『美しい星』(三島由紀夫) 「自分の故郷は金星だ」と信ずる大杉暁子は、同じく金星人と自称する美青年竹宮と出会い、ともに内灘の砂丘へ円盤を見に行く。やがて妊娠した暁子は、「自分と竹宮との間には何事もなく、自分は処女懐胎したのだ」と考える→〔宇宙人〕3。
『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第3巻第1章「プラトン」 プラトンの父はアリストン、母はペリクティオネである。アリストンは、娘時代のペリクティオネを無理やり自分のものにしようとしつつ、思いとどまっていた。その頃アリストンは、夢でアポロン神の幻を見た。それでアリストンは、子供が生まれるまではペリクティオネに触れず、清らかなままにしておいた。こうして生まれたのがプラトンである。
『マタイによる福音書』第1章 マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、身ごもっていることが明らかになった。天使がヨセフに「恐れずマリアを迎えなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む」と夢告した。ヨセフはマリアと結婚し、男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。
『わが女学生時代の罪』(木々高太郎) 女学生の「私(木村りみ子)」は処女でありながら妊娠し、女児を出産した。「私」は同学年で同姓同名の木村里美子と、深い同性愛関係にあったが、里美子は富田銀二とも肉体の交渉を持った。そのため富田銀二の胤(たね)が、里美子を媒介として、「私」の胎内に入ってしまったらしかった〔*後に富田銀二は、「私」と女児の存在を知る。「私」は富田銀二から逃れるため病院に入院し、精神病学の教授・大心地(おおころち)先生から精神分析を受ける〕。
*→〔風〕6aの『カレワラ』(リョンロット編)第1章。
*→〔性交〕4の『南総里見八犬伝』第2輯巻之1第12回〜巻之2第13回。
『ヤコブ原福音書』(新約聖書外典)第19〜20章 イエスを懐胎し出産したマリアが本当に処女なのかどうか、サロメは疑う。サロメはマリアの身体に指を入れる。その指は火で燃え落ちそうになる。
『業苦』(嘉村礒多) 圭一郎は十九歳の時、二歳上の咲子と結婚するが、「彼女は処女でなかったのではないか」と疑い続け、果して咲子が或る男と二年間も醜関係を結んでいたことを知って、懊悩する。以来彼は異性を見るたびに、「処女か否か」をまず考えるようになる。やがて圭一郎は薄幸の処女千登世と出会い、駆け落ちする。
『とりかへばや物語』 権大納言家の姫君は、尚侍(ないしのかみ)となって帝に寵愛されたが、彼女はかつて男装していたことがあり(*→〔男装〕5)、その折、宰相中将に本性を見破られて、男児を産んでいた。そうした事情を知らぬ帝は、尚侍を我がものとした夜、彼女が処女でなかったことを残念に思った〔*しかし帝の彼女への愛は深く、二人の間に生まれた子は次代の帝になる〕。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第16〜18章 マルケ王の妃と定められたイゾルデは、愛の媚薬を飲んだため騎士トリスタンと関係を持ち、処女でなくなった。彼女は、マルケ王との初夜の床に、身代わりとして側近のブランゲーネを送りこみ、王を欺いた。
『予告された殺人の記録』(ガルシア=マルケス) 花嫁アンヘラはバヤルドと結婚式をあげたその夜のうちに、「処女でない」との理由で実家に送り返された。一家の名誉のため、アンヘラの兄弟である双子が、彼女を犯した男サンティアゴを刺し殺した。
*花嫁が処女でなかったので、殺してしまう→〔初夜〕3の『本陣殺人事件』(横溝正史)。
『エレクトラ』(エウリピデス) アイギストスはアガメムノン王を殺した後、「アガメムノン王の娘エレクトラが、将来もし貴族と結婚したら、生まれた子供が王の仇を討とうとするかもしれぬ」と恐れ、エレクトラを農夫の妻にする。しかし農夫は身分をわきまえ、エレクトラに触れない〔*エレクトラの弟オレステスがアイギストスを討ち、双子神ディオスクロイが出現して「エレクトラを王族ピュラデスに与えよ」と命ずる〕。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第30章 トリスタンは、白い手のイゾルデが王妃イゾルデと同じ名前ゆえに心引かれ、彼女と結婚する。しかし初夜の床でトリスタンは王妃イゾルデへの愛の誓いを思い起こし、白い手のイゾルデを処女妻のままにしておく→〔立ち聞き〕2。
『艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)』下之巻「酒屋」 酒商茜屋の半七は女舞芸人三勝と深い仲になり、お通という子もできる。半七はお園を妻に娶るが、共寝をしようとはせず、結婚後三年たってもお園は処女妻のままだった。
『浜松中納言物語』巻5 中納言は吉野の姫君とともに暮らすが、彼女と関係を結ぶことはなかった(*→〔禁忌〕8b)。式部卿宮が、美貌の姫君の存在を知って盗み出し、姫君が処女であることに驚く。姫君は、式部卿宮の胤を宿す〔*河陽県の后の霊が、かつて契りを交わした中納言に、「私は吉野の姫君(=河陽県の后の異父妹にあたる)の胎に宿り、やがて女児として生まれる」と、夢告する〕。
『ウジェニー・グランデ』(バルザック) ウジェニーは、将来の夫と定めた従兄シャルルに裏切られたため、裁判所長ボンフォンの求婚を受け入れる。「処女妻のままでいること」という条件づきであったが、財産目当てのボンフォンは喜んでそれに従う。しかしボンフォンは、結婚後数年で死んだ。
『真珠夫人』(菊池寛) 成金の荘田(しょうだ)勝平が、唐沢男爵を金銭的に窮地に追いつめる。男爵の娘・瑠璃子は父を救うため、恋人の杉野直也と別れて、荘田勝平の後妻になる。勝平は四十五歳、瑠璃子は二十歳になるかならぬかの年齢だった。瑠璃子は結婚後も「しばらくは父と娘のようでありたい」と言って、性交渉を避ける。一ヵ月ほどして、勝平は強引に瑠璃子を抱こうとする。しかし彼の先妻の息子・勝彦が、瑠璃子を守って勝平と格闘する。心臓の弱かった勝平は、倒れて死んでしまう。瑠璃子は、処女のまま未亡人になった。
『夏の夜は三たび微笑む』(ベルイマン) 中年の坂を越えた弁護士フレデリックは、十六歳のアンを新しい妻として迎えた。アンはフレデリックとの性交を、「もう少し待って」と言って先延ばしし、二年以上がたつ。夏の白夜、フレデリックが亡妻との間にもうけた息子ヘンリックが、アンと関係を持ち、二人は駆け落ちする。失意のフレデリックは、マルコルム伯爵の妻と過ちを犯しそうになるが、結局、かつて愛人だった女優デジレと縒りを戻す。
*→〔姉妹〕2bの『蘆刈』(谷崎潤一郎)。
★4c.夫が実は女であったばあい、妻は当然処女のままである。
『とりかへばや物語』 権大納言家の姫君は男装して中納言となり、右大臣家の四の君を妻とした。中納言の友人宰相中将が四の君をかいま見て心奪われ、強引に契りを結んだが、意外なことに四の君は処女であった。宰相中将は、「妻を処女のままにしておくとは、中納言は変わった男だ」と思った。
『夕暮まで』(吉行淳之介) 四十過ぎで妻子もある佐々は、二十二歳の杉子とつきあうようになった。杉子はあらゆる性戯に応じたが、性交を拒み続けた。処女のままで純白のウェディングドレスを着たい、というのだ。しかし佐々との体験で杉子の身体は成熟し、彼女は、どこかの若い男と性交渉を持つ。杉子は佐々とも性交するが、その後、ガス自殺をはかって失敗する。佐々は杉子と別れる決心をし、彼女に「もとの生活に戻れるよ。そして、家庭をつくればいい」と言う。
『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第9巻第7章「デモクリトス」 ヒッポクラテスが若い娘を連れて、デモクリトスのところへ訪ねて来た。最初の日には、デモクリトスは「こんにちは、娘さん」と挨拶したが、次の日には「こんにちは、奥さん」と挨拶した。実際その娘は、夜の間に処女を失ってしまっていたのである。
『潮騒』(三島由紀夫)第13章 歌島屈指の金持ち宮田照吉の娘・海女の初江と、漁師の久保新治が関係を持ったとの噂が流れる。夏の浜辺で、海から上がった老若の海女たちが乳房くらべに興じる。初江の乳房は、まぎれもなく、男を知らぬ処女の乳房であることを、誰もが認める。
『デイジー・ミラー』(ジェイムズ) ヨーロッパ滞在中のアメリカ娘デイジー・ミラーは、複数の男友達と遊びまわり、社交界から爪はじきされる。デイジーに心ひかれる青年ウィンターボーンは、彼女がふしだらな女なのか無邪気なだけなのか、判断に苦しむ。デイジーは夜遊びの結果マラリヤに感染して急死するが、その後、男友達から、彼女がまったくの純潔の身であったことをウィンターボーンは知らされる。
『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」 少女クンティー(=プリター)が、好奇心から子授けのマントラを試すと、太陽神スーリヤが現れる。スーリヤはクンティーを抱いて子種を授け、その後にクンティーを再び処女に戻して、天界へ帰る〔*クンティーは、生まれた赤ん坊カルナの処置に困り、川に捨てる。クンティーは後にパーンドゥ王の妃となって、ユディシュティラ、ビーマ、アルジュナを産む〕。
『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」 ドラウパディーは、ユディシュティラ、ビーマ、アルジュナ、ナクラ、サハデーヴァたち五人兄弟共通の妻となる。一日目はユディシュティラとの結婚式、二日目はビーマとの結婚式、というように五日間に渡って結婚式が行なわれ、そのたびごとにドラウパディーは処女を回復した。
*処女か否かを映す鏡→〔鏡〕4aの『千一夜物語』「処女の鏡の驚くべき物語」マリュドリュス版第720〜731夜。
『義経記』巻2「鏡の宿吉次が宿に強盗の入る事」 盗賊が、黄金商人吉次をねらって鏡の宿の長者の屋敷に押し入る。遮那王(しゃなおう=源義経)が小袖を被り屏風の陰にひそむのを、賊どもは遊女と思い押しのけて通る。遮那王は大勢の中に斬り込み、縦横に活躍する。
『義経記』巻3「弁慶義経に君臣の契約申す事」 源義経が被衣をかぶり女房装束を着て、清水寺で通夜する。彼を追って来た弁慶は、経を読む義経の後ろ姿を男か女かはかりかね、太刀の尻鞘で脇を突いて、「稚児か女房か」と問う。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第13章 アキレウスが九歳になった時、「彼なくしてトロイアは攻略できぬ」と言われた母テティスは、戦場へ行かせないためにアキレウスを女装させ、乙女としてリュコメデスに預けた。しかし、オデュッセウスがこれを見破った。
『スリュムの歌』 トール神の武器である槌を、巨人族の王スリュムが盗む。トールは花嫁姿に変装してスリュムの館へ行く。「燃えるような恐ろしい眼だ」と怪しむ王に、「巨人の国を恋い焦がれて眠れなかったから」と、花嫁の侍女に扮したロキが答えてごまかし、トールは槌を取り戻して、巨人達を殴り殺す。
『南総里見八犬伝』第6輯巻之4第57回 犬坂毛野は少年時代から女田楽の一員となり、父・粟飯原胤度の仇、馬加(まくわり)大記に近づく機会を狙っていた。十五歳の年、毛野は美貌の女田楽師旦開野(あさけの)として馬加の館に入り込み、馬加一族を皆殺しにした。
『マハーバーラタ』第4巻「ヴィラータ王の巻」 ユディシュティラ・ビーマ・アルジュナら五兄弟と彼らの共通の妻ドラウパディーは、正体を隠してヴィラータ王の庇護をうける。王妃の弟キーチャカがドラウパディーに言い寄るので、ドラウパディーは「夜、踊り場で逢いましょう」と答える。ビーマが女装をして暗闇で待ち受け、ドラウパディーだと思って抱こうとするキーチャカを殺す。
*→〔酒〕1bの『日本書紀』巻7景行天皇27年12月。
『春雨物語』「天津処女」 良峯宗貞の好色ぶりを聞いた仁明天皇が、後涼殿の端(はし)の間(ま)の簾のもとに女衣をかぶって潜む。宗貞は「女がいる」と思って衣の袖を引くが返答がないので、「山吹の花色衣ぬしや誰問へど答えず口なしにして」と歌を詠みかける。天皇は衣を脱ぎ、二人は顔を見合せる。驚いて逃げる宗貞を、天皇は召し寄せ、ご機嫌であった。
『平治物語』上「主上六波羅へ行幸の事」 藤原信頼が反乱を起こして内裏を占拠し、二条天皇を一室に幽閉する。二条天皇は女房姿になり、車で内裏を脱出しようとはかる。怪しんだ兵たちが弓筈で車の簾をあげて中を見ると、十七歳の二条天皇はまばゆいほどの美女に見え、兵たちはそのまま車を通した。
『少年探偵団』(江戸川乱歩)「怪少女」〜「意外また意外」 大鳥時計店所蔵の「黄金の塔」をいただく、と怪人二十面相が予告する。明智小五郎の命令で小林芳雄少年が女装し、十五〜六歳のおさげ髪のお手伝い千代となって、大鳥時計店に住み込む。二十面相が老支配人に変装して、「黄金の塔」を金めっきのにせものと取り替えるが、千代(=小林少年)はそれをまたもとに戻し、二十面相は知らずににせものを盗んで行く。
『ハックルベリー・フィンの冒険』(トウェイン)11 「僕(ハックルベリー・フィン)」は女装して一軒の家を訪れ、奥さんから名を聞かれて、最初は「サラ・ウィリアムズ」と名乗るが、次には「メアリー」と言ってしまう。男の子だと見破られたので「ジョージ・ピーターズ」と偽名を使うが、奥さんは「今度はエレグザンダーだなんて言わないでよ。さあ行きなさい。サラ・メアリー・ウィリアムズ・ジョージ・エレグザンダー・ピーターズ」と言って、「僕」を追い出す。
『ムーンライト・シャドウ』(吉本ばなな) 高校生の柊(ひいらぎ)は、恋人ゆみこを交通事故で亡くしてから、彼女の形見のセーラー服を着て、登校するようになった。柊の親も、ゆみこの親も、泣いてとめたが、柊はとりあわなかった。二ヵ月ほど過ぎたある朝、柊の夢にゆみこが現れ、彼の部屋のクロゼットからセーラー服を持ち去った。目覚めると、セーラー服はなくなっていた。以後、柊は男姿に戻った。
*逆に、恋しい男の形見の服を着る→〔男装〕7の『井筒』(能)。
『お熱いのがお好き』(ワイルダー) ミュージシャンのジェリーはギャング団に追われ、相棒のジョーとともに、女装して逃げる。ところが金持ちの老人オスグッド三世が、ジェリーに一目惚れし、求婚する。困ったジェリーは、「私は本物の金髪じゃないし、煙草も吸うし、子供も産めないの」と言って断る。オスグッド三世は「それでも構わない」と言う。ジェリーはかつらを取って叫ぶ。「おれは男だ!」。オスグッド三世は少しも動ぜず、「誰でも欠点はある」。
★6.男児を女装で育てると健康に成長する、との俗信があった。
『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』(河竹黙阿弥)「割下水伝吉内」 八百屋久兵衛の家では、なかなか子供にめぐまれなかった(生まれてもすぐ死んでしまった)。ようやく男児が生まれたので、無事成長を願って女姿で育て、名前も「お七」とつけた。しかし「お七」は五歳の時に誘拐され、後に「お嬢吉三」と呼ばれる盗賊になった。
『南総里見八犬伝』第2輯巻之3第16回〜巻之4第17回 犬塚番作・手束夫婦は結婚後十四〜五年のうちに男児三人が生まれたが、一人も育たなかった。夫婦は子のないのを悲しみ、滝の川の弁才天に祈って、あらたに男児をもうけた。無事成長を願って男児は「信乃」と名づけられ、十一歳まで女装で育てられた(*信乃は後に「孝」の珠を得、八犬士の一人として活躍した)。
『雪之丞変化』(市川崑) 雪之丞は商家の息子だったが、悪人・土部三斎の陰謀で、父母は無実の罪に問われて自殺した。雪之丞は歌舞伎の女形となり、役者修行をしつつ、父母の仇討ちの機会をうかがう。土部三斎の娘・波路が雪之丞の舞台を見て、彼の美貌に一目惚れする。雪之丞はそれを利用して、土部三斎に近づく。雪之丞の計略で土部三斎の手下が仲間割れし、その巻き添えで波路は死んでしまう。土部三斎は娘の死を悲しみ、雪之丞と対決する気力も失せて、毒をあおる。
『頼朝の死』(真山青果) 将軍・源頼朝が、御所の少女・小周防(こずほう)を恋慕する。頼朝は、妻・尼御台(=北条政子)の目をはばかって、被衣(かずき)をかぶり女姿に変装して、深夜、御所の土塀を乗り越え、小周防のもとを訪れようとする。警護の武士・畠山重保が三度誰何(すいか)しても答えなかったので、重保はそれが頼朝とは知らず、「曲者である」として斬りつける。頼朝は深手を負って、まもなく死んだ。
*女装した皇帝を、臣下がそれと知らず刺し殺す→〔両性具有〕1の『陽物神譚』(澁澤龍彦)。
『パミラ』(リチャードソン) 田舎の貧しい家に生まれ育った「わたし(パミラ)」は、十二歳にならないうちに、大地主B家の奥様付きの小間使いになる。奥様は「わたし」が十五歳の時に亡くなった。奥様の息子である新しい御主人は二十五〜六歳の青年だったが、美貌の「わたし」に目をつけ、妾にしようとする。御主人に迫られ、恐ろしさのあまり、「わたし」は失神したことが何度かあった。「わたし」が気を失うと、御主人はそれ以上の手出しはしなかった。やがて御主人は「わたし」の純潔と淑徳を認め、十六歳になった「わたし」と正式に結婚した。
『悲の器』(高橋和巳) 「私(正木典膳)」は国立大学法学部長で、著名な知識人である。妻が癌で病床に臥したため、「私」は、戦争未亡人の米山みきを家政婦として雇い入れ、やがて内縁関係になった。妻はそのことを察知し、睡眠剤を多量に飲んで死んだ。先輩教授の令嬢・栗谷清子が「私」に好意を寄せ、「私」は彼女と婚約する。米山みきは怒り、慰謝料請求の訴えを起こす。新聞雑誌は「私」を指弾した。「私」は職を辞し、栗谷清子とも別れる。米山みきは、いずれ安アパートで縊死する運命だ。「私」は誰からも理解されぬまま、この社会との戦いを続けるだろう。
*雇い主が小間使いを妊娠させて捨てる→〔裁判〕2の『復活』(トルストイ)。
*裕福な家庭の大学生が、女中と性関係を結ぶ→〔身分〕1bの『大津順吉』(志賀直哉)。
『好人物の夫婦』(志賀直哉) 晩秋から初冬にかけて、細君が祖母の看病に大阪へ出かけ、家を留守にした。その間、家は良人(おっと)と、十八歳くらいの女中・滝の、二人だけになった。春、滝に悪阻(つわり)の症状が出た。良人は独身時代には女中に手をつけたことが一度ならずあったが、今回は潔白だった。細君は良人を疑いながらも、何も言い出せない。良人が「俺じゃないよ」と言うと、細君は安堵して泣いた。
『ハウス・バイ・ザ・リヴァー』(ラング) 小説家スティーヴンは妻の留守中に、若い家政婦エミリーを抱いて接吻しようとする。エミリーは抵抗し、大声をあげる。隣家に声が聞こえてはまずいので、スティーヴンはエミリーの口をふさぎ、誤って窒息死させてしまう。スティーヴンは大きな布袋にエミリーの死体を入れ、家の側を流れる川へ棄てる→〔物語〕9b。
『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「浪宅」 民谷伊右衛門は妻お岩を捨て、伊藤喜兵衛の孫娘お梅の婿になる。お岩は毒を盛られて、憤死する(*→〔妻殺し〕3)。新婚初夜の床。伊右衛門はお梅の身体を抱き寄せる。その時お梅の顔がお岩に変わり、恨めしげに伊右衛門を見つめて笑う。驚いた伊右衛門は刀を抜き、お岩の首を打ち落とす。しかし打ち落とされた首を見ると、それはお梅だった。
『日本霊異記』中−33 富家の美しい娘万子(よろづのこ)に、一人の男が多くの品を送り求婚する。二人は閨に入るが、その夜、閨の内で「痛や」という声が三度あがる。万子の父母は、「まだ性交に慣れぬから痛むのだろう」と誤解し、助けに行かず寝てしまう。翌朝、閨の戸を開けると、万子の身体は頭と一本の指だけを残し、すべて食われていた。
『酉陽雑俎』続集巻2−893 通行の人に湯茶を提供していた百姓王申は、一人の旅の女に好意を持ち、十三歳になる息子の嫁に迎える。その夜、王申の妻が、息子が「食われてしまう」と叫び訴える夢を見た。妻は夫とともに寝室の扉を開けて見る。中から怪物が飛び出し、息子は脳骨と髪が残っているだけだった。
『雨月物語』巻之4「蛇性の婬」 美青年・豊雄は、蛇性の真女子(まなご)から逃れ(*→〔雨宿り〕3)、もと采女であった富子と結婚する。初めの夜は何事もなくすぎたが、二日目の夜、豊雄にむかって富子が「古き契りを忘れ、このような人を寵愛なさるとは」と言うその声は、まぎれもなく真女子の声であった〔*道成寺の法海和尚が真女子を調伏するが、富子は病んで死んでしまった〕。
『本陣殺人事件』(横溝正史) 大地主一柳家の当主賢造は、神経質で潔癖症だった。彼は、婚約者が処女でなかったことを知り、そのような女を妻とすることに堪えられず、祝言の夜に花嫁を殺して自殺する。しかも彼は自殺の理由を隠すため、自身が賊に殺されたかのような状況を作り上げる→〔死因〕2a。
*新婚初夜の心中→〔心中〕8bの『盗賊』(三島由紀夫)。
『哀蚊(あわれが)』(太宰治) 一生独身だった婆様は、幼い「私」をかわいがり、「私」はいつも婆様の部屋にいた。ある秋、「私」の姉様が婿養子をとった祝言の夜、婆様は「私」に哀蚊の話をした。「秋まで生き残されてる蚊を哀蚊と言うのじゃ・・・・・・。なんの、哀蚊はわしじゃがな」。「私」は夜中に目覚め、廊下の遠い片隅に幽霊を見た。幽霊は白くしょんぼり蹲(うずく)まって、姉様と婿様が寝ている部屋をのぞいていた。
『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)4編上「赤坂」 弥次郎兵衛と喜多八が泊まった宿で、ちょうどその夜、亭主の甥の婚礼があった。弥次郎兵衛・喜多八は、ふすまを隔てたすぐ隣が新婚夫婦の閨なので、隙間からのぞこうとするうちに、ふすまが倒れてしまう。弥次郎兵衛はすばやく自分の寝床へ逃げ戻り、喜多八は「手水(ちょうず)へ行くつもりが、寝ぼけて方向を間違えました」と、花婿に謝ってその場をごまかす。
『初夜』(三浦哲郎) 「私」は心優しい娘・志乃と結婚したが、新婚初夜に避妊した。「私」は兄・姉たちの不幸な運命を思い(*→〔末子〕1の『忍ぶ川』)、自分の中にも宿命的な因縁の血が流れているのではないか、と恐れた。その危険な・病んだ血を、子供に与えることがこわかったのだ。二〜三年して父が病死した。兄・姉の場合とは異なる、父の尋常平凡な死に方は、「私」を安堵させた。「私」は慎重に日を選んで、志乃との第二の初夜を迎え、志乃は「私」の子を身ごもった。
『地もぐり一寸ぼうし』(グリム)KHM91 王様の三人のお姫様が、深い井戸の底に閉じ込められている。長女の膝の上に、龍が九つの頭を載せて眠っており、長女は龍の頭の虱を取らされている。同様に、次女は七つ頭のある龍、末娘は四つ頭のある龍の虱を取らされている。阿呆のハンスが、地もぐり一寸ぼうしに教えられて、三人のお姫様を救いに行く。ハンスは、眠る龍の首をすべて山刀で切り落とす。彼は三人をお城へ連れ帰り、末娘を妻として与えられる〔*→〔酒〕1aのヤマタノヲロチを殺す話と、→〔虱〕2のスサノヲの虱を取る話を、合わせたような物語である〕。
『古事記』上巻 スサノヲがオホナムヂ(=オホクニヌシ)を部屋に呼び入れて、頭の虱を取らせる。ところがスサノヲの頭を見ると、虱ではなくて多くの呉公(むかで)がいた。オホナムヂは、椋の木の実と赤土を口に含んで吐き出す。スサノヲは「呉公を噛み砕いているのだな」と思い、満足して眠る。その隙にオホナムヂは、スサノヲの娘スセリビメを背負い、宝物を盗んで逃げ去る。
*髪の毛の中には、虱や呉公だけでなく、蜘蛛がいることもある→〔蜘蛛〕4aの髪の毛の中のクモ(ブルンヴァン『消えるヒッチハイカー』)。
『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30・通巻696話 宿で虱(しらみ)に食われた男が、柱を削り、中へ虱を押しこんで蓋をした。翌年、男は同じ宿に泊まり、虱のことを思い出して柱の中を見ると、虱が半死半生でいた。虱は男の腕に食いつき、やがてそこが瘡になって男は死んでしまった。
『聊斎志異』巻8−304「蔵蝨」 男が一匹の蝨(しらみ)をつぶして紙に包み、樹の穴に詰めて立ち去る。二〜三年して再びそこを通ると、紙包みがまだあった。男は紙包みを開き、つぶれた蝨を掌に載せる。すると掌がかゆくなり、蝨がふくらんでくる。男は蝨を払い捨てたが、掌が腫れ、何日か後に死んだ。
『虱』(芥川龍之介) 元治元年冬、加賀藩の侍が船に乗って長州征伐に向かう。船中には多くの虱がいて、皆閉口した。その中で森権之進は、「虱がいれば身体をかくので、暖かくなってよく眠れる」と言い、他人の虱まで貰って自分の身体に飼った。一方、井上典蔵は虱をつかまえて食い、「油臭い、焼米のような味だ」と言った。ある時、森が人から貰った虱を、井上が食ってしまったので、二人はあやうく斬り合いになるところだった。
『女体』(芥川龍之介) 夏の夜、支那人の楊某が、寝床の縁を這う虱に気づき、「虱の世界はどんなだろう?」と思う。すると彼の魂は、虱の体へ入ってしまった。楊は前方に、白く高い山が美しい曲線を描くのを見る。それが妻の乳房だと知って、楊は驚嘆した。彼は虱になってはじめて、妻の肉体の美しさを如実に観ずることができたのだ。しかし芸術の士にとって、虱のごとく見るべきものは、女体の美しさだけではない。
『名人伝』(中島敦) 弓の名人を志す紀昌は、一匹の虱を毛髪につないで窓にかけ、終日にらみ暮らす。しだいに虱は大きく見えるようになり、三ヵ月後には、蚕ほどになった。三年たつと、馬のように見えた。紀昌は表へ出る。人は高塔だった。馬は山、豚は丘、鶏は城楼と見えた。紀昌は家へ戻り、弓で窓の虱を射る。矢はみごとに虱の心臓を貫いて、しかも毛髪は断(き)れなかった。
『小袖曽我薊色縫(こそでそがあざみのいろぬい)』(河竹黙阿弥) 遊女十六夜(いざよい)と僧清心は入水心中をはかるが、失敗する。十六夜は俳諧師白蓮に救われて妾になった後、剃髪して諸国行脚に出る。清心は岸に這い上がり、通りかかりの寺小姓求女を誤って殺す。やがて旅先で十六夜・清心は再会し、二人とも悪人となって渡世を送る。しかし白蓮は清心の兄、求女は十六夜の弟だったことがわかり、十六夜・清心は、因果の恐ろしさを知って自害する。
『桜姫東文章』(鶴屋南北) 僧自久と稚児白菊丸は衆道の関係になり、身投げ心中をはかるが、自久は気後れして生きのびる。十七年後、自久は高僧清玄となり、白菊丸の生まれ変わりの桜姫と出会う。二人はいったん離れ離れになり、また再会し、清玄は思いを遂げようと桜姫と争ううち、刃物が喉にささって死ぬ。清玄は幽霊となって、安女郎に身を落とした桜姫につきまとう。
『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』(菅専助) 四十歳近い帯屋長右衛門は、彼を慕う信濃屋の娘十四歳のお半と旅先で過ちを犯し、お半は身ごもる。帯屋では、長右衛門の継母とその連れ子が勝手な振る舞いをし、長右衛門・お絹夫婦を陥れようと、悪だくみをする。長右衛門とお半の過ちが表沙汰にならぬように、お絹は手を尽くすが、長右衛門は自分自身に愛想をつかし、桂川でお半と心中する。
『心中天の網島』(近松門左衛門) 紙屋治兵衛と遊女小春は逢瀬を重ねるが、治兵衛の妻おさんからの手紙の訴えにより、小春は心ならずも治兵衛と別れ、死ぬ覚悟を定める。いったんは小春の心変わりを怒った治兵衛は、後に小春の真情を知る。二人は網島の大長寺へ行き、心中する。治兵衛はまず小春を刀で刺し殺し、その後に首をくくる。
『曾根崎心中』(近松門左衛門) 醤油商平野屋の手代徳兵衛は、遊女お初と相思相愛の仲である。ところが平野屋主人が、姪に銀二貫目をつけて徳兵衛と結婚させようとし、徳兵衛の継母がその金を受け取る。徳兵衛は縁談を断るべく、継母から銀二貫目を取り返すが、今度はそれを友人九平次にだまし取られてしまう。せっぱ詰まった徳兵衛は、お初とともに曾根崎の天神の森へ行き、刃物で心中する。
『みじかくも美しく燃え』(ヴィーデルベリ) 一八八九年の夏。伯爵であるスパーレ中尉は妻と二人の子供を捨て、サーカスで綱渡りをする美女エルヴィラと駆け落ちする。スパーレ中尉は脱走兵として手配され、二人は田舎の宿に隠れる。やがて所持金が底をつき、食べるものにも困るようになる。「覚悟を決めましょう」とエルヴィラは言い、ある朝、二人は拳銃を持って森へ入って行く。二発の銃声が聞こえる。
『心中宵庚申』(近松門左衛門)下之巻「八百屋」〜「道行思いの短夜」 八百屋の養子半兵衛は妻千代と睦まじく暮らすが、姑が千代を嫌い、離縁しようとする。しかしそれでは姑が世間から非難されるので、半兵衛自身が、姑の目の前で千代に離縁を言い渡す。その宵、二人は家を出て心中する。
『卍』(谷崎潤一郎) 徳光光子と柿内園子・孝太郎夫婦は、彼らの異様な性関係(*→〔同性愛〕3)が新聞にスキャンダルとして暴露されたため、光子を真中に三人枕を並べて、睡眠薬による心中をはかる。しかし園子だけが生き残る。園子は、「これは偶然でなく、光子と孝太郎が示し合わせて、私一人を置き去りにしたのではないか」と思う。
『水天宮利生深川(すいてんぐうめぐみのふかがわ)』(河竹黙阿弥) 船津幸兵衛は貧窮に迫られて(*→〔身分〕7)、娘二人・息子一人とともに一家心中しよう、と思いつめる。娘二人は「私どもも父様といっしょに、少しも早う死にとうござります」と言う。まず子供三人を刺し殺し、その後に切腹するつもりだったが、悲嘆の極限で幸兵衛は発狂し、家を飛び出て川へ身を投げる〔*しかし、日頃信仰する水天宮さまのおかげで幸兵衛は死なず、義捐金を得て生活の目途(めど)がつき、盲目だった娘お雪も開眼する〕。
『女郎花』(能) 都の女が、八幡に住む小野頼風と契りを結ぶ。ある時、頼風の訪れがしばらく途切れたのを、女は「心変わりしたゆえであろう」と思い、恨んで放生川に入水した。女の死骸を埋めた塚からは、一本の女郎花が咲き出た。頼風は女の後を追って、同じ川に身を投げた。
『外科室』(泉鏡花) ある年の五月五日、医学生高峰は小石川植物園を散策中に、貴船伯爵夫人と行き違った。二人は一目見て互いの姿を心に焼きつけ、忘れることがなかった。九年後、二人は手術室で、執刀医と患者として再会する。夫人は麻酔なしの手術中に(*→〔手術〕3)、高峰の持つメスに手を添え、自ら乳の下を掻き切って死んだ。その日のうちに高峰も自死した。
*同じ泉鏡花の『義血侠血』では、慕い合う男女が、検事代理と殺人犯として再会し、男は女を起訴する。女への死刑判決が出た日の夕方、男は自殺する→〔裁判〕2。
*こわされた人形の後を追って、自殺する男。人形と人間の情死→〔人形〕4の『人でなしの恋』(江戸川乱歩)。
『死の勝利』(ダヌンツィオ) 貴族の青年ジョルジョは、人妻イッポリタを愛人とする。イッポリタは夫と別居し、二人は誰からも妨げられることなく、肉体の歓楽にふける。しかしイッポリタは子供を産めない身体であり、彼らの愛からは何も生まれない。怠惰な生活を続けるうち、ジョルジョはしだいに死を思うようになる。夜、ジョルジョはイッポリタを連れ出し、「人殺し」と叫ぶ彼女を抱きすくめて、断崖から海へ投身する。
『にごりえ』(樋口一葉) 蒲団屋の源七は、銘酒屋の一枚看板お力(りき)に入れあげて家財産を失い、妻子とともに長屋の一室に住む身の上となる。妻は、仕事もせず女のことを思っている源七をなじり、源七は怒って離縁を言い渡す。それからまもなく源七は、湯屋帰りのお力を待ちうけ、刃物を用いて無理心中する。
『法句譬喩経』巻4「喩愛欲品」第32の2・第4話 大長者の息子が、父母の死後、働くことを知らないために数年で遺産を使い果たし、窮乏する。大長者の親友だった長者が自分の娘をめあわせ、財物を贈って援助するが、息子は怠け者で、貧乏から抜け出せない。長者は娘を取り戻し、他の人と結婚させようとするので、息子は怒って、妻を刺し殺し自害する。
*→〔愛想づかし〕4の『ルイザ・ミラー』(ヴェルディ)。
『ロシアより愛をこめて』(ヤング) 国際犯罪組織スペクターは、宿敵ジェイムズ・ボンドに屈辱的な死を与えるために、次のような筋書きを作る。「イギリス情報部のボンドは、ソ連領事館の女性職員タチアナを愛人とした。タチアナが『情事を撮影したフィルム(*→〔ホテル〕5)を公けにする』と言ったので、ボンドは女を殺して自殺した」。スペクターに雇われた殺し屋グラントが、ボンドとタチアナを殺して、無理心中に見せかける計画であった。しかしボンドは格闘の末にグラントを殺し、スペクターのたくらみは失敗した。
『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』(山東京伝) 仇木屋の一人息子艶二郎は、「色男だ」との評判を立てたいと願い、吉原の遊女浮名をかたらってにせ心中を試みる。辞世の句をチラシに刷って茶屋へ配り、二人の恋物語を浄瑠璃芝居にする手筈をととのえて、道行きをする。しかし艶二郎の父と番頭が盗賊に扮し、艶二郎を脅して心中を阻み、彼の不心得を諭す。
★8b.失恋の結果自殺しようと思う男と女が、共謀して一緒に死に、心中のように世間に見せかける。
『盗賊』(三島由紀夫) 藤村明秀は原田美子に失恋し、山内清子は佐伯青年に失恋して、それぞれ自殺の決心をする。明秀と清子は互いの心のうちを知り、協力して恋仲のように世間をあざむき、結婚式の当夜、一緒に死ぬ。世人は、明秀と清子が幸福の絶頂で情死した、と解釈する。
『人間失格』(太宰治)「第二の手記」 東北生まれの「自分(大庭葉蔵)」は、東京の高等学校に進学し、画学生の堀木から、酒と煙草と淫売婦と質屋と左翼思想を教えられる。「自分」は銀座のカフェの女給ツネ子とともに、鎌倉の海に入水する。ツネ子は死に、「自分」だけが助かる〔*「自分」は高等学校を追放され、漫画家になり、以後も何人かの女性と関係を持つ〕。
『白昼の通り魔』(大島渚) 村の娘シノは、村会議員に当選した源治から心中を迫られ、一緒に山で首を吊る。源治は死んだが、シノは縄が切れて失神しただけだった。倒れているシノを、村の男・英助が犯す。これがきっかけで、英助は「白昼の通り魔」になる。彼は都会へ出て大勢の女を襲い、何人かを死傷させる。英助の妻・中学教師マツ子は「死のう」と思い、シノを誘って服毒する。マツ子だけが死んで、シノはまた生き残る〔*シノは、たくましい民衆の象徴、と言われる〕。
『拐帯行』(松本清張) 森村隆志は会社の金を持ち逃げし、恋人の西池久美子とともに九州を旅行して心中しようと考える。二人は列車内で上品な中年夫婦を見、九州の温泉宿でも偶然また出会って、彼らの安定した生活をうらやむ。二人は人生をやり直そうと考え、心中をやめて警察に自首する。しかし幸福な中年夫婦と見えたのは、六百万円の横領犯とその愛人であり、彼らは服毒自殺していた。
★10b.心中をとりやめるカップルと、心中の名所で事故死するカップル。
『陽気な恋人』(三島由紀夫) 熱海のホテルに滞在する神田定一と上村綾子のカップルは、傍若無人ともいうべき陽気な振る舞いで、ホテルの客たちを驚かせる。錦ヶ浦に投身自殺するつもりだった青年と少女は、この幸福そうなカップルを見て感銘を受け、「生きよう」と決心する。実は神田定一と上村綾子は、盗んだ金で遊んでいたのであり、彼らは心中名所・錦ヶ浦の断崖でふざけているうちに、誤って海に落ちる。
『二階』(松本清張) 英二と裕子は恋人どうしだったが、事情があって別れた。十数年後、英二は病気療養者、裕子は看護婦として、思いがけぬ再会をする。病気回復の見込みのない英二は、裕子とともに睡眠薬を飲んで心中する。それを知った英二の妻幸子は、裕子の死体を夫から引き離して部屋の隅に置き、自分が夫の横に寝て睡眠薬を飲む。幸子は遺書にこう書いた。「夫と私は心中します。看護婦さんも一緒に死んでくれるそうです」〔*→〔取り合わせ〕1bの、無関係な男女の死体を並べて心中に見せかける『点と線』と、逆の形〕。
*心中をはかるが、二人とも助かってしまう→〔下宿〕2の『おせつ徳三郎』(落語)。
*心中をはかって助かるが、「あの世へ来た」と思い込む→〔冥界行〕6cの『おぼえ帳』(斎藤緑雨)。
*心中をとりやめる→〔教え子〕5の『煤煙』(森田草平)。
*心中に見せかけた殺人→〔母殺し〕1の『サイコ』(ブロック)・〔密通〕7の『半七捕物帳』(岡本綺堂)「津の国屋」。
*女性どうしの心中→〔同性愛〕3の『果実』(三島由紀夫)。
*身体の心中と、心の心中→〔写真〕6の『今戸心中』(広津柳浪)。
『ヴォルスンガ・サガ』19〜20 シグルズは、ファーヴニルの変身した龍を殺し、その心臓を炙る。心臓の血をなめると鳥たちの言葉がわかるようになり、「龍の心臓を食べれば誰よりも賢くなる」との教えに従って、シグルズは心臓の一部を食べる。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第9話 子を望む王が、物知り老人の教えで、海の龍の心臓を生娘に料理させる。心臓を煮る香りが立ちのぼると生娘は身ごもり、部屋の家具もふくらむ。王妃は心臓を食べ、四日後に妃と生娘はともに男児を産む。
『トビト書』(旧約聖書外典) サラはこれまでに七人の夫と結婚式をあげたが、夫たちは皆、その夜、まだ夫婦関係を結ぶ前に、悪魔アスモダイオスによって殺された。天使ラファエルがサラを救うべく、旅の青年トビヤを彼女の家へ導く。トビヤはサラと結婚式をあげ、ラファエルの教えにしたがって、魚の心臓と肝臓を香の灰の上でいぶす。その匂いで悪魔は逃げ去り、トビヤとサラは皆に祝福されて夫婦になる。
*黄金の鳥の心臓と肝臓を食べる→〔枕〕5の『二人兄弟』(グリム)KHM60。
『デカメロン』第4日第1話 公爵タンクレディは、娘が近侍の青年と恋人関係になったことを知り、青年を殺してその心臓を金の大盃に載せ、娘に送りつける。娘はそれに毒液を注いで飲み、死ぬ。
『デカメロン』第4日第9話 騎士が妻の愛人を殺してその心臓を料理し、何も知らぬ妻に食べさせる。料理を食べおわった後で、それが愛人の心臓であることを知らされた妻は、高所から身を投げて死ぬ。
『王女の誕生日』(ワイルド) 王女の十二歳の誕生祝いの余興に、森の醜い侏儒が踊りを見せる。王女は喜び、「もっと踊りを見たい」と言い、侏儒をとどめ置く。侏儒は宮殿で生まれて始めて鏡を見、自分の醜さに驚いて倒れる。侍従が王女に「侏儒は心臓が破れたので、もう踊れない」と説明すると、王女は「これから私の所へ遊びに来るものは、心臓のないものにしてね」と言う。
『雪の女王』(アンデルセン) 悪魔の鏡が地上に落ちてこなごなになり、かけらの一つが少年カイの心臓にささる。カイは、あらゆるものの悪い点・醜い所ばかりを見るようになる。やがてカイは、雪の女王にさらわれる→〔接吻〕1。
*→〔魂〕1bの『二人兄弟の物語』(古代エジプト)。
おまえ見たな(松谷みよ子『現代民話考』) 医科大学の学生寮でのこと。夜中に一人の学生が部屋から抜け出て行くのを、友達が不審に思って後をつけると、その学生は死体の血を吸っていた。友達は驚き、急いで部屋に帰って寝たふりをする。しばらくして戻って来た学生は、寮生たち一人一人の胸の鼓動を調べ、「おまえ見たな」と友達に言った(福島県)。
『デカメロン』(ボッカチオ)第3日第2話 馬丁が王に変装して妃を犯した。王は犯人をつきとめようと、下僕たちの寝る部屋へ行き、彼らの心臓の鼓動を調べる。馬丁は眠ったふりをしていたが、その動悸が激しいので、王は「この男が犯人だ」と思う〔*『ドイツ伝説集』(グリム)404「アギルルフとテウデリント」に類話〕→〔目印〕4。
『告げ口心臓』(ポオ) 「わし」は同居する老人を殺し、死体を床下に隠す。警官が来たので、「わし」は死体の真上の位置に椅子を置き、質問に答える。老人の心臓の鼓動が「わし」の耳の中で聞こえ、その音がどんどん大きくなる。警官にも当然聞こえているのに、わざと知らぬ顔をしているのだと「わし」は思い、叫ぶ。「そうとも、おれが殺したんだ。これは床下の老人の心臓の音だ」〔*→〔動物教導〕2の『黒猫』に類似〕。
*心臓や生き肝は、難病を治す薬になる→〔生き肝〕。
*関連項目→〔ロボット〕
★1.本物の人間たちの中に混じっていても、見分けがつかない人造人間。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(ディック) 核戦争後の地球は死の灰に汚染され、多くの人々が他の惑星に移住する。異星環境下でも作業できるアンドロイドが大量に生産され、次々に新型が開発されるにつれて、外見はもとより内臓や血液も人間そっくりになり、アンドロイドが地球に侵入しても人間と区別がつかない。擬似記憶を移植されて自分を人間だと思うアンドロイドがおり、逆に、自分はアンドロイドかも知れぬと疑う人間もいる〔*『ブレードランナー』(スコット)の原作〕。
『撰集抄』巻5−15 伏見の前中納言師仲卿が、西行に語った。「私は四条大納言公任の流れを受けて、人を造った。今、それは卿相となっているが、誰であるか明かせば、造った者も、造られた者も、溶け失せてしまう。それゆえ、口外しないのである」(*西行も人を造ったが、うまくできなかった→〔人造人間〕3)。
『未来のイヴ』(リラダン) 完璧な美女アリシャは凡庸で俗悪な魂を持っていたので、恋人のイギリス貴族エワルド卿は失望する。アメリカの発明家エディソンが、アリシャそっくりでしかも高雅な魂を持つ人造人間ハダリーをつくり、エワルド卿に与える。しかし、船火事でハダリーは焼けてしまう。
『フランケンシュタイン』(メアリ・シェリー) 科学者フランケンシュタインが、死体を素材として人造人間をつくる。本来善良な心を持っていた人造人間は、醜怪な姿ゆえ人々に恐れられ迫害されたため、人類を憎悪し何人かを殺す。フランケンシュタインは人造人間を殺すべく、北極の氷原に追いつめるが、力尽きて死ぬ。人造人間も最北の果てに姿を消し、自らを火葬する。
『フランケンシュタイン』(ホエール) 死体からつくられた人造人間は、怪物のごとき容姿だったが、湖畔で出会った少女は、彼を見ても恐がらなかった。少女は怪物に花を手渡し、二人は花を水に浮かべて遊ぶ。花がなくなったので、怪物は花の代わりに少女を浮かべようと、湖へ投げ入れる。少女は水死する。怪物は山の風車小屋に立てこもり、群集に火をかけられて焼け死ぬ〔*同類の物語を落語の形で語るのが、→〔子捨て〕5の『後生鰻(うなぎ)』〕。
『撰集抄』巻5−15 山ごもりする西行が、「語り合える友がほしい」と思い、死人の骨をとり集め、反魂の秘術を行なって、人を造った。それは、姿は人に似ていたが、色が悪く心もなく、声は吹き損じた笛のようだった。打ち砕こうかと思ったが、それでは殺人に等しいので、高野の奥の、人も通わぬ所に棄て置いた。もし誰かが見たら、「化け物だ」と恐れるであろう(*本物の人間そっくりに、うまく造れることもある→〔人造人間〕1)。
『ロストワールド』(手塚治虫) 豚藻博士はふとって醜かったので、誰も嫁に来ない。そこで豚藻博士は植物から人間の少女を造り出し、妻にしようと考える。しかし豚藻博士は、ママンゴ星で恐竜に食われてしまった。植物から造られた少女あやめは、敷島健一少年とともにママンゴ星に住む(*→〔地球〕5)。遠い未来、彼らの子孫である動植物人が、地球人と握手することになるであろう。
『巨人ゴーレム』(ヴェゲナー) 皇帝がユダヤ人を迫害する。ユダヤのラビ(律法学者)が、皇帝に対抗するために、粘土をこねて巨人ゴーレムを造る〔*巨人といっても、画面では、通常の人間より頭一つ分背が高いだけの大きさである〕。星型の大きなボタン(裏に呪文を記した紙が入っている)をゴーレムの胸にはめると、ゴーレムは動き出す。ゴーレムは自らの意志を持ち、造り主に従わず、家に火を放って街で暴れる。しかしゴーレムに抱き上げられた少女が、胸の星型ボタンを取り、ゴーレムはその場に倒れる。
『幻獣辞典』(ボルヘス他)「ゴーレム」 十七世紀。ラビ(律法学者)が、教会堂の鐘を鳴らすなどの雑用をさせるために、人造人間ゴーレムをつくる。舌下に貼りつけた護符の力で、ゴーレムは昼間だけ生きていた。ある夜、ラビが護符をはがすのを忘れたため、ゴーレムはユダヤ人街に出て行き、人々を殴り倒して暴れまわる。ラビはゴーレムをつかまえ、護符をはがす。ゴーレムは倒れ、土塊だけが残った。
*瓶(びん)の中の人造人間→〔瓶(びん)〕1の『ファウスト』(ゲーテ)第2部第2幕。
*美貌の人造人間→〔両性具有〕1の『メトロポリス』(手塚治虫)。
*動物を人間に改造する→〔島〕6cの『モロー博士の島』(ウェルズ,H・G・)。
*人間の心を改造する→〔心〕1bの『時計じかけのオレンジ』(キューブリック)。
『悪徳の栄え』(サド)「アペニンの隠者ミンスキイのこと」 「あたし(ジュリエット)」がイタリアで出会った怪人ミンスキイは、莫大な富の所有者だった。彼は何百人もの女や少年たちを買って居城に住まわせ、さまざまな種類の嗜虐的な性行為にふけった後に、女や少年たちを料理して毎日食べていた。四十五歳の彼は、多量の人肉食のおかげで、強い体力と精力を保持していた。
『雑宝蔵経』「子を失った鬼子母の縁(はなし)」 鬼子母(きしも)には一万人の子がいたが、彼女は凶暴な性質で、他人の子供を殺して食べていた。ある時、仏が鬼子母の子の一人を鉢の中に隠したため、彼女は悲しみにうちひしがれた。仏は「一万人いる子の一人がいなくなっただけで、お前は悲嘆に沈んでいる。お前に子供を食われた親たちがどれほど嘆いているか、思いやれ」と説き、鬼子母は悔い改めた〔*その後、鬼子母は人間を食う代わりに、人肉の味がするざくろを食べるようになった、という〕。
『雨月物語』巻之5「青頭巾」 下野国の山寺の僧が、寵愛する寺童の死を惜しみ、ついにその遺骸を食い尽くした。その後、僧は夜になると里に出て人を襲い、新墓をあばいて屍肉を食うようになった。諸国行脚の快庵禅師が寺を訪れて、僧に「江月照らし松風吹く、永夜清宵何の所為ぞ」の句を与え、成仏させた。
『食人鬼(じきにんき)』(小泉八雲『怪談』) 山村の寺僧が道心なく、僧職を「衣食を得る手段」とばかり考えていたため、死んで食人鬼に生まれ変わった。それ以来、食人鬼の僧は、葬儀のある家へ行って、遺骸をむさぼり食って生きてゆかねばならなくなった。旅の夢窓国師が訪れたので、僧は「どうか施餓鬼をお願いいたします。この恐ろしい境涯からお救い下さい」と請い、消え失せた。
『二壜のソース』(ダンセイニ) スティーガアという男と同棲していた金髪娘が、行方不明になる。警察は殺人を疑うが、死体は発見されない。スティーガアは菜食主義者らしく、野菜しか買わない。その一方で、肉料理専用のソースを二壜も買ったりする。彼は毎日、庭木を切って薪にするという重労働をする。それは、腹を減らせて食欲をつけるためらしかった。
『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第2章 アトレウスは、妻が弟テュエステスと姦通したのを知り、テュエステスの三人の児をひそかに殺しその身体を煮て、テュエステスに食わせた。
『びゃくしんの話』(グリム)KHM47 継母が先妻の子を殺し肉汁にして、帰宅した父親に食べさせる。父親が「せがれはどうした?」と聞くと、継母は「親戚の家へ泊まりに行った」と答える。父親は「変だなあ」と言いつつも、肉汁を「うまいうまい」と言って全部食べてしまう→〔霊〕6c。
『変身物語』(オヴィディウス)巻6 テレウス王は、妻プロクネの妹ピロメラに一目ぼれしてこれを犯し、彼女の口を封じるために舌を切り取った。プロクネはテレウス王の悪事を知り、妹プロクネと力をあわせて、テレウスとの間にもうけた一人息子イテュスを殺した。姉妹はイテュスの身体を料理して、何も知らぬテレウスに食べさせた〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章に類話〕。
『歴史』(ヘロドトス)巻1−73 キュアクサレスは、狩りの獲物として食膳に出された料理がわが子の肉とは知らず食べた。
『歴史』(ヘロドトス)巻1−119 ハルパゴスはアステュアゲス王にわが子を殺され、その肉を食べさせられても「王のなされることはどのようなことでも私は満足です」と言った。
『封神演義』第18回 殷の国に軟禁された父西伯姫昌を救おうと、息子伯邑考が殷都朝歌へ赴く。しかし紂王と妲妃のために殺され、肉を切り刻まれて、肉餅にされる。肉餅は姫昌のもとへ届けられ、姫昌はそれを我が息子の肉と察知しつつも、紂王を欺くために、知らぬふりをして食べる。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第5日第5話 王妃は、「王がターリアに生ませた双子を細切れにし、ソースで煮て王に食べさせよ」と料理人に命ずる。食べた後にそれを知った王は驚愕するが、料理人は双子を救い、代わりに山羊を料理したのだった→〔眠り〕1b。
『タイタス・アンドロニカス』(シェイクスピア)第2幕〜第5幕 ゴート族の女王だったタモーラの息子、ディミートリアスとカイロンは、ローマの将軍タイタス・アンドロニカスの娘ラヴィニアを犯し、さらに彼女の舌と両手を切り落とす。タイタスは復讐のためにディミートリアスとカイロンを殺して料理し、彼らの母タモーラは、知らずに息子たちの肉を食べる。
『かちかち山』(昔話) 狸が婆を殺して婆に化け、畑から帰ってきた爺に「狸汁を」とすすめる。何も知らぬ爺が舌鼓を打って食べおわると、狸は正体をあらわし、「婆汁食った爺やい。流しの下の骨を見ろ」と言って逃げる。
『遠野物語拾遺』296 昔ある所に、たいそう仲の良い夫婦がいた。夫が長旅に出ている間、妻は、近所の若者たちの悪戯に悩まされ、川へ身を投げた。そこへ夫が帰って来て、妻の屍に取りすがって夜昼泣き悲しんだ。夫は、妻の肉を薄(すすき)の葉に包んで持ち帰り、餅にして食べた。これが、五月五日の節句に薄餅(=薄の新しい葉に、搗きたての水切り餅を包んだもの)を作って食べるようになった始めである。
*美女に求婚した男たちが、その美女の肉を食べる→〔妻争い〕3の寅御石(高木敏雄『日本伝説集』第14)。
*狐に転生した妻が、鳥に転生した夫を食う→〔転生〕7bの『転生』(志賀直哉)。
『三国志演義』第19回 呂布に追われた劉備は、部下と二騎で間道を逃げ、狩人劉安の家に一夜の宿を請う。劉安は、折悪しく獲物がなかったので、自分の妻を殺し、「狼の肉です」と言って劉備をもてなす。翌朝劉備は、厨(くりや)に女の死体がころがっているのを見て、昨夜食べたのが劉安の妻の肉だったことを知る。
『今昔物語集』巻1−26 女が大釜を背負って道を行く。立ち止まると釜から火が燃え出、女は釜の中に入って自らの身体を煮る。十分に煮てから女は自分の肉を食べ、また釜を背負って歩く。前世で沙弥に布施すべき食物を盗み食いしたため、女はこのような報いを受けていた。
『狂人日記』(魯迅) 世間の連中が「おれ」の肉を食いたがって、じろじろ見る。「おれ」は歴史の本を調べた。どのページにも「仁義道徳」などと書いてあるが、よく見ると、字と字の間から「食人」という字がたくさん出て来た。中国四千年の歴史は、人を食う歴史だったのだ。「おれ」は兄貴に「食人はやめるべきだ」と言ったが、兄貴は「おれ」を狂人扱いする。兄貴も人を食ったんだろう。「おれ」も、知らぬうちに人肉を食わせられていたかもしれない。
『人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち』(安部公房) 人肉を食う階級と食われる階級があり、食われる階級の代表が、人肉食反対の陳情をする。食う階級の三人の紳士が、人肉食の正当である理由を述べて、陳情に来た男を追い払う。その時、トサツ場がストライキだとの知らせがあり、紳士たちは食肉を確保すべく走り出す。
*飢えのために、人間の肉を食べる→〔飢え〕3a・3b。
『太平記』巻5「大塔宮熊野落ちの事」 老松と名のる少年が「大塔宮の難を救え」と触れ廻る。翌日、このことを聞いた宮が膚につけた守り袋を見ると、老松明神の御神体が全身に汗をかき御足に土がついていた。
『太平記』巻16「高駿河守例を引く事」 十万余騎の黄旗兵が玄宗皇帝の官軍に加勢したため、安祿山の反乱軍は逃げ去る。後に勅使が宗廟に詣でると、立ち並ぶ石人の両足が泥にまみれ五体に矢が立っていたので、宗廟の神が黄旗兵と化したことがわかる。
『古本説話集』下−67 貧女が、二十人に対して田植えの手伝いを請け負う。ところが、田植えの日がどの家も皆同じ日になってしまい、貧女は困りつつも、最初に請け負った人の田へ行って働く。その夜、二十人の所から田植え手伝いの礼物を、貧女の所へ持って来る。翌日、貧女が日頃念ずる観音像を見ると、像は泥にまみれ、御足は真っ黒になっていた。
『日本霊異記』上−6 高麗留学中に難に会った老師行善は、日本へ帰ろうとするが、途中の河を渡ることができない。行善が観音を念ずると、老翁が現れて舟で対岸に渡してくれる。行善が舟を下りると、老翁も舟も消え失せる。これこそ観音の化現であろうと行善は思い、観音像を造り礼拝した〔*『今昔物語集』巻16−1に類話〕。
『日本霊異記』中−34 娘が、求婚してきた男に食事を出そうと思っても何もない。観音像に祈ると、隣家の乳母が食事を持って来てくれる。娘は着ていた黒い衣を乳母に与える。後、観音を拝み、乳母に与えた黒衣が像にかかっているのを見る。
『日本霊異記』中−42 千手観音像に福を祈る女のもとに妹が訪れ、銭百貫入りの皮櫃を置いていく。その脚には馬糞がついていた。千手観音に花香油をそなえに行くと、観音の足にも馬糞がついていた。
*→〔傷あと〕3。
*『観音経』が人を救う→〔経〕1aの『宇治拾遺物語』巻6−5・『太平記』巻3「赤坂の城軍の事」。
『堤中納言物語』「貝合」 継子としていじめられている姫君と、正妻の姫君とが貝合わせをする。蔵人の少将が継子の姫君の味方をし、多くの美しい貝を箱に入れて、姫君の部屋近くの高欄にひそかに置く。それを見た姫君と女童たちは、日頃信仰する観音の助けと考える。
『今昔物語集』巻17−3 検非違左衛門尉平諸道の父が、合戦中に矢を射尽くして困っていた。すると戦場に小僧が一人現れ、矢を拾い集めて渡してくれた。小僧は、敵の矢が背に突きささったまま、どこかへ消えてしまった。合戦後、平諸道の父が氏寺に詣でると、地蔵菩薩像の背に矢が一本ささっていた。
『今昔物語集』巻17−9 僧浄源は、貧窮な老母のために地蔵に祈る。その夜老母は夢告を得、目覚めると絹三疋があり、それを売って富裕に暮らした。
『今昔物語集』巻17−13 水銀採掘中に穴に閉じこめられた男は、日頃地蔵を信仰していたため、地蔵の化身である小僧に導かれて、穴から出ることができた。
『今昔物語集』巻17−17 僧蔵満は三十歳で死に、地獄の使いに捕らえられるが、日頃信仰していた地蔵の化身である小僧に救われ、蘇生する。後、蔵満は九十歳まで生きた。
『今昔物語集』巻17−30 もっぱら地蔵を念じていた僧蔵縁は、三十歳頃からしだいに富裕になり、九十歳を過ぎて、自ら予言したとおり、地蔵講の日である八月二十四日に往生した。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之18第124回・巻之19第127回 嘉吉の戦いに義死した諸霊のための大法会が行われた時、老乞食坊主が来て「悪僧徳用が、法会に呼ばれなかったため怒り、大勢で攻めてくる」と教え、米・銭の施行を受けて去る。犬士は迎え撃つための準備をするが、後に辻堂の石地蔵を見ると、米の入った袋をかけ、銭がくくりつけてあったので、老乞食坊主は地蔵菩薩であったことがわかる。
『日本霊異記』中−14 貧しい皇族の女が、宴席を設けるための財貨を吉祥天女像に請う。乳母があらわれ、みごとな料理と食器をととのえてくれる。女は礼として乳母に衣裳を与えるが、後に天女像を拝むと、乳母に与えた衣裳が天女像にかかっていた。
『古本説話集』下−62 鐘撞き法師が吉祥天女像に愛欲の心を起こす。天女がそれに応えて、「汝の妻になろう」と夢告する。法師は、天女の化身である美女と裕福に暮らすが、やがて天女の戒めを破って愛人をつくる。天女は、大きな桶二つにいっぱいの精液を法師に返して、去る。
『日本霊異記』中−13 山寺の優婆塞が吉祥天女像に愛欲の心を起こし、「天女のごとき美女を与え給え」と願う。ある夜天女と交わる夢を見て、翌日天女像を見ると、裙の腰のあたりが精液で汚れていた〔*『今昔物語集』巻17−45に類話〕。
★1.人の顔の形をした腫れ物。腕・肩・膝などにできることが多い。
『かわいいポーリー』(星新一『悪魔のいる天国』) 船員の「おれ」はジプシーに頼んで、腕にキャベツのいれずみを彫ってもらう。それが女の顔に変り、盛り上がってくる。ナイフで二度切り落とすと、三度目に現れた顔は美人だった。「おれ」は女をポーリーと名づけ、キスをし、お菓子をたくさん与える。ポーリーはどんどん美しく、大きくなってゆく→〔乗っ取り〕3。
『瘤弁慶』(落語) 大津の宿で壁土を食べた男の右肩に、大津絵の弁慶が瘤となって現れる。瘤弁慶は日に三升の酒を飲み、大飯を食うので、男は蛸薬師へ治癒祈願に行く。帰りの夜道で大名行列に出会い、瘤弁慶と武士たちが喧嘩を始める。男が「お見逃しを」と詫びるが、大名は「夜の瘤は見逃せぬ」と言う〔*「夜の昆布(=「よろこぶ」に通じる)は見逃すな」ということわざがあった〕。
『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「人面瘡」 人面瘡は一般に腹か膝にできるが、ブラック・ジャックに手術を依頼した患者は、顔全体が人面瘡になり、醜く腫れあがっていた。実はこの男は殺人嗜好症で、人面瘡ができている間だけ、殺人衝動が消えるのだった。
『酉陽雑俎』巻15−588 ある男の左腕に人面瘡があり、その口に酒をたらすと顔も赤くなり、食べ物は何でも食べた。医師の教えで金石草木あらゆる薬を与えると、貝母という薬草に対して人面瘡は顔をしかめ、口を閉じた。そこで口をこじあけ貝母の汁を注ぐと、数日して人面瘡は消えた。
*→〔映画〕1の『人面疽』(谷崎潤一郎)。
★2.母親の胎内に双子ABがあったが、誕生以前に、Aの体内にBが吸収されてしまい、Aだけがこの世に生まれる。二十数年後、Bは人面瘡となって、Aの身体に現れる。
『人面瘡』(横溝正史) ある年の春頃、松代の右腋に腫物ができた。それはやがて野球のボールほどになり、眼・鼻・口がそなわって、松代の妹・由紀子の顔に似てきた。松代は「自分は以前に包丁で由紀子を刺した」と思い込んでいたので(*→〔夢遊病〕4)、「由紀子の呪いがこもった腫物だ」と、恐れる。金田一耕助が松代に、「この世に生まれなかった、あなたの双生児の姉妹の顔だ。切開手術をすれば問題ない」と教える。
*双子の一方が生まれない→〔双子〕5の『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「畸形嚢腫」。
応声虫(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』) 元禄十六年(1703)、京の商家の息子・長三郎十二歳の腹に、人間の口の形をした出来物ができた。出来物は人語を話し、口に入るものは何でも食べた。菅玄際という名医が、「応声虫のしわざであろう」と診断し、薬を与える。十日ほどたって、長三郎の肛門から、長さ一尺一寸の虫が出た。それは角が一本生えたトカゲそっくりの虫だったので、すぐ打ち殺した。四ヵ月ほどして、長三郎はもとどおりの身体に回復した。
子どもが語る猫の怪談(松谷みよ子『現代民話考』) 中学生の女の子が、いたずらばかりする黒猫を殺した。数日後、その女の子の肩におできができ、日に日に大きくなって、やがて猫の顔になる。ある日、猫の顔のおできは、女の子の首にかみついて、首を食いちぎってしまった(場所不明)。
→TOP