【犬】

★1a.犬は人間の忠実な家来である。

『近江国風土記』逸文  伊香刀美(いかとみ)という男が、天女たちの水浴を見た。彼は白犬に命じて、一人の天女の衣を奪わせた→〔水浴〕1a

『マハーバーラタ』第17巻「大いなる最後の旅の巻」  大戦争後ユディシュティラは退位し、四人の弟及び共通の妻ドラウパティーとともに、一頭の犬を供として旅に出る。ヒマラヤを越えて進むうちに妻と弟たちは次々に倒れ、ユディシュティラと犬だけになる。インドラ神がユディシュティラ一人を天界へ迎えようとするが、ユディシュティラは「この忠実な犬も連れて行く」と言う。犬はダルマ神に変じてユディシュティラの慈悲心を賞賛し、彼らは皆天界へ昇る。

『桃太郎』(昔話)  鬼退治の旅に出た桃太郎は、犬に黍団子を与えて供とした。次いで猿と雉も供に加え、鬼が島に攻め入った(青森県三戸郡)→〔鬼〕4b

*『オズの魔法使い』のドロシーは、愛犬トトと一緒の部屋にいて、オズの国まで運ばれる(*→〔風〕4a)。また、トトを捜していたために、故郷カンサスへ帰る気球に乗り遅れる(*→〔靴(履・沓・鞋)〕1a)。

*→〔蛇退治〕4の『捜神記』巻19−1・〔密通〕2aの『捜神後記』巻9−6(通巻100話)。

★1b.飼い主とともに死んでいく犬。 

『フランダースの犬』(ウィーダ)  クリスマス・イヴの午後四時、老犬パトラッシュは夕闇の雪の中に茶革の袋を嗅ぎつけてくわえ出し、ネロに差し出す。それは、粉屋コゼツが落とした二千フラン入りの財布だったので、ネロはコゼツの留守宅に届ける。コゼツは、それまでのネロに対する冷たい仕打ちを悔い、娘アロアとの交際も認めようと言うが、時すでに遅く、ネロとパトラッシュはその夜凍死する→〔クリスマス〕3

『日本書紀』巻21崇峻天皇即位前紀  捕鳥部万(ととりべのよろづ。=物部守屋の従者)が自刃し、その死体は朝廷の命令によって、八段に斬られた。万が飼っていた白犬が、死体の周囲をまわって吠え、死体の頭部をくわえて古い塚まで運んだ。白犬は塚の前に横たわり、餓死した。朝廷は白犬を称賛し、万の遺族は墓を二つ並べて造り、万と白犬を葬った。

★1c.飼い主である老人の自殺を思いとどまらせる犬。

『ウンベルトD』(デ・シーカ)  独身の老人ウンベルト・ドメニコは、小犬のフライクと一緒に、アパートの一部屋で暮らしている。彼は公務員として三十年働いたが、年金支給額が少ないため家賃を払えず、アパートを出て行く。将来を悲観したウンベルトは踏切内に入り、フライクを抱いて列車に飛び込もうとする。しかしフライクは激しく鳴き、身をよじってウンベルトの腕をすりぬけ、逃げる。ウンベルトは、「残りの人生をフライクとともに生きよう」と考える。

*老人と老猫→〔猫〕2の『ハリーとトント』(マザースキー)。

★1d.人間の言いつけに忠実な余り、死んでしまう犬。

種原の犬の墓の伝説  村に大きな寺が二つあり、一匹の犬が両寺の用をしていた。一方の寺で鐘が鳴ると犬は駆けつけ、書状を首に結んで、もう一方の寺に届けた。ある時、両方の寺の鐘が同時に鳴ったので、犬はあちらか、こちらか、と走り回って、とうとう死んでしまった。村人は犬を憐れんで墓を作った(鳥取県西泊郡大山町)〔*→〔二人妻〕3bの『三国伝記』巻1−25の犬と、やや似た印象がある〕。

★2.犬が人間に危険を知らせる・宝のありかを知らせるなど、貴重な情報をもたらす。

『宇治拾遺物語』巻14−10  藤原道長が法成寺の門を入ろうとした時、白犬が引き止めるので、安部晴明に占わせると、呪物が道に埋めてあることがわかる。「犬は通力のものにて告げ申して候」と晴明は言う(『十訓抄』第7−21・『古事談』巻6−62に同話)→〔呪い〕4

『日本書紀』巻7景行天皇40年是歳  ヤマトタケルは東征からの帰途、信濃国の山中で道に迷った。その時どこからともなく白い犬が現れ、ヤマトタケルは犬に導かれて美濃国に出ることができた。

*愛犬シロが、小判のありかを正直爺に教える→〔隣の爺〕1の『花咲か爺』(昔話)。

★3.犬の教えを人間が悟らない。その結果、犬もしくは人間が死ぬ。

『弘法様の麦盗み』(昔話)  唐へ行った弘法大師が、自分の腓(こむら)を切り裂いて中に麦種を隠し、こっそり日本に持ち帰ろうとする。犬が吠えて、そのことを唐人たちに知らせるが、弘法大師を裸にして調べても怪しいところがなく、これは犬の頭が狂ったのだ、と見なされて犬は殺される。

『忠義な犬』(昔話)  主人が毒蛇にねらわれているのを知らせようと犬が吠える。主人はそれを悟らず、犬が自分に歯向かうと誤解し、その首を切って犬を殺す。切られた首は飛んで蛇に食いつく〔*主人に忠義を尽くして殺される犬その他の動物→〔誤解〕2に記事〕。

*→〔凶兆〕3aの『捜神記』巻9−10(通巻246話)。

★4a.人間が犬に転生する。

『今昔物語集』巻3−20  天竺の男が火天(=火の神アグニ)を祭り、死後は梵天(=色界の初禅天)に生まれることを願った。しかし彼は、犬となって再びこの世に転生し、息子の家で飼われた。息子は犬の素性を知らなかったが、托鉢に訪れた仏が「この犬は、汝の父である」と教えた。

『日本霊異記』下−2  狐にとりつかれて病気になった人が、永興禅師の祈祷を受けるが、結局死んでしまった。その人は狐に仕返しするため、ただちに犬に転生した。一年後、永興禅師の弟子が病気になった時、犬は、弟子にとりついている狐をくわえて引きずり出し、噛み殺した。

*犬に転生して、憎い敵を食らう→〔動物音声〕1aの『十訓抄』第4−16。

★4b.仔犬を見て、友人の転生した姿であることを知る。

『ギリシア哲学者列伝』(ラエルティオス)第8巻第1章「ピュタゴラス」  ある時ピュタゴラスは、仔犬が杖で打たれている傍を通りかかった。ピュタゴラスは憐れみの心にかられて言った。「よせ。打つな。その犬は、私の友人の魂なのだから。啼き声を聞いて、それとわかったのだ」。 

★4c.仔犬を見て、自分の父母の転生した姿かもしれぬ、と思う。

『明惠上人伝記』  明惠上人は、八歳で両親を失った。ある時、上人は、犬の仔をまたいだことがあった。その後で上人は、「これは私の父母の転生した姿かもしれない」と考え、すぐに引き返して犬の仔を拝んだ。  

★4d.犬を見ても、恋人の転生した姿であることを知らない。

『語らい』(星新一『マイ国家』)  女が、連絡の途絶えた恋人の思い出を、路傍の犬に語る。実は、すでに恋人は事故死しており、彼の魂は犬に宿ってこの世へ戻った。女は、目前の犬が恋人の生まれ変わりとは知らず、恋人への恨みを語り続ける。犬は尾をちぎれるほど振って、小さく吠えるだけである。 

*牝犬を見せて、「貴女の前世における姉妹が転生した姿だ」と、嘘を教える→〔前世〕1dの『鸚鵡七十話』第2話。

★4e.人間が犬に転生し、その犬が再び人間に転生したのが、現在の自分かもしれぬ、という空想。

『犬』(正岡子規)  昔、天竺の閼迦衛奴(あかいぬ)国に住む一人の男が、王の愛犬を殺して死刑になった。男は、粟散辺土(ぞくさんへんど)である日本の信州に、犬として生まれ変わった。信州には肴がないので、犬は、姨捨山(うばすてやま)の姨を喰った。その罪深い犬が転生したのが、現在の僕(=正岡子規)ではあるまいか→〔前世〕4d

★5.人間の魂が犬に乗り移る。

『南総里見八犬伝』肇輯巻之3第6回・第2輯巻之1第12回  玉梓は処刑される時、金碗八郎と里見義実を呪い、「子々孫々まで畜生道に導こう」と言い遺す。玉梓の死後二ヵ月で金碗八郎は自刃する。さらに玉梓の怨魂は、犬の八房となって、十七年後に里見義実の娘・伏姫の死をもたらす。

★6.犬が人間に変身する。

『西班牙犬の家』(佐藤春夫)  「私」は犬の「フラテ」と散歩に出て、雑木林の中に西洋風の家を見つけ、中に入る。主人は留守らしく、そこには黒いスペイン犬がいるだけだった。帰りがけに「私」が窓から家の中を覗くと、スペイン犬は「今日は妙な奴に驚かされた」とつぶやいて、五十歳ほどの黒服の男になり、煙草をくわえ本を開いた。

『日本書紀』巻14雄略天皇13年8月  小野臣大樹が兵士百人を率い、文石小麻呂の家を囲み、焼く。炎の中から、馬ほどの大きさの白犬が飛び出し、大樹臣を追う。大樹臣が刀を抜いて斬ると、白犬は文石小麻呂になった。

『もと犬』(落語)  白犬が蔵前の八幡様に願掛けして、二十一日目の満願の朝に人間になる。彼は千住の隠居の家に奉公するが、犬の性は抜けず、名前を問われて「白」と答え、「鉄瓶に湯が沸いてチンチンいっている」と聞いて、前足を上げチンチンをする。隠居が女中のおもとを呼んで「もとは居ぬか?」と言うと、白は「はい。今朝人間になりました」。

★7a.人間を襲う犬。

『神統記』(ヘシオドス)  冥王の館の前の番犬ケルベロスは残忍な性質で、五十の首を持っている。館の内に入る人間には甘えるが、門から出ようとする者は捕らえ、容赦なくむさぼり喰う〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第5章では、三つの犬の頭と龍の尾を持ち、背にはあらゆる種類の蛇の頭を持っていた、と記す。『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第6歌では、ケルベロスは地獄の第三圏におり、三つの口で死者たちを喰う〕 。

『バスカヴィル家の犬』(ドイル)  十八世紀中頃、ヒューゴー・バスカヴィルは、月下の沼沢地で巨大な犬に喉笛を喰い切られて殺された。バスカヴィルの血筋を受け継ぐ男がこの伝説を利用し、猛犬を手に入れて顔面に燐を塗り、眼が光り火を吐く魔犬を作り上げる。彼は、自分がバスカヴィル家の領地と資産を相続するために邪魔な親戚を、この犬を使って殺そうとする。

★7b.人間の後をつける犬。

送り犬の伝説  夕方、おじいさんが山道を歩いていると、山犬がたくさん出て来てつきまとう。一頭がおじいさんの頭上を飛び越え、ちょんまげに爪をかけて引き倒そうとする。倒れると、山犬たちに襲われ、噛みつかれるので、おじいさんはまげを解き、髪をふり乱して村へ逃げ帰った(山梨県北巨摩郡高根町赤羽根。*村の近くまで来て「ありがとうよ」と言えば、送り犬は去って行くという)。

★7c.犬が狼に化す。 

『荒野の呼び声』(ロンドン)  セントバーナードの父とシェパードの母との間に生まれた大型犬バックは、雪のアラスカ地方で、橇犬として活躍する。仲間のエスキモー犬たちとの闘争を経て、バックの中の野性が目覚めてゆく。バックが信頼していた飼い主ソーントンが、イェハット族に襲われ、殺される。バックは、イェハット族の何人かを噛み殺して敵(かたき)を討った後、人間世界を捨て、狼たちの群れに入る。バックは狼たちのリーダーとなり、山を駆ける。 

★8a.犬頭人身。

『南総里見八犬伝』第2輯巻之1第12回  伏姫と八房が富山にこもって、数ヵ月を経たある春の日。伏姫が、たまり水に映る自分の姿を見ると、身体は人で頭は犬となっていた。驚いて見直すと人の姿に戻ったので、心の迷いであろうと伏姫は思った。しかしその頃から、伏姫には懐妊の兆候が現れた。

*犬と人間の交わりの結果、犬頭人身の子供が大勢誕生する→〔犬婿〕5の『高岳親王航海記』(澁澤龍彦)「蜜人」。

★8b.人面犬身。

人面犬(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』)  文化七年(1810)六月八日、江戸、田所町の紺屋の裏で、牝犬が子犬三匹を産んだ。その中の一匹が、人間そっくりの顔をした人面犬だった。興行師がその人面犬を東両国で見世物に出したところ、毎日、押すな押すなの大盛況となった。人面犬はほどなくして死んだが、その後も三〜四日は、線香を焚きながら興行していたという。

人面犬(日本の現代伝説『ピアスの白い糸』)  ある女性が犬に襲われて重傷を負い、数日後に死んだ。その数週間後から、死んだ女性の顔をした犬が、近所でたびたび目撃されるようになった〔*人面犬の話は、この他にも種々の形が流布している。人面犬が話題になった一九八〇〜九〇年代以前にも、『小平市の武蔵野美術大学に近い玉川上水あたりに、太宰治の顔をした犬が出没する』などという話があったという〕。 

★9.「犬」の文字。

『犬の字』(落語)  白犬が神に祈って人間となり、白太郎という名前で、ある店の手代になる。店の主人が、白太郎は完全に人間になったかどうか見きわめようと、寝姿をのぞく。白太郎は枕をはずし、大の字になって寝ている。主人はがっかりして言う。「やはり前身が知れる。大の字の肩の上に、枕でチョンを打ってある」。

『江談抄』第2−9  上東門院が一条帝の女御だった時、帳の内に犬の子が入っており、人々が怪しんだ。大江匡衡が「犬の字は点を大の下につけると太、上につけると天の字になる。これは、皇子が誕生し、太子となり天子となる兆」と言う。果たして上東門院は懐妊し、後朱雀帝を産んだ〔*『十訓抄』第1−21の異伝では、後一条帝を産んだとする〕。

『南総里見八犬伝』第2輯巻之2第14回  里見義実は、金碗大輔を娘・伏姫の婿にする心づもりだった。その伏姫が切腹して死に、金碗大輔も後を追って自殺しようとする。里見義実はそれをとどめ、「入道して仏に仕えよ」と金碗大輔に命ずる。金碗大輔は、「伏姫の死も我が出家も、みな八房ゆえ。犬にも及ばぬ大輔は、犬という字を二つに裂き、丶大(ちゅだい)と名乗りましょう」と述べ、日本廻国の旅に出る。

★10.犬の口に手を入れる。

『古今著聞集』巻16「興言利口」第25・通巻525話  やたらに人に噛みつく犬がいた。この犬を取り押さえることができるかどうか、随身・友正が朋輩と賭けをする。友正は、飛びかかって来る犬の口に、握ったこぶしを突き入れる。そのため、犬は噛むことができない。友正はもう一方の手で、犬を死ぬほど撲りつける。このことがあって以来、犬は人に噛みつくことがなくなった。 

 *犬ならばよいが、狼の口に腕を入れると、噛み切られる、あるいは噛み砕かれる→〔狼〕5

 

*犬が赤子を育てる→〔動物傅育〕の『今昔物語集』巻19−44。

*犬の結婚を契機に、その飼い主どうしも結婚する→〔身分〕3bの『皇帝円舞曲』(ワイルダー)。

 

【犬婿】

★1a.犬婿と人間の娘。

『今昔物語集』巻31−15  京の某所に住む娘が、大きな白犬にさらわれ、北山の柴の庵で、その犬と夫婦生活をして年月を送っていた。このことを知った大勢の男たちが、犬を殺して女を救い出そうと、弓や刀を持って出かける。しかし犬は女とともに、山奥深くへ姿を隠してしまった。

★1b.犬が、人間の娘二人と交わる。

『唐物語』27  都の人の娘と、その乳母子(めのとご)である娘が、深山の庵に住んでいた。乳母子の娘は、どこからかやって来た一匹の犬をたいへん可愛がった。懐に抱いていたりするうちに、乳母子の娘の心はあやしく乱れ、とうとう犬と交わってしまう。主人である娘がこのありさまを見、自分もその犬を呼び入れて交わる。この犬の名は「雪々」といった〔*犬の名を「雪山」とする伝本もある〕。 

★1c.犬が、人間の女大勢と交わる。

『素戔嗚尊』(芥川龍之介)  高天原を追放された素戔嗚(すさのを)は、山の洞穴で、大気都姫(おほけつひめ)や彼女の十六人の妹たちとともに、歓楽の日々を送る。そのうち女たちは、どこからか連れて来た大きな黒犬と交わるようになる。素戔嗚は怒り、太刀を抜いて黒犬を殺そうとする。しかし犬は逃げ、太刀は大気都姫の胸を刺してしまった〔*この後、素戔嗚は出雲国へ向かい、櫛名田姫と出会う〕。 

★2.犬婿と人間の娘の間に生まれた子供たち。

『アイヌの起こり』(アイヌの昔話)  昔、はるか南の国から、女神が小舟にゆられて日高海岸に漂着した。一匹の雄犬が現れ、女神を洞穴へ連れて行く。女神は雄犬を夫として、男児一人・女児一人を産んだ。男児と女児は成人して夫婦になり、たくさんの子を産んだ。こうして北海道にアイヌが栄えることとなったのである。 

『捜神記』巻14−2(通巻341話)  高辛氏の王が、「夷狄の将軍の首を取った者には姫を与える」と、約束する。飼い犬の盤瓠(ばんこ)が敵将の首を取って来たので、やむをえず王は姫を与える。盤瓠と姫は山に入って暮らし、六男六女ができる。

龍犬盤瓠(ばんこ)王となる(中国・ヤオ族の神話)  高辛王に三人の王女があり、王宮にまだらの龍犬が飼われていた。番王が攻め込んで来たので、高辛王は「番王を滅ぼした者に、王女の一人を嫁がせる」と告示する。龍犬が番王の首をとり、王女を要求する。長女・次女は拒絶し、三女が龍犬の妻になる。龍犬は人間に変身して(*→〔禁忌〕8a)南京十宝殿の盤瓠王となり、妻との間に六男六女をもうけた。これがヤオ族の始祖である。

★3.直接交わることなく、犬の気を受けて娘が懐妊。

『南総里見八犬伝』  八房の体毛は白に黒が混じり、首から尾まで八ヵ所の斑毛(ぶち)になっていた。八房は伏姫を背負って富山に入り、伏姫は八房の気を受けて懐胎した。伏姫の死後(*→〔性交〕4)、一年〜十七年を経て、相次いで八人の犬士が誕生したが、彼らの身体には一つずつ、牡丹花型の黒い痣(あざ)があった〔*→〔蛇婿〕5の『平家物語』巻8「緒環」の、蛇の子であるしるしが身体に残る物語と類似した発想〕。

★4a.人間の男が、犬婿を殺す。

『犬婿入り』(昔話)  分限者の娘が犬を婿として、山奥で暮らす。娘は毎日、犬の首に金をつけ、犬は里に下りて米を買って来る。ある日、鉄砲撃ちが犬を殺し、山奥へ入って娘の夫になる。二人の間には子供が七人できる。何年もたってから、夫が「実は、わしが犬を殺した」と打ち明ける。娘は怒り、夫を包丁で突き殺して犬の仇を討つ。だから「七人の子をなすとも、女に気を許すな」と言う(兵庫県美方郡温泉町海上)。

★4b.犬婿が、人間の男を殺す。

『聊斎志異』巻1−19「犬姦」  商用で、他郷へ長期間出かける夫がいた。夫の留守中、妻は飼い犬を手なづけて交わった。ある日、夫が帰って来て妻と寝たところ、犬は夫を噛み殺してしまった。犬と妻は捕らえられ、遠方の役所へ護送される。道中の宿泊地では、いつも数百人が犬と女の交合を見物した。護送の役人は、料金を取って大儲けした。犬と女は、寸磔(=一寸刻みにする刑)に処されて死んだ。 

★5.犬頭人身の子供たち。

『高岳親王航海記』(澁澤龍彦)「蜜人」  昔、ベンガル湾に臨むアラカン国に好色淫靡の風がはびこり、貴族の女たちは、犬と交わることを一種の高級な消閑と見なした。その結果、犬頭人身の男たちが続々と誕生し、全人口の五分の一に達する。国王はこれを憂え、犬どもを殺すとともに、犬頭の男たちの性器に鈴を装着して生殖活動を妨げ、犬頭人の根絶をはかった。

*伏姫が水に姿を映すと、犬頭人身だった→〔犬〕8aの『南総里見八犬伝』第2輯巻之1第12回。

★6.犬が人間に化けて女と交わる。

『幽明録』22「老犬の妖怪」  晋の秘書監・温敬林が、死んで一年たってから、妻の所へ帰って来た。妻は再び敬林と夫婦生活を始め、一緒に寝た。敬林は若い人とは会いたがらず、甥が来た時には、小窓から顔を出して会った。後に敬林は酔いつぶれて、正体をあらわした。それは隣家の黄色い老犬だったので、叩き殺した。 

 

【猪】

★1.神の化身である猪。

『古事記』中巻  伊吹山の神を討ち取りに出かけたヤマトタケルが、牛ほどの大きさの白猪に出会う。ヤマトタケルは「これは神の使者であろう。今は殺さず、帰る時に殺そう」と言挙げする。ところがその猪は使者ではなく、山の神自身であった。ヤマトタケルの大言壮語に怒った神は、大氷雨を降らせてヤマトタケルを苦しめ、彼の意識を半ば失わせた。

★2.猪狩り。

『変身物語』(オヴィディウス)巻8  女神ディアナ(=アルテミス)が、カリュドンの王オイネウスの畑に、一頭の巨大な野猪を放った。猪は作物を荒らし、家畜を襲ったので、人々は嘆き、逃げまどう。猪を退治するために大勢の男たちがやって来るが、その中に紅一点、美女アタランテもいた。青年メレアグロスが槍で猪を突き殺し、手柄をアタランテに譲る。これに男たちが怒り、メレアグロスとの間に争いが起こる〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第8章に類話〕→〔魂〕1a

『メリュジーヌ物語』(クードレット)  レイモン(=レイモンダン)が、主君エムリ伯に従って猪狩りに出かける。一頭の猪が突進して来るので、レイモンは槍で打つ。槍は猪の背中に当たって滑り、エムリ伯の腹に刺さってしまう。レイモンはすぐに槍を引き抜き、猪を突き殺してからエムリ伯のもとへ駆け寄るが、すでに伯は死んでいた〔*レイモンは森をさまよい、メリュジーヌに出会う。彼女は「鹿の皮一枚分の土地を買え」と教える〕→〔土地〕1d

*猪を撃つつもりで、人間を撃ってしまう→〔誤解〕4の『仮名手本忠臣蔵』5段目・〔見間違い〕3aの『寝園』(横光利一)。

★3.猪の牙で殺される。

『変身物語』(オヴィディウス)巻10  女神ヴェヌスは美少年アドニスを愛し、熊や獅子や猪などの獣を甘く見ないようにと、つねづね言い聞かせていた。しかし血気盛んなアドニスは、ある時、森から出て来た猪をしとめようと、槍で突いた。猪は槍を払い落とし、逃げるアドニスを追いかけて、鋭い牙で突き殺した〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章は、アドニスはまだ子供の時に、女神アルテミスの怒りによって、狩の最中、猪に傷つけられて死んだ、と記す〕。

★4.猪に追われて逃げる。

『古事記』下巻  ある時、雄略天皇が葛城山に登った。すると大きな猪が出て来たので、天皇は鳴鏑(なりかぶら)の矢で射た。猪は怒り、うなり声を上げて襲いかかった。天皇は恐れ、逃げて榛(はりのき)に登った。

★5.猪に似せた石。

『古事記』上巻  八十神たちがオホナムヂ(=大国主命)を殺そうと思い、山の麓へ連れて行く。そして、「赤い猪がこの山にいる。我々が猪を追いおろすから、お前は下にいて捕らえよ」と命ずる。八十神たちは猪に似た大石を、火で赤く焼いて転がし落とす。オホナムヂはその石を捕らえようとして、焼け死んだ→〔蘇生〕1

*鹿と思ったら石だった→〔鹿〕4bの『遠野物語』(柳田国男)61。  

*虎と思ったら石だった→〔石〕9cの『捜神記』巻11−1(通巻263話)。

★6.死者たちが猪の肉を食べる。

『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)(スノリ)第38章  この世の初めから、地上で戦死した者たちは、すべて天上の宮殿ヴァルハラ(=ワルハラ)にいる。オーディンが彼らに食料として与える猪は、どんなに大勢の人間がいても食べ尽くせない。この猪は毎日料理しても、夕方には体がまたもとに戻る。 オーディン自身は食物を必要とせず、彼は食卓の肉を二匹の狼に与える〔*オーディンにとっては葡萄酒が、飲物でも食物でもあるのだ〕。

*猪の肉と思って観音の木像を食べる→〔傷あと〕3の『今昔物語集』巻16−4。

*人間の赤ん坊を、猪の子とすりかえる→〔取り替え子〕1bの『今昔物語集』巻4−3。

 

【入れ替わり】

★1.瓜二つの兄弟姉妹が相談して、互いに入れ替わる。

『とりかへばや物語』  権大納言家の若君は女装して尚侍(ないしのかみ)、姫君は男装して中納言となって、内裏に出仕する。ところが男装の中納言は、宰相中将に女と見破られて懐妊し、出産のため宇治に身を隠す。それを機に若君と姫君は、「本来の男姿・女姿になろう」と相談して互いに入れ替わる。若君は中納言、姫君は尚侍となって、京に戻る。

『ふたりのロッテ』(ケストナー)  父子家庭のルイーゼと母子家庭のロッテは、夏の休暇村で出会い、自分たちが、両親の離婚の結果引き離された双子であることを知る。二人は相談して互いに入れ替わり、ルイーゼがロッテの家へ、ロッテがルイーゼの家へ帰る。そして、両親を再び結婚させることに成功する。

★2a.王子と乞食が衣服を交換したために、入れ替わってしまう。

『王子と乞食』(トゥエイン)  エドワード王子と乞食のトムは衣服を交換して、お互いが瓜二つであることに気づく。そのためエドワードは乞食と見なされて宮殿の外へ追いやられ、トムは王子と見なされて廷臣にかしづかれる。やがて国王ヘンリー八世が病死し、トムが国王となって戴冠式が行なわれる。そこへ乞食姿のエドワードが駆けつけ、「自らが真の国王である」と名乗る。トムは乞食に戻ることはなく、国王直属の臣下に任命される。

★2b.殿様と百姓が衣服を交換したために、入れ替わってしまう。

『絵姿女房』(昔話)  百姓が、美人の女房を殿様に奪われる。百姓は女房の教えで桃を作り、殿様の屋敷へ売りに行く。それまで笑わなかった女房がはじめてにっこり笑うので、殿様は「桃売りの格好をすれば喜ぶのか」と思い、百姓と衣服を取り替える。桃売り姿の殿様はそのまま御殿から閉め出され、桃を売って歩く。百姓は新しい殿様になって、女房と一緒に楽しく暮らす(秋田県仙北郡田沢湖町田沢)。

*→〔笑い〕3bの物語と、何らかの関係があるであろう。

★3a.少年少女の身体と心が入れ替わる。

『転校生』(大林宣彦)  斉藤一夫の通う中学校のクラスに、斉藤一美が転校して来る。ある日、二人は誤って石段を転げ落ちたために、互いの身体と心が入れ替わってしまう。以来、斉藤一夫はオカマのごとくになり、斉藤一美は超おてんばになって、周囲を驚かせる。何ヵ月かが過ぎ、将来に絶望した斉藤一夫は呆然として石段を踏み外しかけ、斉藤一美が助けようと抱きとめて、再び彼らは転げ落ちる。二人の心はそれぞれもとの身体に戻る。

★3b.少年少女の行動が入れ替わる。

『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「あの道この道楽な道」  のび太が「クロス・スイッチ」を押して、しずちゃんと人生のコースを交換する。しずちゃんは「ただいま」と言ってのび太の家へ帰って来る。そして「しずちゃんの所へ遊びに行こう」と言い、どこでもドアを通ってしずちゃんの浴室へ飛び込む。そこではのび太が裸で身体を洗っているので、しずちゃんは真っ赤になって「いやだァ」と叫ぶ。

★4a.二人の男の心が入れ替わる。

『スター・キング』(ハミルトン)  二十世紀半ばのニューヨーク。保険会社の社員ゴードンの心に、二十万年後の未来世界から、中央銀河系帝国王子ザース・アーンが語りかける。「過去探求のために、数週間、私の心と君の心を入れ替えたい」。ゴードンの心はザース・アーンの身体に入り、彼は帝国宇宙艦隊を率いて、暗黒星雲同盟と闘う。一方、ザース・アーンは保険会社の仕事をやり通すことができず、仮病をつかって休んでしまった。

 *金持ち老人が、貧しい少年と心を交換する→〔若返り〕6の『未来ドロボウ』(藤子・F・不二雄)。

『列子』「湯問」第5  心が強く気の弱い男と、心が弱く気の強い男が、名医扁鵲(へんじゃく)に治療を受けた。扁鵲は二人の胸を断ち割って、心を交換する。二人はそれぞれの心に従って家へ帰るので、家人たちは「別人がやって来た」と思った。

★4b.対立する二大国の思想が入れ替わる。

『秘密兵器』(ブッツァーティ)  第三次世界大戦が勃発し、ソビエトは秘密兵器「説得ガス」をアメリカへ撃ち込む。アメリカ人の脳は完全に説得され、大統領以下全国民が資本主義を捨てて、共産主義に転向する。アメリカもまた「説得ガス」をソビエトへ撃ち込み、ソビエトは書記長以下全人民が共産主義を捨てて、資本主義に転向する。両国の思想は入れ替わり、ふたたび冷戦が始まった。 

★5.二軒の家の住人が入れ替わる。

『三軒長屋』(落語)  三軒長屋の真ん中に、質屋伊勢勘の妾が住む。両隣は、鳶(とび)の頭(かしら)の家と、剣術の先生の家なので、若い者が大勢出入りして、たいへん騒がしい。伊勢勘が「両隣とも追い出してやろう」と思っていると、両隣が「引っ越します」と言ってきた。伊勢勘は喜んで、転宅費用を五十両ずつ与える。引越し先を聞いてみると、鳶の頭が剣術の先生の家へ、剣術の先生が鳶の頭の家へ引っ越すのだった。

『笑府』巻6 D「好静」  閑静を好む男がいたが、その両隣りは銅職人と鉄職人で、たいへんやかましかった。男は「あの二人が引っ越してくれる日が来たら、ご馳走をしてやりたい」と言う。ある日、二人が「引っ越す」と言ってきたので、男は喜んで二人を饗応する。もてなしが終わってから、男が引越し先を尋ねると、二人は「私は彼の家へ、彼は私の家へ」と答えた。

★6.月と太陽が入れ替わる。

月と太陽の伝説  太陽は、本来は夜の月になるはずで、月は、本来は昼の太陽になるはずだった。夜、太陽と月が寝ていて、「どちらかの腹の上にシヤカナローの花が咲いたら、その者が昼の太陽になり、咲かなかった者は夜の月になろう」と約束した。花は月の腹の上に咲いたので、太陽はこっそり自分の腹に植え替えた。それで太陽は昼に、月は夜に出るようになった。太陽は悪いことをしたので、これをまともに見ることはできない。月はいくらでも見ることができる(鹿児島県大島郡喜界町)。

*→〔売買〕4の『遠野物語』(柳田国男)2と共通する発想。

 

*二つの裁判の陪審員を入れ替える→〔裁判〕5の『アンタッチャブル』(デ・パルマ)。

 

【入れ子構造】

★1a.入れ子構造の人間たち。

『続斉諧記』(梁・呉均)2「腹の中の恋人(陽羨鵞籠)」  旅で道連れになった男が、口の中から、酒食の入った盆・箱と若い女とを吐き出す。男が酔って眠ると、女は口の中から愛人である青年を吐き出す。青年はまた口の中から自分の恋人を吐き出す。しばらくして、青年が恋人を呑みこみ、女が青年を呑みこみ、男が女と食器類を呑みこんで、去って行く〔*類話である『西鶴諸国ばなし』巻2−4「残る物とて金の鍋」では構造が単純化されており、仙人が酒食と美女を吐き、美女が恋人の若衆を吐くが、若衆は何も吐き出さない〕。

★1b.入れ子構造の人間たちの正体。

『太平広記』巻386所引『玄怪録』  北周の時代(6世紀)。居延部落の長・勃都骨低の邸に、数十人の芸人が訪れた。彼らは、背の高い者が低い者を呑み込み、肥った者が痩せた者を呑み込み、互いを呑み合って二人だけが残る、という芸を見せた。次いで彼らは、呑み込んだ者を吐き出し始めた。吐き出された者がまた一人を吐き出し、次々に人を吐き出して、人数がもとにもどった。彼らは人間ではなく、その正体は数多くの皮袋だった。  

★1c.入れ子構造の女性器。

『女体消滅』(澁澤龍彦『唐草物語』)  中納言長谷雄は鬼から女を与えられ(*→〔百〕1の『長谷雄草子』)、八十日目の夜に女の下紐を解いて朱門(=女性器)を見る。すると朱門の奥にまた朱門があり、稲荷の鳥居のごとく朱門がずらりと重なって、無限の入れ子構造になっていた。長谷雄は、自分の陽鋒(=男性器)で第一の朱門を突破しようと試みる。たちまち女体は消滅して水と化し、長谷雄は全身びしょぬれになった。

★2.入れ子構造の動物。

『異苑』77「狐の中から狐が出る」  男が一匹の狐を捕らえて腹を割くと、中からまた狐が一匹出てきた。その腹を割いたら、また狐が出た。その腹を割いて、ようやく臓物が出た。三匹の狐は不思議なことに、みな同じ大きさだった。

★3.入れ子構造の記憶。

『木乃伊(ミイラ)(中島敦)  紀元前六世紀。ペルシアの武将パリスカスは、エジプトの地下墓室で木乃伊を見、それが自分の前世の身体であることを悟った。同時に、前世の自分が、前々世の自分である木乃伊を見る記憶もよみがえった。こうして、前世の自分は前々世の自分の生活を思い出し、前々世の自分はさらに前々々世の自分を思い出す、というように、記憶が無限に連続しているのかもしれなかった。

*前生の自分、前々生の自分、前々々生の自分、前々々々生の自分→〔髑髏〕3bの『三つの髑髏』(澁澤龍彦『唐草物語』)。

★4.入れ子構造の戯曲。

『呪はれた戯曲』(谷崎潤一郎)  作家が妻を山中に連れて行き、自作の戯曲を読み聞かせる。その内容は、「作家が妻を山中に連れて行き、自作の戯曲(『作家が妻を山中に連れて行き、自作の戯曲を読み聞かせ、その後、妻を谷底へ突き落として、事故死のように見せかける』という内容)を読み聞かせ、その後、戯曲どおりに妻を谷底へ突き落として事故死のように見せかける」というものである。作家は戯曲を読み聞かせた後、戯曲どおりに妻を谷底へ突き落として、事故死のように見せかける。

★5.夢の中の夢の中の夢。入れ子構造の夢。

『神の書跡』(ボルヘス)  虜囚の「わたし」は、牢の床に砂が一粒落ちている夢を見る。夢を見るたびに砂は二粒、三粒と増えてゆき、やがて無数の砂粒で「わたし」は死にそうになる。目覚めても砂はある。誰かが「わたし」に、「汝は真に目覚めたのでなく、前の夢へと目覚めたのだ。その夢はまたもう一つの夢の中にある。無限に夢が重なるのだ」と告げる。

『三段式』(星新一『さまざまな迷路』)  宇宙を一人で航行する飛行士の退屈しのぎに、三段式の睡眠薬が開発された。刃物を持つ男たちに追われる夢を見て、ハッと目覚めると、戦場で敵軍に包囲されていた。しかしそれも夢で、そこから目覚めると、今度は大洪水が押し寄せて来る。それでもまだ夢の中であり、もう一度目覚めて、やっと現実の宇宙船内に戻れた。夢から目覚めること三度で、ようやく現実世界に帰還できるのだ。

『スマラ(夜の霊)』(ノディエ)  新妻リシディスとともに眠るロレンツォは、ギリシア時代の人物ルキウス(*→『黄金のろば』の主人公)になった夢を見る。そのルキウスは、馬に揺られつつ夢を見て、コリントス戦で死んだ友人ポレモンに出会う。ポレモンは、魔女メロエと夜の霊スマラに苦しめられる悪夢をルキウス(=ロレンツォ)に語る。うなされるロレンツォを、新妻リシディスが目覚めさせようと呼びかける。 

★6.入れ子構造の変型。現宇宙が、新しい高次の宇宙を産み出し、高次の宇宙はまた、より高次の宇宙を産み出す。それがどこまでも続く。

『神への長い道』(小松左京)  ある惑星の知的生命体たちが、集団で観想を行ない、宇宙の全歴史と本質を洞察した。宇宙は生命を産み出し、生命は進化して知性体となった。それはさらに進化して、やがて、意志するだけで存在を創り出す力を持つだろう。すなわち神の誕生である。その時、現宇宙は死滅し、神は、現宇宙の限界を乗り越えた新しい宇宙を創る。その宇宙は、より高次の神を産み出し、高次の神は、いっそう高次の宇宙を創る。このようにして、宇宙も神も進化して行くだろう。 

 

【祝い直し】→〔のりなおし〕

 

【因果応報】

★1.他に対して行った善行・悪行が、後に同じような形で自分の身にふりかかる。

『黄金伝説』119「洗者聖ヨハネ刎首」  州総督ユリアノスが教会から聖器を奪ってその中に小便をし、神を冒涜する言葉を発した。たちまち彼の口は尻に変わり、以後口で用を足さねばならなくなった。

『源氏物語』「若紫」「若菜」下  光源氏は、父桐壺帝の若い妻藤壺を恋し、秘密の子冷泉帝が生まれる。三十年後、源氏の若い妻女三の宮は柏木とあやまちを犯し、生まれた薫を、源氏は自分の子として育てねばならなくなる。

『今昔物語集』巻9−23  潘果が羊を盗む時、鳴き声を聞かれぬよう羊の舌を抜いて捨てた。一年後、彼の舌はしだいに欠け落ちて行き、遂には消え失せた。

『西遊記』百回本第39回  烏鶏国王が、文殊菩薩の化身である僧を縛り、三日三晩堀の水に漬けた。後に文殊菩薩の乗用の獅子が道士に変身して烏鶏国王を殺し、死体を井戸に落とし三年間水漬けにして、報復した〔*ただし烏鶏国王は、孫悟空の力で蘇生する〕→〔息〕2b

『真景累ケ淵』(三遊亭円朝)  深見新五郎はお園に恋着し、物置の藁の上に彼女を押し倒す。藁の下に押切 りの刃があったので、お園は死ぬ。三年目の同じ日、捕手に追われて逃げる新五郎は、屋根から空地の藁の上へ飛び下りると押切りがあり、足を傷つけ捕らえられる。

『日本霊異記』上−16  大和国の男が兎を捕らえ、生きながらその皮をはいだ。まもなく男は、身に毒瘡ができ皮膚が爛れくずれて、苦しみつつ死んだ〔*『今昔物語集』巻20−28に類話〕。

『日本霊異記』上−19  山背国の自度僧が、法華経を誦す乞食をあざけり、わざと自分の口をまげて乞食の口まねをした。たちまち自度僧の口はゆがみ、医師を呼んだが、ついに治らなかった〔*『三宝絵詞』中−9に類話。『日本霊異記』中−18では、俗人が高麗寺僧栄常の口まねをしたため、口がゆがむ。『今昔物語集』巻14−28では逆に、僧栄常が乞食僧のまねをして、口がゆがむ〕。

*ベルトラン・ド・ボルンは、英国王父子を二つに分けて互いに反目させたが、死後その報いで、首と胴体を二つに分けられた→〔首〕6の『神曲』(ダンテ)「地獄編」第28歌。

*無実の者の頸を切った武士は、一年後に自らも頸を刎ねられた→〔同日・同月〕3aの『沙石集』巻9−8。

*妻が、自動車事故をよそおって夫を殺したが、後に妻自身も自動車事故で死んだ→〔夫殺し〕1の『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(ヴィスコンティ)。

★2.前世で他に対して行った善行・悪行が、現世で同じような形で自分の身にふりかかる。

『今昔物語集』巻2−5  仏が某家で六日間供養を受け、七日目に帰ろうとした時、暴風雨になった。主人が「今日は留まり給え」と請うと、仏は「前世で私は六日間汝の世話をしたが、七日目に汝は寒さで死んだ。それゆえ私は今、六日間だけ汝から供養を受けた。これ以上は留まれない」と教えた。

『今昔物語集』巻2−32  前世で修行者の腕を斬った天竺の王は、現世では僧となって賊に腕を斬られた。

『今昔物語集』巻3−28  仏は、前世で鹿の背を打ったことがあった。そのため、無病のはずの仏が、涅槃時には背中が痛んだ。

『沙石集』巻1−7  利軍支比丘は托鉢して食物を得られず、七日間砂を食べ水を飲んで、飢え死にした。彼は前世で親不孝だった。母が食物を求めた時、「砂でも食べて水を飲みなさい」と言って七日間食物を与えず、母を飢え死にさせたのだ。現世で聖者になっても、前世の悪行の報いを受けるのである。 

*→〔笠(傘)〕1aの『今昔物語集』巻2−22。

★3.親の因果が子に報う。

『捜神後記』巻2−6(通巻17話)  周という男は、子供の頃いたずら心から、燕の雛三羽に茨(いばら)の枝を食べさせ、死なせてしまった。周はそのことを忘れたまま成人し、結婚して三つ子をもうけた。三つ子は二十歳近くになっても、声は出るのに言葉をしゃべれなかった〔*しかしある日、旅僧の示唆で周は昔の悪行を思い出し、そのとたんに三つ子は人語を話し出した〕。

★4.偶発的な事故のばあいにも、因果応報の理がはたらく。

『日本霊異記』下巻序文  山の比丘が烏に飯を施す。ある時、比丘が何気なく投げた石が烏の頭を割る。烏は死んで猪に生まれ変わり、石をかき分けて食物をさがす。石が転がり落ちて比丘に当たり、比丘は死ぬ。

 

【隠蔽】

★1.悪事を、より大きな悪事によって隠蔽する。

『英雄伝』(プルタルコス)「アルキビアデス」  アルキビアデスが、大金を払って買った犬の尾を切り落とす。「人々が非難している」と知人が忠告すると、アルキビアデスは「私のねらいは、アテナイ市民がこういうことを話のタネにして、私のもっとひどい悪事を語らずにいてくれることなのだ」と言って笑う。

*盗みの隠蔽→〔大晦日〕4の『大つごもり』(樋口一葉)。

★2.音・声を、より大きな音・声によって隠蔽する。

『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第1章  生まれるとすぐ父クロノスに呑みこまれるはずであったゼウスは、母の手でクレタの洞窟中に隠される。幼いゼウスの泣き声がクロノスに聞こえぬよう、クーレースたちが、槍で盾を打ち鳴らして大きな音をたてる。

『曾根崎心中』(近松門左衛門)「天満屋」  お初・徳兵衛は心中の道行をすべく、深夜、天満屋を抜け出ようとする。しかし車戸の音が気がかりで開けかねていると、下女が闇の中で火打石を打つので、その音に合わせてそろそろと戸を開け、人々に気づかれずに外へ出ることができる。

『ひぢりめん卯月の紅葉』(近松門左衛門)中之巻   古道具屋長兵衛の娘お亀と結婚して婿に入った与兵衛は、舅長兵衛と不仲になる。たまたま蔵の中に閉じこめられた与兵衛は、蔵の外で心配するお亀の思案で、在所へ落ちのびることとする。芝居のふれ太鼓の大きな音にまぎらせて、与兵衛は蔵の壁下地の大竹を切り破る。

*銃撃の音を、シンバルの鳴る音でかき消す→〔暗殺〕2bの『知りすぎていた男』(ヒッチコック)。 

*琴の音が声をかき消す、逆に、声が琴の音をかき消す→〔琴〕4

*叫び声の理由の隠蔽→〔首〕9aの『七賢人物語』「妃の語る第三の物語」。

★3.強い金色光が、金の簪を隠蔽する。

『今昔物語集』巻4−7  波斯匿王の妹が幼少の頃、仏が彼女の家を訪問した。ところが、仏が帰った直後に金の簪(かんざし)がなくなり、七日を経てようやく、寝台の上で見つかった。それは、仏身の放つ金色光が七日間室内に残留していたため、その光に消されて簪が見えなかったのだった。

★4.死に関わる臭気を、より強い臭気で隠蔽する。

『隠居した絵具屋』(ドイル)  引退した老絵具師アンバリイが、二十歳年下の若い妻とその不倫相手を金庫室に閉じこめ、ガスを充満させて殺す。近所の人がガスの臭気に気づかぬように、アンバリイは強いにおいのするペンキで、家の塗り替えをする。

『史記』「秦始皇本紀」第6  始皇帝は地方を巡遊中に崩御した。丞相李斯は、天下に変乱が起こることを恐れて、都咸陽に帰着するまで始皇帝の死を秘した。遺骸を乗せた車から臭気が漂ったので、臣下の車に塩づけの魚を一石ずつ積み、その臭気で屍臭を隠蔽した。

★5a.一つの殺人死体のまわりに大勢の戦死者を配置して、殺人を隠蔽する。

『折れた剣』(チェスタトン)  イギリスの将軍セント・クレアは、敵対するブラジル軍に情報を売って金を得、それを知った部下の少佐を殺す。ただちに将軍は、ブラジルの大軍への突撃命令を出し、大勢のイギリス兵の死体の山を築いて、自らの犯した殺人を隠蔽する〔*→〔手紙〕2の『サムエル記』下・第11章が発想源か? *特異なもののまわりを同類のもので囲んで隠蔽する、という点で→〔逆さまの世界〕3の『チャイナ・オレンジの秘密』(クイーン)と共通する発想〕。

*複数の人物を殺すことによって、本来の殺人目的を隠蔽する→〔ABC〕3の『ABC殺人事件』(クリスティ)。

★5b.言いにくい報告事項の前後に別のことがらを述べて、目立たなくする。

『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第29巻110ページ  学期末にカツオが波平の部屋に来て、「野菜上がった、風呂代上がった、株は下がった」と言い始める。波平は「何を言っとるんだ?」とけげんな顔をする。カツオはかまわず「米代上がった、ボーナス下がった、成績下がった、運賃上がった」と言い終えて部屋を出、「言いにくい報告もどうやらすんだ」と、ホッとする。

★6.殺人を駆け落ちに見せかける。

『大いなる眠り』(チャンドラー)  富豪の娘カーメンが、姉ヴィヴィアンの夫ラスティを射殺する。ヴィヴィアンはラスティの死体を隠し、事後策を賭博場経営者エディに相談する。エディの妻は以前からラスティとの仲を噂されていたので、エディはそれを利用し、妻を郊外に軟禁する。男一人が行方不明になれば、殺されたかと思われるが、男女二人が姿を消せば、駆け落ちしたと見なされやすいからである。

*行方不明の隠蔽→〔行方不明〕3の『半七捕物帳』(岡本綺堂)「狐と僧」。

★7.女性スパイの存在を隠蔽するため、架空の男性スパイをでっち上げる。

『北北西に進路を取れ』(ヒッチコック)  国家機密を他国に売る男バンダム一味の組織を探るため、CIAが美女イブをスパイとして送り込む。CIAは、彼女の正体をバンダムに悟られぬよう、「キャプラン」という実在しないスパイをでっち上げ、キャプランの名前でホテルに宿泊手続をしたりして、スパイのキャプランが情報を盗んでCIAに送っているかのように見せかける。ところがバンダムたちは、偶然の間違いから、広告業者ロジャーをスパイのキャプランだと誤認し、彼を殺そうとつけねらう→〔人違い〕2

 

*壁の穴をポスターで隠す→〔トンネル〕2dの『ショーシャンクの空に』(ダラボン)。 

*死因の隠蔽→〔死因〕

 

 

 

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