『バーガヴァタ・プラーナ』 ヤショーダーに抱かれた幼いクリシュナ神が、あくびをする。その口の中に、空・星・太陽・月・海・山など全宇宙が見えたので、ヤショーダーは仰天した。
『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」 聖仙マールカンデーヤが、クリシュナの化身である少年の口中に吸いこまれる。腹の中に入ると、そこに都市・王国・山々・神々・人・動物など、全世界が現出する。マールカンデーヤは数百年間過ごした後に、口から吐き出される。
『影をなくした男』(シャミッソー) 青年シュレミールは園遊会で、長身痩躯の年配の男に出会う。男は灰色がかった燕尾服のポケットから、人々の望みに応じて、望遠鏡・トルコ絨毯・テント・馬三頭などを、次々に出す。男は悪魔であり、シュレミールに「あなたの影をゆずってほしい」と申し出る→〔交換〕2。
『アレフ』(ボルヘス) 「わたし(ボルヘス)」は友人カルロスの家の地下室の暗闇で、アレフを見せられた。それは直径二〜三センチの玉虫色に光り輝く球体で、宇宙空間がそっくり原寸大のまま、そこにあった。「わたし」は、地球のあらゆる場所と人々を、あらゆる角度から見た。広大な砂漠と、砂粒の一つ一つが、同時に見えた。昼と夜、黎明と黄昏が、混じり合うことなく共存していた。それは思量を絶する世界だった。
*壺の中の大空間→〔壺〕2の『後漢書』列伝第72「方術伝」・『仙境異聞』(平田篤胤)上ー1。
*小さな部屋の中の大空間→〔部屋〕5の『今昔物語集』巻3−1。
*仏の掌の中の大空間→〔掌〕3。
★2a.遠く離れた空間に瞬時に移動する。テレポーテーション。大阪から九州まで行く、という物語がある。
『宇治拾遺物語』巻1−17 修行者が津の国の古寺に宿をとる。夜中に百人ほどの化け物がやって来て、「座る場所が足りないから」と言って、修行者を堂の縁の下に移す。翌朝になって見ると、そこは津の国から数百キロ以上離れた肥前の国であった。
『夜窓鬼談』(石川鴻斎)下巻「滝蔵」 十六歳の少年滝蔵は江戸深川の野口家に奉公し、弁財天を信仰していた。ある日滝蔵は、出会った老僧に布で顔を覆われ、十歩ほど歩かされると、鹿児島の武家の屋敷に来ていた。滝蔵は一時期、その家の養子になったが、数ヵ月後、庭にある弁財天の祠に祈り、その場で眠って目覚めると、江戸の野口家に戻っていた。
*江戸から常陸へ空間移動する→〔壺〕2の『仙境異聞』(平田篤胤)上ー1。
『西遊記』百回本第29〜31回 宝象国の王女百花羞は、黄袍怪にさらわれ、三百余里離れた碗子山波月洞に連れて来られる。しかし孫悟空が彼女を救い、縮地法を使って瞬時に宝象国の王宮へ連れ戻す。
*心理的な縮地法→〔道〕4の『ゴボン・シーア』(イギリスの昔話)。
*どこでもドア→〔扉〕3a。
『鉄腕アトム』(手塚治虫)「透明巨人の巻」 花房理学士が物質電送機を完成させ、サカナ、ウサギ、ロボット、そして花房自身を、ウッズ博士の所へ送信する。ウッズ博士は花房に嫉妬し、受信機を壊してしまう。その結果、花房の身体にサカナ、ウサギ、ロボットの分子が混じり合い、彼は異様な姿に化した。花房はもう一度電送機に入り、宇宙空間へ消えて行く〔*一ヵ月後、宇宙探検隊がヒアデス星団を訪れ、サカナとウサギとロボットと人間の混じったような宇宙人に出会った。その宇宙人は日本語を話し、探検隊をもてなした〕。
*手塚治虫は、→〔蝿〕3の『蝿』(ランジュラン)にヒントを得てこの作品を書いた、と述べている。
『電送人間』(福田純) 仁木博士は立体テレビの原理を推し進め、映像ではなく物質そのものを遠方へ送る電送機を開発する。博士の助手だった須藤が、電送機に入って空間移動し、仇敵である四人の男を殺す。軽井沢に住む須藤が自邸の電送機から、東京や甲府の電送機へ移動して殺人を犯し、すぐに自邸へ戻るのであるから、アリバイは完璧だった。しかし仁木博士が軽井沢の電送機を停止させたため、須藤は戻ることができず、死んでしまった。
『コンタクト』(ゼメキス) 女性科学者エリーが、ポッド(=一人乗り空間移動装置)で、二十六光年彼方のヴェガを目指す。ポッドは準光速で飛ぶはずだったが、ワームホールに入り、一気に銀河系の中心まで行く。彼女はそこで十八時間を過ごした後、地球へ帰還した。しかしその間地上では、ポッドの発射失敗から海面落下まで、一秒が経過しただけだった。人々は、「エリーの体験は幻覚ではないか?」と疑った。
『発狂した宇宙』(ブラウン) SF雑誌編集者キースのすぐ傍にロケットが墜落し、その衝撃で彼は、別の宇宙のニューヨークへ飛ばされた。そこは濃霧管制が敷かれ、アルクトゥールス星人と交戦中の、異様な世界だった(*→〔多元宇宙〕3)。キースは、もとの世界へ帰ろうと精神を集中する。彼は無意識のうちに、自分にとってより良い宇宙を選んだ。彼が戻ったニューヨークでは、キースは出版社のオーナーで、美しい恋人が彼を待っていた。
『猿の惑星』(シャフナー) ケープ・ケネディ基地からオリオン星座の方向へ打ち上げられた宇宙船が、未知の惑星に不時着する。生き残ったテーラー隊長ら三人は、高度な知能を持つ猿たちに捕らえられる。テーラー隊長は脱出し、海岸をさまよううち、砂に半分埋もれた自由の女神像を見いだす。テーラー隊長らの宇宙船は、遠い惑星ではなく、未来の地球へ来ていたのだった。
『タイム・マシン』(H・G・ウェルズ) 「ぼく」の友人の時間飛行家は、「時間は空間の一種にすぎない。時間は空間の第四次元なのだから、われわれは空間を移動するのと同様に、時間も移動できるはずだ」と語る。彼はタイム・マシンを作り上げ、未来世界へ旅立って行った→〔時間旅行〕1a。
*空間的に遠い所に見えることがらを、実現までに長い時間がかかる、と解釈する→〔水鏡〕3aの『古今著聞集』巻7「術道」第9・通巻297話。
『スローターハウス5』(ヴォネガット) ビリーはトラルファマドール星に誘拐された(*→〔誘拐〕5)。彼は言う。トラルファマドール星人は、個々の星の過去から未来までの位置を、すべて見わたすことができる。それゆえ彼らの眼からは、宇宙空間は、光るスパゲッティに満たされているように見える。人間は、一端に赤ん坊の足があり、他端に老人の足がある、長大なヤスデのように見える。
★5.劇が演ぜられる舞台上では、空間と時間は自在に転換する。
『パルジファル』(ワーグナー)第1幕 聖杯城近くの森の中。旅の若者パルジファルが森に迷い込んで、聖杯守護騎士団の長老グルネマンツと出会う。グルネマンツがパルジファルに語りかけるうちに、舞台背後では、森から聖杯城へと少しずつ場面が転換する。パルジファルが「あまり歩いていないのに、もう遠くへ来たような気がする」と言うと、グルネマンツは「ここでは時間が空間に変わるのだ」と教える。
『レ・コスミコミケ』(カルヴィーノ)「ただ一点に」 宇宙にまだ空間がなかった頃、全存在は一点に凝集していた。「わし(Qfwfq)」もそこにいた。ある時、Ph(i)Nko夫人が「ほんのちょっとの空間があれば、皆さんにおいしいスパゲッティをこしらえてあげたいわ」と言った。皆が「空間」というものを思い浮かべた瞬間、一点は、何百光年、何万光年、何十億光年の距離に拡がり、「わしら」は宇宙の八方へ投げ出された。
『薄明』(太宰治) 東京の三鷹の家を爆弾で壊されたので、「私」は、妻、長女(五歳)、長男(二歳)とともに、昭和二十年四月上旬、妻の里の甲府へ疎開した。六月に長女が結膜炎で失明状態になり、そこへ敵機が襲来して焼夷弾を降らせた。「私」は失明の子を背負って逃げた。家は全焼し、その数日後に長女の眼は治った。「私」は家の焼け跡を見せ、「兎さんも、お靴も、小田桐さんの所も、茅野さんの所も、みんな焼けちゃったんだよ」と説明する。長女は「ああ、焼けちゃったね」と言って微笑した。
『火垂るの墓』(野坂昭如) 昭和二十年六月五日。神戸はB29大編隊の空襲を受けた。清太の家は焼け、母は火傷を負って死んだ。父は出征中であり、中学三年の清太は四歳の妹節子とともに、西宮の遠い親戚の家に身を寄せる。しかしそこには居づらく、二人は近くの防空壕で暮らす。八月十五日に戦争は終わるが、二人には行く所もない。二十二日に節子は栄養失調で死ぬ。寺の隅で火葬すると、周囲を多くの蛍が飛んだ。九月二十一日深夜、清太は三宮駅構内で野垂れ死にした。
『防空壕』(江戸川乱歩) 東京の大空襲の夜、市川清一は炎に包まれた町を逃げまどい、防空壕を見つけて中へ入る。豆電灯の光で見ると、思いがけずそこに一人の美女がいた。死と隣り合わせの状況の中、市川清一の情慾は異様に高まり、彼は美女と夢のような一夜の契りを結ぶ。実際は、女はうら若い娘ではなく、五十数歳の老婆だった。近眼の市川清一には、それが絶世の美女に見えたのである。彼が満ち足りた心で眠っている間に、老婆は立ち去った。
*空襲下の男女の出会い→〔橋〕3aの『哀愁』(ルロイ)・『君の名は』(菊田一夫)。
『白痴』(坂口安吾) 太平洋戦争末期。二十七歳の伊沢が間借りしている部屋へ帰ると、近所の人妻が押入れに隠れていた。美しい顔立ちの彼女は、白痴だった。伊沢は彼女と同棲する。昭和二十年四月十五日。大空襲があり、伊沢は白痴の女を連れて逃げる。川の傍の麦畑までたどり着き、女はかすかないびき声をたてて眠った。「この女は豚そのものだ」と、伊沢は思う。愛情などないが、女を置き去りにするだけの気力も、伊沢にはなかった。
『失われた時を求めて』(プルースト)第7篇「見出された時」 第一次世界大戦下のパリ。ソドムの男(=男性同性愛者)であるシャルリュス男爵は、貴族社会との交際を断ち、男色者の集まる宿に出入りしていた。夜になると、しばしばドイツの爆撃機による空襲があった。男爵は「今夜はまさか警報はないだろうな。ソドムの住民のように(*→〔火〕1eの『創世記』第19章)、天の火に焼き滅ぼされる自分の姿が目にちらつくのだ」と、よく言っていた。
『スローターハウス5』(ヴォネガット) 一九四五年二月十三日の夜、連合軍によるドレスデンへの大空襲が行なわれた。それはヒロシマを上回る規模で、十三万五千人の市民が殺戮された。この事実を、連合国は戦後もひた隠した。米軍の歩兵だった「わたし(ヴォネガット)」は、ドイツ軍に捕らえられ、ドレスデンの収容所で大空襲に遭った。戦後二十数年を経て、「わたし」はこの体験をSF小説の手法で書こうと考える。主人公の名前はビリー。彼は、痙攣(けいれん)的時間旅行者だ→〔時間旅行〕5。
『カター・サリット・サーガラ』「マダナ・マンチュカー姫の物語」4・挿話10の4 「神通力を持つ」と嘘をついて長者宅に寄食する婆羅門が、「王の財宝を盗んだ盗賊を捕らえよ」と命ぜられる。婆羅門は嘘を悔い、「悪行をなした舌(ジフヴァー)よ」と独り言を言う。ところが、賊の一味であるジフヴァーという名の下女がこれを聞き、見破られたと思って、自ら罪を白状する→〔箱〕4b。
『ものしり博士』(グリム)KHM98 ものしり博士を詐称する百姓クレープスが妻とともに、殿様の屋敷に招かれて食事をご馳走になり、「泥棒に盗まれた金を取り戻して欲しい」と依頼される。最初の料理が運ばれた時、クレープスは妻に「これが一番目だ」と説明するが、実は給仕が泥棒だったので、給仕は「泥棒第一号」と指摘されたのだと思って恐れる。二番目・三番目・四番目の給仕も同様で、彼らはそろって罪を白状する→〔箱〕4b。
*偶然に、秘密の名前を言い当てる→〔名当て〕3の『ジャータカ』第380話。
『鼠経』(昔話) 坊さんが鼠の動きを見ながら、「おんちょろちょろ云々」というでたらめのお経を、婆さんに教える。婆さんがそのお経をあげている時に盗人が入るが、「おんちょろちょろ出て来られ候、おんちょろちょろ穴のぞき・・・・」という文句がたまたま盗人の行動とぴったり符合し、盗人は恐れて逃げる(熊本県天草市)。
*同志の隠れ家を問われ、でたらめを教えたら、偶然に同志の居場所を言い当ててしまった→〔嘘〕11の『壁』(サルトル)。
『三国志演義』第21回 曹操から「天下の英雄は貴公とわしじゃ」と言われ、劉備は「我が本心を悟られたか」と、手にしていた箸を思わず取り落とす。ちょうどその時雷鳴が轟いたので、劉備は「雷に恐れて箸を落とした」と言いつくろい、曹操もそれを信ずる。
★2.近代の小説は、事件の必然的な展開を重視するので、一般に、偶然のできごとを避ける傾向がある。しかし、次のような例もある。
『雁』(森鴎外) お玉が、無縁坂を毎日通る医学生岡田に言葉をかけようと決心した日、たまたま下宿の夕膳に、「僕」の嫌いな鯖の味噌煮が出る。そのため「僕」は岡田を誘って食事に出かける。岡田が「僕」と連れ立って来るので、お玉は声をかけることができず、しかも岡田は洋行の準備をすべく翌日下宿を出るので、お玉はついに岡田と語り合う機会を失う。
『小僧の神様』(志賀直哉) 貴族院議員Aが、秤(はかり)屋の小僧仙吉に寿司を御馳走する。仙吉はAを「神様か御稲荷様に違いない」と考え、Aが秤を買う時でたらめに記帳した番地を尋ねて行く。偶然にもそこは、小さな稲荷の祠がある番地だった〔*「作者は最初このように書こうとしたが、小僧に対し残酷な気がしたのでやめた」と小説は結ばれる〕。
*志賀直哉は、虚構と現実の奇妙な偶然の符合を体験している→〔物語〕8の『創作余談』。
★3.近代以前の物語では、偶然というより、神仏の不思議なはからい、として語られる。
『閑居の友』下−5 初瀬に参籠した貧女が、観音の夢告に従い、傍らに臥す女房の衣を盗む。貧女は、帰り道で出会った男の妻となって運命が開け、美濃国で裕福に暮らす。年月を経て夫とともに再び上京した女は、京に身寄りのないことを恥じ、適当な家を示して「ここが姉の家」とでたらめを言う。その家の女主人こそ、かつて貧女が衣を盗んだ女房であり、二人の女は観音の導きの不思議を語り合い、まことの姉妹となる〔*『沙石集』巻2−4などに類話〕。
『沙石集』巻10本−7 高野山の入道二人が、発心の契機となった出来事を語り合う。一人が「私は在俗時、貧窮ゆえに、通りかかりの女を殺して着物を奪ったのです」と告白すると、もう一人が「では、我が妻を殺したのは貴方でしたか」と奇縁を驚く。彼は言う。「愛妻の死がきっかけで、私は出家しました。思えば、貴方こそ私を仏道へ導いた人です。ともに故人の菩提を助け、修行に励みましょう」〔*『三人法師』(御伽草子)前半部に類話〕。
『オリヴァー・トゥイスト』(ディケンズ) 盗賊の手下となった少年オリヴァーは、老紳士ブラウンローのポケットからハンカチを盗んだと疑われる。それが縁でオリヴァーはブラウンローの家に引き取られるが、偶然にもブラウンローはオリヴァーの亡父の親友だった。後にオリヴァーは、メイリー夫人の家へ盗みに入って負傷し、メイリー一家の世話を受けるが、その家の養女ローズは偶然にもオリヴァーの亡母の妹だった。
『戦争と平和』(トルストイ)第4部第3篇 老商人が殺人の濡れ衣を着せられ、笞刑を受け、鼻の孔を裂かれ、懲役に送られて十年以上がたつ。ある夜、囚人たちの集まりで老商人は自分の体験を語り、「わしはくよくよしない。これも神様の御心だ」と言う。その場に真犯人が居合わせ、彼は泣いて許しを請う〔*カラターエフが語る話。逆に、加害者が過去の悪事を語り、その場に被害者の家族が居合わせる物語については→〔過去〕2〕。
*縁ある人々が、宿で偶然巡り合う→〔宿〕5。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第12巻121ページ 波平と、旧知の須藤氏がレストランでバッタリ出会い、「奇遇だ」と言う。偶然そこへ、須藤氏の知人入江氏がタイ子を連れてやって来る。さらに、磯野家に下宿中の甥ノリスケが「オヤ、おじさんじゃありませんか」と言って現れ、波平は「おう、丁度いいところに来た」と言う。サザエがあきれて「旧式なお見合いね。あんまり偶然すぎるわよ」と言う。
『点と線』(松本清張) 一月十四日夕刻、安田辰郎と料亭の女中二人が東京駅の十三番ホームにいて、十五番線に女中仲間のお時を目撃する。彼女は男と一緒に、博多行き特急に乗った。二十一日、九州でお時と男の死体が発見された。列車の発着が多い東京駅では、十三番線から十五番線を見通せるのは、一日のうちわずか四分間なので、三原警部補は「安田たちは、よくも偶然その時間にそこにいたものだ」と思うが、「本当に偶然だろうか?」との疑念を抱いた〔*それは、女中たちに「お時が心中の旅に出た」と思わせるよう、安田が仕組んだのだった〕→〔取り合わせ〕1b。
★1a.自分が住みたい家について、あれこれ空想するが、実現できない。
『発心集』巻5−13 年老い貧しい男が、壊れた古堂に住んでいた。彼は紙反故をもらい集めて、いくつも家の設計図を描き、「寝殿はしかじか、門の形はこれこれ」などと空想して、毎日を過ごしていた。人々は、馬鹿げたことの例として、このことを言っていた。
『ものくさ太郎』(御伽草子) ものくさ太郎の邸宅は人並みすぐれて見事なもので、四面四町に築地を築き、東西南北に池を掘り、屋敷の天井に錦を張り、梁や垂木に金銀を金具代わりに打ちなどして立派に造りたい、と心には思うのだが、実際には、竹を四本立て、それに薦をかけて住んでいた。
『素晴らしき日曜日』(黒澤明) 戦後間もない頃。若いカップル雄造と昌子が焼け跡の空き地で、将来開きたいと思う店のありさまを想像する。扉はガラスで「大衆の珈琲店」と書き、「ここがカウンター」「ここがテーブル」と、二人は歩き回りながら決めてゆく。昌子が客となり、想像の扉を開け想像の椅子にすわって、コーヒーとお菓子を注文する。通行人が大勢立ち止まり、雄造と晶子のふるまいを見る〔*その後二人は野外音楽堂へ行き、空想のコンサートを開く〕→〔映画〕3。
『ロリータ』(ナボコフ)第1部20 ハンバートは少女ロリータを手に入れるために、彼女の母親シャーロットと結婚する。ハンバートは、湖で泳ぐシャーロットを事故に見せかけて溺死させようか、と考え、その有様を想像するが、結局実行せずに岸に上がる。ところが友人ジーンが風景画を描くべく湖をずっと見ており、あやうくハンバートは殺人現場を目撃されるところであった。
★2b.犯罪の空想があまりに真実に近づいた結果、ほんとうに実行してしまう。
『或る罪の動機』(谷崎潤一郎) 博士家の書生中村は、生まれつき世の中を虚無だと感じており、何事にも価値を認めなかった。神や善や道徳を信じて疑わぬ博士一家の幸福そうな生活に、彼は反感を抱く。中村は、博士殺害を空想して楽しむ。しかし綿密な殺人計画を空想して、その光景を見、その心理を経験するうち、空想にとどめておけなくなり、実際に博士を殺してしまう。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第22巻42ページ 夜、覆面をして包丁を持った男が、磯野家の門前にたたずむ。男は「ここに押し込み強盗に入ったとする」「ああなる」「こうなる」・・・といろいろ考え、「とどのつまり結局つかまる」と結論する。男は強盗に入るのをやめ、交番へ行く。交番の警官は、「押し入らないうちに自首して来たのか」と驚く。
『ドン・キホーテ』(セルバンテス)前編第8章・第16〜18章 ドン・キホーテは遍歴の騎士を夢想して、サンチョ・パンサを供に旅をする。彼は風車を見て、巨人の群だと思い突撃する。宿屋に泊まっても、「親切な城主の歓待を受けた」と考えて、宿賃を払わない。羊の大群二つに出会うと、騎士たちの戦争と見なし、一方に助勢しようと羊の群につっこむ。
『二階ぞめき』(落語) 大店の若旦那が「毎晩吉原をひやかして歩かないと、寝つきが悪い」というので、父親が大工に命じ、店の二階に吉原そっくりの景色を作ってやる。若旦那は喜んで二階へ上がり、吉原の気分に浸りきって、あれこれ空想して独り言を言う。小僧が二階へ見に行くと、若旦那は「ここで会ったことは親父には内緒に」と口止めする。
『湯屋番』(落語) 道楽者の若旦那が銭湯の番台に上がるが、目当ての女湯がガラ開きなので、空想を始める。「客の年増女に見そめられ、家へ招かれたところで雷が落ち・・・・」と考えるうち熱中し、想像上の女の声色をつかい、身振り手振りを交えて一人芝居をする。男客たちが面白がって番台を見る。
*→〔落下〕1aの『智恵者エルゼ』(グリム)KHM34。
『寓話』(ラ・フォンテーヌ)巻7−9 乳しぼりの女が牛乳壺を頭に載せて、町へ出かける。「牛乳を売った金を元手に、やがては牝牛を飼い、子牛が羊たちにまじって飛び跳ねることだろう」と空想して、想像上の子牛と一緒に女も飛び跳ね、牛乳壺は地に落ちる。
『千一夜物語』「床屋の第五の兄エル・アスシャールの物語」マルドリュス版第31〜32夜 ガラス細工売りが、大儲けをして美女を娶ることを夢想する。しかし、「彼女が身の程をわきまえず、なれなれしい態度をとったら蹴ってやろう」と思い、ガラス細工を蹴飛ばして粉々にする。
『パンチャタントラ』巻5−9 バラモンが、托鉢で得た粉の入った壺を見ながら空想にふける。「飢饉があったら粉を売り、それを元手に大金を儲け、妻をめとり、息子が生まれるだろう。しかし妻が私の言うことを聞かなければ、私は妻を蹴るだろう」と考えつつ、思わず壺を蹴り、壺を壊して粉まみれになる。
『お目出たき人』(武者小路実篤) 二十六歳の「自分」は、まだ女を知らない。「自分」は、近所に住んでいた女学生・鶴を、一方的に恋する。「自分」は鶴と言葉を交わしたことすらないが、鶴とのはじめての接吻や、結婚後の理想の生活について、あれこれと空想する。しかし鶴は、金持ちの工学士のもとへ嫁いでしまった。鶴は本当は「自分」を愛していたのだが、家族の意のままに、気の進まぬ結婚をしたのだ、と「自分」は考える。
『断崖』(ヒッチコック) リナは、夫が詐欺の常習犯で、借金をかかえる身であることを知り、不信感を持つ。さらに夫は、生命保険や毒物について調べているので、リナは「私は殺される」と思い込み、夫が持って来てくれたミルクも、飲むことができない。実際は夫に殺人の意志などなく、彼は一時自殺を考えたことがあっただけだった。それを知ったリナは、夫を助け、結婚生活をやり直そうと思う。
『火星人ゴーホーム』(ブラウン)「作者のあとがき」 『火星人ゴーホーム』(*→〔宇宙人〕1d)の読者から、火星人事件の真相を問う手紙が来ました。では、恐るべき真相をお教えしましょう。火星人はSF作家ルークの想像の産物ですが、火星人だけでなく、実は、この宇宙と、そこにある森羅万象のことごとくが、ルークの想像のうちにのみ存在しているのです。まだあります。そのルークを創りだしたのは、この「私(ブラウン)」なのです。
*空想上の人物→〔架空の人物〕。
★.真実を述べていれば、熱湯に手を入れる・熱鉄を手に握るなどしても火傷をしない。
『グズルーンの歌』V(エッダ) ギューキの娘グズルーンは不義の疑いをかけられ、潔白であることを示すため、中傷者ヘルキャとともに、煮えかえる鍋の底に手を入れる。グズルーンの手は無事に石を拾い上げ、ヘルキャは火傷を負う。
『心中刃は氷の朔日』上之巻「平兵衛勘当の場」 平兵衛が遊女小かんと別れることを誓うと、親方利右衛門は赤く焼けた鉄棒を皆の前で握れ、と迫り「誓言に偽りなければ氷よりも冷やかだろう。嘘のある者は腕が焼けただれて落ちるだろう」と言う。
『捜神記』巻2−11(通巻42話) 扶南王范尋は、沸騰した湯の中に金の指環を投げこみ、犯罪の容疑者に手を入れて探させた。無実の者の手はただれず、罪を犯した者は手を入れたとたん火傷を負った。
『ドイツ伝説集』(グリム)480「寡婦と孤児の訴えを裁くオットー帝」 斬首された伯爵の無実を奥方が訴え出、灼熱した鉄塊を素手で持つ。奥方は何の苦痛も感ぜず、伯爵の無実が証明される。
『日本書紀』巻10応神天皇9年4月 甘美内宿禰が、「兄武内宿禰に謀叛の心あり」と天皇に讒言し、武内宿禰は、「無実である」と弁明する。天皇の命令で、二人は磯城川のほとりで探湯をし、武内宿禰が勝つ。
『日本書紀』巻13允恭天皇4年9月 諸人の称する氏姓の実否を判定するため、詔して盟神探湯を行なった。泥を釜に入れて煮沸かし、手をかきまわして湯の泥を探らせ、あるいは斧を真赤に焼いて掌に置いた結果、真実を述べた者は無事で、偽りを述べた者は傷ついた。
『日本書紀』巻17継体天皇24年9月 任那に派遣された近江毛野臣は、訴訟裁定の折に好んで誓湯(ウケヒユ)を設け、湯で爛れ死ぬ者が多かった。
『水鏡』中巻 四天王像の一体を何度も鋳損なうので、称徳女帝が「仏徳により女身を捨て成仏できるなら、我が手を銅の沸く中に入れるゆえ、この度は鋳られ給え。願いがかなわぬならば、我が手は焼けるであろう」と誓ったところ、帝の手には少しの疵もなく、四天王像は完成された。
*→〔誓い〕1aの『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第24章。
★1.草は、傷ついたものを回復させ、死んだものを蘇生させる力を持つ。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第3章 ポリュイドスが石を投げて蛇を殺す。他の蛇が草を持って来て、死んだ蛇の体全体に乗せると、蛇は生き返る。これを見たポリュイドスは、同じ草をグラウコスの死体に当てて生き返らせた。
『捜神記』巻14−1(通巻340話) 兄妹婚をした二人が山に追われ、死んだ。神鳥が飛んで来て不死草を亡骸にかぶせておくと、七年後に、頭が二つ・手足が四本・胴体が一つの男女が生まれた。
『太平広記』408所引『異苑』 怪我をした蛇の傷口に、仲間の蛇が草をのせる。何日かたつと蛇は動けるようになる。農夫がそれを見て、人間の怪我にもその草を使ってみたところ、どんな傷にもよくきいた。
『椿説弓張月』残篇巻之4第66回 首をはねられた曚雲の屍骸は長さ五〜六丈のミヅチと化した。これを草むらに捨てると、水になって消え失せた。蛇毒を消し、傷にもよく効く薬草であるというので、羽羽(はぶ)草と呼ぶ。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第7話 チェンツォが剣を振るい七首の龍の首を一つ刎ねると、龍は近くに生えている草に傷口をすりつけ、首はたちまちもとどおりにくっつく。後にチェンツォが誤解して弟メオの首を切った時も、この草を用いて弟の首をつけ、蘇生させる。
『酉陽雑俎』巻19−784 昔、ある男が鹿を射止め、五臓を解剖して天名精(鹿活草)を詰めると、鹿は起き上がった。奇怪に思って草を抜くと、また倒れた。これが三度繰り返された。この草は、切り傷や骨折の治療に使われた。
『ラーマーヤナ』第6巻「戦争の巻」 魔王ラーヴァナの住むランカー島(スリランカ)へ攻め入ったラーマと猿軍は、敵の矢で傷つき倒れる。猿のハヌーマン(ハヌマット)がヒマラヤ山から薬草を取って来、その香りをかいでラーマたちは回復する。
雀の宮の伝説 男が妻と密夫に謀られ、針の入った餅を食べさせられて、苦しんで寝ていた。見ると、男と同じように苦しんでいる雀がおり、草を食べて尻から針を出した。そこで男も雀のまねをして草を食べ、針を体外へ排出した。命が助かったのは雀のおかげだというので、男は雀を大明神として祀った(栃木県河内郡)。
『太平広記』459所引『聞奇録』 大蛇が、鹿を呑んだあと一本の木に巻きつき、その葉を食べて腹の中の鹿を消化する。これを見た男が葉を持ち帰り、腹が張った時に葉をスープにして飲む。翌日、人々が男の布団をはぐと、骸骨だけが残り、あとはすべて水になっていた〔*『蛇含草』(落語)の原話〕。
『宇治拾遺物語』巻11−3 安部晴明が、僧たちから「陰陽の術を見せよ」と請われた。そこで晴明は草葉をちぎり、何事かを唱え蛙に投げかけたところ、蛙はつぶれて死んだ。
『俊頼髄脳』 父を亡くして嘆く兄弟がいた。兄は悲しみを忘れようと思い、見れば憂いを忘れる萱草を墓の辺に植え、弟は親を慕う心を忘れまいとして紫苑を植えた〔*『今昔物語集』巻31−27に類話〕。
*子を亡くした悲しみを慰める草葉→〔死体〕2bの『たばこの起こり』(昔話)。
*若返りの草→〔若返り〕1aの『ギルガメシュ叙事詩』・『七草草紙』(御伽草子)。
『国家』(プラトン)第10巻 神官が大勢の死者の魂に向けて、順位を記したくじを投げ与える。魂たちはそれぞれくじを拾い上げ、第一番目のくじを引き当てた者から順番に、自分の転生先を選ぶ→〔転生〕7a。
『サイラス・マーナー』(エリオット)第1章 サイラスは親友に裏切られ、「教会の金を盗んだ」との濡れ衣を着せられる。彼は潔白を証明するため神籤をひくが、神籤は、「サイラスが罪人である」と出る。サイラスは絶望し、世捨て人になる。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之51第180回下 里見義成の八人の姫君を八犬士たちにめあわせるに際し、月下老人の赤縄の故事にならって、姫君の座す御簾の内から紅色の八本の太緒が出され、それを八犬士たちが引く。太緒の先には姫君の名を記した札があって、各人の配偶者が決まる。
*→〔王〕2aの『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第2章。
『ヨナ書』 神がヨナに預言者となるよう命じたが、ヨナは拒絶し、船で逃げた。海が大荒れになり、誰のせいでこの災難が起こったのか知るために、船中の人々がくじを引く。ヨナがくじに当たり、海に入れられると、海は静まった→〔魚〕3a。
*アミダクジで殉死者を選ぶ→〔殉死〕1bの『火の鳥』(手塚治虫)「ヤマト編」。
『くじ』(ジャクスン) 毎年六月二十七日に、村人全員が集まってくじを引く。一つだけ当たりくじがあり、それを引いた者は、皆から石を打ちつけられて死ぬ定めである。いつから何のために始まった風習か、誰も知らない。近隣には、この行事を廃止した村もある。しかしこの村では、今年もくじ引きが行なわれ、くじに当たった女をめがけて、村人たちが次々に石を投げつけた。
★3a.くじを引くと、「当選者なし」が神意であったことがわかる。
『平家物語』(延慶本)巻1−1「得長寿院供養事」 得長寿院の供養の導師になることを十三人の高僧が望み、くじ引きが行なわれる。十三人の中には導師にふさわしい人物がいない、という可能性もあるので、十四本のくじを作り、一本だけに「導師たるべし」と書く。すると、十三人が引いたくじはすべて何も記されていない白くじで、「導師たるべし」のくじは、誰にも引かれず残ってしまった〔*後に、薬師如来の化身である貧僧が現れて、導師を勤めた〕。
★3b.神意を問う「くじ」ではなく、民意を問う「入れ札(=投票)」。
『入れ札』(菊池寛) 役人に追われる国定忠治は、子分十一人のうち三人だけを連れて落ちのびよう、と考える。その三人をくじで選ぶとの案が出たが、結局「入れ札」を行なう。古参の九郎助は「三人のうちに入りたい」と思い、こっそり自分の名を書く。開票すると、「九郎助」と書いたのはその一票だけだった。後、弟分の弥助が「俺がお前に一票入れたのだ」と嘘を言うので、九郎助は心中で怒るが、同時に自らの行為の卑しさを恥じた。
『ル・ミリオン』(クレール) 貧乏画家ミシェルが友人と一緒に買った宝くじが、百万フランに当たる。その宝くじを、ミシェルは古い上着のポケットに入れておいた。そうとは知らず、恋人ベアトリスが、上着を泥棒の親分に与える。親分は、上着をオペラ座の歌手に売る。ミシェルたちはオペラ座へ駆けつけ、大騒動の後、上着を取り戻す。しかし上着の中に宝くじはなかった。ミシェルは落胆する。わけを聞いた親分は、自分のポケットから宝くじを取り出す。宝くじは、親分がずっと持っていたのだ。
*五人の仲間が買った宝くじが、十万フランに当たる→〔五人兄弟〕2の『我等の仲間』(デュヴィヴィエ)。
『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)8編上〜下「大坂」 大坂(=大阪)まで来た弥次郎兵衛と喜多八は、道で拾った富札が百両当たったというので、新町で豪遊する。ところが当たり札は子の八十八番、拾ったのは亥の八十八番で組違いだった。
『富久』(落語) 男が「松の百十六番」の富札を買って神棚にしまう。ところが火事で男の家が焼け、「松の百十六番」は千両当たったのだが、「札がなくてはだめだ」と言われる。しかし近所の人が火事の折、神棚を持ち出してくれたので、富札は無事だった。
『宿屋の富』(落語) 宿屋の客が大金持ちのふりをし、主人におだてられて、なけなしの金で富札を買う。その富札で千両が当たったので、客は動転して、宿へ戻ると寝こんでしまう。主人が客の蒲団をはぐと、客は下駄(あるいは草履)を履いたまま寝ていた。
*→〔宝〕11bの『水屋の富』(落語)。
*→〔梯子〕3の『御慶(ぎょけい)』(落語)。
『グリード』(シュトロハイム) トリナが結婚直前に一ドルで買った宝くじが、五千ドルに当たる。彼女は「大金を得たことによって浪費癖がついてはいけない」と考え、逆に極端な吝嗇になる。トリナは五千ドル分の金貨を一枚も使わず、夫の目からも隠し、一人で金貨を並べ、磨いて楽しむ。その一方で夫の小遣いを減らし、実家の母からの五十ドルの借金申し込みを断る。夫が失職しても、彼女は五千ドルを出さない。夫は怒り、トリナを撲殺して五千ドルを奪う〔*夫は追われて砂漠地帯に逃げ込み、金を持ったまま死ぬ〕。
くじ引き券(ブルンヴァン『メキシコから来たペット』) 宝くじで数千ドルの大金を当てた男がいた。彼は、当たりくじ券を皆に見せびらかしたくて、酒場の客たちに回す。一巡して彼の手に戻って来た券は、当たりくじ券ではなかった。
『われから』(樋口一葉) 金村与四郎・美尾夫婦に女児が生まれ、名前をいくつか紙に書いて、おみくじのようにして引いた。常盤の「まつ」「たけ」、蓬莱の「つる」「かめ」などは探り当てもせず、与四郎が筆のすさびに書いた「町」という名が引き出された。小野小町のような美女になることを願って、女児は「町」と名づけられた〔*町は成人後、少壮政治家の妻となるが、子供に恵まれず、書生との仲を疑われて、夫から別居を言い渡される〕。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第16〜17章 アイルランドのイゾルデ姫が、マルケ王との結婚のため、船でイングランドへ向かう。イゾルデの母が、「二人で一緒に飲めば、互いを深く愛し合うようになる」という媚薬を侍女ブランゲーネに渡し、「イゾルデとマルケ王が床入りする時、二人に飲ませよ」と命ずる。ところがイゾルデは、それをふつうの葡萄酒だと思い、同行する騎士トリスタンと一緒に飲んでしまう。二人は恋に落ち、船中で関係を持つ。
『愛の妙薬』(ドニゼッティ) 農夫ネモリーノが、農場主の娘アディーナを恋する。薬売りの男が、「飲めば女性の愛が得られる妙薬だ」と偽って安葡萄酒を売りつけ、ネモリーノは葡萄酒を飲んでいい気分になる。「ネモリーノが伯父さんの遺産を受け継ぐことになった」とのニュースが伝わり、大勢の村娘がネモリーノにちやほやする。遺産のことをまだ知らないネモリーノは、「妙薬の効果だ」と思う。アディーナは、妙薬でも遺産でもなく、ネモリーノの一途な思いに心を動かされ、彼の愛を受け入れる。
『嫗山姥』(近松門左衛門) 煙草屋源七(実は坂田時行)が切腹すると切り口から焔のかたまりが飛び出、女房八重桐の口に入る。八重桐は身ごもって、怪童丸(坂田金時)を生む。
『史記』「殷本紀」第3 殷の契の母は、燕の落とした卵を呑み、妊娠した。
『十八史略』巻4「南北朝」 梁の高祖武皇帝は、その母が菖蒲の花を呑んで、まもなく生まれた。
『捜神記』巻11−33(通巻295話) 零陽郡大守の娘が父の部下の書記を見そめた。娘は書記が手を洗った残り水を飲んで妊娠し、男児を産んだ。太守は、男児を部下たちの前に連れて行き、父親を捜させた。男児は書記の所まで這って行って抱かれようとしたが、たちまち水になってしまった〔*西行に関する類似の伝説がある→〔泡〕2の泡子塚の伝説〕。
『酉陽雑俎』巻2−59 天が下した玄黄の気が玄妙天女の口に飛びこみ、彼女は妊娠して、三千七百年後に老子が生まれた。別説では、日精が母の口に入り、呑むと妊娠して、七十二年後に老子が生まれた、ともいう。
*→〔精液〕1a、〔妊娠〕4。〔誕生〕7の『二人兄弟の物語』(古代エジプト)、〔星〕1の『三国史記』巻2「新羅本紀」第2・『捜神後記』巻3−2(通巻27話)。
『三国伝記』巻4−9 夢窓国師の母は観音に男児を祈り、金色の光が西から来て口に入ると夢に見、懐妊した。
『三宝絵詞』中−1 聖徳太子の母后は、金色の僧が「我は救世菩薩」と名のり口中に入る、と夢に見て懐妊した〔*『今昔物語集』巻11−1に類話〕。
『三宝絵詞』下−30 智証大師の母は、夢に空の日が口中に入ると見て懐妊した。
『太平記』巻12「解脱上人の事」 解脱上人は、その母が七歳の時、夢中に鈴を呑むと見て身ごもった子であるゆえ、ただ人にあらずとして三歳より仏門に入れた。
*→〔妊娠〕2の『神道集』巻6−33「三島大明神の事」・〔光〕2の『三国伝記』巻4−9・〔星〕1の『三国志演義』第34回。
『西京雑記』巻1 弘成子は若い時、燕の卵ほどの大きさで模様のある石を、通りがかりの人からもらった。彼はその石を呑み込んで頭脳明晰となり、天下に知られた大学者になった。後に彼は病気になって石を吐き出し、その石を弟子の五鹿充宗に与えた。五鹿充宗もまた大学者になった。
『今昔物語集』巻11−9 空海が、土佐の室戸崎で記憶力保持の求聞持法を行じていると、明星が口に入った。
『平家物語』(延慶本)巻1−4「清盛繁昌事」 平清盛三十七歳の二月十三日夜半、「口あけ口あけ」と天に声あるを夢うつつに聞いて目覚め、口をあけると、武士の精という卵様のものが三つ喉に入る。それ以後清盛は心たけく奢りはじめた。
『蒙求』141所引『晋書』 晋の羅含は少年時、昼寝して、美しい鳥が口中に入る夢を見た。叔母が「将来文才を発揮するであろう」と夢解きし、羅含は後に文名大いに上がった。
『古事記』上巻 オホゲツヒメが鼻・尻、及び口から、いろいろな御馳走を出し、料理してスサノヲに奉った。スサノヲは「穢れた物を出された」と思い、怒ってオホゲツヒメを殺した。
『日本書紀』巻1・第5段一書第11 葦原中国のウケモチノカミ(保食神)が、首を国に向けて口から飯を出し、海に向けて口から魚類を出し、山に向けて口から獣類を出し、これらをツクヨミに奉った。ツクヨミは、口から吐いた物を勧められたことに立腹し、剣を抜いてウケモチノカミを殺した。
『黄金伝説』50「主のお告げ」 つねに「アヴェ・マリア」の二語を唱えていた騎士が死んだ。彼の墓からは、一本の美しい百合が生え出し、どの花びらにも「アヴェ・マリア」という金文字が記されていた。修道士たちが墓を開くと、百合の根は騎士の口から出ていた。
『往生絵巻』(芥川龍之介) 狩りに明け暮れる殺生好きな悪人・多度の五位は、法会の講師から「阿弥陀仏は、罪人も浄土へ救って下さる」と聞き、出家する。彼は「阿弥陀仏よや。おおい」と呼びながら、西へ西へと歩く。海辺まで来て、五位は松の木に登り、阿弥陀仏を呼び続ける。そのまま彼は死に、死骸の口には、真っ白な蓮華が開いた〔*原拠の『今昔物語集』巻19−14では、源太夫(=五位)の呼びかけに、海の中から阿弥陀仏が「ここにあり」と答える〕。
『じゅりあの・吉助』(芥川龍之介) 浦上村の某家の下男吉助は、切支丹宗門の信者となり、洗礼を受けて「じゅりあの」という名を与えられた。彼が役人に捕らえられ、磔(はりつけ)になった時には、大雷雨が刑場へ降り注いだ。死骸の口の中からは、一本の白い百合の花が咲き出た。
★5c.口から、良いもの悪いもの、いろいろなものが出てくる。
『仙女たち』(ペロー) 高慢な姉と心優しい妹がいた。水を請う貧しい女に、妹は泉の水を汲んで与える。女は仙女であり、返礼に、妹の口から花や宝石が出るようにしてくれる。姉は仙女に水を与えず、口から蛇やひき蛙が出るようになる。妹は王子と結婚し、姉は森でのたれ死ぬ。
『雑談集』(無住)巻6−6「霊之事」 尾州に住まいする、筆者(=無住)の知人の妻が、物狂いとなった。これは、うわなり(=知人の愛人)が妻を呪咀したからであった。僧が加持すると妻は、呪いの人形や、熱田神宮の鳥居に打たれた釘を、口から吐き出した〔*同書には、蛙を口から吐き出す物語もある→〔蛙〕5a〕。
*口から十字架が出てくる→〔十字架〕3の『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」。
『今鏡』「打聞」第10「敷島の打聞」 男が、ともし火の炎の上に愛人の姿が浮かぶのを見て驚く。男は「これは不吉だ。火の燃えている部分をかき落として、本人に飲ませねばならない」と言って紙に包むが、いろいろな用事にまぎれ、一日二日過ぎて愛人のもとへ行くと、すでに愛人は死去した後だった〔*愛人の身体から抜け出た魂を、もとの身体に戻そうとしてできなかった、ということである。『今昔物語集』巻31−8に類話〕。
『変身物語』(オヴィディウス)巻12 ケンタウロスたちとラピタイ族が戦った時、ケンタウロスの一人キュラロスは、飛んで来た槍で致命傷を負った。彼の恋人ヒュロノメーは、自分の口をキュラロスの口につけて、魂の逃げ道をさえぎろうと試みたが、彼は息絶えた。
『女神のお守り』(アイヌの昔話) 上の天を守る神の息子に嫁が来た。しかし嫁は、七色の糸のラウンクッを巻いていた(*→〔守り札〕4)。色糸のラウンクッの女は夫に不幸をもたらすと言われていたので、神の息子の母親は、鼻の穴や口から魂が飛び出さないように、左手を鼻にあて、右手で口をふさいで、驚きあきれた→〔虹〕2c。
『物知り老人』(アイヌの昔話) ある男が二人の妻を持っていた。夫の留守中に二人の妻は、ミントゥチ(=河童の化け物)を退治した(*→〔性器〕1c)。それを聞いた夫は、驚きのあまり身体から魂が飛び出さないように、口と鼻をおさえて驚いた。
*→〔蛙〕5a。
*→〔魂〕2の『ドイツ伝説集』(グリム)433「眠る王」・461「眠る歩兵」、〔魂〕3aの『ドイツ伝説集』(グリム)248「小鼠」。
『茶碗の中』(小泉八雲『骨董』) 若党関内が、茶碗の中に映る見知らぬ若侍の顔を、茶もろとも飲みこむ。その夜から彼の身辺に、いろいろな怪事が起こり出す。物語は未完で、「魂を飲みこんだらどんな結果になりそうであるか、読者みずから解決されたほうがよいと思う」と結ばれる。
『ローマの休日』(ワイラー) 大きな石板に彫られた顔に「真実の口」があり、嘘をつく人がそこに手を入れると噛み切られる、との伝説がある。身分を偽っている某国王女アン(*→〔旅〕2c)は、恐れて手を入れることができない。アメリカ人記者ジョーが片手を入れ、袖の中に手の先を隠し、噛み切られたふりをしてアンを驚かせる。
*狼の口に片腕を入れる→〔狼〕5。
『古事記』上巻 アメノウズメが大小の魚類を集め、「天つ神の御子にお仕えするか?」と問うた。皆「お仕えします」と答えたが、海鼠だけは返事をしなかった。アメノウズメは「この口は答えない口か」と言って、小刀でその口を裂いた。それで、今でも海鼠の口は裂けているのである。
*口の中の大空間→〔空間〕1a。
*頭の上にも口のある女房→〔のぞき見〕1aの『食わず女房』(昔話)。
*口と女性器→〔性器〕1fの『聴耳草紙』(佐々木喜善)89番「狸の話(狸の女)」。
*眠る人や像の口に、食べ物や血を塗りつけて、罪を着せる→〔濡れ衣〕1c。
『Xの悲劇』(クイーン)第1幕第1場「ハムレット荘」 聴力を失ったドルリイ・レーンは、読唇術を習得した。ある日、ブルーノ検事とサム警視が難事件解決の相談に訪れ、二人同時に喋り出した。レーンの目は一人の唇からもう一人の唇へと、いそがしく動いたが、まもなく断念し、彼は「どうぞ別々にお話し願います。一度にお一人の唇の動きしか読み取れません」と言った。
『妖虫』(江戸川乱歩) 相川守・珠子兄妹と殿村京子が、日本橋のレストランで食事をしていた。その折、殿村京子は、遠方の二人の客の唇の動きを見て、読唇術で会話の内容を読み取った。殿村京子は「あの二人は、明晩十二時に谷中天王寺町で人殺しをするつもりだ」と、相川兄妹に教えた〔*実際は二人の客は普通の世間話をしていたのであり、これは探偵好きの相川守を殺人事件に巻き込むための、殿村京子の策略だった〕。
『リード・マイ・リップス』(オディアール) 難聴のOLカルラは、読唇術を身につけた。そのため食堂などで、同僚が「ブスのカルラ」などと言っている悪口まで、わかるようになった。前科者の青年ポールが、彼女の助手として雇われる。ポールはカルラをビルの屋上へ連れて行き、隣のビルの一室を双眼鏡でのぞかせる。そこはヤクザのボスの部屋だった。カルラはヤクザたちの唇を読んで、大金の隠し場所を知る。ポールとカルラはその金を盗んで逃げる。
*ガラスの向こうにいる女の唇の動きを、遠方から読み取る→〔銃〕4の『狼の挽歌』(ソリーマ)。
『2001年宇宙の旅』(キューブリック) 宇宙船ディスカバリー号が、地球から木星へ向かう。搭載された巨大コンピューターHALが不審な動きをするので、乗員ボーマンとプールは、声がHALに聞こえないようにポッド(=小型宇宙艇)に入って、「HALの回路を切断しよう」と相談する。HALはポッドの窓越しにボーマンとプールを見て、二人の唇の動きを読み取る。HALはプールを殺し、冷凍睡眠中の三人の乗員も殺す。ただ一人生き残ったボーマンは、HALの電源を切る。その後ボーマンは、不可思議な時空間に突入する→〔自己視〕1b。
★2a.二つ折りの半紙を女性にくわえさせ、唇の形を写し取る。唇紋。
『百唇の譜』(野村胡堂) 美男の千代之助は、もとは武士だったが、身を持ちくずして役者となった。彼は大勢の女と関係を持ち、彼女たちに二つ折りの半紙をくわえさせて、唇の形(=唇紋)を写し取る。七〜八年のうちに、九十九の唇紋が集まった。千代之助は美貌の尼をとらえ、百人目の唇紋を得ようとする。しかし彼女は、千代之助が武士時代に最初に唇紋を取った娘・真弓の剃髪した姿だった。真弓の婚約者だった半沢良平が駆けつけ、千代之助を斬り捨てた。
『悪魔の百唇譜』(横溝正史) 流行歌手くずれの都築克彦は、人妻をふくむ大勢の女と関係を持ち、「百唇譜」と題した小冊子に、彼女たちの唇紋を収集する。さらに、薬で眠らせた女たちのあられもない姿を撮影して、その写真をもとに金をゆすり取った。しかし三十六の唇紋を収集したところで、彼は殺されてしまった。
★1.重要な秘密が外部にもれないように、その秘密を知る人物を殺す、または殺そうとする。
『あきみち』(御伽草子) 盗賊金山八郎左衛門は、山中に三間四方の岩穴をこしらえ、秘密の隠れ家とした。工事に従事した三百人余の人夫は、口封じのため、一人残らず殺された〔*三百人余の人夫の亡魂は、後に、あきみちを助け、彼の父の仇である金山八郎左衛門を討たせた〕→〔人形〕3。
宇都宮城の釣天井の伝説 宇都宮城主本多正純は、大工を城内に集めて釣天井を作り、将軍家光暗殺をはかる。工事完了後、秘密を守るために大工たちは全員殺され、古井戸に投げ入れられる。大工の一人、与五郎の亡霊が恋人お稲にこのことを告げ、お稲はことの始終を書き残して与五郎の後を追う。お稲の父が将軍の行列に直訴し、家光は宇都宮城へ寄らずに江戸へ帰る(栃木県宇都宮市本丸町)。
『仮名手本忠臣蔵』7段目「一力茶屋」 祇園で遊ぶ大星由良之助が、主君塩冶判官の妻顔世御前からの密書を読む。遊女お軽がそれを盗み見て、仇討ちの計画を知る。由良之助は「お前に惚れた」とお軽を口説き、ただちに身請けして、口封じのためお軽を殺そうと考える〔*しかし由良之助はお軽の忠誠心を知り、殺さずにおく〕。
*→〔アリバイ〕2の『幻の女』(アイリッシュ)・〔同一人物〕4の『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「刻印」・〔身代わり〕8の『昼顔』(ケッセル)。
★2.AがBから貴重な情報を聞き出す。Aはその情報を独占しようと考え、Bが他の人物に情報を教えぬよう、Bを殺して口を封じる。
『藤戸』(能) 佐々木盛綱は、備前国藤戸の合戦で先陣の手柄を立てようと、馬で渡れる浅瀬を土地の漁夫から聞き出す。盛綱は「漁夫が、浅瀬の場所を他の者にも教えるかもしれぬ」と思い、その場で漁夫を殺して海に沈める。戦功で領主となった盛綱のもとに、漁夫の母が恨みを述べにやって来る。盛綱は回向して、漁夫の霊を慰める。
『女の中にいる他人』(成瀬巳喜男) 田代は中年のサラリーマンで、妻との間に幼い二人の子供があり、老母も同居している。彼は意図せざる殺人を犯してしまい(*→〔死因〕3b)、思い悩んだ末に、「自首する」と妻に告げる。妻は「子供たちに、殺人犯の子としての一生を送らせるわけにはいかない」と考え、田代に劇薬を飲ませて殺す。世間は「田代はノイローゼのため自殺した」と見なし、彼の犯した殺人は発覚せずにすむ。
『下降生活者』(大江健三郎) 昭和三十年代。「僕」は官立大学の、将来を嘱望された助教授だった。「僕」は身分を隠し、路地で出会った青年と同性愛関係になる。ところが青年は、「僕」が講師として赴いた私大の学生だった。青年は「黙っていますよ。二万円くれるなら」と言い、「僕」はその請求に応じる。翌日、青年は山で無謀な登攀をして墜落死する。「僕」は大学を辞め、妻と離婚して、路地の生活を始める。
*親の口を封じるために、息子を誘拐する→〔誘拐〕3の『知りすぎていた男』(ヒッチコック)。
*舌を切り取りしゃべれなくして、口を封じる→〔舌〕3の『タイタス・アンドロニカス』(シェイクスピア)第2幕・『変身物語』(オヴィディウス)巻6。
『オズの魔法使い』(ボーム) ドロシーは、オズの国から故郷カンサスへ帰るために、魔法使い(実はペテン師の老人)の気球に乗ろうとするが、愛犬トトを捜していて乗り遅れる。魔女グリンダが「銀の靴には、世界のどこへでも三歩で運んでくれる魔力がある」と教え、ドロシーは銀の靴をはいて空中を三歩あるき、カンサスの草原に帰り着く。靴は空中で脱げ落ちて、どこかへいってしまった。
『親指小僧』(ペロー) 人食い鬼が七里の長靴をはき山や川を次々に越えて、親指小僧たち七人兄弟を追いかけるが、そのうち疲れて眠りこむ。親指小僧は人食い鬼の長靴を脱がせ、それをはいて人食い鬼の女房の所へ行き、人食い鬼の全財産をだまし取る。
『影をなくした男』(シャミッソー) 影も恋も失った青年シュレミール(*→〔影〕2a)が市場で偶然手に入れた古靴は、一歩あるけば七里を行く魔法の靴だった。彼は世界中を歩き回り、自然の中で植物学と動物学の研究に、残る生涯を費やした〔*長い髭をはやしたシュレミールは、ある時病気になり、病院でかつての恋人ミーナと再会する。しかし彼は名乗らぬまま、また旅に出る〕。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章 セリポス島の王ポリュデクテスにゴルゴン退治を命ぜられたペルセウスは、ニムフたちの所を訪れ、翼のあるサンダルを得た。彼はサンダルを踵につけて空を飛び、ゴルゴン三姉妹の棲処へ行って末娘メドゥサの首を取った。
『土(ど)まんじゅう』(グリム)KHM195 悪魔が、死者の魂を取ろうと墓地へ来る。百姓と兵隊が土まんじゅうの夜番をしており、「長靴の片方いっぱいに金貨を詰めてくれるなら死体を渡そう」と言う。長靴は底が抜いてあり、しかも穴の上に置いてあったので、悪魔がいくら金貨を入れても筒抜けで、長靴は空っぽのままだった。悪魔は何度も金貨の袋を持って来るが、そのうちに夜が明け、悪魔は逃げて行った。
『水鏡』中巻 天智天皇十年(671)。九月、天皇は病み、譲位の意志を示した。十二月三日、天皇は馬に乗って山科へ向かい、林の中に入って姿を消した。行方はわからず、ただ沓だけが落ちていたのを、陵(みささぎ)におさめた〔*『日本書紀』巻27天智天皇10年では、十二月三日、天皇は近江宮で崩御された、と記す〕。
*天智天皇の死の伝承は、バハラーム王の死の物語を連想させる→〔死体〕3bの『七王妃物語』(ニザーミー)第44章。
*若い娘が、木の下に草履を脱ぎ置いたまま行方知れずになる→〔神隠し〕の『遠野物語』(柳田国男)8。
『ラーマーヤナ』第2巻「アヨーディヤーの巻」 カイケーイー妃が継子ラーマを森に追放し、実子バラタを王にしようとはかる。バラタは王位につくことを拒否し、ラーマに帰国を願うが叶わなかった。バラタはラーマの履を請い受けて、それをラーマの身代わりに玉座に置いた。
『百姓女たよ』(木下順二) 封建時代は、妻から離婚を申し出ることはできず、縁切り寺に駆け込むしか方法がなかった。しかし途中でつかまったら、たいへんなことになる。追っ手が迫ったら、下駄を片方ぬいで、寺の門内へ投げ込めばよい。そうすれば寺がかくまってくれ、たとえ大名でも手出しはできない→〔縁切り〕3。
『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−33 エジプトの美貌の遊女ロドピスが入浴中、鷲が降りて来て、彼女の靴の片方をつかんで飛び去った。鷲はメンピスまで飛び、プサンメティコス王の懐に靴を落とした。王は、「靴の持ち主である女を求めてエジプト全土を捜索せよ」と命令し、見つけ出すと妃にした。
『酉陽雑俎』続集巻1−875 継母にいじめられる娘・葉限(しょうげん)は、不思議な魚の骨に祈って、宝玉や衣裳など望みのものを得る。祭日に葉限は美しく着飾って出かけるが、継母に見とがめられて慌てて帰る時、金の履を片方落とす。隣国の王がそれを手に入れ、履に合う足の娘を捜して葉限を見いだす。葉限は美貌であったので、王の上婦となる。
*ガラスの靴、あるいは黄金の靴の持ち主の娘を捜す→〔時計〕1の『サンドリヨン(シンデレラ)』(ペロー)。
*靴の持ち主の女を捜すと、豚だった→〔豚〕1の『太平広記』巻439所引『集異記』。
★3b.靴の持ち主を捜されると困るので、他人の靴と取り替える。
『笑府』巻6 J「認鞋」 夜、人妻が隣人と通じているところへ、夫が帰って来る。隣人は窓から逃げ、夫はその鞋をつかみ取る。夫は妻を罵り、「明日、鞋の主をつきとめる」と言う。妻は、夫が眠っている間に、隣人の鞋を夫の鞋と取り替えておく。翌朝、夫は鞋を見て驚き、妻に謝る。「私は勘違いしていた。昨夜、窓から逃げたのは私だったのだ」。
『白雪姫』(グリム)KHM53 白雪姫と王子の結婚式に、継母(妃)が招かれる。継母は、毒りんごで殺したはずの白雪姫が花嫁姿でいるのを見て、驚く。その場で継母は、炭火で真っ赤に焼けた鉄靴をはかされる。継母は踊り狂い、やがて息が絶えて倒れる。
『赤いくつ』(アンデルセン) カレンのはいた赤いくつは足にくっついてぬぐことができず、しかも彼女の意志にかかわりなく踊る。くつがカレンの身体を運び、カレンは畑をこえ草原をこえて、晴れた日も雨の日も、昼も夜も踊り続けなければならない。剣を持つ天使が「おまえは死ぬまで踊り続けるのだ」と、カレンに宣告する。
『日本書紀』巻24皇極天皇3年正月 中臣鎌子(なかとみのかまこ)は、逆臣蘇我入鹿を倒すために、中大兄(なかのおほえ)に近づきたいと考える。法興寺の槻の木の下で中大兄が打毬(ちょうきゅう)を行なった時、彼の皮鞋(みくつ)が脱げ落ちた。鎌子はそれを掌中に取り持ち、跪(ひざまづ)いて奉り、中大兄も跪いて受け取った。それ以来、二人は親密になり、ともに入鹿暗殺の計画を練った。
*片足にだけ靴をはいている男→〔片足〕6の『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第1歌・『今昔物語集』巻6−3。
*飢えて靴を食べる→〔飢え〕2aの『黄金狂時代』(チャップリン)。
『古事記』上巻 イザナキ・イザナミ二神が天の浮橋に立ち、天の沼矛をさし下ろして、クラゲのごとく漂う国土を作り固めた。その後アメノオシホミミが天の浮橋から地上を見て、「葦原の中つ国は騒乱状態である」とアマテラスに報告した。そこで幾柱かの神々が降下し、葦原の中つ国を平定した。
『日本書紀』巻3神武天皇31年 昔、ニギハヤヒノミコトが天磐船(アマノイハフネ)に乗って大空を飛び廻り、日本の国土を見下ろして天降った。そして、この国を「そらみつ日本国(やまとのくに)」と名づけた〔*ニギハヤヒノミコトは、神武天皇の東征より以前に、天から大和地方に降りて来た〕。
*→〔赤ん坊〕5の『失楽園』(ミルトン)第3巻。
『日本書紀』巻3神武天皇31年 夏四月一日、神武天皇は腋上のホホマの丘に登って国土を望見し、「狭い国だが、蜻蛉(あきつ)が交尾する姿のように山々が連なっている国だ」と言った。これによって初めて秋津洲(あきつしま)の名ができた。
『日本書紀』巻11仁徳天皇4年〜7年 四年春二月六日、仁徳天皇は「高殿に登って望見すると、炊煙が見られない。百姓が窮乏しているのだ」と詔した。三月二十一日、天皇は「今後三年間、課税しない」と詔し、以後、自身もきわめて質素な暮らしをした。七年夏四月一日、天皇が高殿に登って一望すると、煙が盛んに上がり、民の暮らしの豊かになったことが知られた〔*『古事記』下巻では、天皇は高山に登って四方の国を見た、と記す〕。
『日本書紀』巻8仲哀天皇8年9月 神が仲哀天皇の后(=神功皇后)に乗り移り、「私を祭るならば、海の彼方にある金銀財宝豊かな新羅国が服属するだろう」と告げる。仲哀天皇は高い丘に登って遠くを望むが、海しか見えなかったので、「国などない」と神に抗弁する。神は「私が天上から明らかに見下ろしている国を、なぜ『ない』と言うのか」と怒る〔*翌九年二月五日、天皇は急病になり、六日に崩御された。五十二歳だった。
*→〔琴〕1の『古事記』中巻の類話では、「神の国見」の記述がない。
『古事記』下巻(雄略天皇) 雄略天皇が河内に行幸して山に登り、国見をすると、志幾の大縣主の家が屋根の上に高く堅魚木を上げて、天皇の宮殿に似せて造ってあった。天皇は怒り、その家を焼こうとしたので、大縣主は恐れて謝罪し、白犬を献上した。
『三国遺事』巻1「奇異」第1・第四脱解王 脱解王は少年の時、吐含山に登って町を望見し、大臣瓠公の屋敷の辺りが住むに適している、と考えた。脱解は、瓠公の屋敷近くに炭をこっそり埋め、「ここは私の祖先の土地だから、返して欲しい」と要求した。「祖先は鍛冶屋だった。地面を掘ればわかる」という脱解の言葉どおり、掘ってみると炭が出てきた。脱解の主張は認められ、彼は瓠公の屋敷を手に入れた。
『三国史記』巻23「百済本紀」第1・第1代始祖温祚王前紀 朱蒙の二人の息子が、住むべき国を求めて旅に出る。漢山の地にいたり、負児嶽に登って居住地を望み見た。兄の沸流は海浜に住むことにし、弟の温祚は漢山の慰礼城に都を定めた。海浜は土地が湿り、水が塩からくて、住みづらかった。慰礼城は土地柄も良く、人々の暮らしは安泰だった。それを知った沸流は、恥じて死んだ。
★6.帝王ではなく大泥棒が、山ではなく楼上から、都の春景色を眺める。
『楼門五三桐(さんもんごさんのきり)』「南禅寺山門の場」 春の夕暮れ、石川五右衛門が南禅寺山門の楼上に登り、「絶景かな、絶景かな」と、都の花盛りを愛でる。そこへ鷹が、明国将軍・宋蘇卿の遺書を運び、石川五右衛門はそれを読んで、自らが宋蘇卿の子であること・真柴久吉が父の敵であることを知る。その時、山門の下に真柴久吉が現れ、石川五右衛門と真柴久吉はにらみ合う。
『神曲』(ダンテ)「天国篇」第22歌 「私(ダンテ)」はベアトリーチェに導かれて地上を離れ、月天・水星天・金星天・太陽天・火星天・木星天・土星天と、しだいに天界の高みに昇って行く。恒星天まで到った時、ベアトリーチェは「さらに原動天・至高天へと進む前に、下方を見てみよ」と言う。「私」は振り返って、七つの天球とその彼方の地球を見おろす。地球の小さな憐れなさまに、「私」は微笑した。
『仙境異聞』(平田篤胤)下「仙童寅吉物語」2 天狗界で修行した寅吉少年は、大空から国土を見たことがあった。少し飛び上がると、海川・野山・人の往来が見え、国土はたいへん広く、丸く見えた。高く上がると、むらむらとうす青く網目を引きめぐらしたように見えた。さらに上昇し、星のある辺まで行って国土を見ると、月よりもよほど大きく、光って見えた。
『荘子』「逍遥遊篇」第1 大空の青色は、本当の色だろうか。遠く隔たって限りがないから、青く見えるのだろうか。大鳳はつむじ風に羽ばたいて、九万里の高さに舞い上がる。大鳳がその高さから見下ろす時、人間が空を見るように、下界も青く見えているに違いない。
『ユング自伝』10「幻像」 一九四四年の初め、六十八歳の「私(ユング)」は重病で危篤に陥り、宇宙の高みからインド・ヒマラヤ・アラビアなどを見下ろす幻像を見た。地球全体は視野の中に入らなかったが、青い光に照らされて、地球の球形の輪郭が銀色に輝いていた。それは、「私」が今までに見た光景の中でもっとも美しいものだった。
*関連項目→〔ろくろ首〕
『一谷嫩軍記』3段目「熊谷陣屋」 平敦盛は、実は平氏でなく白河院の子だった。源氏の武将・熊谷直実はその秘密を知り、「おもてむきは敦盛を討ち取ったことにして、彼の命をひそかに救おう」と考える。直実は自分の息子・小次郎を犠牲にし、その首を「敦盛の首」といつわって源義経に示す。義経は事情をすべて承知しており、「我が心を察し、よくぞ討った」と直実を褒める。
『近江源氏先陣館』8段目「盛綱陣屋」 佐々木盛綱・高綱兄弟は、北条時政方と源頼家方に分かれ、敵同士になる。高綱の息子・小四郎が捕らわれて、盛綱の陣屋に来る。さらに「高綱討死」の報とともに、高綱の首がもたらされて、北条時政の前で首実検が行なわれる。小四郎が首を見て、「父上、無念でござろう」と言って切腹するので、時政は「本物の高綱の首だ」と思う。しかしそれはにせ首で、小四郎が自分の命を捨てて、時政を欺いたのだった。
『菅原伝授手習鑑』4段目「寺子屋」 菅原道真が流罪になり、寺子屋を開く武部源蔵が、道真の一子・菅秀才をかくまう。藤原時平の家来・春藤玄蕃が、「菅秀才の首を討て」と源蔵に迫る。時平の舎人でありながら道真に心を寄せる松王丸が、我が子小太郎を源蔵の寺子屋へ送り、菅秀才の身代わりとして小太郎の首を討たせる。
『まっしろ白鳥』(グリム)KHM46 魔法使いの男が、三人姉妹の長女と次女を殺し、末娘を嫁にすると言う。末娘は、魔法使いが以前に殺した死人の首に髪飾りをほどこし花輪をのせ、屋根裏部屋の窓辺に置く。魔法使いはその首を見て花嫁と思い、家に入ったところを閉じこめられ、家に火をかけられて殺される。
『満仲』(能) 満仲は、息子・美女御前が仏道を学ばず武芸の稽古に明け暮れているのを知って怒り、家臣・仲光に「美女御前を斬れ」と命ずる。仲光は主君の若君を殺すことができず、身代わりに我が子・幸寿丸の首を討って満仲に差し出す〔*『満仲』(幸若舞)に類話〕。
*→〔瓜二つ〕1の『鎌倉三代記』7段目・『南総里見八犬伝』第8輯巻之3第78〜79回・〔誤解〕3aの『義経千本桜』3段目「すし屋」。
『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第6話 「マダナスンダリーの夫と兄が、ガウリー女神の前でそれぞれ自らの首を斬り落とす。女神の力で二人は生き返るが、マダナスンダリーは夫の首を兄の身体に、兄の首を夫の身体につけてしまう」。このような物語をした後で、屍鬼が「マダナスンダリーの真の夫はどちらか」と問う。トリヴィクラマセーナ王は「夫の首がついている方が彼女の夫だ」と答える→〔背中〕2。
『聊斎志異』巻2−47「陸判」 朱爾旦は妻の容貌が不満で、閻魔王に仕える陸判官に「美女の顔と取り替えてくれ」と頼む。陸判官は朱の妻の首を切り落として埋め、他所で殺された美女の首を持って来て付け替える。
『ガリヴァー旅行記』(スウィフト)第3篇第6章 「私(ガリヴァー)」は、飛ぶ島ラピュータ支配下のバルニバービ国を訪れた。そこでは、対立する二政党を融和させる方法が研究されていた。それは、対立政党の各百人の頭部を脳髄が真っ二つになるように切断し、切り取った部分を交換して反対派の頭につければ、一つの頭蓋骨の中で半分ずつの脳が議論して、調和のとれた考えが生まれる、というものであった。
『赤と黒』(スタンダール)第2部第10章・第45章 マチルドの先祖ラ・モールは政変で処刑されたが、その愛人マルグリット妃が、死刑執行人からラ・モールの首を譲りうけ、自らの手で葬った。この出来事に感銘を受けたマチルドは、後に、ギロチンで処刑された恋人ジュリアン・ソレルの首に口づけし、首を膝に抱いて運び、山の洞窟に埋めた。
『サロメ』(ワイルド) 処女サロメは、美しい若者である預言者ヨカナーンを恋し、「お前の唇に口づけさせておくれ」と繰り返し求愛する。しかしヨカナーンはサロメを拒絶し、「けがらわしい女め」とののしる。サロメの願いで(*→〔踊り〕2)、エロド(=ヘロデ)王はヨカナーンを斬首する。サロメは、血のしたたるヨカナーンの首に口づけする。エロド王は兵に、「サロメを殺せ」と命ずる。
『デカメロン』第4日第5話 リザベッタの恋人が、彼女の兄たちによって殺される。リザベッタは恋人の首を掘り出して、めぼうきの鉢植えに隠し、毎日これを見て泣く。
『ユディト書』(旧約聖書外典) ホロフェルネス率いるアッシリア軍が、ベトゥリアの町を包囲する。町を救うため、寡婦ユディトが敵陣へ乗りこみ、美貌と才知でホロフェルネスを欺く。ユディトは、ホロフェルネスを酔わせ眠らせて、彼の首を取る。
『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』「愛染院門前の場」 薩摩源五兵衛は愛人・小万を殺し、その首を持って荒れ寺へ行き、一人で飯を食う。「お前と二人、食事をしようと思うたに」と源五兵衛は語りかけ、飲みさしの茶を小万の首にぶっかける。
『首提灯』(落語) 夜道で侍が、酔っぱらいの首を居合抜きに切る。酔っぱらいは切られたことに気づかないが、首がだんだん身体からずれて来る。折からの火事騒ぎで大勢の人が出てきたので、酔っぱらいは手で自分の首を差し上げて「はい、ごめんよ。はい、ごめんよ」。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第28歌 英国王父子を仲違いさせた男ベルトラン・ド・ボルンは、死後地獄に堕ちて悪魔の剣で首を切り取られた。彼は自分の首を提灯のごとく手に掲げて歩き、「父と子を二つに分けた俺は、その報いでこのように二つに分けられた」と、「私(ダンテ)」に語った。
『黄金伝説』119「洗者聖ヨハネ刎首」 聖ヨハネはアラビアのある城砦で首を刎ねられ、その首はイェルサレムのヘロデの宮殿のそばに葬られた。首を胴体といっしょに葬ったのでは、生き返るかもしれないと思われたからである。
『吸血鬼ドラキュラ』(ストーカー)15〜16「ドクター・セワードの日記(つづき)」 若い娘ルーシーは吸血鬼ドラキュラ伯爵に咬まれ、死んで埋葬される。しかし彼女は実際には不死の吸血鬼となったのであり、夜になると棺を開き、血を求めてさまよい出る。ルーシーを本当に死なせてその魂を救うために、婚約者アーサーやヘルシング教授らが墓をあばき、彼女の胸に杭を打ち込む。それだけではなお不十分なので、さらに首を切断し、口にニンニクをつめる。
『酒呑童子』(御伽草子) 源頼光・渡辺綱ら六人の武将が、眠る酒呑童子の首を斬る。首は天に舞い上がり、頼光を噛もうとねらったが、頼光が神から得た星兜を恐れて近づけず、頼光の身は無事であった。
『神道集』巻4−17「信濃国鎮守諏訪大明神秋山祭事」 悪事の高丸の首は切られて地に落ちてからも声をたて、雷のごとくわめくので、鉾剣で地面に突き刺した。
『捜神記』巻11−4(通巻266話) 眉間尺の首は切られてから釜で三日三晩煮られたが、首は湯の中からはねあがり、すさまじい怒りの形相を示した。
『俵藤太物語』(御伽草子) 俵藤太に討たれた平将門と部下たちの首は都大路を引き回され、獄門にかけられたが、将門一人の首は眼も枯れず、色も変わらず、時々は歯噛みをして怒る気色であった。
『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「砂村隠亡堀」 伊藤喜兵衛一家を殺した民谷伊右衛門に、鰻掻き直助が「お前は強悪だなあ」と声をかける。「どうせ我々の最期は、この鰻のように身を裂かれるだろう」と直助が言うと、伊右衛門は、「首が飛んでも動いてみせるわ」と答える。
『はかりごと』(小泉八雲『怪談』) 打ち首になる罪人が、死後の復讐を誓う。恨みの念力の強さを示すために、彼の首は、転がった後に飛び上がって、庭石に噛みついて見せる。しかし死の瞬間、彼は庭石に噛みつくことだけを一心に念じていたので、復讐の思いを忘れて死んでいった。
『平治物語』上「信西の首実検の事」 信西の首が京大路を渡され、大勢が見る。藤原信頼・源義朝の車の前を、信西の首はうなずいて通った。
『ろくろ首』(小泉八雲『怪談』) 行脚の僧回龍が殺した木樵の首(*→〔ろくろ首〕3)が、回龍の僧衣の袖に噛みついたまま、離れない。追剥が、首つきの僧衣を回龍から五両で買い取り、それを着て、街道を通る人をおどかそうと考える。しかし追剥は、首が化け物のものであることを知って恐れ、首を埋葬し、供養した。
*→〔言霊〕1の『西鶴諸国ばなし』巻5−6「身を捨てて油壺」・〔日食〕2の『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」。
*ギロチンで処刑された首が瞬(まばた)く→〔処刑〕5aの『断頭台の秘密』(リラダン)。
*動物の首が切られて宙を飛ぶ→〔犬〕3の『忠義な犬』(昔話)・〔誤解〕2の『椿説弓張月』。
『今昔物語集』巻22−1 大極殿で節会の行なわれる日、大織冠(藤原鎌足)たちが蘇我入鹿を暗殺した。入鹿の首は、斬られて皇極女帝の御座まで飛び、「私に罪はない。なにゆえに殺されるのか」と言った。
『三浦右衛門の最後』(菊池寛) 臆病者の三浦右衛門が刑場へ引き出される。彼は「命が惜しい」と繰り返し訴え、「手足をなくし不具となっても、助かりたい」と請う。結局彼は首を討たれるが、首は砂上を転がり、止まった所で口をモグモグさせた。「命が惜しゅうござる」と言いたかったのであろう。
★9a.首を切断して持ち去り、死体の身元がわからないようにする。
『今昔物語集』巻10−32 盗賊父子が国王の蔵から財宝を盗む。父が捕らえられそうになるので、息子は父の首を切り、首なし死体を残して逃げる。賊の身元が不明なので、国王は首なし死体を辻に捨て、縁者が死体を葬りに来るところを捕らえようとする。息子は番人を酒で酔わせ、車に積んだ薪をわざと死体の上に落としかぶせて、火葬する。
『七賢人物語』「妃の語る第三の物語」 騎士父子がローマ皇帝の塔から黄金を盗むが、父が罠にかかったので、息子は父の首を切って逃げる。皇帝は賊の身元を知るために、首なし死体を街中引き回すよう命じ、騎士の娘たちが悲しみの叫び声を上げる。息子はとっさに短剣で自らの脚を刺し、「私が怪我をしたので姉妹が叫んだのだ」と、皇帝の従者たちに説明する。
『歴史』(ヘロドトス)巻2−121 盗賊の兄弟が、エジプト王ランプシニトスの蔵から財宝を盗む。一人が罠にかかったので、もう一人が兄弟の首を切って逃げる。王は首なし死体を塀に吊るし、それを見て泣き悲しむ者を捕らえようとする。盗賊は番人を酒で眠らせて、兄弟の死体を運び去る。
★9b.AがBを殺して首を切断し、Bの死体にAの衣服を着せて、殺されたのはAであるかのように見せかける。
『エジプト十字架の謎』(クイーン) 敵に狙われているヴァンは、逆に敵をおびき寄せて殺し、首を切断して身体に自分の衣服を着せ、ヴァンが敵に殺されたかのように見せかける。後に警察はヴァンの生存を知るが、ヴァンはもう一度別人を殺して首を切断し、ヴァンの死体のように見せる。
『大岡政談』「越後伝吉一件」 越後の百姓伝吉の妻お梅は、名主上台憑司の息子昌次郎と密通する。関係が露顕しお梅と昌次郎は江戸へ旅立つが、その途中、女をさらった雲助と争って彼らを殺してしまう。そして死体の二つの首を切り落とし昌次郎とお梅の着物を着せて、自分たちが殺されたように見せかけ、伝吉を犯人に仕立て上げる。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「蝶合戦」 本所松坂町の弁天堂の尼善昌が殺され、首を切り取られていた。それは、善昌が悪事仲間の女お国を殺して、首なし死体に自分の法衣を着せ、善昌自身が殺されように見せかけて身を隠したのだった。
*顔を散弾銃で撃たれ、誰の顔か識別できなくなっていれば、首を切断しなくても衣服を取り替えるだけで、別人に仕立て上げることができる→〔顔〕3の『恐怖の谷』(ドイル)第1部。
★9c.AがBを殺して首を切断し、Cが殺されたかのように見せかける。
『棠陰比事』127「従事函首」 行商人が帰宅すると妻が殺されており、首がなかった。行商人は妻殺しの犯人として逮捕された。実は行商人の妻は生きており、某富豪の邸に隠されていた。これより先、某富豪は乳母を殺し、その首を箱に入れて葬った。そして首なしの乳母の死体を行商人の家に置き、妻の死体のごとく見せかけたのだった〔*類話二話がこの後に記される〕。
首なし馬の伝説 四月二十四日の夜、首のない白衣の人が白馬に乗り、行列を作って通る。のぞき見た者は死ぬ。出会ったら、「柴田勝家公の家来(あるいは、天下の名将柴田勝家公)」と言えば、助かる(福井県福井市)。
『スケッチ・ブック』(アーヴィング)「スリーピー・ホロウの伝説」 イカバッドは深夜帰宅する途中に、首のない騎士の幽霊に追いかけられる。幽霊は鞍に置いた自分の首をイカバッドに投げつける。その夜からイカバッドの姿を見たものはなく、彼は生死不明である。
『太平広記』巻330所引『霊異集』 唐の開元年中、王鑑が酔いに乗じて城外を夕暮れに騎行し、焚き火を囲む十余人に出会う。王鑑は近寄って話しかけるが、誰も返事をしない。見ると人々の半数は頭部がなく、頭部のある者は面衣をつけていた〔*王鑑はその夜、他の怪異にも遭い、一年後に病死する〕。
『異苑』38「首のない姿」 東晋の元帝の永昌元年(322)、甘卓は、王敦の軍を攻めようと企てながら中止した。ところが帰宅後、鏡に向かっても首が映らず、庭木を見ると梢に首が乗っている、などの怪事が起こり、甘卓は不快に思った。まもなく甘卓は、王敦の一味に暗殺された。
『首のない影』(昔話) 二十三夜の明け方近く、男が田の畔を歩き、田水に映る自分の影に首がないので驚く。それは死の予兆であり、家では妻の情人が、鉈で男の首を斬って殺そうと待ちかまえていた。男はそれを知り、弓で妻と情人を射殺した(鹿児島県大島郡宇検村生勝。*→〔密通〕2aの『古事談』巻6−50などと同系の物語)。
『さんせう太夫』(説経) つし王(厨子王)は丹後の国司となり、由良の港の人買い・さんせう太夫を処罰する。つし王は、太夫の三人の息子のうち、もっとも邪険だった三郎に竹鋸を与え、「これで父の首を引け」と命ずる。さんせう太夫の身体は穴を掘って肩まで埋められ、三郎は竹鋸を百六回引いて、ようやく父の首を切り落とす〔*三郎も、往来の人々に七日七夜、竹鋸で首を引かれて死ぬ〕。
『夏祭浪花鑑』「長町裏殺しの場」〜「団七住居の場」 団七九郎兵衛は、舅(=妻お梶の父親)義平次を殺した。これは親殺しの大罪である。団七はもとより、妻お梶・息子市松も連座して、竹鋸で首を引かれる刑に処せられるのだ。彼らを鋸引きの刑から救うため、団七の義兄弟・一寸徳兵衛は、お梶に不義をしかける〔*実際には、江戸時代には竹鋸の刑は行なわれなかったという〕→〔縁切り〕2。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第28巻123ページ ノリスケが人間の頭ほどの大きさの西瓜を包み、夜、鉄道便の受付に持って行く。「送り先はどこですか?」と聞かれて、ノリスケは「どこでもいいですよ。ヒヒヒ」と気味悪く笑う。受付係は包みを取り落とし、赤い汁が出るのを見て悲鳴を上げる。ノリスケは「ちょいと納涼がすぎたかな」と言って去る。
『西瓜』(岡本綺堂) 御家人の下僕・伊平が、風呂敷包みの西瓜を持って辻番所の前を通る。番人たちが怪しんで風呂敷を調べると、中から女の生首が出てくる。驚いて見直すと、もとの西瓜である。伊平は帰邸してこのことを奥様に語る。奥様が風呂敷をあけると生首である。しかし主人が見直すと西瓜である。主人は西瓜を割る。西瓜の中からは、青蛙と長い髪が出てきた。
『首屋』(落語) 「首屋でござい」と言って歩く男がいるので、殿様が屋敷へ呼び入れる。殿様は、首の代金七両二分を前払いして、刀を抜き、男の首に斬りつける。男はひらりと体をかわし、手持ちの風呂敷包みから、張り子の首を投げ出して逃げる。殿様「これは張り子ではないか。買ったのはお前の首だ」。男「こちらは看板でございます」。
『子連れ狼』(小池一夫/小島剛夕)其之17「二河白道」 拝一刀は、徳川幕府の要職である公儀介錯人として、何人もの大名の首を斬った。柳生烈堂率いる裏柳生一門が、公儀介錯人の地位をねらい、拝一刀を無実の罪に落とし入れる〔*一刀の妻・臨月の薊(あざみ)も、惨殺される。胎児・大五郎は臍の緒がついたまま、薊の腹からこぼれ出ていた〕。拝一刀は大五郎を乳母車に乗せ、諸国流浪の刺客となって、冥府魔道を生きる。
『法句経物語』第100偈 「赤ひげ」と呼ばれる男が、首斬り役人を五十五年間つとめた。若い頃は一度に五百人を斬った赤ひげも、年老いて、一人の罪人をさえ、二度・三度と斬りなおさねばならなくなり、罪人は苦しんだ。彼は免職になり、その後、サーリプッタ長老の説法を聞いて、預流果(よるか)の手前の従順忍を得た。赤ひげは、説法を終えて帰る長老を送って行き、その戻り道で牛に突かれて死んだ。彼はツシタ(兜率)の天宮に生まれた。
『聊斎志異』巻2−66「快刀」 ある兵士が、たいへん良く斬れる刀を持っていた。処刑される男が兵士に、「貴方の刀は、首を斬ってもやり直しをしたことがないそうだね。貴方の刀で私を斬ってくれ」と頼んだ。兵士は承知し、刀を一閃して、男の首を斬り落とす。首はころころと転がりながら、大いに褒めて言った。「すごい刀だ」。
『吾輩は猫である』(夏目漱石)2 土手三番町に「首懸の松」があり、通りかかった人は皆、そこで首をくくりたくなる。年に二〜三人は、その松で首を吊る。歳末のある日、散歩に出た迷亭も、「首懸の松」を見て首をくくりたくなる。しかし、まず家の用事をすませてからと思い、迷亭はいったん帰宅する。すぐに出直して松の下へ行くと、もう誰かが首を吊ってぶらさがっていた。
『閲微草堂筆記』「ラン陽消夏録」47「身代わりを待つ幽霊」 個人的な怒りや恨みから首をくくって死んだ者の霊は、浮かばれぬままその場所に閉じ込められる。次にその場所へ来て首を吊る者があると、先に首をくくった者は、はじめて解放され、輪廻に入って生まれ変わることが可能になる。したがって、首をくくった霊は、誰か来て首を吊ってくれるのを、いつも待っている。
*首をくくった人の悪念が、首くくりの場所へ生者を引き寄せる→〔死神〕7の『絵本百物語』第6「死神」。
『幽明録』27「首つりの幽霊」 夜、娘が一軒の邸宅までやって来て、梁に縄をかけて首をつる。近くにいあわせた男が見ると、屋根の上に幽霊がいて、縄を引き絞っている。男は刀を抜いて縄を切断し、屋根の幽霊に斬りつける。幽霊は西の方へ逃げて行った。男は娘を家まで送り届ける。娘の両親は「これは運命のしわざでありましょう」と言って、娘を男の妻として与えた。
『或る阿呆の一生』(芥川龍之介)44「死」 「彼」は窓格子に帯をかけ、懐中時計を持って、試みに縊死するまでの時間を計った。すると、ちょっと苦しかった後、何もかもぼんやりなりはじめた。そこを一度通り越しさえすれば、死に入ってしまうのに違いなかった。「彼」は時計の針を調べ、苦しみを感じたのは一分二十何秒かだったのを発見した。
『旅あるきの二人の職人』(グリムKHM107) 靴屋が、仕立て屋の両目をえぐり取る(*→〔交換〕3c)。盲目になった仕立て屋は、野原の絞首台の下で眠る。絞首台にぶら下がる罪人二人が、「ここから垂れる露で洗えば、なくなった目玉が生えかわるんだ」と話し合う。仕立て屋は目の窩(あな)を露で洗い、新しい目玉が生え出る。後に靴屋が絞首台の所まで来ると、罪人たちの頭にとまっていた二羽の鴉が飛びおり、靴屋の両目をつつき出した。
『ドイツ伝説集』(グリム)336「絞首台から来た客」 旅館の亭主が絞首台のそばを通りかかり、吊るされている三人の男の遺骸に、「今夜、食事に来ても良いぞ」と言う。するとその夜、本当に三人の幽霊が旅館へやって来る。幽霊はすぐに消えたが、亭主は恐怖で床についてしまい、三日目に死んだ。
『古事記』中巻 カムヤマトイハレビコ(=後の神武天皇)は、九州から東征の旅に出て、熊野の村に到った。その時、大きな熊がちらりと姿を見せ、たちまち消え失せた。カムヤマトイハレビコは気を失って倒れ、付き従う兵士たちも倒れた。高倉下(たかくらじ)が刀を献上すると(*→〔夢告〕1)、カムヤマトイハレビコは覚醒し、「長く寝つるかも」と言った。カムヤマトイハレビコは刀を受け取り、熊野の荒ぶる神たちは自然に皆切り倒された〔*『古事記』序では「化熊(=神の化身の熊)」と記す。『日本書紀』巻3神武天皇即位前紀戊午年6月は「熊」とせず、「神」と記す〕。
『北越雪譜』(鈴木牧之)初編・巻之上「熊人を助く」 二月初旬、薪を取りに雪山へ入った青年が、谷底へ転げ落ちる。凍死せぬように岩穴へ入ると、熊が眠っていた。熊は青年を襲うことなく、掌を青年の口に押し当てる。青年が熊の掌をなめると、甘くて少し苦い味がして、飢えをしのぐことができた。青年は熊と一緒に数十日間暮らし、熊は飼い犬のごとく青年になつく。雪解けの頃、熊は雪を掘って道を作り、青年を人里近くまで連れて行った。
『熊のジャン』(フランスの昔話) 森の牡熊が若い娘を洞窟へさらって、妻とする。翌年、半分人間で半分熊の息子が生まれる。彼は毛深いので、「熊のジャン」と呼ばれた。ジャンは成長後、母といっしょに洞窟から逃げ、牡熊は気落ちして死ぬ。ジャンは怪力の若者となり、一人で旅に出る。ジャンは怪物をやっつけ、捕らわれていた王女二人を救う。ジャンはそのうちの一人と結婚し、幸せに暮らした。
オロチョンと熊の物語(中国・オロチョン族の神話) 山奥へ入った狩人が、足に怪我をして動けなくなる。牝熊が薬草を与えて狩人の世話をし、狩人と牝熊は夫婦になって、半熊半人の子供が一人生まれる。怪我が治った狩人は、隙を見て逃げ出し、村へ帰ろうとする。牝熊は怒り、子供を真っ二つに引き裂いて、半分を狩人に投げつける。この子が、オロチョン族の始祖である。残りの半分は母熊に抱かれて山へ戻り、熊として暮らした。
『熊女房』(中国の昔話) 一人の商人が船出して、ある島に上陸する。嵐が来て船が流されてしまい、商人は気落ちして泣き出す。牝熊が現れ、木の実を与えて商人の世話をする。牝熊と商人は夫婦になり、息子一人と娘一人が生まれる。何年か後に、島の近くを船が通りかかったので、商人は息子だけを連れて、船に乗せてもらう。残された牝熊は、娘を抱いて海へ身を投げる(浙江省)。
『三国遺事』巻1「紀異」第1・古朝鮮〔王儉朝鮮〕 熊が変身して人間の女になった(*→〔百〕1)。熊女(ウンニョ)は結婚相手を求め、「身ごもりますように」と祈る。天帝の子桓雄(ファンウン)が熊女と結婚し、子供が生まれる。名前を檀君王儉(タンクンワンコム)と言った。檀君王儉は平壌に都を開き、国号を朝鮮(チョソン)とした。
『熊の皮をきた男』(グリム)KHM101 悪魔が、一文なしの若者に「七年間、熊の皮を着て、身体を洗わず、髪も髭も爪も切らずにいたら、大金持ちにしてやる」と告げる。若者は旅に出て、四年目に一人の老人を救う。老人は返礼に、「三人いる娘の一人を、あなたの妻として差し上げよう」と言う。長女と次女は熊姿の若者を嫌い、末娘が「父の恩人だから」と言って、若者と婚約する→〔指輪〕2b。
『人間豹』(江戸川乱歩) 凶悪な人間豹・恩田が、明智小五郎の妻・文代さんをさらい、丸裸にして熊の毛皮を着せる。恩田は、曲馬団の見世物として、熊の毛皮を着た文代さんを、虎(*その実体は豹。豹に化粧をして虎に見せかけた)と格闘させる。豹は鋭い牙で、熊の毛皮の上半身を引き裂く。中から文代さんの白い肌があらわれる。そこへ明智小五郎が駆けつけ、拳銃で豹を撃ち殺す。
*虎もライオンも、毛皮を着た人間だったというのが→〔にせもの〕8の『動物園』(落語)。
*熊の皮から女房を思い出す→〔連想〕2の『熊の皮』(落語)。
*母の化身の熊と、それを殺そうとする息子→〔見間違い〕3dの『変身物語』(オヴィディウス)巻2。
『西遊記』百回本第2回 孫悟空は、須菩提祖師(すぼだいそし)仙人のもとで修行に励み、雲に乗る術を学んだ。一般に仙人は、結跏趺坐したまま雲に乗って空を飛ぶ。しかし孫悟空の術はそれとは異なり、キン斗雲の上でとんぼ返りを打って、ようやく雲は飛び上がる。そして一度とんぼ返りをする間に、雲は十万八千里も遠くへ行くことができるのである。
『聊斎志異』巻1−13「偸桃」 手品師が、数十丈もある長い縄を空高く投げ上げる。縄の先端はするすると雲の中まで入っていく。手品師の息子が縄をよじ登って、天上世界にある西王母の桃を取りに行く。やがて桃が一つ落ちて来る。続いて、息子の首や手足や胴体がバラバラに落ちて来る。手品師は「桃の番人に斬られたのだ」と言い、見物人たちから息子の葬式代を集める。手品師はバラバラ死体を籠に入れて蓋をする。蓋を取ると、元気な息子の姿が現れる。
*→〔異郷訪問〕9の、豆のつるをよじ登って天上世界から宝物を盗んで来る『ジャックと豆の木(豆のつる)』を、連想させるところがある。
『ノンちゃん雲に乗る』(石井桃子) 小学校二年生のノンちゃん(田代信子)が木に登って、すぐ下にある池をのぞき込む。池の底には、青い空と白い雲が見える。ノンちゃんはバランスを崩して、池に落ちてしまう。おじいさんが熊手でノンちゃんを雲の上に引き上げ、「お前は地下天国に落ちて来たのだ」と教えてくれる。おじいさんに促されてノンちゃんは、自分のこと、にいちゃんのこと、おとうさん・おかあさんのことを語る→〔嘘〕10。
『子不語』巻12「縄拉雲」 王廷貞が雨乞いをし、綿を重ねたような厚い雲が空に現れる。王が長い縄を投げ上げると、天上でそれを受け止める者がいるかのごとく、縄は落ちて来ない。龍に属する(=辰年の)八人の童子が、力いっぱい縄を引く。雲が西にあれば東に引っ張り、南にあると北に引き寄せる。まもなく大雨になり、水深が一尺ほどになったのを見届けて、王は縄を引き下ろした。
『日本書紀』巻1・第8段本文 スサノヲがヤマタノヲロチの尾を裂いて、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を見出した。一書に言う。「この剣の本の名は、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)である。ヤマタノヲロチがいる上に、常に雲気がただよっていた。それゆえ名づけられたのであろう」。
『史記』「高祖本紀」第8 秦の始皇帝は「東南に天子の気がある」と言って、これを抑圧しようとした。高祖(劉邦)は「自分がねらわれているのか」と疑い、山沢巌石の間に隠れた。しかし妻(呂后)は、いつも彼を見つけた。高祖が不思議がると、妻は「あなたのいる所には、その上に常に雲気があります。それであなたを見つけることができたのです」と答えた。
神様の助けなど(松谷みよ子『現代民話考』) 昭和二十年八月。川越市を空襲すべく、敵機がしきりに上空を飛んだ。しかし上空は紫の雲におおわれ、敵機は川越市を見失ったため、空襲は受けなかった。紫の雲は、総鎮守・氷川神社から立ち昇ったとも、喜多院からとも言う(埼玉県)。
『沙石集』巻10末−13 行仙房は端坐して入滅した(*→〔死期〕1a)。その時、紫雲がたなびいて庵の前の竹にかかり、紫の衣でおおったかのようであった。音楽が空に聞こえ、良い香りが室内に満ちた。火葬の後に見ると、灰は紫色だった。
『浜松中納言物語』巻4 吉野山に住む尼君(=主人公中納言が契りを交わした河陽県の后の母)は、十月十五日の夕方、念仏を唱えつつ、脇息に寄りかかったままで息絶えた。芳香が満ち、紫雲が峰のあたりに立ち巡った。中納言は、これまで話に聞くだけだった芳香や紫雲を実際に体験し、しみじみと感慨にふけった。
*天人が降下する時にも、紫の雲がたなびく→〔天人降下〕2の『狭衣物語』巻1。
『変身物語』(オヴィディウス)巻1 ユピテル(=ゼウス)が、広野を行く美女イオに目をつけ、黒雲をおこして地面を覆う。ユピテルは黒雲の中で、乙女の純潔を奪う。ユピテルの妻ユノー(=ヘラ)が天上から見下ろし、白昼に黒雲が湧いてあたり一面夜のようになったのに驚く。ユノーは地上へ降り、黒雲に退去を命ずる→〔牛〕4b。
『首都消失』(小松左京) ある年の十一月下旬。突如、直径六十キロ・高さ千メートルの巨大な雲が発生し、東京とその周辺をすっぽり覆ってしまう。一切の通信は途絶し、雲の中へ入ることもできない。首都を失った日本を立て直すため、地方の知事たちが中心になって臨時政府を作る。雲は、太陽系外の宇宙文明から地球へ送り込まれた観測装置らしかった。その装置が東京の上に着陸したことは、日本にとって不幸だった。翌年の四月初め。雲は、出現した時と同様に、何の前触れもなく消えた。
『マイトラーヤニー・サンヒター』 山岳は創造神プラジャーパティの最長子である。山々は翼を持ち、自由に飛びまわったので、大地は不安定だった。インドラ神が山々の翼を断ち切り、大地を安定させた。翼は雲となった。それゆえ雲は、おのれの母胎である山のほとりに、漂うのである。
『古今和歌集』「仮名序」古注 素盞烏尊(すさのをのみこと)が妻とともに住むための宮を、出雲の国に造っていた。その時、八色の雲がたったので、素盞烏尊は「八雲立つ出雲八重垣妻ごめに八重垣作るその八重垣を」の歌を詠んだ。
『安芸のやぐも唄』(深沢七郎『庶民烈伝』) 暑い夏の朝、ピカッと光った空に白い雲を見た途端、おタミの眼は真っ暗になった。「雲は紫だった」とか「赤かった」とか「ダイダイ色だ」とか、皆いろんなことを言った。おタミのめくらの眼は、七色や八色の雲を鮮やかに思い浮かべた。若い頃に聞いた、街のアメ屋の唄を、おタミは思い出す。「やぐも立つ、いずもやえがき妻ごみに やえがき作るそのやえがきを」。何の唄だか知らないが、出雲の国にも、昔あんな雲が現れたのだろう。
『日本書紀』巻28天武天皇元年6月 天智天皇の死後、吉野の宮にいた大海人皇子は、大友皇子に対して挙兵するため、東国へ向かった。横河(=名張川か)まで来た時、天に黒雲が現れ、その広さは十余丈であった。大海人皇子は自ら式(ちょく。筮竹の類か)を取って占い、「天下が二分される兆しだ。私が天下を得るのだろうか」と仰せられた。
*雲から造られたにせ花嫁→〔にせ花嫁〕4の『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第3章。
*雲まで届く梯子→〔梯子〕1cの『蒙求』162「魯般雲梯」。
『蜘蛛の糸』(芥川龍之介) 血の池地獄に落ちた悪人カンダタは、生前、蜘蛛を助けたことがあった。極楽のお釈迦様が、救済の機会を与えようと、一筋の蜘蛛の糸を下ろす。カンダタは糸にすがって登るが、大勢の罪人たちも後について登って来る。カンダタは「糸はおれのものだ」と叫ぶ。糸が切れ、カンダタは血の池に落ちる〔*→〔天国〕2の『ペーテル聖者の母』(グリム)KHM221に類似する〕。
『耳袋』巻之7「河怪之事」 竹藪の茂る淵で釣りする男の足指に、蜘蛛が繰り返し糸を巻きつけ、ついに足首の半分以上に糸をかける。男が糸を杭の木に移して見ていると、水中と藪との間で「良しか」「良し」との問答があり、杭の木が半分に折れる。
『変身物語』(オヴィディウス)巻6 機織り上手の娘アラクネが首をくくり(*→〔わざくらべ〕1b)、ぶらさがる彼女の身体に、女神ミネルヴァ(=アテナ)が魔法の草汁をかける。アラクネの髪は抜け、鼻も両耳も落ち、身体全体が縮んで蜘蛛になる。今も彼女は腹から糸を吐き、機織りに励んでいる〔*この神話にもとづいた『荒絹』(志賀直哉)では、機織り部屋から姿を消した少女荒絹を捜して長い糸をたどり、山の洞窟の奥に、蜘蛛のごとき姿となった荒絹を見出す、とする〕。
『江談抄』第3−1 唐の帝王の前で、吉備大臣が難読の野馬台詩を読まされる。読む順序がわからないでいたところ、蜘蛛が一匹文書の上に落ちてきて糸を引き続けるのを見、それにしたがって読み終えた。
『神道集』巻2−6「熊野権現の事」 苑商山の喜見上人が『法華経』を説いていた時、蜘蛛が糸を引き回して「鬼時谷に善財王の王子が十二の虎に養われてあり」と書きつけ、知らせた。
『日本永代蔵』巻4−2「心を畳込む古筆屏風」 貿易商の金屋が破産し、定めなき身の感慨にふける。蜘蛛が杉の梢に糸をかけようとして三度失敗するが四度目に成功し、糸にかかる蚊を食物として、巣を広げる。これを見た金屋は発奮し、再び商売の工夫をする。
『日本書紀』巻13允恭天皇8年2月 「蜘蛛が巣をかけるのは、愛人が訪れる前兆」という俗信があった。衣通郎姫は允恭天皇を恋い慕い、ある夜、蜘蛛が巣をかけるのを見て、「我が背子が来べき夕(よひ)なりささがねの蜘蛛のおこなひ今夕(こよひ)しるしも」と詠じた。その時天皇はすでに側まで来ており、この歌を聞いて衣通郎姫を愛しく思った。
*蜘蛛のふるまいを見て、船を発明する→〔船〕5の『自然居士』(能)。
髪の毛の中のクモ(ブルンヴァン『消えるヒッチハイカー』) 髪の毛を逆立ててフワっと大きくしている女の子がいた。彼女は、けっして髪をくずさず、梳かず、洗わず、たっぷりスプレーをかけていた。ある日、一匹の黒蜘蛛が女の子の頭に落ち、髪の中に卵を産みつけた。卵から黒蜘蛛の子が孵(かえ)り、彼女の頭を食い破ったので、彼女は死んでしまった。
*黒蜘蛛の化身の女→〔真似〕4aの『蜘蛛』(エーベルス)。
『蜘蛛』(遠藤周作) 雨の夜、タクシーに乗り合わせた青年が、くすね蜘蛛の話をしてくれた。くすね蜘蛛は灰色の足の長い蜘蛛で、人間の皮膚に卵を産みつける。卵から孵(かえ)った幼虫は、人間の血を養分として成長する。やがて皮膚に赤黒いブツブツの腫物がいっぱいでき、つぶすと、蜘蛛の幼虫がうごめくのが見える。「私」は話を聞いて不快になる。青年がタクシーを降りた後、座席を一匹の灰色の足の長い蜘蛛が走って行った。
*蜘蛛の妖怪→〔糸〕8の『土蜘(つちぐも)』(能)・〔七人・七匹〕3の『西遊記』百回本72〜73回・〔化け物屋敷〕の『狗張子』巻7−2「蜘蛛塚のこと」。
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