『蛤の草子』(御伽草子) 天竺に、母一人子一人で暮らす「しじら」という四十男がいた。ある日彼は、海に出て蛤を釣り上げる。蛤は見るまに大きくなり、内部から金色光が三筋さして貝が開き、十七〜八歳の美女が現れる。美女は「夫婦になろう」と言うので、しじらは家に連れ帰る。美女は観音に仕える天人「童男童女身」で、親孝行なしじらに富と長寿を与えるためにやって来たのだった〔*美女は使命を果たした後、しじらと添い遂げることなく、白雲に乗って去った〕。
*貝の女神→〔蘇生〕1の『古事記』上巻。
『沙石集』巻2−8 高野山の検校・覚海が、「前世を知りたい」と弘法大師に祈り、次のような示現を得た。「はじめは、天王寺の西の海の蛤だった。子供が蛤を拾い、寺の前で遊んでいた。蛤は仏法を聞いたために、犬に生まれ変わった。その後も、仏法に触れた縁によって、犬→牛→馬と転生し、次いで非人に生まれ、承仕法師に生まれて、今生で検校となったのだ」。
★2b.貝から他の生類に転生できるかと期待したが、できなくなった。
『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30・通巻692話 東大寺の春豪上人が、海人から蛤を買い取って海へ放生した。その夜の夢に多くの蛤が現れ、「我らは蛤としての生を終え、畜生道から脱け出るはずだったが、放生されたため、出離の機会を失った。これからも蛤の身でいなければならないのが悲しい」と訴えた。上人は、目覚めてからH泣すること限りなかった。
『古今著聞集』巻20「魚虫禽獣」第30・通巻709話 宮内卿業光が、食用の螺(にし=巻貝)をたくさん枕元に置き、酒に酔って寝た。夢に、小さな尼が大勢あらわれ、泣き悲しんで何事かを訴える。明け方、目覚めると、枕元の螺の中に、幾人かの小さな尼が混じって見えた。業光は驚いて、以後は螺を食べなくなった。右近大夫信光も、蛤について同様の夢を見て、蛤を食べずに皆、放生した。
蜃気楼(鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』) 「蜃」とは大蛤のことである。大蛤は海上に気を吹き出して、楼閣城市のかたちをなす。これを「蜃気楼」と名づける。また「海市(かいし)」ともいう。
『絵本百物語』第15「出世螺」 深山には、ほら貝があって、山に三千年、里に三千年、海に三千年の年月を経て、龍となる。これを「出世のほら」という。遠州浜名湖の、湖と海とがつながるあたりにある「今切(いまぎれ)の渡し」も、ほらの抜けた跡であるという。
『聊斎志異』巻9−384「蛤(こう)」 東海に珍しい二枚貝がある。貝は腹が減ると殻を開き、中から小さな蟹が這い出して来る。貝と蟹は、赤い綫(=糸)でつながれていて、蟹は貝から何尺か離れて食べ物をあさる。ある人がその綫を切ったら、貝も蟹も死んでしまった。
『今昔物語集』巻29−35 猿が海辺の溝貝を食おうとして、手をはさまれる。溝貝は砂地の底へもぐりこみ、潮が満ちて来て猿は溺れそうになる。これを見ていた女が、貝の口に木をねじこんで開き、猿の手を抜いてやる〔*猿は命を助けられた恩返しに、鷲を五羽捕って女に与える〕。
★4b.猿田毘古神(サルタビコノカミ)が、貝に手をはさまれる。
『古事記』上巻 天孫降臨の先導をした猿田毘古神は、後に阿耶訶(あざか)という所で漁をした。その時、猿田毘古神は、ひらぶ貝に手をはさまれて溺れ、海の底に沈んで行った。
『赤貝丁稚』(落語) 商家の丁稚が、進物として届いた赤貝をつついて、指をはさまれる。ひどく痛むので医者に行ってわけを話すと、医者は「なるほど。でも、まだ指で幸いだった」。
*女性器を見て、赤貝だと思う→〔蛸〕1bの『赤貝猫』(落語)。
『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「青い恐怖」 島の漁師の息子・太一が、磯で魚をとっていて、大きなシャコ貝に左足をはさまれる。貝は、砂と岩の間に埋まっているので、掘り出すことができない。まもなく満潮になって、このままでは太一は溺れ死ぬ。ブラック・ジャックが太一を発見し、メスで貝柱を切断して、シャコ貝の口を開ける。
『舜子変』(敦煌変文) 継母に憎まれ、井戸に埋められそうになった舜は、他郷へ逃れ、十年ほどがたつ。舜は市場へ米を売りに行って、零落した盲目の父瞽叟と再会する。彼が舌で父の眼をなめると、父の眼は開いた〔*『三国伝記』巻7−5の類話では、重花(=舜の前名)が父の眼を押拭い天を仰いで涕泣すると、たちまち父の両眼は開いた、とする〕→〔継子〕5。
『ヨハネによる福音書』第9章 イエスが地に唾を吐いて泥を作り、それを盲人の目に塗って「シロアムの池に行って洗え」と言う。盲人の目は開く。
*→〔唾〕4の『マルコによる福音書』第8章。
『歴史』(ヘロドトス)巻2−111 ペロス王は神罰を受け盲目となる。十年後、「夫以外の男を知らぬ女の尿で眼を洗えば開眼する」との神託を得、后の尿で試みるが、効果がない。そこで次々と多くの女について試み、ようやく眼が見えるようになった王は、それ以前の女をすべて殺した。
『今物語』第32話 石清水八幡の袈裟御子が、病んで眼のつぶれた娘を若宮の神前へ連れ行き、「奥山にしをる枝折は誰がため身をかきわけて産める子のため」の歌を詠ずる。すぐに娘の病は治り、眼も開いた。
『三国伝記』巻10−6 盲鶏を憐れんだ修行者が、「鶏の鳴く音を神の聞き乍ら心つよくも目を見せぬ哉」の歌を短冊に書いて鶏の頸に付けると、鶏の眼は開いた。
『今昔物語集』巻2−38 盲目の乞食児に仏が前世の因縁を解き、頭を撫でると両眼が開いた。
『今昔物語集』巻13−18 盲僧妙昭は長年法華経を信受し、ついに開眼した。
『今昔物語集』巻13−26 太宰府官人の妻が失明し、後世のために法華経を読誦する。四〜五年後、夢に貴僧が両眼をなでると見て、開眼した。
『三宝絵詞』上−13 盲目の老夫婦が深山へ入り、仏道修行をする。孝子施無が両親の世話をするが、誤って弓で射られて死ぬ。帝釈が憐れんで施無を蘇生させ、老夫婦の眼も開く〔*前半部は→〔見間違い〕3bの『ラーマーヤナ』第2巻「アヨーディヤーの巻」と同様の展開〕。
『日本霊異記』下−11 盲目の女が薬師如来像に開眼を祈ると、像の胸から桃の脂のごときものが出る。それを食べて女の眼は開く〔*『今昔物語集』巻12−19に類話〕。
『日本霊異記』下−12 盲目の男が何年もの間、千手観音の日摩尼手の名を唱える。不思議な二人の人が来て、男の眼を治す〔*『今昔物語集』巻16−23に類話〕。
『日本霊異記』下−21 僧長義は片方の眼が見えぬこと五ヵ月、大勢の僧に金剛般若経を三日三夜読誦せしめて開眼する〔*『今昔物語集』巻14−33では両眼がつぶれた、とする〕。
『満仲』(幸若舞) 美女御前が斬られたと思いこんだ母御台は、悲しみで盲目となる。後、美女御前が僧円覚となって訪れ仏神に祈り、母を開眼させる。
*→〔投身自殺〕2の『壺坂霊験記』。
『トビト書』(旧約聖書外典) トビヤは天使ラファエルと一緒に旅をする途中で、大きな魚を捕まえる。ラファエルは、魚の胆汁と心臓と肝臓を取り出してしまっておくよう、トビアに命じる。旅を終えて帰宅した後、トビアはラファエルの教えにしたがい、魚の胆汁を盲目の父トビト(*→〔盲目〕4a)の両眼に塗って、開眼させた〔*魚の心臓と肝臓は、悪魔退治に用いた〕→〔心臓〕2。
『さんせう太夫』(説経) つし王(厨子王)は、母を捜して蝦夷が島に渡り、盲目になった母と再会する。彼は、膚守りの地蔵菩薩で、母の両眼を三度なでる。つぶれて久しい母の両眼は、ぱっと開いた。
『しんとく丸』(説経) 陰山長者の娘乙姫は、信吉(のぶよし)長者の息子しんとく丸と夫婦約束をしたが、しんとく丸は盲目の癩者になってしまった。乙姫が、しんとく丸の病気平癒を祈って東山清水寺にこもると、観世音が「寺の一番外の階段に鳥帚(とりぼうき)があり、それで身体をなでれば病は治る」と夢告する。乙姫は鳥帚で盲目のしんとく丸を開眼させ、しんとく丸もまた鳥帚を用いて、盲目の乞食となった父信吉長者を開眼させる。
『まつら長者』(説経)6段目 陸奥安達の郡の池に棲む大蛇が、さよ姫の読経によって成仏し、その恩返しに、龍宮世界の如意宝珠をさよ姫に与える。さよ姫は故郷大和へ帰り、盲目の母を尋ねあて、両眼を如意宝珠でなでると母の眼は開く。
『即興詩人』(アンデルセン)第2部の6・13・14 即興詩人アントニオは旅の途中、乞食の群れの中にいた盲目の美少女ララと出会う。アントニオは彼女に銀貨を与え、その額に接吻する。後にララは手術を受けて開眼し、ヴェネツィア市長の姪となる。彼女は名前を「マリア」と改め、アントニオと再会して結婚する。
『街の灯』(チャップリン) 浮浪者チャーリーが金を工面して、盲目の花売り娘に開眼手術を受けさせる。開眼した娘はチャーリーを見て、ただの浮浪者と思い、小銭を与える。その時の手の感触で、娘は、目の前にいるのが、手術代を手渡してくれた恩人であることを知る。
『虚勢』(太宰治) 貞一は幼い頃盲目になり、責任を感じて実母は死んだ。貞一は父と継母のもとで育ち、二十一歳になって開眼手術を受ける。眼の開いた貞一が見たものは、醜い風采の父、気持ちの悪い顔をした継母、汚らしい東京の街だった。貞一は父母を罵り、「もとの盲目にもどりたい」とまで言う。しかし、怒った父が硫酸を貞一の眼にかけようとすると、貞一は「いやです。せっかく治ったのに」と言って逃げ去る。
『田園交響楽』(ジッド) 牧師である「私」は、十五歳ほどの盲目の少女をひきとり、ジェルトリュードと名づけて教育する。「私」の息子ジャックがジェルトリュードを恋するが、彼女と「私」は深い信頼と愛情で結ばれていた。ジェルトリュードは手術を受けて開眼し、美しい世界を見、ジャックを見、「私」を見る。彼女が慕い、心に思い描いていたのはジャックの顔であり、老いた「私」の顔ではなかった。ジェルトリュードは小川に身を投げて死んだ。
*血による開眼→〔血〕2。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第3章 イオバテス王が、獅子の頭・龍の尾を持ち、胴に山羊の頭があってそこから火を吐く怪物キマイラ(=キメラ)と、ベレロポン(=ベレロポンテース)を闘わせて、ベレロポンを殺そうとはかる。しかしベレロポンは、有翼の馬ペガサスに乗って天を駆け、矢でキマイラを射殺す〔*『イリアス』第6歌に類話〕→〔手紙〕2。
『ギルガメシュ叙事詩』 神と人間の混合体であるギルガメシュと、粘土から造られたエンキドゥとが友情を結び、杉の森の怪物フンババ(フワワ)を退治に行く。太陽神シャマシュがギルガメシュたちに味方をし、強い風をフンババに吹きつけて、動けなくする。ギルガメシュとエンキドゥは斧と剣をふるってフンババを斬り殺し、杉の木を切り払う。
『変身物語』(オヴィディウス)巻4 ペルセウスがメドゥサを退治し、翼のついたサンダルをはいてエチオピア上空を過ぎる時、美女アンドロメダが海の怪物への生贄として岩に縛られているのを見る。ペルセウスは空を飛んで怪物と闘い、剣でさし殺して、アンドロメダと結婚する〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章に簡略な記事〕。
*→〔糸〕8の『土蜘(つちぐも)』(能)。
『エイリアン』(スコット) 男五人・女二人の搭乗する宇宙貨物船に、不死身の宇宙生物エイリアンが侵入し、乗員は次々に殺される。ただ一人生き残った女性航海士リプリーはシャトルで脱出し、母船を爆破する。しかしエイリアンもシャトル内に乗り移っており、リプリーに襲いかかる。リプリーはハッチを開き、気圧差を利用してエイリアンを宇宙空間へ吹き飛ばす。
*女が蛇を退治する→〔蛇退治〕4。
『キングコング』(クーパー他) 南海の孤島からニューヨークへ運ばれたキングコングが、鎖を断ち切って市街へ逃げ出す。コングは花嫁アンを見つけ、彼女をさらってエンパイアステートビルをよじ登る。四機の戦闘機がコングに銃弾を浴びせ、コングは落下して死ぬ→〔猿〕2。
『ゴジラ』(香山滋) 太平洋上の水爆実験で生活環境を失ったゴジラが、日本列島に上陸する。砲弾も高圧電流も、ゴジラには歯が立たない。化学者芹沢が、自らの開発した「オキシジェン・デストロイヤー」を用いて、東京湾沖に潜むゴジラを攻撃する。これは水中の酸素を一瞬のうちに破壊して、生物を窒息死させ、溶かしてしまう薬剤であった。ゴジラは「オキシジェン・デストロイヤー」の気泡に包まれて死に、溶け去った。
『ジョーズ』(スピルバーグ) 海水浴場に人喰い鮫が現れ、四人が犠牲になる。漁師クイント・海洋学者フーパー・警察署長ブロディの三人が漁船に乗って、鮫退治に出かける。沖で遭遇した鮫は、体長八メートル・重さ三トンの怪物だった。船は鮫の体当たりを受けて沈没しかけ、フーパーは海に沈み、クイントは鮫に喰われる。絶体絶命のブロディは、圧搾空気のボンベを鮫の口に投げ入れ、銃撃して、巨大な鮫を爆破する。
『大怪獣バラン』(本多猪四郎) 北上川上流の部落で祀られている婆羅陀魏(ばらだぎ)山神の正体は、中生代の恐竜バランだった。東京からの調査隊が訪れたことを契機に、バランは活動を始める。部落を破壊した後、翼を広げて空を飛び、バランは東京沖へ現れた。強力な火砲もバランには通じないので、パラシュートつきの特殊火薬をヘリコプターから投下し、呑みこませる。バランは内部爆発を起こして吹き飛んだ。
『ゴーストバスターズ』(ライトマン) 四人のゴーストバスターズが、ニューヨークの街に出没する幽霊たちを退治していた。彼らの前に、強力な悪霊が現れる。古代メソポタミアの「門の神」が、美しいチェリストのディナにとりついたのだ。ディナに片思いの税理士ルイスには、「鍵の神」がとりつく。「門の神」と「鍵の神」が人間の身体を借りて交わる時、破壊神ゴーザが出現するのである。ゴーストバスターズはニューヨークの街と市民を守るため、強力な光線銃で破壊神ゴーザと闘い、これを滅ぽした。
★5.乱暴者が三つの怪物を退治に出かけるが、三つめの怪物は彼自身だった。
『おんにょろ盛衰記』(木下順二) 「おんにょろ(=仁王)の熊太郎」と呼ばれる乱暴者がいて、皆に恐れられていた。彼は「村に三つの難儀がある」と聞き、退治に出かける。「おんにょろ」は、一の難儀「のて山の虎狼」・二の難儀「淵の大うわばみ」を退治し、「三の難儀は何だ?」と村人を問い詰める。村人が「三の難儀はお前だ」と言うので、「おんにょろ」は怒り、混乱して、わめきながらどこかへ走り去る。
『ゴジラの逆襲』(小田基義) 太平洋での水爆実験が蘇らせたのは、ゴジラだけではなかった。古代の暴龍アンギラスも、長い眠りから目覚めて活動を開始する。ゴジラとアンギラスは大阪へ上陸し、市街地で格闘する。大阪城をはじめ多くの建造物が破壊され、市中は火の海となる。ゴジラはアンギラスの頸にかみついて殺し、海へ帰って行く〔*後にゴジラは、北海道近海の雪におおわれた島で目撃される。自衛隊機が島を爆撃して雪崩を起こし、ゴジラを雪に埋める〕。
*怪物の方が強く、大勢の人間が死ぬ→〔片足〕3の『白鯨』(メルヴィル)。
*酒をかけて怪物を退治する→〔酒〕1aの『捜神記』巻11−8(通巻270話)。
【かいま見】→〔のぞき見〕
『親指姫』(アンデルセン) 親指姫は年寄りのヒキガエルにさらわれ、その息子の花嫁にされそうになる。姫は川の睡蓮の葉の上に置かれるが、魚が茎を噛み切ってくれたので、ヒキガエルのもとを逃れることができた。
*→〔変身〕2aの『蛙の王様』(グリム)KHM1。
『蛙の女房』(昔話) 親もとの法事に行く妻のあとを、夫がつける。山中の池に妻は飛びこみ、たくさんの蛙が読経するかのごとく鳴くので、夫は「妻の正体は蛙だ」と気づく。石を池に投げると蛙たちは逃げる。翌日帰宅した妻は、「法事の最中に屋根から石が落ちて来て大変だった」と語る。
『忠五郎のはなし』(小泉八雲『骨董』) 足軽の忠五郎が、ある晩、川辺に立つ女から「夫婦になってほしい」と請われ、水中の屋敷へ連れて行かれる。女は「私たちの結婚を誰かにもらしたら、お別れです」と口止めする。忠五郎は毎夜女のもとへ通うが、朋輩に問われて女との逢瀬を打ち明けてしまい、翌日死ぬ。女の正体は、大きな蝦蟇だった→〔性交〕5a。
*→〔禁忌〕6の『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」。
『蛙の王女』(ロシアの昔話) イワン王子は蛙を妻とした。しかし蛙は、本当は人間の娘「賢女ワシリーサ」だった。父親よりも賢かったので、父親が怒り、三年の間、彼女に蛙の姿でいるよう命じたのである。それを知らぬイワン王子は、三年たたないうちに、蛙の皮を見つけて燃やしてしまう。ワシリーサは嘆き、「もう少し待てば、私は永久にあなたのものになれたのに」と言って、地の果ての国へ去る→〔糸〕2c。
『捜神記』巻14−12(通巻351話) ゲイが西王母から不死の薬をもらったが、妻の嫦娥がそれを盗んで月へ逃げた。嫦娥は月でヒキガエルになった〔*中国では、ヒキガエルを月の精と考える〕。
月に貼り付いた蛙の話(北アメリカ・アラパホ族の神話) 太陽と月は兄弟だった。兄の太陽はヒキガエルを妻とし、弟の月は人間の女を妻とした。結婚後、太陽は美しい義妹に魅せられ、月は醜い義姉に悪態をついた。人間の女はかわいい赤ん坊を産み、皆が喜んだが、ヒキガエルはすねてそっぽを向いた。月が軽蔑の目でヒキガエルを見ると、ヒキガエルは「馬鹿にするのもいいかげんにして」と叫んで月の胸に飛びつき、そのまま今でも貼り付いている。
『赤蛙』(島木健作) 修善寺を訪れた「私」は、桂川で赤蛙を見た。赤蛙は川の中州から対岸へ渡ろうとして、何度も急流に流され、ついに渦巻に呑みこまれた。赤蛙の行動は、本能的な生の衝動以上の、明確な目的意志を持っているように見えた。「私」は自然の神秘を感じ、俗悪な社会と人生をしばらく忘れることができた。
『小野道風青柳硯』2段目 雨が小止みになり、小野道風が傘を片手に柳のかげにたたずむと、一匹の蛙が柳の葉の露を「虫か」と思い跳び上がる。失敗を何度も繰り返すうちに、ついに蛙は枝に跳びつく。これを見ていた道風は、「及ばぬ芸も、度重なる念力かたまる時は、ついに成らずということなし」と悟る。
『蛙』(ゲーザ) 「毛の生えた蛙が夜中に家に現れたら、誰かが死ぬ」と、「私」たちの田舎では信じられていた。ある夜「私」は台所で、その蛙を見た。「私」は斧をふるって、蛙を切り刻んだ。しかし翌朝見ると、蛙の死体は消えており、台所も汚れておらず、昨夜の殺戮の痕跡は何もない。「私」は夢を見たのだろうか? その日から二週間後、妻は死の床に横たわっていた。
*毛の生えた蛸を家で飼って、平和な暮らしと長寿を得る→〔蛸〕6の『海』(星新一『つねならぬ話』)。
*双頭の蛇を見ると、死ぬ→〔蛇〕9aの『太平広記』巻117所引『賈子』。
*山の主の蛙に遇ったために、死ぬ→〔地震〕8bの蛙(高木敏雄『日本伝説集』第11)。
『雑談集』(無住)巻6−6「霊之事」 法師が、地頭のために財産を騙し取られたまま、病死する。法師の霊は地頭の妻に取りつき、「家族を皆殺しにする」と言うので、地頭は詫びる。霊は「鎌倉で、浜の大鳥居に打ちこんだ釘と石を見せよう」と言い、妻は三〜四寸の釘と大石を、口から吐き出す。また、霊は「我が姿も見せよう」と言い、妻は蛙を吐き出す。
『ヨハネの黙示録』第16章 世界の終末の時、龍の口・獣の口・偽預言者の口から、蛙のような形の三つの悪霊が出る。悪霊たちは、ハルマゲドンと呼ばれる場所に全世界の王たちを集め、神との戦いの日に備える。
*→〔耳〕3の『太平広記』巻327所引『述異記』。
『三国遺事』巻1「紀異」第1・東扶余 東扶余国の夫婁(ブル)王が山川を祀り、「子供が授かるように」と祈った。帰途、鯤淵(コンヨン)まで来た時、王の乗る馬が、大きな石にむかって涙を流した。石をひっくり返すと、金色の蛙の形をした子供がいる。王は「天の授けである」と喜び、その子供を「金蛙(キムワア)」と名づけて育てた。「金蛙」は長じて太子となり、王となった。
*蛙の形をした化け物→〔瓶(びん)〕1の『ガラス瓶(びん)の中の化け物』(グリムKHM99)。
『江戸の蛙と京の蛙』(昔話) 江戸の蛙が京都見物に出かけ、京都の蛙が江戸見物に出かけて、途中で会う。二匹は互いの旅の目的地を見るために山に登り、手を取り合って二本足で立ち上がる。しかし蛙の目玉は背中についているので、江戸の蛙は江戸を見、京都の蛙は京都を見てしまう。二匹は「江戸も京も同じだ。わざわざ行くこともない」と言って、引き返す(宮城県本吉郡。*自分の故郷を見てそれを行く先の目的地と考える点で、→〔鏡〕1a・1b・1c・〔水鏡〕1aの、自分の姿を映してそれを他者だと思う物語と類似する)。
『蛙の人まね』(昔話) 仁佐平(にさったい)という山村に住む蛙が、伊勢参りする博労の馬に乗って、一緒について行く。そのうち、蛙は「自分も人間のように歩いてみたい」と考え、馬から下りて二本足で歩き出す。しばらく行くと、前方に仁佐平のような景色が見える。「おかしいな」と思ってさらに歩くと、そこは自分が住んでいた所だった。蛙の目は後ろについているので、立って歩いたら後戻りしてしまったのだった(岩手県二戸郡爾薩体村二佐平)。
『絵本百物語』第9「周防大蟆(すはうのおほがま)」 周防の国・岩国山の奥に、体が八尺ほどもある巨大なガマガエルがいる。昼間に虚空を仰いで口を開けば、虹のごとき気を吐く。この気に触れる鳥類虫等は、皆ガマの口に入ってしまう。夏には蛇を喰らう。
『音菊天竺徳兵衛(おとにきくてんじくとくべえ)』 船頭徳兵衛は風に吹き流され、五年間、天竺を巡った後に、日本へ帰った。彼は父吉岡宗観〔*実は朝鮮国王臣下・木曾官(もくそかん)〕から、蟇(がま)の妖術を授けられ、「この妖術を用いて日本国を奪い取ろう」と、暴れまわる〔*徳兵衛が石にむかって呪文を唱えると、石は蟇に変じて跳び歩く。また徳兵衛は、巨大蟇の背に乗って見得をきったり、蟇の体が割れてその中から現れたりする。普通の蟇を妖術で巨大化させたとも、徳兵衛自身が巨大蟇に変身したとも、両様に解釈できる〕。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)376「自分を膨らませる蟾蜍(ひきがえる)」 ヒキガエルの赤ん坊が、牛に踏み殺された。赤ん坊の兄たちが、「四足のでかい奴に潰された」と、外出から戻った母ヒキガエルに報告する。母ヒキガエルは自分の体を膨らませながら、「そいつは、こんなにも大きかったかい?」と尋ねる。子供たちは、「あいつの大きさに近づく前に破裂するよ」と言って止める。
*『それから』(夏目漱石)6では、長井代助が、日本をイソップのヒキガエルにたとえる。彼は友人平岡に言う。「日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでいて、無理にも一等国の仲間入りをしようとする。だから奥行きを削って、一等国だけの間口を張っちまった。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ」。
『水経注』「渭水」3 工匠の魯班が、水神である忖留に「水中から出て来い」と言うが、忖留は「私は姿が醜い。あなたは物の形を上手に描く人だから、出て行くわけにはいかない」と答える。そこで魯班が腕を組んで見せると、忖留は安心して顔を出した。魯班はすばやく足で地面に忖留の姿を描き、それに気づいた忖留は、すぐまた水中に没した。
『太平記』巻39「神功皇后新羅を攻めたまふ事」 阿度部(あとべ)の磯良という神は、久しく海底に棲んでいたため、身体に貝や蟲の取りついた奇怪な容貌になり、これを恥じていた。しかし神功皇后の勅請によって、地上に姿を現した。神功皇后は阿度部の磯良を使者として龍宮城へ派遣し、干珠・満珠を借り出した→〔玉(珠)〕3。
*一言主神は容姿が醜いため、昼間は隠れ、夜だけ現れた→〔橋〕5の『俊頼髄脳』。
『籠釣瓶花街酔醒』 上州佐野の大百姓次郎左衛門は醜いあばた面だったが、吉原を見物して、花魁道中をする八ツ橋の美しさに心を 奪われる。しかし八ツ橋には愛人がおり、次郎左衛門は満座の中で八ツ橋から愛想づかしをされる。恨んだ次郎左衛門は、八ツ橋以下大勢を斬り殺す。
『ノートル=ダム・ド・パリ』(ユゴー) 醜い顔に背骨の曲がった姿のカジモドは、司祭フロロに育てられ、ノートル=ダム大聖堂の鐘つき男になった。カジモドは、美しいジプシー娘エスメラルダに思いを寄せる。しかしエスメラルダはフェビュス大尉を恋し、その恋は実らぬまま、彼女は無実の罪を着せられて絞首刑になった。カジモドは死体棄て場へ行き、エスメラルダの身体を抱いて死んで行く→〔骨〕8b。
*ディズニー・アニメ『ノートルダムの鐘』(トゥルースデイル他)では、カジモドもエスメラルダも死なない。エスメラルダはフェビュス大尉と結ばれ、カジモドは二人を祝福する。
『マーティ』(マン) 精肉店で働くマーティは三十四歳。醜男の彼はデートの相手もなく、結婚を半ばあきらめて、母と二人で暮していた。マーティはダンスホールで、二十九歳の高校教師クララと知り合う。彼女も不美人で、踊る相手がいない。マーティはすっかりクララを気に入るが、母は「三十五か四十くらいじゃないの?」とか「大学出の女は商売女と紙一重だ」などと言う。友人たちは「イモだ」と酷評する。しかしマーティは、敢然としてクララをデートに誘う。
*→〔面〕1bの『オペラ座の怪人』(ルルー)・〔闇〕3bに記事。
『吹取』(狂言) 男が清水観音に妻乞いの祈願をする。観音は男に、「月夜に五条の橋に出て笛を吹け。その音に連れて出て来る女を、妻として授けよう」と夢告する。男は笛が吹けぬので、笛の上手な知人に吹いてもらう。被衣(かづき)姿の女が現れ、喜んだ男が夫婦の対面をしようと女の被衣を取ると、それはたいへんな醜女だった〔*『釣針(釣女)』・『二九十八』も同様に、神仏に妻乞いをして被衣姿の女を得るが、醜女だったので男は逃げる〕。
『妖虫』(江戸川乱歩) 殿村京子の母は醜婦ゆえ離縁され、縊死した。京子も醜貌であり、母から「お前は結婚するでない。この母が良い見せしめだ」と言われて育つ。周囲の嘲笑の中で成長した京子は、浮浪者と関係して不具の女児を産み落とし、その浮浪者にさえ捨てられる。京子は美しい顔の女を呪い、ミス・ニッポンの女優、ミス・トウキョウの女学生を殺す。
『古事記』中巻 垂仁天皇は、丹波からヒバスヒメ・オトヒメ・ウタゴリヒメ・マトノヒメの四姉妹を召した。しかし姉二人をとどめ、妹二人は醜かったので本国へ帰した。マトノヒメは恥じて、山代国の弟国(乙訓郡)で淵に落ちて死んだ。それでその地をオチクニと名づけ、今では、オトクニと言う。
*→〔うつほ舟〕1の『かるかや』(説経)・〔姉妹〕1aの『古事記』上巻。
*醜貌でも帰されない花嫁→〔ほくろ〕1aの『武家義理物語』巻1ー2「ほくろは昔の面影」。
『ガラスの仮面』(美内すずえ) 劇作家尾崎一蓮は、自らの作「紅天女」の主役をやれるのは月影千草以外にいない、と公言し、死ぬ時、月影千草に上演権利を与える。 月影千草は「紅天女」を演じ続けるが、舞台上のライトが落ちて彼女は顔を傷つけ、女優生命を絶たれる。月影千草は身を隠し、自分の代わりに「紅天女」を演じることのできる女優を捜す。
『春琴抄』(谷崎潤一郎) 盲目ながら美貌の春琴は琴の師匠をし、同居する弟子の佐助が事実上の夫だった。春琴は三十七歳の時、ある夜、何者かによって顔面に熱湯をかけられ、火傷を負った。医師の手当てを受けた後も、春琴は終日頭巾をかぶって顔を人に見せず、とりわけ佐助に顔を見られることを恐れた。
『真景累ケ淵』(三遊亭円朝) 豊志賀は、若い情人新吉とお久との仲を嫉妬するうち、顔半面に腫物ができ爛れる。お久は、新吉との逢引きの折、駆け落ちの道中、豊志賀そっくりの形相を新吉に見せる。新吉の妻となったお累は、薬罐の熱湯を浴びて顔半面紫色の火傷痕が残る。新吉は異母妹と知らずお賤と暮らし悪事を重ねるが、悪事の報いでお賤は顔を石で打たれ、半面が紫色の痣になる→〔鎌〕1。
『東海道四谷怪談』(鶴屋南北)「浪宅」 産後の肥立ちが悪く床についたお岩のもとに、隣家の伊藤喜兵衛から「血の道の薬」が届けられる。薬を呑んだお岩は熱を発して苦しみ、やがて面体がくずれていく。
*美女が、自らの顔を傷つける→〔自傷行為〕7。
『大岡政談』「小間物屋彦兵衛一件」 小間物屋彦兵衛は強盗殺人の濡れ衣を着せられ、拷問に耐えかねて「自分がやった」と言ってしまう。大岡越前守は不審を感じ、牢内で病死した別の罪人の顔の皮を剥いで、彦兵衛として獄門にかける。後に真犯人がつかまり、彦兵衛は無事に赦免される。
『恐怖の谷』(ドイル)第1部 ジョン・ダグラスは、秘密結社スコウラーズの残党に命を狙われていた。ある夜、襲い来た暗殺者とダグラスが格闘するうち、暗殺者は散弾銃の弾丸を顔に浴びて倒れる。ダグラスは、体格が暗殺者と似ていることを利用し、自分の衣服を死体に着せて姿を隠し、ダグラス自身が殺されたように見せかける〔*首なし死体を作る方法もある→〔首〕9b〕。
『史記』「刺客列伝」第26 晋の予譲は、主君・智伯の敵(かたき)である趙襄子を暗殺しようと、つけねらった。そのため予譲は、身体に漆を塗って癩病者をよそおい、また、炭を飲んで唖になり、顔を見分けのつかぬように変えた〔*『戦国策』第18「趙(1)」225では、さらにあごひげをなく し眉をけずり顔を傷つけた、とする〕。
『南総里見八犬伝』肇輯巻之2第4回 神余光弘は山下定包の陰謀によって討たれた。神余光弘の家来・金碗八郎は、主君の仇を討つために、予譲の故事にならい、顔にも身体にも漆を塗り、瘡だらけの皮膚となって正体を隠した〔*金碗八郎は里見義実と協力して山下定包を討った〕。
『夏の夜の夢』(シェイクスピア)第2〜3幕 妖精の妃タイタニアは、眠っている間に瞼に恋の三色スミレの花の汁を注がれる。いたずら者の小妖精パックが、機屋のボトムの頭をろばに変えてしまい、タイタニアは、目覚めて最初に見たろば頭のボトムに恋い焦がれる。
『バーガヴァタ・プラーナ』 魔王ヒラニヤカシプは、梵天に祈願して、人間にも獣にも神々にも魔類にも殺されない身体となった。ヴイシュヌが、頭が獅子で身体が人間という、獣でも人でもない姿をとってヒラニヤカシプを殺した。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第1日第8話 トカゲ姿の守護妖精が、農夫の娘レンゾッラを美しく育て上げ、王様と結婚させる。ところがレンゾッラに感謝の気持ちがなかったため、妖精はレンゾッラを呪い、顔を山羊に変えてしまう〔*レンゾッラは悔い改め、妖精の接吻によりもとの顔にもどる〕。
*牛の顔に人間の身体→〔牛〕3a。
*象の頭を持つ神→〔象〕4a。
『顔の取り替え』(アイヌの昔話) 若い娘である「わたし」は、年老いたおばさんに連れられ、嫁入り先へむけて旅をする。道中で一晩寝ると、おばさんは、美しい「わたし」の顔になっており、「わたし」は、しわだらけのおばさんの顔になっていた。おばさんは、「わたし」の夫となるべき人と結婚式をあげ、寝室へ入る。しばらくすると夫が「これは若い娘ではない」と怒って、とび出して来る。夫は刀を抜き、逃げるおばさんの首を切り落とす。「わたし」はもとの美しい顔に戻り、夫は「わたし」を抱きしめた。
『源氏物語』「御法」 八月十四日の暁に、紫の上は臨終を迎えた。夕霧は、かつて野分の折にかいま見た紫の上の姿(*→〔のぞき見〕5)を、ふたたび拝する機会は今以外にないと思い、人々の騒ぎにまぎれて几帳を引き上げ大殿油をかかげて、紫の上の死顔に見入った。顔の色はたいそう白く、光るようであった。
『死顔の出来事』(川端康成) 妻が死に、「彼」は旅から帰る。死顔が苦しそうにこわばっているので、「彼」は妻の唇を閉じ、額をこすって、表情を和らげてやる。妻の母が部屋に入って来て、「あなたが帰ったので、死顔が安らかに変わった」と言って泣く。
*死顔の微笑→〔笑い〕5aの『微笑の儀式』(松本清張)。
『異苑』巻1−3 一人の老婆が涙を流して泣いていたが、見ると、顔に孔竅(=目・耳・鼻・口)がないのっぺらぼうだった。男が刀を抜いて老婆を追いかけると、老婆は紫色の虹のようなものに変じ、長く弧を描いて上空に消えた。
『荘子』「応帝王篇」第7 中央の帝渾沌が、南海の帝シュクと北海の帝忽をもてなした。シュクと忽は、「人間は誰にも七竅(=目・耳・鼻・口)があるが、渾沌にはそれがない。歓待の礼に七竅を作ってやろう」と相談し、一日に一つずつ穴をあけた。七日たつと、渾沌は死んだ。
*→〔枕〕7の『太平広記』巻368所引『集異記』。
*のっぺらぼうに二度出会う→〔坂〕1bの「むじな」(小泉八雲『怪談』)。
*三つの顔を持つ悪魔→〔悪魔〕6の『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第34歌。
*関連項目→〔水鏡〕
『古事記』上巻 天の岩屋戸にこもるアマテラスに、アメノウズメが「もっと貴い神様がいらっしゃった」と告げ、神々が鏡を見せる。不思議に思って戸から身をのりだすアマテラスを、タヂカラヲが外へ引き出す〔*『日本書紀』巻1では、第7段一書第2が、鏡を日神尊の石窟にさし入れた、とする点で『古事記』に近い〕。
『酒とバラの日々』(エドワーズ) アルコール依存症のジョーは、四年間に五度も仕事をクビになっていた。ある日、ジョーは酒場へ入ろうとして、ウィンドーに映る自分を見る。最初は「浮浪者だ」と思った。しかしそれは間違いなく彼自身だった。ジョーは愕然として家へ帰り、同じくアルコール依存症の妻に、「酒を断ち、生活をやり直そう」と説く〔*二人は一時的に禁酒に成功するが、すぐまた酒浸りの生活に戻ってしまう〕。
★1c.複数の人間が一つの鏡に各自の姿を映しつつ、それを他人だと思う。
『通路の人影』(チェスタトン) 劇場横の通路で女優が殺され、直後に、セイモア卿とカトラー大尉とブラウン神父が、怪しい人影一つを目撃する。卿は「背の高い女のような男だ」と言い、大尉は「チンパンジーのような猫背の奴だ」と言い、神父は「ずんぐりした太い形だ」と言う。薄暗い通路の奥に鏡があり、三人は鏡に映った各自の姿を見たのだが、それに気づいたのはブラウン神父だけだった〔*殺人犯は別におり、人影は事件とは無関係だった〕。
『農夫と女房と鏡』(イギリスの民話) 農夫が畑で手鏡を拾い、自分の顔を映して、「おいらのじい様かひいじい様の写真だ」と思う。農夫は手鏡を大事に机の引出しにしまう。女房があやしんで手鏡を取り出すが、彼女もこれを写真だと思い、「何だろね、あの人は。こんな婆さんといい仲になるなんて」と呆れる。
『松山鏡』(落語) 松山村の孝行な男が、鏡を見て「亡父だ」と思い、毎日拝む。妻が鏡をのぞくと女の顔が映るので、「夫は愛人をこの中に隠しているのだ」と誤解して、夫と喧嘩する。隣村の比丘尼が仲裁に入って鏡を見、「愛人は反省して坊主頭になっている」と言う〔*『神道集』巻8−45「鏡の宮の事」では、夫・妻・三人の息子・息子たちの嫁が、それぞれ鏡をのぞき、騒ぎになる。『鏡男絵巻』(御伽草子)では、妻が怒るのみ〕。
*『松山鏡』には、継母と娘の物語もある→〔継子〕7。
『尼僧物語』(ジンネマン) 修道院の尼僧たちは、徹底的な自己放棄の生活を送らねばならない。一人の若い尼僧が、虚栄心の誘惑に負けて、自分の姿を窓ガラスに映して見た。他の尼僧が慈悲の心から、若い尼僧の行為を告発し、若い尼僧は大勢の前で、自らの罪を懺悔した。
★2a.遠くて見えないものも、手もとの鏡に映しとれば見ることができる(実際には、不可能なことである)。
『仮名手本忠臣蔵』7段目「一力茶屋」 一力茶屋の座敷で大星由良之助が、息子力弥の届けた密書を読む。別棟の二階にいたお軽がそれを見て、「誰からの恋文だろう?」と思うが、遠いのでよく読めない。そこでお軽は、自分の持つ手鏡に書状の文面を映し取って読む。お軽の簪(かんざし)が下に落ち、由良之助は、密書を見られたことを知る→〔口封じ〕1。
『国性爺合戦』3段目「楼門」 老一官は、五常軍甘輝と会見しようと獅子が城へ赴くが、軍兵たちにはばまれる。楼門上に姿を現した甘輝の妻錦祥女に、老一官は「我は汝の父」と呼びかける。錦祥女は、遠方の老一官の顔を手鏡の面に映し取り、肌身離さず持っていた父の姿絵と見比べる。
『変身物語』(オヴィディウス)巻4 メドゥサの住みかのまわりには、彼女を見たため石に変わった人間や獣たちの姿があった。ペルセウスは直接メドゥサに目を向けず、左手に持った青銅の盾を鏡がわりにして、メドゥサを映し出して見る。メドゥサの熟睡中をねらって、ペルセウスは彼女の首を斬り取った〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章に類話〕。
『小栗(をぐり)』(説経) 照手姫の家に七代伝わる唐鏡は、めでたいことのある折は表が正体に拝まれ、裏に鶴亀舞い千鳥が酌を取る。悪いことのある折は表裏かき曇り、裏に汗をかく→〔鏡〕8。
『草迷宮』(泉鏡花)31 丑の年丑の月丑の日に、未婚の女が身を清めて一間に閉じこもり、「丑童子・斑の御神」と念じて鏡に見入る。丑時になるとその鏡に、前世から定まった縁の人の姿が見える。
*→〔鏡〕12の『戦争と平和』(トルストイ)第2部第4篇。
『更級日記』 菅原孝標女が二十代半ば過ぎの頃、母が一尺の鏡を初瀬に献じ、娘の将来を僧に占わせた。「鏡の片面には伏して泣く人の姿が映り、もう片面には美しい御殿と花・鳥が映る」との夢を、僧は見た。二十数年後、孝標女が五十一歳の十月に夫橘俊通が没し、「二つの未来のうち、伏して泣く姿の方が実現したのだ」と、彼女は思った。
『古鏡記』(唐代伝奇) 昔、黄帝が鋳た古鏡は、所有者が変わり、はるかな歳月を経てもなお、さまざまな不思議な力を発揮した。人間に化けた狐・亀・猿などを古鏡で照らすと、彼らは堪えきれず正体をあらわして死ぬのだった。
『西遊記』百回本第61回 牛魔王と闘う孫悟空に、天界から托塔李天王とナタ太子が加勢する。ナタ太子が火輪児を牛の角にかけて真火を吹きつけると、牛魔王は変身して逃れようとするが、李天王の照妖鏡に本相を映し出されているために身動きできず、降参する。
『水晶の珠』(グリム)KHM197 王女が魔法をかけられたため、他人の目からは、しわだらけで鼠色の醜い顔にしか見えない。しかし鏡には、本来の美しい処女の姿が映し出される。若者が王女を救いに訪れ、魔法使いを退治して(*→〔卵〕1)、王女をもとの姿に戻し、結婚する。
『千一夜物語』「処女の鏡の驚くべき物語」マルドリュス版第720〜731夜 「三つ島の老人」がゼイン王子に、十五歳の処女を連れて来るよう命じ、魔法の鏡を与える。ゼインがエジプトやシリアで十五歳の娘たちを大勢集め、鏡を向けると、全裸の姿が映し出され、鏡の面が曇って、誰一人処女がいないことが明らかになる。ゼインは驚きあきれるが、バクダードまで旅をして、ようやく正真正銘の処女を一人見つけ出す〔*「三つ島の老人」は、彼女をゼインの花嫁として与える〕。
『捜神後記』巻9−4(通巻98話) 男が畑仕事をしているところへ、二人の女が現れた。二人とも美しかったが、雨が降ってきても女たちの服は濡れなかった。小屋の壁にかけてあった鏡を見ると、二頭の鹿が映っていた。男は刀で鹿に切りつけて殺し、干し肉を作った。
『太平広記』巻231所引『原化記』 唐の時代。蘇州の太湖で、漁師の船の網に小さな鏡がかかった。漁師たちが鏡をのぞくと、彼らの骸骨と五臓六腑が映ったので、皆へどを吐いて気を失った。最後に残った一人は、鏡をのぞかず湖に捨てた。
『白雪姫』(グリム)KHM53 白雪姫の継母である妃は、不思議な姿見を持っていて、「鏡よ鏡。国中でいちばん美しい女は誰?」 と問うと、鏡は「お妃様が国一番の美女」と答えるのだった。ところが白雪姫は成長するにつれてどんどん美しくなり、彼女が七歳になった頃のある日、鏡は妃に、「白雪姫はお妃様よりはるかに美しい」と告げた。妃は白雪姫に嫉妬し、殺そうと考えた。
『虚像の姫』(星新一『かぼちゃの馬車』) 醜い姫が、魔法の鏡に映る美しい顔を見て、「自分は美女だ」と思い込んでいた。美男の王子が、呪いの鏡に映る醜い顔を見て、「自分は醜男だ」と思い込んでいた。高慢な姫は、美男の王子を「自分の夫にふさわしい」と考える。謙虚な王子は、醜い姫を「自分の妻にふさわしい」と考える。二人は結婚し、それぞれ自分の鏡をのぞき込みながら、いつまでも平和に暮らした。
『椿説弓張月』続篇巻之4第38回 尚寧王は、娘寧王女に譲位しようとするが、曚雲がこれに反対する。曚雲は幻術を用い、尚寧王の妃廉夫人と忠臣毛国鼎の戯れるさまを鏡に映し出して、「寧王女は毛国鼎の子だ」と言う。
『雪の女王』(アンデルセン) 悪魔が作った鏡は、良いもの・美しいものを、ほとんど見えぬほど縮小して映し、役立たないもの・醜いものをはっきりと、いっそうひどく映し出す。その鏡が地上に落ちて、無数の破片になり、人間の目や心臓に入る。人々はものごとの悪い所ばかりを見るようになる。
『皇帝』(能) 楊貴妃の病気を治すため、鐘馗大臣の霊の教示によって、玄宗皇帝が枕頭に明皇鏡を立てる。鏡に鬼神の姿が映し出されるので、鐘馗の霊が利剣をふるって鬼神を追い詰め、斬り殺す。楊貴妃の病気は平癒する。
『常陸国風土記』久慈の郡河内の里 古古の邑の東の山に石の鏡がある。昔、魑魅が群れ集まり鏡をもてあそび見て、ひとりでにいなくなった。土地の人は「疾鬼も鏡に向かえば自ら滅ぶ」と言う。
『チベットの死者の書』第2巻 死んでバルドゥ(中有)の状態にある「汝」が、「私は生前悪いことをしなかった」と嘘をつくならば、ヤマ(閻魔)王はカルマ(業)を映す鏡を見るであろう。鏡には、「汝」の善行と悪行のすべてが映し出される。嘘をついた「汝」の身体は切り刻まれ、ヤマ王に食われる。「汝」は何度も蘇生して繰り返し食われ、非常な苦しみを味わうであろう〔*しかしすべては空(くう)であり幻影なのだから、恐れることはない〕。
『オルフェ』(コクトー) 詩人オルフェの妻ユリディスが、オートバイにひかれて、冥府へ連れ去られた。オルフェはユリディスをこの世に取り返そうと、大きな姿見の前に立ち、冥府の王女から得た手袋をはめて両手を突き出す。オルフェの身体は鏡面を通り抜け、冥府へ到る道を彼は歩く。オルフェは「世界中の鏡がここに通じているのか?」と案内の男に問い、男は「多分そうだろう」と答える。
『鏡の国のアリス』(キャロル) ある雪の日の午後、アリスは部屋のマントルピースの上に上がり、鏡を通り抜けて向こう側の世界へ行く。アリスはそこで、白の女王やトイードルダムなど、奇妙な人々に出会う→〔記憶〕5・〔夢〕12。
『琴のそら音』(夏目漱石) 陸軍中尉である夫が日露戦争に出征して満州にいる間に、日本で留守を守る新婚まもない妻が、肺炎で死んだ。満州の夫が、ある朝ふと懐中鏡をのぞくと、自分の顔でなく、日本の妻のやつれた姿が映ったので驚いた。後から調べると、妻が息を引き取ったのと夫が鏡を見たのが、同日同時刻だった〔*友人の津田君が「余(靖男)」に、実話だと言って語った物語〕。
『松浦宮物語』巻3 弁少将は在唐中に先帝の皇后と契りを交わし、互いの前世を知らされ、別れに際して形見の鏡を賜る。帰国して鏡を開き見ると皇后の美しい姿が映り、薫りまでも漂ってくるようだった→〔転生〕9a。
『野守』(能) 旅の山伏が春日の里へ来て、土地の翁に「野守の鏡」のいわれを問う。翁は「『野守の鏡』とは、野の番人が姿を映した水(*→〔水鏡〕5の『俊頼髄脳』)だとも言い、野を守る鬼神が持つ鏡だとも言う」と教える。やがて翁はその本体である鬼神の姿を現し、手に持った大鏡に、上は非想非々想天、下は地獄の有様・罪人の呵責まで映して見せ、大地を踏み破って奈落の底へ消える。
*皿が人間の前生を映す→〔前世〕1c。
『土佐日記』2月5日 土佐より京への船旅の途中、にわかに強風がおこり、船が沈みそうになる。住吉明神に幣をささげても風波はやまぬので、ただ一つある鏡を海に投ずると、ようやく海は静かになった。
『肥前国風土記』松浦郡 勅命で任那へ赴く大伴狭手彦が、都から下って来て肥前国松浦のある村に到り、弟日姫子と結婚する。別れる日に狭手彦は鏡を彼女に与える。弟日姫子が悲しみ泣きつつ栗川を渡る時、緒が切れて鏡は川に沈んだ。それで、鏡の渡りと名づけられた〔*『和歌童蒙抄』巻3所引の風土記は、女が鏡を抱いて川に沈んだ、と記す〕。
『小栗(をぐり)』(説経) 照手姫の家には七代伝わる唐鏡がある。ある夜姫は、「鷲がその鏡を三つに蹴割り、一つは奈落へ沈み、一つは微塵に砕け、残りの一つを鷲が掴む」との夢を見る。姫は夢を夫の小栗に語るが、小栗はこれを無視し、毒殺される。
『父と子』(ツルゲーネフ) 老母アリーナが、化粧用の小鏡を落としてこわした。彼女はこれを「悪い前兆」と思う。何日か後、若い医師である息子バザーロフが、チフスで死んだ患者を解剖中に感染し、高熱を発して死んだ。
『吸血鬼ドラキュラ』(ストーカー)「ジョナサン・ハーカーの日記(続)」 イギリスの弁理士ハーカーが、トランシルヴァニアのドラキュラ伯爵の城を訪れ、滞在する。朝、ハーカーが髭を剃っている時、後ろから「おはよう」と ドラキュラ伯爵が声をかける。ところが髭剃り鏡には、伯爵の姿が映っていなかった。伯爵は「鏡は人間の虚栄の玩具だ」と言って、髭剃り鏡を窓外へ投げ捨てた。
『ホフマン物語』(オッフェンバック)第2幕 詩人ホフマンが高級娼婦ジュリエッタに求愛する。彼女は「鏡に映るあなたの生き写しの影が欲しい」と望み、ホフマンは承諾する。その後でホフマンが鏡を見ると、自分の姿が映らないので愕然とする〔*しかしジュリエッタはゴンドラに乗って去り、ホフマンは彼女を得られない〕。
『無言』(川端康成) 逗子・鎌倉間のトンネルをタクシーが抜ける時、若い女の幽霊が出る。運転手が何だか妙な気がして振り返ると、いつのまにか乗っている。そのくせバックミラーには映らない。「私」がタクシーに乗った時にも幽霊が出た→〔無言〕4。
*鏡や水に、顔が映らない→〔水鏡〕3d。
*鏡や水に、首が映らない→〔首〕11。
『モロッコ』(スタンバーグ) 外人部隊の兵士トムは酒場の歌手アミーを愛し、一緒に暮らそうと思う。しかしフランスの富豪がアミーに求婚したので、トムは「富豪と結婚する方が彼女は幸せだろう」と考え、アミーの部屋の化粧台の鏡に、口紅で「気が変わった(I changed my mind.)」と書き残して去る〔*後に二人は再会し、トムの「あの金持ちと結婚するのか?」との問いにアミーは、"Of course. I don't change my mind."と答える〕。
『今昔物語集』巻10−19 震旦の蘇規は遠方へ赴く時、鏡を二つに割って、家に残る妻と半分ずつ持ち、「もしどちらか一方が不義をしたら、半鏡がもう一人の所へ飛んで行くだろう」と言った。後、他郷にある蘇規の所へ妻の半鏡が飛んで来て、彼の半鏡とぴったり合わさったので、蘇規は妻の不義を知った。
*指輪を二つに折って、男女が半分ずつ持つ→〔指輪〕2bの『熊の皮をきた男』(グリム)KHM101。
*飛ぶ鏡→〔飛行〕6a。
『鏡』(星新一『ボッコちゃん』) 十三日の金曜日、真夜中の十二時に男が合わせ鏡をする。互いに映し合う鏡の奥から、小さな悪魔が鏡を一つずつ乗り越えてこちらへ歩いて来る。悪魔が一方の鏡から向かいの鏡へ飛び込もうとする瞬間、男は悪魔をつかまえる→〔悪魔〕4。
『戦争と平和』(トルストイ)第2部第4篇 鏡を二つ向かい合わせに立て、蝋燭をつけて、ナターシャとソーニャが鏡の奥に見入る。そうすれば未来の夫の姿が映る、との言い伝えがあるからである。しかし何も映らなかった。
*将来の夫の姿が、水に映る→〔水鏡〕3bの未来の夫(日本の現代伝説『走るお婆さん』)。
*未来の妻の姿が、水に映る→〔水鏡〕3cの『雀の媒酌』(川端康成)。
『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「ビデオ式なんでもリモコン」 ビデオ式なんでもリモコンは、人や物の動きを速くしたり遅くしたり、戻したり止めたりできる。のび太がリモコンを使い、しずちゃんのスカートが風でめくれた瞬間をもう一度見るなど、いろいろな悪さをする。皆が怒ると、のび太はリモコンを皆に向けて停止ボタンを押す。しかしそれをドラえもんが鏡で反射させたので、のび太自身が動けなくなる。
『鏡と鐘』(小泉八雲『怪談』) 遠江の無間山の寺の鐘を鋳造する材料として、村人たちが青銅の鏡を喜捨する。しかし、いったん鏡を奉納したあとで、それを後悔する女が一人いた。女の執念は鏡に残り、その鏡だけはどうしても炉の火に溶けない。村人たちは女を白眼視し、女は恥じて自殺する。遺書には、「私が死ねば、鏡は溶けて鐘ができるだろう。もし鐘をつき破る者があらわれたら、我が霊の一念で、多くの財宝を授けよう」とあった。
*鏡と魂→〔生霊〕4a・4b・4c。
*鏡と目→〔目〕4a・4b。
*罎(びん)に映った顔→〔瓶(びん)〕3の『凶』(芥川龍之介)。
*多くの鏡を用いて作られた迷路の部屋→〔迷路〕6の『燃えよドラゴン』(クローズ)。
*マジック・ミラー→〔ホテル〕5。
『黒白』(谷崎潤一郎) 悪魔主義の作家水野は、彼自身を思わせる主人公が殺人を犯す小説『人を殺すまで』を執筆するに際し、殺される男のモデルに、知り合いの雑誌記者児島を選んで、名前を「児玉」と変えた。しかし徹夜で執筆するうち、二〜三ヵ所「児島」と書いてしまい、それが雑誌に載る。水野は「万が一、実際に児島が誰かに殺されるようなことが起こったら、自分が犯人と疑われる」と不安になる。彼の不安は適中し、児島は何者かに殺された。水野は犯人と見なされ、警察に連行される。
『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「ライター芝居」 シナリオを書いてライターに入れ、点火すると、まわりの人物がそのとおりに動く。ジャイアンとスネ夫が犬をひっぱり、ダックスフントのように胴がのびた「のび犬」を作ろうとしているところへ、のび太が行き、西部劇風のシナリオを使って二人をやっつける。しかしシナリオの「のび太」を「のび犬」と書き間違えたため、のび太の活躍を見ていたしずちゃんは、犬にすがりつき、手を取り合って去って行く。
『雪中梅』(末広鉄膓)上編第4〜5回 政治家志望の青年国野基は、友人武田猛に英和辞書『ダイヤモンド』を贈る手紙に、間違えて「ダイナマイト」と書く。国野基はすぐ誤りに気づいて「ダイナマイト」の文字を墨で消し、横に「ダイヤモンド」と訂正するが、そのことがかえって警察の疑いを招き、彼は国事犯として収監される。
★1c.思いがけない事故で、書いた文字が別の字になってしまう。
『剪燈新話』巻3「富貴発跡司志」 何友仁は四十五歳の時、立身出世の神から「日に遇いて康く、月に遇いて発し、雲に遇いて衰え、電に遇いて没す」と記したものをもらった。以後、彼は傅日英・達理月沙という人に会って中央の高官になり、雲石不花という人のために雷州に左遷され、お告げどおりの運命だった。ある時彼は書類に「雷州の文書係」と書いたが、風で紙がめくれ、「雷」が「電」になってしまった。その夜彼は病気になり、まもなく死んだ。
『アラカルトの春(献立表の春)』(O・ヘンリー) ニューヨークのタイピスト、セアラは、連絡の取れない恋人ウォルターを想いつつ、レストランのメニュー作りの仕事をし、文字を打ち違える。セアラを捜すウォルターは、たまたま入ったレストランで「ゆで卵つき、いとしいウォルター」と書かれたメニューを見て、セアラの居所を知る。
『精神分析入門』(フロイト)「間違い」第4章 殺人犯Hは、細菌学者と称して科学研究所から病原菌の培養を手に入れ、身辺の人々を殺そうとたくらむ。ある時Hは、培養菌に効力がないことを研究所長に訴える書類を書くが、「二十日鼠やモルモットで実験した」とすべきところ、「人間で実験した」と書いてしまった(*しかし研究所の医者たちは、この書き間違いの重大性に気づかなかった)。
『ねじ式』(つげ義春)「あとがき」 漫画の締め切りに追われた「ぼく」は、描く材料がないのに困り、自分の見た夢をヤケクソで描いた。それが『ねじ式』だ。だから、原稿の「××クラゲに左腕を噛まれた」が誤植で「メメクラゲ・・・・」となっていても、気にしなかった。しかし後に『ねじ式』は「芸術作品だ」と騒がれた。
『おぼえ帳』(斎藤緑雨)1 女郎が客に金を無心するが、断られる。女郎は「愛想づかしも手管(てくだ)の一つ」と思案し、「もう別れましょう」との手紙を客に送る。ところが文字を知らぬゆえ、「なき縁」と書くべきところを「なき円」と書いてしまった。手紙を読んだ客は、あまりのおかしさに、女郎の言うままの金額を与えた。
『今昔物語集』巻11−9 弘法大師が勅命を受けて、大内裏の南面の諸門の額(がく)を書いた。ところが應(=応)天門の額を打ちつけてから見上げると、「應」の字の最初の点が書かれていなかった。驚いた弘法大師は、下から筆を投げ上げて点をつける。人々は手をたたいて感嘆した。
『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』(オールビー) 子供のない中年助教授ジョージと妻マーサは、架空の息子を想像して育てている。ある夜マーサは、新任教員ニックと妻ハニーを招き、ジョージから口止めされているにもかかわらず、「明日は息子の二十一歳の誕生日だ」とハニーに語り、酔ってニックを誘惑する。ジョージは怒り、「息子が昨日自動車事故で死んだ、との電報が届いた」と言う。ニック夫妻は、息子が実在しないことを悟って帰り、ジョージとマーサは二人だけの生活を立て直そうと考える。
『群集』(キャプラ) 女性新聞記者アンが、ジョン・ドーという架空の一市民を設定し、「彼は現代社会に抗議して、市庁舎から飛び降り自殺する決意だ」との記事を書く。記事は大反響を呼んだので、新聞社は、ウィロビーという無名の男にジョン・ドーを演じさせる。ジョン・ドー(=ウィロビー)はマスコミに登場し、有名人となる。しかし自分が選挙運動に利用されていることを知った彼は、クリスマス・イブの夜、本当に市庁舎から飛び降りようとする。アンが必死に彼を止める。
『三角関係』(星新一『妖精配給会社』) 「おれ」と「僕」が、「あたし」をめぐって争い、「おれ」は「僕」に決闘を挑む。「僕」はあきらめて身を引くが、「あたし」も「おれ」と別れて去って行く。取り残された悲しみで泣く「おれ」に、医者が言う。「あなたは船の難破で一人孤島に漂着し、淋しさから頭の中で女性を作りあげ、さらに変化を求めて若い男を作った。しかしやっと全快したようだ」。
『ショーシャンクの空に』(ダラボン) 終身刑の囚人アンディは、刑務所長の不正蓄財を手助けする(*→〔トンネル〕2d)。アンディは、架空の人物スティーブンスを書類上に創作し、刑務所長の手に入る賄賂を、スティーブンスの銀行口座に振り込ませる。こうしておけば、仮に賄賂の受け取りが発覚しても、警察はスティーブンスを追い、刑務所長は無事なのである。しかし後にアンディは脱獄してスティーブンスになりすまし、刑務所長の貯めた大金をすべて自分のものにした。
*架空の娘を作り上げ、恋文を何通も男に送る→〔恋文〕2の『いたづら』(志賀直哉)。
*孤独な娘が架空の恋人を想像し、彼から自分に宛てた手紙を書く→〔恋文〕6aの『葉桜と魔笛』(太宰治)。
*架空のスパイをでっち上げ、それによって本物のスパイの存在を隠蔽する→〔隠蔽〕7。
*→〔一人二役〕1bの『有明の別れ』の「妹」、『一人二役』(江戸川乱歩)の「仮装人物」。
*→〔一人二役〕1cの『あなただけ今晩は』(ワイルダー)の「X卿」。
『虹を掴む男』(マクロード) 空想好きのウォルターはいつも白昼夢を見ており、その中で彼は、勇敢な船長・天才外科医・戦闘機のパイロットなどになって大活躍する。ある日ウォルターは、白昼夢に出てくる美女そっくりのロザリンドと知り合い、それとともに悪漢一味に追われるようになる。現実と白昼夢の両世界に生きるウォルターは、ロザリンドも空想の産物ではないかと疑うが、彼女は現実の存在であり、ウォルターは悪漢一味を退治して、ロザリンドと結婚する。
『有明けの別れ』巻1 左大臣家の一人娘は男装して右大将となっており、隠れ身の術を使うことができた。右大将は姿を隠して、多くの女たちを見てまわった。右大将は、継父に言い寄られ犯される女を見、身ごもった彼女を救い出して、自分の名目上の妻(=対の上)とした。
『酉陽雑俎』巻2−79 玄宗皇帝は羅公遠に隠形の術を学んだが、衣の帯が残ったり頭巾の先があらわれたりして、完全に姿を消すことができなかった。羅公遠は「我が術をすべて教えたら、陛下は人の家にしのびこむだろう」と言い、術を用いて去った。
『ラーマーヤナ』第6巻「戦争の巻」 魔王ラーヴァナの息子インドラジットは、姿を消す術を使い、天から多くの矢を射かけ、ラーマもラクシュマナも重い傷を負って倒れた。
『居杭』(狂言) 居杭という男が、目をかけてくれる亭主から、いつも「よう来た」といっては頭をたたかれるのに閉口し、清水の観世音に祈願して頭巾をたまわる。亭主の前で頭巾をかぶると居杭の姿は見えなくなる。居杭はさまざまに亭主をからかう。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章 ペルセウスは、姿を隠す帽子を三老婆(グライアイ)から得て、三人のゴルゴンのうちただ一人可死の存在であるメドゥサの首を斬り取った。残る二人のゴルゴンが犯人を捕らえようとしたが、見つけられなかった。
『今昔物語集』巻4−24 龍樹菩薩は在俗の折、仲間たちと隠形の薬を作った。彼らは、宿り木を五寸に切って百日陰干しにしたものを髻にさして姿を消し、国王の宮殿に入って多くの后妃を犯した→〔足跡〕1。
『風流志道軒伝』巻之4 浅之進(志道軒)は、風来仙人から得た羽扇を背に負って姿を消し、清国乾隆帝の後宮に入りこんで、夜な夜な官女の閨に忍ぶ→〔足跡〕1。
*→〔難題〕1bの『ニーベルンゲンの歌』第6〜7歌章・〔指輪〕1の『国家』(プラトン)第2巻・『指輪物語』(トールキン)第1部「旅の仲間」2。
『透明人間』(H・G・ウェルズ) 科学者グリフィンは、生物を透明にする薬を開発し、自らそれを飲んで透明人間になる。信頼し得る家族も親友も持たぬグリフィンは、姿を見せず他人を攻撃できることを武器に、恐怖政治によって町を支配しようと考える。グリフィンから協力を依頼されたケンプ博士はこれを断り、町の人々とともに透明人間を追い詰める。
『影男』(江戸川乱歩)「隠形術者」 速水荘吉・綿貫清二・鮎沢賢一郎など、無数の名を持つ「影男」は、黄色や茶色の壁の日本家屋に侵入する時には黄や茶の薄物を身にまとい、森では濃緑、夕方には鼠色の衣裳を着た。闇夜には、真っ黒より、乾いた血のようなドス黒い赤の方が見えにくいことも、「影男」は知っていた。
★5.人から「見えない」と言われてそれを信じ、隠れ身になったと思い込む。
『笑林』4「木の葉隠れの術」 ある男が、「かまきりは蝉をねらう時、葉の後ろに姿を隠す」と、本で読んだ。男は多くの葉を取って来て、一枚一枚、手にかまえ、妻に「俺が見えるか?」と聞く。妻は、最初は正直に「見える」と答えていたが、そのうち面倒になって「見えない」と嘘を言う。男はその葉を持って町へ行き、皆の見ている所で盗みをして捕らえられた。
『宝の笠』(狂言) 都のすっぱ(詐欺師)が、「持ち主がかぶった時だけ姿が消える隠れ笠だ」と言って、普通の笠を太郎冠者に売りつける。太郎冠者が笠をかぶると、すっぱは「見えぬ見えぬ」と言う。太郎冠者は笠を買って帰り、主人にかぶせる。主人の姿が見えたままなので、太郎冠者はすっぱに騙されたと気づくが、「見えませぬ」と言ってごまかそうとする。
*→〔王〕3bの『はだかの王様(皇帝の新しい着物)』(アンデルセン)は、これらとは逆に、見えないものを「見える」と言う。
何ものとも知れぬ神かくし(松谷みよ子『現代民話考』) 昭和二十年頃の話。小学校六年の男児が昼間、鶏をいじめたら、神隠しにあって大騒ぎになった。男児は井戸のそばにしゃがんでいたが、家族にはその姿が見えなかった。男児からは家族の姿が見えるのだが、声を出すことができなかった。二昼夜、そういう状態だった(青森県)。
『日本書紀』巻21崇峻天皇即位前紀 朝廷の衛士(いくさびと)が、捕鳥部万(ととりべのよろづ。=物部守屋の従者)を捕らえようと、取り囲む。万は竹林に隠れ、自分の居場所をごまかすために、縄を竹につないで引き動かす。衛士たちは、動く竹を目指して駆け寄り、「万はここにいる」と言う。万は隠れ場所から矢を放ち、衛士たちを倒す〔*しかし万は逃げ切れず、自刃する〕。
*座禅をする人の姿が、目に見えない→〔観法〕3の『雨月物語』巻之5「青頭巾」。
*現世の人間が死者の村を訪れるが、死者の目からは、生きた人間の姿が見えない→〔トンネル〕1bの『地獄穴訪問』(アイヌの昔話)。
『影法師』(アンデルセン) 学者が南国に滞在中、影が身体から離れ独立して行動するようになる。学者が故郷の北国へ帰ってから何年かの後、影は肉がつ き衣服を着た姿で訪ねて来る。二人は一緒に旅をするが、主客が逆転し、影は人間と認められて王女と結婚する。学者は影と見なされて殺される。
『耳食録』1「ケ無影」 三十男のケ乙が一人暮らしの無聊に苦しみ、自分の影に話しかける。影は呼びかけに答えて壁から抜け出し、若者や美女に変身する。ケ乙は影を友人とし妻妾として、楽しく暮らす。数年後、影はケ乙に別れを告げ、数万里彼方の離次の山に去る。以後、ケ乙には影がなくなり、「ケ無影」と呼ばれるようになった。
『閲微草堂筆記』「姑妄聴之」巻16「異形の影」 ある人が灯下で、自分の影を見た。影は巨大な頭部にザンバラ髪、手足が鳥の爪のように曲がる異様な姿だったので、その人は驚愕した。隣りに住む塾の先生が、「あなたはひそかに邪念を抱いている。羅刹がそれに感応して形を現したのだ」と言う。実際、その人は某氏一族殺害を企てていたところだったので恐れ入り、心を改めた。怪しい影は消えた。
★1c.身体から独立した影、と思ったら、それは他の人間が影のふりをしていたのだった。
『少年探偵団』(江戸川乱歩)「黒い魔物」 月の美しい晩、一人の大学生が上野公園の広場にたたずんでいて、地面に映る自分の影が少しも動かないことに気づく。大学生が数メートル歩いて見ると、影は大学生の身体から離れ、もとの地面に横たわっている。しかも影は白い歯を見せてケラケラ笑ったので、大学生は逃げ出した〔*これは、インド渡来の宝石をねらう怪人二十面相が、自らの犯行を、黒いインド人のしわざに見せかけるためにしたことだった〕。
『影をなくした男』(シャミッソー) 青年シュレミールは自分の影を、灰色の燕尾服の男(その正体は悪魔)に譲り渡す。彼は影がないために、人々から後ろ指をさされ、子供たちにからかわれ、馬糞を投げられる。太陽や月の光に当たらぬように用心して暮らすが、影のないことを恋人ミーナにも知られ、ミーナの両親はシュレミールの求婚を拒絶する→〔靴(履・沓・鞋)〕1a。
『バベルの塔の狸』(安部公房) 詩人の「ぼく」が公園のベンチに坐っていると、「ぼく」の日頃の空想から生まれた「とらぬ狸」が現れ、「ぼく」の影をくわえて逃げる。影がなければ、影の原因の肉体も消えるのが当然で、「ぼく」は透明人間になる。「ぼく」は、人間たちの空想の集積であるバベルの塔を訪れるが、気づくと再び公園のベンチに坐っていた。
『ピーター・パン』(バリ) ピーター・パンがウェンディたちの部屋を訪れるが、犬のナナに追われて窓から逃げる。ナナは急いで窓を閉め、ピーターの影法師だけがちぎれて残った。翌週の金曜日の夜、ピーターは影法師を取り戻しに来る。しかし影法師を身体にくっつけることができず、ピーターは泣き出す。ウェンディが目を覚まし、針と糸を用いて、影法師をピーターの足に縫いつけてくれる。
『神曲』(ダンテ)「煉獄篇」第3歌 「私(ダンテ)」は古代ローマの詩人ヴェルギリウスに導かれて地獄へ下り、次いで煉獄の山を登る。太陽が背後で赤々と燃え、「私」の前に影を落とす。しかしともに歩くヴェルギリウスには影ができず、「私」は驚く。ヴェルギリウスの肉体は埋葬されており、ここにいるのは彼の魂だった。
『聊斎志異』巻11−420「晩霞」 水死した阿端と晩霞は、龍宮で恋に落ちるが仲を裂かれ、龍宮の川に身投げしてこの世にもどる。二人は結婚し子供もできるが、幽霊なので影がなかった。
*幽霊と人間の間にできた子供は、影が薄い→〔像〕1cの『聊斎志異』巻5−190「土偶」。
*老年になってからもうけた子供には、影ができない→〔老翁〕4の『棠陰比事』6「丙吉験子」。
*平将門の影武者(=分身)六体には影がない→〔夫〕5aの『俵藤太物語』(御伽草子)。
*鏡に影(姿)が映らない→〔鏡〕9。
『列仙伝』(劉向)「玄俗」 河間王は、仙人・玄俗に病気を治してもらった。老執事が「父の代にも玄俗を見た。彼には影がない」と言うので、王が玄俗を召して日中に見ると、本当に影がなかった。王は玄俗を姫君の婿にしようと考えたが、玄俗は姿をくらましてしまった。
『影のない女』(ホフマンスタール) 精霊の王の娘が、人間世界の帝と結婚して妃になるが、彼女には影がない。一年以内に妃が影を得なければ、帝は石にされてしまう定めである。妃は、染物屋の女房の影を買い取ろうと考える。しかしそれは、女房を堕落させ染物屋夫婦の仲を裂くことになるので、妃は影を得ることを断念する。この自制の心によって、妃の身体には影ができ、すでに石になりかけていた帝も、もとの人間の姿に戻った。
『荘子』「漁父篇」第31 男が自分の影を恐れて逃げる。どんなに速く走っても影は身体を離れず、男はまだ走るのが遅いと思ってどこまでも疾走し、力尽きて死ぬ。日陰に入って影を消すことを、男は知らなかった。
影とりの池の伝説 新田義貞に仕える武将小山田高家は、摂津で戦死した。関東の留守宅で悲報を聞いた奥方は、村境の長池に身を投げ、侍女たちもそのあとを追って次々に入水した。以来、池からは、すすり泣きの声が聞こえるようになった。女性がその池水に影を映すと、心気もうろうとなって水底に誘いこまれるという(東京都町田市)。
『なら梨とり』(昔話) 病気の母親が、「奥山のなら梨が食べたい」と言う。親孝行の三人兄弟が山へ行き、沼のほとりの木に登って、なら梨を取ろうとする。影が水に映ったため、太郎と二郎は沼の主に呑まれる。三郎は刀を持って行き、沼の主を切り殺す。太郎と二郎も、沼の主の腹中から救い出され、母はなら梨を食べて病気が治る(岩手県稗貫郡)。
『ふかと影』(昔話) 舟が動かなくなり、船頭が「この中に、ふかに影を呑まれた人がいるので、めいめいの手拭いを海に投げ入れよ」と言う。一人の手拭いが沈み、その人がふかに喰われる。
『影を踏まれた女』(岡本綺堂) 陰暦九月十三夜の前夜、十七歳の娘おせきは、いたずらな子供たちに影を踏まれた。おせきは「影を踏まれると寿命が縮まるのではないか」と恐れ、以後、月明かりのみならず日光や燈火さえ避け、影ができないようにした。翌年の九月十三夜、外へ出たおせきの影は骸骨の形に見え、通りかかりの侍が彼女を斬り捨てた。
『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第23章 マルケ王と家来の小人メロートは、王妃イゾルデとトリスタンの密会の現場をおさえるべく、果樹園のオリーブの樹上に登って待つ。トリスタンとイゾルデがそこへ来るが、月に照らされた影を見て王たちが隠れているのを知り、二人は互いの潔白を示すごとき会話をして別れる。
『杜子春』(芥川龍之介) 春の日暮れ、一文無しの杜子春は「いっそ死のうか」と考える。片目眇(すがめ)の老人が現れ、「夕日の中に立ち、お前の影が地に映ったら、頭に当たる所を夜中に掘れ。黄金が埋まっている」と教える。杜子春は大金持ちになるが、三年のうちに財産を使い果たす。再び老人が「影の胸の所を掘れ」と教え、杜子春は大金持ちになり、また三年で財産を失う。
★7.影となった女。姿は目に見えるが実体がなく、手でとらえることはできない。
『饗宴』(プラトン) オルフェウスは、死んだ妻をこの世に連れ戻そうと、冥府を訪れた。しかし神々は、妻の影(*Penguin Classicsの英語訳では "phantom")を見せただけで、その本体をオルフェウスに返し与えることはしなかった。オルフェウスは目的を果たさずに、冥府から帰った〔*ファイドロスが語る物語。『変身物語』(オヴィディウス)巻10などでは、ふりかえって妻の姿を見たため連れ戻せなかった、とする〕→〔禁忌〕4。
『竹取物語』 帝がかぐや姫の家を訪れ、彼女の袖をとらえて、強引に連れて行こうとする。するとかぐや姫は、影になってしまった。そのありさまを見た帝は、「やはり、かぐや姫は普通の人間ではなかったのだ」と悟り、宮中に召すことをあきらめた。
*「自我」と「影」→〔ともし火〕3bの『ユング自伝』3「学生時代」。
『西鶴諸国ばなし』巻4−2「忍び扇の長歌」 中小姓程度の身分の男が某大名の姪の姫君を見そめ、その屋敷に奉公する。二年ほどたつうち姫君の方でも男の恋を知り、二人は駆け落ちして、裏長屋に隠れ住む。しかし半年余で見つかり、男は処刑され、姫君も自刃を強要される。姫君は自害を拒否し、「一生に一人の男を持つのは不義にあらず」と言って仏門に入る。
『更級日記』 武蔵国の男が宮中の衛士となり、庭を掃きつつ、故郷の酒壺に浮かぶ瓠(ひさご)を思い浮かべて、独語する。それを聞いた帝の娘が、「私を武蔵へ連れて行き、酒壺の瓠を見せよ」と命ずる。男は皇女を背負い、七日七夜かけて武蔵へ到る。都からの追手に対し、皇女は「私は男とともに武蔵に住む」と宣言する。父帝もそれを許し、武蔵国を男に与える。
『史記』「司馬相如列伝」第57 富豪の卓王孫が大勢の客を招き、その中に貧書生の司馬相如がいた。司馬相如は琴の名手だったので、卓王孫の娘で寡婦の文君は彼に心ひかれ、二人は駆け落ちする。二人は酒屋を営んで、生計を立てる。文君が酒売り場を担当し、司馬相如は褌一つになって雇い人たちとともに働く。卓王孫は怒ったり恥じ入ったりしたが、やがて考え直し、文君に奴僕百人・銭百万と衣類や家財を与えた。
*→〔兄妹〕4の『門』(夏目漱石)。
『運命の力』(ヴェルディ) レオノーラはアルヴァーロと駆け落ちするが(*→〔銃〕5c)、夜の闇の中、二人は離れ離れになってしまう。彼らはともに、「もう愛する人には逢えぬ」と絶望する。レオノーラは洞窟に住んで隠者となる。アルヴァーロは修道院に入って神父となる〔*数年後、レオノーラの兄がアルヴァーロに決闘を挑んだことがきっかけで、レオノーラとアルヴァーロは再会する。兄は決闘に負けて致命傷を負う。兄は最後の力をふりしぼり、家名を汚した妹レオノーラを刺殺する〕。
『戦争と平和』(トルストイ)第2部第5篇 少女ナターシャはアンドレイ公爵と婚約するが、結婚までの間、二人は遠く離れて暮らさねばならなかった(*→〔妻〕5)。妻帯者であるアナトーリが甘言をもってナターシャを誘惑し、ナターシャは「自分はアナトーリを愛しているのだ」と錯覚する。アナトーリの「駆け落ちしよう」という手紙を繰り返し読むうちに、ナターシャは眠ってしまう。従姉ソーニャが手紙を見て、大人たちに知らせる。皆はナターシャの駆け落ちを阻止する。
『梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)』(河竹黙阿弥) 材木商・白子屋の娘お熊は、手代・忠七と恋仲だったが、彼女は他家から婿を取らねばならなくなる。出入りの髪結い新三(しんざ)が駆け落ちを勧め、雨の夜に二人を連れ出す。ところが途中で、新三は忠七に暴行を加えて置き去りにし、お熊を裏長屋の狭い戸棚に閉じ込める。駆け落ちを勧めたのは、お熊を誘拐するための策略で、新三は白子屋から、多額の身代(みのしろ)金を取ろうとたくらんでいた。
*男女が駆け落ちしようとするが、女が待ち合わせ場所に来ない→〔待ち合わせ〕1の『愛染かつら』(野村浩将)。
*殺人を駆け落ちに見せかける→〔隠蔽〕6の『大いなる眠り』(チャンドラー)。
*駆け落ちの予告→〔手紙〕7の『三人の妻への手紙』(マンキーウィッツ)。
『長谷雄草子』(御伽草子) 見知らぬ男が中納言長谷雄に双六の勝負を挑む。男は絶世の美女を、長谷雄は財宝をそれぞれ賭け物にして、朱雀門の上で双六を打つ。男は形勢不利になり、興奮して鬼の正体を現す。長谷雄はかまわず打ち進め、勝利を収める。
『第七の封印』(ベルイマン) 十字軍の騎士の前に、死神が現れる。騎士は死神にチェスの勝負を挑み、「私が勝ったら見逃してくれ」と請う。死神は承知して、騎士とチェスをする。死神が勝ち、騎士は負ける。死神は、騎士とその妻・従者・鍛冶屋夫婦など数人を、死の世界へ導く。彼らは手をつないで一列になり、死神に連れられて丘の上を歩いて行く。
『午後の出来事』(星新一『おせっかいな神々』) 青年が、見知らぬ黒服の男とトランプのゲームをして勝つ。黒服の男は負けを認め、青年が持っていた演奏会の入場券を取り上げ、破り捨てる。青年は演奏会に行けなくなったので怒る。その夜、演奏会の最中に照明装置が、青年のすわるはずだった席に落ちる。青年は、黒服の男(=死神)とのトランプに勝ったから、命拾いしたのだった。
『マハーバーラタ』第2巻「集会の巻」 クル家の百人兄弟の長男ドゥルヨーダナは叔父シャクニと謀って、パーンドゥ家の五人兄弟の長男ユディシュティラを賽子(さいころ)賭博に招く。賽子の達人シャクニのためにユディシュティラは負け続け、ついに自分の治める王国を失う。ユディシュティラは、四人の弟(ビーマ、アルジュナ、ナクラ、サハデーヴァ)及び彼ら五人の共通の妻ドラウパディーとともに、追放される。彼らは、森で十二年間の放浪生活を送る。
『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」 魔王カラは、ナラ王がダマヤンティ姫の婿になったことを憎み、ナラ王の弟プシュカラをそそのかしてナラ王と賽子賭博をさせる。ナラ王は賭に負け、王国も財産も失う。彼は着の身着のままで妃ダマヤンティとともに王宮を出て、森をさまよう〔*物語の最後でナラ王はもう一度プシュカラと賭をして、王国を取り戻す〕。
『嵐が丘』(E・ブロンテ) アーンショー家に拾われた孤児ヒースクリフは、長男ヒンドリーに虐待された。十代の末頃にヒースクリフは家出し、三年後に立派な紳士となって戻って来る。ヒースクリフはヒンドリーを博打に誘い、ヒンドリーは博打に負け続けて、家も土地も失う。ヒンドリーの病死後、その息子ヘアトンは、ヒースクリフの召使にされてしまう。
『本朝二十不孝』(井原西鶴)巻3−2「先斗に置いて来た男」 投機で財を成した八五郎は吝嗇だったが、ある時、加留多(カルタ)の勝負に一度に二十両を賭ける。人々が驚くと、「即座に二倍儲かる商売は他にない」と言って、以後は博奕にふける。しかしその道の玄人の手玉に取られて、身代をすっかり失う。
『スペードの女王』(プーシキン) トランプの必勝法を知る老伯爵夫人に、その秘密を教えるよう工兵士官ゲルマンが強要し、老伯爵夫人は恐怖の余り死ぬ。葬儀の夜、老伯爵夫人がゲルマンの枕元に立ち「三・七・エースの順に賭ければ勝つ」と告げる。その通りにしてゲルマンは途中まで勝つが、最後に引いたエースがスペードの女王に変わり、老伯爵夫人に似た顔で笑う。ゲルマンは発狂する。
『魔術』(芥川龍之介) 「私」は欲を捨てる約束をして、印度人ミスラ君の家で魔術を習う。一ヵ月後、「私」は倶楽部で友人たちと骨牌(トランプ)をし、全財産を賭けた勝負を挑まれたため、魔術を使って勝つ。そのとたん骨牌のキングが笑い、「私」はミスラ君の家にいることに気づく。一ヵ月経過したと思ったのは、ほんの二〜三分間の夢だった。
『東坡志林』(蘇軾)「道人の戯語」 道人が寺でいろいろなマジナイの秘法を売っており、その中に「賭博に絶対負けぬ法」と記した封筒があった。若者がそれを千金で買い、帰ってから開けて見ると、「賭博をするな」と書いてあった〔*当たり前のことが書いてあった、という点で→〔旅〕6aの『古代の秘法』(星新一)と類似の発想〕。
『遊仙窟』(張文成) 旅人の「私」は、十七歳の寡婦・崔十娘(じゅうじょう)の屋敷に一夜の宿を請い、手厚くもてなされた。「私」は十娘に双六の勝負を挑み、「伏床(ふしど)を賭けましょう」と提案する。「十娘さまが負けたら、私と同じ床で一晩いっしょに寝ていただきます。私が負けたら、十娘さまと同じ床で一晩いっしょに寝ましょう」。十娘は「ずいぶんお上手なお考えですわ」と笑った→〔一夜妻〕1。
*ロシアン・ルーレットによる賭け→〔ロシアン・ルーレット〕3の『ディア・ハンター』(チミノ)。
『影武者』(黒澤明) 武田信玄が、「我が死を三年間秘せ」と遺言する。敵のみならず味方をも欺くべく、信玄に瓜二つの泥棒が、影武者に仕立て上げられる。しかし彼は落馬したため側室たちに介抱され、川中島の合戦で受けた刀傷がないことから、にせ者であるとわかり、追放される。
『古事記』中巻 応神天皇の皇子・大山守命は軍備して、弟・宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)を攻め、天下を得ようとした。宇遅能和紀郎子は、舎人を王のごとく変装させ、宇治の山上に絹の幕を張り、呉床に座らせた。百官が舎人に敬礼するので、大山守命はこれを見て、「宇遅能和紀郎子は山上にいる」と思った。
『南総里見八犬伝』第5輯巻之3第45回 犬山道節は、主君の仇である関東管領扇谷定正をねらう。道節は、狩りから帰る定正の行列を待ちうけ、「名刀村雨(*犬塚信乃所持の刀で、網乾左母二郎が盗み、それを犬山道節が手に入れた)を買ってほしい」と言って近づく。道節は刀を献上するふりをして定正を捕らえ、首を取る。しかしそれは定正本人でなく、影武者だった。
*ロボットの影武者→〔二者同想〕2の『2から2を消せば2』(手塚治虫)。
『俵藤太物語』(御伽草子) 平将門には、まったく同じ姿の人物が六人、常に影のごとくつきそっており、どれが本物か見分けることはできなかった。寵愛する女房・小宰相の局を訪れる時にも、本物+影武者の七人連れであった。俵藤太秀郷が、本物と影武者の見分け方を知り、将門を討った→〔夫〕5a。
★3.死んだのは影武者で、本物は生きているかもしれぬ、との期待。
『西郷隆盛』(芥川龍之介) 史学科の学生・本間は、急行列車の食堂車で出会った老紳士から「西郷隆盛は生きている。今、隣の一等車に乗っている」と聞かされる。一等車を見ると、たしかに西郷らしい男がいる。本間は「西南戦争で戦死したのは、よく似た別人だったのだろうか?そんなに似た人間がいるものだろうか?」と問う。老紳士は「よく似た人間は、いる。現に一等車の男は、私の友人だが、西郷そっくりだろう」と答える。歴史学者である老紳士は本間に、史実認定の難しさを説いた。
『鷲は舞いおりた』(スタージェス) 一九四三年。ドイツ軍が、イギリスの首相チャーチルをベルリンへ誘拐しようと計画する。ドイツの落下傘部隊十六名が、チャーチルの静養地である某村へ降下する。アメリカ軍との戦闘になり、落下傘部隊のほとんどが死ぬ。生き残った隊長が、チャーチルの滞在する建物に潜入し、彼を射殺する。しかしそれは影武者だった。その時、本物のチャーチルはテヘランにいて、ルーズベルトやスターリンと会談していた。
『こころ』(夏目漱石)上「先生と私」5〜6 「先生」は、雑司ヶ谷のKの墓に毎月墓参りする。「先生」を尊敬する「私」が「墓参のお供をしたい」と言うと、「先生」は「あなたに話すことのできない理由があって、他人といっしょにあそこへ墓参りには行きたくない」と答え、過去を隠す→〔下宿〕1a。
『砂の器』(松本清張) 癩病者の父を持つ本浦秀夫は、自身の過去を隠し、和賀英良と改名して、作曲家として才能を発揮する→〔出生〕1b。
『欲望という名の電車』(ウィリアムズ) ハイスクールの女教師ブランチは、生徒との関係をはじめとする性的スキャンダルで、町を追われる。彼女は過去を隠し、ニューオリンズの貧民街のアパートに住む妹のもとに、身を寄せる。しかし妹の夫スタンリーが、上品ぶったブランチを嫌悪し、彼女の過去をあばいて強姦する。以前から心を病んでいたブランチはとうとう発狂し、精神病院に収容される。
『レーン最後の事件』(クイーン) シェイクスピアが手紙の中に「自分は親友セドラーによって毒殺されつつある」と書き残す。セドラーの子孫である男が、三百年前の先祖の悪行を隠蔽するため、その手紙を捜し出して焼き捨てようとする。
*隠していた過去を知る人と、再会する→〔再会〕10。
★2.油断・慢心などにより、ついうっかりと過去の悪事を語る。
『アクハト』(ウガリットの古詩) ヤトパンがダニルウ(ダニエル)王の息子アクハトを殺す。七年の喪の後、アクハトの妹プガトが仇討ちの旅に出かけ、ヤトパンの野営する天幕に立ち寄る。ヤトパンはプガトにむかって問わず語りに過去の殺人行為を述べる。
『グレティルのサガ』79〜86 木を切る時に膝を傷つけたため動けなくなった豪勇グレティルを、釣針のソルビョルンとその部下たちが殺す。後にソルビョルンが人々にグレティルを殺した自慢話をすると、そこにグレティルの兄、大船のソルステインがいて、ソルビョルンはその場で斬り殺される。
『太平広記』巻432所引『原化記』 客三十余人が会食した時、人間の変身のことが話題になる。「変身譚の多くは妄説だ」と言う人がいたので、一人の男が「私自身、五〜六年前に一時的に虎に変身して王評事という人を食ったことがある」と語る。ところが、その会席の主人は王評事の息子であり、主人は「父の仇だ」と言って男を殺す→〔虎〕3。
『発心集』巻8−10 金峰山の礼堂で妻と情交した男がその罰を恐れるが、何事もなく月日がすぎる。四十余年の後、親しい人が金峰山参詣のため精進するのを男は笑い、かつての過ちを語って、「それでも罰は当たらなかった」と言うと、その夜のうちに男の両眼がつぶれる。
*→〔泡〕7の『泡んぶくの仇討ち』(昔話)・〔夫〕5bの『くもりのないお天道さまは隠れているものを明るみへ出す』(グリム)KHM115。
言うな地蔵の伝説 人を殺した男が、現場に立っている地蔵に「このことを誰にも言うな」と口止めする。地蔵は「わしは何も言わないが、お前こそ言うなよ」と答える。その後、男は良心にかられて自首した。以来、その地蔵は「言うな地蔵」と呼ばれるようになった(滋賀県伊香郡余呉町小谷。*数年後に男は再びそこを通り、道連れの旅人に過去の悪事を語ると、その旅人は殺された人の子であったため、仇を討たれる、という形もある)。
『テレーズ・ラカン』(ゾラ) ラカン夫人は、一人息子カミーユを姪テレーズと結婚させ、老後の世話を彼らに期待する。しかしテレーズは愛人ローランと共謀してカミーユを殺し、事故による水死に見せかける。テレーズとローランはカミーユの幻影に苦しめられ、しだいに精神状態が異常になり、ある夜、ラカン夫人の前でカミーユ殺しを告白する。だが、その時ラカン夫人は中風で口もきけず身体も動かせぬ状態になっており、二人の犯罪を誰にも訴えることができない。
*→〔生き肝〕4の『南総里見八犬伝』第9輯巻之3第97回・〔狂気〕3の『日本永代蔵』巻4−4「茶の十徳も一度に皆」。
★4.過去の悪事が露見したと思いこみ、問われもせぬのに白状する。
『おせつ徳三郎』(落語) 主人が用事で小僧の定吉を呼ぶ。定吉は、かつて行なった小さな悪事がバレて叱られるものと思いこみ、「店の金をくすねて寿司を食べたことですか? 近所の猫を天水桶に放りこんだことですか? 皆、朋輩にそそのかされてやったことです」と弁解する。
『御神酒徳利』(落語) 占いの名人と誤解された善六が(*→〔占い師〕2)、旅宿で盗まれた巾着のありかを占いでつきとめてくれるよう、依頼される。困っていると、犯人である女中が「占い師様は何もかもお見通しだ」と思いこんで、善六の部屋へ来て盗みを告白し、巾着の隠し場所を教える。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第1巻44〜45ページ 菓子が一つなくなったので、サザエがカツオを呼び、「あんただね」と問い詰める。カツオは「どのことさ。ああ。ハンドバッグに蛙を入れたこと?」と言う。サザエは箒を振り上げてカツオを追いかける。
『改心』(O・ヘンリー) 金庫破りの名人ジミー・ヴァレンタインは足を洗い、犯罪者だった過去を隠して正業に従事し、銀行家の娘と婚約する。ところが、五歳の少女が金庫室に閉じ込められ扉がどうしても開かない、という事件が起こる。窒息もしくは恐怖によって少女が死ぬ可能性が高いので、ジミーは金庫破りの前身がばれることを覚悟の上で、ドリルを使って扉を開け、少女を救い出す。
★5b.現在の問題解決が、過去の犯罪行為の経験にもとづくことが露見する。
『輟耕録』(陶宗儀)「女の知恵」 ある男が妻に殺されたらしいのだが、死体に傷跡が認められず、取調べの役人は困惑する。役人の妻・韓氏が、「脳天に釘を打ち込んで殺したのかもしれません」と言うので、死体の髪を分けると太い釘が打ち込まれていた。役人からこのことを聞いた上官は、韓氏が再婚で、先夫と死別していることを知り、その墓をあばく。すると先夫の頭にも釘が打ち込んであり、韓氏がかつて先夫を殺したことが明らかになった。
*『煤煙』(森田草平)32で女主人公眞鍋朋子が、同様の方法で幼い頃、カナリヤを殺したことを語る。「留針をカナリヤの頭に打ち込んだらすぐ死んだ。血も出ないし、柔らかい毛におおわれて留針もわからない。どうして死んだか、家族には知れずじまいだった」。
*加害者が過去の悪事を語るのとは逆に、被害者がかつて濡れ衣を着せられた災難を語ると、その場に真犯人が居合わせる、という物語もある→〔偶然〕4の『戦争と平和』(トルストイ)第4部第3篇。
*過去を変える→〔時間旅行〕2〜4。
『今昔物語集』巻2−22 天竺に一人の人がいた。その人は前世で貧しい家に生まれたが、ある時、雨にぬれる人に、古い破れ笠を与えたことがあった。その功徳によって現世では、その人の頭上に常に天蓋があった。
『笠地蔵』(昔話) 大晦日、爺が町へ笠を売りに行くが少しも売れない。帰り道、吹雪の中に立つ六体の地蔵に、爺は六つの笠をかぶせる。その夜、六体の地蔵が来て、爺の家に宝物の袋を投げこむ。
笠寺観音の伝説 鳴海長者の雑仕女・玉照は、ある日、野中で五月雨に濡れる十一面観音像を見、自分の笠をぬいで観音像にかぶせた。それから何日か後に、関白藤原基経の三男兼平中将が鳴海長者の屋敷に泊まった。兼平は玉照の美しさに目をとめ、京へ連れ帰って正夫人(玉照姫)とした。玉照姫は帝に奏聞し、観音像のために大きな寺を建立した(名古屋市南区笠寺町笠寺観音)。
笠森寺の観音の伝説 雨の日。道ばたの観音様が頭からびしょ濡れになっているのを見て、一人の美女が自分の蓑と笠をぬいで、お着せ申した。それが、全国の美女を捜し求める嵯峨の中将の目にとまり、彼女は天皇のお后になった(千葉県長生郡長南町笠森)。
『しぐれ』(御伽草子) 中将さねあきらが清水寺に参詣した時、急に時雨が降り出したので、雨具のない十五〜六歳の姫君に、中将は傘を貸す。中将は姫君を自邸にともない、契りを結ぶ。しかし父左大臣が中将と右大臣の娘との結婚を決め、中将は右大臣宅に軟禁状態になって、姫君との仲は裂かれる。
*蛇の化身である美女に傘を貸す→〔雨宿り〕3の『雨月物語』巻之4「蛇性の婬」。
『ボク東綺譚』(永井荷風) 六月末の夕方、五十八歳の独身作家である「わたくし(大江匡)」は、玉の井の私娼窟を歩いていて夕立にあった。傘をひろげると、「旦那そこまで入れてってよ」と、女が飛びこんで来る。女はお雪という二十六歳の娼婦であった。「わたくし」はお雪の家へ行き、雨宿りをする。「わたくし」はお雪との関係を三ヵ月ほど続ける。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ81 雨の降る道を、傘をさして一人歩いていると、死んだ祖父や父や友人のことがしきりに思い出される。前方の角にたたずむ人があり、ものも言わず傘に入って来る。見ると、今まで思っていた懐かしい死者の顔である。そういう時には、すぐさま傘を死者に渡して、今来た道を戻ると良い、と言う。
『加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)』「汐入馬捨場」 局(つぼね)岩藤が、悪事の報いで斬られてちょうど一年後の春の日。彼女の死骸を捨てた汐入堤の馬捨場に、その亡霊が現れる。岩藤は生前同様の美しい裲襠(うちかけ)姿で、片手に扇を持ち、片手に日傘をさし、蝶を追って空に浮かび上がる。「咲きも乱れず散りもせず、八重九重に桜の盛り、げに眺めある風情じゃなあ」と下界の桜を愛でて、岩藤は空を飛んで行く。
『メリー・ポピンズ』(スティーブンソン) 一九一〇年のロンドン。幼い姉弟ジェーンとマイケルの父バンクス氏は銀行員で仕事一筋、母は婦人参政権運動にいそがしく、子供たちはさびしい思いをしていた。ある日メリー・ポピンズが、右手でこうもり傘をさし左手に鞄を持って、空から降りて来る。彼女はジェーンとマイケルの乳母になって、二人の世話をする〔*後にメリー・ポピンズはバンクス家を去るが、来た時とは逆に、左手に傘、右手に鞄を持って飛んで行く〕。
*普通は、傘をさしても空を飛べるわけではない。せいぜい、傘をパラシュート代わりにして、高い所から飛び降りるくらいである→〔うちまき〕2cの『愛宕山』(落語)。
『雨ふり小僧』(手塚治虫) 古傘から発生した雨ふり小僧が、村の分教場の中学生モウ太と友達になる。モウ太は、下駄ばきの雨ふり小僧に「ブーツを買ってやる」と約束するが、一家で町へ引っ越す嬉しさで、それを忘れてしまう。四十年後、小さな会社の社長となったモウ太は、娘にブーツをねだられたのがきっかけで約束を思い出し、村へ行く。雨ふり小僧は橋の下でずっと待っており、モウ太が立派に成長したことを喜んで、消えてゆく〔*→〔器物霊〕の一種〕。
『西鶴諸国ばなし』(井原西鶴)巻1−4「傘(からかさ)の御託宣」 紀州の人の持つ傘が強風で飛ばされ、肥後国の山奥の穴里という所に落ちた。この里では誰も傘というものを見たことがなかったので、「これは神様であろう」と思って祀った→〔器物霊〕3。
*「傘が降るから雨を寄こせ」→〔言い間違い〕5bの『近目貫』「白雨(ゆふだち)傘」。
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