★1.十三歳の少女が、旅に出る・男と出会う・死に直面するなど、人生の転機をむかえる。
『一寸法師』(御伽草子) 宰相殿の十三歳の姫君に一寸法師が思いをよせ、はかりごとを用いて(*→〔濡れ衣〕1c)、父宰相殿から姫君の身柄を託される。姫君は一寸法師とともに舟に乗り、風に吹かれて、興がる島(きょうがるしま)へ着く→〔小人〕1a。
『更級日記』 東国に育った菅原孝標女は、世の中には「物語」というものがあることを知り、「早く上京して、多くの物語を読みたい」と、薬師如来の等身像に額(ぬか)づき祈る。念願かなって、彼女が十三歳の時、父上総介の任期が終わり、一家は京へ上ることになった。
『人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち』(安部公房) 人肉食に反対する一団が、人肉を食う階級の三人の紳士の所へ陳情に来る。代表の男は、「私の十三歳の娘がクジに当り、トサツ場へ出頭しました。甘いもの好きでよく油がのっています。娘はハムにされます。お助け下さい」と懇願する。しかし三人の紳士は男を追い返す→〔人肉食〕8。
『鉢かづき』(御伽草子) 河内国交野に住む備中守さねたかと北の方の間には、なかなか子が授からなかったが、やがて姫君が一人生まれ、父母は大切に育てた。ところが姫君が十三歳の時、母北の方が病死し、姫君は鉢をかぶった異様な姿で(*→〔面〕1a)、さすらい歩く身の上となった。
『夜長姫と耳男(みみお)』(坂口安吾) ヒダのタクミである「オレ(耳男)」は、長者の十三歳の一人娘・夜長ヒメの持仏とすべきミロクボサツを、三年かけて刻む。無邪気な笑顔のヒメの、残酷な心を知った「オレ」は、呪いをこめたモノノケ像を造るが、ヒメはそれを喜ぶ。疫病が村を襲った時、ヒメは、村人が皆死ぬように祈るので、「オレ」はヒメをキリで刺す。ヒメは「好きなものは、呪うか殺すか争うかしなければならないのよ」と言って死ぬ。
*→〔男性遍歴〕の『好色一代女』。
*→〔天人降下〕3の『夜の寝覚』巻1。
*→〔双子〕4aの『半神』(萩尾望都)。
*十二歳の少女に悪霊がとりつく→〔憑依〕5の『エクソシスト』(ブラッティ)。
『ファウスト』(ゲーテ)第1部「街路」 ファウストは、街角で見かけた処女マルガレーテ(グレートヒェン)に魅せられ、悪魔メフィストフェレスに「あの娘を何とかしてくれ」と頼む。メフィストフェレスが「あんな無邪気な娘は私の手におえない」と断ると、ファウストは「でも十四歳は越えている」と言い、結局マルガレーテを手に入れる〔*十三歳以下の娘との性交・結婚は、当時、禁じられていた〕。
『雁の寺』(水上勉) 昭和八年(1933)秋、五十八歳の孤峯庵住職慈海は、三十二歳の桐原里子を内妻として迎え、日夜痴戯にふけった。その時、小僧の慈念は十三歳だった。翌年初秋、里子は、慈念が乞食女の捨て子だったことを知って激情にかられ、慈念を抱いた。これを機に、慈念の心の中に師僧慈海への殺意が生まれ、三ヵ月後、慈念は慈海を刺殺して失踪した。
『午後の曳航』(三島由紀夫) 首領および一号から五号までの六人の少年は、みな十三歳の優等生で、天才であると自覚していた。彼らは世界の空洞を充たすため、子猫を殺して解剖する。二等航海士塚崎竜二が、三号(=登)の父親になろうとするので、少年たちは竜二に睡眠薬入りの紅茶を飲ませ、子猫同様に処刑する。十四歳未満なら処罰されず、「今が殺人をする最後のチャンスだ」と、首領は説いた。
『黄金伝説』64「聖十字架の発見」 エデンの園の善悪を知る木の一枝が、アダムの墓に植えられた。小枝は成長して大木になるが、ソロモンの代に切られ、いったん、ある沼に渡す小橋となり、後、地底深く埋められてそこに池が掘られる。イエス受難が近づいた頃、木はひとりでに浮かび上がってきて、ユダヤ人たちがこれを拾い、主(=イエス)をつるす十字架を作った。
『ヨハネによる福音書』第19章 死刑の判決を受けたイエスは、自ら十字架を背負い、ゴルゴタ(=されこうべの場所)という所へ向かった〔*第20章で、イエスの復活を聞いた弟子トマスが、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、わたしは信じない」と言う。ここから、イエスの両手は釘で十字架に打ちつけられたことがわかる。他の福音書には、釘跡の話はない〕。
『黄金伝説』109「聖ドナトゥス」 皇帝テオドシウスの息女が悪霊にとりつかれた。聖ドナトゥスが「悪霊よ。このかたの身体から出て行け」と命ずると、悪霊は「あなたの下げている十字架(くるす)から私の方へ、火が噴き出してきます。恐ろしくて、どこから出て行ったらよいのかわかりません」と言う。聖ドナトゥスが出口を作ってやると、悪霊は息女の身体から出て、教会の建物を震わせながら、逃げて行った。
*指で十字の印を作る→〔唾〕1bの『黄金伝説』104「聖ペテロ鎖の記念」。
『ジョニー・クロイと人魚』(イギリスの昔話) 人魚が夫ジョニーと七人の子供を連れて、海の世界へ帰ろうとする(*→〔人魚〕1b)。出発の前夜、七人の子供の末子である赤ん坊が、祖母(=ジョニーの母)の家で眠っていた。祖母は針金で十字架を作り、火で熱して、赤ん坊の裸の尻に押し当てる。翌朝、人魚が赤ん坊を抱き上げると、両腕が焼けつくように痛み、人魚は悲鳴をあげて身を引いた。人魚は赤ん坊をあきらめ、夫と六人の子供とともに去って行った。
『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」 在俗司祭シルウェステルが、「黄金の十字架が聖フランキスクスの口から出てくる」との夢を見た。十字架の先端は天に達し、左右にのびた十字架の腕は、全世界をすっぽり抱きかかえていた。シルウェステルは感銘し、ただちに俗世を棄てて聖人の弟子となった(*聖フランキスクスの身体には、十字架型の傷あとも現れた→〔傷あと〕1b)。
*「十字架の左右の腕が全世界を抱きかかえる」というのは、→〔夢〕10の『曽我物語』巻2「時政が女の事」「盛長が夢見の事」の「左右の袂に月と日をおさめる」や、→〔のりなおし〕3の『大鏡』「師輔伝」の「左右の足を東西に踏んばり内裏を抱く」という夢を連想させる。
『幻談』(幸田露伴) 一八六五年七月十四日午後一時四十分、ウィンパー一行八人が、アルプス・マッターホルンの世界初登頂に成功した。しかし下山する途中、午後三時に、一行のうち四人が深い谷底に滑落してしまった。残りの四人は、恐怖し悲嘆しつつ下山を続けた。夕方六時頃に、大きな十字架が二つ、空中にありありと見えた。四人全員がそれを見た。身体の影の投射かと疑って、彼らは手足を動かしてみたが、十字架の形は変わらなかった〔*山の怪異の物語をマクラとして、この後に海の怪異が語られる→〔釣り〕1〕。
『アルジャーノンに花束を』(キイス) 白ねずみのアルジャーノンは脳手術を受けて知能が高くなり、難しい迷路もくぐり抜けられるようになった。三十二歳の「ぼく(チャーリイ・ゴードン)」はIQ70だったが、三月に手術を受け、三ヵ月足らずでIQ185の天才になる。しかし人為的に高められた知能は、短期間でまたもとの水準にまで低下してしまうのだった。アルジャーノンは知能の極点を過ぎ、異常行動を示して死んでいった。九月頃から「ぼく」も知能の衰えを自覚し、十一月には養護施設へ入る。「裏庭のアルジャーノンの墓に花束を供えてやって下さい」と、「ぼく」は書き遺す。
★2.ロボトミー手術。精神病患者の前頭葉白質を切除して、人格を変えてしまう。
『カッコーの巣の上で』(フォアマン) マクマーフィーは刑務所の強制労働を逃れるため、狂人のふりをして精神病院に入る。彼は入院患者たちをまきこんで病院への反抗を繰り返し、看護婦長ラチェッドの首を絞めて殺そうとまでする。マクマーフィーは取り押さえられ、ロボトミー手術を施される。その結果彼は、意志の疎通のできぬ廃人になってしまった。仲間の患者は、マクマーフィーの悲惨なありさまに心を痛め、枕で彼を窒息死させた。
『外科室』(泉鏡花) 貴船伯爵夫人は胸部の病気で手術を受けるに際し、「私は心に一つ秘密がある。麻酔剤を用いると譫言(うわごと)を言うらしいから、それが恐ろしい」と言い、麻酔を拒否する。執刀する高峰医学士のメスが胸を割き、骨に達した時、夫人は「貴下(あなた)は私を知りますまい!」と言って、高峰の持つメスに手を添え、自ら乳の下を掻き切る。高峰が「忘れません」と言うと、夫人は微笑んで息絶えた→〔心中〕6。
『三国志演義』第75回 関羽は毒矢で射られ、右臂が青く腫れ上がった。トリカブトの毒が骨にしみわたり、このままでは腕が使えなくなるので、名医の華佗が、小刀で肉を切り裂き、骨についた毒を削り落とす手術をする。関羽はその間、酒を飲み肉を食べ、痛さを感ぜぬがごとく、まわりの者たちと談笑し、碁を打っていた。
『弾丸を噛め』(ブルックス) 西部開拓時代、麻酔なしで手術を受ける男が、弾丸を噛んで手術の痛みに耐えた、という故事がある。荒野を馬で駆けるレースに参加した男が、途中、激しい歯痛に苦しむ。歯が欠けて、神経が露出していた。開拓時代の故事にならい、男は弾丸を噛んで、虫歯にかぶせる歯冠の代用とし、レースを続けた。
『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「ディンゴ」 オーストラリア大陸。荒野を一人で移動中のブラック・ジャックが、寄生虫エヒノコックスの新種に侵され、激しい腹痛に苦しむ。彼はテントを張り、局所麻酔の注射をして、鏡を見ながら自分の腹部を手術する。エヒノコックスを媒介する野犬ディンゴたちが、血のにおいをかぎつけて集まり、鋭い爪でテントを引き裂き始める。通りかかった男が銃を撃ってディンゴたちを追い払い、ブラック・ジャックは命拾いする。
口裂け女(松谷みよ子『現代民話考』) ある女が整形手術に失敗して、口が裂けた。女はマスクをして道に立ち、通る男に「私はきれい?」と聞く。「ブス」と言うと、ナイフで腹を刺される。「きれい」と言うと、女はマスクをはずして「これでも?」と、口の裂けた顔を見せる。逃げると女は追いかけて来て、自分と同じように男の口を裂いてしまう(東京都東久留米市)。
『白い巨塔』(山崎豊子) 浪速大学医学部第一外科教授である財前五郎が、胃癌に侵される。財前の恩師・東(あずま)名誉教授が執刀するが、癌はすでに肝臓に転移しており、手術不能だった。開腹部はすぐに縫合され、十時に始まった手術はわずか三十分で終了した。東は、手術室の時計を一時間進ませ、十一時半にするよう命ずる。麻酔から醒めた財前は時計を見て、手術が順調に行なわれたと思い、安堵する。
『海と毒薬』(遠藤周作) 太平洋戦争末期。九州F市の大学病院で、米兵捕虜たちが生体実験の材料にされた。肺をどこまで切除すると死ぬか調べる手術が、結核研究の名目で行なわれ、医局員の勝呂(すぐろ)二郎はその手術に立ち会った。戦後、勝呂は懲役二年の刑を終え、東京郊外で医院を開業する。彼は「あれは仕方がなかったんだ」と考えた。「これからも、同じ境遇におかれたら、また同じようなことをやってしまうかもしれない」とも考えた。
*世界最初の全身麻酔手術→〔乳房〕5の『華岡青洲の妻』(有吉佐和子)。
*関連項目→〔身投げ〕
『万葉集』巻9 1811〜1812歌 葛飾の真間の手児名は質素な身なりで働く娘だったが、たいへんな美女であったので、多くの男性から求愛された。しかし彼女は誰とも結婚することなく、入江に身を沈めて死んでいった。
『万葉集』巻16 3810〜3812歌 三人の男が、縵児(かづらこ)に求婚した。縵児は思い悩んで池のほとりをさまよい、ついに水底に身を沈めた。
『大和物語』第147段 二人の男から求婚された津の国の女は、どちらを選ぶこともできず、「住みわびぬ我が身投げてむ津の国の生田の川は名のみなりけり」の歌を残して生田川に投身した。
*→〔二人夫〕1aの『草枕』(夏目漱石)2。
★2.夫や兄が討死したり捕らわれたりしたため、その妻や妹が入水して死ぬ。
『平家物語』巻9「小宰相身投」 懐妊の身の小宰相は、夫通盛の討死を知らされ悲嘆して、屋島の海に入水した。
『平治物語』下「夜叉御前の事」 奥波賀の夜叉御前は、兄頼朝が捕らえられたことを悲嘆し、十一歳で杭瀬河に投身した。
『保元物語』下「為義の北の方身を投げたまふ事」 夫為義及び乙若以下四人の子らが皆斬られたと聞いた北の方は、石を袂に入れ河に投身した。
『転寝草紙』(御伽草子) 大臣家の姫君が、左大将との来世での契りを念じ、瀬田の橋から入水する。そこへ左大将の乗った舟が通りかかり、姫君は救助され、二人は結ばれる。
『源氏物語』「浮舟」〜「手習」 薫と匂宮の両方と関係を持ってしまった浮舟は、宇治川へ入水しようとして意識を失う。彼女は、宇治の院の森かげに茫然としているところを、横川の僧都に救われる。
『狭衣物語』巻1〜2 飛鳥井の女君は狭衣と関係を結んでいたが、式部大夫が女君に言い寄り、連れ出して筑紫行きの船に乗せる。女君は式部大夫に身をまかせることを拒否し、虫明の瀬戸(=岡山県東部沿岸)に身を投げようとする。そこへ女君の兄僧が来合わせ、彼女を救う〔*しかし女君は、狭衣に再会できぬまま、やがて病没する〕。
『鉢かづき』(御伽草子) 家を追われた鉢かづきは絶望して川へ身を投げるが、鉢のために身体が沈みきらずに流れ行き、舟人に引き上げられる。山蔭三位中将が鉢かづきの異相に目をとめ、屋敷の湯殿に置いて働かせる。
『太平記』巻18「一宮御息所の事」 武士・松浦五郎が、一宮(=後醍醐天皇第一皇子・尊良親王)の御息所に横恋慕して、船で連れ去る。随身武文はこれを阻もうとして果たさず、腹かき切って海底に沈む。鳴門海峡まで来ると海が荒れ、武文の怨霊が出現して船を招くので、松浦五郎は御息所に水手一人をそえて小舟に乗せ、波の中に放つ〔*小舟は淡路の武島に漂着し、後に御息所は一宮と再会することができた〕。
『筑前国風土記』逸文「うちあげの浜」 狭手彦連の船が、海にとどまったまま動かない。海神が狭手彦の妾那古若を慕っているため、と思われたので、彼女をこもの上に乗せて波に放ち浮かべた。
『椿説弓張月』続編巻之1第31回 鎮西八郎為朝以下主従三十余人が、二艘の船で肥後から京へむけて出帆する。海上で嵐に襲われ、為朝の妻白縫が、我が身を海神に献じて一行の無事を願おうと、入水する〔*しかし風波はおさまらず、家来たちは絶望して自害し、為朝も死を覚悟する〕。
*→〔船〕8の『古事記』中巻・『日本書紀』巻7景行天皇40年是歳。
『太平記』巻4「藤房卿の事」 中納言藤房は、後醍醐帝の笠置遷幸に従うべく、形見の髪と歌を愛人左衛門佐局のもとに残して京を去る。左衛門佐局は悲嘆して、大井川に身を投げる。
『春雨物語』「宮木が塚」 遊女宮木は、宿駅の長藤太夫の横恋慕によって、恋人河守十太兵衛との仲を割かれる。十太兵衛は罪に落とされて病死し、藤太夫が強引に宮木を身請けする。宮木は、法然上人に会いに行き念仏を授けられて、入水する。
『発心集』巻3−6 娘を亡くして三年になる女房が、天王寺で二十一日間の念仏をした後、難波の海に入水した。
『横笛草紙』(御伽草子) 滝口時頼は恋人横笛を捨て出家し、嵯峨の往生院に籠もる。横笛は往生院を訪ねるが滝口に対面を拒否され、大井川に身を投げる〔*『平家物語』巻10「横笛」の類話では、横笛は剃髪して奈良の法花寺に入り、まもなく没した、と記す〕。
『明石物語』(御伽草子) 明石三郎の北の方は横恋慕する高松中将から逃れるため、侍女と二人で流浪の旅に出る。二人は渚に衣装を脱ぎ捨て辞世の歌を書き置き、入水したかのように見せかけて去る。
『好色五人女』巻3「中段に見る暦屋物語」 京の大経師(だいきょうじ)某の妻おさんは、手代の茂右衛門と不義の関係になる。二人は「心中したように見せかけて、田舎へ身を隠そう」と相談する。彼らは書置きを残し、水際に着物や草履を捨て、水練の男二人を雇って琵琶湖へ飛び込ませる。大経師の店の召使たちは水音を聞き、おさんと茂右衛門は入水した、と思って泣き騒ぐ〔*二人は丹後に隠れるが、結局捕らえられ処刑された〕。
『信太』(幸若舞) 信太は小山の手に捕えられ、湖に沈められることとなる。旧臣千原太夫が、舟の上から大石を水中に投げて信太を沈めた体にもてなし、助けて陸に戻る。
*川や海に石を投げ込んで、入水したように思わせる→〔死因〕2cの『英草紙』第8篇「白水翁が売卜直言奇を示す話」・〔冥界行〕6bの『辰巳の辻占』(落語)。
『荘子』「譲王篇」第28 舜が、友人の無択に天下を譲ろうとした。無択はそれを汚らわしいことだと言って、清レイの淵に投身した。殷の湯王が、天下を卞随に譲ろうとすると、卞随はチュウ水に投身した。次いで務光に譲ろうとすると、務光は石を背負って廬水に投身した。
*→〔五月〕2の『太平広記』巻291所引『続斉諧記』。
『平家物語』巻10「横笛」〜「維盛入水」 都落ちした平家一門は、讃岐の八島(屋島)に仮の内裏を作る。三位中将維盛は京の妻子を忘れられず、「生きる甲斐のない我が身」と観じ、寿永三年(1184)三月十五日に八島を抜け出る。彼は高野山へ登って出家し、熊野三山に参詣した後、船で海上に出て、三月二十八日、二十七歳で那智の沖に入水往生する。
『宇治拾遺物語』巻11−9 三十歳余りの僧が桂川に入水往生するというので、大勢の人々が拝みに行く。僧はいったん川に身を沈めるが、苦しさにもがき、あわてて陸地に戻り、川原を走って逃げる。後に僧は、手紙の上書きに「前(さき)の入水の上人」と署名した。
『レミング』(マシスン) 海岸沿いのハイウェイに、幾千幾万台の自動車が押し寄せる。車から降りた人々は、次々に海に入って行く。警官二人が、「レミングの集団自殺みたいだ」と話し合う。一週間あまりたつと、車が来なくなる。もう誰も現れない。「皆、海に入ってしまったんだろう」「ほかに湖もいくつかあることだし」。警官の一人が「じゃあ、さようなら」と言って、海に入る。それを見届けて、もう一人も海に入る。
『にんじん』(ルナール)「にんじんのアルバム」22 母親から愛されない「にんじん」は、バケツに水を入れて自殺を試みる。「にんじん」は鼻と口を水に漬け、じっとしている。母親の平手打ちが飛んで来て、バケツはひっくり返る。おかげで、「にんじん」は命拾いする。
『今昔物語集』巻17−44 僧が近づき親しんだ童は意外にも女であり、懐妊して大きな石を産んだが、女は実は毘沙門天の化身で、石と見えたのは金塊だった。
『日本霊異記』下−31 美濃国の女が男と交わることなく懐妊し、三年を経て二つの石を産んだ。
*石で出産を遅らせる→〔石〕7。
『遠野物語』(柳田国男)55 松崎村の川端の家の女が、河童の子を産んだ(*→〔河童〕1)。生まれた子は手に水掻きがあり、醜怪な形だった。河童の子は切り刻まれ一升樽に入れられて、土中に埋められた。その女の母もまた、かつて河童の子を産んだことがあったという。
『古事記』中巻 新羅国のアグヌマという沼の辺に女が昼寝していると、日の光が虹のごとく女の陰を射した。女は孕み、赤玉を産んだ。
『太平記』巻13「干将莫耶が事」 楚王の夫人が、鉄柱によりそって涼んでいたところ懐妊し、月満ちて一つの鉄丸を産んだ。王は、この鉄丸で剣を作るよう干将莫耶夫妻に命ずる。
『今昔物語集』巻5−6 天竺般沙羅国王の后が五百の卵を産んだ。后は恥じ、これを小箱に入れて恒伽河に流し捨てたが、五百の卵からは五百の王子が生まれた。
『源平布引滝』3段目「実盛物語」 「葵御前が男児を産んだら殺せ」との命令を受けて、斎藤実盛と瀬尾十郎が検分に来る。百姓九郎助夫婦は、湖で拾った女の片腕を錦にくるみ、「これが葵御前の産んだものだ」といつわる。
『東海道名所記』巻5 夫が若妻を友人に預けて他国へ赴く。友人は若妻が人に盗まれぬよう、毎夜彼女の腹の上に手を置いて守る。若妻は懐妊して十ヵ月後に手ひとつを産む。以来、この村を「手孕み村」という。
『日本霊異記』下−19 豊服広君の妻が、鳥の卵のごとき肉塊を産んだ。「不吉なもの」と思い、笥に入れて山の石の中に置いた。七日後に見ると女児が生まれ出ており、通常の人間とは異なる身体であったが、成長してすぐれた尼になった〔*『三宝絵詞』中−4に類話〕。
『封神演義』第12回 陳塘関総兵李靖の夫人殷氏は、妊娠三年六ヵ月になっても出産しなかった。ある夜、彼女は「老道士が霊珠を胎内に入れる」と夢に見て産気づき、直径五寸ほどの肉毬(にくきゅう)を産み落とした。肉毬は、みるみる大きさが二倍になり、三倍になる。夫李靖が刀で肉毬を切ると、金色に輝く可愛い男児が飛び出た。太乙真人が男児をナタ(ナタク)と名づけ、弟子にした→〔成長〕1a。
『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」 ドリタラーシュトラの妃ガンダーリーは、身ごもって二年後に、鉄玉のごとく固い大きな肉塊を産んだ。肉塊は百個の細胞に分離し、ドゥルヨーダナ以下、百人の息子が生まれた。
雷公を捕らえる(中国・トン族の神話) 大洪水後、生き残った姜良(チャンリャン)と姜妹(チャンメイ)が兄妹婚をするが、生まれたのは肉塊だった。亀が「刀で肉塊を切り、骨と肉を分けて捨てよ。内臓もそれぞれ分けて投げ捨てよ」と教える。言われたとおりにすると、翌日、それらは人間になった。骨からできたのが漢族、肉からできたのがヤオ族である。我々は皆、一人の母親から生まれたのだ。
『異苑』56「幽霊の子」 晋代のこと。筍沢という男が死後幽霊となって家に帰り、妻と仲むつまじく暮らした。妻は懐妊し、十ヵ月たって出産したが、産み落としたのはすべて水だった。
『栄花物語』巻5「浦々の別」 一条天皇に寵愛された承香殿女御(=元子)は、懐妊したものの、臨月をすぎても出産の兆候がないので、太秦広隆寺に参籠した。女御は寺内で産気づき、水を産んだ。水は尽きることなく流れ出て、女御の腹は見るまにしぼみ、普通の人の腹よりもへこんでしまった。
『続古事談』巻1−35 皇嘉門院(=崇徳帝中宮)の名は「聖子」だった。王子(皇子)誕生を願っての命名だったが、ある人が「『聖』の下のつくりは『王』ではなく、『壬』だ。『壬』には『むなしい』という意味がある」と批判した。やがて聖子は懐妊し、臨月になって、多量の水を産んだ。
『今昔物語集』巻5−5。 鹿の腹から生まれた鹿母夫人は、王后となり蓮花を産んだ。池に投じられた蓮花には五百の葉が生じ、葉ごとに一人ずつ童子が乗っていた。
『百年の孤独』(ガルシア=マルケス) 血のつながりの濃いウルスラとホセ・アルカディオ・ブエンディーアの結婚に、親戚は反対した。以前に彼らの伯母と伯父が結婚して、豚の尻尾がついた息子が生まれたからだった。彼らの子・孫・曾孫・玄孫に尻尾はなかったが、百年余を隔てて再び、玄孫のアマランタ・ウルスラが、ブエンディーア一族の最後の生き残りである甥のアウレリャーノとの間に、豚の尻尾のついた赤ん坊を産んだ。
『古事記』上巻 イザナキ・イザナミの二神はオノゴロ島で結婚し、国産みを行なった。最初に淡路島を産み、次いで四国、隠岐の島、九州、壱岐の島、対馬、佐渡の島、本州の順に産んでいった。こうして、まず主要な八つの島々を産んだので、我が国を「大八島国」というのである〔*この後も二神はいくつかの島を産み、次にさまざまな神々を産んだ〕。
★10b.アダムとイヴ(エヴァ)の物語を、イザナキ・イザナミ神話の訛伝と見なす。
『霊の真柱(たまのみはしら)』(平田篤胤)上つ巻 西の果ての国々の古伝に云う。世の初めの時、天つ神が天地を造った後に、土塊(つちくれ)を二つ丸めて男女の神となした。男神の名を「安太牟(アダム)」、女神の名を「延波(エハ)」と言い、この二人の神が国土を産んだ。これは皇国(みくに)のイザナキ・イザナミ神話が、誤り伝えられたものと思われる。
『義経記』巻7「愛発山の事」 加賀白山の龍宮の宮という女体の神が、滋賀唐崎の明神と逢ううちに懐妊し、故国加賀へ戻る途中、近江と越前の境の山で出産する。その時、産のあら血をこぼしたので、そこを愛発(あらち)の中山と呼ぶ。
『義経記』巻7「亀割山にて御産の事」 義経の北の方は、羽前の亀割山で産気づき、弁慶の世話で若君を産みおとす。亀割山にあやかり、亀の万年・鶴の千年になぞらえて、亀鶴御前と名づけた。
『神道集』巻2−6「熊野権現の事」 侍たちに鬼谷山へ連れて行かれた五衰殿の女御は、そこで王子を産む。女御は首を落とされ、死骸は王子を抱きながら横へ倒れた〔*『熊野の本地』(御伽草子)も同話〕。
ブルターニュの伝説 コモール伯は妻が懐妊するたびに殺し、すでに四人の妻が死んでいた。五人目の妻トリフィヌは城から逃げ出すが力尽き、森の中の草地で男児を産む。コモールの気配がしたので、彼女は子を木の洞に隠す。コモールはトリフィヌの首を斬る。
『斜陽』(太宰治) 「私(かず子)」は、貴族の家に生まれた。現在二十九歳で離婚歴がある。六年前、「私」は妻子持ちの中年作家・上原二郎に、いきなり接吻されたことがあった。それが、「私」の心のひめごとになった。日本は戦争に負け、社会は大きく変わった。貴族の特権も失われた。恋の成就と道徳革命のために、「私」は上原の子供を宿したいと願う。「私」は上原を誘って一夜の関係を結び、望みどおり妊娠する。「私」は私生児を産み、古い道徳と戦って、太陽のように生きるつもりだ。
『創世記』第17〜21章 アブラムが九十九歳の時、主(しゅ)が現れて告げた。「これからは、アブラハムと名乗りなさい。あなたの妻サライをサラと呼びなさい。サラは来年男児を産む。その子をイサクと名づけなさい」。サラは老齢で、月のものもなくなっていたので、アブラハムはこれを信じなかった。しかし翌年、サラは九十歳で男児イサクを産んだ。
『日本霊異記』中−31 聖武天皇の御世。遠江の人、丹生(にふ)の直(あたひ)弟上(おとかみ)が七十歳の時、その妻が六十二歳で懐妊し、女児を産んだ。女児は左手を握って生まれ、七歳の時に手を開くと、舎利が二粒あった。そこで七重の塔を建て、舎利を安置した。塔建立後、女児はすぐ死んだ。
『聊斎志異』巻5−183「金永年」 利津(りしん。山東省)の金永年は八十二歳、老妻は七十八歳で、夫婦の間には子供がなかった。突然、金永年の夢に神様があらわれ、「本当は子孫は絶えるはずだったが、お前は正直一途に商売に励んでいるから、息子を一人授ける」と、お告げがあった。まもなく老妻の腹が動き出し、十ヵ月後に一人の男児を産んだ。
『狭衣物語』巻2 独身の女二の宮(=嵯峨帝の娘)が妊娠し(*→〔秘密〕3)、ひそかに男児を産んだ。母(=嵯峨帝の后)は、娘の不始末を隠そうと考え、「自分と嵯峨帝の間にできた子だ」と公表する。母は見かけは三十歳くらいだったが、実際は四十五歳であり、ずいぶん前に月のものも止まっていた。嵯峨帝も世人も、高齢の妊娠・出産に驚きつつ、「そういうこともあるだろう」と納得した。
『幽明録』25「死後のお産」 十余年連れ添った妻が子供を産まずに死んだので、夫が泣き悲しむ。妻の遺体が起き上がり、「私の身体はすぐには朽ちないので、交わりをして男児を一人産みましょう」と言って、また横たわった。人が寝静まってから夫は妻の遺体と交わり、その後、遺体を葬らず別室に安置する。十月(とつき)十日たって、妻の遺体は男児を産む。男児は「霊産」と名づけられた。
『破戒』(島崎藤村) 信州飯山の小学校の青年教師瀬川丑松は、部落出身者であった。父は一人息子の丑松に、「出生を隠せ」と、固く戒めた。しかし丑松は、部落解放運動の思想家・猪子蓮太郎の著作に出会い、大きな影響を受ける。丑松は、「猪子にだけは自分の素性を話そう」と思うが、その猪子は暗殺されてしまった。翌日、登校した丑松は授業を中断して、自分が部落民であることを、生徒たちに告白する。
『大岡政談』「天一坊実記」 腰元沢の井は八代将軍吉宗の子を身ごもり、認知のお墨付きと短刀を得た。しかし産後まもなく、沢の井母子は死んでしまった。後に、僧宝沢がお墨付きと短刀を手に入れ、「天一坊」と名乗り、将軍の落胤と称して、大勢の供人を率いて江戸に乗り込んだ。大岡越前守がにせ者と見破り、天一坊は獄門にかけられた。
『砂の器』(松本清張) 昭和六年生まれの本浦秀夫は、昭和二十年の空襲で役所の戸籍原簿が焼失したことを利用し、「和賀英良」と名乗って戸籍を創作した。本浦秀夫の父は癩病であり、才能豊かな秀夫は将来のために、癩病者の戸籍から抜け出る必要があった。やがて和賀英良(=本浦秀夫)は、作曲家として脚光を浴びる。しかし彼の過去を知る元巡査三木謙一が訪ねて来たので、和賀英良は三木謙一を殺した。
『当世書生気質』(坪内逍遥) 明治十年代、士族守山友定は、慶応四年(1868)の上野戦争の折に行方知れずとなった娘お袖を捜し、新聞に尋ね人の広告を出す。吉原の娼妓顔鳥(=本名お新)は、幼い頃生き別れ、後再会した母お秀にそそのかされて、「私がお袖だ」と名乗り出る〔*しかし本物のお袖は、守山友定の息子(友芳)の学友(小町田粲爾)の妹として、成長していた〕→〔兄妹〕1。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「松茸」 熊谷の豪農の娘お元は、弘化三年(1846)丙午年の生まれだった。「丙午の女は男を食い殺す」との俗信があったので、お元は「弘化二年巳年生まれ」といつわって、熊谷から遠く離れた江戸の商家へ嫁いだ。ところが、将軍家へ献上する松茸を運ぶ人足の安吉が、お元の秘密を知って、強請(ゆすり)をした〔*半七が事件を解決し、お元の秘密も口外せずにおいた〕。
『オイディプス王』(ソポクレス) オイディプスはコリントス王夫妻の子として育ち、成人後にテーバイの王となる。しかし、テーバイに蔓延する疫病の原因を探るうち、オイディプスは、老羊飼いなどから、自分の真の父はテーバイの先王ライオス、真の母はその妃イオカステであることを、知らされる。ライオスはかつてオイディプスが殺した男であり、イオカステは現在オイディプスが妻としている女であった。
『神道集』巻6−33「三島大明神の事」 阿波の国の頼藤右衛門尉の子として育った玉王は、成長して都へ上り、十五歳で蔵人に任ぜられる。十七歳の時、玉王は、四国から来た百姓たちの話を立ち聞きする。それによると玉王は、鷲が何処からかさらって来た子で、頼藤は実の親ではない、という。玉王は四国へ下り、真の父母(=橘朝臣清政夫婦)を捜し求め、再会する〔*『みしま』(御伽草子)に類話〕。
『氷点』(三浦綾子) 陽子は、病院長辻口啓造と妻夏枝の娘として育つ。十七歳の時、陽子は、かつて辻口家の三歳の娘ルリ子を殺した犯人とその内妻の子である、と夏枝から聞かされる。陽子は衝撃を受けて睡眠薬自殺をはかる。しかし陽子は殺人犯の子ではなかった。
『源氏物語』「薄雲」 藤壺女院が三十七歳で死去し、四十九日の法要も過ぎたある暁のこと。藤壺の息子である十四歳の冷泉帝は、夜居の僧から、実の父は桐壺帝ではなく光源氏であることを聞かされる。
『源氏物語』「橋姫」 薫は、幼少の頃より自己の出生に疑問を持っていた。彼は成人して後、老女房弁の君から柏木の臨終の模様を聞き、彼の文反故を渡されて、柏木が実の父であったことを知る。
『真実一路』(山本有三) むつ子は、恋人が病死した時、すでに子を宿していた。義平はそれを承知でむつ子と結婚し、生まれたしず子を自分の子として育てる。成人したしず子は、縁談が破談になったことから、自分の出生の秘密を知る。
『暗夜行路』(志賀直哉) 時任謙作が六歳の時、母が死に、彼はなぜか祖父の家に引き取られた。そこには、祖父の妾のお栄という二十三〜四歳の女がいた。青年になった謙作は、さまざまな悩みをかかえ、孤独を感じ、お栄との結婚を考えて、兄信行に手紙を書く。兄からの返事には、お栄が拒否したこと、実は謙作は父のドイツ留学中に祖父と母との間にできた不義の子であることが、書かれていた。
★2d.祖父と母の間の子供か、と疑われたが、父と母の間の子であった。
『華麗なる一族』(山崎豊子) 阪神銀行頭取・万俵大介は、長男鉄平が、自分と妻寧子(やすこ)の間にできた子供ではなく、亡父敬介と寧子の間の子ではないかと疑い、鉄平に対して父親らしい愛情が持てない。日頃の父の態度から、鉄平も「自分は祖父と母の子かもしれぬ」と考える。阪神特殊鋼の専務だった鉄平は、事業の失敗のため猟銃自殺する。その折の警察による正確な血液型鑑定の結果、鉄平は、まぎれもなく父大介と母寧子の子であったことが明らかになる。
『反橋(そりはし)』(川端康成) 「私(行平)」は五十年前、五歳の時、母に連れられて住吉神社の反橋を渡った。反橋の頂上で母は、「私はお前の本当の母ではない。本当の母は私の姉で、姉はこの間死んだ」と言った。「私」の生涯はこの時に狂った。「私」の出生は尋常なものではあるまい、生母の死も自然なものではあるまい、と「私」は疑うようになった。
『彼岸過迄』(夏目漱石) 須永市蔵は子供の頃、父を失った。その時、母は「今までどおり御母さんがかわいがってあげるから、安心なさい」と言った。実は市蔵は、父が小間使に産ませた子だった。母は小間使に暇を出し、市蔵を自分の子として育てたのである。市蔵は、叔父松本からそのことを聞き、「母が、自分と従妹千代子(母の妹の娘)との結婚を望むのは、血統上の理由があるのだ」と悟った〔*夫が愛人に産ませた子を、妻が自分の子として育てるという点で→〔秘密〕2aの『婦系図』(泉鏡花)・『陽のあたる坂道』(石坂洋次郎)と同様〕。
『アーサーの死』(マロリー)第1巻第6章 エクター卿夫妻の子供として育った少年アーサーが、教会境内の大石から剣を引き抜く。それを知ったエクター卿はアーサーに、「あなたの本当の父はユーサー・ペンドラゴン王、母は妃イグレインです」と教える〔*魔法使いマーリンの言葉にしたがって、ユーサー王はアーサーをエクター卿に預けたのである〕。アーサーはイングランドの王となり、エクター卿はアーサーに仕える。
『一寸法師』(御伽草子) 一寸法師は背丈が伸びた後、姫君とともに参内し、帝に拝謁した。一寸法師の先祖を尋ねると、彼の父は、堀河の中納言が讒言により田舎へ流された時にもうけた息子であり、母は伏見の少将の娘であることが、わかった。一寸法師は堀河の少将となり、後に中納言になった。
『ダフニスとクロエー』(ロンゴス) ダフニスとクロエーはともに身分ある人の子だったが、それぞれ事情があって捨てられ、ダフニスは山羊飼いの子になり、クロエーは羊飼いの子になる。二人は成長後、養父母の世話で実の両親と対面し、由緒正しい生まれであったことを知り、皆に祝福されて結婚する。
『トム・ジョーンズ』(フィールディング) 資産家オールワージは、ある日自室のベッドに赤ん坊を発見する。近隣の男女の私通により産み捨てられたもの、と見なされ養育されるが、この子トム・ジョーンズは、成長後、オールワージの妹の子であったことがわかる。トム・ジョーンズは伯父オールワージの跡継ぎとなり、幸福な結婚をする。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第7章 トリスタンは領主リヴァリーンを父、マルケ王の妹ブランシェフルールを母として、誕生した。父の死後、トリスタンは父の家臣ルーアル夫妻の子として育てられる。少年トリスタンは誘拐され、数年を経てルーアルと再会するが、その折に彼は真の両親が誰であるかを聞かされる。
『ものくさ太郎』(御伽草子) ものくさ太郎が都へ上り、御所に召されて帝と対面する。帝がものくさ太郎の先祖を尋ね、彼が身分高い人の子供であることが明らかになった。仁明天皇の第二皇子二位中将が信濃へ流され、善光寺如来に申し子して授かったのが、ものくさ太郎であった。太郎は三歳の時両親に死に別れ、その後、庶民の間で暮らしたために、卑しい身分となったのである。
*→〔遺産〕4の『オリヴァー・トゥイスト』(ディケンズ)。
*→〔二人妻〕4aの『春色梅児誉美』(為永春水)。
★4.みにくいアヒルの子が、美しい白鳥の子だったことがわかる。
『みにくいアヒルの子』(アンデルセン) ある夏の日、お母さんアヒルがいくつもの卵を孵したが、その中の一羽だけはみにくい灰色のヒナだった。灰色のヒナは皆から嫌われ、いじめられて、とうとう親もとを逃げ出す。ヒナは諸方で苦労しながら辛い秋・冬を過ごし、翌年の春になって、自分が美しい白鳥に成長していることに気づく。
★5a.身分高い人の子として育てられたが、実はそうではなかったことがわかる。
『ドイツ伝説集』(グリム)523「ブンドゥス公、またの名はヴォルフ」 シュヴァーベンのブンドゥス公は成年に達して、自分が狩人夫婦の子であることを知る。彼は、公国も花嫁も他に譲り、教会に入って余生を神に仕えて暮らす。
『海士(あま)』(能) 藤原淡海の世継ぎ房前大臣は、臣下から「亡き母君は讃州志度の浦の人」と聞き、母が身分賤しい海士乙女だったことを知る。房前は亡母追善のため志度の浦を訪れ、母の霊と出会う。
『アドルフに告ぐ』(手塚治虫) アドルフ・ヒットラーはアーリア人の優越性を説き、ユダヤ人を迫害した。しかしヒットラーの祖父は、実はユダヤ人だった。ヒットラーには、ユダヤ人の血が四分の一混じっているのだ。そのことを記す機密文書を、日本人が手に入れた。ヒットラーの出生の秘密が公けになれば、ナチス・ドイツは崩壊する。ゲシュタポが、機密文書を取り戻すべく日本へやって来る。アドルフ・カウフマンとアドルフ・カミルは幼なじみの親友だったが、機密文書をめぐって、敵味方の関係になってしまった→〔同名の人〕1d。
『平家物語』巻6「祇園女御」 平清盛は、おもてむきは平忠盛の長男だが、実際は白河院の皇子である。手柄をたてた平忠盛(*→〔雨〕3)に、白川院は自分の愛人・祇園女御を与えた。その時、祇園女御は白川院の子を身ごもっており、院は「女児が生まれたら朕の子にする。男児が生まれたら忠盛の子にせよ」と仰せられた。やがて生まれたのが清盛である。昔も、天智帝が懐妊の后を大織冠鎌足に与えた例があった。
*神の子であることがわかる→〔最初の人〕1の『イオン』(エウリピデス)。
*→〔秘密〕1・2a・2b・3に記事。
『今昔物語集』巻26−19 赤ん坊が生まれた時、鬼神が「年は八歳、自害」と言うのを、その家に泊まった旅人が聞く。それから九年目、旅人は再びその家に宿り、「あの時生まれた子が、鎌が頭に突きささる事故で去年死んだ」と聞かされる。
*のみが落下して子供を殺す→〔落下〕1aの『捜神記』巻19−9(通巻448話)。
『古事談』3−52 「性信親王の寿命は十八歳」との宿曜の勘文が奉られたため、親王十八歳の春に、尊勝の法を修した。すると、ある人が「閻魔王宮の火事により寿命を記した札の『八』の字だけが焼け残った」との夢を見た。そのゆえか、親王は八十歳まで生きた。
『今昔物語集』巻24−21 夜、表を通る男が吹く笛の音を聞いた僧登照は、その男の余命いくばくもないことを察知する。ところが翌日の夕方、同じ男が吹く笛の音からは、寿命がはるかにのびたことがわかる。男は普賢講で笛を吹き仏縁を結んだ功徳で、命がのびたのだった。
『三国伝記』巻2−1 生まれた男児が「余命二年」と予言される。父婆羅門は薬師如来像を造って供養し、五十年の寿命が男児に与えられる〔*『三国伝記』には、この他、巻4−2・巻5−23・巻8−4・巻8−5・巻9−16・巻9−25・巻9−26・巻10−19など、『三宝感応要略録』を出典とする延寿の説話が多く見られる〕。
『三宝絵詞』下−9 大勢の人相見たちが牛飼う童を見て「七日後に死ぬ」と占う。童は砂で小さな仏塔を作り、たちまち七年の命が延びる。
『三宝絵詞』下−26 羅漢が弟子の沙弥を見ると、七日後の朝に死ぬとの相がある。沙弥は暇を請うて家に帰るが、途中、水に流される多くの蟻を救う。七日後、羅漢の所に戻った沙弥には死相がなかった。
『雑宝蔵経』 短命と占われた長者の子に、釈尊が「城下に出入りする人々を礼拝せよ」と教える。婆羅門僧の姿になってやって来た鬼神に対しても、その子は心から深々と礼拝する。鬼神は子供の純粋な心に感じ、「汝に長寿をさずけよう」と言う。
『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」 サーヴィトリー姫はサティヤヴァットを婿に選ぶが、聖仙ナーラダが、「彼には今日から数えてあと一年の寿命しかない」と教える。サーヴィトリー姫はそれを承知でサティヤヴァットと結婚し、一年後に訪れた死神ヤマに懇願し議論をして、サティヤヴァットの命を守り通す。
*→〔死神〕2。
*→〔身投げ〕1bの『耳袋』巻之1「相学奇談の事」。
*→〔身投げ〕1cの『輟耕録』(陶宗儀)「陰徳延寿」。
*→〔経〕1b。
*→〔星〕2の『捜神記』巻3−6(通巻54話)
*→〔予言〕2a・2b。
★2b.来世で授かる寿命のうちの何年かを借りて、現世の寿命を延ばす。
『閲微草堂筆記』「ラン陽消夏録」54「来世の寿命」 某家に奉公する女がいた。老後に息子に先立たれ、飢えこごえて死ぬ定めだった。ところがこの女が善行をしたので、神々が相談し、運命を変えた。まもなく死ぬはずの息子を、来世の寿命を前借りして延命させ、女(=母)を養わせることにしたのである。それから九年、女は息子の世話を受けて、死んでいった。葬式がすむと、息子も死んだ。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)105「人間の寿命」 ゼウスは人間を造った時、寿命を短く定めた。人間は、馬・牛・犬に宿を貸し、彼らの寿命を分けてもらった。それで人間は、はじめは純真で善良だが、馬の年になると高慢になり、牛の年に達すると厄介者になり、犬の年に入ると怒りっぽくなる。
『寿命』(グリム)KHM176 神から与えられた三十年の寿命を、ろば・犬・猿は「長すぎる」と言い、人間は「短かすぎる」と言う。神は、ろばの十八年・犬の十二年・猿の十年を人間に加える。それで人間は七十年生きるが、最初の三十年だけが健康で楽しく、後の四十年はろば・犬・猿のごとく辛い。
『あら皮』(バルザック) 無一文になり身投げしようと考える青年ラファエルは、老骨董商から、不思議なろばのあら皮を得る。あら皮は、あらゆる願いを成就するが、そのたびに皮は縮み、それとともに所有者の寿命も縮める。ラファエルが伯父の遺産を得て金持ちになり、いくつかの願望を叶えるにつれて、あら皮は小さくなる。科学者の手を借りて皮を引き伸ばそうとしても、できない。ラファエルはしだいに衰弱し、愛するポーリーヌを抱いて、その乳房を噛んだまま死ぬ。
『閲微草堂筆記』「槐西雑志」巻12「定命」 酒好きの張子儀は五十余歳で病死し、棺に納められる時に蘇生した。彼は冥土で見たことを語った。「『張子儀』と書いた酒の大甕が三つあった。一つは封が開いていたが、まだたくさん酒は残っていた。あれを飲み尽くしてから、私は死ぬのだろう」。彼はその後二十年以上、飲みたい放題に酒を飲んだ。ある日、「昨夜、夢で冥土へ行ったら、三つの甕は空っぽだった」と言い、数日後に死んだ。
『太平広記』巻98所引『宣室志』 宰相李徳裕は、かつて夢で数多くの羊を見、「汝が一生の間に食べる羊だ」と告げられた。後、僧が李公を占い、「閣下は一生に一万匹の羊を食べるはずだが、今までに九千五百匹食べたので、あと五百匹残っている」と告げる。李公は「まだしばらく生きられる」と安堵するが、十日後に部下から五百匹の羊が届けられ、李公は自らの命数が尽きたことを知る。
『聊斎志異』巻7−280「禄数」 方士が某高官を見て、「貴方はあと米二十石・麺四十石食べると、天寿が尽きる」と占う。高官は「人が一年に食べるのは麺なら二石ほどゆえ、まだ二十年以上天寿がある」と喜ぶ。すると翌年、高官は除中(糖尿病の類か?)を病み、いくら大食しても空腹で、日に十数回も食べて、一年足らずで死んだ。
『金銭と悩み』(星新一『ご依頼の件』) 紳士(=実は悪魔)が男に「一生遊んで暮らせる金をやろう」と言って、札束と宝石の詰まった箱を与える。男は喜んで豪遊乱費するが、やがて、「箱がカラになった時が自分の死期だ」と気づく。男は生活を一変し、金を使わないように、近所の川で毎日釣りをして暮らす。まったく面白くない。しかし長期的に見れば、悪魔に「ざまあみろ」と言ってやれるかもしれないのだ。
『源氏物語』「絵合」 光源氏は三十一歳の時、次のように述懐した。「昔の例を見聞きすると、若くして高位高官に達し、世に抜きんでた人は、長寿を保てない。私は身に余る地位を得たが、途中で苦境の時期(*→〔貴種流離〕1)があったから、その代償で今も生きていられるのだ。今後も栄華を望んでは命が危ないので、来世のための勤行をしつつ、寿命をのばしたい」〔*彼は五十代半ばまで生きた〕。
*命を縮めて名歌を詠む→〔歌〕1bの『今鏡』「打聞」第10「敷島の打聞」。
*長生き競争→〔遺産〕3の『三角館の恐怖』(江戸川乱歩)。
*長寿の人→〔長寿〕
*桜の花や木の寿命を延ばす→〔桜〕1・2。
『こころ』(夏目漱石)下「先生と遺書」55〜56 明治四十五年。夏の盛りに明治天皇が崩御する。「先生」は、「明治の精神は天皇とともに終わり、その後に生き残っているのは時勢遅れだ」と奥さんに言う。奥さんは笑って、「では殉死でもなさったら」とからかう。一ヵ月余り後、御大葬の夜に乃木大将夫妻が殉死し、それから二〜三日して、「先生」は自殺の決心をする〔*「先生」の奥さんの名は「静」、乃木大将の妻の名は「静子」である〕。
『将軍』(芥川龍之介)4「父と子と」 大正七年十月の或る夜。中村少将と大学生の息子が、N将軍の殉死について語り合う。N将軍が自殺の前に写真をとった心理に、息子は疑問を呈する。「まさか死後その写真が、どこの店頭にも飾られることを、――」。「閣下はそんな俗人じゃない」と中村少将は反駁する。しばらく気まずい沈黙が続いた後、少将は「時代の違いだね」と言う。
★1b.天皇や王のあとを追って、多くの人々が殉死する。あるいは殉死させられる。
『老いたる素戔嗚尊』(芥川龍之介) 素戔嗚(すさのを)が、何人かの妻の中で最も愛した櫛名田姫が病死した。素戔嗚は黄泉路の妻を慰めるべく、妻に仕えていた十一人の女たちを、埋め殺した。部落の老人たちは、ひそかに素戔嗚の暴挙を非難した。「十一人! 第一の妃が亡くなられたのに、十一人しか殉死させないという法があろうか? たった皆で十一人!」〔*『古事記』・『日本書紀』には、櫛名田姫の病死や女たちの殉死の記事はない〕。
『魏志倭人伝』(『三国志』巻30・『魏書』30「烏丸鮮卑東夷伝」) 正始八年(247)前後に、卑弥呼(「ひみこ」あるいは「ひめこ」)が死んだ。直径百余歩(150メートルほどか)の大きな塚が作られ、男女の奴隷百余人が殉葬された〔*卑弥呼の死後、倭国は内乱状態になった。卑弥呼の同族の娘・十三歳の臺與(とよ)を王に立てると、ようやく国は治まった〕。
『三国史記』巻17「高句麗国本紀」第5・第11代東川王22年 九月に東川王が薨去した。多くの近臣が「殉死したい」と願ったが、次王(=第12代中川王)がこれを禁じた。葬儀の日に、東川王の墓所に来て殉死する者がはなはだ多かったので、柴を伐って彼らの死体を覆った。そこでこの地を柴原(さいげん)と名づけた。
『日本書紀』巻6垂仁天皇28年11月 垂仁天皇の母の弟倭彦命が没した時、近習の者全員を生きたまま陵墓の周りに埋めた。日を経ても彼らは死なず、昼夜泣きうめいたが、やがて死んで腐敗し、犬や鳥が集まって喰った。天皇は心を痛め、「以後は殉死を止めよ」と群卿に詔した。
『火の鳥』(手塚治虫)「ヤマト編」 ヤマトの大王が死に、女官・兵士・労役者あわせて八十人が、アミダクジで殉死者に選定される。大王の息子タケルも、殉死に反対したため、八十人とともに生き埋めにされる。しかし彼らは、火の鳥の生き血を少しなめたので、すぐには死なず、地面の中で「殉死反対」の歌を一年にも渡って歌い続ける。
*殉死者の身代わりの人形→〔人形〕6。
★1c.インディアンの首長が死ぬと、黒人奴隷が一人殉死させられる。
『赤い葉』(フォークナー) 大勢の黒人奴隷を所有するインディアン部族があった。首長が死ぬと、身の回りの世話をしていた黒人奴隷が一人、殉死する慣わしだった。先代の首長が死んだ時、奴隷は逃げた(「三週間逃げ続けた」とも「三日でつかまった」とも言われる)。このたび当代の首長が死に、先代の時同様、奴隷は逃亡した。彼は六日後に捕らえられ、追手のインディアンは「お前はよく逃げた。恥じることはないよ」と言った。
『千一夜物語』(マルドリュス版)「船乗りシンドバードの冒険・第4の航海」第302〜304話 シンドバードは漂着した島で美しい妻を得るが、やがて妻は病死する。その国では、夫婦の一方が死ぬと、もう一方も一緒に墓に入って殉死するならわしだったので、シンドバードも七個のパンとともに、地下の穴に閉じ込められる。シンドバードは、新たに穴に入れられる人々を殺し食糧を奪って生き延び、抜け穴を見つけて脱出する。
『八十日間世界一周』(ヴェルヌ) インドの美女アウダは老人王に嫁ぐが、三ヵ月後に夫王が死ぬ。ならわしにしたがい、アウダは夫に殉じてともに火に焼かれることになる。世界一周旅行中のイギリス紳士フォッグが、捕らわれのアウダを見て救い出し、彼女を伴って旅を続ける。イギリスへ帰国後、フォッグはアウダと結婚する。
*夫が死ぬと、妻は山に棄てられる→〔親捨て〕1aの『列子』「湯問」第5。
*夫のあとを追って殉死しようとした妻が、別の男と関係を持ち、殉死をとりやめる→〔死体〕11の『サテュリコン』(ペトロニウス)。
*死んだ夫の妻でなく愛妾が、夫と一緒に葬られる→〔蘇生〕2cの『太平広記』巻375所引『五行記』。
『阿部一族』(森鴎外) 藩主細川忠利は死去に際し、家臣十八人に殉死を許すが、以前から気の合わぬ側近の阿部弥一右衛門には、これを許可しなかった。やむなく生き残った弥一右衛門は、「臆病者」と噂されているのを知って、腹を切る。しかし無許可の切腹ゆえ、家俸禄分割の処分を受ける。長男権兵衛がこれに抗議して、忠利一周忌の場で髻を切り、縛り首になる。次男以下の阿部一族は屋敷に立てこもり、討手と闘って全滅する。
『聖衣』(コスタ) ローマの護民官マーセラスは、イエス=キリストの処刑を執行した。処刑後、彼はキリストがまとっていた聖衣に触れて、心身を病む。それは聖衣のたたりではなく、彼自身の良心の呵責による病いであった。マーセラスはキリストの教えに帰依し、ローマ帝国への反逆者として裁判にかけられる。彼は殉教を決意し、恋人ダイアナ姫とともに処刑される。
*→〔石つぶて〕4の『使徒行伝』第7章。
『押絵と旅する男』(江戸川乱歩) 「私」が乗った汽車の二等車には、「私」のほかに一人の老人が乗っているだけだった。老人は額(がく)入りの大きな押絵を持っており、「三十数年前、二十五歳の青年だった兄が、この押絵になった」と言って、不思議な物語を語った→〔絵〕3b。
『クロイツェル・ソナタ』(トルストイ) 長距離列車の車室で、結婚と愛について数人が議論するのを「わたし」は聞く。一人の男が「結婚制度は肉欲の正当化にすぎない」と主張し、「私は妻を殺した男だ」と告白する。男の妻は音楽家トルハチェフスキーと、ベートーベンのクロイツェル・ソナタを合奏するなどして親密な関係になった。男は嫉妬に苦しみ妻を刺殺したが、無罪になったのだという。男は「性愛は悪である」と、語り続けた。
*→〔泳ぎ〕5の『奇妙な乗客』(ノーマン)も同様に、列車に乗り合わせた男が、妻殺しを告白する物語。
『高野聖』(泉鏡花) 「私」は帰省のため、新橋から敦賀へ向かう汽車に乗った。尾張の駅で多くの客が下り、車両の中には四十五〜六歳の僧と「私」の二人だけになった。それから「私」と僧は言葉を交わすようになり、その夜は二人で敦賀に同宿した。僧は青年時代に飛騨の山越えをした折の、不思議な体験談を語った→〔宿〕7b。
*偶然汽車に乗り合わせたように見せかけ、実は意図的に集まった十二人の乗客→〔共謀〕4の『オリエント急行殺人事件』(クリスティ)。
『蜜柑』(芥川龍之介) 冬の日暮れの汽車の中。「私」の前に十三〜四歳の小娘が座り、トンネルの直前で窓を開けた。黒煙が入り、「私」は小娘を叱ろうとした。その時、汽車はトンネルを抜け、小娘は窓から数個の蜜柑を投げた。これから奉公先に赴く小娘は、蜜柑を投げて、踏切まで見送りに来た弟たちの労に報いたのだった。
『雪国』(川端康成) 十二月初旬、雪国へ向かう汽車の中で島村は、病気の青年を世話する娘葉子を見た。これから島村が逢いに行く芸者駒子は、その青年のいいなずけだった。何日か後、島村が雪国から東京へ帰る日に、青年は危篤に陥り、死んだ→〔異郷訪問〕9。
『網走まで』(志賀直哉) 八月の暑い日の夕方、「自分」は上野から汽車に乗った。二十六〜七歳の女の人が赤児を背負い、七歳ほどの男児を連れて、そばの席にすわった。赤児はおむつを濡らし、男児はわがままを言って、女の人(=母)を困らせた。女の人は、夫が大酒をすること・これから遠い網走まで行くこと、などを語った。女の人は車中で二枚の葉書を書き、宇都宮で降りる「自分」に、ポストへの投函を頼んだ。
*汽車に乗り合わせた人妻から誘惑される→〔蚊帳〕1の『三四郎』(夏目漱石)。
『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治) ジョバンニとカムパネルラが、銀河鉄道に乗って星界を旅する。乗客の一人「鳥を捕る人」は、瞬時に外の河原へ降り、鷺を捕って、また瞬時に車室に戻って来る。家庭教師の青年が男女二人の子を連れて乗り込み、「海難事故で海に沈んだと思ったら、ここに来た」と言う。カムパネルラは窓外の野原を指さし、「あすこにいるの僕のお母さんだよ」と言って、姿を消す。ジョバンニは丘の上で目を覚まし、「夢を見たのだ」と思う。走って町まで行くと、「カンパネルラが水死した」と聞かされる。
『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「人生という名のSL」 機上のブラック・ジャックが、うたた寝をして夢を見る。彼はSLに乗っている。乗客の中に、かつて恋人だった如月恵(*→〔病気〕3a)や、老人を安楽死させようとするドクター・キリコがいる。亡くなったはずの恩師本間丈太郎先生が、子供時代のブラック・ジャックを手術しようとしている。ピノコが八頭身の美女となって、ブラック・ジャックに寄り添う。彼は目覚め、「死ぬ前には過去の夢を見るというが・・・・」とつぶやく。
『スピード』(デ・ボン) 警察に恨みを持つ男が、高速バスに爆弾をしかける。バスが発車して、時速八十キロに達すると爆弾のスイッチが入り、徐行や停車をすれば爆発する。爆発を防ぐには、時速八十キロ以上でどこまでも走り続けねばならない。バスは高速道路を疾走した後、飛行場に入って滑走路をぐるぐる回り、時間をかせぐ。二十人ほどの乗客は、併走する警察車両に一人ずつ乗り移る。無人になったバスは飛行機に衝突して爆発、炎上する。
*「走り続けねばならないバス」と類似した設定で、「演説し続けねばならない議員」という物語がある→〔物語〕5cの『スミス都へ行く』(キャプラ)。
*旅客機内でダイナマイトを爆発させ、墜落させようとする→〔飛行機〕3の『大空港』(シートン)。
『脂肪の塊』(モーパッサン) フランスの民間人たちを乗せた一台の馬車が、プロシア軍占領下の町から脱出する。道中の宿駅でプロシア士官が、乗客の一人・「脂肪の塊」とあだ名される娼婦に目をつけて、馬車出発の許可を与えない。乗客たちは、「どうせ娼婦なんだから」と言って、「脂肪の塊」がプロシア士官と寝るよう仕向ける。「脂肪の塊」の犠牲的行為によって馬車は出発するが、乗客たちは礼を述べることもせず、「脂肪の塊」はすすり泣く。
*古来、荒れる海を静めるため船中の一人が海に入って犠牲になる物語がいくつもあり(*→〔くじ〕2aの『ヨナ書』、*→〔船〕8の『古事記』中巻など)、『脂肪の塊』はその近代的変型といえる。
消えた乗客(日本の現代伝説『ピアスの白い糸』) 雨の日。若い女が「団地まで」と言って、タクシーに乗る。途中の「カンカン通り」という、信号がカンカン鳴る踏切で止まって、列車の通過を待った。団地に着いて運転手が後ろを見ると、女は消えていた。座席を見ると濡れている。以前、「カンカン通り」の踏切で、失恋した女が自殺したのだそうだ。
『日本の幽霊』(池田彌三郎)「幽霊と妖怪」 昭和三十三年。人形町までタクシーに乗った若い女が、途中で「三田の綱町へ戻って」と言いながら、「やっぱり人形町へ」と言い直す。人形町に着くと、座席に女の姿がない。運転手が女の家を訪ねると、その家の娘さんが亡くなって葬儀の最中だった。家族は泣きながら、「綱町には娘の婚約者がいるのです」と言う。運転手は、その直後に乗った男性客にこのことを話し、男性客はタクシーを降りてから友人の石原慎太郎さんに話し、石原さんは興奮して「私(池田彌三郎)」に話した。
寝ていた乗客(日本の現代伝説『ピアスの白い糸』) 顔色の悪い男がタクシーに乗り、「駅まで行ってくれ」と言うだけで、あとは何も話さない。タクシーが駅に着き、運転手が「着きました」と言って後ろをふりむくと、誰もいない。「お客さん!」と、驚いて探したら、男はシートから落ちて寝ていたのだった。
消えるヒッチハイカー(ブルンヴァン『消えるヒッチハイカー』) 車で田舎道を走っていて、ヒッチハイクする若い娘を乗せる。五マイル離れた娘の家まで送ったが、後部座席に乗っていたはずの娘がいない。その家の人に聞くと、数年前に娘が行方不明になっており、もし生きていれば、今日がちょうど誕生日に当たるのだという〔*娘の兄が「それは二年前に死んだ妹だ。妹を車に乗せたのは、君で七人目になる。でも妹は途中で消えて、まだ家までやって来ない」と語る話もある〕。
『バルカン超特急』(ヒッチコック) 東欧からロンドンへ旅するアメリカ娘アイリスは、特急列車内で老婦人ミス・フロイと親しくなる。アイリスがうたた寝をして目覚めると、ミス・フロイの姿がない。まわりの乗客たちは口をそろえて「そんな人は、はじめからいなかった」と言う。ミス・フロイはイギリスのスパイで、対立国の諜報員たちが彼女を捕らえて隠し、金で雇われた乗客たちが、ミス・フロイの存在を否定したのだった〔*アイリスは音楽学者ギルバートと協力して、ミス・フロイを救出した〕。
『夜行列車』(カワレロウィッチ) 満員の夜行列車。若い娘マルタと中年男が、一等車の二人用客室に乗り合わせる。マルタの愛を求める青年が別の車両に乗り、連絡を取ろうとするが、マルタは無視する。彼女は昔の恋人から手紙をもらい、逢いに行くのである。警官隊が現れ、中年男を殺人犯と誤認する(*真犯人は別にいて、列車から飛び降りたところを逮捕される)。中年男は外科医で、その日、手術中に患者を死なせてしまったことを思い悩んでいた。朝になり、列車は終点に到着する。駅には、中年男の妻が迎えに来ていた。マルタには出迎えの人はなかった。
*ホテルに泊まり合わせた人々の人生模様→〔ホテル〕1aの『グランド・ホテル』(グールディング)。
『薩摩守』(狂言) 神崎の渡し守は秀句(=駄洒落)好きで、客が秀句を言えば船賃を取らない。旅僧が茶店の主から「船賃は薩摩守。その心は忠度(ただのり)」という秀句を教えられ、「薩摩守」と言って船に乗る。対岸に着き、渡し守が「その心は」と問うと、旅僧は「忠度」の名を忘れ、あれこれ考えたあげく、「青海苔の引き干し」と言ってしまう〔*「ただのり」を間違えて「あおのり」と言ったのである〕。
『北国の帝王』(アルドリッチ) 一九三三年、大恐慌下のアメリカ。ホーボー(Hobo。語源は日本語の「方々」、という説がある)と言われる失業者たちが、貨物列車にただ乗りして移動していた。鬼車掌シャックは、車両の屋根や連結部にホーボーを見つけると容赦なくハンマーをふるい、時には殺すこともあった。「北国の帝王」と呼ばれるホーボーが、シャックと格闘して斧で一撃し、彼を列車から突き落とす。シャックは斜面を転がりながらも、「俺はまだくたばっちゃいねえぞ」と叫んだ。
*関連項目→〔絵〕
『絵姿女房』(昔話) 百姓が、美しい女房と離れて一人で仕事をするのがさびしく、女房の姿を絵に描いて田まで持って行く。その絵が風で吹き飛ばされて殿様の手に入り、殿様は女房を捜して強引に自分の奥方にする(秋田県仙北郡田沢湖町田沢)。
『七王妃物語』(ニザーミー)第7章 ササン朝ペルシアのバハラーム王子は、宮殿の秘密の部屋で、七つの国の美しい王女たちの肖像画を見て恋いこがれる。父王が死に、戦いの末王位についたバハラームは、七つの国に贈り物をし、あるいは脅し、あるいは襲撃して、七人の王女を手に入れ妃とする。王は、土曜、日曜、月曜・・・・と、毎夜一人ずつ妃を訪れ、妃は珍しい物語を王に語り聞かせる。
『太平記』巻18「一宮御息所事」 一宮(=後醍醐天皇第一皇子・尊良親王)は絵合の折に、『源氏物語』の八宮の娘〔*大君か中君か不明確〕を描いた絵を見て心を奪われる。やがて一宮は、その絵そっくりの美女(=今出川右大臣公顕女)をかいま見て、彼女を御息所(=妻)とする〔*御息所は武士・松浦五郎に奪われるなどのことがあり、一宮と御息所はしばらく別れ別れになって、後に再会するが、結局、戦乱のために一宮は自害、御息所はその後を追うように病死する〕。
『魔笛』(モーツァルト) 王子タミーノは、夜の女王の娘パミーナの肖像画を、女王の侍女たちから見せられて、恋心を抱く。タミーノとパミーナの結婚は神意に叶うものだったので、賢者ザラストロが自らの城にパミーナを保護し、王子タミーノにいくつかの試練を与えた上で、若い二人を結婚させる。
*男が、美女の立像を見て恋する→〔像〕1dの『忠臣ヨハネス』(グリム)KHM6。
★1b.青年が美女の肖像画に恋するが、彼女はすでにこの世の人ではなかった。
『カリオストロ』(アレクセイ・トルストイ) 青年アレクシスは、プラスコーフィヤ公爵夫人の肖像画を見て恋心を抱くが、彼女はすでにこの世の人ではなかった。魔術師カリオストロが、肖像画からプラスコーフィヤ公爵夫人を現世によみがえらせる。しかし彼女の利己的で下品な言動を、アレクシスはうとましく思う。他人の目からは、彼女は得体の知れぬ腐った虫のように見えた。アレクシスは部屋に火をつけ、肖像画のキャンバスもろとも彼女を焼いた。
★2.美女がよりいっそう美しく絵に描かれる物語と、美女なのに醜く描かれる物語。
『うつほ物語』「内侍のかみ」 胡国の武士が、唐帝の七人の后の肖像画を見て、その中から気に入った一人を選ぶ。六人の后は絵師に賄賂を贈り、わざと醜く描いてもらう。帝からもっとも寵愛されている一人の后は「帝が私を手放すことはあるまい」と考え、絵師に賄賂を贈らない。そのため絵師は、美しい后をよりいっそう美しく描く。胡国の武士はこの后を選び、妻にする〔*朱雀帝が俊蔭女に語る物語〕。
『西京雑記』巻2 漢の元帝は画工に命じて、後宮の女たちの肖像画を描かせ、それをもとに寝所に召した。妃たちはこぞって画工に賄賂を贈り、美しく描いてもらったが、王昭君だけは賄賂を贈らなかった。匈奴の王が美女を求めた時、元帝は王昭君が美女だとは知らず、匈奴の王に与えてしまった〔*『今昔物語集』巻10−5では、絵師に賄賂を贈らなかったために、王昭君はことさら醜い肖像画を描かれた、と記す〕。
*絵姿を醜く描くのではなく、顔そのものを傷つけて醜くする物語もある→〔自傷行為〕7の美人の出ない村の伝説。
『楕円形の肖像』(ポオ) 画家が小塔の部屋にこもり、何週間もかけて愛妻の肖像画を描く。画家は狂気のごとく仕事に没頭し、妻はしだいにやつれてゆく。画家が最後の一色をカンバスに塗って肖像画を完成させ、「これはまるで生き身そのままだ」と叫んで振り返った時、妻はすでにこと切れていた。
『地獄変』(芥川龍之介) 良秀は本朝第一の絵師だった。しかし、彼の絵は邪道に落ちていると言われた。良秀は、何人かの宮廷女房たちの似せ絵を描いたが、絵に写された女房たちは皆、三年とたたないうちに、魂の抜けたような病気になって死んでしまった。
『夢』(川端康成) 旧知のN夫人が、「E画伯の絵を買ってほしい」と「彼(R)」に頼んだ。N夫人は、娘時代の彼女を描いた肖像画を持って来た。「彼(R)」の家でN夫人はうたた寝し、その中年の顔と、肖像画の若い顔の組み合わせが、「彼(R)」の心を捉えた。やがてN夫人は目覚め、「Rさんに接吻される夢を見ていた。お若い時のお顔だった」と言って、帰って行った〔*N夫人も、現実の「彼(R)」と、夢に出てきた若い顔を比べて、何か感ずるところがあったのだろう〕。
『ドリアン・グレイの肖像』(ワイルド) 二十歳の美青年ドリアン・グレイの肖像画を、画家バジルが描く。以後のドリアンは、二十歳の容貌のまま、いつまでも年をとらない。それに対して肖像画の方は、年々醜く老いてゆく。三十八歳の時、ドリアンはナイフで肖像画を切り裂く。たちまち彼は醜い初老の男と化して絶命し、壁の肖像画は、描かれた当初の美青年に戻っていた〔*→〔魂〕1aの、体外にある魂が無事である限り身体は不死身、体外の魂を傷つけられると身体も死ぬ、という物語の変型〕。
『太公金匱』 周の武王が殷を滅ぼした時、諸侯のうち丁侯だけが、武王のもとへ馳せ参じなかった。そこで太公望が、丁侯の肖像画を描き、それを的にして弓を射る。すると丁侯は病気になった。丁侯は使者を武王のもとへ送り、臣従を誓う。太公望は何日かかけて、肖像画の目・腹・股・足に刺さった矢を、抜き取って行く。すると丁侯の病気は治った。
『さまよえるオランダ人』(ワーグナー)第2幕 ノルウェーの船長ダーラントの娘ゼンタは、部屋の壁にかかる「さまよえるオランダ人」の肖像画を見、その伝説を聞いて、「私こそあなたを救う妻だ」と叫ぶ。まもなく父ダーラントがオランダ人を伴って帰還し、ゼンタはオランダ人との結婚を誓う。
★7.死者の霊であるのに、生きた人間だと思ってその肖像画を描く。
『ジェニーの肖像』(ディターレ) 画家アダムスは、冬の日、セントラル・パークで少女ジェニーに出会った。二度〜三度と会うたびに、不思議なことに彼女は目ざましく成長しており、あどけない少女が、いつのまにか大学を卒業するまでになっていた。アダムスはジェニーの肖像画を描き、彼は画壇から高い評価を受ける。二人は愛し合うが、なぜかジェニーは姿を消し、行方知れずになる。実はジェニーは何年も前に、津波に遭って溺死していた。アダムスが愛し、肖像を描いたジェニーは、生きた人間ではなかったのだ。
『龍魚河図』 太古、蚩尤(しゆう)という怪物がいた。人語を発するが身体は獣で、天下を横行して人々を苦しめた。天帝が玄女を遣わして、黄帝に呪符を与え、黄帝はこの呪符で蚩尤を退治した。その後、天下を乱そうとする者がいると、黄帝は、蚩尤の肖像画を描いて威嚇した。肖像画を見た者たちは「あの恐ろしい蚩尤が生き返って現れた」と思い、皆、肖像画にひれ伏した。
『神仙伝』巻7「樊夫人」 劉網とその妻・樊夫人は、ともに仙術修行に励み、しばしば術くらべをしたが、いつも樊夫人が勝った。昇天する時も、劉網は大木によじ登って、ようやく飛び上がることができたが、樊夫人は平座したまま雲のごとく昇天していった。
『仙人』(芥川龍之介) 田舎者権助が仙人になろうとして、医者の家で二十年間ただ働きをする。医者の女房が「仙術を伝授しよう」と言って権助を高い松に登らせ、「両手を離せ」と命ずる。離せば落ちて死ぬし、離さなければもう二十年働かせようと、女房はたくらんでいた。権助が両手を離すと身体が宙に浮き、権助は「仙人になれました」と礼を述べ、雲の中へ昇って行った。
『捜神記』巻1−27 済陰の人園客は終生独身で、五色の香草の種をまき、その実を食べていた。ある時、五色の蛾が来て蚕を生み、ついで神女が来て園客を助け養蚕の仕事をした。多くの糸を繰り終えた後、神女は園客とともに天上へ舞い上がり、行方知れずになった。
『日本霊異記』上−13 漆部造麿の妾は七人の子を産み育てたが、高雅な性質の女で、つつましく暮らしていた。ある時、彼女は春の野で仙草を食べ、天に飛んで行った〔*『今昔物語集』巻20−42に類話〕。
*昇天に失敗して、谷底に落ちる→〔飛行〕1bの『十訓抄』第7−1。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之13之14第116〜117回 雌狐が乳母政木に変身して、河鯉孝嗣を育てた。その後、政木狐は不忍池のほとりで茶店の老婆の姿になり、情死しようとする男女・困窮して投身しようとする者など、往来の人九百九十九人の命を助けた。千人目には、無実の罪で処刑される河鯉孝嗣を救った。こうした長年の陰徳により、政木狐は天帝の恩勅を受け、狐龍(こりゅう)となって昇天した。
*龍が昇天する→〔絵〕1bの『水衡記』・〔言霊〕5aの『龍』(芥川龍之介)・〔龍〕3aの『史記』「孝武本紀」第12・「封禅書」第6。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第7章 ヘラクレスはヒュドラ(水蛇)の毒で倒れ、火葬にされた。火葬壇が燃えている間に、雲がヘラクレスの身体の下に降りて来て、雷鳴とともに彼を天へ運び上げた。ヘラクレスは天界で不死を得た〔*『変身物語』(オヴィディウス)巻9では、ヘラクレスの身体のうち、母から受け継いだ部分は燃えるが、父ユピテルから受け継いだ部分は不滅であり、その不滅の部分が天に上げられた、と記す〕。
『さまよえるオランダ人』(ワーグナー)第3幕 さまよえるオランダ人が幽霊船に乗って去り、ゼンタは永遠の愛を誓って海に身を投げる。幽霊船は波間に沈み、朝日の光の中にオランダ人とゼンタが相抱きつつ昇天してゆく。
『椿説弓張月』残篇巻之5第67回 琉球を平定した為朝が八頭山に登ると、福禄寿仙が出迎え「汝はこの国にとどまるべからず。息子舜天丸を琉球王とせよ」と告げる。折しも紫雲たなびき、為朝の弟為仲・妻白縫をはじめ二十七騎の勇士が現れ、為朝は雲の上に引き上げられて昇天する〔*後、讃岐国白峰山陵で切腹した為朝の身体が見出され、その死骸は消え失せる〕。
『百年の孤独』(ガルシア=マルケス) ブエンディーア家の美貌の娘レメディオスは、彼女を得ようとする何人もの男たちに死の運命をもたらした。ある日の午後、庭にいたレメディオスは宙に浮き上がり、そのまま空の彼方に消えた。
『列王記』下・第2章 預言者エリヤと後継者エリシャが話し合いつつ歩いていた時、火の戦車が火の馬に引かれて現れ、二人の間を隔てた。エリヤは嵐の中を天に昇って行った。エリシャは「我が父よ・・・・」と叫んだが、もうエリヤの姿は見えなかった。
『Kの昇天』(梶井基次郎) 満月の夜。病身のKが砂浜に映る自分の影を見つめると、影の中に自分の姿があらわれてくる。それにつれてKは段々気持ちがはるかになり、魂が月に向かって昇天してゆく。魂の抜けたKの身体は、一歩一歩海へ歩み入る。その時、身体に感覚がよみがえれば魂は身体に還ったのだが、そうはならなかった。Kは溺死体として発見され、魂は月へ飛翔し去った。
*→〔八月十五夜〕8bの『竹取物語』。
『神曲』(ダンテ)「天国篇」第1〜21歌 「私(ダンテ)」は地獄・煉獄を巡った後に、煉獄山頂に登って地上の楽園でベアトリーチェに出会う。ベアトリーチェに導かれて「私」は肉体を有したまま昇天し、月天・水星天・金星天・太陽天・火星天・木星天・土星天を訪れる。それぞれの天に住む死者の魂たちから、「私」は教えを受ける。「私」はさらに、聖者・天使・神の居場所である恒星天・原動天・至高天まで昇る〔*「私」は地上に帰還した後、この経験を『神曲』として記録する〕。
*馬娘の昇天→〔馬〕1bの『遠野物語』(柳田国男)69。
*蛇息子の昇天→〔蛇息子〕1・2。
*古代・中世の娼婦については→〔遊女〕
『驟雨』(吉行淳之介) 大学を出てサラリーマン生活三年目の山村英夫は、当分独身でいるつもりだった。彼は恋愛のわずらわしさを避け、娼婦の町へ通う。それは彼の精神の衛生にかなっていた。しかし、四歳年下の娼婦・道子を知り、山村は彼女に対して恋情に似た思いを抱くようになる。ある夜、道子に先客があって、山村は外で待たねばならなかった。彼は嫉妬心を自覚しつつ食堂で酒を飲むが、無意識のうちに杉箸を折ってしまった。
『無限抱擁』(瀧井孝作) 若き俳人であり小説家である竹内信一は、吉原の娼妓松子に結婚を申し込む。しかし松子は他の男に身請けされ、信一は彼女を断念する。ある日、信一は上野で偶然松子と出会う。彼女は身請けした男とすでに切れており、その後に世話になった男とも別れていた。信一はあらためて松子に求婚し、二人は夫婦になる。松子の母も同居する。松子は家計を助けるため、髪結いの学校へ通うが、まもなく健康を損ね、肺結核で死ぬ。信一は松子を偲びつつ、彼女の母の面倒を見る。
『肉体の門』(田村泰次郎) 終戦直後の東京。マヤ、せん、花江、美乃たち、まだ十八〜九歳の娼婦たちが、焼けビルの地下室に暮らしていた。そこへ伊吹新太郎という青年が、警官に追われて入り込んで来る。女たちは皆、新太郎を意識し、互いに牽制し合う。ある夜、マヤは伊吹を誘って情交し、生まれてはじめて、性の深い歓びを知る。他の女たちが嫉妬して、裸身のマヤの手首を縄で縛って天井から吊り下げる。マヤは「たとえ地獄へ堕ちても、はじめて知ったこの肉体の歓びを離すまい」と心に誓う。
*女子大卒の身で、米兵相手の娼婦となる→〔再会〕10の『ゼロの焦点』(松本清張)。
『夜来香(イエライシャン)』(市川崑) 第二次大戦末期の華北。軍医の関は慰安婦の秋子を知り、夜来香の香りにつつまれて二夜をともにした。しかし戦闘が始まり、爆撃を受けて二人は離れ離れになった。終戦から五年後の神戸で、関と秋子は再会する。関は爆撃の折の負傷がもとで、失明寸前になっていた。秋子は、関の治療費を得るために、街に立って身体を売ろうとする。それを察知した関は姿を消す〔*その後、関は、闇ブローカーの男とのトラブルで、列車にひかれて死ぬ〕。
『あなただけ今晩は』(ワイルダー) パリの裏町。警官ネスターは馘首され、娼婦イルマのヒモになる。ネスターは、イルマが大勢の客に抱かれることに我慢がならない。彼は変装して架空の人物・英国貴族「X卿」となり、イルマに大金を与えて独占する。そのための金を稼がねばならないので、ネスターは、夜イルマが眠っている間にアルバイトに出かけ、疲労困憊する〔*いくつかのトラブルの後(→〔一人二役〕1c)、ネスターは警官に復職する。イルマは娼婦をやめ、ネスターと結婚して子供が生まれる〕。
『シェリ』(コレット) レアは五十歳を目前にしたココット(高級娼婦)だが、まだ魅力的な容姿を保っている。彼女は六年前から、美青年シェリを愛人として同棲している。二十五歳になったシェリは、母の勧めにしたがって、十九歳の娘エドメと結婚する。しかしシェリは若妻に飽き足りず、半年後にレアのもとへ戻って来る。レアはシェリとともに喜びの一夜を過ごすが、その翌朝、レアはシェリに別れを告げる。
『五番町夕霧楼』(水上勉) 片桐夕子と櫟田正順は、与謝半島の貧しい村で育った。正順は生来どもりで、皆にいじめられた。夕子は正順を憐れみつつ、兄のように慕った。成長後、彼らはそれぞれ京都へ出る。夕子は五番町夕霧楼の娼妓となり、正順は鳳閣寺の小僧になった。正順はしばしば夕霧楼へ来て夕子の客となったが、二人は部屋で話をするだけで、身体の関係は持たなかった〔*正順は鳳閣寺に放火し、留置場で剃刀自殺する。夕子は故郷の村へ帰り、睡眠薬自殺する〕。
*僧と遊女→〔僧〕2。
『失われた時を求めて』(プルースト)第1篇「スワン家のほうへ」〜第2篇「花咲く乙女たちのかげに」 ブルジョアのシャルル・スワンは高い教養を持つ人物で、貴族や王族とも親交があった。ところが彼はココット(高級娼婦)のオデットを恋し、妻としたために、社交界から冷たい眼で見られるようになった〔*小説全体の語り手である「私」は青年期に達する頃、スワンとオデットの間に生まれた娘ジルベルトを恋した〕。
『椿姫』(デュマ・フィス) 高級娼婦・椿姫マルグリット・ゴーティェは青年アルマン・デュヴァルと、パリ郊外に愛の巣を作る。アルマンの父がマルグリットに、「息子の将来と家族の名誉のために身を引いてくれ」と説く。彼女は、別れることが真に彼を愛する道と悟り、「これを貴方が読むころには、私はもう他の男のものになっているでしょう」との手紙を残して姿を消す〔*『椿姫』(ヴェルディ)では、女の名がヴィオレッタ、男の名がアルフレードとなっているが、筋立ては同じである〕。
『プリティ・ウーマン』(マーシャル) 青年実業家エドワードは、道を尋ねたことがきっかけで、街角の娼婦ビビアンと知り合う。エドワードは大学院修了者、ビビアンは高校中退であることなど、二人のこれまでの生活環境は大きく異なっていたが、互いに相手に新鮮な魅力を感じる。エドワードは一週間の契約でビビアンをアシスタントにする。ビビアンはエドワードに連れられて、はじめてオペラ『椿姫』を見て感動の涙を流す。一週間が過ぎた時、エドワードはビビアンを「アシスタント」ではなく、「伴侶」と考えるようになっていた。
『肉体の冠』(ベッケル) 娼婦マリーは情夫ロランと別れ、大工マンダを新たな愛人とする。酒場での決闘で、マンダはロランをナイフで刺し殺し、身を隠す。やくざの親分ルカは、マンダの親友・パン屋のレイモンを「ロラン殺しの犯人だ」と警察に密告して、捕えさせる。マンダを自首させ、マリーを自分の女にするための計略である。ルカのたくらみを知ったマンダは怒り、レイモンとともに脱走するが、レイモンは警察に射殺される。マンダはルカを追いつめて射殺し、逮捕されて断頭台へ送られる。
『赤線地帯』(溝口健二) 昭和三十年。国会に四度目の売春禁止法案が上程された。法案が通れば、娼館の経営者も娼婦も、廃業せねばならない。国会で議員が「売春業者なんて人間じゃない。明日から食えようと食えまいと、どうでもいい」と発言し、娼館「夢の里」の主人田谷は憤慨する。結局、法案は否決され、田谷はお祝いに娼婦たちに寿司をふるまって、「おれたちは、政治の行き届かない所を補っているんだ。国家に代わって社会事業をやっているんだ」と説く〔*しかし翌年、法案は可決され、昭和三十三年から施行された〕。
*日曜日は休む娼婦→〔曜日〕1の『日曜はダメよ』(ダッシン)。
*娼婦と犯罪者→〔再会〕10の『飢餓海峡』(水上勉)。
*娼婦と性病→〔性交〕6aの『南京の基督』(芥川龍之介)。
*娼婦と客の心中→〔写真〕6の『今戸心中』(広津柳浪)。
★1.この世から離れられず、さまよっている幽霊を救い、苦しみのない世界へ送る。
『雨月物語』巻之5「青頭巾」 山寺の僧が、人肉を喰らう境涯に陥る。旅の快庵禅師が、僧を教化(きょうげ)すべく石上に坐らせ、「江月照らし松風吹く、永夜清宵何の所為ぞ」の句を与えて去る。一年後、再び禅師が山寺を訪れると、影のごときものが坐して「江月照らし・・・・」の句を唱えていた。禅師が一喝して杖で打つと影は消え、かぶっていた青頭巾と骨が残った。僧の悪念が、ようやく尽きたのであった。
雲州皿屋敷の伝説 松江の藩士が、南京の皿十枚を秘蔵していた。腹黒い妻が一枚を割って井戸へ捨て、下女に罪をなすりつける。下女は井戸端で首を吊り、毎夜、幽霊となって井戸端へ現れる。「一つ、二つ・・・・」と九つまで皿を数え、「十(とお)」と言えずにワッと泣く。ある武士が「亡魂を散じてやろう」と付近に隠れ、幽霊が「九つ」と言うや、すかさず「十」と続けた。幽霊はパッと消え、その後は出なくなった(島根県松江市)。
*播州皿屋敷(*→〔虫〕2bのお菊虫の伝説)や、番町皿屋敷(*→〔宝〕3a)が、よく知られている。『番町皿屋敷』(講談)第13席では、小石川伝通院の了誉上人が、お菊の「九ツ」に「十(とお)」と続け、ただちに十念(=南無阿弥陀仏を十回唱えること)を授けて成仏させる。
『カンタヴィルの幽霊』(ワイルド) イギリスの幽霊屋敷に三百年住む幽霊が、屋敷を買い取ったアメリカ人一家の前に繰り返しあらわれる。ところがアメリカ人一家はまったくこわがらず、かえって幽霊をからかう。老いた幽霊は疲れ果て、「死の園で眠りたい」と願う。アメリカ人一家の心優しい娘ヴァージニアが幽霊のために祈り、成仏させる。
『霊を鎮める』(イギリスの昔話) 農家の老夫婦が、長年の後に再会した息子をそれと気づかぬまま殺し(*→〔宿〕6)、家の裏手に埋めた。老夫婦の死後、その家を借りた人は皆、夜になると奇妙な物音に悩まされ、家は空き家になった。箒売りの老婆が「霊を鎮めよう」と言い、殺された息子の霊を呼び出す。亡霊は「私の骨を拾い集め、聖なる墓地に埋めてくれれば、もうここには現れない」と言う。老婆は亡霊の願いを叶え、以後、家は静かになった。
*死後、蝿に生まれ変わった女が、蝿の身を捨てて成仏する→〔蝿〕1の『蠅のはなし』(小泉八雲『骨董』)。
『仏説盂蘭盆経』 目連の亡母は、餓鬼道に堕ちて苦しんでいた(*→〔冥界行〕4)。仏は目連に、「七月十五日に、飲食物その他さまざまなものを盆に載せて、諸方の僧たちを供養すれば、七世代々の亡父母は三途(=地獄・餓鬼・畜生)の苦を逃れ、天に生まれ変わるだろう。現世の父母は百年の寿命を得るであろう」と教えた。目連は歓喜し、亡母はその日のうちに、餓鬼道の苦を脱することができた。
『古今著聞集』巻13「哀傷」第21・通巻458話 白河院は、生前の善と罪が等しくあったので、崩御後、六道の中のどの境涯へ生まれ変わるのか、まだ決まっていない〔*これは、藤原重隆が死後に冥官となり、ある人の夢に現れて告げたことである〕。
*成仏して高級霊界へ行くべきところ、妄念を起こして再び人間界に生まれる→〔前世〕2aの『増鏡』第4「三神山」。
『古事記』上巻 イザナミは火の神を産んだために、身体を焼かれて黄泉の国へ去った。夫イザナキが連れ戻しに行くが、その時すでにイザナミは黄泉の国の竈(かまど)で煮炊きした物を食べており、現世に戻れなくなっていた〔*『日本書紀』巻1・第5段一書第6に同様の記事〕。
『デメテルへの讃歌』 女神デメテルの娘ペルセポネは、草原で花を摘んでいたところを、冥王ハデスにさらわれた。ハデスはペルセポネに、ざくろの実を食べさせる。そのため彼女は、巡り行く年を三つに分けた一季(=冬)を、冥界のハデスの館で暮らさねばならなくなった〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第5章に同様の記事。『変身物語』(オヴィディウス)巻5では、プロセルピナ=ペルセポネはざくろの実を七粒食べたため、一年のうち六ヵ月を冥界で暮らすことになった、と記す〕。
*イザナミもペルセポネも、ともに冥界の食物を口にするのだが、イザナミは冥界の火で煮炊きした物を食べ、ペルセポネは生のざくろを食べた、という違いがある。
『今昔物語集』巻9−31 県令である智感という男が、冥府の権官(ごんかん。仮りの役人)に任ぜられ、裁判所の書記を三年間勤めた。彼は毎日、昼は現世で県令として仕事をし、夜は冥府へ行って裁判に従事した。智感が冥府の酒食を口にしようとすると、冥官が「君は権官だから、食べてはいけない」と言って止めた。
『諏訪の本地』(御伽草子)兼家系 甲賀三郎兼家は地底の異郷に落ち入り、人里を求めて歩くうちに、粟畑の中にやぐらを作って鹿を追う翁と出会う。翁は、「ここは維縵国であり、もし汝が再び日本に帰ろうと思うならば、この国の物を一口も食うな」と教える。
『ドイツ伝説集』(グリム)533「ヴィルテンベルクの城に仕える騎士ウルリヒ」 騎士ウルリヒは狩りに出て道に迷い、馬に乗った死者の一行と出会う。彼は一行の宿泊地までついて行くが、一人の婦人から、すすめられた食事には一切手をつけないように言われる。
『山城国風土記』逸文 宇治の橋姫が、行方知れずの夫を尋ねて海辺へ行く。老女の家で問うと「その人は龍神の婿になっているが、龍宮の火で煮炊きしたものを忌んで、ここで食事をする」と教えられる。隠れて見ていると、夫が龍王の輿に乗って来て食事をする。橋姫は夫と言葉を交わして泣く泣く別れるが、後には、異郷のものを食べなかったおかげで、夫は戻って来て彼女と一緒になった。
『山の音』(川端康成)「蝉の羽」 六十二歳の尾形信吾は、死んだ知人から、ざるそばを御馳走になる夢を見る。目覚めてから「死人に出されたものを食うと死ぬのだろうか」と思うが、どうも食べないで目が覚めたようであった。
『アダパ物語』(古代アッカド) エア神の手で造られた人間アダパが、天上のアヌ神の所へ行く。前もってエア神が「天上で出された物を飲み食いしてはならない」と忠告しておいたので、アダパは何にも手をつけない。そのため彼は神になる機会を逃し、人間のまま地上に戻って来る。
『黄金のろば』(アプレイウス)第6巻 人間の娘であるプシュケと、愛の神エロス(クピード)との結婚を、ゼウスが認める。ゼウスはメルクリウスに命じ、プシュケを天上に連れて来させる。彼女はアムブロシアを食べ、ネクターを飲んで、永遠の命を得て神々の仲間入りをする。
『太平広記』巻325所引『甄異記』 夏侯文規は、死後一年して家に現れた。彼は「北海大守」と称し、従者が数十人いた。家人が食事を用意すると食べ尽くして去ったが、後に見ると、器の中はもとどおり食物が満ちていた。
*冥府の使いの鬼などが、人間界の食物を食べる→〔死神〕2。
*北斗星と南斗星が、人間界の酒食を口にする→〔星〕2の『捜神記』巻3−6。
『雨月物語』巻之1「菊花の約(ちぎり)」 九月九日の夜、義兄弟の赤穴(あかな)宗右衛門が遠方から帰って来たので、丈部(はせべ)左門は酒を暖め、肴を並べて勧める。赤穴は酒肴の臭(にお)いを嫌い、袖で顔をおおう。彼は「自分は死霊であり、仮に人間の姿をしているだけだ」と告げ、しばらく語り合った後、「これで永遠の別れだ」と言って姿を消した。
『あいごの若』(説経)5段目 愛護の若は継母の奸計によって家を追われ、方々をさすらう。穴太(あなふ)の里(=滋賀県大津市)まで来て、垣根の桃を食べて老婆に杖で打たれ、麻の中に隠れようとしてまた打たれる。愛護の若は、「穴太の里に桃なるな。麻はまくとも苧(を)になるな」と呪う。それ以来、穴太の里では、花は咲いても桃はならず、麻の種をまいても苧(=麻の古名)にならない。
*いちじくを呪う→〔呪い〕10aの『マタイによる福音書』第21章。
三度栗の伝説 神功皇后が三韓征伐においでになる途中、鳥取の海田でお休みになった。土地の人が、米の粉で作った団子に、勝栗の枝で作った箸をそえて差し上げた。神功皇后は「我が軍は勝利に決まった」とお喜びになり、「海田の勝栗よ。来年からは一年に三度実れ」とおっしゃって、箸を土にさして出発された。箸は芽を吹いて立派な木となり、年に三度実をつけた(鳥取県倉吉市)。
『黄金伝説』3「聖ニコラウス」 聖ニコラウス(=サンタ・クロース)が司教をしていた地方に、飢饉が起こった。彼は寄港している商船から少量の小麦をもらい、二年の間その土地のすべての人々に分け与え続けたが、小麦はなくならなかった。種まきにする分もたくさん残った。
『マタイによる福音書』第14章 大勢の群集がイエスに付き従い、夕暮れ時になった。イエスの手元には、五つのパンと二匹の魚しかなかったが、彼は天に祈り、パンを裂いて弟子たちに渡した。弟子たちはそのパンを群集に与え、すべての人が食べて満腹した。残ったパンくずを集めると、十二の籠にいっぱいになった。食べた人は、女と子供を別にして、男が五千人ほどであった。
『列王記』下・第4章 一人の男が、初物のパン・大麦パン二十個と、新しい穀物を袋に入れて、神の人エリシャのもとに持って来た。エリシャは召使いに「人々に与えて食べさせなさい」と命じ、召使いがそれを百人の人々に配ったところ、彼らは食べきれずに残した。
*→〔無尽蔵〕1aの『捜神記』巻1−18。
『凶器』(松本清張) 若い未亡人・島子は、好色な老人・六右衛門に迫られ、干した海鼠餅(なまこもち)で六右衛門の頭を殴って殺した。海鼠餅は硬く、丸太ン棒で一撃するのと同じ効果があった。島子は凶器の海鼠餅をいくつにも切り、黄粉餅やぜんざいを作って、近所の主婦や子供たちにふるまう。事件を捜査する刑事も、それを食べる。凶器が見つからないので、この殺人事件は迷宮入りになった。
*餅を弓の的にする→〔餅〕1aの大原長者の伝説・『豊後国風土記』速見の郡田野。
*餅を踏んで歩く→〔餅〕1bの餅が白鳥に化した伝説。
『善女のパン』(O・ヘンリー) 眼鏡の中年男がミス・マーサのパン屋に来て、いつも安い古パンを買って行く。マーサは男を気の毒に思い、ある日、古パンにたっぷりバターを塗りこんで、男に渡す。男は、食べるために古パンを買うのではなかった。彼は建築の製図家で、鉛筆の下書きを古パンのかけらで消していたのだ。マーサがバターを塗ったばかりに、完成目前の設計図は、いっぺんにだめになってしまった。
白米城の伝説 毛利の大軍が鳥取の亀尾城を取り囲み、滝の水を断ち切って、城内へ水が行かないようにする。籠城する侍たちは、白米を注いで軍馬を洗い、水が豊富にあるように見せかける。しかし水で洗った時とは異なり、軍馬の毛が濡れ髪色に変わらないので、水のないことを見破られ、まもなく落城した(鳥取県日野郡日南町。類話は全国に数多くある。*小鳥が白米をついばんだので見破られた、という形もある)。
*熱いおかゆを坂に流して、敵が寄れないようにする→〔坂〕5のおかゆ坂の伝説。
三浪長者(高木敏雄『日本伝説集』第6) 三浪長者が「何か面白いことをしたい」と考え、夏に雪見の遊びをした。大釜で炊いた飯を、広い庭一面にまき散らし、召使いたちに深履(ふかぐつ)をはかせて、飯の上を歩かせた。三浪長者は、それを眺めて手を叩いた(越後国西頸城郡青海村大字大沢)。
『助六由縁江戸桜』 吉原三浦屋の店先で、くわんぺら門兵衛が饂飩(うどん)かつぎの若者にからむ。助六が仲裁に入り、蒸籠の饂飩をくわんぺら門兵衛の後ろから頭にかける。饂飩が冷たく垂れてくるのを門兵衛は血と思い、「切られた」とうろたえて腰を抜かす。
*つぶれた柿を、血と誤認する→〔落下〕2の『古今著聞集』巻12「偸盗」第19・通巻439話。
『聊斎志異』巻6−234「山神」 男が山を歩き、地面に敷物をしいて酒を飲む数人を見る。男は宴席に引き入れられ、楽しく飲食するが、酒の味が薄くて渋かった。そこへ山神が来たので、皆は逃げ去った。男がよく見ると、小便を入れた陶器と、蜥蜴を盛った瓦があるだけだった。
*→〔穴〕7の『九郎蔵狐』(落語)・〔狐〕3の『東海道中膝栗毛』4編上・〔狐〕4の『王子の狐』(落語)に関連記事。
*飢えたために、食物ではないものを食べる→〔飢え〕2aの『黄金狂時代』(チャップリン)・『古今著聞集』巻12「偸盗」第19・通巻440話。
『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第2章 地獄に落とされたタンタロスは湖中にあり、果実のなった木をそばに見ながら罰せられている。水は彼のあごに触れているが、飲もうとすると乾いてしまい、果実を取ろうとすると、風で枝が吹き上げられる。
*タンタロスの物語を発想源として創り上げられたのが、→〔飢え〕5の『密室の行者』(ノックス)であろうか。
『変身物語』(オヴィディウス)巻11 ミダス王が手でパンに触れると、それはたちまち固くなった。料理を噛み砕こうとすると、歯に当るのは金箔だった。葡萄酒を飲めば、口に流れ込むのは溶けた黄金だった→〔願い事〕3。
『断食芸人』(カフカ) サーカスの一座に、断食芸人がいた。昔、彼の四十日間に渡る断食芸は大人気で、観客が大勢押し寄せた。しかし時代が変わり、今ではもう、誰も関心を示さない。サーカスの監督が、彼の所へ来て問う。「まだ断食しているのかね?」。彼は答える。「わたしは、自分に合った食べ物を見つけることができなかった。だから、断食するよりほかに仕様がないのだ」。そう言って彼は息絶えた。
*異郷の食物を食べて長寿を得る→〔長寿〕に記事。
*人が一生の間に食べる量。余命の指標としての食物→〔寿命〕4bの『太平広記』巻98所引『宣室志』・『聊斎志異』巻7−280「禄数」。
『マルコによる福音書』第15章 イエスは十字架を担いで、ゴルゴタまで歩かされた。午前九時に、イエスは十字架にかけられた。昼の十二時になると全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時にイエスは、大声で「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ(我が神、我が神、なぜ私をお見捨てになったのですか)」と叫び、息を引き取った。その時、神殿の垂れ幕が、上から下まで真っ二つに裂けた〔*『マタイ』第27章、『ルカ』第23章に類話。『ヨハネ』第19章は内容がやや異なる〕。
『絞死刑』(大島渚) 在日朝鮮人の青年Rは、強姦殺人罪で絞首刑になったが、なぜかいつまでたっても絶命しなかった。息をふきかえしたRは、自分が誰で何をしたのか、すべて記憶を失っていた。心神喪失の者を処刑するのは法律上許されないので、死刑執行官たちは芝居の形でRの犯行を再現し、彼の記憶をよみがえらせる。Rは自らの犯行を思い出し、再度の絞首刑執行を受け入れて、今度は本当に死んで行く。
*→〔兵役〕7の『私は貝になりたい』(橋本忍)。
『好色五人女』(井原西鶴)巻4「恋草からげし八百屋物語」 八百屋八兵衛の娘・十六歳のお七は、火事騒ぎで家族ともども旦那寺の吉祥寺に避難し、半月余りを過ごすうち、寺小姓・吉三郎と恋仲になる。その後、自家に戻ったお七は、「また火事があれば吉三郎に逢える」と思い、放火して捕らえられる。お七は市中引き回しの末、鈴が森で火刑になる。人は皆、結局は煙になるというものの、お七の最期はとりわけ哀れだった。
『裁かるるジャンヌ』(ドライヤー) フランス、オルレアンの十九歳の少女ジャンヌ・ダルクは、男装してイギリス軍と闘い、捕らえられて裁判にかけられる。彼女は「自分は神から遣わされた者だ」との信念を捨てなかったため、火刑の宣告を受け、柱に縛りつけられる。焔の中で、ジャンヌは「イエス様」と叫んで意識を失う。この時になってようやく、群集は「聖女を火刑にしたのだ」と、怒りをあらわす。
*火刑にされる王妃→〔無言〕2a。
『本朝二十不孝』(井原西鶴)巻2−1「我と身を焦がす釜が淵」 盗賊石川五右衛門は七条河原に引き出され、彼の七歳になる子供とともに大釜に入れられて、油で煮られた。五右衛門は熱さに堪えかね、子供を下に敷いた。見物人たちがあざ笑うと、五右衛門は「子供がかわいそうだから、早く楽にしてやろうと思うのだ」と弁解した。
ギロチンの伝説 フランスの医師ギロチン(ギヨタン)は、大量に人々を処刑する首切り器械(すなわちギロチン)を発明したが、後にギロチン自身がギロチンにかけられて死んだという〔*事実ではないらしい〕。
*ギロチンで処刑される夢→〔夢〕15の『夢判断』(フロイト)。
『断頭台の秘密』(リラダン) 外科教授ヴェルポーが、ギロチンで処刑される男に、「首が切断された後も自我を持ち得るかどうか、確かめる実験に協力してほしい」と依頼する。処刑が執行され、首が落ちた瞬間、教授は「左眼を開けたまま、右眼で三度瞬(まばた)きしてくれ」と言う。首は左眼を開いて教授を見つめ、右眼を閉じた。「あと二度、瞬いてくれ」と教授は叫ぶ。睫毛がかすかに上がったが、顔面は一秒一秒と硬直し、動かなくなった。
*胴体から離れても動き、ものを言う首→〔首〕8a・8b。
★5b.フランスでは、二十世紀の半ばを過ぎてもなお、ギロチンによる処刑が行なわれていた。
『暗黒街のふたり』(ジョヴァンニ) ジーノは銀行強盗の主犯として逮捕され、十年の刑期を終えて出所した。保護司ジェルマンに見守られて、ジーノは更生への道を歩む。しかし警部ゴワトローは「ジーノはまた悪事をはたらく」と決めつけ、執拗に監視し、不当な理由で拘留する。ジーノは怒りを爆発させ、ゴワトローの首をしめて殺す。ジーノは裁判にかけられる。女性弁護士が「残虐なギロチンを使って、それで文明国と言えるのか」と陪審員たちに訴える。しかしジーノは、ギロチンで処刑された。
『間諜X27』(スタンバーグ) 第一次大戦下。オーストリアの女スパイ「X27」は、敵国ロシアのスパイであるクラノウを愛してしまい、捕虜になった彼を逃がしてやる。そのため「X27」は、反逆者として銃殺刑を宣告される。兵たちに銃撃を号令する役目の若い将校が、「女を殺すなんて。これが戦争か。虐殺ではないか!」と叫ぶ。別の将校が銃撃命令を下し、「X27」は何発もの銃弾を浴びて倒れる。
*空砲による銃殺刑だったはずが、実弾が発射される→〔横恋慕〕2の『トスカ』(プッチーニ)。
『河童』(芥川龍之介)12 河童の国に滞在する「僕」は、河童の国の処刑について質問する。裁判官のペップが答える。「河童の国の処刑は文明的で、絞首刑などは行ないません。電気を用いることも、ほとんどありません。たいていは、犯罪の名を言って聞かせるだけです」。僕「それだけで河童は死ぬのですか?」。ペップ「死にますとも。我々河童の神経作用は、あなたがたのよりも微妙ですからね」。
『M』(ラング) 小学生の少女たちを何人も殺した男がいた。精神異常者ゆえ、逮捕されても施設に入れられ、恩赦によって何年か後にはまた社会へ出て来る可能性が高い。それでは納得できないという、町の労働者・浮浪者・前科者たちの集団が男を捕らえ、模擬裁判をして死刑の判決を下し、殺そうとする。その寸前に警官隊が踏み込み、法のもとに男を保護し、裁く。殺された少女の母親が「私たちの子供は生き返らない」と言う。
★9.処刑執行から絶命までの一瞬の間に、意識の中では長い時間が経過する。
『アウル・クリーク橋の一事件』(ビアス) 一人の男が橋上で絞首刑になる。身体が橋から落ちた時、首に巻かれた綱が切れて、彼は川に落ちる。彼は懸命に泳いで岸辺にたどり着き、そこから丸一日歩いて、妻の待つ家に帰る。妻を抱きしめようとした瞬間、彼は首筋に激しい打撃を感じ、一切が暗黒になった。橋の横木にぶら下がる彼の死体は、ゆるやかに揺れていた。
『隠れた奇跡』(ボルヘス) ヤロミール・フラディークは、ユダヤ人であるとの理由でゲシュタポに逮捕され、銃殺刑を宣告される。彼は、創作途中の詩劇『仇敵たち』を完成させるために、あと一年を与え給え、と神に祈る。神はその願いを聞き入れた。銃弾が発射されてから身体に届くまでに、彼の意識内では一年間が経過したのである。彼は頭の中で詩劇を完成させ、死んでいった。
*針による処刑→〔針〕7aの『流刑地にて』(カフカ)。
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