*関連項目→〔手紙〕
『芦屋道満大内鑑』初段 榊の前が恋人安倍保名からの手紙を読んでいると、にわかに天狗風が吹き起こる。手紙は空に飛ばされて、保名らに敵対する岩倉治部大輔の手に入る。
『落窪物語』巻1 道頼少将は乳母子(めのとご)の帯刀から、継母にしいたげられている落窪の姫君の噂を聞く。道頼は姫君に繰り返し恋文を送り、二人は内密に結婚する。ところが、姫君から道頼にあてた手紙を、帯刀が途中で落としてしまう。手紙は継母の手に渡り、継母は姫君と道頼の関係を知る〔*継母は姫君を一室に監禁し、老典薬の助が姫君を犯そうとする〕→〔老翁〕1a。
『源氏物語』「若菜下」 女三の宮は光源氏の妻となったが、柏木は彼女を思い続け、とうとうある夜、寝所に忍び入って関係を結んでしまう。光源氏が女三の宮の部屋を訪れた時、彼女は柏木からの手紙をしとねの下に隠して源氏と語らい、そのまま二人は眠る。翌朝、源氏は、浅緑色の薄様(=手紙)がしとねの端からのぞいているのに目をとめ、柏木の筆跡であることを知って、持ち帰る。
『平家物語』巻9「小宰相身投」 車に投げこまれた平通盛からの文を、小宰相は捨てることもならず袴の腰にはさんで参内し、上西門院の御前に落としてしまう。女院が文を読んで通盛の恋情を知り、二人の仲をとりもつ。
『八百やお七』(紀海音) お七が、吉三郎に愛を誓って書いた起誓文を、新発意弁長がすり取り、それを万屋武兵衛が入手する。武兵衛は、お七の父久兵衛たちの面前で起誓文を示し、お七と吉三郎の仲を暴露する。
『青い山脈』(石坂洋次郎) 終戦直後の田舎町の女学校でのこと。不純異性交遊の噂のある寺沢新子に、同級生が、県立一中の学生をよそおってにせの恋文を出し、公園に呼び出そうとする。級友たちは、新子が誘いに乗るかどうか試したのだった。これが学校中の大問題になり、議論の末、健全な男女交際は必要なものであるという新しい考え方を、生徒も教員も町の人々も理解するようになった。
『いたづら』(志賀直哉) 東京近郊の中学の教師「私(田島)」は、女好きの教師山岡をからかおうと、同僚と相談して架空の娘を作り上げ、にせの恋文を何通も山岡に送る。逢い引きの場所に娘は来ないが、山岡は娘の実在を疑わず、恋文の文面をもとに、のろけ話を「私」たちに聞かせる。山岡がまったくへこたれないので「私」たちはあてがはずれ、「父の転勤で旭川へ引っ越します」との別れの手紙を出して、いたずらを終わりにする。
『十二夜』(シェイクスピア)第2〜3幕 執事マルヴォーリオはオリヴィア姫に思いを寄せている。マルヴォーリオと仲の悪いサー・トウビーたちが、オリヴィア姫の筆跡を真似た恋文を作り、マルヴォーリオに拾わせる。マルヴォーリオは有頂天になり、恋文の指示どおりに黄色の靴下に十文字の靴下留めをつけ、オリヴィア姫の前へ来てニヤニヤ笑う。オリヴィア姫は、マルヴォーリオを狂人だと思う。
『吾輩は猫である』(夏目漱石)10 金田家の令嬢富子がハイカラで生意気だというので、文明中学の生徒たちがにせの艶書を送り、その際、生徒の一人・古井武右衛門が名前を貸す。あとになって武右衛門は、「自分の名前が出たら退校になるかもしれぬ」と心配して、苦沙弥先生の家まで相談に来る。しかし苦沙弥先生は取り合わない。
★3.いつわりの恋文を受け取った人が、差し出した人に好意を持つ。
『赤西蠣太』(志賀直哉) 伊達兵部の屋敷に潜入した隠密・赤西蠣太は任務を終え、自分が醜男であることを利用し、美人の腰元・小江(さざえ)に艶書を送り恥をかいて逃げ出す形にして、怪しまれずに屋敷を去ろうとする。ところが意外にも小江が蠣太に好意を持つので、やむなく蠣太は艶書を人目につく所に落とし、面目なさに出奔するという体裁をとる。
『葬られた秘密』(小泉八雲『怪談』) お園は結婚して四年目に、幼い息子を残して病死した。葬儀の後、お園の幽霊が、部屋の箪笥の前にたたずむようになり、家族たちは怖がる。檀那寺の和尚が幽霊に問いかけて、お園が成仏できない理由を知る。お園は独身時代に一通の恋文をもらったことがあり、それを箪笥の引出しの敷紙の下にしまっておいたのだった。和尚が「寺で恋文を焼こう」と約束すると、幽霊は現れなくなった。
★5.女郎が、「あなたと夫婦になります」との起請文を、三人の客に与える。
『三枚起請』(落語) 猪之助が、女郎の喜瀬川からもらった「年季が明け候えば、あなたさまと夫婦になること実証也」という起請文を、棟梁に見せて自慢する。棟梁は驚いて、「おれも同じ起請文を喜瀬川にもらった」と言う。そこへやって来た清造も、「起請文をもらった」と言う。三人は、喜瀬川の所へ文句を言いに行く。喜瀬川はいろいろ言い訳をしてごまかそうとするが、最後には、「私たち女郎は客をだますのが商売だ」と開き直る。
『葉桜と魔笛』(太宰治) 十八歳の妹が腎臓結核で臥し、「私(姉)」は妹の箪笥の中に、M・Tという男からの手紙の束を見つける。M・Tは妹と身体の関係を持ちつつも妹を捨てたらしかったので、「私」はM・Tの筆跡を真似て、妹を励ます手紙を書く。しかし妹は、「一昨年から一人であんな手紙を書いて、自分宛てに投函していたの」と打ち明け、死ぬ。
『代作恋文』(野村胡堂) 売れない青年作家・東野南次は、論文から小説まで、あらゆる文書の代作業を始める。幽里子(ゆりこ)という美女が現れ、恋文の代作を依頼する。彼女は「ある男性」への思慕を語り、それをもとに南次は恋文を書く。実は幽里子の恋の対象は、東野南次なのだった。彼女は講演会で南次の話を聞いて以来、彼を恋し、代作にかこつけて自分の思いを南次に訴えたのである。南次は知らずして、自分宛ての恋文を書いていたのだ。
『今昔物語集』巻30−1 平中(=平定文)は、本院の大臣に仕える女房・侍従の君に懸想したが、彼女は恋文の返事さえくれなかった。平中は「せめて、『見つ(=この手紙を見た)』という二文字だけでもいいから、御返事をたまわりたい」と訴える。すると侍従の君は、平中の手紙の「見つ」という二文字を破り、紙に貼りつけて送り返した。
『古本説話集』下−60 大和国の長者邸の門番女の息子・真福田丸(まふくたまろ)が、長者の姫君を見て恋わずらいになり、病み臥す。姫君はそれを知ってあわれがり、「やすきことなり。早く病をやめよ」と言い、密会の手順を真福田丸に教える→〔誘惑〕5b。
『鮫人(さめびと)の恩返し』(小泉八雲『影』) 青年俵屋藤太郎は、三井寺の女人詣での折に珠名という美女を見そめる。しかし家人が宝玉一万の結納を要求し、藤太郎は気落ちして重病になる。鮫人(*→〔龍宮〕2)は紅玉(ルビー)の涙を流すので、藤太郎は、鮫人に故郷龍宮を思い出させて泣かせ、紅玉一万を得る。
『紺屋高尾』(落語) 染物職人の久蔵が、友人に誘われて吉原の花魁道中を初めて見に行き、三浦屋の高尾太夫に心奪われ、恋わずらいになって寝こむ。往診した医師が、「十両あれば高尾太夫に会うことができる」と教える→〔遊女〕1。
『崇徳院』(落語) ある大家の若旦那がお参りに行き、茶店で見たお嬢さんに一目ぼれして恋わずらいになる。お嬢さんは崇徳院の和歌の上の句「瀬をはやみ岩にせかるる滝川の」を書いた短冊を置いて行ったが、下の句は「割れても末に逢はんとぞ思ふ」だから、末は夫婦になろう、との意味だというので、出入りの男たちがお嬢さんを捜し回る→〔歌〕3b。
『ろばの皮』(ペロー) 王子が狩りの帰りに農家を訪れ、下女「ろばの皮」の美しい姿を見て(*→〔のぞき見〕5)、恋わずらいになる。病臥した王子は、「『ろばの皮』にケーキを作らせて欲しい」と母妃に願う。母妃は愛する一人息子の命を救うため、まわりの反対を押し切って、「ろばの皮」にケーキを作らせる。
『肝つぶし』(落語) 由松が、夢で見た女に恋して病臥する。命を救うには、生まれた年・月・日・刻が、辰とか寅とか一つに揃った女の生き肝を煎じて、由松に飲ませるしかない。かつて由松の亡父から恩を受けた男が、「妹が年月揃った女だから、生き肝を取って恩返しをしよう」と考え、出刃包丁をかまえる。妹が驚くので、男は「芝居の稽古だ」と言ってごまかす。妹「肝をつぶしたわ」。男「ああ。それでは薬にならぬ」。
*生き肝は、さまざまな病気を治すことができる→〔生き肝〕1。
『今昔物語集』巻30−1 色好みの平中(=平定文)は、本院の大臣に仕える女房・侍従の君に懸想するが、さんざんに翻弄されて、思いを遂げることができない。彼はどうしても侍従の君をあきらめきれず、あれこれと思い悩んでいるうちに、とうとう病気になり死んでしまった。
『対髑髏』(幸田露伴) 華族の若殿が、美女・妙(たえ)を恋するが、妙は遺伝病の家系であり〔*当時、癩病は遺伝病と考えられていた〕、若殿の求愛を受け入れることはできなかった。若殿は恋わずらいのあげく、血を吐いて死んでしまった〔*妙は世を捨て、山にこもって生涯を終える。やがて白骨と化した彼女は自分の身の上を、旅の男である「我(=露伴)」に語る〕→〔髑髏〕2c。
『じゅりあの・吉助』(芥川龍之介) 昔、「べれん」の国の若君「えす・きりすと」が、隣国の「さんた・まりあ」姫に恋し、焦がれ死にした。「えす・きりすと」は「われと同じ苦しみに悩むものを救おう」と思い、神になった。浦上村の某家の下男吉助は、主家の娘への叶わぬ恋に苦しみ、紅毛人から「えす・きりすと」の話を教えられて、切支丹宗門の信者となった。
『振袖』(小泉八雲『霊の日本』) 江戸時代の初め頃。金持ちの商人の娘が、祭礼に出かけた。娘は群集の中に一人の美しい若侍を見そめるが、すぐに見失う。娘は、若侍が着ていたのと同じ紋・同じ色模様の振袖を作らせる。それを着て出かければ、何かの折に若侍の注意を引くことができるかもしれない、と思ったのである。しかし娘は二度と若侍と出会うことなく、やつれはて病気になって、死んでしまった。
『闇桜』(樋口一葉) 園田良之助は某学校の学生で二十二歳、隣家の中村千代は女学校へ通う十六歳。二人は幼なじみで、兄妹のように仲が良かった。二人が摩利支天の縁日に出かけた時、女学校の友人たちが千代の背中をたたいて「おむつましいこと」と、からかう。千代は良之助への恋心を自覚して、恥ずかしく悩ましく、たちまち病に臥す。下女の訴えで、良之助が千代の恋心をようやく知った時、彼女の命は尽きようとしていた。
*→〔蛍〕4の『伊勢物語』第45段。
『吾輩は猫である』(夏目漱石)2〜3 水島寒月がある会合へ出て、某家の令嬢○○子さんの病気のことを聞かされる。○○子さんは二〜三日前、寒月に会ったその晩から急に発熱して、いろいろな譫語(うわごと)を口走る。その譫語のうちに、寒月の名が時々出てくるという。寒月は○○子さんの身の上を案じ、暗い気分になる〔*「○○子さん」は、金田家の令嬢富子のこと。これは富子の母鼻子が、寒月の気を引くためにこしらえた作り話だった〕→〔身投げ〕2。
『鹿の子餅』「恋病」 年頃の娘が、物思いにふけって病臥する。乳母が「恋わずらいに違いない」と推量して、「相手は誰じゃ。隣の繁さまか? 向かいの文鳥さまか?」と問う。娘は「いいえ」と首をふる。乳母「いったい誰じゃ?」。娘「誰でもよい」。
*息子が母を恋して病床に臥す→〔母子婚〕2の『故郷へ錦』(落語)。
*倩娘は、恋人王宙との仲を裂かれて病臥するが、その分身は王宙のもとへ行く→〔分身〕1eの『離魂記』(唐代伝奇)。
*恋わずらいしたまま死ぬと、転生も成仏もできないことがある→〔転生〕13の『伊藤則資のはなし』(小泉八雲)。
『王子と乞食』(トウェイン) 乞食の少年トムは、「本物の王子を見たい」との願いを持っていた。ある日、トムはウエストミンスター宮殿の門前まで来て、門内にエドワード王子の姿を見る。番兵がトムを捕らえるが、エドワード王子は番兵を叱りつけて、トムを宮殿内に入れる。トムは王子にあこがれ、王子はトムの自由な生活に興味をおぼえて、二人はお互いの衣服を取り替える。
『古事記』上巻 兄ホデリ(=海幸彦)は魚を、弟ホヲリ(=山幸彦)は獣を取って暮らしていた。ある時、弟ホヲリが「お互いの漁具と猟具を取り替えよう」と提案したが、兄ホデリはそれを許さなかった。しかしホヲリから三度請われて、ようやくホデリは交換に応じた〔*『日本書紀』巻2神代下・第10段本文および一書第1では、兄弟が相談して道具を交換する。一書第3では、兄が交換を提案する〕。
『毛蟹の由来』(中国の昔話) 蟹が握り飯を食べているところへ猿が来て、「お前の握り飯を、おれの桃の種と取り替えっこしないか?」と声をかける。猿は言う。「握り飯は食ってしまえばそれっきりだ。桃の種を川岸に埋めて育てれば、三年たつとたくさんの実がなる」。蟹は「それもそうだ」と納得して、握り飯と桃の種を交換する(浙江省)→〔猿〕6。
『猿蟹合戦』(昔話) 猿と蟹が遊びに出て、猿は柿の種を拾い、蟹は握り飯を拾う。猿は、蟹から握り飯をまきあげようと思い、蟹にむかって言う。「君の握り飯は食べてしまえばそれっきりだが、僕の柿の種は地に蒔けば、やがて柿の木が生え、実がいっぱいなる」。蟹は猿の口車に乗せられて、握り飯と柿の種を交換する→〔猿〕6。
*鮭をりんごと交換する→〔りんご〕3の『林檎』(林房雄)。
『影をなくした男』(シャミッソー) 青年シュレミールは、灰色の燕尾服の男に請われて、自分の影を、いくらでも金貨が出てくる幸運の金袋と交換する。シュレミールは大金持ちになるが、影がないと人間扱いされないことを知り、「影を返せ」と灰色服の男に言う。ところが男の正体は悪魔で、「影を返してやるから、死後、魂を渡せ」と要求する〔*シュレミールは魂を与えず、その後も影のないまま生きる〕。
無間の鐘の伝説 遠江国の光明山の寺の鐘をつく人は、現世で必ず富貴になるが、それと交換に、来世は無間地獄に落ちる。その鐘は今は土中に埋めてあるので、つくことができない。貪欲の人は、せめてものことに、鐘を埋めた上に立って足で踏み鳴らすという(静岡県掛川市粟が岳)。
*お金を打ち出す鞭と、魂を交換する→〔悪魔〕1aの『悪魔と悪魔のおばあさん』(グリム)KHM125。
『耳の値段』(安部公房) 事故などで眼球や指を失うと、保険金が得られる。耳たぶを失っても保険金が出るので、大学生二人が「耳たぶなんか、なくても困らない」と言って、耳を失う事故にあうよう様々な試みをする。しかしなかなかうまくいかず、結局挙動不審で警官に逮捕されてしまう。
『人魚姫』(アンデルセン) 人魚姫は地上にあがって王子に逢うため、海の魔女に頼んで尻尾を二本の脚に変えてもらう。それと交換に、魔女は人魚姫の舌を切り取って、姫の美しい声を自分のものにする。声を失った人魚姫は、王子に逢っても無言のままでいなければならない。
『旅あるきの二人の職人』(グリムKHM107) 仕立て屋と靴屋が、旅をする。仕立て屋は食べ物がなくなって、動けなくなる。靴屋はパンを一切れ、仕立て屋に与える。「ただし無償(ただ)ではない」と言って、靴屋は仕立て屋の右目を小刀でえぐり出す。二人は旅を続け、靴屋はパンをもう一切れ仕立て屋に与えて、彼の左目をえぐる。靴屋は、盲目になった仕立て屋を、野原の絞首台のそばに置き去りにする→〔首くくり〕5。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第15章 大樹ユグドラシルの根の下にミーミルの泉があって、知恵と知識が隠されている。オーディンが来て、泉の持ち主ミーミルに「一口飲ませて欲しい」と頼み、片目を与えた。
『大般涅槃経』巻14 雪山童子は、羅刹の唱える「諸行無常是生滅法」の偈の後半「生滅々已寂滅為楽」を聞かせてもらうために、自分の身体を羅刹に喰わせた。しかしそれは、帝釈天が羅刹の姿をして童子の求道心を試したのだった〔*『三宝絵詞』上−10に類話〕。
*五年あるいは三十年の命と交換に、名歌を詠む→〔歌〕1bの『今鏡』・『西行上人談抄』。
『どろろ』(手塚治虫) 戦国時代。醍醐景光は「天下を取りたい」と願い、地獄堂の四十八体の魔人像に祈る。魔人像は、引き換えに醍醐の子供の身体を要求し、醍醐は「あさって生まれるわしの子供をやろう」と約束する。やがて生まれた醍醐の子供は、目も耳も口もなく、手足もない男児(=百鬼丸)だった。醍醐は、男児をたらいに入れて、川へ流し捨てた。
*逆に、全財産を失うことと引き換えに、子供を授かる→〔長者〕2bの『神道集』巻6−33「三島大明神の事」。
『カター・サリット・サーガラ』「『ブリハット・カター』因縁譚」・挿話2 貧しい男が大商人ヴィシャーキラから、一匹の死んだ鼠を資本として借りる。男はそれを猫の食糧に売り、両手一杯の豆をもらう。その豆を粉にし、冷水と粉とを、休息中の木材運搬業者たちに与えると、業者たちは喜び、一人二本ずつの木材を謝礼にくれる。男は多くの木材を蓄え、多雨で木材が高騰した時に売って財産を築く。男は黄金の鼠を造ってヴィシャーキラに贈り、世人は男を「鼠」と呼ぶ。
『今昔物語集』巻16−28 長谷の観音の夢告を得た男が帰途わらすじを拾い、それに虻をくくりつけたものを、大柑子三つと取り替える。ついで、布三反・馬・田と、交換を繰り返すにつれて、だんだん価値高い物が手に入る〔*『宇治拾遺物語』巻7−5などに類話。*→〔長者〕1aの『藁しべ長者』(昔話)の古形〕。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第39巻113ページ 年末の一日。カツオが波平から年賀ハガキを一枚もらって出かける。カツオはそれを柿の一枝と交換し、柿を菊の鉢植えと交換して、ついには大きなクリスマス・ツリーをかついで帰ってくる。波平は「ワシより世渡りはうまいぞ」と感心する。
『大黒舞』(御伽草子) 大悦の助は、清水観音の化身である老僧の教えにしたがい、藁しべ一筋を拾う。彼は、鼻血の止まらぬ男の小指を藁しべ一筋で結んで血を止めてやり、礼に梨三つを得る。その梨三つを衣二疋、それを馬一頭と取り替え、馬は黄金三枚で売れる。
★5a.交換を繰り返して、だんだん価値の低い物と取り替えていく。
『果報にくるまったハンス』(グリム)KHM83 七年の奉公の給金として大きな金塊をもらったハンスは、家へ戻る途中でそれを馬と交換し、その後、牝牛・豚・鵞鳥・砥石と、しだいに価値低い物と取り替えていく。最後に、重いので持て余していた砥石をうっかり泉の中へ落とし、「これで厄介払いができた」とハンスは喜ぶ。
『父さんのすることはいつもよし』(アンデルセン) 百姓が、馬を何か良いものと交換しようと考え、市へ出かける。見るものがすべて良く見え、彼は馬を、雌牛・羊・ガチョウ・めんどり・腐ったりんごの袋と、順次取り替えて行く。りんごの袋を持って帰宅した百姓を、女房は怒るどころか「父さんのすることはいつも良い」と、誉める。そのありさまを見たイギリス紳士が感心して、百姓に百ポンドを与える。
★5b.価値の低い物と交換したと思ったら、そうではなかった。
『ジャックと豆の木(豆のつる)』(イギリスの昔話) 母一人子一人のジャックは、市場へ牝牛を売りに行く途中、老人に出会い、「この豆をまくと一晩で天まで伸びる」と言われて、牝牛を豆と交換して帰って来る。母親はジャックを叱り、怒って豆を庭に捨てる。
厚狭の寝太郎の伝説 厚狭の庄屋の一人息子・太郎は、寝てばかりいたので「寝太郎」と呼ばれていた。ある時、寝太郎は三年三ヵ月寝て暮らした後にひょっこりと起き出し、船に多くのわらじを積んで佐渡へ渡る。そして新品のわらじを、金山の人足たちの履き古したわらじと無料で交換した。寝太郎は、古わらじを厚狭へ持ち帰って洗い、多量の砂金を手に入れた(山口県厚狭郡山陽町)。
*古いランプを新しいランプと交換する→〔妻〕2の『千一夜物語』「アラジンと魔法のランプの物語」マルドリュス版第765〜766夜。
『とはずがたり』(後深草院二条)巻2 二条は、後深草院や「雪の曙(=西園寺実兼)」の愛人であったが、十八歳の九月に、高僧「有明の月(=性助法親王?)」ともひそかに関係を結んだ。二人は形見として、互いの肌につけていた小袖を交換した。
*→〔結婚〕2aの『源氏物語』「花宴」。
『日本書紀』巻14雄略天皇9年7月1日 田辺史伯孫(はくそん)が月夜に帰宅する途中、誉田陵(=応神天皇陵)の下で赤馬に乗る人に出会った。赤馬は素晴らしい駿馬だったので伯孫はこれを欲し、自分が乗る葦毛の馬と交換してもらい、挨拶をして別れた〔*翌朝、赤馬は埴輪に変じた〕→〔馬〕11。
*→〔馬〕4に記事。
『古事記』中巻 武内宿禰が、皇太子(=後の応神天皇)を角鹿(敦賀)の仮宮に住まわせた時、夢にイザサワケの神(気比の大神)があらわれ、「我が名を御子の名と換えたい」と告げる。皇太子は、神の言葉のままに、名を交換する〔*『日本書紀』巻10応神天皇即位前紀にも簡略な記事〕。
『日本書紀』巻11仁徳天皇元年正月 仁徳天皇誕生の日、木菟(ツク)が産屋に飛びこんできた。同日、大臣武内宿禰の子が生まれるにあたり、鷦鷯(サザキ)が産屋に飛びこんだ。瑞兆であるので、それぞれの鳥の名を取り、お互いにあい換えて、生まれた子の名とした。大鷦鷯皇子と木菟宿禰である。
『見知らぬ乗客』(ヒッチコック) テニス選手ガイは列車内で、初対面の男ブルーノから交換殺人を持ちかけられる。ガイが離婚したいと思っている妻をブルーノが殺し、ブルーノが憎んでいる父をガイが殺す。犯人と被害者に接点はないから完全犯罪だ、とブルーノは言う。ガイは断るが、ブルーノは勝手に遊園地でガイの妻を殺し、ガイに「早く俺の父を殺せ」と迫る〔*ガイとブルーノはメリーゴーラウンド上で格闘し、ブルーノは死ぬ〕。
*片腕の交換→〔片腕〕3に記事。
*首の交換→〔首〕2に記事。
*剣の交換→〔剣〕5a・5bに記事。
*子供の交換→〔取り替え子〕に記事。
*夫婦の交換→〔取り違え夫婦〕。
*夢の交換→〔二人同夢〕3に記事。
*プレゼントの交換→〔二者同想〕1aの『賢者の贈り物』(O・ヘンリー)。
*交換条件→〔踊り〕2の『サロメ』(ワイルド)。
*『猿蟹合戦』などのような意図的な交換ではなく、偶然に互いの持ち物を取り違えるところから始まる物語もある→〔取り違え〕6の『恋におちて』(グロスバード)。
*関連項目→〔水没〕
『シャタパタ・ブラーフマナ』 ある朝マヌが水を使っていると、一匹の魚が手の中に入り、洪水を予言する。その時助けてくれる約束で、マヌは魚を海に放す。魚の予告した年に大洪水がおこり、すべての生類が滅びる。マヌだけは舟に乗り、魚の導きで北方の山(=ヒマラヤ)に到る。
『変身物語』(オヴィディウス)巻1 ゼウスが雷電で人間を撃ち滅ぼそうとするが、雷火が天空に燃え移ることを恐れ、大雨を降らせて水で人間を滅ぼすことにする。世界は水でおおわれ、デウカリオンと、彼の従妹であり妻であるピュラだけが、生き残る。彼らは筏に乗って、パルナソスの頂きにたどり着く→〔母なるもの〕1。
*→〔箱船(方舟)〕1。
洪水と兄妹婚(樺太、ギリヤーク族の神話) 大洪水で世界は水中に没した。水上を流れる一片の土(あるいはツンドラ)の上に、一対の兄妹が生き残り、彼らは夫婦になった。妹(=妻)は娘を一人産み、やがて死んだ。兄(=夫)は娘を新たな妻とし、娘は男子一人と女子一人を産んだ。男子は成長後に家を出て独立し、女子を嫁として迎えた。こうして義父の氏族(兄・娘夫婦)と婿の氏族(男子・女子夫婦)が発生した。これ以来、人々は自分の娘や妹とは結婚せず、他の氏族から妻をめとるようになった。
雷公を捕らえる(中国・トン族の神話) 人間に捕らえられた雷公が、腹いせに多量の水をまき、地上は大洪水に見舞われる。姜良(チャンリャン)・姜妹(チャンメイ)兄妹だけが、大きなふくべに穴を開けてその中に隠れ、難を逃れた。洪水が引いた後、姜良・姜妹は家を作り地を開墾して、それぞれの伴侶をさがす。しかしどこにも人影を見つけることができなかったので、姜良・姜妹は兄妹婚をした。
『今昔物語集』巻26−3 美濃国・因幡河の洪水で、家もろとも流された少年が、水面に出ていた木の枝につかまる。水が引いてから見ると、十丈ほどの高木の梢に取りついていたのだった。人々が少年を助けようと、多くの網を持って来る。少年は観音を念じて網の上に飛び降り、無事だった。
『発心集』巻4−9 武蔵国・入間河の堤防が切れ、家々が流される。一人の男が、蘆の末葉につかまっていると、水に流されてきた多くの蛇が、彼の身体にまといつく。男は「地獄の苦しみもこれほどであろうか」と嘆くが、さいわい、浅い所へ泳ぎついたので、蛇を片端から取って棄てた〔*『三国伝記』巻7−30に類話〕。
『塵袋』第10所引『因幡ノ記』 昔、因幡国の竹林に、老いた兎が住んでいた。洪水が起こり、兎は隠岐の島まで流された。兎はもといた所へ帰ろうと思い、水の中にいる「ワニト云フ魚」を集め、「数を数える」と称して隠岐から因幡まで並ばせる。しかし「お前たちをだましたのだ」と言ってしまい、着物(=体毛)を剥ぎとられた。
『洪水』(安部公房) 世界のいたるところで、労働者や貧しい者たちが次々と液化する。洪水が起こり、ノアの方舟も液体に満たされ、こうして第二の洪水で人類は絶滅する。
『高野聖』(泉鏡花) 飛騨山中の医者の娘が、手術の失敗で腰が抜けた少年を、家まで送って行く。娘がその家に数日逗留するうち、大雨が降り出し、風も加わって大洪水となり、村は壊滅する。かろうじて生き残った娘は、不具の少年を夫として、一つ家に住む。娘は魔力を得て、訪れる旅人を誘惑し、次々に猿・蟇蛙・蝙蝠・兎・蛇・馬などの動物に化す。
『細雪』(谷崎潤一郎)中巻4〜8 昭和十三年七月五日、阪神地方に豪雨が降り、川が氾濫して低地は水に没する。蒔岡家の四女妙子は知人の家を訪問していて、浸水のため水死しそうになるが、危ういところを写真師板倉に救われる→〔四人姉妹〕。
*→〔土地〕3aの『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「ひろびろ日本」。
『ユング自伝』6「無意識との対決」 一九一三年十月、一人で旅行していた「私(ユング)」は、恐るべき洪水が、北海・アルプス間の北の低地地方をおおう幻覚を見た。スイスの山は、洪水から国を守るために高くなった。無数の溺死体があり、海全体が血に変った。二週間後にも、再び同じ幻覚が生じた。翌年八月一日に、第一次世界大戦が勃発した。
『ウィッティントンと猫』(イギリス昔話) 貧しい少年ウィッティントンはロンドンへ出て奉公するが、辛さのあまり逃げ出す。行くあてもなく石の上に座っていると教会の鐘が鳴り、その鐘の音が「すぐ引き返せウィッティントン。三たび続けてロンドン市長」と聞こえる。彼は引き返し、後にロンドン市長になる→〔売買〕1a。
『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻8−1 ソクラテスは、しばしば「神霊の声(ダイモニオン)」を聞いた。それは神から遣わされ、天命によって彼に定められたことがらを語る。その声が聞こえる時は常に、彼のしようとしていることをやめよと指示し、それをせよと勧めることは決してない。
『使徒行伝』第22章 キリスト教を迫害する「わたし(サウロ)」は、旅の途中、天からの光に打たれて倒れた。「サウル、サウル、なぜ私を迫害するのか」と呼びかける声がし、「どなたですか」と問うと、声は「私はナザレ人イエスである」と答えた。「わたし」と一緒にいた者たちは、光は見たが、その声は聞かなかった〔*同・第26章にも、類似の記事。同・第9章では、サウロの同行者たちも声を聞いた、と記す〕。
『長谷雄草子』(御伽草子) 中納言長谷雄は朱雀門の鬼から絶世の美女を得る。長谷雄が鬼との約束を守らなかったため、美女は水と化して流れ失せ、鬼は怒って夜道で長谷雄を襲う。長谷雄が北野天神に助けを請うと、空から鬼を叱る声がして、鬼は姿を消す。
『浜松中納言物語』巻4 中納言は唐へ渡って河陽県の后と契りを交わし、生まれた若君をともなって帰国する。帰国して二年後の三月十六日の夜、中納言が月を眺めていると、空から大きな声がして、「河陽県の后は今、この世の縁が尽きて、天に生まれ給うた」と、三度告げた〔*河陽県の后はしばらく天にいた後に、中納言への思いから、現世にもう一度生まれようとする〕→〔転生〕11。
*→〔凶兆〕3bの『平家物語』巻6「嗄(しわがれ)声」・〔人形〕3の『あきみち』(御伽草子)。
*歌をほめる声→〔歌〕1cの『今昔物語集』巻27−45。
*笛の音をほめる声→〔笛〕2bの『遠野物語』(柳田国男)9。
『高野物語』(御伽草子)第2話 宇都宮の一阿弥陀仏は在俗時、父の敵を討った。敵の兄弟ら大勢に追いつめられた時、「我は汝が父ぞ」と言う声が聞こえ、にわかに震動雷電大雨となって、敵は同士討ちを始めた。
『ジェーン・エア』(ブロンテ) ある夜、ジェーンは自分を呼ぶロチェスターの声を聞き、馬車で一日半かかる遠方のロチェスター邸まで駆けつける。そこで彼女は、火事で妻を亡くし失明したロチェスターと再会し、彼と結婚する。
『雑談集』(無住)巻7−2「法華ノ事」 病気の娘が、臨終時に「母よ」と三度呼んで死んだ。その時、一日の行程を隔てた地に住む母は、はっきりとその三声を聞いた。
『遠野物語』(柳田国男)10 弥之助老人が茸採りに奥山に入っていた時、深夜に遠方から女の叫び声が聞こえた。里へ帰ってみると、同じ夜の同じ刻限に、彼の妹である女が、その息子によって殺されていた→〔母殺し〕1。
『破戒』(島崎藤村)第6章 天長節(十一月三日)の夜、瀬川丑松は小学校の宿直当番にあたっていた。どこか遠くから、「丑松、丑松」と呼ぶ父の声が、繰り返し聞こえた。声のする方へ捜しに行っても、誰もいない。同僚の銀之助や敬之進は、「神経のせいだ」と言った。しかしその翌朝、丑松は父死去の電報を受け取る。父は牛の角に突かれて、前夜十時頃に息を引き取ったのだった。
『捜神記』巻17−12(通巻411話) 三人の男が東望山の頂に登り、整然と並んだ果樹を見る。三人は、熟した実を取って腹いっぱい食べ、懐に実を二つずつ入れて持ち帰ろうとする。その時、空から声が響き「実を置いて行け。そうすれば帰ることを許してやる」と告げる〔*物語はここで終わっている〕。
『幽霊滝の伝説』(小泉八雲『骨董』) 夜、二歳の息子を背負った女房お勝が、肝試しで幽霊滝まで来る。確かに来た証拠として、滝壺近くの社の賽銭箱を持ち帰ろうとすると、「おい!お勝さん!」と言う警告の声が二度聞こえる。お勝は声を無視して賽銭箱を持ち帰ったが、見ると、息子の首がもぎとられていた。
*→〔釣り〕1の置いてけ堀の伝説。
『ブリキの太鼓』(グラス)第1部「ガラス、ガラス、小さなガラス」・「奇蹟は起こらない」 三歳で成長を止めたオスカルは、その後まもなく、遠くにある窓や電球や瓶などガラスでできたものを、叫び声で破壊する能力を得た。しかし二十代の後半になって、オスカルはその能力を失った。
『ヨシュア記』第6章 イスラエルの人々はエリコの町を攻めるにあたり、神の教えにしたがって、町の周囲を六日間巡った。七日目には七回巡って、祭司たちの角笛の音を合図に、鬨(とき)の声をあげた。するとエリコの城壁は崩れた。
『こだまが丘』(ブラウン) 小悪党ラリー・スネルは、不思議な力を授かった。彼の発する言葉に、すべて他人が従うようになったのだ。彼は、この力で何ができるか一人でじっくり考えるために、小高い丘に登る。「この力を使えば、世界を支配できる」と、彼は夢想する。さからうやつには、こう言ってやればいい。彼は大声で叫ぶ。「くたばってしまえ!」。翌日、「こだまが丘」の上で、ラリー・スネルの死体が発見された。
『狼と七匹の子山羊』(グリム)KHM5 七匹の子山羊が留守番をしていると、狼が母山羊のふりをして家に入ろうとする。しかし、声がしゃがれているので狼だとわかってしまう。狼は大きなチョークを一本食べて声を美しくし、七匹の子山羊をだまそうとする〔*子山羊たちは、黒い前肢を見て狼だと知る〕。
『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第5章 五十人の将兵を隠した巨大な木馬が、トロイア城市の前に放置される。夜、ヘレネが木馬の周囲を回り、将たちを、各々の妻の声を真似て呼ぶ。木馬内のアンティクロスが答えようとした時、オデッュセウスが彼の口をおさえる。その後に将兵たちは木馬から出て、トロイア城内に攻め入る。
『源氏物語』「浮舟」 薫は宇治の山荘に浮舟を住まわせて、隠し妻とする。匂宮はこのことを知り、夜更けに宇治の山荘を訪れて、浮舟の部屋の格子を叩く。声を薫そっくりに似せて「開けよ」と言うので、女房右近はだまされ、匂宮を浮舟のもとへ導く。
『干物箱』(落語) 商家の若旦那が、二階の自室に本屋の善公を留守番させて、吉原へ出かける。善公は声色を使い、若旦那が二階でおとなしくしているかのごとく、階下の父親をだまそうとするが、ばれてしまう。そうとは知らず帰って来る若旦那を、父親が叱る。若旦那は感心して「善公は器用だ。親父そっくり」と言う。
*→〔にせ花婿〕2の『シラノ・ド・ベルジュラック』(ロスタン)第3幕。
『雨に唄えば』(ドーネン他) 映画女優リタは悪声だったので、コーラス・ガールのキャシーが声の吹き替えをして、ミュージカル映画が作られた。観客の要求で、リタが舞台上で「雨に唄えば」を歌うことになった時、彼女は口を動かすだけで、幕の後ろでキャシーが歌った。しかし途中で幕が開いてしまい、映画の台詞も歌もキャシーの声だったことを、観客は知った。
『望郷』(デュヴィヴィエ) パリの女ギャビーは、アルジェのカスバを観光に訪れ、犯罪者ペペと知り合って愛人関係になる。しかし「警察がペペを射殺した」との虚報がもたらされたため、ギャビーはアルジェを去る。ペペは波止場へ来て、出航する船の甲板にギャビーの姿を見る。ペペは「ギャビー」と叫ぶが、その時汽笛が鳴り、彼の声はかき消される。ギャビーは汽笛に驚き、両手で耳をおおう。ペペは絶望して自殺する。
『鷺とり』(落語) 田に下りた鷺を取る方法を、男が語る。「鷺の後ろへまわって遠くから、『さーぎー』と呼ぶ。そーっと近づきながら、声をだんだん小さくして行く。鷺は『誰かおれを呼んでいるが、声が小さくなったから、遠ざかっているのだろう』と油断する。そこをパッとつかまえる」。
*笛・太鼓の音を大きくすれば近くからのように聞こえ、小さくすれば遠くからのように聞こえる→〔狸〕7bの『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「たぬき囃子」。
*猫の声が犯罪をあばく→〔動物教導〕2の『黒猫』(ポオ)。
*無声映画から聞こえる声→〔映画〕1の『人面疽』(谷崎潤一郎)。
*録音機の声→〔アリバイ〕1bの『アクロイド殺人事件』(クリスティ)。
*声を聞いてその人物の正体を知る→〔暴行〕4の『死と処女(おとめ)』(ポランスキー)。
*声を聞くことの禁忌→〔禁忌〕7a・7b。
*声の残存→〔残像・残存〕4。
『今物語』第44話 随身下毛野武正が、女雑仕から「鳩吹く秋とこそ(しばしとどまり給えの意)」と呼びかけられるが、「み山いでて鳩吹く秋の夕暮れはしばしと人を言はぬばかりぞ」の歌を知らぬため、罵られたと誤解する。
『十訓抄』第7−29 梅の咲く平経盛邸を源頼政が訪れ、「我が宿の梅の立ち枝や見えつらむ思ひのほかに君が来ませる」という古歌をふまえて、「『思ひのほかに』参りてこそ侍れ」と言う。取次の侍は古歌を知らず、「思はざるほかに参りて侍り」と主人経盛に伝える。経盛は不得要領のまま頼政に対面し、しばらくして頼政は辞去する。
『常山紀談』巻之1 蓑を借りに行った太田持資(後の道灌)に、女が山吹一枝を差し出す。「みの一つだになきぞ悲しき」の古歌を知らぬ持資は、要領を得ず怒って帰る。
『英草紙』第1篇「後醍醐の帝三たび藤房の諌を折く話」 後醍醐帝が「逃水のにげかくれても世を過すかな」の古歌を速水下野守に与える。万里小路藤房はこれを古歌と知らず帝の御製と誤解して、「速水」と「逃水」の関係が不審である、と難ずる。帝は立腹し藤房を追放する。
『今物語』第43話 「はべるという語は歌ことばにあらず」と難ぜられた人が、「古歌にまさしくあり」と言って『古今集』を開き「山がつのかきほにはへる青つづら」の歌を示した。
『宇治拾遺物語』巻1−10 秦兼久の詠歌「花こそものは思はざりけれ」の「花こそ」の措辞を、治部卿通俊が難ずる。兼久は、四条大納言の「花こそ宿のあるじなりけれ」は秀歌として人口に膾炙しているではないか、と言う。通俊は反論できない。
『土筆(つくづくし・どひつ)』(狂言) 男が土筆を見て「つくづくしの首しほれてぐんなり」と詠んで笑われ、「我が恋は松を時雨の染めかねて真葛が原に風騒ぐんなり」という古歌がある、と主張する。これは慈鎮の歌で、正しくは「風騒ぐなり」であった。次に男は、芍薬を詠んだ古歌があると言って「難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと芍薬の花」と詠ずる。これは王仁の歌で、正しくは「咲くやこの花」であった。
『袋草紙』上巻「雑談」 平兼盛の屏風歌「衣打つべき時や来ぬらん」の「らん」の言葉づかいがおかしい、と紀時文が難ずる。兼盛は、同様の「らん」の使い方をした名歌、時文の父貫之の屏風歌「今や引くらん望月の駒」を引き、これは如何にと問う。時文は口をつぐむ〔*『古今著聞集』巻5「和歌」第6・通巻188話、『十訓抄』第4−11に類話〕。
★1a.ある語を、同音の別の語と誤解する。または、同語を別の意味に取り違える。
『獄門島』(横溝正史) 梅の木に逆さ吊りされた花子を見て了然和尚がつぶやいた言葉は、金田一耕助には「気違いじゃがしかたがない」と聞こえた。しかしそれは、「鶯の身を逆さまに初音かな」という春の句にもとづいた殺人が、秋に行われたため「季違い」と言ったのだった。
『十訓抄』第7−29 内裏より、宇治殿(頼通)の持つ名笛「葉二つ」を召しにつかわした蔵人が、御葉二つ召しありとだけ述べ笛ということをいわなかったので、宇治殿は、老後に歯二つ召されるのはことわりなき旨の返事をした。
『太平記』巻13「北山殿謀叛の事」 西園寺公宗が流罪になる。護送の折、中将貞平が伯耆守長年に「早」と言うと、長年は「早く殺せ」の意と誤解して、ただちに公宗の首を掻き落とす。
『日本書紀』巻14雄略天皇6年3月 雄略天皇が后妃に養蚕を奨励しようと思い、小子部栖軽に国内の蚕(コ)を集めさせた。栖軽は誤って嬰児(ワカゴ)を集め献上した。天皇は笑い「汝自ら養え」と言って嬰児を栖軽に与えた。
『無名抄』(鴨長明) 法性寺殿歌合での源俊頼の歌「口惜しや雲井隠れに棲むたつも思ふ人には見えけるものを」について、藤原基俊は「たつ(龍)」を「たづ(鶴)」と誤解し、「鶴は雲井には住まぬ」と難じて負にする。後に俊頼は、好んで龍を描く葉公のために龍が姿を現した故事を詠んだ由の判詞を提出する。
『酉陽雑俎』続集巻4−966 梁の武帝が高徳の沙門を召し出す。臣下が沙門の参上を告げた時、武帝は碁をうっていて石を一つ殺すところだったので、「殺せ」と口に出す。臣下は沙門を斬り殺す。碁をうち終えた武帝が沙門に「入れ」というと臣下が「御命令どおり殺しました」と答える〔*『太平記』巻2「三人の僧徒関東下向の事」・『曽我物語』巻2「奈良の勤操僧正の事」などに類話が載る〕。
『Yの悲劇』(クイーン) ヨーク・ハッターが自分の家庭をモデルにして、妻殺しの犯罪小説の筋書きを作る。ヨークの死後、十三歳の孫ジャッキーが筋書きを読んで、そのとおりに実行する。しかし「鈍器(blunt instrument)で打って殺す」という文章が理解できず、instrumentすなわち楽器と考え、マンドリンを凶器として使用する→〔二人一役〕2。
*→〔禁忌〕2の『封神演義』第24回・〔初夜〕1の『日本霊異記』中−33・〔宿〕3fの『エプタメロン』(ナヴァール)第4日第4話。
『手水(ちょうず)をまわせ』(昔話) 村の宿に泊まった代官が、朝、「手水をまわせ」と命ずる。村人たちは「手水」がわからず、「長頭(ちょうず)」だろうと考えて、長い頭の男を連れて来て頭を回させた。
『二百十日』(夏目漱石)3 碌さんと圭さんが肥後の宿屋で半熟卵を注文する。女中が「半熟」を知らないので、「半分煮るんだ」と教える。すると女中は、四つの卵を二つはゆでて、二つは生のまま持って来た。
『葱を持て』(昔話) 村の宿に泊まった代官が、蕎麦に薬味がないので「葱を持て」と命ずる。村人たちは「葱」を知らず、相談して神社の禰宜(ねぎ)を連れて来た。
『ごん狐』(新美南吉) ごん狐は大変ないたずら狐で、ある時、兵十(ひょうじゅう)が病気の母に食べさせようとしたうなぎを、奪ってしまう。ごんはそのことを反省し、償いに栗や松茸を、毎日そっと兵十の家に運ぶ。兵十はそれを神様のお恵み、と考える。ところがある日兵十は、ごんが家に入るのを見て、「また悪さをしに来たな」と思い、猟銃で撃ち殺す。
『三国伝記』巻2−18 狩人が山中の朽木の下で野宿をする。つないでおいた犬が、夜更けに主に向かって吠えかかる。狩人は怒って刀で犬の首を打ち落とす。首は樹上に飛び、狩人を狙っていた大蛇に食らいつく。犬は主を蛇から救おうとしていたのだった〔*『今昔物語集』巻29−32の類話では、犬は殺されずにすむ〕。
『千一夜物語』「シンディバード王の鷹」マルドリュス版第5夜 狩りに出たシンディバード王が、一本の樹から流れ出る水を杯に受け、愛鷹に飲ませようとする。鷹が杯を蹴り倒すので王が怒って鷹を斬ると、鷹は頭上を見よとの身振りを示し、死ぬ。樹上には蛇がおり、流れ出ていたのはその毒液だった。
『椿説弓張月』巻之1第3回 鎮西八郎為朝は、山雄と名づけた狼を猟犬のごとく従えていた。ある明け方、山中の楠の株に腰かけて眠る為朝と従者重季に、山雄が激しく吠えかかる。重季が山雄の首を斬ると、首は飛んで楠の梢にいたうわばみの喉に噛みついた。
『パンチャタントラ』巻5−2 黒蛇が寝台に眠る嬰児を狙っていたので、マングースが蛇と闘いこれを殺し嬰児を救う。ところがマングースの口に蛇の血がついたために、母親はマングースが我が子を食ったものと誤解して、マングースを殺す〔*『ヒトーパデーシャ』第4話などに類話。『七賢人物語』「第一の賢人の語る第一の物語」では、猟犬が蛇を殺して赤ん坊を救うが、主人の騎士によって首をはねられる〕。
*→〔犬〕3の『弘法様の麦盗み』(昔話)・『忠義な犬』(昔話)。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章 ディオニュソス神から醸造の術を授かったイカリオスが、羊飼いたちに葡萄酒を飲ませた。はじめて酒を飲んで酔った彼らは、毒を盛られたと誤解して、イカリオスを殺した。
『グレート・ギャツビー』(フィツジェラルド)第7〜8章 ギャツビーの車が女を轢き逃げし、女は死ぬ。運転していたのは彼の恋人デイズィだったが、女の亭主は、ギャツビーの仕業と思いこんで彼を射殺する。
『二人兄弟』(グリム)KHM60 双子の兄が弟と間違えられ、弟の妻である妃と一つのベッドに寝かせられる。兄は自分と妃の間に両刃の剣を置く。後に弟は、「兄と妃が一緒に寝た」と聞いて怒り、兄の首を切る〔*しかし兄は生命の草の根のおかげで生き返り、弟は妃の言葉から、兄が貞操を守っていたことを知る〕。
『時鳥の兄弟』(昔話) 弟が山の薯のおいしいところを煮て兄に食べさせる。兄は、「弟はもっとうまいところを食べているのだろう」と疑い、弟を殺して腹を裂く。弟の腹の中は薯の筋ばかりだったので、兄は悔い悲しんで時鳥になった(富山県)。
『義経千本桜』3段目「すし屋」 いがみの権太が平維盛の首を取り、捕われの若葉内侍・六代君ともども梶原景時に差し出すので、我が子の非道に怒った弥左衛門は、権太を刺し殺す。しかし権太は維盛たちを救おうとしたのであり、維盛の首はにせ首で、若葉内侍・六代君と見えたのは権太の妻子だった。
*→〔愛想づかし〕4の『ルイザ・ミラー』(ヴェルディ)・〔子殺し〕3の『摂州合邦辻』「合邦内」・〔仲介者〕2の『オセロー』(シェイクスピア)・〔宿〕3fの『三国志演義』第4回・〔遊女〕2の『五大力恋緘』。
『俺は待ってるぜ』(蔵原惟繕) 早枝子はキャバレーの歌手だったが、ヤクザに暴行されかかったため、花瓶をその男の頭にたたきつける。男が動かなくなったので、早枝子は「殺してしまったかもしれない」と思い、その場を逃れて、夜の埠頭にたたずむ。もとボクサーの島木譲次が通りかかり、二人は知り合う〔*ヤクザたちは、一年前、譲次の兄を殺していた→〔ボクシング〕3〕。
『犯人』(太宰治) 青年が、「恋人と暮らす部屋を貸してほしい」と姉に頼んで断られ、姉を刺して逃げる。青年は「姉を殺した」と思いこんで自殺するが、姉は腕に傷を負っただけだった〔*志賀直哉は雑誌「文芸」の座談会で、この作品について『読んでいるうちに話のオチがわかった』という趣旨の発言をして、太宰治の怒りをかった(『太宰治の死』)〕。
『仮名手本忠臣蔵』5〜6段目「山崎街道」「与市兵衛内」 猟師となった早野勘平は、暗闇の中で猪と間違えて斧定九郎を鉄砲で撃つ。金の必要な勘平は、倒れた定九郎の懐から五十両入りの財布を取って去るが、その財布は実は舅与市兵衛の持ち物であった(*→〔身売り〕1)。勘平は舅を撃ち殺したものと思いこんで、切腹する。
『太平記』巻33「飢人身を投ぐる事」 困窮した兵部少輔某は、ある家に物乞いに行き、怪しい者だとして捕えられ拷問される。残された妻と二人の小児は、人の噂から夫が拷問死したものと思い、絶望して河に身を投げる。夫はやがて許され解放されるが、妻子の死を知り、自らも同じ河に投身する。
『氷点』(三浦綾子) 辻口陽子は、「自分は殺人犯の子である」と思いこみ、睡眠薬自殺をはかる→〔出生〕2a。
『変身物語』(オヴィディウス)巻4 夜、乙女ティスベ(シスビー)が、恋人ピュラモスを待つ。そこへ、牛を食い殺したばかりのライオンがやって来る。シスビーは逃げるが、その時落としたベールを、ライオンが血だらけの口で引き裂く。遅れて密会の場所へ来たピュラモスは、獣の足跡と血に染まったベールとを見て、「ティスベがライオンに喰われた」と思う。彼はその場で剣で自殺する。ティスベもあとを追って死ぬ。
*→〔落下〕2の『古今著聞集』巻12「偸盗」第19。
*→〔死〕3に記事。
『クレーヴの奥方』(ラファイエット夫人)第4巻 クレーヴ公の奥方と、貴公子ヌムール公は、互いに好意を抱くが、クレーヴ公の奥方は固く貞操を守る。クレーヴ公は、近侍の報告から「妻がヌムール公と姦通した」と信じこみ、絶望して重い病気になる。クレーヴ公の臨終の床で、奥方は潔白を証明する。しかし時すでに遅く、クレーヴ公は死ぬ。
『源氏物語』「夕霧」 夕霧は落葉の宮のもとで一晩を過ごすが、関係を持つことなく翌朝帰る。しかし彼女の母・一条御息所は、「夕霧は娘と夫婦関係を結んだ」と思い、夕霧の真意をただす手紙を送る。帰宅した夕霧が手紙を読もうとすると、妻・雲居の雁が怪しんでそれを奪い、どこかへ隠してしまう。夕霧は一日中手紙を捜しまわり、返事を書くことができない。一条御息所は、「娘は夕霧に捨てられたのだ」と誤解して、心労で急死する。
『アーサーの死』(マロリー)第21巻第4章 アーサー王とモードレッドが、両軍の見守る中で、十四人を引き連れて対面し休戦協定を結ぶ。会見が終わり酒が運ばれた時、ヒースの中から毒蛇が這い出して、一人の騎士の足を噛む。騎士は剣を抜いて蛇を殺す。剣が抜かれたのを見た両軍はただちに戦闘態勢に入り、十万の兵が死ぬ。
『神道集』巻8−48「八ヵ権現の事」 上野の国司家光の若君・月塞が、伊香保山船尾寺の稚児になるが、天狗にさらわれてしまう。母や御守役は悲嘆して自殺し、絶望した父国司は伊香保山で死のうと考え、家来たちと山へ登る。ところが船尾寺では、国司が寺を恨んで攻めて来たと誤解し、戦争になって寺は全焼する。その後、国司も病死する。
*誤解して逃走する→〔逃走〕3a。
*合図の意味を誤解する→〔人柱〕2のおとめ桜の伝説。
*予言の意味を誤解する→〔予言〕3に記事。
『アーサーの死』(マロリー)第1巻第27章 「アーサー王を亡ぼすのは五月一日生まれの者だ」、と魔法使いマーリンが予言する。アーサーは、貴婦人から生まれた五月一日誕生の子を召し寄せ、全員を船に乗せて海に流す。船は難破して子らは死ぬが、ただ一人モードレッドだけが、岸に打ち上げられ善人に拾われて成長する〔*後に、アーサー王はモードレッドと戦って致命傷を負う〕。
『今鏡』「序」 大宅世継の孫娘(あやめ)は、五月五日の午の時に、志賀へ向かう舟の中で生まれた。
『大鏡』「序」 夏山繁樹は、十人もいる兄弟たちの末に生まれ、父四十歳の時の子でしかも五月生まれであったため、銭十貫で人に売られた。
『史記』「孟嘗君列伝」第15 孟嘗君は身分賎しい妾を母とし、五月五日に誕生した。父田嬰は、五月生まれの子は身長が戸の高さまで成長すると父母に害をおよぼすから、という理由で、養育せぬよう命じた。しかし、母はひそかにこれを育てた。
『新可笑記』(井原西鶴)巻1−4「生肝は妙薬のよし」 五月五日生まれの美女の生き肝は、難病の妙薬になる。某家の主君の病を治すため、家臣が諸国を尋ねて、五月五日生まれの娘を探し出す。一人の家来が僧形に扮してその娘の家に宿を請い、家族が油断している隙に娘を殺し、生き肝を取って去る。
『食わず女房』(昔話) 頭の上にも口がある鬼女房が蛇に変身して、夫を追う。夫が道端のお地蔵様の後に隠れると、蛇は夫を呑むことをあきらめて去る。お地蔵様は「あの魔物はまた来るから、家に入れぬように菖蒲と蓬を軒に刺しておけ」と夫に教える。以来、五月の節句には、菖蒲と蓬を刺すようになった(宮城県伊具郡丸森町大山)。
『太平広記』巻291所引『続斉諧記』 屈原は五月五日に汨羅に入水した。楚人は毎年その日に竹筒に米を入れて水中に投じ、屈原を弔った。ある時、屈原の霊が現れて、「供え物がミズチに取られぬよう、ミズチの苦手な楝の葉で包み五色の糸で縛るように」と教えた。これが粽(ちまき)の起源である。
『異苑』 五月五日に母親が蒲団を日にさらすと、三歳の娘がその蒲団の上に寝ているのが見えた。すぐに娘の姿は消え、本物の娘は別の寝台で異常なく寝ていた。しかし、それから十日を経ずして娘は死んだ。「五月には蒲団を動かすのを忌む」と世に言い伝えるが、これがその実証である。
『五個の白い小石』(イギリスの昔話) 五月一日の午前一時に、ウーズ川に五個の白い小石を投げ込むと、過去・現在・未来のどんなことでも、見たいものが水面に現れてくる。騎士が、自分の恋人である娘を見たくなって、小石を投げ込む。すると娘の邸に、仮面をかぶった若者が見えるので、騎士は駆けつけて若者を殺す。ところがそれは、仮面舞踏会へ行くために男装した娘だった。
『極楽』(菊池寛) 染物屋の老母おかんは六十七歳で死去し、極楽へ往生した。そこは金銀瑠璃玻璃の楼閣が連なり、孔雀や迦陵頻伽(かりょうびんが)が飛び交う、すばらしい所だった。おかんは、十年前に死んだ夫と再会し、並んで蓮の台(うてな)に坐った。何十年も過ぎ、二人はずっと坐り続けた。彼らは「地獄はどんな所じゃろう?」「恐ろしい所かもしれんが、ここほど退屈はしないだろう」と話し合うようになった。
★2.死者が、極楽に往生したことを、知人の夢にあらわれて教える。
『大鏡』「伊尹伝」 少将義孝は疱瘡のため若くして死んだので、彼の母は悲しんだ。義孝は死後しばらくたってから、賀縁阿闍梨の夢にあらわれ、「私は蓮の華がふりそそぐ極楽に往生したのに、なぜ母上は嘆いているのだろう」という意味の歌を詠んだ。また、小野宮実資の夢にあらわれて「今は遊ぶ、極楽界の中の風に」との詩を詠じた。
『今昔物語集』巻15−1 僧智光は学問に励んだが、僧頼光は寝てばかりいた。やがて頼光は死去し、それから二〜三ヵ月後、智光は夢で極楽浄土に赴き、頼光と会った。頼光は「私は、阿弥陀仏の相好と浄土の荘厳を観想し、雑念なく静かに寝ていたおかげで、極楽に往生できた」と語った。そして智光を阿弥陀仏の所へ連れて行った。阿弥陀仏もまた、「極楽往生のためには観想が第一である」と教えた。
『今昔物語集』巻15−19 僧玄海は、常に『法華経』を読み、『大仏頂真言』を唱えていた。ある夜の夢で玄海は、右脇に『法華経』の翼、左脇に『大仏頂真言』の翼が生え、浄土まで飛んで行った。地面は七宝で、さまざまな宮殿・楼閣があった。聖人が来て「ここは極楽の辺境だ。汝は、いったん現世へ帰れ。三日後に迎え取ろう」と告げた。夢から覚めた玄海は仏道修行に励み、三年後に死去した。
『死ぬなら今』(落語) 臨終の男が「冥土で必要だから、小判百両を一緒に埋めてくれ」と言い遺す。しかし親族は百両を惜しみ、贋小判を埋める。男は地獄へ落ちたが、閻魔大王や鬼たちに百両を渡して、極楽へ行かせてもらう。百両を得た閻魔や鬼たちは喜び、贋金とは知らず豪遊して、極楽の警察に逮捕される。皆牢屋に入れられたので、今、地獄には閻魔も鬼もいない。どんな悪人も自由の身で、極楽へ行くことができる。死ぬなら今。
*地獄の石川五右衛門が、誤って極楽へ往生してしまう→〔地獄〕5の『お血脈(けちみゃく)』(落語)。
『大鏡』「昔物語」 亡き愛犬のために法事を営んだ人があり、清範律師が講師(こうじ)として招かれた。清範律師は、「この世を去った精霊(しょうりょう=犬の霊魂)は、今、極楽の蓮華台座の上で、『ひよ(=ワン)』と吠えていらっしゃることだろう」と説いた。聴聞の人々は、わあわあ笑って帰って行った。
『沙石集』巻10本−1 長雨による崖崩れで、浄土房は庵もろとも土砂に埋もれた。しかし奇跡的に、無傷で救出された。浄土房は「崖崩れの時、『南無観世音』と一声唱えたので、難をのがれて命が助かってしまった。『南無阿弥陀仏』と唱えて、極楽往生すべきだった。この憂き世に長らえるのは、損をした気分だ」と、悔やんで泣いた。
『沙石集』巻10本−10 高野の遁世聖たちは、臨終の時に極楽往生を目ざすが、なかなか困難なことであった。ある僧が端坐合掌し、念仏を唱えて息を引き取ったので、「間違いない往生人だ」と仲間の僧たちが評した。しかし恵心房の上人が、「阿弥陀仏に迎えられて往生する人は、心地良い表情であるはずだが、この僧は眉をしかめて恐ろしげな顔をしている。魔道に入ったに違いない」と言った。
『福来たる』(藤子・F・不二雄) 福の神が、昭和末期頃の中年サラリーマンを、昔の日本へ送り込む。そこで彼は、首つりに失敗した貧農吾助として目覚める。大凶作のために吾助の妻は餓死、娘は身売りしていた。友人が、「いっそ死んで極楽へ行く方がましかもしれん」と同情する。吾助は「そういえば、おら、ついさっきまで、極楽みたいな所に住んでいた。飯が捨てるほどあり、夜も明るく、夏涼しく冬暖かいカラクリ・・・・」と言う。友人は「そりゃ夢だ。そんな暮らしは、人間の分に過ぎるだよ」と打ち消す。
*関連項目→〔発心〕
『今昔物語集』巻2−19 夜、盗人が宝物塔から盗み出すべき宝をよく見るため、消えかけた燈明を掻き上げて明るくする。その光で仏像が輝き、盗人はたちまち改心して、何も取らずに去る。この功徳で、盗人は転生後に仏弟子となる。天眼第一といわれた阿那律が彼である。
『使途行伝』第9章 ユダヤ教の信者サウロが、キリスト教徒を捕らえ弾圧すべくダマスコへ向かう途中、天からの光に打たれ、イエスの声を聞く。サウロは三日間、目が見えなかったが、イエスの弟子アナニヤが手を当てると回復する。サウロは回心し、「イエスは神の子である」と人々に説き始める(同・第22章・26章に類話)。
『レ・ミゼラブル』(ユーゴー) 四十六歳で出獄したジャン・ヴァルジャンを、ミリエル司教は罪人扱いせず、善き人間となるよう説く。しかしその日ジャン・ヴァルジャンは、これまでの習性から、通りかかりの少年の銀貨を奪ってしまう。直後に彼は自分のしたことに気づき、「ああ。おれはみじめな男だ」と叫ぶ。これを契機に彼は心を入れ替え、以後は自らを犠牲にしても、苦境にある人を救う善行ひとすじの生き方をつらぬく。ジャン・ヴァルジャンは六十四歳で、彼が育てた娘コゼットとその夫マリユスに看取られて、死ぬ。
*冷酷・強欲な老人が、一夜のうちに心を入れ替える→〔クリスマス〕1aの『クリスマス・キャロル』(ディケンズ)。
『時計じかけのオレンジ』(キューブリック) 暴力とセックスに明け暮れる不良少年アレックスが、殺人を犯して収監される。彼は、暴行や強姦の映画を嫌悪感を感じるまで見続けて心を改造する、という療法を受ける。釈放されたアレックスは、破壊衝動や性衝動を覚えるたびに吐き気に襲われて苦しむ、無力な人間に変わっていた。反体制運動のグループが、彼を人格改造療法の犠牲者と位置づけ、政府批判に利用しようとする。政府はアレックスに今後の生活保障を約束し、世論操作のための協力を依頼して、彼をもとの人格に戻す。
『警官と讃美歌』(O・ヘンリー) 浮浪者ソーピーは、冬の三ヵ月間の食事とベッドを求め、刑務所へ入ろうと考える。彼は様々な軽犯罪を犯して逮捕されようと努力するが、うまくいかない。夜になり、教会から聞こえる讃美歌に彼は心打たれ、「真人間になって働こう」と決心する。その時、警官が彼を挙動不審と見て逮捕し、彼は禁固三ヵ月の刑を受ける。
『小袖曽我薊色縫(こそでそがあざみのいろぬい)』(河竹黙阿弥) 僧清心は女犯の罪で追放され、稲瀬川へ入水をはかるものの、死にきれず岸に上がる。闇の中、通りかかった寺小姓求女と争ううち、清心は彼を殺してしまう。清心は罪滅ぼしに自害しようとするが、「しかし待てよ」と考え直す。「一人殺すも千人殺すも、取られる首はたった一つ。同じことなら悪人として世を渡り、栄耀栄華に暮らすが得」と、清心は心を変える。
『刺青』(谷崎潤一郎) 江戸の刺青(ほりもの)師・清吉は、理想的な肌を持つ十六〜七歳の美女に、殷の暴君紂王の寵妃・末喜(ばっき)の絵や、若い女が歓びの瞳で男たちの屍骸を見下ろす絵を見せる。「この絵にお前の心が映っている。これはお前の未来を現す絵だ」と言って、清吉は美女の背中に巨大な女郎蜘蛛を彫る。己れの本性を自覚した美女は態度も一変し、「私はもう、今までの臆病な心をさらりと捨ててしまいました。お前さんは真っ先に私の肥料(こやし)になったんだねえ」と清吉に言う。
『無門関』(慧開)7「趙州洗鉢」 新来の修行僧が、趙州和尚に教えを請う。趙州の「朝飯は済んだか」との問いに、修行僧は「済みました」と答える。「では、茶碗を洗っておけ」と趙州が言うと、修行僧はたちまち悟った。
*→〔ともし火〕3aの『無門関』(慧開)28「久嚮龍潭」。
*→〔指〕6の『無門関』(慧開)3「倶胝竪指」。
*仏道への発心については→〔発心〕。
『トカトントン』(太宰治) 第二次大戦の敗戦の日、軍人の演説に感激した「私」が「死のう」と思った時、金槌で釘を打つ音がトカトントンと聞こえる。悲壮も厳粛も一瞬に消えて、「私」は白々しい気持ちになる。以後、創作・恋・革命・スポーツなどに心を奮い立たせるたびに、トカトントンが聞こえ、とたんに「私」は情熱を失う。その音は、虚無をさえ打ちこわすのだった。
『恐怖の報酬』(クルーゾー) 山の油井に大火災が発生し、石油会社は、ニトログリセリンの爆風で消火しようと考える。マリオ、ジョー、ルイジ、ビンバという四人の男が、トラック二台に分乗し、町から油井まで大量のニトログリセリンを運ぶ。あと少しという所で、ルイジとビンバの乗るトラックは爆発する。ジョーは怪我をして死に、マリオ一人が生き残ってニトログリセリンを届け、四千ドルの報酬を得る。恐怖から解放されたマリオは、恋人リンダを思い、空のトラックで心うきうきと帰途につく。気のゆるみからマリオは運転を誤り、崖下へ転落して死ぬ。
『徒然草』第109段 「高名の木のぼり」と言われた男が、人を指図して、高い木の梢を切らせた。危険な作業をしている間は何も言わず、家の軒ほどまで降りて来た時に、「気をつけて降りよ」と声をかけた。高い木の上にいる間は、誰でも気をつける。もう安全だという所まで来た時に、あやまちはおかすものなのだ。
『さとりの化け物』(昔話) 夜中に山小屋で爺が一人、火に当たっていると、何物かがやって来て、爺が心の中で考えることを、すべて言い当てる。爺は「これは悟りの化け物だな。しかたがない。火を焚いて当たらせよう」と思い、柴を折る。すると柴がはね飛んで、化け物の鼻柱を打つ。化け物は「人間は考えてもいないことをするから恐ろしい」と言って、逃げ去る(福島県南会津郡)。
*→〔連想〕5の『モルグ街の殺人』(ポオ)。
★7b.「さとりの化け物」とは逆に、自分の考えていることが、すべて他人に筒抜けになってしまう。
『サトラレ』(本広克行) 心の中で考えていることがすべて、半径十メートル以内にいる他人に伝わってしまう、という特異な人間がいて、「サトラレ」と呼ばれる。ただし「サトラレ」は、自分が「サトラレ」であることを知らない。「サトラレ」は現在日本に七名おり、全員、天才的知能の持ち主である。政府は、「サトラレ」たちが国益に叶う仕事に従事するよう期待しつつ、多くの人員を配置して彼らを保護する。
*心の中の思いが言葉として他人に知られてしまう『サトラレ』とは異なり、心の中に観じたイメージが他人の目にも見える、というのが→〔観法〕の物語である。
『豊饒の海』(三島由紀夫)・第3巻『暁の寺』 本多繁邦は、タイの王女・七歳のジン・ジャンに拝謁し、その言動から、「彼女は松枝清顕や飯沼勲の生まれ変わりかもしれぬ」と思う(3)(*→〔前世〕4b)。しかしジン・ジャンは十八歳の時、本多に向かってこう言った。「小さい頃の私は鏡のような子供で、人の心の中にあるものを全部映すことができ、それを口に出して言っていたのだ、と思います。あなたが何か考える、それがみんな私の心に映る。そんな具合だったと思うのです」(30)。
★8.心は物理的制約を受けず、超スピードで移動することができる。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)46〜47 トールと従者たちが巨人国ヨトゥンヘイムを訪れ、ウートガルザ・ロキ王の家来と、さまざまな技芸くらべをする。俊足の従者スィアールヴィが、フギという少年と競走をするが、三回競走して三回とも完敗する。実はフギの正体は、ウートガルザ・ロキ王の「思考」だった。いくら速く走っても、「思考」のスピードにはかなわないのだ。
*魂は一日に千里を行く→〔魂〕9aの『雨月物語』「菊花の約(ちぎり)」。
『ライムライト』(チャップリン) 老芸人カルヴェロが、脚の麻痺で動けない踊り子テリーの面倒を見る。医者は「心理的な麻痺だろう」と言う。ある日、カルヴェロは久しぶりで舞台に立つが、彼の芸がまったく観客に受け入れられず、ひどく落胆する。テリーは脚のことも忘れ、懸命にカルヴェロを励ますうちに、いつのまにか立ち上がり歩いている自分に気づく。彼女は歓喜して「私は歩いている!」と叫ぶ。
*夢中で子供を抱きとめようとすると、ないはずの両手が生えていた→〔手〕1の『手なし娘』(昔話)。
『子どもたちが屠殺ごっこをした話』(グリム) 五〜六歳の子どもたちが牛や豚の屠殺ごっこをし、屠殺役の子どもが、動物役の子どもを刃物で殺してしまう。大人たちは、この事件をどう裁こうか困惑する。賢い老人が、「屠殺役の子どもに、りんごと銀貨を見せよ。りんごを取ったら無罪、銀貨を取ったら死刑だ」と提案する。子どもは笑いながらりんごを取ったので、何の罰も受けなかった。
*赤ん坊の大五郎は、大人並みの心を持っていた→〔赤ん坊〕8の『子連れ狼』(小島剛夕)其之9「刺客街道」。
『禁断の惑星』(ウィルコックス) 西暦二二〇〇年。アダムス船長たちの一隊が、惑星アルテア4を訪れる。そこに住んでいたモービアス博士の娘アルタと、アダムス船長は恋仲になる。アダムス船長はアルタを地球へ連れ帰ろうとする。突然、半透明の怪物が現れ、隊員たちを襲って数人を殺す。それはモービアス博士の潜在意識が具象化したものだった。娘を奪ったアダムス船長への憎しみが、怪物と化したのである。そのことを自覚したモービアス博士は、惑星とともに自爆する。アルタとアダムス船長たちは、惑星を脱出して地球へ向かう。
*潜在意識内にある母親への抑圧感情が、妻への殺人衝動に転化する→〔扉〕5aの『扉の影の秘密』(ラング)。
『法句経物語』第80偈 七歳の子供パンディタが出家し、托鉢に出かける。その道筋に、百姓が水を農地へ運ぶために作った堀割があった。さらに行くと、矢作りが矢柄を火にあぶって真っ直ぐにしており、大工が木片で車を造っていた。パンディタは考えた。「水や矢柄や木片は心を持たないのに、求められれば、農地へ流れ、真っ直ぐになり、車の形になって、仕事をする。それならば、心を持っている自分が、己の心を制して、沙門法を行えぬはずがない」。パンディタは心を沙門法に傾注し、修行に励んだ。
『景清』(幸若舞) 阿古王が夫景清を裏切り、頼朝の兵たちを宿所へ導く。景清は二人の子、いや石といや若に「あさましき母に添うよりも、閻魔の庁で父を待て」と言い聞かせ、殺す〔*『出世景清』(近松門左衛門)4段目では、牢に入れられた景清の眼前で、阿古屋が二子を殺して自害する〕。
『士師記』第11章 エフタは神に戦勝の祈願をしたために、はからずも自分の娘を燔祭として捧げることとなった→〔最初の人〕2a。
『撰集抄』巻6−10 時朝(ときとも)大納言家には、先祖の大織冠(=藤原鎌足)以来伝わる大切な硯があった。侍の仲太がこの硯をとり落とし、真っ二つに割ってしまう。十歳になる若君が、「私が割ったことにすれば、父も許してくれるかもしれぬ」と考え、仲太の過ちを我が身に引き受ける。しかし父大納言は、「家宝の硯を割る者はただではおけぬ」と、若君の首を斬った。仲太は出家した(後の性空上人である)〔*『今昔物語集』巻19−9の類話では、父親は子を殺さない〕→〔追放〕1a。
『保元物語』(古活字本)巻下「為朝鬼が島に渡る事並びに最後の事」 院宣を受けた討手が、大嶋の為朝の館へ押し寄せる。為朝は今はこれまでと、九歳の子為頼を刺し殺した後、自害する。
*→〔誤解〕3aの『義経千本桜』3段目「すし屋」・〔血〕5の『忠臣ヨハネス』(グリム)KHM6・『ペンタメローネ』(バジーレ)第4日第9話・〔盲目〕7の『入鹿』(幸若舞)・〔和解〕2の『妹背山婦女庭訓』3段目「山の段」。
★2.主君の若君や主君の妻の身代わりとするために、家来が自分の子を殺す。
『国性爺合戦』初段 臨月の后華清夫人が敵の鉄砲に当たって死ぬ。呉三桂は后の腹を切って若君を取り出し、代わりに、生まれて間もない我が子を刺し殺して后の腹に押し入れる。追って来た敵軍は、后・若君ともに死んだものと思う。
『太平記』巻18「程嬰杵臼が事」 亡君智伯の三歳になる若君を程嬰がかくまい、杵臼は我が子が若君と同年なので、これを智伯の遺児と披露して山中にこもる。敵兵に囲まれた杵臼は、我が子を刺し殺し自らも切腹して、敵を欺く〔*『曽我物語』巻1「杵臼程嬰が事」の異伝では、十一歳の子が若君の身代わりに自害する〕。
『百合若大臣』(幸若舞) 別府兄弟が、百合若大臣を玄海が島に置き去りにして、「百合若は戦死した」と、百合若の妻に告げる。別府兄弟は百合若の妻に懸想文を送るが、拒否される。怒った別府兄弟は、彼女をまんなうが池に柴漬け(ふしづけ)にしようとする。しかし百合若の家来だった門脇の翁が、自分の娘を身代わりに池に沈めて、百合若の妻を救う。
*→〔首〕1の『一谷嫩軍記』3段目「熊谷陣屋」・『菅原伝授手習鑑』4段目「寺子屋」・『満仲』(能)。
『摂州合邦辻』「合邦内」 家督争いのために、俊徳丸の命が狙われる。継母の玉手御前は俊徳丸を救おうと、彼に偽りの恋をしかけ毒酒を飲ませて、癩病にさせる。病人であれば家督は継げず、したがって俊徳丸の身も安全だからである。玉手御前は父親を怒らせてその刃にわざと刺され、血を流して死ぬ。寅の年・寅の月・寅の日・寅の刻に誕生した玉手御前の血を用いれば、俊徳丸の癩病は治るのである。
『二十四孝』(御伽草子) 貧しい郭巨夫婦は、老母を養うため、口べらしに三歳の子を殺そうとする。子を生き埋めにする穴を掘ると、黄金の釜が出てくる。
『アウリスのイピゲネイア』(エウリピデス) アガメムノン率いるギリシア軍がトロイアへ船出するためには、彼の娘イピゲネイアを女神アルテミスに捧げねばならない。アガメムノンは娘を呼び、祭壇へ上げる。しかし、最後の瞬間に娘の姿は消え、代わりに一頭の雌鹿が生贄とされるべく横たわっていた。
『創世記』第22章 神がアブラハムに「汝の子イサクを山で燔祭として捧げよ」と言う。アブラハムは祭壇を造り、息子イサクを殺そうと刃物をとる。神はアブラハムの信仰心を賞し、イサクの代わりに羊を焼くように命ずる。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章 プロクネは、自分と夫テレウス王との間の一人息子イテュスを殺し、夫テレウス王に食べさせる。
『楡の木陰の欲望』(オニール) アビーは、三人の成人した息子を持つイフレイムの後妻になった。彼女がイフレイムの死後に財産を得るには、子供を産まねばならない。イフレイムは老齢なので、アビーはイフレイムの三男エビンを誘惑して、子供を得る。イフレイムは、子供を自分の胤と信じて相続人にする。エビンは、利用されたと知って、アビーを罵る。アビーは今では本気でエビンを愛するようになっていたため、狂乱して嬰児を殺す。
『変身物語』(オヴィディウス)巻8 カリュドンの猪狩りの後に獲物の奪い合いが起こり、メレアグロスは伯父を殺す。メレアグロスの母アルタイアは兄弟が殺されたことに憤り、息子メレアグロスの生命のこもった丸木を焼いて、メレアグロスを死なせる〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第8章に類話〕→〔魂〕1a。
『メデイア』(エウリピデス) かつてメデイアは、父王に背いてまでイアソンを助け、彼に金羊毛を得させた(*→〔眠り〕5bの『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第4歌)。しかしイアソンはメデイアから受けた恩を忘れ、コリントスの王女と結婚する。メデイアは激しくイアソンを非難し、コリントスの王女とその父を毒で殺す。さらに、イアソンとの間に生れた二人の子供をも刺し殺して、去って行く→〔龍〕3b〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第9章に簡略な記事〕。
*母親が、成長した息子と再会して殺す→〔再会〕11の『人間の証明』(森村誠一)。
*嬰児殺し→〔赤ん坊〕9の『ファウスト』(ゲーテ)第1部、〔夫殺し〕4の『桜姫東文章』。
*間引き→〔堕胎〕3。
安達が原の鬼婆の伝説 人里離れた岩屋に住む岩手は、訪れた若い女を殺すが、それはかつて岩手が生んだ実の娘だった→〔生き肝〕1。
『傾城阿波鳴門』8段目 阿波の十郎兵衛は主家の重宝の刀が紛失したのを詮議するため、やむなく盗賊となる。ある日、十郎兵衛は、出会った巡礼お鶴を我が子とは知らず、彼女の持つ金欲しさに殺してしまう。
『神霊矢口渡』4段目「頓兵衛住家」 渡し守頓兵衛は落武者新田義峯を討とうとして、自分の娘お舟を刺し殺す→〔身代わり〕1。
『リゴレット』(ヴェルディ) 浮気者のマントヴァ公爵が、多くの娘たちをもてあそぶ。彼は学生姿に変装して、道化師リゴレットの娘ジルダを誘惑する。リゴレットは怒り、殺し屋にマントヴァ公爵殺害を依頼する。しかし、それを知った娘ジルダが自ら犠牲になろうと決意し、公爵の身代わりとなって短刀で刺される。殺し屋から、死体の入った袋を受け取ったリゴレットは、袋の中に瀕死の娘ジルダを見出して驚愕する。
『地獄変』(芥川龍之介) 絵師良秀は地獄変の屏風を描くために、「美しい上臈(じょうろう)の乗る檳榔毛(びろうげ)の車が、燃え上がる様を実際に見たい」と望む。堀川の大殿が、良秀の娘を車に乗せて示すので、良秀は驚愕する。しかし、火が放たれ地獄さながらの光景が現出すると、良秀は娘を救うことも忘れ、恍惚としてそれに見入る。娘は悶え苦しんで焼け死に、良秀は炎熱地獄の屏風絵を完成させる。
『修禅寺物語』(岡本綺堂) 面作師(おもてつくりし)夜叉王の娘かつらは、将軍源頼家の身代わりとなって北条幕府の討手と闘い、瀕死の重傷を負って家へ戻る。夜叉王は「若い女の断末魔の表情を、後の手本に写しておきたい。苦痛をこらえてしばらく待て」と命じ、死に行くかつらの顔を模写する。
*父親が讒言を信じて子を殺す→〔卵〕4の『今昔物語集』巻2−30。
*親が狂気に陥って我が子を殺す→〔狂気〕1の『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章・〔狂気〕3の『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第5章。
【乞食】→〔物乞い〕
『英雄伝』(プルタルコス)「ロムルス」 ヌミトルとアムリウスの兄弟がいた。アムリウスはヌミトルから王位を奪い、ヌミトルの娘イリア〔*娘の名は「レア」とも「シルウィア」とも言う〕が子供を産んで将来の脅威とならぬよう、彼女を女神ウェスタの巫女にした。しかしイリアは、軍神マルスによって双子ロムルスとレムスを産んだ〔*アムリウスがイリアを犯した、とも言う〕。アムリウスは召使に命じて、双子を捨てさせた。
『貴船の本地』(御伽草子) 鬼国の姫は定平中将の叔母の娘として再誕するが、左手に指のない子として、蓮台野に捨てられる。
『西遊記』百回本第9回 悪人劉洪が、玄奘三蔵の父陳光蕋を殺して河に投げ入れ、母温嬌を強奪する。温嬌は、生まれたばかりの三蔵を劉洪の手から守るために、板に乗せ川に流す。金山寺の和尚がこれを拾い育てる。
『サルゴン伝説』(アッカド) 「私(アッカド王サルゴン)」の母は女神官エニトゥで、父はわからない。母はひそかに「私」を産み、藺の籠に入れて川に流した。灌漑人アッキが「私」を拾い育て、園丁にした。「私」は園丁時代、女神イシュタルに愛された。「私」は五十四年間王国を支配した。
『史記』「周本紀」第4 神龍の吐いた沫(あわ。=龍の精気)が、後にトカゲと化して、七歳ほどの少女と出会った(*→〔性器〕1b)。少女は十五歳頃になって、夫なしで身ごもり、女児を産んだ。少女は不祥を恐れて女児を棄て、女児は弓矢売りの夫婦に拾われ褒の国で育った。この女児が、後の褒ジである→〔笑い〕3a。
『出エジプト記』第1〜2章 ヘブライの女が男児を産んだらすべてナイル川に投げこめ、とエジプトのファラオ(パロ)が命ずる。一人の女が、産んだ男児を殺すことができず、籠に入れてナイル河畔の葦の茂みに置く。男児はファラオの王女に拾われ、モーセ(=モーゼ)と名づけられる。
『宝物集』七巻本巻7 仏生国に血の雨が降り、国土が紅になった。王が怪しんでその夜生まれた赤子を集めると、一人、口から焔を吐く子がいたので、遠島に捨てた〔*『曽我物語』巻6「仏性国の雨の事」に類話〕。
*→〔足〕1bの『オイディプス王』(ソポクレス)・〔交換〕3fの『どろろ』(手塚治虫)・〔太陽〕1bの『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」・〔白髪〕1aの『王書』(フェルドウスィー)第2部第1章「ナリーマン家のサーム」。
*双子の一方を捨てる→〔双子〕3a。
*捨てた子が動物に育てられる→〔動物傅育〕。
『キッド』(チャップリン) 慈善病院で一人の女が男児を産み、その子を捨てる。浮浪者チャーリーが男児を拾い、育てる。女は女優として成功し、大きな屋敷に住むようになる。五年後、女は街で偶然、男児と出会う。「この子を育てて下さい」との書き付けを男児が持っていたので、女はそれが自分の子であると知り、屋敷へ連れ帰る。チャーリーは、いなくなった男児を捜し回るが、男児が母と再会し屋敷に引き取られたことを知って、喜ぶ。
『小敦盛』(御伽草子) 平敦盛の戦死後、北の方は男児を産む。平家の生き残りは源氏に殺されるので、北の方は男児の命を救うため、下(さが)り松の辺に捨てる。男児は法然上人に拾われるが、七歳になった年、父母を恋い慕って重病になる。法然上人は説法聴聞の人々に訴え、それに応えて北の方が名乗り出る。男児は母親と会い、命を取りとめる。後、賀茂大明神のお告げによって、男児は一の谷の小さな堂へ行き、亡父敦盛の霊と対面する。
*捨てられた子が、再会した母と交わる→〔母子婚〕1の『和泉式部』(御伽草子)。
コインロッカー・ベビー(日本の現代伝説『ピアスの白い糸』) 女が赤ん坊を産んで、東京駅のコインロッカーに捨てた。その後、女は某企業に就職し、ある時、仕事中にそのコインロッカーの前を通りかかる。小さな男の子がうずくまって泣いているので、女は「どうしたの?」と聞くが、返事がない。「お父さんは?」と聞いても、下を向いたままである。「お母さんは?」と聞くと、男の子はパッと顔を上げ、「お前だ!」と言って消えてしまった。
『子捨ての話』(小泉八雲『見知らぬ日本の面影』) 百姓夫婦が貧しさゆえ子供を育てられず、子供が生まれるたびに川に流して、六人の子供を殺した。そのうち暮らし向きが良くなったので、七人目に生まれた男児は、捨てずに育てる。夏の月夜、百姓は生後五ヵ月の男児を抱いて庭に出、「いい夜だ」と言う。すると男児は百姓を見上げて、「お父っつあんが最後に私を捨てたのも、こんな月夜の晩だったね」。
『伊吹童子』(御伽草子) 酒呑童子は、幼い頃から酒を飲み乱暴であったので、父伊吹の弥三郎そのままの悪人といわれ、七歳の時捨てられた。
『親指小僧』(ペロー) 飢饉の年、貧しい木こり夫婦は、七人の子を深い森に置き去りにする→〔道しるべ〕1a。
『蝉丸』(能) 醍醐天皇は、盲目の第四皇子蝉丸を逢坂山に捨てる。前世の罪業ゆえ盲目に生まれついたのだから、その罪業を償わせようとの父帝の慈悲である、と蝉丸は悟り、剃髪、出家する。
『日本霊異記』中−30 女が、十余歳にしてなお嬰児のごとく泣きわめく我が子を、僧行基に命ぜられて淵に捨てるが、それは前世の貸しを取り戻すために女の子供として生まれて来たのだった→〔誕生〕7。
*少年ロボットを捨てる→〔成長〕5の『鉄腕アトム』(手塚治虫)。
*→〔森〕1aの『ヘンゼルとグレーテル』(グリム)KHM15。
*→〔追放〕に関連記事。
『古事記』上巻 イザナキとイザナミが結婚するに際し、イザナミが「あなにやし、ゑをとこを(ああ、立派なお方ですね)」と、先に言葉を発した。イザナキは「女が先に言葉を発するのは、正しくない」と言ったが、二神は結婚した。その結果、イザナミは水蛭子(ひるこ)を産んだ。二神は、この子を葦船に入れて流し捨てた〔*『日本書紀』巻1の第4段一書第1、第5段本文、同・一書第2、などに類話〕。
『播磨国風土記』餝磨の郡伊和の里 オホナムチの子ホアカリは強情な性質だった。父神はこれを憂え、子を置き去りにして船で逃げた。ホアカリは怒り、風波をたてて船を追った。
『今昔物語集』巻19−27 法師が、自分の老母と五〜六歳の愛児とが洪水で流され行くのを見る。子供はまたもうけることもできるが母と別れては二度と会えない、と法師は考えて、子を見捨て母を救う。
『荘子』「山木篇」第20 林回という男が千金の璧を捨て、赤子を背負って逃げた。その理由を問われて林回は「千金の璧と自分は利益でつながっているが、赤子と自分は天然自然でつながっているからだ」と答えた。
『武家義理物語』巻5−2「同じ子ながら捨たり抱たり」 敵に追われる女が、二人の子のうち乳のみ子(妹)を捨て、七歳ほどの男児(兄)を連れて逃げる。二人とも実子でなく、兄は夫の甥、妹は女自身の姪なので、身びいきと思われるのが口惜しさに、自分の身内の子を捨てたのだった〔*原拠は『列女伝』巻5−6「魯義姑姉」〕。
★5.錯覚して、あるいは判断力を失って、赤ん坊を川へ捨てる。
『後生鰻(うなぎ)』(落語) 鰻屋が鰻をまな板に乗せ、錐を刺し通そうとするところへ、信心深い隠居が通りかかる。隠居は鰻を憐れみ、買い取って川へ放してやる。これが何日か続く。ある時、鰻がなく休んでいた日に隠居がやって来たので、鰻屋はとっさに赤ん坊をまな板に乗せる。隠居は赤ん坊を買い取り、「さあ、放してやるぞ」と言って川に放り込んだ〔*同類の話を、悲惨な物語にしたのが、→〔人造人間〕2の映画『フランケンシュタイン』(ホエール)〕。
燃える、逃げる(松谷みよ子『現代民話考』) 空襲の時には、はじめは荷物をたくさん持って逃げるが、命の方が大切なので、そのうち荷物はポンポン捨ててしまう。昭和二十年三月十日の大空襲の時。「私」の主人の姉が、橋の上を駆けて逃げて行った。すると前を行く人が、荷物は持ったまま、赤ん坊を川へ投げ捨てた。「あの人はきっとおかしくなって、間違って投げたんだよ」と姉は言った(東京都江東区)。
『母のない子と子のない母と』(壺井栄)11 迷信深い田舎では、親の厄年に生まれた子は「鬼っ子」だというので、七夜のうちに村の四つ辻などへ捨てるならわしがあった。あらかじめ拾い親が決まっており、すぐにその辺のかげから出て来て子供を抱き上げ、家へ帰る。そのあとを追うようにして、産みの親が子供をもらいに行き、それでもう「鬼っ子」ではなくなる。捨てる代わりに、「捨吉」「捨次」など、「捨」の字の名をつけてすませることもあった。
『古事記』中巻 仲哀天皇が熊曽を討とうとして、筑紫の香椎宮で神託を請う。闇の中で天皇が琴を弾くと、神が后(=神功皇后)に乗り移って、「西方に国があり、種々の珍宝が多い。その国を帰服させよう」と告げる。しかし仲哀天皇は「高い所に登って西方を見ても、大海があるだけだ。いつわりをする神だ」と言い、琴を弾くのをやめる→〔神がかり〕2。
*→〔国見〕3の『日本書紀』巻8仲哀天皇8年9月に類話。
『うつほ物語』 天女が俊蔭に名琴南風・波斯風を与えた。南風・波斯風は、さまざまな不思議を起こした。俊蔭女が南風を弾くと山が崩れ、恐ろしい武士たち四〜五百人が埋もれ死んだ(「俊蔭」)。紅葉の賀の夜、俊蔭女の子・仲忠が南風を弾くと天変が起こり、天女が降りて舞った(「吹上」下)。七夕の夜、尚侍(ないしのかみ)となった俊蔭女が波斯風を弾くと天変が起こり、夢に父・俊蔭の霊が現れた。八月十五夜に尚侍が南風および波斯風を弾くと、さまざまな天変とともに、大地が揺れ池水が溢れた(「楼の上」下)。
『サムエル記』上・第16章 サウル王は神の心に背いたため、神から来る悪霊にしばしば苦しめられた。羊飼いの少年ダビデが召し出され、サウル王の傍らで竪琴をかなでた。すると悪霊はサウル王から離れ、サウル王は気分が良くなった。
『列子』「湯問」第5 琴の名手師文が春の季節に秋の曲を弾くと、涼風が吹き草木が実を結ぶ。秋に春の曲を弾くと、温風が吹き草木に花が咲く。夏に冬の曲を弾くと、霜雪が降り川も池も凍る。冬に夏の曲を弾くと、太陽が照り氷が溶ける。四季の弦を一度にかなでると、南風が吹き瑞雲が起こり、甘露が降り泉が湧く。
『三国志演義』第95回 僅かの兵しかいない城に、司馬仲達の魏軍が攻め寄せる。諸葛孔明は城門を開き、櫓上で平然と琴を弾く。これを見た司馬仲達は、「伏兵があるのであろう」と恐れて、退却する。
『壇浦兜軍記』3段目「琴責め」 「平家の残党・悪七兵衛景清を捜し出せ」との鎌倉幕府の命令を受け、畠山重忠が景清の愛人・遊君阿古屋を尋問する。阿古屋は「景清の行方など知らぬ」と言うので、重忠は彼女に琴を弾かせる。心に偽りがあれば、その音色が乱れるからである。しかし阿古屋の琴には、少しの乱れもなかった〔*重忠は、さらに三味線と胡弓を弾かせた後、「阿古屋の言葉に偽りなし」として彼女を釈放する〕。
『封神演義』第18回 殷の国に幽閉された西伯姫昌が琴を弾き、大弦の音に「殺声」の響きを聞き取って驚く。彼は卦を立てて、息子伯邑考が紂王と妲妃のために殺されたことを知る。
『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第4歌 コルキス国の金羊皮を手に入れたイアソン一行は、アルゴ船でギリシアへの帰途につく。セイレンたちの住む島に近づくと、彼女たちの歌声が一行を誘い、船は島へ引き寄せられそうになる。オルペウスのかき鳴らす竪琴の音がセイレンたちの歌声を圧倒し、船は無事航海を続ける〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第10章に類話〕。
『変身物語』(オヴィディウス)巻11 オルペウス(オルフェウス)につれなくされた女たちが怒り、杖や石を投げつけるが、彼の歌声と琴の音によって、杖も石もオルペウスの足もとに落ちる。女たちは楽器を鳴らし叫び声をあげてオルペウスの音楽をかき消し、石・枝・土などを投げて彼を殺す。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第10章 ヘルメスは生まれてすぐアポロンの牝牛を盗んだあと、草を食う亀を見つけてこれを清め、牝牛のガットを亀の甲羅に張って竪琴を作り出した〔*『ヘルメスへの讃歌』では、羊からとった七本の弦を張った、と記す〕。
『うつほ物語』「俊蔭」 釈迦が成道した日、天稚御子(あめわかみこ)が天から下り、三年かけて谷を掘った。天女が谷に木を植え、長年月を経て、木は天に届くほどに大きくなった。阿修羅がその木を伐っているところへ、日本から清原俊蔭が訪れた。阿修羅が木を割り削り、天稚御子がそこから琴を三十作って、清原俊蔭に与えた。
『茶の本』(岡倉天心)第5章「芸術鑑賞」 昔、龍門の峡谷に一本の桐樹があった。梢は高くそびえて星と語り、根は深く地に下りていた。仙人がこの樹で琴を作り、名人・伯牙だけが、その琴で自在に様々な曲を弾きこなした。伯牙は言う。「私は琴に曲を選ばせた。だから、琴が伯牙か、伯牙が琴か、自分でもわからなかった」。
『古事記』下巻 仁徳天皇の代、大樹を切って「枯野(からの)」という船を作った。船足が速く、淡路島の清水を運び、難波の高津の宮にある仁徳天皇の飲料として、奉った。船が破損した後、船材で塩を焼き、焼け残りの木で琴を作った。琴の音は七里に響き渡った。
『日本書紀』巻10応神天皇31年8月 応神天皇が、老朽の官船「枯野」の名を後世に伝えたいと考え、船材を薪として塩を焼かせた。五百籠の塩が得られたが、焼け残って燃えない薪があった。帝は不思議に思い、その薪で琴を作らせた。琴の音は美しく、遠方まで響いた。
『あいごの若』(説経)3段目 愛護の若を長谷の観音から授かった折、「この子が三歳になれば父か母の命を取る」とのお告げがあったが、若が十三歳になるまで何事もなかった。母は「神仏も偽りを言う。人々も偽りを言って世を渡れ」と家人らに語る。観音はこれを聞き、母の命を取る。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章 エチオピア王ケフェウスの妃カシオペアは自らの美貌を誇り、「私は海のニンフたちよりも美しい」と公言する。ニンフたちの訴えで海神ポセイドンは高潮と怪物を送る。この災いから逃れるためには、王女アンドロメダを怪物の餌食として供えねばならない。
『しんとく丸』(説経) しんとく丸は、父母どちらかに命の危険があるとの条件で、清水の観音から授かった子であるが、しんとく丸が十三歳になるまで、父母ともに無事であった。母は「仏でさえ嘘を言う。人々も嘘を言え」と家人らに語る。観音はこれを聞き、母の命を取る。
『変身物語』(オヴィディウス)巻6 テーバイの女王ニオベは、七男七女合計十四人の子宝に恵まれた〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第5章は、十男十女・二男三女・六男六女などの異伝を記す〕。彼女は子沢山を誇り、「女神ラトーナ(レト)は、たった二人の子供しか産まなかった。それでは子が無いのも同然だ。だからラトーナなどよりも、むしろ私を女神として礼拝せよ」と人々に説く。ラトーナは怒り、ニオベの子供たちをすべて殺す→〔石〕1a。
*ヤマトタケルと伊吹山の白猪→〔猪〕1の『古事記』中巻。
『捜神後記』巻7−8(通巻85話) 怪異を信じぬ男が、「住めば必ず死ぬ」という凶宅を買う。しかし何年住んでも平穏無事で、子孫は栄え男は昇進する。男は新任地へ引越すことになり、宴会を開いて「化け物などない。この家は凶宅ではなく、吉宅となった」と演説する。たちまち化け物が現れ、男とその家族を殺す。
『冥報記』 無実の罪で殺された男が幽霊となり、自分を死罪にした人々を次々にとり殺す。陳超という者も関係者だったが、幽霊にわびを入れ、寺に逃げこみ姓名も改めて無事にすごす。五年後、宴会で酔って「もう幽霊などこわくない」と言うと、幽霊が現れ、超は死ぬ。
『今昔物語集』巻25−10 平貞道は、駿河国の某を殺すよう依頼されたものの、生返事をして無視していた。後に貞道は偶然、道で某と出会ったが、その時も、貞道に某を害する心はなかった。しかし、某が「我ほどの者を討つことはできまい」と不遜な言を発したため、貞道の心に殺意が生じた。貞道はただちに某を追いかけて射殺した。
『今昔物語集』巻29−20 強盗が家に押し入ったため、明法博士善澄は板敷の下に隠れる。強盗たちが略奪して帰る時になって、善澄は板敷から這い出て、腹立ちまぎれに「顔は皆見た。検非違使に訴える」と叫ぶ。強盗たちは引き返して善澄を殺す。
『さまよえるオランダ人』(ワーグナー)第2幕 さまよえるオランダ人は、かつて嵐の海で某岬を廻ろうとした時、「これくらい乗り切って見せる」と豪語したため悪魔に呪われ、以来、永遠に海上をさすらう運命になった。
★5a.神や霊などの問いかけに対し、「やれるものならやってみろ」と答えるのも、言挙げの一種であろう。
遣(や)ろか水(水木しげる『図説日本妖怪大全』) 大雨が降り続いた時のこと。川上から、しきりに「遣ろか、遣ろか」と声がする。村人たちは気味悪がって沈黙していたが、一人が何を思ってか、「よこさばよこせ」と返事をした。すると、にわかに川が増水し、見る見るうちに一帯が海のようになってしまった。
★5b.問いかけに怖れて逃げた人は無事で、「やれるものならやってみろ」と挑戦した人は刺された。
赤いはんてん(松谷みよ子『現代民話考』) 某女子大で、夜十一時三十分に一番奥のトイレに入ると、「赤いはんてん着せましょか」という声が聞こえる。何人もの学生がこの声を聞いたので、警察に来てもらった。トイレに入った婦警さんが気の強い人で、「着せられるもんなら着せてみなさい」と言ったところ、ナイフを持った手が出てきて婦警さんの胸を刺した。あたりに血が飛び散って、赤い斑点ができた(東京都)。
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