【濡れ衣】

★1a.盗みの濡れ衣を着せられる。

『好色五人女』巻1「姿姫路清十郎物語」  但馬屋の金戸棚の七百両が紛失し、手代清十郎がお夏と駆け落ちする時に取って逃げたと見なされて、清十郎は捕らえられ刑死する。実際は、七百両は置き場所が変わっただけのことで、後に、虫干しの折に車長持の中から見つかる。

『草紙洗小町』(能)  内裏歌合で、小野小町が「まかなくに何を種とて浮草の浪のうねうね生ひ茂るらん」と詠ずる。大伴黒主が非難して、「それは『万葉集』から盗んだ歌だ」と言う。しかし証拠として黒主が示した『万葉集』の写本は、「まかなくに」の歌だけ墨の色が違う(*→〔盗作〕4)。小町が濡れ衣を晴らすために写本を水で洗うと、「まかなくに」の歌は一字残らず消えてしまった。

*→〔仇討ち〕6の『鏡山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』。

*→〔動物犯行〕1

★1b.文字どおり、「濡れた衣を盗んだ」との濡れ衣を着せられる。

ぬれぎぬ塚の伝説  筑前守佐野近世の娘・春姫は、継母によって「漁師のつり衣を盗んだ」との濡れ衣を着せられる。父近世が春姫の寝所を調べると、姫の蒲団の上に、濡れたつり衣がかけてあった。近世は「卑しき者の衣を盗むとはもってのほか」と、怒って春姫を斬り殺す。後、春姫の霊が近世の夢枕に立って無実を訴え、近世は「すべて妻のたくらみだったか」と悟り、悔いて出家した(福岡市東大橋畔)。

★1c.「食べてはいけないものを食べた」との濡れ衣を着せられる。

『飴は本尊』(昔話)  和尚秘蔵の飴を、留守中に小僧が食べてしまう。小僧は仏像の口もとに飴をぬり、「仏様が飴を食べた」と和尚に言いつけて、仏様が盗み食いの濡れ衣を着せられる〔*おはぎの餡を塗る形もある〕。

『一寸法師』(御伽草子)  宰相殿の十三歳の姫君が眠っている間に、一寸法師が打撒(うちまき)の米を姫君の口に塗りつけ、「私の米を姫君が食べた」と宰相殿に訴える。宰相殿は、姫君の口に米がついているのを見て一寸法師の言葉を信じ、姫君を一寸法師に与え、追放する。

『六羽の白鳥』(グリム)KHM49  白鳥にされた兄たちを救うため六年間の沈黙を守る姫が、ある国の王の妃になる。姑が妃を嫌って、妃の生んだ赤ん坊を奪い、眠る妃の口に血を塗って「妃は人を食う」と王に告げる。三度これが繰り返され、ついに妃は処刑場に引かれる。しかしその日が六年の最後の日で、兄たちは人間の姿にもどり、妃は無実を王に訴える〔*口に血がついたため、濡れ衣を着せられる→〔誤解〕2の『パンチャタントラ』巻5−2・〔見間違い〕4aの『サセックスの吸血鬼』(ドイル)〕。

★1d.謀反の濡れ衣を着せられる。

『北野天神縁起』  右大臣菅原道真は、左大臣藤原時平の陰謀により、帝の廃立をたくらんでいるとの濡れ衣を着せられて、太宰府に移された。その折、道真は「あめの下隠るる人もなければや着てし濡れ衣ひるよしもなき」と詠じた。

『菅原伝授手習鑑』初段「加茂堤」〜「筆法伝授」  菅原道真の養女刈屋姫と、醍醐帝弟宮の斎世親王とが恋仲になり、親王の舎人である桜丸が二人の逢引きの世話をする。しかしこのために道真は、「斎世親王を帝位につけ、自分の娘を皇后にしようとたくらんでいる」との濡れ衣を藤原時平によって着せられ、筑紫へ流罪となる。

『封神演義』第7回  千年の女狐の化身である妲妃が、殷の紂王の後宮に入る。妲妃の意を受けた刺客が紂王を襲って捕らえられ「姜皇后の命令で紂王暗殺を企てた。皇后の父姜楚桓が紂王に代わって玉座につくためだ」と、偽りの白状をする。濡れ衣を着せられた姜皇后は、拷問されて死ぬ。

『モンテ・クリスト伯』(デュマ)  若くして船長に任ぜられ、美しいメルセデスとの結婚を目前にしたエドモン・ダンテスは、悪人たちによって「ナポレオンの仲間である」との濡れ衣を着せられ、逮捕されてイフ島の牢獄に幽閉される。

★1f.妻殺しの濡れ衣を着せられる。

『逃亡者』(デイヴィス)  医師キンブルが帰宅すると、妻が殺されており、片腕の男が逃げて行った。キンブルは妻殺しの濡れ衣を着せられ、死刑を宣告される。彼は護送車から脱出し、病院にある義手の記録を調べて、片腕の男の居所をつきとめる。事件の黒幕は、親友の医師ニコルズだった。ニコルズは製薬会社と手を組んでいた。キンブルが新薬の副作用を指摘したので、ニコルズは片腕の男を雇い、キンブルを殺人犯に仕立てて葬り去ろうとしたのである〔*→〔アリバイ〕2の『幻の女』(アイリッシュ)と類似の設定〕。

★2.濡れ衣を着せられても、否定しない。

『黄金伝説』79「聖女マリナ」  マリナは男装して修道士マリノスと呼ばれる。ある家の娘が騎士との間に子をもうけ、それを「マリノスに犯されたため」と偽る。マリナは自らを罪人と認め、生まれた子を育てる。長年を経てマリナが死んだ後に、彼女が女であったことが明らかになる。

『奉教人の死』(芥川龍之介)  敬虔なキリスト教徒である男装の少女ろおれんぞは、「傘張の娘に子を身ごもらせた」との濡れ衣を着せられ、破門される。ろおれんぞは抗弁せず、非人となる。後に、ろおれんぞは、傘張の娘の子を救うために命を捨てる。

妙好人善太郎の伝説  岩見国の善太郎は、知人宅の下女から「袷を盗んだ」との濡れ衣を着せられる。善太郎はそれを否定せず、知人に弁償金を支払って詫びる。知人がそのことを下女に話すと、下女は「実は盗みをしたのは私です。それなのに善太郎さんが私の罪をかぶって下さって」と言って泣く(山口県の伝説)。

★3a.進んで他人の罪を引き受ける。

『犬神家の一族』(横溝正史)  犬神松子は、犬神家の財産を息子佐清(すけきよ)に相続させるため、邪魔になる人間を次々に殺す。それを知った佐清は、「母松子の罪をすべて我が身に引き受けて自殺しよう」と考え、殺人現場にいろいろと手を加えて捜査を撹乱する。しかし金田一耕助が、「真犯人は犬神松子だ」と指摘する。

『現代人』(渋谷実)  建設省の課長荻野は、病妻の療養費の必要から業者の岩光と癒着し、賄賂をもらうようになった。荻野の一人娘・泉は、それを知らない。荻野の部下・小田切は泉を愛し、「自分が罪を引き受け、荻野をかつての『良き父』に戻してやろう」と思う。小田切は酔って岩光を欧殺した後、庁舎に火を放って荻野の汚職の証拠書類を焼く。小田切は、収賄・殺人・放火の罪を一人で背負い、死刑を求刑される。

『長いお別れ』(チャンドラー)  レノックスの妻シルヴィアが、彼の前妻アイリーンによって惨殺される。レノックスはアイリーンの罪を我が身に引き受け、「自分がシルヴィアを殺した」と探偵フィリップ・マーロウに告げて、姿を消す。やがて彼の自殺の報と、別れの手紙とが、マーロウのもとに届く→〔偽死〕1

*→〔子殺し〕1の『撰集抄』巻6−10・〔追放〕1aの『今昔物語集』巻19−9。

★3b.殺人犯が、他人にその罪を着せようかと考えるが、思いなおして自首する。

『恐喝(ゆすり)(ヒッチコック)  画家が自室にアリスを誘い性交を迫るので、アリスは画家をナイフで刺し殺して逃げる。その時アリスは、現場に手袋を忘れた。手袋の片方は、アリスの恋人の刑事フランクが拾う。しかし別の男がもう片方を手に入れ、アリスをゆすりに来る。ところが男は前科者だったため、警察はその男を、画家殺しの犯人と見なす。アリスは思い悩んだあげく、「私が殺人者です」と警察に告げる。

★4a.「銀の食器を盗んだ」との濡れ衣を着せられる物語と、逆に、盗んだにもかかわらず「あげたのだ」と言われる物語。

『創世記』第42〜45章  エジプトの高官となったヨセフの所に、彼の兄弟たちがカナンの地から穀物を買いに来る。兄弟たちは高官がヨセフとは気づかない。ヨセフは自分の銀の杯を末弟ベニヤミンの袋に入れ、ベニヤミンに盗みの濡れ衣を着せる。狼狽する兄弟たちに、ヨセフは自分の正体を明かし、彼らを厚くもてなす。

『レ・ミゼラブル』(ユーゴー)第1部第2編11〜12  十九年の刑期を終えたジャン・ヴァルジャンは、前科者ゆえに、宿での宿泊を断られる。彼はミリエル司教の世話になるが、その夜、銀の食器を盗んで逃げる。しかし捕らえられたジャンに向かい、ミリエル司教は「燭台もあげたのに。なぜあれも食器といっしょに持って行かなかったのか」と言う。

*→〔動物犯行〕1の『テレーズ・ラカン』(ゾラ)。

★4b.「甕を盗んだ」との濡れ衣。

『寓話』(ラ・フォンテーヌ)第1集「フリギアの人イソップの生涯」  イソップがデルフォイの人々を批判したため彼らは怒り、神聖な甕をイソップの衣類の中に隠して盗みと涜神の罪を着せ、崖から突き落としてイソップを殺した。

★5.濡れ衣を晴らす歌。濡れ衣を着せられて死んだ北野天神に訴える。

『十訓抄』第4−6  顕密両教に通じた阿闍梨仁俊が、鳥羽院の女房から「好色な偽聖だ」とそしられた。口惜しく思った仁俊が北野天満宮に参籠し、「哀れとも神々ならば思ふらん人こそ人の道を絶つとも」と詠むと、その女房が半裸の赤袴姿になり、「嘘を申した報いよ」と言って院の御前で舞い狂った〔*『北野天神縁起』に同話〕。

『十訓抄』第10−16  鳥羽法皇の女房小大進が、「御衣を盗んだ」との濡れ衣を着せられた。彼女は、「思ひいづやなき名たつ身は憂かりきとあら人神になりし昔を」の歌を紅の薄様に書いて、北野天満宮の宝殿に貼った。すると、真犯人の法師と雑仕女が御衣をかぶり、獅子舞をして鳥羽殿の南殿に現れた〔*『北野天神縁起』に同話〕。

★6.冤罪事件。

『真昼の暗黒』(今井正)  土工の小島が、遊ぶ金欲しさに盗みに入り、老夫婦を惨殺する。警察は「複数犯だ」と思い込み、小島とともに仲間の青年四人を逮捕する。警察の誘導によって、小島は「仲間たちと一緒の犯行で、自分は主犯ではない」と、嘘の陳述をする。裁判の結果、「主犯」と名指しされた植村は死刑、小島は無期、他の三人には長期の懲役刑が宣告される。植村は、面会に来た老母に「まだ最高裁がある」と叫ぶ。

 

*兄嫁・継母などから、暴行に及ぼうとした・家宝を盗んだ、との濡れ衣を着せられる→〔兄嫁〕1a〔継子〕2a2b

*妻が不義密通の濡れ衣を着せられ、夫に殺される→〔仲介者〕2の『オセロー』(シェイクスピア)

*男女が不義密通の濡れ衣を着せられたために、本当に不義密通の関係になってしまう→〔密通〕6の『好色五人女』巻2「情を入れし樽屋物語」・『鑓の権三重帷子』上之巻。 

 

 

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