『御曹子島渡』(御伽草子) 御曹子義経は、蝦夷が島のかねひら大王の娘あさひ天女と夫婦になった(*→〔父と娘〕6)。義経は島を脱出して日本に戻った後、天女に教えられたように建盞に水を入れ「阿吽」の二字を書くと、血が一滴浮かんだ。これは天女の死の知らせだった〔*『貴船の本地』(御伽草子)にも類似の場面があり、半插の水が紅になって、鬼国の姫の死を定平中将に知らせる〕。
『昭君』(能) 王昭君が胡国の王のもとへ贈られる時、柳を植えて、「私が胡国で空しくなるならば、この柳も枯れるであろう」と言い遺す。王昭君の老父母は娘を偲んで、柳の下を毎日掃き清めるが、ある時、柳の枯れたのを見て、娘の死を悟る。
『二人兄弟』(グリム)KHM60 旅に出た二人兄弟が別れる時、別れ道の木の幹に短刀をさしておく。そこへ戻れば、もう一人の安否がわかる。短刀の片面が錆びていれば死んでいるのである。
『二人兄弟の物語』(古代エジプト) 弟バタが兄アヌプと別れて杉(あるいは松)の谷へ行く時、「誰かが兄さんにビールの壺を渡し、それがあふれ出たら、私の身に変事があったしるしだ」と告げる。多くの日数が経過した後、兄アヌプの持つ壺からビールがあふれる。アヌプは弟バタの住む杉の谷へ行き、死体となった弟を見る→〔魂〕1b。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第9話 旅に出るカンネローロが、国に残る王子フォンツォへの形見として、短刀を地面に刺すと泉が湧く。水がこんこんと出ている間はカンネローロは無事であり、泉が濁れば災難がふりかかったしるし、干上がれば命が燃え尽きたしるしである。また剣を地面に刺すと木が生え、枝が緑ならば無事、枯れたら死を意味する。
*死の知らせの幻像を見る→〔幻視〕1。
*死を告げる夢→〔死夢〕。
『クリスマス前夜の張り番』(イギリス昔話) クリスマス前夜に教会の入り口で待っていると、翌年死ぬ人の顔が見られる、というので、牧師と老人がオトギリ草やヒイラギなどで身を守り、夜十一時過ぎに教会へ行く。死すべき人たちの行列が近づき、何人かの村人の顔が見える。牧師は行列の中に自分の姿を見つけ、卒倒する。翌年牧師は病死する。
『菅原伝授手習鑑』3段目「佐太村」 藤原時平の陰謀によって、菅原道真が流罪になる。そのため、菅原道真の舎人梅王丸と、藤原時平の舎人松王丸は、兄弟ながらも、いがみ合い喧嘩をする。二人が取っ組み合い、倒れかかったので、庭の桜の木が折れてしまう。梅王丸・松王丸の父白太夫は、折れた桜を見て、もう一人の息子桜丸の死を予期する。桜丸は、道真流罪の責任(*→〔濡れ衣〕1d)を身に負って、切腹する。
『哀愁』(ルロイ) バレリーナのマイラは、恋人クローニン大尉の戦死の報を新聞で見て絶望し、夜の女に身を落とす。しかしそれは誤報であった。やがてクローニン大尉は帰還し、マイラと結婚しようとするが、マイラは自らを汚れた身と考え、彼の前から姿を消す→〔橋〕3a。
『三国志演義』第84回 劉備の蜀軍は、陸遜ひきいる呉軍と闘って大敗する。「劉備も戦死した」との誤報が流れ、これを信じた劉備の妻孫夫人は、長江に投身して死ぬ。
『ロミオとジュリエット』(シェイクスピア)第4〜5幕 ジュリエットは四十二時間仮死状態になる薬を飲んで眠り、目覚めた後にロミオとともにマンチュアへ駆け落ちしようとする。ところがこの計画をロミオに知らせる使者が伝染病騒ぎで足止めされ、ロミオのもとには、「ジュリエットが死んだ」という知らせだけが届く。ロミオはジュリエットの眠る霊廟へ駆けつけ、絶望して毒薬を飲む。
*→〔合図〕1の『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第1章。
『カサブランカ』(カーチス) イルザは、反ナチ抵抗運動の指導者ラズロの妻となるが、ラズロはゲシュタポに捕らえられ、「射殺された」との誤報がもたらされる。絶望したイルザは、パリで出会った男リックと恋仲になる。ドイツ軍が侵攻して来たので、二人はパリを脱出しようとする。その時ラズロ生存の知らせが届き、イルザはパリにとどまり、リックは一人で去る。それから二年ほど後、イルザとリックは、北アフリカのカサブランカで思いがけず再会する→〔二人夫〕6。
★5.死の誤報を利用し、過去と縁を切って新たな生活を始める二人。
『旅愁』(ディターレ) 妻との離婚を考える技師デビッドは、旅客機内で独身ピアニストのマニーナと知り合う。故障による代替機への乗り換えに二人は遅れ、しかもその飛行機が墜落して、死亡者リストにデビッドとマニーナの名前が載る。すでに恋仲になっていた二人は、自分たちの生存を社会に知らせず、同棲生活を始める。そこへデビッドの消息を求めて、妻子が訪ねて来る。妻子と会ったマニーナは、デビッドとの別れを決意する。
*飛行機事故で死んだと見なされる男→〔飛行機〕2の『黒の斜面』(貞永方久)。
*生きているのに、事故で死んだと見なされる男→〔橋〕6の『永代橋』(落語)。
『聊斎志異』巻1−31「葉生」 書生の葉(しょう)は、なかなか科挙の試験に受からなかった。とうとう病気になるが、なんとか回復し、その後ようやく合格して挙人となった。葉は故郷へ錦を飾ろうと、三〜四年ぶりに家に帰る。すると妻が「貴方はずいぶん前に亡くなった。貧しくて墓を作れないので、柩がまだ家にある」と言う。葉は驚き落胆して、柩を見る。とたんに葉の姿は消え、あとに着物や帽子や靴が落ちていた。
★7a.「お前は自分が死んだのに気づかないのだ」と言われて、「自分はもう死んでいるのかもしれない」と思う。
『粗忽長屋』(落語) 八五郎が、長屋の熊公の所へ飛んで来て「浅草の雷門の前で、お前が死んでるぞ」と教える。熊公は「昨夜は吉原をひやかして帰りに一杯やって、観音様の脇を歩いて、そこからどうやって家へ帰ったか覚えがない」と首をかしげる。八五郎は「お前はそこで倒れて死んだのを、気づかずに帰って来たんだ」と言う。熊公は「それなら俺は死んだのかもしれない」と思い、自分の死体を引き取りに出かける→〔アイデンティティ〕1b。
★7b.生きている人間は本当は死んでいて、死んだ人間が本当は生きているのかもしれない。
『ツィゴイネルワイゼン』(鈴木清順) 陸軍士官学校ドイツ語教授青地豊二郎と、もと教授中砂(なかさご)糺は、親友だった。中砂は旅に出て、麻酔薬を吸って遊んでいるうちに死んでしまった。中砂の遺児豊子は、毎夜夢の中で、死んだ中砂と話をする。豊子は青木に言う。「お父さんは元気よ。おじさんこそ『生きている』って勘違いしてるんだわ」。死者を載せる小舟の前で、豊子は青木を手招きする。「まいりましょう」。
変若水(しじみず)の神話 太陽と月が、「人間に変若水(=若返りの水)を、蛇に死水(しにみず)を浴びせよ」と、使者に命ずる。使者は、変若水の桶と死水の桶をかついで下界に降りる。しかし油断したため、蛇に変若水を浴びられてしまう。使者は、しかたなく人間に死水を浴びせて、天に帰る。以来、蛇は脱皮して生まれ変われるようになり、人間は死の運命を持つようになった(沖縄県宮古島)。
死と脱皮の神話 太陽が、すべての被造物を呼び寄せる。その時やって来た者たちに、太陽は不死を与えた。それゆえ、石や岩はいつまでもその形を保ち、海は常に在り、星空は永遠に万物の上にかかっている。蛇も脱皮して生き続ける。人間は、太陽の呼び出しに応じなかったので、死なねばならなくなった。もし人間が従順だったら、蛇のように脱皮して不死になったであろう(メラネシア、ニューブリテン島、バイニング族)。
バナナ型神話 創造神が天から、縄に結んだ石を下ろし、人間に与える。人類の始祖の夫婦はこれを受け取らず、「ほかの物が欲しい」と望む。神は石を引き上げ、バナナを下ろす。夫婦は喜んでバナナを食べる。石を受け取れば、永遠の寿命を得られるはずだった。しかしバナナを選んだので、人間の寿命は、子供を持つとすぐ親の木が死んでしまうバナナのように、短くなった(インドネシア、セレベス島)。〔*→〔姉妹〕1aの『古事記』上巻、ニニギノミコトの物語に類似する〕。
*腐った木の呼びかけに返事をしたため、短命になる→〔呼びかけ〕3の火と死の起源譚(ブラジル・アピナイエ族の神話)。
『マハーバーラタ』第12巻「寂静の巻」 創造神ブラフマーが多くの生類を造ったが、皆死ななかったので、世界は生物であふれ、息もできぬほどになった。ブラフマーは苛立ち、怒りの火で一挙に全生物を焼き滅ぼそうとした。その時シヴァ神がブラフマーを説得し、生類に誕生と死の繰り返しを配分するようにした。こうして生物は、何度も死に、何度もこの世に還って来るようになった。
『ラーマーヤナ』第4巻「キシュキンダーの巻」 インドラ神が雷霆でハヌーマンを撃ったが(*→〔太陽〕3f)、ハヌーマンは打撃に耐えて生き延びた。インドラ神はこれを喜び、ハヌーマンを、自ら望まぬ限り死なない身体にした。
『コーラン』34「サバア」11〜13 スライマーン(=ソロモン)は、精霊たちを使役して神殿を建築している最中に死んだ。彼の死体は杖に寄りかかって、生きているかのようだったので、精霊たちはまったく気づかなかった。一匹の土蛆が一年かかってスライマーンの杖を喰い尽くし、彼はばたりと倒れた。ようやく精霊たちはスライマーンの死を知ったが、その時、神殿は完成していた。
『高館』(幸若舞) 義経追討軍と戦う弁慶は、衣川の真砂に長刀を突いて立往生する。弁慶が動かなくなったので、追討軍の一人、沼楯(ぬまだて)の庄司が、恐る恐る近寄って弓筈で突く。枯れ木のごとく弁慶が倒れる時、手に持った長刀がひらめく。沼楯の庄司は「弁慶が切りかかる」と驚き恐れ、落馬して衣川に落ち、死んでしまった。
『死んでいる時間』(エイメ) マルタンは、一日おきにしかこの世に存在しない。真夜中から真夜中まで二十四時間、彼は現世に生活しているが、それに続く二十四時間は、肉体も魂も無に帰してしまう。その間の記憶はまったくない。マルタンの恋人は、彼が死んでいる日は、当然ながら他の男とつき合う。マルタンは世をはかなみ、深夜〇時にタクシーにひかれる。その瞬間彼は消え、その後、姿を現すことはなかった。
*生きたり死んだりするが、死んでも無になるわけではなく、冥府で仕事をする男の物語もある→〔一人二役〕1aの『江談抄』第3−39、〔食物〕2の『今昔物語集』巻9−31。
*同日・同月の死→〔同日・同月〕2・3・4・5。
*帝王や国主の死を隠す→〔隠蔽〕4の『史記』「秦始皇本紀」第6・〔影武者〕1の『影武者』(黒澤明)。
*死への道連れ→〔道連れ〕4・5。
『士師記』第9章 アビメレク王がテベツの町を攻め、人々の立てこもる塔を焼こうとした時、一人の女が挽き臼の上石を投げ、アビメレクの頭蓋骨を砕く。アビメレクは従者に、「剣で私にとどめをさせ。女に殺された、と言われないために」と命じ、従者はアビメレクを刺し殺す。
『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』6段目「御殿」 仁木弾正の妹八汐が、「将軍より拝領の菓子」と称して、伊達家の若君鶴喜代に毒入りの菓子を勧める。乳人政岡の子千松が若君を救うため走り出て、「その菓子欲しい」と言って食べる。八汐は即座に「無礼者」と言って千松を刺し殺し、毒殺計画を隠蔽する。
『ソア橋の事件』(ドイル) ギブスン夫人は、二十年連れ添った夫が若いミス・ダンバーに心を移したことに絶望し、ソア橋でピストル自殺する。夫人はピストルの柄に紐を結び、紐の他端に石をつけて欄干から水上に垂らしておいたので、ピストルは川底に沈む。夫人の死は他殺と見なされ、夫人の思惑どおり、ミス・ダンバーが殺人犯として収監される。
『本陣殺人事件』(横溝正史) 大地主一柳家の当主賢蔵は、屋敷内の離れ家で、新妻を刀で斬り殺して、自殺する。彼は、長い琴糸と近くの水車小屋を利用し、刀が凶行後に部屋の外へ引っ張られて庭に落ちるように、前もって仕掛けておく。一柳家の人々は、「賊が侵入して賢蔵夫婦を殺したのだ」と思う。
★2b.自殺を決心した妻が、「夫の手にかかって死のう」と考える。
『レベッカ』(ヒッチコック) マキシムは美女レベッカと結婚するが、彼女は邪悪な心の持ち主だった。二人は憎み合い、うわべだけの夫婦生活を送る。ある時レベッカは医師から、「不治の癌で余命わずか」と診断される。彼女は自殺を決意し、「どうせ死ぬなら、夫を殺人犯にしてやろう」と考える。レベッカはマキシムを挑発して怒らせる。二人が激しく言い争ううち、レベッカは転倒し、頭を打って死ぬ。マキシムは「自分がレベッカを殺したのだ」と思う。
『英草紙』第8篇「白水翁が売卜直言奇を示す話」 茅渟官平は真夜中にいきなり外に走り出、川に身を投げた。「乱心ゆえの自殺」と見なされたが、実際は官平本人は、その直前に妻の情夫の手で殺されていた。情夫は官平の死体を井戸に沈めた後、官平に扮して駆け出、橋の上から大石を落として身を隠し、官平が投身したように人々に思わせたのだった〔*犯人あるいは共犯者が、被害者に変装する点で→〔アリバイ〕1bの『偉大なる夢』(江戸川乱歩)と同様〕。
*殺人を心中に見せかける→〔取り合わせ〕1bの『点と線』(松本清張)。
★3a.「何者かに殺された」と思われる死体があったが、それは人為的に引き起こされた死ではなく、自然のいたずらによるものだった。
『火縄銃』(江戸川乱歩) 十二月の小春日和の昼過ぎ。ホテルの密室で男が銃撃されて死に、凶器の火縄銃が机上に残されている。明らかに殺人事件と思われたが、実は太陽光線が、水をたたえた球形のガラス花瓶を通して、火縄銃の点火孔に焦点を結び、銃弾を発射させたのだった〔*乱歩二十一歳頃の処女作〕。
『懐硯』(井原西鶴)巻4−2「憂目を見する竹の世の中」 石見の国の男が、五月半ば、商売に出かけ一晩留守にした間に、老母が寝間で朱にそまって死んでいた。男は、「隣人が金目当てにしたことだ」と思って、隣人を殺した。しかし代官が調べると、家の後ろの竹藪から根が延び、寝間の下から生え上がった勢いで、老母の胸元を刺し通したことがわかった。
『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「通り魔」 アラスカ、マッキンリー山付近の町で、住民が鋭い刃物で切られたような傷を負う事件が頻発し、ついに死者も出る。近くの基地からミサイル発射実験が行われ、そのたびに真空の渦ができ、それに接触した人間の身体が切り裂かれるのだった。ブラック・ジャックは、自らの身体を真空の渦で傷つけ、事件の真相を示した。彼は日本のかまいたちの話(*→〔三人の魔女・魔物〕3)をヒントに、謎を解明したのである。
*『赤胴鈴之助』(武内つなよし)の真空斬りも、かまいたちの原理を応用したものである→〔風〕2c。
★3b.殺人事件と思われたが、実は、性の戯れのあげくの死であった。
『女の中にいる他人』(成瀬巳喜男) 田代は、親友杉本の妻さゆりと浮気をしていた。さゆりは田代に「あなたの手で私の首をしめて。どんな気持ちになるか、やってみたいの」と望む。田代がさゆりの首に手をかけ、力を入れると、さゆりは「ああ、気持ちいい。もっと」と恍惚の表情を浮かべる。しかし、さゆりはそのまま死んでしまった。田代は逃げ、警察は殺人事件として捜査を始める。
『D坂の殺人事件』(江戸川乱歩) D坂の古本屋の奥の六畳で、古本屋の細君が絞殺される。彼女は被虐色情者(マゾ)で、近隣の蕎麦屋の主人が残虐色情者(サド)だったため、二人は関係を結んで満足を得ていた。しかし彼らの性戯は次第にエスカレートし、ついにある夜、女の死を招いてしまったのだった。
『落ちた偶像』(リード) 大使館の執事ベインズに、若い愛人ができた。ベインズの妻は、夫と愛人がいる階上の部屋をのぞこうとして足をすべらせ、階段を転げ落ちて死ぬ。大使の幼い息子フィリップは、「ベインズが妻を突き落とした」と思う。フィリップはベインズを慕い、その妻を嫌っていたので、警察に対してベインズをかばう発言をする。そのため警察はベインズに殺人の嫌疑をかける。最終的に疑いは晴れたが、フィリップは「ベインズが殺した」と思い続ける。
『鍵』(谷崎潤一郎) 四十五歳の郁子は、娘敏子の恋人木村と関係を持つ。郁子は、五十六歳で貧弱な肉体しか持たぬ夫を疎んで、死なせようとたくらむ。高血圧の夫に、休む暇なく性的刺激を与えて興奮させたため、夫は性交時に脳溢血を発症して半身麻痺となる。以後も郁子は、夫の木村への嫉妬心をあおって再度の発作を起こさせ、夫を死に追いやる。
『途上』(谷崎潤一郎) 愛人ができたため妻を邪魔に思う夫が、妻を病気か事故で死なせようとはかる。心臓の弱い妻に冷水浴を勧める、チブス(=チフス)菌の多い生水や刺身を与える、流行性感冒の患者の見舞いをさせる、ガスの元栓をゆるめる、危険な乗合自動車の最前部に乗せる、などの試みをし、ついに妻はチブスに感染して死ぬ。しかし妻の父の依頼を受けた探偵が、夫の犯罪をあばく。
『殺し屋ですのよ』(星新一『ボッコちゃん』) 若い女の殺し屋が、会社経営者エヌ氏を訪れ、「商売敵のG産業社長に様々なストレスを与えて、半年以内に死なせましょう」と持ちかける。四ヵ月後にG産業社長は死に、エヌ氏は報酬を払う。女は看護婦で、医師から余命少ない患者のデータを得て、その患者に恨みを持つ人物の所へ行き、殺しの注文を受けるのだった。
『悲しみよこんにちは』(サガン) 四十二歳のアンヌは、四十歳の鰥夫(やもお=妻を亡くした男)レエモンと結婚しようとする。しかしレエモンが、もとの愛人エルザを抱いて接吻する現場を見、アンヌは自動車を運転して走り去る。その夜、事故多発地帯でアンヌの車は五十メートル転落する。それは自殺とも事故とも考えられた。
*→〔母と娘〕の『ロリータ』(ナボコフ)のシャーロットの死も、この類か。
『車輪の下』(ヘッセ) 小さな町の神童ハンスは、周囲の期待を背負って神学校へ入るものの、勉学意欲を失い、神経衰弱になって故郷へ帰る。彼は「森で縊死しようか」と考える。やがてハンスは、父の勧めで機械工になる。日曜日、彼は疲れていたが、仲間たちに誘われて郊外へ遊びに行き、ビールを飲む。翌朝、川でハンスの水死体が発見される。足をすべらせたのか、自ら死を選んだのか、誰にもわからなかった。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ) オーディンは「戦死者の父」と呼ばれる。戦場で倒れた者は皆、オーディンの養子となって、天上の宮殿ヴァルハラ(=ワルハラ)とヴィーンゴールヴに送られる(20)。病気で死んだ者と寿命が尽きて死んだ者は、下界ニヴルヘイムにいる冥府の女主人ヘルのもとへ送られる(34)。
*他殺を事故死に見せかける→〔過去〕3bの『テレーズ・ラカン』(ゾラ)。
*殺害を病死と報告する→〔飢え〕3aの『海神丸』(野上弥生子)。
*暗殺を交通事故死として処理する→〔暗殺〕4の『Z』(コスタ=ガヴラス)。
『藺草(いぐさ)ずきん』(イギリスの昔話) 娘が「肉に塩がなくてはならないと同じくらい、父を大事に思う」と言ったために、追放される(*→〔追放〕1b)。娘は大きな屋敷の女中になり、やがて屋敷の若主人と結婚して、披露宴に大勢を招く。娘の父も、花嫁が誰か知らずに出かける。宴席の料理には塩が入っていなかったので、味気なく、とても食べられたものではなかった。父は塩の大切さを知り、娘がどれほど自分を思っていてくれたかを悟って泣く。
『絵本百物語』第4「塩の長司」 加賀の国・小塩の浦に住む塩の長司は家が富み、馬三百疋を所有していた。彼は悪食で、馬が死ぬと、肉を味噌漬けや塩漬けにして食べていた。ある時、生きている老馬を打ち殺して食ったところ、老馬の霊が毎日来て、長司の口から腹中へ入り込み、ひどく苦しめた。医療も祈祷も効果がなく、百日ほどを経て長司は、馬が重荷を負うような格好をして死んでしまった。
『百喩経』「愚人が塩を食べた喩」 愚人が他家を訪れ、主人から御馳走をふるまわれる。味が薄くて、おいしくなかったが、主人が塩を少し加えると美味になった。愚人は「料理がうまくなったのは、塩のおかげだ」と考え、塩だけをたくさん食べた。すると口中が不快で、具合悪くなってしまった。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)180「塩を運ぶ驢馬」 驢馬が、塩を山のように背負って川を渡る。足を滑らせて転んだので、塩が溶けて流れ、驢馬は身軽になった。その後、海綿を背負って川にさしかかった時、驢馬は「水にはまったら荷が軽くなるだろう」と考え、わざと転ぶ。海綿は水を吸っていっそう重くなり、驢馬は溺れて死んだ。
『列王記』下・第2章 エリコの町の人々が「この町は水が悪く、土地は不毛です」と、神の人エリシャに訴えた。エリシャは水の源へ出かけ、塩を投げ入れて、人々に告げた。「主(しゅ)はこう言われる。『わたしはこの水を清めた。もはや死も不毛も起こらない』」。エリシャの言葉どおり、水は清くなって、今日にいたっている。
『日本書紀』巻25孝徳天皇大化5年3月 蘇我造媛(そがのみやつこひめ)の父・山田大臣(やまだのおほおみ)は、物部二田造塩(もののべのふつたのみやつこしほ)によって、斬首された。そのため蘇我造媛は、「塩」という言葉を聞くのを嫌った。近侍の者は、「塩」の語を口にすることを忌み、呼び名を「堅塩(きたし)」と変えた。
*海水の塩分→〔海〕1の『海の水はなぜからい(塩引き臼)』(昔話)・『パンタグリュエル物語』第二之書(ラブレー)第2章、→〔兎〕3の『古事記』上巻(稲葉の素兎)。
*塩の柱→〔禁忌〕4の『創世記』第19章。
大宮姫の伝説 大宮姫は鹿から生まれた(*鹿が仙人の水を飲んで姫を産んだ、閼伽の水を飲んで姫を産んだ、などの伝えがある)。そのため足先が鹿同様二つに割れていた。姫は都に出て天子様の奥方になったが、鹿の足であることがばれ、故郷へ戻った。「鹿児島」は、もとは、この大宮姫の生まれた土地の名だった。「鹿の子の国」という意味である(鹿児島県揖宿郡開聞町)。
『今昔物語集』巻5−5 仙人が身体を洗った水や小便のあとをなめた鹿が懐妊して、女児を産んだ。女児は成人して王妃となり、「鹿母夫人」と呼ばれた。
『述異記』(任ム)巻下−275 梁の時代。鹿が女児を地面に産み落としたのを、ある人が見て、女児を拾い育てた。女児は非凡な性質で、長じて道士となり、「鹿娘(ろくじょう)」と名乗った。鹿娘の死後、武帝が祭りをするために棺を開くと、異香があり、遺骨はなくなっていた。
*鹿から人間の男児が生まれる→〔精液〕1aの『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」。
『列子』「周穆王」第3 薪取りの男が、鹿を仕止めて堀に隠す。後、彼は鹿を取りに行くが、隠し場所を忘れ、「夢だったか」とつぶやきながら家へ帰る。薪取りのつぶやきを聞いた人が、その言葉を手がかりに鹿を捜して横取りする。一方、薪取りの男は「鹿を横取りした人がいる」との夢を見たので、その人を訪ね、鹿を請求する〔*薪取りの男は、初めは現実を「夢だ」と思い、次には夢を「現実だ」と考えたのである〕。
『日本霊異記』下−5 河内国に、妙見菩薩を祭る山寺があった。寺の弟子僧が、布施の銭五貫を盗んで隠す。後に隠し場所へ銭を取りに行くと、銭はなく、矢で射られた鹿の死体があった。妙見菩薩の霊力によって、銭が鹿に見えたのである。弟子僧は「鹿を運び出そう」と思って、村人たちをその場へ連れて来る。すると鹿はおらず銭五貫があった。これを見た村人たちは、弟子僧が盗みをしたことを知った。
『古事記』中巻 ヤマトタケルが東国を平定し、都へ帰還する途中のこと。彼は足柄山の坂本で、乾飯(かれいい)を食べた。そこへ坂(=足柄峠)の神が、白い鹿となってやって来た。ヤマトタケルは、食べ残しの蒜(ひる)の片端を投げつける。蒜は白鹿の目に当たり、白鹿は死んだ〔*『日本書紀』巻7景行天皇40年是歳では、信濃の山中で、山の神がヤマトタケルを苦しめようと、白鹿になって現れる。『古事記』と同様に、ヤマトタケルの打ちつけた蒜が目に当たって、白鹿は死ぬ〕。
『遠野物語』(柳田国男)61 猟の名人・嘉兵衛爺が、六角牛(ろっこうし)山で白い鹿に出会った。「白鹿は神なり」との言い伝えがあったが、嘉兵衛爺は、黄金の弾丸に蓬を巻きつけて撃つ。手応えはあったけれども、鹿は倒れない。近寄って見ると、鹿の形に似た白い石だった。「数十年も山に暮らす自分が、石を鹿と見誤るはずがない。魔障のしわざだ」と、嘉兵衛爺は語った。
*虎と思ったら石だった→〔石〕9cの『捜神記』巻11−1(通巻263話)。
*猪に似せた石→〔猪〕5の『古事記』上巻。
『仔鹿物語』(ブラウン) フロリダの開拓民ペニーは野道を歩いていて、ガラガラ蛇に腕を噛まれる。毒を身体から出さねば死んでしまうので、彼は、近くにいた牝鹿を鉄砲で撃ち殺す。鹿の心臓と肝臓を用いて蛇の毒を吸い取り、ペニーは命拾いする〔*牝鹿には子供がおり、ペニーの息子ジョディは、その仔鹿を可愛がる。しかし仔鹿が作物を食い荒らすので、ジョディはやむなく射殺する〕。
『バンビ』(ハンド) 「森の大王」と呼ばれる大鹿の息子として、春の朝にバンビは生まれた。優しい母鹿のもとでバンビはすくすくと育つ。しかしある日、狩人たちがやって来て、バンビは母鹿を失った。翌春、バンビは立派な角の生えた青年鹿になった。人間たちの侵入や森火事などの危難を乗り越え、バンビは幼なじみのファリーンと結婚する。バンビとファリーンの間には、かわいい双子の子鹿が生まれた。やがてバンビは、父鹿の後をついで「森の大王」となるであろう。
*鹿の見た夢→〔言霊〕5aの『摂津国風土記』逸文。
*鹿の殺生禁断→〔禁制〕2。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)426「狐と鶴」 狐が豆スープを平皿に入れて、鶴を招待したが、鶴の細い嘴では、すくって飲むことができなかった。そのお返しに、鶴は首の細長い瓶に食物を入れて狐を招いたので、狐は食べることができなかった。
『懐硯』(井原西鶴)巻3−1「水浴は涙川」 醜男の清蔵が美人の妻をめとったので、友人五人が妬み、「奥方には持病があり、寒の候には発作を起こして暴れる」と、でたらめを教える。清蔵はこれを真に受けて妻を離縁する。後に、だまされたと知った清蔵は、「五人を殺して自分も死のう」と思いつめるが、結局、五人の妻を皆離縁させて、仕返しをした。
『デカメロン』第8日第7話 一人の学者が未亡人に恋するが、未亡人は雪の夜に学者を中庭に招き入れ、一晩中待たせ、こごえさせて、からかった。学者は復讐の機会をねらい、「魔法を教える」と言って未亡人をだまし、夏七月に未亡人を真裸で塔の上に置いて、一日中太陽に灼かれるようにした。
『平家物語』巻4「競」 源仲綱の愛馬「木のした」を、平宗盛が強引に請い取り、「仲綱」という焼き印を押して、「仲綱めに鞍を置け。仲綱めを鞭打て」などと言った。後、仲綱は宗盛の秘蔵の馬「なんりょう」を得て尾とたてがみを切り、「平宗盛入道」という焼き印を押して、宗盛の館へ追い入れた。
*→〔手紙〕1aの『ヘッドライト』(ヴェルヌイユ)。
*→〔変身〕8aの『日本霊異記』中−40。
*→〔坊主頭〕1aの『六人僧』(狂言)。
*→〔迷路〕5の『ふたりの王とふたつの迷宮』(ボルヘス)。
*→〔わざくらべ〕1aの『今昔物語集』巻24−5。
『こころ』(夏目漱石)下「先生と遺書」 大学二学年目の試験終了後の夏休み、「先生」とKは房州を旅行する。その時、Kは「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と言って、「先生」を批判する(30)。それから数ヵ月を経た翌年一月、Kがお嬢さんへの切ない恋心を「先生」に打ち明けた時、「先生」は、かつてKが言ったのと同じ言葉をKに投げ返す(41)。Kは「僕は馬鹿だ」と言い、二月の半ば過ぎに自殺する。
『考え方』(スタージョン) ケリーは変わった考え方をする男だった。ある女が、扇風機をケリーに投げつけた。ケリーは扇風機を女に投げ返したりせず、女を抱き上げて扇風機に投げつけた。また、別の女がケリーの弟を憎み、ヴードゥー教の人形に針をさして呪った。ケリーの弟は全身が腐って死んだ。ケリーは人形に復讐するために、女をつかまえて痛めつけた。その結果、ヴードゥー教の人形は腐って溶けた。
★1a.異郷で短期間を過ごしてから帰ると、現世では、異郷での十倍・百倍あるいはそれ以上の年月が経過していた。
『異苑』 ある人が馬で山道を行き、洞窟中で二老人が双六をするのを見る。下馬して鞭を杖がわりに観戦するうち、気づくと鞭が腐朽してばらばらになっていた。馬も骸骨と化し、帰宅しても見知った人はいなかった。
『国性爺合戦』4段目 呉三桂が二歳の太子を連れて九仙山に登り、碁を打つ老翁二人と出会う。老翁らは仙術をもって、国性爺の春夏秋冬の戦いぶりを碁盤上に現し出す。見ているうちにいつしか五年が過ぎ、呉三桂は、七歳に成長した太子を見る。
『西遊記』百回本第4回 孫悟空は天上に昇り弼馬温に任命されるが、それが位の低いただの馬番だと聞かされ、怒って花果山水簾洞に帰る。天上の一日は下界の一年なので、悟空が天上に半月余りいた間に、地上では十数年が過ぎていた。
『捜神記』巻15−14(通巻372話) 女中が誤って墓の中に閉じこめられ、十余年を経て救い出された。女中は、掘り出されるまでの年月を、「一晩か二晩くらいの時間だ」と思っていた。閉じこめられた時、彼女は十五〜六歳だったが、掘り出された時も、姿形は以前のままだった。女中はその後、嫁に行き、子供も産んだ。
『丹後国風土記』逸文 水の江の浦の嶼子(=浦島)は神女に誘われ、仙界で三年暮らした後に、郷里の筒川に帰った。村里を見回すとすっかり様子が変わっており、誰も知る人がいないので嶼子は驚いた。仙界で三年を過ごす間に、郷里筒川では三百余年が経過していた〔*『浦島太郎』(御伽草子)では、浦島太郎が龍宮城で三年暮らす間に、故郷では七百年が過ぎていた、と記す〕。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之7第104回 犬江親兵衛は、伏姫神霊に育てられて異郷にいたため、九歳ほどなのに十六〜七歳に見える→〔成長〕1a。
『魔法を使う一寸法師』(グリム)KHM39「2番目の話」 ある家の女中が、「一寸法師たちの赤ん坊の名づけ親になってほしい」と頼まれる。女中は、一寸法師たちの住処の山の穴へ行って、三日滞在する。帰宅すると見知らぬ人がいるので、女中は驚く。現世では七年が過ぎており、その間にもとの主人は死んでいたのだった。
『酉陽雑俎』巻2−67 李班という男が、異郷の宮殿に迷いこむ。白髪の男から「長くとどまるのはよくない」と言われ、李班はもと来た道をたどる。家へ帰ると四十年が過ぎていた。
『酉陽雑俎』巻2−71 蓬球という男が、芳香に誘われて山中の宮殿にいたり、四人の美女と言葉をかわす。鶴に乗った女が「なぜ俗人を入れたか」と詰るので、蓬球は門外に出る。家に帰ると百三十年余りが過ぎていた。
*→〔再会〕1aの『諏訪の本地』(御伽草子)・〔桃〕2の『酉陽雑俎』巻2−68。
*冥界での時間経過と現世の時間経過との違い→〔冥界行〕7a・7b。
★1b.現世にありながら、ある人物が二十年ほど歳をとる間に、その人物をとりまく環境は三百年以上経過する。
『オーランドー』(ウルフ) エリザベス一世の寵児オーランドーが十六歳から三十六歳になるまでの間に、イギリスでは十六世紀末から二十世紀初めまで、三百数十年が経過した→〔性転換〕1。
★2a.逆に、異郷で長い時間を過ごしたと思っても、現世ではわずかな時間しかたっていなかったというばあいもある。
『今昔物語集』巻16−17 好色な賀陽良藤は、美女(実は狐)に誘われ一軒の家に連れて行かれて、女と夫婦になり楽しく暮らす。後に救出された良藤は、女のもとで十三年間すごしたと思っていたが、実際は十三日間だった。
『杜子春伝』(唐代伝奇) ある日の日没頃。杜子春は、「ものを言ってはならぬ」との道士の戒めを守り、丸薬を飲む。杜子春は地獄に落ちて責苦を受け、女として現世に生まれ変わり、成長して結婚し子供もできる。しかし終始無言だったので、夫が苛立って二歳の子供を殺す。杜子春は思わず声をあげるが、気がつくと道士の前におり、時刻は翌朝の午前四時頃だった。
『ドン・キホーテ』(セルバンテス)後編第22〜23章 ドン・キホーテは、綱で身体を縛ってモンテシーノスの洞穴の底へ降り、一時間ほどして引き上げられる。しかしドン・キホーテは、「洞穴の底で三日三晩過ごした」と主張する。
*銀河系の中心部に十八時間滞在して地球へ戻ると、地上では一秒が経過しただけだった→〔空間〕2eの『コンタクト』(ゼメキス)。
★2b.不死の神々の住む異郷では、人間世界とは時間のあり方が異なる。
『古事記』上巻 オホクニヌシは、スサノヲの六世の孫である〔*スサノヲを初代とすると七代目にあたる〕。オホクニヌシは、六代前の祖先スサノヲが住む根の堅州国へ行き、スサノヲと対面してさまざまな試練を受ける。スサノヲの娘スセリビメ〔*スセリビメの母は誰か不明〕がオホクニヌシを助け、彼らは駆け落ちする。オホクニヌシはスセリビメを正妻として、出雲国を治める〔*オホクニヌシにとって、スセリビメは妻であると同時に、何代か前の先祖でもある〕。
『雨月物語』巻之3「吉備津の釜」 四十二日の物忌みの最後の夜がしらじらと明け、正太郎は、これでもう磯良の恨みの死霊から逃れられたと思い、安堵して表へ出、たちまち殺される。まだ外は闇で、磯良の霊が正太郎に夜が明けたと錯覚させ、外へおびき出したのであった→〔妬婦〕1c。
*時計を遅らせて時間をごまかす→〔時計〕3a・3b。
*鶏を鳴かせて時間をごまかす→〔鶏〕2。
*鶏の鳴きまねをして時間をごまかす→〔鶏〕3・4。
*犯行時刻をごまかす→〔アリバイ〕1b。
★4.時間の経過が、意識の中では実際よりもはるかに短く感じられる。
『法華経』「序品」第1 日月燈明仏が六十小劫の間、法を説き、座を立たなかった。会衆たちも一処に座ったまま、六十小劫の間、説法を聴いていた。彼らにはその時間が、食事をするくらいのわずかな時間に思われた。
『法華経』「従地湧出品」第15 無量千万億の菩薩が大地から湧出して仏を賛嘆する間に、五十小劫の時間が経過した。その場の諸大衆は、仏の神通力によって、それを半日ほどにしか感じなかった。
*逆に、一瞬の間に意識内では長い時間が経過する→〔処刑〕9の『アウル・クリーク橋の一事件』(ビアス)・『隠れた奇跡』(ボルヘス)。
*阿片の作用で、一夜のうちに百年も・あるいは一千年も、過ぎたように感じられることがある→〔麻薬〕3の『阿片常用者の告白』(ド・クインシー)。
『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「時間貯金箱」 のび太は、ママの小言を聞く・晩御飯を待つなど、苦手な時間・無駄な時間を、時間貯金箱に貯金しておき、しずちゃんと遊ぶ時にその時間をおろして、ゆっくり遊ぶ。しかし、時間をおろすとその分時間が逆戻りするので、会社から帰って来たパパは「また昼間になった」と驚いて、会社へ戻って行った。
『モモ』(エンデ) 灰色ずくめの男たちが来て、無駄な時間の貯蓄を人々に勧め、「利子として倍の時間を支払う」と約束する。人々は手早く仕事を片づけて、余りの時間を時間貯蓄銀行に預ける。一日一日がしだいに短くなり、皆忙しく不機嫌になってゆく。灰色の男たちは時間を返すつもりはなく、人間のすべての時間を奪い取ろうとしているのだった→〔眠り〕9。
『ふしぎな少年』(手塚治虫) 十三歳のサブタン(大西三郎)は、地下道の壁から四次元世界に偶然入り込み、時間を止める力を授かって三次元世界に帰る。時間を止めると世界が静止し、サブタンだけが活動できる。サブタンはこの力を用いて、事故に遭った人々を現場から救い出したり、ギャングやスパイの武器を取り上げたりする。やがて四次元の穴が修復され、サブタンは時間を止める力をなくし、ふつうの少年に戻る。
*→〔眠り〕9の『モモ』(エンデ)。
★6b.超高速で思考・行動したために、時間が止まったように見える。
『新加速剤』(H・G・ウェルズ) ジバーン教授が、通常の千倍以上の高速で思考・行動できる新薬を開発し、教授と「ぼく」はその加速剤を飲んで町に出かける。一秒ほどの間に三十分にも相当する経験をしたので、「ぼく」たちには、町の人々がほとんど静止しているように見える。あまりに速く移動したため、空気抵抗による摩擦熱で、服は焦げてしまった。
『舞踏会の手帖』(デュヴィヴィエ) 三十六歳の未亡人クリスティーヌは、二十年前、十六歳の時の舞踏会で踊った青年ジョルジュに会いに行く(*→〔舞踏会〕1)。しかしジョルジュは舞踏会の後に、クリスティーヌが他の男と婚約したことを知って自殺していた。ジョルジュの母親は息子の死を認めず、彼女の心の中の時間は止まってしまった。母親はクリスティーヌを見て、「クリスティーヌさんのお母様ね」と言い、「クリスティーヌさんとジョルジュの結婚に反対ですか?」と問う。
*記憶が時間を逆行する→〔記憶〕5。
*時間が逆行する世界→〔逆さまの世界〕1bの『逆まわりの世界』(ディック)。
*時間のない世界→〔棺〕2aの『野いちご』(ベルイマン)。
『タイム・マシン』(H・G・ウェルズ) 十九世紀末のある木曜日。時間飛行家がタイム・マシンに乗って、紀元八十万二千七百一年の未来へ行く。そこは、地上に住む脆弱なエロイ族を、地下に住む野蛮なモーロック族が襲って食う、という世界だった。時間飛行家はさらに三千万年後に飛び、人類死滅後の地球を見て、十九世紀へ戻る。翌日、彼は再び時間飛行を試み、二度と還らなかった。
*→〔空間〕3の『猿の惑星』(シャフナー)。
『時をかける少女』(大林宣彦) 高校二年生の芳山和子は、未来世界から来た少年薬学博士と出会ったために、タイム・リープの能力を得る。彼女は二十四時間を跳び越えて、翌日起こることをその前日に経験する。翌日の授業の内容も、夜の地震や火事の騒ぎも、和子はすべて前もって知ってしまった。和子は少年薬学博士への恋心を告白するが、二人は別れねばならなかった→〔記憶〕8。
『アーサー王宮廷のヤンキー』(トウェイン) 十九世紀アメリカの兵器工場で働く「わたし(ハンク・モーガン)」は、喧嘩相手にバールで頭を殴られ、気がつくと六世紀のキャメロットに来ていた。「わたし」は、アーサー王の騎士社会に十九世紀の科学技術と思想を持ちこんで、改革を試みる。しかしマーリンの魔法で十三世紀間眠らされ、目覚めるとまた十九世紀に戻っていた。
『火星のタイム・スリップ』(ディック) 一九九四年の火星植民地。未来予知・過去改変の能力を持つ自閉症児マンフレッドを利用して、アーニイ・コットは三週間前に戻り、商売上の損失を取り戻そうとする。しかし時間感覚が崩壊するなど、分裂病特有の症状が現れるので、アーニイは、「自分はマンフレッドの心の中の世界に入り込んだのだ」と考える。アーニイは敵に銃撃され、「これは現実ではない」と思ったまま、死んでゆく。
『戦国自衛隊』(斎藤光正) 伊庭三尉率(ひき)いる二十一名の自衛隊員が、演習地へ向かう途中、四百年前の戦国時代にタイム・スリップする。彼らは「歴史を変えれば時間の歪みが生じ、昭和時代へ戻れるかもしれない」と考え、ヘリコプター・戦車・手榴弾・機関銃など二十世紀の装備・武器を用いて、武田信玄の軍と戦う。伊庭三尉は武田信玄に一騎打ちを挑み、刀を折られたため、拳銃を取り出して信玄を射殺する。しかし、結局自衛隊員たちは皆戦死する。根本隊員だけが、この時代の農夫となって生き残る。
『ポンペイ夜話』(ゴーチェ) 十九世紀半ば、ポンペイの遺跡を訪れた青年オクタヴィアンは、夜眠れぬまま宿を出て街を歩く。そこは紀元七十九年、ヴェスヴィオ山噴火直前のポンペイであり、彼は美女アッリアと出会い、抱き合う。しかしキリスト教徒である彼女の父ディオメデスが現れ、アッリアの真の姿を示すべく、除魔の呪文を唱える。アッリアの身体はくずれ落ち、灰と骨片に化す。
『火の鳥』(手塚治虫)「羽衣編」 二十五世紀に皆殺し戦争があり、世を恨む女が火の鳥に願って、「過去の歴史を絶対変えない」との約束で、千五百年前、十世紀の日本に移り住む。女は三保の松原の漁師ズクと結婚するが、この時代でもまた戦争が始まって、ズクは兵隊に取られてしまう。女は歴史の変改を防ぐため、ズクとの間に生まれた娘を殺そうとするが思いとどまり、娘を抱いて未来世界へ帰って行く。
*タイムマシンに乗って過去へ行く→〔眠り〕8の『夏への扉』(ハインライン)。
『キャプテンKEN』(手塚治虫) 水上ケンは少女時代に火星で、太陽爆弾に被爆した。その時は何ともなかったが、やがて結婚し、息子ケンジを産み育てた後に、発病して不治を宣告される。ケンジ(=キャプテンKENと名乗る)はタイムマシンで二十年前に戻り、ロボット馬に乗って空を駆け、電磁力で太陽爆弾のコースを変える。ケンジは自らの命を捨てて、少女時代の母・水上ケンを太陽爆弾から守る。
『ターミネーター』(キャメロン) 機械軍団が、未来世界の二〇二九年から一九八四年に向けて、サイボーグ「ターミネーター」を送りこむ。それは、機械軍団に立ち向かう人類のリーダーを産むはずの女性サラを、その前に殺すためだった。同時に戦士カイルも未来からやって来て、サラを守る。ターミネーターとの死闘の末、カイルは死に、工場内に追いつめられたサラは、圧延機でターミネーターを押しつぶす。その時すでにサラは、カイルの子供を身ごもっていた。
『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「未来の国からはるばると」 ある年の正月、野比のび太の部屋の机の引出しから、ネコ型ロボットのドラえもんと、のび太の孫の孫セワシが現れる。彼らは、のび太の大学入試失敗・ジャイ子との結婚・会社丸焼け・倒産・多額の借金、という不幸な運命を変えるために、未来からやって来たのだった。
*地球を逆回転させて、過去を変える→〔地球〕2の『スーパーマン』(ドナー)。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(ゼメキス) 高校生マーティが自動車型タイムマシンに乗り、一九八五年から三十年前の世界に行く。女子高生ロレインがマーティに出会って一目ぼれするが、彼女は将来マーティの母親となる女性だった。ロレインがマーティの父ジョージと結婚しなければ未来が変わり、マーティは生まれない。実際、家族写真からはマーティの姿が消えていた。マーティは力を尽くして、母ロレインと父ジョージが結ばれるように仕組む。
★3c.一匹の蝶の死という些細な出来事が、その後の歴史を大きく変える。
『サウンド・オブ・サンダー(雷のような音)』(ブラッドベリ) 二十一世紀半ば過ぎのアメリカ。狩猟タイムトラベル株式会社が、六千万年前の恐竜時代へのツアーを行なう。現地での行動、撃つべき恐竜は、未来へ影響を及ぼさぬよう、厳格に定められていた。ところがツアー客の一人が、一匹の蝶を靴で踏み殺してしまう。これはまったく想定外の事故だった。ツアー一行は二十一世紀へ戻る。そこは出発前のアメリカとは違う、別のアメリカだった。
『王様のご用命』(シェクリイ) 紀元前二千年に存在したアレリアン国の王様に仕える悪魔が、二十世紀へやって来て、ある家の冷蔵庫やエアコンなどの電気器具を、盗んで行く。家の主は、「電気器具を古代に持ち込んだら、歴史の全コースが変わってしまう」と心配する。悪魔は「何も変わりません」と保証する。「三年後にアレリアン国は、あとかたもなく消えてしまいます。一人も生き残りません。アレリアンは、アトランティスの国なのです」〔*星新一は『短篇をどう書くか』で、『王様のご用命』(シェクリイ)は、「時間旅行」「電気器具」「アトランティス」という三つの知識を組み合わせて創った作品だ、と解説する〕。
『果しなき流れの果に』(小松左京) 三十七世紀になって、ようやく人類は時間旅行を達成する。その時、一群の人々は、二十五世紀の・あるいは三十世紀の科学と知識を全面的に一万年前の世界に移し植えて、人類の進歩を促進させようという過去改造計画を考える。しかし「超越者」の僕(しもべ)である超未来人たちが厳しく時間を管理し、過去に干渉する人々を追い、捕らえる〔*二十世紀の科学者野々村は、未来人たちの争いに巻き込まれる。野々村の意識は肉体から離れ、他の未来人たちの意識と融合し、宇宙そのものを認識しようとする。しかし力尽き、彼の意識は崩壊する〕。
『スローターハウス5』(ヴォネガット) 第二次大戦末期の一九四四年、米兵ビリーは、突如、時間の中に解き放たれた。彼は捕虜としてドレスデンの食肉処理場(スローターハウス)5に収容され、大空襲に遭い(*→〔空襲〕5)、やがて終戦を迎えるのだが、その間、不随意筋の痙攣のように、中年や老年や子供時代へジャンプし、また戦時中へ戻ることを繰り返す。UFOに誘拐されたりもする(*→〔誘拐〕5)。一九二二年に生まれ一九八六年に殺されるビリーは、自分の誕生と死を何回経験したかわからない。死ねば、また人生のある時期へ逆行するだけなのだ。
『今昔物語集』巻15−24 極楽寺の聖人は、千日講が始まった時、「その終了する日に死ぬだろう」と予言して、そのとおりに往生した。
『今昔物語集』巻15−28 餌取の法師浄尊は、「数年後の某月某日に死ぬ」と予言して、そのとおりに往生した。
『沙石集』巻10末−13 上野国の行仙房は、弘安元年(1278)に入滅した。その前年から彼は、明年死ぬだろうこと、病気になる日、入滅の日までを、日記に書いて箱に入れておいた。弟子はこれを知らなかったが、行仙房の没後に日記を開くと、すべて実際のとおりだった。
『発心集』巻2−6 楽西聖人の草庵の前の池に、毎年多くの蓮の花が咲いた。ある年の夏、少しも咲かなかったのを、聖人は「今年は我が死すべき年。私の行く極楽に咲こうとして、ここには咲かぬのだ」と言い、言葉どおりその年に死去した。
『西京雑記』巻4 嵩真は算術にひいでており、「自分の寿命は七十三歳で、綏和元年(紀元前8年)正月二十五日の申の刻に死ぬ」と計算し、そのことを壁に書きつけておいた。ところが彼は、予言した日より一日早く、二十四日に死んだ。彼の妻は、「計算の時に夫が誤って算木を一本多く加えたのを、私は見ました。それで一日のずれが生じたのでしょう」と言った。
★1c.釈迦如来入滅の日である二月十五日に死にたい、と願う。
『古今著聞集』巻13「哀傷」第21・通巻465話 西行法師は生前、釈迦如来御入滅の日に死にたいと願い、「願はくは花の下にて春死なんその如月の望月の頃」という歌を詠んだ。その願いどおり、彼は建久三年(1198)二月十五日に往生した〔*実際には、一日遅れの二月十六日に死去した、と言われる〕。
★1d.聖徳太子薨去の日である二月五日に死ぬだろう、と予言する。
『日本書紀』巻22推古天皇29年2月 推古帝二十九年(620)二月五日、厩戸豊聡耳皇子命(うまやとのとよとみみのみこのみこと=聖徳太子)が斑鳩宮に薨去した。かつて聖徳太子に仏法を教えた高麗僧慧慈は悲しみ、「私は来年の二月五日に必ず死ぬだろう」と予言して、まさしくその日に死去した。
『百年の孤独』(ガルシア=マルケス) 女の死神が老処女アマランタを訪れ、「お前は、経帷子を織り上げる日の暮れ方に、苦痛なく息絶えるだろう」と告げる。アマランタは四年かけて丁寧に経帷子を織り、完成の日の朝に家族および町中の人々に自分の死を予告して、夕刻に死ぬ。
『保元物語』上「法皇熊野御参詣並びに御託宣の事」〜「法皇崩御の事」 久寿二年(1155)冬、鳥羽法皇は熊野権現へ参詣し、現世および来世安穏の祈請をした。すると権現の神霊が巫女(かんなぎ)に降り、「法皇は明年秋に崩御、と定まっている。その後、世は乱れるであろう」と託宣した。翌保元元年(1156)、春夏の頃から鳥羽法皇は病気になり、七月二日に五十四歳で亡くなった。
『人はなんで生きるか』(トルストイ) 旦那が上等の革を持って靴屋の親方の家を訪れ、「この革で、長持ちする長靴を作れ」と注文する。職人のミハイルが引き受けるが、旦那が帰った後、ミハイルは革を切ってスリッパを作ったので、親方は驚く。まもなく下男が来て、「旦那が急死した。長靴は取りやめ、遺体にはかせるスリッパを作ってくれ」と言う〔*ミハイルは、長靴を注文する旦那の後ろに、死の天使の姿を見たのだった〕。
*死期の予言→〔予言〕1c・2a・2b。
『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第8話 王がバラモンに白米の飯を勧めるが、バラモンは「飯の中に死体を焼く煙の悪臭があるので、食べられない」と言う。王が調べさせると、その飯は火葬場近くの畑に生じた米を炊いたものだった。また、王がバラモンのもとに美しい遊女を送ると、バラモンは、「女の身体から山羊の臭いがする」と言う。王が調べさせると、彼女は幼少の頃に山羊の乳で育てられたことがわかった。
『えんどう豆の上に寝たお姫様』(アンデルセン) 嵐の晩に城を訪れたお姫様のために、妃がベッドをしつらえる。ベッドに一粒のえんどう豆を置き、上に二十枚の敷き布団と二十枚の羽布団を重ねて、その上に寝かせるが、翌朝お姫様は「堅いものの上に寝たので身体中に跡がついた」と言う。この繊細さこそ真のお姫様の証拠であり、彼女はこの城の王子の妻となる。
『古事談』巻4−13 源斉頼は鷹の飼育を業としていたが、晩年失明した。ある人が、信濃の鷹を「西国の鷹です」と、いつわって示したところ、斉頼は鷹の体を手で探り、「これは西国の鷹でなく、信濃の腹白の栖の鷹だ」と言い当てた。
『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第8話 王が、寝台の上に七枚の布団を敷き重ねたベッドを用意し、バラモンがそこに寝る。彼はわき腹に苦痛を訴えて起き上がり、見ると何かがくいこんだ赤い痕跡がある。王が調べさせると、布団の一番下、寝台の木の表面に毛があった。
『盲獣』(江戸川乱歩) 富豪の一人息子でありながら盲目に生まれた男が、あんまとなって美女の肉体に触れ、目明きにはわからぬ奥深い触覚世界を探求する。男は七人の美女のそれぞれ個性的な触感を味わってから殺し、彼女らの乳房や尻など身体各部の手ざわりを再現した像を造って、展覧会に出す。それは目で見るのでなく、手で触れて鑑賞する芸術作品だった。
*手の感触で、目前の人物が恩人であると気づく→〔開眼〕7aの『街の灯』(チャップリン)。
『西鶴諸国ばなし』(井原西鶴)巻1−5「不思議のあし音」 公冶長は諸鳥の声を聞き分けたが、その末流ともいうべき一人の盲人は、一節切りを吹きつつ、大道を行く人々の足音の調子から、その人数・性別・風体などを正確に聞き分け、言い当てた。
『英草紙』第3篇「豊原兼秋音を聴きて国の盛衰を知る話」 元弘三年夏、豊原兼秋が隠岐の後醍醐帝の身の上を思いつつ笙を吹くと、いつにない妙音が出た。その音色から、「これは近々帝の御運が開けるのであろう」と兼秋は悟った。
『ピグマリオン』(ショー) 夏の夜。教会の柱廊玄関に、大勢が雨宿りする。花売り娘イライザの下品な発音を、言語学者ヒギンズが音声記号で手帳に書き込む。彼は、人々の発する言葉から、各人の出身地を言い当てて皆を驚かせる。居合わせた一人の紳士(ピッカリング大佐)については、「チェルトナム出身、中学はハロウ、大学はケンブリッジ、インドにいた」と、すべて適中させた〔*ヒギンズとピッカリングは協力して、イライザの言葉遣いを矯正し、彼女を上流社会のパーティに出す。『マイ・フェア・レディ』の原作〕。
『法華経』「法師功徳品」第19 『法華経』を読誦・書写・解説する善男子・善女人は千二百の耳の功徳を得る。三千大千世界の、下は阿鼻地獄から上は有頂に至るまで、その内外に響きわたる象・馬・車・鐘・人・天・龍・火・水・風・仏など、あらゆるものの声を、清浄な耳で聞き、識別するであろう。
*→〔泣き声〕。
*声を聞いて、それが誰か察知する→〔暴行〕4の『死と処女(おとめ)』(ポランスキー)。
『大鏡』「昔物語」 源公忠は鷹狩りに熱中し、久世の雉と交野の雉の味わいの違いが区別できた。ある人が両方の雉を混ぜて料理し、公忠の味覚を試したところ、少しも間違えずに「これは久世の雉、これは交野の雉」と味わい分けた。
『千一夜物語』「女ぺてん師ダリラの物語」マルドリュス版第456夜 「水銀のアリ」が、「女ぺてん師ダリラ」の所から四十羽の鳩を奪う。抗議に来たダリラに、アリは焼いた鳩を食べさせる。ダリラは肉の味を見て「うちの鳩にはジャコウ入りの穀類を食わせていたから、肉にもその味と香りが残っているはず。これは、私の鳩ではない」と見破る。
『味』(ダール) 主人が出すワインの産地と年代を、客が言い当てるかどうか、賭けが行なわれる。主人は、取って置きのワインを書斎から持って来て、レッテルを見せないようにして客のグラスにワインをそそぐ。客はワインを味わった後に、産地と年代をピタリと言い当てる。その時メイドが来て客に眼鏡を渡し、「お忘れ物です。ご主人様の書斎にありました」と言う。客は前もって主人の書斎へ行き、レッテルを見ていたのだった。
『七賢人物語』「七賢人の物語が始まる」 七人の賢人が、ディオクレティアーヌス王子に七年間ほどこした教育の成果を試そうと、王子の眠るベッドの脚下に、木蔦の葉を一枚ずつ置く。王子は目覚めると驚いて天井を見上げ、「部屋の天井が下がったか、床が高くなったか、どちらかだ」と言う。
*唇の動きを見て、言葉を読み取る→〔唇〕1a・1b。
*若い娘を見て、処女か否かを見抜く→〔処女〕5a。
『絵本百物語』第36「小豆洗」 越後の国の某寺に、たいそう利発な小僧がおり、特に物の数をよく知ることができた。和尚が一合の小豆を計って豆粒の数を尋ねると、小僧はその数を答えた。一升の小豆を計って尋ねても、すぐまた数を答えた。実際に数えてみると、一粒も間違っていなかった→〔うちまき〕4b。
『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」 リトゥパルナ王は、森の中でシクンシの樹を一目見て、「この樹の幹を二本合わせて葉が五千万枚、木の実は二千九十五ある」と言った。御者ヴァーフカ(=実はナラ王)が樹を伐り倒して数えると、リトゥパルナ王の言うとおりだった。
『荘子』「養生主篇」第3 料理の名手庖丁(ほうてい)は、眼でなく精神で牛に相対した。牛本来の体のしくみにしたがい、皮と肉、肉と骨との間の大きな隙間を識別して、そこに牛刀を入れた。広い空洞に薄い刃を入れるのだから、刃先を動かすにもゆとりがあった。彼の牛刀は十九年使っていても、まったく刃こぼれがなかった。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「春の雪解」 花魁(おいらん)の誰袖(たがそで)が、出養生で入谷の寮に来ており、盲目の按摩・徳寿をひいきにする。しかし徳寿は、誰袖の所へ行くと、何かが傍に黙って坐っているような気がして身体がぞっとするので、行くのをいやがる。半七がこのことを小耳にはさんで、誰袖の身辺を調べる。誰袖は恋敵の娘を殺し、死体を寮の床下に埋めていた。
『ボルヘス怪奇譚集』「取り乱して」 猟師が獲物を追い出すため、森に火をつける。突然、一人の道教徒が岩から出現して、火の中を歩く。猟師は「どうやって岩の中へ入ったのか。どうして火の中を歩けるのか」と不思議がる。道教徒は「岩とは何か。火とは何か」と、反問する。道教徒は完璧な無為に到達しており、ものごとに何の違いも認めなかった(アンリ・ミショー『アジアの一野蛮人』)。
『名人伝』(中島敦) 弓術の奥義をきわめた名人・紀昌は弓を捨て、名声のただ中に、しだいに年老いて行った。晩年の彼は、「すでに、我と彼との別、是と非との分を知らぬ。眼は耳のごとく、耳は鼻のごとく、鼻は口のごとく思われる」と述懐した→〔弓〕1b。
『往生要集』(源信)巻上・大文第1「厭離穢土」 地獄は、等活・黒縄・衆合・叫喚・大叫喚・焦熱・大焦熱・無間の八つに分けられる。最初の等活地獄では獄卒が、鉄杖・鉄棒で罪人の身体を打ち砕いて粉々にし、鋭い刀で切り刻む。しかし涼風が吹き来ると、罪人たちは生き返り、再び苦を受ける。そしてまた蘇生するのである〔*黒縄地獄以下の地獄では、この何千倍・何万倍もの苦を受ける〕。
『太平記』巻35「北野通夜物語の事」 醍醐天皇は生前の罪により、等活地獄の別処鉄崛地獄に落ちた。獄卒が鉾で天皇を貫き焔の中へ投げこみ、熱鉄の地に打ちつけて散々に砕く。「活々」と獄卒が言うと、天皇の身体はもとにもどる。しかし、まもなくまた獄卒が天皇を鉾で突き刺し焔の底へ投げ入れる。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第7歌 地獄の第四圏谷では、欲張りの群れと浪費家の群れが重荷を転がしつつ、円環状の道を互いに逆方向に走って、ある地点で衝突し「なぜ貯める」「なぜ遣う」と罵り合う。彼らはもと来た道を引き返し、半周先で再びぶつかってまた争う。永遠にこれが繰り返される。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第24〜25歌 地獄の第八圏谷第七濠では、盗賊ヴァンニ・フッチが蛇に噛まれ、火を発して燃え上がり、全身灰と化して崩れ落ちた。しかし灰はおのずから集まって、またもとの姿に復した。すると再び蛇が彼の身体にからみついた。
『神曲』「地獄篇」第28歌 地獄の第八圏谷第九濠の円環状の道を、生前に不和の種をまいた人々が走る。鬼が罰として彼らの身体を刀で切り裂く。人々は顔を割られ内臓を露出させて、苦痛の道を一周する。鬼の前に来るまでに傷口は閉じ、そこで再び鬼が刃をふるう。
『変身物語』(オヴィディウス)巻4 女神ユノー(ヘラ)が冥府を訪れ、「罪びとの家」と呼ばれる所へ行った。そこでは巨人ティテュオスが横たわって、臓物を禿鷹に喰われている。タンタロスは、すぐそばの果物も水も口に入れることができず、飢え渇いている。シシュポスは、絶えず転がり落ちる岩を押し上げている。イクシオンは車輪にくくりつけられて、回転している。ダナオスの娘たちは水を汲み続けるが、水はいつもこぼれ落ちる。
『今昔物語集』巻17−19 浄照は少年時にたわむれに地蔵菩薩像を刻み、拝んでいたことがあった。彼は三十歳で病死し、閻魔の庁に連れて行かれた。そこでは多くの罪人が責め苦を受け、泣き叫んでいた。しかし一人の小僧が現れ、「我は、汝が少年時に造った地蔵だ」と言って、浄照を地獄から救い出し蘇生させた。
『日本霊異記』下−23 大伴連忍勝(おほとものむらじおしかつ)は、居住する寺の物を私用に使ったため殺されて、地獄へ赴いた。忍勝は、煮えたぎる釜に投げ入れられたが、生前に写経の志があったので釜の中は涼しく、しかも釜は四つに裂けた。死後五日して忍勝は蘇生し、地獄での体験を語った。
『孤独地獄』(芥川龍之介) さまざまな地獄のうち、孤独地獄はどこへでも忽然と現れ、目前の境界がそのまま地獄の苦艱となる。幕末頃、「自分」の大叔父・細木香以が吉原で知り合った禅僧は、「孤独地獄へ落ちた」と言っていたそうである。一切に興味を覚えず、日々苦しいのだという。思えば「自分」もまた、ある意味で孤独地獄に苦しむ一人である。
*越中の立山には、地獄がある→〔山〕7aの『今昔物語集』巻14−7、〔霊〕11の『善知鳥』(能)・『片袖』(落語)。
『今昔物語集』巻4−5 天竺の阿育王が地獄を造り、国内の罪人たちを入れた。ある時、僧が地獄を見にやって来たので、獄卒が僧を捕らえて地獄の釜の中へ投げ入れた。とたんに地獄は清浄な蓮の池と変わったので、阿育王は驚いて僧を拝んだ〔*後に阿育王は、地獄を無益なものと考えて、壊した〕。
『朝比奈』(狂言) 近頃は人間が利口になって皆極楽へ行ってしまい、地獄がさびれてきた。やむなく閻魔大王自身が六道の辻に出て、娑婆から来る亡者を地獄へ責め落とそう、と考える。そこへやって来たのが豪傑の朝比奈三郎義秀で、閻魔は朝比奈を地獄へ落とそうとするが、力くらべに負けてしまう。朝比奈は自分の武器の七つ道具を閻魔に背負わせ、極楽浄土への道案内を命じる。
『お血脈(けちみゃく)』(落語) 善光寺でお血脈の御印を額にいただくと、誰でも極楽往生できる。おかげで地獄へ堕ちる者がなくなり、地獄は不景気である。「お血脈の御印などがあるからいけない」ということになり、閻魔大王の命令で、石川五右衛門が御印を盗み出す。ところが五右衛門は、手に入れた御印を「ありがてえ。かたじけねえ」と、芝居がかりで額におしいただいたので、彼もまた極楽へ行ってしまった。
『古今著聞集』巻11「画図」第16・通巻387話 巨勢弘高が地獄変の屏風絵を描いた。楼の上から鬼が鉾で人を刺している場面が、まさに入魂のできばえだった。巨勢弘高は「おそらく私の死が近いのだろう」と言ったが、その言葉どおり、まもなく彼は死去した。
『地獄変』(芥川龍之介) 絵師良秀は自分の娘を犠牲にして、炎熱地獄の屏風絵を描いた(*→〔子殺し〕8)。その画面の凄まじさ・恐ろしさは、見る人の耳の底に、ものすごい叫喚の声が伝わって来るか、と思われるほどであった。屏風絵の出来上がった次の夜に、良秀は自分の部屋の梁へ縄をかけて、縊れ死んだ。
★7.肉体は現世にとどまっているが、魂は一足先に地獄に堕ちている。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第33歌 極悪人は、肉体は現世で生きたまま、魂だけ地獄へ堕ちることがある。「私(ダンテ)」が地獄の第九圏谷第三円で出会った修道士アルベリーゴは「俺の肉体は、まだ現世にとどまっている」と言った。「俺は仲間への裏切り行為をはたらいたため、悪魔に肉体を取られてしまった。魂は肉体から追い出され、地獄の溜池へ落ち込んだ。肉体は現世の寿命が尽きるまで、悪魔に支配されるのだ」。
★8.地獄で魂が受けている罰が、現世の肉体に病気としてあらわれる。
『聊斎志異』巻1−23「僧ゲツ」 張という男が手違いで冥府へ召され、地獄を見た。そこでは張の兄が、僧でありながら酒色と博打にふけった罰で、逆さ吊りにされて泣き叫んでいた。張は現世へ戻り、兄を訪れると、兄は股間の瘡に苦しみ、足を壁にのせている。その格好は、地獄の逆さ吊りそっくりだった。兄は張から地獄の話を聞いて驚き、生活を改め、身を謹んで経を誦した。すると半月で病気は治った。
*身体は現世にありつつも、夜、眠っている間、魂は冥府を訪れている→〔冥界行〕9の『続夷堅志』。
*身体は現世にありながら、心は天界へ昇る→〔天〕2の『今昔物語集』巻6−6。
*女性器を「地獄」と呼ぶ→〔性器〕5の『デカメロン』(ボッカチオ)第3日第10日。
*死後、地獄へ堕ちるのは、一万人のうち数十人である→〔天〕4の『今昔物語集』巻9−36。
*関連項目→〔分身〕
『古事記』上巻 天児屋命らが鏡を差し出して天照大御神に示す。そこに映る自分の姿を見た天照大御神は不思議に思い、天岩屋戸から身を乗り出す〔*『日本書紀』巻1神代上・第7段・一書第2は、日神尊が岩屋をあけた時、鏡を岩屋に差し入れたので、戸に触れて小さな傷がついた、と記す〕。
『古事記』下巻 雄略天皇が、紅の紐・青摺の衣服の百官を従えて、葛城山に登る。向かいの山を、天皇の行列と同じ装束・同じ人数の一行が登る。天皇が「何者か」と問うと、向こうも同様の言を発する。天皇と百官が矢をつがえると、向こうの一行も皆、矢をつがえる〔*『日本書紀』巻14雄略天皇4年2月の類話では、帝が葛城山で長身の人に出会い、その顔や姿が帝によく似ていた、と記す〕。
『眉かくしの霊』(泉鏡花) 木曽奈良井の宿の料理人伊作が提灯を手に、柳橋から来た芸妓お艶(蓑吉)を案内して夜道を行く。美貌のお艶を、土地の猟師が魔性のものと見誤って鉄砲で撃ち殺す。一年後のある夜、その出来事を宿の客に語る伊作は、提灯を持った自分自身の姿が、お艶とともに湯殿の橋からやって来るのを見る。
*→〔アイデンティティ〕1aの『ドグラ・マグラ』(夢野久作)・〔映画〕1の『影』(芥川龍之介)・〔夢〕12の『ユング自伝』「死後の生命」。
『2001年宇宙の旅』(キューブリック) 宇宙船ディスカバリー号が木星圏内に到った時、乗員ボーマンは不可思議な時空間に入りこむ。いつのまにかボーマンはどこかのホテルルームにおり、老いた自分自身が食事をする後ろ姿を見る。老いたボーマンは、壁際のベッドに、さらに老いた瀕死の自分が横たわるのを見る。瀕死のボーマンが手を伸ばす先には、黒石板(モノリス)が立っている。それは、かつて人類の黎明期に出現した、あの黒石板だった→〔骨〕3。
『孔雀』(三島由紀夫) 遊園地の孔雀たちが、二度にわたって殺された。四十代半ばの中年男富岡が、「犯人ではないか?」と疑われるが、警察は「野犬のしわざであろう」と、結論づける。富岡は「人間が犬を使って孔雀を殺したのだ」と主張し、刑事とともに深夜の遊園地で張り込みをする。やがて刑事と富岡が見たのは、数頭の犬を連れて歩いて来る十代の頃の富岡の姿であった。
『クリスマス・キャロル』(ディケンズ) 強欲で冷酷な老人スクルージは、クリスマス・イヴの深夜に、精霊によって未来の幻像を見せられる。暗い部屋のベッドに死体が横たわり、見取る人も、泣いてくれる人も、世話をする人もなかった。精霊はスクルージを教会の墓地に連れて行き、スクルージの名前が刻まれた墓石を指さす。スクルージは「ベッドに横たわっていたあの男が私なのですか」と叫ぶ→〔クリスマス〕1a。
『日本霊異記』下−38 延暦七年(788)三月十七日夜、景戒(=『日本霊異記』の著者)は夢で霊魂となり、死んで焼かれる自らの身体をそばで見ていた。うまく焼けないので、景戒の霊魂は小枝を取り、焼かれている身体を突き刺し裏返して「我がごとくよく焼け」と、先に焼いている人に教えた。
『夢を食うもの』(小泉八雲『骨董』) 「私」は夢で、寝台に横たわる自分の死骸と、通夜に来た六〜七人の女客を見る。やがて客が去り、一人残った「私」は死骸に近よる。死骸が「私」に飛びかかってくるので、「私」は斧で死骸を切り裂く。この夢を獏に語ると、獏は「それは、妙法の斧で自我の怪物を退治する吉夢だ」と言った〔*→〔葬儀〕3の『狗張子』巻2−2「死して二人となること」と類似する〕。
*棺の中にある自分の死体を見る→〔棺〕2a・2b。
*→〔アイデンティティ〕1bの『粗忽長屋』(落語)。
★2b.自分の死体を見て、その中に入ろうとするが、なかなか入れない。
『今昔物語集』巻9−32 ある夜、男が冥府へ連れて行かれたが、人違いだったので、すぐ、この世へ返された。男は自宅に戻り、自分の身体が妻と寝ているのを見る。しかし身体の中に入ることができない。男は「自分は死んだのだ」と悟り、恐怖する。男はあきらめて壁際に移動し、そこで眠ってしまう。目覚めると、自分の身体の中に戻っていた。
★3.成長し変身した魂が、ぬけがらとなった自分の身体を見る。
『西遊記』百回本第98回 釈迦如来のいる霊山をめざし、三蔵法師と孫悟空たち一行は、底無しの渡し船に乗って大河を横切る。上流から死体が一つ流れて来るのを見て三蔵が驚くと、悟空は「あれはお師匠様ですよ」と笑う。死体は、三蔵が凡俗の肉身を捨て解脱したことをあらわしているのだった。
『ピノキオ』(コローディ) 怠け者のあやつり人形ピノキオは、造り主ジェペット爺さんとともにフカの腹中から脱出して以来、心を入れ替えて働くようになり、病気のジェペット爺さんの世話をする。ある朝目覚めるとピノキオは人間の子供になっており、椅子の上に、前身のあやつり人形がかかっていた。それを見たピノキオは、「あやつり人形だった時の僕は、なんて滑稽だったんだろう」と思う。
『勝五郎再生記聞』(平田篤胤)所引『北窓瑣談』 刑場に引き出された人が、既に精神も昏然とした状態だったが、気づくと屋根の上に座しており、下に、縛られた自身の身体と、傍らに妻子・親戚が集まっている有様を見た。しばらくして赦免の報が届き、その人は屋根から降りた。
*臨死体験をして、ベッド上の自分の肉体を見下ろす→〔糸〕7の死んだ自分を見る(松谷みよ子『現代民話考』)。
*死の近い人が、自分の後ろ姿を見る→〔後ろ〕3。
*死の近い人が、自分自身と対面・対話する→〔瓜二つ〕4の『広異記』28「自分を占う」。
*→〔瓶(びん)〕3の『凶』の芥川龍之介は、「自らの死が近い」と感じたのであろう。
『聊斎志異』巻12−487「李象先」 李象先の前世は、ある寺の炊事係の僧だった。死んだ後、魂は僧坊の上に出て、市を行き交う人々を見下ろしていた。どの人も頭頂から、火の光が射し出ている。おそらく生者の身体の陽気なのだろう→〔乳房〕3。
★4c.上から自分の姿を見下ろしても、まったく無事であったということもある。
ぬけ出してあそぶ魂(2)(松谷みよ子『現代民話考』) 現在高校の先生をしている或る人が、小学校三年生の時のこと。皆でキャンプに行って、川の側でお米をといでいた。ふっと気がついたら、自分がお米をといでいる姿を、上から見ていた。自分は上の方にいて、まわりが全部見える。「変だなー、変だなー」と思っているうちに、するするーっと元に戻ってしまった(東京都国分寺市)。
★5.「自分の姿を見た」と思い込み、死が近いことを覚悟する。
『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(ゲーテ)第3巻第10〜12章 青年ヴィルヘルムは劇団の一員となり、伯爵の屋敷に滞在する。伯爵の留守中、ヴィルヘルムは伯爵に変装し、伯爵夫人をからかうために部屋で待つ。そこへ思いがけず伯爵が帰館する。伯爵は、暗い部屋の中にヴィルヘルムを見てその場に立ちつくし、扉を閉めて去る。伯爵は「自己の姿を見た」と思い、これは死の前兆だから運命を平静に受け入れよう、と覚悟する。
【自己処罰】→〔自縄自縛〕
『桜桃の味』(キアロスタミ) 中年男バディが、自殺を手伝ってくれる人物を捜す。「私は今夜、薬を飲んで穴の中で寝る。明朝、私の名前を呼び、返事があったら穴から出してくれ。返事がなかったら土をかけてくれ」。しかし皆に断られる。老人バゲリが、若い頃に首を吊ろうとした経験を語る。「ロープを桑の木にかける時、桑の実が手に触れた。食べたら甘かった。日々の生活の尊さを悟った」。バディは少し考えを変える。「私が返事をしなかったら、石を二つ投げて下さい。眠っているだけかもしれないから」。
『リーサル・ウェポン』(ドナー) マーティン刑事は、妻を交通事故で亡くした。それ以来、彼は毎朝目覚めると拳銃を顔に向け、引き金を引く寸前に、かろうじて思いとどまるという日々を繰り返していた。マーティンは黒人刑事ロジャーとコンビを組んで、凶悪な麻薬密売組織と戦う。拳銃や機関銃で多数の敵を射殺し、麻薬密売組織を壊滅させた時、マーティン刑事の自殺願望は消えていた。
『今昔物語集』巻2−25 トウリ天の天人が下界へ転生し、富裕な大臣の家に男子として誕生する。男(=天人)は道心が深く、出家を望むが、父大臣は許さない。男は「早く死んで道心ある家に生まれ、出家しよう」と考え、谷や河へ身を投げるが死ねなかった。毒を飲んでも無事だった。盗みをして処刑されようとしても、その身はまったく傷つかない(*→〔矢〕1a)。阿闍世王が男の出家を許し、男は阿羅漢果の悟りを得た。
『法句経物語』第112偈 一人の比丘が「自殺したい」と考え、蛇を乱暴に扱って、彼に噛みつくようにしむけたが、蛇は噛まなかった。指を蛇の口に突っ込んでも、蛇は噛まなかった。そこで比丘は、理髪師の剃刀を使って自殺しようと、刃を喉に当てる。その時、彼は出家して以来の自分の持戒ぶりを省み、汚れのない徳を見た。比丘は全身に悦びが満ち、たちまち阿羅漢果の悟りに達してしまった。
『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「小うるさい自殺者」 「こんなバカらしい世の中に生きるのは無意味だ」と考える少年が、投身自殺を試みるが、ブラック・ジャックの手術で命をとりとめる。少年は病室でも首を吊ろうとするので、ドクター・キリコ(*→〔安楽死〕3)の所へ送られ、そこで重い腎炎に苦しむ少女と出会う。少年は自分の腎臓を提供して少女の命を助けたい、と申し出る。ブラック・ジャックは「九十九パーセント無理だ。もしお前さんが二度と自殺しないと誓ったら、残り一パーセントに賭けてやる」と言う。
『新豊折臂翁』(白居易『新楽府』) 天宝十年(751)に大規模な徴兵があった時、二十四歳の青年が兵役を逃れるため、深夜、ひそかに自らの腕を大石でたたき折った。以来六十余年、片腕はだめになったが彼は長寿をまっとうし、痛みで眠れぬ夜はあるが後悔はしていない。
『何者』(江戸川乱歩) 結城弘一は徴兵検査に合格し、入営間近だった。軍隊恐怖病の彼は、書斎で自らの足首を銃撃して骨を砕き、ピストルを庭の池に投げ入れる。何者かに命をねらわれて不具者になった、と見せかけ、兵役を逃れようとたくらんだのだった→〔一人三役〕2。
『ペール・ギュント』(イプセン)第5幕第3場 村役場で徴兵検査が行なわれる。真っ青な顔色の若者が、右手を布にくるんでやって来る。彼は「山で鎌がすべり落ち、指を一本、切り落としてしまった」と言う。徴兵係官の大尉は「出て行け!」と怒鳴る。四本指になった若者は、その後結婚し子供も三人できて、天寿を全うした〔*この男の葬式の場に、ペール・ギュントが通りかかる〕。
★2.殺人犯が、自分も被害者であるように見せかけるため、死なない程度に自らの身体を傷つけたり、毒を飲んだりする。
『グリーン家殺人事件』(ヴァン・ダイン) グリーン家で連続殺人事件が起こり、一家の人間は一人また一人と殺されていく。犯人のアダ・グリーンは、銃を自身の左肩甲骨に斜めに当てがって撃って傷を負い、彼女も犯人に命を狙われた被害者である、と皆に信じさせることに成功する。
『Yの悲劇』(クイーン) 少年ジャッキーが、伯母ルイザの毎日飲む卵酒に毒を入れる。そしてルイザが飲む直前に、いたずらをよそおって、致死量に達しないだけの分量を盗み飲みして倒れる。ジャッキーは、ルイザの身代わりになって毒殺されかかった、と見なされる。
★3.死なない程度に自らの身体を傷つけるつもりが、手元が狂って死んでしまう。
『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「小唄お政」 小唄の師匠お政は、同業のお寿を憎み、罪に陥れようとたくらむ。夜道でお政は、自分の左喉を剃刀で少し掻き切って傷を負い、「お寿に襲われたが、あやうく助かった」と世間に見せかけようとする。ところが、小唄の師匠ゆえ喉笛を避けたのがあだとなり、手が滑って頸動脈を深く切ってしまう。お政は力をふりしぼって剃刀を遠くへ投げ、そのまま絶命した。
★4.死なない程度の毒を飲むつもりが、飲みすぎて死んでしまう。
『熊座の淡き星影』(ヴィスコンティ) ジャンニは少年時代、睡眠薬を飲んで自殺の真似事をし、自分の要求を母に認めさせたことがあった。彼は姉サンドラを愛し、性的結合を願って強引にサンドラと関係を結ぼうとするが、拒まれる。「姉さんに捨てられたら、死んでやる」とジャンニは言い、姉の気を引くために、ふたたび狂言自殺を試みる。しかし薬物の量を間違えて、本当に死んでしまう。
★5.当たり屋。走っている自動車にわざと接触して、軽い怪我をする。「示談にしよう」と持ちかけ、自動車の運転者から金を得る。
『狩猟で暮したわれらの先祖』(大江健三郎) リヤカーを引いて流浪する一家六人(老女・男・男の妻・男の愛人・息子・幼女)が、「僕」の住む町で居酒屋を営み、定住をこころざす。しかしトラブルを起こして町を追われ、その時のいざこざで息子が死ぬ。残りの五人は、幼女に当たり屋をさせて、東北・北海道地方をさすらう。幼女は数ヵ月で五度、自動車にはねられ、数々の打撲傷を負った。股関節は、早急に手術しないと、とりかえしのつかないことになると診断された。
『少年』(大島渚) 父・母・十歳の少年・三歳の幼児の一家四人が、四国から北海道まで旅をする。父は持病があるので働かず、母と少年が当たり屋をして金を稼ぐ。冬の北海道で、路上にいる一家四人を避けようとして乗用車が電柱に衝突し、乗っていた少女が死ぬ。その後、一家は大阪で警察に逮捕される。少年は「車に当たったことなどない」と言い張るが、死んだ少女を思い出して、「北海道には行ったよ」と言う。
『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「ピノコ還る!」 ピノコが、こそ泥の源(げん)さんと知り合いになる。源さんは夜逃げする時、ピノコを連れて行く。金がなくなったので、源さんは当たり屋をする。しかし車がすばやくブレーキをかけたため、源さんは車に当たらず、路傍の立ち木にぶつかって重傷を負う。車を運転していたのはブラック・ジャックであり、彼はピノコの頼みを聞き入れて、源さんの怪我を治療し、いくらかの金を与えて追い払う。
★6.貴族社会から逃れて法師になるために、身体を醜く傷つけようと思う。
『明惠上人伝記』 明惠上人は、幼い頃から「法師になりたい」と願っていた。四歳の時、父が「この子は美しいから、元服後は御所へ勤めさせよう」と言った。明惠上人は「醜い片輪者になれば、元服などせずに、法師になることができるだろう」と考え、縁先から落ちた。しかしそれを見た人が抱きかかえてくれたので、目的を果たせなかった。
『夏祭浪花鑑』「釣舟三ぶ内の場」 一寸徳兵衛の女房お辰は、主人筋にあたる玉島家の若君磯之丞を、大阪から備中玉島まで連れて行くよう依頼される。しかし、「お辰は美貌だから、磯之丞との間に間違いが起こるかもしれぬ。そうなったら、お辰の夫徳兵衛に顔向けできない」と危ぶむ人がいたので、お辰はその場にあった鉄弓(=火箸の類)で自分の顔を焼き、醜い傷をつける。
*同様の状況で、美男のばあいは自分の性器を切断する→〔去勢〕1の『閹人あるいは無実のあかし』(澁澤龍彦『唐草物語』)。
美人の出ない村の伝説 宇検村石原に、村一番の美女がいた。彼女はその美貌ゆえに、琉球王の侍女として沖縄へ行かねばならなかった。美女はそれをいやがり、自分の顔を火箸で焼いて傷つけ、沖縄行きを免れた。美女は「今後この村には、私のような美女が生まれないように」と太陽に祈り、以来、村には美人が生まれないようになった(鹿児島県大島郡宇検村石原)。
*美女ゆえ、他国の王に嫁がねばならない→〔肖像画〕2。
『聊斎志異』巻12−477「果報」 ある男が「跡継ぎになるから」と言って伯父をだまし、財産だけ自分のものにして跡を継がず、伯父の家を絶やしてしまった。同様の手口で、男は三軒の家の財産を得た。突如、男は乱心して、自分で自分に「お前は人の財産を奪って、それでも生きるつもりか」と言い、刀で身体の肉を切り取って地面に投げつけた。また「お前は人の家を絶やしたのに、自分の後は絶やすまいと思うのか」と言い、腹を切り腸を引き出して、死んでしまった。
★8b.悪霊にとりつかれた人が、自分の身体を歯で噛みちぎる。
『黄金伝説』104「聖ペテロ鎖の記念」 ある代官が悪霊にさいなまれ、自分の歯で、われとわが身の肉をずたずたに噛みちぎった。教皇ヨハネスが、聖ペテロの鎖(*かつて聖ペテロを牢につないだ鎖)を、暴れ回る代官の首にかける。鎖の持つ聖なる力により、悪霊は悲鳴をあげて代官の身体から退散した。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第50章 バルドルの死(*→〔契約〕1)の原因を作ったロキを、激怒した神々が追う。ロキは隠れ家にひそみ、神々が自分を捕えるためどんな方法をとるか考えつつ、亜麻糸で網を作る。神々が近づいたので、ロキは網を火に投げこみ、鮭に変身して川にとびこむ。神々は灰をもとに網を作り上げ、それでロキを縛る。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章 エジプトに九年間不作が続いた時、キュプロスから来た予言者プラシオスが、「異邦人を殺して毎年ゼウスに捧げれば、不作はやむだろう」と言った。ところが、予言者プラシオス自身が「異邦人」という条件に該当したので、エジプト王ブシリスはまず最初に彼を殺した。
*→〔人柱〕1aの『雉も鳴かずば』(昔話)・『神道集』巻7−39「橋姫明神の事」。
『三国志演義』第17回 農民が軍隊の通るのを恐れ麦を刈らないので、曹操は「行軍中に麦を踏んだ者は、兵でも将でも斬首する」との布令を出す。ところが、曹操の乗った馬が鳩に驚いて麦畑に踏みこんでしまう。曹操は自らの首を刎ねようとするが、皆に止められ、代わりに髪を切り落とす。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第2話 七人の女が、王子の愛する妖精を殺す(のちに蘇生する)。王子が「妖精を傷つけた者をどう処罰すべきか」と問われ、七人の女は酒を飲んだためか「泥沼に生埋めの刑がよい」と口走ってしまい、そのとおりの罰を受ける。
*自ら、樽に入れられる刑罰を提案する→〔樽〕5の『がちょう番のおんな』(グリム)KHM89・『白い花嫁と黒い花嫁』(グリム)KHM135・『ペンタメローネ』(バジーレ)第5日第8話。
『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻6−10 「両親ともにアテナイ市民でなければ、生まれた子は市民権を得られない」とする法律を、ペリクレスが制定した。ところが疫病のため、当のペリクレスの二人の嫡子は死んでしまい、市民権のない庶子だけが生き残った。
『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−24 アテナイ人クレイステネスは陶片追放の制度を創設した。ところが最初にその該当者と判定されたのは、当のクレイステネス本人であった。
『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−24 エレウシスの秘儀に詣でる際、「女子は車駕を用いてはならぬ」との法案を、リュクルゴスが起草した。この法令に背いた最初の女はリュクルゴスの妻で、彼女は有罪とされ罰金を支払った。ザレウコスもまた、自らの作った法律で息子を裁いた→〔片目〕5。
『史記』「商君列伝」第8 秦の商君(商鞅)は厳しい法律を作って民を治めるが、後には、自分の作った法律のために捕えられる。彼は「謀叛の企てあり」と密告されて都から逃げ出し、旅館に一夜の宿を請う。旅館の主人は客が商君とは知らず、「商君の法律により、旅券を持たぬ人を泊めることは禁じられている」と断る。
『明石物語』(御伽草子) 舅多田刑部が、婿明石三郎を毒殺しようと謀り、多田の家臣入江が毒酒を用意して、明石三郎に飲ませる。しかし熊野権現の守護で明石三郎は無事であった。毒酒の効かぬことを不審に思った入江は、自分でその酒を飲んでみて、たちまち死んだ。
『英雄伝』(プルタルコス)「テセウス」 プロクルステス(ダマステス)は、旅人の身の丈を無理に寝床に一致させて殺していた。テセウスが、彼を同じ目にあわせて殺した〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要1では、大小二つのベッドを用意し、短身の客は大きいベッドに寝かせてベッドと等しくなるまで槌で打ちのばし、長身の客は小さいベッドからはみ出た部分を鋸で切った、と詳しく記す〕。
『エステル記』第2章〜第7章 ペルシアのクセルクセス(アハシュエロス)王の寵臣ハマンは、ユダヤ人モルデカイを殺すために、高さ五十アンマ(キュビト)の処刑用の柱を立てる。ところが、モルデカイの養女であった王妃エステルが、ハマンの陰謀を王に訴えたので、王は、「ハマンが立てた柱にハマン自身をかけよ」と命じた。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第16章 シニスは、通行人に松を曲げさせてそれを持たせ、松のはね上がる力で人々を殺していた。そこへテセウスがやって来て、シニスを同じ目にあわせて殺した〔*『英雄伝』(プルタルコス)「テセウス」に類話〕。
『古事記』中巻 兄ウカシは、御殿の内に押機をしかけ、カムヤマトイハレビコ(=後の神武天皇)をおびきよせて圧殺しようとする。しかし、弟ウカシが、そのたくらみをカムヤマトイハレビコに告げたため、兄ウカシ自身が御殿の内に追い入れられ、押機に打たれて死んだ〔*『日本書紀』巻3神武天皇即位前紀戊午年8月に類話〕。
『ヘンゼルとグレーテル』(グリム)KHM15 魔女が、グレーテルをパンがまの中へ入れて丸焼きにし、食べようとする。グレーテルは、「どうやってかまの中に入るのかわからない」と言う。魔女が「見本を示そう」とかまに頭をつっこんだ時、グレーテルが後ろから突きとばし、鉄の戸をしめる。
*→〔落とし穴〕3の『隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)』・〔剣〕5bの『ハムレット』(シェイクスピア)第5幕・〔処刑〕5aのギロチンの伝説・〔すりかえ〕6の『僧正殺人事件』(ヴァン・ダイン)・〔毒〕1の『本朝二十不孝』巻1−1「今の都も世は借物」・〔毒〕2aの『半七捕物帳』(岡本綺堂)「かむろ蛇」・『まだらの紐』(ドイル)・〔呪い〕7の『宇治拾遺物語』巻2−8・〔龍〕5の『本朝二十不孝』巻3−3「心をのまるる蛇の形」。
*自分が作った迷路に迷う→〔迷路〕2の『幽霊塔』(江戸川乱歩)。
『カンディード』(ヴォルテール)第5〜6章 哲学者パングロスと弟子カンディードが、リスボン市中に足を踏み入れた途端、大地震が起こる。三万の住民が圧死し、リスボンの四分の三が破壊された。何が起こっても、パングロスは「すべては最善の状態にある」と言う。しかしパングロスは絞首刑になり、カンディードは笞刑を受ける〔*物語の最後で、パングロスは生きていたことが明かされる〕。
『桑港(サンフランシスコ)』(ヴァン・ダイク) 一九〇六年四月十八日の夕刻。サンフランシスコを大地震が襲う。煉瓦造りの建物が、次々と崩れる。ダンスホールの経営者ブラッキーは瓦礫をかきわけて、恋人の歌手メリーを捜す。方々で火の手が上がり、市街は炎に包まれる。ブラッキーは、丘に避難した市民たちの中に、無事なメリーを見出して安堵する。その時、「火事が消えた」「街を再建しよう」との声があがる。人々はリパブリック賛歌を合唱しつつ、市街へ行進する。
『平家物語』巻12「大地震」 元暦二年(1185)三月二十四日、平家一門は壇の浦に沈んだ。その年七月九日に京を大地震が襲い、無数の人が死んだ。七〜八十歳、九十歳の老人も、「世界の滅亡が今日・明日とは思わなかった」と驚いた。平家の怨霊のたたりではないか、と人々は恐れた。
『文字禍』(中島敦) 紀元前七世紀の某日、ニネヴェの町を大地震が襲い、自家の書庫にいたエリバ老博士は、おびただしい書籍、すなわち数百枚の重い粘土板の下敷きになって、圧死した。これは文字の霊の、博士への復讐であった→〔文字〕5a。
『ヨハネの黙示録』第16章 世界の終末の時、七人の天使が七つの鉢に盛られた神の怒りを地上に注ぎ、大災害が起こる。第七の天使がその鉢の中身を空中に注ぐと、天の神殿の玉座から「事は成就した」との声が聞こえ、人間の歴史始まって以来の大地震が発生する。大きな都が三つに引き裂かれ、諸国の民の方々の町が倒れ、島々は逃げ去り、山々は消え失せる。
*大地震のために家の下敷きになる→〔妻殺し〕5の『疑惑』(芥川龍之介)。
*巨大地震で日本列島が水没する→〔水没〕2bの『日本沈没』(小松左京)。
『三宝絵詞』上−11 薩タ王子が、自分の肉体を飢えた虎に喰わせ、その功徳によって清浄な仏身を得ようと願い、竹林の中を歩いて行く。その時、大地が震動し、太陽が光を失い、天から花が降った。宮殿にいる王子の母后は悪夢を見ていたが、地震に驚いて目覚めた。
『神曲』(ダンテ)「煉獄篇」第20〜21歌 ヴェルギリウスと「私(ダンテ)」が煉獄の岩山の第五環道を登っていると、突然、山が激しく揺れ動き、「高き所には栄光神にあれ」との歌声が聞こえる。一人の死者が「煉獄では、誰かが魂の浄化を自覚した時に地震が起こる」と教える。
『法華経』「序品」第1 霊鷲山上の世尊は、多くの弟子・信者たちに向け、いよいよ法華経を説こうとして、結跏趺坐し三昧境に入った。すると天から花々が雨のごとく降り、世界は、東西南北上下の六種に震動した。
*→〔花〕6の『三宝絵詞』上−1。
『古今著聞集』巻11「画図」第16・通巻386話 花山法皇が書写山の性空上人のもとを訪れた時、絵師を連れて行って、ひそかに上人の姿を描かせた。その時、山が響き地が動いたので、法皇は驚いた。上人は「私の姿を写したので、地震が起こったのです」と言った→〔ほくろ〕3d。
『多情仏心』(里見ク) 資産家の弁護士藤代信之は、その信条である「まごころ」をもって多くの友人に接し、芸者たちを愛する。彼は胃癌を患い、妻子・愛人・友人たちに見取られて、紀尾井町の自宅で三十六歳の生涯を終える。それは大正十二年九月一日午前四時十五分のことで、大地震が東京を襲う八時間足らず前であった。
『封神演義』第1回 商王朝(=殷)第三十代の王・帝乙の第三王子・季子(=後の紂王)が生まれた日、都・朝歌は未明から大地震に襲われた。宮殿は揺れ、中庭は裂けたが、季子の産声と同時に地震はおさまり、地割れも消えた。
『マタイによる福音書』第27章 十字架上のイエスが「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫んで息を引き取ると、直後に地震が起こり、岩が裂けた。人々は「まことにこの人は神の子であった」と言った〔*他の福音書には地震の記事はない〕。
*臨終時の落雷→〔落雷〕6。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)50 バルドルの死の原因を作ったロキを、神々が岩に縛りつけ、蛇の毒がロキの顔の上にしたたる。ロキの妻が桶で毒を受け、いっぱいになると捨てに行く。その間はロキの顔に毒がかかり、ロキは激しくもがくので、大地が震える。これが地震である。
巨人グミヤー(中国・プーラン族の神話) 巨人グミヤーが天地を創造したが、地面の下側は空洞で不安定だった。グミヤーは大海亀を捕らえ、地面の下を支える。海亀は逃げようとするので、金鶏が見張る。しかし金鶏が疲れて目を閉じると、海亀は動き出し、地上は大地震になるのだ。
『ラーマーヤナ』第1巻「少年の巻」 大地の底深くにヴィルーパークシャという巨象がいて、頭に大地を載せている。この象が大地の重さに耐えかねて頭を振る時、地震が起きる。
『病蓐の幻想』(谷崎潤一郎) 「彼」は歯痛に苦しみ、夢うつつで病臥している。妻が「九月なのに妙に暑いのは、地震でも来るのじゃないか」と女中に言う。「彼」は大地震による死の可能性を思い、恐れる。老婆が枕元で「安政の大地震の日も、こんな天気だった」と言う。やがて地鳴りが始まるが、それは夢だった。「彼」は地震の際の避難経路をあれこれ考える。その時、ついに大地震が襲って来る。しかしそれも夢だった。
『今鏡』「昔語」第9「賢き道々」 陰陽師有行と医師雅忠が酒を飲んでいた時、有行が「すぐお飲みなさい。まもなく大きな地震がありますから、こぼれてしまいますよ」と言う。雅忠は「まさかそんなことはあるまい」と思ってゆっくり飲んでいると、たちまち地震が来て、杯いっぱいの酒をこぼしてしまった(*『古今著聞集』巻7「術道」第9・通巻296話の類話では、地震を予知したのは陰陽師吉平)。
『続古事談』巻1−8 冷泉院が「池の中嶋に幄(あく。仮屋)を建てよ」と人々に命じ、午時(=正午頃)にそこへお入りになった。すると未時(=午後二時頃)に大地震があり、逃げ遅れた人は建物の下敷きになった。冷泉院は「昨夜の夢に九条大臣(=藤原師輔。冷泉院の母方の祖父)が現れて、地震のこと・中嶋へ避難すべきことを告げた」と仰せられた。
『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第1巻第11章「ペレキュデス」 ペレキュデスは古代ギリシアの人である。彼は井戸から汲み上げられた水を飲んでいて、「三日目に地震が起こるだろう」と予言した。そして実際、そのとおりになった。
要石(かなめいし)の伝説 鹿島神宮に要石がある。鹿島の神が天から降臨した時に、この石に座し給うた。周囲六十センチほどの小さな石だが、その根は地中深くへ入り込み、極まるところを知らない。要石が地中の大ナマズを押さえているので、この地方には大きな地震がない(茨城県鹿島郡鹿島町宮中)〔*鹿島明神が、釘で地中の大魚を貫いた。その釘が要石だ、との伝説もある→〔ウロボロス〕1の『新編常陸国誌』〕。
★8a.「地震だ」と思ったら、動物の背中に上陸していたのだった。
赤えい(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』) 体長三里(=約十二キロメートル)の巨大な赤えいがおり、時折、海面に浮かび上がってくる。船人たちが陸地だと思って上陸したところ、地面がぐらぐら揺れ出した。「地震だ!」と、あわてて逃げようとしたが、赤えいは海の下へ沈み、船人たちは渦に呑み込まれてしまった。
『千一夜物語』「船乗りシンドバードの冒険・第1の航海」マルドリュス版第292夜 シンドバード一行が大洋の中に島を見つけ、船の錨を下ろして上陸する。火をおこして食事の用意をしていると、突然大地震が起こる。島と見えたのは大鯨であり、その背中で火をおこしたので、大鯨は眠りから覚め、動き出したのだった。
蛙(高木敏雄『日本伝説集』第11) 比叡山に登った男が、景色に見惚れて岩の上に寝転び、煙草を吹かしていると、大地震が起こった。岩と思ったのは大きな蛙で、煙草の火で背を焼かれて、動き出したのだ。男は病気になって、二〜三日後に死んだ。昔から「比叡山の主は大蛙だ」と言われているから、その蛙に遇ったのだろう。
【地蔵】→〔神仏援助〕
→TOP