*関連項目→〔白髪〕
★1.髪や髭には不思議な呪力があり、その主の生命を保障する。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章 アムピトリュオンがタポス島を攻撃するものの、タポス王プテレラオスが生きている間は攻め落とせない。王の娘コマイトが敵将アムピトリュオンを見そめて恋し、父王の頭から不死の印の黄金の毛を取り去る。プテレラオスは死に、タポスは陥落する。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第15章 クレタのミノスが、メガラを攻める。メガラ王ニソスの頭の真中には紫色の毛が一本あり、これが抜かれた時に彼は死ぬとの神託があった。彼の娘スキュラがミノスに恋し、その毛を抜き取った。
『士師記』第13〜16章 サムソンの力の根源は、生まれてから剃刀をあてたことのない彼の髪にある。彼は素手で獅子を裂き、ろばのあご骨で千人のペリシテ人を殺した。しかし彼は眠っている間に、愛人デリラによって髪を剃られ、力を失った。
『ルスランとリュドミラ』(グリンカ) 魔法使いチェルノモールの力のもとは、その長いあごひげにある。勇士ルスランはチェルノモールの兄が守る剣を手に入れて、チェルノモールと戦い、あごひげを切って倒す。
*長命の相である長い眉毛→〔眉毛(睫毛)〕3の『名人』(川端康成)。
★2a.いったん切り落とされ、剃り落とされた髪も、時間がたてばまたもとどおりに伸びる。
『仮名手本忠臣蔵』10段目「天河屋」 堺商人天河屋義平は、塩冶浪士の討入りのための武具を手配し、秘密を守るために、妻お園まで「離縁だ」と言って家から出す。お園は路上で賊に襲われ、髪を切り取られる。実はこれは大星由良之助のはからいで、討入りの本懐を遂げ義平とお園がふたたび夫婦になれるまでの約百日の間に、お園が親了竹の手で他家に嫁入りさせられぬよう、尼姿にしたのである。百日は、すなわちお園の髪がもとどおり伸びるまでの日数でもあった。
『三年目』(落語) 女房が病死したので、剃髪して棺に納める。年月がたち、夫は再婚して子供もできる。ところが、三年目の法事の晩に女房の幽霊が出て、夫に恨み言をいう。「なぜもっと早く出なかった」と夫が聞くと、女房は「髪が生え揃うのを待っていた」と答える。
『士師記』第16章 サムソンは力の根源である髪を剃りおとされ、ペリシテ人に捕えられて眼をつぶされる。牢に入っている間にサムソンの髪はふたたび伸びはじめ力を回復するが、ペリシテ人は気づかない。サムソンは、三千人のペリシテ人が集まった建物の柱を押し倒し、自らの死をもって多くのペリシテ人を殺した。
『無名抄』(鴨長明) 在原業平に盗み出された二条后を、兄国経・基経たちが奪い返す。兄たちは業平のもとどりを切る。業平は、髪がもとのように生えるまでの間、歌枕を見ると称して東国に下った。
*→〔二者同想〕1bの『愚者の贈り物』(ベイカー)。
『歴史』(ヘロドトス)巻5−35 ヒスティアイオスが、ペルシャへの謀叛をアリスタゴラスに指令しようと考える。街道が警戒厳重なので、奴隷の髪を剃りおとして頭皮に文書を入れ墨し、髪の伸びるのを待って派遣する。
『パンタグリュエル物語』第二之書(ラブレー)第24章 パンタグリュエルのもとへ、パリの一婦人からの書簡を携えた使者が来るが、その書簡紙には何も記されていなかった。パンタグリュエルの腹心パニュルジュは、「使者の頭髪を剃ろうか」と考える。彼は、「婦人が使者の頭を剃って伝言を書きつけたのではないか」と、疑ったのである。
トリスタンとイゾルデの伝説 騎士たちがマルケ王に、妻をめとるよう進言する。王がそれに回答すべく約束した日に、窓辺を飛ぶ燕が一すじの金髪を落としていく。マルク王は、この金髪の持ち主を妃としてむかえる、と騎士たちに言い、トリスタンが、黄金の髪の美女をさがしに出かける〔*『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第12章は、これを妄譚として退ける〕→〔処女〕3。
『二人兄弟の物語』(古代エジプト) 夫バタの言いつけにそむいて家の外へ出た彼の妻は、海神に襲われる。海神は一つかみの髪を彼女から奪い取り、それをファラオの宮殿の洗濯場に運ぶ。ファラオは、髪の持ち主をさがし求め自らの愛人とする。
『筆のまにまに』(菅江真澄)「なぐさのくあま」 白鳳の頃、宮中の御簾に、鳥が一丈八尺の黒髪一筋をくわえて来て掛けた。陰陽博士が「紀の国の処女の黒髪」と占う。天武天皇は使者をつかわし、髪の持ち主を后として迎える。
『大鏡』「師尹伝」 村上天皇の妃、宣耀殿の女御(芳子)は髪がたいへん長く、参内する時、車に乗ると、身体は車の中にありながら、髪の端はまだ母屋の柱のもとにあった。髪の一筋を大きな陸奥紙の上に置くと、白いすきまがまったく見えなかった。
『ラプンツェル』(グリム)KHM12 魔法使いの女が、少女ラプンツェルを高い塔に閉じこめる。ラプンツェルは二十エレン(十二メートル近く)もある長い髪を垂らし、魔法使いの女はその髪にすがってラプンツェルの所へ行く。通りかかった王子が、同じように髪をつかんでラプンツェルの所まで登り、二人は夫婦になる。しかし魔法使いの女がそれを知り、ラプンツェルを荒野に追い払ったので、王子は絶望して塔から飛び降りる→〔盲目〕9。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ72 町方の役人藤田某が公用で下野へ行き、旅宿に泊まった夜のこと。蛇が部屋に現れ、鎌首をもたげて藤田某をねらった。藤田某はとっさに羽織を蛇にかぶせ、上から刀で何度も突く。羽織を取り除けると、それは古びた腰帯で、裂け目から女の黒髪が溢れ出ていた。
『北条九代記』巻10 一遍上人は、在俗時二人の妻を持っていた。ある時、二人の妻が碁盤を枕に頭を差し合わせて寝ていたところ、彼女たちの髻がたちまち小さな蛇となり、鱗を立てて喰い合った。一遍は刀を抜いて真ん中から切り分けたが、この事件がきっかけとなり、彼は発心して家を出た〔*苅萱道心の発心譚にもこのモチーフは用いられる〕。
*女の長い髪と動物の尾→〔尾〕2a・2b。
『変身物語』(オヴィディウス)巻4 メドゥサはもとはすばらしい美女で、とりわけ髪の美しさが人目をひいていた。海神ネプトゥーヌス(ポセイドン)が彼女を女神ミネルヴァ(アテナ)の神殿で犯した時、女神は目をそむけ、神殿を汚した罪によって、メドゥサの髪を蛇に変えた。
★4.不義をはたらいたため、髪を切られる。片側の髪だけ切られることがある。
『好色一代男』(井原西鶴)巻3「口舌の事触」 二十七歳の世之介は、奥州・塩竈神社の巫女を、夫がいるのを承知で無理に犯そうとする。しかし夫に見つかり、捕らえられて片方の鬢髪を剃り落とされる。
『デカメロン』(ボッカチオ)第7日第8話 夫が、妻のもとへ忍んで来る愛人を見つけ、追いかける。その間に妻は寝室を抜け出し、身代わりに女中を寝かせる。夫は戻って来て、女中を妻と思い殴りつけ髪を切り取って、妻の不貞をその家族に訴える。家族が確かめに来ると、妻は殴られた跡もなく、髪も長いままだった。
*→〔目印〕4の『デカメロン』第3日第2話。
『悪を呪おう』(星新一『ようこそ地球さん』) バーのマダムが、ハンドバッグをひったくられる。マダムはとっさに、逃げる犯人の髪を二〜三本つかみ取る。呪術を行なう男が、犯人をつかまえるべく、その髪を藁人形に入れて、五寸釘を突き刺す。その頃、犯人は家に帰って一息つき、かつらを取って禿げ頭の汗をふいていた。
『黄金のろば』(アプレイウス)巻3 魔女パンフィレエが、床屋から美青年の髪の毛を手に入れ、その髪の毛を燃やして美青年を呼び寄せようとする。しかし小間使いフォーティスが山羊の皮袋の毛を渡したため、皮袋がやって来る。
『毛抜』 小野春道の息女・錦の前は髪が逆立つ奇病にかかり、文屋豊秀との結婚が延引される。これは、両家の婚約を破棄させてお家乗っ取りをたくらむ悪家老の陰謀で、錦の前に鉄製の髪飾りをさせ、天井裏から大磁石で髪を吸い寄せていたのだった。
『蝉丸』(能) 延喜帝の皇女・逆髪(さかがみ)は、頭髪が空に向かって逆さまに生え、心が折々狂乱して御所をさまよい出る。逆髪は逢坂山へ来て、藁屋に住む弟宮の蝉丸と巡り合い、互いの不運を慰め合って別れる→〔子捨て〕2。
『撰集抄』巻8−27 九月の明月の夜、帥大納言経信が古歌を詠じていると、それに合わせて高らかに詩を詠ずる声が、前栽の方から聞こえた。驚いて見ると、背丈が一丈五〜六尺もあり、髪が逆さまに生えた者がいた。経信は「八幡大菩薩助けさせ給え」と念じ、その者は消え失せた。朱雀門の鬼などであったのかもしれない。
『今昔物語集』巻3−26 ケイヒン国の女が髪を抜いて売り、仏弟子迦旃延を九十日間供養し、彼の説法を聞く。その功徳で、女は身体から光を放つ美貌を得て、国王の后になる。后の勧めで、王も民も皆仏法に帰依する。
『若草物語』(オルコット)「電報」 従軍牧師として南北戦争に出征した父が重病、との電報が届く。母は父を見舞いにワシントンへ旅立つ。四人娘の次女ジョーが、栗色の長い髪を二十五ドルで売り、母の旅費の足しにする。
*→〔生き肝〕1の『今昔物語集』巻4−40・〔二者同想〕1aの『賢者の贈り物』(O・ヘンリー)。
『好色一代男』(井原西鶴)巻4「形見の水櫛」 百姓二人が、土葬された美女の髪を抜いて、遊郭へ売りに行こうとする。それを見咎める世之介に、百姓らが説明する。遊郭の女郎は、何人もの客に「恋しい貴方のために私の髪を切る」と心中立てをする。そして他人の髪を買い取り、手紙に包んで客たちに送りつけ、だますのである。
『今昔物語集』巻29−18 羅城門の上層に若い女の死骸があり、老婆がその髪を抜き取る。これを見咎める盗賊に、老婆は「この女性は私の主人だった人だ。長い髪なので、鬘にしようと思うのだ」と説明する〔*『羅生門』(芥川龍之介)では、老婆が下人に「この女は生前、蛇の切ったのを魚といつわって売っていた。だからこれくらいのことをされても当然だ」と言う〕。
『紳士は金髪がお好き』(ホークス) ナイトクラブの踊り子・金髪のローレライは、富豪の息子ガスと婚約する。ガスの父が探偵マローンに、ローレライの素行調査をさせるが、マローンは、ローレライの親友ドロシーと恋仲になってしまう。ローレライはガスの父に対面して「お金が目当ての結婚よ」と言う。怒る父に、彼女は「金持ちの男は、美人の女と同じこと。結婚するなら美人の方がいいでしょ?」と言いくるめる。かくてローレライとガス、ドロシーとマローンの二組が、めでたく挙式する。
『緑色の髪の少年』(ロージー) 田舎町に疎開したピーター少年は、両親がロンドンで空襲のため死んだことを知り、戦争への恐怖で、一夜にして髪が緑色になる。町の人々は緑色の髪を忌み、「伝染する」との噂も広がる。孤独なピーターは森へ迷い込み、戦争孤児の一群に出会う。彼らはピーターに「緑色の髪は、戦争が子供に及ぼす不幸の象徴だ。緑色の髪ゆえ、誰もが君に注目する。君は世界の人々に、二度と戦争を起こさないよう訴えるべく選ばれた人間だ」と教える。
『赤毛連盟』(ドイル) 質屋の主人ウィルスンは、燃えるような赤い髪の持ち主だった。彼は、店員のスポールディングに勧められて、赤毛連盟の一員となる。アメリカの赤毛の百万長者が、自分と同じ赤毛の人に同情し、この連盟を設立したのだという。連盟員は、ごく簡単な仕事をするだけで、多額の報酬が得られるのだ→〔ABC〕1。
『髪の話』(魯迅) 「私」の先輩にあたるN氏は、清朝末期に日本へ留学してすぐ、辮髪を切ってしまった。そのため、辮髪を頭のてっぺんにぐるぐる巻きにしている仲間の留学生連中から、憎まれた。数年後に上海に戻ったN氏は、辮髪のカツラを買ったが、まもなくカツラをやめ、洋服を着て街を歩いた。すると「生意気野郎!」とか「ニセ毛唐!」とか、罵られた。辛亥革命後しばらくして、ようやく悪態をつかれることがなくなった。
『日本書紀』巻5崇神天皇7年2月 崇神天皇が八十万の神々を招き占いをして、様々な災いのわけを知ろうとした。大物主神が倭迹迹日百襲姫命に神がかりして、「我を敬い祭れば、国はおのずから平らぐだろう」と告げた。
『日本書紀』巻6垂仁天皇25年3月 倭大国魂神が大水口宿禰にかかって「先帝崇神は、神祇を祭るに不適切なところがあったために、短命だった。今、汝(垂仁天皇)は、正しく祭れば命長く天下太平であろう」と教えた。
『日本書紀』巻12履中天皇5年9月18日 淡路島の伊奘諾神が、祝部にかかって「馬飼部らの目の縁の入れ墨による血の臭さが堪えられぬ」と告げた。以後、馬飼部らの入れ墨を廃止した。
『日本書紀』巻15顕宗天皇3年 二月一日に月神が、四月五日に日神が、それぞれ人にかかって、祖神高皇産霊の功を述べ、田地を奉るよう求めた。
『日本書紀』巻28天武天皇元年7月 高市県主許梅が神がかり状態になって、「我は高市社の事代主神である。また、身狭社の生霊神である」と告げ、「西の道から軍勢が来る。注意せよ」と教えた。村屋神も、神官に神がかりして「我が社の中道から軍勢が来る。道を塞げ」と教えた。
『日本霊異記』下−31 美濃国方県郡の女が石二つを産んだ。隣の淳見郡の大神伊奈婆が、卜者に乗り移って「その二つの石は我が子なり」と告げたので、忌籬を設け石を祭った。
『英霊の声』(三島由紀夫) ある夜「私」は、木村先生の帰神(かむがかり)の会に列席する。霊媒の青年川崎重男君に、二・二六事件の将校たちの荒魂(あらみたま)や、神風特別攻撃隊の勇士たちの荒魂が憑依する。彼らは、昭和天皇が終戦後「自分は神でなく人間である」と宣言したことを、激しく非難する。明け方になって、ようやく英霊たちは神界に帰るが、その時すでに川崎君は死んでいた。
『古事記』中巻 仲哀天皇が闇の中で琴を弾き(*→〔琴〕1)、后(=神功皇后)が神がかりとなって、神託を告げる。しかし仲哀天皇はこれを疑ったので神は怒り、「汝は一道(ひとみち)に向かえ」と命じた。火をかかげて見ると、仲哀天皇は崩じていた〔*『日本書紀』巻8仲哀天皇条では、天皇は八年九月五日に神託を得て疑い、翌九年二月六日に急病で崩じた、五十二歳であった、と記す。巻9神功皇后摂政前紀=仲哀天皇9年12月条の「一云」では、神託の夜に発病して崩じた、とする〕。
『笑賛』(明・趙南星)「端公」 北方には神おろしを行なう男子がいて、これを「端公」と呼ぶ。ある時、端公の留守中に、神おろしを依頼する客があった。やむなく弟子が、神がかりになったふりをし、でたらめを言って謝礼をもらった。弟子がこのことを師匠の端公に報告すると、端公は驚き、「どうしてお前はわかったんだ。わしはもともとそうやっていたのだ」と言った。
『アグニの神』(芥川龍之介) 印度人の老婆が日本の少女妙子をさらい、その身体にアグニの神を乗り移らせる。神は妙子の口を借りて予言をし、老婆はそれで金を稼ぐ。ある時、妙子は神に乗り移られたふりをして、「妙子を親元へ返さぬとお前の命を取る」と言って老婆を脅そうと考える。しかし妙子は意識を失い、本当にアグニの神が乗り移る。老婆は「妙子がアグニの神の声色を使っているのだろう」と思い、神の命令を聞かず、その場で殺される。
『続古事談』巻4−3 岩清水八幡の神の使いが、十歳ほどの少女に乗り移った(*→〔けがれ〕4)。神の使いは「成人に乗り移ると、その口から出る言葉が本当に神のお告げかどうか、疑われる。また成人は、けがれている。それで、疑われず・けがれてもいない少女に、乗り移ったのだ」と述べた。
『後漢書』列伝第85「東夷伝」 桓帝・霊帝の頃(146〜189)、倭国に卑弥呼(「ひみこ」あるいは「ひめこ」)という女子がいた。成長しても結婚せず、神がかりになって託宣し(「事鬼神道」)、巫女となって人々を惑わした(「以妖惑衆」)。倭国の人々は、卑弥呼を立てて王とした。卑弥呼の姿を見た者は少ない。一人の男子が食事の世話をし、卑弥呼の言葉を伝えている。
*『魏志倭人伝』(『三国志』巻30・『魏書』30「烏丸鮮卑東夷伝」)に同記事があり、そこでは「卑弥呼の弟が政治を補佐した」と記す〕。
『なまみこ物語』(円地文子) 春日明神に仕える巫女が語った。「神が私の身体にお憑(うつ)りなさる時は、意識を失って何も覚えていない。でも、人の命を絶つような重大な言葉が、私の口から出たことを後に知って、空恐ろしい思いをすることが幾度もあった。娘二人は巫女にしたくない」。しかし娘二人も母同様に巫女となり、藤原道長に命ぜられて、中宮定子のにせ生霊を演じた→〔生霊〕5。
『古今著聞集』巻17「変化」第27・通巻605話 女官高倉の子で七歳になるあこ法師が、夕暮れ時、築地の上から垂れ布のようなものがおおいかぶさると見る間に、姿を消した。三日後の夜半、あこ法師は家に戻されたが、全身に馬糞がついており、魂の抜けたような状態で、十四〜五歳までは生きていた。
『神道集』巻8−48「八ヵ権現の事」 上野の国司左大将家光の若君月塞が、伊香保山の船尾寺の稚児になる。しかし月塞は、十九歳の三月十六日、里へ下った折に神隠しにあう。天狗たちが月塞をさらったのだったが、このために父国司と船尾寺の間に戦が起こる〔*月塞は後に天狗たちに捨てられるが、やがて神通力を得て神になる〕。
『諏訪の本地』(御伽草子) 甲賀三郎が伊吹山で巻狩をした時、辻風が、美しい草紙三帖を妻春日姫の仮屋へ吹き入れる。姫が手に取ると、草紙は三人の童子と化して姫をさらい、辰巳の方へ消え去る。甲賀三郎は姫を捜して諸国の山々を巡り、ついに蓼科山の人穴に降りて、姫を見つけ出す。そこは、おんき国といい、その主が姫をさらったのだった〔*類話の『神道集』巻10−50「諏訪縁起の事」では、童子は東北へ去り、春日姫を好湛国へ連れ去る〕→〔三人兄弟〕1。
『遠野物語』(柳田国男)8 松崎村寒戸(さむと)の民家で若い娘が神隠しにあい、黄昏時に梨の樹の下に草履を脱ぎ置いたまま行方知れずになった。三十余年後の強風の日、その娘が老いさらばえた姿で帰り「皆に会いたかった」と言い残して、またどこへともなく去った。
『南総里見八犬伝』第4輯巻之5第40回 悪人舵九郎が、四歳の犬江親兵衛を捕らえて石で撃ち殺そうとする。その時、電光とともに雲が降り、親兵衛は雲に包まれ中天へ昇って姿を消す。舵九郎は身体を引き裂かれて死ぬ〔*親兵衛は伏姫の墳墓のある岩窟で伏姫神霊に養われ、五年後に里見義実の前に姿を現す〕。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ22 旗本屋敷の六歳の息女が、表を通る門付け一座を見ようと庭に降りかけ、奥方から制止される。娘は門付けの唄・三味線の音を慕って廊下を走り、乳母に追われて一部屋の長持に隠れる。乳母が蓋を取ると娘の姿は消えていた。一年後、長持の中に娘は再び姿を現し、以来別事なく、今は十五〜六歳になっている。
*姿を見えなくされ、声も出せなくされてしまう→〔隠れ身〕6の何ものとも知れぬ神かくし(松谷みよ子『現代民話考』)。
*関連項目→〔落雷〕
『大鏡』「時平伝」 右大臣菅原道真は、左大臣藤原時平の讒言(ざんげん)によって大宰府に流され、死後雷神となった。恐ろしく雷が鳴って、清涼殿に落ちかかろうとした時、時平は刀を抜き、「汝は存命中は私の次位だった。雷神となっても私に対しては遠慮すべきだ」と言って、にらみつけた。すると、一時(いっとき)雷は鎮まった。
『平治物語』下「悪源太雷となる事」 悪源太義平は難波三郎恒房に斬られる時、「雷になって、汝を蹴殺してやる」と言った。以来、雷が鳴るたびに、恒房はこのことを思い出して恐れた。摂津国昆陽野で雷に遭った時、恒房は、悪源太義平を斬った刀を抜いて立ち向かったが、乗っていた馬もろとも雷に打たれて死んでしまった。
★2.雷と性交。雷雨は天と地の性交であり、それに促されて男女も契りを交わす。
『源氏物語』「賢木」 朧月夜尚侍が瘧病治療のため、内裏から父右大臣邸に里帰りしたので、光源氏はしのび入り密会を重ねる。光源氏二十五歳の夏、激しい雷雨の暁に、右大臣は娘朧月夜の部屋を見舞い、二人の密会の現場を見る。このために、光源氏は須磨に退去することになる。
『好色五人女』(井原西鶴)巻4「恋草からげし八百屋物語」 師走の二十八日に火事があり、八百屋八兵衛一家は旦那寺の吉祥寺に避難した。十六歳の娘お七は、同じく十六歳の寺小姓・吉三郎と恋仲になり、正月十五日、激しく雷の鳴る深夜に、ただ一度の契りを結んだ。
『日本霊異記』上−1 雄略天皇と后が大極殿で媾合中に、少子部栖軽がそれと知らずに参入した。天皇は恥じて媾合を中止したが、その時、空には雷が鳴っていた。
『湯屋番』(落語) 銭湯に奉公した若旦那が、客の女に見初められ、家に招き入れられる。折からの雷雨に女はおびえ、やがて落雷があって女は気を失う。若旦那が口移しに気付けの水を飲ませると、女は「雷様は怖けれど、私がためには結ぶの神」とほほえむ〔*すべて、番台に座った若旦那の空想〕→〔空想〕3a。
*雷が鳴っても性交しない→〔性交〕3cの『武家義理物語』(井原西鶴)。
*雷を恐れて、男女が一つの蚊帳の中に入る→〔蚊帳〕1の『盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめかがとび)』(河竹黙阿弥)。
『太平広記』巻395所引『稽神録』 大雨の後、娘が姿を消したので老母が捜しまわる。一ヵ月後、娘が訪れ「自分は雷の嫁になった」と告げて去り、二度と戻らなかった。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第2章 クロノスの子として生まれたゼウスは、成年に達すると、ティタン族との戦争に従事した。一眼の巨人族キュクロプスたちがゼウスに電光と雷霆を与え、ゼウスは以後これを武器として用いた。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第9章 高慢なサルモネウスは「私はゼウスだ」と称し、ささげ物を人々に要求した。彼は、乾燥した革を青銅の釜とともに戦車で引っ張って「雷鳴だ」と言い、炬火を空に投げて「雷光だ」と言った。本物のゼウスが雷霆でサルモネウスを撃ち、彼の建てた市と住民を滅ぼした。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第32巻131ページ サザエが入浴中、窓の外に「ピカッピカッ」と稲光がし、「ゴロゴロ」と雷鳴が聞こえるので、こわくなって飛び出る。しかし波平もフネも「雷?」「いいえ」と言うので、外を見ると、ワカメとカツオが、懐中電灯と太鼓を使っていたずらをしていたのだった。
『日本書紀』巻28天武天皇元年6月 天智天皇の死後、大海人皇子は大友皇子と対立し、挙兵する。激しい雷雨の夜、大海人皇子は誓約(うけひ)をして、「もし天神地祇が助け給うならば、この雨は止むだろう」と言う。言い終わるとすぐ、雷雨は止んだ。
『浦島太郎』(御伽草子) 丹後の国の浦島太郎は、ゑしまが磯で釣り上げた亀に、「命を取るのはかわいそうだから助けよう。この恩を思い出せ」と言って海に返す。翌日、亀の化身である美女が舟に乗って現れ、浦島を龍宮城へ招き夫婦となって、恩を報ずる〔*原形の『丹後国風土記』逸文では、釣った亀がその場で女に化すので、放生ではない〕。
『今昔物語集』巻5−19 天竺の人が 亀を買って放してやると、数年後、亀が洪水を予言し、船を用意せよと教える。
『今昔物語集』巻9−13 天竺の男が船人に商売の資金五千両を与え、五匹の亀を買い取って放生する。船人は水死し、黒衣の五人(=亀の化身)が水に濡れた五千両を、男の家に届ける〔*『宇治拾遺物語』巻13−4に類話〕。
『今昔物語集』巻17−26 男が漁師から亀を買って放生するが、その亀は地蔵菩薩の化身で、やがて病死した男を冥土から蘇生させる。
『今昔物語集』巻19−29 山陰中納言が住吉へ参詣した時、鵜飼の男に着物を与えて大亀を買い取り、海に放す。後、亀は山陰の子が継母に殺されそうになったところを救う〔*類話は『十訓抄』第1−5など数多い〕→〔継子〕3。
『三宝絵詞』下−26 ある人が、市で河亀を高く買い取り放生する。その夜、亀がこの人の家を訪れて洪水を予言する。この人は王に告げ知らせ、後に大臣に任ぜられる。
『捜神記』巻20−6(通巻454話) 孔愉が、籠の中の亀を買い取り川に放す。亀は、川の左岸にいる孔愉を何度も振り返り泳ぎ去る。後に孔愉は侯爵になり、銅の職印を鋳造させるが、印のつまみの亀の首が左を向いてしまうこと三度に及んだので、侯爵になったのは亀の恩返しだったと孔愉は気づく。
『太平広記』巻118所引『幽明録』 一人の軍人が白い亀を買って育て、やがて長江に放す。後、戦闘で多くの兵が長江に飛びこみ溺死するが、彼だけは、白い亀が背に乗せて対岸に送り届けた。
『日本霊異記』上−7 弘済禅師が海辺で亀四匹を買って放生する。後、禅師は賊のために船から落とされるが、亀の背に乗って助かる〔*『今昔物語集』巻19−30に類話〕。
『秋月物語』(御伽草子) あいきゃうの君は、継母のために海に沈められるが、亡き母が大亀となって彼女を救う。
『ふせやの物語』(御伽草子) にほひの君は、継母のために近江の湖に沈められるが、母の霊が宿った大亀に救われる。
『荘子』「外物篇」第26 宋の元君は、漁師余且が捕まえた白亀を殺して甲羅を剥ぎ、鑽で穴をあけてそこを火で焼き、亀裂の出方で吉凶を占うこと七十二回に及んだが、外れたことは一度もなかった。
『法句譬喩経』巻1「心意品」第11 水狗(かわうそ)が、歩いている亀を食おうとしたが、亀は頭・尾・四脚を縮めて甲羅の中に隠した。水狗が遠ざかると、亀は頭足を出して再び歩き始め、無事であった。「亀が甲中に頭足を蔵して身を守るごとく、人間も六つの感覚器官を制御して心を守れ」と、世尊は説いた。
*亀の甲羅で琴を作る→〔琴〕5。
*亀の甲羅が並んで橋になる→〔橋〕8aの『平家物語』巻5「咸陽宮」。
『再成餅(ふたたびもち)』「万年」 「『亀は万年』と言うが嘘だ。この亀は最近買ったが、ゆうべ死んだ。古人の言もあてにならぬ」「いや、ゆうべが万年目だったかもしれない」。
*亀のゆったりした呼吸が、長寿の一因かもしれない→〔息〕6の『幽明録』6「墓の中の娘」。
陸地と動植物などの起源譚(北アメリカ・ヒューロン族の神話) 原初には、世界は一面の海原だった。一匹の海亀の甲羅のまわりに、女神が置いた泥が(*→〔土地〕3c)、あらゆる方向に広がって、動植物の生育する広大な土地ができ上がった。そのすべてを支えたのは亀であり、今も亀は大地を支え続けている。
*→〔島〕5の『列子』「湯問」第5。
『ホーキング、宇宙のすべてを語る』第1章 有名な科学者(バートランド・ラッセルだ、という説あり)が講演で、「地球は太陽の周囲を回り、太陽は銀河系内を回っている」と述べた。一人の老婦人が「それは間違いです。世界は平面で、巨大な亀の背中に支えられています」と反論する。科学者は「では、その亀は何の上に立っているのですか?」と尋ねる。老婦人は「あなたは賢いわ。でもね、亀の下にも、たくさんの亀がいるのよ」と答えた。
*落下する亀→〔落下〕3。
*兎と亀の駆けくらべ→〔兎〕1a。
*アキレスと亀→〔競走〕5bのアキレスと亀の故事。
*石亀。亀の石像→〔水没〕1の『述異記』(祖冲之)・『捜神記』巻20−7、〔八月十五夜〕6の『子不語』巻6「屓キ(=霊亀)精」。
*アトランティス大陸に生息していた巨大な亀→〔原水爆〕3bの『大怪獣ガメラ』(湯浅憲明)。
『三四郎』(夏目漱石) 三四郎は大学へ入学するため、夏の終り頃に熊本から汽車で上京する。乗り合わせた人妻から「女一人では不安なので、宿屋へ案内してほしい」と頼まれ、名古屋の旅館に同宿する。宿では二人を夫婦扱いして、狭い蚊帳の中に蒲団を一枚だけ敷く。三四郎は、蒲団の真中に敷布を巻いて長い仕切りを作り、女との間を隔てる。翌朝別れ際に女は、「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」と言って笑う。
*男女の間を、剣・毛布・帯などで隔てる→〔閨〕4a・4b。
『盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめかがとび)』(河竹黙阿弥)2幕目返し「天神前梅吉内の場」 鳶の頭(かしら)梅吉の妻おすがは、大の雷嫌いだった。初雷の日、おすがは恐れて蚊帳に入り、たまたま訪れていた子分の巳之助も雷嫌いゆえ、一緒に蚊帳へ入れてやる。雷雨がやんだところへ、夫梅吉が帰って来る。蚊帳の中の二人は「不義をした」と見なされ、巳之助は追放、おすがは離縁となる〔*後に誤解はとける〕。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ20 阿波には「蚊帳つり狸」がいる。夜、道の真ん中に蚊帳がつってある。まくって通ると、また別の蚊帳がある。いくらまくっても蚊帳がある。戻ろうとすれば、背後も無数の蚊帳である。夜が明けるまで、蚊帳の中をうろうろするだけだ。心を落ち着け、ひたすら蚊帳をまくって前進すれば、三十六枚目に向こうへ出られる。
『飛びこみ袋』(昔話) 五人の田舎者が宿に泊まり、はじめて蚊帳を見た。蚊帳は折りたたんであったので、五人がかりで広げると、持つ所が四つある。「四人でこれを持ち、中へ一人が飛びこんで寝るのだろう。四方持ちの飛びこみ袋だ」と五人は考える。そこで、代わりばんこに一人ずつ蚊帳へ飛びこんで寝て、あとの四人が四隅を持つ、ということを一晩中やっていた(鳥取県東伯郡東伯町上法万)。
『二人の娘』(インドの昔話) 貧しい父親が二人の娘を持っていたが、そのうち一人が金持ちと結婚し、父親はその家へ招かれて一泊する。寝室に大きな寝台があり、その上に蚊帳がつってあった。蚊帳は寝台全体をおおって、寝台の脚までとどいていた。父親は「てっぺんに登って寝るのだろう」と考え、蚊帳の上へ寝ころがると、蚊帳もろともドスンと寝台へ落ちてしまった。父親は「頸の骨を折ってはたまらない」と、逃げ帰った(ケララ地方)。
『絵本百物語』第27「手負蛇(ておひへび)」 蛇を半殺しにして棄てたところ、その夜、蛇は傷ついた身で「仕返しをしよう」とやって来た。しかし蚊帳を吊っておいたので、入ることができなかった。翌日、蚊帳のまわりに血がしたたり落ちており、「あたむくひてん(=仇を報いよう)」という文字になっていた。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第10章 アポロンはコロニスという娘を愛し、彼女と交わったが、コロニスはひそかに別の男とも関係を結んだ。鴉がこのことを告げたので、アポロンは怒り、コロニスを殺した。さらにアポロンは鴉をも呪い、白かった鴉を、黒色の鳥にしてしまった。
『ふくろう染め屋(ふくろう紺屋)』(昔話) いつも真っ白な着物姿のおしゃれな烏が、ふくろうの染め屋に、「私の衣裳を、またとないような色に染めてほしい」と注文する。ふくろうは烏を真っ黒に染め、「これが世界にまたとない色だ」と言う。烏は怒ってふくろうを追い回し、以来、ふくろうは昼間は森の奥に隠れ、夜だけ出てくるようになった(岩手県岩手郡平館村。*どんな色にしても烏が満足しないので、ふくろうは怒り、烏を真っ黒に染めた、という形もある)。
『十訓抄』第1−41 右大臣源顕房は、身近に召し使う盛重の心を試そうと、ある朝、「屋根に烏が二羽とまっているが、一つの烏の頭は白く見える。見間違いだろうか」と問うた。盛重はじっと烏を見た後に、「間違いありません」と答えた。右大臣は盛重を「出世しそうな男だ」と認め、白川院に仕えさせた。
*→〔あり得ぬこと〕1cの『平家物語』巻5「咸陽宮」。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第38章 オーディンは天上の宮殿ヴァルハラ(=ワルハラ)の玉座に坐し、彼の肩には二羽の鴉、フギンとムニンがとまっている。オーディンは早朝に彼らを放って、世界中を飛び回らせる。鴉たちは朝食時に戻って来て、見聞きしたすべてを、オーディンの耳に告げ知らせる。
*自身は動かず、一ヵ所にいながら世界のことを知るというのは、日本神話のクエビコと同様である→〔片足〕1の『古事記』上巻。
*烏の会話を聞く→〔立ち聞き(盗み聞き)〕6aの『聴耳頭巾』(昔話)・〔針〕2aの『聴耳草紙』(佐々木喜善)。
『遠野物語拾遺』146 先年、佐々木(喜善)君の上隣りにある某家で起こったこと。親類の家の方角から、一羽の烏がけたたましく鳴いて飛び来たり、翼をバサリと障子に打ちつけて去った。皆驚いて、「何事もなければ良いが・・・・・・」と話し合っているところへ、親類の家の老婆が谷川の橋から落ちて死んだ、との知らせが来た。
『渦巻ける烏の群』(黒島伝治) 雪のシベリアを一個中隊が行軍し、道に迷って行方不明になる。春が来て、無数の烏が空から舞い降り、雪の中をつつく。「日本兵が死んでいる」との報告があり、捜索隊は烏たちの群がる所々に、むさぼり傷つけられた兵たちの死体を見出す。
『鴉(からす)』(松本清張) 道路公団が、新道路建設のために、浜島庄作所有の土地を買い取ろうとする。しかし浜島は、いくら高額を提示されても売らない。彼は会社の同僚柳田修二を殺して、死体を敷地内に埋めていた。その場所の上に、やがて多くの鴉が群がり、舞うようになる。近所の人が不審に思い、警察に通報する。
『コーラン』5「食卓」30〜34 兄カインが弟アベルを殺した時、アッラーに遣わされて一羽の鴉がやって来た。鴉はさかんに地を引っ掻き、アベルの穢れ身(=死体)を匿す方法を教えた。それを見てカインは言った。「ああ何たる情けないことだ。俺はもうこの鴉にもかなわないのか。弟の穢れ身を匿す力すらないのか」。
『古事記』中巻 カムヤマトイハレビコは九州から東征の旅に出て、熊野へ到る。高木の大神が「天から八咫烏(やたがらす)を遣わして導くから、その後を行け」と告げる。カムヤマトイハレビコは、八咫烏にしたがって大和方面へ向かい、土地の荒ぶる神を平定し、服従せぬ人たちを追い払う。彼は橿原宮(かしはらのみや)で即位し、神武天皇となる。
『聊斎志異』巻11−433「竹青」 魚客(または魚容)という男が呉王廟で眠り、夢で呉王から黒衣を授けられ、それを着るとたちまち烏に化した。烏となった彼は、「竹青」という雌烏と結婚して楽しく暮らすが、人の投げた石つぶてに当たって死んだ。目覚めると、魚客は呉王廟で寝ていた〔*後、魚客は人間の姿をした竹青に再会する。魚客は黒衣を着て烏となり、遠方の竹青の所まで飛ぶ、などのことをする〕。
*父親の言葉によって、息子たちが烏になってしまう→〔呪い〕1の『七羽のからす』(グリム)KHM25。
『山海経(せんがいきょう)』第14「大荒東経」 温源の谷があり、その上に扶桑の木が生えている。一個の太陽がやって来ると、一個の太陽が出て行く。太陽はみな、烏を載せている。
『洞冥記』巻4 東北の地に地日草、西南の地に春生草という不老の薬草が生えている。太陽の中に住む三本足の鴉が、しばしば天から飛び降りてこの草を食べる。太陽が乗る龍車の御者・羲和(ぎか)が、それを妨げようとするが、鴉は制止を聞かず降下してしまう。この草を食べれば年をとらないことを、知っているからである。
*烏の鳴き声→〔動物音声〕2aの『駒長』(落語)。
『山城国風土記』逸文 タマヨリヒメが石川の瀬見の小川で川遊びをしていた時、丹塗り矢が流れて来た。それを床の辺にさして置くと、身ごもって男児を産んだ。その子は成人の祝宴の折、屋根を突き破って天に昇った〔*→〔矢〕8の『賀茂』(能)では、丹塗り矢ではなく白羽の矢が流れて来る。女がそれを取って庵の軒に挿し、男児を産む〕。
*神の化身の矢が、厠(=川屋)の女の陰部を突く→〔厠〕1の『古事記』中巻。
*仙人が川辺の女を見て落下し、その女と結婚する→〔飛行〕1cの『今昔物語集』巻11−24。
『万葉集』巻3には、「この夕べ柘(つみ)のさ枝の流れ来ば梁(やな)は打たずて取らずかもあらむ」〔389歌〕など、柘枝(つみのえ)伝説にもとづく歌が三首ある。ただし、この伝説を記した『柘枝伝(しゃしでん)』は、現存しない。「吉野の谷川を流れて来た柘(=山桑)の小枝が、漁夫味稲(うましね)の梁にかかって美女と化す。美女は味稲の妻になるが、後に昇天した」という内容であろうと考えられている。
*釣り上げた亀が美女に変じ、男と結婚する→〔釣り〕2aの『丹後国風土記』逸文(浦島説話)。
『後漢書』列伝第76「西南夷伝」 節の三つついた竹が川を流れて来て、衣を洗う乙女の足の間に入る。竹の中から泣き声が聞こえ、割ると小さな男児がいた。この子は後に夜郎県の竹王となった〔*『華陽国志』などに類話〕。
『桃太郎』(昔話) 婆が川で洗濯をしていると、川上から桃が流れて来る。家へ持って帰り、切ろうとした時、桃は割れて桃太郎が生まれる。桃太郎は一杯食べれば一杯だけ、二杯食べれば二杯だけ大きくなり、一つ教えれば十まで覚えて、力持ちの少年に成長する(青森県三戸郡)。
『更級日記』 十三歳の菅原孝標女が、父とともに上総国から上京する途中、富士河の辺で、土地の人が来て語った。「ある暑い日、富士河を流れる黄色い反故紙を見つけて拾うと、翌年の除目の内容が朱文字で記してあり、一つも違わずそのとおりになった。富士山に多くの神が集まり、翌年の人事を決めるということが、これによってわかった」。
『天稚彦草子』(御伽草子) 天上世界の鬼が、息子・天稚彦(天稚御子)と彼を慕い天へ上って来た妻との、月に一度の逢瀬を許す。ところが妻はそれを「年に一度」と聞き違える。鬼は瓜を打ちつけ、そこから天の川が流れ出る。天稚彦と妻は、彦星・七夕(織姫)となって、年に一度だけ、七月七日に逢うことになった。
『妹背山婦女庭訓』3段目「山の段」 妹山・背山の中を流れる吉野川をはさんでその両岸に、久我之助・雛鳥の恋人どうしが住む→〔和解〕2。
『古事記』上巻 スサノヲが地上から高天原へ昇り、アマテラスが武装して待ち迎える。スサノヲとアマテラスは、天の安河を間にして向かいあう。二神は互いの持つ剣と珠を交換して、天の真名井の水でそそぎ、それを噛んで吹き出す(*→〔息〕1a)。そこから合計八柱の神が生まれる〔*『日本書紀』巻1に同記事〕。
『舟橋』(能) 川むこうの恋人に逢うために、暗夜、舟をならべ板を渡して作った橋の上を男が行く。女の親が橋板をとりはずし、男は川に落ちて死ぬ。
『出雲国風土記』嶋根の郡加賀の神崎 「失せた弓箭出よ」と枳佐加地売命が願うと、水のまにまに角の弓箭が流れ来る。これではない、と投げ捨てると金の弓箭が流れ来る。
『東海道名所記』巻4 布留の川を鉾が流れ下り、女の洗っていた布にかかる。鉾を取り上げて沙の上に立てると、根づいて杉の木となり二もとに別れる。これが石上布留明神の御神木である。
『遠野物語』(柳田国男)63 川上から流れて来た赤い碗を女が拾い、ケセネギツの中の米や麦を計る容器としてその碗を使う。すると、ケセネギツの中の米や麦はいつまでたってもなくならなかった。かつて女はマヨイガを訪れながら何も取って来なかったので、碗が、女に与えるべく自分から流れて来たのだった→〔異郷訪問〕2。
『ハックルベリー・フィンの冒険』(トウェイン) 「僕(ハックルベリー・フィン)」は、親父から逃れてミシシッピー川のジャクソン島に隠れる。そこには、雇い主ミス・ワトソンのもとから逃亡した黒人奴隷ジムがいた。「僕」とジムは自由な暮らしを求めて、筏でミシシッピー川を南下する〔*物語の最後で、ミス・ワトソンが死に、彼女の遺言で、ジムはもはや奴隷ではなく自由の身になったことがわかる〕。
『一寸法師』(御伽草子) 津の国難波の里の翁・媼の子として生まれた一寸法師は、十二〜三歳になっても背丈が伸びず、翁・媼からうとまれたため、家を出た。彼は、針の刀を麦藁の鞘におさめ、御器の舟と箸の櫂で川をさかのぼり、都に到った。
『地獄の黙示録』(コッポラ) ウィラード大尉と四人の部下が、メコンデルタ地帯から哨戒艇で川をさかのぼり、ベトナム戦争のさまざまな局面を見る。ヘリコプター部隊が、大音量でワーグナーの『ワルキューレ』の音楽を流しつつ、地上を爆撃・銃撃する。アメリカ本土から派遣された踊り子三人が腰をくねらせて、基地の兵士たちを慰問する。上流に到ると、岸からロケット弾や槍などで攻撃され、二人が死ぬ。ウィラード大尉と二人の部下が生き残り、川の行き止まりの王国にたどり着く。
『草迷宮』(泉鏡花) 葉越明は、幼い頃母が歌った手毬唄の歌詞を知る人を捜し、故郷小倉を出て諸国を旅する。三浦半島秋谷の川に手毬の流れるのを見た彼は、上流にある鶴谷邸の空き屋敷へ泊まりこみ、そこで、畳が動き行燈が天井へ上がるなど、さまざまな怪異に遭う。
『古事記』上巻 高天原から出雲の国の肥の河上(=斐伊川)・鳥髪の地に降り立ったスサノヲは、箸が川を流れ下って来るのを見る。彼は川上に人がいると察して捜し尋ね、少女(=クシナダヒメ)を中において泣く老夫婦と出会う〔*『日本書紀』巻1・第8段本文では箸は流れず、「川上に人の泣き声が聞こえた」と記す〕。
『今昔物語集』巻10−8 帝からの召しがなく後宮で空しく日を送る女が、柿の葉に詩を書き、宮中の川に流す。葉は宮中から流れ出て、川下にいた呉の招孝がそれを拾う。招孝は別の葉に返詩を書き、川上まで行って流す。葉は宮中へ流れ入り、女の手に入る。後、不思議な巡り合わせで二人は夫婦になる〔*『俊頼髄脳』に類話〕。
『長谷寺験記』下−15 高光少将の妻は、行方知れずの夫を捜して長谷寺に参籠の帰途、夫の扇が泊瀬川のしがらみに流れかかっているのを見る。彼女は川上を尋ね上り、多武峰に修行する夫と再会する。
『発心集』巻6−13 ある聖が、北丹波の谷川で切り花の捨てがらが流れるのを見る。上流を尋ねると庵が二つあり、かつて上東門院に仕えた女房が二人、世を逃れ四十余年隠れ住んでいるのだった。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第22章 トリスタンは、果樹園の泉から王妃イゾルデの部屋の方へ流れる川に、片面に「T」、もう一方に「I」と書いた板切れを流す。それが密会の合図で、二人は泉のほとりのオリーブの木陰で逢瀬を重ねる→〔影〕5。
*→〔合図〕1の『妹背山婦女庭訓』3段目「吉野川」・『国性爺合戦』3段目「甘輝館」・〔合図〕2の『椿三十郎』(黒澤明)。
『狩人グラフス』(カフカ) 狩人グラフスは、ドイツの深い森でカモシカを追ううちに、岩からころげ落ちて死んだ。彼は三途の川の舟に乗せられたが、渡し守が舵を取り間違えた。グラフスの国の美しい景色に、渡し守が見とれていたせいかもしれない。渡し守が方向を間違えたばかりに、舟はあの世へ行き着くことができず、グラフスを乗せたまま、今でもこの世の国々の水辺をさまよっている。
川へでる(松谷みよ子『現代民話考』) ある男が落馬して死んだが、一日ほどして生き返り、語った。「流れの速い大河の向こうに、近年亡くなった知り合いたちが並んで、手招きする。その中に叔父がいて、「お前の来る所でないぞ」と叫び、こわい顔でにらむ。迷っていると、後ろから呼び声がするので、振り返ったとたん息を吹き返した。あの大河こそ、三途の川であったろう」。男はその後二十年も長生きし、明治の中頃に没した(山形県)。
*三途の川沿いに、山を登って行く→〔山〕7dの魂のおとずれ(松谷みよ子『現代民話考』)。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第3歌 「私(ダンテ)」は生きた人間の身体のまま、詩人ヴェルギリウスの霊に導かれて、死者の国へ降りて行く。白髪の老人カロンが舟を漕ぎ、大勢の裸体の死者たちを乗せてアケロンの川を渡り、地獄へ運ぶ。カロンは「私」を見て、「汝は生者ゆえ通さぬ」と怒るが、ヴェルギリウスが「これは神の意志だ」とカロンに命ずる。「私」は恐ろしさに昏倒する〔*「私」は意識をなくした状態で運ばれる〕。
*→〔水鏡〕1bの『変身物語』(オヴィディウス)巻3。
『ムーンライト・シャドウ』(吉本ばなな) 百年に一回くらいの割合で、川の向こうに死者の姿が見えることがある。死者の残留思念と、残された者の悲しみがうまく反応し合った時、それは起こり、「七夕現象」と呼ばれている。早春の夜明け前、女子大生の「私(さつき)」は、二ヵ月前事故死した恋人等(ひとし)を、川の向こうに見た。声を出したり、橋を渡ったりしてはいけない。やがて夜が明け、等は笑って手を振りながら、青い闇の中へ消えて行った。
*死者の姿が見える島→〔島〕3の『かげろふ日記』上巻・康保元年7月。
『国家』(プラトン)第10巻 死者の魂たちは、それぞれが次の生涯でどのような運命を選ぶか決めた後、忘却の野まで行き、放念の河の水を飲む。飲んだとたん、彼らは一切のことを忘れてしまう。
『神曲』(ダンテ)「煉獄篇」第28〜33歌 ヴェルギリウスに導かれ、「私(ダンテ)」は煉獄を経て地上の楽園に到る。泉から、悪を忘却させるレテ川と善を想起させるエウノエ川が流れ出ており、マテルダ夫人が「私」の身体を両方の川に浸し、水を飲ませて、「私」を新生させる。
『団子婿』(昔話) 愚かな婿が嫁の里ではじめて団子を食べ、美味だったので、忘れないよう「団子、団子、団子、・・・・」と言いながら帰って来る。ところが、村の近くの川を「ふいっ」と飛び越した拍子に団子を忘れ、「ふいっ、ふいっ、・・・・」と唱えつつ家に着き、「ふいっを作ってくれ」と嫁に注文する(兵庫県城崎郡香住町御崎。*川を「どっこいしょ」と飛び越し、「どっこいしょ」を作ってくれ、と言う形もある)。
*川を渡る時に足を踏み外して、自分の名前を忘れる→〔名前〕2の『名取川』(狂言)。
*渡し舟で川を渡る時に、只乗りするための言葉を忘れる→〔乗客〕9aの『薩摩守』(狂言)。
『日光山縁起』上 有宇中将は妻・朝日の君を下野国に残し、都への旅に出る。朝日の君が、「途中にある『つまさか川』の水を飲むと二度と妻に逢えなくなるので、飲まないように」と教えるが、有宇中将は我慢できずに川の水を飲んでしまう。そのため中将は病気になり、野辺に倒れ死ぬ。朝日の君も中将の後を追って旅に出、道中で死ぬ〔*しかし炎魔王が二人を蘇生させる〕。
『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」 サガラ王の息子である六万人の王子が、カピラ仙に睨まれ、一瞬にして灰と化した。ヤマ(死神)の国をさまよう彼らの霊を天界へ送るには、ガンガー(ガンジス河)の聖水で清めなければならない。ガンガーの女神は、その頃は天界に住んでいた。王子たちの子孫にあたるバギーラタ王が、千年間苦行をして、ガンガーに地上への降下を請う。ガンガーは大瀑布のごとく渦巻いて落下し、六万の王子の霊は天界へ上ることができた。
*川の上流の異郷へ行く→〔異郷訪問〕2。
『古事記』中巻 美女セヤダタラヒメが厠にいた時、美和の大物主(オホモノヌシ)の神が丹塗り矢となって溝を流れ下り、彼女の陰部を突いた。セヤダタラヒメは驚いたが、その矢を床の辺に置くと、美しい男に変じた。男とセヤダタラヒメは結婚して、女児が生まれた〔*女児=イスケヨリヒメは、成長後、神武天皇の皇后になった〕。
『古事記』中巻 春山の霞壯夫(かすみをとこ)が、藤の蔓(つる)で作った衣服と弓矢を身につけて、伊豆志袁登賣(いづしをとめ)の家へ行くと、彼の衣服も弓矢も、藤の花になった。霞壯夫は弓矢を、伊豆志袁登賣の厠に掛けておく。伊豆志袁登賣は花(=弓矢)を見て不思議に思い、自分の部屋へ持ち帰る。霞壯夫はその後について部屋に入り、伊豆志袁登賣と交わって子供ができた。
幽霊(松谷みよ子『現代民話考』) 昭和二十年頃。女学校の体育館の裏手に木造の便所があった。女学生が電球を使って自慰をしていたところ、誤って怪我をしてしまった。女学生は「痛いよう、痛いよう」と言いながら死んでいった。その後、時々、便所の方から痛みを訴える声が聞こえ、しばらくの間、その便所は使用禁止になった(大分県)。
トイレの花子さん(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』) 花子さんは、学校の女子トイレに出没する。誰もいないトイレの戸を叩きながら「花子さん、いますか?」と尋ねると、中から「は〜い」と返事をする。おかっぱ頭の少女が姿を現すこともある。便器の中から青い手が出るともいう。問いかけに対して、コックリさんのように、イエスなら一回、ノーなら二回と、ノックの回数で答えてくれる、という話もある。
『今昔物語集』巻7−21 宋の時代。恵果和尚が厠の前で一人の鬼に出会った。鬼は「前世で私は寺の事務僧だったが、過ちがあったので、現世は、厠で糞を食う鬼になってしまった」と言い、「この苦を救い給え」と請う。恵果和尚は、鬼のために法華経を書写し、供養する。後、恵果和尚の夢に鬼が現れ、「おかげで鬼の境涯を脱することができました」と、礼を述べた。
『諸国百物語』第42話 某家の雪隠に化け物がおり、風の吹く時は、毛の生えた手で尻をなでるという。ある人が「化け物の正体を見届けてやろう」と雪隠に入り、化け物の手を捕らえてみると、それは薄(すすき)の穂であった。雪隠の下に生えた薄が、風になびいて尻にさわるのを、毛の生えた手がなでる、と皆が思い込んだのである。
*厠から手が出て、陰部をさわる→〔河童〕5の『夜窓鬼談』(石川鴻斎)上巻「河童」。
トイレ・手が出る(日本の現代伝説『幸福のEメール』) ある田舎の学校では、昔、右から三番目のトイレの便器から青い手が出てきて、入っている人の足をつかみ、便器の中に引きずりこんだそうだ。その学校が建っていた土地は、もとは墓地だった。
*トイレからナイフを持った手が出て、人を刺す→〔言挙げ〕5bの赤いはんてん(松谷みよ子『現代民話考』)。
天狗による神かくし(松谷みよ子『現代民話考』) 明治初期の新潟。「万之助」という屋号の家に、オモという若嫁がいた。ある吹雪の夜遅く、風呂から上がって腰巻をつけただけで、玄関近くの便所へ小用を足しに行き、忽然と姿を消してしまった。天狗が、湯上りで半裸体のオモを見て欲情し、さらって行ったと思われた。以来、猛吹雪を「オモ荒れ」と呼んだり、「腰巻一つで便所に行くと天狗にさらわれる」と言われるようになった(新潟県東頸城郡松代町池尻)。
『古事記』中巻 「朝夕の食事の席に出て来ない大碓命を教えさとせ」と、父景行天皇が小碓命(後のヤマトタケル)に言う。小碓命は、兄大碓命が厠に入った所を捕え、手足をもぎ取り、薦に包んで投げ棄てた〔*『日本書紀』には、ヤマトタケルが兄を殺す物語はない〕。
『古事記』下巻 隼人(はやひと)の曾婆訶理(そばかり)は、墨江中王(すみのえのなかつみこ)の寵臣だった。しかし曾婆訶理は、主君墨江中王が厠に入るのをうかがって、矛で刺し殺した〔*『日本書紀』巻12履中天皇即位前紀では、隼人・刺領巾(さしひれ)が、厠にいる住吉仲皇子を、矛で刺し殺す〕。
『共同生活』(大江健三郎) 勤務先の職員トイレで自涜する青年がいた。ある日、隣の女子用個室の下から、誰かが手鏡を使って、青年の自涜を覗き見た。同じ職場の三十歳過ぎの女事務員らしかった。ところが、人員整理で退職者を選出せねばならなくなった時、女事務員は青年を指さして、「この男はトイレを覗きながら厭らしいことをしていたわ。クビになるべきよ」と言った。青年は抗議するが、馘首(かくしゅ)されてしまった。
下水溝のワニ(ブルンヴァン『消えるヒッチハイカー』) フロリダへ旅行した人たちが、ワニの赤ん坊をペットとしてニューヨークへ持ち帰る。ワニが大きくなると、飼い主は持て余してトイレに流してしまう。真っ暗な下水溝の中で、ワニたちは生きのび繁殖する。陽の当たらぬ場所で生まれ育った盲目の白いワニたちが、今、ニューヨークの下水溝を泳ぎまわっている。
★1.人相を見て、将来、地位と権力を得るであろうことを見抜く。
『大鏡』「道長伝」 飯室の権僧正の伴僧に観相者がいた。彼は「道隆には天下を取る相があり、道兼には大臣の相があり、伊周には一時的に権勢を得る相がある」 と占ったが、結局、「道長こそ、『虎の子が奥山の峰を渡る』という最高の相があり、誰よりもすぐれ、際限なく栄える」と結論した。
『江談抄』第2−25 一条左大臣源雅信がまだ年少の時、平時望が占って「必ず従一位左大臣に至るでしょう。その時、もし縁あらば、我が子孫を挙げ用いて下さい」と言った。雅信は大臣になってからもその言葉を忘れず、時望の孫惟仲に特別の好意を示した。
『江談抄』第2−26 平珍材は、息子惟仲の相を見て「大納言になる相だが、貪りの心のため妨げられるだろうから慎むべし」と占った。後、惟仲は中納言に至り、太宰帥となったが、職務上の失敗により解任された。
『江談抄』第3−23 藤原道明(後に大納言)が妻と同車して市に行った。一人の老女が妻を見て、「貴女は必ず大納言の妻になる」と予言し、次に道明を見て「それはこの人の力によるものだろうか」と言った。
*自らの出世の相を見る→〔水鏡〕3aの『古今著聞集』巻7「術道」 第9・通巻297話。
『源氏物語』「桐壺」 光源氏が七歳を過ぎた頃、高麗からすぐれた相人が来朝した。父・桐壺帝は、光源氏が帝の子であることを隠し、右大弁の子のように仕立てて相人の所へ連れて行く。相人は光源氏を見て驚き、「帝王の相があるが、そうなると国が乱れるかもしれぬ。だからといって、摂政関白のような臣下の相とも異なる」と、不思議がった〔*光源氏は、帝王とも臣下とも異なる、准太政天皇という位についた〕。
『古今著聞集』巻7「術道」第9・通巻299話 野宮の左大臣藤原公継が 幼少の頃、その身分を隠して、母が播磨の相人の所へ連れて行った。相人は、「この子は一の上(左大臣)にいたる人です」と占った。母が「これは、侍程度の身分の者の子です」と言ってあざむくと、相人は「大臣の相おわしますものを」と、不思議がった〔*占いどおり、公継は左大臣従一位になった〕。
『大鏡』「昔物語」 高麗の相人が、若き日の夏山繁樹夫妻を見て、「二人長命」と占う。また、藤原時平・仲平を「日本国には過ぎた人」、忠平を「日本国のかため。末長く子孫が繁栄するのは、この殿」と判ずる。さらに、若き日の小野宮実頼が、わざと卑しい恰好をして身分低い者たちの中にいるのを、相人は遠くから見て指さし、「貴臣である」と看破した。
『三宝絵詞』中−1 百済から日羅が来朝する。少年聖徳太子が身をやつして童たちにまじって見ていると、日羅は太子を指さして怪しみ、ひざまづき合掌して「敬礼救世観世音」と唱える〔*『今昔物語集』巻11−1などに類話〕。
『マホメット伝』(イブン・イスハーク) おじに連れられて来た少年マホメットを見て、占い師が「その子だ」と叫ぶ。おじがマホメットを隠すと、占い師は「あの子にはたしかに何かがある」と言う。
『大鏡』「道長伝」 藤原道長の息子・顕信は、寛弘九年(1012)正月十九日、十九歳で出家した。右衛門督実成は、早くから「顕信には出家の相がある」と言い、顕信が実成の娘に求婚した時も、これを許さなかった(*顕信の母も、彼の出家を予知する夢を見た→〔夢解き〕2)。
『今昔物語集』巻15−22 相人が、足切りの刑に処せられる盗人を見て「往生すべき相のある者だ」と言い、検非違使は盗人を放免する。盗人は出家し、日夜念仏を唱えて極楽往生した。
『入鹿』(幸若舞) 内裏の庭の草とりをして働く鎌足は、只人ならざる非凡の相を有していたため、行事の弁に見出され、文章生に任ぜられる。
『信太』(幸若舞) 陸奥の国外の浜で塩焼き童となった信太は、その高貴な姿を塩路の庄司に見出され、彼の養子になり、かしづかれる。
『近世畸人伝』(伴蒿蹊)巻之3「相者龍袋」 中村龍袋はすぐれた観相家で、門人たちの血色を見てその将来を言い当て、外れることがなかった。彼は五十七歳の時、「私には餓死の相がある」と言い、門戸を閉じて絶食し、数日後に死去した〔*このタイプの物語を極端な形にしたのが、→〔予言〕1cの『百喩経』〕。
*→〔手相〕2の『誰がために鐘は鳴る』(ヘミングウェイ)第2章。
*→〔水鏡〕3aの『平治物語』上「信西出家の由来」。
*→〔予言〕3の『現代の英雄』(レールモントフ)第2部「運命論者」。
*面にあらわれた死相→〔面〕6の『修禅寺物語』(岡本綺堂)。
*人相を見て寿命を知る→〔寿命〕2aに記事。
★1.水想観。心の中に水を観じ、自身とその周囲をすべて水にしてしまう。
『弘法大師御本地』(御伽草子) 空海は、たびたび水想観を修し、家の内が池となることがよくあった。
『撰集抄』巻7−6 恵心僧都は常に水想観を修し、我が身と一室を、ことごとく水になしていた。ある日、保胤入道が訪れると、室内は水ばかりで恵心の姿がなかったので、保胤は枕を水中に投げ入れた。翌日、恵心は「胸苦しいので枕を取ってくれ」と言って再び水想観をし、保胤は水に入って枕を取り出した。保胤の身体は少しもぬれなかった。
『ねむり姫』(澁澤龍彦『ねむり姫』) 中納言家の十四歳の姫君が突如昏睡におちいり、いつまでも目覚めない。数十年以上が経過し、姫は十四歳の姿のまま、小舟に乗せられて宇治川へ流される。姫には異母兄がおり、八十歳近くの老僧になっていた。老僧は自らの死期を悟り、宇治川の水を部屋にまいて、最後の水想観をする。彼の身体も外界も、すべて水になる。水の彼方に小さな点が見え、だんだん近づいて来る。それは、眠る姫君を乗せた小舟である。
アゴの杢之助の話 江戸時代。アゴが長いので「アゴの杢之助」と呼ばれた泥棒が、夜、愚堂国師の部屋へ盗みに入る。ところが部屋には誰もおらず、柏の木が一本そびえていた。愚堂は坐禅をして「庭前の柏樹子」の公案に取り組んでおり、我を忘れて公案になりきっていたため、愚堂の姿は消え、室内に柏の木が生じたのである。坐禅を終えると、愚堂の姿が現れた。杢之助は驚き、愚堂に弟子入りした。
★3.次の例は、禅師が「無」を観じていたために、その姿が見えなかったのであろう。
『雨月物語』巻之5「青頭巾」 旅の快庵禅師が、山寺に宿を請う。山寺の僧は鬼畜の境涯に陥っており、快庵禅師を喰おうとして、月明の夜、寺中を捜し回る。しかし、どこにも快庵禅師の姿は見えない。快庵禅師は終夜眠らず一所に坐しており、朝になって僧はようやく快庵禅師の姿を見出す。僧は「鬼畜の目で活仏を見ることができないのは当然だ」と言って、恥じ入る。
*→〔変身〕3aの、『変身』(カフカ)の主人公グレゴール・ザムザは、自身を「毒虫のようなものだ」と観じていたゆえに、家族の目からも彼が毒虫に見えたのかもしれない。
『閑居の友』上−19 中間僧(ちゅうげんそう=雑用をする法師)が毎夜、不浄観を修していた。それを知った主が、「粥を観じて見せ給え」と望む。中間僧が、粥の入った椀を折敷(おしき=角盆)でおおい、しばらく観念してあけて見ると、粥はすべて白い虫に化していた。
*生きた人間を、「髑髏」や「白骨」と観ずる→〔骨〕9。
*「水」「木」「虫」など心の中に観じたイメージが他人の目にも見える〔観法〕の物語とは異なり、心の中の思いが言葉として他人に知られてしまうのが→〔心〕7bの『サトラレ』(本広克行)である。
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