『太平広記』巻396所引『独異志』 劉義慶が病気に臥し、粥を食べていた時、白い虹が部屋の中に入って来て、その粥を飲み始めた。劉は驚いて、粥の器を投げ捨てた。
『太平広記』巻396所引『文樞竟要』 薛願の家に虹が入って来て、釜の中の水を飲み始めた。水が尽きたので、薛願は酒を灌いだ。虹は酒を飲み終え、釜いっぱいに黄金を吐き出した。
『太平広記』巻138所引『鑑戒録』 侯弘実が十三〜四歳の頃、簷(のき)の下に眠っていると、雨が降り、虹が出た。虹は頭を河にさし入れて水を飲み、やがて弘実の口の中に入っていった。母がそのありさまを見ていて、目覚めた弘実に、「何か夢を見なかったか?」と尋ねる。弘実は「河に入って飽きるほど水を飲んだ夢を見ました」と答えた。母は「この子は偉くなるだろう」と喜び、期待どおり弘実は立身した。
『太平広記』巻396所引『神異録』 陣濟が単身赴任中、その妻のもとを美丈夫が訪れ、二人は山中の渓間でしばしば逢い引きする。村人は、渓間に虹が出るのを見る。妻は子を産み、夫に隠して養育する。ある時、虹が庭に降り、美丈夫が子を抱いて去って行く。二つの虹が家から空へ昇るのを、村人は見る。
『古事記』中巻 新羅の国の阿具沼の辺で、女が昼寝をしていた。太陽の光が虹のごとく女の陰部を指し、女はやがて赤玉を産んだ。後、赤玉は美しい娘に化身し、小舟で日本の難波に渡って、神として祀られた。
『女神のお守り』(アイヌの昔話) 下の天を司る神の娘が、上の天を守る神の息子に嫁入る時、貞操を守る紐ラウンクッを、禁制を破って七色の糸で編んだ(*→〔守り札〕4)。神々はその守り紐を、人間の住む大地へ投げ捨てた。すると守り紐は、バラバラにほぐれて虹になった。だから虹は、美しい七色に見えるが、その精神は良くない。もし人間が虹に追いかけられたら、「お前はラウンクッだぞ。恥ずかしくないのか」と言えば、虹は恥じて消える。
『黒い雨』(井伏鱒二)20 閑間(しずま)重松の姪・矢須子は、広島の原爆投下時には郊外におり、直接被爆はしなかった。その後数年、矢須子は健康に過ごしたが、昭和二十五年七月、ついに原爆病を発症し、やがて重態に陥る。重松は、叶わぬこととわかっていても、「今、もし山の向こうに五彩の虹が出たら、奇蹟が起こって、矢須子の病気が治るんだ」と一人占う。
『創世記』第9章 大洪水後、箱船から出たノアたちとすべての動物、及び子々孫々に対して、神は「地を滅ぼす洪水は再び起こらない」と約束する。契約のしるしに、神は雲の中に虹を置き、「虹が現れる時、神はこの永遠の契約を思い起こすであろう」と告げる。
『源氏物語』「賢木」 弘徽殿大后の甥頭の弁は、光源氏が兄朱雀帝のもとを退出するのを見て、「白虹(=武器の象徴)、日(=君主の象徴)を貫けり。太子畏ぢたり」と聞こえよがしに口ずさむ。それは、秦の始皇帝暗殺失敗の故事を踏まえ、「光源氏が朱雀帝に逆心を抱いても成功せぬ」と、諷したのだった。
『史記』「鄒陽列伝」第23 荊軻は燕の太子丹の義に感じ、秦の始皇帝を刺殺しようと決意した。その忠誠は天を動かし、白い虹(=武器の象徴)が太陽(=君主の象徴)を貫いた。しかし太子丹は、なお事の成らざるを恐れた〔*結局、暗殺は失敗に終わった〕。
『荻窪風土記』(井伏鱒二)「二・二六事件の頃」 二・二六事件の前日、二月二十五日に、「私(井伏鱒二)」は都新聞学芸部を訪ねた。三宅坂から見ると、皇居の上に出ている太陽を、白い虹が横に突き貫いていた。細い虹で、太陽の直径の三分の二くらいの幅である。「私」は不思議に思い、学芸部長に白い虹のことを話した。学芸部長は辞書を開いて見せた。「白虹、日を貫く」と言って、兵乱の前兆だと書いてあった。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第13章 アース神たちは地上から天上へ、ビフレスト(ビヴロスト)という橋をかけた。それは虹と呼ばれることもある。ビフレストは三色で強い橋だが、やがて炎熱のムスペルハイムからの軍勢が馬に乗って攻め上る時、橋は壊れる。
『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ラインの黄金」 神々の王ヴォータンが、巨人のファゾルト・ファフナー兄弟と取引して、巨大な城を山上に築かせる。空が霧に閉ざされているので、雷神ドンナーが電光と雷雨で清める。空は晴れ上がり、谷を越えて城まで虹の橋がかかる。神々は、虹の橋を渡って城へ入る。
『日本書紀』巻14雄略天皇3年 夏四月、伊勢の斎宮だった栲幡皇女が妊娠したとの流言があった。皇女はこれを否認し、神鏡を持ち出して五十鈴河の辺に埋め、縊死した。闇夜に河上に四〜五丈の虹が見え、虹の立った所を掘ると神鏡が出てきた。皇女の腹中は水であり、水の中に石があった。
*関連項目→〔三者択一〕
産女(うぶめ)の伝説 産女から「金(かね)が欲しいか、力が欲しいか」と問われた男が、力を望む。翌朝、男が顔を洗って手拭いをしぼると、手拭いは切れてしまう。以後、男は真面目に働いて、金持ちになる(山形県最上郡豊田村)〔*力ではなく金を望むと、食べる物・飲む物・触れる物がすべて金になってしまい、食べることも飲むこともできず死んでしまう、との伝えもある(山形県新庄市萩野)→〔願い事〕3の『変身物語』巻11と同型。→〔長者〕2aの福田の森の伝説も、類似の物語〕。
『舌切り雀』(昔話) 爺が雀の宿を訪れて、もてなしを受ける。みやげとして、大小二つのつづらのどちらかを選ぶように言われた爺は、小さいつづらをもらって帰り、中から金銀・宝物が出てくる。婆が欲を出して、自分も雀の宿を訪れ、大きいつづらを選ぶ。帰り道で開けると、蛇やとかげや、さまざまな化け物が出てくる(兵庫県美方郡)。
『神統記』(ヘシオドス) 神々と人間がいさかいをしていた時のこと。プロメテウスは、「ゼウスを欺こう」と考えた。彼は、牡牛の胃袋(中には肉や臓物が隠されている)と、艶々した脂肪(しかし中身は牡牛の骨)をゼウスの前に置き、「どちらか一方をお取り下さい」と言った。ゼウスは脂肪を取ったが、その中身が骨にすぎないのを知って、怒りに燃えた〔*見た目だけで判断する点で、→〔馬〕12の『三国遺事』巻1「紀異」第1・高句麗と類似する〕。
*酒杯と毒杯の一方を選ぶ→〔決闘〕1d。
『尾形了斎覚え書』(芥川龍之介) 切支丹宗門の教えを奉ずる女篠(しの)の娘が重病になるが、医師尾形了斎は「棄教せぬ限り診察できぬ」と断る。宗門の教えと娘の命のどちらを取るか、選択を迫られた篠は、ついに十字架を踏んで棄教する。しかし娘の病状は手遅れで、娘は死に、篠は発狂する。翌日、伴天連ろどりげが訪れ、篠の乱心を静めて娘を蘇生させる。
『マハーバーラタ』第5巻「挙兵の巻」 パーンダヴァ軍とカウラヴァ軍との戦争に際し、アルジュナとドゥルヨーダナが、それぞれクリシュナに、「味方になって欲しい」と請う。クリシュナは、「大軍団か、武器を持たぬクリシュナ一人か、どちらかを選べ」と言う。アルジュナはクリシュナ一人を選び、ドゥルヨーダナは大軍団を選ぶ〔*戦争は、クリシュナを得たパーンダヴァ軍が勝利する〕。
*→〔赤ん坊〕8の『子連れ狼』(小池一夫/小島剛夕)其之9「刺客街道」。
★3.二つのうちどちらを得ようか迷ったあげく、どちらも得られなくなる。
『どちはぐれ』(狂言) 僧が、布施をくれる檀那と斎(とき)をくれる檀那の双方から招かれ、どちらへ行こうかあれこれ思案する。ともかくも布施の方へ、と思って行くとすでに遅く、あわてて斎の方へ行くとこれも遅く、結局、布施も斎も得られなかった。
『三宝絵詞』上−1 鷹が鳩を追い、鳩は逃げて尸毘(しび)王の懐に入る。尸毘王は鳩を保護しようとするが、それは鷹の食料を奪うことになる。鳩の命を助けるか、鷹の飢えを救うか、二つの選択肢を前にした尸毘王は、刀で自らの腿肉を切り取る。腿肉を鷹に与えることによって、鷹の飢えを救い、鳩の命も助けることができるのである。
『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「ユクスエカメラ」 スネ夫が、「ジャイアンにおもちゃを貸したら壊されるんじゃないか」と悩む。貸したらどうなるか、未来を写すユクスエカメラでのび太が撮影すると、壊れたおもちゃの写真が取れる。貸さなかったらどうなるか撮影すると、ジャイアンに殴られてボロボロになったスネ夫の写真が取れる。「どっちがいいかよく考えるといいよ」と、のび太は言う。
★6.生死のかかった選択。二者ともに生きることは不可能。どちらかが死なねばならない。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)425「漁師と蛸」 漁師が、真冬の海に蛸を見つけた。彼は言った。「あの蛸を捕まえるために、裸になってとびこんだら、俺は凍えてしまう。蛸を獲って帰らなかったら、子供たちはひもじさで死んでしまう」。
『カルネアデスの舟板』(松本清張) 古代ギリシアの哲学者カルネアデスは、次のように主張した。「海で遭難し、一枚の舟板に二人がつかまる。二人の重みで舟板が沈むので、一人がもう一人を突き放して溺死させ、自分だけが舟板に取りついて助かる。これは罪にはならない」。この故事を知った歴史学の玖村教授は、自己保身のためには、邪魔な恩師大鶴教授をおとしいれても構わないと考えるようになった。
『夜行巡査』(泉鏡花) 十二月の深夜、酔った老人が足をすべらせて、皇居の堀の冷たい水に落ちる。そこへ巡回中の八田義延巡査が来かかるが、落ちた老人は八田巡査の恋人お香の伯父で、二人の仲を妨げる冷血漢だった。老人が死ねば、二人は結婚できる。しかし職務に忠実な八田巡査は、「憎い老人だが救わねばならぬ」と、泳げないにもかかわらず、お香の制止を振り切って堀の水に飛び込み、死ぬ。
『今昔物語集』巻9−4 兄弟二人が、母を罵った男を殺した。兄弟の一人は実子、一人は継子である。尋問に当たった国王が、「一人を死罪、一人を赦免しよう」と言う。母は、実子を殺し継子を許してくれるよう願う〔*『沙石集』巻3−6などに類話。原拠は『列女伝』巻5−8「斉義継母」〕。
*子供を捨てるか否かの選択→〔子捨て〕4。
『歴史』(ヘロドトス)巻6−52 アルゲイアは、自分の産んだ双生児のどちらをもスパルタの王位につけたいと思い、「どちらが長子か区別がつかない」と、嘘を言う。スパルタ人たちは、アルゲイアを見張り、彼女が哺乳も入浴も必ず一方の子を先にして大切に扱っていることを確かめ、それが長子であることを知る。
『ゲスタ・ロマノルム』 ペピン王の妃が王子を産んで死んだ。王は後添えの妃を迎え、彼女も王子を産んだ。二人の王子は他国で教育を受けて、戻って来る。王子たちは瓜二つで、後添えの妃には、どちらが自分の子か見分けがつかない。王は「それを教えると、お前は自分の子ばかりかわいがるだろう。だから、二人の王子が大人になるまでは教えられぬ」と言う。
*三人の子供のうち、誰が自分の子かわからない→〔三者択一〕7bの『あゝ結婚』(デ・シーカ)。
『婦系図』(泉鏡花)前篇「柏家」・後篇「蛍」 ドイツ文学者酒井俊蔵は、弟子の早瀬主税が芸者蔦吉(お蔦)と所帯を持ったことを咎め、「俺を棄てるか、女を棄てるか」と迫る。早瀬は「女を棄てます」と誓う。酒井は早瀬の将来を思って、正式の夫婦となることを禁じたのだが、内緒で逢うのは大目に見るつもりだった。しかし二人は潔く別れ、やがてお蔦は肺病で死ぬ。
『マタイによる福音書』第27章 イエスが捕らわれ、裁判にかけられる。祭りの時には罪人の一人を釈放する慣わしであり、「バラバ・イエス」という名の囚人がいたので、総督ピラトは、「囚人のバラバ・イエスと、メシアと呼ばれるイエスの、二人のうちどちらを釈放すべきか?」と人々に問う。人々は「囚人のバラバを釈放し、メシアのイエスは十字架にかけよ」と叫ぶ。やむなくピラトは、イエスを処刑する〔*他の福音書では、囚人の名は「バラバ・イエス」ではなく、「バラバ」とのみ記される。『マタイ』はバラバの罪状を具体的に記さないが、『マルコ』第15章・『ルカ』第23章は「暴動と殺人」、『ヨハネ』第18章は「強盗」と記す〕。
*夜の夫と昼の夫の二者択一→〔夜〕3b。
★1a.愛し合う夫と妻が、ともに同じようなことを考え、行なう。
『賢者の贈り物』(O・ヘンリー) ジムとデラは、若く貧しい夫婦だった。妻デラは、自慢の長い髪を売った金で、夫ジムの金時計につけるプラチナの鎖を買い、彼へのクリスマス・プレゼントとする。そうとは知らぬジムは、父祖伝来の金時計を売った金で、デラの髪にさす鼈甲(べっこう)の櫛を買い、彼女へのクリスマス・プレゼントとする。彼らはプレゼントのために、お互いの宝物を犠牲にしてしまった。しかし彼らこそ、東方の賢者(*→〔クリスマス〕7の『マタイによる福音書』第2章)にも劣らぬ賢者なのだ。
『愚者の贈り物』(ベイカー) あの時、二人は大きな歓喜を味わいながら、クリスマス・プレゼントを交換したのだった。だが今、夫は思う。「妻の髪の毛はまた生えてくるが、私の時計はもう戻って来ない」。
『今昔物語集』巻4−34 二人兄弟が各々千両を持ち、連れ立って旅をする。兄は「弟を殺して千両を奪い、自分の分と合わせて二千両にしたい」と考える。弟も「兄を殺して千両を奪い、自分の分と合わせて二千両にしたい」と考える。二人とも決心がつかないうちに、山を抜けて河のほとりへ出る。二人は「金がなかったら、兄弟を殺そうなどとは思わなかったろう」と反省し、ともに千両を河へ投げ捨てる。
『へらない稲たば』(朝鮮の昔話) 仲の良い兄弟がいた。兄は収穫して庭に積み上げた稲を、弟にも分けてやろうと考え、稲束をどっさり背負って、夜、弟の家の庭にこっそり置いて来る。弟も、収穫した稲を兄に分けてやろうと考え、兄の家の庭に稲束を置いて来る。翌朝、兄も弟も、庭の稲束が全然減っていないので驚く。次の夜も同じことが起こる。三日目、稲束を背負った兄と弟は夜道で出会い、互いに相手を思う気持ちを知って抱き合う。
★2.敵対するAとBが、ともに同じようなことを考え、行なう。
『カンタベリー物語』「赦罪状売りの話」 三人の道楽者が森で金貨を見つける。一人が町へパンと酒を買いに行っている間に、二人が「町へ行ったあいつを殺して金貨を二人で分けよう」と相談し、短刀を用意する。町へ行った一人も「森の二人を殺して金貨を一人じめしよう」と考え、酒に毒を入れる。結局、金貨のそばで三人とも死ぬ〔*『浮世物語』(浅井了意)巻3−6「ぬす人の事」の類話では、唐土の三人の盗人が宝物を分ける。一人が飯に毒を入れ、二人がその一人を谷底へ落として殺す。二人は飯を毒入りと知らずに食い、血を吐いて死ぬ〕。
『透視図法』(安部公房)「盗み」 簡易宿泊所に寝起きする「ぼく」は、長い針金の先を鉤形にして、下段のベッドの男の靴をこっそり吊り上げようと思う。深夜になり男が眠ったようなので、行動を起こそうとすると、下から鉤形の針金が、「ぼく」の靴めがけて這い上ってくる。
『2から2を消せば2』(手塚治虫) 対立するギャング団の親分デキシイとランプが、それぞれ護身のため、自分そっくりの身代わりロボットを「博士」に命じて作らせる。デキシイもランプも、秘密を守るため「博士」を殺そうとして鉢合わせし、撃ち合って死ぬ。以後はロボットのデキシイとランプが親分になる。実は「博士」もロボットであり、「下らぬ人間は自滅させて、ロボットと入れ替えるのが世のためだ」と言う。
★3.女性を獲得したいと望むAとBが、ともに同じようなことを考え、行なう。
『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「虹谷ユメ子さん」 ガールフレンドが欲しいと思うのび太は、「野比のび子」という偽名を使い、「虹谷ユメ子」という女の子と文通を始める。そして「これが私よ」と書いて、しずちゃんの写真を送る。しかし「虹谷ユメ子」もまた、ガールフレンドを求める男子中学生の偽名だった。男子中学生は「野比のび子」に会いに来て、偶然しずちゃんと出会い、意気投合する。のび太はそれを見てショックを受ける。
『列子』「説符」第8 ある男が、妻の里帰りを送って行く途中で桑摘みの女を見かけ、いい女だと思って話しかける。ところが、ふりかえって見ると、自分の妻の方にも手招きして言い寄ろうとする男があった。
『桃源境の短期滞在客』(O・ヘンリー) 高級ホテルに、貴婦人マダム・ボーモンが短期滞在する。彼女は、同じ滞在客の上流紳士ファリントンと知り合い、交際する。滞在の最後の夜、マダム・ボーモンは「私はデパートの店員です。一年間貯金して、一週間だけ貴婦人のように過ごしたかったのです」と打ち明け、別れを告げる。ファリントンは「僕も洋服屋の集金係です」と言う。二人は、土曜日にコニー・アイランドの遊園地でデートしようと、約束する。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第3巻116〜117ページ 家計に少々余りがあった時のこと。マスオが恐る恐る「靴がいたんでるから、買ってはどうだろうね?」と言うと、サザエは「アラッ! 今あたし、そのことを考えてたの!」と顔を輝かせる。「君はよく気がつくなァ」「あなたこそ思いやりがあるわ」と会話がはずむが、実はマスオもサザエも、それぞれ自分の靴を買おうと考えていたのだった。
*醜い姫が「自分は美女だ」と思い、美男の王子が「自分は醜男だ」と思う→〔鏡〕4cの『虚像の姫』(星新一『かぼちゃの馬車』)。
*拐帯カップルがうらやんだ中年夫婦もまた、拐帯犯だった→〔心中〕10aの『拐帯行』(松本清張)。
*→〔嘘〕3・〔にせもの〕8・〔身代わり〕5・〔身投げ〕5に記事。
『落窪物語』巻2 中納言の四の君の婿にと望まれた道頼は、自分の代わりに「面白の駒」のあだ名を持つ愚か者兵部少輔を、花婿として送りこむ。露顕の夜になって、はじめて中納言方は婿の正体を知る。
『音なし草紙』(御伽草子) 人妻が、夫の不在をよいことに、近所の男と密通する。ある若い男がこれを知り、密通の相手をよそおって人妻に近づく。
『源氏物語』「総角」「浮舟」 宇治の大君は、「妹・中の君を薫に与えよう」と考える。しかしあくまでも大君との結婚を望む薫は、「中の君を匂宮と結びつけよう」とたくらみ(*→〔結婚〕3a)、ひそかに匂宮を連れて宇治へ行く。匂宮は薫のふりをして、中の君の寝所に入る。匂宮はその後、浮舟と関係を結ぶ時も、薫の声色を使って浮舟をだます→〔声〕2の「浮舟」。
『平中物語』第28段 色好み平中の名をかたって、ある女のもとに通う男がいた。平中の家に出入りする女房が、この女に、「あの男は平中ではない。にせ者である」と告げ知らせる。にせ平中は、様子を察して走り逃げた。
『夜の寝覚』(五巻本)巻1 中納言は、太政大臣家の中の君を但馬守の娘と思いこんで、契りを結び、自らも中納言とは名のらず、かつて但馬守の娘に恋文を送った式部卿宮中将のようによそおう。
*→〔装身具〕1aの『日本書紀』巻12履中天皇即位前紀。
*→〔遊女〕1の『猿源氏草紙』(御伽草子)。
『アーサーの死』(マロリー)第1巻第2章 ユーサー・ペンドラゴン王が、ティンタージェル公の美貌の妻イグレインに横恋慕して言い寄る。イグレインがユーサー王の言葉に従わないので、王はティンタージェル公に戦争をしかけ、公は戦死する。その直後に、魔法使いマーリンの力を借りて、ユーサー王はティンタージェル公の姿になり、イグレインと同衾する。イグレインはその夜、アーサーを身ごもる。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章 アムピトリュオンが戦争から凱旋する前夜に、ゼウスがアムピトリュオンに変身して彼の妻アルクメネを訪れる。翌日、本物のアムピトリュオンが帰って来て、愛情を示さぬアルクメネにその理由を問い、ゼウスが彼女と交わったことを知る→〔双子〕6。
『禁色』(三島由紀夫)第22章「誘惑者」 穂高恭子は、醜貌の老作家檜俊輔を裏切った三人の女のうちの一人だった。俊輔は美青年南悠一を恭子に紹介し、ある夜恭子は酩酊状態で悠一に身をまかせる。行為後、闇の中で目覚めた恭子は悠一の手を求めてさぐり、冷たい乾いた腕に触れて叫ぶ。横に寝ていたのは俊輔だった→〔同性愛〕1。
『シラノ・ド・ベルジュラック』(ロスタン)第3幕 近衛青年隊のクリスチャンはロクサーヌに恋を訴えるが、あまりの話下手ゆえ愛想をつかされる。ロクサーヌの立つバルコニーの下に、クリスチャンの同僚シラノが隠れ、クリスチャンの声色を使って見事な口説き文句を連ねる。ロクサーヌは陶然とし、クリスチャンとの結婚を承知する。
『ニーベルンゲンの歌』第10歌章 グンテル王はプリュンヒルトと結婚するが、力の強いプリュンヒルトは、初夜の床でグンテル王を厳しく拒む。彼女は紐でグンテル王を縛り上げて壁に吊るし、寄せつけない。翌晩、ジーフリト(ジークフリート)がグンテル王のふりをしてベッドに上がり、プリュンヒルトと格闘しておさえつけ、彼女の抵抗がやんだところでグンテル王と入れ替わる。
『露団々(つゆだんだん)』(幸田露伴) 米国の大富豪「ぶんせいむ」が一人娘「るびな」の花婿を募集し、世界中から求婚者が殺到する。中国人「田亢龍」は、日本人「吟蜩子」を替え玉にして他の求婚者たちと競わせ、自らは労せずして「るびな」の花婿になろうとたくらむ。「吟蜩子」は見事に花婿の第一候補となるが、もともと結婚の意志のない彼は、姿をくらましてしまう〔*実は「ぶんせいむ」にとっては、その方が好都合だった→〔婿選び〕〕。「ぶんせいむ」は「吟蜩子」を気に入り、彼を連れて世界漫遊の旅に出る。
*動物・植物が夫に化ける→〔糸〕2aの『袋草紙』「雑談」・〔狸〕1の『お若伊之助』(落語)・〔蛇婿〕1aの『肥前国風土記』松浦の郡褶振の峰。
『うつほ物語』「藤原の君」 源正頼は、上野の宮があて宮を奪おうとしていることを知り、家人の娘のうちで美貌の一人を選んで着飾らせ、車に乗せておく。上野の宮は彼女がにせ者と気づかず、かしづく。
『エプタメロン』(ナヴァール)第3日第19話 十四〜五歳になった息子が小間使いに言い寄る。母親が息子を叱るために、小間使いの代わりにベッドで息子を待つ。ところが母親は肉の力に負けて、息子と関係を持ってしまう。
『おようの尼』(御伽草子) 日用品を売買・交換するおよう(御用)の尼という老尼が、独身の老法師の庵を訪れる。独身の侘しさを嘆く老法師に、おようの尼は「花嫁を世話しよう」と言う。老法師は花嫁を待ち焦がれ、数十日を経て、ようやく婚礼が行なわれる。恥ずかし気に顔を隠す花嫁と、老法師は共寝をするが、翌朝隣を見ると、七十歳ほどの老女が寝ている。それはおようの尼だった。
『終わりよければすべてよし』(シェイクスピア) 侍女ヘレナは伯爵バートラムを愛するが、バートラムはヘレナの身分が低いとの理由でこれをしりぞける。バートラムが某家の令嬢に求愛するので、夜、ヘレナは令嬢のふりをしてバートラムを迎え入れ、彼の子を宿す。
『がちょう番のおんな』(グリム)KHM89 王女が他国の王子の所へ嫁ぐ。その旅の途中で、腰元が姫をおどして衣装を取り替え、にせ花嫁となって王子と結婚する。本物の王女は鵞鳥の番人にされる。
『古事記』中巻 景行天皇が、大根王の娘兄比売・弟比売を召そうとする。ところが、息子の大碓命が二人を自分のものにして、他の女を兄比売・弟比売と偽り父帝にたてまつる。
『木幡の時雨』 中納言は時雨が縁で故奈良兵部卿右衛門督の中の君と契り、彼女との結婚を望むが、中の君の母が中納言を欺き、中の君の妹三の君を与える。中納言は花嫁が別人であると気づき、中の君を恋い続ける。式部卿宮(後に東宮)も時雨が縁で中の君と契り、別れた後も彼女を恋い続ける。やがて中の君の身代わりに妹三の君が東宮(=式部卿宮)妃となるが、東宮はにせ花嫁と気づかない。
『史記』「五宗世家」第29 孝景帝に召された程姫は、生理中だったので、侍者の唐児を着飾らせ参上させた。酔っていた帝は、これを程姫と思って寵愛した。やがて生まれたのが長沙の定王発である。
『白い花嫁と黒い花嫁』(グリム)KHM135 母親とその実の娘は心がけが悪く、継娘は心がけが良かった。そのため、神が母親と実の娘を色黒に、継娘を色白にする。色白の継娘は王妃として迎えられることになり、母親がこれを憎んで、継娘を馬車から川へ突き落とす。代わりに色黒の娘が王妃に変装し、御殿へ行く〔*色白の継娘は鴨に変身して王の所へ行き、母親と色黒娘の悪だくみを訴える〕。
『太平記』巻22「佐々木信胤宮方に成る事」 高土佐守は任国に愛人お妻(サイ)を伴おうとするが、彼女はいやがり、迎えの輿に老尼を乗せる。
『ドイツ伝説集』(グリム)400「アルボインとロジムント」 ロジムント妃は、父の敵である夫王アルボインを殺すため、家来のペレデオを味方に引き入れようと計る。彼女は、ペレデオの恋人の腰元の寝台に忍び入り、ペレデオは何も知らず妃と寝る。ロジムントは、自分が妃であることをペレデオに知らせ「こうなれば、王を殺すか王に殺されるか、二つに一つ」と迫る。
『日本書紀』巻24皇極天皇3年正月 中大兄皇子と蘇我倉山田麻呂の長女との結婚が決まった夜、長女は一族の者によって盗まれた。困惑する父倉山田麻呂に、次女が「私を身代わりとせよ」と申し出、中大兄に仕えた。
『ペンタローネ』(バジーレ)第5日第9話 黒人の女奴隷が、シトロンから生まれた美女の頭にピンを刺し、美女になり代わって王子と結婚する。女奴隷は「魔法をかけられてしまい、一年間は黒いが次の一年は白くなる」と言って王子を欺く。
*→〔姉妹〕2aの『創世記』第29章・〔処女〕3の『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第16〜18章・〔女装〕1の『スリュムの歌』・〔ほくろ〕1aの『武家義理物語』巻1−2「ほくろは昔の面影」。
『兄と妹』(グリム)KHM11 魔女が、継娘が王妃になったのを憎み、王妃を風呂場へ入れて殺す。魔女は自分の片目の娘を王妃にしたててベッドに寝かせる。王に気づかれぬよう、娘は目のない側を下にして横向きに寝る。
『白鳥の湖』(チャイコフスキー)第3〜4幕 ジーグフリード王子の花嫁選びの舞踏会に、悪魔ロットバルトの娘オディールが、オデット(*→〔夜〕1)そっくりの姿で現れる。王子はオディールをオデットと思いこみ、永遠の愛を誓ってしまう。ロットバルトとオディールは悪魔の正体を現して去り、ジーグフリード王子とオデットは、もはやこの世では結婚できぬ運命と知って、死を選ぶ。
*→〔狐女房〕2の『封神演義』第4〜6回。
*→〔留守〕1の『瓜姫物語』(御伽草子)。
『アーサーの死』(マロリー)第11巻第2章・第8章 騎士ラーンスロットは、アーサー王の妃グィネヴィアを熱愛していた。そのことを知るブルーセン婦人がラーンスロットに魔法をかけたため、彼はエレーン姫をグィネヴィアと思い込んで、二度にわたって床をともにする。一度目の交わりで、エレーン姫はガラハッドを身ごもる。二度目の時には、グィネヴィアが隣室にいて、ラーンスロットの寝言を聞いてしまう→〔寝言〕2b。
『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第3章 トロイアの王子アレクサンドロス(=パリス)は、スパルタ王メネラオスの妃ヘレネと駆け落ちした。しかしこれには異説がある。実はヘレネは、ゼウスの命令を受けたヘルメスによって、エジプトへ運ばれ、エジプト王プロテウスの保護下に置かれていた。アレクサンドロスは、雲から造られたにせヘレネを本物と思って船に乗せ、トロイアへ連れて行ったのである。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章 テスピアイの王は、自分の五十人の娘が皆ヘラクレスの子を産むことを望み、十八歳のヘラクレスを五十日間歓待して、毎夜一人の娘をともに寝かせた。ヘラクレスは、それをすべて同じ一人の娘だと思って、全員と契りを交わした。
『イリアス』第16歌 アキレウスが戦線を離脱し、アカイア軍が劣勢になったため、パトロクロスが親友アキレウスの鎧を着て出陣する。トロイア軍は、アキレウスだと思って恐れ、逃げる。しかしトロイアの勇将ヘクトルが、パトロクロスを討ち取る。
『形』(菊池寛) 初陣の若侍が、槍の名手中村新兵衛の唐冠の兜と猩々緋の服折を借り、これを着して戦場に出る。敵は、唐冠・猩々緋の姿を見ただけで恐れうろたえて、たやすく討たれる。本物の新兵衛が普段と異なる南蛮鉄の兜と黒皮縅の冑で出陣すると、敵兵は少しも恐れず応戦し、新兵衛は討たれてしまう。
『天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)』(河竹黙阿弥)「河内山」 質屋上州屋の一人娘藤が、松江出雲守の屋敷へ奉公に上がるが、出雲守は藤を妾にしようと、一間に幽閉する。御数寄屋坊主の河内山宗俊が、「上野東叡山寛永寺法親王の御使僧・北谷の道海である」と名乗って屋敷に乗りこみ、出雲守と談判して藤を救い出す→〔ほくろ〕1a。
『太陽がいっぱい』(クレマン) 貧しい青年トムは、金持ちの友人フィリップをヨット上で殺し、死体をシートに包んで海に棄てる。トムは身分証明書を偽造し、サインを模倣し、声も真似てフィリップになりすます。そしてフィリップの筆跡で遺書を作り、彼が自殺したように見せかけて、財産を手に入れようとたくらむ。しかしヨットが売られ、岸に上げられて、死体入りのシートの紐がスクリューにからまっているのを、皆が見る〔*『太陽がいっぱい』と同じくアラン・ドロンが主演した→〔宝〕8bの『地下室のメロディー』では、海ではなくプールから、死体ではなく札束が、浮かび上がる〕。
『南総里見八犬伝』第7輯巻之4第68回〜巻之5第71回 犬塚信乃は甲斐国猿石村の村長四六城木工作(よろぎむくさく)宅に滞在し、後に彼の妻となる浜路姫に出会う。木工作が殺されて信乃はその犯人と見なされ、浜路姫も信乃との密通の嫌疑をかけられる。犬山道節が、土地の眼代甘利兵衛尭元になりすまし、信乃と浜路姫を連行すると見せかけて二人を救い出す。
*怪人二十面相が明智小五郎に変装する→〔一人二役〕4bの『怪人二十面相』(江戸川乱歩)。
『竹取物語』 石作の皇子は、十市郡の山寺の黒い鉢を天竺の仏の石の鉢といつわってかぐや姫に示すが、少しの光もないのでにせ物と見破られる。くらもちの皇子は、工匠らに命じて蓬莱の玉の枝を偽造するが、工匠らがかぐや姫の前でこれを暴露する。阿倍の御主人は、唐人の王けいから、にせ物の火鼠の皮衣をそれとは知らず高額で買うが、火にくべるとめらめらと焼ける。
*→〔絵〕10の『真贋の森』(松本清張)。
★2b.美術品を盗み、そっくりのにせものを代わりに置いていく。
『奇巌城』(ルブラン) ある夜ジェーブル伯爵の屋敷に泥棒が入ったが、何も取らずに逃げて行った。泥棒の正体は怪盗ルパンであり、ルーベンスの名画四点を盗み、代わりに本物そっくりの模写を壁にかけていったので、何も取られなかったように見えたのだった〔*ルパンは、『モナリザ』など世界の名画の数多くを盗み、収集していた。美術館に残す模写の裏には、「ルパン」の署名があった〕。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「正雪の絵馬」 絵馬屋が、大宮八幡にかかっている由井正雪自筆の奉納絵馬を盗み、絵馬蒐集狂の多左衛門に売りつける。大宮八幡には贋物を代わりにかけ、本物が盗まれたとは気づかれないようにした〔*多左衛門はこれを信ずるが、実は絵馬屋が多左衛門に売った方が贋物で、本物はそのまま大宮八幡にかかっていた〕。
★2c.美術品や宝石がにせものであることが発覚しないように、それを盗んでしまう。
『おしゃれ泥棒』(ワイラー) ニコルの父シャルル・ボネは、ゴッホやセザンヌなど多くの名画を贋作していた。祖父も贋作の名手で、高さ七十センチ余りの、チェリーニのビーナス像を偽造した。これは祖母をモデルにしたので、その表情はニコルに似ている。にせビーナス像が、パリの美術展に出されることになった。美術館は、ビーナス像に保険をかけるために、科学鑑定を行なうという。それではにせものだとバレてしまうので、二コルは探偵シモンと一緒に夜の美術館に忍び込み、ビーナス像を盗み出した。
『ボー・ジェスト』(ウェルマン) 二十世紀初めの英国。パトリシアは生活に困窮して、家宝のサファイア「青い水」を売り、手元にはにせものを置いていた。ところが外国にいる夫ヘクター卿から、「青い水」を売却して金を作れ、との電報が来た。パトリシアの甥である三人兄弟のうちの長男ボー・ジェストが、にせの「青い水」を盗んでアフリカの外人部隊に身を投じ、自ら汚名を着て、パトリシアを救った〔*次男と三男は、兄ボー・ジェストを信じて後を追う。ボー・ジェストと次男は戦死し、三男だけが生き残る〕。
『首飾り』(モーパッサン) マチルドは、友人から借りたダイヤの首飾りを、舞踏会の帰りになくしてしまい、やむなく借金をして同じ首飾りを買い、友人に返す。その後十年、彼女は生活をきりつめてようやく借金を完済するが、実は、借りた首飾りは安価なイミテーションだった。
『箱根細工』(三島由紀夫) 銀座の小写真店の店員秀夫は、箱根の温泉芸者鹿の子(かのこ)と恋仲になり、彼女を身請けしたいと思う。鹿の子は借金のある身体だったので、かつて旦那からもらったダイヤの指環を売って借金を返そう、と二人は相談する。しかし秀夫が指環を東京の宝石店へ持ち込むと、それはガラス細工のにせものだった〔*「忠実に、モーパッサンの方法に拠ったもの」と、三島由紀夫は述べている〕。
『マルタの鷹』(ハメット) 十六世紀、マルタ島の騎士団が、最高級の宝石で飾った黄金の鷹の彫像を、スペイン王カルロス五世に贈った。年月を経て、彫像は多くの人の手から手へ渡り、その価値を隠すためにエナメルが塗られた。ある日、探偵サム・スペードの事務所を訪れた美女ブリジットは、彫像をねらう一人であり、彫像をめぐる争いで、スペードの同僚を含む数人が殺される。しかしそのあげくにスペードの手に入った彫像は、鉛製の贋物だった。
『切腹』(小林正樹) 若侍が井伊藩邸を訪れ「貧窮で将来の見込みもないゆえ、庭先を借りて切腹したい」と請う。近頃、浪人たちが同様のことを言って大名屋敷から金をせびり取ることが流行っていたので、井伊家では本当に若侍を切腹させてしまう。若侍の刀は竹光だったため、若侍は竹光を腹に刺し、苦しんで死ぬ〔*後日、若侍の舅が復讐しに来る〕。
『平家物語』巻1「殿上闇討」 豊明(とよのあかり)の節会の夜、平忠盛は、殿上人たちに闇討ちされるとの情報を得て、これを未然に防ぐために、木刀に銀箔をおしたにせの短剣を持って昇殿する。わざと短剣を抜き、光る刃を見せて威嚇したので、殿上人たちは闇討ちの計画をとりやめた→〔禁制〕5。
*→〔剣〕5aの『古事記』中巻(イヅモタケル)・『日本書紀』巻5崇神天皇60年7月(出雲振根)。
*→〔すりかえ〕3に記事
『白雪姫』(グリム)KHM53 妃が、継娘の白雪姫の美しさに嫉妬して、「白雪姫を森へ連れて行って殺せ」と、狩人に命ずる。しかし狩人は、白雪姫をかわいそうに思って逃がし、代わりに、猪の子の肺臓と肝臓をえぐり出して、妃に届ける。妃はそれを白雪姫の内臓と思い、塩づけにして食べる〔*後、妃は白雪姫が生きていることを知り、毒りんごを用いて彼女を殺す〕。
『ドイツ伝説集』(グリム)486「ハインリヒ三世帝の伝説」 将来自分の娘婿になると予言された赤児を殺し、心臓を持って来いと、コンラート帝が二人の臣下に命ずる。二人は赤児を木の股に置き、兎の心臓を帝に届ける〔*同・538「ジークフリートとゲノフェーファ」では、無実の奥方ゲノフェーファを家来が逃がし、犬の舌を切り取って奥方を殺した証拠とする〕。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第18章 イゾルデは、マルケ王との初夜の床に自らの身代わりとしてブランゲーネを送りこむ。後に、その秘密がもれるのを恐れたイゾルデは、ブランゲーネを森で殺すよう二人の小姓に命じる。小姓たちは彼女の命を助け、猟犬の舌を切り取って、ブランゲーネ殺害の証拠としてイゾルデに示す。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第26巻130ページ カツオとマスオが「スリラーショー」という見世物小屋へ入る。首吊り死体がぶらさがっているのを見て、二人は「ボク平気だ」「当たり前さ」と笑うが、係員が警官に「営業不振のため自殺です」と説明するのを聞いて、腰を抜かす。
『二人一役』(ゴーチェ) 俳優ハインリヒが、『ファウスト』の悪魔メフィストフェレスを演ずる。芝居を見た本物の悪魔が、「ハインリヒの下手な演技は悪魔の評判を落としめるものだ」と怒り、第二幕からは、ハインリヒに代わって舞台に上がる。本物の悪魔の迫真の演技に、観客は熱狂する。
『宝石』(モーパッサン) 妻が、イミテーションの宝石を次々買って来ては、身を飾る。妻が肺炎で死んだ後に、夫はそれらが皆本物の宝石であったことを知る。それらはすべて、多くの男たちから妻への贈り物だった。
『星野屋』(落語) 囲い者のお花は、旦那である星野屋に対して不実であった。星野屋の使いの重吉が来て「前に旦那がお前にやった小判は皆にせ金だ」と言うので、お花は怒って小判を投げ返す。それを拾った重吉が「馬鹿め。これは本物だ」と笑い、お花は悔しがる→〔嘘〕3。
*神がかりのふりをしていると思ったら、本当に神が乗り移ったのだった→〔神がかり〕4の『アグニの神』(芥川龍之介)。
*芝居用の模造刀と思ったら、本物の刀だった→〔芝居〕5の『半七捕物帳』(岡本綺堂)「勘平の死」。
*狐が化けたと思ったら、本物の人間だった→〔狐〕3。
*空砲で撃つはずが、実弾が発射された→〔横恋慕〕2の『トスカ』(プッチーニ)。
*声色だと思ったら本人だった→〔声〕2の『干物箱』(落語)。
*遊園地の世界一周だと思ったら、本当の世界一周だった→〔身分〕2aの『釣りそこねた恋人』(O・ヘンリー)。
『仮面の男(鉄仮面)』(デュマ)33〜34 アラミスのたくらみで、ルイ十四世がバスティーユ監獄に送られ、ルイの双子の兄弟フィリップが彼になり代わって王になる。フィリップが母妃や臣下たちとともにいる所へ、ルイが救い出されて現れ、人々は二人の王を見て驚く。ルイがダルタニャンに「二人のどちらが青い顔をしているか、見よ」と言うので、ダルタニャンはフィリップを逮捕する。
『水滸伝』百二十回本第43回 悪名高いお尋ね者黒旋風李逵が山道を行くと、李逵の名をかたって旅人を脅し金品を奪うにせ者に出くわす。李逵はにせ者をこらしめるが、にせ者が「九十歳の老母を養っている」と言うので憐れみ、十両を与えて放免する。しかしそれが嘘だとわかり、李逵はにせ者を殺す。
『鼠小僧次郎吉』(芥川龍之介) 和泉屋の次郎吉が旅の宿で、道づれの男に胴巻きを狙われ、これを取り押さえる。縛られた男は「俺は、ただのこそ泥ではない。大悪党だ。有名な鼠小僧とは俺のことだ」と虚勢を張るが、すぐ嘘だと見破られる。実は和泉屋の次郎吉こそ、本物の鼠小僧なのだった。
『義経千本桜』2段目「鳥居前」・4段目「河連館」 源義経は静御前に初音の鼓を与えて別れ、佐藤忠信に彼女を預ける。義経は都落ちして吉野の河連館に身を隠す。後に忠信が尋ねて来るので静のことを聞くが、忠信は何も知らない。そこへもう一人の忠信が静を連れて来る。静を預かった忠信は、初音の鼓の皮になった狐の子が化けたものであった。
*→〔瓜二つ〕2の『古本説話集』下−56・〔偽名〕2の『東海道中膝栗毛』5編下・〔母さがし〕2の『芦屋道満大内鑑』4段目。
*にせの宝と本物の宝を組み合わせて売る→〔二つの宝〕2の『新可笑記』(井原西鶴)巻1−2「ひとつの巻物両家有」。
『動物園』(落語) 動物園の虎が死んだので、代わりにその毛皮を着て、虎のふりをして一日中檻の中でブラブラする、という仕事を、男が引き受ける。ところが、突然「本日は虎とライオンの一騎打ちをご覧にいれます」とのアナウンスがあり、隣の檻からライオンが入って来るので、男はあわてる。するとライオンが近寄って「心配するな。おれも人間だ」。
*熊の毛皮を着た女と、本物の猛獣との格闘→〔熊〕6の『人間豹』(江戸川乱歩)。
*にせの指輪→〔三者択一〕7aの『賢人ナータン』(レッシング)第3幕・『デカメロン』第1日第3話。
『アーサー王宮廷のヤンキー』(トウェイン) 「わたし(ハンク・モーガン)」は、西暦一八七九年のアメリカから五二八年のキャメロットへ、タイム・スリップした。「わたし」は捕らえられ、火あぶりの刑を宣告される。まさに刑が執行されようとした時、日食が始まった。「わたし」は、自分が魔術師で、世界を暗闇にすることも、太陽の光を回復させることもできるのだ、と述べ立てた。アーサー王は恐れて、「わたし」を解放した。
★1b.「日食を知らない原住民たちを脅そう」と考えるが、彼らは日食を知っていた。
『日食』(モンテロッソ) スペインの宣教師が、グアテマラのジャングルで原住民たちに捕らえられ、いけにえ用の祭壇へ運ばれる。宣教師は、その日が皆既日食の日であることを思い出し、「もしもお前たちが私を殺すなら、太陽の光をなくして世界を真っ暗闇にしてしまうぞ」と脅す。しかし原住民たちは宣教師を殺した。古代マヤの天文学書のおかげで、原住民たちも、この日の日食を知っていたのだ。
『源平盛衰記』巻33「源平水島軍の事」 寿永二年(1183)閏十月一日。備中国の水島で、源氏と平家の海戦があった。源氏は舟軍(ふないくさ)に慣れず、劣勢だった。突然、天が闇夜のようになり、太陽が光を失った。源氏は、日食というものを知らなかったので、うろたえて退却した。平家は日食を知っており、いっそう勢いづいて源氏に攻めかかった。
『黄金伝説』147「聖ディオニュシウス」 主(イエス=キリスト)のご受難の日。昼間にもかかわらず、暗闇が全地上をおおった。これは自然の日蝕ではなかった。この日は満月で、月は太陽からいちばん遠い所にあったからである。「不意に月が太陽の前に出たのを見て驚いた」という証言もある。そして暗闇は、三時間も続いたのだ。
★1e.卑弥呼の時代に皆既日食があり、それが変化してアマテラスの岩戸隠れ神話(*→〔扉〕1の『古事記』上巻)になった、という考え方もある。
『火の鳥』(手塚治虫)「黎明編」 ヤマタイ国の女王ヒミコが六十歳近くになった頃、日食が起こった。人々は「この世の終りじゃ。ヒミコさま、お力で日の神のお怒りを鎮めて下さい。お助け下さい」と訴える。しかしヒミコは一人で岩屋に逃げ込んでしまい、「日が消えたのは私のせいじゃない。私はなんにも知らない!」と言うだけだった。
『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」 乳海攪拌の時(*→〔海〕7c)、魔神ラーフが不死の飲料アムリタ(甘露)を盗み飲みしようとした。太陽と月がこれを見つけて、ヴィシュヌに知らせた。ヴィシュヌは円盤を投げて、ラーフの首を切り落とした。以来ラーフの首は太陽と月を恨んで追いかけ、しばしば呑みこんで、日食・月食を起こすようになった。
*猿のハヌマーンも、太陽を飲み込もうとしたことがあった→〔太陽〕3fの『ラーマーヤナ』第4巻「キシュキンダーの巻」。
*日食・月食は太陽と月の交合→〔月食〕3のカニマン(金満)の世の始まりの伝説。
『日の神救出』(アイヌの昔話) 大悪神が、日の女神を呑み込んで誘拐した。大悪神は山城に幾重もの柵を作って、幾重もの箱の中に日の神を幽閉する。人間の国は常闇(とこやみ)になってしまった。アイヌラックル(=アイヌの始祖神)が山城へ攻め入り、日の神を救い出して天空へ投げ上げる。地上の国は再び明るく照り輝いた。アイヌラックルと大悪神は夏六年冬六年戦い、さらに夏六年冬六年の後、アイヌラックルは大悪神の切断された骸(むくろ)を、湿潤の国へ蹴落とした。
『日の神と烏と鼠』(アイヌの昔話) お日さまがはじめてアイヌの世を照らした時、悪魔がお日さまを飲みこもうとした。国造り神コタンコロカムイが、烏四千羽と鼠四千匹を悪魔の口に放りこんだので、悪魔は半分飲みこんだお日さまを吐き出した。悪魔は次いでお月さまを飲もうとしたので、また烏四千羽と鼠四千匹を放りこみ、お月さまを救った。
『カレワラ』(リョンロット編)第47〜49章 ポホヨラの女主人が、太陽と月をつかまえて鋼(はがね)の山の中へ幽閉する。カレワラは永遠の闇におおわれる。鍛冶師が、代わりの太陽と月を造って木の上に乗せるが、それらは輝かなかった。ワイナミョイネンが、山をこじ開けて太陽と月を連れ戻そうと、そのための道具の鍛造を、鍛冶師に依頼する。それを知ったポホヨラの女主人は恐れて、太陽と月を解放する。太陽と月は再び天空に輝いた。
巨人グミヤー(中国・プーラン族の神話) 太陽と月が岩屋に隠れ(*→〔太陽〕3c)、世界はにわかに暗く寒くなった。地上のあらゆる鳥獣が岩屋の前に集まって、外へ出て来てくれるように請う。鳥獣たちは太陽と月に、「昼と夜と別れて出てほしい」と頼む。太陽が「夜はこわい」というので、月が夜に出ることを引き受けた。
『三国遺事』巻1「紀異」第1・延烏郎細烏女 新羅の阿達羅王四年(157)。東海のほとりに、延烏郎・細烏女という夫婦がいた。彼ら夫婦の足元の岩が動き出し、二人は相次いで、岩に乗ったまま日本へ運ばれる。その時、新羅では太陽と月の光が消えた。延烏郎は太陽の精、細烏女は月の精だったのだ。延烏郎・細烏女夫婦は、そのまま日本にとどまった。延烏郎の教えにしたがい、新羅では、細烏女の織った綾絹を天に祭る。すると太陽と月の光がもとにもどった。
『暗黒星雲』(ホイル) 二十世紀半ば過ぎ。暗黒星雲が太陽系内へ侵入し、太陽をすっぽり包み込んで停止した。暗黒星雲の内部には、何らかの高度な生命体がいるようであった。アメリカとソ連が数多くの水爆ミサイルを暗黒星雲に撃ち込むが、それらは撥ね返された。暗黒星雲は、いつまでも太陽系に居すわるのではないかと心配された。しかし二光年余り離れた所に新たな知性体が確認されたので、暗黒星雲はそちらへ向けて移動して行った。
*日食は凶兆である→〔凶兆〕3bの『イーゴリ公』(ボロディン)第1〜2幕。
『ガリヴァー旅行記』(スウィフト)第1編第5章 「私(ガリヴァー)」がリリパット(小人国)に滞在中、皇妃の居間から火事が出て、宮殿全体が焼失しそうになった。小人たちの手では消火不能だったので、「私」は多量の尿を放出して、三分間で大火を消した。
『ガルガンチュア物語』第一之書(ラブレー)第17章 パリ見物に出かけた巨人ガルガンチュアは、ノートルダム大聖堂の塔の上へ腰をおろして休憩した後、大勢のパリ市民めがけて放尿する。そのために溺れ死んだ者の数は、女子供を除いて二十六万四百十八人だった。
『詩語法』(スノリ)第27章 トールが巨人ゲイルレズの館を訪れる途中、大きな川を渡っていると、水かさが増して肩まで没する。それは、ゲイルレズの娘ギャールプが川の両岸をまたいで、放尿したためだった。トールは「水源で塞き止めねばならぬ」と言って、大きな石を彼女に投げつけた。
『日本書紀』巻1・第5段一書第6 ヨモツヒサメに追われて逃げるイザナキが、大樹に向かって尿をすると大きな川になった。ヨモツヒサメが川を渡ろうとする間にイザナキはヨモツヒラサカに到り、黄泉国から脱出できた。
『パンタグリュエル物語』第二之書(ラブレー)第28章 巨人パンタグリュエルは、ディプソード人たちと戦った時、敵陣に向けて尿をし、敵兵をことごとく溺死させた。そして十里四方が局地洪水となった。
『歴史』(ヘロドトス)巻1−197 メディアのアステュアゲス王は、ある時、自分の娘マンダネが放尿して町中に溢れ、さらにアジア全土に氾濫する、との夢を見た。これはマンダネの産む子が、アステュアゲスに代わって王となることを意味していた。
*山頂で尿をし、流れて国内に行きわたる→〔売買〕3の『三国史記』巻6「新羅本紀」第6・第30代文武王前紀。
石になった花嫁の伝説 平久保村の娘が、いやいやながら川平(かびら)村へ嫁に行く。馬に乗って何キロか来た所で、娘は小用を催し、馬から下りて藪に入る。いつまでも戻って来ないので、皆が探しに行くと、娘はしゃがんだまま、石になっていた(沖縄県石垣市)。
*女が尿をしたまま、動けなくなる→〔目〕1bの『今昔物語集』巻29−39。
嫁ケ島(高木敏雄『日本伝説集』第23) 出雲国宍道湖に氷が張り詰めた時分に、氷の上を嫁入りの行列が通った。花嫁が小用に行きたくなり、氷の上で用をたすと、氷が溶けて花嫁は湖に沈んでしまった。その花嫁が一つの島になったのが、今の嫁ケ島である。
光明皇后の誕生と女鹿の伝説 智海上人が山で修行中、女鹿が来て上人の尿をなめ、懐胎して少女を産んだ。少女は近隣の媼に預けられ村里で育ったが、七歳の時、この地を通りかかった藤原不比等に見出されて、都へ上った。この少女こそ、後に聖武天皇の妃となった光明皇后である(大阪府和泉市室堂町)。
『にんじん』(ルナール)「失礼ながら」 「にんじん」は、時々寝小便をした。母親はその跡始末をする時に、ベッドに残った寝小便を木のへらですくって、スープに溶け込ませた。母親はスープを「にんじん」に飲ませ、「ああ、汚い。お前は食べたんだよ。自分のやつをね。昨夜のやつをさ」と言った。
尿検査(ブレードニヒ『ヨーロッパの現代伝説 悪魔のほくろ』) 徴兵検査の時、ある青年が、ガールフレンドが糖尿病であることを利用して、彼女の尿サンプルを提出した。「糖尿病ゆえ兵役不適格」と判定されることをねらったのである。後日、青年のもとに通知が来た。「あなたは糖尿病であるばかりでなく、妊娠もしているので、記載された日時に営舎に出頭して下さい」。
*女が尿をして妊娠する→〔太陽〕1aのうつぼ舟の伝説(天道童子の伝説)。
*尿の呪力で開眼する→〔開眼〕2の『歴史』(ヘロドトス)巻2−111。
『古事記』上巻 太陽神アマテラスが、弟スサノヲの乱暴なふるまいを見て恐れ、天の岩屋戸にこもってしまった。そのため、高天の原も葦原の中つ国も暗闇となり、いつまでも夜が続く。八百万(やほよろづ)の神々は、天の安の河原で会議を開いて、アマテラスを岩屋戸から出す方法を相談し、常世の国の長鳴鳥を集めて鳴かせた→〔扉〕1。
『太陽とオンドリ』(インドの昔話) 「太陽の光がまぶしい」と人間たちが文句を言うので、太陽は怒って地底の国にこもってしまった。オンドリが地底の国へ行き、太陽に「地上に出てほしい」と頼むが、断られる。オンドリはあきらめて地上へ帰ろうとして、「途中で猫に襲われるのが心配だ」と言う。太陽は、「呼んだら助けに行ってやる」と約束する。オンドリは帰り道で、猫もいないのに大声で鳴く。その声を聞いて、太陽は地上へ出て来る。その時以来、オンドリはずっと同じやり方を守っている。今でも、オンドリが鳴くと、太陽は姿を現すのだ(少数民族ナガ族)。
*鶏が鳴いて朝になったので、鬼が逃げ去る→〔笛〕4の『神道集』巻4−18「諏訪大明神の五月会の事」。
『好色一代男』巻2「旅のでき心」 十八歳の世之介は、駿河国・江尻の宿で若狭・若松という姉妹の遊女になじみ、二人を身請けした。姉妹は世之介に、「遊女の客あしらいとして、鶏のとまり竹に湯をしかけて夜明け前に鳴かせ、客を早く起こして追い出すことをした」などの話を聞かせた。
『菅原伝授手習鑑』2段目「道明寺」 藤原時平に味方する土師兵衛・直禰太郎父子が、鶏のとまり竹の中に熱湯を流しこみ、暖気で夜明け前に鶏を鳴かせて、菅原道真をおびき出し暗殺しようとたくらむ。しかし立田(=直禰太郎の妻)が計略を立ち聞きしたので彼女を殺して池に沈め、別の方法で鶏を鳴かせることにする→〔鳥の教え〕4。
妖怪と刀鍛冶の伝説 刀鍛冶が妖怪に、「百本(あるいは千本)の刀を一晩で作ったら娘の婿にしてやる」と約束する。妖怪は次々と刀を作るが、あと一本というところで、刀鍛冶は、とまり木に湯を通す・湯をかけるなどして鶏を鳴かせ、妖怪を退散させる(徳島県海部郡)。
男鹿のナマハゲの伝説 昔、漢の武帝が五匹の鬼を連れて、男鹿の本山(ほんざん)に渡って来た。村人は「一夜のうちに、本山まで千段の石段を作ったら、村娘を毎年人身御供にささげよう。できなければ村里へ降りて来るな」と、鬼に言う。鬼の仕事は速く、夜明けまでに石段が完成しそうなので、村人の一人が鶏の鳴き声をまねて、鬼をだます。鬼は約束を守って、本山から降りて来なくなった。この鬼たちが、ナマハゲの先祖だという(秋田県男鹿半島)。
『史記』「孟嘗君列伝」第15 孟嘗君一行は、函谷関をぬけて秦国を脱出しようとするが、まだ夜中で関所が開かない。そこで食客の一人が鶏の鳴き真似をすると、あたりの鶏もつられて鳴き出す。関所の番人は「朝だ」と思って、孟嘗君一行を通した。
*→〔隣の爺〕1の『地蔵浄土』(昔話)。
岩の掛橋(高木敏雄『日本伝説集』第3) 羅石明神が越後と佐渡の間に橋を掛けようと、ある夜、多くの眷属に石運びを命じた。夜明けまでに完成するはずだったが、眷属の中に怠け者で仕事嫌いのアマンジャクがいて、まだ夜半過ぎにもならないのに鶏の啼き真似をした。明神は騙されてたちまち姿を隠し、眷属どもも散り失せて、橋は出来上がらなかった(越後国柏崎)。
『夢十夜』(夏目漱石)第5夜 神代に近い昔。「自分」は軍(いくさ)をして負け、捕虜になった。「自分」は「死ぬ前に一目、思う女に逢いたい」と願い、敵の大将は「夜が明けて鶏が鳴くまでなら待つ」と言う。闇の中、女が白馬に乗って駈けて来る。天探女(あまのじゃく)が「こけこっこう」と鶏の鳴き真似をし、女は「あっ」と言って、馬もろとも岩の上から深い淵へ落ち入った。
*「天の逆毎姫(あまのざこひめ)」という神もいる→〔息〕1bの天逆毎(あまのざこ)(鳥山石燕『今昔画図続百鬼』)。
金鶏山の伝説 中蓮寺の峯に金の鶏が住んでおり、「鳴き声を聞いた者は、その年は幸福が巡って来る」と言われた。里人は、金の鶏の鳴き声を聞こうと競って早起きをするようになり、自然と早起きの習慣が生まれた(香川県三豊郡財田町)。
金鶏の伝説 福山の頂上の柊の根もとに金の鶏が埋まっており、正月元日の未明に三声鳴く。それを聞くと幸福になるので、太郎と次郎が聞きに行く。太郎は一声、次郎は二声聞くが、ともに死んでしまう。結局三声聞かなければ幸福になれないというので、皆恐ろしがって聞きに行かなくなった(岡山県都窪郡山手村福山)。
鶏石(高木敏雄『日本伝説集』第5) 紀伊国那賀郡粉河町、丹生大明神の社殿の石階の下近くに、鶏石がある(*→〔風〕2a)。毎年正月元日には、この鶏が一声高く啼いて石階を登る。その声を聞く人は、長生きするという。
『鶏と踊子』(川端康成) 鶏が夜鳴くのは不吉だ。夜鳴きする鶏は、浅草の観音さまの所へ棄てれば、禍(わざわい)を免れるという。夜、踊子が鶏を風呂敷に包んで棄てに行くと、変な男がつきまとう。男は「踊子たちに恋文をよこす男どもを恐喝して、一緒に金もうけしないか?」と誘い、踊子をつかまえる。踊子は風呂敷包みを男の顔に押しつけ、男がひるむ隙に逃げ帰る。鶏のおかげで禍を免れたのだ。
*軍鶏(しゃも)が人を襲う→〔鳥〕7bの『半七捕物帳』(岡本綺堂)「大森の鶏」。
★1a.男が人魚と結婚するが、後に人魚は夫と別れて海へ帰る。
『ウェイストネス島の男』(イギリスの昔話) ウェイストネス島の男が、引き潮の時に沖へ行き、人魚たちが遊んでいるのを見る。彼女たちが脱いだアザラシの皮を一枚、男は奪い取る。海の世界へ戻れなくなった人魚一人が、やむなく陸へ上がり、男の妻となる。人魚は、男児四人・女児三人を産んだ後、天井裏に隠されていたアザラシの皮を見つけ出す。彼女は皮を身にまとい、夫と七人の子供を捨て、歓喜の声をあげて海へ飛び込む。
『人魚』(巌谷小波) 男が海辺で人魚を釣り上げるが、かわいそうに思って放してやる。その日の夕方、美しい女が男の家を訪れて一夜の宿を請い、そのまま男の妻となる。女の作る魚料理はたいへん美味で、男は驚く。女は「私は一週間に一度、塩湯に入ります。けっして湯殿を見ないで下さい」と言う。男がのぞき見ると、人魚が塩湯の中を泳ぎまわっていた。女は別れを告げて去って行く。男はその後ずっと独身だったが、いつまでも年をとらず、何百歳も長生きをした〔*妻の下半身が蛇で、毎週土曜日に入浴するという→〔のぞき見〕1bの『メリュジーヌ物語』(クードレット)が、ヒントになっているのであろう〕。
『ジョニー・クロイと人魚』(イギリスの昔話) ジョニーが海辺へ行って人魚を見つける。彼は人魚に口づけし、彼女の櫛を奪い取って、「女房になれ」と要求する。人魚は「七年間、わたしはここであなたと暮らします。その代わり、七年たったら、わたしの一族に会いに行く、と誓って下さい」と言う。二人の間に、七人の子供が生まれる。七年が過ぎ、人魚とジョニーと六人の子供(*→〔十字架〕2)は、小舟に乗って、誰にも行き先の知れぬ遠くへ去った。
『スプラッシュ』(ハワード) 青年アランは海に落ち、美しい人魚に助けられた。アランと人魚は恋仲になり、ニューヨークで一緒に暮らす。人魚の尾は地上では二本の脚に変じたが、海洋学者コーンブルースに水をかけられたため、脚は尾に戻ってしまう。人魚はアランに別れを告げ、海へ飛び込む。アランも後を追って海に入り、気を失う。人魚の接吻によりアランは意識を取り戻し、水中で自由に活動できるようになる。彼は地上の生活を捨て、人魚の世界で暮らすことを選択する。
『漁師とその魂』(ワイルド) 若い漁師が美しい人魚を愛し、結婚したいと願う。人魚には魂がないので、漁師も自分の影(=魂)をナイフで切り離し、海へ入って人魚と一緒に暮らす。三年後、漁師は魂の呼びかけに応じて陸へ上がり、また魂を身につける。しかし再び身につけた魂は、二度と切り離すことができず、漁師は人魚に逢えなくなる。ある夜、人魚の死体が海辺に打ち寄せられる。漁師は人魚を抱きしめ、そのまま波にのまれて溺死する。
『人魚姫』(アンデルセン) 海の人魚の王様には六人の美しい娘がいた。末娘(=人魚姫)がいちばんきれいで、彼女は人間の王子に恋をした(*→〔十五歳〕)。その恋は報われぬまま人魚姫は死ぬが、彼女は不死の魂を授かるべく、天へ昇っていった(*→〔泡〕5)。
『人魚の嘆き』(谷崎潤一郎) 清の時代。南京の貴公子が、阿蘭陀人から美しい人魚を買う。しかし人魚は人間を愛してはならない定めなので、貴公子は人魚に抱かれて凍死しそうになる。人魚は「私を海に放して下さい」と請い、小さな海蛇に変身する。貴公子は、香港からイギリス行きの船に乗り、海蛇を放す。海蛇は最後にもう一度人魚の姿を見せ、水中に沈む。
『赤いろうそくと人魚』(小川未明) 北の青い海に棲む人魚が、話し相手もなく、さびしく暮らしていた。「人間の住む町は美しく、人間は魚よりも獣物よりも人情があって優しい」と聞いていたので、人魚は「自分の産む子供が人間たちの町で育つならば、きっと幸福になるだろう」と考え、海岸近くに女児を産み落とす。ろうそく店の老夫婦が女児を拾い、大切に育てる〔*しかし女児は成長後、大金で香具師(やし)に売られてしまう〕。
『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30・通巻712話 伊勢の国・別保(べっぽ)という所で、浦人の網に人魚三匹がかかった。頭は人のようであるが、歯は細かくて魚のごとく、口は突き出て猿に似ていた。わめく声や、流す涙は、人間同様だった。浦人たちは人魚を切って食べたが、その後、変事などはなかった。味はたいへん良かったという。
八百比丘尼の伝説 別所谷の岩窟に狢(むじな)が住んでおり、ある時、村人たちが狢の家でもてなしを受けた。谷左衛門という男が料理の残りを家に持ち帰り、十八歳の娘が「どのようなご馳走か」と思って食べた。それは人魚の肉だったので、娘は八百年以上も生きることになった(石川県輪島市縄又町)。
『人魚伝』(安部公房) 「ぼく」は海底で見つけた美しい人魚を、アパートの浴槽で飼う。人魚は魔力を持っており、夜眠る「ぼく」の身体を食べ、翌朝には再生させる。やがて「ぼく」は、知らないうちに自分が何度も食われていたことに気づき、人魚を殺す。「ぼく」は食肉用家畜として人魚に飼育されていたのであり、飼い主を失った家畜の悲しみを「ぼく」は味わう。
『子不語(続)』巻9「人変魚」 「私」の甥が公用で重慶を通りかかると、町中が大騒ぎをしていた。某村の人妻が朝起きたら、下半身が魚になっていたのだという。乳房から下は鱗におおわれていたが、顔は普通であり、口はまだ話すことができた。甥はすぐ出発せねばならなかったので、その女を川に放したのか、夫が家で養ったのか、わからずじまいだった。
『人魚コーラ』(イタリアの昔話) 母親が、海で泳いでばかりいる息子コーラを呪い(*→〔呪い〕1)、コーラは半人半魚の身体になった。王さまから「どこの海がいちばん深いか、海の底に何が見えるか、探って来い」と命じられ、コーラは方々の海へ潜る。最後に彼は危険をおかして、メッシーナの燈台岬下の底なし海へ潜った。そのまま、いつまで待っても浮かび上がって来なかった。
『くるみ割り人形』(チャイコフスキー) クリスマス・イヴの夜更け、くるみ割り人形は少女クララの援助を得て、鼠の王を打ち倒す。その瞬間、大きな口で変な顔だったくるみ割り人形は、美しい王子に変身する。王子は「助けてくれたお礼に」と言って、クララを雪の国とお菓子の国へ連れて行く〔*翌朝クララが目覚めると、くるみ割り人形が昨夜と同じ大きな口で、横に寝ていた〕。
『ピノキオ』(コローディ) 怠け者の人形ピノキオは学校の勉強を嫌い、金貨が木になるという「ふしぎな原っぱ」や、遊んで暮らせる「のらくらの国」へ行く。遊んでいるうちピノキオはロバになり、サーカスに売られるが、海に沈められて再び人形に戻る。やがてピノキオはジェペット爺さんと再会し(*→〔魚〕3b)、以後は働き者になって、最後には人間になることができた。
★2.人間そっくりの人形。人形を人間に見誤ったり、逆に、人間を人形に見誤ったりする。
『瓜盗人』(狂言) 夜、瓜盗人が案山子を番人と見間違え、許しを請うが、やがて案山子と気づき、瓜をたくさん取って去る。翌晩、畑主が案山子の恰好をして立ち、これを作り物と思って油断している瓜盗人を捕らえるので、瓜盗人は驚いて逃げる。
『コッペリア』(ドリーブ) 青年フランツは、二階家の窓辺で読書する少女に心ひかれるが、それは人間ではなく、老コッペリウスが作った人形コッペリアだった。老コッペリウスがフランツの生命を抜き取ってコッペリアに吹きこもうとするので、フランツの恋人スワニルダが、コッペリアの服を着て踊る。それを見た老コッペリウスは、「人形のコッペリアに生命が宿った」と思って喜ぶ。
『砂男』(ホフマン) スパランツァーニ教授が二十年苦心して、ぜんまい仕掛けの自動人形オリンピアを作る。砂男コッポラの奸計で、ナタニエルはオリンピアを人間と思い結婚を申しこむが、オリンピアが木の人形であると知って乱心する。後にナタニエルは、恋人クララを人形と思いこんで高塔から彼女を突き落とそうとし、遂には自ら身を投げて死ぬ。
『ホフマン物語』(オッフェンバック)第1幕 スパランツァーニ博士の依頼で、コッペリウスが人形オリンピアを造る。詩人ホフマンが美しいオリンピアを見て恋に落ち、彼女とワルツを踊る。コッペリウスは、人形製作の代金として博士から小切手を受け取るが、それが不渡りだったことに怒り、オリンピアを壊す。ホフマンは、オリンピアが人形だったと知って、呆然となる。
『列子』「湯問」第5 偃師が造った役者の人形は、見た目も動きも人間そっくりだった。人形は穆王の前で歌舞をしたが、女たちに色目を使ったので穆王は怒った。偃師は人形をバラバラに分解し、筋肉・内臓・骨格がすべて革や木でできていることを示した。
*→〔密通〕2bの『話千両』(昔話)。
『あきみち』(御伽草子) 盗賊金山八郎左衛門は、隠れ家の岩穴に入る前に、用心のため身代わりの人形を先にさし入れる。あきみちは、父の仇である金山八郎左衛門を討つべく待ち伏せしており、人形に斬りかかろうとする。その時、虚空から三百人余の声が「待て」と叫ぶので(*→〔口封じ〕1)、あきみちは思いとどまる〔*金山八郎左衛門は安心して岩穴に入り、あきみちに討たれる〕。
『空き家の冒険』(ドイル) ライヘンバハの滝でホームズとモリアティ教授が格闘し、教授は滝壺に落ちてホームズは生還する。ホームズはベーカー街の自室に戻り、自分そっくりの蝋人形を窓辺に置く。ハドソン夫人が十五分に一回、蝋人形を動かす。道を隔てた空き家から、モリアティ教授の仲間が蝋人形を狙撃するところを、ホームズとワトソンが捕らえる。
『カリガリ博士』(ウイーネ) カリガリ博士は夢遊病者ツェザーレをあやつって連続殺人を犯させる。その間、博士は、ツェザーレそっくりの人形を箱に入れ部屋に置いて、犯行時間にはツェザーレは眠っていたように見せかけ、アリバイ作りをする。
『日本書紀』巻9神功皇后摂政5年3月 新羅の使者が、日本に人質になっているミシコチを船で脱出させた。そして茅で人形を作り、ミシコチの床に置いて、彼が病気で臥しているように見せかけた。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第3日第4話 王子が、娘から何度も冷たくあしらわれて怒り、ベッドの中の娘を短剣で刺す。短剣についた血を王子がなめると、甘い味がする。ベッドに寝ていたのは砂糖を固めた人形であり、娘は王子に許しを請い二人は結婚する。
『広異記』「花嫁人形」 盧(ろ)という男が、陶製の花嫁人形を愛蔵していた。妻が冗談に「お妾さんになさるといいわ」と言う。以来、盧は魂が抜けたようになり、「毎晩、女が寝床へ入ってくる」と言う。盧夫婦は人形を寺に預け、供養してもらう。すると寺に怪しい女が現れ、「私は盧様の妾です。奥様に追い出されました」と言う。盧は花嫁人形を叩き壊す。人形の心臓部分には、鶏卵大の血塊があった。
『人でなしの恋』(江戸川乱歩) 十九歳の「私(京子)」は、門野(かどの)という美青年のもとへ嫁ぐ。夫は新婚当初は「私」をかわいがってくれたが、まもなく、夜ごと一人で土蔵にこもるようになった。夫は土蔵の二階で、身のたけ三尺余りの美少女の京人形と、恋を語っていたのだ。「私」は嫉妬して、人形を引きちぎり叩きこわす。それを知った夫は、人形を抱いて刀で自殺する。
『好色一代女』巻3「わざわひの寛濶女」 奥方が、殿寵愛の美女そっくりの人形を作り、「悋気講(りんきこう)」と称して、女中たちと一緒にその人形を突きころばすなどして責めさいなむ。すると人形は眼を開き、座中を見回し立ち上がって、奥方の着物の褄に取りついた。奥方はその後病気になったので、この人形の怨念だとして、人形を焼き捨てた。
『ペトルーシュカ』(ストラヴィンスキー) あやつり人形の道化師ペトルーシュカには、魂が宿っていた。ペトルーシュカはバレリーナの人形に恋するが、ムーア人の人形の三日月刀で突き殺される。壊れて動かなくなった人形のペトルーシュカを、人形遣いの親方が見世物小屋へ運ぶ。その時、小屋の屋根の上にペトルーシュカの幽霊が現れて、踊る。親方は、魂の抜け殻である人形と、屋根の上の幽霊を見比べて、震え上がる。
『江談抄』第3−6 菅原家の本姓は土師氏である。昔、帝王を陵墓に葬る時必ず人を一緒に埋めたが、土師氏は土の人形をその代わりにした。これは国家のためには不忠であるので、菅原家の人々は官位が低い。
『日本書紀』巻6垂仁天皇32年7月 日葉酢媛命が薨じた時、陵墓に生きた人を埋めることを止め、代わりに埴輪を立てた。
*人形の中に麻薬を隠す→〔麻薬〕6aの『暗くなるまで待って』(ヤング)。
*呪いの人形→〔呪い〕2の『異苑』巻9−15。
*こけし人形→〔堕胎〕3の『みちのくの人形たち』(深沢七郎)。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)240「プロメテウスと人間」 ゼウスの命令でプロメテウスが人間と獣を造るが、獣が多すぎたので、いくらかをつぶして人間に造りかえた。その結果、姿は人間でありながら、獣の心を持つものができた。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)430「人類の創造」 プロメテウスが粘土から人間を造った時、粘土を水ではなく涙と混ぜた。だから、人間から涙を切り離すことはできない。
『エヌマ・エリシュ』(古代アッカド) マルドゥーク神は原母神ティアマトと闘い、これを倒す。ティアマトをそそのかし戦争をひき起こした悪神としてキングが召還される。マルドゥークをはじめとする神々たちはキングの血管を切り、流れる血から人間を造り出す。人間は神々の下働きをするよう定められる。
『仕事と日』(ヘシオドス) ゼウスが人類に禍いを与えようと考え、ヘパイストスに命じ、土を水でこねて人形を造らせる。人形には、美しい乙女の姿・冠や首飾り・甘い言葉に不実な心など、さまざまなものが神々から贈られ、パンドラ(パンドレ)と名づけられる。パンドラはエピメテウスの妻になる。
『二人兄弟の物語』(古代エジプト) 兄夫婦と別れ、杉(あるいは松)の谷で一人暮らすバタを神々が憐れみ、陶工神クヌムが、すべての神々の種子を入れた絶世の美女を造り、バタに妻として与える。しかし妻は後にバタを裏切る→〔夫〕5a。
『封神演義』第14回 太乙真人が、蓮花二つ・蓮葉三枚を三才(天地人・上中下・頭身脚)にかたどって机上に配置し、数百年かけて煉った金丹を用いてナタ(ナタク)の魂魄を蓮葉に導入すると、ナタは人間の形となって机上に起き上がり、床に跳び下りた。
*→〔木〕4eの『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第9章。
*→〔土〕1の『コタンカラカムイの人創り』(アイヌの昔話)・『風俗通義』。
*神が人間を祝福する→〔神〕7の『人間万歳』(武者小路実篤)。
『饗宴』(プラトン) 原始時代の人間には、男・女・両性具有の、三種の性があった。男は太陽から、女は地球から、両性具有者は月から発生したため、身体は球状だった。彼らは一つの身体に、二つの顔・四本の手・四本の足を有していた。ある時、ゼウスが球状人間たちの身体を、縦に真二つに切り離し、それ以来、彼らは互いにもとの半身を求め合うようになった。これが、男性同士の愛・女性同士の愛・男女の愛の起源である〔*アリストファネスが語る物語〕。
*切り離された球状人間が互いの半身を求め合うというのは、イザナキ・イザナミ二神が互いの身体の凹凸を合わせて合体する神話を連想させる→〔性交〕1の『古事記』上巻。
『長谷雄草子』(御伽草子) 朱雀門の鬼が、いろいろの死人の良い部分を集めて女を作った。百日過ぎれば、魂が定着して本当の人間になるはずだった→〔百〕1。
『エゼキエル書』第37章 主なる神の霊が、「わたし(エゼキエル)」を多くの人々の骨が満ちた谷へ置く。「わたし」が主に命ぜられたように預言すると、カタカタと音をたてて骨と骨が近づき、その上に筋と皮が生じて、彼らは生き返り、ついには大集団となった。
『加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)』「汐入馬捨場」 局(つぼね)岩藤が、中老尾上を自殺に追い込む(*→〔仇討ち〕6の『鏡山旧錦絵』)。尾上の召使お初が、主人の仇の岩藤を斬って二代目尾上となる。一年後、二代目尾上が先代の命日に墓参りをし、汐入堤の馬捨場まで来ると、土手に散らばった白骨が寄り集まって岩藤の姿になる。岩藤は恨みの言葉を尾上に浴びせた後、日傘をさして宙を飛んで行く。
『還城楽物語』(御伽草子) 馬頭女が亡き父竜王の骨をつないで再び生前の姿にもどすが、おとがいの骨一つが足らなかったので、代わりに納蘇利の大臣の膝のふしを取って、これを糸でつなぐ。竜王は馬にうちまたがり、還城楽の軍勢と闘う〔*『入鹿』(幸若舞)中でも、同様の話が入鹿の口から語られる〕。
*→〔人造人間〕3の『撰集抄』巻5−15。
『第四間氷期』(安部公房) 地球は今、五千万年に一度の変動期を迎えつつあり、今後、海底火山のいっせい噴火により、海面が毎年三十メートル以上も上昇し、四十年後には千メートルを越えて、人類の生存が困難になる、との予測がなされる。極秘のうちに対策が検討され、海底植民地開発協会が、妊娠中絶された胎児を買い取り、水棲人に育て上げて、彼らに人類の未来を託そうとする→〔分身〕2a。
*→〔記憶〕5の『幼年期の終わり』(クラーク)。
『ガス人間第一号』(本多猪四郎) 宇宙旅行のために、強い衝撃や高熱に耐える人間を造ろうと、佐野博士が水野青年を人体改造の実験台にする。ところが実験の失敗で、水野はガス人間になってしまった。水野は自由に身体をガス化し、どこへでも入り込む能力を得て、銀行の金庫室から大金を盗み出す。彼は舞踊家藤千代を愛し、彼女の舞台公演に必要な金を与える。しかし警察に追い詰められ、藤千代は水野と抱き合ったままライターに点火して、二人は爆死した。
『モロー博士の島』(H・G・ウェルズ) モロー博士の島からイギリスに帰った「私(プレンディック)」は(*→〔島〕6c)、日々出会う男女たちが退化して獣性をあらわすのではないか、との不安を覚えた。町へ出ると、女たちが猫のようにすり寄ってくる。疲れた労働者は傷ついた鹿のようだ。牧師の説教は、猿のたわ言に聞こえる。図書館で熱心に読書する人々は、獲物を待ち受ける獣に見えるのだった。
*外見は人間だが、その本性は動物→〔眉毛・睫毛〕1。
『南総里見八犬伝』第2輯巻之1第12回 伏姫が八房とともに富山に入って一年が過ぎる。ある秋の日、伏姫は山道で、牛に乗る十二〜三歳の少年に出会う。少年は伏姫に「御身(おんみ)はすでに懐妊して五〜六ヵ月」と告げる。伏姫が「私には夫はいない」と言うと、少年は「八房と御身と心が通い合い、交わることなくして身ごもったのだ」と教える。
『ルカによる福音書』第1〜2章 天使ガブリエルが処女マリアを訪れ、「あなたは身ごもって男の子を産む。その子をイエスと名づけなさい」と告げた。マリアが「わたしは男の人を知りませんのに」と言うと、天使は「精霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。生まれる子は聖なる者・神の子と呼ばれる」と教えて去った。やがてマリアはイエスを産んだ。
『今昔物語集』巻12−32 源信僧都の母は女子を多く持っていたが、男子がいなかったので、高尾寺に詣でて男子誕生を祈った。彼女は、「僧から一つの玉をもらう」との夢を見て懐妊し、源信を産んだ〔*源信は『往生要集』などの書を著し、七十六歳で極楽往生した〕。
『神道集』巻2−7「二所権現の事」 斯羅奈国の大臣・源中将尹統夫妻が、観音に申し子をし、水精の玉を賜って左の袂に入れる夢を見る。まもなく北の方は常在御前を産む。
『神道集』巻6−33「三島大明神の事」 伊予の国の長者・橘朝臣清政夫婦が、長谷寺の観音に申し子をする。観音は、水晶の玉を清政に授ける。清正は玉を受け取って奥方に与え、奥方はそれを口に入れる、と見て夢がさめた。奥方は妊娠し、若君(玉王)を産んだ。
『梵天国』(御伽草子) 右大臣高藤夫婦には子がなかった。夫婦は清水寺に参籠して子を願い、七日目の暁に「高僧が玉を大臣の左袖に入れる」との夢を見た。まもなく北の方は懐妊し、若君が生まれた。「玉若」と名づけられた若君は成長後、梵天国王の姫君と結婚した。
『南総里見八犬伝』第2輯巻之3第16回 犬塚番作の妻手束は子授けを願い、三年間毎朝、滝の川の弁才天へ参詣する。紫雲の中に、黒白斑毛の老犬に腰掛けた山媛(=伏姫神霊)が現れ、一つの珠を手束に投げ与える。珠は手束のそばにいた子犬の近くに落ち、捜しても見つからない。手束は子犬を抱いて帰る。まもなく手束は身重になり、翌年、犬塚信乃を産む〔*珠は子犬が呑み込んでいた〕。
『黄金伝説』84「使徒聖ペテロ」 皇帝ネロが「男である私を妊娠させよ」と医師たちに命ずる。医師たちは、蛙を飲み物に混ぜてネロに飲ませ、医術を用いて蛙をネロの体内で成長させる。ネロは腹が膨らみ「陣痛で苦しい」と訴え、医師たちはネロに吐き薬を処方する。ネロは、血と反吐にまみれた蛙を口から吐き出し、それを本当に自分が産み落としたものと思った〔*『失われた時を求めて』(プルースト)第4篇「ソドムとゴモラ」の、シャルリュス男爵と仕立屋ジュピアンの同性愛の場面に、「ここでは子供ができる心配はない。『黄金伝説』のありそうもない例はともかくとして」と、ネロの妊娠の物語をふまえた表現が見られる〕。
『西遊記』百回本第53回 三蔵法師の一行が、西梁女人国までやって来る。三蔵法師と猪八戒は喉がかわいたので、子母河の水を飲む。まもなく二人は腹痛に苦しみ、腹がふくれる。土地の女が「この国は女ばかりで男がおらず、子母河の水を飲んで子を産むのだ」と教え、三蔵と八戒は妊娠したことがわかる。孫悟空が、三千里離れた落胎泉までキン斗雲で飛び、泉の水を汲んで来て二人に飲ませ、腹中のものを堕す。
『カズイスチカ』(森鴎外) 花房医学士は、開業医である父の代診をすることがあった。若い女が、腸満(=腹腔内に水がたまる病気)か、あるいは癌かもしれないというので、医者を二〜三軒まわった後に、花房の医院へ来た。花房は「生理的腫瘍だ」と診断した。女は妊娠していたのである。子がなくて夫と別れ、裁縫をして一人で暮らしている女なので、他の医者は妊娠に気づかなかった。相手は、出入りの小学教員だった。
*これとは逆の設定で、若返ったと思ったら病気だった、という物語がある→〔若返り〕5の『だまされた女』(マン)。
『昨日・今日・明日』(デ・シーカ)第1話 失業中の夫を養うため、妻アデリーナは闇市で外国煙草を売り、逮捕されそうになる。しかし、「妊娠中および産後半年以内の女性は逮捕できない」との法律があるので、彼女は「ずっと妊娠中なら刑務所へ行かずにすむ」と考え、元気に七人の子供を産む。一方、夫は体力を消耗して、アデリーナを妊娠させることができなくなる。その結果、彼女は刑務所へ送られるが、仲間たちやマスコミの支援で特赦になる。
『トリストラム・シャンディ』(スターン)第1巻第1〜3章 夫婦が合体して、いよいよこれからという時、妻が「あなた、時計のネジをまくのをお忘れになったのじゃなくて?」と聞いた。そのため夫の精子の勢いがくじかれ、息子トリストラムは、さいさきの悪い人生のスタートを切ることとなった。
『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」 ヴィチトラヴィーリヤ王が世継ぎを残さず死去したので、二人の妃アンビカーとアンバーリカーは、王の異母兄である聖仙ヴィヤーサから子を得ようとする。しかしヴィヤーサは苦行ゆえに異様な姿形をしており、彼に抱かれた時、アンビカーは恐ろしさのあまり目を閉じた。そのため盲目の息子ドリタラーシュトラを産んだ。アンバーリカーは真っ青になったので、青白い息子パーンドゥを産んだ。
『エレファント・マン』(リンチ) 妊娠四ヵ月の女性が、アフリカ象に襲われた。その時の恐怖のために、女性は異形の男児を産んだ。「ジョン」と名づけられた男児は、頭蓋骨が巨大化し、顔がゆがみ、背骨は湾曲して、象のような皮膚が身体の大部分をおおっていた。彼はエレファント・マン(象人間)と呼ばれ、見世物小屋に出された→〔象〕4b。
『さようならコロンバス』(ロス) 図書館員の「ぼく(ニール)」は、名門女子大の学生で高級住宅街に住むブレンダと知り合い、性関係を持つようになる。互いの家柄の違いなどから、「ぼく」は結婚を申し込む自信がなく、彼女に「避妊具のペッサリーをつけてほしい」と要求する。しかしブレンダが部屋の引き出しに隠しておいたペッサリーを、母親が見つけてしまう。母親はブレンダを激しく非難し、「ぼく」は彼女と別れることになる。
*一夜だけの交わりで妊娠する→〔一夜孕み〕。
*水を飲んで妊娠する→〔口〕1の『捜神記』巻11−33(通巻295話)・〔妊娠〕4の『西遊記』百回本第53回。
*「妊娠」と「鯡(にしん)」の聞き違い→〔聞き違い〕2の『あばばばば』(芥川龍之介)。
『居酒屋』(ゾラ)7 ジェルヴェーズの誕生日の晩餐に、男女合わせて十四人が集まることとなる。ところがマダム・グージェが欠席して、席についたのは十三人だった。ジェルヴェーズは不吉なものを感じる。一人が「私は帰る」と言い出し、一人が「十四人より十三人の方が、食べ物の分け前がふえていい」と言う。ジェルヴェーズは「都合をつけるわ」と言って歩道へ出る。彼女は、通りかかった老職人ブリュを呼び入れる。
『ユリシーズ』(ジョイス)第2部6「ハーデス」 レオポルド・ブルームは、友人ディグナムの葬儀に参列する。ディグナムの棺が墓地に埋葬される時、ブルームは後ろの方に立ち、会葬者の数を数えて、自分が十三人目になることに気づく。しかしもう一度見ると、雨外套を着た男がいて、彼が十三人目なのだった。ブルームは考える。「十三・・・死の番号・・・あの男はどこから来たのだろう・・・礼拝堂にはいなかった・・・十三がどうとかいうのは馬鹿げた迷信だ」。
『七騎落』(能) 石橋山合戦に敗れた源頼朝が、船で安房へ落ちのびようとする。主従一行が八騎であるのを、頼朝は「祖父為義・父義朝敗走の折も八騎だったため、不吉だ」と言って、「一人下船せよ」と命ずる。そこで土肥実平の息子遠平が陸に残り、七騎となって船を出す。やがて沖に出た一行は和田義盛の船と出会う。義盛と頼朝は対面するが、義盛は遠平を助け、船底に隠していた。
*写真をとる時、三人は不吉である→〔写真〕5bの三人で写すと死ぬ(松谷みよ子『現代民話考』)。
『黄金伝説』46「聖グレゴリウス」 聖グレゴリウスが十二人の巡礼を食卓に招くが、数えると十三人になっていた。しかし秘書が数えなおすと十二人だった。その時巡礼の一人の顔が老人に変容し、「自分は主の御使いの一人だ」と名のり、「主はあなたを教皇に選んだ」と告げた。
『三宝絵詞』下−30 天台大師(=智)が亡くなった後、朝廷は忌日ごとに使者を寺に送り、千人の僧を供養した。その時、斎場で僧の数を数えると、千一人いる。しかし一人一人名前を呼んで記録すると、千人である。供養が始まると僧が一人多いようだったが、供養が終わるとやはり千人である。それで、天台大師が来て僧たちの中に混じっていたことがわかった。
『11人いる!』(萩尾望都) 宇宙大学の受験生十人が、最終選考のため宇宙船に集められる。ところが乗り組んでみると十一人いる。実は、誰だかわからない十一人目は大学のスタッフで、宇宙船にトラブルを起こし、非常事態に受験生たちがどう対処するかを見るのであった。
*→〔福の神〕4aの『ざしき童子(ぼっこ)のはなし』(宮沢賢治)。
『鉄腕アトム』(手塚治虫)「キリストの目」 ある夜、七人の覆面の男が教会を訪れ、「実験をするから」と言って広い部屋を借りる。しかし出て行く時には、彼らは六人だった。彼らは殺人光線ロボットの開発実験をしており、教会へ来る時は人間六人とロボット一体であり、帰る時はロボットを分解して持ち去ったのだった。
『切符』(三島由紀夫) 洋服屋の松山仙一郎はお化け屋敷の招待券を十枚もらったので、カメラ店の本田、薬屋の村越、時計屋の谷とともに、総勢四人で出かける。お化け屋敷でなぜか異様な恐怖にかられた仙一郎は、出口で待っていた妻と話すうちに、時計屋の谷がしばらく前に自殺したことを思い出す。招待券の残りは六枚のはずが、何度数えなおしても七枚あった。
『平家女護嶋』(近松門左衛門)「鬼界が島」 鬼界が島に流された俊寛・康頼・成経の赦免状を携えて、使者瀬尾太郎らが船を寄せる。成経は島娘千鳥と夫婦になっており、彼女をも伴おうとする。しかし瀬尾は「船路関所の通行切手は三人のみだ。四人とは書いてない」と言って、千鳥の乗船を許さない。怒った俊寛が瀬尾を殺し、自らが島に残って、康頼・成経・千鳥の三人が乗船できるようにはからう。
『月世界の女』(ラング) 男二人(ヘリウスとヴィンデガー)・女(フリーデ)・少年の合計四人が、月世界から宇宙船で地球へ帰ろうとする。酸素タンク損傷のため、三人分の酸素しかない。ヴィンデガーとフリーデは婚約していたので、ヘリウスは「自分が月に残ろう」と考える。ところが、宇宙船を見送ったヘリウスが振り返ると、意外にもそこにフリ−デがいた。フリーデは「自分は本当はヘリウスを愛していたのだ」と気づき、彼とともに月に残る決心をしたのだった。
『冷たい方程式』(ゴドウィン) 惑星ウォードンの探検隊が、緑色カラ蚊の媒介する熱病に侵された。一人乗りの宇宙船EDS(=緊急発進艇)が血清を積んで、ウォードンへ向かう。ところが、EDSの倉庫内に密航者がいた。それは一人の少女で、ウォードンにいる兄に会いに行こうとしたのだ。見つかったら罰金を払えば済む、と少女は考えていた。しかしEDSの燃料は、飛行士一人分だけである。飛行士は少女を、真空の宇宙空間へ追いやらざるを得なかった。
『人影花』(昔話) 盗賊にさらわれた妻を夫が捜し、三年たって盗賊の家を見つけて、妻と再会する。その家には「アスナロー」という花があって、男が来れば男花が、女が来れば女花が、人数分だけ咲く。夜、盗賊が帰って来ると、男花が二つ咲いたので、盗賊は「わしの他にもう一人男がいるな」と言う。妻は「私のお腹に男の子ができたのでしょう」と、ごまかす。山賊は喜び、酒を飲んで眠る。隠れていた夫が、刀で山賊を殺す(鹿児島県大島郡喜界島)。
*殺した人間の数と、花の数が一致する→〔花〕2cの『牡丹』(三島由紀夫)。
*腹の中の子を、数のうちに入れる→〔箱〕4aの『三国遺事』巻1「紀異」第1「金ユ信」。
『生命とは何か』(シュレーディンガー)「エピローグ」 「肉体の数と同じ数だけの霊魂(=意識)がある」と、ヨーロッパ人は考えている。しかしこの仮説は疑わしい。自我意識は、同時に二つ以上感じられることはなく、つねに単一のものとして経験される。肉体が複数存在しても、意識は一つである。ただ一つのものだけが存在し、多数あるように見えるものは、この一つのものの現す異なる姿に他ならない。
*一人の人間に複数の魂が宿る→〔魂〕10・11。
『雁風呂』(落語) 秋、常盤の国から日本へ渡る雁たちは、口に木の枝をくわえている。疲れると枝を海に落としてその上で休み、函館海岸の一木松まで来て、枝を捨てる。翌春、雁たちは再び枝をくわえて常盤の国へ帰るが、日本で死んだ雁の数だけ、浜辺に枝が残る。漁師たちは雁を憐れみ、残った枝で施行風呂をたく。それを「雁風呂」という。
『夕陽のガンマン』(レオーネ) 賞金稼ぎのガンマン・モンコが、盗賊団一味を皆殺しにする。彼は一人一人に懸けられた賞金額を計算しながら、死体を荷車に積んでゆく。すると、もらえるはずの金より五千ドル少ないので、誰かまだ一人生き残って隠れている、とモンコは気づく。生き残りの男が背後からモンコを撃とうとする一瞬前に、モンコは振り返って男を射殺する。
『飢餓海峡』(水上勉) 昭和二十二年九月二十日午後。青函連絡船層雲丸は函館港を出てまもなく、台風のために転覆した。乗船者八百五十四名のうち、生存者三百二十四名。したがって死者は五百三十名のはずが、収容された死体は二体多かったので、警察は捜査を開始した。それは、北海道内で強盗殺人を犯した三人組が小舟で青森へ逃げる途中、仲間割れで二人が海へ投げ出された、その死体だった→〔再会〕10。
『しまつの極意』(落語) 商売をする男が、十人いた店員を五人に減らしたが、結構それで間に合う。さらに減らして店員二人にしても、大丈夫だった。思い切って店員をゼロにして、夫婦二人で走り回って働いたら、なんとかなった。妻を離縁して男一人でやっても、間に合った。「それなら、わしもいらんのだ」と言って、男はどこかへ行ってしまった。
『羅生門』(黒澤明) 雨の中。羅生門の下で、木こりと僧と下人が不可解な殺人事件(*→〔語り手〕1)について語り合っていた時、誰かがそっと赤ん坊を棄てていった。下人はすぐに赤ん坊の衣類を剥(は)ぎ、奪い取ってしまったので、木こりは憤る。木こりは僧に、「わしの所には子供が六人いる。しかし、六人育てるも七人育てるも、同じ苦労だ」と言い、赤ん坊を抱いて帰って行く。
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