★1.雨・雪に濡れる人や像に、笠をかぶせる・傘をさしかける。
『笠地蔵』(昔話) 大晦日、爺が町へ笠を売りに行くが少しも売れない。帰り道、吹雪の中に立つ六体の地蔵に、爺は六つの笠をかぶせる。その夜、六体の地蔵が来て、爺の家に宝物の袋を投げこむ。
笠寺観音の伝説 鳴海長者の雑仕女・玉照は、ある日、野中で五月雨に濡れる十一面観音像を見、自分の笠をぬいで観音像にかぶせた。それから何日か後に、関白藤原基経の三男兼平中将が鳴海長者の屋敷に泊まった。兼平は玉照の美しさに目をとめ、京へ連れ帰って正夫人(玉照姫)とした。玉照姫は帝に奏聞し、観音像のために大きな寺を建立した(名古屋市南区笠寺町笠寺観音)。
『今昔物語集』巻2−22 天竺に一人の人がいた。その人は前世で貧しい家に生まれたが、ある時、雨にぬれる人に、古い破れ笠を与えたことがあった。その功徳によって現世では、その人の頭上に常に天蓋があった。
『西鶴諸国ばなし』(井原西鶴)巻1−4「傘(からかさ)の御託宣」 紀州の人の持つ傘が強風で飛ばされ、肥後国の山奥の穴里という所に落ちた。この里では誰も傘というものを見たことがなかったので、「これは神様であろう」と思って祀った→〔器物霊〕1。
『加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)』「汐入馬捨場」 局(つぼね)岩藤が、悪事の報いで斬られてちょうど一年後の春の日。彼女の死骸を捨てた汐入堤の馬捨場に、その亡霊が現れる。岩藤は生前同様の美しい裲襠(うちかけ)姿で、片手に扇を持ち、片手に日傘をさし、蝶を追って空に浮かび上がる。「咲きも乱れず散りもせず、八重九重に桜の盛り、げに眺めある風情じゃなあ」と下界の桜を愛でて、岩藤は空を飛んで行く。
『メリー・ポピンズ』(スティーブンソン) 一九一〇年のロンドン。幼い姉弟ジェーンとマイケルの父バンクス氏は銀行員で仕事一筋、母は婦人参政権運動にいそがしく、子供たちはさびしい思いをしていた。ある日メリー・ポピンズが、右手でこうもり傘をさし左手に鞄を持って、空から降りて来る。彼女はジェーンとマイケルの乳母になって、二人の世話をする〔*後にメリー・ポピンズはバンクス家を去るが、来た時とは逆に、左手に傘、右手に鞄を持って飛んで行く〕。
*普通は、傘をさしても空を飛べるわけではない。せいぜい、傘をパラシュート代わりにして、高い所から飛び降りるくらいである→〔うちまき〕2cの『愛宕山』(落語)。
『雨ふり小僧』(手塚治虫) 古傘から発生した雨ふり小僧が、村の分教場の中学生モウ太と友達になる。モウ太は、下駄ばきの雨ふり小僧に「ブーツを買ってやる」と約束するが、一家で町へ引っ越す嬉しさで、それを忘れてしまう。四十年後、小さな会社の社長となったモウ太は、娘にブーツをねだられたのがきっかけで約束を思い出し、村へ行く。雨ふり小僧は橋の下でずっと待っており、モウ太が立派に成長したことを喜んで、消えてゆく〔*→〔器物霊〕の一種〕。
『ボク東綺譚』(永井荷風) 六月末の夕方、五十八歳の独身作家である「わたくし(大江匡)」は、玉の井の私娼窟を歩いていて夕立にあった。傘をひろげると、「旦那そこまで入れてってよ」と、女が飛びこんで来る。女はお雪という二十六歳の娼婦であった。「わたくし」はお雪の家へ行き、雨宿りをする。「わたくし」はお雪との関係を三ヵ月ほど続ける。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ81 雨の降る道を、傘をさして一人歩いていると、死んだ祖父や父や友人のことがしきりに思い出される。前方の角にたたずむ人があり、ものも言わず傘に入って来る。見ると、今まで思っていた懐かしい死者の顔である。そういう時には、すぐさま傘を死者に渡して、今来た道を戻ると良い、と言う。
*「傘が降るから雨を寄こせ」→〔言い間違い〕5の『近目貫』「白雨(ゆふだち)傘」。
『大仏供養』(能) 悪七兵衛景清は、頼朝が奈良の大仏供養を行なうと知り、白張浄衣の神主姿に身をやつしてしのび入るが、浄衣の下に着た鎧の金物が光るのを、頼朝の重臣に見咎められる。
『日本書紀』巻13允恭天皇5年7月 殺人を犯した玉田宿禰が、允恭天皇のもとに召喚される。玉田宿禰は、衣の下にひそかに鎧を着て参上する。衣の中から鎧の端が出ているのを、天皇はみとめる。
『平家物語』巻2「教訓状」 武士を召集し法住寺の御所へ押 し寄せようとする平清盛のところへ、嫡子重盛が諌めにかけつける。清盛はあわてて鎧の上に法衣を着、胸板の金具が見えるのをひき隠しつつ、対面する。
『一谷嫩軍記』3段目「熊谷陣屋」 熊谷直実は、敵将平敦盛を救うために、十六歳の我が子小次郎を犠牲にした。直実はこの世の無常を深く観じ、戦の陣中にありながら、源義経に暇(いとま)を請う。義経の許しを得て直実が鎧を脱ぐと、下にはすでに白無地の僧衣を着ていた。直実は出家して名を「蓮生」と改め、小次郎の菩提を弔った。
『仮名手本忠臣蔵』4段目「判官切腹」 塩冶判官は殿中で刀を抜き、高師直に斬りつけたため、自邸での謹慎を命じられる。そこへ、石堂・薬師寺の両名が、「切腹申しつくる」との上意を伝えに訪れる。塩冶判官は黒の長羽織姿で応対し、薬師寺が「不作法だ」となじる。塩冶判官は笑って羽織を脱ぎ捨てる。下には、かねて覚悟の白の死装束を着けていた。
『平家物語』巻3「医師問答」 維盛以下の公達が、浄衣の下に薄色の衣を着て岩田河の水に戯れた時、ぬれた浄衣に薄色がうつり薄墨の喪服のごとく見えた。これは、維盛の父重盛の死を暗示するものであった〔*延慶本『平家物語』巻3−21「小松殿熊野詣事」では、浄衣の色が重服にかわって河浪に映った、と記す〕。
『鷲は舞いおりた』(スタージェス) ドイツの落下傘部隊十六人がポーランド兵に変装して、イギリスの某村に降下する。その地で静養中のチャーチル首相を、ベルリンへ誘拐する計画であった。彼らはスパイではないので、ポーランドの軍服の下にドイツの軍服を着込む。戦闘になったら、ドイツ兵として堂々と戦うつもりであった。しかし事故のため一人が死に、ドイツの軍服が村人たちに見られてしまった。
『夕陽のガンマン(続)』(レオーネ) 南北戦争時代。ならず者のトゥコとブロンディが南軍の灰色の軍服を手に入れ、墓地に埋められた二十万ドルを得ようと、荒野を行く。灰色の軍服を着た騎兵の一隊がやって来るので、トゥコは「南軍万歳」と叫ぶ。ところが灰色に見えたのは、軍服に積もった土埃で、それを払いのけると、北軍の青色の軍服があらわれた。トゥコとブロンディは、その場で北軍の捕虜になった。
『振袖』(小泉八雲『霊の日本』) 江戸時代初め頃。娘が美しい若侍に恋わずらいして死に、形見の振袖が寺に納められた。住職は、その振袖を高い値で売った。ところがそれを買った娘は、「若侍の幻にとりつかれ、私は恋い焦がれて死ぬ」と言い、死んでしまった。次に振袖を買った娘も、その次に買った娘も、同様に死んだので、寺では振袖を焼いた。その火が寺の屋根に移り、江戸市中のほとんどを焼き尽くす大火事になった。これが明暦三年(1657)の「振袖火事」である。
『鸚鵡七十話』第8話 某商人の妻は浮気性だったので、門番たちが彼女を外出させなかった。妻は「家が火事になれば、見張りの者たちは消火活動に夢中で、私が出かけたことにも帰ったことにも気づかないだろう」と考え、家に火をつけて、情夫に逢いに出かける。ところが情夫も火事の様子を見に行ってしまったので、妻は情夫に逢えず、家も火事で失った。
*恋しい男に逢いたさに、放火する→〔処刑〕3の『好色五人女』(井原西鶴)巻4「恋草からげし八百屋物語」。
『クオ・ワディス』(シェンキェーヴィチ) 皇帝ネロは、自分を天才詩人であると思っていた。彼には、「トロイア炎上を語るホメロスの『イリアス』にまさる傑作を創りたい」との野心があった。「実際に大火を見れば、詩想が湧くだろう。詩と芸術のためには、すべてを犠牲にしてよい」とネロは考え、ローマ市街に火を放った。ローマは七日間燃え続け、十四地区のうち十地区が灰燼に帰した。
*地獄変の屏風絵を描くために、自分の娘が焼き殺されるありさまを見る→〔子殺し〕8の『地獄変』(芥川龍之介)。
★4a.不滅の美である金閣寺を焼いて、世界を変えようとする。
『金閣寺』(三島由紀夫) 田舎の寺の子として生れた「私(溝口)」は、金閣寺の美しさを、父からよく聞かされた。太平洋戦争末期の昭和十九年、「私」は金閣寺の徒弟となった。美しい金閣寺も、醜い「私」も、ともに空襲の火で焼け亡ぶのだ、と「私」は期待する。しかし戦争は終わり、金閣寺は焼けなかった。金閣寺と「私」の関係は絶たれた。「私」は、「金閣寺を焼かねばならぬ」と思う。昭和二十五年七月一日深夜、「私」は金閣寺に火を放った。
★4b.「神は愛なり」の教えは嘘だと言って、教会に放火する。
『何が彼女をそうさせたか』(鈴木重吉) 昭和初期。すみ子の父は、失業と病気のために自殺した。すみ子は曲馬団に売られ、女中奉公をし、恋人と心中をはかるなど、苦労を重ねた後に、更生施設である教会「天使園」に収容される。しかし教会の女園長は、愛を説きつつ、その言動は、愛とは程遠かった。すみ子は「『神は愛』なんて嘘だ」と叫び、夜、教会に放火して全焼させる〔*教会放火の場面はフィルムが残っていない。ラストシーンでは、火の粉が舞う夜空に「何が彼女をそうさせたか」の文字が現れたという〕。
『日本霊異記』上−33 河内国石川郡に住む貧しい女が、落穂拾いをして資金を作り、絵師を招いて阿弥陀仏の画像を描いてもらった。女は画像を八多寺の金堂に納め、常に拝んでいた。盗人が寺に放火し、金堂は全焼したが、阿弥陀仏の画像だけは焼けず、無事であった。
『論語』巻5「郷党」第10 孔子の屋敷の厩が、火事で焼けた。孔子は朝廷から帰って来ると、「怪我をした者はいないか?」とだけ言って、愛馬の安否は問わなかった〔*→〔夫〕8の『厩火事』(落語)ではこの故事をふまえ、女房がわざと転んで夫の茶碗を割り、夫が女房と茶碗のどちらを大事に思っているか、知ろうとする〕。
『タワーリング・インフェルノ』(ギラーミン) サンフランシスコに138階の超高層ビル「グラス・タワー」が完成し、135階の大ホールでパーティが行なわれる。手抜き工事によって電線がショートし、81階で火災が発生する。皆が気づかないうちに火は燃え拡がり、小爆発が何ヵ所かで起こって、階段もエレベーターも使えなくなる。消防隊のオハラハンがヘリコプターで屋上へ昇り、ビルの設計者ロバーツと協力して、大ホールの上に位置する貯水槽を爆破する。380万リットルの水が一気になだれ落ちて、ようやく炎はおさまる。犠牲者は、一般人・消防士あわせて二百人近くにのぼった。
『今昔物語集』巻5−15 天竺の王宮が火事になり、王や家臣たちがあわてて財宝を運び出す。一人の僧が火を見て喜び、財宝の運び出しを制止する。王が僧を咎めると、僧は「王は財宝をむさぼっていたため、地獄・餓鬼・畜生の三悪道へ堕ちるはずだった。今日、財宝が焼けたので、王は三悪道へ堕ちる報いを免れた。喜ばしいことだ」と言った。
*火事を消さず、焼けるにまかせる→〔運命〕2bの『十訓抄』第6−34。
くだんの話 「くだん」は九州・四国地方の妖怪で、牛の腹から生まれる。生まれてすぐ何ごとかを予言して、たちまち死んでしまう。農家などで生まれた子牛が突然、人語を発して「二〜三日中に、どこどこの家が火事になる」と言う。そしてその言葉どおり、名指しされた家が火事になる。驚いた百姓が子牛の所へ行って、「おめえの言ったとおりだ」と言うと、もうすでに子牛は死んでいるので、百姓はまた驚くのである。
*牛面人身の「くだん」→〔牛〕3aの『くだんのはは』(小松左京)。
*人面牛身の「くだん」→〔牛〕3bの『件(くだん)』(内田百閨j。
『遠野物語』(柳田国男)96 遠野の町に芳公馬鹿(よしこうばか)という三十五〜六歳の男がおり、一昨年まで生きていた。彼は、路上で石などを拾って人家に打ちつけ、「火事だ火事だ」と叫ぶことがあった。するとその晩か次の日、物を投げつけられた家から必ず出火した。何度もこういうことがあったので、どの家でも用心したが、火事を免れた家は一軒もなかった。
『仙境異聞』(平田篤胤)上−1 文化年間。下谷七軒町に住む寅吉少年が、ある日、家の棟に上がって「広小路が火事だ」と叫ぶ。火事など見えないので、皆がいぶかると、寅吉は「あれほど燃えるのが見えないのか。早く逃げよ」と言った。人々は「寅吉は物狂いになった」と思ったが、翌日の夜、下谷広小路は火事で焼けた。
*遠く離れた場所の火事を見る→〔千里眼〕2a・3。
『オデュッセイア』巻10 トロイアから故郷イタケへの航海の途中、オデュッセウス一行は風の司アイオロスの島を訪れる。アイオロスは、オデュッセウスと部下たちを歓待し、順調な航海ができるよう、逆風を革袋に封じてくれる。しかし部下たちが革袋を開け、船はアイオロスの島へ吹き戻される。アイオロスは、「戻って来たのは、お前たちが神々に憎まれている証拠だ」と言い、オデュッセウスたちを追い払う。
『風の神と子供』(昔話) 秋の日。見知らぬ男が村の子供たちに「良い所へ連れて行ってやろう」と言い、尻から長いしっぽを出して子供たちをまたがらせ、風を起こして天に舞い上がる。男は、栗や柿や梨の木がたくさんある所へ子供たちを下ろし、風を吹かせて果実を落としてくれる。男は「南風」であり、帰りは「北風」が子供たちをしっぽに乗せて、村へ送ってくれた(新潟県古志郡山古志村)。
『風の又三郎』(宮沢賢治) 二学期の最初の日。一年生から六年生まで一教室で学ぶ小さな学校に、高田三郎が転校してくる。その日は二百十日であり、高田三郎が何かするたびに風が吹くように思われたので、子供たちは「あいづは風の又三郎だ」と言う。皆は毎日、高田三郎と遊ぶが、ある日、五年生の嘉助は、霧の中で、又三郎がガラスのマントを着、ガラスの靴をはいて、空を飛ぶさまを幻視する。嘉助は「あいづはやっぱり風の神だぞ」と思う→〔転校生〕1。
『日本書紀』巻2神代下・第10段一書第4 兄ホノスセリが釣りをする日、弟ヒコホホデミ(=ホノヲリ)は海辺へ行き、海神(わたつみ)の教えのとおり、口をすぼめて息を強く吐く嘯(うそぶき)をして、風を招いた。たちまち海神が疾風を起こし、ホノスセリは溺れ苦しんで降参した。ヒコホホデミが嘯をやめると、風もやんだ。
『三国志演義』第49回 魏の曹操が北方から大船団を率い、呉を討つべく揚子江を南下する。魏軍と呉軍は、赤壁のあたりで対峙する。時は健安十三年(208)冬十一月で、曹操軍に有利な西北の風が吹いていた。呉と同盟を結ぶ蜀の軍師・諸葛孔明は、奇門遁甲の術を用いて、東南の風を起こす。呉の船隊は、東南の追い風に乗って魏の船団に近づき、火を放つ。魏の船団は揺れを防ぐため互いに鎖でつないであったので、火が次々に船に燃え移って、曹操軍は大敗する。
『南総里見八犬伝』第9輯巻之33第154回〜巻之43,4回第174回 文明十五年(1483)、扇谷定正が、安房の里見家攻撃を計画する。丶大(ちゅだい)法師が「風外道人」と称して扇谷定正に近づき、「十二月八日に乾(西北)の順風を吹かせるから、水軍を率いて、相模の三浦より安房の洲崎へ攻め寄せよ」と勧める。風外道人は、風を起こす力を持つ甕襲(みかそ)の玉を用いて乾の風を吹かせ、扇谷定正の船団は順風に乗って進む。しかしあと一里で洲崎という所で、風外道人は風を止め、逆風である巽(東南)の風に変える。そこへ里見軍の船隊が来て火をかけ、扇谷定正の船団は炎に包まれる。
『江談抄』第1−19 臨時の奉幣の日。醍醐天皇が南殿(なでん)に出御された。それ以前から風が吹いていたが、天皇が神に拝礼なさる時、風はいよいよ強くなり、屏風も倒れそうであった。天皇は「見苦しい風だ。神を拝し奉る時に、このように吹くべきではない」と仰せられた。すると、たちまち風は止んだ。
南山田の級長戸辺(しもとべ)社の伝説 礪波郡の南山田に級長戸辺社がある。昔この地方は風が強く、農作物に多大の害を及ぼした。そこで延宝三年(1675)、加賀藩主前田利常が御田林一町一反を神社に寄進して、風神を祭った。以来風害がなくなり豊作が続いたので、人々は社殿を「吹かず堂(ふかんどう)」と呼び、諸地方から、風が吹かず五穀豊穣であるよう、祈願に来るようになった(富山県東礪波郡城端町南山田是安)。
『マルコによる福音書』第4章 イエスが弟子たちと一緒に舟に乗り、湖を渡る。イエスが眠っているうちに激しい突風が起こり、舟は波をかぶって水浸しになる。弟子たちがイエスを起こして「おぼれそうです」と訴えたので、イエスは風を叱り、湖に「静まれ」と命じる。すると風はやみ、凪になった〔*『ルカ』第8章に同話。『マタイ』第8章では「嵐を静めた」と記す〕。
『オズの魔法使い』(ボーム) カンサスの大草原の真ん中の小さな家に、ドロシーと叔父叔母夫婦が暮らしていた。ある日、竜巻がやって来たので、叔父は家畜小屋を見に行き、叔母は地下室に避難する。ドロシーは愛犬トトと部屋の中に残っていたために、家ごと竜巻に巻き上げられて空を飛び、オズの国に着地する。
『五重塔』(幸田露伴) 腕は良いが頑固一徹の大工・のっそり十兵衛が、谷中・感応寺の五重塔造営の仕事を請け負い、完成させる。落成式間近のある夜、何十年に一度という暴風雨が江戸の町を襲い、多くの家屋が倒壊する。十兵衛は五重塔の最上階に登り、板一枚・釘一本でも損じるならば、鑿を抱いて飛び降り命を捨てよう、と覚悟する。しかし五重塔は一寸一分のゆがみもなく、諸人の賛嘆の中で落成式を迎えた。
『風博士』(坂口安吾) 風博士は論敵の蛸博士によって妻を奪われたため、蛸博士を非難する遺書を残して、突然姿を消した。あとには一陣の突風が舞っているだけだった。風博士は死んで風となったに違いない。その証拠に、この日、この同じ瞬間において、憎むべき蛸博士はインフルエンザに冒されたのである。
『風の神送り』(落語) 風邪がはやる時には、町内で張りぼての人形を作る。これを「風(=風邪)の神」として祀り、供え物をした後、囃したてて川へ流し捨てる。ところが、「風の神送ろ」と大勢が声を揃える中に、「お名残惜しい」という者がいる。「誰だ」と言って皆で引きずり出すと、町内の医者だった。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第27巻103ページ 朝。うたた寝する波平の鼻の穴に、サザエがこよりを入れてくすぐる。波平は「ハークション」と、大きなクシャミをして飛び起き、あわててうがいをし、蒲団をひいて寝てしまう。「会社まで休まなくていいんじゃない?」と言うサザエに、波平は「いや。風邪はひき始めが大事だ」と答える。
*風邪のウィルスと、コンピュータ・ウィルス→〔宇宙人〕1の『インデペンデンス・デイ』(エメリッヒ)。
『カレワラ』(リョンロット編)第1章 大気の娘イルマタルが、天空から海原へ降り、波間を漂った。風が吹いて処女イルマタルを身ごもらせ、海が彼女を身重にした。イルマタルは長い年月を経ても出産することができず、苦しんだ。彼女は天地を創造し(*→〔卵〕3c)、その後にようやく詩人ワイナミョイネンが、イルマタルの胎内から生まれ出た。彼は生まれながらに老人だった。
風によって孕んだ先祖の神話 昔、まだ人間のいない時、天から男(シネリキュ)と女(アマミキュ)が、沖縄の島に降った。二人は家を並べて住んだ。彼らは性交はしなかったが、往来する風を媒介として、女は三人の子供を産んだ。第一子は諸方の主の始め、第二子はノロ(=女祭司)の始め、第三子は土民の始めである(琉球)。
*→〔島〕2の『御曹子島渡』(御伽草子)・『風流志道軒伝』(平賀源内)巻之5。
女護ヶ島の伝説 徐福は不老不死の薬を求め(*→〔不死〕3の『史記』・『太平広記』)、日本の紀州熊野へ来た。彼は、随従の男たちを青ヶ島に、女たちを八丈島に住まわせた。男女が一緒に住むと、海神の怒りにふれるからである。一年に一度、南風の吹く日に、青ヶ島の男たちは八丈島へ渡り、女たちと夫婦の契りを結んだ。そして男児が生まれれば青ヶ島へ送り、女児が生まれれば八丈島に残した(東京都八丈島)。
『素晴らしき哉、人生!』(キャプラ) 人生に絶望したジョージは川へ身投げしようとし、「生まれない方がよかった」と言う。二級天使クラレンスがジョージを救い、彼が生まれなかった仮想世界へ連れて行く。その世界では不幸な事故のために、ジョージの弟は子供時代に死んでおり、アルバイト先の主人は投獄されていた。どちらも、ジョージがいれば防ぐことができた事故だった。彼の妻となるはずのメアリーは、寂しい独身生活を送っていた。ジョージは自分の人生の意義を知り、現実の世界 ―― 愛妻メアリーと四人の子供が待つ家 ―― へ帰って行く。
『高い城の男』(ディック) 一九四七年、第二次世界大戦は枢軸国の勝利に終わり、日本とドイツが世界を支配した。一九六二年、日本統治下の米国西海岸では、日独が大戦に敗れた仮想世界を描く小説が、ベストセラーになっていた。作者は『易経』の助けを借りてこの小説を書いたのであり、『易経』の示すところによれば、日独が敗戦国である世界こそが真実の世界なのだった。しかし誰もそのことを認識できないのだった。
『古事記』上巻 クエビコは足は歩けないが、天下の事をことごとく知っている神であった。クエビコは、今でいう「山田ノソホド=かかし」のことである。
道陸神(どうろくじん)様と弁天様の伝説 道陸神様が美女の弁天様に恋したが、弁天様は池の中に逃げ込んで一本橋をかけた。道陸神様は一本足なので、一本橋を渡れず、しかたなく池の傍らに立っている。そのため、足の悪い人は道陸神様を拝んで、わらじを供えるのだという(群馬県邑楽郡千代田町赤岩)。
*片足の山姫(姫神)→〔片足〕5。
『しっかり者の錫の兵隊』(アンデルセン) 錫の材料不足のため、一本足の玩具の兵隊ができた。兵隊は、片足を上げた踊り子の紙人形を見て、「彼女も一本足なんだろう。自分の嫁にちょうどいい」と思う。しかし兵隊は子供の手で、踊り子は風に吹かれて、ストーブに放りこまれ一緒に燃えてしまう。
『宝島』(スティーブンソン) ジョン・シルバーは海賊で、銃撃によって片足を失った。彼は松葉杖を使い一本足で器用に動き回り、前身を隠しコックとなって、宝島を目指す船に乗り込む。彼は船員たちをそそのかして反乱を起こし、宝の横取りをたくらむが、やがて形勢不利と見て、反乱の首謀者でありながら寝返り、船長や「わたし(少年ジム・ホーキンス)」たちの側につく。
『白鯨』(メルヴィル) かつてエイハブ船長は、白鯨モービー・ディックのために片足を喰い切られた。一本足になったエイハブは鯨骨製の義足をつけ、白鯨に復讐すべく、三十人の乗組員を率いてピークォド号で大洋に乗り出す。ピークォド号は赤道付近で白鯨を見つけ、追跡と死闘が三日続く。白鯨はピークォド号に体当たりし、沈没させる〔*ただ一人生き残った乗組員イシュメイルが、この物語の語り手となる〕。
『ファウスト』(ゲーテ)第1部「ライプチヒなるアウエルバッハの酒場」 悪魔の左脚は馬の脚、という俗信がある。悪魔メフィストフェレスが人間の姿になり、ファウスト博士を書斎から連れ出して、学生たちがたむろする地下酒場へ案内する。学生たちはメフィストフェレスを見て、「こいつ、なんで片足を引きずっているのだろう」と不審がる〔*メフィストフェレスは学生たちを翻弄し、ファウスト博士とともに酒樽に乗って飛び去る〕。
雷電山の山姫の伝説 雷電山の頂上に片足の姫神が住み、神楽を奏していた。この姫神に逢うには、片足で山上まで登らねばならない。一人の青年が神楽を聞き、「姫神に逢いたい」と思いつめ、片足で山を登り始める。しかし九合目で力尽き、両足を地に着けてしまった。疲労に絶望が加わり、青年は死んだ。以来、姫神の神楽の音も絶えた(埼玉県比企郡玉川村日影)。
『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第1歌 イオルコスの王ペリアスは、「片方だけサンダルをはいた男に気をつけよ」との神託を得る。やがて、王位の正統な継承者イアソンがやって来る。彼はアナウロス河を渡る時、一方のサンダルを流れの中でなくし、片足は裸足のままペリアスの前に現れる〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)巻1−9に類話〕。
『今昔物語集』巻6−3 達磨和尚が死に、埋葬して十四日後、朝廷の使者宗雲が、葱嶺(パミール高原)で天竺に帰る達磨に出会った。達磨は片足に草鞋をはき、片足は裸足だった。後に達磨の墓へ行き棺を開いて見ると、遺体はなく、ただ履の片方だけが残っていた。
『今昔物語集』巻27−22 兄弟二人が夜の狩りに行く。怪物が兄を襲うので、弟が矢を放って怪物の片腕を射切り、その片腕を持って帰宅する。家では老母がうめいている。兄弟が怪しんで火をともし、持ち帰った片腕を見ると、それは老母の手だった〔*弥三郎婆・鍛冶屋の婆・千匹狼などの伝説も、しばしば、狼の前足を切り取って自家または他家へ行き、片腕を失った老婆を見る、という展開を示す〕。
『捜神記』巻18−17(通巻429話) 陳郡の謝鯤が、客が必ず殺される宿に一泊する。夜中に黄色い着物の男が現れ、「戸を開けろ」と言う。謝鯤は、男が窓からさし入れた片腕を、力をこめて引き抜き、男は逃げ去る。夜が明けてから見るとそれは鹿の前脚であり、以後、この宿には怪異は起こらなくなっ た。
『太平広記』巻432所引『広異記』 男が二頭の虎に追われて木に登る。虎たちは人間の言葉で「朱都事を呼ぼう」と相談し、やがて虎がもう一頭やって来る。男は山刀をふるい、「朱都事」と呼ばれる虎の前足の爪を斬り落とす。その後、男が朱都事という人の家を探りに行くと、「手に怪我をした」と言って寝ている。報告を受けた役人たちが家に火をかけ、朱都事は虎の姿になって逃げ去る。
『ベーオウルフ』 怪物グレンデルがデネ(=デンマーク)のヘオロット宮殿を夜ごと襲い、人々を殺す。イェーアト族(=スウェーデン南部を支配)の王の甥べーオウルフが、グレンデルと戦うためにデネに赴く。べーオウルフはグレンデルと格闘して片腕をもぎ取り、グレンデルは荒地の沼へ逃げ去る。しかし次の夜、グレンデルの母である女怪が襲来し、息子の片腕を奪い返す。
『羅生門』(御伽草子) 渡辺綱が羅生門に赴き、名刀膝丸をふるって鬼童子の右腕を斬り落とすが、帰途奪い返される。後、源頼光が病気になり、「大和国宇多郡の森に住む鬼神を退治すれば治る」と、ある者が言う。綱は森へ行き、名刀髭切で牛鬼の片腕を斬り落として持ち帰る。牛鬼は頼光の母に化けて、腕を取り戻しに来る〔*能『羅生門』・『太平記』巻32「鬼丸鬼切の事」など類話は数多い〕。
*怪物が片腕を取り返しに来る物語の近代版が、→〔手〕3bの『手』(モーパッサン)。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第34章 神々たちが「力試し」と称して、特殊な絹紐で怪物フェンリル狼を縛る。欺くのではない保証として、テュール神が右手を狼の口の中に入れておく。ところがどうしても紐は切れず、だまされたと知って怒ったフェンリル狼は、テュール神の腕を噛み切る。
ケルトの神話 ダーナ神族の王ヌァザは、フィルヴォルグ一族との合戦で片腕を斬り落とされる。医術の神ディアン・ケヒトが銀の腕を作り、ヌァザにつける。以後、彼は「銀の腕のヌァザ」と呼ばれるようになった。
『源平布引滝』3段目 小まんは源氏の白旗を守って琵琶湖に身を投じ、平宗盛の船に救い上げられる。彼女が白旗を所持することが平家の侍たちに知られ、小まんは旗を渡すまいと争う。斉藤実盛が、白旗を握る小まんの腕を、水中に斬り落とす。
『ピーター・パン』(バリ) 昔、海賊フックはピーター・パンに右腕を切り落とされ、鉄鉤をつけるようになった。右腕を食べた鰐はその味が忘れられず、以後フックは鰐につけねらわれる。
『平家物語』巻9「忠度最期」 薩摩守忠度が岡部六野太の頸を打とうとした時、六野太の童が馳せ来て打刀を抜き、忠度の右腕を肘もとから斬り落とす。忠度は片腕で六野太を投げのけて西に向かい、十念をとなえる。
*怪物や猛獣の口に腕を入れる→〔口〕7。
『片腕』(川端康成) 「私」は娘の右腕を一晩借り、アパアトメントの自室に帰る。「私」は娘の腕と語り合い、自分の右腕を肩からはずして、娘の腕を自分の肩につける。「私」はそのまま安らかに眠るが、ベッドに置かれた自分の右腕が横腹に触れたので、飛び起きて戦慄する。「私」は娘の腕を肩からもぎ取って、自分の右腕を再び肩につける。
『無門関』(慧開)41「達磨安心」 達磨が面壁座禅し、二祖慧可が雪の中に立つ。慧可は自分の臂を切り落として「師よ、我が心を安んぜよ」と請う。達磨は「心を持って来い」と言い、慧可は「心を捉えられぬ」と答える。達磨は「すでに汝を安心せしめた」と言う。
『地獄の黙示録』(コッポラ) ベトナム奥地へ侵攻したアメリカ軍が、収容所内の現地の子供たちに小児麻痺の予防注射をする。ところがその直後にベトコンが来て、注射された子供たちの片腕をすべて切り落としてしまった。小さな腕が、山のように積み上げられた〔*「神」となったカーツ大佐が特殊部隊にいた時の体験として、ウィラード大尉に語る話〕。
*予防接種を恐れる東洋人→〔牛〕5の『半七捕物帳』(岡本綺堂)「河豚太鼓」。
*片腕の男→〔濡れ衣〕1fの『逃亡者』(デイヴィス)。
*関連項目→〔一つ目〕
『三国志演義』第18回 夏侯惇は左眼を射られ、矢を引き抜くと眼球までいっしょに抜けてきた。彼は「これは父母の血だ。棄ててなるものか」と言って、そのまま口に入れ呑みこんだ。
『神道集』巻4−17「信濃国鎮守諏訪大明神秋山祭の事」 奥州の賊・悪事の高丸は、諏訪明神の化身である侍の矢で、左目を射られた。
『南総里見八犬伝』第6輯巻之5第60回 犬飼現八は、夜の庚申山で、馬に乗った妖怪(赤岩大角に化けた山猫)の左目を射る。妖怪は眼瘡治療の薬として、胎児を求める→〔切腹〕2。
『平家物語』巻9「二度之懸」 後三年の役の折、十六歳の鎌倉権五郎景正は、左の眼を射抜かれながらも返し矢を射て敵を討った。
*→〔百足〕2の『日光山縁起』下。
『黒猫』(ポオ) 「わたし」は酔って、飼い猫プルートーの片目をナイフで抉り、後には木に吊るして、縛り首にしてしまった。そのことを悔いた「わたし」は、ある夜、酒場でプルートーそっくりの猫を見て、家に連れて来た。しかし翌朝見ると、その猫はプルートー同様に、片目がつぶれていた。
『封神演義』第7回 姜皇后は、「紂王暗殺を企てた」との濡れ衣を着せられて、片目を抉り取る刑を受ける。執行吏が、長さ八寸直径八分の竹筒を皇后の眼窩に立て、拳で叩くと眼球は飛び出た。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ)第15章 北欧の主神オーディンは、ミーミルの知恵の泉を一口飲むために、片目を代償にした(『巫女の予言』28に同話)。
『国性爺合戦』初段 明の右軍将李蹈天が、自らの左目をくり抜いて韃靼の使者に捧げる。これは、李蹈天が明を裏切り韃靼に味方する、との合図だった。
*→〔目〕3aの『蛇の玉』(昔話)。
『墓場の鬼太郎』(水木しげる) 幽霊族の最後の生き残り夫婦が山奥から人間界に出てくるが、しばらくして二人とも死ぬ。土中に埋葬された母親の身体から、鬼太郎が誕生する。古寺に放置された父親の死体は腐乱し、片目が抜け出て手足が生え、目玉親父となる。
『用明天王職人鑑』初段・4段目 妖術師伊賀留田の益良の右目が抜け出、小仙人の姿となって空を飛び、さまざまな悪事を働くが、誕生間もない聖徳太子の左の掌から発した光に打たれて、地に落ちる。刀で刺し貫くと、もとの目玉の形にもどった。
『播磨国風土記』揖保の郡浦上の里 神嶋の石神の顔に五色の玉があり、胸に流れる涙があってそれ も五色である。昔、新羅の人が石神を見て珍しい宝石と思い、神の顔を壊して一つの瞳を抉り取った。それゆえ石神は泣いているのである。
★5.二人の片目を足し合わせれば一人の両眼と等しい、という計算。
『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−24 ザレウコスは、「姦通者はその両眼を抉り取る」との法規を定めたが、彼の息子が姦通罪で捕らえられてしまった。彼は息子が完全に失明するのを救うため、自分の一眼を息子の一眼に代えて抉らせた。
片目の鯉の伝説 薬師様を祀る慈林寺の坂下に、龍燈の池がある。この池に棲む鯉や鮒や亀は、すべて片目である。それは、目を患う人が薬師様に祈り、病気平癒のお礼として池に放した鯉や鮒が、病人の身代わりに片目になったのである。それゆえ、「この池の魚を釣ったり悪戯したりすると、目がつぶれる」と言われる(埼玉県川口市安行慈林)。
*右眼で見ると人間、しかし左眼で見ると名刺→〔名前〕2の『S・カルマ氏の犯罪』(安部公房)。
『アクロイド殺人事件』(クリスティ) 財産家アクロイドが刺殺された。アクロイドの知人である医師の「私」は、生前のアクロイドの様子、殺人現場の状況、探偵ポアロの推理の過程などを、事実の通りに記述する。しかし「私」は、「私」がアクロイドを殺した前後十分間の行動についてはすべて省略し、記述しなかった→〔アリバイ〕1b。
『藪の中』(芥川龍之介) 盗賊多襄丸が、旅人金沢武弘・真砂夫婦を藪の中で襲い、あとに武弘の死体が残された。この出来事の経過について、多襄丸、武弘の死霊、真砂の三人は、それぞれに食い違う物語をする。誰が本当のことを述べているのか、あるいは三人とも偽りを述べているのか、わからない〔*『羅生門』(黒澤明)では、事件を目撃した木こりが「真相」を物語るが、別の男が「お前の言うことも当てにならない」と言う〕→〔謎〕5。
★2a.越境する語り手。物語の語り手(あるいは作者)と作中人物が交渉する。メタ・フィクション。
『朝のガスパール』(筒井康隆) 小説家櫟沢は、商社の常務貴野原征三や秘書石部智子たちの登場する物語『朝のガスパール』を新聞に連載し、作中人物の貴野原はパソコン・ゲーム「まぼろしの遊撃隊」を楽しんでいる。現実と虚構の間の壁、虚構と虚構内虚構の間の壁が破れ、新聞連載を終えた櫟沢はパーティ会場で、貴野原や智子、遊撃隊のキャラクター深江や平野、さらにはトルストイ、ゾラ、筒井康隆などと出会う。
『不滅』(クンデラ) 小説家の「私」は、プールで老婦人を見たことをきっかけに、アニェス、その夫ポール、アニェスの妹ローラなどの人物を想像(=創造)し、彼らの物語を書く。物語の途中で、アニェスは交通事故死する。アニェスたちの物語の着想を得てから二年後 の同じ日同じ場所で、「私」は作中人物のポールとローラに出会い、会話する。
★2b.語り手である「筆者」と、作中人物「医師リウー」が、同一人物であることが最後に明かされる。
『ペスト』(カミュ) オラン市のペスト発生から終息にいたる期間の、医師リウー、新聞記者ランベール、神父パヌルー、判事オトン、心を病む男コタール、著作をこころざすグランなど、さまざまな人間模様を、語り手である「筆者」が記録する。物語の最後になって「筆者」は、自分がリウーであることを明かす。医師として多くの市民と関わり、彼らの思いを感じ取れる状態にあったので、リウーは「筆者」となるのに適切な存在だったのである。
★2c.語り手の「わたし」が、物語に登場する人物「ムーン」であることが、最後に明かされる。
『刀の形』(ボルヘス) 顔に弧を描く刀傷を持つ男が、ボルヘスに語った物語。「昔、『わたし』はアイルランド独立のために戦った。新入りの同志ムーンは役立たずで、おまけに卑怯者だった。ムーンは身の安全のために、仲間の『わたし』を敵に密告したのだ。『わたし』はムーンを追い詰め、彼の顔に半月型の刀傷を刻みつけてやった。最後まで話を聞いてもらうために、こんな話し方をした。『わたし』が、ムーンなのだ」。
『山谷五兵衛』(武者小路実篤) 六十代半ばの「僕」は、八歳年下の友人山谷五兵衛を主人公に長編小説を書く。小説の中で「僕」と山谷は様々な話題・思想を語り合う。主人公の山谷が死ねば小説を終えることができるが、そうするわけにはいかないので、作者イコール語り手の「僕」が、山谷との対話中に死んで、小説は終わる。「僕」はやがて不死鳥となって生き返り、新たな作品に取りかかるであろう。
『地獄』(川端康成) 「私」は七年前に死んだ。死人どうしが会うことはなく、死の世界はまったくの孤独である。それで「私」は、生きている友人西寺と時々短い話をする。近頃、西寺は雲仙を訪れた。昔、「私」の妹が西寺と一夜の関係を結び、翌朝妹は登別温泉の地獄に落ちて死んだ。雲仙温泉の地獄は登別の地獄と似ているのだった。
『アルセーヌ・ルパンの逮捕』(ルブラン) 大西洋を西進する快速船に、「ルパンが変名で乗り込んだ」との電信がもたらされる。乗客の一人である「ぼく」は、美しいネリー嬢と親しくなり、誰がルパンなのか、推理を語り合う。ルパンではないかと見なされた男が、本物のルパンによって縛られ、金を奪われたため、乗客たちは混乱と恐怖の中に置かれる。やがて船はアメリカに着き、港で待つガニマール警部は、意外なことに「ぼく」を逮捕する。「ぼく」こそがルパンなのだった。
『私』(谷崎潤一郎) 「私」が一高の寄宿寮にいた頃、しばしば盗難事件があった。同室の平田は「私」を疑っていたが、「私」の潔白を信じてくれる友人もいた。ある晩、部屋に誰もいなかったので、「私」は平田の机から十円の小為替を抜き取ったところを、取り押さえられた。それは「私」を捕らえるための罠であり、「私」は友人たちの前で、自分に盗癖があることを告白した。
*→〔語り手〕1の『アクロイド殺人事件』(クリスティ)。
★6.語り手が遠い昔に殺人を犯したことが、最後に明かされる。
『天城越え』(松本清張) 印刷業を営む五十歳すぎの「私」は、「刑事捜査参考資料」という本の印刷を、老刑事から頼まれる。それは三十数年前の、未解決に終わった殺人事件の記録だった。「私」は感慨深くその記録を読んだ。老刑事は、「犯人が今頃わかっても、時効だからどうすることもできません」と言った。殺人犯は、当時十六歳だった「私」であり(*→〔道連れ〕2)、老刑事はそれを知っていて、「私」に印刷を依頼したのだった。
『遠野物語』(柳田国男)55 松崎村の川端の家の女(=人妻)のもとへ、怪しい男が毎晩通って来る。その正体は河童であろうというので、婿や姑が女を守って側に寝るが、河童の侵入を防ぐことはできなかった。深夜に女が笑う声を聞いて、「さては河童が来ているな」と知りながら、婿も姑も身動きできないのである。やがて女は、河童の子を産んだ→〔出産〕2。
『遠野物語』(柳田国男)58 夏の日。男が馬を冷やすために、淵へ連れて行く。河童が現れて、馬を淵へ引きこもうとする。しかし逆に馬に引きずられ、河童は厩の前まで来てしまい、馬槽の中に隠れる。村人たちが集まって、河童を殺そうか許そうか評議するが、結局、「今後は村の馬に悪戯をしない」と固く約束させて、河童を放免した。
ねね子河童の話 利根川に棲む「ねね子(弥弥子)河童」は、女の河童である。いけすの魚を盗んで食べたり、子供を川へ引きずり込んだり、胡瓜畑を荒らしたり、悪いことばかりしていた。ある夏の夕暮れ、ねね子は馬を川へ引き込もうとして、侍に捕らえられた。ねね子は侍に詫び、切り傷の妙薬の秘法を教えて、水中に没した。
河童の詫び証文の伝説 柳瀬川に一匹の河童が棲んでいた。河童は夏になると、水泳に来た子供を淵に引き込んで腸を裂き取り、仲間の河童へ中元として贈っていた。ある時、河童は馬を引きずり込もうとして、馬子につかまる。持明院の和尚が河童を詰問し、河童は「今後は悪事をしません」と誓って、証文を書く。証文は、その後永く持明院に保存された(埼玉県所沢市久米)。
河童相撲の伝説 祭りの相撲に、二人の強い男がやって来て、村の若者たちを負かした。二人の正体は河童だった。河童の腕は、押す力に対しては強いが、引かれると簡単に肩から脱けてしまう。そのことを知った村の若者たちは、翌日の相撲では、二人の男の両腕を力いっぱい引っ張り、脱いてしまった。男たちは降参し、ダラリと下がった腕をかかえて逃げて行った(遠野市附馬牛)。
一人相撲の話 筑前国姪浜(めいのはま)の久三という男が、河童五匹と川原で相撲をとる。河童は身体がヌルヌルしてつかまえどころがなく、久三は苦戦するが、一計を案じ、河童の股に手をさし入れ、逆さまにして次々と投げ倒した。近所の人たちが集まって観戦したが、不思議なことに河童の姿は見えず、久三が一人で相撲をとっているように見えた。
『夜窓鬼談』(石川鴻斎)上巻「河童」 筑後の柳川は河童の多い所である。夜、藩士某の美貌の妻が厠に入ると、手をのばして陰部をまさぐる者がある。妻は匕首でその手を斬り取る。手の指は三本で長い爪がついていた。翌晩、童子が来て、「私は河童です。淫らな心を起こして片腕を失いました」と侘びるので、妻は河童の片腕を返してやる。河童は、腕をもとどおりつなぐ妙薬を持っており、その薬の作り方を妻に教えた。
『河童の雨ごい』(昔話) 沼の河童が「人間の仲間に入れてもらえず、魚や亀の仲間にもなれないので面白くない」と言って、いろいろ悪さをして村人を困らせる。旅の坊さんが河童に、「人のためになることをすれば、人間に生まれ変われるかもしれない」と教える。夏に日照りが続いたので、河童は「自分の命と引き換えに、村に雨を降らせて下さい」と、何日も飲まず食わずで神さまに祈る。やがて雨が降り出し、滝のような雨に打たれながら、河童は死んでいった。
*龍が命を棄てて、雨を降らせる→〔雨乞い〕3。
猿猴(えんこう)すべりの伝説 滝に棲む猿猴(=河童)が、頭の上の皿をいろいろに化けさせ、人間が手を出すと水中へ引きずり込んだ。上野介(こうずけのすけ)という男が、水に浮かぶかんざしを拾おうとして、猿猴に片腕をつかまれる。大力の上野介は、逆に猿猴を引きずり上げ、縄でしばった。しかし、女中の持つ柄杓(ひしゃく)の水気が皿にかかったので、猿猴は力を回復し、縄を切って逃げて行った(広島市安佐北区白木町)。
公害(現代民話) 九頭竜川の河童たちが、口々に「川の水をかえてくれ」「もう住んでおれん」「あの川の水は人間にも良くない」と、村人に訴える。しかし九頭竜川はこれまでと変わりなく、青く澄んでいるので、村人は河童の訴えを無視する。そのうち河童たちは、どこかへ行ってしまった。村人の一人が、方言調査に来た学生に、この話をする。学生は川の水を採取して、検査機関に持ち込む。その結果、九頭竜川がカドミウムに汚染されていることがわかった(福井県)。
*河童の足跡→〔足跡〕7の『遠野物語』(柳田国男)57。
*地下にある河童の国を訪れる→『河童』(芥川龍之介)。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)196「蛇と蟹」 蟹と蛇が一緒に暮らしていたが、蛇はいつも意地悪であった。怒った蟹は、蛇が眠っているのを見すまし、喉をはさんで殺した。
『沙石集』(古典文学大系本)拾遺61 大・中・小・三匹の蟹が、蛇と闘ってはさみ殺した。もっとも功績のあった小蟹が、三つに切断した蛇の、頭の部分を得て食った。
『太平広記』巻464所引『広異記』 大海の島に宝の山があり、商人たちが宝を船いっぱいに積んで出帆する。山の神である大蛇が追うが、蛇の敵の大蟹が海中から現れて蛇の首をはさみ殺し、商人たちは無事だった。
『パンチャタントラ』巻5−15 バラモンが旅立ちにあたり、母のすすめで蟹を旅の道連れとして樟脳の袋の中に入れておく。彼が樹の下で眠った時黒蛇が近づいたが、蛇は樟脳の芳香を好み、それを食おうとして袋の中の蟹に殺される。
蟹沼の伝説 沼近くの村に長者がいた。娘が夜泣きをするので、屋敷の庭に遊ぶ子蟹を、おもちゃとして与えた。以来、娘の夜泣きは止まり、すくすく成長する。子蟹も、娘から食べ物をもらって大きくなり、一族を増やす。嵐の夜、大蛇がやって来て娘を襲うが、蟹の一族が大蛇を殺して、娘を救った(秋田県由利郡由利町)。
『日本霊異記』中−8 蛇に呑まれようとする蛙を救うため、女が蛇の妻になることを承知する。約束の夜、家を閉じ祈願をしてこもる女のもとへ蛇がやって来るが、一匹の大きな蟹が、蛇をずたずたに切り殺して女を救う〔*中−12の類話では、八匹の蟹が蛇を殺す〕。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章 ヘラクレスが九頭のヒュドラ(水蛇)と闘った時、大蟹が蛇に味方してヘラクレスの足を噛んだ。ヘラクレスは大蟹を殺した後に、ヒュドラを退治した。
『閲微草堂筆記』「姑妄聴之」巻15「蟹の前世」 この世で悪事を働いた人間は、蟹に生まれ変わる。他の生物と異なり、蟹は生きたまま釜に投げ入れられ、熱湯で茹でられてから、食膳に供せられる。茹で上がるまでに長い時間がかかり、その苦しみは堪えがたい。これは悪事の報いである。
『蟹工船』(小林多喜二) 蟹工船のストライキが、帝国海軍によって制圧された。漁夫たちは、誰が敵であるか、そして敵たちがどのようにつながりあっているか、身をもって知らされた。漁期の終わり頃、漁夫たちは蟹缶詰の「献上品」を作った。「おれたちの本当の血と肉を搾り上げて作るものだ。さぞ、うめえこったろ」「石ころでも入れておけ! かもうもんか!」。皆、そんな気持ちで作った。
*蟹の化け物→〔謎〕1aの『蟹問答』(昔話)・『東海道名所記』巻5「近江国・蟹が坂」。
『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』(鶴屋南北) 笹野屋三五郎の父了心の古主不破数右衛門は塩冶浪士で、御用金百両を必要としていた。三五郎は、父の古主のために百両を調達すべく、女房小万を使って薩摩源五兵衛をだまし、源五兵衛が伯父から得た百両を取り上げる。だまされたと知った源五兵衛は怒り、小万をはじめ何人もの人を切り殺す。ところが、実は源五兵衛とは不破数右衛門が世をしのぶ仮りの名であり、源五兵衛イコール数右衛門であったのだが、三五郎はそのことを知らなかった。三五郎が源五兵衛から奪った百両は、父了心の手を経て、ふたたび源五兵衛の手に入ったのであった。
『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』(河竹黙阿弥) 短剣庚申丸の代金百両を十三郎が落とし、おとせが拾う。お嬢吉三がおとせから百両を奪い取るが、これを見ていたお坊吉三と争いになる。和尚吉三が仲裁に入り、百両を預かる。和尚が父伝吉の家に百両を置いて去ろうとすると、伝吉は「こんな金はいらぬ」と、百両を投げ返す。百両はその場に居合わせた釜屋武兵衛が拾うものの、武兵衛はお坊に脅され百両を取られる。やがて、庚申丸と百両をめぐる複雑な事情を三人の吉三は知り、短剣と百両とは、最後に十三郎の養父八百屋久兵衛の手に渡る。
★1b.金(あるいは宝物)が夫・妻・および第三者の間を巡る。
『史記』「孟嘗君列伝」第十五 秦に赴いて捕らわれた孟嘗君が、秦の昭王の寵姫に助けを請い、寵姫は、天下一品の狐白裘を代償に要求する。狐白裘はすでに昭王に献上済みなので、孟嘗君の家来が宝物殿から狐白裘を盗み出して、寵姫に贈る。寵姫は昭王に進言し、おかげで孟嘗君は釈放される。
『人生の回転木馬』(O・ヘンリー) ランシーと彼の女房が離婚手続きを治安判事に依頼し、ランシーは、なけなしの五ドル紙幣を手続き料として支払う。ところが女房が手切れ金五ドルをランシーに要求するので、ランシーはその夜、顔を隠して治安判事を脅し、五ドル紙幣を奪って、翌日女房に渡す。しかしいざとなると離婚の決心がつかず、夫婦はよりを戻す。治安判事は、あらためて婚姻の儀式を行い、手数料五ドルを請求する。
『デカメロン』(ボッカチオ)第8日第1話 グルファルドは友人ガスパルルオーロの妻アンブルオージャを口説き、アンブルオージャは「二百フィオリーノほど金を都合してくれたら応じよう」と答える。グルファルドは一計を案じ、商用で必要だからと偽ってガスパルルオーロから二百フィオリーノを借り、その金を、立会人のいるところでアンブルオージャに渡す。そしてグルファルドはアンブルオージャへの思いを遂げ、その後ガスパルルオーロに「借りた金は奥様に返した」と言う。アンブルオージャは金を受け取ったことを認めざるを得ず、夫ガスパルルオーロに二百フィオリーノを渡す。
*宝が人の手から手へ巡る→〔宝〕9a。
『三四郎』(夏目漱石) 野々宮さんが、妹よし子にヴァイオリンを買ってやるための二十円を、金の必要な広田先生に貸す。その金を返しに行く使いの与次郎が、馬券を買ってなくしてしまい、穴埋めに三四郎から二十円を借りる。与次郎が金を返さないので、三四郎は美禰子に三十円を借り、それを返すため国の母に三十円の送金を頼む。母は野々宮さんに三十円を送り、野々宮さんは三四郎に説教しつつ金を渡す。しかし、その金が巡り巡ってヴァイオリンに変形したとは、野々宮さん兄妹は気づかない。
『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)「発端」 喜多八が十五両の使いこみをしたというので、弥次郎兵衛がその工面をすべく、十五両の持参金つきの孕み女を嫁に取る。ところが、その女を孕ませたのは他ならぬ喜多八で、喜多八は女に十五両をつけてどこかの適当な男に押しつける算段をし、実はそのために金が必要なのだった。
『ラッパのひびき』(O・ヘンリー) ウッズ刑事は、過去に悪人カーナンから千ドルを借り、返済できずにいた。そのため、カーナンが殺人を犯したことを知りながら、逮捕できない。カーナンはウッズ刑事を嘲笑し、さらに、新聞社にも挑発的な電話をしてからかう。新聞社は、「カーナン逮捕に千ドルの賞金を出す」と広告する。ウッズ刑事はカーナンを逮捕し、賞金として得た千ドルをカーナンに返済する。
『大岡政談』「畳屋・建具屋出入りの事ならびに一両損裁許の事」 三両拾った建具屋が、落とし主の畳屋を訪ねるが、「落とした金はもはや自分のものではない」と言って畳屋は受け取らない。大岡越前が一両加えて四両とし、建具屋と畳屋に二両ずつ与える〔*『本朝桜陰比事』(井原西鶴)巻3−4「落し手有拾ひ手有」では、二人が共謀して「三両落とした」「拾った」と言って届け出、褒美をもらおうとする〕。
『西鶴諸国ばなし』巻1−3「大晦日はあはぬ算用」 主が客たちに見せた十両のうち、一両が紛失する。客の一人がひそかに自分の小判を出してその場をおさめようとするが、その直後に一両が見つかったため、全部で十一両になってしまう。主は、庭の手水鉢の上に一両を置き、客を一人ずつ帰らせて、余人に知れぬようにして一両が持ち主にもどるべくはからう。
『西鶴諸国ばなし』巻5−7「銀が落としてある」 江戸へ出て財をなした人が、故郷大阪へ帰った。近所の男がその人に「何の商売をすればもうかるか?」と尋ねたので、その人はからかって「落ちている金を拾うのがよい」と答えた。男はそれを真に受けて江戸へ行き、馬鹿正直に金を拾いまわり、やがて富貴の身となった〔*『地見屋』(落語)には、江戸市中を毎日、夜明けから日暮れまで地面を見つつ歩き回り、落ちている財布・紙入れ・簪などを拾って、立派に生計を立てている男が出てくる〕。
『太平記』巻35「青砥左衛門が事」 夜、川に銭十文を落とした青砥藤綱は、五十文を費やして続松(たいまつ)を買い、それを明かりにして、十文を拾い上げた。彼は、「川底に十文を失ったら世の損失だが、続松代の五十文は商人の手に渡り、経済活動に使われる。合計六十文の銭が少しも無駄にならず、天下の利となった」と言った〔*『武家義理物語』(井原西鶴)巻1−1「我物ゆへに裸川」では、銭を探す労を惜しむ男が、手持ちの銭を川底から拾い上げたかのごとく偽って差し出し、褒美の金をだまし取る〕。
『カレンダーゲシヒテン(暦話)』(へーベル)「名裁判官」 金持ちが七百ターラー入りの袋を落とし、「拾った人に謝礼百ターラーを支払う」と広告する。正直者が袋を届けると、金持ちは謝礼を払わずにすまそうと考え、「君は謝礼の百ターラーを先に取ったんだね。袋の中には八百ターラーあったんだよ」と言う。裁判官が金持ちに、「それならこれは、お前が落としたのとは違う袋だ」と言って、正直者に与える〔*東洋での出来事だ、として記される〕。
『沙石集』巻7−3 唐に正直な夫婦があり、南挺(=上質の銀)六つの入った袋を拾って届けた。ところが落とし主が、「七つあったはずだ。一つ隠しただろう」と言いがかりをつける。すると裁判官が、「それならこれは、お前の落としたのとは別の袋であろう」と言って、南挺六つをすべて正直夫婦に与えた。
『酒中日記』(国木田独歩) 「自分(大河今蔵)」は薄給の、年若い小学校長である。「自分」の母は堕落し、しばしば金を借りに来る。学校改築費用の一部として「自分」が預かった大金百円を、母は奪い去る。途方にくれた「自分」は、青山の原で、三百円の札束が入った手提げ鞄を拾い、それを着服してしまう。妻は「夫が盗みをした」と思い、子供を背負って井戸に身を投げる〔*「自分」は辞職し、数年後、酔って水死する〕。
『武家義理物語』(井原西鶴)巻5−1「大工が拾ふ明ぼののかね」 かつて石田光成の妾だった美女花園が引越しの途中、銀三貫目を落とす。もと武士だった大工九左衛門がそれを拾って持ち帰るが、九左衛門の妻は、夫が盗みをしたと疑い、役所へ訴える。しかし、花園が銀を落としたことを届け出、九左衛門の嫌疑は晴れる。役人は九左衛門の妻を非難し離縁させ、九左衛門と花園を結婚させる。
*金ゆえ身投げしようとする人と、それを助けた人との縁組み→〔身投げ〕1bの『文七元結』(落語)・『耳袋』巻之1「相学奇談の事」。
『英雄伝』(プルタルコス)「デミトリアス」 若いエジプト人がある宮女に思いをかけ、巨額の金を約束する。ところが、ある夜エジプト人は宮女への思いを遂げた夢を見て満足し、現身の女を得る欲望を失う。宮女が約束の金を請求すると、裁判官が、全額を容器に入れゆり動かして「この音は宮女のもの」と裁く。
『掛け声の代価』(昔話) 男が大木を伐っていると、ある男が拍子をとって掛け声をかけ、あとから掛け声の代金を請求する。大岡越前守が、金を盆の上に落とし、その音だけを受け取れ、と裁く。
『ナスレッディン・ホジャ物語』「ホジャの名裁判」 ホジャが法官になり、さまざまな訴えを聞く。「私が肉を煮ていると、Aがその湯気にパンを当てて食べた。Aは私に代金を払え」、「私は夢の中でBに二十文取られた。Bは私にそれを返せ」、「私が掛け声をかけて、Cが薪を伐るのを助けた。Cは私に礼金をよこせ」。ホジャは銭をジャラジャラ鳴らして、訴えた者たちに聞かせ、「この音を受け取って帰れ」と裁いた。
『匂いの代金』(昔話) けちな男が鰻屋へ行き蒲焼きの匂いをかいで、それをおかずにして弁当を食べる。鰻屋が匂いの代金を請求すると、男は銭の音だけ聞かせる(京都府与謝郡伊根町泊)。
『パンタグリュエル物語』第三之書(ラブレー)第37章 焼肉屋の軒先で、肉を焼く匂いを嗅ぎながら人足がパンを食べる。焼肉屋の亭主が「匂いの嗅ぎ代を払え」と要求し、人足は拒否する。通りかかりの瘋癲ジョアンが裁きをまかされ、人足から銀貨を受け取って焼肉屋の台の上でちゃりんちゃりんと音をさせ、「これで支払いは済んだ」と言う。
『百喩経』「伎楽人の演奏の喩」 伎楽人が王の前で演奏した。王は「千金を与えよう」と約束する。あとで伎楽人がもらいに行くと、王は「汝は音楽で我が耳を楽しませてくれた。わしも『金を与える』と言って、汝の耳を楽しませたのだ」と言った。
『天福地福』(昔話) 正月に、正直爺は天福を授かる夢を見、隣の爺は地福を授かる夢を見た。正直爺は畑から大判小判の入った瓶を掘り出し、「これは地福だから」と言って、隣の爺に教える。隣の爺が取りに行くと、瓶の中身は蛇だったので、怒って正直爺の屋根の窓から投げこむ。蛇は大判小判に変じて降りそそぎ、正直爺は「天福が授かった」と喜ぶ(新潟県南蒲原郡)。
*金(かね)が、後に木の葉に変ずる→〔葉〕4a・b。
*黄金(きん)のどんぐりが、後に茶色のどんぐりに変ずる→〔裁判〕1aの『どんぐりと山猫』(宮沢賢治)。
『金(かね)は蛇』(昔話) 夫婦が金を壺に入れて地に埋め、「人が見たら蛇になれ」と言いおく。泥棒が金を盗んで、代わりに蛇を入れる。夫婦が壺を掘ると蛇が出てくるので、「おれたちだ。金になれ」と言う。
『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」 金の詰まった財布が道ばたに落ちていたので、修道士が拾おうとする。聖フランキスクスが止めるが、修道士は聞き入れない。聖フランキスクスが祈ると、財布の中身は一匹の大きな蛇に変わり、修道士はおじけづく。聖フランキスクスは「神のしもべにとって金銭は、悪魔か毒蛇以外の何ものでもない」と説いた。
『宝物集』(七巻本)巻1 仏が阿難を連れて歩いていた。路傍の穴にある金(かね)を見て、仏は「毒蛇」と言い、阿難は「大毒蛇」と言った。近くの人が見て「これは蛇ではなくて金だ」と言い、喜んで取った。しかしその人は、金を役人に巻き上げられ、さらに「もっとあるだろう」と責められた。その人は「なるほど、これは毒蛇同然のものだ」と悟った。
『浮世床』(式亭三馬)初編・巻之中 客が駕籠かきに「南鐐(二朱銀)をやるから急いでくれ」と注文する。駕籠は最初は速いが、しばらく行くとゆっくりになるので、客は「急ぎじゃ。南鐐じゃぞ」と言う。駕籠は速くなるが、すぐまた遅くなり、客は「急いだら南鐐。遅けりゃやらぬ」と言う。目的地へ着いて、客が南鐐一片を与えると、駕籠かきは「『南鐐やる』と三度言ったから、南鐐三片よこせ」と要求する〔*→〔願い事〕1の『サザエさん』・『マハーバーラタ』と同様の発想〕。
『薩摩守』(狂言) 神崎の渡し守は秀句(=駄洒落)好きで、客が秀句を言えば船賃を取らない。旅僧が茶店の主から「船賃は薩摩守。その心は忠度(ただのり)」という秀句を教えられ、「薩摩守」と言って船に乗る。対岸に着き、渡し守が「その心は」と問うと、旅僧は「忠度」の名を忘れ、「青海苔の引きぼし」などと言う。
『ドクトル・マブゼ』(ラング) マブゼ博士は秘密の地下室で、手下たちに贋紙幣を作らせていた。彼はいろいろな人物に変装して、株価の操作・いかさま賭博・殺人など、数々の犯罪を行なうが、フォン・ヴェンク検事に正体を見破られ、地下室に逃げ込む。そこでマブゼ博士は、かつて殺した人物たちの幻影を見て錯乱状態になる。正気を失った彼は、贋紙幣の山に埋もれて一枚一枚数えているところを、逮捕される。
『二銭銅貨』(江戸川乱歩) 「私」が下宿の机に置いた二銭銅貨は二つに割れる変造貨幣で、中に暗号を記した紙片があることを、同居人の松村が発見する。しかしそれは「私」の悪戯で、松村が暗号を解いて得た五萬圓の札束も、すべておもちゃのにせ札だった。
『冥土の飛脚』上之巻 忠兵衛は、友人八右衛門の五十両を、遊女梅川身請けの手付け金として、使ってしまう。忠兵衛は鬢水入れを小判のごとく包み、それを八右衛門に返すところを義母に見せて、義母を欺き安心させる。
*金と石のすりかえ→〔すりかえ〕1。
『黄いろのトマト』(宮沢賢治) ペムペルとネリの兄妹が作る畑に、珍しく黄色いトマトの実がなる。二人はそれを、黄金でできているのだと思う。サーカスが来て、人々が金貨を払って入場するので、ペムペルとネリは黄色のトマトを番人に渡してサーカスを見ようとする。番人は怒ってトマトを投げつけ、二人は泣きながら帰る。
『百万円煎餅』(三島由紀夫) 昭和三十年代。健造と清子の若夫婦は、自分達の性行為の秘密ショーをして、報酬を得ていた。ある夜、二人は五千円という高額の報酬をもらった。帰り道、健造は「これをビリビリ破いたら胸がすっとするんだが」と言う。清子は「その代わりに」と言って、先ほど買った「百万円」の焼判を押した紙幣型の煎餅を渡す。しかし煎餅は湿っていて、なかなか破れなかった。
『夕陽のガンマン』(レオーネ) 盗賊インディオと手下たちにかけられた賞金二万数千ドルをねらって、若いガンマン・モンコと初老のモーティマー大佐が、手を組む。二人は手下たちを次々に射殺し、最後はモーティマーが一対一の決闘で、インディオを倒す。賞金は山分けのはずだったが、モーティマーはインディオへの恨み(*モーティマーの妹はインディオの愛人だったが、自殺した)を晴らしたことで満足し、賞金をすべてモンコに与える。
*冥府で使える金。紙銭→〔火〕4b。
『俵藤太物語』(御伽草子) 俵藤太は琵琶湖の底の龍宮を訪れ、引出物に重宝の釣鐘を贈られる。異類異形の鱗(うろくず)たちが鐘を唐崎の浜へ引き上げ、小蛇が鐘の龍頭をくわえて三井寺まで運ぶ。三井寺では、多くの人が参詣して鐘供養が行なわれる。
『沈鐘』(ハウプトマン) ハインリヒが造った鐘が、教会を嫌う森の精によって湖に落とされる。ハインリヒは妖女に魅せられて妻子を捨てる。妻は湖に身を投げて死に、彼女の手が湖底の鐘に触れる。湖底から鐘の音が聞こえ、ハインリヒは錯乱する。
『ドイツ伝説集』(グリム)203「ダッセル近郊の悪魔の水浴び場」 悪魔が教会から持ち去った鐘が、底なし沼に眠っている。潜水夫が鐘を引き上げようとしたが、鐘のそばに黒犬と恐ろしい人魚がいて妨げた。
『用明天王職人鑑』3段目 龍宮の紫金を材として鋳造された天竺祇園精舎の鐘が、先帝欽明天皇の代に異朝から渡ったが、筑紫の海に捨てられた。敏達天皇の代に、その鐘は播磨潟の海の底から波に打たれて現れた。「諸行無常是生滅法・・・・」の経文を木遣り唄として、人々は鐘を引き上げた。
『道成寺』(能) 道成寺の鐘供養の場に白拍子が来て、人々に舞いを見せた後、釣り鐘を落としてその中に姿を消す。白拍子は大蛇と化して鐘の中から現れ、僧たちの必死の祈りによって、日高川の深淵に身を沈める→〔禁制〕3a。
『道成寺縁起』 熊野参詣の美僧が、清次庄司の妻に恋慕され追いかけられて、道成寺の鐘の中に身を隠す。しかし女は大蛇と変じて鐘に巻きつき、僧を焼き殺す。
『用明天王職人鑑』3段目 天竺祇園精舎の鐘が播磨潟から引き上げられ、「尾上の鐘」と命名されて鐘樓が建てられる。鐘供養の日に遊女が参詣し、自分を捨てた旧夫五位の介諸岩と出会って怒り、鐘樓の鐘を落としてその中に飛び入る。高僧の祈りにより、女は大蛇と変じて現れ、「今よりは夫婦の守り神となろう」と告げて昇天する。
『蛇の玉』(昔話) 蛇女房が、自分の子供にしゃぶらせるために両方の目玉をくり抜いて与える。蛇女房は「私はもう世の中を見ることができません。この子が大きくなったら三井寺の鐘つきにして下さい。鐘の音で朝夕を知って暮らします」と夫に請う。子供は目玉をなめて成長し、鐘つきになる。
『夜叉ケ池』(泉鏡花) 越前の国夜叉ケ池の龍神に、一日三度だけ、明六つ・暮六つ・丑満つに鐘をついて聞かせる。それを怠ると龍神が天地を馳せ、夜叉ケ池から津波が起こって村里は水没する→〔水没〕1。
*人が撞かなくても自動的に鳴って、時を知らせる鐘→〔禁忌〕8bの『今昔物語集』巻31−19。
*日没を告げる鐘を、それより一時間前に鳴らす→〔時計〕3bの『吾輩は猫である』(夏目漱石)11。
『鏡と鐘』(小泉八雲『怪談』) 遠江の無間山の寺で、新しい大きな鐘が鋳造された。この鐘をつき破った者には多くの財宝が授かる(*→〔鏡〕14)というので、毎日大勢が押し寄せて、朝から晩まで力いっぱい鐘をついた。その音が耐えがたく、寺僧たちは鐘を沼まで運び、沈めてしまった〔*本物の鐘が沼の底なので、以後、何か別の物を無間の鐘に見立てて叩き、財を願うようになった〕→〔見立て〕3。
無間の鐘の伝説 昔、仙人が、粟が岳頂上の松の枝に小さなつり鐘をかけた。「この鐘を七度つけば、末永く長者になれる」というので、強悪無道な荒石長者が、粟が岳に登って鐘をつく。そのとたん彼は地獄の底に落ちた。食事は蛭と化して食べることができず、苦しんで死んだ。以来、「女房の朝寝と無間の鐘は、朝のご飯が蛭(昼)になる」という歌ができた(静岡県掛川市粟が岳)。
*→〔交換〕2の無間の鐘の伝説。
『ヴェニスの商人』(シェイクスピア)第1幕 高利貸しシャイロックは、無利息で金を貸すアントーニオを憎み、仕返しの機会をねらう。バッサーニオがシャイロックに三千ダカットの借金を申し込み、アントーニオがその保証人になったので、シャイロックは、「もし期限までに返済できないばあいは、アントーニオの身体の肉一ポンドを切り取る」との条件を出す。
『金色夜叉』(尾崎紅葉) 学生・間貫一(はざまかんいち)の婚約者・鴫沢宮は、富山唯継の財力に心を動かし、富山の求婚を受け入れる。宮を恨む貫一は、「生きながら悪魔となろう」と誓い、学業を捨てて高利貸しとなる。彼は冷酷な取り立てを友人に諌められ、暴漢に襲われたりもするが、ひたすら商売に精を出し、財を築く。
『われから』(樋口一葉) 金村与四郎は、月給八円の下級官吏だった。美貌の妻・美尾は、出世しそうもない夫を見限り、生まれてまもない女児を置いて、失踪する〔*高級軍人の妾になった、と考えられる〕。怒った与四郎は役所を辞め、「赤鬼の与四郎」と呼ばれる金貸しとなって財を築くが、人の生き血をしぼった報いか、五十歳にもならないうちに脳充血で急死した。
『霧の旗』(松本清張) 薄給の小学校教員・柳田正夫は、金貸しの老婆から借金をして、返せないでいた。ある夜、彼が利子を支払いに老婆の家を訪れると、老婆は何者かに殺されていた。柳田正夫は犯人と見なされ、逮捕される。彼の妹・桐子は弁護料の工面ができず、高名な大塚弁護士に兄の弁護を依頼しても、断られてしまう。柳田正夫は控訴中に獄中で病死する→〔暴行〕1。
『心理試験』(江戸川乱歩) 官吏の未亡人である六十歳近い老婆が、金貸しをして蓄財する。苦学生蕗屋清一郎は、「老婆が大金を持っていても無意味で、自分のような未来のある青年の学資に使うのが合理的だ」と考え、老婆を絞殺して、植木鉢の底に隠してある五千円余を奪う。
『罪と罰』(ドストエフスキー)第1部 貧窮ゆえ大学を中退したラスコーリニコフは、アパートに住む金貸しの老婆アリョーナを斧で殺し、金品を盗む。「自分は非凡な人間だから、無価値な存在である老婆の財産を、有効に活用する権利がある」と、ラスコーリニコフは考えていた。しかし犯行の直後に、アリョーナの義妹リザヴェータが帰って来たので、彼はリザヴェータをも殺してしまい、この予定外の殺人に動揺する。
『遥かなる山の呼び声』(山田洋次) 北海道。田島耕作の妻は、高利貸しから借りた金が返せず、縊死した。通夜の席で、高利貸しが「そう簡単に死なれてはたまらない。どうしてくれるんだ」と暴言を吐いたので、耕作は高利貸しを殴り殺す。耕作は逃亡し、酪農を営む未亡人・民子の家に、作男として雇ってもらう。しかし捜査の手がのびていることを知り、耕作は自首する。民子は、耕作が刑期を終えて戻って来る日を待とうと決意する。
『雁』(森鴎外) 十九歳のお玉は、六十代半ばの父親と二人暮らしであるが、すでに一度結婚生活に失敗した身の上である。お玉は父に楽な生活をさせるために、実業家と称する末造の妾になる。しかし末造は、大学の小使い上がりの高利貸しだった。
『初すがた』(小杉天外) 十九歳のお俊は、一歳年下の龍太郎と恋仲だったが、苦しい家計を助けるため、小しゅんと名乗って清元の芸人になる。ある時、小しゅんは新聞記者笠田に身を汚され、さらに、自分が実は某将官の妻の私生児だったことを知ってしまう。小しゅんは龍太郎との恋をあきらめ、養父母への義理を立てて、五十歳近い高利貸し斧岡の妾となる。
『壁抜け男』(エイメ) 中年男デュティユルは、壁や塀を通り抜ける能力が自分に備わっていることに気づく。彼は盗賊になり、わざと逮捕され、何度も脱獄する。美しい人妻が閉じこめられている寝室に入りこんで愛し合ったりもする。しかし、壁抜け症状を治療する薬を誤って飲んだため、彼は塀を抜ける途中で身動きできなくなる。
『聊斎志異』巻1−15「労山道士」 男が労山の道士に、壁抜け術の伝授を請う。呪文を習い、塀をめがけて走りこむと、いつのまにか塀を抜けている。男は帰宅して、妻に術を見せようと塀に突進する。しかし壁に激突し、男は額に瘤を作って倒れてしまった。
『一千一秒物語』(稲垣足穂)「散歩前」 ある晩、「自分」は散歩から帰って来て、壁を見ていた。ドン!と後ろから突かれた、と思ったら、壁の外へ出ていた。「自分」は、まだこれから散歩するところだったのに気がついた。
『蒙求』9「匡衡鑿壁」 前漢の匡衡は学問好きだったが貧しく、読書のための燈火がなかった。隣家には燈火があったので、匡衡は隣家との境の壁に穴を開け、その光を引いて書物を読んだ。
『S・カルマ氏の犯罪』(安部公房) 朝起きると、「ぼく」は自分の名前を忘れていた。胸の中がからっぽになった感じがして、雑誌に載っている曠野の写真を見ると、「ぼく」は曠野を胸の中に吸い込んでしまう。「ぼく」は部屋の壁をも吸い込み、曠野に壁が生える。壁は成長を始め、「ぼく」の身体いっぱいになり、さらに大きくなる。「ぼく」は変形し人間の姿を失う。見渡す限りの曠野。その中で、壁となった「ぼく」は静かに果てしなく成長して行く。
『オノレ・シュブラックの消滅』(アポリネール) オノレ・シュブラックが人妻と密会中、亭主がピストルを片手に現れた。裸のオノレ・シュブラックは壁に追いつめられ、「消えてしまいたい」と念ずる。すると身体が平べったくのび、色も壁と同じになって、彼は壁と一体化した。亭主はあっけにとられ、妻を射殺して去った〔*その後もオノレ・シュブラックは、何度か壁と一体化して難を逃れるが、最後には亭主がピストルを壁に乱射し、彼を殺す〕。
『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(ヌリカベ)」 夜道を歩いていると、行く先が急に壁になり、どこへも行けなくなることがある。それを「塗り壁」と言って、怖れられている。棒で下の方を払うと壁は消えるが、上の方をたたいてもどうにもならないという。
『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(ノブスマ)」 野衾(のぶすま)は、人の前面に壁のように立ち塞がり、上下左右ともに果てがない。腰を下ろして煙草を吸っていると消える。
塗り壁の話 第二次大戦中、「ぼく(水木しげる)」は南方のジャングルを一人さまよっていて、「塗り壁」に出会った。押してみたら、コールタールを固めた感じのもので、右へ行っても左へまわっても前進できない。「ぼく」は二〜三十分ウロウロしていたが、疲れたので腰を下ろして一休みした。その後でもう一度進んでみると、不思議なことに、今度は普通に進むことができた。どうやら、一服したのがよかったらしい。
*壁の中に死体を隠す→〔動物教導〕2の『黒猫』(ポオ)。
*牢獄の壁にトンネルを掘る→〔トンネル〕2c・2d。
★.人の命を奪う鎌。
『入鹿』(幸若舞) 狐が鎌をくわえて来て幼い鎌足の枕元に置き、かき消すように失せた。鎌足は成長後、この鎌で逆臣蘇我入鹿の首を討った→〔盲目〕7。
『詩語法』(スノリ)第6章 九人の奴隷の草刈り鎌をオーディンが砥石で研ぎ、よく切れるようにしてやる。奴隷たちが砥石を欲しがるので、オーディンは砥石を空中に投げ上げる。奴隷たちは我先に砥石を掴み取ろうとして、互いに鎌で喉を切り合ってしまう。
『真景累ケ淵』(三遊亭円朝) 新吉とお久の駆け落ちの途中、草むらの鎌でお久は怪我をする。お久の顔が、死んだ豊志賀に見えたので、新吉は鎌でお久を殺す。新吉はお久の親類お累と結婚するが、名主の妾お賤と関係してお累を捨て、お累は、お久を殺した鎌で自殺する。数年後、寺男から「良く切れる鎌だ」と言って見せられたのが見覚えのある鎌だったので、 新吉は悪因縁を悟り、その鎌でお賤を殺し自害する。さらにお賤の母も、旧悪を懺悔して鎌で自害する〔*人々の手から手へ刃物が渡る点で→〔剣〕4と同想〕→〔顔〕2。
*→〔後ろ〕2の『神統記』(ヘシオドス)。
*かまいたちの話→〔三人の魔女・魔物〕2。
★1a.デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)。苦境にある作中人物の所へ現れて、一瞬のうちにすべてを解決してくれる神。
『オレステス』(エウリピデス) オレステスは、母殺し(*→〔母〕1aの『エレクトラ』)の罪で死刑を宣告される。彼は自らの正当性を訴え、自分を助けようとしなかった叔父メネラオスを恨んで、その妻ヘレナを殺し、娘ヘルミネオを人質として、死刑を免れようとする。その時、高所にアポロン神が現れ、ヘレナは無事で天界にいること、オレステスは国外に去ってヘルミ ネオを妻とすべきことを告げ、メネラオスとオレステスを和解させる。
『タウリケのイピゲネイア』(エウリピデス) イピゲネイアがタウロイの国の神社の巫女となっているところへ、弟オレステスとその友ピュラデスが生贄にされるべく、捕らわれて連れて来られる。イピゲネイアはタウロイの王を欺いて、弟たちとともに船で逃げ、王は怒って後を追おうとする。その時上空に女神アテナが現れ、「すべて神意であり天命であるゆえ、イピゲネイアらをそのままアテナイへ行かせよ」と説く。
『天道さん金ん綱』(昔話) 山姥が、三人の子供のうちの一人を食い、二人が逃げて桃の木の上に登る。山姥も木を登って来るので、子供たちが空を見上げ「天道さん、金ん綱」と呼ぶと、がらがらと音がして天から鉄の鎖が下がる。子供たちは鎖につかまって天に昇る。
*神のごとき存在であるライオンが、猫たちのトラブルを一蹴する→〔猫〕10。
★1b.苦境にある作中人物に救いの手を差しのべる、貴人・超人など神のごとき存在。
『廓文章』 遊蕩ゆえ勘当された藤屋伊左衛門が、落ちぶれた紙衣姿で、師走の餅つきの日に吉田屋を訪れ、恋人夕霧に逢う。伊左衛門は、「夕霧が心変わりした」と恨みを言い、二人は痴話喧嘩をする。そこへ、「勘当が許された」との知らせとともに、夕霧を身請けするための千両箱が運びこまれる。
『三文オペラ』(ブレヒト) 盗賊団長マクヒスが乞食頭ピーチャムの娘ポリーと結婚する。ピーチャムは怒って警察にマクヒスの居所を密告し、マクヒスは逮捕されて絞首台に立つ。そこへ女王の使者が来て、マクヒスを恩赦し、さらに、「マクヒスを貴族に任じ、年金を与える」と告げる。
『タルチュフ』(モリエール) 富裕な市民オルゴンは偽善者タルチュフにだまされ、全財産を取り上げられる。さらにタルチュフは、オルゴンを国王陛下に告訴し、警吏を連れて来てオルゴンを逮捕させようとする。しかし国王陛下は、タルチュフが手配中の詐欺師であることを先刻承知だった。警吏は国王陛下から、「オルゴンでなくタルチュフを逮捕せよ」との命令を受けており、オルゴンは危ういところを救われ、財産も失わずにすんだ。
『天守物語』(泉鏡花) 姫路城の天守夫人富姫と姫川図書之助を討つべく、兵たちが攻め上る。木彫りの獅子が動きだして討手に立ち向かうが、目を傷つけられて伏す。同時に富姫と図書之助も失明し、二人は自害しようとする。そこへ老工人近江之丞桃六が現れ 、鑿で獅子の目を開けると、富姫と図書之助も開眼し、救われる→〔鷹〕1。
『大鏡』「実頼伝」 太宰府から帰京する大弍佐理の乗った船が、伊予の手前で動かなくなる。佐理の夢に三島明神が現れ、「我が社には額がないので、書の名人たる汝に額を書いてほしい」と請う。
『尾張国風土記』逸文・吾縵の郷 品津別皇子は七歳になっても物を言うことがなかった。皇后の夢に神が現れ「我がために祭主をあてがえば、皇子は物を言い、命も長いだろう」と告げた。
『古事記』中巻 祟神帝の世、疫病で多くの人が死んだ。帝が憂えて神床に寝た夜の夢に大物主神が現れ、「意富多多泥古を祭主として我を祭るならば、祟りは止む」と告げた〔*『日本書紀』巻5祟神天皇7年2月に類話〕。
『捜神記』巻5−1(通巻92話) 漢末の人蒋子文は鐘山で賊に切られて死んだが、呉の孫権が帝位についた頃に土地神となって現れ、また巫女に乗り移って「祠を建てて我を祭れ」 と要求し、疫病や火事を起こした。孫権は蒋子文のために廟を建て、鐘山を蒋山と改めた。
『肥前国風土記』基肆の郡姫社の郷 荒ぶる神が道行く人を多く殺した。占うと「筑前国宗像郡の人、珂是古に我が社を祭らせよ。この願いが叶えば、荒ぶる心は起こさぬ」との神示が得られた。
『肥前国風土記』佐嘉の郡 荒ぶる神が道行く人を多く殺した。「土で人形・馬形を作り、祭祀すればよい」との占いのままに神を祭ると、神の心は和んだ。
『古事談』巻3−92 松尾明神が七月なのに寒さを嘆き、空也上人に「法華の衣は薄く、妄想顛倒の嵐・悪業煩悩の霜にせめられて寒し」と訴える。上人が四十余年法華経を読み染めた衣を着せると、松尾明神は「暖かになった」と喜ぶ〔*『発心集』巻7−2に同話。『三国伝記』巻6−15の類話では十月のこととする〕。
『遠野物語』(柳田国男)91 鳥御前という男が、山で赭い顔の男と女に出会う。彼らは鳥御前の近づくのを制止するが、鳥御前は戯れて切刃を抜き、男に蹴られて気絶する。鳥御前は友に介抱されて家に帰り、三日ほど病んで死ぬ。山の神の遊んでいる所を邪魔したため、祟りを受けて死んだのだった。
*→〔夫〕4の『日本書紀』巻5崇神天皇10年9月・『変身物語』(オヴィディウス)巻3・〔水浴〕3の『変身物語』(オヴィディウス)巻3・〔盲目〕3aの『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第6章。
*雪女郎を見ると、一年以内に死ぬ→〔雪女〕5の雪女郎の話。
*龍の姿を見て、気絶する→〔龍〕8の『今昔物語集』巻24−11。
『大鏡』「昔物語」 宇多天皇がまだ侍従であった元慶二年(878)頃、十一月下旬に鷹狩りに出かけたが、急に霧が立ちあたりが暗くなり、供人は薮の中に伏し震えていた。その間一時間ほど、賀茂明神が出現して侍従に託宣していた。
『古事談』巻3−58 長久の頃、最勝講の時、道場に持国天以下の四天王が現れたが、後朱雀院以外の人はこれを見なかった。
『出エジプト記』第19〜20章 雷鳴と稲妻と厚い雲がシナイ山に臨み、角笛の音が鳴り響いて、神がモーセ(モーゼ)を山の頂へ呼ぶ。イスラエルの人々は山の下で待つ。神はモーセに十戒を語る。
『出エジプト記』第24〜32章 後にモーセは四十日四十夜山にこもって神の言葉を聞き、神が指をもって記した二枚の石の板を授かる。
キジムナーの伝説 「キジムナー金持ち」と呼ばれる家があった。家のウスク木の根もとの洞穴に、化け物キジムナーが住んでいて、主人と一緒に漁に出かける。すると、いつも船いっぱいに魚が取れた。これをねたむ人が、キジムナーの留守に洞穴を焼いてしまう。キジムナーは住む所がなくなったので、出て行く。以後その家は、一匹も魚が取れず、貧しくなった(沖縄県島尻郡南風原町神里)。
『ざしき童子のはなし』(宮沢賢治) 旧暦八月十七日の晩、紋付袴姿で刀をさした座敷童子が、渡し船に乗った。座敷童子は「笹田の家に飽きたから、斎藤の家に行く」と渡し守に告げた。それから笹田家はおちぶれ、斎藤家では病人が治り息子が大学を出て、立派になった。
『捜神記』巻17−9(通巻408話) 臨川の陳臣は大金持ちだった。永初元年某日、邸内の群竹の中から大男が現れ「わしは長年この家に住んでいたが、お前と別れることになった」と告げた。男がいなくなってから、大火事が出たり下男下女が死んだりして、一年のうちに陳臣はすっかり貧乏になった。
『福の神』(星新一『妖精配給会社』) 金運を祈るエル氏に福の神が乗り移り、「長寿と財産を授ける」と約束する。福の神は休みなくエル氏に働くことを命じ、財産は増える一方だが、使うことは一切許されない。福の神たちは、人間の一生の間にどれだけ財産ができるか競い合っており、エル氏の福の神は、世界新記録を目指しているのだった。
『沙石集』巻9−22 十二月晦日の夜。五十歳ほどの円浄房が、「長年の貧乏暮らしが辛いので、この際、貧乏を追い払おう」と決意する。彼は呪文を唱え、桃の枝で家中を打ちつつ、「貧窮殿、出ておわせ」と言って、貧乏神を追い出す。その夜の夢に、やせ細った法師(=貧乏神)が現れ、「長年おそばにいたが、お別れします」と言って泣いた。その後、円浄房は暮らしに困ることがなくなった。
『日本永代蔵』(井原西鶴)巻4−1「祈る印の神の折敷」 貧しい染物屋が「いっそ貧乏神を祀ろう」と考え、藁人形に頭巾・帷子(かたびら)を着せて、供え物をする。貧乏神は恩義を感じ、貧運を他家へ移し、「柳は緑、花は紅(くれない)」と唱えて染物の工夫を夢告する。染物屋は新たな紅(もみ)染めの方法を案出し、分限(ぶげん)者となった。
『発心集』巻7−7 三井寺の貧僧が、余所へ行って運命を開こうと旅支度をする。夢に、自分と同様に旅支度する痩せた若者を見て問うと、「常に御身を離れぬ貧報の冠者」と答えるので、僧はどこへ行っても貧から逃れ得ぬと悟り、もとの寺にとどまる。
*→〔のりなおし〕2aの『鹿の巻筆』第3「夢想の読み損なひ」。
『サムエル記』上・第5章 ペリシテ軍がイスラエル軍を打ち破り、イスラエルの神の箱を奪う。ペリシテ人は神の箱を、ダゴン神の宮に運び入れる。しかし朝になってから見ると、ダゴン神は倒れ、またその頭と両手は切れて離れ、胴体だけでころがっていた。
『日本書紀』巻5崇神天皇6年 天照大神と倭大国魂の二柱の神を、天皇の居所に祭ったところ、神々は互いの威勢を畏怖して、共に住むに安からぬ有様であった。そこで天照大神には豊鍬入姫命を、倭大国魂には渟名城入姫命をつけて、別々の所に祭った。
『日本書紀』巻9神功皇后摂政元年2月 昼の暗きこと夜のごとき日々が長く続き、時の人は「常夜行く」といった。一人の老人が「これはアヅナヒの罪といい、二つの社の祝者を一つの場所に埋葬したための災いであろう」と述べた。
★7b.二人の神。隣りの宇宙の神が、この宇宙の神に会いに来る。
『人間万歳』(武者小路実篤) 宇宙の神様が天使たちにとりまかれて、天上に君臨する。神様は自分の脳味噌の垢のかけらが入った生命の水を一滴、地球に落とし、そこから人間が誕生する。隣りの宇宙の神様がはじめて訪れ、二人の神様は語り合う。神様が地上の人間を示すと、隣りの宇宙の神様は、「私の宇宙にも人間がいたが、実に立派に生き、立派に滅んでいった。神や天使のお手本とすべきものだ」と言う。二人の神様は人間を祝福し、「人間万歳」を唱える。
*他世界の仏が訪れ、この世界の仏と対面する→〔仏〕5の『法華経』「見宝塔品」第11。
『石神』(狂言) 妻が夫に愛想をつかし、親里に帰ろうとして、神社の石神に伺いをたてるというので、夫が石神に扮して妻を待つ。妻が「石神が上がれば親里に帰り、上がらねば夫のもとにとどまる」と念ずると、夫は持ち上げられないように力を入れる。妻はいったんは真の神のお告げと信ずるが、すぐに夫と見破る。
『パンチャタントラ』巻1−5 王女に恋した織物師が、木製のガルダ鳥や、法螺貝・円盤・棍棒・蓮華を持つ四本の腕などで身をよそおい、ヴィシュヌ神に変装して王女の寝室へしのび入る。王女は織物師をヴィシュヌ神と信じて身をまかせる。
*→〔木〕7の『隣りの寝太郎』(昔話)。
『地獄の黙示録』(コッポラ) ベトナム戦争の時代。米軍特殊部隊のカーツ大佐はカンボジアの密林地帯に潜入し、現地人たちの王国の「神」となって、君臨する。米軍司令部が、カーツ暗殺をウィラード大尉に命じ、ウィラードは王国へ乗り込んで、カーツと対面する。カーツは、アジア人の思考と行動が米国人の理解を絶するものであることを語る。祭の夜、ウィラードは鈍刀で切りつけ、カーツを殺す。カーツは抵抗せず、自らの死を待っていた。現地人たちはウィラードを新たな神としてあがめる。ウィラードは振り返ることなく王国を去る。
『イリアス』第5歌 ギリシア軍とトロイア軍が激しく戦う中、ディオメデスはアイネイアスを打ち倒し、アイネイアスを救おうとする母女神アプロディテにも槍を向ける。女神アプロディテは掌の付け根を傷つけられ、悲鳴をあげて逃げ去る。さらにディオメデスは女神アテナの助けを得て、軍神アレスの下腹に槍を突き立てる。軍神アレスも呻き声をあげて天へ逃げ昇る。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第6章 神々が巨人(ギガス)たちと戦った時、「巨人たちは、神々によっては滅ぼされぬが、人間が味方となれば退治することができる」との予言があった。そこでゼウスがヘラクレスを味方に招き、ヘラクレスは神々と力を合わせて、巨人たちを殺した。
*人間だけが、神にも悪魔にも殺されぬ魔王ラーヴァナを滅ぼすことができる→〔転生〕9aの『ラーマーヤナ』第1巻「少年の巻」。
★11.人間の夫婦が、後年(または死後)に神や仏となって、祀られる。
『浦島太郎』(御伽草子) 浦島太郎は玉手箱を開け、鶴になって虚空に飛び上がった。後に彼は、丹後の国に浦島の明神としてあらわれ、衆生を済度した。龍宮城の女房の本体である亀も、同じ所に神としてあらわれ、夫婦の明神となった。
『小栗(をぐり)』(説経) 小栗判官は鞍馬の毘沙門に、照手姫は下野の日光山に、親が申し子をして得た子である。二人は結婚し、長者となり長寿を得た。死後はそれぞれ、美濃の国安八郡墨俣の、正八幡の荒人神(あらひとがみ)・契り結ぶの神となった。
『熊野の御本地のさうし』(御伽草子) 天竺摩訶陀国の善財王は世をはかなんで(*→〔父〕8a)、七歳の王子、亡き后せんかう女御の首、ちけん聖などとともに、飛ぶ車に乗って都を出、日本の紀の国に到った。彼らは熊野権現の神となった。證誠殿は善財王、両所権現はせんかう女御、那智権現はちけん聖、若王子は七歳の王子のことである。
『梵天国』(御伽草子) 玉若は、父母が清水の観音に願って得た子である。彼は梵天国王の姫君を妻とし、中納言になり、丹後・但馬の国を領地とした。玉若は丹後に住み、八十歳の年に久世戸(=切戸)の文殊となった。妻は成相寺の観音となった。
*→〔貴種流離〕1の『日光山縁起』・〔小人〕1aの『小男の草子』(御伽草子)・〔再会〕2の『神道集』巻7−43「葦苅明神の事」。
*病気に苦しんで死んだ人が神になる→〔病気〕9のうば神様の伝説。
*恋に苦しんで死んだ人が神になる→〔恋わずらい〕4の『じゅりあの・吉助』(芥川龍之介)。
『変身物語』(オヴィディウス)巻15 アウグストゥスはローマの初代皇帝となった。世界の統領ともいうべき偉大なアウグストゥスが人間の子であってはおかしいとの理由で、その父(実際には養父)カエサルは、神とならねばならなかった。カエサルが暗殺された時、女神ヴェヌスが、彼の死体から魂を救い出して天に運んだ。魂は、炎のような尾を引く箒星となって輝いた。
石神様の伝説 茂草のヌカモリ山にまつられた神様は、子供好きだった。毎日、子供たちが神社へやって来て、石の御神体を縄でしばり、山の上から大谷地の水溜りに転がして遊んだ。ある日、通りかかりの女が「そんなことをすると罰が当たる」と言ったので、子供たちは遊びに来なくなった。神様はさびしがり、女を盲目にしてしまった〔*女は二十一日間、神様に詫び、開眼した〕(北海道松前郡松前町)。
*御神体の石→〔禁忌〕9の『福翁自伝』(福沢諭吉)。
『コンタクト』(ゼメキス) 恒星ヴェガへ飛ぶポッド(=一人乗り空間移動装置)の、乗員選考が行なわれる。候補者の一人・女性科学者エリーに、宗教学者が「神を信じますか?」と問う。エリーは「私は実証主義者です。神の存在については、判断するデータがないので答えられません」と言う。エリーは無神論者と見なされ、「神を信じない人物を、人類の代表として宇宙へ送るわけにはいかない」との理由で、候補者から除外される〔*その後、エリーは二台目のポッドに乗り、銀河系の中心まで行く〕。
*神が人を助ける→〔神仏援助〕。
*神の眠りと人間世界→〔眠り〕9。
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