『ヴォルスンガ・サガ』8 シグムンドと息子シンフィヨトリは、魔法の狼の皮を着て大勢の狩人を殺すが、シンフィヨトリが重傷を負って倒れる。いたちが森から葉を取って来て仲間のいたちの傷口に当て回復させるのを、シグムンドは見る。鴉が葉をくわえて飛んで来るので、シグムンドはその葉をシンフィヨトリの身体に当てて回復させる。
『三枚の蛇の葉』(グリム)KHM16 三つに斬られた蛇の死体に、仲間の蛇が青葉を三枚乗せると、生きかえる。それを見た王が同じようにして死んだ妃を生きかえらせ、また後に王自身も、三枚の青葉のおかげで命を救われる。
『ニーベルンゲンの歌』第15〜16歌章 ジーフリト(ジークフリート)は、退治した龍の返り血を全身に浴びて不死身の身体になる。しかし、菩提樹の葉が一枚背中に落ちかかったため、血がかからなかったその部分が、唯一の急所として残る。後に彼は、そこを槍で突かれて死ぬ。
『アエネーイス』(ヴェルギリウス)第6巻 地下の冥界への入口に深い森があり、木々の間に隠れて、黄金の葉をつけた一本の枝がある。冥王の妃プロセルピナへの捧げ物であるこの黄金の一枝がなければ、冥界に入ることができない。アエネーアスが、母神ウェヌスのつかわした二羽の鳩に導かれて黄金の葉を手に入れ、冥界へ降る→〔冥界行〕3。
『最後の一葉』(O・ヘンリー) 肺炎でベッドに臥すジョンジーは、窓外の建物を見て、その壁に這う蔦の葉の数を数える。晩秋の風が次々に葉をはたき落とし、「最後の一枚が落ちたら自分も死ぬのだ」と、ジョンジーは考える。しかし最後に残った一葉は、強い風雨の夜の後も、なお散らずに壁にはりついており、それを知ったジョンジーは生きる気力を取り戻す→〔身代わり〕3b。
『むく鳥のゆめ』(浜田広介) 一枚の枯れ葉が、死んだかあさん鳥の羽音を思わせて懐かしいので、むく鳥の子は、巣の中にあった馬の尾の毛で枯れ葉を枝にくくりつけ、強い風が吹いても散らないようにする。その夜、むく鳥の子は、白い鳥の夢を見て「ああ、おかあさん」と呼ぶ。翌朝見ると枯れ葉には、薄い雪が粉のようにかかっていた。
『今昔物語集』巻27−43 平季武が、川中で産女から渡された赤子を返さずに、館まで抱いて帰る。しかし袖を開いて見ると、そこには木の葉が少々あるだけだった→〔赤ん坊〕4b。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ66 少女が、まだ赤ん坊の弟を背負って鎮守様へ行く。枯葉がとめどなく降り、風に巻き上げられて、一瞬、人の姿のように見える。ふと気づくと、背中の弟はたくさんの枯葉に変じていた。
*狐が葉っぱを集め、丸めて赤ん坊を作る→〔狐〕2bの『短夜』(内田百閨j。
『子育て幽霊』(昔話) 日暮れに三日続けて、きれいな女が飴屋へ飴を買いに来る。女は一文銭を置いて帰って行くが、夜が明けると一文銭は櫁(しきみ)の葉になっている。女は幽霊であった(福井県武生市白崎町)→〔土〕4。
『銭は木の葉』(昔話) 旅の人形遣いが寺に招かれ、大勢集まった住職たちに人形芝居を見せて、多くの銭を得る。人形遣いはその夜、寺に泊まるが、翌朝目覚めると野原に寝ており、銭はすべて木の葉になっていた。狸に化かされたのだった(福井県小浜市下田)。
*→〔狸〕6。
*樫の葉を揉んで金貨を作る→〔悪魔〕7の『イワンのばか』(トルストイ)。
『ノートル=ダム・ド・パリ』(ユゴー)第7編7〜第8編3 フェビュス大尉はジプシー娘エスメラルダとの逢引きのため、あばら家を借り、そこの老女に金貨一枚を与える。老女は金貨を机の引き出しにしまう。子供が金貨を盗み、代わりに枯れ葉を一枚入れておく。その後エスメラルダは、無実の罪で裁判にかけられる。老女が「金貨が枯れ葉に変わった」と証言するので、エスメラルダは魔女と見なされる。
『捜神記』巻6−27(通巻128話) 前漢の第八代昭帝の時、上林苑の柳がいったん折れて倒れた後、またもとのように立ち、枝葉が生じた。虫がその葉を喰って「公孫病已立(公孫病已=第九代宣帝が即位する)との文字を表した。
『平家物語』巻2「卒都婆流」 鬼界が島の康頼入道と丹波少将が、熊野三所権現で通夜した夜の夢に、沖からの風が二枚の木の葉を二人の袂に吹きかけた。二枚の葉には「ちはやふる神に祈りのしるければなどか都へ帰らざるべき」の歌が虫喰いになっていた〔*延慶本『平家物語』巻2の類話は、夢でなく現実のこととするなど小異がある〕。
*帳・板などにあらわれる虫喰い文字→〔文字〕1。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「かむろ蛇」 江戸にコレラが流行した時、「軒に八つ手の葉をつるせば疫病神を払える」と言われた。ところが、煙草商関口屋の軒につるした葉に、「おそでしぬ」という虫喰いの文字があらわれた。それは、関口屋の一人娘お袖を殺そうと計画する者が、超自然的なたたりでお袖が死ぬように見せかけるため、薬を用いて葉に文字を記したのだった。
片葉の葦の伝説 戦国時代。敵に攻められて川越の城が落ち、城主の姫君は侍女とともに脱出する。二人は近くの河に落ち、岸辺の葦の葉にすがりつく。しかし葦の葉は皆するすると裂けてしまい、とうとう二人は溺れ死んだ。その怨みゆえ、城址を流れる河に生える葦は、すべて片葉である(埼玉県川越市)。
柳葉魚(ししゃも)の由来の伝説 飢餓の人間を救うためにフクロウの女神が天降り、柳の葉(シュシュハム)と、神の魂(カムイウマツ)を、鵡川に流す。それらは合わさって柳葉魚(ししゃも)になった。その時、柳の葉の一部が遊楽部川に落ちたが、魂がないために腐りかけた。川の神が急いで魂を入れたので、遊楽部川にも柳葉魚が住むようになった(アイヌの伝説。北海道胆振勇払郡鵡川町)。
*木の葉隠れ→〔隠れ身〕5の『笑林』4「木の葉隠れの術」。
*葉で性器を隠す→〔性器〕6の『コーラン』7「胸壁」18〜23。
*→〔草葉〕に関連記事。
『古事記』下巻 水歯別命(みづはわけのみこと。反正天皇)の御歯は長さ一寸、広さ二分、上下等しくととのって、珠をつらぬいたようであった〔*『日本書紀』巻12反正天皇即位前紀では、天皇の歯は、生まれながらに一本の骨のようにきれいに並んでいた、と記す〕。
『蒙求』37「杜后生歯」 晋の成帝の皇后(=成恭杜)は、美女ではあったが、成長しても歯が一本も生えなかった。そのため、なかなか結婚できなかった。ところが、成帝が彼女に結婚を申し込み、結納の日になると、一夜のうちに歯がすべて生え揃った。
『伊豆の踊子』(川端康成) 高等学校の学生である「私」は、女四人・男一人から成る旅芸人一行と、伊豆半島を旅した。美しい踊子に、「私」は心ひかれた。湯が野から下田への山道を歩いている時、後ろの方で女たちが、「私」の歯並びの悪さを話題にした。踊子が「それは、抜いて金歯を入れさえすれば、なんでもないわ」と言うのが聞こえた。
『金色夜叉』(尾崎紅葉)中編第1〜2章 間貫一は鴫沢宮と別れた後、退学して、高利貸し鰐淵直行の手代となる。ある日、同業の高利貸し、美人で名高い赤樫満枝が貫一を食事に誘う。満枝は金歯を入れ、帯留も指環も腕環も時計も金(きん)であった。彼女は熱心に貫一に求愛するが、貫一は「私は世の中のすべての人間が嫌いです。一生妻は持ちません」と言い放つ。
『番町皿屋敷』(講談)第9席 江戸時代の初め頃、「侠客(きょうかく)」というものが流行した。旗本の山中源左衛門は前歯を二枚抜いて金歯を入れ、青山主膳は銀歯を入れて、「金銀の入れ歯組」と称し、連れ立って街を歩いた。彼らは公儀の御威光を鼻にかけ、盛り場で往来の者に喧嘩をしかけることを楽しみとして、日々を送っていた。
『暢気眼鏡』(尾崎一雄) 「金大暴騰、一匁につき純金いくら十八金いくら、今が売り時」という広告ビラを見て、妻の芳枝は、彼女の歯の金冠を取ってしまった。「私」は怒ったふりをしつつ、芳枝の好意に甘えて、金冠を質屋へ持って行き四円余りを得た。「私」はその金で、まず第一に米を買った。昔聞いた笑話(金歯を入質して米を買ったが、それを喰う段になり弱った)を、「私」は苦々しく思い出した。
*死者の金歯を盗み取る→〔死体〕1dの『不思議な手紙』(つげ義春)。
『坐笑産(ざしょうみやげ)』「歯形」 見栄っ張りの隠居が自分の腕に噛みつき、「これ見よ。愛人が焼き餅をやいて噛みついたのだ」と自慢する。「この歯形は、女にしてはずいぶん大きいね」と言うと、隠居は「そのはずだ。笑いながらよ」。
不吉な夢(松谷みよ子『現代民話考』) 昭和二十一年のこと。「私」は結婚している身でありながら、嫁に行く夢を見た。「こんな年齢で、主人もいるのに、どうしたことかな?」と不思議に思ううち、三三九度の盃になった。盃を重ねようとした時に、上の歯がすっぽり抜けてしまった。この夢を見た数日後、主人が亡くなった(長野県須坂市)。
*歯が欠け落ちる夢→〔夢解き〕2の『今昔物語集』巻1−4。
『ローマ皇帝伝』(スエトニウス)第8巻「ウェスパシアヌス」 ウェスパシアヌスは、皇帝ネロの随員としてアカイアに滞在中、夢を見た。それは、「ネロが歯を一本抜かれ、その後たちまちウェスパシアヌスとその一族の繁栄が始まる」との夢であった。すると翌日、医者が広間へ入って来て、たった今、抜いたばかりのネロの歯を見せた〔*後、ウェスパシアヌスは皇帝になった〕。
『沙石集』巻8−5 けちな男が虫歯を抜いてもらおうと、唐人の所へ行く。虫歯一本抜くのに銭二文の決まりである。男は「一文にまけろ」と要求するが、唐人は断る。男は「それなら三文で歯を二本抜け」と言い、虫歯一本と良い歯一本を抜いてもらって、得をした気分であった。
*一つで二文、二つだと三文→〔売買〕8eの『日本永代蔵』巻2−1「世界の借家(かしや)大将」。
顎なし地蔵の伝説 昔ある人が、下顎の歯がひどく痛んだので、痛む下顎をもぎとって放り捨て、死んでしまった。その人の姿を像にしたのが顎なし地蔵さまで、本尊は隠岐にある。出雲の人たちは、歯痛を病むと顎なし地蔵さまにお祈りをし、治ったら梨を川や海へ流す。梨は、汐の流れで隠岐まで運ばれて行く(島根県松江市)。
『花咲か爺』(昔話) 正直爺の家の臼を、隣の爺が焼いてしまう。正直爺は、臼を焼いた残りの灰を笊(ざる)にいっぱいもらって帰り、庭へまく。すると、枯れていた梅の樹や桜の樹に、一時にパッと花が咲く。正直爺は、殿様の御殿の枯れ木に花を咲かせて、褒美をもらう。隣の爺が真似をするが花は咲かず、殿様の目や鼻に灰が入る。殿様は立腹し、隣の爺を牢屋へ入れる。
『孤島の鬼』(江戸川乱歩) 「私(蓑浦青年)」の恋人・木崎初代は、悪人によって殺された。初代の火葬後の骨上げの時、「私」は鉄板の上から一握りの灰を盗み取る。そして付近の広い野原へ逃れて、「私」は愛の言葉をわめきながら、その灰を、「私」の恋人を、呑み込んでしまった〔*「私」は後に、初代の妹にあたる「緑」と結婚する→〔双子〕4b〕。
『マディソン郡の橋』(イーストウッド) カメラマンのロバートはマディソン郡のローズマン・ブリッジの写真を撮りに来て、人妻フランチェスカと出会う。二人は四日間の恋をして別れる(*→〔人妻〕4)。十七年後、ロバートは死んだ。彼は土葬ではなく火葬を望み、「灰をローズマン・ブリッジからまいてほしい」と遺言した。それから何年かして、フランチェスカも死んだ。彼女も火葬を望み、子供たちが母親の灰を、ローズマン・ブリッジからまいた。
*火葬にした灰が紫色→〔雲〕6の『沙石集』巻10末−13。
*人を火あぶりにし、灰を河へ棄てる→〔密通〕1aの『ウェストカー・パピルスの物語』(古代エジプト)。
★2b.不死身の怪人も、身体を焼いて灰にしてしまえば、生き返ることはできない。
『伊賀の影丸』(横山光輝)「若葉城の巻」〜「由比正雪の巻」 阿魔野邪鬼(あまのじゃき)は二百年も生きており、殺されても三時間ほどすれば蘇生する、不死身の怪人だった。伊賀の影丸が、しびれ薬を用いて、邪鬼を身動きできぬようにする。影丸は邪鬼にむかって言う。「お前の身体を焼いて灰にすれば、再び生き返ることはできまい。しかし今さらお前の命をとっても、どうにもならぬ」。影丸は邪鬼をそのままにして、立ち去る。
『灰かぶり』(グリムKHM21) 母を亡くした娘がいた。継母とその連れ子の姉妹が、娘をいじめた。娘は綺麗な着物を取り上げられ、古い灰色の上着を着せられる。水運びや炊事・洗濯をし、さらに、灰の中から豌豆(えんどう)や扁豆(ひらまめ)を拾い出す仕事まで、せねばならない。夜になってもベッドへ入れず、かまどのそばの灰の中で横になる。世間の人は、娘を「アッシェンプッテル(灰かぶり=シンデレラ)」と呼んだ。
『うばすて山』(昔話) 六十歳以上の老人は山へ棄てる、という国があった。隣国が、「灰で縄をなって持って来い。できなければお前の国を攻める」と言って来る。殿様が困っていると、ある百姓の老母が、「固く縄をなって塩水につけ、よく乾かしてから戸板の上で燃やせば、灰の縄ができる」と教える。殿様は老母の知恵に感心し、以後、棄老の制度を廃止した。
『ダニエル書への付加』(旧約聖書外典) バビロニア人たちはベル神の偶像に、毎日多くの酒食を供えた。翌朝には酒食はすべてなくなったので、人々は「ベル神が供え物を納受した」と信じる。ある夜、ダニエルが神殿の床に灰をまいておくと、翌朝、男や女や子供の多くの足跡が床に残っていた。大勢の祭司たちとその家族が、秘密の扉から出入りして、供え物を飲み食いしていたのだった。
『ジャン・クリストフ』(ロラン)第9巻「燃ゆる荊」 ジャン・クリストフは医者ブラウンの家に滞在するうちに、ブラウンの妻アンナと関係を持つようになる。ある夜アンナは、クリストフの部屋へ行く時、足裏に違和感を覚えて、廊下に灰がまかれていたことを知る。それは、二人の仲を疑う女中の仕業だった。アンナは箒を使い、灰の上の足跡を消した〔*後にクリストフとアンナは心中を計るが失敗し、二人は別れる〕。
*飢えて灰を食べる→〔飢え〕2aの『古今著聞集』巻12「偸盗」第19・通巻440話。
『ウィッティントンと猫』(イギリス昔話) 猫が存在しないため鼠の害に悩むムーア人の国を、イギリス船が訪れる。船にはウィッティントンの飼い猫が一匹乗っており、非常な高値で売れる。貧しかったウィッティントンは大金を得て紳士となり、後に三度ロンドン市長になる。
『火焔太鼓』(落語) 道具屋の男が一分(いちぶ)で仕入れてきた古い火焔太鼓が、思いがけず大名家に三百両で売れる。気を良くした男が「音の出るものは儲かるから、今度は半鐘を仕入れよう」と言うと、女房が反対する。「半鐘? いけないよ。おじゃんになる」。
『今昔物語集』巻26−16 鎮西貞重の従者が、上京の折、淀で玉を水干一領の価で買った。博多へ戻ってから唐人に玉を見せると、唐人は驚き、貞重が質に入れた太刀十本と引き換えに、強引に玉を請い取った〔*『宇治拾遺物語』巻14−6に類話〕。
『太平広記』巻403所引『原化記』 魏生という男が、岸辺で拾った掌大の石をたわむれに胡人らに見せると、胡人らは驚き「この宝を売ってくれ」と請う。魏生が大言したつもりで「百万」と言うと、胡人らは「宝を軽んずるか」と怒って千万で買い取り、「これは宝母というものだ」と教えた〔*『長安の春』(石田幹之助)が、この種の説話を胡人買宝譚と名づけ、類話を多く載せている〕。
『清兵衛と瓢箪』(志賀直哉) 瓢箪好きの子供・清兵衛が、学校へ瓢箪を持ちこんで、修身の授業中に机の下でみがく。教師がそれを見つけ、怒って瓢箪を取り上げる。教師は瓢箪を学校の老小使に与える。二ヵ月後、小使が瓢箪を骨董屋へ売りに行くと、五十円で売れる。骨董屋はそれを地方の豪家に六百円で売る。
『門』(夏目漱石) 宗助夫婦は、抱一の屏風を金に換えようと考える。古道具屋は最初六円の値をつけるが、二人が売らずにいるとしだいに値をつりあげ、とうとう屏風は三十五円で売れる。後に宗助は、家主の坂井がその屏風を古道具屋から八十円で買ったことを知る。
★1c.安茶碗を高価なものと早合点したことがきっかけで、本当に高価な茶碗になる。
『はてなの茶碗』(落語) 骨董屋・茶金が、茶店で手にした茶碗をながめて「はてな」と首をかしげる。これを見た男が、「由緒ある茶碗だろう」と早合点し、その茶碗を茶店から買い取って茶金のもとへ売りに行く。茶金は「あれはヒビもないのに水が漏るので不思議だったから」と訳を話しつつ、男を気の毒に思い三両を渡す。茶金が関白鷹司公にこの話をすると、帝の耳に入り、帝が「面白き茶碗である」と仰せられて、茶碗の箱に万葉仮名で「はてな」と記す。これでただの安茶碗が大変な値打ち物になり、鴻池善右衛門が千両で買い取った。
★1d.無価値なものを高価なもののように思わせ、金をだまし取る。
『豚の教え』(O・ヘンリー) 詐欺師ジェフは田舎者テイタムを新しい相棒として、一儲けするために西部へ行く。ところがテイタムには豚を盗む奇癖があり、ある夜、彼は汚い子豚をどこからか盗んで来る。翌朝ジェフは、「サーカスの学者豚が盗まれた。豚が戻れば賞金五千ドル」との新聞広告を見る。ジェフは賞金五千ドルの独り占めをたくらみ、テイタムに八百ドルを渡して豚を譲り受ける。しかし新聞広告は、まったくのデタラメだった。テイタムは嘘の広告を出してジェフをだまし、八百ドルを得て姿をくらましたのだった。
『丹下左膳餘話・百萬両の壺』(山中貞雄) 柳生源三郎の持つ「こけ猿の壺」には、百萬両のありかを記した絵図面が塗り込められていた。そうとは知らず源三郎の妻は、壺を屑屋に十文で売る。屑屋はそれを、長屋の少年安(やす)に、金魚を飼う壺として与える。安は孤児なので、丹下左膳とその愛人お藤が世話をしている。源三郎は、壺を捜して江戸の町を毎日歩き回るうち、お藤の営む射的場で働く娘と仲良くなる。やがて源三郎は、射的場にある壺が「こけ猿の壺」だと知るが、壺を得てしまえば外出する口実がなくなるので、妻には内緒にして、「これからも壺を捜す名目で、射的場の娘に逢いに来よう」と考える。
*アラジンの妻は、魔法のランプを、それとは知らずに普通のランプと交換してしまう→〔妻〕2の『千一夜物語』「アラジンと魔法のランプの物語」マルドリュス版第765〜766夜。
『今昔物語集』巻16−37 清水寺に二千度詣でをした青侍が、双六で大敗する。支払うべきものを持たなかったので、双六の相手に二千度詣での功徳を譲る。青侍はまもなく思いがけぬ不幸にみまわれ、相手の男は運が開け富貴の身となる〔*『宇治拾遺物語』巻6−4に類話〕。
『沙石集』巻9−23 南都の某寺の僧は耳たぶが厚く、いわゆる福耳だった。貧乏な僧が「その耳を買おう」と言って、福耳の僧に五百文を渡した。人相見に占ってもらうと、貧乏な僧は福耳を買ったために、来年の春頃から福運が巡って来るだろう、と言われた。一方、耳を売った僧は、その後ずっと不遇だった。
『三国史記』巻6「新羅本紀」第6・第30代文武王前紀 宝姫が夢に、「西兄山の頂上で尿をし、それが流れて国内に行きわたる」と見た。妹がその夢を買い取った。数日後、春秋公が訪れた時、宝姫はさわりがあったので、代わりに妹が春秋公の前に出て、彼の衣の紐を縫い繕った。妹は春秋公と結婚して文明皇后と呼ばれ、文武王を産んだ。
『沙石集』(古典文学大系本)拾遺70 宇治殿に仕える女房宰相局は、友達が「三日月を懐に抱く夢を見た」と言うので、その夢を買い取った。後に宰相局は、宇治殿の思われ人となった。
『曽我物語』巻2「時政が女の事」〜「橘の事」 北条家の長女(=政子)は、次女が見た吉夢(*→〔夢〕10)を、「これは凶夢である。良い夢を見ては三年語らず。悪い夢を見て七日以内に語れば凶事が起こる。私がこの夢を買って、あなたの難をのぞいてあげよう」と言葉巧みにだまし、買い取った。まもなく長女は、源頼朝の妻となって運命を開いた〔*次女の夢を長女が買い取った頃、頼朝の側では、次女あての恋文を長女あてに書き換えていた→〔手紙〕4b〕。
夢で儲ける(松谷みよ子『現代民話考』) 「私」の祖母は昭和二十六年に八十六歳で死んだが、生前、「火事とか火の夢を見ると、必ずその日にお金が入る」と言っていた。家族の者が「火の夢を見た」と言ってその夢の話をすると、祖母は「そりゃ、えい夢。その夢は買うた」と言い、自分のものにした。すると不思議に、誰かがお金を払いに来るとか、物を買いに来るとかした。家の職業は農業だった(高知県)。
★4.両人が承知で売り買いするのとは異なり、夢を見た当人の知らぬうちに、その夢が他人に取られる話もある。
『宇治拾遺物語』巻13−5 備中守の息子が良い夢を見、夢解きの女の家を訪れて問う。女は「これは大臣に出世する夢です。他人に言ってはなりません」と教える。郡司の息子ひきのまき人(=吉備真備か?)が隣室で盗み聞きし、備中守の息子が帰った後、女に礼物を与えてその夢を買い取る。ひきのまき人は栄進して大臣となり、備中守の息子は官職もないままで終わった。
『遠野物語』(柳田国男)2 母女神が三人の娘に「今夜良き夢を見た者に、良き山を与えよう」と告げる。夜更けに天から霊華が降り、姉姫の胸の上に止まる。末姫がそれに気づき、姉の胸から霊華を取り上げて、自分の胸に載せて眠る。その結果、末姫が、遠野三山の中の最も美しい早池峯(はやちね)を得ることになった。
*→〔入れ替わり〕6の、月と太陽の伝説と共通する発想。
『死せる魂』(ゴーゴリ) 農奴が死んだ場合、数年ごとに行われる戸籍調査の時期までは、生前と同様に地主は人頭税を払い続けねばならない。詐欺師チチコフがこれに目をつけ、地主たちには不要な、死んだ農奴の戸籍を買い集める。彼は、大勢の農奴を所有しているように見せかけ、それを担保にして、国家から大金を借りようとしたのだった。
『戦国策』第29「燕(1)」453 王が千金で千里の馬を求める。臣下が捜しに出かけるが、千里の馬が死んでいたので、その首を五百金で買って来る。王が怒ると、臣下は「死馬でさえ五百金で買うのだから、世間の人は競って王様に馬を売りに来るでしょう」と言う。果たして、一年もせぬうちに千里の馬が何頭も手に入った。
『幽霊はここにいる』(安部公房) 詐欺師が、死者の生前の写真を買い集める。その用途は、「死んで幽霊になると過去を忘れるので、写真をもとに、幽霊たちに帰るべき家を教える」というものだった。それを知った死者の遺族たちは、幽霊に帰って来られては困るので、写真を高い値段で買い戻す。詐欺師は大儲けする。
『瓶の小鬼』(スティーヴンソン) 何でも願いを叶えてくれる小鬼の入った瓶は、買った時よりも安い値段で誰かに転売しないと、持ち主は死後地獄に堕ちる。瓶を持つケアーウェとコクーアの夫婦は互いに相手を救うべく、ひそかに人を雇って瓶を安く買い取らせ、それを自分がさらに安く買う。しかし最後に、二サンチームで瓶を買った酔っぱらいが転売を拒否して持ち去り、夫婦は地獄堕ちを免れる。
『花見酒』(落語) 酒好きの二人が、花見客に酒を売って稼ごうと、酒樽を担って出かける。途中で一人が酒の匂いに我慢できず、つり銭用に持って来た銭一貫を相棒に払って一杯飲む。相棒も飲みたくなり、今受け取った一貫を払って一杯飲む。二人は交互に一貫をやったり取ったりしながら酒を飲み尽くし、酒が全部売れたのに売上金が一貫しかないことに驚く。
★8a.いかさまの売買。いったん買った商品をすぐ別の商品に買い換え、売り手を混乱させて、目的の商品を正価の半額で手に入れる。
『壺算』(落語) 客が瀬戸物屋から三円の壺を買って行くが、すぐ引き返して来て、六円の大きな壺に買い換える。「先ほど三円払った。今この三円の壺を返す。あわせて六円だ」と言って、六円の大きな壺を持って行く。瀬戸物屋は「どうも計算があいません」と首をかしげる。客は「それがこちらの思う壺だ」と言う。
『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)「世の中うそだらけ」 のび太が、百円のアイスクリームと五十円のアイスクリームを持っている。ジャイアンが五十円のアイスをのび太から買うが、「やはり百円のにする」と言い、「はじめに五十円払った。今五十円のアイスを返す。合わせて百円分渡した」と説明して、百円のアイスを持って行く。
★8b.上記と同様の方法を用い、商品を半額ではなく、無料で手に入れる。
『ナスレッディン・ホジャ物語』「ホジャ奇行談」 ホジャが市場で下袴を買おうとして考え直し、「下袴はやめて、代わりに法衣を買おう」と言い、下袴を店の主人に返す。主人が法衣をホジャに渡して、代金を請求すると、ホジャは「法衣の代わりに下袴を返したじゃないか」と言う。主人が「それなら下袴の代金を」と言うと、ホジャは「買いもせぬ下袴の代金を払えと言うのか」と怒る。
『ぺてん師と空気男』(江戸川乱歩)9「ジョークと犯罪」 男がバーで煙草を注文し、匂いを嗅いで「気に入らない」と言って返し、代わりに同額のブランディを飲む。バーテンが代金を請求すると、男は「煙草を返して、代わりにブランディを貰った」と言う。バーテンが「では煙草の代金を」と言うと、男は「煙草は返した。買いもしない物の代金は払えぬ」と答える〔*ぺてん師伊東が、「ポオの著作から」と言って語る物語〕。
『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)4編下「岡崎」 餅屋が「名物のさとう餅、三文。うづらやき(=焼き餅)、三文」と売り声をあげる。喜多八が「うづらやきの三文は高いから、二文にまけろ。その代わり、さとう餅を四文で買ってやる」と言う。どちらにしても合計六文だから、餅屋は承知する。喜多八は煙草入れから二文取り出し、「さとう餅も買おうと思ったが、銭がない」と言って、うづらやきを二文で買って行く。
『知恵のある人たち』(グリム)KHM104 牛買いが百姓のおかみさんから、牝牛三頭を二百ターレルで買う。牛買いは「代金は後で届ける」と言って、牛を連れて行こうとするが、おかみさんは承知しない。そこで牛買いは「代金を届けるまで、三頭のうちの一頭をここに抵当として預けておこう」と提案する。おかみさんは納得し、牛買いは牛二頭を引いて去って行く。
『日本永代蔵』巻2−1「世界の借家(かしや)大将」 藤市(ふぢいち。=藤屋市兵衛)は合理主義にもとづく倹約によって、一代で大金持ちになった。夏になると村人が、初茄子を「一つで二文、二つだと三文」と値段をつけて、売りに来る。誰もが二つ買うのに、藤市だけは一つを二文で買って、「あとの一文で、盛りの時には大きな茄子が買える」と言った。
*一本で二文、二本だと三文→〔歯〕7の『沙石集』巻8−5。
『千両みかん』(落語) 商家の若旦那が病気になり、夏の盛りに「みかんが食べたい」と言う。主人の命令で番頭が町中を捜し、みかん一つを千両で買って来る。若旦那は十袋のうちの七袋を食べて元気になり、残り三袋を「父母と番頭に」と言って渡す。番頭は「三袋で三百両。一生働いてもこんな大金は得られない」と考え、みかん三袋を持って姿をくらます。
『愛と希望の街』(大島渚) 中学三年の正夫は、病弱な母と妹の三人暮らしで、貧しさゆえ高校進学ができない。正夫は駅前で鳩を売る。買った人が油断していると、鳩は逃げて正夫の家へ戻って来る。正夫はその鳩を、また別の人に売る。女子高生の京子が鳩を買ったことが縁で、正夫は、京子の父が重役を勤める企業の採用試験を受ける。しかし同じ鳩を何度か売ったことが問題になり、不合格となる。正夫は小さな町工場に就職し、夜学へ行く。
*本の売買→〔本〕9b・9c。
『蠅のはなし』(小泉八雲『骨董』) 京の商人飾屋久兵衛の下女たまは、死後蠅になって家へ戻り、追っても去らなかった。久兵衛の内儀が、「たまは生前、銀三十匁を貯えていた。そのお金を寺へ納めて、彼女の魂の供養をしてほしいのだろう」と夫に話す。すると蠅は、障子から落ちて死んだ。寺の上人は、たまの霊を供養し、蝿の遺骸に経を読誦した。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ42 男が商用の旅の帰り、疲れて道端で休む。馬を引く人が通りかかったので、男は家の近くまで乗せてもらう。家へ入るが、妻も子供たちも、男に気づかない。話しかけても聞こえないらしい。妻は「うるさい蝿だ」と言って、うちわで男をたたく。男が「俺が蝿? そんなバカな」と思って、ふと我に返ると、もとの道端にいた。それ以来、男はずっと旅を続けている。
『蝿』(ランジュラン) 教授ロバートは、物質をいったん原子に分解し、離れた場所へ送って再び合成する物質電送機を開発した。しかし送信機の中に一匹の蝿がまぎれこんだために、ロバートと蝿の原子が混じり合ってしまう。ロバートの頭部は巨大な蝿になり、蝿は縮小されたロバートの頭部をつけた姿になった。ロバートと蝿をもう一度いっしょに送信機に入れれば、もとに戻れるが、蝿はどこかへ飛んで行ってしまった。ロバートは「私の頭部を工場のプレスでつぶして殺してくれ」と、妻に頼む。
*『蝿』(ランジュラン)の影響下に作られた作品→〔空間〕2d。
『蠅』(横光利一) 真夏の宿場から街に向けて、馬車が出発する。危篤の息子のもとへ急ぐ農婦、駆け落ちの若い男女、母親と男の子、大金を手にした田舎紳士の、合計六人が馬車に乗る。一疋の蠅が馬車の屋根に止まり、馭者の頭や馬の背に飛び移る。馭者が居眠りをして、馬車は乗客ともども崖下へ墜落する。蠅は馬車から離れ、悠々と青空を飛んで行く。
『翼よ!あれが巴里の灯だ』(ワイルダー) 一九二七年。郵便飛行士リンドバーグは、ニューヨークから大西洋を横断してパリを目指す無着陸単独飛行に挑戦する。離陸直後リンドバーグは、狭い機内に蝿が一匹紛れ込んでいるのに気づく。蝿は追ってもなかなか出て行かない。しかしリンドバーグが操縦桿を握ったまま眠りかけた時、蝿が彼の顔に止まって起こしてくれた〔*飛行機がカナダ東端のセントジョンズに到った時、蝿は機外へ去った〕。
『はえのお屋敷』(ソビエトの昔話) 蝿が、お屋敷を建てた。そこへしらみがやって来て、いっしょに住んだ。続いて、のみ、蚊、ねずみ、とかげ、きつね、うさぎ、狼が次々にやって来て、皆いっしょに住んだ。最後に熊がやって来て、お屋敷もろとも、ぐしゃりと皆を踏みつぶした。
『源平盛衰記』巻44「三種の宝剣の事」 天十握剣(あまのとつかのつるぎ)は、素盞烏尊(そさのをのみこと=スサノヲノミコト)が天から地上へ降った時に、身につけていた剣である。別名を、蝿斬りの剣という。この剣は鋭利で、刃(やいば)の上にとまった蝿が、自然に斬れてしまうからである。
『嵐が丘』(E・ブロンテ)34 ヒースクリフは四十歳に達した頃、数日間、食を絶ち、朝、寝室で死んでいるのが発見された。彼は生前の望みどおり、十八年前に死んだキャサリンの墓の隣に、埋葬された。その後、何人もの人が、ヒースクリフとキャサリンの幽霊を、荒野・教会の近く・嵐が丘の館などで見た。
『捜神記』巻11−32(通巻294話) 悪王のために引き裂かれた韓憑夫婦が、自殺する。王は怒って、夫婦の遺体を別々の塚に埋める。双方の塚から梓の木が生え成長して互いに幹を曲げ、根と根・枝と枝が絡み合った。この木を相思樹という。
『定家』(能) 藤原定家と式子内親王は、人目を忍んで契りを重ねた。内親王の死後、定家の執心は蔦葛となって彼女の墓に這いまつわり、互いに苦しんだ。墓を清める者が蔦葛を取っても、翌日にはもとのごとく這いかかるのだった。
『トリスタン・イズー物語』(ベディエ)19 トリスタンとイゾルデ(イズー)の遺体が、寺院の奥殿の左と右の墓地に埋められる。夜、トリスタンの墓からいばらが萌え出て寺院の上に這い上がり、イゾルデの墓の中に延びて行く。人々が三度、枝を断つが、なおも新芽は延び、マルク王は枝を断ち切ることを禁じる〔*『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)には、この物語はない〕。
『大和物語』第147段 津の国に住む女に、同国のむばら姓の男と和泉国のちぬ姓の男が、求婚する。女は思い悩んで入水し、男二人もその後を追って死ぬ。女の墓を真ん中にして、その左右に男二人の墓が築かれる。
『フランダースの犬』(ウィーダ) 少年ネロと老犬パトラッシュが凍死した時、少年の腕が余りにも強く犬を抱きしめており、引き離すことができなかった。町の人々は特別の許可を得て、この二者を一つの墓に納めた。
七人塚の伝説 七人の落武者が、峠や村境で行き倒れて死ぬ、あるいは追手に殺されるなどした後、その場所にさまざまな祟りがある。そこで村人は七人を祀る塚を築き、供養する。
『八つ墓村』(横溝正史)「発端」 尼子義久が毛利元就に降伏した時、これに反対する若武者が近習七人とともに城を脱出し、ある村に身を寄せるが、彼らの持つ軍資金三千両に目のくらんだ村人たちによって、皆惨殺された。その後、村に凶事が頻発し、村人は落武者八人の霊を鎮めるため八つの墓を立てて祀った。
『今昔物語集』巻28−44 雨に降られた男が墓穴に泊まる。後から来た旅人が墓穴に鬼がいるかと思って逃げる。残していった荷物などを男は手に入れる。
『サテュリコン』(ペトロニウス)111〜112 エペソスの町の淑徳の誉れ高い夫人が、夫の遺骸とともに地下墓室に入り、死のうとする。兵士が夫人を誘惑して二人は関係を持ち、墓室内で幾晩もすごす。
『聊斎志異』巻9−346「愛奴」 徐は道で出会った老人から「甥の家庭教師に」と請われ、大きな屋敷に連れて行かれる。徐は少年を教え、美しい小間使いと夜を共にするなどして何日も過ごすが、外出できないことが不満で職を辞す。門を出てふり返ると、墓穴から出て来たのだった。
『白髪鬼』(江戸川乱歩) 「わし(子爵大牟田敏清)」は、先祖代々の墓である二十畳敷きほどの石室内で蘇生する(*→〔白髪〕2a)。そこは、中国人の海賊が莫大な財宝の隠し場所にしていた所だったので、「わし」は期せずして巨額の富を手にする。「わし」は富豪紳士里見重之と称して、「わし」を陥れた妻と情人に復讐する。
『嵐が丘』(E・ブロンテ)29 キャサリンが埋葬された日、ヒースクリフは「もう一度彼女を腕に抱こう」と考え、鋤で墓地を掘る。棺の蓋をこじ開けようとした時、キャサリンが棺の中でなく地面の上にいるのが感ぜられ、ヒースクリフは墓をあばくのをやめる。それから十七年後、ヒースクリフは再び墓を掘る。棺の蓋を開けると、キャサリンは生きている時と同じ顔で横たわっていた。
『ギリシア奇談集』(アイリアノス)巻13−3 クセルクセスがバビロンのベロスの墓をあばき、オリーヴ油漬けの遺骸を納めた棺を見る。棺中の油は十分に満たされておらず、「墓をあばきて棺に油を満たし得ざりし者には善からぬことあるべし」と記した石板がある。クセルクセスは恐れて油を注ぐが、どうしても一杯にならない。後、クセルクセスはギリシア攻めに失敗し、帰国後、息子の手で殺される。
*→〔首〕7の『吸血鬼ドラキュラ』(ストーカー)。
『女郎花』(能) 京の女が、夫である小野頼風の心を疑って、放生川に身を投げる。女の死骸を埋めた塚から、女郎花が一本咲き出たので、頼風は「我が妻は女郎花になったのだ」と思う。女郎花は頼風を恨むごとく、彼が近寄ると、なびき退いた。
『野菊の墓』(伊藤左千夫) 村祭り間近の陰暦九月十三日、「僕(政夫)」と民子は山畑へ綿採りに行った。民子は野菊の花を見て「わたし、ほんとうに野菊が好き。わたし、野菊の生まれ変わりよ」と言った(*→〔花〕8)。民子は嫁に行ったが、翌々年の六月十九日に死んだ。「僕」が民子の墓に参ると、あたりには不思議に野菊が繁っていた。それから一週間、「僕」は毎日墓へ通い、周囲一面に野菊を植えた。
*墓に咲く白百合の花→〔百〕2aの『夢十夜』(夏目漱石)第1夜。
『炎天』(ハーヴィー) 八月の炎暑の日、石屋が、品評会に出す墓碑を作っていた。石屋はそこに、適当に思い浮かんだ名前と生没年月日を刻んだ。そこへ一人の画家が通りかかった。画家は、自分の名前と生年月日、そして今日の日付けが墓碑に刻まれているのを見て、驚いた→〔予言〕4。
『夢』(カフカ) ヨーゼフ・Kは夢を見た。散歩に出て二歩あるくと、墓地に来ていた。芸術家が、墓石に誰かの名前を書いている。彼はKの姿を見て困惑し、書くのを中止する。Kは、墓石の下に大きな穴があるのに気づく。すべてが準備されていたのだ。Kは仰向けのまま、ゆるやかに穴に沈んで行く。芸術家は墓石にKの名前を書き上げる。うっとり眺めていると目がさめた。
『禁じられた遊び』(クレマン) 戦争で父母を失った女児ポーレットは、田舎道をさまよい、一軒の農家に身を寄せる。彼女はミシェル少年と仲良くなり、死んだ子犬・モグラ・トカゲなど、さまざまな小動物の墓を作って遊ぶ。ミシェルは、墓に立てる十字架を墓地から何本も盗んで来て、ポーレットを喜ばせる。しかしポーレットは孤児院に入ることになり、憲兵に連れて行かれる。ミシェルは十字架を川に投げ棄てる。
*墓地近くに住む子供が、葬儀・納棺ごっこをして遊ぶ→〔三度目〕1の『列女伝』巻1「母儀傳」11「鄒孟軻母」。
『お見立て』(落語) 花魁(おいらん)喜瀬川は客の杢兵衛を嫌い、若い衆の喜助に「花魁は死にました」と言わせる。杢兵衛が「それなら墓参りに行く」と言うので、やむなく喜助は杢兵衛を寺へ案内し、適当な墓石の前へ連れて行く。ところが名前を見ると、どれもこれも他人の墓である。杢兵衛「いったい喜瀬川の墓はどれだ」。喜助「よろしいのをお見立て願います」〔*客が花魁を選ぶことを「見立て」という。それにもとづく落ち〕。
傾城岩の伝説 村の息子が大阪へ働きに出て、高尾女郎と深い仲になる。事情があって息子は一人で村に帰り、そのあとを高雄女郎が追って来る。家族は「息子は死んだ」と嘘をつき、高雄女郎を他人の墓の前へ連れて行って、「息子の墓だ」と言う。高雄女郎はその場に倒れ、泣き死にした。彼女を葬ったあとが、現在の傾城岩である(島根県仁多郡横田町)。
*墓の土→〔文字〕2cの『力(りき)ばか』(小泉八雲『怪談』)。
『エジプトの死者の書』 「私(書記生アニ)」は死んで霊界へ行き、女神マアトの前で秤(はかり)の審判を受けた。「私」の身体から心臓が抜き取られ、天秤(てんびん)皿の一方に置かれる。他方の皿には、一片の羽毛が置かれる。生前に「私」の犯した罪が羽毛よりも重ければ、心臓の載った皿が下がる。すると「私」の心臓は獣に喰われ、「私」は地下の凶霊の国(=地獄)へ落とされる定めだ。幸い、「私」の心臓と羽毛はつり合って、天秤はどちらへも傾かなかった。「私」は霊として永遠に生きることを許された。
『三宝絵詞』上−1 鳩が鷹に追われ、尸毘(しび)王の懐へ逃げ入る。尸毘王は、「鳩の命を救うとともに、鷹の飢えをも助けたい」と思う。鷹が「鳩と同じ重さの肉をもらおう」と言うので、尸毘王は自分の腿肉を切り取って斤(はかり)にかけるが、鳩の方が重かった。両腿の肉を切り、両肘、背中などの肉を加えても、まだ軽い。尸毘王は全身を斤に乗せようとして、力尽きて倒れる(*原拠は『大智度論』)→〔花〕6。
『日本霊異記』下−22 他田舎人蝦夷(をさだのとねりえびす)は、稲の貸し借りをするのに、二種類の斤(はかり)を使い分けた。人に稲を貸す時には、軽くても目方が多く表示される斤を用い、人から稲を取り立てる時には、重くても目方が少なく表示される斤を用いたのである。彼は死んで冥府へ行き、斤の不正を咎められたが、その一方で『法華経』書写の功徳も積んでいたので、七日後に蘇生した。
★4.つきたての餅は重いが、水分が蒸発してから目方を量ると軽い。
『日本永代蔵』巻2−1「世界の借家(かしや)大将」 藤市(ふぢいち。=藤屋市兵衛)の店が、「一貫目につきいくら」と値を決めて、餅屋へ餅を注文する。十二月二十八日の朝に餅が届いたが、藤市は奥で聞こえぬふりをして、なかなか受け取らない。手代が気をきかせ、棹秤(さおばかり)で餅の目方をきちんと量って、代金を払った。藤市は「ぬくもりのさめぬ餅を受け取るとは」と、手代を叱り、後から餅を量りなおしてみると、ずいぶん目方が減っていた。
『王書』(フェルドウスィー)第2部第1章「ナリーマン家のサーム」 勇者サームの子ザールは、生まれた時から白髪だった。サームはこれを恥ずべきことと考え、赤ん坊のザールを遠方のエルブルズ山に捨てさせた。この山に住む霊鳥スィーモルグがザールを見つけ、養育した〔*後にサームは、成長したザールを山から連れ戻した〕。
『神仙伝』巻1「老子」 老子は、母親の胎内に七十二年間いた。誕生の折には、母親の左の腋を割って出た。生まれながらにして白髪だったので、「老子」と呼んだのである〔*『酉陽雑俎』巻2−59では、老子が母親の胎内にいた期間について、七十二年説の他に八十一年説・三千七百年説を記す〕。
頭白(ずはく)上人の伝説 妊娠中の女が、旅の途中で賊に殺される。女は幽霊となって毎晩団子屋へ団子を買いに来る。不審に思った人が後をつけると女は薮の中に消え、横穴の中で子供が泣いていた。穴の中で生まれ育ったので、頭の毛が真っ白だった。この子は寺で養育され、後に頭白上人といわれるようになった(茨城県筑波郡筑波町小田)。
『日本書紀』巻15清寧天皇即位前紀 雄略天皇の第三子白髪皇子(清寧天皇)は、生まれながらに白髪だった。
『河童』(芥川龍之介)16 河童の国に滞在する「僕」は、年をとった河童が一匹、街はずれに暮らしていると聞いて会いに行く。ところがそこにいたのは、十二〜三歳の子供の河童だった。首をかしげる「僕」に、河童は説明する。「わたしは母親の腹を出た時には白髪頭で、それからだんだん若くなったのだ。わたしは若い時は年よりだったし、年をとった時は若い者になっている。だから、年よりのように慾にも渇かず、若い者のように色にも溺れない。わたしの生涯は、幸せではないにしろ、安らかだったのには違いない」。
『ライ麦畑でつかまえて』(サリンジャー) 「僕(ホールデン)」は高校生だけれど、頭の右半分はいっぱい白髪が生えている。子供の時からずっとそうだ。「僕」は大人になったら、ライ麦畑で遊ぶ子供たちが崖から落ちないようにつかまえる仕事をしたい、と思っている〔*十代後半の「僕」の中には子供と大人が混在していて、頭の半分が白髪なのはその象徴だ、と言われる〕→〔病院〕2。
『十訓抄』第9−3 左大臣顕光の娘は小一条院女御だったが、関白道長の娘に寵を奪われた。顕光は道長を恨み、悪霊と化して、一夜のうちに頭髪がすべて白髪になった。
『十訓抄』第10−21 備中へ下向した八幡楽人元正が京へ戻る途中、片鬢がにわかに雪のごとく変じた。これは吉備津宮の祟りだったので、社に詣で「皇帝」等の秘曲を吹くと、白髪は再び黒くなった。
『世説新語』「巧芸」第21 魏の明帝の命令で、書の名手・韋仲将が、高い梯子を登って、新宮殿の扁額に文字を記す。書き終えて地上に降りると、韋仲将の頭髪はすべて真っ白になっていた。彼は、子や孫に「もう書の勉強はするな」と言った。
『白髪鬼』(江戸川乱歩) 「わし(子爵大牟田敏清)」は美人妻瑠璃子とその情人川村に欺かれ、岩から転落死して埋葬される。しかし「わし」は棺の中で蘇生し、五日後に地上に出る。その間に、三十歳の「わし」はすっかり白髪になり、老人のごとき姿になっていた。「わし」はそれを利用し、外国帰りの別人をよそおって瑠璃子と川村に近づき、彼らを殺す。
*玉手箱を開けた浦島太郎はたちまち白髪の翁となった→〔箱〕1bの『万葉集』巻9。
*→〔蘇生〕7の『歌占』(能)。
*→〔処刑〕5aの『断頭台の秘密』(リラダン)は、ギロチン刑を受ける男の髪を鋏で刈る場面で、「鋏を当てて行くうちに見る見る頭髪が白くなるというような現象は生起しなかったことに人々は気付いた」と記す。通常は、見るまに白髪に変じて行く事例が多かった、ということなのであろう。
『神仙伝』巻5「薊子訓」 薊子訓(けいしくん)は神仙の人である。彼が、鬚も髪も真っ白な老人たちと対座して語り合うと、ただそれだけで、翌朝には老人たちの鬚も髪もみな黒くなっていた。
『感情教育』(フロベール) 一八四〇年、十八歳のフレデリックはアルヌー夫人と出会い、彼女に恋をする。一八四八年になって、ようやくフレデリックはアルヌー夫人と逢引きの約束をするが、子供の急病のため、アルヌー夫人は約束の場所へ来ない。フレデリックは怒り、他の女を愛人にするなどして、歳月が流れる。一八六七年、アルヌー夫人は突然フレデリックを訪問し、二人は今もなお愛し合っていることを感じる。しかし彼らは関係を結ぶことなく、アルヌー夫人は自らの白髪を一房切り取って残し、永遠の別れを告げる。
『仕事と日』(ヘシオドス) 神々が人間を作るに際し、最初に黄金の種族・ついで銀の種族・青銅の種族・半神族を作ったが、時を経て、皆滅び去った。現在地上にいる人間は、第五の、鉄の種族である。しかし、子供が生まれながらにして、こめかみに白髪を生ずるにいたれば、ゼウスはただちに人間たちを滅ぼすであろう。
『発心集』巻7−6 小野宮右大臣実資が納言ほどの位であった頃、小さな男が車に乗りこんで来て「閻王の使い白髪丸」と言い、実資の冠の上に昇って消えた。実資が帰宅してから見ると、白髪が一筋見出された。
*理髪師が、王の黒髪中に一本の白髪を見つける→〔理髪師〕3bの『ジャータカ』第9話。
*六十歳の王の黒髪に、白髪が生える→〔死体〕3bの『七王妃物語』(ニザーミー)第44章。
『平家物語』巻7「実盛(真盛)」 七十歳余の斎藤別当実盛は、白髪を黒く染めて戦場に出る。討死した実盛の首を見た木曽義仲は、老武者なのに鬢髭が黒いことを怪しみ、洗わせてみると白髪になった。
*実盛は死後、虫になった→〔虫〕2bの実盛虫(高木敏雄『日本伝説集』第22)。
『ヨハネの黙示録』第1章 「わたし(ヨハネ)」の前に、足まで垂れた上着を着、胸に金の帯をした人(キリスト)が現れた。頭髪は雪のごとく羊毛のごとく真っ白で、目は炎のごとく燃え、口からは両刃の剣が出ていた。その人は「わたし」に、これから見ることを書きとめよ、と命じた。
『今昔物語集』巻28−6 清原元輔が賀茂祭の使を勤めた時、落馬して冠を落とした。元輔は老齢で頭が禿げていたため、夕日を反射して頭がキラキラ輝き、一条大路の見物人たちは大笑いした。これに対して元輔は、笑うべきではない理由を長々と論じ、論じ終わってからようやく冠をかぶったので、見物人たちはまた笑った〔*『宇治拾遺物語』巻13−2に類話〕。
『百喩経』「禿げを治す喩」 禿げに悩む男が、医師に「禿げを治してほしい」と請う。ところが医師も禿げ頭であり、帽子をぬいで見せて「治せるものなら、まっ先に自分の禿げを治すよ」と言った。
*「禿げ」という言葉を嫌う男→〔言忌み〕1aの『阿Q正伝』(魯迅)。
*「禿げ頭」と嘲られた預言者→〔呪い〕10bの『列王記』下・第2章。
*二人の妻によって、禿げ頭にされてしまう夫→〔二人妻〕3bの『三国伝記』巻1−25。
*アイスキュロスの禿げ頭→〔落下〕3の『吾輩は猫である』(夏目漱石)8。
『イソップ寓話集』(岩波文庫版)375「禿げ頭の騎手」 禿げ頭の男が、かつらをつけて馬に乗っていたが、風でかつらが飛ばされた。人々が笑うと、男は「私のものでない髪が私から逃げたとて、何の不思議があるものか」と言った。
『風博士』(坂口安吾) 風博士は論敵の蛸博士によって、妻を奪われる。風博士は、「蛸博士が禿げ頭であることを妻に教えておくべきだった」と後悔し、夜、蛸博士の寝室に忍び入って、彼のかつらを盗む。「明朝、蛸の禿げが明らかになるだろう」と、風博士は期待する。しかし用意周到な蛸博士は、別のかつらを用意していた。
*自毛でなくかつらなので、呪いが効かない→〔髪〕5の『悪を呪おう』(星新一『ようこそ地球さん』)。
『ローマ皇帝伝』(スエトニウス)第1巻「カエサル」 カエサルは、自分の禿げ頭を苦に病んでいた。それゆえ彼は、元老院や民会から贈られた名誉のうちで、月桂冠を終身かぶれるという権利を、もっとも喜んで受け取り、活用した。
『好色一代女』巻3「金紙匕髻結」 髪が少なく「地髪は十筋右衛門」ともいうべき奥方が、かもじを入れて殿の目をごまかしていたが、ある時猫にとびつかれ簪が落ちて、髪のないことを知られ離縁された。
『枕草子』第172段(新潮日本古典集成版) 男が、明け方に女のもとを出るふりをして立ち帰り、女の様子をうかがい見る。すると、女のつけていた鬘がズレて光る頭が露わになったので、男は驚いてそっと帰って行った(萩谷朴説)。
*禿の女歌手→〔言い間違い〕4。
★3.蛇に呑まれて禿げ頭になった人と、蛇を食べて禿げ頭になった人。
『近世畸人伝』(伴蒿蹊)巻之1「樵者七兵衛妻」 木こり七兵衛が、うわばみに呑まれる。七兵衛の妻が鎌を持ってうわばみに立ち向かうが、これも呑まれる。妻は鎌で、うわばみの腹を切り裂き、七兵衛ともども命拾いする。しかし七兵衛はそれ以来禿げになり、まったく発毛しなかったので、「やかん七兵衛」と呼ばれた。
『西鶴諸国ばなし』(井原西鶴)巻2−2「十二人の俄坊主」 紀州の浦に、長さ十丈余りの大蛇があらわれ、十二人乗りの早舟を呑みこんだ。まもなく舟は大蛇の尻へ抜けて汀に漂着したが、十二人は皆気を失い、頭髪は一本もなく、にわか坊主になっていた。
『吾輩は猫である』(夏目漱石)6 ある年の冬。迷亭が越後と会津の境で、峠の一軒家に宿を請うた。家には爺さん婆さんと美しい娘がおり、迷亭は蛇飯を御馳走になって、たいへん美味だった。ところが翌朝、娘が高島田の鬘を取ると、やかん頭だったので、迷亭はたいへん驚いた〔*「蛇飯の食い過ぎで、のぼせて禿げたに相違ない」と、後に迷亭は苦沙弥たちに語る。迷亭は幸い禿げなかったが、その時以来近眼になった〕。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版・第43巻30ページ 特急列車の中。食堂車から戻ったカップルが、「僕たちの席は?」と迷う。その時、波平がトイレから帰って来て席につく。波平の禿げ頭を見たカップルは、「お! あそこだ」と言う。人は知らずに何かの役に立っていることがある。
*波平の禿げ頭を、蛍の光に見立てる→〔蛍〕5。
『鹿の子餅』「盗人」 盗人を警戒して、親父が蔵の中に寝る。夜中、二人組の盗人が、蔵の壁に穴を開けて入って来る。一人が品物を取り出し、もう一人が蔵の外で受け取る手筈である。親父が目を覚まして壁の穴を不審に思い、穴から頭をさし出す。外の盗人が「むむ。まず薬罐からか」。
『やかんなめ』(落語) 某家の奥方が花見に出かけ、持病の癪(しゃく)を起こす。普段は、やかんをなめると治るのだが、手近にやかんがない。通りかかった禿げ頭の武家に頼んで頭をなめさせてもらい、奥方の癪は治る。武家は頭が痛み出したので下男が見ると、頭に奥方の歯型がついている。武家「頭に傷ができたか」。下男「大丈夫。漏るほどの傷ではありません」。
『清兵衛と瓢箪』(志賀直哉) 瓢箪好きの子供清兵衛は、浜通りを歩いている時、屋台店から出てきた爺さんの禿げ頭を、瓢箪と思った。清兵衛は「立派な瓢じゃ」と感心して、しばらく見間違いに気づかずにいた。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ77 会津の話。大雨の夜半、魚の化け物が町を徘徊することがある。ずるずると音がして、掌ほどの大きさの鱗が、泥の中に落ちている。戸の節穴などを通して化け物の姿をのぞき見ると、その人は必ず節穴から髪の毛を吸い取られ、円形の禿げができる。
*→〔のぞき見〕1cの『英雄伝』(プルタルコス)「アレクサンドロス」3のように、のぞいた片目がつぶれた、というのが原型だったかもしれない。
敗戦近きころ内地で(松谷みよ子『現代民話考』) 昭和二十年頃の内地。兵営の裏の川で、兵隊たちが洗濯をしていたが、ほとんど皆、頭髪の薄い者や禿げた者だった。部隊副官がこれを見て驚き、「防諜上悪い」と言って、軍帽をかぶるよう命令した。頭の禿げた老兵ばかりでは、戦力の低下がわかってしまうからである(岡山県)。
*原爆を受けたため禿げ頭になる→〔原水爆〕1の『はだしのゲン』(中沢啓治)。
★.化け物が出る宿を訪れる・泊まる。
『狗張子』(釈了意)巻7−2「蜘蛛塚のこと」 五条烏丸辺の大善院の本堂には化け物が住み、三十年間に三十人が死に、死骸も残らなかった。山伏覚円が泊まると、夜のうちに二度、天井から毛の生えた大きな手が出て、覚円の額をなでたので、覚円は刀で切った。翌朝見ると、長さ二尺八寸・朱眼・銀爪の大蜘蛛が死んでいた。
『草迷宮』(泉鏡花) 魔界の美女菖蒲と彼女を守護する妖怪一統が、三浦半島秋谷の鶴谷邸空き屋敷に住みつく。そこは一年前の夏、一時に五人の葬式が出た家だった。妖怪たちは屋敷内にさまざまな怪事を起こして、人々を近づけぬようにするが、旅人葉越明が泊まりこんで何としても立ち退かず、ついに菖蒲と妖怪たちは屋敷を去る。
『宝の化け物』(昔話) 武者修行の武士が、化け物が出るという空き家に泊まる。夜中に「さいわい、さいわい」という声とともに怪しの者が現れるので取り押さえると、それらは金・銀・銅の精、壺の精であった。翌朝床下を掘ると、金銀の詰まった壺が出てきた。
『化けものつかい』(落語) 人づかいが荒く奉公人泣かせの隠居が、化けものが出る家を安く買って単身で住む。最初の晩は一つ目小僧、二晩目は青白い女、三晩目は三つ目大入道が現れるが、隠居は、水汲み・裁縫・掃除などを次々と言いつけて、彼らをこき使う。四晩目に大狸が訪れる。隠居「いろんなものに化けたのはお前だな」。大狸「今夜限り、お暇をいただきたい。あなたのように化けものつかいが荒くては、とても辛抱できません」。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ4 鳥屋喜右衛門が、注文を受けた鶉を武家屋敷へ持参し、一室で待つ。小僧が来て、床の間の掛け軸を何度も巻き上げては手を離して下に落とすので、「いたずらは良くない」と喜右衛門が声をかけると小僧は振り返るが、その顔はのっぺらぼうだった。屋敷の侍は「悪い日に来た。あんなことは年に四〜五度きりなのに」と言った〔*類話である『半七捕物帳』(岡本綺堂)「一つ目小僧」では、掛け軸にいたずらする小僧は一つ目で、しかもそれは、喜右衛門から金十五両の鶉をだまし取るための策略だった、という物語になる〕→〔すりかえ〕8。
『江談抄』第2−3 冷泉帝が夜の御殿に入り、神璽の箱の結び緒を解いて開けようとした。そこへ藤原兼家がかけつけ、これを奪い取ってもとのように結んだ。
『神道集』巻8−47「富士浅間大菩薩の事」 駿河国冨士郡の竹林から現れた赫野(かくや)姫は、国司と夫婦約束をしたが、やがて「富士山の仙宮へ帰る」と告げ、反魂香を入れた箱を与えて、「時々開けて見よ」と言い残した。国司が箱の蓋を開けると、煙の中にほのかに姫の姿が見えた。
『丹後国風土記』逸文 神女が水の江の浦の嶼子(=浦島)に、「私に再び逢おうと思うなら、決して開けてはならない」と告げて玉櫛笥(たまくしげ)を渡す。故郷の丹後国筒川に戻った嶼子は、寂しさのあまり玉櫛笥を開ける。中からかぐわしい姿のものが、風雲とともに天に飛びかける〔*『万葉集』巻9 1744歌では、箱から白雲が出て、浦島は心消え失せ肌も衰え髪も白くなった、と述べる。『浦島太郎』(御伽草子)では、箱から紫の雲三すじが立ち昇り、二十四〜五歳の年齢もたちまち変わり果てた、と記す〕。
寝覚めの床の伝説 龍宮から故郷丹後の筒川に帰った浦島は、知る人もいないので村を出、夢うつつのような状態で流浪して木曽の山中に到り、釣りをして暮らす。ある時、土地の人に龍宮の思い出話をするうち、ふと玉手箱を開けると、たちまち浦島は老人になり、ハッと驚いて目が覚めた。それゆえこの地を「寝覚め」という(長野県木曽郡上松町。*寝覚めの床の下に龍宮城がある、という伝えもある)。
*若かった浦島が、自らの手で玉手箱を開けたとたん老いて倒れるのは、→〔肖像画〕4bの『ドリアン・グレイの肖像』の、青年の容貌を持つドリアンが、自らの手で肖像画を切り裂いたとたん初老の男に化して死ぬ物語と、同質のものであろう。
*→〔すりかえ〕4の『今昔物語集』巻30−1では、平中が女の排泄物の入った筥(=箱)を開け、病死する。玉手箱を開ける物語の変型と見ることができる。
★1c.男が開けてはいけない箱を開けたために、鼻血が出る・死ぬ、などの目にあう。
『太平記』巻1「御告文の事」 後醍醐帝が告文を幕府に送る。道蘊入道が「告文披見は恐れあり。文箱を開かずに勅使に返し参らすべき」と申言するが、北条高時は斉藤利行に告文を読ませる。たちまち利行は目くるめき鼻血が出て、七日を経ずして死ぬ。
『平家物語』巻11「能登殿最期」 壇の浦の合戦で、平家は敗北する。平家の船中に、内侍所(=三種の神器のうちの鏡)を納めた唐櫃があった。源氏の兵たちが、唐櫃の錠をねじ切って蓋を開こうとすると、たちまち彼らは目がくらみ鼻血が出た。捕虜になっていた平大納言時忠が、「あれは内侍所である。凡夫が拝見してはならぬものだ」と言い、兵たちは退いた。
★1d.箱を開けても、中のものを見なければ、無事でいられる。
『レイダース 失われた聖櫃(アーク)』(スピルバーグ) 強大な魔力を持つ古代の聖櫃を、ナチス・ドイツの一派が手に入れる。蓋を開けると、中から煙のようなものが湧き出て、美女や悪魔の顔に変わる。それを見たナチスの幹部や兵たちは皆、身体が燃え出して溶けてしまう。捕らわれていたアメリカ人考古学者インディ・ジョーンズと恋人マリオンの二人だけは、目を固く閉じていたため、無事であった。
『天稚彦草子』(御伽草子) 長者の三人娘の末子が天稚彦(天稚御子)と結婚して、幸福に暮らす。ある時、天稚彦は「この唐櫃を開けるな。もし開けたら、私は帰って来れなくなる」と妻に言い残して、天に昇る。ところが妻の二人の姉たちがやって来て、唐櫃を開けてしまう。中には何もなく、煙だけが空へ昇って行く→〔夫〕3。
『黄金のろば』(アプレイウス)巻6 冥王の妃ペルセポネの容色の美の一部を小箱に封じ、それをプシュケが女神ヴェヌスのもとへ届けに行く。途中、プシュケは箱を開けて見る。幽冥界の眠りが立ち昇り、彼女は倒れる。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章 女神アテナが嬰児エリクトニオス(*→〔精液〕1b)を箱に入れ、「開けてはならぬ」と禁じて、この箱をケクロプスの娘たちに預ける。娘たちが中を見ると、大蛇が嬰児に巻きついていた。
『日本書紀』巻5崇神天皇10年9月 倭迹迹日百襲姫は、夫オホモノヌシノカミの真の姿を見ようと櫛笥を開く。中には小蛇がいた。夫は去り、姫は死ぬ〔*『今昔物語集』巻31−34の類話は、油壺の内にうごめくものを取り上げて見ると小蛇であった、と記す〕。
*→〔妻〕1の『仕事と日』(ヘシオドス)。
『閹人あるいは無実のあかし』(澁澤龍彦『唐草物語』) 美男のコムバボスは、シリア王妃ストラトニケーの長旅の護衛をするに先立って、自らの性器を切り取った(*→〔去勢〕1)。彼は性器に防腐処置をほどこし、小箱に封印してシリア王に預けた。旅から帰った後、コムバボスは預けておいた小箱の中身をシリア王に見せる。シリア王は、王妃とコムバボスの不義を疑っていたが、切断された性器を見て、疑いを解いた。
『今昔物語集』巻27−21 勢田橋を渡る紀遠助に、怪しい女が箱を託し、「美濃国の某所の橋で待っている女に届けて下さい。箱を開けてはなりません」と言う。しかし遠助は依頼されたことを忘れ、箱を持ったまま帰宅する。妻が遠助の留守中に、「どこかの女への贈物だろう」と嫉妬して箱を開けると、人の目玉と男根とが数多く入っていた。その後、遠助は病気になり、死んでしまった。
*多くの目玉の入った袋→〔袋〕6の『述異記』(祖冲之)11「袋の中の目玉」。
『古本説話集』下−66 貧僧が百日参りをして、賀茂神社から白木の長櫃を得る。中には白い米と良質の紙が入っており、どれだけ取っても少しも減らなかった〔*『宇治拾遺物語』巻6−6に類話〕。
『鉢かづき』(御伽草子) 臨終の母が、十三歳の姫の頭に手箱をのせ、その上に鉢をかぶせた。後に鉢が割れ、箱の中から金銀の宝物が出てきた。
『三国遺事』巻1「紀異」第1・金ユ信 王が占師楸南を試すために、箱の中に鼠を一匹入れて「これは何か」と問う。楸南が「鼠八匹」と答えたので、王は、にせ占師として楸南の首を討つ。その後に鼠の腹を割くと、子が七匹入っていた。
*→〔三者択一〕3の『ヴェニスの商人』(シェイクスピア)第2〜3幕。
『カター・サリット・サーガラ』「マダナ・マンチュカー姫の物語」4・挿話10の4 神通力を持つと称する婆羅門を試すため、王が「蓋つきの水差しの中身を当てよ」と命ずる。婆羅門は中身がわからず、幼い頃「蛙」というあだ名をつけられたことを思い出して、「蛙よ。水差しのためにお前は死ぬのだ」と自嘲する。ところが水差しの中身は蛙だったので、王は婆羅門を賞讃する。
『ものしり博士』(グリム)KHM98 ものしり博士を詐称する百姓クレープスを試すため、殿様が「おおいをした大皿の中身を当てよ」と言う。クレープスは困って「なんということだ。憐れなクレープスよ」とつぶやく。ところが皿の中身は海老(クレープス)だったので、殿様は感心する。
『武道伝来記』(井原西鶴)巻1−2「毒薬は箱入の命」 橘山刑部家の女中小梅が、毒入りの菓子で仲間の女中七人を殺す。刑部は処罰のため、木箱を作って中に小梅を入れ、殺された女中たちの親兄弟を呼び寄せて、恨みを晴らすべく大釘を打たせる。小梅は全身に釘を打たれ、十一日目の暮れ方に死ぬ。
*棺の中に入る人→〔棺〕1の『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)13。
『箱男』(安部公房)「たとえばAの場合」 大きなダンボール箱をかぶって街を歩く箱男の真似をして、Aはアパートの自室で箱に入る。すると、とても懐かしい場所のような気がして落ち着いた。Aは箱に覗き穴をあけ、食料と便器を持ち込み、手淫も試みる。一週間後、Aは箱をかぶって通りへ出、そのまま戻らなかった〔*→〔後ろ〕3の『カンガルー・ノート』でも、主人公の「ぼく」はダンボール箱に入れられる〕。
『日本霊異記』中−6 ある人が書写した法華経を収めるため、白檀・紫檀の箱を指物師に作らせたが、経は長く、箱は短くて、中に入らない。そこで二十一日間仏に祈ると、経は箱に収まった。書写した経と原本の経を較べると同じ長さだったので、不思議なことであった〔*→〔像〕7の『美神』(三島由紀夫)と類想〕。
『ギルガメシュ叙事詩』 神々が洪水を起こして町を沈めようとする。人間の味方であるエア神が、ウトナピシュティムに方舟を造るよう命ずる。六日六晩の嵐と洪水で、すべての人間は粘土と化す。水が退いた後、ウトナピシュティムは二つの川の合わさる地に住んだ。
『創世記』第6〜7章 神は人と動物を創ったことを悔やみ、これを絶やそうと考える。神はノアだけに、三階から成る巨大な箱船を造るよう告げる。ノアは神の言葉に従い、家族と雌雄つがいの動物たちを連れて、箱船に入る。ノアが六百歳の時に洪水が起こり、四十日四十夜雨が降って、地上の全生物が死ぬ。
『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」 マヌが、創造主ブラフマーの化身である魚の教えによって、大きな箱船を作り、長いロープをつけ、あらゆる種類の種子を集め、七人の聖仙と一緒に乗りこむ。世界は洪水の海に沈み、角ある魚が何年もの間箱船のロープを曳き、ヒマラヤ山頂にたどり着く。
★2.二十世紀の箱船ともいうべき核シェルターにこもって、核戦争に備える。
『方舟(はこぶね)さくら丸』(安部公房) 「ぼく(モグラ)」は、採石場跡の巨大な地下街とでもいうべき洞窟で暮らし、核戦争に備える。デパートで出会った「昆虫屋」・「サクラ」・「女」が、「ぼく」とともに地下で生き残る資格を持つ仲間になる。しかしよそ者が侵入したり、便器の穴に「ぼく」の片足が吸い込まれて動けなくなるなど、思いがけぬトラブルが起こる。結局「ぼく」は一人地上へ戻るが、街は生き生きと死んでいるように見える。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章 父アクリシオスによって青銅の室に閉じ込められた娘ダナエを、プロイトスが犯し、あるいはゼウスが黄金の雨と変じて彼女の膝に流れ入り、ペルセウスが誕生する。アクリシオスは、娘と嬰児を箱に入れて海に投ずる→〔部屋〕3a。
『三国史記』「新羅本紀」第1・第4代脱解尼師今前紀 多婆那国王の妃が卵を産み、箱に入れて海に捨てる。箱は辰韓の阿珍浦に漂着し、老婆が箱を開けると、一人の少年がいた。長年の後、彼は六十二歳で即位し、新羅の王脱解尼師今となった。
『曽我物語』巻6「弁才天の御事」 流沙の水上に住む「ふん女」(後に弁才天)が、五百の卵を産んだ。五百まで生まれるのはただごとでなく、しかも卵生は罪深いものなので、彼女は五百の卵を箱に入れて流沙の波に流し捨てた〔*『今昔物語集』巻5−6に類話〕。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第3日第2話 ペンタは自らの両手を切り落として兄王からの求婚を退ける。怒った兄王はペンタを箱に入れ、海に捨てる。テッラウェルデの王が、波間を漂う箱の中の彼女を見つけて妃にする。
『源平盛衰記』巻10「中宮御産の事」 中宮徳子御産の折、二位殿が一条堀川戻り橋で橋占を問うと、十四〜五歳の童部が十二人、手をたたいて「榻は何榻国王の榻、八重の潮路の波の寄せ榻」と歌い、橋上を走り過ぎた。これは、安徳天皇が八歳で壇の浦に沈むことを予示したのだった。
『ドイツ伝説集』(グリム)212「橋の上の宝の夢」 男が「レーゲンスブルクの橋へ行くと金持ちになれる」との夢告を得て、毎日橋へ出かける。そこで会った商人が、木を指して「あの下に宝があるとの夢を見たが、本気にはしない」と言う。男は木の下を掘って宝を見つける。
『味噌買橋』(昔話) 乗鞍岳麓の村に住む炭焼き長吉が、「高山の味噌買橋に行けば良い事がある」との夢告を得る。長吉が高山へ行って何日も味噌買橋のたもとに立っていると、豆腐屋が来て「乗鞍岳麓の長吉という人の家の側に杉があって、その根に宝物が埋まっているという夢を、私は見た。しかし夢なんかあてにならぬ」と言う。長吉はすぐ自分の家に帰り、杉の根から宝物を掘り出して、長者になった(岐阜県大野郡高山町)。
『今昔物語集』巻27−13 「近江国安義の橋に怪異あり」との噂の実否を確かめるため、一人の男が夕暮れ時、馬に乗って出かける。橋上にたたずむ女が声をかけるのを無視して通り過ぎると、女は丈九尺の一眼の鬼となって、追って来る→〔変身〕8c。
『今昔物語集』巻27−21 瀬田の橋を渡る紀遠助に、怪しい女が箱を託して、「美濃国の某所の橋で待っている女に届けて下さい」と依頼する。女は「箱を開けてはなりません」と禁ずるが、遠助の妻が箱を開けてしまう(*→〔箱〕3b)。遠助はあわてて箱に蓋をして、美濃国の某所の橋まで持って行く。待っていた女が不機嫌な顔で、「箱を開けましたね」と言って受け取る。遠助はその後、死んでしまった。
『俵藤太物語』(御伽草子) 近江国瀬田の橋に大蛇が横たわり、人々は行き悩んでいた。俵藤太秀郷が行って見ると、二十丈ほどの大蛇が十二の角をとがらせて臥している。秀郷は少しも恐れず、大蛇の背をむずむずと踏んで通り過ぎる〔*大蛇は勇者を探すために橋上にいたのであり、秀郷を勇者と見込んで大百足退治を依頼する〕。
『橋弁慶』(能) 夜更けの五条の橋に、小太刀で斬り廻る少年が現れると聞いた弁慶は、「その化生の者を退治しよう」と出かける。橋上で弁慶は少年と激しく闘うが、どうしても勝つことができない。少年が「吾は源義朝の子・牛若」と名乗るのを聞いて弁慶は降参し、その場で牛若と弁慶は主従の契約を結ぶ。
*→〔唾〕1cの『今昔物語集』巻16−32。
『三国伝記』巻6−9 吉野・熊野で修行した浄蔵が六年ぶりに帰京する。彼は一条通りを東進し、堀川の橋に到った時、父・三善清行の葬列に出会った。浄蔵は諸仏に祈り、死後四日の父を蘇生させた。一条堀川の橋を「戻り橋」というのは、三善清行が冥府からこの世へ戻ったゆえ名づけられたのである〔*『撰集抄』巻7−5に簡略な類話〕。
『哀愁』(ルロイ) 第一次大戦時、空襲警報下のウォータールー橋で、若い大尉クローニンとバレリーナのマイラとが出会う。二人は恋に落ち結婚を約束するが、出動命令が下って、クローニンは戦線へ行かねばならない。後、不運が重なり(*→〔死〕3)、マイラは、思い出のウォータールー橋を走るトラックに身を投げて死ぬ。それから二十年後。第二次大戦開戦の日、大佐となったクローニンは、ウォータールー橋に一人たたずみ、マイラを思う。
『君の名は』(菊田一夫) 昭和二十年(1945)五月二十四日の大空襲の夜、数寄屋橋で、後宮春樹は若い娘(氏家真知子)の命を救う。「半年たって生きていたら、もう一度ここで会おう」と春樹は言い、「君の名は?」と問う。真知子は「お互いに名前を知らぬまま再会する方がロマンチックだ」と思い、「必ず来るわ」と答える。二人は互いの名を知ることなく、手を握り合って別れる→〔すれ違い〕1。
*→〔遊女〕1の『猿源氏草紙』(御伽草子)。
『絵本太閤記』 三河岡崎の矢作(やはぎ)橋の上で日吉丸が眠っていると、蜂須賀小六の一行が通りかかり、日吉丸の頭を蹴った。日吉丸は起き上がり、「気をつけて歩け! 通るなら、目を開けて、お辞儀をして行け」と、啖呵をきった。蜂須賀小六が日吉丸を見ると、まだ十二〜三歳の子供だったが、胆力があり、頭も良さそうだった。小六は日吉丸に無礼を詫び、「行く所がないなら、おれの手下にならぬか」と誘った。
*この物語の変形が、『明(みん)史』巻322「外国」3「日本」の、平秀吉と関白信長の出会いの物語であろう→〔木〕13b。
『黄金伝説』49「聖パトリキウス」 貴族ニコラウスが悪行を償うため煉獄へ下る。火と硫黄の川の上の狭い橋を、主の御名を唱えつつ渡り、花々の香る草原に到る。二人の少年が彼を黄金と宝石に輝く都に案内し、ここは楽園だと告げる。
『黄金伝説』156「奉教諸死者の記念」 死者のうち心正しい者は、橋を渡って美しい草原へ行く。そこには純白の衣を身にまとった一群の人々がいる。心正しくない者は橋を渡れず、下の悪臭を放つどぶ川にころげ落ちる。
『古事記』上巻 高天の原に生まれ出たイザナキ・イザナミの二神は、くらげのごとく漂っている下界の土地を修め固めるために、天の浮橋の上に立った。二神は天の浮橋から天の沼矛を指し下ろして、オノゴロ島を作り成した。
『石橋(しゃっきょう)』(能) 唐の清涼山の石橋は、人間が造ったのではなく、自然に出現したものである。幅一尺足らず、長さ三丈余で、深さ千丈の谷にかかっており、向かいは文殊菩薩の浄土である。渡唐した寂照法師が石橋を渡ろうとすると、童子が「危険である。人間には渡れない」と言って止める。やがて石橋の上に、文殊菩薩の乗り物である獅子が現れ、千秋万歳を祝って舞う。
*→〔梯子〕1aの『丹後国風土記』逸文「速石の里」(天の橋立)。
『俊頼髄脳』 役行者(えんのぎょうじゃ)が、葛城山に住む一言主神に「この山から吉野山まで、岩橋を渡して下さい」と請う。一言主神は願いを聞き入れ、「私は容姿が醜く、人々が恐れるといけないから、夜だけ現れて橋を架けよう」と言う。しかし一言主神は、橋を少し造りかけながら、途中でやめてしまった。役行者は怒り、一言主神を葛(かずら)で山に縛りつけた。
『ラーマーヤナ』第6巻「戦争の巻」 ラーマと猿軍は、工神ヴィシュヴァカルマンの息子ナラの援助を得て、五日間でインドからランカー島への橋を作る。ラーマは猿軍を率いて、ランカー島のラーヴァナの城へ攻めこむ。
*→〔最初の人〕2cの『ドイツ伝説集』(グリム)186「フランクフルトのザクセンホイザー橋」・〔名当て〕2の『大工と鬼六』(昔話)。
『永代橋』(落語) 文化四年(1807)八月十九日の深川の祭りの日、群集の重みで永代橋が落ち、大勢が死んだ。死者の中に一人のスリがいたが、彼は長屋の武兵衛の紙入れを持っていたので、武兵衛が死んだものと見なされた。家主が武兵衛に「お前は死んだのだから、死骸を引き取れ」と言う。武兵衛は死骸の顔を見て、「これは俺じゃないと思う」と否定する〔*→〔アイデンティティ〕1bの『粗忽長屋』と同想〕。
『八幡祭小望月賑(はちまんまつりよみやのにぎわい)』(河竹黙阿弥) 深川八幡祭の夜、大勢の人出の中で喧嘩騒ぎが起こる。花水橋の欄干が壊れ、多くの人が川に落ちて死ぬ。芸者美代吉は、橋の下を通りかかった縮屋新助の小舟に落ち、命拾いをする。かねて美代吉に思いを寄せていた新助は、彼女を口説くが断られる〔*新助は妖刀村正をふるい、美代吉をはじめ二十数人を殺す。その直後に新助は、美代吉が五歳の時生き別れた妹だったことを知る〕。
『戦場にかける橋』(ブール) 第二次大戦下、日本軍はイギリス兵捕虜たちを使役して、タイ・ビルマ(ミャンマー)国境のクワイ河に、橋を架ける。捕虜長ニコルスン大佐は綿密な工事計画をたて、日本兵も作業に協力し、橋は完成する。その時、連合軍特殊部隊が橋を破壊すべく爆弾をしかける。ニコルスン大佐は橋を守ろうとし、特殊部隊は、日本兵のみならずニコルスン大佐をも砲撃する。しかし橋に大きな損傷を与えることはできなかった。
『誰がために鐘は鳴る』(ヘミングウェイ) 内戦下のスペインで、アメリカ人青年ロバート・ジョーダンは民主主義防衛のため、ゲリラ活動に身を投じて政府軍を支援する。ゲリラたちは、敵ファシスト部隊を孤立させるべく、その背後の鉄橋を爆破するが、ロバートは馬の下敷きになり、大腿骨を骨折して動けなくなる。彼は恋人マリアを仲間たちに託して去らせ、一人残って敵兵に銃を向ける。
魚橋の伝説 行基菩薩が川向こうの寺を訪れようとするが、大洪水で橋が流される。鯉の大群が背を連ねて行基の前に集まり、行基は鯉の背に乗り川を渡る。人々はこれを「魚橋」と呼び、以後、鯉の殺生を絶った(大阪府豊中市)。
『淮南子』逸文 七月七日の夜、天の川に多くの鵲が羽を連ねて橋を作り、織女を渡す。
猿橋の伝説 推古天皇の代。百済の志羅乎(しらこ)が桂川の架橋工事を依頼され、その設計に苦慮していた。ある日、多くの猿たちが体をつなげ合って橋を作り対岸へ渡るのを見て、木を少しずつ重ね合わせ支柱なしで橋を作る方法を、志羅乎は思いついた(山梨県大月市猿橋町猿橋)。
『捜神記』巻14−3(通巻342話) 稾離(高麗)国王は、息子東明に国を奪われるのではないかと恐れ、東明の命をねらった。東明は逃げ、南方の施掩水まで来て弓で水を叩くと、魚やすっぽんが橋を作って東明を渡した〔*『論衡』「吉験篇」に類話〕。
『平家物語』巻5「咸陽宮」 秦国に捕らわれていた燕の太子丹が、故国へ帰ろうとするが、秦軍が橋に仕掛けをしたため、丹は川中へ落ちる。しかし数多くの亀が水上に浮かんで甲羅を並べ、丹はその上を歩いて対岸に着く。
*一頭の大鹿が橋となって、多くの獣たちを渡す→〔犠牲〕4cの『大智度論』巻26。
*兎が鰐をだまして、一列に並ばせる→〔わに〕3の『古事記』上巻。
『藁と炭と豆の旅』(昔話) 藁と炭と豆が、京参りの旅をする。川に橋がなかったので、藁が横たわって橋になる。炭が橋を渡る時、川風で炭の火がおこり、藁が燃えて、炭と藁は川に落ちる。豆がそれを見て笑い、腹の筋が切れたので、富山の薬売りが黒糸で縫ってくれる。今でも豆の腹には、黒糸の縫い目が残っている(新潟県長岡市栖吉町)〔*『わらと炭とそらまめ』(グリム)KHM18と同型〕。
『橋』(カフカ) 「私」は橋だった。深い谷のこちら側に両足のつま先を、向こう側に両手を突き立てて、誰か来るのを待っていた。旅人が来て、杖で「私」をつつき、ヒョイと「私」の真ん中に跳び乗った。「私」は「誰だろう?」と思い、子供か、幻影か、追い剥ぎか、自殺者か、誘惑者か、破壊者か、知りたくて寝返りを打った。とたんに「私」は落下し、バラバラになった。
『唄をうたう骨』(グリム)KHM28 二人兄弟が猪退治に出かけ、弟が猪をしとめる。しかし兄が、弟を橋の上から川へ突き落として殺し、死体を橋の下に埋める。兄は猪退治の手柄を横取りし、褒賞として王女を得る→〔骨〕2。
『踊る骸骨』(昔話) 七べえと六べえが出稼ぎに行くが、その帰り、七べえは六べえを一本橋から谷底へ突き落として殺し、金品を奪う。翌年、七べえが一本橋を通る時、骸骨が現れ、「おれは六べえだ。骸骨姿で踊るから、それを人に見せて金を取れ」と言う。七べえは、方々の村で骸骨踊りを見せ、金をもうける(新潟県長岡市前島町)→〔霊〕6c。
*橋を渡る→〔無言〕1cの『橋づくし』(三島由紀夫)。
『神曲』(ダンテ)「天国篇」第21〜33歌 ベアトリーチェに導かれて土星天(第七天)まで昇って来た「私(ダンテ)」は、黄金の梯子がはるか上方へかかっているのを見る。「私」はベアトリーチェに励まされて梯子を登り、恒星天(第八天)へ入る。ついで原動天(第九天)・至高天(第十天)へと進む。
『創世記』第28章 ヤコブは旅の途中、ある所で石を枕に寝て夢を見た。一つの梯子(階段)が地上に立っていて、その頂は天に達し、神の使いが上り下りしていた。そして神が「あなたが伏している地を、あなたと子孫に与えよう」と告げた。
『丹後国風土記』逸文「速石の里」 大神イザナギノミコトが、地上から天(=高天原)へ通うために椅(はし=梯子)を作って立てかけた。それゆえ「天の椅立」という。ところが、神が寝ている間に梯子は倒れ伏してしまった〔*これが現在の「天の橋立」である〕。
『日本書紀』巻6垂仁天皇87年2月5日 五十瓊敷命(いにしきのみこと)は長年、石上神宮の神宝を管理してきたが、老齢になったので、「管理の仕事を、妹大中姫(おほなかつひめ)にまかせたい」と考えた。大中姫は、「か弱い女ですから、高い神庫(ほくら)には登れません」と断った。五十瓊敷命は「私が梯子を作ってやろう。梯子を使えば、神庫に登るのは難しくない」と言った。これが、「神の神庫も樹梯(はしたて)のまにまに」という諺の由来である。
『蒙求』162「魯般雲梯」 楚王は技術者魯般に命じて、雲まで届くような高い梯子を作らせ、それを用いて宋の城を攻めた。宋では墨子が固く城を守り、楚軍は九度攻め寄せたが、宋は九度ともこれを撃退した〔*ここから「墨守」という言葉ができた〕。
『三国志演義』第39回 劉キが「古書をお目にかける」と偽って諸葛孔明を二階へ招き、「私は継母に厭われており、命も危ない。助かる方法を教えよ」と迫る。梯子が取り払われて、孔明は階下へ降りられない。孔明は「江夏地方への駐屯を父に志願し、継母から逃れよ」と教える。
『二十四孝』(落語) 孝行息子が酒を自分の身体に吹きつけ、蚊に「どうか母をささずに、私にたかって腹を肥やしておくれ」と頼んで寝た。これを聞いた男が「あっしなら二階の壁に酒を吹きつけ、蚊が喜んで二階へ上がったところで、梯子を外す」と言った。
『砂の女』(安部公房) 男が砂丘に埋もれそうな村を訪れ、砂の穴の底の、寡婦が住む民家に泊まる。縄梯子で下に降り、翌日帰ろうとすると、縄梯子は取り払われており、上がることができない。やむなく男は、寡婦と同棲生活を始める。後、子宮外妊娠した寡婦を病院へ運ぶ際、縄梯子が下ろされるが、その時すでに男は、穴の外へ出て行く気をなくしていた→〔宿〕7a。
★2c.二階から梯子を外すと、敵も登れないが自分たちも降りられない。
『平家物語』巻5「奈良炎上」 治承四年(1180)十二月二十八日。平重衡率いる平家の軍勢が奈良へ攻め入り、興福寺等の衆徒と戦う。老僧・女・子供など千余人が東大寺大仏殿の二階に避難し、敵が登って来ないように橋(=梯子。「階段」という解釈もある)を外す。夜になって、平家が町に火をかける。二階の人々は梯子がないので降りることができず、皆焼け死ぬ。
『御慶(ぎょけい)』(落語) 暮れの二十八日。貧乏長屋の八五郎が、梯子の上に鶴がとまっている夢を見る。「鶴は千年」で梯子は「八四五」だから、「鶴の一八四五番」の富札を買えば当たるだろう、と八五郎は考える。しかし大道易者に「梯子は下から上へ登るものだから、『八四五』でなく『五四八』。『鶴の一五四八番』が良い」と教えられ、そのとおりに買うと千両が当たる。八五郎は裃を新調し、「御慶、御慶」と言って年始まわりをする。
『聊斎志異』巻7−263「郭秀才」 郭という人が、山中で道に迷う。十数人の男が酒宴をしており、郭にも酒を勧める。彼らは「肩乗りの手品をお目にかけよう」と言い、まず一人が直立する。その肩の上に別の一人が乗って直立する。同様にして、次々に前の男の身体によじ登って肩の上に立ち、天まで届くほど高くなった。突然、十数人はそのまま地上に倒れ、一すじの長い道に化した。郭はその道を歩いて、帰ることができた。
*梯子が倒れて道になる→〔梯子〕1aの『丹後国風土記』逸文「速石の里」の「天の橋立」。
*地下から地上へ通ずる綱梯子→〔異郷訪問〕3の『河童』(芥川龍之介)。
*壁にかけた高い梯子を突き放す→〔熱湯〕3の『ノートル=ダム・ド・パリ』(ユゴー)第10編4。
『坊っちゃん』(夏目漱石) うらなり君の送別会が、料理屋の五十畳の広間で開かれた。挨拶が済み、盃のやり取りが始まって、席がだんだん乱れてくる。野だ(=野だいこ)が、いろんな踊りを踊ったあげく、丸裸の越中ふんどし一つになり、棕梠箒(しゅろぼうき)を小脇にかいこんで、「日清談判破裂して・・・・・・」と座敷中練り歩く。まるで気違いだ。「おれ(坊っちゃん)」は癇癪を起こして、拳骨で野だの頭をぽかりと喰らわしてやった。
『カルメン故郷に帰る』(木下恵介) 昭和二十年代。浅間山麓の村の娘おきんが家出して東京へ行き、リリイ・カルメンというストリッパーになる。何年か後、彼女は「故郷へ錦を飾るのだ」と言って、仲間のマヤ朱実を連れて帰って来る。二人は村でストリップショーを上演し、男たちは大喜びする。小学校長は怒り、おきんの父は嘆く。おきんは出演料をすべて父に贈り、父はそれを小学校に寄付する。おきんと朱実は意気揚々と村を後にする。
『裸で御免なさい』(アレグレ) 良家の娘アニエスが、素人ストリップ・コンテストに賞金目当てで出場する。ただし仮面をつけ、「ソフィア」と名乗って舞台に立つ。恋人の新聞記者ダニエルが取材に来て、仮面の女ソフィアをアニエスと知らずに口説く。ダニエルは、アニエスと逢う時にはソフィアを口説いたことを非難され、ソフィアと逢う時にはアニエスとの関係を咎められる〔*やがてアニエス=ソフィアであることがわかり、ダニエルとアニエスは結婚する〕。
*アメノウズメの裸踊り→〔性器〕1aの『古事記』上巻。
『コーラン』7「胸壁」18〜23 シャイターン(=サタン)が、アーダム(=アダム)とその妻をだまして、禁断の木の実を食べさせた。たちまちアーダムと妻の目には、それまで見えなかった自分たちの陰部が、むき出しに見え出した。二人は、あわてて楽園の木の葉を縫い合わせて、身をおおった〔*20「ター・ハー」114〜127にも同話〕。
古宇利島(こおりじま)の話(沖縄の民話) 大昔、古宇利島に男と女がいて、二人とも裸で暮らしていた。ある日、海辺に出ていると、海馬(じゅこん)のオスとメスが、二人の前で交合した。これを見た二人は、はじめて「裸でいるのは恥ずかしいことだ」とわかり、その時から、くばの葉で前をおおうようになった。
*女性の裸体を見て、盲目になる→〔盲目〕3a。
『うつほ物語』「楼の上」下 仲忠とその母・尚侍(=俊蔭女)は、京極邸の東の楼で、六歳のいぬ宮に一年間かけて秘琴を伝授する。八月十五夜に嵯峨院と朱雀院を迎えて琴の披露が行なわれ、尚侍の演奏は様々な奇瑞を起こし、いぬ宮の演奏は人々に大きな感動を与える。
『源氏物語』「須磨」 都から退去し須磨に移り住んで数ヵ月後、光源氏は八月十五夜の月を見て、入道の宮(藤壺)を思い、兄朱雀帝を思う。
『今昔物語集』巻24−23 逢坂の盲人蝉丸が弾く琵琶の秘曲を聞きたさに、源博雅が都から毎夜逢坂へ通い、ひそかに立ち聞きする。三年目の八月十五夜、蝉丸が「今宵の哀れを語り合う人が欲しい」と独言するので、源博雅は名乗りを上げ、蝉丸から秘曲を伝授される。
『三井寺』(能) 駿河・清見が関の女が、行方知れずの息子・千満(せんみつ)を捜して上京する。女は清水観音に祈願し、「三井寺へ行け」との夢告を得る。八月十五夜、女は狂乱の心で三井寺を訪れ、鐘をつこうとして僧たちに止められる。千満は人買いにさらわれ(あるいは人買いに身売りして)、今は三井寺に身を寄せていた。母と息子は再会を喜び、連れ立って故郷へ帰って行く。
『恨の介』(仮名草子) 恨の介は、清水寺で見そめた美女雪の前と八月十五夜に契りを結ぶ。暁方に、恨の介が次の逢瀬を問うと、雪の前は「後生にて」という挨拶の言葉を述べて別れる。恨の介は文字通りにその言葉を受け取り、「二度と現世では逢えぬのか」と絶望して、病死する。それを知った雪の前も傷心して死ぬ。
『今昔物語集』巻30−9 信濃国更級郡に住む男が、年老いた姨母(おば)を養うが、男の妻が姨母を嫌い「深い山に捨てよ」と責める。男は八月十五夜に、「寺で尊い法会がある」と言ってだまし、姨母を背負って連れ出し、山奥に置き去りにする〔*『大和物語』第156段では「月のいと明かき夜」とするだけで、八月十五夜とは記さない。*→〔親捨て〕1aの『姨捨』(能)では、中秋の名月を見ようと、八月十五夜に姨捨山へ来た旅人が、昔捨てられた老女の霊と出会う〕。
『子不語』巻6「屓キ(=霊亀)精」 無錫に住む華生は妻帯者であるが、美男だった。彼の家の近くに石碑があり、その石碑を背負う石亀の精が女に化して、華生の愛人となる。道士が華生に「死期が迫っている」と教え、八月十五夜に女と対決し、護符をつきつけて女を縛る。女が「これで永遠のお別れだわ」と泣くので、華生が縄を解いてやると、女は黒雲となって飛んで行った。道士も後を追って飛び去った。
『伽婢子』巻3−1 八月十五夜、都から周防山口に戻った浜田与兵衛は、家路をたどる途中、草叢に男女十人ほどが月見の酒宴をするのを見る。その中に浜田の妻もおり、やがて宴中に争いが起こって、人々の姿は消える。浜田が怪しみつつ帰宅すると、妻が、「夢で月見の宴に出、座中に騒ぎが起こって目が覚めた」と語る。浜田は「妻の夢の内のことを目撃したのだ」と悟る〔*類話に→〔夢〕17aの『三夢記』(白行簡)第1話〕。
『十訓抄』第10−64 八月十五夜の真夜中に、道士が庭から桂の枝を投げ上げると、銀の階段が月までかかる。玄宗皇帝が階段を登って月世界に到り、多くの宮殿を見、十二人の妓女の舞を見る。玄宗皇帝はその舞曲を心にとどめて帰り、霓裳羽衣の曲として地上に伝えた。
*八月十五夜に異郷へ行く→〔耳〕5の『玄怪録』2「耳の中の国」。
『竹取物語』 八月十五日の深夜、子の時頃。あたりが昼間よりも明るく輝き、空から大勢の天人(=月世界の人)が雲に乗って降下し、かぐや姫を迎えに来る。かぐや姫は天の羽衣を着て車に乗り、百人ほどの天人たちにともなわれて、天へ昇って行く〔*『今昔物語集』巻31−33の類話では、空から人が迎えに来る日時も昼夜の別も記されない〕。
『源氏物語』「夕顔」 光源氏は五条の陋屋に見出した夕顔に心ひかれ、八月十五夜に彼女の家で一夜を過ごした後、明け方に彼女を近くの廃院へ伴う。そこで源氏と夕顔は二人きりの一日を送るが、その夜、光源氏の枕上に美しい女が現れ、「私がお慕いしているにもかかわらず、このような女を寵愛なさるとは」と恨み言を述べる。女は夕顔をかき起こそうとし、夕顔はおびえて息絶える〔*廃院に棲む魔性の物のしわざとも、六条御息所の生霊のしわざとも、考えられる〕。
『源氏物語』「御法」 紫上は三十七歳で大病をして以来、病がちの日々を送っていたが、ついに数年後の八月十四日に死去し、十五日の暁に火葬された。
*八月十五日午の刻の死→〔同日・同月〕2aの『かるかや』(説経)。
*八月十五夜の夢に天人が降下する→〔天人降下〕3の『夜の寝覚』巻1
*八月十五夜の満月に願いをかける→〔無言〕1cの『橋づくし』(三島由紀夫)。
*八月十七夜→〔鬼〕2の『今昔物語集』巻27−8・〔福の神〕4bの『ざしき童子(ぼっこ)のはなし』(宮沢賢治)。
*九月十三夜→〔再会〕1cの『十三夜』(樋口一葉)。
『南総里見八犬伝』 里見義実の娘・伏姫が自害した時、襟にかけた数珠のうち八つの玉が八方に飛び去った。その翌年に犬山道節・犬飼現八・犬田小文吾・犬川荘介、二年後に犬塚信乃・犬村大角、六年後に犬坂毛野、はるか遅れて十七年後に犬江親兵衛が、房総から伊豆にかけての各地にそれぞれ誕生した。八つの玉を分け持つ彼ら八犬士は、里見家興隆のために大いに活躍した。
『八つ墓村』(横溝正史) 戦国の頃、落ち武者八人が、鳥取・岡山県境の山村に身を寄せるが、村人たちによって惨殺された。その半年後、名主が乱心して村人七人を殺したあげく自殺し、一時に八人の死者が出た。「落ち武者のたたりであろう」と、人々は恐れ、八つの墓を立てて明神とあがめた。
*八人兄弟の末子→〔末子〕3の『神道集』巻8−49「那波八郎大明神の事」。
『古事記』上巻 アシナヅチ・テナヅチ夫婦には八人の娘がいたが、ヤマタノヲロチが年ごとにやって来て喰い、ついにはクシナダヒメ一人だけになった。
*八人の天女→〔水浴〕1aの『近江国風土記』逸文・『丹後国風土記』逸文。
『源平盛衰記』巻44「三種の宝剣の事」 八岐大蛇(ヤマタノヲロチ)が、奇稲田姫を呑みにやって来る。素盞烏尊(そさのをのみこと=スサノヲノミコト)は八つの槽に酒を満たし、山の上に奇稲田姫を立たせて、その姿を槽の酒に映す。大蛇が見ると、八つの槽の中に八人の美女がいる。大蛇は八人の美女を呑もうと思って酒を飲み干し、酔って眠る。
『古事記』上巻 黄泉国へ行ったイザナキが、暗闇の中で櫛に火をともして妻イザナミを見ると、彼女の身体はふくれあがり、蛆がたかり膿が流れていた。頭には大雷、胸には火雷、腹には黒雷、陰(ほと)には拆雷、左手には若雷、右手には土雷、左足には鳴雷、右足には伏雷、あわせて八体の雷神(いかづちがみ=みな蛇体であろう)が、イザナミの身体をおおっていた。
*類似の場面が、『尼僧ヨアンナ』(イヴァシュキェヴィッチ)にある。尼僧ヨアンナに九匹の悪魔が憑依する。そのうちの一匹ザパリチカが、自分の兄弟たちがヨアンナの身体のどこにいるかを、「バラアムは頭、イサアカロンは腕、アマンは胸、グレズィルは腹、ベゲリットは脚、アスモデウスは性器、・・・・」と、教会に集まった人々に教える。
『古事記』上巻 高志(こし)のヤマタノヲロチは、身一つに八つの頭・八つの尾があり、その長さは八つの谷・八つの峰にまたがるほどだった。
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