【手術】

★1.脳を手術して、知能を高める。

『アルジャーノンに花束を』(キイス)  白ねずみのアルジャーノンは脳手術を受けて知能が高くなり、難しい迷路もくぐり抜けられるようになった。三十二歳の「ぼく(チャーリイ・ゴードン)」はIQ70だったが、三月に手術を受け、三ヵ月足らずでIQ185の天才になる。しかし人為的に高められた知能は、短期間でまたもとの水準にまで低下してしまうのだった。アルジャーノンは知能の極点を過ぎ、異常行動を示して死んでいった。九月頃から「ぼく」も知能の衰えを自覚し、十一月には養護施設へ入る。「裏庭のアルジャーノンの墓に花束を供えてやって下さい」と、「ぼく」は書き遺す。

★2.ロボトミー手術。精神病患者の前頭葉白質を切除して、人格を変えてしまう。

『カッコーの巣の上で』(フォアマン)  マクマーフィーは刑務所の強制労働を逃れるため、狂人のふりをして精神病院に入る。彼は入院患者たちをまきこんで病院への反抗を繰り返し、看護婦長ラチェッドの首を絞めて殺そうとまでする。マクマーフィーは取り押さえられ、ロボトミー手術を施される。その結果彼は、意志の疎通のできぬ廃人になってしまった。仲間の患者は、マクマーフィーの悲惨なありさまに心を痛め、枕で彼を窒息死させた。

★3.麻酔なしで手術する。

『外科室』(泉鏡花)  貴船伯爵夫人は胸部の病気で手術を受けるに際し、「私は心に一つ秘密がある。麻酔剤を用いると譫言(うわごと)を言うらしいから、それが恐ろしい」と言い、麻酔を拒否する。執刀する高峰医学士のメスが胸を割き、骨に達した時、夫人は「貴下(あなた)は私を知りますまい!」と言って、高峰の持つメスに手を添え、自ら乳の下を掻き切る。高峰が「忘れません」と言うと、夫人は微笑んで息絶えた→〔心中〕6

『三国志演義』第75回  関羽は毒矢で射られ、右臂が青く腫れ上がった。トリカブトの毒が骨にしみわたり、このままでは腕が使えなくなるので、名医の華佗が、小刀で肉を切り裂き、骨についた毒を削り落とす手術をする。関羽はその間、酒を飲み肉を食べ、痛さを感ぜぬがごとく、まわりの者たちと談笑し、碁を打っていた。

★4.自分の身体を手術する。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「ディンゴ」  オーストラリア大陸。荒野を一人で移動中のブラック・ジャックが、寄生虫エヒノコックスの新種に侵され、激しい腹痛に苦しむ。彼はテントを張り、局所麻酔の注射をして、鏡を見ながら自分の腹部を手術する。エヒノコックスを媒介する野犬ディンゴたちが、血のにおいをかぎつけて集まり、鋭い爪でテントを引き裂き始める。通りかかった男が銃を撃ってディンゴたちを追い払い、ブラック・ジャックは命拾いする。

★5.手術の失敗。

口裂け女(現代民話)  ある女が整形手術に失敗して、口が裂けた。女はマスクをして道に立ち、通る男に「私はきれい?」と聞く。「ブス」と言うと、ナイフで腹を刺される。「きれい」と言うと、女はマスクをはずして「これでも?」と、口の裂けた顔を見せる。逃げると女は追いかけて来て、自分と同じように男の口を裂いてしまう(東京都東久留米市)。 

★6.手術不能。

『白い巨塔』(山崎豊子)  浪速大学医学部第一外科教授である財前五郎が、胃癌に侵される。財前の恩師・東(あずま)名誉教授が執刀するが、癌はすでに肝臓に転移しており、手術不能だった。開腹部はすぐに縫合され、十時に始まった手術はわずか三十分で終了した。東は、手術室の時計を一時間進ませ、十一時半にするよう命ずる。麻酔から醒めた財前は時計を見て、手術が順調に行なわれたと思い、安堵する。

 

*世界最初の全身麻酔手術→〔乳房〕5の『華岡青洲の妻』(有吉佐和子)。

 

【入水】

 *関連項目→〔身投げ〕

★1.複数の男から求婚された女が、入水して死ぬ。

『万葉集』巻9 1811〜1812歌  葛飾の真間の手児名は質素な身なりで働く娘だったが、たいへんな美女であったので、多くの男性から求愛された。しかし彼女は誰とも結婚することなく、入江に身を沈めて死んでいった。

『万葉集』巻16 3810〜3812歌  三人の男が、縵児(かづらこ)に求婚した。縵児は思い悩んで池のほとりをさまよい、ついに水底に身を沈めた。

『大和物語』第147段  二人の男から求婚された津の国の女は、どちらを選ぶこともできず、「住みわびぬ我が身投げてむ津の国の生田の川は名のみなりけり」の歌を残して生田川に投身した。

*→〔二人夫〕1aの『草枕』(夏目漱石)2。

★2.夫や兄が討死したり捕らわれたりしたため、その妻や妹が入水して死ぬ。

『平家物語』巻9「小宰相身投」  懐妊の身の小宰相は、夫通盛の討死を知らされ悲嘆して、屋島の海に入水した。

『平治物語』下「夜叉御前の事」  奥波賀の夜叉御前は、兄頼朝が捕らえられたことを悲嘆し、十一歳で杭瀬河に投身した。

『保元物語』下「為義の北の方身を投げたまふ事」  夫為義及び乙若以下四人の子らが皆斬られたと聞いた北の方は、石を袂に入れ河に投身した。

★3.入水する女が、救助されてしまうこともある。

『転寝草紙』(御伽草子)  大臣家の姫君が、左大将との来世での契りを念じ、瀬田の橋から入水する。そこへ左大将の乗った舟が通りかかり、姫君は救助され、二人は結ばれる。

『源氏物語』「浮舟」〜「手習」  薫と匂宮の両方と関係を持ってしまった浮舟は、宇治川へ入水しようとして意識を失う。彼女は、宇治の院の森かげに茫然としているところを、横川の僧都に救われる。

『狭衣物語』巻1〜2  飛鳥井の女君は狭衣と関係を結んでいたが、式部大夫が女君に言い寄り、連れ出して筑紫行きの船に乗せる。女君は式部大夫に身をまかせることを拒否し、虫明の瀬戸(=岡山県東部沿岸)に身を投げようとする。そこへ女君の兄僧が来合わせ、彼女を救う〔*しかし女君は、狭衣に再会できぬまま、やがて病没する〕。

『鉢かづき』(御伽草子)  家を追われた鉢かづきは絶望して川へ身を投げるが、鉢のために身体が沈みきらずに流れ行き、舟人に引き上げられる。山蔭三位中将が鉢かづきの異相に目をとめ、屋敷の湯殿に置いて働かせる。

★4.海の神への捧げ物として、女が入水する。

『太平記』巻18「一宮御息所の事」  武士・松浦五郎が、一宮(=後醍醐天皇第一皇子・尊良親王)の御息所に横恋慕して、船で連れ去る。随身武文はこれを阻もうとして果たさず、腹かき切って海底に沈む。鳴門海峡まで来ると海が荒れ、武文の怨霊が出現して船を招くので、松浦五郎は御息所に水手一人をそえて小舟に乗せ、波の中に放つ〔*小舟は淡路の武島に漂着し、後に御息所は一宮と再会することができた〕。

『筑前国風土記』逸文「うちあげの浜」  狭手彦連の船が、海にとどまったまま動かない。海神が狭手彦の妾那古若を慕っているため、と思われたので、彼女をこもの上に乗せて波に放ち浮かべた。

『椿説弓張月』続編巻之1第31回  鎮西八郎為朝以下主従三十余人が、二艘の船で肥後から京へむけて出帆する。海上で嵐に襲われ、為朝の妻白縫が、我が身を海神に献じて一行の無事を願おうと、入水する〔*しかし風波はおさまらず、家来たちは絶望して自害し、為朝も死を覚悟する〕。

*→〔船〕8の『古事記』中巻・『日本書紀』巻7景行天皇40年是歳。

★5.夫や子と別れた女が入水する。

『太平記』巻4「藤房卿の事」  中納言藤房は、後醍醐帝の笠置遷幸に従うべく、形見の髪と歌を愛人左衛門佐局のもとに残して京を去る。左衛門佐局は悲嘆して、大井川に身を投げる。

『春雨物語』「宮木が塚」  遊女宮木は、宿駅の長藤太夫の横恋慕によって、恋人河守十太兵衛との仲を割かれる。十太兵衛は罪に落とされて病死し、藤太夫が強引に宮木を身請けする。宮木は、法然上人に会いに行き念仏を授けられて、入水する。

『発心集』巻3−6  娘を亡くして三年になる女房が、天王寺で二十一日間の念仏をした後、難波の海に入水した。

『横笛草紙』(御伽草子)  滝口時頼は恋人横笛を捨て出家し、嵯峨の往生院に籠もる。横笛は往生院を訪ねるが滝口に対面を拒否され、大井川に身を投げる〔*『平家物語』巻10「横笛」の類話では、横笛は剃髪して奈良の法花寺に入り、まもなく没した、と記す〕。

★6.いつわりの入水。

『明石物語』(御伽草子)  明石三郎の北の方は横恋慕する高松中将から逃れるため、侍女と二人で流浪の旅に出る。二人は渚に衣装を脱ぎ捨て辞世の歌を書き置き、入水したかのように見せかけて去る。

『好色五人女』巻3「中段に見る暦屋物語」  京の大経師(だいきょうじ)某の妻おさんは、手代の茂右衛門と不義の関係になる。二人は「心中したように見せかけて、田舎へ身を隠そう」と相談する。彼らは書置きを残し、水際に着物や草履を捨て、水練の男二人を雇って琵琶湖へ飛び込ませる。大経師の店の召使たちは水音を聞き、おさんと茂右衛門は入水した、と思って泣き騒ぐ〔*二人は丹後に隠れるが、結局捕らえられ処刑された〕。

『信太』(幸若舞)  信太は小山の手に捕えられ、湖に沈められることとなる。旧臣千原太夫が、舟の上から大石を水中に投げて信太を沈めた体にもてなし、助けて陸に戻る。

*川や海に石を投げ込んで、入水したように思わせる→〔死因〕2cの『英草紙』第8篇「白水翁が売卜直言奇を示す話」・〔冥界行〕6bの『辰巳の辻占』(落語)。

★7.政治的な理由による入水。

『荘子』「譲王篇」第28  舜が、友人の無択に天下を譲ろうとした。無択はそれを汚らわしいことだと言って、清レイの淵に投身した。殷の湯王が、天下を卞随に譲ろうとすると、卞随はチュウ水に投身した。次いで務光に譲ろうとすると、務光は石を背負って廬水に投身した。

*→〔五月〕2の『太平広記』巻291所引『続斉諧記』。

★8a.入水往生。

『平家物語』巻10「横笛」〜「維盛入水」  都落ちした平家一門は、讃岐の八島(屋島)に仮の内裏を作る。三位中将維盛は京の妻子を忘れられず、「生きる甲斐のない我が身」と観じ、寿永三年(1184)三月十五日に八島を抜け出る。彼は高野山へ登って出家し、熊野三山に参詣した後、船で海上に出て、三月二十八日、二十七歳で那智の沖に入水往生する。

★8b.いつわりの入水往生。 

『宇治拾遺物語』巻11−9  三十歳余りの僧が桂川に入水往生するというので、大勢の人々が拝みに行く。僧はいったん川に身を沈めるが、苦しさにもがき、あわてて陸地に戻り、川原を走って逃げる。後に僧は、手紙の上書きに「前(さき)の入水の上人」と署名した。

★9.全国民の、あるいは全人類の集団入水。

『レミング』(マシスン)  海岸沿いのハイウェイに、幾千幾万台の自動車が押し寄せる。車から降りた人々は、次々に海に入って行く。警官二人が、「レミングの集団自殺みたいだ」と話し合う。一週間あまりたつと、車が来なくなる。もう誰も現れない。「皆、海に入ってしまったんだろう」「ほかに湖もいくつかあることだし」。警官の一人が「じゃあ、さようなら」と言って、海に入る。それを見届けて、もう一人も海に入る。

★10.バケツの水で、入水自殺を試みる。

『にんじん』(ルナール)「にんじんのアルバム」22  母親から愛されない「にんじん」は、バケツに水を入れて自殺を試みる。「にんじん」は鼻と口を水に漬け、じっとしている。母親の平手打ちが飛んで来て、バケツはひっくり返る。おかげで、「にんじん」は命拾いする。

 

【出産】

★1.石を産む。

『今昔物語集』巻17−44  僧が近づき親しんだ童は意外にも女であり、懐妊して大きな石を産んだが、女は実は毘沙門天の化身で、石と見えたのは金塊だった。

『日本霊異記』下−31  美濃国の女が男と交わることなく懐妊し、三年を経て二つの石を産んだ。

★2.河童を産む。

『遠野物語』(柳田国男)55  松崎村の川端の家の女が、河童の子を産んだ(*→〔河童〕1)。生まれた子は手に水掻きがあり、醜怪な形だった。河童の子は切り刻まれ一升樽に入れられて、土中に埋められた。その女の母もまた、かつて河童の子を産んだことがあったという。

★3.玉を産む。

『古事記』中巻  新羅国のアグヌマという沼の辺に女が昼寝していると、日の光が虹のごとく女の陰を射した。女は孕み、赤玉を産んだ。

『太平記』巻13「干将莫耶が事」  楚王の夫人が、鉄柱によりそって涼んでいたところ懐妊し、月満ちて一つの鉄丸を産んだ。王は、この鉄丸で剣を作るよう干将莫耶夫妻に命ずる。

★4.卵を産む。

『今昔物語集』巻5−6  天竺般沙羅国王の后が五百の卵を産んだ。后は恥じ、これを小箱に入れて恒伽河に流し捨てたが、五百の卵からは五百の王子が生まれた。

★5.手を産む。

『源平布引滝』3段目「実盛物語」  「葵御前が男児を産んだら殺せ」との命令を受けて、斎藤実盛と瀬尾十郎が検分に来る。百姓九郎助夫婦は、湖で拾った女の片腕を錦にくるみ、「これが葵御前の産んだものだ」といつわる。

『東海道名所記』巻5  夫が若妻を友人に預けて他国へ赴く。友人は若妻が人に盗まれぬよう、毎夜彼女の腹の上に手を置いて守る。若妻は懐妊して十ヵ月後に手ひとつを産む。以来、この村を「手孕み村」という。

★6.肉塊を産む。

『日本霊異記』下−19  豊服広君の妻が鳥の卵のごとき肉塊を産み、不吉なものと思い笥に入れて山の石の中に置く。七日後に見ると女児が生まれ出ており、通常の人間とは異なる身体であったが、成長してすぐれた尼になった〔*『三宝絵詞』中−4に類話〕。

『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」  ドリタラーシュトラの妃ガンダーリーは、身ごもって二年後に鉄玉のごとく固い大きな肉塊を産む。肉塊は百個の細胞に分離し、ドゥルヨーダナ以下百人の息子が生まれる。

★7.水を産む。

『異苑』56「幽霊の子」  晋代のこと。筍沢という男が死後幽霊となって家に帰り、妻と仲むつまじく暮らした。妻は懐妊し、十ヵ月たって出産したが、産み落としたのはすべて水だった。

『栄花物語』巻5「浦々の別」  一条天皇に寵愛された承香殿女御(元子)は、懐妊したものの、臨月をすぎても出産の兆候がないので、太秦広隆寺に参籠した。女御は寺内で産気づき、水を産んだ。水は尽きることなく流れ出て、女御の腹は見るまにしぼみ、普通の人の腹よりもへこんでしまった。

『続古事談』巻1−35  皇嘉門院(=崇徳帝中宮)の名は「聖子」だった。王子(皇子)誕生を願っての命名だったが、ある人が「『聖』の下のつくりは『王』ではなく、『壬』だ。『壬』には『むなしい』という意味がある」と批判した。やがて聖子は懐妊し、臨月になって、多量の水を産んだ。

★8.蓮花を産む。

『今昔物語集』巻5−5。  鹿の腹から生まれた鹿母夫人は、王后となり蓮花を産んだ。池に投じられた蓮花には五百の葉が生じ、葉ごとに一人ずつ童子が乗っていた。

★9.尻尾のある子を産む。

『百年の孤独』(ガルシア=マルケス)  血のつながりの濃いウルスラとホセ・アルカディオ・ブエンディーアの結婚に、親戚は反対した。以前に彼らの伯母と伯父が結婚して、豚の尻尾がついた息子が生まれたからだった。彼らの子・孫・曾孫・玄孫に尻尾はなかったが、百年余を隔てて再び、玄孫のアマランタ・ウルスラが、ブエンディーア一族の最後の生き残りである甥のアウレリャーノとの間に、豚の尻尾のついた赤ん坊を産んだ。

★10a.国土を産む。

『古事記』上巻  イザナキ・イザナミの二神はオノゴロ島で結婚し、国産みを行なった。最初に淡路島を産み、次いで四国、隠岐の島、九州、壱岐の島、対馬、佐渡の島、本州の順に産んでいった。こうして、まず主要な八つの島々を産んだので、我が国を「大八島国」というのである〔*この後も二神はいくつかの島を産み、次にさまざまな神々を産んだ〕。

★10b.アダムとイヴ(エヴァ)の物語を、イザナキ・イザナミ神話の訛伝と見なす。

『霊の真柱(たまのみはしら)(平田篤胤)上つ巻  西の果ての国々の古伝に云う。世の初めの時、天つ神が天地を造った後に、土塊(つちくれ)を二つ丸めて男女の神となした。男神の名を「安太牟(アダム)」、女神の名を「延波(エハ)」と言い、この二人の神が国土を産んだ。これは皇国(みくに)のイザナキ・イザナミ神話が、誤り伝えられたものと思われる。

★11.山中で出産する。

『義経記』巻7「愛発山の事」  加賀白山の龍宮の宮という女体の神が、滋賀唐崎の明神と逢ううちに懐妊し、故国加賀へ戻る途中、近江と越前の境の山で出産する。その時、産のあら血をこぼしたので、そこを愛発(あらち)の中山と呼ぶ。

『義経記』巻7「亀割山にて御産の事」  義経の北の方は、羽前の亀割山で産気づき、弁慶の世話で若君を産みおとす。亀割山にあやかり、亀の万年・鶴の千年になぞらえて、亀鶴御前と名づけた。

『神道集』巻2−6「熊野権現の事」  侍たちに鬼谷山へ連れて行かれた五衰殿の女御は、そこで王子を産む。女御は首を落とされ、死骸は王子を抱きながら横へ倒れた〔*『熊野の本地』(御伽草子)も同話〕。

ブルターニュの伝説  コモール伯は妻が懐妊するたびに殺し、すでに四人の妻が死んでいた。五人目の妻トリフィヌは城から逃げ出すが力尽き、森の中の草地で男児を産む。コモールの気配がしたので、彼女は子を木の洞に隠す。コモールはトリフィヌの首を斬る。

★12.自ら望んで私生児を産む。

『斜陽』(太宰治)  「私(かず子)」は、貴族の家に生まれた。現在二十九歳で離婚歴がある。六年前、「私」は妻子持ちの中年作家・上原二郎に、いきなり接吻されたことがあった。それが、「私」の心のひめごとになった。日本は戦争に負け、社会は大きく変わった。貴族の特権も失われた。恋の成就と道徳革命のために、「私」は上原の子供を宿したいと願う。「私」は上原を誘って一夜の関係を結び、望みどおり妊娠する。「私」は私生児を産み、古い道徳と戦って、太陽のように生きるつもりだ。

★13a.高齢出産。

『創世記』第17〜21章  アブラムが九十九歳の時、主(しゅ)が現れて告げた。「これからは、アブラハムと名乗りなさい。あなたの妻サライをサラと呼びなさい。サラは来年男児を産む。その子をイサクと名づけなさい」。サラは老齢で、月のものもなくなっていたので、アブラハムはこれを信じなかった。しかし翌年、サラは九十歳で男児イサクを産んだ。

『日本霊異記』中−31  聖武天皇の御世。遠江の人、丹生(にふ)の直(あたひ)弟上(おとかみ)が七十歳の時、その妻が六十二歳で懐妊し、女児を産んだ。女児は左手を握って生まれ、七歳の時に手を開くと、舎利が二粒あった。そこで七重の塔を建て、舎利を安置した。塔建立後、女児はすぐ死んだ。 

★13b.にせの高齢出産。

『狭衣物語』巻2  独身の女二の宮(=嵯峨帝の娘)が妊娠し(*→〔秘密〕3)、ひそかに男児を産んだ。母(=嵯峨帝の后)は、娘の不始末を隠そうと考え、「自分と嵯峨帝の間にできた子だ」と公表する。母は見かけは三十歳くらいだったが、実際は四十五歳であり、ずいぶん前に月のものも止まっていた。嵯峨帝も世人も、高齢の妊娠・出産に驚きつつ、「そういうこともあるだろう」と納得した。 

 

【出生】

★1a.出生を隠す。

『破戒』(島崎藤村)  信州飯山の小学校の青年教師瀬川丑松は、部落出身者であった。父は一人息子の丑松に、「出生を隠せ」と、固く戒めた。しかし丑松は、部落解放運動の思想家・猪子蓮太郎の著作に出会い、大きな影響を受ける。丑松は、「猪子にだけは自分の素性を話そう」と思うが、その猪子は暗殺されてしまった。翌日、登校した丑松は授業を中断して、自分が部落民であることを、生徒たちに告白する。

★1b.出生をいつわり、他人になりすます。

『大岡政談』「天一坊実記」  腰元沢の井は八代将軍吉宗の子を身ごもり、認知のお墨付きと短刀を得た。しかし産後まもなく、沢の井母子は死んでしまった。後に、僧宝沢がお墨付きと短刀を手に入れ、「天一坊」と名乗り、将軍の落胤と称して、大勢の供人を率いて江戸に乗り込んだ。大岡越前守がにせ者と見破り、天一坊は獄門にかけられた。

『砂の器』(松本清張)  昭和六年生まれの本浦秀夫は、昭和二十年の空襲で役所の戸籍原簿が焼失したことを利用し、「和賀英良」と名乗って戸籍を創作した。本浦秀夫の父は癩病であり、才能豊かな秀夫は将来のために、癩病者の戸籍から抜け出る必要があった。やがて和賀英良(=本浦秀夫)は、作曲家として脚光を浴びる。しかし彼の過去を知る元巡査三木謙一が訪ねて来たので、和賀英良は三木謙一を殺した。

『当世書生気質』(坪内逍遥)  明治十年代、士族守山友定は、慶応四年(1868)の上野戦争の折に行方知れずとなった娘お袖を捜し、新聞に尋ね人の広告を出す。吉原の娼妓顔鳥(=本名お新)は、幼い頃生き別れ、後再会した母お秀にそそのかされて、「私がお袖だ」と名乗り出る〔*しかし本物のお袖は、守山友定の息子(友芳)の学友(小町田粲爾)の妹として、成長していた〕→〔兄妹〕1

★1c.生まれ年をいつわる。 

『半七捕物帳』(岡本綺堂)「松茸」  熊谷の豪農の娘お元は、弘化三年(1846)丙午年の生まれだった。「丙午の女は男を食い殺す」との俗信があったので、お元は「弘化二年巳年生まれ」といつわって、熊谷から遠く離れた江戸の商家へ嫁いだ。ところが、将軍家へ献上する松茸を運ぶ人足の安吉が、お元の秘密を知って、強請(ゆすり)をした〔*半七が事件を解決し、お元の秘密も口外せずにおいた〕。

★2a.真の父母が別にいることを知らされる。

『オイディプス王』(ソポクレス)  オイディプスはコリントス王夫妻の子として育ち、成人後にテーバイの王となる。しかし、テーバイに蔓延する疫病の原因を探るうち、オイディプスは、老羊飼いなどから、自分の真の父はテーバイの先王ライオス、真の母はその妃イオカステであることを、知らされる。ライオスはかつてオイディプスが殺した男であり、イオカステは現在オイディプスが妻としている女であった。

『神道集』巻6−33「三島大明神の事」  阿波の国の頼藤右衛門尉の子として育った玉王は、成長して都へ上り、十五歳で蔵人に任ぜられる。十七歳の時、玉王は、四国から来た百姓たちの話を立ち聞きする。それによると玉王は、鷲が何処からかさらって来た子で、頼藤は実の親ではない、という。玉王は四国へ下り、真の父母(=橘朝臣清政夫婦)を捜し求め、再会する〔*『みしま』(御伽草子)に類話〕。

『氷点』(三浦綾子)  陽子は、病院長辻口啓造と妻夏枝の娘として育つ。十七歳の時、陽子は、かつて辻口家の三歳の娘ルリ子を殺した犯人とその内妻の子である、と夏枝から聞かされる。陽子は衝撃を受けて睡眠薬自殺をはかる。しかし陽子は殺人犯の子ではなかった。

★2b.真の父が別にいることを知らされる。

『暗夜行路』(志賀直哉)  時任謙作が六歳の時、母が死に、彼はなぜか祖父の家に引き取られた。そこには、祖父の妾のお栄という二十三〜四歳の女がいた。青年になった謙作は、さまざまな悩みをかかえ、孤独を感じ、お栄との結婚を考えて、兄信行に手紙を書く。兄からの返事には、お栄が拒否したこと、実は謙作は父のドイツ留学中に祖父と母との間にできた不義の子であることが、書かれていた。

『源氏物語』「薄雲」  藤壺女院が三十七歳で死去し、四十九日の法要も過ぎたある暁、藤壺の息子である十四歳の冷泉帝は、夜居の僧から、実の父は桐壺帝ではなく光源氏であることを、聞かされる。

『源氏物語』「橋姫」  薫は、幼少の頃より自己の出生に疑問を持っていたが、成人して後、老女房弁の君から柏木の臨終の模様を聞き、彼の文反故を渡されて、柏木が実の父であったことを知る。

『真実一路』(山本有三)  むつ子は、恋人が病死した時、すでに子を宿していた。義平はそれを承知でむつ子と結婚し、生まれたしず子を自分の子として育てる。成人したしず子は、縁談が破談になったことから、自分の出生の秘密を知る。

★2c.真の母が別にいることを知らされる。

『反橋』(川端康成)  「私(行平)」は五十年前、五歳の時、母に連れられて住吉神社の反橋を渡った。反橋の頂上で母は、「私はお前の本当の母ではない。本当の母は私の姉で、姉はこの間死んだ」と言った。「私」の生涯はこの時に狂った。「私」の出生は尋常なものではあるまい、生母の死も自然なものではあるまい、と「私」は疑うようになった。

『彼岸過迄』(夏目漱石)  須永市蔵は子供の頃、父を失った。その時、母は「今までどおり御母さんがかわいがってあげるから、安心なさい」と言った。実は市蔵は、父が小間使に産ませた子だった。母は小間使に暇を出し、市蔵を自分の子として育てたのである。市蔵は、叔父松本からそのことを聞き、「母が、自分と従妹千代子(母の妹の娘)との結婚を望むのは、血統上の理由があるのだ」と悟った〔*夫が愛人に産ませた子を、妻が自分の子として育てるという点で→〔秘密〕2aの『婦系図』(泉鏡花)・『陽のあたる坂道』(石坂洋次郎)と同様〕。

★3.身分ある人の子であることがわかる。

『アーサーの死』(マロリー)第1巻第6章  エクター卿夫妻の子供として育った少年アーサーが、教会境内の大石から剣を引き抜く。それを知ったエクター卿はアーサーに、「あなたの本当の父はユーサー・ペンドラゴン王、母は妃イグレインです」と教える〔*魔法使いマーリンの言葉にしたがって、ユーサー王はアーサーをエクター卿に預けたのである〕。アーサーはイングランドの王となり、エクター卿はアーサーに仕える。

『一寸法師』(御伽草子)  一寸法師は背丈が伸びた後、姫君とともに参内し、帝に拝謁した。一寸法師の先祖を尋ねると、彼の父は、堀河の中納言が讒言により田舎へ流された時にもうけた息子であり、母は伏見の少将の娘であることが、わかった。一寸法師は堀河の少将となり、後に中納言になった。

『ダフニスとクロエー』(ロンゴス)  ダフニスとクロエーはともに身分ある人の子だったが、それぞれ事情があって捨てられ、ダフニスは山羊飼いの子になり、クロエーは羊飼いの子になる。二人は成長後、養父母の世話で実の両親と対面し、由緒正しい生まれであったことを知り、皆に祝福されて結婚する。

『トム・ジョーンズ』(フィールディング)  資産家オールワージは、ある日自室のベッドに赤ん坊を発見する。近隣の男女の私通により産み捨てられたもの、と見なされ養育されるが、この子トム・ジョーンズは、成長後、オールワージの妹の子であったことがわかる。トム・ジョーンズは伯父オールワージの跡継ぎとなり、幸福な結婚をする。

『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第7章  トリスタンは領主リヴァリーンを父、マルケ王の妹ブランシェフルールを母として、誕生した。父の死後、トリスタンは父の家臣ルーアル夫妻の子として育てられる。少年トリスタンは誘拐され、数年を経てルーアルと再会するが、その折に彼は真の両親が誰であるかを聞かされる。

『ものくさ太郎』(御伽草子)  ものくさ太郎が都へ上り、御所に召されて帝と対面する。帝がものくさ太郎の先祖を尋ね、彼が身分高い人の子供であることが明らかになった。仁明天皇の第二皇子二位中将が信濃へ流され、善光寺如来に申し子して授かったのが、ものくさ太郎であった。太郎は三歳の時両親に死に別れ、その後、庶民の間で暮らしたために、卑しい身分となったのである。

*→〔遺産〕4の『オリヴァー・トゥイスト』(ディケンズ)。

*→〔二人妻〕4aの『春色梅児誉美』(為永春水)。

★4.みにくいアヒルの子が、美しい白鳥の子だったことがわかる。

『みにくいアヒルの子』(アンデルセン)  ある夏の日、お母さんアヒルがいくつもの卵を孵したが、その中の一羽だけはみにくい灰色のヒナだった。灰色のヒナは皆から嫌われ、いじめられて、とうとう親もとを逃げ出す。ヒナは諸方で苦労しながら辛い秋・冬を過ごし、翌年の春になって、自分が美しい白鳥に成長していることに気づく。

★5a.身分高い人の子として育てられたが、実はそうではなかったことがわかる。

『ドイツ伝説集』(グリム)523「ブンドゥス公、またの名はヴォルフ」  シュヴァーベンのブンドゥス公は成年に達して、自分が狩人夫婦の子であることを知る。彼は、公国も花嫁も他に譲り、教会に入って余生を神に仕えて暮らす。

★5b.母親の身分が低かったことを知らされる。

『海士(あま)(能)  藤原淡海の世継ぎ房前大臣は、臣下から「亡き母君は讃州志度の浦の人」と聞き、母が身分賤しい海士乙女だったことを知る。房前は亡母追善のため志度の浦を訪れ、母の霊と出会う。

★6.最高権力者の出生の秘密。

『アドルフに告ぐ』(手塚治虫)  アドルフ・ヒットラーはアーリア人の優越性を説き、ユダヤ人を迫害した。しかしヒットラーの祖父は、実はユダヤ人だった。ヒットラーには、ユダヤ人の血が四分の一混じっているのだ。そのことを記す機密文書を、日本人が手に入れた。ヒットラーの出生の秘密が公けになれば、ナチス・ドイツは崩壊する。ゲシュタポが、機密文書を取り戻すべく日本へやって来る。アドルフ・カウフマンとアドルフ・カミルは幼なじみの親友だったが、機密文書をめぐって、敵味方の関係になってしまった→〔同名の人〕1d。 

『平家物語』巻6「祇園女御」  平清盛は、まことは白河院の皇子である。院が、懐妊した祇園女御を平忠盛に与え、生まれたのが清盛である。昔も、天智帝が懐妊の后を大織冠鎌足に与えた例があった。

 

*神の子であることがわかる→〔最初の人〕1の『イオン』(エウリピデス)。

*→〔秘密〕1・2a・2b・3に記事。

 

【寿命】

★1.寿命は生まれた時に決まっている。

『今昔物語集』巻26−19  赤ん坊が生まれた時、鬼神が「年は八歳、自害」と言うのを、その家に泊まった旅人が聞く。それから九年目、旅人は再びその家に宿り、「あの時生まれた子が、鎌が頭に突きささる事故で去年死んだ」と聞かされる。

*→〔落下〕1aの『捜神記』巻19−9(通巻448話)。

★2a.死すべきはずの人の寿命が延びる。

『古事談』3−52  「性信親王の寿命は十八歳」との宿曜の勘文が奉られたため、親王十八歳の春に、尊勝の法を修した。すると、ある人が「閻魔王宮の火事により寿命を記した札の『八』の字だけが焼け残った」との夢を見た。そのゆえか、親王は八十歳まで生きた。

『今昔物語集』巻24−21  夜、表を通る男が吹く笛の音を聞いた僧登照は、その男の余命いくばくもないことを察知する。ところが翌日の夕方、同じ男が吹く笛の音からは、寿命がはるかにのびたことがわかる。男は普賢講で笛を吹き仏縁を結んだ功徳で、命がのびたのだった。

『三国伝記』巻2−1  生まれた男児が「余命二年」と予言される。父婆羅門は薬師如来像を造って供養し、五十年の寿命が男児に与えられる〔*『三国伝記』には、この他、巻4−2・巻5−23・巻8−4・巻8−5・巻9−16・巻9−25・巻9−26・巻10−19など、『三宝感応要略録』を出典とする延寿の説話が多く見られる〕。

『三宝絵詞』下−9  大勢の人相見たちが牛飼う童を見て「七日後に死ぬ」と占う。童は砂で小さな仏塔を作り、たちまち七年の命が延びる。

『三宝絵詞』下−26  羅漢が弟子の沙弥を見ると、七日後の朝に死ぬとの相がある。沙弥は暇を請うて家に帰るが、途中、水に流される多くの蟻を救う。七日後、羅漢の所に戻った沙弥には死相がなかった。

『雑宝蔵経』  短命と占われた長者の子に、釈尊が「城下に出入りする人々を礼拝せよ」と教える。婆羅門僧の姿になってやって来た鬼神に対しても、その子は心から深々と礼拝する。鬼神は子供の純粋な心に感じ、「汝に長寿をさずけよう」と言う。

『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」  サーヴィトリー姫はサティヤヴァットを婿に選ぶが、聖仙ナーラダが、「彼には今日から数えてあと一年の寿命しかない」と教える。サーヴィトリー姫はそれを承知でサティヤヴァットと結婚し、一年後に訪れた死神ヤマに懇願し議論をして、サティヤヴァットの命を守り通す。

*→〔死神〕2

*→〔身投げ〕1bの『耳袋』巻之1「相学奇談の事」。

*→〔身投げ〕1cの『輟耕録』(陶宗儀)「陰徳延寿」。

*→〔経〕1b。  

*→〔星〕2の『捜神記』巻3−6(通巻54話)

*→〔予言〕2a・2b

★2b.人間の祈りによって、桜の寿命が延びる。

『泰山府君』(能)  桜町中納言は、桜がわずか七日で散ってしまうことを惜しみ、泰山府君を祀って、桜の花の命を二十一日に延ばしてもらう。

★2c.人間が命を捨てて、桜の寿命を延ばす。

『十六ざくら』(小泉八雲『怪談』)  伊予国の老侍が、先祖代々愛した庭桜が枯れたのを悲しむ。老侍は「お前の身代わりに死ぬから、もう一度花を咲かせておくれ」と桜に話しかけ、木の下で切腹する。老侍の魂は桜に乗り移り、たちまち花が咲く。以来、毎年、老侍が切腹した旧暦一月十六日に桜は花を咲かせる。

★2d.来世で授かる寿命のうちの何年かを借りて、現世の寿命を延ばす。

『閲微草堂筆記』「ラン陽消夏録」54「来世の寿命」  某家に奉公する女がいた。老後に息子に先立たれ、飢えこごえて死ぬ定めだった。ところがこの女が善行をしたので、神々が相談し、運命を変えた。まもなく死ぬはずの息子を、来世の寿命を前借りして延命させ、女(=母)を養わせることにしたのである。それから九年、女は息子の世話を受けて、死んでいった。葬式がすむと、息子も死んだ。

★3.動物の寿命を譲り受けて寿命を延ばす。

『イソップ寓話集』(岩波文庫版)105「人間の寿命」  ゼウスは人間を造った時、寿命を短く定めた。人間は、馬・牛・犬に宿を貸し、彼らの寿命を分けてもらった。それで人間は、はじめは純真で善良だが、馬の年になると高慢になり、牛の年に達すると厄介者になり、犬の年に入ると怒りっぽくなる。

『寿命』(グリム)KHM176  神から与えられた三十年の寿命を、ろば・犬・猿は「長すぎる」と言い、人間は「短かすぎる」と言う。神は、ろばの十八年・犬の十二年・猿の十年を人間に加える。それで人間は七十年生きるが、最初の三十年だけが健康で楽しく、後の四十年はろば・犬・猿のごとく辛い。

★4a.余命を計る指標。ろばの皮。

『あら皮』(バルザック)  無一文になり身投げしようと考える青年ラファエルは、老骨董商から、不思議なろばのあら皮を得る。あら皮は、あらゆる願いを成就するが、そのたびに皮は縮み、それとともに所有者の寿命も縮める。ラファエルが伯父の遺産を得て金持ちになり、いくつかの願望を叶えるにつれて、あら皮は小さくなる。科学者の手を借りて皮を引き伸ばそうとしても、できない。ラファエルはしだいに衰弱し、愛するポーリーヌを抱いて、その乳房を噛んだまま死ぬ。

★4b.余命を計る指標。酒や食べ物。

『閲微草堂筆記』「槐西雑志」巻12「定命」  酒好きの張子儀は五十余歳で病死し、棺に納められる時に蘇生した。彼は冥土で見たことを語った。「『張子儀』と書いた酒の大甕が三つあった。一つは封が開いていたが、まだたくさん酒は残っていた。あれを飲み尽くしてから、私は死ぬのだろう」。彼はその後二十年以上、飲みたい放題に酒を飲んだ。ある日、「昨夜、夢で冥土へ行ったら、三つの甕は空っぽだった」と言い、数日後に死んだ。

『太平広記』巻98所引『宣室志』  宰相李徳裕は、かつて夢で数多くの羊を見、「汝が一生の間に食べる羊だ」と告げられた。後、僧が李公を占い、「閣下は一生に一万匹の羊を食べるはずだが、今までに九千五百匹食べたので、あと五百匹残っている」と告げる。李公は「まだしばらく生きられる」と安堵するが、十日後に部下から五百匹の羊が届けられ、李公は自らの命数が尽きたことを知る。

『聊斎志異』巻7−280「禄数」  方士が某高官を見て、「貴方はあと米二十石・麺四十石食べると、天寿が尽きる」と占う。高官は「人が一年に食べるのは麺なら二石ほどゆえ、まだ二十年以上天寿がある」と喜ぶ。すると翌年、高官は除中(糖尿病の類か?)を病み、いくら大食しても空腹で、日に十数回も食べて、一年足らずで死んだ。  

★5.あまりに恵まれた人は、長生きできない。

『源氏物語』「絵合」  光源氏は三十一歳の時、次のように述懐した。「昔の例を見聞きすると、若くして高位高官に達し、世に抜きんでた人は、長寿を保てない。私は身に余る地位を得たが、途中で苦境の時期(*→〔貴種流離〕1)があったから、その代償で今も生きていられるのだ。今後も栄華を望んでは命が危ないので、来世のための勤行をしつつ、寿命をのばしたい」〔*彼は五十代半ばまで生きた〕。

 

*命を縮めて名歌を詠む→〔歌〕1bの『今鏡』「打聞」第10「敷島の打聞」。 

*長生き競争→〔遺産〕3の『三角館の恐怖』(江戸川乱歩)。

*長寿の人→〔長寿〕

 

【殉死】

★1a.明治天皇の死と乃木大将の殉死。

『こころ』(夏目漱石)下「先生と遺書」55〜56  明治四十五年。夏の盛りに明治天皇が崩御する。「先生」は、「明治の精神は天皇とともに終わり、その後に生き残っているのは時勢遅れだ」と奥さんに言う。奥さんは笑って、「では殉死でもなさったら」とからかう。一ヵ月余り後、御大葬の夜に乃木大将夫妻が殉死し、それから二〜三日して、「先生」は自殺の決心をする〔*「先生」の奥さんの名は「静」、乃木大将の妻の名は「静子」である〕。

『将軍』(芥川龍之介)4「父と子と」  大正七年十月の或る夜。中村少将と大学生の息子が、N将軍の殉死について語り合う。N将軍が自殺の前に写真をとった心理に、息子は疑問を呈する。「まさか死後その写真が、どこの店頭にも飾られることを、――」。「閣下はそんな俗人じゃない」と中村少将は反駁する。しばらく気まずい沈黙が続いた後、少将は「時代の違いだね」と言う。

★1b.天皇や王のあとを追って、多くの人々が殉死する。あるいは殉死させられる。

『三国史記』巻17「高句麗国本紀」第5・第11代東川王22年  九月に東川王が薨去した。多くの近臣が「殉死したい」と願ったが、次王(=第12代中川王)がこれを禁じた。葬儀の日に、東川王の墓所に来て殉死する者がはなはだ多かったので、柴を伐って彼らの死体を覆った。そこでこの地を柴原(さいげん)と名づけた。 

『日本書紀』巻6垂仁天皇28年11月  垂仁天皇の母の弟倭彦命が没した時、近習の者全員を生きたまま陵墓の周りに埋めた。日を経ても彼らは死なず、昼夜泣きうめいたが、やがて死んで腐敗し、犬や鳥が集まって喰った。天皇は心を痛め、「以後は殉死を止めよ」と群卿に詔した。

『火の鳥』(手塚治虫)「ヤマト編」  ヤマトの大王が死に、女官・兵士・労役者あわせて八十人が、アミダクジで殉死者に選定される。大王の息子タケルも、殉死に反対したため、八十人とともに生き埋めにされる。しかし彼らは、火の鳥の生き血を少しなめたので、すぐには死なず、地面の中で「殉死反対」の歌を一年にも渡って歌い続ける。

*殉死者の身代わりの人形→〔人形〕6

★1c.インディアンの首長が死ぬと、黒人奴隷が一人殉死させられる。

『赤い葉』(フォークナー)  大勢の黒人奴隷を所有するインディアン部族があった。首長が死ぬと、身の回りの世話をしていた黒人奴隷が一人、殉死する慣わしだった。先代の首長が死んだ時、奴隷は逃げた(「三週間逃げ続けた」とも「三日でつかまった」とも言われる)。このたび当代の首長が死に、先代の時同様、奴隷は逃亡した。彼は六日後に捕らえられ、追手のインディアンは「お前はよく逃げた。恥じることはないよ」と言った。 

★2.妻への殉死。夫への殉死。

『千一夜物語』(マルドリュス版)「船乗りシンドバードの冒険・第4の航海」第302〜304話  シンドバードは漂着した島で美しい妻を得るが、やがて妻は病死する。その国では、夫婦の一方が死ぬと、もう一方も一緒に墓に入って殉死するならわしだったので、シンドバードも七個のパンとともに、地下の穴に閉じ込められる。シンドバードは、新たに穴に入れられる人々を殺し食糧を奪って生き延び、抜け穴を見つけて脱出する。

『八十日間世界一周』(ヴェルヌ)  インドの美女アウダは老人王に嫁ぐが、三ヵ月後に夫王が死ぬ。ならわしにしたがい、アウダは夫に殉じてともに火に焼かれることになる。世界一周旅行中のイギリス紳士フォッグが、捕らわれのアウダを見て救い出し、彼女を伴って旅を続ける。イギリスへ帰国後、フォッグはアウダと結婚する。

*夫が死ぬと、妻は山に棄てられる→〔親捨て〕1aの『列子』「湯問」第5。

*夫のあとを追って殉死しようとした妻が、別の男と関係を持ち、殉死をとりやめる→〔死体〕11の『サテュリコン』(ペトロニウス)。

*死んだ夫の妻でなく愛妾が、夫と一緒に葬られる→〔蘇生〕2cの『太平広記』巻375所引『五行記』。

★3.殉死を許可されなかった人。

『阿部一族』(森鴎外)  藩主細川忠利は死去に際し、家臣十八人に殉死を許すが、以前から気の合わぬ側近の阿部弥一右衛門には、これを許可しない。やむなく生き残った弥一右衛門は、「臆病者」と噂されているのを知り、腹を切る。しかし無許可の切腹ゆえ、家俸禄分割の処分を受ける。長男権兵衛がこれに抗議して、忠利一周忌の場で髻を切り、縛り首になる。次男以下の阿部一族は屋敷に立てこもり、討手と闘って全滅する。

★4.殉教。キリスト教の信仰をつらぬいて命を捨てる。

『聖衣』(コスタ)  ローマの護民官マーセラスは、イエス=キリストの処刑を執行した。処刑後、彼はキリストがまとっていた聖衣に触れて、心身を病む。それは聖衣のたたりではなく、彼自身の良心の呵責による病いであった。マーセラスはキリストの教えに帰依し、ローマ帝国への反逆者として裁判にかけられる。彼は殉教を決意し、恋人ダイアナ姫とともに処刑される。

*→〔石つぶて〕4の『使徒行伝』第7章。

 

【乗客】

★1.汽車に乗り合わせた男から、物語を聞く。

『押絵と旅する男』(江戸川乱歩)  「私」が乗った汽車の二等車には、「私」のほかに一人の老人が乗っているだけだった。老人は額(がく)入りの大きな押絵を持っており、「三十数年前、二十五歳の青年だった兄が、この押絵になった」と言って、不思議な物語を語った→〔絵〕3b。 

『クロイツェル・ソナタ』(トルストイ)  長距離列車の車室で、結婚と愛について数人が議論するのを「わたし」は聞く。一人の男が「結婚制度は肉欲の正当化にすぎない」と主張し、「私は妻を殺した男だ」と告白する。男の妻は音楽家トルハチェフスキーと、ベートーベンのクロイツェル・ソナタを合奏するなどして親密な関係になった。男は嫉妬に苦しみ妻を刺殺したが、無罪になったのだという。男は「性愛は悪である」と、語り続けた。

『高野聖』(泉鏡花)  「私」は帰省のため、新橋から敦賀へ向かう汽車に乗った。尾張の駅で多くの客が下り、車両の中には四十五〜六歳の僧と「私」の二人だけになった。それから「私」と僧は言葉を交わすようになり、その夜は二人で敦賀に同宿した。僧は青年時代に飛騨の山越えをした折の、不思議な体験談を語った→〔宿〕7b

*偶然汽車に乗り合わせたように見せかけ、実は意図的に集まった十二人の乗客→〔共謀〕4の『オリエント急行殺人事件』(クリスティ)。

★2.汽車に乗り合わせた娘を見る。

『蜜柑』(芥川龍之介)  冬の日暮れの汽車の中、「私」の前に十三〜四歳の小娘が座り、トンネルの直前で窓を開けた。黒煙が入り、「私」は小娘を叱ろうとした。その時汽車はトンネルを抜け、小娘は窓から数個の蜜柑を投げた。これから奉公先に赴く小娘は、蜜柑を投げて、踏切まで見送りに来た弟たちの労に報いたのだった。 

『雪国』(川端康成)  十二月初旬、雪国へ向かう汽車の中で島村は、病気の青年を世話する娘葉子を見た。これから島村が逢いに行く芸者駒子は、その青年のいいなずけだった。何日か後、島村が雪国から東京へ帰る日に、青年は危篤に陥り、死んだ→〔異郷訪問〕9

★3.汽車に乗り合わせた人妻と話をする。

『網走まで』(志賀直哉)  八月の暑い日の夕方、「自分」は上野から汽車に乗った。二十六〜七歳の女の人が赤児を背負い、七歳ほどの男児を連れて、そばの席にすわった。赤児はおむつを濡らし、男児はわがままを言って、女の人(=母)を困らせた。女の人は、夫が大酒をすること・これから遠い網走まで行くこと、などを語った。女の人は車中で二枚の葉書を書き、宇都宮で降りる「自分」に、ポストへの投函を頼んだ。

*汽車に乗り合わせた人妻から誘惑される→〔閨〕4bの『三四郎』(夏目漱石)。

★4.死者と生者が同じ汽車に乗る。

『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)  ジョバンニとカムパネルラが、銀河鉄道に乗って星界を旅する。乗客の一人「鳥を捕る人」は、瞬時に外の河原へ降り、鷺を捕って、また瞬時に車室に戻って来る。家庭教師の青年が男女二人の子を連れて乗り込み、「海難事故で海に沈んだと思ったら、ここに来た」と言う。カムパネルラは窓外の野原を指さし、「あすこにいるの僕のお母さんだよ」と言って、姿を消す。ジョバンニは丘の上で目を覚まし、「夢を見たのだ」と思う。走って町まで行くと、「カンパネルラが水死した」と聞かされる。

『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「人生という名のSL」  機上のブラック・ジャックが、うたた寝をして夢を見る。彼はSLに乗っている。乗客の中に、かつて恋人だった如月恵(*→〔病気〕3a)や、老人を安楽死させようとするドクター・キリコがいる。亡くなったはずの恩師本間丈太郎先生が、子供時代のブラック・ジャックを手術しようとしている。ピノコが八頭身の美女となって、ブラック・ジャックに寄り添う。彼は目覚め、「死ぬ前には過去の夢を見るというが・・・・」とつぶやく。

★5.乗客たちの命が、危険にさらされる。

『スピード』(デ・ボン)  警察に恨みを持つ男が、高速バスに爆弾をしかける。バスが発車して、時速八十キロに達すると爆弾のスイッチが入り、徐行や停車をすれば爆発する。爆発を防ぐには、時速八十キロ以上でどこまでも走り続けねばならない。バスは高速道路を疾走した後、飛行場に入って滑走路をぐるぐる回り、時間をかせぐ。二十人ほどの乗客は、併走する警察車両に一人ずつ乗り移る。無人になったバスは飛行機に衝突して爆発、炎上する。 

*「走り続けねばならないバス」と類似した設定で、「演説し続けねばならない議員」という物語がある→〔物語〕5cの『スミス都へ行く』(キャプラ)。

*旅客機内でダイナマイトを爆発させ、墜落させようとする→〔飛行機〕3の『大空港』(シートン)。

★6.乗客の一人を犠牲にする。

『脂肪の塊』(モーパッサン)  フランスの民間人たちを乗せた一台の馬車が、プロシア軍占領下の町から脱出する。道中の宿駅でプロシア士官が、乗客の一人・「脂肪の塊」とあだ名される娼婦に目をつけて、馬車出発の許可を与えない。乗客たちは、「どうせ娼婦なんだから」と言って、「脂肪の塊」がプロシア士官と寝るよう仕向ける。「脂肪の塊」の犠牲的行為によって馬車は出発するが、乗客たちは礼を述べることもせず、「脂肪の塊」はすすり泣く。

*古来、荒れる海を静めるため船中の一人が海に入って犠牲になる物語がいくつもあり(*→〔くじ〕2aの『ヨナ書』、*→〔船〕8の『古事記』中巻など)、『脂肪の塊』はその近代的変型といえる。

★7.消えた乗客。

『バルカン超特急』(ヒッチコック)  東欧からロンドンへ旅するアメリカ娘アイリスは、特急列車内で老婦人ミス・フロイと親しくなる。しかしアイリスがうたた寝をして目覚めると、ミス・フロイの姿がない。まわりの乗客たちは口をそろえて「そんな人は、はじめからいなかった」と言う。ミス・フロイはイギリスのスパイで、対立国の諜報員たちが彼女を捕らえて隠し、金で雇われた乗客たちが、ミス・フロイの存在を否定したのだった〔*アイリスは音楽学者ギルバートと協力して、ミス・フロイを救出した〕。

★8.長距離列車に乗り合わせた人々の人生模様。

『夜行列車』(カワレロウィッチ)  満員の夜行列車。若い娘マルタと中年男が、一等車の二人用客室に乗り合わせる。マルタの愛を求める青年が別の車両に乗り、連絡を取ろうとするが、マルタは無視する。彼女は昔の恋人から手紙をもらい、逢いに行くのである。警官隊が現れ、中年男を殺人犯と誤認する(*真犯人は別にいて、列車から飛び降りたところを逮捕される)。中年男は外科医で、その日、手術中に患者を死なせてしまったことを思い悩んでいた。朝になり、列車は終点に到着する。駅には、中年男の妻が迎えに来ていた。マルタには出迎えの人はなかった。

*ホテルに泊まり合わせた人々の人生模様→〔ホテル〕1の『グランド・ホテル』(グールディング)。

 

【肖像画】

 *関連項目→〔絵〕

★1a.男が、美女の肖像画を見て恋する。

『絵姿女房』(昔話)  百姓が、美しい女房と離れて一人で仕事をするのがさびしく、女房の姿を絵に描いて田まで持って行く。その絵が風で吹き飛ばされて殿様の手に入り、殿様は女房を捜して強引に自分の奥方にする(秋田県仙北郡田沢湖町田沢)。

『七王妃物語』(ニザーミー)第7章  ササン朝ペルシアのバハラーム王子は、宮殿の秘密の部屋で、七つの国の美しい王女たちの肖像画を見て恋いこがれる。父王が死に、戦いの末王位についたバハラームは、七つの国に贈り物をし、あるいは脅し、あるいは襲撃して、七人の王女を手に入れ妃とする。王は、土曜、日曜、月曜・・・・と、毎夜一人ずつ妃を訪れ、妃は珍しい物語を王に語り聞かせる。

『太平記』巻18「一宮御息所事」  一宮(=後醍醐天皇第一皇子・尊良親王)は絵合の折に、『源氏物語』の八宮の娘〔*大君か中君か不明確〕を描いた絵を見て心を奪われる。やがて一宮は、その絵そっくりの美女(=今出川右大臣公顕女)をかいま見て、彼女を御息所(=妻)とする〔*御息所は武士・松浦五郎に奪われるなどのことがあり、一宮と御息所はしばらく別れ別れになって、後に再会するが、結局、戦乱のために一宮は自害、御息所はその後を追うように病死する〕。

『魔笛』(モーツァルト)  王子タミーノは、夜の女王の娘パミーナの肖像画を、女王の侍女たちから見せられて、恋心を抱く。タミーノとパミーナの結婚は神意に叶うものだったので、賢者ザラストロが自らの城にパミーナを保護し、王子タミーノにいくつかの試練を与えた上で、若い二人を結婚させる。

*男が、美女の立像を見て恋する→〔像〕1dの『忠臣ヨハネス』(グリム)KHM6。

★1b.青年が美女の肖像画に恋するが、彼女はすでにこの世の人ではなかった。

『カリオストロ』(アレクセイ・トルストイ)  青年アレクシスは、プラスコーフィヤ公爵夫人の肖像画を見て恋心を抱くが、彼女はすでにこの世の人ではなかった。魔術師カリオストロが、肖像画からプラスコーフィヤ公爵夫人を現世によみがえらせる。しかし彼女の利己的で下品な言動を、アレクシスはうとましく思う。他人の目からは、彼女は得体の知れぬ腐った虫のように見えた。アレクシスは部屋に火をつけ、肖像画のキャンバスもろとも彼女を焼いた。 

★2.美女がよりいっそう美しく絵に描かれる物語と、美女なのに醜く描かれる物語。

『うつほ物語』「内侍のかみ」  胡国の武士が、唐帝の七人の后の肖像画を見て、その中から気に入った一人を選ぶ。六人の后は絵師に賄賂を贈り、わざと醜く描いてもらう。帝からもっとも寵愛されている一人の后は「帝が私を手放すことはあるまい」と考え、絵師に賄賂を贈らない。そのため絵師は、美しい后をよりいっそう美しく描く。胡国の武士はこの后を選び、妻にする〔*朱雀帝が俊蔭女に語る物語〕。

『西京雑記』巻2  漢の元帝は画工に命じて、後宮の女たちの肖像画を描かせ、それをもとに寝所に召した。妃たちはこぞって画工に賄賂を贈り、美しく描いてもらったが、王昭君だけは賄賂を贈らなかった。匈奴の王が美女を求めた時、元帝は王昭君が美女だとは知らず、匈奴の王に与えてしまった〔*『今昔物語集』巻10−5では、絵師に賄賂を贈らなかったために、王昭君はことさら醜い肖像画を描かれた、と記す〕。

*絵姿を醜く描くのではなく、顔そのものを傷つけて醜くする物語もある→〔自傷行為〕7の美人の出ない村の伝説。

★3a.肖像画の完成と同時に、そのモデルが死ぬ。

『楕円形の肖像』(ポオ)  画家が小塔の部屋にこもり、何週間もかけて愛妻の肖像画を描く。画家は狂気のごとく仕事に没頭し、妻はしだいにやつれてゆく。画家が最後の一色をカンバスに塗って肖像画を完成させ、「これはまるで生き身そのままだ」と叫んで振り返った時、妻はすでにこと切れていた。  

★3b.肖像画に描かれたモデルが、三年ほどして死ぬ。

『地獄変』(芥川龍之介)  良秀は本朝第一の絵師だった。しかし、彼の絵は邪道に落ちていると言われた。良秀は、何人かの宮廷女房たちの似せ絵を描いたが、絵に写された女房たちは皆、三年とたたないうちに、魂の抜けたような病気になって死んでしまった。 

★4.肖像画が、モデルの身代わりに老いてゆく。

『ドリアン・グレイの肖像』(ワイルド)  二十歳の美青年ドリアン・グレイの肖像画を、画家バジルが描く。以後のドリアンは、二十歳の容貌のまま、いつまでも年をとらない。それに対して肖像画の方は、年々醜く老いてゆく。三十八歳の時、ドリアンはナイフで肖像画を切り裂く。たちまち彼は醜い初老の男と化して絶命し、壁の肖像画は、描かれた当初の美青年に戻っていた〔*→〔魂〕1aの、体外にある魂が無事である限り身体は不死身、体外の魂を傷つけられると身体も死ぬ、という物語の変型〕。

★5.肖像画を傷つけると、モデルが病気になる。 

『太公金匱』  周の武王が殷を滅ぼした時、諸侯のうち丁侯だけが、武王のもとへ馳せ参じなかった。そこで太公望が、丁侯の肖像画を描き、それを的にして弓を射る。すると丁侯は病気になった。丁侯は使者を武王のもとへ送り、臣従を誓う。太公望は何日かかけて、肖像画の目・腹・股・足に刺さった矢を、抜き取って行く。すると丁侯の病気は治った。

★6.男の肖像画を見て、そのモデルの妻になろうと考える。

『さまよえるオランダ人』(ワーグナー)第2幕  ノルウェーの船長ダーラントの娘ゼンタは、部屋の壁にかかる「さまよえるオランダ人」の肖像画を見、その伝説を聞いて、「私こそあなたを救う妻だ」と叫ぶ。まもなく父ダーラントがオランダ人を伴って帰還し、ゼンタはオランダ人との結婚を誓う。  

★7.死者の霊であるのに、生きた人間だと思ってその肖像画を描く。

『ジェニーの肖像』(ディターレ)  画家アダムスは、冬の日、セントラル・パークで少女ジェニーに出会った。二度〜三度と会うたびに、不思議なことに彼女は目ざましく成長しており、あどけない少女が、いつのまにか大学を卒業するまでになっていた。アダムスはジェニーの肖像画を描き、彼は画壇から高い評価を受ける。二人は愛し合うが、なぜかジェニーは姿を消し、行方知れずになる。実はジェニーは何年も前に、津波に遭って溺死していた。アダムスが愛し、肖像を描いたジェニーは、生きた人間ではなかったのだ。

★8.怪物の肖像画を見て、本物だと思う。

『龍魚河図』  太古、蚩尤(しゆう)という怪物がいた。人語を発するが身体は獣で、天下を横行して人々を苦しめた。天帝が玄女を遣わして、黄帝に呪符を与え、黄帝はこの呪符で蚩尤を退治した。その後、天下を乱そうとする者がいると、黄帝は、蚩尤の肖像画を描いて威嚇した。肖像画を見た者たちは「あの恐ろしい蚩尤が生き返って現れた」と思い、皆、肖像画にひれ伏した。

 

【昇天】

★1.人間が、仙人となって昇天する。

『神仙伝』巻7「樊夫人」  劉網とその妻・樊夫人は、ともに仙術修行に励み、しばしば術くらべをしたが、いつも樊夫人が勝った。昇天する時も、劉網は大木によじ登って、ようやく飛び上がることができたが、樊夫人は平座したまま雲のごとく昇天していった。

『仙人』(芥川龍之介)  田舎者権助が仙人になろうとして、医者の家で二十年間ただ働きをする。医者の女房が「仙術を伝授しよう」と言って権助を高い松に登らせ、「両手を離せ」と命ずる。離せば落ちて死ぬし、離さなければもう二十年働かせようと、女房はたくらんでいた。権助が両手を離すと身体が宙に浮き、権助は「仙人になれました」と礼を述べ、雲の中へ昇って行った。

『捜神記』巻1−27  済陰の人園客は終生独身で、五色の香草の種をまき、その実を食べていた。ある時、五色の蛾が来て蚕を生み、ついで神女が来て園客を助け養蚕の仕事をした。多くの糸を繰り終えた後、神女は園客とともに天上へ舞い上がり、行方知れずになった。

『日本霊異記』上−13  漆部造麿の妾は七人の子を産み育てたが、高雅な性質の女で、つつましく暮らしていた。ある時、彼女は春の野で仙草を食べ、天に飛んで行った〔*『今昔物語集』巻20−42に類話〕。

*昇天に失敗して、谷底に落ちる→〔飛行〕1bの『十訓抄』第7−1。

★2.狐が龍となって昇天する。

『南総里見八犬伝』第9輯巻之13之14第116〜117回  雌狐が乳母政木に変身して、河鯉孝嗣を育てた。その後、政木狐は不忍池のほとりで茶店の老婆の姿になり、情死しようとする男女・困窮して投身しようとする者など、往来の人九百九十九人の命を助けた。千人目には、無実の罪で処刑される河鯉孝嗣を救った。こうした長年の陰徳により、政木狐は天帝の恩勅を受け、狐龍(こりゅう)となって昇天した。

*龍が昇天する→〔絵〕1bの『水衡記』・〔言霊〕5aの『龍』(芥川龍之介)・〔龍〕3の『史記』「孝武本紀」第12・「封禅書」第6。

★3.神の国(あるいは死の世界)へ引き上げられる

『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第7章  ヘラクレスはヒュドラ(水蛇)の毒で倒れ、火葬にされた。火葬壇が燃えている間に、雲がヘラクレスの身体の下に降りて来て、雷鳴とともに彼を天へ運び上げた。ヘラクレスは天界で不死を得た〔*『変身物語』(オヴィディウス)巻9では、ヘラクレスの身体のうち、母から受け継いだ部分は燃えるが、父ユピテルから受け継いだ部分は不滅であり、その不滅の部分が天に上げられた、と記す〕。

『さまよえるオランダ人』(ワーグナー)第3幕  さまよえるオランダ人が幽霊船に乗って去り、ゼンタは永遠の愛を誓って海に身を投げる。幽霊船は波間に沈み、朝日の光の中にオランダ人とゼンタが相抱きつつ昇天してゆく。

『椿説弓張月』残篇巻之5第67回  琉球を平定した為朝が八頭山に登ると、福禄寿仙が出迎え「汝はこの国にとどまるべからず。息子舜天丸を琉球王とせよ」と告げる。折しも紫雲たなびき、為朝の弟為仲・妻白縫をはじめ二十七騎の勇士が現れ、為朝は雲の上に引き上げられて昇天する〔*後、讃岐国白峰山陵で切腹した為朝の身体が見出され、その死骸は消え失せる〕。

『百年の孤独』(ガルシア=マルケス)  ブエンディーア家の美貌の娘レメディオスは、彼女を得ようとする何人もの男たちに死の運命をもたらした。ある日の午後、庭にいたレメディオスは宙に浮き上がり、そのまま空の彼方に消えた。

『列王記』下・第2章  預言者エリヤと後継者エリシャが話し合いつつ歩いていた時、火の戦車が火の馬に引かれて現れ、二人の間を隔てた。エリヤは嵐の中を天に昇って行った。エリシャは「我が父よ・・・・」と叫んだが、もうエリヤの姿は見えなかった。

★4.月世界へ昇天する。

『Kの昇天』(梶井基次郎)  満月の夜。病身のKが砂浜に映る自分の影を見つめると、影の中に自分の姿があらわれてくる。それにつれてKは段々気持ちがはるかになり、魂が月に向かって昇天してゆく。魂の抜けたKの身体は、一歩一歩海へ歩み入る。その時、身体に感覚がよみがえれば魂は身体に還ったのだが、そうはならなかった。Kは溺死体として発見され、魂は月へ飛翔し去った。

*→〔八月十五夜〕8bの『竹取物語』。

★5.宇宙空間へ昇り、また地上へ帰還する

『神曲』(ダンテ)「天国篇」第1〜21歌  「私(ダンテ)」は地獄・煉獄を巡った後に、煉獄山頂に登って地上の楽園でベアトリーチェに出会う。ベアトリーチェに導かれて「私」は肉体を有したまま昇天し、月天・水星天・金星天・太陽天・火星天・木星天・土星天を訪れる。それぞれの天に住む死者の魂たちから、「私」は教えを受ける。「私」はさらに、聖者・天使・神の居場所である恒星天・原動天・至高天まで昇る〔*「私」は地上に帰還した後、この経験を『神曲』として記録する〕。

 

*馬娘の昇天→〔馬〕1bの『遠野物語』(柳田国男)69。

*蛇息子の昇天→〔蛇息子〕1・2

 

【娼婦】

 *古代・中世の娼婦については→〔遊女〕 

★1.娼婦を愛する。

『驟雨』(吉行淳之介)  大学を出てサラリーマン生活三年目の山村英夫は、当分独身でいるつもりだった。彼は恋愛のわずらわしさを避け、娼婦の町へ通う。それは彼の精神の衛生にかなっていた。しかし、四歳年下の娼婦・道子を知り、山村は彼女に対して恋情に似た思いを抱くようになる。ある夜、道子に先客があって、山村は外で待たねばならなかった。彼は嫉妬心を自覚しつつ食堂で酒を飲むが、無意識のうちに杉箸を折ってしまった。

★2.娼婦と結婚する。

『無限抱擁』(瀧井孝作)  若き俳人であり小説家である竹内信一は、吉原の娼妓松子に結婚を申し込む。しかし松子は他の男に身請けされ、信一は彼女を断念する。ある日、信一は上野で偶然松子と出会う。彼女は身請けした男とすでに切れており、その後に世話になった男とも別れていた。信一はあらためて松子に求婚し、二人は夫婦になる。松子の母も同居する。松子は家計を助けるため、髪結いの学校へ通うが、まもなく健康を損ね、肺結核で死ぬ。信一は松子を偲びつつ、彼女の母の面倒を見る。 

★3.終戦直後の娼婦たち。

『肉体の門』(田村泰次郎)  終戦直後の東京。マヤ、せん、花江、美乃たち、まだ十八〜九歳の娼婦たちが、焼けビルの地下室に暮らしていた。そこへ伊吹新太郎という青年が、警官に追われて入り込んで来る。女たちは皆、新太郎を意識し、互いに牽制し合う。ある夜、マヤは伊吹を誘って情交し、生まれてはじめて、性の深い歓びを知る。他の女たちが嫉妬して、裸身のマヤの手首を縄で縛って天井から吊り下げる。マヤは「たとえ地獄へ堕ちても、はじめて知ったこの肉体の歓びを離すまい」と心に誓う。

*→〔再会〕10の『ゼロの焦点』(松本清張)。

★4.貴族に変装して娼婦に逢う。

『あなただけ今晩は』(ワイルダー)  パリの裏町。警官ネスターは馘首され、娼婦イルマのヒモになる。ネスターは、イルマが大勢の客に抱かれることに我慢がならない。彼は変装して架空の人物・英国貴族「X卿」となり、イルマに大金を与えて独占する。そのための金を稼がねばならないので、ネスターは、夜イルマが眠っている間にアルバイトに出かけ、疲労困憊する〔*いくつかのトラブルの後(→〔一人二役〕1c)、ネスターは警官に復職する。イルマは娼婦をやめ、ネスターと結婚して子供が生まれる〕。

★5.老いた娼婦と、若い美青年。 

『シェリ』(コレット)  レアは五十歳を目前にしたココット(高級娼婦)だが、まだ魅力的な容姿を保っている。彼女は六年前から、美青年シェリを愛人として同棲している。二十五歳になったシェリは、母の勧めにしたがって、十九歳の娘エドメと結婚する。しかしシェリは若妻に飽き足りず、半年後にレアのもとへ戻って来る。レアはシェリとともに喜びの一夜を過ごすが、その翌朝、レアはシェリに別れを告げる。

★6.娼婦と僧。

『五番町夕霧楼』(水上勉)  片桐夕子と櫟田正順は、与謝半島の貧しい村で育った。正順は生来どもりで、皆にいじめられた。夕子は正順を憐れみつつ、兄のように慕った。成長後、彼らはそれぞれ京都へ出る。夕子は五番町夕霧楼の娼妓となり、正順は鳳閣寺の小僧になった。正順はしばしば夕霧楼へ来て夕子の客となったが、二人は部屋で話をするだけで、身体の関係は持たなかった〔*正順は鳳閣寺に放火し、留置場で剃刀自殺する。夕子は故郷の村へ帰り、睡眠薬自殺する〕。  

*僧と遊女→〔僧〕2

★7.娼婦との結婚を批判される。

『失われた時を求めて』(プルースト)第1篇「スワン家のほうへ」〜第2篇「花咲く乙女たちのかげに」  ブルジョアのシャルル・スワンは高い教養を持つ人物で、貴族や王族とも親交があった。ところが彼はココット(高級娼婦)のオデットを恋し、妻としたために、社交界から冷たい眼で見られるようになった〔*小説全体の語り手である「私」は青年期に達する頃、スワンとオデットの間に生まれた娘ジルベルトを恋した〕。

★8a.娼婦が、前途ある青年のことを思って、身を引く。

『椿姫』(デュマ・フィス)  高級娼婦・椿姫マルグリット・ゴーティェは青年アルマン・デュヴァルと、パリ郊外に愛の巣を作る。アルマンの父がマルグリットに、「息子の将来と家族の名誉のために身を引いてくれ」と説く。彼女は、別れることが真に彼を愛する道と悟り、「これを貴方が読むころには、私はもう他の男のものになっているでしょう」との手紙を残して姿を消す〔*『椿姫』(ヴェルディ)では、女の名がヴィオレッタ、男の名がアルフレードとなっているが、筋立ては同じである〕。

★8b.『椿姫』の二十世紀版。 

『プリティ・ウーマン』(マーシャル)  青年実業家エドワードは、道を尋ねたことがきっかけで、街角の娼婦ビビアンと知り合う。エドワードは大学院修了者、ビビアンは高校中退であることなど、二人のこれまでの生活環境は大きく異なっていたが、互いに相手に新鮮な魅力を感じる。エドワードは一週間の契約でビビアンをアシスタントにする。ビビアンはエドワードに連れられて、はじめてオペラ『椿姫』を見て感動の涙を流す。一週間が過ぎた時、エドワードはビビアンを「アシスタント」ではなく、「伴侶」と考えるようになっていた。

★9.一人の娼婦を巡る争いで、四人の男が死ぬ。

『肉体の冠』(ベッケル)  娼婦マリーは情夫ロランと別れ、大工マンダを新たな愛人とする。酒場での決闘で、マンダはロランをナイフで刺し殺し、身を隠す。やくざの親分ルカは、マンダの親友・パン屋のレイモンを「ロラン殺しの犯人だ」と警察に密告して、捕えさせる。マンダを自首させ、マリーを自分の女にするための計略である。ルカのたくらみを知ったマンダは怒り、レイモンとともに脱走するが、レイモンは警察に射殺される。マンダはルカを追いつめて射殺し、逮捕されて断頭台へ送られる。

★10.売春禁止法成立間際の娼館と娼婦。

『赤線地帯』(溝口健二)  昭和三十年。国会に四度目の売春禁止法案が上程された。法案が通れば、娼館の経営者も娼婦も、廃業せねばならない。国会で議員が「売春業者なんて人間じゃない。明日から食えようと食えまいと、どうでもいい」と発言し、娼館「夢の里」の主人田谷は憤慨する。結局、法案は否決され、田谷はお祝いに娼婦たちに寿司をふるまって、「おれたちは、政治の行き届かない所を補っているんだ。国家に代わって社会事業をやっているんだ」と説く〔*しかし翌年、法案は可決され、昭和三十三年から施行された〕。

 

*娼婦と犯罪者→〔再会〕10の『飢餓海峡』(水上勉)。

*娼婦と性病→〔性交〕6aの『南京の基督』(芥川龍之介)。

*娼婦と客の心中→〔写真〕6の『今戸心中』(広津柳浪)。 

 

【成仏】

★1.迷っている霊・苦しんでいる霊を、成仏させる。

『雨月物語』巻之5「青頭巾」  山寺の僧が、人肉を喰らう境涯に陥る。旅の快庵禅師が、僧を教化(きょうげ)すべく石上に坐らせ、「江月照らし松風吹く、永夜清宵何の所為ぞ」の句を与えて去る。一年後、再び禅師が山寺を訪れると、影のごときものが坐して「江月照らし・・・・」の句を唱えていた。禅師が一喝して杖で打つと影は消え、かぶっていた青頭巾と骨が残った。僧の悪念が、ようやく尽きたのであった。

雲州皿屋敷の伝説  松江の藩士が、南京の皿十枚を秘蔵していた。腹黒い妻が一枚を割って井戸へ捨て、下女に罪をなすりつける。下女は井戸端で首を吊り、毎夜、幽霊となって井戸端へ現れる。「一つ、二つ・・・・」と九つまで皿を数え、「十」と言えずにワッと泣く。ある武士が「亡魂を散じてやろう」と付近に隠れ、幽霊が「九つ」と言うや、すかさず「十」と続けた。幽霊はパッと消え、その後は出なくなった(島根県松江市)。

『カンタヴィルの幽霊』(ワイルド)  イギリスの幽霊屋敷に三百年住む幽霊が、屋敷を買い取ったアメリカ人一家の前に繰り返しあらわれる。ところがアメリカ人一家はまったくこわがらず、かえって幽霊をからかう。老いた幽霊は疲れ果て、「死の園で眠りたい」と願う。アメリカ人一家の心優しい娘ヴァージニアが幽霊のために祈り、成仏させる。 

*死後、蝿に生まれ変わった女が、蝿の身を捨てて成仏する→〔蝿〕1の『蠅のはなし』(小泉八雲『骨董』)。

★2.死後の行き先が決まらず、成仏できない。

『古今著聞集』巻13「哀傷」第21・通巻458話  白河院は、生前の善と罪が等しくあったので、崩御後、六道の中のどの境涯へ生まれ変わるのか、まだ決まっていない〔*これは、藤原重隆が死後に冥官となり、ある人の夢に現れて告げたことである〕。

*成仏して高級霊界へ行くべきところ、妄念を起こして再び人間界に生まれる→〔前世〕2aの『増鏡』第4「三神山」。

 

【食物】

★1.異郷の食物を口にすると、現世に戻れなくなる。

『古事記』上巻  イザナミは火の神を産んだために、身体を焼かれて黄泉の国へ去った。夫イザナキが連れ戻しに行くが、その時すでにイザナミは黄泉の国の竈(かまど)で煮炊きした物を食べており、現世に戻れなくなっていた〔*『日本書紀』巻1・第5段一書第6に同様の記事〕。

『デメテルへの讃歌』  女神デメテルの娘ペルセポネは、草原で花を摘んでいたところを、冥王ハデスにさらわれた。ハデスはペルセポネに、ざくろの実を食べさせる。そのため彼女は、巡り行く年を三つに分けた一季(=冬)を、冥界のハデスの館で暮らさねばならなくなった〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第5章に同様の記事。『変身物語』(オヴィディウス)巻5では、プロセルピナ=ペルセポネはざくろの実を七粒食べたため、一年のうち六ヵ月を冥界で暮らすことになった、と記す〕。

*イザナミもペルセポネも、ともに冥界の食物を口にするのだが、イザナミは冥界の火で煮炊きした物を食べ、ペルセポネは生のざくろを食べた、という違いがある。

★2.異郷の食物を、食べずにいる。

『今昔物語集』巻9−31  県令である智感という男が、冥府の権官(ごんかん。仮りの役人)に任ぜられ、裁判所の書記を三年間勤めた。彼は毎日、昼は現世で県令として仕事をし、夜は冥府へ行って裁判に従事した。智感が冥府の酒食を口にしようとすると、冥官が「君は権官だから、食べてはいけない」と言って止めた。

『諏訪の本地』(御伽草子)兼家系  甲賀三郎兼家は地底の異郷に落ち入り、人里を求めて歩くうちに、粟畑の中にやぐらを作って鹿を追う翁と出会う。翁は、「ここは維縵国であり、もし汝が再び日本に帰ろうと思うならば、この国の物を一口も食うな」と教える。

『ドイツ伝説集』(グリム)533「ヴィルテンベルクの城に仕える騎士ウルリヒ」  騎士ウルリヒは狩りに出て道に迷い、馬に乗った死者の一行と出会う。彼は一行の宿泊地までついて行くが、一人の婦人から、すすめられた食事には一切手をつけないように言われる。

『山城国風土記』逸文  宇治の橋姫が、行方知れずの夫を尋ねて海辺へ行く。老女の家で問うと「その人は龍神の婿になっているが、龍宮の火で煮炊きしたものを忌んで、ここで食事をする」と教えられる。隠れて見ていると、夫が龍王の輿に乗って来て食事をする。橋姫は夫と言葉を交わして泣く泣く別れるが、後には、異郷のものを食べなかったおかげで、夫は戻って来て彼女と一緒になった。

『山の音』(川端康成)「蝉の羽」  六十二歳の尾形信吾は、死んだ知人から、ざるそばを御馳走になる夢を見る。目覚めてから「死人に出されたものを食うと死ぬのだろうか」と思うが、どうも食べないで目が覚めたようであった。

★3.神の国の食物を口にすれば神の仲間になる。

『アダパ物語』(古代アッカド)  エア神の手で造られた人間アダパが、天上のアヌ神の所へ行く。前もってエア神が「天上で出された物を飲み食いしてはならない」と忠告しておいたので、アダパは何にも手をつけない。そのため彼は神になる機会を逃し、人間のまま地上に戻って来る。

『黄金のろば』(アプレイウス)第6巻  人間の娘であるプシュケと、愛の神エロス(クピード)との結婚を、ゼウスが認める。ゼウスはメルクリウスに命じ、プシュケを天上に連れて来させる。彼女はアムブロシアを食べ、ネクターを飲んで、永遠の命を得て神々の仲間入りをする。

★4a.死者が人間界の食物を食べる。

『太平広記』巻325所引『甄異記』  夏侯文規は、死後一年して家に現れた。彼は「北海大守」と称し、従者が数十人いた。家人が食事を用意すると食べ尽くして去ったが、後に見ると、器の中はもとどおり食物が満ちていた。

*冥府の使いの鬼などが、人間界の食物を食べる→〔死神〕2

*北斗星と南斗星が、人間界の酒食を口にする→〔星〕2の『捜神記』巻3−6。

★4b.死者が人間界の食物を食べない。

『雨月物語』巻之1「菊花の約(ちぎり)」  九月九日の夜、義兄弟の赤穴(あかな)宗右衛門が遠方から帰って来たので、丈部(はせべ)左門は酒を暖め、肴を並べて勧める。赤穴は酒肴の臭(にお)いを嫌い、袖で顔をおおう。彼は「自分は死霊であり、仮に人間の姿をしているだけだ」と告げ、しばらく語り合った後、「これで永遠の別れだ」と言って姿を消した。

★5a.食物を呪う。

『あいごの若』(説経)5段目  愛護の若は継母の奸計によって家を追われ、方々をさすらう。穴太(あなふ)の里(=滋賀県大津市)まで来て、垣根の桃を食べて老婆に杖で打たれ、麻の中に隠れようとしてまた打たれる。愛護の若は、「穴太の里に桃なるな。麻はまくとも苧(を)になるな」と呪う。それ以来、穴太の里では、花は咲いても桃はならず、麻の種をまいても苧(=麻の古名)にならない。

『マタイによる福音書』第21章  イエスが空腹を感じ、いちじくの木のところへ行ったが、その木には実がなかった。イエスが「今後いつまでも、お前には実がならないように」と言うと、いちじくの木はたちまち枯れたので、弟子たちは驚いた〔*『マルコ』第11章では、翌朝早く、木が枯れているのを弟子たちが見る〕。

★5b.食物を祝福する。

三度栗の伝説  神功皇后が三韓征伐においでになる途中、鳥取の海田でお休みになった。土地の人が、米の粉で作った団子に、勝栗の枝で作った箸をそえて差し上げた。神功皇后は「我が軍は勝利に決まった」とお喜びになり、「海田の勝栗よ。来年からは一年に三度実れ」とおっしゃって、箸を土にさして出発された。箸は芽を吹いて立派な木となり、年に三度実をつけた(鳥取県倉吉市)。

★6.食物を多くの人に与える。

『黄金伝説』3「聖ニコラウス」  聖ニコラウス(サンタ・クロース)が司教をしていた地方に、飢饉が起こった。彼は寄港している商船から少量の小麦をもらい、二年の間その土地のすべての人々に分け与え続けたが、小麦はなくならなかった。種まきにする分もたくさん残った。

『マタイによる福音書』第14章  イエスは、わずか五つのパンと二匹の魚を、五千人に分け与えた。皆は満腹し、パンくずの残りを集めると、十二の籠にいっぱいになった。

*→〔無尽蔵〕1aの『捜神記』巻1−18。

★7a.食物を、食べる以外の用途に使う。

『凶器』(松本清張)  若い未亡人・島子は、好色な老人・六右衛門に迫られ、干した海鼠餅(なまこもち)で六右衛門の頭を殴って殺した。海鼠餅は硬く、丸太ン棒で一撃するのと同じ効果があった。島子は凶器の海鼠餅をいくつにも切り、黄粉餅やぜんざいを作って、近所の主婦や子供たちにふるまう。事件を捜査する刑事も、それを食べる。凶器が見つからないので、この殺人事件は迷宮入りになった。 

*餅を弓の的にする→〔餅〕1の『豊後国風土記』速見の郡田野、〔餅〕3の大原長者の伝説。

*餅を踏んで歩く→〔餅〕1の餅が白鳥に化した伝説。  

『善女のパン』(O・ヘンリー)  眼鏡の中年男がミス・マーサのパン屋に来て、いつも安い古パンを買って行く。マーサは男を気の毒に思い、ある日、古パンにたっぷりバターを塗りこんで、男に渡す。男は、食べるために古パンを買うのではなかった。彼は建築の製図家で、鉛筆の下書きを古パンのかけらで消していたのだ。マーサがバターを塗ったばかりに、完成目前の設計図は、いっぺんにだめになってしまった。

白米城の伝説  毛利の大軍が鳥取の亀尾城を取り囲み、滝の水を断ち切って、城内へ水が行かないようにする。籠城する侍たちは、白米を注いで軍馬を洗い、水が豊富にあるように見せかける。しかし水で洗った時とは異なり、軍馬の毛が濡れ髪色に変わらないので、水のないことを見破られ、まもなく落城した(鳥取県日野郡日南町。類話は全国に数多くある。*小鳥が白米をついばんだので見破られた、という形もある)。

*熱いおかゆを坂に流して、敵が寄れないようにする→〔坂〕5のおかゆ坂の伝説。

★7b.逆に、糞尿など本来食物ではないものを食べる。

『聊斎志異』巻6−234「山神」  男が山を歩き、地面に敷物をしいて酒を飲む数人を見る。男は宴席に引き入れられ、楽しく飲食するが、酒の味が薄くて渋かった。そこへ山神が来たので、皆は逃げ去った。男がよく見ると、小便を入れた陶器と、蜥蜴を盛った瓦があるだけだった。

*→〔穴〕7の『九郎蔵狐』(落語)・〔狐〕3の『東海道中膝栗毛』4編上・〔狐〕4の『王子の狐』(落語)に関連記事。

*飢えたために、食物ではないものを食べる→〔飢え〕2aの『黄金狂時代』(チャップリン)・『古今著聞集』巻12「偸盗」第19・通巻440話。

★8.目の前にありながら食べられない食物。

『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第2章  地獄に落とされたタンタロスは湖中にあり、果実のなった木をそばに見ながら罰せられている。水は彼のあごに触れているが、飲もうとすると乾いてしまい、果実を取ろうとすると、風で枝が吹き上げられる。

*タンタロスの物語を発想源として創り上げられたのが、→〔飢え〕5の『密室の行者』(ノックス)であろうか。

『変身物語』(オヴィディウス)巻11  ミダス王が手でパンに触れると、それはたちまち固くなった。料理を噛み砕こうとすると、歯に当るのは金箔だった。葡萄酒を飲めば、口に流れ込むのは溶けた黄金だった→〔願い事〕3

 

*異郷の食物を食べて長寿を得る→〔長寿〕に記事。

*人が一生の間に食べる量。余命の指標としての食物→〔寿命〕4bの『太平広記』巻98所引『宣室志』・『聊斎志異』巻7−280「禄数」。

 

【処刑】

★1.はりつけ。

『マルコによる福音書』第15章  イエスは十字架を担いで、ゴルゴタまで歩かされた。午前九時に、イエスは十字架にかけられた。昼の十二時になると全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時にイエスは、大声で「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ(我が神、我が神、なぜ私をお見捨てになったのですか)」と叫び、息を引き取った。その時、神殿の垂れ幕が、上から下まで真っ二つに裂けた〔*『マタイ』第27章、『ルカ』第23章に類話。『ヨハネ』第19章は内容がやや異なる〕。 

★2.絞首刑。

『絞死刑』(大島渚)  在日朝鮮人の青年Rは、強姦殺人罪で絞首刑になったが、なぜかいつまでたっても絶命しなかった。息をふきかえしたRは、自分が誰で何をしたのか、すべて記憶を失っていた。心神喪失の者を処刑するのは法律上許されないので、死刑執行官たちは芝居の形でRの犯行を再現し、彼の記憶をよみがえらせる。Rは自らの犯行を思い出し、再度の絞首刑執行を受け入れて、今度は本当に死んで行く。

*→〔兵役〕7の『私は貝になりたい』(橋本忍)。

★3.火刑。

『好色五人女』(井原西鶴)巻4「恋草からげし八百屋物語」  八百屋八兵衛の娘・十六歳のお七は、火事騒ぎで家族ともども旦那寺の吉祥寺に避難し、半月余りを過ごすうち、寺小姓・吉三郎と恋仲になる。その後、自家に戻ったお七は、「また火事があれば吉三郎に逢える」と思い、放火して捕らえられる。お七は市中引き回しの末、鈴が森で火刑になる。人は皆、結局は煙になるというものの、お七の最期はとりわけ哀れだった。

『裁かるるジャンヌ』(ドライヤー)  フランス、オルレアンの十九歳の少女ジャンヌ・ダルクは、男装してイギリス軍と闘い、捕らえられて裁判にかけられる。彼女は「自分は神から遣わされた者だ」との信念を捨てなかったため、火刑の宣告を受け、柱に縛りつけられる。焔の中で、ジャンヌは「イエス様」と叫んで意識を失う。この時になってようやく、群集は「聖女を火刑にしたのだ」と、怒りをあらわす。

*火刑にされる王妃→〔無言〕2a

★4.釜ゆで。

『本朝二十不孝』(井原西鶴)巻2−1「我と身を焦がす釜が淵」  盗賊石川五右衛門は七条河原に引き出され、彼の七歳になる子供とともに大釜に入れられて、油で煮られた。五右衛門は熱さに堪えかね、子供を下に敷いた。見物人たちがあざ笑うと、五右衛門は「子供がかわいそうだから、早く楽にしてやろうと思うのだ」と弁解した。

★5a.ギロチン。

ギロチンの伝説  フランスの医師ギロチン(ギヨタン)は、大量に人々を処刑する首切り器械(すなわちギロチン)を発明したが、後にギロチン自身がギロチンにかけられて死んだという〔*事実ではないらしい〕。

*ギロチンで処刑される夢→〔夢〕15の『夢判断』(フロイト)。

★5b.フランスでは、二十世紀の半ばを過ぎてもなお、ギロチンによる処刑が行なわれていた。

『暗黒街のふたり』(ジョヴァンニ)  ジーノは銀行強盗の主犯として逮捕され、十年の刑期を終えて出所した。保護司ジェルマンに見守られて、ジーノは更生への道を歩む。しかし警部ゴワトローは「ジーノはまた悪事をはたらく」と決めつけ、執拗に監視し、不当な理由で拘留する。ジーノは怒りを爆発させ、ゴワトローの首をしめて殺す。ジーノは裁判にかけられる。女性弁護士が「残虐なギロチンを使って、それで文明国と言えるのか」と陪審員たちに訴える。しかしジーノは、ギロチンで処刑された。

★6.銃殺刑。

『間諜X27』(スタンバーグ)  第一次大戦下。オーストリアの女スパイ「X27」は、敵国ロシアのスパイであるクラノウを愛してしまい、捕虜になった彼を逃がしてやる。そのため「X27」は、反逆者として銃殺刑を宣告される。兵たちに銃撃を号令する役目の若い将校が、「女を殺すなんて。これが戦争か。虐殺ではないか!」と叫ぶ。別の将校が銃撃命令を下し、「X27」は何発もの銃弾を浴びて倒れる。

★7.処刑執行から絶命までの一瞬の間に、意識の中では長い時間が経過する。 

『アウル・クリーク橋の一事件』(ビアス)  一人の男が橋上で絞首刑になる。身体が橋から落ちた時、首に巻かれた綱が切れて、彼は川に落ちる。彼は懸命に泳いで岸辺にたどり着き、そこから丸一日歩いて、妻の待つ家に帰る。妻を抱きしめようとした瞬間、彼は首筋に激しい打撃を感じ、一切が暗黒になった。橋の横木にぶら下がる彼の死体は、ゆるやかに揺れていた。

『隠れた奇跡』(ボルヘス)  ヤロミール・フラディークは、ユダヤ人であるとの理由でゲシュタポに逮捕され、銃殺刑を宣告される。彼は、創作途中の詩劇『仇敵たち』を完成させるために、あと一年を与え給え、と神に祈る。神はその願いを聞き入れた。銃弾が発射されてから身体に届くまでに、彼の意識内では一年間が経過したのである。彼は頭の中で詩劇を完成させ、死んでいった。

★8.私刑(リンチ)。

『M』(ラング)  小学生の少女たちを何人も殺した男がいた。精神異常者ゆえ、逮捕されても施設に入れられ、恩赦によって何年か後にはまた社会へ出て来る可能性が高い。それでは納得できないという、町の労働者・浮浪者・前科者たちの集団が男を捕らえ、模擬裁判をして死刑の判決を下し、殺そうとする。その寸前に警官隊が踏み込み、法のもとに男を保護し、裁く。殺された少女の母親が「私たちの子供は生き返らない」と言う。

 

【処女】

★1.処女懐胎。

『美しい星』(三島由紀夫)  「自分の故郷は金星だ」と信ずる大杉暁子は、同じく金星人と自称する美青年竹宮と出会い、ともに内灘の砂丘へ円盤を見に行く。やがて妊娠した暁子は、「自分と竹宮との間には何事もなく、自分は処女懐胎したのだ」と考える→〔宇宙人〕3

『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第3巻第1章「プラトン」  プラトンの父はアリストン、母はペリクティオネである。アリストンは、娘時代のペリクティオネを無理やり自分のものにしようとしつつ、思いとどまっていた。その頃アリストンは、夢でアポロン神の幻を見た。それでアリストンは、子供が生まれるまではペリクティオネに触れず、清らかなままにしておいた。こうして生まれたのがプラトンである。

『マタイによる福音書』第1章  マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、身ごもっていることが明らかになった。天使がヨセフに「恐れずマリアを迎えなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む」と夢告した。ヨセフはマリアと結婚し、男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。

*→〔風〕6aの『カレワラ』(リョンロット編)第1章。

*→〔性交〕4の『南総里見八犬伝』第2輯巻之1第12回〜巻之2第13回。

★2.処女懐胎を疑う女。

『ヤコブ原福音書』(新約聖書外典)第19〜20章  イエスを懐胎し出産したマリアが本当に処女なのかどうか、サロメは疑う。サロメはマリアの身体に指を入れる。その指は火で燃え落ちそうになる。

★3.花嫁がすでに処女でない。

『業苦』(嘉村礒多)  圭一郎は十九歳の時、二歳上の咲子と結婚するが、彼女が処女でなかったのではないか、と疑い続け、果して咲子が或る男と二年間も醜関係を結んでいたことを知って、懊悩する。以来彼は、異性を見るたびに処女か否かをまず考えるようになる。やがて圭一郎は薄幸の処女千登世と出会い、駆け落ちする。

『とりかへばや物語』  権大納言家の姫君は、尚侍(ないしのかみ)となって帝に寵愛されたが、彼女はかつて男装していたことがあり(*→〔男装〕5)、その折、宰相中将に本性を見破られて、男児を産んでいた。そうした事情を知らぬ帝は、尚侍を我がものとした夜、彼女が処女でなかったことを残念に思った〔*しかし帝の彼女への愛は深く、二人の間に生まれた子は次代の帝になる〕。

『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第16〜18章  マルケ王の妃と定められたイゾルデは、愛の媚薬を飲んだため騎士トリスタンと関係を持ち、処女でなくなった。彼女は、マルケ王との初夜の床に、身代わりとして側近のブランゲーネを送りこみ、王を欺いた。

『予告された殺人の記録』(ガルシア=マルケス)  花嫁アンヘラはバヤルドと結婚式をあげたその夜のうちに、「処女でない」との理由で実家に送り返される。一家の名誉のため、アンヘラの兄弟である双子が、彼女を犯した男サンティアゴを刺し殺す。

*花嫁が処女でなかったので、殺してしまう→〔初夜〕3の『本陣殺人事件』(横溝正史)。

★4a.夫の意志で、妻を処女のままにしておく。

『エレクトラ』(エウリピデス)  アイギストスはアガメムノン王を殺した後、「アガメムノン王の娘エレクトラが、将来もし貴族と結婚したら、生まれた子供が王の仇を討とうとするかもしれぬ」と恐れ、エレクトラを農夫の妻にする。しかし農夫は身分をわきまえ、エレクトラに触れない〔*エレクトラの弟オレステスがアイギストスを討ち、双子神ディオスクロイが出現して「エレクトラを王族ピュラデスに与えよ」と命ずる〕。

『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第30章  トリスタンは、白い手のイゾルデが王妃イゾルデと同じ名前ゆえに心引かれ、彼女と結婚する。しかし初夜の床でトリスタンは王妃イゾルデへの愛の誓いを思い起こし、白い手のイゾルデを処女妻のままにしておく→〔立ち聞き〕2

『艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)下之巻「酒屋」  酒商茜屋の半七は女舞芸人三勝と深い仲になり、お通という子もできる。半七はお園を妻に娶るが、共寝をしようとはせず、結婚後三年たってもお園は処女妻のままだった。

『浜松中納言物語』巻5  中納言は吉野の姫君とともに暮らすが、彼女と関係を結ぶことはなかった(*→〔禁忌〕8b)。式部卿宮が、美貌の姫君の存在を知って盗み出し、姫君が処女であることに驚く。姫君は、式部卿宮の胤を宿す〔*河陽県の后の霊が、かつて契りを交わした中納言に、「私は吉野の姫君(=河陽県の后の異父妹にあたる)の胎に宿り、やがて女児として生まれる」と、夢告する〕。

★4b.妻の意志で、処女のままでいる。

『ウジェニー・グランデ』(バルザック)  ウジェニーは、将来の夫と定めた従兄シャルルに裏切られたため、裁判所長ボンフォンの求婚を受け入れる。「処女妻のままでいること」という条件づきであったが、財産目当てのボンフォンは喜んでそれに従う。しかしボンフォンは、結婚後数年で死んだ。

『真珠夫人』(菊池寛)  成金の荘田(しょうだ)勝平が、唐沢男爵を金銭的に窮地に追いつめる。男爵の娘・瑠璃子は父を救うため、恋人の杉野直也と別れて、荘田勝平の後妻になる。勝平は四十五歳、瑠璃子は二十歳になるかならぬかの年齢だった。瑠璃子は結婚後も「しばらくは父と娘のようでありたい」と言って、性交渉を避ける。一ヵ月ほどして、勝平は強引に瑠璃子を抱こうとする。しかし彼の先妻の息子・勝彦が、瑠璃子を守って勝平と格闘する。心臓の弱かった勝平は、倒れて死んでしまう。瑠璃子は、処女のまま未亡人になった。

*→〔姉妹〕2bの『蘆刈』(谷崎潤一郎)。

★4c.夫が実は女であったばあい、妻は当然処女のままである。

『とりかへばや物語』  権大納言家の姫君は男装して中納言となり、右大臣家の四の君を妻とした。中納言の友人宰相中将が四の君をかいま見て心奪われ、強引に契りを結んだが、意外なことに四の君は処女であった。宰相中将は、「妻を処女のままにしておくとは、中納言は変わった男だ」と思った。

★5a.若い娘を見て、処女か否かを見抜く。

『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第9巻第7章「デモクリトス」  ヒッポクラテスが若い娘を連れて、デモクリトスのところへ訪ねて来た。最初の日には、デモクリトスは「こんにちは、娘さん」と挨拶したが、次の日には「こんにちは、奥さん」と挨拶した。実際その娘は、夜の間に処女を失ってしまっていたのである。  

★5b.非処女かと疑われるが、後に処女であることがわかる。

『潮騒』(三島由紀夫)第13章  歌島屈指の金持ち宮田照吉の娘・海女の初江と、漁師の久保新治が関係を持ったとの噂が流れる。夏の浜辺で、海から上がった老若の海女たちが乳房くらべに興じる。初江の乳房は、まぎれもなく、男を知らぬ処女の乳房であることを、誰もが認める。

『デイジー・ミラー』(ジェイムズ)  ヨーロッパ滞在中のアメリカ娘デイジー・ミラーは、複数の男友達と遊びまわり、社交界から爪はじきされる。デイジーに心ひかれる青年ウィンターボーンは、彼女がふしだらな女なのか無邪気なだけなのか、判断に苦しむ。デイジーは夜遊びの結果マラリヤに感染して急死するが、その後、男友達から、彼女がまったくの純潔の身であったことをウィンターボーンは知らされる。

★6a.赤ん坊を産んだ後、処女を回復する。

『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」  少女クンティー(=プリター)が、好奇心から子授けのマントラを試すと、太陽神スーリヤが現れる。スーリヤはクンティーを抱いて子種を授け、その後にクンティーを再び処女に戻して、天界へ帰る〔*クンティーは、生まれた赤ん坊カルナの処置に困り、川に捨てる。クンティーは後にパーンドゥ王の妃となって、ユディシュティラ、ビーマ、アルジュナを産む〕。

★6b.繰り返し、処女を回復する。

『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」  ドラウパディーは、ユディシュティラ、ビーマ、アルジュナ、ナクラ、サハデーヴァたち五人兄弟共通の妻となる。一日目はユディシュティラとの結婚式、二日目はビーマとの結婚式、というように五日間に渡って結婚式が行なわれ、そのたびごとにドラウパディーは処女を回復した。

 

*処女か否かを映す鏡→〔鏡〕4aの『千一夜物語』「処女の鏡の驚くべき物語」マリュドリュス版第720〜731夜。

 

【女装】

★1.英雄・豪傑の女装。

『義経記』巻2「鏡の宿吉次が宿に強盗の入る事」  盗賊が、黄金商人吉次をねらって鏡の宿の長者の屋敷に押し入る。遮那王(しゃなおう=源義経)が小袖を被り屏風の陰にひそむのを、賊どもは遊女と思い押しのけて通る。遮那王は大勢の中に斬り込み、縦横に活躍する。

『義経記』巻3「弁慶義経に君臣の契約申す事」  源義経が被衣をかぶり女房装束を着て、清水寺で通夜する。彼を追って来た弁慶は、経を読む義経の後ろ姿を男か女かはかりかね、太刀の尻鞘で脇を突いて、「稚児か女房か」と問う。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第13章  アキレウスが九歳になった時、「彼なくしてトロイアは攻略できぬ」と言われた母テティスは、戦場へ行かせないためにアキレウスを女装させ、乙女としてリュコメデスに預けた。しかし、オデュッセウスがこれを見破った。

『スリュムの歌』  トール神の武器である槌を、巨人族の王スリュムが盗む。トールは花嫁姿に変装してスリュムの館へ行く。「燃えるような恐ろしい眼だ」と怪しむ王に、「巨人の国を恋い焦がれて眠れなかったから」と、花嫁の侍女に扮したロキが答えてごまかし、トールは槌を取り戻して、巨人達を殴り殺す。

『南総里見八犬伝』第6輯巻之4第57回  犬坂毛野は少年時代から女田楽の一員となり、父・粟飯原胤度の仇、馬加(まくわり)大記に近づく機会を狙っていた。十五歳の年、毛野は美貌の女田楽師旦開野(あさけの)として馬加の館に入り込み、馬加一族を皆殺しにした。

『マハーバーラタ』第4巻「ヴィラータ王の巻」  ユディシュティラ・ビーマ・アルジュナら五兄弟と彼らの共通の妻ドラウパディーは、正体を隠してヴィラータ王の庇護をうける。王妃の弟キーチャカがドラウパディーに言い寄るので、ドラウパディーは「夜、踊り場で逢いましょう」と答える。ビーマが女装をして暗闇で待ち受け、ドラウパディーだと思って抱こうとするキーチャカを殺す。

*→〔酒〕1bの『日本書紀』巻7景行天皇27年12月。

★2.貴人の女装。

『春雨物語』「天津処女」  良峯宗貞の好色ぶりを聞いた仁明天皇が、後涼殿の端(はし)の間(ま)の簾のもとに女衣をかぶって潜む。宗貞は「女がいる」と思って衣の袖を引くが返答がないので、「山吹の花色衣ぬしや誰問へど答えず口なしにして」と歌を詠みかける。天皇は衣を脱ぎ、二人は顔を見合せる。驚いて逃げる宗貞を、天皇は召し寄せ、ご機嫌であった。

『平治物語』上「主上六波羅へ行幸の事」  藤原信頼が反乱を起こして内裏を占拠し、二条天皇を一室に幽閉する。二条天皇は女房姿になり、車で内裏を脱出しようとはかる。怪しんだ兵たちが弓筈で車の簾をあげて中を見ると、十七歳の二条天皇はまばゆいほどの美女に見え、兵たちはそのまま車を通した。

★3.少年の女装。

『少年探偵団』(江戸川乱歩)「怪少女」〜「意外また意外」  大鳥時計店所蔵の「黄金の塔」をいただく、と怪人二十面相が予告する。明智小五郎の命令で小林芳雄少年が女装し、十五〜六歳のおさげ髪のお手伝い千代となって、大鳥時計店に住み込む。二十面相が老支配人に変装して、「黄金の塔」を金めっきのにせものと取り替えるが、千代(=小林少年)はそれをまたもとに戻し、二十面相は知らずににせものを盗んで行く。

『ハックルベリー・フィンの冒険』(トウェイン)11  「僕(ハックルベリー・フィン)」は女装して一軒の家を訪れ、奥さんから名を聞かれて、最初は「サラ・ウィリアムズ」と名乗るが、次には「メアリー」と言ってしまう。男の子だと見破られたので「ジョージ・ピーターズ」と偽名を使うが、奥さんは「今度はエレグザンダーだなんて言わないでよ。さあ行きなさい。サラ・メアリー・ウィリアムズ・ジョージ・エレグザンダー・ピーターズ」と言って、「僕」を追い出す。

★4.恋しい女の形見の服を着る。

『ムーンライト・シャドウ』(吉本ばなな)  高校生の柊(ひいらぎ)は、恋人ゆみこを交通事故で亡くしてから、彼女の形見のセーラー服を着て、登校するようになった。柊の親も、ゆみこの親も、泣いてとめたが、柊はとりあわなかった。二ヵ月ほど過ぎたある朝、柊の夢にゆみこが現れ、彼の部屋のクロゼットからセーラー服を持ち去った。目覚めると、セーラー服はなくなっていた。以後、柊は男姿に戻った。

*逆に、恋しい男の形見の服を着る→〔男装〕7の『井筒』(能)。

★5.女装の男に求婚する。

『お熱いのがお好き』(ワイルダー)  ミュージシャンのジェリーはギャング団に追われ、相棒のジョーとともに、女装して逃げる。ところが金持ちの老人オスグッド三世が、ジェリーに一目惚れし、求婚する。困ったジェリーは、「私は本物の金髪じゃないし、煙草も吸うし、子供も産めないの」と言って断る。オスグッド三世は「それでも構わない」と言う。ジェリーはかつらを取って叫ぶ。「おれは男だ!」。オスグッド三世は少しも動ぜず、「誰でも欠点はある」。  

★6.男児を女装で育てると健康に成長する、との俗信があった。

『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)(河竹黙阿弥)「割下水伝吉内」  八百屋久兵衛の家では、なかなか子供にめぐまれなかった(生まれてもすぐ死んでしまった)。ようやく男児が生まれたので、無事成長を願って女姿で育て、名前も「お七」とつけた。しかし「お七」は五歳の時に誘拐され、後に「お嬢吉三」と呼ばれる盗賊になった。

『南総里見八犬伝』第2輯巻之3第16回〜巻之4第17回  犬塚番作・手束夫婦は結婚後十四〜五年のうちに男児三人が生まれたが、一人も育たなかった。夫婦は子のないのを悲しみ、滝の川の弁才天に祈って、あらたに男児をもうけた。無事成長を願って男児は「信乃」と名づけられ、十一歳まで女装で育てられた(*信乃は後に「孝」の珠を得、八犬士の一人として活躍した)。

★7.歌舞伎の女形。

『雪之丞変化』(市川崑)  雪之丞は商家の息子だったが、悪人・土部三斎の陰謀で、父母は無実の罪に問われて自殺した。雪之丞は歌舞伎の女形となり、役者修行をしつつ、父母の仇討ちの機会をうかがう。土部三斎の娘・波路が雪之丞の舞台を見て、彼の美貌に一目惚れする。雪之丞はそれを利用して、土部三斎に近づく。雪之丞の計略で土部三斎の手下が仲間割れし、その巻き添えで波路は死んでしまう。土部三斎は娘の死を悲しみ、雪之丞と対決する気力も失せて、毒をあおる。

★8.女装した将軍を、臣下がそれと知らず斬り殺す。

『頼朝の死』(真山青果)  将軍・源頼朝が、御所の少女・小周防(こずほう)を恋慕する。頼朝は、妻・尼御台(=北条政子)の目をはばかって、被衣(かずき)をかぶり女姿に変装して、深夜、御所の土塀を乗り越え、小周防のもとを訪れようとする。警護の武士・畠山重保が三度誰何(すいか)しても答えなかったので、重保はそれが頼朝とは知らず、「曲者である」として斬りつける。頼朝は深手を負って、まもなく死んだ。

*女装した皇帝を、臣下がそれと知らず刺し殺す→〔両性具有〕1の『陽物神譚』(澁澤龍彦)。

  

 

  

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