よく見ると、字と字の間から「食人」という字がたくさん出て来た。中国四千年の歴史は、人を食う歴史だったのだ。「おれ」は兄貴に「食人はやめるべきだ」と言ったが、兄貴は「おれ」を狂人扱いする。兄貴も人を食ったんだろう。「おれ」も、知らぬうちに人肉を食わせられていたかもしれない。

『人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち』(安部公房)  人肉を食う階級と食われる階級があり、食われる階級の代表が、人肉食反対の陳情をする。食う階級の三人の紳士が、人肉食の正当である理由を述べて、陳情に来た男を追い払う。その時、トサツ場がストライキだとの知らせがあり、紳士たちは食肉を確保すべく走り出す。 

 

【神仏援助】

★1.神が人を助ける。

『太平記』巻5「大塔宮熊野落ちの事」  老松と名のる少年が「大塔宮の難を救え」と触れ廻る。翌日、このことを聞いた宮が膚につけた守り袋を見ると、老松明神の御神体が全身に汗をかき御足に土がついていた。

『太平記』巻16「高駿河守例を引く事」  十万余騎の黄旗兵が玄宗皇帝の官軍に加勢したため、安祿山の反乱軍は逃げ去る。後に勅使が宗廟に詣でると、立ち並ぶ石人の両足が泥にまみれ五体に矢が立っていたので、宗廟の神が黄旗兵と化したことがわかる。

★2a.観音が人を助ける。

『古本説話集』下−67  貧女が、二十人に対して田植えの手伝いを請け負う。ところが、田植えの日がどの家も皆同じ日になってしまい、貧女は困りつつも、最初に請け負った人の田へ行って働く。その夜、二十人の所から田植え手伝いの礼物を、貧女の所へ持って来る。翌日、貧女が日頃念ずる観音像を見ると、像は泥にまみれ、御足は真っ黒になっていた。

『日本霊異記』上−6  高麗留学中に難に会った老師行善は、日本へ帰ろうとするが、途中の河を渡ることができない。行善が観音を念ずると、老翁が現れて舟で対岸に渡してくれる。行善が舟を下りると、老翁も舟も消え失せる。これこそ観音の化現であろうと行善は思い、観音像を造り礼拝した〔*『今昔物語集』巻16−1に類話〕。

『日本霊異記』中−34  娘が、求婚してきた男に食事を出そうと思っても何もない。観音像に祈ると、隣家の乳母が食事を持って来てくれる。娘は着ていた黒い衣を乳母に与える。後、観音を拝み、乳母に与えた黒衣が像にかかっているのを見る。

『日本霊異記』中−42  千手観音像に福を祈る女のもとに妹が訪れ、銭百貫入りの皮櫃を置いていく。その脚には馬糞がついていた。千手観音に花香油をそなえに行くと、観音の足にも馬糞がついていた。

*→〔傷あと〕3

*『観音経』が人を救う→〔経〕1aの『宇治拾遺物語』巻6−5・『太平記』巻3「赤坂の城軍の事」。

★2b.人間の手助けを観音の援助と思う。

『堤中納言物語』「貝合」  継子としていじめられている姫君と、正妻の姫君とが貝合わせをする。蔵人の少将が継子の姫君の味方をし、多くの美しい貝を箱に入れて、姫君の部屋近くの高欄にひそかに置く。それを見た姫君と女童たちは、日頃信仰する観音の助けと考える。

★3.地蔵が人を助ける。

『今昔物語集』巻17−3  検非違左衛門尉平諸道の父が、合戦中に矢を射尽くして困っていた。すると戦場に小僧が一人現れ、矢を拾い集めて渡してくれた。小僧は、敵の矢が背に突きささったまま、どこかへ消えてしまった。合戦後、平諸道の父が氏寺に詣でると、地蔵菩薩像の背に矢が一本ささっていた。

『今昔物語集』巻17−9  僧浄源は、貧窮な老母のために地蔵に祈る。その夜老母は夢告を得、目覚めると絹三疋があり、それを売って富裕に暮らした。

『今昔物語集』巻17−13  水銀採掘中に穴に閉じこめられた男は、日頃地蔵を信仰していたため、地蔵の化身である小僧に導かれて、穴から出ることができた。

『今昔物語集』巻17−17  僧蔵満は三十歳で死に、地獄の使いに捕らえられるが、日頃信仰していた地蔵の化身である小僧に救われ、蘇生する。後、蔵満は九十歳まで生きた。

『今昔物語集』巻17−30  もっぱら地蔵を念じていた僧蔵縁は、三十歳頃からしだいに富裕になり、九十歳を過ぎて、自ら予言したとおり、地蔵講の日である八月二十四日に往生した。

『南総里見八犬伝』第9輯巻之18第124回・巻之19第127回  嘉吉の戦いに義死した諸霊のための大法会が行われた時、老乞食坊主が来て「悪僧徳用が、法会に呼ばれなかったため怒り、大勢で攻めてくる」と教え、米・銭の施行を受けて去る。犬士は迎え撃つための準備をするが、後に辻堂の石地蔵を見ると、米の入った袋をかけ、銭がくくりつけてあったので、老乞食坊主は地蔵菩薩であったことがわかる。

★4a.吉祥天女が人を助ける。

『日本霊異記』中−14  貧しい皇族の女が、宴席を設けるための財貨を吉祥天女像に請う。乳母があらわれ、みごとな料理と食器をととのえてくれる。女は礼として乳母に衣裳を与えるが、後に天女像を拝むと、乳母に与えた衣裳が天女像にかかっていた。

★4b.吉祥天女が男の淫欲を満たす。

『古本説話集』下−62  鐘撞き法師が吉祥天女像に愛欲の心を起こす。天女がそれに応えて、「汝の妻になろう」と夢告する。法師は、天女の化身である美女と裕福に暮らすが、やがて天女の戒めを破って愛人をつくる。天女は、大きな桶二つにいっぱいの精液を法師に返して、去る。

『日本霊異記』中−13  山寺の優婆塞が吉祥天女像に愛欲の心を起こし、「天女のごとき美女を与え給え」と願う。ある夜天女と交わる夢を見て、翌日天女像を見ると、裙の腰のあたりが精液で汚れていた〔*『今昔物語集』巻17−45に類話〕。

  

【人面瘡(人面疽)】

★1.人の顔の形をした腫れ物。腕・肩・膝などにできることが多い。

『かわいいポーリー』(星新一『悪魔のいる天国』)  船員の「おれ」はジプシーに頼んで、腕にキャベツのいれずみを彫ってもらう。それが女の顔に変り、盛り上がってくる。ナイフで二度切り落とすと、三度目に現れた顔は美人だった。「おれ」は女をポーリーと名づけ、キスをし、お菓子をたくさん与える。ポーリーはどんどん美しく、大きくなってゆく→〔乗っ取り〕3

『瘤弁慶』(落語)  大津の宿で壁土を食べた男の右肩に、大津絵の弁慶が瘤となって現れる。瘤弁慶は日に三升の酒を飲み、大飯を食うので、男は蛸薬師へ治癒祈願に行く。帰りの夜道で大名行列に出会い、瘤弁慶と武士たちが喧嘩を始める。男が「お見逃しを」と詫びるが、大名は「夜の瘤は見逃せぬ」と言う〔*「夜の昆布(=「よろこぶ」に通じる)は見逃すな」ということわざがあった〕。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「人面瘡」  人面瘡は一般に腹か膝にできるが、ブラック・ジャックに手術を依頼した患者は、顔全体が人面瘡になり、醜く腫れあがっていた。実はこの男は殺人嗜好症で、人面瘡ができている間だけ、殺人衝動が消えるのだった。

『酉陽雑俎』巻15−588  ある男の左腕に人面瘡があり、その口に酒をたらすと顔も赤くなり、食べ物は何でも食べた。医師の教えで金石草木あらゆる薬を与えると、貝母という薬草に対して人面瘡は顔をしかめ、口を閉じた。そこで口をこじあけ貝母の汁を注ぐと、数日して人面瘡は消えた。

*→〔映画〕1の『人面疽』(谷崎潤一郎)。

★2.母親の胎内に双子ABがあったが、誕生以前に、Aの体内にBが吸収されてしまい、Aだけがこの世に生まれる。二十数年後、Bは人面瘡となって、Aの身体に現れる。

『人面瘡』(横溝正史)  ある年の春頃、松代の右腋に腫物ができた。それはやがて野球のボールほどになり、眼・鼻・口がそなわって、松代の妹・由紀子の顔に似てきた。松代は「自分は以前に包丁で由紀子を刺した」と思い込んでいたので(*→〔夢遊病〕4)、「由紀子の呪いがこもった腫物だ」と、恐れる。金田一耕助が松代に、「この世に生まれなかった、あなたの双生児の姉妹の顔だ。切開手術をすれば問題ない」と教える。

*双子の一方が生まれない→〔双子〕5の『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「畸形嚢腫」。  

★3.人間の口の形をした出来物。

応声虫の話  元禄十六年(1703)、京の商家の息子・長三郎十二歳の腹に、人間の口の形をした出来物ができた。出来物は人語を話し、口に入るものは何でも食べた。菅玄際という名医が、「応声虫のしわざであろう」と診断し、薬を与える。十日ほどたって、長三郎の肛門から、長さ一尺一寸の虫が出た。それは角が一本生えたトカゲそっくりの虫だったので、すぐ打ち殺した。四ヵ月ほどして、長三郎はもとどおりの身体に回復した。

★4.猫面瘡。

子どもが語る猫の怪談(現代民話)  中学生の女の子が、いたずらばかりする黒猫を殺した。数日後、その女の子の肩におできができ、日に日に大きくなって、やがて猫の顔になる。ある日、猫の顔のおできは、女の子の首にかみついて、首を食いちぎってしまった(場所不明)。

 

 

 

                 →TOP