*関連項目→〔物狂い〕
『アーサーの死』(マロリー)第11〜12巻 騎士ラーンスロットは、愛人のアーサー王妃グィネヴィアに「宮廷から出て行け」と言われ(*→〔寝言〕2b)、狂気に陥る。彼は錯乱状態で諸方を駆け巡り、出会った騎士たちや猪などと闘う。二年後、エレーン姫やブルーセン婦人たちがラーンスロットを見つけ、彼を聖杯の前に寝かせる。聖職者が聖杯の覆いを取ると、ラーンスロットの病は癒され、彼は正気にもどる。
『アンドロマク』(ラシーヌ) オレストは、熱愛するエルミオーヌの言葉に従ってピリュス王を殺すが、思いがけずエルミオーヌの呪詛と自刃にあい、気が狂う。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章 ヘラクレスは、女神ヘラのために狂気に陥り、妻メガラとの間にもうけた三人の息子と、双子の弟イピクレスの二人の子を、火中に投じて殺した。そのためヘラクレスは、自らに追放の判決を下した。
★2.自らの身を守るため、あるいは本心を隠すため、狂人のふりをする。
『仮名手本忠臣蔵』7段目「一力茶屋」 大星由良之助は敵討ちの本心を隠すため、祇園一力茶屋で色狂い・傾城狂いの日々を送る。
『今昔物語集』巻12−33 多武峰の増賀は尊い聖人だとの評判が高く、冷泉院が御持僧としようとした。増賀は、様々に気違いじみたことを言って逃げ去った。
『今昔物語集』巻19−18 彼はまた、三条大皇大后宮のもとで、ことさらに性的な話をしたり、下痢をするなどのふるまいをした。
『サムエル記』上・第21章 サウル王に命をねらわれるダビデは、ガトの王アキシュの所へ身を寄せる。しかし正体を知られ、捕らわれたので、ダビデはよだれを流して狂人のふりをする。アキシュはダビデを本物の狂人と思って、追い払う。ダビデはアドラムの洞窟に難を避ける。
『史記』「殷本紀」第3 紂王の暴虐を恐れた箕子は、狂気をよそおい奴隷となるが、捕えられる。
『水滸伝』百二十回本第39回 罪を得て江州へ流された宋江は、ある日潯陽楼で酒を飲み、酔って壁に謀叛の詩を書きつけ、逮捕される。宋江は狂人のふりをし、糞尿にまみれ、「俺は玉皇大帝の婿殿だ」と支離滅裂なことをわめいて、役人たちをごまかそうとする。しかし、謀叛の詩の内容と筆跡が正常人のものなので、宋江の演技は見破られる。
『日本書紀』巻26斉明天皇3年9月 有間皇子は狂気をよそおい、牟婁の温泉へ行って病を治すふりをした。
『ハムレット』(シェイクスピア)第2〜3幕 ハムレットは、父デンマーク王が叔父クローディアスに暗殺されたことを知り、復讐を決意する。彼は本心を隠すために狂気をよそおう。恋人オフィーリアに対しても、「尼寺へ行け。なぜ男に連れそって罪深い人間を産みたがる?」と言って突き放す。ハムレットは、母ガートルードがクローディアスと結婚したことを非難し、クローディアスと誤認してオフィーリアの父ポローニアスを殺す。
『リア王』(シェイクスピア)第3幕 エドガーは、父グロスター伯から追放され、乞食のトムと名のって狂気をよそおう。
*兵役を逃れるために、狂人のふりをする→〔兵役〕3bの『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−12・『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第3章。
*刑務所の強制労働を逃れるために、狂人のふりをする→〔手術〕2の『カッコーの巣の上で』(フォアマン)。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第5章 ディオニュソス神は、彼を敬わぬ人々の心を狂わせた。ディオニュソス神がテバイに来た時、彼を信仰する女たちは家を捨て、山中に乱舞した。ペンテウス王がこれを防ごうとしたが、狂乱したその母によって、野獣と見なされ四肢を引き裂かれた。
『日本永代蔵』巻4−4「茶の十徳も一度に皆」 敦賀に住む小橋の利助は、朝市に出て茶を売り歩き、その利益を元手に、葉茶の店を手広く営んだ。やがて利助は欲心を起こし、茶の出し殻を混ぜて売るようになった。いったんは利を得て家が栄えたが、天の咎めで利助は発狂し、「茶殻茶殻」と口走って自らの悪事を触れまわった。
『日本霊異記』上−23 親不孝の瞻保が、母に貸した稲の返済を厳しく迫る。母が泣いて天に訴えると、たちまち瞻保は乱心し、大切な証文類を焼き捨て、山の中を走り狂った〔*『今昔物語集』巻20−31に類話〕。
『ジェーン・エア』(C.ブロンテ) ロチェスターの妻バーサは精神病であり、邸内の屋根裏部屋に幽閉される。バーサの存在を知らぬ家庭教師ジェーン・エアは、不気味な笑い声や謎の放火事件に怯える→〔夫〕6a。
『舞姫』(森鴎外) ベルリン、ヰクトリア座の踊り子エリスは、某省の官費留学生である「余(太田豊太郎)」と同棲し、身ごもる。エリスは「余」とともに日本へ渡ろうと心を決めるが、「余」は保身のためにエリスを捨てて日本へ帰る。それを知ったエリスはパラノイア(偏執病)を発症し、医者は「治癒の見込みなし」と診断する。
*→〔不倫〕1の『死の棘』(島尾敏雄)のミホは、夫の不倫を知って分裂病の症状を現し、精神病院に入る。
『雪国』(川端康成) 西洋舞踊研究家・島村は雪国を訪れて、芸者・駒子とその妹分・葉子を知る。葉子は、「駒ちゃんは私が気違いになると言うんです」と島村に言って、泣く。繭蔵で映画を上映しているうちに火事になり、二階から葉子が落ちて失神する。駒子は葉子の身体を抱いて「この子、気が違うわ」と叫ぶ。
『ランメルモールのルチア』(ドニゼッティ) ルチアは、兄の城主エンリーコの策謀で恋人エドガルドとの仲を裂かれ、別の男と政略結婚させられる。彼女は悲しみと苦悩で発狂し、新床で花婿を刺し殺す。
*→〔過去〕1の『欲望という名の電車』(ウィリアムズ)・〔兄妹〕6の『うつせみ』(樋口一葉)・〔下宿〕2の『好色五人女』巻1「姿姫路清十郎物語」。
『人間失格』(太宰治)「第三の手記」 東京の高等学校に進学した「自分(大庭葉蔵)」は、何人もの女と関係を持ち、心中しようとして自分だけ助かる、催眠剤を致死量以上飲みながら自殺に失敗する、酒を我慢するためにモルヒネを注射する、などの愚行を重ねる。「自分」は脳病院に入れられ、人間失格の廃人となったことを自覚する。後、「自分」は郷里の東北で、老女中の世話を受けて療養生活をする。
『夜明け前』(島崎藤村) 馬籠宿の本陣の当主・青山半蔵は、平田派の国学に心酔し、徳川幕府が大政を奉還して王政復古の世が来ることに、大きな期待を抱く。しかし明治の世は、半蔵の願う神武創業の古代ではなく、西洋を模範とする文明開化の近代であった。東京へ出た半蔵は、憂国の和歌を記した扇子を、天皇の行幸の車に投げる。新時代の激動で青山家は衰退し、半蔵はしだいに狂気におちいってゆく。彼は菩提寺を無用のものと考え、放火して捕らわれ、座敷牢に入れられる。明治十九年十一月、半蔵は五十六歳で死ぬ。
『ドン・キホーテ』(セルバンテス) ラ・マンチャの某村に五十歳になろうとする独身の郷士が住んでいた。彼は騎士道物語の読みすぎで頭がおかしくなり、自らも騎士になろうと、「ドン・キホーテ」と名乗って三度、冒険の旅に出る(*→〔旅〕7)。三度目の旅を終え帰館したドン・キホーテは、病臥してようやく正気に戻る。臨終の床に集まった友人知人たちに遺言を述べ、彼は従容として死んでゆく。
『ガス燈』(キューカー) ポーラの新婚家庭に、怪事が頻発する。屋根裏から物音が聞こえ、部屋のガス燈が急に暗くなる。夫の時計がなくなり、ポーラのバッグの中に入っている。ポーラは「自分は病気で、幻聴・幻覚・盗癖などの症状があるのだ」と思う。これはすべて夫が仕組んだことで、彼はポーラを精神異常者に仕立て上げ、彼女が叔母から受け継いだ高価な宝石を手に入れようとしたのだった。
*悪事の罰としての狂気→〔賭け事〕3の『スペードの女王』(プーシキン)。
*狂気と核戦争→〔戦争〕5aの『博士の異常な愛情』(キューブリック)・〔戦争〕5bの『生きものの記録』(黒澤明)。
『十二支(えと)の起こり』(昔話) 神様が、「指定日までに駆けつけて来た者を十二支の仲間に入れる」と動物たちに言う。牛は足が遅いので、他の動物よりも早く出かける。鼠が牛の背中に乗り、一番に到着した牛の前に飛び降りる。それで、十二支のはじめは鼠に決まった(滋賀県蒲生郡竜王町山面)。
*鼠が猫を裏切る物語もある→〔鼠〕6bの『十二支の由来』(中国昔話)。
『狸と田螺』(昔話) 伊勢参りに行く狸と田螺が、大神宮の鳥居まで駆けっこをする。田螺は貝の蓋を開いて、走る狸の尾にくいつく。狸は鳥居に着くと喜んで尾を振り、それが石垣にぶつかって、田螺の貝が半分割れる。転がり落ちた田螺は、痛さを我慢して「狸君、遅いなあ。僕は先に着いて、肩を脱いで休んでいるところだ」と言う。
『平家物語』巻9「宇治川先陣」 源氏の武者たちが宇治川の先陣を争う。畠山重忠が川を渡って対岸に上がろうとする時、彼の烏帽子子(えぼしご)大串次郎が馬を流されて、重忠の背後に取りつく。重忠が大串を岸に投げてやると、大串は岸に立って「大串次郎、宇治川の先陣ぞや」と名乗りをあげ、敵も味方もどっと笑う。
『平家物語』巻9「宇治川先陣」 梶原源太景季と佐々木四郎高綱が宇治川の先陣を争って馬を走らせる。遅れた佐々木が、「馬の腹帯がゆるんでいる」と梶原に声をかけ、梶原は手綱を放して腹帯をしめる。その間に佐々木は追い抜いて川へ駆け入り、宇治川を一文字に渡って対岸へ上がる。
『変身物語』(オヴィディウス)巻10 俊足の娘アタランタは、求婚する男たちに競走を挑み、負ければ花嫁となり、勝てば求婚者を殺す取り決めをする。多くの若者が死んだ後、ヒッポメネスがアタランタと競走し、三つの黄金のりんごを投げる。アタランタがそれを拾っている間に、ヒッポメネスはゴールに入る〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第9章では、メラニオンが黄金のりんごを投げ、アタランテを妻とする〕。
『長距離走者の孤独』(シリトー) 感化院に収容中の十七歳の「おれ(スミス)」は、クロスカントリーの選手に抜擢される。院長は「おれ」が全英長距離競走で優勝し、ブルーリボン賞を獲得することを期待する。「誠実を旨とせよ」と説教する院長とその同類たちを、「おれ」は軽蔑しつつも、うわべは院長に従う。競技当日、「おれ」は計画どおりわざと負けて、院長を落胆させる。
『ベン・ハー』(ワイラー) ユダヤの名家の青年ベン・ハーは、ローマ軍の将校メッサラによって無実の罪におとされ、ベン・ハーの母と妹は地下牢に入れられた。ベン・ハーは母と妹が獄死したと聞き、メッサラへの復讐の念に燃えて、ローマ・カルタゴ・アテネなど諸国の代表が争う大戦車競技会に臨む。メッサラの戦車は車軸に鋭い刃物が取りつけてあり、併走する競走相手の戦車を破壊した。メッサラはベンハーの戦車をも破壊しようとするが、逆にメッサラの戦車の車輪がはずれてしまう。戦車は横転してメッサラは死ぬ〔*死ぬ間際にメッサラは、ベン・ハーの母と妹が生きていることを告げる〕→〔病気〕4。
『理由なき反抗』(レイ) 十七歳のジムは、転校して来た高校で不良グループにからまれ、リーダーのバズと、チキン・ランをすることになる。二人がそれぞれ自動車を崖に向けて疾走させ、崖の直前で飛び降りる。先に飛び降りた方が負けになるのだ。ジムは車が崖から転落する直前に、うまく飛び降りた。しかしバズは服の袖がひっかかって車から出ることができず、車もろとも崖下へ落ちて死んでしまった。
『三国志演義』第68回 神通力を持つ左慈を捕らえて殺そうと、曹操の家来三百人が騎馬で追いかける。前方を左慈がゆっくりと歩いて行く。家来たちは馬を走らせるが、どうしても追いつくことができなかった。
『捜神記』巻1−18 薊子訓(けいしくん)は神仙の人である。彼が一人の老人と語り合っているのを見た男が、「薊先生、お待ち下さい」と呼びかけた。薊子訓と老人は歩きながら返事をした。ゆっくり歩いているように見えたが、男が馬を走らせても追いつけなかった。
★5b.言葉のトリックによって、速く走る者がゆっくり歩く者に追いつけない。
アキレスと亀の故事 ゼノンのパラドックス。俊足のアキレスがいくら速く走っても、前方をゆっくり歩く亀に追いつけない。アキレスが亀のいたA地点まで来た時には、すでに亀はA地点より少し前方のB地点へ進んでいる。アキレスがB地点まで来ると、亀はごくわずか前方のC地点へ進んでいる。アキレスと亀の距離は無限に縮まるが、どこまでいってもゼロにはならない。
*→〔尾〕5の『無門関』(慧開)38「牛過窓櫺」の、「牛の尾を無限に分割してもゼロにはならない」という考え方と同様である。
『坐笑産(ざしょうみやげ)』「かける名人」 追いかけっこの名人が、泥棒を追いかけて走る。向こうから友達が来て「何だ何だ」。名人「泥棒を追っかけている」。「その泥棒はどこだ?」「後から来る」。
*与太郎は太陽を追い越した→〔太陽〕4eの『太陽』(落語)。
*競走の得意な兎→〔兎〕1a・1b。
『アイヴァンホー』(スコット) リチャード一世は十字軍遠征に出かけ、外国で捕虜となる。王弟ジョンは兄王の幽閉を長引かせ、自らが王になろうとして、国内での勢力拡大をはかる。陰謀を知ったリチャード一世は、帰国後、ジョンの配下たちを死刑や流刑に処するが、ジョン自身については咎めずにおく。
『海の水はなぜからい(塩挽き臼)』(昔話) 大晦日、貧しい弟が兄に米を借りに行き、断られる。帰り道で弟は老人に出会って麦饅頭をもらい、老人の教えによって、麦饅頭を、小人たちの持つ挽き臼と交換する。挽き臼からは望みの物が出、弟は長者になる。兄は羨んで挽き臼を盗む(岩手県上閉伊郡)→〔海〕1。
『大鏡』「兼通伝」 兼通・兼家兄弟は不和であった。関白兼通が重病の床にあった時、弟兼家は見舞いにも来ず、兼通邸の前を素通りして内裏に参上し、次期関白のことを帝に奏請した。兼通は怒り、病躯をおして参内し、次期関白に従兄頼忠を任じ、兼家を大将から治部卿に降格した。
『群盗』(シラー) マクシミリアン伯の長男カールが遊学中に、弟フランツは父マクシミリアン伯をだまして、カールを廃嫡させる。その後フランツは父を幽閉し、カールの恋人アマーリアに言い寄る。カールは盗賊団の首領となり、故国へ戻ってフランツと対決するが、フランツは自ら縊死する。父マクシミリアン伯は悶死し、カールはアマーリアとも別れねばならず、彼女の望みでカールはアマーリアを刺し殺す。
『古事記』上巻 ホヲリ(山幸彦)は海神に教えられた呪文を唱えて、鉤を兄のホデリ(海幸彦)に与えた。ホデリは貧しくなり、怒って攻めて来た。ホヲリは塩盈珠・塩乾珠でホデリを苦しめ、ホデリは降参した〔*『日本書紀』巻2神代下・第10段に類話〕。
★2a.母親が、二人の息子のうち、兄よりも弟の方をかわいがる。
『古事記』中巻 兄・秋山の下氷壯夫(したひをとこ)が、伊豆志袁登賣(いづしをとめ)への求婚に失敗する。兄は、弟・春山の霞壯夫(かすみをとこ)に「もし、お前が彼女を得たら、酒や山河の産物を与えよう」と約束する。兄弟の母が、弟のために衣服や弓矢を作ってやり、弟は伊豆志袁登賣への求婚に成功する。しかし兄が約束を履行しなかったので、母は弟に教えて兄を呪わせる。その結果、兄は八年間にわたって病み臥した。
『創世記』第25章 イサクとリベカの間には、双子のエサウとヤコブが生まれた。父イサクは兄エサウを愛したが、母リベカは弟ヤコブを愛した。ある時、兄エサウは空腹のため、弟ヤコブが煮るレンズ豆とパンを食べさせてくれるよう頼み、引き換えに長子の権利を弟ヤコブに譲った。母リベカはこれを利用し、弟ヤコブが父イサクから祝福の言葉を受けられるように仕組んだ。
『にんじん』(ルナール)「にんじんのアルバム」1 ルピック家に三人の子供があり、「にんじん」は末っ子である。母親は、兄フェリックスや姉エルネスチーヌに優しく、「にんじん」には冷たい。一家のアルバムは兄や姉の写真ばかりで、「にんじん」の写真はなかった。母親は、「『にんじん』の写真がとてもかわいかったので、皆さんが抜き取って行きました。それで一枚も残っていないのです」と説明する。本当は、「にんじん」は一度も写真を撮ってもらったことがないのだ。
『英雄伝』(プルタルコス)「ロムルス」 ローマを建設するにあたり、どこに町を築くかについて、双子の兄弟ロムルスとレムスが争う。鳥占いの結果ロムルスが勝つが、レムスはそれに納得せず、ロムルスが城壁の周りに濠を掘るのを妨害する。ロムルスはレムスを殺す〔*ロムルスの仲間の一人がレムスを殺した、とも言う〕。
『今昔物語集』巻26−24 山城国に兄弟があった。弟は兄を殺そうとつけねらい、暗夜、矢を射かけるが、矢は兄の腰刀の目貫に当たってはね返り、兄は無事だった。
『創世記』第4章 アダムはエバ(イヴ)を妻とし、最初にカインが生まれ、ついでアベルが生まれた。兄カインは土を耕す者となり、弟アベルは羊を飼う者となった。兄弟が神に捧げ物をすると、神はカインの供えた農作物をしりぞけ、アベルの供えた羊を受けた。カインは怒り、弟アベルを野原に誘い出して殺した。
『テーバイ攻めの七将』(アイスキュロス) オイディプスの息子エテオクレスとポリュネイケスが、一年交替でテーバイを統治する。しかしエテオクレスは期限が来ても王位を譲らず、かえってポリュネイケスを国外へ追放する。ポリュネイケスは軍勢を率いてテーバイを攻め、兄弟は一騎討ちして刺し違え、死ぬ。
『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ラインの黄金」 巨人ファゾルトとファフナー兄弟は、神々のために城を築いた代償に、女神フライアの身体が隠れるだけの分量の黄金を望み、さらに、ラインの黄金から作った隠れ兜と指環を要求する。しかし指環の呪いによって兄弟は争いを始め、ファフナーがファゾルトを撃ち殺す。
『日本霊異記』上−12 兄弟が一緒に商売に出かけ、弟が銀四十斤を得たが、兄がこれをねたんで弟を殺し銀を奪う。弟の死骸の髑髏は、長い年月、往来の人や動物に踏まれる。僧道登の従者が髑髏を拾って木の上に置き、これがきっかけで、兄の弟殺しが発覚する(同・下−27の類話では、伯父が甥を殺したとする)→〔大晦日〕1。
『ハムレット』(シェイクスピア)第3幕 クローディアスは、昼寝中の兄王の耳に毒液を流しこんで殺す。罪の意識にかられた彼は、「人類最古の罪、兄弟殺しの大罪。神に祈りたいが、罪の深さを思えばそれもできぬ」と悩む。
*→〔厠〕6の『古事記』中巻。
*→〔剣〕5aの『日本書紀』巻5祟神天皇60年7月。
*→〔棺〕1の『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)13。
*→〔横取り〕2の『唄をうたう骨』(グリム)KHM28。
*自殺に失敗して苦しむ弟を、兄が死なせる→〔安楽死〕1の『高瀬舟』(森鴎外)。
*二人兄弟が、互いに相手を殺そうとして思いとどまる→〔二者同想〕1cの『今昔物語集』巻4−34。
★4.誤解により、兄弟の一方がもう一方を殺す、あるいは殺そうとするが、誤解が解け和解する。
『二人兄弟』(グリム)KHM60 双子の兄弟が旅に出て、別々に仕事を捜す。弟は冒険の末、ある国の王になるが、魔女によって石にされてしまう。兄がその国へやって来て、弟と瓜二つゆえに弟の身代わりをつとめ、魔女を退治する。兄は魔女に命じて、弟をもとの姿に戻させる。ところが弟は、兄が自分の妃と同じベッドに寝たことを聞いて怒り、兄の首を切り落とす。しかしすぐに誤解はとけ、生命の草の根によって兄は生き返る。
『二人兄弟の物語』(古代エジプト) 兄アヌプは、自分の妻が弟バタに誘惑されたと聞いて怒り、バタを殺そうとする。しかしバタが誤解を解き、兄弟は和解する。後、バタはファラオの兵に殺されるが、アヌプが水を用いてバタを生き返らせる。バタはファラオの王子に転生し、やがて彼が新たなファラオになる。三十年間エジプトを統治してバタが死ぬと、アヌプが王位を継ぐ。
『和泉式部日記』 和泉式部は冷泉天皇の皇子為尊親王と愛人関係になるが、為尊親王は病死する。悲しむ和泉式部のもとへ、為尊親王に仕えていた小舎人童が訪れ、「今は為尊親王の弟君敦道親王に仕えている」と言う。これがきっかけで、和泉式部は敦道親王とも愛人関係になる。
『狂った果実』(中平康) プレイボーイの大学生夏久と、純真な高校生春次は、仲の良い兄弟である。春次は、逗子で知り合った恵梨と交際するが、恵梨は二十歳とはいうものの、実は中年アメリカ人の妻であり、浮気の経験も何度かある女であった。それを知った夏久は、恵梨を誘惑して関係を持つ。夏久は恵梨をヨットに乗せ、海へ出る。怒った春次は後を追い、モーターボートで兄のヨットに体当たりする。
『苔の衣』 三条帝の息子東宮は、母藤壺中宮の弟苔衣の大将の姫君と結婚する。しかし東宮の弟兵部卿宮が姫君に恋着し、寝所に忍び入って関係を結ぶ。姫君が生んだ若宮は、東宮の子として育てられる。
『小袖曽我薊色縫(こそでそがあざみのいろぬい)』(河竹黙阿弥) 遊女十六夜(いざよい)は僧清心と入水心中をはかるが、俳諧師白蓮に救われて、彼の妾になる。しかし白蓮は清心の実の兄であり、十六夜は知らずして兄と弟の両方と関係を持ったのだった〔*後に十六夜は清心に「お前の兄さんと一つ枕に寝たからは、死なねばならぬ」と言い、清心の刃にかかって死ぬ〕。
『マルコによる福音書』第6章 ヘロデヤは夫ピリポの兄弟であるヘロデ王に嫁し、そのことをバプテスマのヨハネが非難する。ヘロデヤはこれを恨み、娘(後にサロメという名が与えられる)をそそのかして、ヘロデ王がヨハネの首を斬るようにしむける〔*『マタイ』第14章に類話〕→〔首〕4の『サロメ』(ワイルド)。
*→〔兄嫁〕に関連記事。
*異母兄妹と一人の女→〔兄妹〕2bの『金色の眼の娘』(バルザック)。
*五人兄弟が一人の妻を共有する→〔一妻多夫〕1bの『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」。
『じゃま者』(ボルヘス) ニルセン兄弟は、仲が良いことで有名だった。兄クリスチャンが、フリアナという女と一緒に暮らし始めた。ところが弟エドゥワルドも、フリアナに惚れてしまった。弟思いの兄は、フリアナを弟と共有する。それでも兄弟は、しだいに不和になった。ある日、兄はフリアナを殺し、そのことを弟に告げる。兄弟は、ひしと抱き合った。
*姉妹が、不和の原因である男を殺す→〔姉妹〕2cの『ジャン・クリストフ』(ロラン)第9巻「燃ゆる荊」
『受験生の手記』(久米正雄) 会津出身の「私(久野健吉)」は、東京の義兄宅に寄宿して、一高受験の準備をする。「私」は昨年受験に失敗し、今年は一歳下の弟と一緒に、入試に臨むのだ。結果は、「私」はまたしても不合格であり、弟はただ一度の挑戦で一高生になった。「私」は義兄の姪の澄子さんを恋していたが、彼女は弟に思いを寄せていた。「私」は一人帰郷の途につき、手記を残して猪苗代湖に身を沈めた。
『宇治拾遺物語』巻12−22 陽成院の御所の釣殿に、ある夜、見すぼらしい翁が現れる。翁は、寝ていた番人を起こして、「私は、浦嶋の子(=浦島太郎)の弟だ。ここに住んで千二百年余年になる。社(やしろ)を造って、私を祭ってほしい」と要求する。番人が「私の一存ではできない」と言うと、翁はにわかに巨大化し、大きな口を開けて、番人を一口に食ってしまった。
『新浦島』(幸田露伴) 丹後の人・浦島太郎は、龍宮城で何十年かを過ごして帰って来たが、玉手箱を開けたため、老人になってしまった。太郎は信濃の寝覚めの床に移り住み、仙人となる。そして玉手箱を、丹後に住む弟・次郎に送った。以来、次郎の家は代々玉手箱を持ち伝え、九十九代目に到った〔*百代目の次郎は、神仙になろうとしてなれず、魔王を呼び出し、最後には石になってしまう〕→〔分身〕4a。
*貧乏な兄と富裕な弟→〔宿〕1の『備後国風土記』逸文。
*兄弟が三人のばあいは→〔三人兄弟〕。
『当世書生気質』(坪内逍遥) 士族・守山友定の娘お袖は、上野の戦争の折に母親とはぐれ、貧しい老女に拾われてお芳と名づけられる。老女の死後、お袖(=お芳)は官員・小町田浩爾に救われ、養女となって、小町田家の息子・粲爾とは兄妹として育つ。後に小町田浩爾が免職になり、生活が苦しくなったため、お袖(=お芳)は小町田家を出て芸妓となり「田の次」と名乗る。ある時、粲爾と「田の次」は久しぶりに再会し、粲爾は「田の次」に恋心を抱く〔*物語の最後で「田の次」の身分出生が明らかになり、粲爾と「田の次」の恋の成就が示唆される〕。
『氷点』(三浦綾子)「淵」〜「千島から松」 辻口徹と陽子は仲の良い兄妹だった。陽子は、自分がもらい子であることに気づいていた。徹は思春期に達し、陽子に異性を感じるようになる。陽子が殺人犯の子であることを知った徹は、「陽子を幸福にできるのは自分しかない」と思い、「大学を出たら陽子と結婚しよう」と決意する。しかし、陽子はそれを「愛ではなく憐れみによる結婚」と誤解するかもしれない。徹は「陽子の真の幸福のためには、親友の北原と結婚させるのがよい」と考え直す。
『許されざる者』(ヒューストン) アメリカ西部。ザカリー家は、老母、ベン、キャッシュ、アンディの三兄弟、そして赤ん坊の時からこの家で育った養女レイチェルの、五人暮らしである。レイチェルは、血のつながらぬ兄ベンを慕っている。レイチェルが十代後半になった頃、彼女が白人ではなく、カイオワ・インディアンの娘であることが明らかになる。カイオワ族の一団が、レイチェルを取り戻すためにザカリー家に押し寄せ、銃撃戦が始まる。ベンはレイチェルに「結婚しよう」と言う。レイチェルは、実の兄であるカイオワ族のリーダーを射殺する。
『男はつらいよ』(山田洋次) 車平造が妻との間にもうけた娘がさくら、芸者菊との間にもうけた息子が寅次郎で、二人は異母兄妹の関係である〔*車平造と妻との間にはもう一人、寅次郎の異母兄にあたる息子がいたが、若死にした〕。フーテン暮らしを恥じる寅次郎は、妹さくらの喜ぶような立派な兄貴になって柴又に落ち着きたいと思うが、その努力は空回りしがちであり、さくらの「お兄ちゃん、もう行っちゃうの?」の声に送られて、去って行くのである。
『金色の眼の娘』(バルザック) パリで一番の美青年アンリは、金色の眼の娘パキタに出会い、心を奪われる。二人は密会するが、不思議なことに、パキタは処女でありながら、性的に無垢ではなかった。パキタは、サン=レアル侯爵夫人の同性愛の相手だったのだ。侯爵夫人は、パキタが男と関係を持ったことを知り、短刀でパキタを殺す。その現場へ、アンリが来合わせる。アンリと侯爵夫人は、互いが瓜二つであることに驚く。二人は異母兄妹(あるいは異母姉弟)だった。
『隣りの八重ちゃん』(島津保次郎) 帝大生の新井恵太郎は、隣家の女学生・服部八重子と兄妹のように仲良くしている。新井家と服部家は親戚同然のつき合いで、恵太郎も八重子も、互いに相手の家へ自由に出入りする。恵太郎の弟・中学生の精二は、恵太郎と八重子の仲を「あやしいぞ」と言って、からかう。八重子の姉・出戻りの京子が恵太郎を誘惑するので、八重子は心配になる。やがて服部家は父親の転勤によって、遠い朝鮮へ引っ越す。八重子は女学校を卒業するまで、新井家に同居することになる。もう、「隣りの八重ちゃん」ではないのだ。
『みつけ鳥』(グリム)KHM51 鷲などの鳥が、幼い男児をさらって、山の木の上に置く。山番の男が男児を見つけ、家へ連れ帰る。山番は男児を「みつけ鳥」と名づけ、自分の娘レーネ(レン)と一緒に育てる。「見つけ鳥」とレーネは、片時も離れぬほどの仲良しになり、魔法使いの婆さんに命をねらわれた時も、二人協力して危難を脱した→〔変身〕10。
*『嵐が丘』(E・ブロンテ)のヒースクリフとキャサリンも、兄妹同然に育ち、やがて愛し合うようになる→〔行方不明〕2。
『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「捕物仁義」 忠義な武士・川波一弥(かずや)は、主家の若君が悪商・長崎屋の土蔵に閉じ込められたことを知る。一弥は浪人に身をやつし、妻お京を「妹」といつわって、長崎屋の隣家に住む。美男の一弥は、長崎屋の娘お喜多の浮気心をそそって、土蔵の鍵を手に入れようとする。しかしお喜多は、お京が一弥の妹でなく妻だと知り、嫉妬してお京を殺す〔*銭形平次が一弥に力を貸し、若君を救い出した〕。
『創世記』第12章 アブラムと妻サライは、エジプトに滞在する時、「兄妹である」と称した。サライは美しかったので、「アブラムが夫ならば、エジプト人は彼を殺すだろう。アブラムが兄ならば、エジプト人は彼を歓待するだろう」と、予測したからである。サライはファラオの宮廷に召され、彼女ゆえにアブラムも幸いを受けた。しかし主(しゅ)がエジプトに病気をもたらしたので、ファラオは「アブラムとサライは夫婦だ」と知り、二人を国外へ退去させた。
『バスカヴィル家の犬』(ドイル) バスカヴィル家の血筋をひく男が、ステープルトンという偽名を用い、妻ベリルを妹といつわって、バスカヴィルの館のあるデヴォンシャに乗りこむ。館の主ヘンリ卿がベリルに恋心を抱いたことを利用して、ステープルトンはヘンリ卿を殺そうとする。ヘンリ卿が死ねば、バスカヴィル家の領地と資産はステープルトンのものになるのだった。しかしホームズがヘンリ卿を救い、ステープルトンの計画は失敗する。
『門』(夏目漱石) 宗助と安井は京大の学生で、仲の良い友人どうしだった。宗助が安井の新居を訪れた時、安井はお米(よね)を「僕の妹だ」と言って紹介した。宗助はよく安井の所へ遊びに行ったので、自然、お米とも親しく口をきくようになった。お米は、安井の妹ではなかった。宗助とお米は駆け落ちした。二人は地方を転々とした後、東京の片隅で、世間を避けるようにして暮らした。
『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』3幕目「源氏店妾宅の場」 お富は三年前から、和泉屋多左衛門の囲い者となっているが、不思議なことに多左衛門は、お富と同衾しない。お富のかつての愛人・与三郎が訪れたので、お富は彼を「兄だ」と言って、多左衛門に紹介する。しかし実は多左衛門こそ、お富の本当の兄なのだった〔*三年前、海に身を投げたお富は、多左衛門の船に助け上げられた。その時、多左衛門はお富の持つ守り袋を見て、自分の妹であることを知った〕。
『うつせみ』(樋口一葉) 雪子には許婚があり、彼女は許婚を「兄様(にいさん)」と呼んでいた。雪子が女学校に通っていた時、青年・植村録郎が彼女を恋するが、「兄様」というのが実は婚約者であると知って、植村は自殺した。雪子は罪の意識から発狂し、「私が、申さないが悪うござりました。兄と言うてはおりまするけれど・・・」と、亡き植村に向かって繰り返し詫び言を述べた。
★7.「あなたは生き別れた兄にそっくりだ」と言って、女が男を口説こうとする。
『二人の友』(森鴎外) F君が尾道の宿に泊まった夜のこと。枕元に芸者が来て問う。「私には兄がおり、家出して行方知れずになっている。先程、座敷で遠くからあなたを見て、『兄だ』と思った。あなたは、私が逢いたいと思っている兄ではありませんか?」。F君は「気の毒だが人違いだ」と言って、芸者を帰らせた。後にその話を聞いた「私」は、「それは、芸者が君を口説きに来たのだ」とF君に教えた。
*兄が、生き別れた妹をそれと知らずに殺す→〔橋〕6の『八幡祭小望月賑(はちまんまつりよみやのにぎわい)』(河竹黙阿弥)。
『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)12 一年三百六十日に付け足された五日の閏日の第一日目に、母神ヌト(=レイア)は太陽神ラー(=ヘリオス)との間にオシリスを産み、四日目にトト(=ヘルメス)との間にイシスを産んだ。イシスとオシリスは、生まれる前から母神ヌトの胎内で愛し合って結ばれ、夫婦となった。
『神統記』(ヘシオドス) ゼウスとその正妃ヘラはともに、クロノスとレイアの間に生まれた子であり、姉・弟の関係である。クロノスとレイアもまた、ウラノス(天)とガイア(大地)の間に生まれた子であり、姉・弟である。
『独異志』(唐・李冗撰)下巻 世界の初めの時には、女カ兄妹二人しかいなかった。兄妹は崑崙山の頂上でそれぞれ火を燃やし、「同胞婚が可ならば立ち昇る煙を一つにせよ。否ならば別々にせよ」とまじないを唱えて、神意を問うた。すると二つの煙が一つになったので、兄妹は結婚した。
『日本書紀』巻1・第2段一書第1 イザナキ・イザナミ夫婦は、ともにアオカシキネノミコトの子である。
『古事記』下巻 允恭天皇の皇太子である木梨の軽太子は、同母妹・軽大郎女と通じた。軽太子は捕らわれて、伊予の湯に流罪になった。軽大郎女もその後を追って伊予へ行き、二人はそこで一緒に死んだ。〔*『日本書紀』巻13允恭天皇24年6月に同記事〕。
『捜神記』巻14−1(通巻340話) 高陽氏(センギョク帝)の時代に、兄妹で夫婦になった者があり、帝は二人を山に追放した。二人は抱き合って死んだ→〔草葉〕1。
『英草紙』第5篇「紀任重陰司に至り滞獄を断くる話」 安徳天皇は、建礼門院徳子が兄平宗盛と通じて生んだ子である。
『ペルシア人の手紙』(モンテスキュー)第67信 ゲーブル(=ゴール)人の「私(アフリドン)」は、六歳の頃から妹(アスタルテ)に恋心を抱く。「私」は妹と引き離され、妹は王のハーレムに入れられたあげく、官奴と結婚させられる。しかし「私」は妹を救い出し、駆け落ちをして、二十五歳で結婚式をあげ、女児をもうける。一年後、タタール人が攻めこんで、「私」たちはいったん奴隷にされるが、やがて解放され、以後「私」は妹を妻として幸福に暮らす。
*アイヌの始祖の兄妹婚→〔犬婿〕2の『アイヌの起こり』(アイヌの昔話)。
『今昔物語集』巻26−10 土佐国の兄妹を乗せた船が潮に流され、沖の孤島に漂着する。二人はそこに住みつき、夫婦となる〔*『宇治拾遺物語』巻4−4に類話〕。
『瓶詰の地獄』(夢野久作) 船が難破して離れ島に漂着した十一歳の兄と七歳の妹が、二人きりで十年ほどを過ごすうちに、ついに肉の誘惑に負けて関係を持つにいたった。やがて救助船が来た時、兄妹は淵に身を投げ、自ら命を絶った→〔瓶〕2。
*大洪水で生き残った兄妹の結婚→〔洪水〕1b。
★2c.片方あるいは双方が、兄妹であることを知らずに結婚する。
『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(ゲーテ)第8巻第5〜10章 アウグスティンは、近隣に住むスペラータが実は里子に出された妹であることを知らず、彼女を恋人にする。二人の間には娘ミニョンが生まれ、数年後にスペラータは病死する。ミニョンは十代前半の頃、旅まわりの劇団の一員となり、青年ヴィルヘルムと行動をともにし、彼を慕う。父アウグスティンは老いた竪琴弾きとなって、ミニョンにつきそう。しかし病弱なミニョンはまもなく衰弱死し、アウグスティンもあとを追うようにして自殺する。
『ヴォルスンガ・サガ』7 父や兄弟たちの敵である夫シゲイルに復讐するため、シグニュは「勇者をわが胎より産み出そう」と考える。シグニュは魔法使いの女と姿を取り換え、生き残った兄シグムンドのもとへ行く。シグムンドは眼前の美女が妹とは知らず、彼女と三日続けて床をともにする。シグニュは男児(シンフィョトリ)を身ごもる。
『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「深川三角屋敷」 直助権兵衛は、お袖に「父四谷左門・姉お岩・夫佐藤与茂七の仇を討ってやろう」ともちかけ、彼女と夫婦になる。その直後に、死んだはずの夫与茂七が訪れ、お袖は絶望して自ら死を選ぶ。彼女が所持していた臍の緒の書き物から、直助とお袖は兄妹であったことがわかり、直助も己れの非を悟って自刃する。
『うつほ物語』「あて宮」 正頼左大将の七男仲澄侍従は、同腹の妹あて宮との結婚を望む。しかしあて宮が東宮に入内したため、仲澄は悲嘆の余り病み臥して、やがて死ぬ。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第3日第2話 妃を亡くした王が、実の妹ペンタに求婚し「お前の身体の中でとりわけ手が好きだ」と言う。ペンタは奴隷に命じて自分の両手を切り落とさせ、「一番お好きなものをお納め下さい」との手紙とともに、兄王に届ける→〔箱船(方舟)〕3。
『響きと怒り』(フォークナー) 南部の名門コンプスン家の長男クェンティンは、妹キャディを愛していた。しかしキャディは、性衝動のおもむくままに男たちと遊ぶ。彼女は流れ者の子を宿しつつも、その男ではなく別の男と結婚する。クェンティンは妹の堕落を防げなかったことを思い悩み、やがて彼は、「妹と近親相姦を犯した」との妄想を抱く。クェンティンは自殺する。
『熊座の淡き星影』(ヴィスコンティ) サンドラの父は、ナチスによって殺された。それは、母コリンナとその愛人ジラルディーニが密告したからだ、とサンドラは確信している。彼女の弟ジャンニは作家志望で、姉との近親相姦を描いた小説の草稿をサンドラに読ませ、自分の思いを訴える。ジラルディーニは「二人は近親相姦を隠している」と、サンドラの夫アンドリューの前で言い放つ。ジャンニはサンドラと関係を結ぼうとして拒否され、自殺する〔*エレクトラの伝説→〔母殺し〕1を発想源とした、という〕。
『無常』(実相寺昭雄) 旧家である日野家の跡取り・正夫は、姉・百合と関係を持ち、百合は男児を身ごもる。正夫は、何も知らぬ書生の岩下を百合と結婚させ、世間を欺く。男児が生まれた後、岩下は、正夫と百合の性交現場を見て衝撃を受け、新幹線に飛び込み自殺する。正夫は仏像研究をしながらも、地獄・極楽を否定し、現世の掟も無意味だと主張する。男児は日野家の跡を継ぎ、叔父にあたる正夫(=実の父でもある)が、後見人となる。
『グレゴーリウス』(ハルトマン)第1章 双子の王子と王女が同衾し、生まれた子(グレゴーリウス)を、小舟に乗せて海に流した→〔母子婚〕1。
『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』(河竹黙阿弥)「割下水伝吉内」〜「吉祥院本堂裏手墓地」 十九歳の夜鷹・おとせは、同じく十九歳の木屋の手代・十三郎と出会い、一目惚れする。二人は夫婦になるが、実は彼らは双子の兄妹だった(*→〔双子〕3a)。二人が真相を知れば悲嘆して死ぬことは自明なので、彼らの兄の和尚吉三は、二人が「兄妹である」と気づかぬうちに、刺し殺した。
『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ワルキューレ」 戦闘で傷ついたジークムントが、一軒家に宿を請う。彼が身の上を語ると、その家の主人フンディングは、ジークムントが自分たちの一族の敵であると知り、翌日の決闘を挑む(*→〔剣〕3)。一方、フンディングの妻ジークリンデは、ジークムントが昔生き別れた双子の兄であると悟る。春の月光の下、兄と妹は再会を喜んで抱き合い、やがて二人の間に英雄ジークフリートが誕生する。
『運命論者』(国木田独歩) 大塚信造は青年期に達してから、父母と思っていたのが養父母だったことを知る。実の父母はともに病没した、と彼は聞かされる。しかし実母は生きていた。信造は弁護士となり、恋人高橋里子と結婚して高橋家の養子になったが、義母高橋梅は、信造の実の母だった。梅は二十数年前、幼い信造と病気の夫とを捨て、情人と駆け落ちしたのである。信造は、知らずして異父妹を妻としたのだった。
*アーサー王は、知らずして異父姉と結婚する→〔おじ・おば〕8の『アーサーの死』(マロリー)第1巻第19章。
『サムエル記』下・13章 ダビデの長子アムノンは、異母妹タマルを恋し、犯した→〔父と息子〕6。
『真景累ケ淵』(三遊亭円朝) 深見新左衛門の次男新吉は、名主の妾お賤と夫婦になり、人殺しをはじめ様々な悪事をする。実はお賤は、新左衛門とその妾お熊との間の子であり、新吉は知らずに異母妹と夫婦になっていたのだった。
『砂の上の植物群』(吉行淳之介) 中年の妻帯者・伊木一郎は、バーのホステス津上京子と関係を持つ。ある時、亡父の友人から、一郎には腹違いの妹がおり、京子という名前で二十四〜五歳になっているはずだ、と聞かされ、「津上京子は異母妹かもしれぬ」と一郎は不安を抱く〔*しかし異母妹はすでに死んでおり、津上京子とは別人だった〕→〔姉妹〕2a。
『篁物語』 小野篁は、異母妹に漢籍を教えるうち恋心を抱くようになり、ついに彼女の寝室に入る。異母妹は懐妊し、怒った母によって一室に閉じこめられ、やがて死ぬ。
『日本書紀』巻20敏達天皇5年3月 敏達天皇は、異母妹豊御食炊屋姫尊(後の推古天皇)を皇后とした。
『我身にたどる姫君』 水尾帝の皇后宮と関白が密通し、姫君が生まれる。姫君は父母が誰であるかを知らされず、縁者の尼上のもとで育つ。関白の息子・三位中将(姫君の異母兄)と、水尾帝の皇子・二宮(姫君の異父兄)が、それぞれ姫君を見て思いを寄せる。三位中将は、姫君が自分の異母妹であることをやがて悟るが、二宮は姫君が異父妹であると知らぬまま、強引に関係を結ぼうとして拒否される〔*姫君は東宮と結婚し、後に中宮・女院となって、物語の終わり近くで、五十七歳で死去する〕。
『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」 ドリタラーシュトラ王の息子ドゥルヨーダナは、生まれるやいなや恐ろしい声で吠え、狼や禿鷹が騒ぎ、強風が吹き、方々で放火があり火事が起こった。バラモンたちが「このような凶兆をもって生まれた子は一族滅亡のもとになるから、捨てよ」と勧めたが、王はドゥルヨーダナを育てた。
『雨月物語』巻之3「吉備津の釜」 吉備津の宮に祈願する人は、神に湯を奉って占い、沸き上がる時に釜が鳴れば吉兆、鳴らねば凶兆である。正太郎と磯良(いそら)の婚儀の折は、神が不承知だったのであろうか、まったく音がしなかった。それでも二人は結婚し、ともに不幸な死にかたをした。
『西山物語』(建部綾足) 大森七郎の妹かへと、同族の八郎の息子宇須美とは恋仲だった。ところが八郎が二人の結婚を認めず、七郎がかへに花嫁衣装を着せて八郎宅へ乗りこんでも拒絶するので、ついに七郎は、その場でかへを刺し殺した。実は、「結婚すれば二人とも死ぬ。別れても一人が死ぬ」との占いがあったので、八郎は二人の結婚を認めなかったのだった。
『変身物語』(オヴィディウス)巻6 トラキア王テレウスと、アテナイ王の娘プロクネの婚儀に立ち会ったのは、エウメニデス(復讐の女神たち)だった。彼女たちの持つ松明は、どこかの葬列からさらい取って来たものだった。閨の棟には、不吉なふくろうがとまった〔*彼らの結婚は不幸な結果に終わった〕→〔人肉食〕4a。
*不倫の恋に関する凶兆→〔轢死〕3の『アンナ・カレーニナ』(トルストイ)。
『小栗(をぐり)』(説経) 照手姫は、夫小栗が白い浄衣姿で馬に逆鞍を置き北へ行く、という不吉な夢を見て、舅横山からの召しに応ぜぬよう請う。しかし小栗は出かけ、毒殺される。
『ジュリアス・シーザー』(シェイクスピア)第2〜3幕 三月十五日、生贄の獣の腹を裂くと心臓がないなど、さまざまな凶兆があった。シーザーは、妻キャルパーニアが止めるにもかかわらず元老院に出かけ、ブルータスらに暗殺された。
『捜神記』巻9−10(通巻246話) 呉の諸葛恪は、朝廷の会同に出る前夜、胸騒ぎがして眠れなかった。朝になって家を出ようとすると、飼い犬が繰り返し着物をくわえて引っ張った。諸葛恪は犬を追い払って参内し、暗殺された。
『デカメロン』第9日第7話 森の中で妻が狼に喰われる夢を、夫が見る。翌朝、夫は妻に夢の話をして、「今日は外出せぬように」と言う。しかし妻は、夫が森で浮気でもするつもりだろうと邪推し、森へ出かける。妻は狼に喰われ、大怪我をする。
『リチャード三世』(シェイクスピア)第3幕 ヘイスティングズ卿がロンドン塔での会議に出席する朝、盟友スタンレー卿から「グロスター家の紋所の猪に、兜をもぎ取られる夢を見た。注意せよ」との知らせがある。さらに馬が三度もつまづいたり、ロンドン塔の前で暴れ回ったりするが、ヘイスティングズ卿は会議に出席する。ヘイスティングズ卿は、グロスター公(=リチャード三世)から謀叛人の濡れ衣を着せられて、断頭台に送られる。
*→〔言霊〕5aの『摂津国風土記』逸文。
『イーゴリ公』(ボロディン)第1〜2幕 イーゴリ公が、ポロヴェッツ軍を討つべく戦場へ向かうことを、兵士たちや民衆に宣言する。その時日食が起こり、不安がる人々は、凶兆ゆえ出陣せぬよう請う。しかしイーゴリ公はポロヴェッツ軍と闘い、捕虜にされる。
『イリアス』第12歌・第14歌 トロイア軍がアカイア(=ギリシア)勢の防壁に攻め寄せようとした時、鷲が赤い大蛇をつかんで天空高くを横切る。蛇は抵抗して鷲に噛みつき、鷲は蛇を落として飛び去る。プリュダマス(ポリュダマス)はこれを凶兆と見るが、ヘクトルは構わずに兵を率いて防壁を破る。しかしヘクトルは、大アイアスの投げた石に撃たれて重傷を負う〔*鷲と蛇の組み合わせは→〔ウロボロス〕1の『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)「序説」にも見られる〕。
『日本書紀』巻26斉明天皇4年11月 三日、蘇我赤兄が斉明天皇の失政を数え上げて、有間皇子に謀反を勧めた。五日、赤兄の家の高殿で二人は謀議したが、脇息が突然折れたので、凶兆であるとして計画を中止した。その夜赤兄は、皇子の謀反を天皇に知らせた。
『平家物語』巻6「嗄(しわがれ)声」 越後守城太郎助長が木曽義仲追討に赴く前夜、大風と雷雨があり、空中から嗄声が「盧遮那仏を焼き滅ぼした平家に味方する者ここにあり。召し取れ」と三度叫んで通った。助長はこれを無視して出発したが、黒雲が頭上をおおい、助長は落馬して死んだ。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)236「旅人と烏」 旅人たちが、片目のつぶれた烏に出会う。一人が「凶兆だから引き返そう」と言うと、他の人が「この烏には、我々の将来を予言することなどできない。自分の片目を怪我することさえ防げなかったのだから」と言う。
『大鏡』「昔物語」 一条帝即位の日、大極殿の高御座の内に、髪の生えた頭で血のついたものが発見された。しかし、この報告をうけた大入道兼家は、眠って聞こえないふりをし、予定どおり祝典が行なわれて、後の祟りはなかった。
『捜神記』巻18−23(通巻435話) 李叔堅の家の飼い犬が突然人のごとく立って歩き、叔堅の冠をかぶって走ったり、竈の前で火を起こしたりした。家人たちは気味悪がり不安がったが、叔堅は「心配ない」と言って放っておいた。数日後に犬は死に、凶事は何も起こらなかった。
『徒然草』第206段 検非違使庁の評定中、牛が役所の中へ入り、長官の座の台上に横たわる。「重き怪異ゆえ、牛を陰陽師に遣わすべし」と役人たちが訴えるが、太政大臣実基はとりあわず、牛を持ち主に返し、牛の寝た畳を取り替える。それで特に凶事はなかった。
『宿直草』巻1−8 ある家に夜ごとにつぶてが打ちつけられ、隣家の人々が「天狗つぶて打つ家は焼亡の難有り。加事祓えなどし給え」と勧める。その家の主人は特に騒ぐこともなく格別の祈りもしなかったが、災いはおこらず、無事にその家に住み通した。
『琴のそら音』(夏目漱石) 「余(靖雄)」の婚約者露子が、インフルエンザにかかる。友人の津田君が、インフルエンザから肺炎になって死んだ女の話をするので、「余」は不安になる。「余」は夜道で、赤ん坊の棺桶とすれ違い、人魂のごとき提灯火を見る。下宿へ帰ると、婆やが「犬の遠吠えが只事でない」と言う。翌朝、「余」は露子の家へ駆けつけるが、幸い露子はすっかり回復していて、「余」の心配は取り越し苦労だった。
*インフルエンザで若い娘が死ぬ→〔病気〕5の『愛と死』(武者小路実篤)。
『大鏡』「昔物語」 大宮(=太皇太后)彰子が幼少の頃、春日神社に参詣した時、つむじ風が吹いて神前の御供物を巻き上げ、東大寺の大仏殿の前に落とした。「藤原氏の氏神である春日明神に供えた御供物が、源氏の氏寺の東大寺に取られたのは、不吉なことだ」と世間の人は噂した。しかしその後長く藤原氏が繁栄しているところから見ると、あれは吉兆だったと思われる。
*鏡が割れる→〔鏡〕8。
*罎に映る自分の顔を見て、「凶」を感じる→〔瓶(びん)〕3の『凶』(芥川龍之介)。
*関連項目→〔演技〕
『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』(河竹黙阿弥)3幕目「雪の下浜松屋の場」 武家娘(=実は弁天小僧)と供の若党(=南郷力丸)が、呉服屋浜松屋をゆする(*→〔ゆすり〕1)。そこへ玉島逸当という武士が現れ、「その娘は男であろう」と言って二人の正体をあばき、店から追い払う。しかし玉島逸当は、大盗賊の日本駄右衛門であった。駄右衛門・弁天・南郷は同じ一味で、浜松屋に駄右衛門を信用させるために、芝居をしたのだった。
『大鏡』「時平伝」 過差(=贅沢)の制の厳しい折、左大臣藤原時平が禁制を破った華やかな装束で参内した。醍醐帝がこれを見咎め、「ただちに退出せよ」と命じ、時平は恐懼して一ヵ月ほど謹慎する。実はこれは、世間の過差を鎮めるため、時平と帝が心を合わせてしたことだった〔*『心中宵庚申』(近松門左衛門)上之巻「城主饗応」に類似の物語がある〕。
『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)「発端」 弥次郎兵衛と女房おふつの家を、駿河武士とその妹が訪れる。武士は「妹と弥次郎兵衛はかつて国元で密かに通じていたゆえ、是非二人を夫婦にさせる」と言うが、弥次郎兵衛は「女房おふつを捨てて新たに妻を持つことなど、できぬ」とはねつける。二人のやりとりを聞いたおふつは、自ら身を引く決心をし、去り状を取って出て行く。実は武士も妹も弥次郎兵衛の仲間で、おふつを離縁するために、三人で一芝居打ったのだった。
『不連続殺人事件』(坂口安吾) 歌川一馬の山邸に、文学者・画家・女優など十余名が呼び寄せられる。画家土居光一は、一馬の妻あやかと同棲していたことがあるが、今では光一とあやかは犬猿の仲で、罵りあい派手な喧嘩をする。しかしそれは人々の目を欺く演技であり、二人は共謀して連続殺人を犯す。その最終目的は、一馬を殺して財産を二人のものにすることだった。
『義経千本桜』2段目「渡海屋」 義経一行が渡海屋銀平のもとに身を寄せ、船出の日和待ちをする。北条の武士が来て「義経征討のため船を貸せ」と言うが、銀平は「先客もあるゆえそれはできぬ」と断り、争った末、武士を追い払う。実は銀平は平知盛、北条武士はその手下で、彼らは芝居をして、義経が銀平を味方と思うよう仕組んだのだった。
*友達どうしである赤おにと青おにが、けんかのふりをする→〔鬼〕8の『泣いた赤おに』(浜田広介)。
*免罪符売りと警吏が、対立するふりをする→〔守り札〕5の『ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯』第5話。
『ぐるでだます』(昔話) 旅の男Aが、「雄の三毛猫がいたら高値で買いたいので、入手してほしい」と言って、手付金十両を、金持ちの婆に渡す。翌日、Aの仲間であるBが、雄の三毛猫を四十両で売りに来る。婆は四十両をBに払って猫を買い、それをもっと高くAに売ろうと考える。ところがいくら待ってもAはやって来ない。婆は十両を得て四十両を失った。
『耳袋』巻之9「多欲の人かたりに逢ひし事」 男が菓子商人の店で饅頭二百文を買い求め、「代金を忘れたので取って来る」と言って、脇差しをカタに置いて去る。その後に、侍が菓子折を注文しに来てその脇差に目を止め、「これは百両もする名刀だ」と商人に教える。商人は欲にかられ、饅頭の代金を持って来た男に三十両を支払って、脇差しを買い取る。実は、男と侍は仲間だった。二人は、安価な脇差しを高く売りつけるべく芝居をしたのである〔*『半七捕物帳』(岡本綺堂)「仮面(めん)」が、道具屋の古面を巡って、途中までこれと同様の展開をする〕。
『裏切り者と英雄のテーマ』(ボルヘス) 革命の指導者キルパトリックが裏切り行為をして、同志たちから死刑を宣告される。しかしキルパトリックの卑劣さが外部に知られると、革命運動そのものが挫折するので、「英雄キルパトリックが暗殺者の銃弾に倒れる」という筋書きを作り、大勢がそれを演じる。キルパトリックも、自らの死を栄光あるものにするため熱心に演技し、筋書きどおりに殺される。
『オリエント急行殺人事件』(クリスティ) 極悪人カセティがアームストロング家の幼女を誘拐して殺し、その両親をも死にいたらしめるが、証拠不十分で釈放される。アームストロング家の縁者十二人が復讐を誓い、名前を偽り職業を変えて、カセティが乗るオリエント急行の寝台車に偶然乗り合わせたようによそおう。十二人は短剣でカセティを一刺しずつ刺して殺し、互いのアリバイを証明し合う。
★5a.茶番。仲間同士が示し合わせ、大勢の人がいる所で仇討ちや身投げなどの騒ぎを起こし、最後にオチをつけて、「何だ。芝居だったのか」と皆を驚かせ面白がらせる趣向。江戸時代後期に流行した。
『花暦八笑人』(瀧亭鯉丈)初篇1〜2 遊び人たちが、人殺しの浪人・仇討ちの巡礼・旅の六部(=修行者)などの扮装をして、花見客でにぎわう飛鳥山へ行く。浪人と巡礼が斬り合い、そこへ六部が仲裁に入って、笈の中から酒や肴を出す。皆は仲良く酒盛りをして花見客を驚かす、という趣向である。ところが六部の来るのが遅れ、おまけに本物の武士が現れて巡礼に助太刀する。浪人も巡礼も逃げ出し、茶番は失敗に終わる。
『花見の仇討ち』(落語) 遊び仲間たちが上野の花見に繰り出して、仇討ちの茶番を演じる。ところが仲裁の六部が来る前に、本物の武士が現れて助太刀を申し出るので、敵(かたき)役の浪人はもとより、仇を討つはずの巡礼も、こわがって逃げる。武士が巡礼に「逃げるには及ばぬ。勝負は五分(ごぶ)と見えたぞ」と呼びかけると、巡礼は「肝心の六部が見えませぬ」。
『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「花見の仇討」 商家の若主人と仲間たちが、花見時の飛鳥山で仇討ちの茶番(*→〔共謀〕5a)を演じる。若主人に恨みを抱く者がこれを利用し、敵(かたき)役の虚無僧姿になり、天蓋で顔を隠して、巡礼役の若主人を斬り殺す。犯人は茶店の娘で、犯行後、父親の茶店に身を隠して着替えた。
*素人芝居を利用して、人を殺す→〔芝居〕5の『半七捕物帳』(岡本綺堂)「勘平の死」。
『サムエル記』上・第17章 背丈六アンマ(キュビト)半の巨人ゴリアト(ゴリアテ)と、少年ダビデとが一騎討ちをする。ダビデは、石投げ紐で小石を飛ばし、ゴリアトの額にめりこませて倒す。ダビデは、ゴリアトの剣で彼の首をはねる。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第10章 トリスタンは、巨人モロルトと海上の小島で試合をする。彼は毒剣で傷つきながらも巨人を打ち倒す。トリスタンの剣のきっさきは、モロルトの頭蓋骨の中に残った。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第25章 またトリスタンは、貢ぎ物を要求する巨人ウルガーンと戦い、その片手を切り落とし両眼を潰して、橋から突き落とす。
『ドン・キホーテ』(セルバンテス)前編第8章 ドン・キホーテは、立ち並ぶ風車を巨人の群れと考えて攻撃するが、風車の翼にはじき飛ばされる。
『ガリヴァー旅行記』(スウィフト)第2篇 「私(ガリヴァー)」は小人国から帰った後、再び航海に出て、一七〇三年六月十六日、身の丈六十フィート以上の巨人たちが住むブロブディンナグ国に漂着した。「私」は巨人たちの見世物にされた後、王妃に気に入られて宮廷のペットになった。二年余りたったある日、「私」は箱に入ったまま鷲にさらわれ、海に落とされた。さいわい英国船に救助され、「私」は帰国した。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第44〜47章 トールとロキと二人の召使が、巨人の国ヨトゥンヘイムを訪れる。彼らは巨人王ウートガルザ=ロキに対面して、王の側近と肉の食べくらべ・競走・相撲をし、海に通ずる杯で酒を飲み、ミズガルズ蛇の化身である重い猫を持ち上げる。
『風流志道軒伝』巻之3 浅之進(志道軒)は、風来仙人から得た羽扇の上に坐して海を渡り、身長二丈余りの巨人たちの住む島へ着く。彼はそこで見せ物にされたので、羽扇を使って空を飛び、脱出する。
『天路歴程』(バニヤン) 巡礼の旅をするクリスチャンとホウプフルが、「疑惑の城」に住む巨人ディスペーアに捕らえられ、土牢に入れられる。しかしクリスチャンは、「プロミス」という鍵で牢の戸と城門を開けて脱出し、目的地である天の都にいたる(第1部)。後、クリスチャンの妻クリスティアナが夫のあとを追って、子供たちとともに旅に出る。同行するグレートハートが、巨人ディスペーアの首を斬って退治し、「疑惑の城」を取り壊す。クリスティアナたちも、やがて一人ずつ天の都に召される(第2部)。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第7〜8章 オーディンたちが巨人ユミルを殺した。彼らはユミルの肉から大地を、血から海を、骨から岩石を、頭蓋骨から天を作った〔*睫毛は砦となった〕→〔眉毛・睫毛〕5。
『述異記』(祖冲之) 昔、巨人盤古が死ぬと、その頭は四岳になり、二つの眼は太陽と月になった。脂膏(あぶら)は流れて川や海になった。髪の毛は草や木になった。
『変身物語』(オヴィディウス)巻4 ペルセウスが巨人アトラスにメドゥサの首を突きつけると、アトラスは山に変わった。ひげと髪が木々に、肩と手が尾根に、頭が山頂に、骨は石になり、全天空が無数の星々とともにアトラスの上に乗った。
『リグ・ヴェーダ』「原人讃歌」 原人プルシャは千頭・千眼・千足を有していた。神々がプルシャを犠牲獣として祭祀を行なった時、プルシャから馬・牛・山羊・羊などが生じ、身体を分割すると四つのカーストが生じた。さらに意から月が、眼から太陽が、口からインドラとアグニが、息から風が、臍から空界が、頭から天界が、両足から大地が、耳から方位が生じた。
*巨人の成長とともに天地が分かれる→〔天地〕2の『三五歴紀』。
『月の女神をほしがった巨人』(インドネシアの昔話) 巨人カララウが月の女神を呑もうとするので、ウィスヌ神が弓でカララウの首を射る。頭と胴体が離れ、胴体は地上に落ちて、こなごなに砕け散る。その破片は、作物の害虫や雑草になった。
『常陸国風土記』那賀の郡 遠い昔、たいそう背の高い人がいて、身体は丘の上にすわっていながら、手で海辺の大蛤をほじくって食べるほどだった。その人の足跡は、長さ四十余歩(=七十メートル余り)、幅二十余歩であった。
*巨人の足跡→〔足跡〕6。
『捜神記』巻13−2(通巻320話) 華山と嶽山は、もとは一つの山であり、黄河は山の回りを曲がって流れていた。黄河の神の巨霊が手で頂上を引き裂き、山を真っ二つに分けて、川が流れやすいようにした。
『播磨国風土記』揖保の郡美奈志川 石龍比古命(いはたつひこのみこと)と、その妻石龍比売命(いはたつひめのみこと)が、川の水をそれぞれ自分の村に引こうと、争った。夫の神は、山の峰を足で踏み崩して、水を北へ流した。妻の神は、櫛で流水を塞ぎ、水路を南へ変えた。
『遠野物語拾遺』170 ノリコシという化け物は、影法師のようなものだ。最初は小坊主の姿で現れるが、はっきりしないのでよく見ると、そのたびにめきめきと丈(たけ)がのびて、ついには見上げるまでに大きくなる。だからノリコシが現れたら、はじめに頭部を見て、だんだんに下へ見下ろして行けば、消えてしまう。
『閹人あるいは無実のあかし』(澁澤龍彦『唐草物語』) シリア王が「妃ストラトニケーの長旅の護衛をせよ」と、美男のコムバボスに命ずる。コムバボスは「旅中の王妃と私の仲を、王は必ず疑うだろう。旅から帰ったら、私は殺されるだろう」と恐れ、旅に出る前に自らを去勢してしまった(*→〔箱〕3a)。別伝では、コムバボスと王妃は関係を持とうとした。緊張の余りコムバボスは勃起しなかったので、彼は恥じて刃物で性器を切断したのだという。
*同様の状況で、美女のばあいは自分の顔を焼く→〔自傷行為〕7の『夏祭浪花鑑』「釣舟三ぶ内の場」。
『聊斎志異』巻9−347「単父宰」 五十歳過ぎの男が、若い後妻をめとった。男の息子二人が、「これ以上子供が生まれないようにしよう」と考え、父親が酔ったのに乗じて、睾丸を割き、薬でくっつけておく。父親はそのことに気づいたが、黙っていた。やがて傷が治ったので、父親は閨房に入る。傷口が口を開け、出血が止まらず、父親は死んだ。
『アベラールとエロイーズ 愛の往復書簡』第1書簡「厄災の記」 神学者の「私(アベラール)」は教え子のエロイーズと恋愛関係になり、エロイーズは妊娠して男児を産む。「私」たちは、結婚したことを内密にしておきたいと考え、男児を「私」の妹に預けて、エロイーズを修道院へ入れる。エロイーズの親族たちは怒り、「私」の召使いを買収して、残酷な仕打ちをする。「私」は就寝中に、召使いの手で去勢されたのである。
『史記』「太史公自序」第70 『史記』の編纂に着手して七年目、太史公・司馬遷は、敗軍の将・李陵を弁護したために武帝の怒りをかい、宮刑に処せられた。司馬遷は、「昔、孔子は陳・蔡の間に困苦して『春秋』を作り、屈原は放逐されて『離騒』を著した。人は皆、心に鬱結するところがあるゆえに、往時を述べて未来を思うのだ」と考えて奮起し、『史記』百三十篇、五十二万六千五百字を完成させた。
『サラジーヌ』(バルザック) 天才的彫刻家サラジーヌは、美貌のプリマドンナ、ラ・ザンビネッラを恋し、結婚したいと願う。しかしラ・ザンビネッラは女ではなく、カストラート(去勢歌手)だった。それを知ったサラジーヌは、剣を抜いてラ・ザンビネッラを斬ろうとするが、逆に、ラ・ザンビネッラのパトロン、チコニャーラ枢機卿が放った刺客によって殺されてしまう。ラ・ザンビネッラは後に巨富を得、痩せた小柄な老人となっても社交界に出入りしていた。
*去勢され、殺される→〔アイデンティティ〕5の『八月の光』(フォークナー)。
『太平広記』巻434所引『湘中記』 農夫が牛を連れて漁夫の渡し船に乗る。牛が船中に糞をし、農夫は「これが渡し賃だ」と言って去る。漁夫は怒って糞を川に捨てるが、すべて捨て終わろうとした時、それが黄金であると気づく。
*石牛が金を排泄するように見せかける→〔像〕11の『十訓抄』第7−26。
『金(かね)ひり馬』(昔話) 知恵者の吉五が、「この馬は毎日金(きん)の糞をする」と言って、百姓に高く売りつける。百姓は麦や大豆や唐黍の餌を馬に与えるが、普通の糞をするだけなので、吉五に文句を言う。吉五は、「金が欲しいなら、金を食わせなければならない」と答える(熊本県阿蘇郡小国町)。
『太平広記』巻401所引『稽神録』 建安の某の下僕の少年が、町へ使いに行く途中に塚を通ると、いつも黄衣の小児が現れて相撲を挑む。これを聞いた某は、草中に隠れ、黄衣の小児が出て来るところを槌で撃つ。小児は黄金に変わり、某の家は金持ちになる。
*死骸が黄金に変ずる→〔死体〕1aの『今昔物語集』巻16−29・〔死体〕1bの『今昔物語集』巻2−12・〔宿〕2の『大歳の客』(昔話)。
『黄金狂時代』(チャップリン) 大勢の男たちが、金鉱を探しに雪のアラスカを目指す。山高帽にフロックコートを着、ステッキを持った浮浪者チャーリーも、一攫千金をねらうが、猛吹雪にあって山小屋へ避難する。彼はそこで凶悪犯と鉢合わせしたり、飢えて靴を食べたりの苦労をする。嵐で山小屋が断崖まで吹き飛ばされ、チャーリーと仲間のジムは、山小屋が崖下へ落ちる寸前に脱出する。二人は崖の近くに金鉱を発見して、大金持ちになる。
『荒野の呼び声』(ロンドン) 一八九七年、アラスカ地方で金鉱が発見され、世界中の人々が、凍った北国へ殺到した。橇(そり)を引く強い犬たちがたくさん必要になり、高値で取り引きされる。大型犬バックは、カリフォルニアのミラー判事の屋敷に飼われていた。屋敷の使用人がバックを盗み出し、アラスカへ売り飛ばす。バックは、はじめて見る雪に驚きつつも、まもなく優秀な橇犬になる。
『月世界の女』(ラング) マンフェルト博士は「月には莫大な金鉱がある」との学説を発表し、嘲笑された。博士は、男三人・女一人・少年一人とともに宇宙船で月へ行き、金鉱を発見する。博士は自説の正しさが証明されたので狂喜するが、深い穴に落ちて死んでしまう。男三人のうち一人が金(きん)を独り占めしようとして、他の二人と争い、殺される。結局、男二人・女・少年が生き残り、地球へ帰ることになる→〔人数〕5b。
*→〔宝〕10cの『黄金』(ヒューストン)。
『ゴールドフィンガー』(ハミルトン) ゴールドフィンガーは金塊の密輸等の悪事をはたらき、巨富を得ていた。彼の手先であった美女ジルを、ジェイムズ・ボンドが誘惑する。ジルはボンドとベッドをともにして、ゴールドフィンガーを裏切ったため、全身に金粉を塗られる。彼女は皮膚呼吸ができず、金色の死体と化して、ベッド上に放置された。
『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「金色(こんじき)の処女(おとめ)」 将軍家光に怨みを抱く男が、欧州渡来の悪魔を祭る呪法を行なって、家光を殺そうとたくらむ。全身に金箔を置いた処女を、悪魔へのいけにえとして捧げるため、男は江戸市中の美女を何人もさらう。水茶屋の看板娘お静も捕らわれ、金色の処女と化すが、銭形平次が彼女を救い出す〔*銭形平次シリーズの第1作。お静は平次の妻となる〕。
『金色の死』(谷崎潤一郎) 財産家で美男の岡村君は、「すべての芸術は人間の肉体美から始まる」と主張し、理想の芸術の天国を造り上げて、友人の「私」を招く。十日間続いた饗宴の最後の晩には、大勢の美男美女が羅漢や菩薩や悪鬼や羅刹の装いをし、岡村君自身は満身に金箔を塗抹して如来の尊容を現じた。ところが彼は、金箔のために体中の毛孔を塞がれて死んでしまう。羅漢や菩薩や悪鬼や羅刹が金色の死体の下に跪いて泣く光景は、そのまま一幅の大涅槃図だった。
『ろばの皮』(ペロー) ある国の王の厩舎に飼われている一頭のろばは、決して汚物をたれ流さず、その代わりに金貨をひねり出す。しかし王が娘の王女との結婚を望み、ろばを殺して皮を王女に与える(*→〔難題〕1c)。王女はろばの皮をかぶって城を逃げ出し、農家の下女となり、やがて他国の王子と結婚する。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第5日第1話 貧しい姉妹が買った鵞鳥が、多くの金貨を産む。隣人が鵞鳥を借りて金貨を産ませようとするが、産まないので、鵞鳥を絞め殺して捨てる。しかし鵞鳥は死なず、そこに来た王子に噛みつく。これがきっかけで王子は妹娘と結婚し、姉娘も金持ちと結婚する。
*鳥が金の卵を産む→〔卵〕2。
*黄金の鳥の心臓・肝臓を食べたため、毎朝枕の下から金貨が見つかる→〔枕〕5。
『森の中の三人の小人』(グリム)KHM13 雪の中、継母の言いつけで山いちごを取りに出かけた娘が、森で三人の小人に出会う。持っていた固パンを小人たちに分けてやると、小人たちは、お礼に、娘が一言しゃべるたびに口から金貨が出るようにしてくれる。
『ローマ皇帝伝』(スエトニウス)第4巻「カリグラ」 皇帝カリグラは、「お金(かね)に触れたい」との強い欲求を持っていた。彼は晩年、たびたび無数の金貨を山と積み、広々とした場所にばらまいて、その上を裸足で散歩した。また、金貨の上を全身で転げ廻ることもあった。
*身体に触れるものがすべて黄金になる→〔願い事〕3の『変身物語』巻11(ミダス王)。
『金貨』(森鴎外) 左官の八は軍人の家へ盗みに入り、珍しい西洋貨幣を七〜八枚取った。それは、軍人が洋行した時に集めたものだった。金色燦然たる大きな貨幣が一枚あり、八はそれを「貴重な金貨だ」と思って喜んだが、実際は安い銅貨にすぎなかった。八はあっさり捕まり、軍人は八が何も知らないのをおかしがって、放免してやった。
*金貨の代わりの黄色いトマト→〔金〕9aの『黄いろのトマト』(宮沢賢治)。
『黄金伝説』46「聖グレゴリウス」 聖グレゴリウスの頭には、しばしば聖霊が鳩の姿をしてとまっていた。それを見た助祭ペトルスは、「このことを公言したら死なねばならぬ」と言われたが、聖グレゴリウスの死後、彼の聖性を証明するため、聖霊の鳩の奇跡を宣誓し、その場で死んだ。
『カンタベリー物語』「バースの女房の話」 フリジアの王ミーダ(=ミダス)は、ろばのような長い耳を持っていた。王は髪を伸ばしてそれを隠し、妻にも、このことを他人に言わないよう頼んだ。しかし妻は、やがて秘密を守ることに耐えられなくなり、沼地の水に口をつけて「夫の耳はろばの耳」とささやいた〔*原話である『変身物語』(オヴィデイウス)巻11では、妻ではなく、理髪師がろばの耳に気づく(*→〔理髪師〕3a)。また、「ミダス王が理髪師に、ろばの耳の秘密の口外を禁じた」というような記述はない〕。
『源平布引滝』初段 布引の滝壺へ入った難波六郎常俊は、水底で出会った女から平家滅亡の神託を聞き、「このことを帰っても言い聞かすな。言えば命を失うであろう」と、口止めされる。彼は滝壺から上がって神託を平重盛に報告し、その直後に雷電に撃たれて死ぬ〔*4段目で、これがすべて芝居であったことが明かされる〕。
『富士の人穴』(御伽草子) 仁田四郎忠綱が富士の人穴へ入り、富士浅間大菩薩の案内で六道を巡る。大菩薩は、地獄極楽の有様を三年三月の間他言することを禁ずるが、本国へ帰った仁田は、主君頼家の命令で人穴の中の体験を物語り、その場で命を失う。
『雪おんな』(小泉八雲『怪談』) 雪おんなに出会った巳之吉は(*→〔雪女〕1)、「今夜見たことを誰にも話してはいけない」と口どめされる。翌年、彼はお雪という美しい娘(=実は雪おんな)と結婚し、十人の子を得て幸福に暮らすが、ある夜、昔の恐ろしい思い出をお雪に語ってしまう。お雪は「子供がなかったら、今すぐ貴方を殺したところだ」と言い捨てて、白い霧に化し、去る。
『エーレク』(ハルトマン)第3章 騎士エーレクが、妻エーニーテとともに騎行する。エーレクは、妻に前を行けと命じ、「旅の途上、何を聞こうと何を見ようと口をきくな。守らねば命はない」と言い渡す。
『今昔物語集』巻5−24 亀が棒をくわえ、二羽の鶴が棒の両端をくわえて、空を飛ぶ。「しゃべってはいけない」との戒めを忘れ、亀は鶴に話しかけ、墜死する。
『七賢人物語』 七歳の時から七賢人に教育されたディオクレティアーヌス王子が、十六年ぶりに父皇帝のもとへ召される。七賢人と王子は星占いをして、皇帝のもとへ行けば王子は死刑の判決を受けるが、七日間一言も発しなければ命は助かることを知る。王子は、継母にあたる妃を犯そうとしたとの嫌疑で牢獄に入れられ、七日間を無言で堪え忍ぶ→〔物語〕5b。
『封神演義』第24回 自らの手で心臓を抉り出した宰相比干は、「絶対に口をきいてはならぬ」と姜子牙から禁ぜられていた。しかし、野菜売りの老婆が「無心官(心なしの役人)」とののしったのを、比干は「無心肝(心臓がない)」と聞き取り、思わず「心臓がなければどうなる」と老婆に問いかけた。老婆は「すぐに死にます」と答え、それを聞いた比干は即座に絶命した。
『魔笛』(モーツァルト)第2幕 王子タミーノと鳥刺しパパゲーノはそれぞれの伴侶を得るために、賢者ザラストロに命ぜられて、沈黙の試練を受ける。王子タミーノは沈黙を守り、恋人パミーナに対しても口を開かず、彼女を悲しませ去らせて、試練に合格し、パミーナと結ばれる。鳥刺しパパゲーノはしゃべったためにいったん罰せられるが、最後には美しい娘パパゲーナを得る。
*→〔無言〕に関連記事。
『ドイツ伝説集』(グリム)540「白鳥の騎士」 白鳥の曳く小舟に乗って現れたヘリアスは、妻クラリッサに「私の氏素性を問うな。禁を破ったら別れねばならぬ」と言い渡す。数年後、クラリッサは禁ぜられた問いを発し、ヘリアスは小舟に乗って去る〔*同・541「ライン河の白鳥の舟」も類話。同・542「ブラバントのローエングリーン」では、ローエングリーンが妻エルザムに氏素性を問うことを禁じ、妻が禁を破ると、「自分はパルツィファルの子で、神によって聖杯の城から遣わされたのだ」と告げて去る。同・543「ロートリンゲンでのローエングリーンの最期」・544「白鳥の騎士」も関連の物語〕。
『パルチヴァール』(エッシェンバハ)第3巻・第5巻 少年パルチヴァールは旅に出て、老騎士グルネマンツの城にいたる。パルチヴァールはグルネマンツのもとで騎士道を学び、「むやみにものを尋ねてはいけない」と教えられる。そのため、パルチヴァールは聖杯城を訪れた時、城主アンフォルタス王の苦しみの理由を問わずに去る→〔おじ・おば〕7。
『ローエングリン』(ワーグナー) 白鳥の引く小舟に乗る騎士が、妻エリザに「私の名前と素性を問うな。禁を破ったら別れねばならぬ」と言い渡す。しかしエリザは、魔女オルトルートにそそのかされて、禁ぜられた問いを発する。騎士は、「私は聖杯城の王パルジファルの息子ローエングリンである」と告げて、聖杯の国に去る。
『大鏡』「三条院」 斎宮が伊勢へ下る時、帝が別れの櫛を斎宮の髪にさしてからは、互いにふりかえらぬのが定めであった。しかし三条院はふりかえって、斎宮(第一皇女・当子内親王)の姿を見たのだった。そのゆえであろうか、三条院は上皇になってから、目が見えなくなった。
『三国伝記』巻5−20 三人の旅人が、孫鏡から瓜と飯を供された礼に彼に福運を与え、「山を下る時百歩の間ふりかえるな」と告げる。孫鏡が六十歩でふりかえると、三人は白鳥と化して天に飛び去った。
『創世記』第19章 主(しゅ)は、硫黄の火を降らせてソドムとゴモラの町を滅ぼした。ただし、ソドムの町に住むロトは正しい人だったので、前もって主の使い二人が来て、「妻と二人の娘を連れて逃げよ」と教えた。そこでロトの一家は町の外へ避難した。しかし、主から「後ろを見るな」と禁じられていたにもかかわらず、ロトの妻はふりかえり、塩の柱になった〔*→〔水没〕1の『呂氏春秋』巻14、女が空桑に化す物語と類似する〕。
『天国と地獄』(オッフェンバック)第2幕 地上に出るまで後ろを振り返らぬとの条件で、夫オルフェオは妻ユリディスを連れて地獄から出て行く。ところがジュピテルが雷を鳴らしたために、オルフェオは驚いて振り返り、オルフェオとユリディスの離婚が成立する。ジュピテルは、ユリディスを酒神バッコスの巫女にする→〔人妻〕1。
『変身物語』(オヴィディウス)巻10 冥府を訪れたオルフェウスは、死んだ妻エウリュディケを連れ帰ることを許されるが、「地上に出るまで後ろをふりかえってはならない」と禁ぜられる。しかし、あと少しという所で、不安にかられた夫は妻の姿を求めて後ろを見、エウリュディケは冥府へ引き戻される〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第3章に簡略な記事。*→〔禁忌〕5の映画『オルフェ』(コクトー)では、現世に戻ってからも妻を見てはならない。*→〔憑依〕8bの映画『黒いオルフェ』(カミュ)では、振り返ると老婆がいた〕。
『黄金のろば』(アプレイウス)巻5 プシュケの夫は夜にだけやって来て、姿を見せることがない。ある時、プシュケが二人の姉を宮殿に招こうとするので、夫は「お前の姉たちは、私の姿を見るようにそそのかすだろうが、けっして私を見てはならぬ」と禁じる→〔夫〕4。
『オルフェ』(コクトー) オルフェが妻ユリディスを冥府から連れ帰るに際しては、「現世へ戻っても、妻の姿を見てはならぬ」との条件がついていた。オルフェは妻を見ぬようにして暮らすが、その一方で彼は、冥府の王女(=死神)を愛し始めていた。ユリディスは絶望し、自動車のバックミラーに映る自分の顔を、オルフェに見せる。瞬時にユリディスの身体は消え、冥府に運ばれる〔*その後オルフェも死ぬが、最後には王女が二人を生き返らせる〕。
『夕鶴』(木下順二) 鶴の化身である「つう」は、百姓「与ひょう」の妻となり、自分の羽根を抜いて美しい布を織る。「機屋(はたや)をのぞいてはいけない」との「つう」の言いつけを、「与ひょう」は固く守り、決して見ようとはしない。しかし、「布を都で高く売ろう」とたくらむ欲張りの「惣ど」「運ず」が、機屋をのぞき見て、「鶴がいる」と「与ひょう」に教える。「与ひょう」は不思議に思い、ためらいながらも、とうとう機屋をのぞいてしまう。
*→〔のぞき見〕1bの『古事記』上巻(トヨタマビメ)・『鶴女房』(昔話)・『メリュジーヌ物語』(クードレット)。
*→〔冥界行〕5の『古事記』上巻(イザナミ)。
*→〔蛇女房〕1の『田村の草子』(御伽草子)・『蛇の玉』(昔話)。
*見てはならぬ四季の部屋→〔部屋〕1c。
*見てはならぬ死体の部屋→〔部屋〕2c。
『シャタパタ・ブラーフマナ』 天女ウルヴァシーは、「汝の裸身を私に見せないように」と禁じて、プルーラヴァスと結婚する。ところが半神族のガンダルヴァたちが、時ならぬ稲妻を光らせたので、ウルヴァシーは夫の裸身を見てしまい、それ以来彼女は姿を消す。
『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」 パリクシット王が、森で会った美女に求婚する。「水を見せてはならない」という条件で、美女は王と結婚する。ある時、王は妻を森の隅の池へ連れて行き、水浴を勧める。妻は池に入って姿を消す。水をかい出すと池の底に一匹の蛙がおり、妻の正体が蛙であることがわかる。
『幻獣辞典』(ボルヘス他)「マンドレイク」 マンドレイクは植物であるが、人間の形をしていて、性別もある。地面から引き抜くとマンドレイクは叫び声をあげ、この声を聞いた者は気が狂う。一説に、マンドレイクは絞首台の下に生えるという。
鮭の大助の伝説 秋の終わり頃。鮭の大助が、多くの鮭を率いて海から最上川へ入り、「鮭の大助、今上る」と言って、鮭川をさかのぼる。その声を聞いた人は、年内に死んでしまう。そこで大助の上る夜には、村人は酒を飲み騒ぎたてて、大助の声が耳に入らないようにする(山形県新庄市)。
*携帯電話で自分の断末魔の声を聞いた人は、予告された日時に死ぬ→〔電話〕7の『着信アリ』(三池崇史)。
『皿屋敷』(落語) 皿屋敷の古井戸から毎晩お菊の幽霊が出て、「一枚、二枚、・・・・」と皿を数える(*→〔井戸〕1bの『番町皿屋敷』)。九枚まで数えるのを聞くと死ぬ、というので、近所の連中が集まって、七枚あたりまで数えるのを聞いては、皆逃げ帰る。ある夜、お菊が皿を十八枚まで数えたので、見物人がわけを聞くと、お菊は「二日分数えておいて明晩は休む」と答えた。
『粉河寺縁起』 仏師が、「七日のうちに仏像を作る。それまで来て見るな。作り終えたら汝の宅の戸を叩こう」と大伴孔子古に告げる。孔子古は七日待ち、八日目の払暁に戸を打つ音がしたので行って見ると、金の千手観音像があり、仏師の姿はなかった。
『祝詞』「鎮火(ほしづめ)の祭」 イザナキ・イザナミは夫婦となって、国や島や神々を産む。イザナミは火(ほ)結びの神を産んだために性器を焼かれ、岩に隠れる。イザナミは「七日七夜、私を見ないで下さい」と禁ずるが、イザナキは、七日を待たずにイザナミの姿を見てしまう。イザナミはイザナキに、「あなたは上つ国を治めなさい。私は下つ国を治めましょう」と言い、二神は別れた。
『田村の草子』(御伽草子) 益田が池の大蛇の化身である妻が子を産む時、「産屋に七日間立ち入るな」と、夫・藤原俊祐に命ずる。しかし俊祐は七日目に、産屋をのぞき見る(*→〔蛇女房〕1)。八日目まで待てば、生まれた子(俊仁)は日本のあるじとなるはずだった〔*日本のあるじになりそこねた俊仁は、成長後、将軍となって、陸奥国のあくる(=悪路)王を退治する〕。
龍犬盤瓠(ばんこ)王となる(中国・ヤオ族の神話) 王女が、龍犬の妻になる。龍犬が「私を蒸籠(せいろう)の中で七日七晩蒸(む)せば、体毛が抜け落ちて人間になる」と教えたので、妻は龍犬を蒸籠で蒸す。六日六晩たった時、妻は「龍犬が死んでしまったのではないか」と心配し、ふたを開ける。龍犬は人間に変わっていたが、蒸す時間が足りなかったため、頭と脇とすねに毛が残った→〔犬婿〕2。
*百日間待たねばならぬ禁忌→〔百〕1。
『今昔物語集』巻31−19 愛宕寺の鐘を鋳造する鋳物師が、人が撞かなくとも毎日二時間おきに自然に鳴る鐘にしようとする。そのためには、鐘を土中に埋め丸三年たって掘り出さなければならない。一日早くても一日遅くてもいけない。しかし、三年目に寺の別当が待ちきれず掘り出したため、ただの普通の鐘になってしまった。
『捜神記』巻16−21(通巻396話) 四十男の談生が美女と結婚する。女は「三年間私の身体をあかりで照らすな」と言う。二人の間には子も生まれるが、二年後、談生は眠る女をあかりで照らす。女の腰から上は普通に肉がついていたが、腰から下は白骨だった。「もう少しで生き返れたのに、なぜあと一年待てなかったのか」と女は言う。
*男が百日間待てなかったために、女が水となって流れ失せる→〔百〕1の『長谷雄草子』(御伽草子)。
『浜松中納言物語』巻4 中納言は、吉野山の尼君の死後(*→〔雲〕6)、その娘(=吉野の姫君)を引き取って世話をする。しかし吉野の聖が、「姫君は二十歳以前に懐妊すると、身を滅ぼす運命だ」と中納言に教える。姫君は今十七歳だから、あと三年間、中納言は姫君と男女の関係を結ぶことができないのである。
『三国伝記』巻7−27 童子が「千日の間見るな」と山蔭中納言に告げ、方丈の室に籠もって千手観音像を造る。千日に満ずる暁、仏所を蹴破って童子(実は長谷観音)は去り、中納言が見ると三尺の千手観音像があった〔*原拠は『長谷寺験記』下−13〕。
★9.伝統的な物語では、禁忌は侵すべからざるもので、侵せば不幸な運命に陥る。しかし禁忌そのものが虚構で、これを侵しても無事な人間たちの物語が、やがて出てくる。
『福翁自伝』(福沢諭吉) 福沢諭吉は少年時代に、神様の名を書いた御札(おふだ)を足で踏み、さらにその御札を便所で使ったが、罰は当たらなかった。また、家のお稲荷様を開けて御神体の石を捨て、別の石を入れて置き、皆が知らずに拝むのを面白がった(*福沢諭吉とは対照的に、柳田国男は御神体の珠を覗いて神秘体験をする→〔星〕8の『故郷七十年』)。
『附子(ぶす)』(狂言) 主人が「これは附子という毒で、近くへ寄るだけで死ぬ、そばへ寄るな」と言い置いて外出する。留守番の太郎冠者・次郎冠者は、附子(=実は砂糖)を全部食べ、言い訳のために、主人秘蔵の掛け軸を破り、天目茶碗を割る。帰宅した主人に、太郎冠者・次郎冠者は「二人で相撲をとって倒れた時に、掛け軸と天目茶碗を破損しました。死んでお詫びしようと、附子を食べました」と言う〔*→〔毒〕4の、トルコの『ナスレッディン・ホジャ物語』「ホジャと餓鬼ども」は、これとよく似た話である〕。
*自らの前世を他人に語ることの禁忌→〔前世〕5。
*吉夢の内容を他人に語ることの禁忌→〔夢語り〕1。
*食物の禁忌→〔食物〕1・〔食物〕2に記事。〔食物〕3の『アダパ物語』(古代アッカド)・〔蛸〕3の『仮名手本忠臣蔵』7段目「一力茶屋」・〔妻〕1の『創世記』第3章。
『阿漕』(能) 伊勢国阿漕が浦は、大神宮に奉る魚を取る所ゆえ禁漁であるが、阿漕という漁師がたびたび密猟をし、捕らえられて沖に沈められた。彼の亡魂は旅人に救いを請い、密猟のさまと地獄の苦とを見せた。
『鵜飼』(能) 甲斐国石和川は殺生禁断だったが、夜、老人が鵜を使って漁をし、捕らわれてふしづけにされた。老人の亡魂は旅僧に供養を請い、法華経の効力で成仏できた。
『十訓抄』第6−19 白河院の時、天下に殺生禁断の令が出たが、貧僧が老母を養うために、桂川で魚をとって捕らえられた。白河院は、僧の孝養の志を哀れんで罪を許し、褒美を与えた。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「むらさき鯉」 草履屋の藤吉は、殺生禁断の川で紫鯉を釣り、隠していた。役人の囲い者の女がそれを知って藤吉の留守宅へ行き、「昨晩の夢に、紫衣の人が命乞いに現れ、目覚めると枕元に紫の鱗があった」と告げて女房を気味悪がらせ、紫鯉を持ち去る。女は紫鯉を、食道楽の悪役人たちに振舞う〔*→〔魚〕5aの命乞いする魚の物語の変型〕。
*毒を用いて魚をとることの禁制→〔一人二役〕4aの『毒もみのすきな署長さん』(宮沢賢治)。
『妹背山婦女庭訓』2段目「芝六住家」 猟師芝六と息子三作が、春日の爪黒の神鹿を弓で射殺す。その血が、逆臣蘇我入鹿を倒すのに必要なのだった。三作は、神鹿殺しの罪を一人で引き受け、死んだ鹿とともに石子詰めにされる。しかし三作を埋めるための土中から、盗まれた神璽と内侍所(鏡)が発見され、三作は赦免される〔*十三鐘の伝説にもとづく〕。
『鹿政談』(落語) 奈良では鹿を殺すと死罪になった。ある朝豆腐屋与兵衛が、おからを食べている鹿を犬と間違え、割り木を投げつけて殺してしまう。しかし、奉行根岸肥前守が「これは鹿に似ているが、犬だ」と慈悲深い裁きをし、与兵衛の命を助ける。
十三鐘の伝説 子供たちが手習いをするところへ春日社の神鹿が来て、習字の紙を食べる。十三歳の少年三作が筆(あるいは文鎮)を投げて追い払おうとするが、運悪く当たって鹿は死ぬ。三作は掟どおり、死んだ鹿とともに石子詰めにされる。母が三作の年齢に合わせ、明け七つと暮れ六つに鐘をついて供養する。
『柏崎』(能) 越後柏崎の女が、在鎌倉の夫の死と息子花若の遁世を知り、物狂いとなって信州善光寺まで旅をする。寺僧が「御堂の内陣は女人禁制」と告げて押しとどめるが、女は「禁制とは阿弥陀如来が仰せられたのか」と反論し、本尊を拝む。寺には出家した花若がおり、母子は再会を喜ぶ。
『道成寺』(能) かつて女が大蛇となって、道成寺の鐘に巻きつき、中に隠れた山伏もろとも焼き尽くした。多年の後、鐘が再鋳されたが、女人禁制の鐘供養の場に白拍子が来て舞い、「思えばこの鐘恨めしや」と言って、鐘の中に入る。白拍子は、蛇体の女の化身であった→〔鐘〕2。
『かるかや』(説経)「高野の巻」 苅萱道心の妻が、夫に対面するため高野山へ登ろうとする。麓の学文路(かふろ・かむろ)の宿の玉屋与次が、「高野山は女人禁制である」と説き、空海の老母の故事を語る。「かつて八十三歳の老母(=あこう御前)が、息子空海に会おうと高野山に向かった。その時、山は震動雷電した。空海は『女人禁制』と告げて、袈裟を岩上に敷いた。老母がそれを越すと、四十一歳で止まったはずの月の障りが芥子粒ほど落ち、袈裟は燃え上がった」。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之53上第180勝回下編大団円 六十歳を超えた八犬士たちは、致仕して富山の峯上の観音堂の側に庵を結び、同居した。富山は伏姫の死以来女人禁制のため、八犬士の妻たち(*犬江親兵衛の妻静峯姫は早世したので、七人)は、従うことを許されなかった。それから二十年を経て、七人の妻たちは皆老死したが、八犬士はなお壮健だった。
*女人禁制の山に登ろうとして、石になる→〔石〕1aの『遠野物語拾遺』12。
『竹生島』(能) 醍醐天皇に仕える朝臣が、老人と若い女の乗る釣り船に便船して、竹生島の弁才天に参詣する。女も神前に来るので、朝臣は「この島は女人禁制のはずだが」と不思議がる。老人と女は「弁才天は女体ゆえ、女人を差別しない」と教え、「我々は人間にあらず」と言って姿を消す。やがて社殿から、女の本体である弁才天が現れ、湖水から、老人の本体である龍神が現れて、舞を見せる。
『西行桜』(能) 西山に住む西行法師が、一人静かに桜を楽しむため、庵室の花見を禁制とする。そこへ下京辺から花見の一行が訪れ、西行も良い機嫌の折だったので、彼らを招き入れる。しかしやはり花見客は迷惑ゆえ、西行は「花見んと群れつつ人の来るのみぞあたら桜の咎にはありける」と詠ずる→〔花〕1。
『花折』(狂言) 毎年、花見客が寺庭を荒らすので、住持が「今年は花見禁制」と、新発意(=弟子)に言いつけて外出する。花見客たちが来るが、寺内に入れず、やむなく門前で塀越しの花見をする。酒をふるまわれた新発意は、客たちを寺庭に招き、花の枝を折って土産に渡す。住持が帰って来て、新発意をさんざんに叱る。
『平家物語』巻1「殿上闇討」 帯剣して殿上の間に昇ることは禁じられていた。しかし豊明(とよのあかり)の節会の夜、平忠盛は短剣を持って昇殿した(*→〔にせもの〕4)。後日これが問題になることを忠盛は見こして、主殿司(とのもづかさ)に短剣を預けて退出した。案の定、殿上人たちが忠盛を咎めたが、短剣を調べると、木刀に銀箔をおしたものだったので、処罰できなかった。鳥羽上皇は、かえって忠盛を褒めた。
『アンタッチャブル』(デ・パルマ) 禁酒法下のシカゴ。酒の密造や売買によって、アル・カポネは莫大な利益を得ていた。財務省の捜査官エリオット・ネスは三人の部下とともに、アル・カポネ逮捕に向けて彼らに闘いを挑む。ネスたちは、カポネからの賄賂を突き返したために、「アンタッチャブル」という異名をとる。カポネの雇った殺し屋がネスの部下二人の命を奪ったが、ネスはカポネの脱税の証拠をつかみ、裁判で彼を有罪にした。
『お熱いのがお好き』(ワイルダー) 禁酒法時代。ギャングたちが、見せかけの葬儀場を営む。霊柩車の棺に酒瓶を入れて運び、葬儀場の奥に秘密の酒場を開く。飲み物はコーヒーだけ、というたてまえで、客は「コーヒーのスコッチをデミタスで」などと言って注文する〔*酒場の楽団員、ジョーとジェリーは、ギャングたちに追われ、女装して逃げる。ジェリーは金持ち男に求婚され、ジョーは男姿に戻って恋人シュガーを得る〕。
『青銅の基督』(長与善郎) 奉行所における踏み絵の儀式が、萩原裕佐の作った青銅のピエタを用いて行なわれる。切支丹信者の一人モニカは、ピエタの前にひざまづき、それを胸に押し当てて接吻し、また台上に置くと、手を合わせて拝んだ。彼女は、ピエタを踏めなかった他の信者たちとともに、火あぶりの刑になった〔*ピエタの見事な出来栄えゆえに、モニカも奉行所の役人も、萩原裕佐を「切支丹だ」と誤解した〕。
『沈黙』(遠藤周作) 司祭ロドリゴは、信徒たちを拷問の苦しみから救うため(*→〔聞き違い〕1)、銅版の踏絵の前に立つ。踏もうとして、彼は足に鈍い重い痛みを感じる。その時、銅版のあの人は「踏むがいい」と言った。「お前の足の痛さを、この私が一番よく知っている。私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分かつため、十字架を背負ったのだ」。ロドリゴが踏絵に足をかけた時、朝が来て鶏が鳴いた。
*ペテロがイエスを裏切った時も、鶏が鳴いた→〔三度目〕5の『マタイによる福音書』第26章。
音楽の禁止(松谷みよ子『現代民話考』) 太平洋戦争末期。空襲警報が出たが、敵機がこちらへ来ないので、ベートーベンの第九交響曲のレコードを大音量で聴いた。防空団のおじさんが飛んで来て、「敵国の音楽を鳴らすとは何事か」と怒鳴った。「ベートーベンはドイツ人です」と説明すると、「ああ、そうか」といったん納得したが、「大きな音で、敵機に聞こえるじゃないか」と、また怒鳴った(東京都)。
★9.神父は、罪を犯した人の懺悔を聞いても、その内容を他言してはならない。
『私は告白する』(ヒッチコック) ローガン神父は、教会の雑役夫ケラーから「強盗殺人を犯した」との懺悔を聞く。神父には守秘義務があるので、ローガンはケラーに自首を勧めることしかできない。しかしケラーは自首するどころか、ローガンに殺人の濡れ衣を着せる。ケラーの妻がたまりかねて「神父は無実です」と叫ぶが、ケラーは妻を射殺してしまう。警察はケラーが真犯人であると知り、追いつめて射殺する。
*過差(=贅沢)の禁制→〔共謀〕1の『大鏡』「時平伝」。
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