『有明けの別れ』巻1 左大将が継娘を犯して、身ごもらせる。男装の右大将が彼女に同情し、名目上の妻(対の上)とする。生まれた男児は右大将の子として育つ。後、対の上は左大将の息子とも関係を持って女児を産む。この女児も右大将の子として育つ。
『苔の衣』 三条帝の息子東宮に苔衣の大将の姫君が嫁し、女御となる。しかし、やがて誕生した若宮の真の父は、東宮の弟兵部卿宮だった。
『古事談』巻2−55 待賢門院璋子は鳥羽帝の女御として入内したが、白河院が彼女と密通し、祟徳院が生まれた。鳥羽帝はこのことを知っていて、祟徳院を「叔父子」と呼んだ。
『三四郎』(夏目漱石) 独身でいる理由を問われた広田先生が、譬え話をする。「父が早く死んで母一人を頼りに育った子がいる。やがて母が病気になって死ぬ時、お前の本当の父親は別にいる、と子に告げる。そんな経験をした子は結婚に信仰を置かないだろう」。三四郎が「先生の場合はそれとは違うでしょう」と言うと、先生はハハハハと笑った。
『夜の寝覚』(中間欠巻部分) 寝覚の上は、大納言の子を身籠もったまま左大将と結婚する。左大将はそれを知りながらも何も言わず、寝覚の上をいたわり愛する。生まれた男児まさこ君を、左大将はわが子として育てる。
*→〔出生〕に関連記事。
★2a.秘密の子(母が異なる)。夫が愛人に産ませた子を、妻が自分の子として育てる。
『婦系図』(泉鏡花)後篇「思ひやり」〜「お取膳」 早瀬主税は、恩師・酒井俊蔵から叱責されて、愛人の芸者お蔦と別れる。酒井の一人娘・妙子が、病臥するお蔦とその世話をする芸者・小芳を見舞う。妙子がお蔦を励まして帰った後、小芳は「あの娘を育てたのは酒井先生の奥様だが、産んだのは私だ」と言って、お蔦とともに泣く。
『陽のあたる坂道』(石坂洋次郎) 会社社長田代玉吉は妻みどりとの間に、雄吉・くみ子の二子をもうけたが、その一方で芸者トミ子とも関係を持ち、信次が生まれる。みどりは信次を自分の子として引き取り、育てる。成長後、出生の秘密を悟った信次は、わざと粗野なふるまいをするなどして周囲を驚かせる。くみ子の家庭教師として雇われた女子大生たか子が、信次の言動にとまどいつつ、やがて彼への愛を自覚する。
*→〔出生〕2eの『彼岸過迄』(夏目漱石)。
『木幡の時雨』 故奈良兵部卿右衛門督の娘中の君・三の君と、東宮・中納言とが、複雑な関係を持つ。中納言を父・中の君を母として双子の女児が育つが、その真の母は三の君だった。また、東宮を父・三の君を母として双子の男児が育つが、その真の母は中の君だった。後、女院となった三の君は、帝位についた息子に、汝の真の母は中の君だと教える。
*→〔出生〕に関連記事。
『古事談』巻2−27 在原業平が勅使となって伊勢に下った時、斎宮と密通して男児が生まれた。秘密にせねばならないことなので、摂津守・高階茂範の子として、「師尚」と名づけた。
『狭衣物語』巻2 狭衣は、女二の宮(=嵯峨帝の娘)をかいま見て関係を結び、彼女は懐妊する。女二の宮の母(=嵯峨帝の后)は、娘の妊娠を知って驚き、これを隠さねばならないと考える。やがて娘が産んだ男児を、母は「自分が産んだ」と公表する(*→〔出産〕13b)。狭衣と女二宮の間に生まれた男児が、嵯峨帝と后(=女二の宮の母)の間の子、とされたのである。
*→〔出生〕に関連記事。
『ジャータカ』第284話 木にとまった二羽の雄鶏が喧嘩をし、お前にどのような力があるのだ、とののしりあう。下の鶏が「自分の肉を食べた者には大金が授かる」と言うと、上の鶏が「自分の肉の各部位を食べた者は、王・将軍・理財官などになる」と言う。木の下に寝ていた男がこれを聞き、上の鶏を殺して食べようとする。
『ジャータカ』第285話 世尊ゴータマの修行僧団の評判を落とそうとたくらむ外道らが、暴漢たちに依頼して女性修行者スンダリーを殺させ、その罪を世尊の弟子たちになすりつける。暴漢たちは外道にもらった礼金で酒を飲み、喧嘩を始める。一人が「お前がスンダリーを殺し死体を捨てた」と言い、彼らの犯行が露見する。
『ダンマパダアッタカター(法句経注)』 モッガラーナ長老(目連尊者)を殺害した盗賊たちが酔って酒場で口げんかをはじめ、長老を最初に打ったのが誰であるかについて争いあう。このため彼らの犯行が知れ、捕らえられる。
『伴大納言絵詞』 伴大納言家の出納の子と、右兵衛府の舎人の子とが喧嘩をする。両方の親も出て来て争いとなり、舎人が出納に「お前の主の大納言など、わしが口をあけてしゃべれば人並みにしてはおれまい」と言う。そこから伴大納言の応天門放火が明るみに出る〔*『宇治拾遺物語』巻10−1に同話〕。
*→〔夫〕2の『ニーベルンゲンの歌』第14歌章。
『うつほ物語』「国譲」下 祐澄宰相中将・近澄蔵人少将たちが、女二の宮を盗み出そうと画策する。女二の宮の乳母越後が計画に加担するが、彼女がささいなことから下衆男を叱りつけたため、腹を立てた男が人々の前で女二の宮奪取の企てをしゃべる。
『三国志演義』第23回 国舅董承と医師吉平が、横暴のふるまい募る曹操を毒殺しようと計画を練る。吉平が帰った後、董承は、妾が下僕と物陰で語らいあっているのを見、怒って二人を棒で打ち、下僕を空き部屋に閉じこめる。下僕は逃げ出し、曹操に暗殺計画を知らせる。
『諸艶大鑑』(井原西鶴)巻5−1「恋路の内証疵」 難波木村屋の太夫越前は、十一歳になる禿(かぶろ)の少女を手引きとして、間夫に逢う。親方が禿を拷問しても禿は太夫から「頼む」といわれた一言を忘れず、最後まで口を割らない。後に越前がささいなことで、人前で禿を焼けた煙管で打ったため、禿はそれを恨み親方に密事を話す。
『飛烟伝』(唐代伝奇) 武公業の愛妾飛烟は、隣家の趙氏の息子象と見そめあい、裏庭で逢引を重ねる。一年ほど後、飛烟は女中の小さな過ちをとがめ、何度も仕置きをする。女中はそれを根に持ち、飛烟と象との情事を公業に告げ口する。
『武道伝来記』(井原西鶴)巻4−2「誰か捨子の仕合せ」 朋輩を後ろから斬り、その手柄を横取りした矢切団平が、後に若党の九市郎を仕事ぶりが悪いといって叱り、長屋に押しこめて打ち首を宣告する。九市郎は怨んで、主人の悪事を恋人の腰元に語る。
『仮名手本忠臣蔵』10段目「天河屋」 お園は夫天河屋義平から離縁され、さらに賊に髪を切られて尼姿にされる。髪がもとどおりに伸び、義平とふたたび夫婦になれるまでには、百日待たねばならない→〔髪〕2a。
『三国遺事』巻1「紀異」第1・古朝鮮〔王儉朝鮮〕 熊と虎が「人間になりたい」と、天帝の子桓雄(ファンウン)に祈った。桓雄が艾(よもぎ)一握りと蒜(にんにく)二十個を与え、「これを食べて、百日間、日光を見ないでいれば人間になれる」と教える。熊は言われたとおり物忌みして、二十一日目に人間の女になった。虎は物忌みができず、人間になれなかった。
『長谷雄草子』(御伽草子) 中納言長谷雄は鬼と双六をして勝ち、美女を得る。鬼は長谷雄に「百日過ぎてから、うちとけ給え」と告げるが、長谷雄は待ちきれず、八十日あまりたった時、女を抱く。たちまち女は水となって、流れ失せた〔*百日待てば→〔絵〕2aの『太平広記』のごとく、女は生身の人間となるはずだった〕。
*→〔入れ子構造〕1cの『女体消滅』(澁澤龍彦『唐草物語』)は、『長谷雄草子』にもとづく作品。
『夢十夜』(夏目漱石)第1夜 女が「もう死にます。また逢いに来ますから、私の墓の傍に坐って百年待っていて下さい」と言う。「自分」は苔の上に坐り、日が昇り沈むのを「一つ、二つ」と数えて、待ち続ける。長い年月がたって、「だまされたのではなかろうか」と思い始めた時、墓石の下から青い茎が伸び、白百合の花が咲く。「自分」は花弁に接吻し、百年たったことに気づく。
*女が百合の花に変身する→〔花〕2bの『百合』(川端康成)。
『眠れる森の美女』(ペロー) 王女が紡錘で手を刺して百年間眠る。百年たって王子が訪れ、ちょうど魔法のとける時が来ていたので、王女は目覚め、王子を見つめて「あなたでしたの。ずいぶんお待ちしましたわ」と言う〔*『いばら姫』(グリム)KHM50には、この言葉はない〕。
『コーラン』「牝牛」261 アッラーが一人の男を百年間死なせた後に、また生き返らせて、「どのくらい時間がたったか?」と訊(たず)ねる。男は「ほんの一日か、半日ほど」と答える。アッラーは「いや、百年もたっているのだぞ」と教える。「お前の食べ物も飲み物も全然腐ってはいない。だが、お前の驢馬を見よ。すっかり白骨になっておる」。そして全能のアッラーは、驢馬を起こして白骨に肉をかぶせた。
★3.お百度参り。祈願成就のために、社寺の境内の一定距離を百回往復する。
『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』(山東京伝) 仇気屋の艶二郎は色男の評判を立てたいために、自分から父親に願って勘当してもらう。そして芸者七〜八人を雇い、「艶二郎さんの勘当が許されますように」と、浅草の観音にお百度参りをさせる。芸者たちは、「十度参りくらいでいいのさ」などと話し合う。
『夢十夜』(夏目漱石)第9夜 明治維新の前後のこと。侍である父が、ある夜、出かけたまま帰らない。若い母が三歳の子供を背負い、父の無事を祈って弓矢の神の八幡宮へ毎夜通い、お百度を踏む。しかし、その時すでに、父は浪士によって殺されていた。こんな悲しい話を、夢の中で母から聞いた。
『古本説話集』下−66 比叡山の貧僧が鞍馬寺に百日参り、「清水へ行け」との夢告を得る。清水寺に百日参ると「賀茂に行け」との夢告がある。僧は賀茂神社へ百日参り、ようやく「御幣紙・打撒の米を取らせよう」との夢告を得る〔*『宇治拾遺物語』巻6−6に類話〕→〔箱〕3c。
『諸艶大鑑』(井原西鶴)巻7−4「反故尋て思ひの中宿」 遊女井筒は自分を捨てて身を隠した男を恨み、谷中の七面(ななおもて)明神に百日参りをして、百本の針で毎日指の血をしぼり、道の芝草を赤く染めて祈る。井筒と男はいったん縒りを戻すが、男はまた逃げ出し、やがて井筒の生霊に取り殺される。
枡伏せ長者の伝説 貧しい男が「金持ちになりたい」と願い、七キロ離れた湯山横谷の毘沙門天に百日参りをする。帰りには境内の小竹を一本ずつ持ち帰り、庭に植えて満願の日を待つ。九十九日目の夜、毘沙門天が「願いを叶えよう。ただし小竹はすべて返せ」と夢告するので、男は小竹を返して詫びる。その後まもなく男は大金持ちになる(愛媛県松山市)→〔長者〕2a。
*百日詣でをして子を授かる→〔申し子〕1の『太平記』巻3「主上御夢の事」。
『封神演義』第10回 易の卦によれば、西伯姫昌(周の文王)には百人の子があるはずのところ、百人目がなかなか生まれない。西伯が殷都朝歌へ赴く途次、将星出現を告げる雷雨があり、古墓の傍らで泣く赤子が見つかる。「これこそ将星である」と西伯は考え、赤子を第百子として認知する。
*→〔出産〕6の『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」。
*→〔一夫多妻〕2の『王様と私』(ラング)のシャム王には、百人以上の子供があった。
『十六歳の日記』(川端康成)五月五日 十六歳の「私」は、七十五歳の祖父を看病しつつ、原稿紙を百枚用意して日記を書く。日記が百枚になるまでに祖父が死にはしないかと不安を覚え、また、日記が百枚になれば祖父は助かる、という気持ちもする〔*三十枚ほど書いたところで祖父の病状は悪化し、五月二十四日に祖父は死ぬ〕。
『巨人の星』(梶原一騎/川崎のぼる)「あやうし! 大リーグボール」 中日ドラゴンズの打撃コーチとなった星一徹が、亡妻の遺影に語りかける(家の外に飛雄馬がたたずんでおり、一徹はそれに気づいている)。「かあさんよ。飛雄馬の背番号16に、わしの背番号84を足せば100。すなわち完全じゃ。その足し算とは、父と子、男と男の、血で血を洗う死闘じゃよ。16が100になりたくば、84を呑みこむ足し算。恐ろしい戦い抜きでは果たせぬと知れ」。
*百日の日照りに百人の舞い→〔雨乞い〕2の『義経記』巻6 「静若宮八幡宮へ参詣の事」。
*百の谷があると、龍や大蛇が住む→〔九十九〕4の九十九谷の伝説。
*百本の刀を一晩で作る→〔鶏〕2の妖怪と刀鍛冶の伝説。
*百の目を持つ怪物アルゴス→〔眠り〕5aの『変身物語』(オヴィディウス)巻1。
*百人の女の唇紋を収集して、「百唇譜」を作る→〔唇〕2a・2b。
*百夜通い→〔九十九〕1a・1b・1c。
*百鬼夜行→〔鬼〕7。
★1.何人かが集まって怪談を語り合う。最後の百話目に到れば、幽霊や妖怪が出現するなどの怪異が起こるという。
『稲生物怪録(いのうもののけろく)』 寛延二年(1749)五月二十六日の夜。備後国に住む十六歳の稲生平太郎は、隣家の相撲取り権八と一緒に比熊山の頂上・千畳敷へ登り、二人で百物語をした〔*五月雨の夜に平太郎の家で百物語をした、とする伝本もある〕。その後しばらくは何事もなかったが、七月一日の夜より、さまざまな妖怪が平太郎の家を襲い、晦日まで続いた。最後の夜には「山本(「さんもと」あるいは「やまんもと」)五郎左衛門」と名乗る魔王が現れ、平太郎の胆力をほめて去って行った。
『諸艶大鑑』(井原西鶴)巻2−5「百物語に恨が出る」 夜、女郎たちが百物語をして、人喰い婆や産女など百以上の怪談を語り合うが、何事も起こらなかった。しかし話題が、騙して捨てた男たちのことになった時、彼らの霊が現れて、女郎たちに恨み言を述べた。一人の女郎が「皆さん、揚屋の勘定の残りはどうしてくれます」と言うと、霊は消え失せた。
『百物語』(岡本綺堂) 上州の某大名の城内でのこと。雨の夜、若侍たちが百物語に興じていた時、奥勤めの島川という美女が、白装束で首を吊った。ところが当の島川は病臥中ではあったが生きており、そのうち白装束の死体は消えてしまったので、「妖怪のしわざだろう」ということになった。それから二ヵ月後、島川は自室で縊死した。あるいは彼女は、百物語の頃にはすでに縊死の覚悟をしていて、そのため生霊が現れたのかもしれなかった。
『百物語』(森鴎外) 豪商の飾磨屋が百物語の会を催し、二十人以上の客が集まる。「僕」も誘われて出かけ、三十歳ほどの飾磨屋を見て、彼も「僕」同様に傍観者であることを知る。雇われた噺家の怪談が始まる前に「僕」は帰ったが、飾磨屋も怪談の途中で芸者を連れて二階へ上がり、寝てしまった〔*飾磨屋も「僕」も怪談を最後まで聞かず、結果的に怪異を避けたことになる〕。
『武道伝来記』(井原西鶴)巻5−4「火燵もありく四足の庭」 大雪の積もった冬の夜、武士たちが百物語をする。話が進むにつれ、次第に皆緊張し顔色も変わる。最後の百話目になった時、縁側で不気味な音がするので恐る恐る見ると、炬燵の櫓が庭を走って行った→〔見間違い〕2。
*→『百物語』(杉浦日向子)。
★2a.百物語がだんだん進み、最後の百話目に近づくと、化け物の方でも「そろそろ出ようか」と準備をする。
『さとすずめ』「百物語」 夜、五〜六人が一室に寄り合って、百物語をする。九十九話まで終わり、あと一話になる。百話目の番の男に、皆が「もう夜が明ける。早く語れ」と、せかす。男は困って、表へ小便に行く。外では、化け物が待ちくたびれて大あくびをしていた。
★2b.百物語が終わりに近づくと、皆こわがって帰ってしまう。
『諸国百物語』第100話 米屋の十六歳の総領息子が、親の留守の夜に、近所の子供七〜八人を集めて百物語をする。話が四十〜五十ほどにもなると、子供たちは一人ずつ帰り、話が八十〜九十になる頃には、こわがって皆帰ってしまった。総領息子は一人で百まで語り終え、庭で女の幽霊に出会う。幽霊は「柿の木の下に百両埋めてある。それで千部経供養をしてほしい」と請う。供養をしてやった後、米屋はしだいに富貴になった。
テープレコーダーの怪(松谷みよ子『現代民話考』) 皆で百物語をして、テープに録音した。百話がすんでも何も起こらなかったので、テープを戻して、早送りしながら再生した。ところが、百物語なのに百一話入っている。これは変だと言って、あらためて一話ずつ再生していった。すると、「みんな、面白いこと話すなあ。では、おれが死んだ時の話をしよう」という声が入っていた(東京都)。
『エプタメロン』(ナヴァール) 温泉地での保養の帰途、洪水で足止めされるなどした貴族や貴婦人、男女五人ずつが、十日間毎日午後に牧場の木陰に集まって、一人一日一話、本当にあった話だけを語り合う。十日たてば百の物語ができるはずだった〔*ただし、第8日第3話の前置きまでで中断されており、未完である〕。
『サン・ヌーヴェル・ヌーヴェル』 十五世紀ブルゴーニュのフィリップ善良公殿下と廷臣三十数人が、艶笑譚など百編の物語を語り合った。それらは筆録され、書物の形になって、殿下に献上された。
『神曲』(ダンテ) ダンテは、古代ローマの詩人ヴェルギリウスに導かれて地獄・煉獄を訪れ、永遠の恋人ベアトリーチェに導かれて天国に昇る。『神曲』は、「地獄篇」全三十四歌・「煉獄篇」全三十三歌・「天国篇」全三十三歌、合わせて百の物語から成っている。
『デカメロン』(ボッカチオ) フィレンツェにペストが流行し、人々は町を捨てて避難する。郊外の別荘にこもった七人の若い貴婦人と三人の青年紳士が、一人一日一話、十日間に渡って合計百話の物語を語り合う。
★1.生者・死者の霊魂が他者にとりつき、様々な行動をさせる。
『屍鬼二十五話』(ソーマデーヴァ)第23話 老苦行者がヨーガの力を用いて、十六歳で病死したバラモンの身体にのりうつる。青年となった苦行者は、自分のもとの身体を深淵に投げこんで立ち去る。
『椿説弓張月』続篇巻之4第40回 寧王女は悪臣利勇の家来たちに殺されそうになるが、為朝の妻白縫姫の亡魂が身体に入り、剣をふるって悪人たちを薙ぎ払う〔*同・拾遺巻之1第46回で、彼女は為朝と再会する〕。
*霊魂が、他者の身体から魂を追い出してしまい、完全に乗っ取る→〔乗っ取り〕2a・2b。
★2.生者・死者の霊魂が、重要な情報を告げるために、人に憑依する。
『死霊』(小泉八雲『骨董』) 越前国の代官野本弥治右衛門が死去した時、下役たちが、遺族から金品をだましとろうとして、弥治右衛門が生前横領をしたかのような報告書を作った。すると野本家の女中に弥治右衛門の死霊が憑依し、下役たちの悪事を告発した。女中の声も態度も筆跡も、弥治右衛門そのままであった。
『日本霊異記』下−36 病気の藤原家依に、亡父永手の霊が乗り移った。霊は、「西大寺の塔を縮小するなどの罪で、閻羅王宮で火の柱を抱かされたり釘を手に打たれたりの苦を受けたが、僧の咒願の煙が冥府に到ったため、許された」と語った。
『日本霊異記』下−39 善珠禅師の臨終時、彼の霊魂が卜者に乗り移り、「私は必ず、桓武天皇の夫人丹治比嬢女(たぢひのをみな)の胎に王子として生まれるだろう」と言った。その言葉どおり、翌年、王子(=大徳親王)が誕生した(*→〔ほくろ〕1b)。しかし大徳親王は三年程在世して死去した。その折、大徳親王の霊魂が卜者に乗り移り、「私は善珠である。しばらくの間、国王の子として生まれたのだ」と言った。
★3.AがBを殺す。殺されたBの霊魂が、Aにとりついて復讐する。
『閲微草堂筆記』「ラン陽消夏録」22「餅売りの魂」 盗みの嫌疑で常明(じょうめい)という男を訊問中、突然彼は少年の声になって、「この男は盗みはしません。しかし殺人者です。私は二格(にかく)という十四歳の餅売りで、この男に殺されました」と言い出す。取調官が「常明」と呼べば、夢から覚めたように常明の声で話し、「二格」と呼べば、昏睡状態になって二格の声で話す。常明と二格が何度も入れ替わって証言した後、常明は殺人を自供した。
『三国志演義』第77回 呉の孫権に仕える名将・呂蒙が計略を用いて関羽を捕らえ、関羽は斬られる。孫権は勝利の祝宴を開き、呂蒙を讃えて酒をつぐ。突然呂蒙は杯を捨て、孫権の胸ぐらをつかんで罵倒し、「わしは関羽だ」と名乗る。孫権はひれ伏し、呂蒙は七穴から血を流して倒れ死ぬ。
★4.夫を残して死んだ妻が、夫の新しい妻となるべき女に憑依する。
『剪燈新話』巻1「金鳳釵記」 興娘は、遠方の許婚興哥が帰還するのを待ちかね、病死する。彼女の霊は妹の慶娘に取りつき、「我が身代わりに、妹慶娘を興哥に嫁さしめよ」と訴える。興哥は慶娘と結婚する〔*『伽婢子』巻2−2「真紅撃帯」は、この物語の翻案〕。
『南総里見八犬伝』第7輯巻之4第68回 甲斐国を旅する犬塚信乃は、村長四六城木工作(よろぎむくさく)宅に滞在する。ある夜、信乃の婚約者だった亡き浜路の霊が、木工作の養女浜路に乗り移り、信乃の寝所を訪れて「この娘を我と思って縁を結べ」と告げる〔*養女浜路は里見義成の娘で、後に信乃の妻となる〕。
『エクソシスト』(ブラッティ) 二十世紀のアメリカ。ワシントンに住む十二歳の少女リーガンに、悪霊がとりつく。部屋のベッドが揺れ、リーガンの顔は醜く変わり、太い声で卑猥な言葉を喚く。「リーガンが死ぬまで出て行かない」と、悪霊は宣言する。悪魔払いをするメリン老神父は、悪霊との闘いに力尽きて死んだ。カラス神父が、悪霊を挑発して自分の身体に移し入れ、二階の窓から街路に身を投げる。彼の犠牲死によって、悪霊はリーガンから離れた。
『尼僧ヨアンナ』(イヴァシュキェヴィッチ) 十七世紀のポーランド。尼僧ヨアンナに九匹の悪魔が憑依する。スーリン神父が五匹を追い出すが、あと四匹がヨアンナの身体に残る。スーリン神父はヨアンナを救うため、自らの身体に四匹の悪魔を呼び入れる。悪魔が再びヨアンナの身体に戻らないように、スーリン神父は自分自身を永遠に悪魔に捧げることを誓う。悪魔の命ずるまま、スーリン神父は斧を取って、旅の供をする二人の少年を殺す。
*人に憑依した悪霊が、追われて豚の中に入る→〔豚〕4の『マタイによる福音書』第8章。
★6a.「だり仏」・「ひだる神」が人にとりついて、食物を要求する。
倦怠仏(だりぼとけ)の伝説 設楽町から東栄町へ越える峠の道ばたに、昔餓死した岩茸取りを祀ったという祠がある。これを「だり仏」とか「だり神」「ひだる神」などと呼ぶ。人がこの峠にさしかかると、にわかに空腹を感じて動けなくなる。それは「だり仏」にとりつかれたためだから、祠に何か食物を供えれば、また歩けるようになる(愛知県北設楽郡設楽町)。
ひだる神(水木しげる『図説日本妖怪大全』) 山中で急に腹がへり、歩けなくなるのは、ひだる神に憑かれたのである。そういう時には、弁当の残りを一口食べればよい。弁当がない場合は、掌に「米」という字を書いて、それを三回なめると元気になる。
『古今著聞集』巻17「変化」第27・通巻596話 背丈一尺七〜八寸ほどで一本足の餓鬼が、五の宮の御室(=覚性法親王)の前に現れる。餓鬼は「私は水に飢えているが、自分では飲めないので、人にとりつく。とりつかれた人が水を飲むことによって、私は渇きを癒やすことができる」と、自分の境涯を説明する〔*御室は餓鬼を憐れみ、「自分で飲めるようにしてやろう」と言って、盥(たらい)に水を入れて与えると、餓鬼は全部がぶがぶと飲んでしまった〕→〔指〕1b。
★6c.身体を持たない存在が、他人の味覚などを奪ってしまうのも、ひだる神や餓鬼が、食物や水を要求するのと同様のことがらであろう。
『ぬすまれた味』(小松左京) 老齢のため身体を失い、脳だけで生きている老富豪がいた。老人は、若く健康な肉体を利用しようと、貧乏青年の「ぼく」に特殊な発信装置を埋め込む。毎日、とびきりの美食と美女が、「ぼく」に与えられる。しかし極上の味覚と性感は、すべて「ぼく」の身体を通り抜けて老人の脳が味わい、「ぼく」は何も感じないのだ。腹を立てた「ぼく」は、ステーキに山盛りの砂糖をかけて食べる・コーヒーに塩や酢を入れて飲む・美女に頼んで全身をくすぐってもらう、などのことをして老人を苦しめる。
『日本霊異記』下−2 永興禅師が病人を加持すると、病人は「私は狐だ。この病人は前世で私を殺した。だから私はその怨みを報いるのだ。しかしこの病人は死ぬとすぐ犬に転生して、私を殺すだろう」と言った。永興禅師が祈祷を続けても狐は憑依したまま離れず、病人を殺した。
*狐つきと思ったら、そうではなかった→〔動物音声〕4の『こん』(星新一『悪魔のいる天国』)。
『仙境異聞』(平田篤胤)上−3 天狗界で修行した寅吉少年が語る。「狐は自らの体を巣穴に置き、魂だけを飛ばして人体に入れる。魂が抜けたままだと狐の体は腐ってしまうので、一昼夜に三度ずつ、魂は人体から出て巣穴へ帰る。その間は、狐にとりつかれた人は、いくらか正気に戻るのだ」。
★7c.狐は、生きた人間ばかりではなく、死者にもとりつくことがある。
『遠野物語』(柳田国男)101 深夜、旅人が知人の家に立ち寄り、夕方死んだ老女の死体の番を頼まれる。しばらくすると、老女の死体が床(とこ)の上にむくむくと起き上がるので、旅人は肝をつぶす。流し元の水口の穴から、狐が死人を見つめており、旅人は「こいつのしわざか」と合点して、棒で狐を打ち殺した。
おとらギツネの伝説 昔、長篠城址に、神通力を持つ「おとらギツネ」がいて、よく人にのりうつって、長篠の合戦のありさまを詳しく語った。のりうつられた人は、左目から目ヤニを出し、左足をひきずるので、すぐわかる。天正三年(1575)の合戦の折、「おとら」は流れ弾に当たって、左目と左足を失ったのだ(愛知県南設楽郡鳳来町)〔*「おとら」がとりつくと、遠州秋葉山の犬神を頼んでお迎えする。「おとら」は犬神が苦手で、立ち退くという〕。
『狐憑』(中島敦) ホメロス以前の大昔。ネウリ部落のシャクという男に、鷹や狼や獺などの動物霊、さらには人間の死霊がとりついて、さまざまな物語を語った。人々は喜んで物語を聞き、シャクは聴衆の期待に応えて、男女の恋物語なども語った。それらは憑依でなく、シャクの空想による作り話かも知れなかった。しかしまもなくシャクは物語る能力を失い、人々は「シャクの憑きものが落ちた」と言った。シャクは殺され、皆に肉を食われた。
*小説の主人公が作者に憑依する→〔作中人物〕3aの『博覧会』(三島由紀夫)。
★8b.死んだ恋人の声なのか、生者が意図的にあるいは無意識に死者の声色をつかったのか、区別がつかない。
『黒いオルフェ』(カミュ) 二十世紀のリオ・デ・ジャネイロ。オルフェは、死んだ恋人ユリディスを求めて降霊会へ行く。背後にユリディスの声が聞こえ、「あなたの近くにいる。でも振り向いてはだめ。見たら終わりよ」と言う。オルフェは「お前を見たい。抱きしめたい」と叫んで振り返る。そこには、ユリディスとは似ても似つかぬ老婆がいた。老婆はユリディスの声で「永遠のお別れよ」と言う。オルフェは「俺をだましたな」と怒って走り去る。
★8c.次の例は、蛇が人間に憑依し、人間の声帯を借りて、怒りの声を発したのであろう。
『永日小品』(夏目漱石)「蛇」 叔父さんと二人、雨で渦巻く河へ魚を獲(と)りに行った。叔父さんは手に持った網で、鰻のようなものをすくったが、蛇だったので土手へ投げる。蛇は鎌首を上げてこちらを見た。「覚えていろ」との声と同時に、蛇は草の中へ消えた。声はたしかに叔父さんの声だった。「叔父さん、今『覚えていろ』と言ったのは貴方ですか?」と問うと、叔父さんは「誰だかよくわからない」と答えた。
『河童』(芥川龍之介) 河童の国から東京へ帰って来た「僕」は(*→〔異郷訪問〕3)、人間世界に違和感を覚え、一年ほどしてまた河童の国へ戻りたくなる。「僕」は中央線の汽車に乗ろうとしたところを巡査につかまって、精神病院に収容され、早発性痴呆症と診断される。「僕」の病室には、河童たちがしばしば見舞いに来る。河童の医者チャックによれば、「僕」は早発性痴呆症などではない。一般の人間たちこそ早発性痴呆症患者なのだ。
『マタンゴ』(本多猪四郎) 男五人・女二人が太平洋上の無人島に漂着し、男一人だけが島を脱出して、東京へ戻ることができた。彼は、きのこ人間・マタンゴに襲われた恐怖(*→〔きのこ〕5)を語ったため、精神病院の鉄格子がはまった一室に隔離される。男は「仲間たちと同じように自分も、きのこを食べてマタンゴになってしまい、島に残れば良かった」と悔いる。そう言う彼の顔には、すでにきのこ化の兆候があらわれていた。
★2.社会の通念と異なる考えを持つ男が、精神病院に収容される。
『巨匠とマルガリータ』(ブルガーコフ) 一九二〇〜三〇年代のモスクワ。巨匠は、ピラトとヨシュア(=イエス)を描く歴史小説を執筆したため、神も悪魔も信じない批評家たちから激しい批難を受ける。巨匠は恐怖心から精神に異常をきたし、原稿を焼き捨てて精神病院に入院する。巨匠の愛人マルガリータが悪魔たちの助けを得て、巨匠を精神病院から救い出し、焼かれた原稿は魔力で復元される。巨匠とマルガリータはモスクワの町に別れを告げ、永遠の隠れ家(=死後の世界)に向かう。
『ライ麦畑でつかまえて』(サリンジャー) 「僕(ホールデン)」の父は高収入の弁護士で、兄は有名な作家である。しかし「僕」は成績不良で高校を退学になる。これで三校目だ。学寮をとび出た「僕」は、ニューヨークの街をさまよい、ポン引きの男に殴られ、ガールフレンドと喧嘩別れする。「僕」は家出の決意を妹のフィービーに告げるが、結局取りやめる。今十七歳の「僕」は病院にいて、精神分析医の治療を受けている。退院後どうするかなんて、わからない。
『怪人マブゼ博士』(ラング) 狂人となったマブゼ博士は、精神病院に収容される。八年ほどを経て、マブゼの頭脳はふたたび活動し始める。彼は、犯罪と恐怖による人類の支配を目指し、その理念と具体的な犯罪計画の長大なメモを書き記す。病院収容後、十年でマブゼは死ぬ。バウム博士が犯罪計画メモを読み、それに従って、マブゼの手下たちに破壊活動を行なわせる。しかしバウム博士は、しばしば現れるマブゼの幻影に悩まされて発狂し、マブゼ同様、精神病院の中の人となる〔*『ドクトル・マブゼ』の続編〕。
『羊たちの沈黙』(デミ) 若い娘たちを誘拐して皮をはぐ連続殺人事件が起きた。FBIの訓練生クラリスは、犯人の心理を分析するために、精神科医レクター博士の助言を求める。レクターは、患者九人を殺してその肉を食ったため、八年前から精神病院に収容されていた。彼は犯人像のヒントをクラリスに与えた後、警備員たちを殺して病院から逃走する。クラリスは犯人の潜む家に乗り込んで犯人を射殺し、監禁されていた娘を救い出す〔*その後レクターは、新たな犯罪を予告するような電話をクラリスにかけて来る〕。
★4.病状の変化とともに、患者を上階・下階に移動させる病院。
『七階』(ブッツァーティ) 七階建ての病院があった。最上階にいるのは、軽い病気の患者ばかり。六階、五階、四階と下るにつれて病状は重くなり、一階は瀕死の重病人が収容される。ジュゼッペは七階に入院したが、何日かたつうちに、ベッドの不足とか、治療のための一時的移動とか、事務手続きの間違いなどの理由で、だんだん下の階へ移される。ついに彼は一階の病室へ送り込まれ、窓のブラインドが下ろされる。それはその部屋の患者の死を意味するのだった。
*自分が誰だかわからなくなって、精神病院に収容される→〔アイデンティティ〕1aの『ドグラ・マグラ』(夢野久作)・『人間そっくり』(安部公房)
*過去をあばかれ強姦されて、精神病院に収容される→〔過去〕1の『欲望という名の電車』(ウィリアムズ)。
*狂人のふりをして、精神病院に入る→〔手術〕2の『カッコーの巣の上で』(フォアマン)。
*精神病院の庭に生えたケシの花→〔花〕5の『紅い花』(ガルシン)。
*→〔狂気〕5。
『風立ちぬ』(堀辰雄) 秋も近いある午後、いつものように節子は草原で絵を描いていた。不意に、どこからともなく風が起こり、画架が倒れた。「私」は節子の肩に手をかけ、「風立ちぬ、いざ生きめやも」という詩句を繰り返し口ずさんだ。「私」と節子は婚約するが、節子は胸の病が進行し、八ヶ岳山麓のサナトリウムに入る。「私」も一緒にサナトリウムへ行き、節子が死ぬまでの月日を、ともに過ごす。
『小さき者へ』(有島武郎) お前たち(=有島武郎の幼い三人の子供)が四つと三つと二つの時、お前たちの母上は結核と診断された。H海岸の病院に入院する母上は、二度とお前たちに会わない決心をしていた。病菌をお前たちに伝えるのを恐れたばかりではない。お前たちの清い心に残酷な死の姿を見せて、お前たちの霊魂に傷を残し、お前たちの一生を暗くすることを恐れたのだ。母上の死から一年がたった。小さき者よ。お前たちの父と母との祝福を胸にしめて、人の世の旅に登れ。
『酔いどれ天使』(黒澤明) 終戦直後。闇市近くの眞田医院に、若いやくざ松永が、銃で撃たれた傷の治療に訪れる。眞田医師は、松永が結核に侵されていることを見抜き、注意を与える。しかし松永は酒と女におぼれる生活を改めず、喀血して寝込む。松永は、自分の縄張りも情婦も兄貴分の岡田に奪われ、争ったあげく、岡田に刺されて死ぬ。眞田医院には女学生も通院していたが、彼女は眞田医師の言うことをよく聞き、結核を克服した。
『ラ・ボエーム』(プッチーニ) ボヘミアンである詩人ロドルフォは、お針子のミミと知り合い、二人は恋人どうしになるが、ミミは肺結核に侵されていた。ロドルフォは貧しく、医者を呼ぶことも薬を買うことも困難なので、心ならずもミミと別れ、彼女が金持ちのパトロンを持つように仕向ける。ミミはしばらくは子爵の息子に囲われるものの、死期を悟り、ロドルフォの傍で死にたいと願って、彼の住む屋根裏部屋へやって来る。ミミは、ロドルフォや彼の仲間のボヘミアンたちに見取られて、息を引き取る。
*→〔娼婦〕2の『無限抱擁』(瀧井孝作)・〔すれ違い〕2の『不如帰』(徳冨蘆花)・〔病気〕8の『のんきな患者』(梶井基次郎)・〔山〕1bの『魔の山』(マン)。
『ある愛の詩』(ヒラー) ハーバード大学法学部の学生オリバーは大富豪の名家の御曹子、ラドクリフ女子大の学生ジェニーは町の菓子屋の娘だった。二人は恋に落ち、身分・境遇の差を乗り越えて結婚する。オリバーの父は結婚に反対し、経済的援助を打ち切る。ジェニーは教師となって家計を支え、オリバーはロースクールを修了して弁護士になる。しかしその直後にジェニーは白血病であることがわかり、二十五歳で死ぬ。
*冷凍睡眠に入り、白血病治療の可能な時代を待つ→〔眠り〕8の『未来からの手記』(アモソフ)。
*被爆による白血病→〔原水爆〕1の『はだしのゲン』(中沢啓治)、〔原水爆〕4の『モスクワわが愛』(吉田憲二他)・『夢千代日記』(浦山桐郎)。
『生きる』(黒澤明) 初老の渡邊勘治は妻を早くに亡くし、息子夫婦と暮らしている。彼は市役所の市民課長で、毎日ただ機械的に事務をとっていた。ある日渡邊は、自分が胃癌で余命半年ほどであることを知る。これまで死んだような生活をしていた彼は、癌に直面して、かえって生きることに目覚める。彼は、以前に退けた住民の陳情(*→〔円環構造〕4)を思い出し、下水溜まりを埋め立てて児童公園を作ろうと奔走する。雪の夜、完成した公園で渡邊はブランコに乗り、「いのち短し、恋せよ乙女・・・・」と歌いつつ、やがて息絶えた。
『化石』(井上靖) 建設会社社長の一鬼(いっき)太治平は、自分が手術不能の癌で余命一年であることを知る(*→〔電話〕2)。彼はそれを誰にも打ち明けず、同伴者となった「死」と対話を重ねながら、働き続ける。七ヵ月を過ぎた頃、一鬼は貧血で倒れ、病院に運ばれる。精密検査の結果、癌は手術可能とわかり、一鬼は命拾いする。死を覚悟して生きた日々は、苦しくはあったが充実していた。その頃に考えた計画――老人と子供のための大きな公園造り――を、今こそ実行に移そうと一鬼は思う。
『ガン病棟』(ソルジェニーツィン) 一九五五年。ラーゲリ(=矯正労働収容所)帰りの男コストグロートフが腹部の腫瘍治療のため、タシケントの総合病院癌病棟に入院する。病室には大勢の重症患者たちがいて、互いの病状を語り合い、ソビエト社会主義の問題点について議論する。コストグロートフはX線照射とホルモン注射を受け、腫瘍は縮小する。二ヵ月の入院生活の後コストグロートフは、彼に好意を寄せる女医ガンガルトや看護婦ゾーヤと別れ、腫瘍再発の可能性をはらんだまま退院する。
『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「めぐり会い」 医局員時代のブラック・ジャックは、後輩の如月恵(めぐみ)と、互いに口には出さないが愛し合う仲だった。ところが彼女は子宮癌に侵される。ブラック・ジャックが手術を担当し、彼女は一命を取り留めるが、子宮も卵巣も切除して、女でなくなってしまう。以後、彼女は如月恵(ケイ)と名乗り、ネクタイをしめスーツを着て、船医となって働く。
*手術不能の胃癌→〔手術〕6の『白い巨塔』(山崎豊子)。
*「不治の癌」と診断されたため、自殺を決心する→〔死因〕2bの『レベッカ』(ヒッチコック)。
『5時から7時までのクレオ』(ヴァルダ) 夏至の日の午後五時。若い女性歌手クレオは癌検診の結果を、二時間後の午後七時に電話で聞くことになっている。占いで死のカードが出たり、友人の手鏡が割れたりしたので、クレオは暗い心を抱いてパリの街を歩く。アルジェリア戦線から一時帰休中の兵士アントワーヌが、クレオに話しかけてくる。クレオは病気による死の不安を語り、アントワーヌは戦争による死の不安を語る。アントワーヌは「七時まで待たずに、今から病院へ行こう」と言う。午後六時半。医師はクレオに「放射線治療をすれば必ず治る」と告げる。
『いのちの初夜』(北條民雄) 昭和初期。二十三歳の尾田高雄は癩病と診断され、初夏の午後、一人で病院まで行き入院する。その夜、彼は外へ出て縊死しようとするが死にきれず、病室へ戻る。同病者の佐柄木が、重症患者たちの姿を尾田に示して「あの人たちは、もう人間じゃない。生命だけがびくびくと生きているのです。あなたも癩者に成りきって、さらに進む道を発見して下さい」と言う。二人が話し合ううちに、入院第一日の夜は明けて行く。
『ベン・ハー』(ワイラー) ユダヤの名家の青年ベン・ハーは無実の罪におとされ、母と妹は地下牢に幽閉される。地下牢で四年余り過ごすうちに母と妹は癩病に侵され、癩者の谷へ追いやられる。ベン・ハーは二人を探し、谷から連れ出す。折しも、イエス=キリストが十字架を背負って刑場に向かうところであり、彼らはその姿を見送った。キリストは十字架上で息絶え、雷が轟き嵐が起こる。その時母と妹は、互いの身体から病いが消えたことを知る。
『癩王のテラス』(三島由紀夫) 十二世紀末のカンボジア。若き王ジャヤ・ヴァルマン七世は、宮殿のテラスの南に大寺院を建立することを命ずる。その夜、王の腕に癩の兆候である赤痣があらわれる。寺院が出来上がるにつれ、王の病気は進行する。三年後、寺院が完成した時、すでに王は盲目で、死を目前にしている。寺院の頂に若々しい王の肉体が出現し、瀕死の王に「癩を病むお前は『精神』だ。『肉体』は不死だ」と宣告する。
*→〔絵〕11の『月と六ペンス』(モーム)。
*→〔出生〕1bの『砂の器』(松本清張)。
*→〔呪い〕3の『しんとく丸』(説経)。
*癩病者の膿を吸う→〔九百九十九〕1の『元亨釈書』巻18。
*血を用いて癩病を治す→〔子殺し〕3の『摂州合邦辻』「合邦内」・〔血〕3の『アーサー王の死』(マロリー)第17巻第10〜12章。
*癩病者のふりをする→〔顔〕3の『史記』「刺客列伝」第26(予譲)。
*昔、癩病は遺伝病と考えられていた→〔恋わずらい〕3の『対髑髏』(幸田露伴)。
『愛と死』(武者小路実篤) 若い小説家の「僕(村岡)」は、先輩であり友人でもある小説家野々村の妹夏子と恋人どうしになり、婚約する。「僕」は巴里にいる叔父に招かれ、ヨーロッパ文化を自分の目で見るため、半年の予定で旅立つ。「僕」は、日本に残した夏子と毎日のように手紙をやり取りし、再会できる日を指折り数えて待つ。しかし日本へ帰る船の中で「僕」は、「夏子が流行性感冒(スペイン風邪)で急死した」との電報を受け取る〔*『愛と死』を映画化した作品『世界を賭ける恋』では、夏子は粟粒性結核で死ぬ〕。
*婚約者がインフルエンザになったので、心配する→〔凶兆〕5の『琴のそら音』(夏目漱石)。
*風邪→〔風〕5a・5b・5c。
『こころ』(夏目漱石) 「先生」は新潟県の富裕な家の一人っ子として育った。しかしまだ二十歳にならない時分に、両親とも腸チフスで死んでしまった。最初に父が罹病し、看護する母に伝染したのである。両親の死後、「先生」は叔父夫婦の世話になった。しかし叔父は、「先生」の家の財産を横領した。「先生」は人間不信に陥り、叔父と縁を切って東京へ出た。
『すみだ川』(永井荷風) 十八歳の長吉は、常磐津の女師匠の一人息子で、「役者か芸人になりたい」と思っている。しかし母はそれを許さず、進学させて月給取りにするつもりである。長吉は幼なじみのお糸とも会えなくなり、前途の希望を失う。彼は「いっそ病気にでもなって死にたい」と考え、大雨で水害にあった地区へ出かけて、泥水の中を歩き回る。その夜から長吉は風邪を引き、腸チフスになって病院へ運ばれる。
*→〔死因〕4の『途上』(谷崎潤一郎)。
『愛と誠』(梶原一騎/ながやす巧) 太賀(たいが)誠は小学二年生の冬、額に深い傷を負い(*→〔額〕4b)、そこから黴菌が入って破傷風になった。彼は八ヵ月間病臥したために、小学二年を二度やりなおす。皆に「落第坊主」と言われ、額の三日月傷をからかわれたので、誠の心は荒れ、喧嘩にあけくれて、「フーテン・タイガー」と異名をとる不良番長になった。両親は離婚し、誠を置き去りにして、二人とも蒸発してしまった。
『土』(長塚節) 貧農・勘次の妻お品は、自らの手で酸漿(ほおずき)の根を挿入し、卵膜を破って堕胎した。その時、粘膜が傷つき、そこから黴菌が入ったのであろうか、彼女は破傷風になった。勘次が川向こうから医者を呼んで来て注射を打ってもらったが、お品は痙攣の発作を繰り返し、苦しみぬいて死んでいった。
*血を用いて破傷風を治す→〔血〕3の『南総里見八犬伝』第4輯巻之4第37回。
『打撃王』(ウッド) ニューヨーク・ヤンキースのルー・ゲーリッグは、ベーブ・ルースと並ぶチームの中心打者で、十数年間に渡って活躍した。しかし二千試合連続出場を達成した頃から、彼は手足の動きに異常を覚え、打撃や守備の失敗が目立つようになった。新聞は「大スランプ」と書いたが、ゲーリッグは全身が次第に麻痺して死に到る難病に侵されていたのだった。彼は選手生活を断念し、引退試合には六万二千人の観衆が詰めかけて、別れを惜しんだ。
『大いなる幻影』(ルノワール) 第一次大戦下。捕虜となったフランス将校たちが、収容所内で病気について語り合う。貴族出身の将校が言う。「癌と通風は、労働者たちの病気ではない。しかしすぐに大衆化するだろう」。他の将校たちも口々に言う。「インテリは?」「我々は結核だな」「ブルジョアは?」「肝臓病に胃病。連中は食べ過ぎだ」「誰でも自分の病気で死ねる。戦争さえなければ」。
『のんきな患者』(梶井基次郎) 吉田は肺が悪く、母の世話を受けて自宅で療養している。彼が平常よく思い出す、ある統計の数字があった。それは、肺結核で死んだ人間百人のうち、九十人以上は極貧者であり、上流階級の人間はそのうちの一人にはまだ足りない(すなわち1パーセント以下)、という統計であった〔*『のんきな患者』脱稿の三ヵ月後、梶井基次郎は肺結核で死去した〕。
うば神様の伝説 昔あるお婆さんが、咳でたいへん苦しんだ。お婆さんは死ぬ時、「こんな苦しみは、私一人でたくさんだ。私を、うば神として祭ってほしい。咳で悩む人は真綿をひとかけら持って来て、私の首に巻いてある真綿と取り替えなさい。私の真綿を首に巻けば、咳は治るよ」と遺言した。以来、咳に苦しむ人々は、うば神様の真綿を首に巻き、咳が治れば、お礼に新しい真綿をうば神様の首に巻いた(山梨県南巨摩郡中富町宮木)。
弘法の片腕観音の伝説 旅の弘法大師が石を刻んで、一夜のうちに観音像を造ろうとする。ところが、ほぼ全身ができてあと片腕を残すだけ、というところで一番鶏が鳴き、弘法大師はその地を去った。その観音像が、ある時「私は手が一本しかない。それで、手の病気なら何でも治してやる」と言った。村人はお堂を建て、観音像を祀った(福井県三方郡三方町)。
*→〔片足〕1の道陸神(どうろくじん)様と弁天様の伝説。
*→〔歯〕8の顎なし地蔵の伝説。
『なめる』(落語) うら若い美女から「お乳の下のおできをなめてほしい。なめてくれたら夫婦になりましょう」と、もちかけられて、男が美女の乳房の腫れ物の膿をなめる。ところが美女は病気が治ると逃げてしまい、おまけに、「膿をなめた人間は毒がまわって七日以内に死ぬ」と聞かされて、男は目をまわす〔*友人が気付け薬をなめさせようとすると、男が「なめるのはこりごりだ」と言うのがオチ〕。
*→〔性交〕6a。
『延命の負債』(松本清張) 零細企業の社長・村野末吉が、心臓発作を起こし手術を受ける。彼は懇切な治療を望んで、執刀医に多額の礼金を渡す。また、大手企業の下請けになる話があって、入院中も系列会社の人と交渉する必要があるので、病室は大部屋でなく、最上等の個室に入る。それやこれやで村野は金融業者から借金をし、健康を回復して退院したものの、金が返せず、首をつって死んでしまった。
*『仮名手本忠臣蔵』7段目で、大星由良之助が語るたとえ話「人参飲んで首くくる」(=病気を治すために借金をして高価な朝鮮人参を買い求め、病気は治ったが借金が返せず首をくくった)の、忠実な小説化とも言うべき作品である。
『新しき家』(武者小路実篤) 「自分」は肩の痛みが続くので、医者に診てもらうと「肺が少し悪い」と言われる。肺病でも長生きする人はいるが、若死にの可能性も高いので、生きている間に良い仕事をせねばならぬ、と「自分」は覚悟する。しかしそれは誤診で、別の医者は「病気とは思えません」と言った〔*「自分」は幸運を感謝し、友人Sの住む安孫子に新しい家を建てて、妻とともに引っ越す〕。
『いじわるばあさん』(長谷川町子)朝日文庫版第1巻47ページ 医者が、いじわるばあさんの息子の嫁を診察して、「単なる胃炎です」と言う。いじわるばあさんは隣室で待ちうけ、雁を描いた絵を医者に見せて、「何でしょうか?」と問う。医者は「ガンですなァ」と答える。それを聞いて、息子と嫁は震え上がる。
『大誘拐』(岡本喜八) 八十歳の柳川とし子刀自(とじ)は体重が激減したため、「自分は癌で、まもなく死ぬのだ」と思う。大金持ちの彼女が死ねば、巨額の相続税を国に取られてしまう。折しも、三人組の若者がとし子刀自を誘拐し、身代金を要求したので、彼女はそれを利用して財産を隠そうと考える(*→〔誘拐〕2c)〔*体重減少はただの夏痩せで、秋になって、とし子刀自は少し肥った〕。
*「胃癌だ」と誤解した男→〔殺し屋〕1の『豚と軍艦』(今村昌平)。
『病は気から』(モリエール) アルガンは「自分は病気だ」と思い込んでおり、医者や薬剤師の言うままに多くの薬を飲み、浣腸をする。彼は「医者の卵トーマを娘アンジェリックの婿にして、将来面倒を見てもらおう」と考える。ところが娘アンジェリックには、クレアントという恋人がいた。アルガンはクレアントに、「君が医者になってくれるなら、娘をやろう」と言う。しかしアルガンの弟ベラルドが「兄さん自身が医者になったら良い」と提案し、アルガンもその気になる。
*三人から「お前は病気だ」と言われ、「自分は病気だ」と思い込む→〔三人目〕3。
『古今著聞集』巻2「釈教」第2・通巻51話 永観律師は病弱だったが、常に、「病気は善知識(=仏道への良い導き手)だ。私は苦痛があるゆえに、菩提を深く求めるのである」と言っていた。永観律師は阿弥陀仏を信仰し、七十九歳で極楽往生した。
*→〔戦争〕5cの『走れ、走りつづけよ』(大江健三郎)の、重い障害を負ったから死を受け入れやすい、というのと同様の考え方。
『月と六ペンス』(モーム) ストリックランド〔*ゴーギャンがモデル〕は極貧の中で絵を描き続けるが、やがて重い病気になる。善良な男ストルーヴは、ストリックランドを天才と認めていたので、彼を自分の家へ連れて来て世話をする。ところがストルーヴの妻ブランシュは、夫の命令でストリックランドの看護をするうちに、彼と男女の関係になってしまう。ストルーヴは妻に「すべて許すから、帰って来てくれ」と訴える〔*ブランシュは夫のもとへは戻らず、服毒自殺する〕→〔絵〕11。
『復活の日』(小松左京) 一九六九年二月。生物兵器として開発されたMM88菌を運ぶ小型機が、アルプス山中に墜落する。密閉容器が壊れ、MM菌は空中に四散した。最初それは、死亡率の高い新種のインフルエンザ、と見なされた。有効なワクチンはなく、またたく間に病気は世界中に広がって、その年の夏の終わりに人類はほぼ全滅した。しかし、大洋に隔てられた冬の南極大陸には、ウィルスは侵入しなかった。各国の観測基地の約一万人(うち女性十六名)が生き残った。彼らは、新しい世界の最初の人類とならねばならないのだ。
*病気だと思ったら、妊娠だった→〔妊娠〕5の『カズイスチカ』(森鴎外)。
*若返ったと思ったら、病気だった→〔若返り〕5の『だまされた女』(マン)。
*壊血病→〔りんご〕3の『林檎』(林房雄)。
『ガラス瓶(びん)の中の化け物』(グリムKHM99) 蛙そっくりの化け物が「瓶から出してくれ」と請い、学生が栓を抜いてやる。化け物は大入道となって襲いかかるので、学生は「お前は本当に瓶の中にいた奴か」と問うて化け物をだまし、再び瓶に入らせて閉じこめる。学生はあらためて化け物と取り引きし、瓶から出す代償に、あらゆる傷を治し・鉄鋼を銀に変える、不思議な布切れをもらう。
『瓶(びん)の小鬼』(スティーヴンソン) 地獄の炎で煉られたガラス瓶の中に小鬼がおり、どんな願いでも叶えてくれる。ただし死ぬまでに瓶を誰かに売り渡さないと、持ち主は永久に地獄の火で焼かれる。しかも買った時よりも安い値段で売らねばならない。
『ファウスト』(ゲーテ)第2部第2幕 ファウスト博士の失踪後、弟子ワグネルが教授になる。ワグネルは、「人間は動物と同じ生殖法で生まれるのでなく、もっと高尚な発生源を持つべきだ」と考え、ガラス瓶の中に人造人間ホムンクルスを生成する。ホムンクルスは瓶に入ったまま活動するが、海のニンフであるガラテアに魅せられ、瓶が割れて、ホムンクルスの生命は火となって海に流れる〔*火と水の合体=ホムンクルスとガラテアの結婚を意味する〕。
『瓶詰の地獄』(夢野久作) ある島の岸辺に、樹脂封蝋つきのビール瓶三本が発見される。それぞれ数年の間隔を経て流れ着いたもので、中にあるノートの切れ端には、十一歳の兄と七歳の妹が難船して孤島に漂着し、年月とともに成長するうちに肉の誘惑に抗しきれず、ついに関係を結ぶまでの経緯が書かれていた。
『凶』(芥川龍之介) 大正十四年の夏。「僕」は築地の待合で食事をしていた時、麦酒罎(ビイルびん)に「僕」の顔が映っているのを見た。その顔は目をつぶっており、やや仰向いていた。傍らの芸者や、菊池寛・久米正雄たちも、「見える」と言った。それは、麦酒罎の向こう側の杯洗や何かの反射らしかったが、「僕」は「凶」を感ぜずにはいられなかった。
『日本永代蔵』(井原西鶴)巻4−1「祈る印の神の折敷」 貧しい染物屋が「いっそ貧乏神を祀ろう」と考え、藁人形に頭巾・帷子(かたびら)を着せて、供え物をする。貧乏神は恩義を感じ、貧運を他家へ移し、「柳は緑、花は紅(くれない)」と唱えて染物の工夫を夢告する。染物屋は新たな紅(もみ)染めの方法を案出し、分限(ぶげん)者となった。
『沙石集』巻9−22 十二月晦日の夜。五十歳ほどの円浄房が、「長年の貧乏暮らしが辛いので、この際、貧乏を追い払おう」と決意する。彼は呪文を唱え、桃の枝で家中を打ちつつ、「貧窮殿、出ておわせ」と言って、貧乏神を追い出す。その夜の夢に、やせ細った法師(=貧乏神)が現れ、「長年おそばにいたが、お別れします」と言って泣いた。その後、円浄房は暮らしに困ることがなくなった。
『鹿の巻筆』第3「夢想の読み損ひ」 大黒屋の主人が正月元日の夜、「奥よりわつと泣いて出(いで)ける」という句を夢に見て、「不吉なことだ」と、悩んで寝こむ。歌学をたしなむ和泉屋が「これはめでたき夢」と判じ、大黒屋が見た句に上の句をつけ、「大黒に貧乏神がたたかれて奥よりわつと泣いて出ける」と書いて示す。歌のとおり、その年から大黒屋は幸運が続き、大いに栄えた。
『貧乏神』(落語) 商売に失敗し、女房にも逃げられた男が、「我が家には、貧乏神が五〜六人も住んでいるに違いない。これも家が陰気なためだ。大勢でにぎやかに騒げば、貧乏神は出て行くだろう」と考える。男は友人たちを集め、歌や踊りや隠し芸の大宴会を催す。真っ黒で痩せこけた餓鬼のような貧乏神が十人ほど、戸棚から出て行くので、男は「とうとう貧乏神を追い出した」と喜ぶ。すると貧乏神は、「あんまり面白いから、もっと仲間を連れて来る」と言った。
『発心集』巻7−7 三井寺の貧僧が、余所へ行って運命を開こうと旅支度をする。夢に、自分と同様に旅支度する痩せた若者を見て問うと、「常に御身を離れぬ貧報の冠者」と答えるので、僧はどこへ行っても貧から逃れ得ぬと悟り、もとの寺にとどまる。
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